「黒たんせんせぇ……オレ一人で寝るの寂しいよー……」
唇を尖らせつつ、携帯電話の向こう側にいる相手に愚痴を零すと
『しょうがねぇだろ。ガキみてぇなこと言ってねぇでさっさと寝ろ』
という、味も素っ気もない言葉が返ってきた。
「ぶー。ガキじゃないから言ってるのにぃ……嘘でもいいから俺もだ……くらい言えないのかなーこの人はー」
『お れ も だ (棒読み)』
「もう遅いよ! しかも何の感情もこもってないし! そんな虚ろな優しさはいらないよ!」
『言ってやったら言ってやったでこれだ。文句なら台風に言え、台風に』
「むー……」
仕方のないこととはいえ、ファイはずっとゴロゴロと寝転がっていた黒鋼の部屋のベッドから起き上がると、不満げに頬を膨らませた。
(ちぇ、ほんとついてない……)
月曜から二泊三日で、他校訪問と研修会のためにファイは出張で県外へ出向いていた。
たった二日、会えないだけでも寂しくて死ぬかと思うほどの苦痛だったというのに、帰宅したその日から、入れ違いで今度は黒鋼が出張で旅立ってしまった。
ファイと同じく二泊三日で、帰ってくるのは金曜日。
そしてまさに今日がその金曜で、本来なら今頃二人で週末の夜を共に過ごしているはずだったのだが……。
黒鋼の出張先に、まるで謀ったかのように超大型台風が接近、そしてものの見事に直撃した。
当然のように交通機関はすべからく麻痺し、黒鋼はもう一晩宿を取ることを余儀なくされた。
この分では明日もどうなるか分からない状況で、ファイはひたすら大自然の脅威を恨んだ。
黒鋼は文句なら台風に言えなんて言うけれど、話の通じる相手じゃないことは分かっているし、自然災害という敵はあまりにも大きすぎる。
となると、理不尽と知りつつぶつける相手は黒鋼しかいないわけで。
しかも、これが通常運転だと分かっていながら、そのそっけない受け答えに不満は膨らんだ。
「もういいよ黒バカー! 帰ってこないならオレ浮気するからねー! 寝取られてやるー!」
『あぁ? なにくだらねぇこと言って』
「男は黒たん先生だけじゃないもんねーだ!」
黒鋼が疲れ切ったような息を吐き出す。
ファイはそのまま「じゃあね!」と吐き捨てると、一方的に通話を断ち切った。
*
くっはぁー……という、おかしな溜息が漏れた。
後ろ手に探り、黒鋼の愛用羽毛枕を取ると胸に抱いて、顔を埋める。
「またバカとかアホって思われちゃったろうなー……」
いつものことだけに、慣れてはいるけれど。
どうせならもっと可愛く我儘を言えればいいのに、つい駄々っ子のように振舞ってしまったことを後悔する。
余所の土地で仕事をして、本来なら今頃は自室で寛ぐことができていたはずの黒鋼の方が、ずっとしんどい思いをしていることも知っているのに。
(あれ、オレ黒ぽんにお疲れ様って言ったっけか……)
言ってない、ような気がする。
帰ってくるはずの時間に彼が戻らないものだから、ニュースを見て台風の情報も知っていたし、何かあったのではと慌てて電話をかけたまではよかった。
受話器越しに聞こえた黒鋼の声は普段と変わりなく、ただ淡々と今夜は帰れそうもない旨をファイに伝えた。
仕方がないと頭の中で理解はできても、割り切りすぎている相手との温度差に、ついカチンときてしまった。
だからつい、労いの言葉もかけないままにあんな物言いをしてしまって。
しかも当然のように浮気をするような相手もいないし、いたとしても、そんな気はさらさらない。
再び溜息をつくために息を吸い込めば、羽毛の柔らかい香りと大好きな人の匂いが、一緒に鼻孔を満たした。
今夜はたくさん甘えて、たくさん話して、お酒を飲んで、美味しいものを食べて……たくさん抱いてほしかったのに。
それを楽しみに今週いっぱいを乗り切ったと言っても過言ではなく、はっきり言って今のファイは電池が空になり、赤く点滅している状態だった。
黒鋼は、そんな風には思ってくれないのだろうか。
「……大人だもんな。黒様は」
しょんぼりと項垂れながら羽毛枕をさらに強く抱きしめる。
こうして一人で腐っていたって仕方がないし、せめて今夜はここで黒鋼の匂いに包まれながら、眠ってしまおう。
***
適当にシャワーを浴び、寝巻は黒鋼のシャツとジャージのズボンを勝手に引っ張り出して着こんだファイだったが、ベッドに横たわっていても、なかなか眠気は訪れなかった。
黒鋼はもう眠っているだろうか。
ぼんやりと暗い天井を見つめながら、そんなことばかり考えている。
たかだか数日離れて、それが一日伸びただけだというのに、眠れないくらいの寂しさを持て余す自分が少し情けなかった。
「声、聞きたいなぁ」
小さく放り出された呟きが、闇色の室内に儚く溶けた。
外は少し風が強いらしく、時折木の枝やざわめく葉が窓を叩く音が聞こえる。
「…………」
ファイは小さく身じろぐと、天井に固定されていた視線を僅かに伏せた。
本当なら、今夜は今頃。
どちらかともなく手を伸ばして、キスをして、抱き合って。互いの熱を確かめ合いながら、蕩けそうなくらい愛して、愛されていたはず。
黒鋼は、いつもどんな風に触れてくれていたのだったか。
ベッドの上掛けの中、ゆるゆると左手を移動させると、白いシャツの裾に触れる。そのまま指先をそっと忍ばせて、風呂上がりのしっとりした素肌の上に滑らせた。胸の位置まで持ってくることで、おのずとシャツが中途半端にたくし上げられる。
(すごく、恥ずかしいことしようとしてる、けど……)
どうせ誰もいないのだし。
少しだけ自分を慰めてやったら、あとはどうでもよくなって、グッスリ眠れる気がした。
ファイは目を閉じると、自らに暗示をかける。
これは自分の指ではなくて、黒鋼の指だ。彼の太く節くれだった、男らしい長い指なのだと。
まだ柔らかな胸の一点を『黒鋼』の指が掠める。
彼はここを苛めるのが好きだ。
指先や舌で転がすように刺激して、やがて小さくしこった粒に緩く歯を立て、吸いつき、指先で摘まんでは絞るように強弱をつけて弄ぶ。
そこばかりは嫌だと、どんなに涙を滲ませて訴えても彼はやめない。
赤く充血するくらい時間をかけて嬲って、切なさにファイがすすり泣く声を聞いて満足するのだ。
意地悪な黒鋼。
思いだすだけで心も身体も高ぶって、ぷっくりと尖ってしまった乳首を指先できゅうっと摘まむ。
「ん……ッ」
――情けねぇな。こんぐれぇで泣く奴があるか。
(だって……ここ、いじめられると……)
そう、彼は言葉でもファイを嬲る。
羞恥心を煽る台詞でじわじわと追い詰める。
消えてなくなってしまいたいくらい恥ずかしいのに、身体が勝手に悦んでしまうのだ。
「……ッ、くろさま……」
その声や仕草を思い描きながら、両膝を立てるともう片方の手を身体の中心へ這わせた。
下着をつけずに下を履いていたせいで、そっと手を潜り込ませるだけで熱を持った塊に触れることが出来た。
「ッ……!」
ビクンと身体が踊り、シーツが擦れ合う音がやけに大きく響き渡った。
(もうこんなになっちゃってる……)
すっかり火がついてしまった身体を持て余すように下唇に緩く歯を立てながら、僅かに腰を浮かしてジャージのズボンを下ろし、両膝を引き抜くと足首の辺りまですっかり下ろしてしまう。
そして勃起しかけた性器を掌で包み込み、緩く扱きはじめた。
ここまで来てしまったら、もうさっさと終わらせた方がいい。
黒鋼の裸体を思い描き、その逞しい骨格となだらかに隆起した美しい筋肉や、日に焼けた健康的な素肌に浮き上がる血管に意識を馳せる。
堪らない。
どうしようもなく加速していく欲望が、ファイから自慰に耽ることの羞恥や屈辱を遠ざけ、脳内を甘く蝕む。
「んんっ、ぅ……ッ、は、ぁ……!」
完全に起き上がったモノから先走りが止め処なく溢れ、上下に手を動かす度に水音が大きくなっていく。
シーツの上で身をくねらせながら、ファイは忙しない呼吸の合間に身も世もなく喘いだ。
断続的に電流を流されているように跳ね上がる腰の、さらに奥まった場所に鈍痛にも似た痺れを感じる。
これは物足りなさだと気がついた時、ファイは仰向けだった身体を横向きに倒し、先走りに濡れそぼる指先をその場所へ伸ばしていた。
意識のずっと奥底で、一体何をしているのかと呆れかえる自分に気付かないふりをして、その窄まった小さな穴に指先を潜り込ませる。
いったん放り出された性器には、胸のしこりをいじくり回していた方の手を添えて扱いた。
「あっ……んぅ……!」
一本ではどうしても足りず、二本に増やした指でじくじくと熱い秘穴を穿つも、入口の浅い部分にしか届かず、もどかしさと切なさに涙が滲む。
それでもファイの両手はそれぞれを追い込む動きを止められないでいた。
切なくて、もどかしくて、足りなくて、気持ちがいいけど、寂しくて。
欲しくて欲しくて、気が狂いそうなくらい。
「くろ、さま……くろさま……も、いき、そ……ッ」
今はファイの中にしかいない黒鋼が、ふっと笑った気した。
そしてあの腰に響くような低音で言うのだ。
好きなだけイケ、と。
「ッ――!!」
ダンゴ虫のように横向きに丸まっていた身体が引き攣ったように痙攣し、大きく跳ね上がる。絶頂の瞬間は息が止まった。
溜まりに溜まっていた欲望が白濁となって勢いよく吐き出され、ファイの手を、腹を、シーツを汚す。
ゆっくりと弛緩していく身体で、ファイは浅く乱れた呼吸が落ち着くまで目を開けられないでいた。
***
「……やっちゃった」
生ぬるい液体に濡れそぼった手をぼんやりと見つめて、呆然と呟く。
せっかくシャワーを浴びたのだって台無しだし、勢いでシーツも汚してしまった。
後始末のことを考えると余韻に浸る間もなく、胸の中に黒く濁ったような後悔が押し寄せてきた。
なんて虚しい真似をしてしまったのだろうか。
スッキリするどころか、自分自身への嫌悪感だけが剥き出しになってしまったような気がして、泣きたくなった。
それなのに、だ。
身体はどうにも収まりがつかない状態のまま、いまだ燻っていた。
達した直後だというのに性器はまだ完全には萎れておらず、さらにそれとは別の場所が次の刺激を期待して、浅ましく疼いていた。
普通の男性なら一発すっきりと抜いてしまえば静まるはずの熱が、発散しきれずに体内に留まり、渦巻いている。
自分の性欲の強さに途方に暮れた時、ファイはすぐに気がついた。
(……違う)
きっとこれは、黒鋼のせいだ。
長いことあの男に抱かれて、馴らされた結果、作りかえられてしまったせいだ。
彼のいいように、彼のためだけにあるように、彼でしか満足できない身体に。
(どうしよう……)
それでも今ここに黒鋼はいない。
持て余した欲求を必死で堪えながら、この熱が過ぎ去るのをただ待つしか。
「……そういえば」
ファイはふと思い立って、気だるい身体を起こすと枕元の照明のスイッチを入れる。
ほんのりとした明りの中、足元に絡みついていたジャージの下を適当に取り払って放り投げると、シャツ一枚でベッドから降りて床に膝をついた。
そして、ほんの少し戸惑った後、おずおずとベッドの下に手を伸ばす。
指先で探り当て、引っ張り出したのは小さな段ボール箱だ。
この中には普段、黒鋼との行為で使用するローションやゴムのストックがしまわれている。
もし本当にあの理事長がこのベッドの下の秘密を知っているのだとしたら、弱みを握られているのは黒鋼だけではないということになるのだが、今は考えないことにした。
「えっと……あ、あった……」
中を探ると奥から出てきたのは、ちょっとした秘密のアイテムだ。
それをとりあえずベッドの上にポンと置いてみる。
「う、うわー……改めて見ると……なんかこう……」
なんともいえない羞恥心に頬を染めるファイの目の前にあるのは、いわゆる大人のオモチャというやつだった。
ピンク色のローターが一つと、小ぶりだがリアルに男性器をかたちどった、黒々としたバイブ。
なぜこんなものがあるかというと、それはちょっとした好奇心や悪戯心からだった。
ローションやゴムの類を堂々と薬局などで購入するのは気が引けて、普段から通信販売を利用しているのだが、これは以前ファイが気まぐれで一緒に注文したものだった。
黒鋼には内緒で購入し、いざ届いた箱を開けた瞬間にビックリさせようと思った。
どんな顔をするだろうかとワクワクしていたら案の定、彼は面食らったような顔をし、それからすぐに顔を顰めた。
『これ使って遊んでみようよー! あ、なんなら黒たん先生に使ってあげよっかー?』
などと冗談で口走った直後、ゲンコツを食らったものである……。
どうやら黒鋼はこういったアイテムにあまり前向きではないようで、それ以来なんとなくしまい込んだままだった。
「ま、まさか本当に使う日が来ようとは……」
ファイはゴクリと息を飲んだ。
とりあえずローターは置いておくとして、黒々としたバイブを手に取ってみる。
取っ手の部分には弱中強の三段階を切り替えるシンプルなスイッチがあり、なんとなく弱に合わせて機動させてみた。
「う、うわぁ……」
途端にそれは小さく振動しながらうねうねと緩く回転しはじめた。ウィンウィン、という音がやけに陳腐で笑いを誘う。
暖色系の淡い光の中、黒いバイブの先端が光り輝いて見える様は異様で、なのに目が離せない。
これはこれで、想像以上に卑猥な光景だった。
面白半分で購入したのは自分のくせに、今頃になってなんとも言えない気恥かしさに頬が赤くなる。
大きさこそ黒鋼に比べれば粗末でしかないが、あまりにもリアルな形状が実にいやらしい。
人差し指で突いてみると、ほどよい弾力が地味に心地よかった。
黒鋼でなければ満足できないことは大前提としても、せっかく買ったのに一度も使わないのは勿体ないしと、ファイは心の中で言い訳をしながらひとまずスイッチを切った。
*
床に膝をついたまま、ベッドの縁に片手をついて体重を支えると、後ろ手にバイブの先端を宛がう。
あらかじめローションを軽くまぶしたそれは、入口に押しつけた途端、くちゅりといやらしい水音を立てた。
凄まじい羞恥心に、やっぱりやめておけばよかったという後悔がじわじわと押し寄せるも、ファイは意地になったように手を止めなかった。
「いっ、ぁ……」
バイブが潜り込んで来た瞬間、自分の指で多少解した程度では足りなかったのか、僅かな痛みに肩を竦める。
けれど我慢できないほどではない。
黒鋼のものを受け入れる時の、あのとてつもない異物感と圧迫感に比べれば、こんなものは可愛いものだと思えた。
(黒たん以外の入れるの……初めてかも……)
そう思うほどに悪いことをしているような気がして、胸が締め付けられた。
どこか甘い背徳感に背筋を震わせながら、自分の匙加減で押し込めるバイブの生温い感触に、唇を噛みしめる。
「んぅ……ぁ、はい、った、かな……?」
中に入れた状態でスイッチを入れる勇気はないものの、早く終わらせたくて馴染むのも待たずに動かしはじめる。
自分でも恥ずかしいくらい締め付けているのが、擦る都度引き攣る肉の感触から伝わった。
まだどこか躊躇が勝っているせいか、それほど深くは銜えこめない。
けれど指よりは遥かに太く、己の感じる場所を狙って抉るには十分だった。
「あっ、ぁ! ん、んっ……!」
当たりをつけてイイ場所を突けば、甘い声を抑えられず、硬く張り詰めた性器からは先走りが滲んでいく。
物凄く恥ずかしくて、切なくて、愚かなことをしているという自覚さえも、人恋しさを忘れて快楽を貪るための餌になった。
(これ、結構気持ちい、かも……)
自然と腰を揺らしながら、ファイはこの一人遊びに夢中になりつつあった。
ベッドの縁に置いた手でシーツをぎゅっと握りしめ、汗の滲む額をそこに押しつける。
「くろ、た……ぁ、くろ……っ」
その名を呼ぶとさらに快感が増した。それでもあと一押しが足りない。
ただ単純に自分を慰めるだけなら十分な刺激は感じているものの、後ろだけでイクには無理があった。
(イキたい……イキたいよ……!)
シーツに額を強く押しつけたまま、ファイはもう片方の手を身体の中心に伸ばした。
吐き出せないまま震える性器を握りしめ、体液で滑るそれを扱きあげる。
ようやく満足のいく値まで快楽が競り上がり、あとはもうフィニッシュを迎えるだけ、というところでさらに黒鋼の名を呼んだ。
「あっ、あっ、いく、いく、黒様、黒様ぁ……!」
その時。
「呼んだか」
……え?
空気が一瞬にして凍りつくとは、まさにこのこと。
ファイは石のように硬直しながら、全身からヒヤリとした汗が噴き出すのを感じる。
いやまさか……そんなバカな……。
いっそギギギ、という音がしそうなほど固まりきった動きで、首だけ背後を振り返る。
するとそこにはいないはずの人間がスーツ姿で腕を組み、部屋の入り口に背を預けて立っているのが見えた。
その瞬間、サァ、と全身の血が足元へと下がっていくのを感じる。
「よう」
「く……く……くろ……ど……な……い……」
どうして、なぜ、いつから。
そのどれ一つとしてまともに声にならなかった。
頼りない明りの中、黒鋼がどんな顔をしているかまではよく見えない。
普段のジャージ姿とは対照的に、出張帰りの彼はスーツを纏っているが、ネクタイは外され、ジャケットも脱いで片腕に引っかかっている。
手の中からバイブが抜け落ちて、床にゴロリと転がる音が大きく響く。その瞬間、頭の中が真っ白になっていたファイは、目を回しながらパニックを起こす。
「ななななな、なんで~~~!? なんで黒様がここに~~~!?」
「俺が俺の部屋に帰ってくるのに理由がいるか?」
「だだだ、だって帰って来れないって~~~!!」
慌ててベッドの側面に背中を押しつけるようにして身体を丸めたファイは、あまりのショックと絶望感に終始声を裏返しながら叫ぶ。
一度冷え切った血液が沸騰し、全身火だるまになりそうなほどの羞恥に涙が出てきた。
黒鋼は「ふん」と鼻を鳴らすと足を踏み出し、こちらに向かって距離を詰める。
「こここ、来ないでー!!」
もっとも会いたかった人間に、もっとも見られたくない場面を見られてしまったことに、ファイはこの世の終わりのような気分を味わった。
出来ることなら今すぐ消えてなくなりたい。
彼が今、何をどう思っているかを考えるだけで、気がおかしくなりそうだ。
ファイは体育座りの姿勢の状態で真っ赤な顔を両手で覆うと、情けなさについに泣き出してしまった。
(もう終わりだよぉ……こんなの見られて生きていけないよぉ……)
こんなことになるなら、おとなしく我慢して寝ているべきだった。
そんな後悔をしてももう遅いのだが。
黒鋼はジャケットをベッドの上に放り、ファイのすぐ側にしゃがみ込むと、深い溜息を吐きだした。
呆れて果てている様が伝わって、思わず肩をビクンと揺らす。
「こんなもん引っ張り出して……こいつがあれか? てめぇの浮気相手か?」
先刻までファイを慰めていた物体を掴み上げると、黒鋼はそれをまじまじと眺めはじめた。
ファイは顔を上げることが出来ないまま肩を震わせる。
「うぅ……もうやめてよぉ……死んじゃいたいよぉ……」
「そう言う割には随分とお楽しみだったじゃねぇか、こいつで」
何も言えずに喉を詰まらせるファイに、黒鋼は「顔を見せろ」と短く命じた。
そんなこと出来るはずないと嫌々と首を振れば、強引に前髪を掴まれて上向かされる。
「ッ!?」
視界に飛び込んできた黒鋼は無表情でこちらを見下ろしていて、ファイはくしゃりと顔を歪めた。
きっと酷く軽蔑されてしまったに違いない。そう思うと、涙と震えが止まらない。
ファイの方からは何も言いだすことが出来なくて、ただ死の宣告を待つような心境で沈黙に耐え続ける。
すると黒鋼は無表情だった口元を僅かに歪めながら、驚くべきことを口にした。
「まだ途中だろ?」
「……ふ、ぇ……?」
「遊んでやるから、こっちにケツ向けろ」
***
黒鋼は口元こそ仄かに笑みを形作ってはいたものの、目だけは決して笑っていなかった。
何を言っているのかを脳が理解する前に強い力で腕を取られて、ファイはあれよあれよと言う間に上半身だけをベッドに預け、尻を突き出す姿勢を取らされていた。
黒鋼のシャツを拝借していたため、ギリギリ隠れていたはずの臀部もペロリと剥き出しになり、一気に血液が首から上に集中した。
「ちょ、なにを……!?」
咄嗟に逃げだそうと両手でシーツを引っ掻いたところで、黒鋼の低い声が「うるせぇ」と吐き捨てた。
同時に、勢いよく風船を割るような音と共に、臀部に衝撃が走る。
「ッ――!?」
そのまま幾度か尻をぶたれて、その都度ファイは引き攣ったような短い悲鳴を上げながら、身体を大きく震わせた。
痛みはそれほどでもないのに、気持ちがいいくらい小気味よい音の後に、薄い尻の肉がじんと痺れる。
「ヒィッ、ん! やだ、ぁ……ッ、痛い、よぉ……!」
「尻引っ叩かれて腰振ってるやつが、嘘つくんじゃねぇよ」
ファイの背後に胡坐をかいた黒鋼は、大きな両手でほんのり赤く染まった双丘を揉みしだくと、中心の窄まりが歪むほどに肉を割り開いた。
とんでもない場所に痛いほどの視線を感じて、ファイは涙の滲む瞳をぎゅっと閉じた。
これから何をされるのだろうかという不安と、期待にうち震える。
黒鋼が姿を現したことで一気に縮みあがっていた性器は、彼の言うとおり尻を打たれたことで、徐々に力を取り戻しつつあった。
つくづく自分という人間のマゾぶりに嫌気がさすけれど、もはやファイには自己嫌悪に頭を痛めるだけの余裕は残されていなかった。
黒鋼の両方の親指が、ひくひくと震える秘穴に引っかけるようにぐいと挿しこまれたかと思うと、それを左右に引っ張って広げるような動作を見せた。
体液とローションに濡れて、バイブで穿っていた場所はすっかり柔らかく解れ、蕩けきっているのが分かる。
中の肉まで見られているのかと思うと、たまらなく恥ずかしい。
「やっ、いや……ッ! 広げちゃだめ……ッ!」
「中までヒクヒクいってるぜ?」
「やだぁ! 見ないでぇ……!」
逃れようと腰を大きく揺らす様に満足したのか、黒鋼は鼻で笑いながら思いのほかアッサリと両手を離す。
ホッとしたのも束の間、すぐにきゅうっと口を噤んだ秘穴が切なく疼きだした。
シーツを強く握りしめたまま、上半身を捻って背後へ潤んだ目を向ける。
物欲しげなその視線に、黒鋼はにやりと笑うと「焦るなよ」と言った。
「まだ遊び足りねぇだろ?」
「くろ……?」
「こいつも面白そうだぜ」
そう言って黒鋼が手にしたのは、ベッドの片隅に追いやられていたピンク色のローターだった。
彼はそれを指先で摘まみ、舌を這わせると唾液で軽く濡らす。
この流れで次に起こることは簡単に予測できて、ファイは背筋にヒヤリとした何かが駆け抜けるのを感じた。
そしてその予想は寸分の狂いもなく実行される。
黒鋼の手が片方の尻の肉を掴み上げ、押し広げたと同時に、つるんとした丸いものが中に潜り込んできた。
「ひ、ぁ……!」
そのまま深く押し込まれて、異物を置き去りにしたまま指だけが引き抜かれる。
今のファイは、尻の穴からピンク色の細長いコードだけが伸びている状態だ。
その線を辿っていくと、ロータリー式の簡単なスイッチがある。オンオフと強弱の調節を兼ねたそれを手にした黒鋼は、興味深そうにそれを眺めながら、スイッチに親指を添えた。
「こいつを回せばいいのか?」
「ちょっ、だめ、うぁ……!?」
その途端、唸るようなモーター音と共に身体の内部でローターが振動しはじめた。
下腹部になんともいえない気持ちの悪さが重々しく広がっていく。
「やっ、やだこれ……ッ、中、響いて……ッ、きもち、わる、い……ッ!」
シーツに額や頬を擦りつけながら、まるで痒みに耐えるかのように腰をもじもじと揺らす動作を止められない。
身体の中に埋め込まれた異物が、ひたすら無機質な振動を繰り返す中、後ろで感じることを覚えこまされた身体は、すぐにそのもどかしい刺激を甘く受け入れはじめる。
細いコードだけを食んでいる入口がヒクついているのが、自分でも嫌というほど分かった。
振動によってもたらされる痺れは泣きたくなるほど甘くても、これだけでは絶対にイケない。
すぐに次の、もっと強い刺激が欲しくて仕方がなくなる。
「ねっ、ねぇ! これ、足りない! こんなのじゃ、オレ……!」
「弱いか? 刺激が」
そう言って、黒鋼は手の中のスイッチをさらに回した。
モーター音と振動が大きくなって、下腹部で留まり続けていた感覚が心臓にまで向かって痛いほど響いた。
「ひっ、ぃ!? ちがっ、アッ、響くから、もうやめてぇ……ッ」
嫌々と首を振ると幾つもの涙が飛び散って、シーツに吸い込まれていった。
こんな無様な姿を間近で見られていると思うと、理性とは裏腹に性器が痛いほど張り詰める。
ローターによる刺激というよりは、突き刺さるような視線の方に煽られていることは明白だった。
結局はお預けを食らったまま、限界点で縛られたままの快楽を、一刻も早く解放したくて仕方ない。
(もう、我慢できない……!)
シーツを握りしめていた右手を、自らの身体の中心へと伸ばしかける。
しかしあと少しで触れるというところで、背後から伸びてきた黒鋼の手がファイの右手首を強く掴んだ。
「えッ!?」
そのまま肩に痛みが走ったかと思うと、右腕を捻るようにして手首を背中にぐっと押しつけられてしまった。
もはや上半身はベッドに張り付けるように固定されてしまったも同然で、自由な左手でシーツを掻きながらもがいても、それは無駄な足掻きでしかなかった。
元々腕力に大きな差があるだけでなく、膝立ちになった黒鋼が僅かに体重をかけて寄こすだけで、ファイにはもはや成す術がない。
「は、離して……!」
「いいから黙っとけ」
黒鋼はそう言うと、床に転がっていたバイブを手に取る。
まともに身体を捻ることも叶わないファイだったが、痛いほど首を捻ってどうにかそれを視界の隅に収めた。
「や……まさか……」
「こいつが欲しかったんだろ?」
「ちが……ちがうよ……そうじゃな……」
嫌々と、泣きながら首を振る。
それはあくまでも黒鋼の代わりであって、本人が側にいる今では無用の代物のはずだった。
彼だってそれは分かっているはずなのに、どれほど首を振って意思表示をしても、受け入れられる様子はない。
「大事な浮気相手だ。しっかり味わえよ」
そしてついに、いまだ振動するローターが残されている穴に、バイブが奥深くまで押し込まれた。
「ッ――!!」
「すげぇ光景だな。美味そうに銜えこんでるぜ」
ショックに目を見開きながら、咄嗟に声も出せないでいるファイを置き去りに、黒鋼は感心したような息を漏らしながら呟いた。
ずっと物足りなさに疼いていた肉壺が、血の通わない無機物によって満たされて、ローターの振動を吸収する。
もしこれを動かされでもしたら……そう考えると恐ろしくて、歯の根が鳴るのを止められない。
「ぬいて……ぬいて……お願い……!」
「あ? これからだろ?」
「こんなのやだよ……! お願いだから……!」
「どうせなら最後まで堪能しようじゃねぇか」
血の気が引くのと比例するように競り上がる絶望的な感情は、カチ、という音を聞いた瞬間に真っ白に染まった。
「――ッ!?」
中で、バイブが唸る。
ぐりぐりと回転するように肉を擦り、ローターと一緒に無遠慮に暴れだす。
「ヒィッ、ん! あ、ぁッ! これだめ! これ、いやだぁ……ッ!!」
バイブが蛇のようにうねうねと動けば、中でローターごと掻きまわされる。
それは時折ファイの最も感じる場所を掠めては離れてを繰り返し、強制的にもたらされる快感はあまりにも暴力的で、理不尽なものでしかない。
そしてそこに、さらなる責めが加えられる。黒鋼の容赦ない手によって、抜き差しまでもが開始された。
「やだ、やだぁ……! ひぃぃッ、んッ、く、あ、やあぁッ!」
腹の中で響く不快な機械音と、肉を抉るように擦り上げる鈍い水音が重なりながら、ファイの中を滅茶苦茶に破壊しようとしている。
嫌だ嫌だと喉をひりつかせながら叫んでも、彼は何も言わずにただ攻め続ける手を止めなかった。
(黒たん、やっぱり怒ってるんだ)
どうして帰れないとはっきり宣言していたはずの彼が、ここにいるのかは分からない。
けれどきっと、子供のように自分勝手な我儘を言っただけでなく、一人のうのうと人の部屋で自慰になんぞ耽っていたことに呆れ果て、そして腹を立てているのだ。
今だってこんなもので感じてよがり狂っている姿を見て、彼は何を思っているのだろう。
「イケよ。限界だろ?」
せめて心だけはこんなオモチャなんかに屈したくないのに。
突き放す物言いは確実にファイの胸を抉るのに、快感がそれを飲みこもうとしていた。
口の端から犬のように唾液を滴らせるファイは、潤みきった瞳をどんよりと濁らせた。
黒鋼が穿つ度に響き渡るぐぽぐぽという下品な音に、無意識に口元が笑みを象った。
どれほど無様だとしても、抗いようがないなら、抗わずに落ちぶれてしまった方が、ずっと心が楽になる。
ファイは、完全に飲みこまれてしまった。
「あぁっ! あはっ! イイ……気持ちいいの……! 黒たんじゃないのに! 違うのに! 中、すごい、ぐちゃぐちゃって、気持ちいいッ!!」
「……この淫乱野郎が」
忌々しげな呟きに背筋が凍るほどにゾクゾクと震えた。
「もっと! あはっ、あぁ! もっといじめて! ぁ、もっ、と……ッ、酷いこと、言ってぇ……!!」
そしてイカせて、と。
甲高い声でそう叫んだとき、黒鋼の舌打ちを聞いた。
あと少しというところで、バイブとローターが一緒に引き抜かれる。
「ッ!?」
どうして、と抗議の声を上げる間もなく、ファイは身体を乱暴にベッドの上に引きずり上げられていた。
捲れ上がって剥き出しの背中に、柔らかなシーツの感触がぶつかる。
何が起こったのか理解できず、咄嗟に見上げた先には、縁に膝をついて乗り上げる黒鋼の、怒りに満ちた表情があった。
「くろ……?」
「こんなつまんねぇもんで、いつまでもよがり狂ってんじゃねぇぞ」
鋭い目つきに殺気すら感じて、ファイは身を竦ませた。
硬直したまま身動き一つ取れないでいるファイは、ベルトのバックルが立てる微かな金属音にハッとする。
彼はファイの片足の膝裏を掴み上げ、ぐっと押し上げながらも片手で器用に己の前を寛げ、そそり勃つ肉棒を勢いよく取り出して見せる。
「ッ……!」
その見事なまでの質量を誇る、逞しい性器にファイは息を飲んだ。
見慣れているはずのそれが、いつにも増して恐ろしい凶器に見えた。
「手加減はいらねぇな?」
獰猛な獣を思わせる口元で、彼は舌舐めずりをした。
瞬きも忘れて見入っていたファイは、次の瞬間ぐっと入口に押しつけられた高熱に我に返る。
咄嗟に口を開きかけた自分が何を言おうとしたのかは、分からない。
ただファイが声を発する前に、彼は勢いよく腰を打ちつけてきた。
ズン、という凄まじい衝撃と共に息が止まり、一瞬視界がブレる。
腹の奥を突き破られて、心臓まで貫かれたような感覚の後、凶暴な熱がそこから全身に広がった。
ファイは「あ」という形に口を開ききったまま目を見開いて、カチカチと小刻みに震えた。
「ッ! ッ、ぁ……! ヒ……ッ!!」
馴染むのさえ待たずに、黒鋼は容赦のない抽挿を開始した。
最初の挿入時に肺の中身を空にしていたファイは、満足に息を吸い込む隙も与えられないまま、ただ揺さぶられる。
舌を噛みそうなほどの乱暴な突き上げに身体をしならせながら、ブレ続ける視界で幾つもの光が爆ぜた。
「こんなもんじゃ足りねぇか? おい、答えろ淫乱」
「ぁ……ッ、が……、ぃッ、……ッ!」
「こいつとあのくだらねぇブツと、どっちがいいって?」
「まっ……ぃ、き……ッ、でき……なッ!」
下手に言葉を紡ごうと思えば、本当に舌を噛み切ってしまいそうだった。
指先が色を変えるほどシーツを握りしめていても、振り落とされそうな感覚が消えない。
中を限界まで満たす肉の質量によって、内臓ごと引きずりだされては押し込められるような、そんなおぞましい錯覚が皮膚の上を蛇のように這いずっている。
ファイが受け止めるにはこの衝撃は強すぎて、そしてまるで死と隣り合わせの快楽は、本能的な恐怖を剥き出しにさせた。
黒鋼の荒々しい息使いが、酷く遠くに聞こえる。
(凄い……これ、凄い……やっぱり、これがいい……)
恐れと同時に込み上げる甘美なそれは、麻薬のように脳を犯して、死への恐怖を覆い尽くしてしまった。
例えば今この瞬間、本当にこの命が尽きたとしても、この海で溺れるならば。
(いいや……それでも……)
「――ッ!!」
抱え込まれた足先と、シーツの波間を彷徨っていた爪先が、同時に突っ張った。
心臓に拳を叩き込まれたような感覚を味わいながら、ファイは散々先延ばしにされていた絶頂に全身を打たれた。
*
「ぃ……おい、しっか……ろ……」
真っ暗だった視界に、ほんのりと光が射しこんだ。
その光はゆっくりと滲むように広がって、ぼんやりと定まらない焦点を一つに結ぶ。
「ぁ……」
頬を軽く打たれる感覚と、むっつりとした表情で覗きこんでくる黒鋼の顔。
ファイが小さく声を上げて、幾度か瞬きをすると、彼はホッと息を吐き出した。
「あ、れ……? オレ……生きてる……?」
「悪い。やりすぎた」
どうやら酸欠と過ぎた快感に、失神していたらしい。
身なりは相変わらずシャツ一枚だけのようだが、しっかりと枕に頭を預けた形で身体はベッドに横たえられている。
まだ脳内はぼんやりしていて、全身が鉛のように重たいが、心はどことなくふわふわとした安心感に包まれていた。
理由はきっと、黒鋼から先ほどまでの刺々しさが抜けているからだ。
「水飲むか?」
彼はこちらに身体を向けるようにして腰を落ち着けていたベッドの縁から、立ち上がろうとした。
それを阻むように、ファイは咄嗟にその手を掴む。
ぴたりと動きを止めた黒鋼に見下ろされて、なんとなく頬を染めながら視線だけ逸らした。
「いらない」
「……そうか」
「あの……」
「なんだ」
「……ごめん」
ファイの短い謝罪を聞いて、黒鋼は僅かに小首を傾げた。
「その、オレ子供みたいに我儘ばっか言って……黒たんの部屋で……一人で恥ずかしいことして……」
黒鋼は何も言わず、ただ鼻から短く息を吐き出した。
ファイがおずおずとした上目使いで「まだ怒ってる?」と問うと、彼はムッと眉間の皺を深くした。
「……怒ってねぇ」
「嘘だー……だって黒様すっごく怖かったもん……あんな黒様、初めてだったし……」
「だから、俺は元々怒ってねぇって」
「ぜーったい嘘ー! オレが一人でいい子で待ってなかったから、怒ってるんだー!」
「うるせぇ奴だな。別にそんなんでムカついてたわけじゃねぇよ」
「じゃあ何でムカついたのー」
黒鋼はぷいっとそっぽを向くと「さぁな」と言った。
ならばさっきの鬼のような攻めっぷりは、一体なんだったのか……。
疑問に感じつつも、とりあえずもう怒ってもいなければムカついてもいないようだし、まぁいいかと思った。
それよりもっと根本的な疑問を思い出して、明後日の方を向いている黒鋼の白いワイシャツの袖を、くいくいと引っ張った。
「そういえば黒ワンコー、帰って来れないんじゃなかったのー?」
「……ああ、それか」
再び身を横たえるファイに視線を戻した黒鋼は、ここに帰って来るに至った経緯を簡単に話はじめた。
台風の影響で予定の時刻より僅かに遅れたものの、どうにか新幹線に乗り込むことには成功した黒鋼だったが、徐行運転の末に一時ストップを食らう羽目になった。
仕方なく時間潰しに仮眠を取っていたところで、ファイからの着信に叩き起こされ、すぐにデッキに出てそれを受けたのだという。
その後ほどなくして新幹線は動き出し、予定の時刻からは大幅に遅れたものの、黒鋼は無事帰宅を果たすことができた。
と、いうところまで聞いて、ファイは怪訝そうな顔をしながら首を傾げた。
「それは分かったけどー……でもなんで帰れないなんて言ったの?」
「……なんでだろうな」
再びそっぽを向いた黒鋼の横顔をぼんやり見つめて、ファイはふと察した。
こやつ、さてはサプライズを狙ったな……? と。
彼にしてみれば、ちょっとしたドッキリでも仕掛けるつもりだったのかもしれないが、すっかり間に受けてしまった自分は一人寝の孤独に耐えきれず、とんだ醜態を晒すことになってしまった。
あの唐突に背後から声をかけられた瞬間の、背筋の凍る感覚を思い出して、ファイは頬に熱を登らせると涙目になる。
「黒たん……酷いや……」
「あ?」
「ちゃんと言ってくれれば……オレは……オレは……」
「…………まぁ……なんだ……その……悪かったな」
「うぅ……ばかあぁ! 黒たん先生の黒バカぁ!!」
起き上がるには体力ゲージが空で、というより腰に力が入らず、ファイは両手を伸ばして黒鋼の肩や二の腕をポカポカと叩いた。
彼にしてみれば、喜ばせてやろうとワクワクして帰ったと思ったら、真っ先に嫁の痴態が目に飛び込んできたのだから、その驚愕たるや察するに余りあるのだが……。
「うるせぇな……悪かったっつってんだろ」
「せっかくお風呂も入ったのにさ……これじゃあもう一回入らないと寝れないよぉ」
「いや、それは元々……」
「うるさいバカー!」
キャンキャンと騒ぐファイの完全なる八つ当たりに、心底うんざりした様子の黒鋼だったが、彼は自分がとっとと折れてしまった方が、話が早いと判断したらしい。
再び悪かったと口にしてから「じゃあどうすりゃいい?」とこちらに選択を委ねた。
こうやって自ら折れる時の黒鋼には、どこまで甘えても許されることをファイは知っていた。
だからちょっと照れ臭そうに頬を染めてから、上目使いで彼を見上げた。
「じゃあ……お風呂一緒にはいろ」
「おう」
「動けないから抱っこして、オレのこと連れてくんだよ」
「わかった」
「そしたらね……」
誘うように手を伸ばすと、黒鋼は身体を倒して軽く覆いかぶさる形になった。
その首に両腕を絡めれば、大きな手がファイの額と柔らかな前髪を優しく撫でる。
くすぐったさに目を細めて笑って、近すぎる距離で視線を合わせながら、囁くように甘えた声で言う。
「もっかい、今度はちゃんとしよ」
鼻から小さな息を吐き出しながら笑った黒鋼は、答えの代わりにファイの唇を奪った。
やがて触れるだけでは済まなくなってきたその口づけに、ずっと不足していた心の栄養分が補われていく気がした。
物凄く恥ずかしくて怖い目にはあったが、今はこうして黒鋼が傍にいることが純粋に嬉しい。
一緒にいる時間の方がずっと長くて、離れていた時間なんてほんの些細なものでしかないのに、やっぱりこうして触れていなければ、すぐに足りなくなってしまう。
僅かに糸を引いて離れた唇から、震えた吐息を零しながら、ファイは潤んだ目元で花のように微笑んだ。
「おかえり黒様……それと、お疲れ様」
会いたかったよの言葉は、再び重ねられた唇に飲みこまれて、上手く紡ぐことはできなかった。
←戻る ・ Wavebox👏
唇を尖らせつつ、携帯電話の向こう側にいる相手に愚痴を零すと
『しょうがねぇだろ。ガキみてぇなこと言ってねぇでさっさと寝ろ』
という、味も素っ気もない言葉が返ってきた。
「ぶー。ガキじゃないから言ってるのにぃ……嘘でもいいから俺もだ……くらい言えないのかなーこの人はー」
『お れ も だ (棒読み)』
「もう遅いよ! しかも何の感情もこもってないし! そんな虚ろな優しさはいらないよ!」
『言ってやったら言ってやったでこれだ。文句なら台風に言え、台風に』
「むー……」
仕方のないこととはいえ、ファイはずっとゴロゴロと寝転がっていた黒鋼の部屋のベッドから起き上がると、不満げに頬を膨らませた。
(ちぇ、ほんとついてない……)
月曜から二泊三日で、他校訪問と研修会のためにファイは出張で県外へ出向いていた。
たった二日、会えないだけでも寂しくて死ぬかと思うほどの苦痛だったというのに、帰宅したその日から、入れ違いで今度は黒鋼が出張で旅立ってしまった。
ファイと同じく二泊三日で、帰ってくるのは金曜日。
そしてまさに今日がその金曜で、本来なら今頃二人で週末の夜を共に過ごしているはずだったのだが……。
黒鋼の出張先に、まるで謀ったかのように超大型台風が接近、そしてものの見事に直撃した。
当然のように交通機関はすべからく麻痺し、黒鋼はもう一晩宿を取ることを余儀なくされた。
この分では明日もどうなるか分からない状況で、ファイはひたすら大自然の脅威を恨んだ。
黒鋼は文句なら台風に言えなんて言うけれど、話の通じる相手じゃないことは分かっているし、自然災害という敵はあまりにも大きすぎる。
となると、理不尽と知りつつぶつける相手は黒鋼しかいないわけで。
しかも、これが通常運転だと分かっていながら、そのそっけない受け答えに不満は膨らんだ。
「もういいよ黒バカー! 帰ってこないならオレ浮気するからねー! 寝取られてやるー!」
『あぁ? なにくだらねぇこと言って』
「男は黒たん先生だけじゃないもんねーだ!」
黒鋼が疲れ切ったような息を吐き出す。
ファイはそのまま「じゃあね!」と吐き捨てると、一方的に通話を断ち切った。
*
くっはぁー……という、おかしな溜息が漏れた。
後ろ手に探り、黒鋼の愛用羽毛枕を取ると胸に抱いて、顔を埋める。
「またバカとかアホって思われちゃったろうなー……」
いつものことだけに、慣れてはいるけれど。
どうせならもっと可愛く我儘を言えればいいのに、つい駄々っ子のように振舞ってしまったことを後悔する。
余所の土地で仕事をして、本来なら今頃は自室で寛ぐことができていたはずの黒鋼の方が、ずっとしんどい思いをしていることも知っているのに。
(あれ、オレ黒ぽんにお疲れ様って言ったっけか……)
言ってない、ような気がする。
帰ってくるはずの時間に彼が戻らないものだから、ニュースを見て台風の情報も知っていたし、何かあったのではと慌てて電話をかけたまではよかった。
受話器越しに聞こえた黒鋼の声は普段と変わりなく、ただ淡々と今夜は帰れそうもない旨をファイに伝えた。
仕方がないと頭の中で理解はできても、割り切りすぎている相手との温度差に、ついカチンときてしまった。
だからつい、労いの言葉もかけないままにあんな物言いをしてしまって。
しかも当然のように浮気をするような相手もいないし、いたとしても、そんな気はさらさらない。
再び溜息をつくために息を吸い込めば、羽毛の柔らかい香りと大好きな人の匂いが、一緒に鼻孔を満たした。
今夜はたくさん甘えて、たくさん話して、お酒を飲んで、美味しいものを食べて……たくさん抱いてほしかったのに。
それを楽しみに今週いっぱいを乗り切ったと言っても過言ではなく、はっきり言って今のファイは電池が空になり、赤く点滅している状態だった。
黒鋼は、そんな風には思ってくれないのだろうか。
「……大人だもんな。黒様は」
しょんぼりと項垂れながら羽毛枕をさらに強く抱きしめる。
こうして一人で腐っていたって仕方がないし、せめて今夜はここで黒鋼の匂いに包まれながら、眠ってしまおう。
***
適当にシャワーを浴び、寝巻は黒鋼のシャツとジャージのズボンを勝手に引っ張り出して着こんだファイだったが、ベッドに横たわっていても、なかなか眠気は訪れなかった。
黒鋼はもう眠っているだろうか。
ぼんやりと暗い天井を見つめながら、そんなことばかり考えている。
たかだか数日離れて、それが一日伸びただけだというのに、眠れないくらいの寂しさを持て余す自分が少し情けなかった。
「声、聞きたいなぁ」
小さく放り出された呟きが、闇色の室内に儚く溶けた。
外は少し風が強いらしく、時折木の枝やざわめく葉が窓を叩く音が聞こえる。
「…………」
ファイは小さく身じろぐと、天井に固定されていた視線を僅かに伏せた。
本当なら、今夜は今頃。
どちらかともなく手を伸ばして、キスをして、抱き合って。互いの熱を確かめ合いながら、蕩けそうなくらい愛して、愛されていたはず。
黒鋼は、いつもどんな風に触れてくれていたのだったか。
ベッドの上掛けの中、ゆるゆると左手を移動させると、白いシャツの裾に触れる。そのまま指先をそっと忍ばせて、風呂上がりのしっとりした素肌の上に滑らせた。胸の位置まで持ってくることで、おのずとシャツが中途半端にたくし上げられる。
(すごく、恥ずかしいことしようとしてる、けど……)
どうせ誰もいないのだし。
少しだけ自分を慰めてやったら、あとはどうでもよくなって、グッスリ眠れる気がした。
ファイは目を閉じると、自らに暗示をかける。
これは自分の指ではなくて、黒鋼の指だ。彼の太く節くれだった、男らしい長い指なのだと。
まだ柔らかな胸の一点を『黒鋼』の指が掠める。
彼はここを苛めるのが好きだ。
指先や舌で転がすように刺激して、やがて小さくしこった粒に緩く歯を立て、吸いつき、指先で摘まんでは絞るように強弱をつけて弄ぶ。
そこばかりは嫌だと、どんなに涙を滲ませて訴えても彼はやめない。
赤く充血するくらい時間をかけて嬲って、切なさにファイがすすり泣く声を聞いて満足するのだ。
意地悪な黒鋼。
思いだすだけで心も身体も高ぶって、ぷっくりと尖ってしまった乳首を指先できゅうっと摘まむ。
「ん……ッ」
――情けねぇな。こんぐれぇで泣く奴があるか。
(だって……ここ、いじめられると……)
そう、彼は言葉でもファイを嬲る。
羞恥心を煽る台詞でじわじわと追い詰める。
消えてなくなってしまいたいくらい恥ずかしいのに、身体が勝手に悦んでしまうのだ。
「……ッ、くろさま……」
その声や仕草を思い描きながら、両膝を立てるともう片方の手を身体の中心へ這わせた。
下着をつけずに下を履いていたせいで、そっと手を潜り込ませるだけで熱を持った塊に触れることが出来た。
「ッ……!」
ビクンと身体が踊り、シーツが擦れ合う音がやけに大きく響き渡った。
(もうこんなになっちゃってる……)
すっかり火がついてしまった身体を持て余すように下唇に緩く歯を立てながら、僅かに腰を浮かしてジャージのズボンを下ろし、両膝を引き抜くと足首の辺りまですっかり下ろしてしまう。
そして勃起しかけた性器を掌で包み込み、緩く扱きはじめた。
ここまで来てしまったら、もうさっさと終わらせた方がいい。
黒鋼の裸体を思い描き、その逞しい骨格となだらかに隆起した美しい筋肉や、日に焼けた健康的な素肌に浮き上がる血管に意識を馳せる。
堪らない。
どうしようもなく加速していく欲望が、ファイから自慰に耽ることの羞恥や屈辱を遠ざけ、脳内を甘く蝕む。
「んんっ、ぅ……ッ、は、ぁ……!」
完全に起き上がったモノから先走りが止め処なく溢れ、上下に手を動かす度に水音が大きくなっていく。
シーツの上で身をくねらせながら、ファイは忙しない呼吸の合間に身も世もなく喘いだ。
断続的に電流を流されているように跳ね上がる腰の、さらに奥まった場所に鈍痛にも似た痺れを感じる。
これは物足りなさだと気がついた時、ファイは仰向けだった身体を横向きに倒し、先走りに濡れそぼる指先をその場所へ伸ばしていた。
意識のずっと奥底で、一体何をしているのかと呆れかえる自分に気付かないふりをして、その窄まった小さな穴に指先を潜り込ませる。
いったん放り出された性器には、胸のしこりをいじくり回していた方の手を添えて扱いた。
「あっ……んぅ……!」
一本ではどうしても足りず、二本に増やした指でじくじくと熱い秘穴を穿つも、入口の浅い部分にしか届かず、もどかしさと切なさに涙が滲む。
それでもファイの両手はそれぞれを追い込む動きを止められないでいた。
切なくて、もどかしくて、足りなくて、気持ちがいいけど、寂しくて。
欲しくて欲しくて、気が狂いそうなくらい。
「くろ、さま……くろさま……も、いき、そ……ッ」
今はファイの中にしかいない黒鋼が、ふっと笑った気した。
そしてあの腰に響くような低音で言うのだ。
好きなだけイケ、と。
「ッ――!!」
ダンゴ虫のように横向きに丸まっていた身体が引き攣ったように痙攣し、大きく跳ね上がる。絶頂の瞬間は息が止まった。
溜まりに溜まっていた欲望が白濁となって勢いよく吐き出され、ファイの手を、腹を、シーツを汚す。
ゆっくりと弛緩していく身体で、ファイは浅く乱れた呼吸が落ち着くまで目を開けられないでいた。
***
「……やっちゃった」
生ぬるい液体に濡れそぼった手をぼんやりと見つめて、呆然と呟く。
せっかくシャワーを浴びたのだって台無しだし、勢いでシーツも汚してしまった。
後始末のことを考えると余韻に浸る間もなく、胸の中に黒く濁ったような後悔が押し寄せてきた。
なんて虚しい真似をしてしまったのだろうか。
スッキリするどころか、自分自身への嫌悪感だけが剥き出しになってしまったような気がして、泣きたくなった。
それなのに、だ。
身体はどうにも収まりがつかない状態のまま、いまだ燻っていた。
達した直後だというのに性器はまだ完全には萎れておらず、さらにそれとは別の場所が次の刺激を期待して、浅ましく疼いていた。
普通の男性なら一発すっきりと抜いてしまえば静まるはずの熱が、発散しきれずに体内に留まり、渦巻いている。
自分の性欲の強さに途方に暮れた時、ファイはすぐに気がついた。
(……違う)
きっとこれは、黒鋼のせいだ。
長いことあの男に抱かれて、馴らされた結果、作りかえられてしまったせいだ。
彼のいいように、彼のためだけにあるように、彼でしか満足できない身体に。
(どうしよう……)
それでも今ここに黒鋼はいない。
持て余した欲求を必死で堪えながら、この熱が過ぎ去るのをただ待つしか。
「……そういえば」
ファイはふと思い立って、気だるい身体を起こすと枕元の照明のスイッチを入れる。
ほんのりとした明りの中、足元に絡みついていたジャージの下を適当に取り払って放り投げると、シャツ一枚でベッドから降りて床に膝をついた。
そして、ほんの少し戸惑った後、おずおずとベッドの下に手を伸ばす。
指先で探り当て、引っ張り出したのは小さな段ボール箱だ。
この中には普段、黒鋼との行為で使用するローションやゴムのストックがしまわれている。
もし本当にあの理事長がこのベッドの下の秘密を知っているのだとしたら、弱みを握られているのは黒鋼だけではないということになるのだが、今は考えないことにした。
「えっと……あ、あった……」
中を探ると奥から出てきたのは、ちょっとした秘密のアイテムだ。
それをとりあえずベッドの上にポンと置いてみる。
「う、うわー……改めて見ると……なんかこう……」
なんともいえない羞恥心に頬を染めるファイの目の前にあるのは、いわゆる大人のオモチャというやつだった。
ピンク色のローターが一つと、小ぶりだがリアルに男性器をかたちどった、黒々としたバイブ。
なぜこんなものがあるかというと、それはちょっとした好奇心や悪戯心からだった。
ローションやゴムの類を堂々と薬局などで購入するのは気が引けて、普段から通信販売を利用しているのだが、これは以前ファイが気まぐれで一緒に注文したものだった。
黒鋼には内緒で購入し、いざ届いた箱を開けた瞬間にビックリさせようと思った。
どんな顔をするだろうかとワクワクしていたら案の定、彼は面食らったような顔をし、それからすぐに顔を顰めた。
『これ使って遊んでみようよー! あ、なんなら黒たん先生に使ってあげよっかー?』
などと冗談で口走った直後、ゲンコツを食らったものである……。
どうやら黒鋼はこういったアイテムにあまり前向きではないようで、それ以来なんとなくしまい込んだままだった。
「ま、まさか本当に使う日が来ようとは……」
ファイはゴクリと息を飲んだ。
とりあえずローターは置いておくとして、黒々としたバイブを手に取ってみる。
取っ手の部分には弱中強の三段階を切り替えるシンプルなスイッチがあり、なんとなく弱に合わせて機動させてみた。
「う、うわぁ……」
途端にそれは小さく振動しながらうねうねと緩く回転しはじめた。ウィンウィン、という音がやけに陳腐で笑いを誘う。
暖色系の淡い光の中、黒いバイブの先端が光り輝いて見える様は異様で、なのに目が離せない。
これはこれで、想像以上に卑猥な光景だった。
面白半分で購入したのは自分のくせに、今頃になってなんとも言えない気恥かしさに頬が赤くなる。
大きさこそ黒鋼に比べれば粗末でしかないが、あまりにもリアルな形状が実にいやらしい。
人差し指で突いてみると、ほどよい弾力が地味に心地よかった。
黒鋼でなければ満足できないことは大前提としても、せっかく買ったのに一度も使わないのは勿体ないしと、ファイは心の中で言い訳をしながらひとまずスイッチを切った。
*
床に膝をついたまま、ベッドの縁に片手をついて体重を支えると、後ろ手にバイブの先端を宛がう。
あらかじめローションを軽くまぶしたそれは、入口に押しつけた途端、くちゅりといやらしい水音を立てた。
凄まじい羞恥心に、やっぱりやめておけばよかったという後悔がじわじわと押し寄せるも、ファイは意地になったように手を止めなかった。
「いっ、ぁ……」
バイブが潜り込んで来た瞬間、自分の指で多少解した程度では足りなかったのか、僅かな痛みに肩を竦める。
けれど我慢できないほどではない。
黒鋼のものを受け入れる時の、あのとてつもない異物感と圧迫感に比べれば、こんなものは可愛いものだと思えた。
(黒たん以外の入れるの……初めてかも……)
そう思うほどに悪いことをしているような気がして、胸が締め付けられた。
どこか甘い背徳感に背筋を震わせながら、自分の匙加減で押し込めるバイブの生温い感触に、唇を噛みしめる。
「んぅ……ぁ、はい、った、かな……?」
中に入れた状態でスイッチを入れる勇気はないものの、早く終わらせたくて馴染むのも待たずに動かしはじめる。
自分でも恥ずかしいくらい締め付けているのが、擦る都度引き攣る肉の感触から伝わった。
まだどこか躊躇が勝っているせいか、それほど深くは銜えこめない。
けれど指よりは遥かに太く、己の感じる場所を狙って抉るには十分だった。
「あっ、ぁ! ん、んっ……!」
当たりをつけてイイ場所を突けば、甘い声を抑えられず、硬く張り詰めた性器からは先走りが滲んでいく。
物凄く恥ずかしくて、切なくて、愚かなことをしているという自覚さえも、人恋しさを忘れて快楽を貪るための餌になった。
(これ、結構気持ちい、かも……)
自然と腰を揺らしながら、ファイはこの一人遊びに夢中になりつつあった。
ベッドの縁に置いた手でシーツをぎゅっと握りしめ、汗の滲む額をそこに押しつける。
「くろ、た……ぁ、くろ……っ」
その名を呼ぶとさらに快感が増した。それでもあと一押しが足りない。
ただ単純に自分を慰めるだけなら十分な刺激は感じているものの、後ろだけでイクには無理があった。
(イキたい……イキたいよ……!)
シーツに額を強く押しつけたまま、ファイはもう片方の手を身体の中心に伸ばした。
吐き出せないまま震える性器を握りしめ、体液で滑るそれを扱きあげる。
ようやく満足のいく値まで快楽が競り上がり、あとはもうフィニッシュを迎えるだけ、というところでさらに黒鋼の名を呼んだ。
「あっ、あっ、いく、いく、黒様、黒様ぁ……!」
その時。
「呼んだか」
……え?
空気が一瞬にして凍りつくとは、まさにこのこと。
ファイは石のように硬直しながら、全身からヒヤリとした汗が噴き出すのを感じる。
いやまさか……そんなバカな……。
いっそギギギ、という音がしそうなほど固まりきった動きで、首だけ背後を振り返る。
するとそこにはいないはずの人間がスーツ姿で腕を組み、部屋の入り口に背を預けて立っているのが見えた。
その瞬間、サァ、と全身の血が足元へと下がっていくのを感じる。
「よう」
「く……く……くろ……ど……な……い……」
どうして、なぜ、いつから。
そのどれ一つとしてまともに声にならなかった。
頼りない明りの中、黒鋼がどんな顔をしているかまではよく見えない。
普段のジャージ姿とは対照的に、出張帰りの彼はスーツを纏っているが、ネクタイは外され、ジャケットも脱いで片腕に引っかかっている。
手の中からバイブが抜け落ちて、床にゴロリと転がる音が大きく響く。その瞬間、頭の中が真っ白になっていたファイは、目を回しながらパニックを起こす。
「ななななな、なんで~~~!? なんで黒様がここに~~~!?」
「俺が俺の部屋に帰ってくるのに理由がいるか?」
「だだだ、だって帰って来れないって~~~!!」
慌ててベッドの側面に背中を押しつけるようにして身体を丸めたファイは、あまりのショックと絶望感に終始声を裏返しながら叫ぶ。
一度冷え切った血液が沸騰し、全身火だるまになりそうなほどの羞恥に涙が出てきた。
黒鋼は「ふん」と鼻を鳴らすと足を踏み出し、こちらに向かって距離を詰める。
「こここ、来ないでー!!」
もっとも会いたかった人間に、もっとも見られたくない場面を見られてしまったことに、ファイはこの世の終わりのような気分を味わった。
出来ることなら今すぐ消えてなくなりたい。
彼が今、何をどう思っているかを考えるだけで、気がおかしくなりそうだ。
ファイは体育座りの姿勢の状態で真っ赤な顔を両手で覆うと、情けなさについに泣き出してしまった。
(もう終わりだよぉ……こんなの見られて生きていけないよぉ……)
こんなことになるなら、おとなしく我慢して寝ているべきだった。
そんな後悔をしてももう遅いのだが。
黒鋼はジャケットをベッドの上に放り、ファイのすぐ側にしゃがみ込むと、深い溜息を吐きだした。
呆れて果てている様が伝わって、思わず肩をビクンと揺らす。
「こんなもん引っ張り出して……こいつがあれか? てめぇの浮気相手か?」
先刻までファイを慰めていた物体を掴み上げると、黒鋼はそれをまじまじと眺めはじめた。
ファイは顔を上げることが出来ないまま肩を震わせる。
「うぅ……もうやめてよぉ……死んじゃいたいよぉ……」
「そう言う割には随分とお楽しみだったじゃねぇか、こいつで」
何も言えずに喉を詰まらせるファイに、黒鋼は「顔を見せろ」と短く命じた。
そんなこと出来るはずないと嫌々と首を振れば、強引に前髪を掴まれて上向かされる。
「ッ!?」
視界に飛び込んできた黒鋼は無表情でこちらを見下ろしていて、ファイはくしゃりと顔を歪めた。
きっと酷く軽蔑されてしまったに違いない。そう思うと、涙と震えが止まらない。
ファイの方からは何も言いだすことが出来なくて、ただ死の宣告を待つような心境で沈黙に耐え続ける。
すると黒鋼は無表情だった口元を僅かに歪めながら、驚くべきことを口にした。
「まだ途中だろ?」
「……ふ、ぇ……?」
「遊んでやるから、こっちにケツ向けろ」
***
黒鋼は口元こそ仄かに笑みを形作ってはいたものの、目だけは決して笑っていなかった。
何を言っているのかを脳が理解する前に強い力で腕を取られて、ファイはあれよあれよと言う間に上半身だけをベッドに預け、尻を突き出す姿勢を取らされていた。
黒鋼のシャツを拝借していたため、ギリギリ隠れていたはずの臀部もペロリと剥き出しになり、一気に血液が首から上に集中した。
「ちょ、なにを……!?」
咄嗟に逃げだそうと両手でシーツを引っ掻いたところで、黒鋼の低い声が「うるせぇ」と吐き捨てた。
同時に、勢いよく風船を割るような音と共に、臀部に衝撃が走る。
「ッ――!?」
そのまま幾度か尻をぶたれて、その都度ファイは引き攣ったような短い悲鳴を上げながら、身体を大きく震わせた。
痛みはそれほどでもないのに、気持ちがいいくらい小気味よい音の後に、薄い尻の肉がじんと痺れる。
「ヒィッ、ん! やだ、ぁ……ッ、痛い、よぉ……!」
「尻引っ叩かれて腰振ってるやつが、嘘つくんじゃねぇよ」
ファイの背後に胡坐をかいた黒鋼は、大きな両手でほんのり赤く染まった双丘を揉みしだくと、中心の窄まりが歪むほどに肉を割り開いた。
とんでもない場所に痛いほどの視線を感じて、ファイは涙の滲む瞳をぎゅっと閉じた。
これから何をされるのだろうかという不安と、期待にうち震える。
黒鋼が姿を現したことで一気に縮みあがっていた性器は、彼の言うとおり尻を打たれたことで、徐々に力を取り戻しつつあった。
つくづく自分という人間のマゾぶりに嫌気がさすけれど、もはやファイには自己嫌悪に頭を痛めるだけの余裕は残されていなかった。
黒鋼の両方の親指が、ひくひくと震える秘穴に引っかけるようにぐいと挿しこまれたかと思うと、それを左右に引っ張って広げるような動作を見せた。
体液とローションに濡れて、バイブで穿っていた場所はすっかり柔らかく解れ、蕩けきっているのが分かる。
中の肉まで見られているのかと思うと、たまらなく恥ずかしい。
「やっ、いや……ッ! 広げちゃだめ……ッ!」
「中までヒクヒクいってるぜ?」
「やだぁ! 見ないでぇ……!」
逃れようと腰を大きく揺らす様に満足したのか、黒鋼は鼻で笑いながら思いのほかアッサリと両手を離す。
ホッとしたのも束の間、すぐにきゅうっと口を噤んだ秘穴が切なく疼きだした。
シーツを強く握りしめたまま、上半身を捻って背後へ潤んだ目を向ける。
物欲しげなその視線に、黒鋼はにやりと笑うと「焦るなよ」と言った。
「まだ遊び足りねぇだろ?」
「くろ……?」
「こいつも面白そうだぜ」
そう言って黒鋼が手にしたのは、ベッドの片隅に追いやられていたピンク色のローターだった。
彼はそれを指先で摘まみ、舌を這わせると唾液で軽く濡らす。
この流れで次に起こることは簡単に予測できて、ファイは背筋にヒヤリとした何かが駆け抜けるのを感じた。
そしてその予想は寸分の狂いもなく実行される。
黒鋼の手が片方の尻の肉を掴み上げ、押し広げたと同時に、つるんとした丸いものが中に潜り込んできた。
「ひ、ぁ……!」
そのまま深く押し込まれて、異物を置き去りにしたまま指だけが引き抜かれる。
今のファイは、尻の穴からピンク色の細長いコードだけが伸びている状態だ。
その線を辿っていくと、ロータリー式の簡単なスイッチがある。オンオフと強弱の調節を兼ねたそれを手にした黒鋼は、興味深そうにそれを眺めながら、スイッチに親指を添えた。
「こいつを回せばいいのか?」
「ちょっ、だめ、うぁ……!?」
その途端、唸るようなモーター音と共に身体の内部でローターが振動しはじめた。
下腹部になんともいえない気持ちの悪さが重々しく広がっていく。
「やっ、やだこれ……ッ、中、響いて……ッ、きもち、わる、い……ッ!」
シーツに額や頬を擦りつけながら、まるで痒みに耐えるかのように腰をもじもじと揺らす動作を止められない。
身体の中に埋め込まれた異物が、ひたすら無機質な振動を繰り返す中、後ろで感じることを覚えこまされた身体は、すぐにそのもどかしい刺激を甘く受け入れはじめる。
細いコードだけを食んでいる入口がヒクついているのが、自分でも嫌というほど分かった。
振動によってもたらされる痺れは泣きたくなるほど甘くても、これだけでは絶対にイケない。
すぐに次の、もっと強い刺激が欲しくて仕方がなくなる。
「ねっ、ねぇ! これ、足りない! こんなのじゃ、オレ……!」
「弱いか? 刺激が」
そう言って、黒鋼は手の中のスイッチをさらに回した。
モーター音と振動が大きくなって、下腹部で留まり続けていた感覚が心臓にまで向かって痛いほど響いた。
「ひっ、ぃ!? ちがっ、アッ、響くから、もうやめてぇ……ッ」
嫌々と首を振ると幾つもの涙が飛び散って、シーツに吸い込まれていった。
こんな無様な姿を間近で見られていると思うと、理性とは裏腹に性器が痛いほど張り詰める。
ローターによる刺激というよりは、突き刺さるような視線の方に煽られていることは明白だった。
結局はお預けを食らったまま、限界点で縛られたままの快楽を、一刻も早く解放したくて仕方ない。
(もう、我慢できない……!)
シーツを握りしめていた右手を、自らの身体の中心へと伸ばしかける。
しかしあと少しで触れるというところで、背後から伸びてきた黒鋼の手がファイの右手首を強く掴んだ。
「えッ!?」
そのまま肩に痛みが走ったかと思うと、右腕を捻るようにして手首を背中にぐっと押しつけられてしまった。
もはや上半身はベッドに張り付けるように固定されてしまったも同然で、自由な左手でシーツを掻きながらもがいても、それは無駄な足掻きでしかなかった。
元々腕力に大きな差があるだけでなく、膝立ちになった黒鋼が僅かに体重をかけて寄こすだけで、ファイにはもはや成す術がない。
「は、離して……!」
「いいから黙っとけ」
黒鋼はそう言うと、床に転がっていたバイブを手に取る。
まともに身体を捻ることも叶わないファイだったが、痛いほど首を捻ってどうにかそれを視界の隅に収めた。
「や……まさか……」
「こいつが欲しかったんだろ?」
「ちが……ちがうよ……そうじゃな……」
嫌々と、泣きながら首を振る。
それはあくまでも黒鋼の代わりであって、本人が側にいる今では無用の代物のはずだった。
彼だってそれは分かっているはずなのに、どれほど首を振って意思表示をしても、受け入れられる様子はない。
「大事な浮気相手だ。しっかり味わえよ」
そしてついに、いまだ振動するローターが残されている穴に、バイブが奥深くまで押し込まれた。
「ッ――!!」
「すげぇ光景だな。美味そうに銜えこんでるぜ」
ショックに目を見開きながら、咄嗟に声も出せないでいるファイを置き去りに、黒鋼は感心したような息を漏らしながら呟いた。
ずっと物足りなさに疼いていた肉壺が、血の通わない無機物によって満たされて、ローターの振動を吸収する。
もしこれを動かされでもしたら……そう考えると恐ろしくて、歯の根が鳴るのを止められない。
「ぬいて……ぬいて……お願い……!」
「あ? これからだろ?」
「こんなのやだよ……! お願いだから……!」
「どうせなら最後まで堪能しようじゃねぇか」
血の気が引くのと比例するように競り上がる絶望的な感情は、カチ、という音を聞いた瞬間に真っ白に染まった。
「――ッ!?」
中で、バイブが唸る。
ぐりぐりと回転するように肉を擦り、ローターと一緒に無遠慮に暴れだす。
「ヒィッ、ん! あ、ぁッ! これだめ! これ、いやだぁ……ッ!!」
バイブが蛇のようにうねうねと動けば、中でローターごと掻きまわされる。
それは時折ファイの最も感じる場所を掠めては離れてを繰り返し、強制的にもたらされる快感はあまりにも暴力的で、理不尽なものでしかない。
そしてそこに、さらなる責めが加えられる。黒鋼の容赦ない手によって、抜き差しまでもが開始された。
「やだ、やだぁ……! ひぃぃッ、んッ、く、あ、やあぁッ!」
腹の中で響く不快な機械音と、肉を抉るように擦り上げる鈍い水音が重なりながら、ファイの中を滅茶苦茶に破壊しようとしている。
嫌だ嫌だと喉をひりつかせながら叫んでも、彼は何も言わずにただ攻め続ける手を止めなかった。
(黒たん、やっぱり怒ってるんだ)
どうして帰れないとはっきり宣言していたはずの彼が、ここにいるのかは分からない。
けれどきっと、子供のように自分勝手な我儘を言っただけでなく、一人のうのうと人の部屋で自慰になんぞ耽っていたことに呆れ果て、そして腹を立てているのだ。
今だってこんなもので感じてよがり狂っている姿を見て、彼は何を思っているのだろう。
「イケよ。限界だろ?」
せめて心だけはこんなオモチャなんかに屈したくないのに。
突き放す物言いは確実にファイの胸を抉るのに、快感がそれを飲みこもうとしていた。
口の端から犬のように唾液を滴らせるファイは、潤みきった瞳をどんよりと濁らせた。
黒鋼が穿つ度に響き渡るぐぽぐぽという下品な音に、無意識に口元が笑みを象った。
どれほど無様だとしても、抗いようがないなら、抗わずに落ちぶれてしまった方が、ずっと心が楽になる。
ファイは、完全に飲みこまれてしまった。
「あぁっ! あはっ! イイ……気持ちいいの……! 黒たんじゃないのに! 違うのに! 中、すごい、ぐちゃぐちゃって、気持ちいいッ!!」
「……この淫乱野郎が」
忌々しげな呟きに背筋が凍るほどにゾクゾクと震えた。
「もっと! あはっ、あぁ! もっといじめて! ぁ、もっ、と……ッ、酷いこと、言ってぇ……!!」
そしてイカせて、と。
甲高い声でそう叫んだとき、黒鋼の舌打ちを聞いた。
あと少しというところで、バイブとローターが一緒に引き抜かれる。
「ッ!?」
どうして、と抗議の声を上げる間もなく、ファイは身体を乱暴にベッドの上に引きずり上げられていた。
捲れ上がって剥き出しの背中に、柔らかなシーツの感触がぶつかる。
何が起こったのか理解できず、咄嗟に見上げた先には、縁に膝をついて乗り上げる黒鋼の、怒りに満ちた表情があった。
「くろ……?」
「こんなつまんねぇもんで、いつまでもよがり狂ってんじゃねぇぞ」
鋭い目つきに殺気すら感じて、ファイは身を竦ませた。
硬直したまま身動き一つ取れないでいるファイは、ベルトのバックルが立てる微かな金属音にハッとする。
彼はファイの片足の膝裏を掴み上げ、ぐっと押し上げながらも片手で器用に己の前を寛げ、そそり勃つ肉棒を勢いよく取り出して見せる。
「ッ……!」
その見事なまでの質量を誇る、逞しい性器にファイは息を飲んだ。
見慣れているはずのそれが、いつにも増して恐ろしい凶器に見えた。
「手加減はいらねぇな?」
獰猛な獣を思わせる口元で、彼は舌舐めずりをした。
瞬きも忘れて見入っていたファイは、次の瞬間ぐっと入口に押しつけられた高熱に我に返る。
咄嗟に口を開きかけた自分が何を言おうとしたのかは、分からない。
ただファイが声を発する前に、彼は勢いよく腰を打ちつけてきた。
ズン、という凄まじい衝撃と共に息が止まり、一瞬視界がブレる。
腹の奥を突き破られて、心臓まで貫かれたような感覚の後、凶暴な熱がそこから全身に広がった。
ファイは「あ」という形に口を開ききったまま目を見開いて、カチカチと小刻みに震えた。
「ッ! ッ、ぁ……! ヒ……ッ!!」
馴染むのさえ待たずに、黒鋼は容赦のない抽挿を開始した。
最初の挿入時に肺の中身を空にしていたファイは、満足に息を吸い込む隙も与えられないまま、ただ揺さぶられる。
舌を噛みそうなほどの乱暴な突き上げに身体をしならせながら、ブレ続ける視界で幾つもの光が爆ぜた。
「こんなもんじゃ足りねぇか? おい、答えろ淫乱」
「ぁ……ッ、が……、ぃッ、……ッ!」
「こいつとあのくだらねぇブツと、どっちがいいって?」
「まっ……ぃ、き……ッ、でき……なッ!」
下手に言葉を紡ごうと思えば、本当に舌を噛み切ってしまいそうだった。
指先が色を変えるほどシーツを握りしめていても、振り落とされそうな感覚が消えない。
中を限界まで満たす肉の質量によって、内臓ごと引きずりだされては押し込められるような、そんなおぞましい錯覚が皮膚の上を蛇のように這いずっている。
ファイが受け止めるにはこの衝撃は強すぎて、そしてまるで死と隣り合わせの快楽は、本能的な恐怖を剥き出しにさせた。
黒鋼の荒々しい息使いが、酷く遠くに聞こえる。
(凄い……これ、凄い……やっぱり、これがいい……)
恐れと同時に込み上げる甘美なそれは、麻薬のように脳を犯して、死への恐怖を覆い尽くしてしまった。
例えば今この瞬間、本当にこの命が尽きたとしても、この海で溺れるならば。
(いいや……それでも……)
「――ッ!!」
抱え込まれた足先と、シーツの波間を彷徨っていた爪先が、同時に突っ張った。
心臓に拳を叩き込まれたような感覚を味わいながら、ファイは散々先延ばしにされていた絶頂に全身を打たれた。
*
「ぃ……おい、しっか……ろ……」
真っ暗だった視界に、ほんのりと光が射しこんだ。
その光はゆっくりと滲むように広がって、ぼんやりと定まらない焦点を一つに結ぶ。
「ぁ……」
頬を軽く打たれる感覚と、むっつりとした表情で覗きこんでくる黒鋼の顔。
ファイが小さく声を上げて、幾度か瞬きをすると、彼はホッと息を吐き出した。
「あ、れ……? オレ……生きてる……?」
「悪い。やりすぎた」
どうやら酸欠と過ぎた快感に、失神していたらしい。
身なりは相変わらずシャツ一枚だけのようだが、しっかりと枕に頭を預けた形で身体はベッドに横たえられている。
まだ脳内はぼんやりしていて、全身が鉛のように重たいが、心はどことなくふわふわとした安心感に包まれていた。
理由はきっと、黒鋼から先ほどまでの刺々しさが抜けているからだ。
「水飲むか?」
彼はこちらに身体を向けるようにして腰を落ち着けていたベッドの縁から、立ち上がろうとした。
それを阻むように、ファイは咄嗟にその手を掴む。
ぴたりと動きを止めた黒鋼に見下ろされて、なんとなく頬を染めながら視線だけ逸らした。
「いらない」
「……そうか」
「あの……」
「なんだ」
「……ごめん」
ファイの短い謝罪を聞いて、黒鋼は僅かに小首を傾げた。
「その、オレ子供みたいに我儘ばっか言って……黒たんの部屋で……一人で恥ずかしいことして……」
黒鋼は何も言わず、ただ鼻から短く息を吐き出した。
ファイがおずおずとした上目使いで「まだ怒ってる?」と問うと、彼はムッと眉間の皺を深くした。
「……怒ってねぇ」
「嘘だー……だって黒様すっごく怖かったもん……あんな黒様、初めてだったし……」
「だから、俺は元々怒ってねぇって」
「ぜーったい嘘ー! オレが一人でいい子で待ってなかったから、怒ってるんだー!」
「うるせぇ奴だな。別にそんなんでムカついてたわけじゃねぇよ」
「じゃあ何でムカついたのー」
黒鋼はぷいっとそっぽを向くと「さぁな」と言った。
ならばさっきの鬼のような攻めっぷりは、一体なんだったのか……。
疑問に感じつつも、とりあえずもう怒ってもいなければムカついてもいないようだし、まぁいいかと思った。
それよりもっと根本的な疑問を思い出して、明後日の方を向いている黒鋼の白いワイシャツの袖を、くいくいと引っ張った。
「そういえば黒ワンコー、帰って来れないんじゃなかったのー?」
「……ああ、それか」
再び身を横たえるファイに視線を戻した黒鋼は、ここに帰って来るに至った経緯を簡単に話はじめた。
台風の影響で予定の時刻より僅かに遅れたものの、どうにか新幹線に乗り込むことには成功した黒鋼だったが、徐行運転の末に一時ストップを食らう羽目になった。
仕方なく時間潰しに仮眠を取っていたところで、ファイからの着信に叩き起こされ、すぐにデッキに出てそれを受けたのだという。
その後ほどなくして新幹線は動き出し、予定の時刻からは大幅に遅れたものの、黒鋼は無事帰宅を果たすことができた。
と、いうところまで聞いて、ファイは怪訝そうな顔をしながら首を傾げた。
「それは分かったけどー……でもなんで帰れないなんて言ったの?」
「……なんでだろうな」
再びそっぽを向いた黒鋼の横顔をぼんやり見つめて、ファイはふと察した。
こやつ、さてはサプライズを狙ったな……? と。
彼にしてみれば、ちょっとしたドッキリでも仕掛けるつもりだったのかもしれないが、すっかり間に受けてしまった自分は一人寝の孤独に耐えきれず、とんだ醜態を晒すことになってしまった。
あの唐突に背後から声をかけられた瞬間の、背筋の凍る感覚を思い出して、ファイは頬に熱を登らせると涙目になる。
「黒たん……酷いや……」
「あ?」
「ちゃんと言ってくれれば……オレは……オレは……」
「…………まぁ……なんだ……その……悪かったな」
「うぅ……ばかあぁ! 黒たん先生の黒バカぁ!!」
起き上がるには体力ゲージが空で、というより腰に力が入らず、ファイは両手を伸ばして黒鋼の肩や二の腕をポカポカと叩いた。
彼にしてみれば、喜ばせてやろうとワクワクして帰ったと思ったら、真っ先に嫁の痴態が目に飛び込んできたのだから、その驚愕たるや察するに余りあるのだが……。
「うるせぇな……悪かったっつってんだろ」
「せっかくお風呂も入ったのにさ……これじゃあもう一回入らないと寝れないよぉ」
「いや、それは元々……」
「うるさいバカー!」
キャンキャンと騒ぐファイの完全なる八つ当たりに、心底うんざりした様子の黒鋼だったが、彼は自分がとっとと折れてしまった方が、話が早いと判断したらしい。
再び悪かったと口にしてから「じゃあどうすりゃいい?」とこちらに選択を委ねた。
こうやって自ら折れる時の黒鋼には、どこまで甘えても許されることをファイは知っていた。
だからちょっと照れ臭そうに頬を染めてから、上目使いで彼を見上げた。
「じゃあ……お風呂一緒にはいろ」
「おう」
「動けないから抱っこして、オレのこと連れてくんだよ」
「わかった」
「そしたらね……」
誘うように手を伸ばすと、黒鋼は身体を倒して軽く覆いかぶさる形になった。
その首に両腕を絡めれば、大きな手がファイの額と柔らかな前髪を優しく撫でる。
くすぐったさに目を細めて笑って、近すぎる距離で視線を合わせながら、囁くように甘えた声で言う。
「もっかい、今度はちゃんとしよ」
鼻から小さな息を吐き出しながら笑った黒鋼は、答えの代わりにファイの唇を奪った。
やがて触れるだけでは済まなくなってきたその口づけに、ずっと不足していた心の栄養分が補われていく気がした。
物凄く恥ずかしくて怖い目にはあったが、今はこうして黒鋼が傍にいることが純粋に嬉しい。
一緒にいる時間の方がずっと長くて、離れていた時間なんてほんの些細なものでしかないのに、やっぱりこうして触れていなければ、すぐに足りなくなってしまう。
僅かに糸を引いて離れた唇から、震えた吐息を零しながら、ファイは潤んだ目元で花のように微笑んだ。
「おかえり黒様……それと、お疲れ様」
会いたかったよの言葉は、再び重ねられた唇に飲みこまれて、上手く紡ぐことはできなかった。
←戻る ・ Wavebox👏
「ッ、ぅ……も、やめ、ろ……ッ、頼む、から……ッ」
忙しない呼吸と、苦しげに呻くような声がした。
それは聞きなれたもののように思えるのに、何かが、違うような気もして。
少女はふと、意識を浮上させる。
(あれ……私、どうして……?)
遠くで下校時間を知らせるチャイムが鳴り響いていた。
一体いつの間に眠ってしまったのだろう。こんな時間になるまで、目を覚まさないなんて。
まだ夢の中にいるようなぼんやりとした頭で、幾度か瞬きをしてみる。霞む視界が徐々に鮮明になってくると、そこには自分のスカートと、白い膝小僧が映っていた。
どうやら椅子に座ったまま、がっくりと項垂れた状態で居眠りをしていたようだ。だけど、なぜだろう?
ふと小さく身じろいだのと同時に、違和感を覚えた。瞬間、意識がハッキリと覚醒して、びくんと肩を揺らしながら息を飲んだ。
「ッ!?」
両手首が、椅子の背もたれに括り付けるようにして、きつく縛りつけられていた。両足もそれぞれ前脚部分に縄できっちりと固定されて、まるで身動きが取れない。
(な、なにこれ……なんで私、縛られてるの……!?)
全身が冷水を浴びたように硬直していく。導火線に火がついたみたいに、じわじわと混乱が押し寄せてきた。今にも悲鳴をあげそうになりながら、必死に前後の記憶を手繰り寄せてみる。
そうだ、自分は確か、具合が悪そうにしていた『彼』に付き添って、保健室を訪れていたはず。それがなぜ、四肢を拘束された状態で目を覚ますなんて、ありえない状況に置かれているのだろう?
一人でも平気だよと強がりを言う『彼』に寄り添い、保健室のドアをくぐった辺りから、記憶がぷっつりと途切れている。
「ぅぐ、あッ……! ダメ、だ……これ以上は、本当に……ッ」
またあの声が聞こえて、一気に思考が引き戻される。
知っている。少女はこの声を知っている。やっぱりこれは、『彼』のものだ。
「花京院」
それとは別に、低い男の声が『彼』の名を呼んだ。
少女はごくりと喉を鳴らしながら、ゆっくりと、ゆっくりと俯けていた視線を上げる
目に飛び込んできたものを、最初はまるで認識できなかった。
夕暮れ時の保健室。黒い。黒い、塊。
「てめーの大事なお姫様が、ようやくお目覚めのようだぜ」
窓から差し込む強い夕陽に、視界が眩む。黒い塊はその鮮烈な赤を背負って、そこにいた。
少しずつ目が慣れていくと、塊が二つの人の形を成していることに、気がつく。
全貌が認識できた途端に、少女は青褪めた表情で目を見開いた。
真っ先に、目が合った。
恐ろしいまでに美しく整った顔立ちをした男が、少女を見て笑っている。
凍り付いたように冷たい翡翠が、猫のように、すぅっと細められた。
――JOJO。
あまりにも整いすぎた、彫刻のような美を湛える容姿。教師ですら平伏す豪然たる振る舞い。不良という名のレッテルを欲しいままにする男。
こんなに近くで顔を見たのは、初めてだ。どうしてこの男がここにいるのだろう。それに。
なぜ、『彼』が……?
ベッドの縁に腰かけるJOJOの膝の上には、制服の前をシャツごと引きちぎられて素肌を覗かせる『彼』が……花京院が、座らされていた。その腹にはまるで一度大きな穴でも空けたかのように、歪な傷跡がこびりついている。
花京院はズボンと下着さえも剥ぎ取られ、完全に下肢を曝け出していた。長い両足の先で、靴下と上履きだけがいやに白く、そして寒々しく目に映る。
真っ赤なチェリーのようなピアスが、燃えさかる炎のように煌々と輝き、揺れる。
彼は後ろ手に拘束され、片足をJOJOの腕に引っ掛ける形で股を開かされていた。その身体の中心では、赤く腫れた性器が震えている。なぜか根本が白い布のようなもので縛りつけられているのが見えた。おそらく彼がいつも持ち歩いている、ハンカチ、だと思う。
あまりにも、異様な光景。
「ぁ……」
少女の視線を真正面から受け止めて、花京院はその表情を絶望に青白く染めながら、カタカタと震えだした。声もなく首を振り、身を捩って逃れようとするのを、JOJOの太い腕が許さない。
背けようとしていた顔はもう片方の手に顎を掴まれ、無理やりこちらを向かされる。
「しっかり見せつけてやんな」
「いや、だ……頼む、から……!」
「ッ――!!」
少女は咄嗟に悲鳴を上げようとしたが、それはどういうわけか叶わなかった。
息を吸いこもうとした瞬間、喉に強い圧迫感を覚えたのだ。まるで大きな手に首を一掴みにされているみたいに。ギリギリと締め付けられて、息ができない。
「ぁ、ッ、が……っ!?」
「やめろッ! 彼女には手を出さない約束だろう……ッ!!」
花京院の悲痛な叫びが、ずっとずっと遠くに聞こえる。そのくせJOJOが冷やかに鼻で笑う声だけは、ハッキリと聞こえた気がした。
このままでは死ぬ。死んでしまう。こんなにも死を身近に感じたのは、生まれて初めての経験だ。怖い。怖い。見えない『何か』が、今にも自分を締め殺そうとしている。それがどんなものかは見えないし、感じることもできないけれど、大人しくしていなければ、一瞬でくびり殺すことが出来るのだという警告だけは理解できた気がして、少女は大きく開けていた口をぐっと閉じた。
すると、圧迫感がほんの少しだけ和らいだ。ひゅうっと息を吸い込んだと同時に、思いだしたように全身に冷たい汗が噴き出す。
おかしい。絶対におかしい。得体の知れない恐怖に、全身の血が凍りつく。
「てめー次第だ。わかるな?」
「ッ、この、下衆が……ッ」
耳元で囁いたJOJOに、花京院は憎しみを露わに表情を歪め、気丈にも吐き捨てる。
JOJOはどこか満足そうに笑みを浮かべ、低く唸るような声で笑った。
「……約束だったな。この女が目を覚ましたら、イカせてやるってよ」
「ッ……!?」
息を飲んだのは、少女と花京院、同時だった。
「それとも、もっと焦らされてえのか?」
「いや、だ……いやだ……承太郎、頼む! やめろ……ッ!」
JOJOの大きな手が、容赦なく花京院の張り詰めた性器を扱きはじめた。どれだけ長い時間、こうして嬲られていたのだろう。花京院は苦悶に満ちた表情で、一言だけ「ひ」と短く悲鳴をあげたあと、痛々しいほど強く唇を噛み締める。
少女は、瞬きもせずにただ見つめることしかできなかった。目の前で起こっていることが信じられない。理解できない。頭の中がぐちゃぐちゃで、どうしたらいいか分からなかった。
(これは……なに……?)
どうしてこんなことになっているの?
どうしてJOJOはこんなことをするの?
私は一体、なにを見せられているの……?
どうして、どうして、どうして。
わからない。何もわからない。
ただ今この瞬間、目を覚ましてしまったことを深く、後悔していた。
***
なんとなく。
本当に、ただなんとなく。
キッカケは、互いにほんの些細な気紛れから、だったのだと思う。
花京院典明といえば、転校初日に忽然と姿を消し、そのまま数ヶ月にもおよぶ失踪を遂げていたことで有名な人物だった。
その間どこにいたのか、何をしていたのか、真相を知るものは誰もいない。彼はある日、何事もなかったかのように姿を現し、当たり前のように学校という空間に溶け込んでしまった。
なにか重い病に侵されているのではないか。どこか裏の世界に通じていて、学生としての姿は仮のもの、なのではないか。様々な噂だけが次から次へと生まれては、消えていく。
何か秘密がありそうな、物静かでミステリアスなクラスメイト。
少女にとって、花京院典明は住んでいる世界の違う、遠い存在という認識だった。
そんな花京院と初めて言葉を交わしたのは、放課後の図書室でのことだった。
高い場所にある本が取れず、背伸びをしていたところに頭上から伸びて来た白い手。それが彼のものだった。
爽やかで濁りのない声が「どうぞ」と言って本を差し出してきた瞬間、その少女漫画のような光景に心臓を掴まれるような思いがした。
鮮やかな赤い髪に夕焼け色を吸い込ませ、すみれの花のように澄んだ瞳をして微笑む花京院は、今まで見てきたどんなものよりも、美しく輝いて見えたのを覚えている。
なんとなく。ただ、なんとなく。
それをキッカケに、二人はよく放課後の図書室で顔を合わせては、少しずつ会話をするようになった。
話してみると、彼とは読書を好む以外にも、多くの共通点があった。
好きな音楽や憧れている俳優、応援している野球チーム。女友達と話をするよりも、花京院との会話は驚くほど弾んだ。誰かと一緒にいて、これほど楽しく、そして心が安らぐのを感じたのは初めてだった。
なんの変哲もない平凡な日常は檻のようで、彼なら、きっと自分をここから連れ出してくれる。そんな予感めいたものを、漠然と感じはじめていた。
二人の交流は、いつしか学校の外にまで及んだ。
映画を見に行ったり、喫茶店でお茶を飲んだり、図書館で一緒にテスト勉強をしたり。
花京院はいつも優しくて、格好良くて、紳士的で大人びていて、まるで子供の頃に絵本で見た、王子様のようだった。彼と一緒にいると、まるで自分がお姫様にでもなったような気にさせられて、気がつくと、胸がドキドキと高鳴るようになっていた。
男女の間に友情が芽生えることがあるのかどうか、異性と親しい仲になったことのない少女には、まだ分からなかった。
だけど街を歩けばカップルに見られているだろうし、学校では、あっという間に噂になった。
だからお互い、意識してしまったのかもしれない。下校中、ふと会話が途切れたとき、偶然ふたりの指先が触れ合った。一瞬だけギクリとして、それから、どちらからともなく、手を繋いだ。
友情と判別のつかない、曖昧な関係がそこで終わった。
花京院とは手を繋ぐ以上のことはまだなくて、あくまでも清い関係が続いていた。
自分たちは高校生だし、キスだとか、ましてやその先のことなんてまだ早い。一緒に同じ時間を過ごせるだけで、十分に幸せだと感じられた。
彼は表情や仕草にこそ出さないものの、あまり身体が丈夫ではないようだった。けれどそんな強がりや儚い一面ですら、自分が支えになれたらいいと、そう思っていた。
だけど一つだけ、どうしても気になっていることがあった。
それは主に学校で。花京院の側にいると、ふと視線を感じることがあった。皮膚を刺すようなそれは、少女が辺りを見回すと、一瞬で消えてしまう。
彼に想いを寄せる女子生徒は少なくなかったし、嫉妬されること自体は決して不快なものではなかったけれど、その視線だけは、何かが違うような気がしていた。
多分あれは、嫉妬なんて生易しいものではなくて。
殺意、だったのではないか。
***
悪夢のような光景に硬直しながら、確信する。
あの刺すような感覚。背筋をナイフの切っ先でなぞられるような、深く暗い闇の底から覗き込まれているような、そんな恐ろしく冷たい視線の正体。
空条承太郎。この男に、違いないと。
花京院が失踪したのとまったく同じ時期。彼もまた姿を消し、そして二人同時に復帰したというのは、あまりにも有名は話だった。
彼らが親しげに談笑する姿は、勝手気ままな噂を助長する餌になっている。その光景は、少女も幾度か見かけたことがあった。
JOJOと、花京院。二人の間には他者が踏み込むことのできない、特別な世界があるような気がした。決して触れてはならない、何かが。
それが一体なんなのか、聞いてみたい気持ちはあったけれど、いつか話してくれる日が来たら、それでいいと思っていた。だって自分たちはただの友達ではなく、もっと特別で、深い関係なのだからと。
だけど思いもよらない形で、扉は開かれてしまった。
彼らの世界に、今、自分は異物として縛りつけられている。
初めて恋をした相手が、目の前でただ嬲られる姿を、息を殺して見つめていなければならない現実は、苦痛でしかなかった。
「み、るな」
花京院の唇は、あまりにも強く噛み締めていたせいで血が滲んでいる。その隙間から、彼は何度も苦しげに「見ないでくれ」と切れ切れな声を漏らした。
堰き止められたままの性器は、可哀想なほど赤く腫れている。JOJOの大きな手がそれをねっとりと扱き上げ、親指の腹で先端を擦るたび、彼の白い内腿がビクビクと激しく震えた。
男性の、ましてや勃起した性器を見るのは初めてだった。けれど感覚が麻痺しはじめているせいか、それ自体に不快感はまるでない。ただ、痛々しくて仕方がなかった。
お願いだから、もうやめて。
何度も叫びかけて、その度に不可思議な喉の圧迫感に怯え、口を引き結ぶ。
花京院はJOJOの腕の中で苦しそうに肩を上下させ、全身に汗を噴きだしながら、苦悶の表情を浮かべていた。
なぜこんなことになってしまったのだろう。どんなに考えても答えはでない。だけど彼がこれほどの屈辱に耐え続けているのは、他でもない自分を守るためなのだということだけは、分かる。
どうすることもできない無力感に、少女は大粒の涙が溢れるのを堪え切れなかった。
「だい、じょうぶ……」
そのとき、ずっと顔を背けていた花京院が、真っ直ぐにこちらを見てふと表情を和らげた。笑うと少し幼く見える、あの大きめの唇を震わせながら、ぎこちなく微笑んでいる。
「ぼくは、大丈夫だから……ッ、必ず、助ける、から。巻き込んで、ごめ、ん」
どうして花京院が謝らなくてはならないのだろう。
いつ終わるとも知れない地獄の中にいるのは、彼自身であるはずなのに。少女の目には、JOJOの姿は悪魔にしか見えない。
当の悪魔はバカにしたように鼻で笑って、「泣かせる光景だな」と白々しく吐き捨てた。
花京院が背後の承太郎に向かって、鋭い視線を走らせる。
「もう、いいだろう? ぼくのことは好きにしていい……だから、彼女だけは解放しろ」
「ずいぶんと強がるじゃあねえか。ところで、この女とはもうヤッたのか?」
「バカなことを聞くなッ! 君には、関係ない……ッ」
何が面白いのか、JOJOはくつくつと肩を揺らしながら低く笑った。
だけど目だけは笑っていない。
「てめーがまともに女を抱けるとは思えねえがな」
JOJOは酷く馬鹿にした様子で鼻を鳴らし、腫れあがった性器の先端を指先で乱暴に弾いた。花京院は大きく身体をビクつかせ、堪らず上擦った悲鳴を上げる。
「ひぅッ、ん……ッ!!」
「いつもなら、とっくにイカせてくれってピーピー泣いてる頃だぜ。女みてーによ」
(いつもなら……?)
その部分が、やけに強調されて聞こえた気がした。
JOJOは顔を背けようとする花京院の耳元に唇を押し付け、視線だけはこちらに向けながら目を細めて笑っている。
「花京院」
JOJOは花京院の首筋に音を立ててキスをしながら、嫌でも目立つ変色した腹の傷跡をゆるりと撫でた。
「ぅ、くッ、……んッ」
「辛いだろ? 可哀想にな」
何度も何度も、労わるように。
その優しい手つきとJOJOの伏せられた長い睫毛に、胸が締め付けられたのはなぜだろう。
目を覆いたくなるような、痛々しい傷跡。何があったのかは、分からない。けれどそこに、いつも感じていたあの立ち入ってはいけない『世界』そのものが、隠されているような気がする。
そこは他の部分よりも皮膚に受ける感覚が異なるのだろうか。花京院はJOJOがそっと撫でるたび、ひくひくと敏感に身を震わせていた。
心なしか、頬がうっすらと赤らんでいる。悦い、のかもしれない。
「も、ッ、さわ、るな……ッ」
「つれねえな。あの頃はもっと可愛げがあったぜ」
「うる、さッ、ぁ、ヒッ……!?」
するりと、根本を縛りつけていたハンカチが解かれる。くしゃくしゃになったそれが床に落ちる光景が、いやにゆっくりと目に映った。
花京院はガクンと身を揺らし、目を見開いて首を左右に振る。
「い、やだ……ッ、やめろ、やめ……ッ!!」
「とっとと楽になりてえだろ。我慢しねえでイッちまいな」
激しく身を捩る花京院の抵抗など気にもとめず、JOJOは再びねっとりと勃起した性器を扱きはじめる。そこは先端からだらだらと蜜を溢れさせ、淫らな水音を響かせていた。
花京院は何度も何度も首を振っては拒絶の言葉を口にする。開かされた内腿が小刻みに痙攣して、彼がもうとっくに限界を迎えていることを知らせていた。
血の滲んだ下唇に、さらにきつく歯を立てて、花京院はどうにかして感覚を痛みの方へ逃がそうと、必死に足掻き続けているようだった。
そんなささやかな抵抗にすら、JOJOはお見通しとばかりに笑みを崩さなかった。
「うぁッ……!?」
不意に、花京院の身体がこれまで以上に大きく跳ねた。
腹の傷跡を撫で摩っていたJOJOの手が、彼の身体の奥待った場所に伸ばされ、潜り込んでいるのが見える。
(指、を……?)
中に、捻じ込んだのか。あの太くて、長い指を。
花京院は女性ではない。だから、穴は一つしかないはずだ。
「いっ、痛……ッ、ぁ、じょ、たろ……ッ」
「キツイな。こっちに戻ってからは使ってねえから、当然か」
「そこ、は……やめ……ッ」
「これでも我慢してやってたんだぜ?」
「ッ、承太郎ッ!?」
JOJOは上体を僅かにのけ反らせ、花京院の片足を引っ掻けていた腕を、とくと見ろと言わんばかりにさらに強く持ち上げた。薄紅色をした恥部に、節くれだった太い指が三本も捻じ込まれ、強引に出たり入ったりを繰り返しているのが分かる。
あまりにも惨い。そしておぞましいと思うのに、少女はその小さな穴がいたぶられる光景から、目が離せなかった。心臓が、痛いほど高鳴っている。
JOJOが吐き出す言葉の全ては、自分が花京院と気持ちを通じあわせるずっと以前から、二人が身体の関係を結んでいたことを、明確に物語っている。
失踪していた間に起こった出来事であることは、確かなようだった。
「……漏らしちまったっけな」
中を指で掻きまわし、同時に性器を責めたてながら、おもむろに何かを思いだしたようにJOJOが言う。
痛みから小刻みに震えるばかりだった花京院が、それを聞いてギクリと身を強張らせた。
「覚えてねえか? ありゃ砂漠で野宿してるときだったか……ここに、おれのをブチ込んで」
「おい……なに、を……」
言うつもりだ……?
青褪めていく、花京院の唇。さっきよりもずっと、凍えたように震えだす身体。
彼を見つめるJOJOの瞳が、過去を懐かしむように優しく細められる。
「死ぬほどイカせてやったあとによ」
「やめろ……それ以上言うなッ! 彼女の前で、そんなこと……ッ!」
言わないでくれッ!!
花京院が悲痛な叫びをあげる。
けれど容赦なく開かれたJOJOの唇は、三日月のように美しく歪んでいた。
「しょんべん漏らしてよ。ガキみてぇに泣きじゃくったっけな?」
言うと同時に、JOJOが掴んでいた性器の先端にある窪みを、親指の爪で強く抉る。
花京院の口から、小さく引き攣ったような息が漏れた。
「ぃ、ひッ……――ッ!!」
びゅう、という音と共に、白濁の飛沫があがる。それは花京院の腹や胸に飛び散り、彼自身の肌を汚した。
長いこと堰き止められていた精が止め処なく溢れては震え、その度に花京院の胸がビクビクと跳ねる。JOJOはまるで悪戯が成功した子供のように笑い、舌なめずりをした。
精液で濡れた腹に大きな手の平を這わせ、馴染ませるように幾度も撫でる。
花京院は、絶頂の余韻にヒクつきながら、力なくがっくりと項垂れてしまった。やがて、その肩が小刻みに震えだす。
「……ッく、ぅ……どう、して……」
顔は見えないけれど。ぼろぼろと、雫が落ちては濡れた肌に吸い込まれていく。
「そんなこと、どうして、ここで……! なん、で、こんな、こと……ッ」
彼は小さくしゃくりを上げながら、ついに泣きだしてしまった。
少女はただただ、その憐れな姿を瞬きも忘れて凝視する。
いつも優しくて、大きな存在だった。紳士的で大人びた、王子様のように上品で格好いい、完璧な恋人。それが少女にとっての花京院だったし、彼もまた、そんな自分でありたかったに違いない。
だけどギリギリのところで保たれていたであろう彼のプライドは、恥かしい秘密をバラされながら達してしまったことで、いよいよ粉々に砕かれてしまった。
最後に残ったのは、自分より大きな相手に苛められて、めそめそと泣きじゃくるばかりの、小さな子供のような姿だった。
(なんて、ひどい……)
可哀想な花京院。
こんなことになるくらいなら、あの日、手なんか繋がなければよかったのだろうか。ただの友達でいれば。それすらも、JOJOは許さなかったのかもしれないけれど。
少女は気がついてしまった。いや、もしかしたら、ここで目を覚まして二人の姿を認識した瞬間には、すでに理解していたのかもしれない。
これは、見せしめだと。
花京院は、JOJOのものだったのだ。
本人にそのつもりはなかったのかもしれない。彼はきっとJOJOを大切な友達だと、そう思っていたのではないか。
だけどJOJOは違った。自分が抱いていた淡い恋心など、遥かにしのぐ執着をもってして、狂ったように、花京院を。
「なぜ……? やれやれ、それをてめーが聞くのか」
「うぁッ!!」
唐突に、JOJOが花京院の背を乱暴に突き飛ばした。
後ろ手に拘束されたままの彼は、顎や胸を打ち付けながら床に崩れ落ちる。少女の、足元に。
尻を高く突きだすという不様な格好を見下ろし、少女はごくりと喉を鳴らした。
多分きっと、ここからが本番だ。花京院は傷ついて、こんなにもボロボロになっているというのに。まだ、終わらない。
JOJOはベッドの縁から腰を上げると立ち上がり、自らの前を寛げながら花京院の背後に膝をつく。
姿を現したJOJOの性器は、赤黒く脈を浮き立たせながら勃起している。花京院のものとは、比べものにならないくらいリアルで、そして、あまりにも大きい。目の前で黒々とした男性器を見せつけられていることに、今更ショックを受けている自分が、少し可笑しかった。
「や、だ……やだ、嫌だ……それだけは……ッ」
酷く怯えながら逃れようとする腰を、JOJOの手が掴む。
そして、もう片方の手は自身を掴み、幾度か扱く動作を見せた。
(挿れるんだ……)
あんなものが、あそこに、入るのだろうか。あんな小さな場所に。そうしたら、花京院はどうなってしまうのだろう。
心臓が口から出そうだ。ばくばくと、大きく跳ねている。
怖いから? 見たくないから? 違う。多分、違う。瞬きが、できない。
「笑っちまうぜ」
「ぁ、や……ッ、じょ、たろ……?」
「なぁ、花京院」
白く引き締まった谷間に、JOJOが性器の先端を押し当てるのが分かる。そして次の瞬間、ぐっと腰を押し込んだ。
「や、やめ、や、ぁ゛ッ……――!?」
激痛に背を反らし、血の滲んだ唇を大きく開いた花京院の顔が、見下ろした先にある。彼は全身を引き攣らせ、見開いた菫色の瞳から大粒の涙を撒き散らしていた。
その衝撃と、苦痛をありありと滲ませた表情に、少女は背筋にゾクリとしたものが走るのを感じて、喉を鳴らす。
「ッ、ひぐ、ぅ、ッ……た、ぃッ……痛い、ッ、じょ、た、ろ……ッ!」
「流石に裂けちまったな。血が出てる」
JOJOの男根が、小さく引き締まった尻の谷間にずぶずぶと潜り込んでいく。
あんな大きなものをまともに慣らさないで挿れられたら、ひとたまりもないだろう。女性ですら、きっと耐えられない。
花京院は口の端から唾液を漏らし、歯の根をカタカタと鳴らしながら、痛い、痛いと悲痛な声をあげ続けていた。
「うぅッ、ぅ……やだ、いやだ……痛い、こんなの、やだ、ぁ……ッ!!」
「はっ、そう言うなよ。何度もこうやって愛し合った仲じゃあねえか」
「ちが、ぅ……ッ! 違う、だって、だってあのときは、お互い処理をしてただけで……ッ、君もぼくも、ちょっとおかしくなっていただけじゃあないかッ!!」
「……黙んな」
ばつん、という肌と肌がぶつかる音がして、JOJOが最奥まで性器を打ち込んだのが、わかる。
「あッ、が……ッ!!」
まともに悲鳴もあげられないほどの衝撃。
JOJOは息をつく間もなく、強張ったままの身体を揺さぶりはじめる。
何度も何度も、あの肌がぶつかる音がして、その度に舌を噛むのではないかと思うほど、ガクガクと花京院の身体が揺れていた。
まさにレイプと呼ぶに相応しい、酷い、光景。だけど。
「ひっ、んんッ、あッ、は、ッ……はぁッ、んッ!」
苦痛に呻くだけだった声に、なにか、違う色が混じりはじめていることに、少女は気づいた。
裂けてしまったことで滲む血が、潤滑油の代わりにでもなっているのだろうか。鈍い水音が、二人の荒々しい呼吸に混じり合っていく。
「慣れてきたか」
「あ、うぅッ、ぅ……や、だ……じょお、たろ、ッ、やだ、ぁ……ッ!」
「ちょっぴり痛いほうが、てめーはよく鳴くんだったな」
「ひぃッ、あ、あぁッ……!!」
突き上げる動きはそのままに、JOJOが拘束された腕を掴み上げる。そのままぐんと引き上げると、繋がり合ったまま花京院の身体が膝立ちの体勢になった。花京院の内腿には、ほんのりと血の混じった液体が伝っている。
ふるん、ふるん、と揺さぶられる度に赤く膨らんだ性器が揺れていた。それはもはや腹につくほど反り返り、力を取り戻している。奥を突かれる度、揺れる性器の先端からは先走りの蜜が飛び散り、床にシミを作り上げていた。
感じている、ということだ。花京院は、男に犯されて、感じている。
「や、だ……あッ、こんな、かっこ、アッ、くぅ、ん……ッ!」
目を逸らすことすらせず、少女はただ放心したようにそのぶつかり合う肉の音と、水音を聞いている。自分の心が、どこかに切り離されて遠くにあるような気がしていた。
そうやって押しやったのは理性だとか、常識だとか、人として必要なもの、だったのだと思う。
多分、それは花京院も同じだった。
顔を上げた花京院と、一瞬、目が合った。
どろりと濁っていく瞳に、あの日、夕焼けを吸い込んで輝いていたすみれ色の輝きはない。
圧倒的な支配と、屈辱と、羞恥。そして快楽。彼はそれらに蝕まれ、いま完全に堕ちようとしている。
「あれがただの性欲処理だと?」
薄笑いを浮かべるばかりだったはずのJOJOの顔が、僅かに歪んだ。
少女の中で、そこの知れない恐ろしい悪魔というイメージが、ゆっくりと崩れ落ちていく。
「花京院、おれはな。あの旅で、てめーの全てを手に入れたと……そう思ってたんだぜ」
大切なオモチャを取り上げられて、癇癪を起す寸前の子供のようだ。ゾッとするほど冷たく見えた翡翠がうっすらと潤んで、今にも零れ落ちそうに見える。
彼らの『旅』が、どんなものであったのかなんて、きっと自分は生涯、知る由もない。
だから。
「それが戻って来た途端、勝手に女なんか作っていやがった」
(……やめて)
お願いだから。
(私を、あなたたちの『世界』の登場人物にしないで)
ほう、と。
少女は頬を赤らめて、熱っぽい吐息を漏らしていた。
理不尽に責めたてられ、凌辱の限りを尽くされる、惨めで非力で、可哀想な王子様。それでも快楽に抗えず、逃げ道にしてしまった、淫らな王子様。
JOJOのあまりにも我儘で、強引な愛が、彼を壊してしまった。もはや何も映さない瞳で嬌声をあげながら揺さぶられる、その姿を。
とても、美しいと思った。
そこにはもう少女が憧れた姿はないけれど、どうしてか、今はひどく気分が高揚している。
だって、こんなにも素晴らしいショーを、真正面の特等席で見ることができているのだから。
同じ空間で、同じ熱を体感しながら、演者と観客の間には決して越えられない壁がある。舞台の上は、異世界でなくてはならないのだ。届かないからこそ永遠に憧れ続ける、それでこそ、素晴らしい。
気がつけば、喉に感じていた圧迫感が消えていた。
許されたような。そんな、気がする。
「てめーをこんな風に雌にしてやったのは誰だ?」
「んんッ、あッ……だ、め……ッ! これ、すご、い、気持ち、い……ッ!!」
「答えな花京院。おまえは」
――誰のものだ?
花京院の口元に、うっすらと、歪むような笑みが浮かんだ。ゾクリとする。なんて、笑い方。
滲む血液で赤く紅を引いたようにも見える唇が、酷く甘えたような声で、じょうたろう、と呼んだ。
「じょ、たろ……ッ、んあっ、あッ、じょぉ、たろう、です……ッ!」
そこにあるのは、ただの『雌』の顔だ。
「ぼくは、承太郎のッ、もの、ですッ……じょ、たろの、これ、ずっと……欲しかったッ!」
「……上出来だ」
JOJOが微笑む。掴んでいた両腕をさらに引き寄せ、首を捩じった花京院に求められるまま、深い口付けを交わす。赤い舌が絡み合い、角度を変えながら貪り合う。どちらのものともつかない唾液が、銀色に輝きながら伝い落ちていく。
JOJOの動きに合わせて、花京院も懸命に腰を揺らしていた。快楽だけを、ただあるがままに追いかける彼らは、美しく卑しい、獣のようだった。
「はぁ、アッ、いッく、イク! ぼく、もう……ッ!」
「いいぜ。どうしてほしい?」
「出して、ナカにッ、承太郎の、いっぱい、ぼくに……くださ、ッ、い……っ!!」
JOJOがより一層、大きく花京院を突き上げる。あ、という形に口を開いたまま、花京院はクジラが潮を噴くように激しく吐精した。弧を描きながら噴きだすそれが床を汚し、少女の上履きの先も、少しだけ、汚す。
びくん、びくん、と身を震わせる花京院の背後では、JOJOが低く唸って腰を僅かに震わせている。
「で、てる……ぁ、はッ、じょ、たろ……いっぱ、い……」
「はッ、かきょう、いん……!」
うっすらと笑みを浮かべたまま、花京院の身体が前のめりに崩れ落ちた。
JOJOもまた腰を屈め、小さく痙攣を繰り返す花京院の耳元に唇を押し付ける。何か囁いたようだが、あまりにも小さな声は、少女の耳には届かなかった。
(終わった……)
とても名残惜しい気分で、ぴくりとも動かなくなってしまった花京院を見下ろす。
頭の中がぼうっとして、熱に浮かされたように何も考えられない。
するりと、縄が解けて身体が自由になった。JOJOでもない。花京院でもない。あの得体のしれない何かが、少女の拘束を解いたのだ。
結局、それが何かは最後まで、分からなかったけれど、それで、いいのだと感じる。
「悪かったな」
伏せている花京院を抱き起こし、腕の中に収めながらJOJOが言う。その瞳からナイフのように尖ったものは消え失せていた。
「こういうわけだ。他にもっとまともな王子様でも探しな」
JOJOの口元に、ほんのりと笑みが浮かぶのを見て、少女もふわりと微笑んだ。まるで共犯者にでも、なったような気分だった。
少し痺れている足で、椅子から立ち上がる。
「ありがとう。とても素敵なショーだったわ」
***
あれから、学校で花京院の姿を見ることはなかった。
時が経つにつれ、あの保健室での出来事は本当は夢だったのではないかと、そんな風に思えてくる。
新しい王子様が見つかる気配はないけれど、当分は、そんな気になれそうもなかった。
花京院と出会う前の、ありふれた日常。その中を淡々と生きながら、放課後のチャイムをバックに一人夕焼け空を見ていると、時々、あのときの光景が鮮明に蘇る。
夢、だったのかもしれない。多分、そういうことにしておかなくてはいけない。
だけどどうしても、もう一度だけ、あの時の光景に触れてみたいと。そんな気もして。
だから、花京院の家を訪ねた。
クラスメイト思いの生徒を装って、学校帰りに彼の家の呼び鈴を鳴らす。
姿を現したのは、少しやつれた様子の綺麗な女の人だった。瞳の色も、赤い髪も、彼によく、似ていた。
「息子は身体の具合が悪くて、遠くの施設で療養しているの」
彼女は痩せた目元に暗い影を落としながら、力なくそう言った。
それ以上は何も聞くことができず、ただ「お大事に」という当たり障りない言葉だけを述べて、彼の家に背を向けた。
真っ赤に燃える夕陽を見つめながら、ふと気づく。
私は、ピエロだったのかもしれない、と。
赤く紅を引いたような唇で笑っていた、花京院が忘れられない。彼は心の底から悦んでいた。
本当は、ずっとああなることを待ち望んでいたのではないか。
彼こそが、檻の中から連れ出してくれる王子様を、待っていたのではないか。
そんなふうに思えてならない。
今となっては全てが幻のようで、真実を知る術もなければ、その必要もないことを、知っている。
花京院が消えた日から。
JOJOも、消えてしまった。
少女は軽やかな足取りで家路を辿る。
そうだ、読みかけのミステリ小説が、机の引き出しに仕舞ってあるのだった。帰ったら紅茶を淹れて、大好きなチョコレートを口に含みながら、読んでしまおう。
物語の中で、犯人が誰であるかの目星はついている。どんな動機で、どうやって罪を犯したのか、そのなにもかも。けれどその世界観がとても好きで、結末を知ってしまうのが惜しかった。
だけどそれではいつまでも終われない。最後のページを閉じることで、エンドマークをうつのは読者である、自分自身なのだから。
彼らがただ共に、幸せであればそれでいい。
だからきっと、この物語はハッピーエンドだ。
←戻る ・ Wavebox👏
忙しない呼吸と、苦しげに呻くような声がした。
それは聞きなれたもののように思えるのに、何かが、違うような気もして。
少女はふと、意識を浮上させる。
(あれ……私、どうして……?)
遠くで下校時間を知らせるチャイムが鳴り響いていた。
一体いつの間に眠ってしまったのだろう。こんな時間になるまで、目を覚まさないなんて。
まだ夢の中にいるようなぼんやりとした頭で、幾度か瞬きをしてみる。霞む視界が徐々に鮮明になってくると、そこには自分のスカートと、白い膝小僧が映っていた。
どうやら椅子に座ったまま、がっくりと項垂れた状態で居眠りをしていたようだ。だけど、なぜだろう?
ふと小さく身じろいだのと同時に、違和感を覚えた。瞬間、意識がハッキリと覚醒して、びくんと肩を揺らしながら息を飲んだ。
「ッ!?」
両手首が、椅子の背もたれに括り付けるようにして、きつく縛りつけられていた。両足もそれぞれ前脚部分に縄できっちりと固定されて、まるで身動きが取れない。
(な、なにこれ……なんで私、縛られてるの……!?)
全身が冷水を浴びたように硬直していく。導火線に火がついたみたいに、じわじわと混乱が押し寄せてきた。今にも悲鳴をあげそうになりながら、必死に前後の記憶を手繰り寄せてみる。
そうだ、自分は確か、具合が悪そうにしていた『彼』に付き添って、保健室を訪れていたはず。それがなぜ、四肢を拘束された状態で目を覚ますなんて、ありえない状況に置かれているのだろう?
一人でも平気だよと強がりを言う『彼』に寄り添い、保健室のドアをくぐった辺りから、記憶がぷっつりと途切れている。
「ぅぐ、あッ……! ダメ、だ……これ以上は、本当に……ッ」
またあの声が聞こえて、一気に思考が引き戻される。
知っている。少女はこの声を知っている。やっぱりこれは、『彼』のものだ。
「花京院」
それとは別に、低い男の声が『彼』の名を呼んだ。
少女はごくりと喉を鳴らしながら、ゆっくりと、ゆっくりと俯けていた視線を上げる
目に飛び込んできたものを、最初はまるで認識できなかった。
夕暮れ時の保健室。黒い。黒い、塊。
「てめーの大事なお姫様が、ようやくお目覚めのようだぜ」
窓から差し込む強い夕陽に、視界が眩む。黒い塊はその鮮烈な赤を背負って、そこにいた。
少しずつ目が慣れていくと、塊が二つの人の形を成していることに、気がつく。
全貌が認識できた途端に、少女は青褪めた表情で目を見開いた。
真っ先に、目が合った。
恐ろしいまでに美しく整った顔立ちをした男が、少女を見て笑っている。
凍り付いたように冷たい翡翠が、猫のように、すぅっと細められた。
――JOJO。
あまりにも整いすぎた、彫刻のような美を湛える容姿。教師ですら平伏す豪然たる振る舞い。不良という名のレッテルを欲しいままにする男。
こんなに近くで顔を見たのは、初めてだ。どうしてこの男がここにいるのだろう。それに。
なぜ、『彼』が……?
ベッドの縁に腰かけるJOJOの膝の上には、制服の前をシャツごと引きちぎられて素肌を覗かせる『彼』が……花京院が、座らされていた。その腹にはまるで一度大きな穴でも空けたかのように、歪な傷跡がこびりついている。
花京院はズボンと下着さえも剥ぎ取られ、完全に下肢を曝け出していた。長い両足の先で、靴下と上履きだけがいやに白く、そして寒々しく目に映る。
真っ赤なチェリーのようなピアスが、燃えさかる炎のように煌々と輝き、揺れる。
彼は後ろ手に拘束され、片足をJOJOの腕に引っ掛ける形で股を開かされていた。その身体の中心では、赤く腫れた性器が震えている。なぜか根本が白い布のようなもので縛りつけられているのが見えた。おそらく彼がいつも持ち歩いている、ハンカチ、だと思う。
あまりにも、異様な光景。
「ぁ……」
少女の視線を真正面から受け止めて、花京院はその表情を絶望に青白く染めながら、カタカタと震えだした。声もなく首を振り、身を捩って逃れようとするのを、JOJOの太い腕が許さない。
背けようとしていた顔はもう片方の手に顎を掴まれ、無理やりこちらを向かされる。
「しっかり見せつけてやんな」
「いや、だ……頼む、から……!」
「ッ――!!」
少女は咄嗟に悲鳴を上げようとしたが、それはどういうわけか叶わなかった。
息を吸いこもうとした瞬間、喉に強い圧迫感を覚えたのだ。まるで大きな手に首を一掴みにされているみたいに。ギリギリと締め付けられて、息ができない。
「ぁ、ッ、が……っ!?」
「やめろッ! 彼女には手を出さない約束だろう……ッ!!」
花京院の悲痛な叫びが、ずっとずっと遠くに聞こえる。そのくせJOJOが冷やかに鼻で笑う声だけは、ハッキリと聞こえた気がした。
このままでは死ぬ。死んでしまう。こんなにも死を身近に感じたのは、生まれて初めての経験だ。怖い。怖い。見えない『何か』が、今にも自分を締め殺そうとしている。それがどんなものかは見えないし、感じることもできないけれど、大人しくしていなければ、一瞬でくびり殺すことが出来るのだという警告だけは理解できた気がして、少女は大きく開けていた口をぐっと閉じた。
すると、圧迫感がほんの少しだけ和らいだ。ひゅうっと息を吸い込んだと同時に、思いだしたように全身に冷たい汗が噴き出す。
おかしい。絶対におかしい。得体の知れない恐怖に、全身の血が凍りつく。
「てめー次第だ。わかるな?」
「ッ、この、下衆が……ッ」
耳元で囁いたJOJOに、花京院は憎しみを露わに表情を歪め、気丈にも吐き捨てる。
JOJOはどこか満足そうに笑みを浮かべ、低く唸るような声で笑った。
「……約束だったな。この女が目を覚ましたら、イカせてやるってよ」
「ッ……!?」
息を飲んだのは、少女と花京院、同時だった。
「それとも、もっと焦らされてえのか?」
「いや、だ……いやだ……承太郎、頼む! やめろ……ッ!」
JOJOの大きな手が、容赦なく花京院の張り詰めた性器を扱きはじめた。どれだけ長い時間、こうして嬲られていたのだろう。花京院は苦悶に満ちた表情で、一言だけ「ひ」と短く悲鳴をあげたあと、痛々しいほど強く唇を噛み締める。
少女は、瞬きもせずにただ見つめることしかできなかった。目の前で起こっていることが信じられない。理解できない。頭の中がぐちゃぐちゃで、どうしたらいいか分からなかった。
(これは……なに……?)
どうしてこんなことになっているの?
どうしてJOJOはこんなことをするの?
私は一体、なにを見せられているの……?
どうして、どうして、どうして。
わからない。何もわからない。
ただ今この瞬間、目を覚ましてしまったことを深く、後悔していた。
***
なんとなく。
本当に、ただなんとなく。
キッカケは、互いにほんの些細な気紛れから、だったのだと思う。
花京院典明といえば、転校初日に忽然と姿を消し、そのまま数ヶ月にもおよぶ失踪を遂げていたことで有名な人物だった。
その間どこにいたのか、何をしていたのか、真相を知るものは誰もいない。彼はある日、何事もなかったかのように姿を現し、当たり前のように学校という空間に溶け込んでしまった。
なにか重い病に侵されているのではないか。どこか裏の世界に通じていて、学生としての姿は仮のもの、なのではないか。様々な噂だけが次から次へと生まれては、消えていく。
何か秘密がありそうな、物静かでミステリアスなクラスメイト。
少女にとって、花京院典明は住んでいる世界の違う、遠い存在という認識だった。
そんな花京院と初めて言葉を交わしたのは、放課後の図書室でのことだった。
高い場所にある本が取れず、背伸びをしていたところに頭上から伸びて来た白い手。それが彼のものだった。
爽やかで濁りのない声が「どうぞ」と言って本を差し出してきた瞬間、その少女漫画のような光景に心臓を掴まれるような思いがした。
鮮やかな赤い髪に夕焼け色を吸い込ませ、すみれの花のように澄んだ瞳をして微笑む花京院は、今まで見てきたどんなものよりも、美しく輝いて見えたのを覚えている。
なんとなく。ただ、なんとなく。
それをキッカケに、二人はよく放課後の図書室で顔を合わせては、少しずつ会話をするようになった。
話してみると、彼とは読書を好む以外にも、多くの共通点があった。
好きな音楽や憧れている俳優、応援している野球チーム。女友達と話をするよりも、花京院との会話は驚くほど弾んだ。誰かと一緒にいて、これほど楽しく、そして心が安らぐのを感じたのは初めてだった。
なんの変哲もない平凡な日常は檻のようで、彼なら、きっと自分をここから連れ出してくれる。そんな予感めいたものを、漠然と感じはじめていた。
二人の交流は、いつしか学校の外にまで及んだ。
映画を見に行ったり、喫茶店でお茶を飲んだり、図書館で一緒にテスト勉強をしたり。
花京院はいつも優しくて、格好良くて、紳士的で大人びていて、まるで子供の頃に絵本で見た、王子様のようだった。彼と一緒にいると、まるで自分がお姫様にでもなったような気にさせられて、気がつくと、胸がドキドキと高鳴るようになっていた。
男女の間に友情が芽生えることがあるのかどうか、異性と親しい仲になったことのない少女には、まだ分からなかった。
だけど街を歩けばカップルに見られているだろうし、学校では、あっという間に噂になった。
だからお互い、意識してしまったのかもしれない。下校中、ふと会話が途切れたとき、偶然ふたりの指先が触れ合った。一瞬だけギクリとして、それから、どちらからともなく、手を繋いだ。
友情と判別のつかない、曖昧な関係がそこで終わった。
花京院とは手を繋ぐ以上のことはまだなくて、あくまでも清い関係が続いていた。
自分たちは高校生だし、キスだとか、ましてやその先のことなんてまだ早い。一緒に同じ時間を過ごせるだけで、十分に幸せだと感じられた。
彼は表情や仕草にこそ出さないものの、あまり身体が丈夫ではないようだった。けれどそんな強がりや儚い一面ですら、自分が支えになれたらいいと、そう思っていた。
だけど一つだけ、どうしても気になっていることがあった。
それは主に学校で。花京院の側にいると、ふと視線を感じることがあった。皮膚を刺すようなそれは、少女が辺りを見回すと、一瞬で消えてしまう。
彼に想いを寄せる女子生徒は少なくなかったし、嫉妬されること自体は決して不快なものではなかったけれど、その視線だけは、何かが違うような気がしていた。
多分あれは、嫉妬なんて生易しいものではなくて。
殺意、だったのではないか。
***
悪夢のような光景に硬直しながら、確信する。
あの刺すような感覚。背筋をナイフの切っ先でなぞられるような、深く暗い闇の底から覗き込まれているような、そんな恐ろしく冷たい視線の正体。
空条承太郎。この男に、違いないと。
花京院が失踪したのとまったく同じ時期。彼もまた姿を消し、そして二人同時に復帰したというのは、あまりにも有名は話だった。
彼らが親しげに談笑する姿は、勝手気ままな噂を助長する餌になっている。その光景は、少女も幾度か見かけたことがあった。
JOJOと、花京院。二人の間には他者が踏み込むことのできない、特別な世界があるような気がした。決して触れてはならない、何かが。
それが一体なんなのか、聞いてみたい気持ちはあったけれど、いつか話してくれる日が来たら、それでいいと思っていた。だって自分たちはただの友達ではなく、もっと特別で、深い関係なのだからと。
だけど思いもよらない形で、扉は開かれてしまった。
彼らの世界に、今、自分は異物として縛りつけられている。
初めて恋をした相手が、目の前でただ嬲られる姿を、息を殺して見つめていなければならない現実は、苦痛でしかなかった。
「み、るな」
花京院の唇は、あまりにも強く噛み締めていたせいで血が滲んでいる。その隙間から、彼は何度も苦しげに「見ないでくれ」と切れ切れな声を漏らした。
堰き止められたままの性器は、可哀想なほど赤く腫れている。JOJOの大きな手がそれをねっとりと扱き上げ、親指の腹で先端を擦るたび、彼の白い内腿がビクビクと激しく震えた。
男性の、ましてや勃起した性器を見るのは初めてだった。けれど感覚が麻痺しはじめているせいか、それ自体に不快感はまるでない。ただ、痛々しくて仕方がなかった。
お願いだから、もうやめて。
何度も叫びかけて、その度に不可思議な喉の圧迫感に怯え、口を引き結ぶ。
花京院はJOJOの腕の中で苦しそうに肩を上下させ、全身に汗を噴きだしながら、苦悶の表情を浮かべていた。
なぜこんなことになってしまったのだろう。どんなに考えても答えはでない。だけど彼がこれほどの屈辱に耐え続けているのは、他でもない自分を守るためなのだということだけは、分かる。
どうすることもできない無力感に、少女は大粒の涙が溢れるのを堪え切れなかった。
「だい、じょうぶ……」
そのとき、ずっと顔を背けていた花京院が、真っ直ぐにこちらを見てふと表情を和らげた。笑うと少し幼く見える、あの大きめの唇を震わせながら、ぎこちなく微笑んでいる。
「ぼくは、大丈夫だから……ッ、必ず、助ける、から。巻き込んで、ごめ、ん」
どうして花京院が謝らなくてはならないのだろう。
いつ終わるとも知れない地獄の中にいるのは、彼自身であるはずなのに。少女の目には、JOJOの姿は悪魔にしか見えない。
当の悪魔はバカにしたように鼻で笑って、「泣かせる光景だな」と白々しく吐き捨てた。
花京院が背後の承太郎に向かって、鋭い視線を走らせる。
「もう、いいだろう? ぼくのことは好きにしていい……だから、彼女だけは解放しろ」
「ずいぶんと強がるじゃあねえか。ところで、この女とはもうヤッたのか?」
「バカなことを聞くなッ! 君には、関係ない……ッ」
何が面白いのか、JOJOはくつくつと肩を揺らしながら低く笑った。
だけど目だけは笑っていない。
「てめーがまともに女を抱けるとは思えねえがな」
JOJOは酷く馬鹿にした様子で鼻を鳴らし、腫れあがった性器の先端を指先で乱暴に弾いた。花京院は大きく身体をビクつかせ、堪らず上擦った悲鳴を上げる。
「ひぅッ、ん……ッ!!」
「いつもなら、とっくにイカせてくれってピーピー泣いてる頃だぜ。女みてーによ」
(いつもなら……?)
その部分が、やけに強調されて聞こえた気がした。
JOJOは顔を背けようとする花京院の耳元に唇を押し付け、視線だけはこちらに向けながら目を細めて笑っている。
「花京院」
JOJOは花京院の首筋に音を立ててキスをしながら、嫌でも目立つ変色した腹の傷跡をゆるりと撫でた。
「ぅ、くッ、……んッ」
「辛いだろ? 可哀想にな」
何度も何度も、労わるように。
その優しい手つきとJOJOの伏せられた長い睫毛に、胸が締め付けられたのはなぜだろう。
目を覆いたくなるような、痛々しい傷跡。何があったのかは、分からない。けれどそこに、いつも感じていたあの立ち入ってはいけない『世界』そのものが、隠されているような気がする。
そこは他の部分よりも皮膚に受ける感覚が異なるのだろうか。花京院はJOJOがそっと撫でるたび、ひくひくと敏感に身を震わせていた。
心なしか、頬がうっすらと赤らんでいる。悦い、のかもしれない。
「も、ッ、さわ、るな……ッ」
「つれねえな。あの頃はもっと可愛げがあったぜ」
「うる、さッ、ぁ、ヒッ……!?」
するりと、根本を縛りつけていたハンカチが解かれる。くしゃくしゃになったそれが床に落ちる光景が、いやにゆっくりと目に映った。
花京院はガクンと身を揺らし、目を見開いて首を左右に振る。
「い、やだ……ッ、やめろ、やめ……ッ!!」
「とっとと楽になりてえだろ。我慢しねえでイッちまいな」
激しく身を捩る花京院の抵抗など気にもとめず、JOJOは再びねっとりと勃起した性器を扱きはじめる。そこは先端からだらだらと蜜を溢れさせ、淫らな水音を響かせていた。
花京院は何度も何度も首を振っては拒絶の言葉を口にする。開かされた内腿が小刻みに痙攣して、彼がもうとっくに限界を迎えていることを知らせていた。
血の滲んだ下唇に、さらにきつく歯を立てて、花京院はどうにかして感覚を痛みの方へ逃がそうと、必死に足掻き続けているようだった。
そんなささやかな抵抗にすら、JOJOはお見通しとばかりに笑みを崩さなかった。
「うぁッ……!?」
不意に、花京院の身体がこれまで以上に大きく跳ねた。
腹の傷跡を撫で摩っていたJOJOの手が、彼の身体の奥待った場所に伸ばされ、潜り込んでいるのが見える。
(指、を……?)
中に、捻じ込んだのか。あの太くて、長い指を。
花京院は女性ではない。だから、穴は一つしかないはずだ。
「いっ、痛……ッ、ぁ、じょ、たろ……ッ」
「キツイな。こっちに戻ってからは使ってねえから、当然か」
「そこ、は……やめ……ッ」
「これでも我慢してやってたんだぜ?」
「ッ、承太郎ッ!?」
JOJOは上体を僅かにのけ反らせ、花京院の片足を引っ掻けていた腕を、とくと見ろと言わんばかりにさらに強く持ち上げた。薄紅色をした恥部に、節くれだった太い指が三本も捻じ込まれ、強引に出たり入ったりを繰り返しているのが分かる。
あまりにも惨い。そしておぞましいと思うのに、少女はその小さな穴がいたぶられる光景から、目が離せなかった。心臓が、痛いほど高鳴っている。
JOJOが吐き出す言葉の全ては、自分が花京院と気持ちを通じあわせるずっと以前から、二人が身体の関係を結んでいたことを、明確に物語っている。
失踪していた間に起こった出来事であることは、確かなようだった。
「……漏らしちまったっけな」
中を指で掻きまわし、同時に性器を責めたてながら、おもむろに何かを思いだしたようにJOJOが言う。
痛みから小刻みに震えるばかりだった花京院が、それを聞いてギクリと身を強張らせた。
「覚えてねえか? ありゃ砂漠で野宿してるときだったか……ここに、おれのをブチ込んで」
「おい……なに、を……」
言うつもりだ……?
青褪めていく、花京院の唇。さっきよりもずっと、凍えたように震えだす身体。
彼を見つめるJOJOの瞳が、過去を懐かしむように優しく細められる。
「死ぬほどイカせてやったあとによ」
「やめろ……それ以上言うなッ! 彼女の前で、そんなこと……ッ!」
言わないでくれッ!!
花京院が悲痛な叫びをあげる。
けれど容赦なく開かれたJOJOの唇は、三日月のように美しく歪んでいた。
「しょんべん漏らしてよ。ガキみてぇに泣きじゃくったっけな?」
言うと同時に、JOJOが掴んでいた性器の先端にある窪みを、親指の爪で強く抉る。
花京院の口から、小さく引き攣ったような息が漏れた。
「ぃ、ひッ……――ッ!!」
びゅう、という音と共に、白濁の飛沫があがる。それは花京院の腹や胸に飛び散り、彼自身の肌を汚した。
長いこと堰き止められていた精が止め処なく溢れては震え、その度に花京院の胸がビクビクと跳ねる。JOJOはまるで悪戯が成功した子供のように笑い、舌なめずりをした。
精液で濡れた腹に大きな手の平を這わせ、馴染ませるように幾度も撫でる。
花京院は、絶頂の余韻にヒクつきながら、力なくがっくりと項垂れてしまった。やがて、その肩が小刻みに震えだす。
「……ッく、ぅ……どう、して……」
顔は見えないけれど。ぼろぼろと、雫が落ちては濡れた肌に吸い込まれていく。
「そんなこと、どうして、ここで……! なん、で、こんな、こと……ッ」
彼は小さくしゃくりを上げながら、ついに泣きだしてしまった。
少女はただただ、その憐れな姿を瞬きも忘れて凝視する。
いつも優しくて、大きな存在だった。紳士的で大人びた、王子様のように上品で格好いい、完璧な恋人。それが少女にとっての花京院だったし、彼もまた、そんな自分でありたかったに違いない。
だけどギリギリのところで保たれていたであろう彼のプライドは、恥かしい秘密をバラされながら達してしまったことで、いよいよ粉々に砕かれてしまった。
最後に残ったのは、自分より大きな相手に苛められて、めそめそと泣きじゃくるばかりの、小さな子供のような姿だった。
(なんて、ひどい……)
可哀想な花京院。
こんなことになるくらいなら、あの日、手なんか繋がなければよかったのだろうか。ただの友達でいれば。それすらも、JOJOは許さなかったのかもしれないけれど。
少女は気がついてしまった。いや、もしかしたら、ここで目を覚まして二人の姿を認識した瞬間には、すでに理解していたのかもしれない。
これは、見せしめだと。
花京院は、JOJOのものだったのだ。
本人にそのつもりはなかったのかもしれない。彼はきっとJOJOを大切な友達だと、そう思っていたのではないか。
だけどJOJOは違った。自分が抱いていた淡い恋心など、遥かにしのぐ執着をもってして、狂ったように、花京院を。
「なぜ……? やれやれ、それをてめーが聞くのか」
「うぁッ!!」
唐突に、JOJOが花京院の背を乱暴に突き飛ばした。
後ろ手に拘束されたままの彼は、顎や胸を打ち付けながら床に崩れ落ちる。少女の、足元に。
尻を高く突きだすという不様な格好を見下ろし、少女はごくりと喉を鳴らした。
多分きっと、ここからが本番だ。花京院は傷ついて、こんなにもボロボロになっているというのに。まだ、終わらない。
JOJOはベッドの縁から腰を上げると立ち上がり、自らの前を寛げながら花京院の背後に膝をつく。
姿を現したJOJOの性器は、赤黒く脈を浮き立たせながら勃起している。花京院のものとは、比べものにならないくらいリアルで、そして、あまりにも大きい。目の前で黒々とした男性器を見せつけられていることに、今更ショックを受けている自分が、少し可笑しかった。
「や、だ……やだ、嫌だ……それだけは……ッ」
酷く怯えながら逃れようとする腰を、JOJOの手が掴む。
そして、もう片方の手は自身を掴み、幾度か扱く動作を見せた。
(挿れるんだ……)
あんなものが、あそこに、入るのだろうか。あんな小さな場所に。そうしたら、花京院はどうなってしまうのだろう。
心臓が口から出そうだ。ばくばくと、大きく跳ねている。
怖いから? 見たくないから? 違う。多分、違う。瞬きが、できない。
「笑っちまうぜ」
「ぁ、や……ッ、じょ、たろ……?」
「なぁ、花京院」
白く引き締まった谷間に、JOJOが性器の先端を押し当てるのが分かる。そして次の瞬間、ぐっと腰を押し込んだ。
「や、やめ、や、ぁ゛ッ……――!?」
激痛に背を反らし、血の滲んだ唇を大きく開いた花京院の顔が、見下ろした先にある。彼は全身を引き攣らせ、見開いた菫色の瞳から大粒の涙を撒き散らしていた。
その衝撃と、苦痛をありありと滲ませた表情に、少女は背筋にゾクリとしたものが走るのを感じて、喉を鳴らす。
「ッ、ひぐ、ぅ、ッ……た、ぃッ……痛い、ッ、じょ、た、ろ……ッ!」
「流石に裂けちまったな。血が出てる」
JOJOの男根が、小さく引き締まった尻の谷間にずぶずぶと潜り込んでいく。
あんな大きなものをまともに慣らさないで挿れられたら、ひとたまりもないだろう。女性ですら、きっと耐えられない。
花京院は口の端から唾液を漏らし、歯の根をカタカタと鳴らしながら、痛い、痛いと悲痛な声をあげ続けていた。
「うぅッ、ぅ……やだ、いやだ……痛い、こんなの、やだ、ぁ……ッ!!」
「はっ、そう言うなよ。何度もこうやって愛し合った仲じゃあねえか」
「ちが、ぅ……ッ! 違う、だって、だってあのときは、お互い処理をしてただけで……ッ、君もぼくも、ちょっとおかしくなっていただけじゃあないかッ!!」
「……黙んな」
ばつん、という肌と肌がぶつかる音がして、JOJOが最奥まで性器を打ち込んだのが、わかる。
「あッ、が……ッ!!」
まともに悲鳴もあげられないほどの衝撃。
JOJOは息をつく間もなく、強張ったままの身体を揺さぶりはじめる。
何度も何度も、あの肌がぶつかる音がして、その度に舌を噛むのではないかと思うほど、ガクガクと花京院の身体が揺れていた。
まさにレイプと呼ぶに相応しい、酷い、光景。だけど。
「ひっ、んんッ、あッ、は、ッ……はぁッ、んッ!」
苦痛に呻くだけだった声に、なにか、違う色が混じりはじめていることに、少女は気づいた。
裂けてしまったことで滲む血が、潤滑油の代わりにでもなっているのだろうか。鈍い水音が、二人の荒々しい呼吸に混じり合っていく。
「慣れてきたか」
「あ、うぅッ、ぅ……や、だ……じょお、たろ、ッ、やだ、ぁ……ッ!」
「ちょっぴり痛いほうが、てめーはよく鳴くんだったな」
「ひぃッ、あ、あぁッ……!!」
突き上げる動きはそのままに、JOJOが拘束された腕を掴み上げる。そのままぐんと引き上げると、繋がり合ったまま花京院の身体が膝立ちの体勢になった。花京院の内腿には、ほんのりと血の混じった液体が伝っている。
ふるん、ふるん、と揺さぶられる度に赤く膨らんだ性器が揺れていた。それはもはや腹につくほど反り返り、力を取り戻している。奥を突かれる度、揺れる性器の先端からは先走りの蜜が飛び散り、床にシミを作り上げていた。
感じている、ということだ。花京院は、男に犯されて、感じている。
「や、だ……あッ、こんな、かっこ、アッ、くぅ、ん……ッ!」
目を逸らすことすらせず、少女はただ放心したようにそのぶつかり合う肉の音と、水音を聞いている。自分の心が、どこかに切り離されて遠くにあるような気がしていた。
そうやって押しやったのは理性だとか、常識だとか、人として必要なもの、だったのだと思う。
多分、それは花京院も同じだった。
顔を上げた花京院と、一瞬、目が合った。
どろりと濁っていく瞳に、あの日、夕焼けを吸い込んで輝いていたすみれ色の輝きはない。
圧倒的な支配と、屈辱と、羞恥。そして快楽。彼はそれらに蝕まれ、いま完全に堕ちようとしている。
「あれがただの性欲処理だと?」
薄笑いを浮かべるばかりだったはずのJOJOの顔が、僅かに歪んだ。
少女の中で、そこの知れない恐ろしい悪魔というイメージが、ゆっくりと崩れ落ちていく。
「花京院、おれはな。あの旅で、てめーの全てを手に入れたと……そう思ってたんだぜ」
大切なオモチャを取り上げられて、癇癪を起す寸前の子供のようだ。ゾッとするほど冷たく見えた翡翠がうっすらと潤んで、今にも零れ落ちそうに見える。
彼らの『旅』が、どんなものであったのかなんて、きっと自分は生涯、知る由もない。
だから。
「それが戻って来た途端、勝手に女なんか作っていやがった」
(……やめて)
お願いだから。
(私を、あなたたちの『世界』の登場人物にしないで)
ほう、と。
少女は頬を赤らめて、熱っぽい吐息を漏らしていた。
理不尽に責めたてられ、凌辱の限りを尽くされる、惨めで非力で、可哀想な王子様。それでも快楽に抗えず、逃げ道にしてしまった、淫らな王子様。
JOJOのあまりにも我儘で、強引な愛が、彼を壊してしまった。もはや何も映さない瞳で嬌声をあげながら揺さぶられる、その姿を。
とても、美しいと思った。
そこにはもう少女が憧れた姿はないけれど、どうしてか、今はひどく気分が高揚している。
だって、こんなにも素晴らしいショーを、真正面の特等席で見ることができているのだから。
同じ空間で、同じ熱を体感しながら、演者と観客の間には決して越えられない壁がある。舞台の上は、異世界でなくてはならないのだ。届かないからこそ永遠に憧れ続ける、それでこそ、素晴らしい。
気がつけば、喉に感じていた圧迫感が消えていた。
許されたような。そんな、気がする。
「てめーをこんな風に雌にしてやったのは誰だ?」
「んんッ、あッ……だ、め……ッ! これ、すご、い、気持ち、い……ッ!!」
「答えな花京院。おまえは」
――誰のものだ?
花京院の口元に、うっすらと、歪むような笑みが浮かんだ。ゾクリとする。なんて、笑い方。
滲む血液で赤く紅を引いたようにも見える唇が、酷く甘えたような声で、じょうたろう、と呼んだ。
「じょ、たろ……ッ、んあっ、あッ、じょぉ、たろう、です……ッ!」
そこにあるのは、ただの『雌』の顔だ。
「ぼくは、承太郎のッ、もの、ですッ……じょ、たろの、これ、ずっと……欲しかったッ!」
「……上出来だ」
JOJOが微笑む。掴んでいた両腕をさらに引き寄せ、首を捩じった花京院に求められるまま、深い口付けを交わす。赤い舌が絡み合い、角度を変えながら貪り合う。どちらのものともつかない唾液が、銀色に輝きながら伝い落ちていく。
JOJOの動きに合わせて、花京院も懸命に腰を揺らしていた。快楽だけを、ただあるがままに追いかける彼らは、美しく卑しい、獣のようだった。
「はぁ、アッ、いッく、イク! ぼく、もう……ッ!」
「いいぜ。どうしてほしい?」
「出して、ナカにッ、承太郎の、いっぱい、ぼくに……くださ、ッ、い……っ!!」
JOJOがより一層、大きく花京院を突き上げる。あ、という形に口を開いたまま、花京院はクジラが潮を噴くように激しく吐精した。弧を描きながら噴きだすそれが床を汚し、少女の上履きの先も、少しだけ、汚す。
びくん、びくん、と身を震わせる花京院の背後では、JOJOが低く唸って腰を僅かに震わせている。
「で、てる……ぁ、はッ、じょ、たろ……いっぱ、い……」
「はッ、かきょう、いん……!」
うっすらと笑みを浮かべたまま、花京院の身体が前のめりに崩れ落ちた。
JOJOもまた腰を屈め、小さく痙攣を繰り返す花京院の耳元に唇を押し付ける。何か囁いたようだが、あまりにも小さな声は、少女の耳には届かなかった。
(終わった……)
とても名残惜しい気分で、ぴくりとも動かなくなってしまった花京院を見下ろす。
頭の中がぼうっとして、熱に浮かされたように何も考えられない。
するりと、縄が解けて身体が自由になった。JOJOでもない。花京院でもない。あの得体のしれない何かが、少女の拘束を解いたのだ。
結局、それが何かは最後まで、分からなかったけれど、それで、いいのだと感じる。
「悪かったな」
伏せている花京院を抱き起こし、腕の中に収めながらJOJOが言う。その瞳からナイフのように尖ったものは消え失せていた。
「こういうわけだ。他にもっとまともな王子様でも探しな」
JOJOの口元に、ほんのりと笑みが浮かぶのを見て、少女もふわりと微笑んだ。まるで共犯者にでも、なったような気分だった。
少し痺れている足で、椅子から立ち上がる。
「ありがとう。とても素敵なショーだったわ」
***
あれから、学校で花京院の姿を見ることはなかった。
時が経つにつれ、あの保健室での出来事は本当は夢だったのではないかと、そんな風に思えてくる。
新しい王子様が見つかる気配はないけれど、当分は、そんな気になれそうもなかった。
花京院と出会う前の、ありふれた日常。その中を淡々と生きながら、放課後のチャイムをバックに一人夕焼け空を見ていると、時々、あのときの光景が鮮明に蘇る。
夢、だったのかもしれない。多分、そういうことにしておかなくてはいけない。
だけどどうしても、もう一度だけ、あの時の光景に触れてみたいと。そんな気もして。
だから、花京院の家を訪ねた。
クラスメイト思いの生徒を装って、学校帰りに彼の家の呼び鈴を鳴らす。
姿を現したのは、少しやつれた様子の綺麗な女の人だった。瞳の色も、赤い髪も、彼によく、似ていた。
「息子は身体の具合が悪くて、遠くの施設で療養しているの」
彼女は痩せた目元に暗い影を落としながら、力なくそう言った。
それ以上は何も聞くことができず、ただ「お大事に」という当たり障りない言葉だけを述べて、彼の家に背を向けた。
真っ赤に燃える夕陽を見つめながら、ふと気づく。
私は、ピエロだったのかもしれない、と。
赤く紅を引いたような唇で笑っていた、花京院が忘れられない。彼は心の底から悦んでいた。
本当は、ずっとああなることを待ち望んでいたのではないか。
彼こそが、檻の中から連れ出してくれる王子様を、待っていたのではないか。
そんなふうに思えてならない。
今となっては全てが幻のようで、真実を知る術もなければ、その必要もないことを、知っている。
花京院が消えた日から。
JOJOも、消えてしまった。
少女は軽やかな足取りで家路を辿る。
そうだ、読みかけのミステリ小説が、机の引き出しに仕舞ってあるのだった。帰ったら紅茶を淹れて、大好きなチョコレートを口に含みながら、読んでしまおう。
物語の中で、犯人が誰であるかの目星はついている。どんな動機で、どうやって罪を犯したのか、そのなにもかも。けれどその世界観がとても好きで、結末を知ってしまうのが惜しかった。
だけどそれではいつまでも終われない。最後のページを閉じることで、エンドマークをうつのは読者である、自分自身なのだから。
彼らがただ共に、幸せであればそれでいい。
だからきっと、この物語はハッピーエンドだ。
←戻る ・ Wavebox👏
母乳ルート
承太郎が凝視するその先には、不思議な光景が広がっていた。
「こりゃあ……絆創膏、か……?」
花京院は、泣きだしそうになるのをぐっと堪えた表情で、羞恥に身を震わせている。
思った通り、そこには張りのある美しい筋肉からなる、胸が存在していた。しかし、その両方の乳首にあたる場所には、ちょうどバッテンを形作るように、クロスさせた絆創膏が貼り付けられている。よく見れば中央に、折りたたまれた厚いガーゼのようなものを当てているのが分かった。これでは肝心な部分が全く見えない。
そのなんとも奇妙な光景に、承太郎は花京院の顔と胸とを交互に見上げた。
「この中央のガーゼを、絆創膏で取れないように貼り付けているんだ……だって、こうでもしないと……」
花京院はいっそ可哀想なくらい震えた両方の指先で、貼り付けられた絆創膏をゆっくりと剥がしていった。
やがて露わになった花京院の乳首へ、承太郎はぐっと顔を近づけると、瞬きもせずに凝視する。
それぞれの中心には、薄紅色の乳輪と、つんと尖った可愛らしい乳首が鎮座していた。しかし、その様子がどこかおかしい。
ぷっくりとした、小さな粒のような乳首。
その先端から、白い液体がじんわりと滲んでは、肌を滑り落ちていくのだ。
「……花京院、こいつはもしや」
母乳、というやつでは……?
いやまさか、そんな。
母乳というのは、出産した女から出るものではないのか。少なくとも、承太郎はそう認識している。
花京院は全身を茹蛸のように真っ赤に染めて、こくんと頷いた。
「体質なんだ……こういう……」
痛々しく震えた声が、ひとりで抱え込んでいたのであろう秘密を漏らしていく。
「最初に異変に気がついたのは、中学生の頃だった。二年生になってすぐだったと思う。その夜、たまたま両親が揃って不在だったんだ」
承太郎はただ静かに、その告白に耳を傾けた。
「テレビでは深夜番組が放送されていた。普段はなかなか遅くまでテレビなんか見れないから、ぼくはそれを見るともなしに眺めていたんだけど……それがその、なかなか際どい内容で」
「女の裸かなにかか?」
いや、と花京院が緩く首をふる。
「そこまでではない、けど……水着だった。なんというか、それでも中学生には刺激が強すぎたみたいで、なんというか」
「もよおした、と」
まあ、誰でも遅かれ早かれ通る道だとは思う。別におかしな話ではないし、承太郎にだって人並みに経験があることだった。
しかしそれと母乳に、なんの関係があるのだろうか。ごく普通の男子中学生であれば、変化が起こるのは胸ではなく、股間の方ではないのか。
先を促すまでもなく、花京院は言いにくそうに喉を詰まらせながら、話の続きをしはじめた。
「違和感を覚えたのは、性器だけじゃなかったんだ……着ていたシャツの胸のあたりが、じんわり濡れて色が変わっていて……どうやらぼくは、性的に興奮すると、母乳がでてしまう体質らしい」
なんという人体の不思議。それを目の当たりにした承太郎は、不思議と感慨深い気持ちになって、腕を組むと長い息をついた。
しかし本人にしてみれば、なんともショッキングな出来事だったろう。
自慰すらまともに知らない、少年だった頃の彼の心境を思うと、なんだかいたたまれない気持ちになる。
以来、花京院はいつなんとき、自分が性的な興奮をおぼえて母乳を出してしまうかと、それに怯えて人前で上半身をさらすことが、できなくなってしまったらしい。
医者にかかることも考えたが、こんな恥ずかしいことを誰にも知られたくはなかったと。
旅の間も、さぞ苦労したことだろう……。
「そういうことだったのか」
「ずっと言えなくてすまない。だけど、自分でも気持ちが悪くて仕方ないんだ。君だってそう思うだろう?」
おずおずと視線を上げて寄越す花京院に、承太郎はぴくりと眉を動かした。それから、わざとらしい溜息を吐いて見せる。
「……やれやれ、見くびってもらっちゃあ困るぜ」
「承太郎……?」
「おれはな花京院。おまえの乳首からもじゃもじゃ毛が生えてようが、乳首の代わりに人面瘡があろうが、そいつが生意気に喋りだそうが、なんだって受け入れるぜ」
至極真面目に言い放った承太郎の顔を、花京院はポカンとした表情で見つめた。
するとその表情がどんどん緩んできて、やがて彼は声をだして笑いだす。
「なんだよ人面瘡って! 嫌すぎるだろそんなの!」
真剣に言ったつもりが、逆に笑いだしてしまった花京院の肩から、さっきよりも力が抜けているのがわかる。抱え込んでいた秘密を吐きだしたことや、それを承太郎が否定しなかったことに、深く安堵しているようだった。
確かに少し驚いたが、このくらいで揺らぐ程度の安い愛情なんか、抱いていない。
むしろくすぐられるものがあって、承太郎のなかで新しい扉が開かれようとしている。
「これ」
承太郎は片手を伸ばすと、緩く曲げた人差し指の背で、濡れた乳首の片方を撫でた。
「んッ……!」
「濡らしてるってことは、期待してるってことでいいのか」
花京院は否定することなく、ただ下唇を噛み締めて睫毛を伏せる。
承太郎は人差し指と親指の腹で濡れた乳首を摘まみ、きゅうっと緩く絞ってみた。ぷつぷつと小さな白い粒が浮きでては、泣いているように零れ落ちる。
「どんな感じだ?」
小刻みに身を震わせる花京院は、泣きそうな目を細めながら、どこか幼い仕草で首を振った。
「わ、から、ない……けど、きゅうって、なる……」
「……堪んねえな」
承太郎は熱い息を漏らしながら、手を伸ばして羽毛枕を掴んだ。それをふたつ重ねてベッドの背もたれに置き、そこに花京院の身体を押し倒していく。そして羽毛枕にゆったりと背を預ける形になった花京院の胸に、両手を這わせてみた。
大きな手によく馴染む、ふっくらとしたふたつの山を掴む。ほぐすように押し上げては緩め、強弱をつけながら揉みしだいていく。中心で尖る乳首からは忙しなく粒が溢れ、花京院の脇腹を伝い落ちていった。
「じょ、たろ……そんな、に、ッ、したら……あッ、ベッド、汚れ、る」
「構わねえよ」
「んっ、んっ、ぁ……なん、か……その手つき、やらし……」
「やらしいことをしてるんだぜ」
花京院は背中を預けている羽毛枕に爪を立てながら、顔を背けて身悶えていた。彼の胸筋を嬲る承太郎も息が上がり、弾力のある肉の感触を存分に楽しむ。
ひっきりなしに母乳を零しながら、胸を揉みしだかれるという感覚は、一体どんなものなのだろうか。花京院は羽毛枕を掻き毟っていた手を承太郎の肩へとやって、今度はそこに爪を立てている。ひく、ひく、と断続的に身を跳ねさせて、伏せた睫毛を震わせる表情からは、これを快楽と認識してもいいのかどうか、戸惑っていることがうかがえた。
その境目に揺れる様子が堪らなく愛しくて、白い涙を流し続ける薄紅の粒が可愛くて、承太郎は辛抱堪らず、そこに顔を埋める。欲望の赴くまま、片方に思い切り吸い付いた。
「アッ、あッ! だッ、やめ……ッ!」
花京院の腰が、かつてないほど大きく跳ねる。それを体重で押さえつけながら、容赦なく揉む動きはそのままに、片方を舌と唇で嬲る。音を立てて吸いつきながら舌で転がしてやると、口のなかいっぱいに甘みが広がっていく。
「やだ、ぁッ、そ、それ、ダメッ、だめだ、承太郎ッ!」
肩から移動した両手が、承太郎の頭部を掻き毟る。その声は悩ましく掠れ、この身体が完全に快感を得ていることを知らせていた。それでも花京院の感情は、まだ置いてきぼりを食らっているのか、彼は泣きながら嫌々と首を振っている。
「じょう、たろ、じょ、ッ、やめ、て、変だ、ぼく、変、だから……ッ」
(マジで、堪らねえ)
この、反応。
誰かが触れることはおろか、自分でも目を背けていたであろう場所が、承太郎の手と、唇と、舌でもって苛まれ、泣きながら身をくねらせているのだ。胸の奥底から、いっそ残酷なほどの衝動が突き上げてくるのを感じる。優しくしたいと思う感情の裏側に、ひどく苛めてやりたいという欲求が、ムクムクと頭をもたげた。
承太郎は、放っておかれていたもうひとつにもむしゃぶりついた。溢れ出る母乳ごと大きな舌で舐め上げ、じゅう、といやらしい音を立てて吸いつく。残された方には指で触れてクリクリと転がすようにしながら、時おり強く引っ張ってやる。
花京院は身をしならせ、何度も首を振っては嫌だのダメだのと、悲鳴をあげている。高く上擦ったそれは湿っぽく掠れ、まるで子犬が鳴いているかのようだった。
自分でもどうかと思うほど、そうやって粘着質に責め続けていると、やがてふたつの粒が真っ赤に色づいてきた。それでも夢中で胸にしゃぶりつく承太郎に、花京院は切羽詰まったような声を張り上げる。
「待って、まっ、ぁッ、じょうたろ、ッ! だ、ダメだッ、そこ、あぁッ、へん、にっ、なる……ッ!」
(もしかしたら、このまま)
イクのではないか。
このまま続けていたら、乳首だけの刺激で、彼は達してしまうかもしれない。
そういえばまだ下は脱がせていないのだった。ちらりと視線だけを走らせて見れば、花京院の身体の中心は窮屈そうに膨れ上がって、布を押し上げている。この分だと、先走りですっかり下着も濡れているに違いなかった。
「なにか、なにかがッ、きッ、あ、うそ、あ、ぁッ!」
いよいよ予感めいたものを覚えて、承太郎は熟れたように腫れた粒を、摘まんだ指の腹で強く押し潰す。そして、口に含んだものには緩く歯を立ててみた。
すると次の瞬間、花京院の背が羽毛枕から浮き上がるほど反り返り、ビクン、と大きく全身がしなった。
「ヒッ、ぃ……――ッ!!」
口のなかに、勢いよく母乳が注ぎ込まれるのを感じた。もう片方からも、まるで射精しているかのようにびゅうびゅうと液体が噴き出し、承太郎の肩を濡らす。
「!」
もしかしたらと、そう予感してはいたが、承太郎は咄嗟に顔をあげて花京院を見やる。彼は身を強張らせ、喉を反らせならが断続的に跳ね上がっていた。これは、明らかに達しているときの反応だ。
花京院は、未だに緩く母乳を噴き続ける胸を上下させながら荒く息をつき、やがてぐったりと羽毛枕に身を沈めると、自身も信じられない様子で放心状態に陥った。
承太郎はごくりと喉を鳴らしながら口の中のものを飲み込むと、濡れた唇を手の甲で拭う。それから身を乗り出して、熱をもった頬に手を這わせた。焦点を失った瞳が承太郎の視線を捉えると、その表情がくしゃりと歪んだ。
「いいイキっぷりだったぜ」
「うそだ……こんな、の……ッ」
承太郎はあまりのショックに涙が伝う頬に、優しくキスを落とした。
「おれは嬉しい」
「でも、でも……」
「可愛かったぜ」
「ばッ!」
か、と続くはずだった声は、音になることなく花京院の喉の奥に引っ込んだ。彼は何か行動を起こさなければ気が納まらないのか、バツが悪そうに目を泳がせ、羽毛枕から背を離すと承太郎のシャツに手をかける。
「すまない……服もシーツも、こんなに濡らしてしまって」
「気にすんな。そのまま脱がせてくれ」
「ん」
小さく頷いた花京院が、承太郎のウエストのベルトを緩めると、シャツの裾を引きずり出した。そのまま小さな子供を着替えさせるように引き上げる動作に合わせて、承太郎も身を屈めると両腕を伸ばす。ずるりと抜けたシャツは母乳を吸い込んで、僅かに重たくなっていた。
承太郎は花京院の手からシャツを受け取ると、それを適当に床に放り投げる。そうしてる間にも、花京院は居心地悪そうに腰から尻にかけてをもぞりと動かしていた。
「脱ぐか?」
短く問うと、彼はこくりと頷いた。だがすぐに物言いたげに承太郎を見上げる。
「待ってくれ。このままだとベッドが……」
ところどころ湿ってしまった上掛けに触れながら、花京院はしおしおと項垂れてしまった。
相当気にしている様子に小さく笑って、承太郎は花京院の腕を取るとベッドから下りる。フローリングの床に腰をおろし、その身体を引き寄せて自分がかいている胡坐の空間に座らせる。ちょうど横抱きするような体勢で、片膝を立てて背凭れにしてやった。
「これならいいか」
腕のなかで赤くなって俯く花京院は、肩をすくめて縮こまっているせいか、いつもより小さく見える。両胸は揉み過ぎたせいで手形がついて赤くなっているし、頂きにあるふたつの粒も、相変わらず雫を滲ませながら、熟れたチェリーのようにふっくらと腫れていた。
承太郎は花京院の肩を抱いたまま、もう片方の手を膨らんでいる股間に被せた。まだ幾らか硬さの残るその場所を掴んで、ゆるゆると揉み込む。花京院が息を飲み、身を震わせるのと一緒に、乳頭の先端から再び白い粒がじわりと浮き上がった。
「んッ、ぁ……きもち、わるい」
「すげえことになってそうだな、中身」
「……もう、脱ぎたい」
「アイアイサー」
股間に這わせていた手を移動させて、皮のベルトに触れる。器用に外してしまうと、ズボンの前も寛げて下着ごと引き下げる。花京院は承太郎の首に片腕をかけて、腰を浮かせながらそれを助けた。
長い両足からそれらを全て取り払うと、彼はついに生まれたままの姿になった。
その白くしなやかな肉体が腕の中に納まる光景に、承太郎はようやく報われたような気持ちになって、深く感慨の息を漏らす。
そうとは知らず、花京院は下腹や足の付け根にまでぬるりと付着する精液に、むうっと顔を顰めていた。胸から零れだす母乳は彼の割れた腹筋を伝い、やがて髪の毛と同じ色をした薄い下生えに合流する。花京院は人差し指の腹で、母乳と精液で濡れたそこをゆるりと撫でていた。
「……てめー、それ煽ってんのか」
「なッ、ち、違う! べとべとして、気持ちが悪いなと思っていただけで……ッ!」
「このやろう」
肩を抱いていた手を顎にまわし、上向かせると少し乱暴に口づける。花京院は素直に目を閉じ、その熱烈なキスに応えた。差し出し合った舌の先でくるくると互いをくすぐり、角度を変えながら痺れるほどに貪り合う。
承太郎の舌が逃げれば、花京院は夢中になってそれを追ってきた。懸命な様子に愛おしさを膨らませながら、承太郎は濡れそぼって半起ちになっている性器に触れる。
「はぁ、んッ」
吐きだされた甘い吐息を堪能しながら、ゆるゆると扱いた。すると、達して間もないはずの性器が、健気にも力を取り戻していく。
胸からも、乳首からも、淫らに蜜を零しながら震える様に、眩暈がする。花京院は身悶えながらも承太郎の首にまわした腕から力を抜かず、口付けをやめなかった。どこか甘えたように下唇を緩く食まれ、ふと、鼻から笑みがこぼれる。
一体どこまで人を堪らない気持ちにさせれば、気が済むのだろう。
承太郎は性器を扱いていた指をするりと下の方へ滑らせた。精液と、伝い落ちた母乳とで濡れた袋を辿り、さらに奥へと忍ばせる。
ほどなくして辿り着いた窄まりもまた、しとどに濡れそぼっていた。
「んぁッ、あ……ッ!」
つぷ、と音を立てて人差し指を潜り込ませる。ひくつく穴は僅かな抵抗を見せるだけで、待ちわびたように承太郎の指を第二関節まで飲み込んだ。
花京院の肩が跳ね、その拍子に唇が糸を引きながら離れていく。
「なんにもしねえうちから、一本丸のみしちまったぜ」
「う、ぁッ、はずか、し」
「二本目もあっさり入るんじゃあねえか?」
ゆっくりと、傷つけないように慎重に。承太郎は一度引き抜いた人差し指に中指を添え、濡れた穴に押し込んでいった。花京院は喉を反らし、僅かに苦しげな呻きをあげたが、はかはかと上下する胸からは、止め処なく興奮の証が滲みだしている。
「入ったぜ」
「う、ん」
馴染ませるように幾度も抜き差しをして、時おり指を開きながら中を押し広げる。熱く蕩けたようになっている媚肉がその度に絡みつき、淫らな水音を奏でた。
花京院はか細く啼きながら承太郎にぐったりと身を預け、首筋に額を押し付ける。立てられた膝小僧と内腿が、カクカクと痙攣を繰り返していた。
承太郎は彼の肩に添えたままになっていた手を滑らせ、片方の胸に触れる。ぐっと掴んでやると、乳首からはぴゅう、と小さく母乳が噴き出した。感じ入った花京院が、甲高い悲鳴を上げながら背を反らす。
なんていやらしい。思わず喉を鳴らしながら、承太郎は身を屈めると、突き出している胸の片方に食らいつく。僅かな汗の塩気と共に、ほんのりと甘い味が口のなかに広がって、頭がクラクラした。
「はぁ、アッ、そ、こ……ッ、それ……感じる……きもちが、いい……っ」
さっきまで嫌々と首を振りながら戸惑うばかりだったくせに。今やすっかり、ぐずぐずに蕩けきった表情で素直に声をあげている。奥まった場所を解す指の動きはそのままに、夢中で乳首を吸う承太郎の頭を両手で抱きこむと、花京院が小さく笑った。
「じょうたろ、赤ちゃん、みたいだね」
うっとりと呟かれた言葉に、思わず笑ってしまった。そのクツクツという感触がくすぐったかったのか、花京院も笑って腹筋を小刻みに震わせる。
「色気のねえことを言うんじゃねえ」
「だって、ふふっ……可愛いよ、承太郎」
「そっくりそのままお返しするぜ」
「あっ、うわッ!?」
潜り込ませていた指を引き抜き、花京院の腰と腕を掴むと一気に態勢を変えた。冷えた床に寝転び、花京院を上に乗せて見上げる形になる。
「じょ、承太郎、この態勢は……」
「いい眺めだ」
「あッ、ちょ……ひ、広げるな!」
両手を伸ばし、それぞれの尻たぶを掴んで割り開く。そのまま中心付近の筋肉をほぐすようにグニグニと揉んでやった。胸よりも肉付きに乏しい尻だが、そのぶん引き締まっているのがよくわかる。
花京院は態勢を崩しそうになりながらも承太郎の腹に両手をつき、薄い肉を解される感覚に打ち震えた。その瞳はどこかもの欲しそうに揺れながら、承太郎を見つめてくる。
熱に浮かされた視線は、徐々に下降していくと承太郎の膨らみ切った股間に固定されたまま、動かなくなった。
承太郎は花京院の尻から足の付け根のラインをなぞり、太腿に手を這わせる。それぞれをゆるりと撫で上げながら、彼がどうするのかを見守ることにした。
沈黙が合図とばかりに、花京院の両手が承太郎のウエストにかかる。もどかしい手つきで緩められていたベルトを全て外し、徐々に前を寛げていく。震える指先が下着にかかり、引っ掻けるようにしてほんの僅かにずらしただけで、それは勢いよく飛び出した。
「ッ!」
怒張しきった巨茎を見て、花京院が息をのむ。じわりと、胸の飾りから白濁が滴った。
「何度も見ているのに……いつも驚かされるよ。この大きさには」
「おれも驚かされるぜ。てめーのちっこいケツ穴に、こいつが挿っちまうんだからよ」
「そ、そういうこと、言わないで……」
恥じらいを見せながらも、彼はぼうっとした表情で、大きくエラの張った鬼頭に触れる。先走りの滲むそれを緩く掴んで、愛しげに息をつく光景は、普段の優等生然とした姿からは、とても想像できないものだった。
だからこそ、燃える。花京院の秘密を知っているのも、あの涼しげで優雅な立ち振る舞いから余裕を奪い、淫らに堕としてしまえるのも、この自分だけの特権なのだと。
「このままだと出ちまうぜ。おれも、とっくに余裕がねえんだ」
「あ……そうか、ごめん」
夢中になって承太郎の逸物を可愛がっていた手がとまる。
花京院は膝立ちになると、片手は承太郎の太腿につき、もう片方は肉筒を支えるようにして自らの濡れた秘肛にあてがった。承太郎はそんな彼の腰を掴んで支える。
ふたり同時に焦れながら、熱い息を震わせた。
「いいぜ、そのまま腰を落とせ」
「んっく、ぁッ、あ、ぅ……!」
花京院がじわじわと腰を落とすと、先端が熱い壁のなかに飲み込まれる。最も敏感な場所だけに、それだけで達してしまいそうになるのを、どうにかやり過ごした。
そのまま半分ほど腰を沈めたところで、花京院は両手を承太郎の腹について、背中を丸めながら動きを止めてしまう。全身に汗を浮かべ、ひたすら荒い息づかいを繰返すだけで、再び動き出す様子は見られなかった。ただ辛そうに、内腿を痙攣させながら歯を食いしばっているだけだ。
「花京院、まだだぜ」
「わ、かって、る……でも、ッ、ぅ……ッ」
「しょうがねえな」
承太郎は花京院の腰を掴む手に力を込めて、下から幾度か突き上げた。奥まで挿れることはせず、浅い部分だけを何度も何度も抉ってやる。
「アッ、じょう、たろ……ッ、あッ、くぅ、んッ」
潤んだ瞳で嬌声をあげる花京院が、緩く膝を立てる承太郎の腿に両手をついた。背筋が美しく反り返り、ぐんと突き出す形になった胸から、ぽたぽたと音を立てて母乳が零れ落ちてくる。
これ以上ないほどに、最高の眺めだ。今にも奥まで突き入れたい欲求に抗いながら、思わず舌舐めずりをする。
そうやって幾度となく浅い場所だけを苛めぬいているうちに、花京院の嬌声はすすり泣きに変わっていった。最後まで与えられないことに焦れはじめた彼は、前髪とピアスを揺らしながら駄々っ子のように首を振って、大粒の涙を散らす。
「も、いやだッ、これ、足りない……ッ」
「足りねえ? なにが?」
「もっと……奥まで……ッ、くださ、ぃッ……!」
承太郎はその必死の訴えを聞いた瞬間、目の奥をじわりと欲望に光らせて、薄く笑みを浮かべる。正直、辛いのはこちらも同じだった。翻弄しているようでいて、実のところ『待て』をされていたのは、承太郎の方だったのかもしれない。
一定のリズムで浅く穿っていた屹立を、掴んでいた細腰を強く引き寄せるのと同時に、思い切り奥まで叩きつける。
「ッ――!!」
熱く蕩けた中の締め付けに、根元まで包み込まれると、腰から這い上がって来る電流が脳天まで駆け巡ったような気がした。一気に最奥まで突き上げられた花京院は、性器と乳首から白濁を噴きだしながら果てている。フローリングの床にも、承太郎の身体にも、それらが大量に降り注いだ。
ここまでどうにか耐えていた承太郎も、その大きな衝撃には抗えず、最奥で弾けてしまう。奥歯を食いしばりながら低く呻いて、ぶるりと腰を震わせた。
「ッ、ぐ……ぅ」
だけど、これで終われるはずがなかった。絶頂に痙攣する肉壺のなかで、達したばかりの承太郎は力を失わずにいる。だからまだ終わらない。未だ高波にさらわれたままでいる花京院の腰を離さず、そのままの勢いで容赦なく突き上げ、その身を揺さぶる。なかに出したものが、奥の奥までどろどろに溶けだして、乱暴ともいえる抽挿を助けた。
花京院は涙をいっぱいに浮かべた瞳を見開き、引き攣ったような悲鳴をあげる。
「ひぃっんッ! あ、ぁ――ッ、あッ、や、だっ、やめ……まだっ、イッて、るッ、ぁひ、ぃ……ッ!!」
「すげえ……突き上げるたんび、こっから白いのが噴きだしてるぜ」
「あぁッ、そんな、の、言わな、で……ッ!」
承太郎が奥を突く度に、花京院の赤く腫れた乳首からはピュ、ピュ、と白い粒が弾け飛んでいた。まるで押せば出るポンプのようだ。
嫌だ嫌だと言って泣いているくせに、花京院の腰は承太郎の動きに合わせて淫らに跳ねる。快楽を追うことに必死になっている姿は、まさに淫乱の一言に尽きた。瞳はどこか濁り、そこには一欠けらの理性も見当たらない。
こんなにも激しく乱れる男だったろうか。今まで繰り返して来た行為が、本当にただ下半身をぶつけ合うだけの、性欲処理だったのだと思い知らされた。
「もっ、だめ、止まらな、アッ! ぼくの、おっぱい、壊れ、る……ッ」
「とっくに壊れてると思うぜ。これだけの量が、今までよく絆創膏なんぞで抑えられたな」
「だっ、て! だって……ッ、今日は、すごく……感じる……ッ、興奮、してる、から、ぁッ、いつもより、いっぱ、い……っ」
抱え込んでいた秘密と一緒に、理性や本能といったものも解放された、といったところだろうか。こんなことならもっと早く、いっそ強引にでも暴いてしまえばよかった。これまで過ごしてきた時間を口惜しく感じる。
「おれも、感じるぜ……花京院。最高に、興奮する」
承太郎は半身を起すと、断続的に潮を噴くように白濁を放つ乳首にむしゃぶりついた。口の端から次々と零れだすのも構わず、ぐりぐりと角度を変えながら強く吸っては、歯を立てる。どこまで加減できているか分からず、いっそ噛み潰してしまいそうだ。けれどそうすればするほど、中の締め付けは増していく。花京院の淫らな腰つきも、甘やかな嬌声も増すばかりだった。
「あぁッ、や! 承太郎、でるッ! またでる、乳首、かまれ、て……、んんぁ、も、ッ、イッ、く……ッ――!!」
承太郎の頭を搔き抱きながら、花京院は三度目の絶頂を迎える。口のなかいっぱいに濃厚な蜜が溢れ、承太郎は一滴も零すまいとそれを強く吸い上げた。
花京院がビクン、ビクン、と大きく跳ね上がるたび、当然もう片方からも凄まじい勢いで母乳が噴きだしている。ふたりの身体の中心で、花京院の性器からも熱いものが迸っては、肌を滑り床を汚していく。承太郎もまた、二度目の熱い奔流を花京院の最奥に叩きつける。
「は、ッ、ぁ……でて、る……おなか、あつ、ぃ……ッ」
強張りがとけ、ガクンと力を失くした身体が背後に倒れていくのに合わせて、承太郎は抜かないままに彼の身体に覆いかぶさった。
花京院はしばらくの間、死にそうな息を忙しなく吐きだして、ひくひくと痙攣を繰り返していた。二人分の荒い呼吸が、少しずつ夜の青に満たされつつある薄明かりに、深く溶け込む。
やがて薄く開かれた唇から、ごめん、という音の息が漏らされた。
「こんな、に……汚、し……」
「構わねえよ。それより」
「ッ、ふ、ぁ……っ!?」
承太郎はなかに納めたままの肉棒で、花京院の奥深い場所をこつんと突いた。
「まだ、足りねえ」
大きな獣が甘えるように、汗ばんだ額に自分の額を擦りつけた。
承太郎の屹立は花京院のなかで、未だにもの欲しそうに脈打っている。我ながら貪欲で、堪え性のない息子だ。
だけど、足りないものは足りない。ようやく愛しい男の全てを、剥き出しにさせたばかりだ。奪っても奪っても、満ちることはなかった。
未だ母乳を垂れ流す乳首を、指できゅうっと摘み上げる。ぴゅ、と可愛らしい飛沫をあげるそこは、真っ赤に腫れながらも、貪欲に誘い込んでいるように見えた。
「ぁ、じょ、たろ、ぼくもう……ッ」
「好きだ。花京院……愛してる」
「ッ!」
また狡いだなんて言われてしまうだろうか。けれどその愛の告白に身を震わせた花京院は、じわりと瞳に熱を浮かべる。きゅう、と承太郎を受け入れたままの、蕩けた肉路が収縮した。
あまりにも素直すぎる反応を示す身体に笑みを漏らしつつ、承太郎はそんな彼がちょっぴり心配にもなってしまう。
「おまえ……おれ以外の相手にこんなふうになるんじゃねーぞ」
「なッ!? なるわけないだろ! ぼくは……君じゃなきゃ嫌だ」
心外だと眉を吊り上げて見せる花京院に、承太郎はこの上ない満足感を得る。元から他の誰にも渡すつもりはないし、一瞬でも余所見をさせるつもりもないけれど。
「好きなだけくれてやるから」
愛情も、告白も、快楽でさえ。この身の全てを。
「枯れるまで、おれにもくれよ」
そう、枯れるまで。甘い蜜を溢れさせる身体を、もっともっと、暴きたい。
夜はまだ、始まったばかりだから。
*
「まるで介護されている気分だ……」
翌日。
昼時を迎えた陽光が射すリビングで、白いTシャツと黒いジャージの下を着込んだ花京院が、沈んだ声をあげた。
額に冷却シートを張り付けた彼は、ソファにぐったりとした様子で横になっている。
クッションを枕にして、逆サイドの肘掛に乗せられた両足は、爪先しか出ていない。Tシャツでさえ肩の位置がズレ、身体が泳いでいるように見えているのは、それらが承太郎のものだからだ。
「今は同じようなもんだぜ」
言いながら、弁当や飲み物が入った袋を持ってきた承太郎に、花京院の申し訳なさそうな視線が向けられる。思わず鼻から息を洩らし、ひょいと肩を竦めた。
「気にすることはねえ。無茶させたのはおれなんだからよ」
あれから。
深夜遅くまで続いた行為が影響して、花京院は見事に足腰が立たない状態に陥った。ようやくまともに意識を取り戻したのはつい先刻のことで、しかも彼は軽く熱までだしてしまった。
「どうだ、調子は」
袋をテーブルに置くと、承太郎は花京院の顔がよく見えるよう、ソファの傍にどっかりと胡坐をかいた。
「微熱だし、大丈夫だよ。腰も力が入らないだけで、痛みはない」
花京院はごく自然に笑ったつもりなのかもしれないが、承太郎にはその笑みが随分と弱々しいものに見える。だいたい、普段から平熱が低い彼にとって、微熱といえる体温は十分に高いと言えるのだ。
声だって、饒舌に喋ってはいるが、ときどき痛々しく掠れている。
これは完全に承太郎の責任だ。なにせひとりでまともに歩けなくなるほどに、ほぼ一晩じゅう抱き潰してしまったのだから。
すまん、と言って項垂れると、花京院はすぐさま「よしてくれ」と言う。
「すっかり世話をかけてしまって、ぼくの方がよほど面目ない気分だよ」
そう言われても、承太郎にとっては全てが当然の行いだった。
目を覚ましたとき、腕のなかの花京院は熱い身体をぐったりとさせ、呼吸を荒げていた。ほとんど意識がない状態で、呼びかけても反応がない。
珍しく慌てた承太郎は、スタープラチナまで駆使して彼の身体を清め、適当に自分の鞄から取り出したシャツとジャージを着せた。そして、完備してあった救急箱から取り出した体温計で熱を測ると……花京院は案の定、発熱していた。
それから承太郎は、庭の倉庫にしまわれていた自転車を引っ張り出すと、全速力で飛ばして山を下りた。駅近くのコンビニで、弁当とサラダ、スポーツドリンク、さらに冷却シートを買って、戻ってきた。
その頃には花京院はどうにか意識を取り戻していて、昨夜の名残が残るベッドからこのリビングに移動させ、今に至るというわけである。
正直、いま思いだしても最高の夜ではあったが、流石にこれほどまでに負担をかけてしまうとは、思っていなかった。
いっそ彼の口から『二度としない』なんて宣言されても、なんらおかしくはない状態だ。
けれど花京院は怒った様子もなく、しょげている承太郎に笑いかける。
「一晩中するなんて……初めてのことだったろう?」
「……だな」
「その……だから、ちょっぴり身体が驚いてしまっただけなのさ。ぼくは……いい夜だったと、思う」
もとはと言えば無理強いから始まった行為だっただけに、彼がそんなふうに言うとは思ってもみなかった。その意外さに目を瞬かせる承太郎に、花京院はもとから赤い頬をより色づかせながら、恥ずかしそうに目を泳がせる。
「ぼくだって本当は……ちゃんと裸で君と抱き合いたかったんだ。だけどどうしても……言いだせなくて」
「花京院……」
「だからよかったんだ。嬉しかった。このくだらないコンプレックスごと、ぼくを愛してくれて……ありがとう」
そう言って、花京院は困り眉で微笑んだ。胸の奥底から、じんとした熱が染み渡る。どうしようもない愛しさが、そのまま溢れて止まらなくなりそうだった。
「花京院」
承太郎はその名を呼ぶと、彼の腹に置かれていた左手をとった。睫毛を伏せて、その薬指に優しく口付けると、赤い顔を見やる。
「おれも。ありがとうよ、花京院」
全てを見せてくれて。こんな、どうしようもなく我儘な男に、委ねてくれて。
丸く見開かれていたアメジストを、すうっと細めて微笑んだ花京院が、うん、と小さく頷いた。
しばらくのあいだ、ふたりはそうやって見つめ合う。けれどそのうち気恥ずかしくなってきて、どちらからともなく噴き出してしまった。
「なんだか照れ臭いな、こういうの」
「まったくだ」
「食べよう、ご飯。お腹が空いた」
照れ隠しにそう言って、花京院は横たえていた身を起こそうとした。腰に負担をかけさせまいと、咄嗟に膝立ちになった承太郎がそれを支える。向き合って、目と目が合ったふたりは、また口を閉ざしてしまった。
だけど、すぐに引き寄せられるように顔を近づけ、唇を重ねる。
いつもとは逆で、下からキスを受け止める形は、少し不思議な感覚だった。
唇はすぐに離れた。至近距離で見つめ合ったまま、照れ臭いのに笑いだすこともできないでいると、承太郎は自然と花京院の名を呼んでいた。
「花京院……す」
好きだ、と言うつもりだったのに。
花京院の人差し指が、それを遮るように肉厚な唇に押し当てられたせいで、何も言えなくなってしまう。
「嬉しいけど……あまりぼくを、贅沢に慣れさせないでくれ」
承太郎の愛の言葉は、すぐに花京院の心と身体をどろどろに蕩かしてしまうから。
それほどまでに、承太郎は花京院を惚れさせている、ということだ。
「マジで、チョロすぎだぜ」
これには流石の承太郎も、顔を赤らめてしまう。
「なんとでも言ってくれ。ぼくはもう、諦めてしまったよ」
まるで憎まれ口を叩いているような言い方に、承太郎は笑いながらもう一度、その唇を塞いでやった。
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承太郎が凝視するその先には、不思議な光景が広がっていた。
「こりゃあ……絆創膏、か……?」
花京院は、泣きだしそうになるのをぐっと堪えた表情で、羞恥に身を震わせている。
思った通り、そこには張りのある美しい筋肉からなる、胸が存在していた。しかし、その両方の乳首にあたる場所には、ちょうどバッテンを形作るように、クロスさせた絆創膏が貼り付けられている。よく見れば中央に、折りたたまれた厚いガーゼのようなものを当てているのが分かった。これでは肝心な部分が全く見えない。
そのなんとも奇妙な光景に、承太郎は花京院の顔と胸とを交互に見上げた。
「この中央のガーゼを、絆創膏で取れないように貼り付けているんだ……だって、こうでもしないと……」
花京院はいっそ可哀想なくらい震えた両方の指先で、貼り付けられた絆創膏をゆっくりと剥がしていった。
やがて露わになった花京院の乳首へ、承太郎はぐっと顔を近づけると、瞬きもせずに凝視する。
それぞれの中心には、薄紅色の乳輪と、つんと尖った可愛らしい乳首が鎮座していた。しかし、その様子がどこかおかしい。
ぷっくりとした、小さな粒のような乳首。
その先端から、白い液体がじんわりと滲んでは、肌を滑り落ちていくのだ。
「……花京院、こいつはもしや」
母乳、というやつでは……?
いやまさか、そんな。
母乳というのは、出産した女から出るものではないのか。少なくとも、承太郎はそう認識している。
花京院は全身を茹蛸のように真っ赤に染めて、こくんと頷いた。
「体質なんだ……こういう……」
痛々しく震えた声が、ひとりで抱え込んでいたのであろう秘密を漏らしていく。
「最初に異変に気がついたのは、中学生の頃だった。二年生になってすぐだったと思う。その夜、たまたま両親が揃って不在だったんだ」
承太郎はただ静かに、その告白に耳を傾けた。
「テレビでは深夜番組が放送されていた。普段はなかなか遅くまでテレビなんか見れないから、ぼくはそれを見るともなしに眺めていたんだけど……それがその、なかなか際どい内容で」
「女の裸かなにかか?」
いや、と花京院が緩く首をふる。
「そこまでではない、けど……水着だった。なんというか、それでも中学生には刺激が強すぎたみたいで、なんというか」
「もよおした、と」
まあ、誰でも遅かれ早かれ通る道だとは思う。別におかしな話ではないし、承太郎にだって人並みに経験があることだった。
しかしそれと母乳に、なんの関係があるのだろうか。ごく普通の男子中学生であれば、変化が起こるのは胸ではなく、股間の方ではないのか。
先を促すまでもなく、花京院は言いにくそうに喉を詰まらせながら、話の続きをしはじめた。
「違和感を覚えたのは、性器だけじゃなかったんだ……着ていたシャツの胸のあたりが、じんわり濡れて色が変わっていて……どうやらぼくは、性的に興奮すると、母乳がでてしまう体質らしい」
なんという人体の不思議。それを目の当たりにした承太郎は、不思議と感慨深い気持ちになって、腕を組むと長い息をついた。
しかし本人にしてみれば、なんともショッキングな出来事だったろう。
自慰すらまともに知らない、少年だった頃の彼の心境を思うと、なんだかいたたまれない気持ちになる。
以来、花京院はいつなんとき、自分が性的な興奮をおぼえて母乳を出してしまうかと、それに怯えて人前で上半身をさらすことが、できなくなってしまったらしい。
医者にかかることも考えたが、こんな恥ずかしいことを誰にも知られたくはなかったと。
旅の間も、さぞ苦労したことだろう……。
「そういうことだったのか」
「ずっと言えなくてすまない。だけど、自分でも気持ちが悪くて仕方ないんだ。君だってそう思うだろう?」
おずおずと視線を上げて寄越す花京院に、承太郎はぴくりと眉を動かした。それから、わざとらしい溜息を吐いて見せる。
「……やれやれ、見くびってもらっちゃあ困るぜ」
「承太郎……?」
「おれはな花京院。おまえの乳首からもじゃもじゃ毛が生えてようが、乳首の代わりに人面瘡があろうが、そいつが生意気に喋りだそうが、なんだって受け入れるぜ」
至極真面目に言い放った承太郎の顔を、花京院はポカンとした表情で見つめた。
するとその表情がどんどん緩んできて、やがて彼は声をだして笑いだす。
「なんだよ人面瘡って! 嫌すぎるだろそんなの!」
真剣に言ったつもりが、逆に笑いだしてしまった花京院の肩から、さっきよりも力が抜けているのがわかる。抱え込んでいた秘密を吐きだしたことや、それを承太郎が否定しなかったことに、深く安堵しているようだった。
確かに少し驚いたが、このくらいで揺らぐ程度の安い愛情なんか、抱いていない。
むしろくすぐられるものがあって、承太郎のなかで新しい扉が開かれようとしている。
「これ」
承太郎は片手を伸ばすと、緩く曲げた人差し指の背で、濡れた乳首の片方を撫でた。
「んッ……!」
「濡らしてるってことは、期待してるってことでいいのか」
花京院は否定することなく、ただ下唇を噛み締めて睫毛を伏せる。
承太郎は人差し指と親指の腹で濡れた乳首を摘まみ、きゅうっと緩く絞ってみた。ぷつぷつと小さな白い粒が浮きでては、泣いているように零れ落ちる。
「どんな感じだ?」
小刻みに身を震わせる花京院は、泣きそうな目を細めながら、どこか幼い仕草で首を振った。
「わ、から、ない……けど、きゅうって、なる……」
「……堪んねえな」
承太郎は熱い息を漏らしながら、手を伸ばして羽毛枕を掴んだ。それをふたつ重ねてベッドの背もたれに置き、そこに花京院の身体を押し倒していく。そして羽毛枕にゆったりと背を預ける形になった花京院の胸に、両手を這わせてみた。
大きな手によく馴染む、ふっくらとしたふたつの山を掴む。ほぐすように押し上げては緩め、強弱をつけながら揉みしだいていく。中心で尖る乳首からは忙しなく粒が溢れ、花京院の脇腹を伝い落ちていった。
「じょ、たろ……そんな、に、ッ、したら……あッ、ベッド、汚れ、る」
「構わねえよ」
「んっ、んっ、ぁ……なん、か……その手つき、やらし……」
「やらしいことをしてるんだぜ」
花京院は背中を預けている羽毛枕に爪を立てながら、顔を背けて身悶えていた。彼の胸筋を嬲る承太郎も息が上がり、弾力のある肉の感触を存分に楽しむ。
ひっきりなしに母乳を零しながら、胸を揉みしだかれるという感覚は、一体どんなものなのだろうか。花京院は羽毛枕を掻き毟っていた手を承太郎の肩へとやって、今度はそこに爪を立てている。ひく、ひく、と断続的に身を跳ねさせて、伏せた睫毛を震わせる表情からは、これを快楽と認識してもいいのかどうか、戸惑っていることがうかがえた。
その境目に揺れる様子が堪らなく愛しくて、白い涙を流し続ける薄紅の粒が可愛くて、承太郎は辛抱堪らず、そこに顔を埋める。欲望の赴くまま、片方に思い切り吸い付いた。
「アッ、あッ! だッ、やめ……ッ!」
花京院の腰が、かつてないほど大きく跳ねる。それを体重で押さえつけながら、容赦なく揉む動きはそのままに、片方を舌と唇で嬲る。音を立てて吸いつきながら舌で転がしてやると、口のなかいっぱいに甘みが広がっていく。
「やだ、ぁッ、そ、それ、ダメッ、だめだ、承太郎ッ!」
肩から移動した両手が、承太郎の頭部を掻き毟る。その声は悩ましく掠れ、この身体が完全に快感を得ていることを知らせていた。それでも花京院の感情は、まだ置いてきぼりを食らっているのか、彼は泣きながら嫌々と首を振っている。
「じょう、たろ、じょ、ッ、やめ、て、変だ、ぼく、変、だから……ッ」
(マジで、堪らねえ)
この、反応。
誰かが触れることはおろか、自分でも目を背けていたであろう場所が、承太郎の手と、唇と、舌でもって苛まれ、泣きながら身をくねらせているのだ。胸の奥底から、いっそ残酷なほどの衝動が突き上げてくるのを感じる。優しくしたいと思う感情の裏側に、ひどく苛めてやりたいという欲求が、ムクムクと頭をもたげた。
承太郎は、放っておかれていたもうひとつにもむしゃぶりついた。溢れ出る母乳ごと大きな舌で舐め上げ、じゅう、といやらしい音を立てて吸いつく。残された方には指で触れてクリクリと転がすようにしながら、時おり強く引っ張ってやる。
花京院は身をしならせ、何度も首を振っては嫌だのダメだのと、悲鳴をあげている。高く上擦ったそれは湿っぽく掠れ、まるで子犬が鳴いているかのようだった。
自分でもどうかと思うほど、そうやって粘着質に責め続けていると、やがてふたつの粒が真っ赤に色づいてきた。それでも夢中で胸にしゃぶりつく承太郎に、花京院は切羽詰まったような声を張り上げる。
「待って、まっ、ぁッ、じょうたろ、ッ! だ、ダメだッ、そこ、あぁッ、へん、にっ、なる……ッ!」
(もしかしたら、このまま)
イクのではないか。
このまま続けていたら、乳首だけの刺激で、彼は達してしまうかもしれない。
そういえばまだ下は脱がせていないのだった。ちらりと視線だけを走らせて見れば、花京院の身体の中心は窮屈そうに膨れ上がって、布を押し上げている。この分だと、先走りですっかり下着も濡れているに違いなかった。
「なにか、なにかがッ、きッ、あ、うそ、あ、ぁッ!」
いよいよ予感めいたものを覚えて、承太郎は熟れたように腫れた粒を、摘まんだ指の腹で強く押し潰す。そして、口に含んだものには緩く歯を立ててみた。
すると次の瞬間、花京院の背が羽毛枕から浮き上がるほど反り返り、ビクン、と大きく全身がしなった。
「ヒッ、ぃ……――ッ!!」
口のなかに、勢いよく母乳が注ぎ込まれるのを感じた。もう片方からも、まるで射精しているかのようにびゅうびゅうと液体が噴き出し、承太郎の肩を濡らす。
「!」
もしかしたらと、そう予感してはいたが、承太郎は咄嗟に顔をあげて花京院を見やる。彼は身を強張らせ、喉を反らせならが断続的に跳ね上がっていた。これは、明らかに達しているときの反応だ。
花京院は、未だに緩く母乳を噴き続ける胸を上下させながら荒く息をつき、やがてぐったりと羽毛枕に身を沈めると、自身も信じられない様子で放心状態に陥った。
承太郎はごくりと喉を鳴らしながら口の中のものを飲み込むと、濡れた唇を手の甲で拭う。それから身を乗り出して、熱をもった頬に手を這わせた。焦点を失った瞳が承太郎の視線を捉えると、その表情がくしゃりと歪んだ。
「いいイキっぷりだったぜ」
「うそだ……こんな、の……ッ」
承太郎はあまりのショックに涙が伝う頬に、優しくキスを落とした。
「おれは嬉しい」
「でも、でも……」
「可愛かったぜ」
「ばッ!」
か、と続くはずだった声は、音になることなく花京院の喉の奥に引っ込んだ。彼は何か行動を起こさなければ気が納まらないのか、バツが悪そうに目を泳がせ、羽毛枕から背を離すと承太郎のシャツに手をかける。
「すまない……服もシーツも、こんなに濡らしてしまって」
「気にすんな。そのまま脱がせてくれ」
「ん」
小さく頷いた花京院が、承太郎のウエストのベルトを緩めると、シャツの裾を引きずり出した。そのまま小さな子供を着替えさせるように引き上げる動作に合わせて、承太郎も身を屈めると両腕を伸ばす。ずるりと抜けたシャツは母乳を吸い込んで、僅かに重たくなっていた。
承太郎は花京院の手からシャツを受け取ると、それを適当に床に放り投げる。そうしてる間にも、花京院は居心地悪そうに腰から尻にかけてをもぞりと動かしていた。
「脱ぐか?」
短く問うと、彼はこくりと頷いた。だがすぐに物言いたげに承太郎を見上げる。
「待ってくれ。このままだとベッドが……」
ところどころ湿ってしまった上掛けに触れながら、花京院はしおしおと項垂れてしまった。
相当気にしている様子に小さく笑って、承太郎は花京院の腕を取るとベッドから下りる。フローリングの床に腰をおろし、その身体を引き寄せて自分がかいている胡坐の空間に座らせる。ちょうど横抱きするような体勢で、片膝を立てて背凭れにしてやった。
「これならいいか」
腕のなかで赤くなって俯く花京院は、肩をすくめて縮こまっているせいか、いつもより小さく見える。両胸は揉み過ぎたせいで手形がついて赤くなっているし、頂きにあるふたつの粒も、相変わらず雫を滲ませながら、熟れたチェリーのようにふっくらと腫れていた。
承太郎は花京院の肩を抱いたまま、もう片方の手を膨らんでいる股間に被せた。まだ幾らか硬さの残るその場所を掴んで、ゆるゆると揉み込む。花京院が息を飲み、身を震わせるのと一緒に、乳頭の先端から再び白い粒がじわりと浮き上がった。
「んッ、ぁ……きもち、わるい」
「すげえことになってそうだな、中身」
「……もう、脱ぎたい」
「アイアイサー」
股間に這わせていた手を移動させて、皮のベルトに触れる。器用に外してしまうと、ズボンの前も寛げて下着ごと引き下げる。花京院は承太郎の首に片腕をかけて、腰を浮かせながらそれを助けた。
長い両足からそれらを全て取り払うと、彼はついに生まれたままの姿になった。
その白くしなやかな肉体が腕の中に納まる光景に、承太郎はようやく報われたような気持ちになって、深く感慨の息を漏らす。
そうとは知らず、花京院は下腹や足の付け根にまでぬるりと付着する精液に、むうっと顔を顰めていた。胸から零れだす母乳は彼の割れた腹筋を伝い、やがて髪の毛と同じ色をした薄い下生えに合流する。花京院は人差し指の腹で、母乳と精液で濡れたそこをゆるりと撫でていた。
「……てめー、それ煽ってんのか」
「なッ、ち、違う! べとべとして、気持ちが悪いなと思っていただけで……ッ!」
「このやろう」
肩を抱いていた手を顎にまわし、上向かせると少し乱暴に口づける。花京院は素直に目を閉じ、その熱烈なキスに応えた。差し出し合った舌の先でくるくると互いをくすぐり、角度を変えながら痺れるほどに貪り合う。
承太郎の舌が逃げれば、花京院は夢中になってそれを追ってきた。懸命な様子に愛おしさを膨らませながら、承太郎は濡れそぼって半起ちになっている性器に触れる。
「はぁ、んッ」
吐きだされた甘い吐息を堪能しながら、ゆるゆると扱いた。すると、達して間もないはずの性器が、健気にも力を取り戻していく。
胸からも、乳首からも、淫らに蜜を零しながら震える様に、眩暈がする。花京院は身悶えながらも承太郎の首にまわした腕から力を抜かず、口付けをやめなかった。どこか甘えたように下唇を緩く食まれ、ふと、鼻から笑みがこぼれる。
一体どこまで人を堪らない気持ちにさせれば、気が済むのだろう。
承太郎は性器を扱いていた指をするりと下の方へ滑らせた。精液と、伝い落ちた母乳とで濡れた袋を辿り、さらに奥へと忍ばせる。
ほどなくして辿り着いた窄まりもまた、しとどに濡れそぼっていた。
「んぁッ、あ……ッ!」
つぷ、と音を立てて人差し指を潜り込ませる。ひくつく穴は僅かな抵抗を見せるだけで、待ちわびたように承太郎の指を第二関節まで飲み込んだ。
花京院の肩が跳ね、その拍子に唇が糸を引きながら離れていく。
「なんにもしねえうちから、一本丸のみしちまったぜ」
「う、ぁッ、はずか、し」
「二本目もあっさり入るんじゃあねえか?」
ゆっくりと、傷つけないように慎重に。承太郎は一度引き抜いた人差し指に中指を添え、濡れた穴に押し込んでいった。花京院は喉を反らし、僅かに苦しげな呻きをあげたが、はかはかと上下する胸からは、止め処なく興奮の証が滲みだしている。
「入ったぜ」
「う、ん」
馴染ませるように幾度も抜き差しをして、時おり指を開きながら中を押し広げる。熱く蕩けたようになっている媚肉がその度に絡みつき、淫らな水音を奏でた。
花京院はか細く啼きながら承太郎にぐったりと身を預け、首筋に額を押し付ける。立てられた膝小僧と内腿が、カクカクと痙攣を繰り返していた。
承太郎は彼の肩に添えたままになっていた手を滑らせ、片方の胸に触れる。ぐっと掴んでやると、乳首からはぴゅう、と小さく母乳が噴き出した。感じ入った花京院が、甲高い悲鳴を上げながら背を反らす。
なんていやらしい。思わず喉を鳴らしながら、承太郎は身を屈めると、突き出している胸の片方に食らいつく。僅かな汗の塩気と共に、ほんのりと甘い味が口のなかに広がって、頭がクラクラした。
「はぁ、アッ、そ、こ……ッ、それ……感じる……きもちが、いい……っ」
さっきまで嫌々と首を振りながら戸惑うばかりだったくせに。今やすっかり、ぐずぐずに蕩けきった表情で素直に声をあげている。奥まった場所を解す指の動きはそのままに、夢中で乳首を吸う承太郎の頭を両手で抱きこむと、花京院が小さく笑った。
「じょうたろ、赤ちゃん、みたいだね」
うっとりと呟かれた言葉に、思わず笑ってしまった。そのクツクツという感触がくすぐったかったのか、花京院も笑って腹筋を小刻みに震わせる。
「色気のねえことを言うんじゃねえ」
「だって、ふふっ……可愛いよ、承太郎」
「そっくりそのままお返しするぜ」
「あっ、うわッ!?」
潜り込ませていた指を引き抜き、花京院の腰と腕を掴むと一気に態勢を変えた。冷えた床に寝転び、花京院を上に乗せて見上げる形になる。
「じょ、承太郎、この態勢は……」
「いい眺めだ」
「あッ、ちょ……ひ、広げるな!」
両手を伸ばし、それぞれの尻たぶを掴んで割り開く。そのまま中心付近の筋肉をほぐすようにグニグニと揉んでやった。胸よりも肉付きに乏しい尻だが、そのぶん引き締まっているのがよくわかる。
花京院は態勢を崩しそうになりながらも承太郎の腹に両手をつき、薄い肉を解される感覚に打ち震えた。その瞳はどこかもの欲しそうに揺れながら、承太郎を見つめてくる。
熱に浮かされた視線は、徐々に下降していくと承太郎の膨らみ切った股間に固定されたまま、動かなくなった。
承太郎は花京院の尻から足の付け根のラインをなぞり、太腿に手を這わせる。それぞれをゆるりと撫で上げながら、彼がどうするのかを見守ることにした。
沈黙が合図とばかりに、花京院の両手が承太郎のウエストにかかる。もどかしい手つきで緩められていたベルトを全て外し、徐々に前を寛げていく。震える指先が下着にかかり、引っ掻けるようにしてほんの僅かにずらしただけで、それは勢いよく飛び出した。
「ッ!」
怒張しきった巨茎を見て、花京院が息をのむ。じわりと、胸の飾りから白濁が滴った。
「何度も見ているのに……いつも驚かされるよ。この大きさには」
「おれも驚かされるぜ。てめーのちっこいケツ穴に、こいつが挿っちまうんだからよ」
「そ、そういうこと、言わないで……」
恥じらいを見せながらも、彼はぼうっとした表情で、大きくエラの張った鬼頭に触れる。先走りの滲むそれを緩く掴んで、愛しげに息をつく光景は、普段の優等生然とした姿からは、とても想像できないものだった。
だからこそ、燃える。花京院の秘密を知っているのも、あの涼しげで優雅な立ち振る舞いから余裕を奪い、淫らに堕としてしまえるのも、この自分だけの特権なのだと。
「このままだと出ちまうぜ。おれも、とっくに余裕がねえんだ」
「あ……そうか、ごめん」
夢中になって承太郎の逸物を可愛がっていた手がとまる。
花京院は膝立ちになると、片手は承太郎の太腿につき、もう片方は肉筒を支えるようにして自らの濡れた秘肛にあてがった。承太郎はそんな彼の腰を掴んで支える。
ふたり同時に焦れながら、熱い息を震わせた。
「いいぜ、そのまま腰を落とせ」
「んっく、ぁッ、あ、ぅ……!」
花京院がじわじわと腰を落とすと、先端が熱い壁のなかに飲み込まれる。最も敏感な場所だけに、それだけで達してしまいそうになるのを、どうにかやり過ごした。
そのまま半分ほど腰を沈めたところで、花京院は両手を承太郎の腹について、背中を丸めながら動きを止めてしまう。全身に汗を浮かべ、ひたすら荒い息づかいを繰返すだけで、再び動き出す様子は見られなかった。ただ辛そうに、内腿を痙攣させながら歯を食いしばっているだけだ。
「花京院、まだだぜ」
「わ、かって、る……でも、ッ、ぅ……ッ」
「しょうがねえな」
承太郎は花京院の腰を掴む手に力を込めて、下から幾度か突き上げた。奥まで挿れることはせず、浅い部分だけを何度も何度も抉ってやる。
「アッ、じょう、たろ……ッ、あッ、くぅ、んッ」
潤んだ瞳で嬌声をあげる花京院が、緩く膝を立てる承太郎の腿に両手をついた。背筋が美しく反り返り、ぐんと突き出す形になった胸から、ぽたぽたと音を立てて母乳が零れ落ちてくる。
これ以上ないほどに、最高の眺めだ。今にも奥まで突き入れたい欲求に抗いながら、思わず舌舐めずりをする。
そうやって幾度となく浅い場所だけを苛めぬいているうちに、花京院の嬌声はすすり泣きに変わっていった。最後まで与えられないことに焦れはじめた彼は、前髪とピアスを揺らしながら駄々っ子のように首を振って、大粒の涙を散らす。
「も、いやだッ、これ、足りない……ッ」
「足りねえ? なにが?」
「もっと……奥まで……ッ、くださ、ぃッ……!」
承太郎はその必死の訴えを聞いた瞬間、目の奥をじわりと欲望に光らせて、薄く笑みを浮かべる。正直、辛いのはこちらも同じだった。翻弄しているようでいて、実のところ『待て』をされていたのは、承太郎の方だったのかもしれない。
一定のリズムで浅く穿っていた屹立を、掴んでいた細腰を強く引き寄せるのと同時に、思い切り奥まで叩きつける。
「ッ――!!」
熱く蕩けた中の締め付けに、根元まで包み込まれると、腰から這い上がって来る電流が脳天まで駆け巡ったような気がした。一気に最奥まで突き上げられた花京院は、性器と乳首から白濁を噴きだしながら果てている。フローリングの床にも、承太郎の身体にも、それらが大量に降り注いだ。
ここまでどうにか耐えていた承太郎も、その大きな衝撃には抗えず、最奥で弾けてしまう。奥歯を食いしばりながら低く呻いて、ぶるりと腰を震わせた。
「ッ、ぐ……ぅ」
だけど、これで終われるはずがなかった。絶頂に痙攣する肉壺のなかで、達したばかりの承太郎は力を失わずにいる。だからまだ終わらない。未だ高波にさらわれたままでいる花京院の腰を離さず、そのままの勢いで容赦なく突き上げ、その身を揺さぶる。なかに出したものが、奥の奥までどろどろに溶けだして、乱暴ともいえる抽挿を助けた。
花京院は涙をいっぱいに浮かべた瞳を見開き、引き攣ったような悲鳴をあげる。
「ひぃっんッ! あ、ぁ――ッ、あッ、や、だっ、やめ……まだっ、イッて、るッ、ぁひ、ぃ……ッ!!」
「すげえ……突き上げるたんび、こっから白いのが噴きだしてるぜ」
「あぁッ、そんな、の、言わな、で……ッ!」
承太郎が奥を突く度に、花京院の赤く腫れた乳首からはピュ、ピュ、と白い粒が弾け飛んでいた。まるで押せば出るポンプのようだ。
嫌だ嫌だと言って泣いているくせに、花京院の腰は承太郎の動きに合わせて淫らに跳ねる。快楽を追うことに必死になっている姿は、まさに淫乱の一言に尽きた。瞳はどこか濁り、そこには一欠けらの理性も見当たらない。
こんなにも激しく乱れる男だったろうか。今まで繰り返して来た行為が、本当にただ下半身をぶつけ合うだけの、性欲処理だったのだと思い知らされた。
「もっ、だめ、止まらな、アッ! ぼくの、おっぱい、壊れ、る……ッ」
「とっくに壊れてると思うぜ。これだけの量が、今までよく絆創膏なんぞで抑えられたな」
「だっ、て! だって……ッ、今日は、すごく……感じる……ッ、興奮、してる、から、ぁッ、いつもより、いっぱ、い……っ」
抱え込んでいた秘密と一緒に、理性や本能といったものも解放された、といったところだろうか。こんなことならもっと早く、いっそ強引にでも暴いてしまえばよかった。これまで過ごしてきた時間を口惜しく感じる。
「おれも、感じるぜ……花京院。最高に、興奮する」
承太郎は半身を起すと、断続的に潮を噴くように白濁を放つ乳首にむしゃぶりついた。口の端から次々と零れだすのも構わず、ぐりぐりと角度を変えながら強く吸っては、歯を立てる。どこまで加減できているか分からず、いっそ噛み潰してしまいそうだ。けれどそうすればするほど、中の締め付けは増していく。花京院の淫らな腰つきも、甘やかな嬌声も増すばかりだった。
「あぁッ、や! 承太郎、でるッ! またでる、乳首、かまれ、て……、んんぁ、も、ッ、イッ、く……ッ――!!」
承太郎の頭を搔き抱きながら、花京院は三度目の絶頂を迎える。口のなかいっぱいに濃厚な蜜が溢れ、承太郎は一滴も零すまいとそれを強く吸い上げた。
花京院がビクン、ビクン、と大きく跳ね上がるたび、当然もう片方からも凄まじい勢いで母乳が噴きだしている。ふたりの身体の中心で、花京院の性器からも熱いものが迸っては、肌を滑り床を汚していく。承太郎もまた、二度目の熱い奔流を花京院の最奥に叩きつける。
「は、ッ、ぁ……でて、る……おなか、あつ、ぃ……ッ」
強張りがとけ、ガクンと力を失くした身体が背後に倒れていくのに合わせて、承太郎は抜かないままに彼の身体に覆いかぶさった。
花京院はしばらくの間、死にそうな息を忙しなく吐きだして、ひくひくと痙攣を繰り返していた。二人分の荒い呼吸が、少しずつ夜の青に満たされつつある薄明かりに、深く溶け込む。
やがて薄く開かれた唇から、ごめん、という音の息が漏らされた。
「こんな、に……汚、し……」
「構わねえよ。それより」
「ッ、ふ、ぁ……っ!?」
承太郎はなかに納めたままの肉棒で、花京院の奥深い場所をこつんと突いた。
「まだ、足りねえ」
大きな獣が甘えるように、汗ばんだ額に自分の額を擦りつけた。
承太郎の屹立は花京院のなかで、未だにもの欲しそうに脈打っている。我ながら貪欲で、堪え性のない息子だ。
だけど、足りないものは足りない。ようやく愛しい男の全てを、剥き出しにさせたばかりだ。奪っても奪っても、満ちることはなかった。
未だ母乳を垂れ流す乳首を、指できゅうっと摘み上げる。ぴゅ、と可愛らしい飛沫をあげるそこは、真っ赤に腫れながらも、貪欲に誘い込んでいるように見えた。
「ぁ、じょ、たろ、ぼくもう……ッ」
「好きだ。花京院……愛してる」
「ッ!」
また狡いだなんて言われてしまうだろうか。けれどその愛の告白に身を震わせた花京院は、じわりと瞳に熱を浮かべる。きゅう、と承太郎を受け入れたままの、蕩けた肉路が収縮した。
あまりにも素直すぎる反応を示す身体に笑みを漏らしつつ、承太郎はそんな彼がちょっぴり心配にもなってしまう。
「おまえ……おれ以外の相手にこんなふうになるんじゃねーぞ」
「なッ!? なるわけないだろ! ぼくは……君じゃなきゃ嫌だ」
心外だと眉を吊り上げて見せる花京院に、承太郎はこの上ない満足感を得る。元から他の誰にも渡すつもりはないし、一瞬でも余所見をさせるつもりもないけれど。
「好きなだけくれてやるから」
愛情も、告白も、快楽でさえ。この身の全てを。
「枯れるまで、おれにもくれよ」
そう、枯れるまで。甘い蜜を溢れさせる身体を、もっともっと、暴きたい。
夜はまだ、始まったばかりだから。
*
「まるで介護されている気分だ……」
翌日。
昼時を迎えた陽光が射すリビングで、白いTシャツと黒いジャージの下を着込んだ花京院が、沈んだ声をあげた。
額に冷却シートを張り付けた彼は、ソファにぐったりとした様子で横になっている。
クッションを枕にして、逆サイドの肘掛に乗せられた両足は、爪先しか出ていない。Tシャツでさえ肩の位置がズレ、身体が泳いでいるように見えているのは、それらが承太郎のものだからだ。
「今は同じようなもんだぜ」
言いながら、弁当や飲み物が入った袋を持ってきた承太郎に、花京院の申し訳なさそうな視線が向けられる。思わず鼻から息を洩らし、ひょいと肩を竦めた。
「気にすることはねえ。無茶させたのはおれなんだからよ」
あれから。
深夜遅くまで続いた行為が影響して、花京院は見事に足腰が立たない状態に陥った。ようやくまともに意識を取り戻したのはつい先刻のことで、しかも彼は軽く熱までだしてしまった。
「どうだ、調子は」
袋をテーブルに置くと、承太郎は花京院の顔がよく見えるよう、ソファの傍にどっかりと胡坐をかいた。
「微熱だし、大丈夫だよ。腰も力が入らないだけで、痛みはない」
花京院はごく自然に笑ったつもりなのかもしれないが、承太郎にはその笑みが随分と弱々しいものに見える。だいたい、普段から平熱が低い彼にとって、微熱といえる体温は十分に高いと言えるのだ。
声だって、饒舌に喋ってはいるが、ときどき痛々しく掠れている。
これは完全に承太郎の責任だ。なにせひとりでまともに歩けなくなるほどに、ほぼ一晩じゅう抱き潰してしまったのだから。
すまん、と言って項垂れると、花京院はすぐさま「よしてくれ」と言う。
「すっかり世話をかけてしまって、ぼくの方がよほど面目ない気分だよ」
そう言われても、承太郎にとっては全てが当然の行いだった。
目を覚ましたとき、腕のなかの花京院は熱い身体をぐったりとさせ、呼吸を荒げていた。ほとんど意識がない状態で、呼びかけても反応がない。
珍しく慌てた承太郎は、スタープラチナまで駆使して彼の身体を清め、適当に自分の鞄から取り出したシャツとジャージを着せた。そして、完備してあった救急箱から取り出した体温計で熱を測ると……花京院は案の定、発熱していた。
それから承太郎は、庭の倉庫にしまわれていた自転車を引っ張り出すと、全速力で飛ばして山を下りた。駅近くのコンビニで、弁当とサラダ、スポーツドリンク、さらに冷却シートを買って、戻ってきた。
その頃には花京院はどうにか意識を取り戻していて、昨夜の名残が残るベッドからこのリビングに移動させ、今に至るというわけである。
正直、いま思いだしても最高の夜ではあったが、流石にこれほどまでに負担をかけてしまうとは、思っていなかった。
いっそ彼の口から『二度としない』なんて宣言されても、なんらおかしくはない状態だ。
けれど花京院は怒った様子もなく、しょげている承太郎に笑いかける。
「一晩中するなんて……初めてのことだったろう?」
「……だな」
「その……だから、ちょっぴり身体が驚いてしまっただけなのさ。ぼくは……いい夜だったと、思う」
もとはと言えば無理強いから始まった行為だっただけに、彼がそんなふうに言うとは思ってもみなかった。その意外さに目を瞬かせる承太郎に、花京院はもとから赤い頬をより色づかせながら、恥ずかしそうに目を泳がせる。
「ぼくだって本当は……ちゃんと裸で君と抱き合いたかったんだ。だけどどうしても……言いだせなくて」
「花京院……」
「だからよかったんだ。嬉しかった。このくだらないコンプレックスごと、ぼくを愛してくれて……ありがとう」
そう言って、花京院は困り眉で微笑んだ。胸の奥底から、じんとした熱が染み渡る。どうしようもない愛しさが、そのまま溢れて止まらなくなりそうだった。
「花京院」
承太郎はその名を呼ぶと、彼の腹に置かれていた左手をとった。睫毛を伏せて、その薬指に優しく口付けると、赤い顔を見やる。
「おれも。ありがとうよ、花京院」
全てを見せてくれて。こんな、どうしようもなく我儘な男に、委ねてくれて。
丸く見開かれていたアメジストを、すうっと細めて微笑んだ花京院が、うん、と小さく頷いた。
しばらくのあいだ、ふたりはそうやって見つめ合う。けれどそのうち気恥ずかしくなってきて、どちらからともなく噴き出してしまった。
「なんだか照れ臭いな、こういうの」
「まったくだ」
「食べよう、ご飯。お腹が空いた」
照れ隠しにそう言って、花京院は横たえていた身を起こそうとした。腰に負担をかけさせまいと、咄嗟に膝立ちになった承太郎がそれを支える。向き合って、目と目が合ったふたりは、また口を閉ざしてしまった。
だけど、すぐに引き寄せられるように顔を近づけ、唇を重ねる。
いつもとは逆で、下からキスを受け止める形は、少し不思議な感覚だった。
唇はすぐに離れた。至近距離で見つめ合ったまま、照れ臭いのに笑いだすこともできないでいると、承太郎は自然と花京院の名を呼んでいた。
「花京院……す」
好きだ、と言うつもりだったのに。
花京院の人差し指が、それを遮るように肉厚な唇に押し当てられたせいで、何も言えなくなってしまう。
「嬉しいけど……あまりぼくを、贅沢に慣れさせないでくれ」
承太郎の愛の言葉は、すぐに花京院の心と身体をどろどろに蕩かしてしまうから。
それほどまでに、承太郎は花京院を惚れさせている、ということだ。
「マジで、チョロすぎだぜ」
これには流石の承太郎も、顔を赤らめてしまう。
「なんとでも言ってくれ。ぼくはもう、諦めてしまったよ」
まるで憎まれ口を叩いているような言い方に、承太郎は笑いながらもう一度、その唇を塞いでやった。
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陥没ルート
「乳首が……ないぜ……」
思わず、呟いていた。
そこには想像していた通り、張りのある美しいふたつの丘が存在している。が、双方の中央に位置する場所には、薄桃色の乳輪が存在するだけだった。
「あるよ……これでも、一応……」
真っ赤な顔をした花京院が、眉間に皺を刻んで小刻みに震えながら言った。承太郎がぐっと胸に顔を近づけると、彼は恥ずかしそうに唇を噛み締めてそっぽを向く。
白い肌に、桜の花弁のような乳輪。その中央に乳頭は見えず、代わりに小さな切込みのようなものが入っている。
「ひょっとして……引っ込んじまってんのか?」
「……陥没乳首、というらしい」
言いにくそうな様子で目を泳がせながら、花京院が言った。
「本来なら胸の中央で隆起しているはずの乳首が、こんなふうに内側に引っ込んでしまっている状態のことをいうんだ」
「……てめーがずっと隠していたのは、こいつのことだったってわけか?」
逸らされている花京院の瞳に、じんわりと涙の膜が張っている。承太郎にすら知られたくなかったという言葉通り、これを人目に触れさせることは、彼にとって屈辱以外のなにものでもないということか。
「隠しもするだろう? こんな不格好なものを他人の目に晒すなんて、いっそ死んだ方がましだッ!」
強くなった語尾から、これがよほどデリケートな問題であることが伝わってくる。しかしここにくるまでのあの頑なさを思えば、彼がこの体質をどれほど恥じているかは、痛いほど理解できるというものだ。
承太郎は納得しつつ腕を組むと、ふむと唸って小首を傾げた。
「だがよ花京院。確かてめー、ガキの頃は水泳教室だかに通ってたんじゃあなかったか」
夏休み直前の屋上で、探りを入れた承太郎に花京院はそう話していた。こういった症状が生まれつきあるものなのか、それとも何かしらの原因によって起こるものなのか、知識のない自分にはまるで分からないが、ある程度の年齢までは、ごく普通に人前で肌を出すことに抵抗はなかった、ということになる。
「……それは小学生のころの話さ。ぼくだって、なにも生まれたときからコンプレックスに苛まれていたわけじゃあない」
つまり彼がここまで思いつめるに至った、決定的な何かがあったということだ。承太郎は話の腰を折らぬよう、黙って耳を傾けることにした。
「あれは中学に上がって最初の夏……プールの授業での出来事だった」
暗く沈んだ表情と声。まるでこれから怪談話でも始まるのかと錯覚しそうなほど、花京院は全体的にどんよりと重たい翳りを背負って見えた。
「ぼくはそれまで、自分の乳首の形なんて気にもとめたことがなかったんだ。生まれつきこうだったから、平気で水泳教室にだって通えたし、人前で着替えをするのも気にならなかった。だけどそのプールの授業で、初めて言われたんだ……」
クラスメイトの男子生徒に。
じぃっと胸を見つめられながら、
『花京院の胸、なんかおかしくない?』
と。
すると、興味を惹かれた周りの生徒たちも集まってきて、それはもう見世物のような状態になった。なかには無遠慮に指で突いたり、抓ってこようとする輩までいて、それまで決して目立つことなく物静かな生徒でしかなかった花京院は、その好奇の視線に耐えることができなかった。
ましてや肉体的にも精神的にも、未発達で繊細な年頃だ。自分の身体が人と違うことで注目を浴びるなんて、確かにコンプレックスの火種になったとしても、おかしくはない話だった。
「笑われたんです。変だって、指をさされて。そんなことでと思われるかもしれないが、以来どうしてもあのときのことが思いだされて、人前で上半身を晒すことに、抵抗を覚えるようになってしまった」
子供の冗談。好奇心と悪ふざけ。分かってはいても、当時はそう割り切れるほど大人ではない、少年でしかなかった花京院の心境を思うと、とてつもなく気の毒に思える。
彼はそれからすぐに通っていた水泳教室もやめたし、その後プールの授業も体調不良を理由に一度も出席しなかった。家族で海へ遊びに行ってさえ、波打ち際で貝殻を拾ったり、足首まで浸かる程度だったという。
「本屋や図書館で調べて、これがぼくだけに限った体質じゃないことは分かったんだ。医者にかかれば完治も可能であるということも。だけど女性の場合は出産後に授乳の問題があるけれど、男性にとっては必要な部分ではないから、わざわざ医者に見せるなんて」
「いいや、必要だね」
「へ?」
承太郎は知らず険しい表情になっていた。ポカンとした顔の花京院に向かって、組んでいた腕を解いて両手を伸ばすと、肩を掴んで目と目を合わせる。
「そのまんまじゃあ、おれが吸えねえ」
「は?」
「埋もれちまってるだけなら、ほじくり返しゃいいだけの話じゃあねーのか」
「そっ、それは……そう、だけど……君が思うほど単純というわけでは……」
言い淀む花京院は途端に目を泳がせはじめた。その仕草に引っ掛かりを覚えながらも、承太郎は花京院の顔から視線を外すことなく言った。
「いいか花京院。おれはてめーの乳首を見ても、なんらおかしいとは思わねえし、てめーの乳首を吸うことだけは、マジに考えているんだぜ」
「なんか嫌だな……。シリアスな顔をして言ってることが乳首って……」
「いいからちょっと来てみな」
「え、ちょッ、うわぁ!」
承太郎は有無を言わさぬ力強さで花京院を引き寄せると、その身体をくるりと返して自分の腹が背もたれになるように抱き込んだ。その背中をすっぽりと包み込みながら、肩に顎を置く。花京院は一瞬ほんの少しだけ身を固くしたが、抵抗する素振りは見られなかった。
この位置からは、彼の盛り上がったふたつの丘と、薄桃色の乳輪がよく見える。
初めこそ見慣れないものに多少の驚きはあったが、白い肌に映える淡く美しい色と、ぷつりと入る小さな切込みに、胸をくすぐられて仕方がない。正直かなり、興奮している。
承太郎の視線を痛いほど感じるのか、花京院は全身をうっすらと染めながら、立てた両膝を擦り合わせた。
さて、これをどう料理しようかと考えて、承太郎はまず夢にまで見た豊かな胸へ、下から包み込むように両手を這わせる。
小さく息を飲みながら、花京院の肩がわずかに跳ねた。
「すげえ弾力」
「ちょ、っと……ッ、くすぐったい、よ」
正直、加減はよく分からない。だから最初は緩く、決して押し潰してしまわないように、ゆるゆると揉みしだいた。手の平に伝わるのは彼の体温と、鼓動と、ほんのり汗ばんだ滑らかな肌の感触だ。
女性のように柔らかな脂肪の塊ではないここは、本来ならこんな風に触れられるためにある場所ではない。だからこそこの弾力が、まるで花京院の戸惑いと僅かな抵抗を表しているかのようで、逆に煽られている気分になる。
「んッ、く……ッ、ぅ」
病みつきになりそうな感触に、夢中になっている承太郎の腕のなかで、花京院が身じろいだ。なにかを堪えるようなか細い声が、懸命に噛み締めようとする唇の隙間から漏れ聞こえた。
「痛いか」
耳元に口を押し付けて、吹き込むように問うと、彼は前髪とピアスを揺らしながら首を振った。
「いた、くは……ない、が……ずっとそうされていると、なんだか……おかしな、気分、に……」
「そりゃあどんな気分だ?」
笑い混じりに、少し意地悪な質問をしてみる。途端に耳までカァッと赤く染めた花京院は、引き結んだ唇を震わせながら涙を浮かべた。
どんな気分なんだと、もういちど問いかけた承太郎に、彼は根負けしたように俯いて、今にも消え入りそうな声で言った。
「いやらしい、気分……です」
「上出来だぜ、花京院」
こめかみに啄むようなキスをすると、ぴくんと跳ねた花京院の肌が、異様に熱くなっているのが唇から伝わる。
禁欲的なストイックさを絵に描いたような男が、女にするみたいに胸を嬲られて、性的な興奮を得ているのだ。今すぐにでも強引に身体を開いて、思いのままに貪り尽したいような衝動に駆られるけれど、どうにか堪えてまずは未だに隠れたままでいる胸の頂きに、意識を向ける。
承太郎はふと思いつき、双方の胸を掴む手にぐっと力を込めた。
「こうして強く掴み上げてやったらよ」
「あっ、うぅ、んッ」
「はずみで飛び出してきやしねえもんか?」
ぐ、ぐ、っと、覚えたての力加減で何度か強く、先端を押し出すイメージで胸を揉み上げた。けれどそう上手くはいかないようで、真ん中の窪みがよりいっそう溝を深くするだけだった。
「い、ァッ、そん、な……、んじゃ、出てこない、よ」
「ふうん?」
自分の身体のことだ。よく分かっていて当たり前ではあるのだが、その否定の言葉にピンとくるものがある。
つい先刻、そう単純なものではないと、言いにくそうに目を逸らした彼を見て感じた引っ掛かりと、その直感が線で繋がったような気がした。
「花京院、おまえ……しょっちゅうここ、いじってるな?」
「ッ……!」
図星だ。取り繕う間もなく動揺して息を飲む花京院に、承太郎はにやりと口元を綻ばせる。
「見せちゃあくれねえか。どういう風にするのかをよ」
ずっと触れずにとっておいた乳輪を、人差し指でくるりとなぞる。何度も何度も触れるか触れないかの力加減で、くすぐるように。
「く、んッ、ぁ……くすぐった、ぃ」
「ここ、いつもどうやって可愛がってやってる?」
「そ、んな、言い方……ッ」
「なあ、花京院」
なぞるだけだった指の腹で、それぞれの窪みを擦るように一瞬、えぐる。ほんの微かではあったが、硬く小さなしこりの存在を感じた気がして、抑えがたい歓喜に喉を鳴らした。
花京院はずっと小刻みに震えるばかりだった身体を、ビクンと大きく跳ねさせて、上擦った悲鳴をあげる。
「ひぅ、んっ……そ、こ……こする、な……ッ」
「教えてくれなくちゃあわからねーぜ」
「ちょ、アッ、ゆび、いれな……ッ、だめ、ァ!」
幾度か窪みを引っ掻いたあと、人差し指の先端をぐっと押し込んでみる。やはり、桃色の狭い肉に埋もれて硬くなった小さな粒の存在を感じた。切り込みが入ったように閉じているささやかな穴が、太い指先によって犯されている様は、承太郎のなかで不思議な興奮を呼び覚ました。
「花京院」
赤く熱を持った耳に、わざと急かすような響きで名を呼べば、確実に追い詰められつつある花京院が、嫌々と首を振った。これは自慰を強要しているにも似た状況だ。恐怖は乗り越えられても、清廉さに覆われた高いプライドが、羞恥を克服することはなかなかどうして、難しそうだ。
だからこそ、ついイジメてしまいたくなる。好きな子ほど、というやつだろうか。胸が躍るような浮つきに、承太郎はつい饒舌になっていく己を自覚する。
今は亡き宿敵の言葉を借りるなら、最高にハイ、というやつだ。
「このままだと、てめーの大事なここを強引にほじくりだしちまう、か も」
クリクリと何度も差し入れた指先で窪みの奥を引っ掻くと、花京院は「いやだ、いやだ」と泣き濡れた声を漏らした。こうなると、承太郎が梃子でも動かぬことを、賢い花京院はよく知っている。どこかで折れなければ、終わりが見えない。花京院がこの状況をどうにかするためには、素直に吐いてしまう以外、ほかにないのだ。
「……でき、って」
「なんだって?」
「ッ……、治療、できると……思って……本で、調べて……」
「自分で?」
こくん、と、花京院が頷く。
「ぼくのこれは、仮性のもので……刺激すると、表に出てくるんだ……だからいつもお風呂に入るとき……マッサージをしているだけで……君が思っているような意味では、決して、ない」
「ほーう? で?」
「で、と言われても……それだけ、だよ……」
「優等生の花京院くんが、風呂場でてめーの乳首いじくりまわして、ここをパンパンに膨らましてるってのか」
「ッ――!?」
承太郎は右手をなんの前触れもなく花京院の股間にやると、窮屈そうに膨らんだそこを鷲掴みにした。
ひゅうっと声にならない悲鳴をあげた花京院の身体が、腕のなかで面白いほど跳ね上がる。
「あぁッ、あ! やだ、ぁ、ちが……ッ」
「知らなかったぜ。てめーがこんなにスケベな身体してたなんてよ」
掌に硬くしこった竿の感触を確かめる。ぐりぐりと少し乱暴に揺さぶりをかけてやれば、花京院は切羽詰まった声で、「ちがう」と懸命に否定の言葉を繰り返した。そして承太郎の腕にかけていた両手で、真っ赤な顔を隠してしまう。
「ちがう……違うんだ……いつもは、こんなふうになったり、しない……ッ、絶対、ならない……ぼくは、スケベなんかじゃ、ない……ッ」
顔を覆い隠したまま、花京院は弱々しく「たのむから」と漏らした。
「もう、意地悪なこと……言わないで」
その言い方はどこか幼くて、声は語尾がすっかり掠れて消え入りそうになっていた。気がつけば腕のなかの身体が、小刻みにひくひくと跳ねている。
両膝を立てて、背中を丸めた状態で花京院は泣いていた。それを見て、承太郎はしまったと思う。彼の言う通り、少しばかり意地悪を言いすぎてしまったようだ。
だけど、こんなふうに泣いている姿さえ可愛いと感じてしまうのだから、自分はとことんそういう気質なのかもしれないと、思わず苦笑する。
「ワリィ、ちっとイジメすぎた」
承太郎は花京院の身体を抱きしめて、その頬に自分の頬を擦りつけた。甘えたような仕草を見せる承太郎に、表情を隠すように覆っていた両手を離して、顔をあげた花京院がこちらを向く。涙に潤んだすみれ色の瞳と、至近距離で目が合った。目元も、鼻の頭も、すっかり赤くなっている。いつもよりさらに下がって見える困り眉で、彼はいちど大きな水音を立てながら、鼻をすすった。
こんなに幼い泣き顔をするのかと、そう思うとつい堪え切れずに、小さく噴きだしてしまう。くつくつと身を揺らしながら笑う承太郎の振動に、花京院は大きめの唇をぐっと引き結び、眉間に寄った皺を深くした。
「この、イジメっ子ッ!」
「悪かったっての」
「君のせいだぞ……承太郎が、こんなふうに……」
「そりゃあ、どッ、ん」
どういう意味だと問いかけようとして、花京院の腕が承太郎の首に回された。頭部を強引に引き寄せられて、噛みつくようなキスをされる。不意をつかれた承太郎は目を見開いたが、すぐに睫毛を伏せると応えはじめた。
これは彼の照れ隠しであることに、気づいてしまったから。
承太郎が触れるから、こんなふうに感じてしまうのだと。他の誰でもない、承太郎だから。深くなっていく口付けに、その思いが痛いほど込められているのがわかる。喜びに、胸が震えた。
これまでのお返しとばかりに、絡めていた舌先に緩く歯を立てられると、その甘い刺激に頭の芯まで痺れが広がる。承太郎はそのまま逃げていこうとする花京院の舌を、じゅうっと音を立てて吸ってやった。
「ふぁ、ぅ、んッ」
花京院の口の端から、飲み込みきれなかった二人分の唾液が零れた。名残惜しく感じつつ、互いの唇はそこで離れる。
はかはかと呼吸を繰り返して上下する胸に、承太郎は気を取り直して、再び両手を這わせた。花京院は顔をうつむけ、承太郎の指先が乳輪をなぞる動きを見つめている。
「……そこ」
「ん」
「つまん、で……それから、上下に少しずつ、圧を加えるみたいに、して」
指示に従って、承太郎は薄ピンクの乳輪を親指と人差し指で摘まむ。ん、という甘い声が上がるのを聞きながら、乳輪部から中の粒を押し出すようなイメージで、ゆっくりと圧迫していった。
「ぁ、ぁ、ッ、くぅ、ん」
「……見えた」
何度かそれを繰り返していくうちに、閉じた窪みからささやかな乳頭の先端が、僅かに顔を覗かせる。
けれど、達成感を得るにはまだ早い。ちらちらと姿を見せるだけで、気を抜くとすぐに奥へ引っ込んでしまうのだ。
息を荒げる花京院が、次の指示をだす。
「んんッ、は……あ、と……こよりを、作る、みたいに……」
「了解」
可憐ともいえるその場所は、承太郎の手の大きさや指の長さが相まって、よりいっそう小さく見える。潰したり、傷つけたりしないよう、細心の注意を払いながら、言われた通りこよりを作るような動きで、摩擦を繰り返した。何度も何度も、たっぷりと時間をかけて、根気よくマッサージをしていく。
「あっ、や……ッ、くぅ、ん……っ!」
地道な動作がついに実り、承太郎の指によって乳頭が根本まで顔をだした。
承太郎も花京院も、ふたり同時にほう、と息を漏らす。
長い時間をかけて摘ままれ、摩擦が繰り返された乳首は薄桃がほのかに赤く色味を増している。つんと健気に尖る様子は、芽吹く寸前の桜の蕾を思わせた。
「可愛いのがようやくお出ましだ」
「恥ずかしいから、そういう言い方はやめてくれよ……」
「っと、おい、これほっとくとすぐに引っ込んじまいそうだぜ」
油断して指を離した途端に、根本が僅かに乳輪へ沈んでしまう。かなりの時間をかけたつもりだが、やはり最初に花京院が言った通り、そう単純なものではないのかもしれない。
承太郎は咄嗟に花京院の肩を掴み、膝の裏に腕を差し込むとベッドに寝かせる。そこに覆いかぶさると両方の胸を掴み、反動でぐっと押し出したものの片方に、思い切り吸い付いた。
「ひぃッ、あッ! じょ、じょうたろ、あッ、ぁ……ッ!?」
一連の素早い動きに目を白黒させるばかりだった花京院が、ふいに与えられた刺激に悲鳴を上げる。承太郎の頭に両手を這わせ、引き剥がすようにしながら身を捩った。
けれど承太郎にとって、そんなものは抵抗のうちに入らない。
容易に押さえつけ、口に含んだ粒に吸い付きながら同時に舌で転がす。もう片方も、先刻と同じくこよりを作る動きで刺激しながら、時おりきゅっと引っ張った。
「イッ、いやだ……ッ、アッ、あぅ、んんッ、そ、そこ、吸っちゃ、ぃ、ひ、引っ張るの、やめ、てッ……!」
まるで聞き分けのない子供のように、花京院が泣き叫ぶ。彼にしてみれば、自分でマッサージを施す以外になかった場所に、生まれて初めて他人が触れているのだ。しかもこうして執拗に舐めしゃぶられて、指で嬲られるなんて、想像以上にショッキングな出来事であるに違いなかった。
けれど承太郎にとっては都合がよく、そして花京院にとっては予想外に、彼の身体はあまりにも性的な刺激に敏感だった。嫌だ嫌だとすすり泣いているくせに、その腰は切なげに、承太郎の身体の下で揺らめいている。
「ん、ぁッ、は、はぁッ、ぁ、んん……ッ」
証拠に、右左と交互に刺激しているうちに、花京院の口からは拒絶の言葉が消えていった。戸惑いや否定を置き去りにして、熱心な愛撫に快楽だけを享受するようになっていく。承太郎の頭に這わされていた両手も、徐々に爪の先で頭皮を掻くだけに変わっていった。その感触が、声が、反応が、承太郎の腰を食むように苛んでいく。
「花京院、脱がすぜ」
承太郎も辛いが、ずっと張り詰めたままになっている花京院は、どこへも熱を逃がすことができずに嬲られ続けている。
このままでは流石にキツイだろうと、顔をあげた承太郎が言うと、花京院はとろんとした表情で素直に頷き、ベルトを外す動作を手伝いながら、腰を浮かせた。下着ごと長い足から全てを引き抜いてしまうと、健気に震えながら飛び出した性器は、先走りに濡れて反り返り、花京院の腹にぴったりとくっついた。
「承太郎、も」
「おう」
促されるまま、承太郎もベルトを緩めるとシャツを乱暴に脱ぎ捨てる。それから、自身も下を脱ぎ捨てる前に尻ポケットに指を忍ばせ、小さなチューブを取り出した。
それはここへ来る前、待ち合わせ場所だった駅前周辺の薬局で、事前に購入していたものだった。
「ワセリン?」
「買っといた」
「ゴム、は」
承太郎は何も答えず、ただじっと花京院を見つめた。すみれ色の瞳が、すぐに恥ずかしそうに逸らされる。
「……このまま?」
「……したい」
本当はゴムだってちゃんと用意してあって、着替えを入れてきた鞄の中に入っていた。ベッドから身を乗り出して、ほんの少し腕を伸ばせば取り出せる場所に置いてあることを、たぶん花京院も知っている。だけど彼はそれを咎めることなく頷いて、小さな声で「いいよ」と言った。
普段、滅多にナマでするなんてことはないから、彼がそれを許したということにまた、興奮を煽られる。
急いた気持ちを押し殺し、承太郎はベッドの背もたれに立てかけてある羽毛枕を掴んで引き寄せると、花京院に腰を浮かすように指示して、出来上がった隙間に枕を押し込む。
片方の膝裏に手を差し込んで、大きく両足を開かせながら、片手で器用に蓋を捻ると中身を指の腹に押し出した。その手元を見つめながら、花京院も自らの意志で足を開いていく。そんな自分がよほど恥ずかしいのか、彼は下唇を噛み締めて顔を背けた。
「ぁ、ッ、ぅく……ッ」
指先で、奥まった場所で窄まる穴をゆるりと撫でた。そこは花京院の先走りが伝って、すでにしっとりと濡れている。少しずつ押し込んでいくと、ワセリンも手伝って難なく指を飲み込んでいった。
奥へ奥へ、熱い肉を擦りながら分け入り、馴染ませるように出し入れを繰り返す。時おり中のいい場所を引っ掻いてやると、一度も触れられないままに放置されている花京院の性器がヒクン、ヒクン、と震えては蜜を零した。
二本、三本と指を増やして、受け入れるための準備を施していく。花京院は苦しげに、けれど悩ましげに上擦った声をあげ、シーツを掻き乱しながら狂い悶えた。
すると、そうしている間に両胸の中央ではせっかく顔を出していた乳頭が、今にも埋もれて行こうとしていた。
最初にそれに気がついたのは花京院で、彼は「ぁ」と声をあげたあと、咄嗟に自ら乳首に指を這わせる。さっきまでそうされていたように、あるいは、いつも自分で行っているように、乳輪を指で摘まんでクリクリと動かし始めた。
「あ、ぅ……ッ、ダメ、だ……戻って、しま……、んっ、ぁ」
承太郎は予想だにしない彼の行動に目を見張り、無意識に音を立てて、大きく息を飲んだ。
尻の穴を解されながら、自らの手で乳首を懸命に扱く姿は、あの神経質そうな優等生然とした普段の彼からは、およそ想像がつかない。あまりにもふしだらな光景だった。
花京院は必死で乳首を刺激するが、震える指先が汗ばんだ肌を滑り、うまく出てこないことに焦れている。しまいには両手を胸全体に這わせて、ぎゅうぎゅうと揉み始めた。
「ふぁ、んッ、うま、く、いかな……ッ」
「ッ……!」
くそ、と心の中で吐きだして、思わず舌を鳴らす。もう少し時間をかけて解していくつもりでいたが、これ以上は理性がもちそうになかった。
少々乱暴に指を引き抜くと、花京院は目を見開いて、声にならない悲鳴をあげる。
「てめー……」
「じょ、たろ……?」
「おれをどうにかする気か」
「ッ、?」
中途半端に緩めていたベルトを、ガチャガチャと乱雑に外して前を寛げる。下着をほんの僅かにズラしただけで、勢いよく飛び出した赤黒い剛直に、今度は花京院が息を飲む番だった。
「あんまり見せつけるんじゃあねえぜ……ッ」
「な、んッ、じょ……あッ、ひっ!」
両足をギリギリまで開かせて、筋を浮かせながら脈打つ肉棒を穴にあてがう。正直、もう気遣ってやれるだけの余裕がなかった。一刻も早くこの熱く蕩けた媚肉を犯し、存分に突き上げることしか考えられない。
獣のように荒く呼吸を繰り返しながら、承太郎は綻びかけの穴に向かって、自身を押し進めていった。
ゴムをつけていては決して感じることのできない、熱く生々しい感覚が、承太郎をじわじわと飲み込んでいく。
「うあぁッ、あ、あぁ――ッ!!」
胸を突き出すように背を反らせた花京院が、衝撃に顔を歪めながら声を張り上げた。彼は身を強張らせながら、それでも両手を胸から外さない。承太郎が歯を食いしばりながら腰を進めるのに合わせて、おそらく無意識に胸を掴む手に力を込めていく。
やがて、先端がきつい締め付けに抗うように最後まで挿入を果たしたとき、最奥をズンと突くのと同時に、勃起した乳頭が一気に飛び出してきた。
「ッ……――!!」
そこに、白濁が散る。
放っておかれたままの性器から卑猥な水音を立て、一気に放たれた精液が花京院の腹を、胸を、その谷間やツンと尖った赤い乳首を、汚していく。
「ひ、ぁ、ぁ……ッ」
「イッちまったな」
絶頂の高みからなかなか戻って来ることができないまま、断続的な痙攣を繰り返す花京院の頬に、慰めるようなキスを落とした。胸を掴んだまま硬直している手首に触れ、その名を呼んだ。
「花京院」
「ッ、は……じょ、たろ」
「潰しちまうぜ」
両手を外させ、掌同士を重ねて握り合った。
花京院はくしゃりと顔を歪めて、涙を零しながら唇を震わせる。先に達してしまったことや、初めて後ろだけでイッてしまったこと、何もかもに対してどう言葉を発したらいいか、分からない様子だった。
承太郎は、むしろ何も言う必要はないと思った。ただ一度、腰を揺らめかせる。
花京院が、なにもかもを曝け出して快感を得ているのだと、それだけで胸が震えるほど、嬉しいと感じた。その身に包まれて、承太郎もまた耐え難いほどの快楽を得ている。
あぁ、と甘い声を漏らして反らされた胸の頂きで、赤い粒がいっそ痛々しいほど隆起していた。承太郎が二度三度と揺り動かす度、はち切れそうなほど張りのある胸が上下する。尖ったまま戻る様子のない乳首は、天を仰いだまま健気に震えているように見えた。
「あっ、あぁ……は、じょう、たろ、じょ、たろお……ッ!」
「ッ、かきょう、いん」
爪の先までじんと痺れる。揺さぶられながら、熱く乱れた呼吸の合間に承太郎の名を呼ぶ花京院に、承太郎もまた、甘く息を荒げる。
節理に逆らった使い道で犯される、小さな小さな穴は、承太郎の大きすぎる楔を受けれて皺ひとつなく張り詰めていた。中も限界まで押し広げられ、わざわざ意図せずとも彼の弱点を長いストロークで責めたてる。
花京院は涙と汗でぐしゃぐしゃになった顔を、どうしようもなく歪めながら、承太郎の腰に両足を絡めた。
「すご、いッ、あぁっ、あ、あッ、きもち、い……ッ、じょ、たろっ……ッ、ぼく、ァッ、こわれ、る……!」
「おれも……、バカに、なっちまいそうだ」
花京院の爪が承太郎の手の甲を抉り、承太郎もまた、彼の甲に爪を立てた。
もっと、と甘ったるい声で強請られるままに、本当に壊してしまうのではないかと思うほど、腰を突き動かした。見せつけるかのように突き出された胸に、承太郎は自分の厚い胸板を押し付ける。
直に重なり合った胸と胸から、互いの鼓動が伝わった。やっと裸で抱き合うことができたのだという実感に、愛おしさが止め処なく溢れてくる。
大きなベッドが軋むほどの勢いで肌をぶつけていると、こり、こり、と承太郎の胸板に、勃起した乳首が擦れた。
「ひぅ、んッ、あ、しびれ、る……ッ、ちくび、イッ、ぁッ」
この摩擦が堪らないといった様子で、その度に中が締まる。これ以上ないほど肉を押し広げているというのに、この身体はまだ承太郎を苛むというのか。少しでも気を緩めれば、今度は自分が先に達してしまいそうだった。
(こいつ以外、抱けねえだろうな)
セックスは、他の誰ともしたことがない。
承太郎は花京院しか知らないし、花京院だってそうだ。承太郎がこの男しか愛せなくなっているように、彼もまた、同じ思いでいてくれることを願う。
「好きだ。花京院」
中が、また締まる。
「愛してる」
食いちぎられそうだった。
痛みにも似た快感に歯を食いしばる承太郎に、花京院は「ぼくも」と言った。
「ぼくも、好き……ッ、すき、です……大好き……あ、アッ、承太郎……承太郎……ッ!」
好きだと、愛してると、囁くほどに花京院は狂おしく啼いた。ふと、こんなふうに熱烈な愛の言葉を聞くのは、自分にとっても初めてのことではないかと気づく。
相手にすでに伝わっていることを、わざわざ言葉にしない承太郎に合わせて、彼は今までずっと抑え込んでいたのかもしれないと。
「花京院……ッ」
壊れたように「好き」を繰り返しながらすすり泣く、花京院の身体を掻き抱いた。背中に回ってきた腕が、懸命に承太郎の想いごとその重みを受け止める。
競り上がってくるのは快感にとどまらず、承太郎は僅かに鼻先が痛むのを感じる。じわりと目尻に涙を滲ませながら、花京院の耳朶に唇を押し付けた。
――愛してる。
言葉にできたかは分からない。けれど次の瞬間、承太郎の背に痛いほど爪が立てられた。閉じた瞼の裏側で、チカチカと星が瞬くような光が点滅する。
そして。
「ッ――……!!」
ふたり同時に、白く弾けた。
*
「まるで介護されている気分だ……」
翌日。
昼時を迎えた陽光が射すリビングで、白いTシャツと黒いジャージの下を着込んだ花京院が、沈んだ声をあげた。
額に冷却シートを張り付けた彼は、ソファにぐったりとした様子で横になっている。
クッションを枕にして、逆サイドの肘掛に乗せられた両足は、爪先しか出ていない。Tシャツでさえ肩の位置がズレ、身体が泳いでいるように見えているのは、それらが承太郎のものだからだ。
「今は同じようなもんだぜ」
言いながら、弁当や飲み物が入った袋を持ってきた承太郎に、花京院の申し訳なさそうな視線が向けられる。思わず鼻から息を洩らし、ひょいと肩を竦めた。
「気にすることはねえ。無茶させたのはおれなんだからよ」
あれから。
深夜遅くまで続いた行為が影響して、花京院は見事に足腰が立たない状態に陥った。ようやくまともに意識を取り戻したのはつい先刻のことで、しかも彼は軽く熱までだしてしまった。
「どうだ、調子は」
袋をテーブルに置くと、承太郎は花京院の顔がよく見えるよう、ソファの傍にどっかりと胡坐をかいた。
「微熱だし、大丈夫だよ。腰も力が入らないだけで、痛みはない」
花京院はごく自然に笑ったつもりなのかもしれないが、承太郎にはその笑みが随分と弱々しいものに見える。だいたい、普段から平熱が低い彼にとって、微熱といえる体温は十分に高いと言えるのだ。
声だって、饒舌に喋ってはいるが、ときどき痛々しく掠れている。
これは完全に承太郎の責任だ。なにせひとりでまともに歩けなくなるほどに、ほぼ一晩じゅう抱き潰してしまったのだから。
すまん、と言って項垂れると、花京院はすぐさま「よしてくれ」と言う。
「すっかり世話をかけてしまって、ぼくの方がよほど面目ない気分だよ」
そう言われても、承太郎にとっては全てが当然の行いだった。
目を覚ましたとき、腕のなかの花京院は熱い身体をぐったりとさせ、呼吸を荒げていた。ほとんど意識がない状態で、呼びかけても反応がない。
珍しく慌てた承太郎は、スタープラチナまで駆使して彼の身体を清め、適当に自分の鞄から取り出したシャツとジャージを着せた。そして、完備してあった救急箱から取り出した体温計で熱を測ると……花京院は案の定、発熱していた。
それから承太郎は、庭の倉庫にしまわれていた自転車を引っ張り出すと、全速力で飛ばして山を下りた。駅近くのコンビニで、弁当とサラダ、スポーツドリンク、さらに冷却シートを買って、戻ってきた。
その頃には花京院はどうにか意識を取り戻していて、昨夜の名残が残るベッドからこのリビングに移動させ、今に至るというわけである。
正直、いま思いだしても最高の夜ではあったが、流石にこれほどまでに負担をかけてしまうとは、思っていなかった。
いっそ彼の口から『二度としない』なんて宣言されても、なんらおかしくはない状態だ。
けれど花京院は怒った様子もなく、しょげている承太郎に笑いかける。
「一晩中するなんて……初めてのことだったろう?」
「……だな」
「その……だから、ちょっぴり身体が驚いてしまっただけなのさ。ぼくは……いい夜だったと、思う」
もとはと言えば無理強いから始まった行為だっただけに、彼がそんなふうに言うとは思ってもみなかった。その意外さに目を瞬かせる承太郎に、花京院はもとから赤い頬をより色づかせながら、恥ずかしそうに目を泳がせる。
「ぼくだって本当は……ちゃんと裸で君と抱き合いたかったんだ。だけどどうしても……言いだせなくて」
「花京院……」
「だからよかったんだ。嬉しかった。このくだらないコンプレックスごと、ぼくを愛してくれて……ありがとう」
そう言って、花京院は困り眉で微笑んだ。胸の奥底から、じんとした熱が染み渡る。どうしようもない愛しさが、そのまま溢れて止まらなくなりそうだった。
「花京院」
承太郎はその名を呼ぶと、彼の腹に置かれていた左手をとった。睫毛を伏せて、その薬指に優しく口付けると、赤い顔を見やる。
「おれも。ありがとうよ、花京院」
全てを見せてくれて。こんな、どうしようもなく我儘な男に、委ねてくれて。
丸く見開かれていたアメジストを、すうっと細めて微笑んだ花京院が、うん、と小さく頷いた。
しばらくのあいだ、ふたりはそうやって見つめ合う。けれどそのうち気恥ずかしくなってきて、どちらからともなく噴き出してしまった。
「なんだか照れ臭いな、こういうの」
「まったくだ」
「食べよう、ご飯。お腹が空いた」
照れ隠しにそう言って、花京院は横たえていた身を起こそうとした。腰に負担をかけさせまいと、咄嗟に膝立ちになった承太郎がそれを支える。向き合って、目と目が合ったふたりは、また口を閉ざしてしまった。
だけど、すぐに引き寄せられるように顔を近づけ、唇を重ねる。
いつもとは逆で、下からキスを受け止める形は、少し不思議な感覚だった。
唇はすぐに離れた。至近距離で見つめ合ったまま、照れ臭いのに笑いだすこともできないでいると、承太郎は自然と花京院の名を呼んでいた。
「花京院……す」
好きだ、と言うつもりだったのに。
花京院の人差し指が、それを遮るように肉厚な唇に押し当てられたせいで、何も言えなくなってしまう。
「嬉しいけど……あまりぼくを、贅沢に慣れさせないでくれ」
承太郎の愛の言葉は、すぐに花京院の心と身体をどろどろに蕩かしてしまうから。
それほどまでに、承太郎は花京院を惚れさせている、ということだ。
「マジで、チョロすぎだぜ」
これには流石の承太郎も、顔を赤らめてしまう。
「なんとでも言ってくれ。ぼくはもう、諦めてしまったよ」
まるで憎まれ口を叩いているような言い方に、承太郎は笑いながらもう一度、その唇を塞いでやった。
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「乳首が……ないぜ……」
思わず、呟いていた。
そこには想像していた通り、張りのある美しいふたつの丘が存在している。が、双方の中央に位置する場所には、薄桃色の乳輪が存在するだけだった。
「あるよ……これでも、一応……」
真っ赤な顔をした花京院が、眉間に皺を刻んで小刻みに震えながら言った。承太郎がぐっと胸に顔を近づけると、彼は恥ずかしそうに唇を噛み締めてそっぽを向く。
白い肌に、桜の花弁のような乳輪。その中央に乳頭は見えず、代わりに小さな切込みのようなものが入っている。
「ひょっとして……引っ込んじまってんのか?」
「……陥没乳首、というらしい」
言いにくそうな様子で目を泳がせながら、花京院が言った。
「本来なら胸の中央で隆起しているはずの乳首が、こんなふうに内側に引っ込んでしまっている状態のことをいうんだ」
「……てめーがずっと隠していたのは、こいつのことだったってわけか?」
逸らされている花京院の瞳に、じんわりと涙の膜が張っている。承太郎にすら知られたくなかったという言葉通り、これを人目に触れさせることは、彼にとって屈辱以外のなにものでもないということか。
「隠しもするだろう? こんな不格好なものを他人の目に晒すなんて、いっそ死んだ方がましだッ!」
強くなった語尾から、これがよほどデリケートな問題であることが伝わってくる。しかしここにくるまでのあの頑なさを思えば、彼がこの体質をどれほど恥じているかは、痛いほど理解できるというものだ。
承太郎は納得しつつ腕を組むと、ふむと唸って小首を傾げた。
「だがよ花京院。確かてめー、ガキの頃は水泳教室だかに通ってたんじゃあなかったか」
夏休み直前の屋上で、探りを入れた承太郎に花京院はそう話していた。こういった症状が生まれつきあるものなのか、それとも何かしらの原因によって起こるものなのか、知識のない自分にはまるで分からないが、ある程度の年齢までは、ごく普通に人前で肌を出すことに抵抗はなかった、ということになる。
「……それは小学生のころの話さ。ぼくだって、なにも生まれたときからコンプレックスに苛まれていたわけじゃあない」
つまり彼がここまで思いつめるに至った、決定的な何かがあったということだ。承太郎は話の腰を折らぬよう、黙って耳を傾けることにした。
「あれは中学に上がって最初の夏……プールの授業での出来事だった」
暗く沈んだ表情と声。まるでこれから怪談話でも始まるのかと錯覚しそうなほど、花京院は全体的にどんよりと重たい翳りを背負って見えた。
「ぼくはそれまで、自分の乳首の形なんて気にもとめたことがなかったんだ。生まれつきこうだったから、平気で水泳教室にだって通えたし、人前で着替えをするのも気にならなかった。だけどそのプールの授業で、初めて言われたんだ……」
クラスメイトの男子生徒に。
じぃっと胸を見つめられながら、
『花京院の胸、なんかおかしくない?』
と。
すると、興味を惹かれた周りの生徒たちも集まってきて、それはもう見世物のような状態になった。なかには無遠慮に指で突いたり、抓ってこようとする輩までいて、それまで決して目立つことなく物静かな生徒でしかなかった花京院は、その好奇の視線に耐えることができなかった。
ましてや肉体的にも精神的にも、未発達で繊細な年頃だ。自分の身体が人と違うことで注目を浴びるなんて、確かにコンプレックスの火種になったとしても、おかしくはない話だった。
「笑われたんです。変だって、指をさされて。そんなことでと思われるかもしれないが、以来どうしてもあのときのことが思いだされて、人前で上半身を晒すことに、抵抗を覚えるようになってしまった」
子供の冗談。好奇心と悪ふざけ。分かってはいても、当時はそう割り切れるほど大人ではない、少年でしかなかった花京院の心境を思うと、とてつもなく気の毒に思える。
彼はそれからすぐに通っていた水泳教室もやめたし、その後プールの授業も体調不良を理由に一度も出席しなかった。家族で海へ遊びに行ってさえ、波打ち際で貝殻を拾ったり、足首まで浸かる程度だったという。
「本屋や図書館で調べて、これがぼくだけに限った体質じゃないことは分かったんだ。医者にかかれば完治も可能であるということも。だけど女性の場合は出産後に授乳の問題があるけれど、男性にとっては必要な部分ではないから、わざわざ医者に見せるなんて」
「いいや、必要だね」
「へ?」
承太郎は知らず険しい表情になっていた。ポカンとした顔の花京院に向かって、組んでいた腕を解いて両手を伸ばすと、肩を掴んで目と目を合わせる。
「そのまんまじゃあ、おれが吸えねえ」
「は?」
「埋もれちまってるだけなら、ほじくり返しゃいいだけの話じゃあねーのか」
「そっ、それは……そう、だけど……君が思うほど単純というわけでは……」
言い淀む花京院は途端に目を泳がせはじめた。その仕草に引っ掛かりを覚えながらも、承太郎は花京院の顔から視線を外すことなく言った。
「いいか花京院。おれはてめーの乳首を見ても、なんらおかしいとは思わねえし、てめーの乳首を吸うことだけは、マジに考えているんだぜ」
「なんか嫌だな……。シリアスな顔をして言ってることが乳首って……」
「いいからちょっと来てみな」
「え、ちょッ、うわぁ!」
承太郎は有無を言わさぬ力強さで花京院を引き寄せると、その身体をくるりと返して自分の腹が背もたれになるように抱き込んだ。その背中をすっぽりと包み込みながら、肩に顎を置く。花京院は一瞬ほんの少しだけ身を固くしたが、抵抗する素振りは見られなかった。
この位置からは、彼の盛り上がったふたつの丘と、薄桃色の乳輪がよく見える。
初めこそ見慣れないものに多少の驚きはあったが、白い肌に映える淡く美しい色と、ぷつりと入る小さな切込みに、胸をくすぐられて仕方がない。正直かなり、興奮している。
承太郎の視線を痛いほど感じるのか、花京院は全身をうっすらと染めながら、立てた両膝を擦り合わせた。
さて、これをどう料理しようかと考えて、承太郎はまず夢にまで見た豊かな胸へ、下から包み込むように両手を這わせる。
小さく息を飲みながら、花京院の肩がわずかに跳ねた。
「すげえ弾力」
「ちょ、っと……ッ、くすぐったい、よ」
正直、加減はよく分からない。だから最初は緩く、決して押し潰してしまわないように、ゆるゆると揉みしだいた。手の平に伝わるのは彼の体温と、鼓動と、ほんのり汗ばんだ滑らかな肌の感触だ。
女性のように柔らかな脂肪の塊ではないここは、本来ならこんな風に触れられるためにある場所ではない。だからこそこの弾力が、まるで花京院の戸惑いと僅かな抵抗を表しているかのようで、逆に煽られている気分になる。
「んッ、く……ッ、ぅ」
病みつきになりそうな感触に、夢中になっている承太郎の腕のなかで、花京院が身じろいだ。なにかを堪えるようなか細い声が、懸命に噛み締めようとする唇の隙間から漏れ聞こえた。
「痛いか」
耳元に口を押し付けて、吹き込むように問うと、彼は前髪とピアスを揺らしながら首を振った。
「いた、くは……ない、が……ずっとそうされていると、なんだか……おかしな、気分、に……」
「そりゃあどんな気分だ?」
笑い混じりに、少し意地悪な質問をしてみる。途端に耳までカァッと赤く染めた花京院は、引き結んだ唇を震わせながら涙を浮かべた。
どんな気分なんだと、もういちど問いかけた承太郎に、彼は根負けしたように俯いて、今にも消え入りそうな声で言った。
「いやらしい、気分……です」
「上出来だぜ、花京院」
こめかみに啄むようなキスをすると、ぴくんと跳ねた花京院の肌が、異様に熱くなっているのが唇から伝わる。
禁欲的なストイックさを絵に描いたような男が、女にするみたいに胸を嬲られて、性的な興奮を得ているのだ。今すぐにでも強引に身体を開いて、思いのままに貪り尽したいような衝動に駆られるけれど、どうにか堪えてまずは未だに隠れたままでいる胸の頂きに、意識を向ける。
承太郎はふと思いつき、双方の胸を掴む手にぐっと力を込めた。
「こうして強く掴み上げてやったらよ」
「あっ、うぅ、んッ」
「はずみで飛び出してきやしねえもんか?」
ぐ、ぐ、っと、覚えたての力加減で何度か強く、先端を押し出すイメージで胸を揉み上げた。けれどそう上手くはいかないようで、真ん中の窪みがよりいっそう溝を深くするだけだった。
「い、ァッ、そん、な……、んじゃ、出てこない、よ」
「ふうん?」
自分の身体のことだ。よく分かっていて当たり前ではあるのだが、その否定の言葉にピンとくるものがある。
つい先刻、そう単純なものではないと、言いにくそうに目を逸らした彼を見て感じた引っ掛かりと、その直感が線で繋がったような気がした。
「花京院、おまえ……しょっちゅうここ、いじってるな?」
「ッ……!」
図星だ。取り繕う間もなく動揺して息を飲む花京院に、承太郎はにやりと口元を綻ばせる。
「見せちゃあくれねえか。どういう風にするのかをよ」
ずっと触れずにとっておいた乳輪を、人差し指でくるりとなぞる。何度も何度も触れるか触れないかの力加減で、くすぐるように。
「く、んッ、ぁ……くすぐった、ぃ」
「ここ、いつもどうやって可愛がってやってる?」
「そ、んな、言い方……ッ」
「なあ、花京院」
なぞるだけだった指の腹で、それぞれの窪みを擦るように一瞬、えぐる。ほんの微かではあったが、硬く小さなしこりの存在を感じた気がして、抑えがたい歓喜に喉を鳴らした。
花京院はずっと小刻みに震えるばかりだった身体を、ビクンと大きく跳ねさせて、上擦った悲鳴をあげる。
「ひぅ、んっ……そ、こ……こする、な……ッ」
「教えてくれなくちゃあわからねーぜ」
「ちょ、アッ、ゆび、いれな……ッ、だめ、ァ!」
幾度か窪みを引っ掻いたあと、人差し指の先端をぐっと押し込んでみる。やはり、桃色の狭い肉に埋もれて硬くなった小さな粒の存在を感じた。切り込みが入ったように閉じているささやかな穴が、太い指先によって犯されている様は、承太郎のなかで不思議な興奮を呼び覚ました。
「花京院」
赤く熱を持った耳に、わざと急かすような響きで名を呼べば、確実に追い詰められつつある花京院が、嫌々と首を振った。これは自慰を強要しているにも似た状況だ。恐怖は乗り越えられても、清廉さに覆われた高いプライドが、羞恥を克服することはなかなかどうして、難しそうだ。
だからこそ、ついイジメてしまいたくなる。好きな子ほど、というやつだろうか。胸が躍るような浮つきに、承太郎はつい饒舌になっていく己を自覚する。
今は亡き宿敵の言葉を借りるなら、最高にハイ、というやつだ。
「このままだと、てめーの大事なここを強引にほじくりだしちまう、か も」
クリクリと何度も差し入れた指先で窪みの奥を引っ掻くと、花京院は「いやだ、いやだ」と泣き濡れた声を漏らした。こうなると、承太郎が梃子でも動かぬことを、賢い花京院はよく知っている。どこかで折れなければ、終わりが見えない。花京院がこの状況をどうにかするためには、素直に吐いてしまう以外、ほかにないのだ。
「……でき、って」
「なんだって?」
「ッ……、治療、できると……思って……本で、調べて……」
「自分で?」
こくん、と、花京院が頷く。
「ぼくのこれは、仮性のもので……刺激すると、表に出てくるんだ……だからいつもお風呂に入るとき……マッサージをしているだけで……君が思っているような意味では、決して、ない」
「ほーう? で?」
「で、と言われても……それだけ、だよ……」
「優等生の花京院くんが、風呂場でてめーの乳首いじくりまわして、ここをパンパンに膨らましてるってのか」
「ッ――!?」
承太郎は右手をなんの前触れもなく花京院の股間にやると、窮屈そうに膨らんだそこを鷲掴みにした。
ひゅうっと声にならない悲鳴をあげた花京院の身体が、腕のなかで面白いほど跳ね上がる。
「あぁッ、あ! やだ、ぁ、ちが……ッ」
「知らなかったぜ。てめーがこんなにスケベな身体してたなんてよ」
掌に硬くしこった竿の感触を確かめる。ぐりぐりと少し乱暴に揺さぶりをかけてやれば、花京院は切羽詰まった声で、「ちがう」と懸命に否定の言葉を繰り返した。そして承太郎の腕にかけていた両手で、真っ赤な顔を隠してしまう。
「ちがう……違うんだ……いつもは、こんなふうになったり、しない……ッ、絶対、ならない……ぼくは、スケベなんかじゃ、ない……ッ」
顔を覆い隠したまま、花京院は弱々しく「たのむから」と漏らした。
「もう、意地悪なこと……言わないで」
その言い方はどこか幼くて、声は語尾がすっかり掠れて消え入りそうになっていた。気がつけば腕のなかの身体が、小刻みにひくひくと跳ねている。
両膝を立てて、背中を丸めた状態で花京院は泣いていた。それを見て、承太郎はしまったと思う。彼の言う通り、少しばかり意地悪を言いすぎてしまったようだ。
だけど、こんなふうに泣いている姿さえ可愛いと感じてしまうのだから、自分はとことんそういう気質なのかもしれないと、思わず苦笑する。
「ワリィ、ちっとイジメすぎた」
承太郎は花京院の身体を抱きしめて、その頬に自分の頬を擦りつけた。甘えたような仕草を見せる承太郎に、表情を隠すように覆っていた両手を離して、顔をあげた花京院がこちらを向く。涙に潤んだすみれ色の瞳と、至近距離で目が合った。目元も、鼻の頭も、すっかり赤くなっている。いつもよりさらに下がって見える困り眉で、彼はいちど大きな水音を立てながら、鼻をすすった。
こんなに幼い泣き顔をするのかと、そう思うとつい堪え切れずに、小さく噴きだしてしまう。くつくつと身を揺らしながら笑う承太郎の振動に、花京院は大きめの唇をぐっと引き結び、眉間に寄った皺を深くした。
「この、イジメっ子ッ!」
「悪かったっての」
「君のせいだぞ……承太郎が、こんなふうに……」
「そりゃあ、どッ、ん」
どういう意味だと問いかけようとして、花京院の腕が承太郎の首に回された。頭部を強引に引き寄せられて、噛みつくようなキスをされる。不意をつかれた承太郎は目を見開いたが、すぐに睫毛を伏せると応えはじめた。
これは彼の照れ隠しであることに、気づいてしまったから。
承太郎が触れるから、こんなふうに感じてしまうのだと。他の誰でもない、承太郎だから。深くなっていく口付けに、その思いが痛いほど込められているのがわかる。喜びに、胸が震えた。
これまでのお返しとばかりに、絡めていた舌先に緩く歯を立てられると、その甘い刺激に頭の芯まで痺れが広がる。承太郎はそのまま逃げていこうとする花京院の舌を、じゅうっと音を立てて吸ってやった。
「ふぁ、ぅ、んッ」
花京院の口の端から、飲み込みきれなかった二人分の唾液が零れた。名残惜しく感じつつ、互いの唇はそこで離れる。
はかはかと呼吸を繰り返して上下する胸に、承太郎は気を取り直して、再び両手を這わせた。花京院は顔をうつむけ、承太郎の指先が乳輪をなぞる動きを見つめている。
「……そこ」
「ん」
「つまん、で……それから、上下に少しずつ、圧を加えるみたいに、して」
指示に従って、承太郎は薄ピンクの乳輪を親指と人差し指で摘まむ。ん、という甘い声が上がるのを聞きながら、乳輪部から中の粒を押し出すようなイメージで、ゆっくりと圧迫していった。
「ぁ、ぁ、ッ、くぅ、ん」
「……見えた」
何度かそれを繰り返していくうちに、閉じた窪みからささやかな乳頭の先端が、僅かに顔を覗かせる。
けれど、達成感を得るにはまだ早い。ちらちらと姿を見せるだけで、気を抜くとすぐに奥へ引っ込んでしまうのだ。
息を荒げる花京院が、次の指示をだす。
「んんッ、は……あ、と……こよりを、作る、みたいに……」
「了解」
可憐ともいえるその場所は、承太郎の手の大きさや指の長さが相まって、よりいっそう小さく見える。潰したり、傷つけたりしないよう、細心の注意を払いながら、言われた通りこよりを作るような動きで、摩擦を繰り返した。何度も何度も、たっぷりと時間をかけて、根気よくマッサージをしていく。
「あっ、や……ッ、くぅ、ん……っ!」
地道な動作がついに実り、承太郎の指によって乳頭が根本まで顔をだした。
承太郎も花京院も、ふたり同時にほう、と息を漏らす。
長い時間をかけて摘ままれ、摩擦が繰り返された乳首は薄桃がほのかに赤く色味を増している。つんと健気に尖る様子は、芽吹く寸前の桜の蕾を思わせた。
「可愛いのがようやくお出ましだ」
「恥ずかしいから、そういう言い方はやめてくれよ……」
「っと、おい、これほっとくとすぐに引っ込んじまいそうだぜ」
油断して指を離した途端に、根本が僅かに乳輪へ沈んでしまう。かなりの時間をかけたつもりだが、やはり最初に花京院が言った通り、そう単純なものではないのかもしれない。
承太郎は咄嗟に花京院の肩を掴み、膝の裏に腕を差し込むとベッドに寝かせる。そこに覆いかぶさると両方の胸を掴み、反動でぐっと押し出したものの片方に、思い切り吸い付いた。
「ひぃッ、あッ! じょ、じょうたろ、あッ、ぁ……ッ!?」
一連の素早い動きに目を白黒させるばかりだった花京院が、ふいに与えられた刺激に悲鳴を上げる。承太郎の頭に両手を這わせ、引き剥がすようにしながら身を捩った。
けれど承太郎にとって、そんなものは抵抗のうちに入らない。
容易に押さえつけ、口に含んだ粒に吸い付きながら同時に舌で転がす。もう片方も、先刻と同じくこよりを作る動きで刺激しながら、時おりきゅっと引っ張った。
「イッ、いやだ……ッ、アッ、あぅ、んんッ、そ、そこ、吸っちゃ、ぃ、ひ、引っ張るの、やめ、てッ……!」
まるで聞き分けのない子供のように、花京院が泣き叫ぶ。彼にしてみれば、自分でマッサージを施す以外になかった場所に、生まれて初めて他人が触れているのだ。しかもこうして執拗に舐めしゃぶられて、指で嬲られるなんて、想像以上にショッキングな出来事であるに違いなかった。
けれど承太郎にとっては都合がよく、そして花京院にとっては予想外に、彼の身体はあまりにも性的な刺激に敏感だった。嫌だ嫌だとすすり泣いているくせに、その腰は切なげに、承太郎の身体の下で揺らめいている。
「ん、ぁッ、は、はぁッ、ぁ、んん……ッ」
証拠に、右左と交互に刺激しているうちに、花京院の口からは拒絶の言葉が消えていった。戸惑いや否定を置き去りにして、熱心な愛撫に快楽だけを享受するようになっていく。承太郎の頭に這わされていた両手も、徐々に爪の先で頭皮を掻くだけに変わっていった。その感触が、声が、反応が、承太郎の腰を食むように苛んでいく。
「花京院、脱がすぜ」
承太郎も辛いが、ずっと張り詰めたままになっている花京院は、どこへも熱を逃がすことができずに嬲られ続けている。
このままでは流石にキツイだろうと、顔をあげた承太郎が言うと、花京院はとろんとした表情で素直に頷き、ベルトを外す動作を手伝いながら、腰を浮かせた。下着ごと長い足から全てを引き抜いてしまうと、健気に震えながら飛び出した性器は、先走りに濡れて反り返り、花京院の腹にぴったりとくっついた。
「承太郎、も」
「おう」
促されるまま、承太郎もベルトを緩めるとシャツを乱暴に脱ぎ捨てる。それから、自身も下を脱ぎ捨てる前に尻ポケットに指を忍ばせ、小さなチューブを取り出した。
それはここへ来る前、待ち合わせ場所だった駅前周辺の薬局で、事前に購入していたものだった。
「ワセリン?」
「買っといた」
「ゴム、は」
承太郎は何も答えず、ただじっと花京院を見つめた。すみれ色の瞳が、すぐに恥ずかしそうに逸らされる。
「……このまま?」
「……したい」
本当はゴムだってちゃんと用意してあって、着替えを入れてきた鞄の中に入っていた。ベッドから身を乗り出して、ほんの少し腕を伸ばせば取り出せる場所に置いてあることを、たぶん花京院も知っている。だけど彼はそれを咎めることなく頷いて、小さな声で「いいよ」と言った。
普段、滅多にナマでするなんてことはないから、彼がそれを許したということにまた、興奮を煽られる。
急いた気持ちを押し殺し、承太郎はベッドの背もたれに立てかけてある羽毛枕を掴んで引き寄せると、花京院に腰を浮かすように指示して、出来上がった隙間に枕を押し込む。
片方の膝裏に手を差し込んで、大きく両足を開かせながら、片手で器用に蓋を捻ると中身を指の腹に押し出した。その手元を見つめながら、花京院も自らの意志で足を開いていく。そんな自分がよほど恥ずかしいのか、彼は下唇を噛み締めて顔を背けた。
「ぁ、ッ、ぅく……ッ」
指先で、奥まった場所で窄まる穴をゆるりと撫でた。そこは花京院の先走りが伝って、すでにしっとりと濡れている。少しずつ押し込んでいくと、ワセリンも手伝って難なく指を飲み込んでいった。
奥へ奥へ、熱い肉を擦りながら分け入り、馴染ませるように出し入れを繰り返す。時おり中のいい場所を引っ掻いてやると、一度も触れられないままに放置されている花京院の性器がヒクン、ヒクン、と震えては蜜を零した。
二本、三本と指を増やして、受け入れるための準備を施していく。花京院は苦しげに、けれど悩ましげに上擦った声をあげ、シーツを掻き乱しながら狂い悶えた。
すると、そうしている間に両胸の中央ではせっかく顔を出していた乳頭が、今にも埋もれて行こうとしていた。
最初にそれに気がついたのは花京院で、彼は「ぁ」と声をあげたあと、咄嗟に自ら乳首に指を這わせる。さっきまでそうされていたように、あるいは、いつも自分で行っているように、乳輪を指で摘まんでクリクリと動かし始めた。
「あ、ぅ……ッ、ダメ、だ……戻って、しま……、んっ、ぁ」
承太郎は予想だにしない彼の行動に目を見張り、無意識に音を立てて、大きく息を飲んだ。
尻の穴を解されながら、自らの手で乳首を懸命に扱く姿は、あの神経質そうな優等生然とした普段の彼からは、およそ想像がつかない。あまりにもふしだらな光景だった。
花京院は必死で乳首を刺激するが、震える指先が汗ばんだ肌を滑り、うまく出てこないことに焦れている。しまいには両手を胸全体に這わせて、ぎゅうぎゅうと揉み始めた。
「ふぁ、んッ、うま、く、いかな……ッ」
「ッ……!」
くそ、と心の中で吐きだして、思わず舌を鳴らす。もう少し時間をかけて解していくつもりでいたが、これ以上は理性がもちそうになかった。
少々乱暴に指を引き抜くと、花京院は目を見開いて、声にならない悲鳴をあげる。
「てめー……」
「じょ、たろ……?」
「おれをどうにかする気か」
「ッ、?」
中途半端に緩めていたベルトを、ガチャガチャと乱雑に外して前を寛げる。下着をほんの僅かにズラしただけで、勢いよく飛び出した赤黒い剛直に、今度は花京院が息を飲む番だった。
「あんまり見せつけるんじゃあねえぜ……ッ」
「な、んッ、じょ……あッ、ひっ!」
両足をギリギリまで開かせて、筋を浮かせながら脈打つ肉棒を穴にあてがう。正直、もう気遣ってやれるだけの余裕がなかった。一刻も早くこの熱く蕩けた媚肉を犯し、存分に突き上げることしか考えられない。
獣のように荒く呼吸を繰り返しながら、承太郎は綻びかけの穴に向かって、自身を押し進めていった。
ゴムをつけていては決して感じることのできない、熱く生々しい感覚が、承太郎をじわじわと飲み込んでいく。
「うあぁッ、あ、あぁ――ッ!!」
胸を突き出すように背を反らせた花京院が、衝撃に顔を歪めながら声を張り上げた。彼は身を強張らせながら、それでも両手を胸から外さない。承太郎が歯を食いしばりながら腰を進めるのに合わせて、おそらく無意識に胸を掴む手に力を込めていく。
やがて、先端がきつい締め付けに抗うように最後まで挿入を果たしたとき、最奥をズンと突くのと同時に、勃起した乳頭が一気に飛び出してきた。
「ッ……――!!」
そこに、白濁が散る。
放っておかれたままの性器から卑猥な水音を立て、一気に放たれた精液が花京院の腹を、胸を、その谷間やツンと尖った赤い乳首を、汚していく。
「ひ、ぁ、ぁ……ッ」
「イッちまったな」
絶頂の高みからなかなか戻って来ることができないまま、断続的な痙攣を繰り返す花京院の頬に、慰めるようなキスを落とした。胸を掴んだまま硬直している手首に触れ、その名を呼んだ。
「花京院」
「ッ、は……じょ、たろ」
「潰しちまうぜ」
両手を外させ、掌同士を重ねて握り合った。
花京院はくしゃりと顔を歪めて、涙を零しながら唇を震わせる。先に達してしまったことや、初めて後ろだけでイッてしまったこと、何もかもに対してどう言葉を発したらいいか、分からない様子だった。
承太郎は、むしろ何も言う必要はないと思った。ただ一度、腰を揺らめかせる。
花京院が、なにもかもを曝け出して快感を得ているのだと、それだけで胸が震えるほど、嬉しいと感じた。その身に包まれて、承太郎もまた耐え難いほどの快楽を得ている。
あぁ、と甘い声を漏らして反らされた胸の頂きで、赤い粒がいっそ痛々しいほど隆起していた。承太郎が二度三度と揺り動かす度、はち切れそうなほど張りのある胸が上下する。尖ったまま戻る様子のない乳首は、天を仰いだまま健気に震えているように見えた。
「あっ、あぁ……は、じょう、たろ、じょ、たろお……ッ!」
「ッ、かきょう、いん」
爪の先までじんと痺れる。揺さぶられながら、熱く乱れた呼吸の合間に承太郎の名を呼ぶ花京院に、承太郎もまた、甘く息を荒げる。
節理に逆らった使い道で犯される、小さな小さな穴は、承太郎の大きすぎる楔を受けれて皺ひとつなく張り詰めていた。中も限界まで押し広げられ、わざわざ意図せずとも彼の弱点を長いストロークで責めたてる。
花京院は涙と汗でぐしゃぐしゃになった顔を、どうしようもなく歪めながら、承太郎の腰に両足を絡めた。
「すご、いッ、あぁっ、あ、あッ、きもち、い……ッ、じょ、たろっ……ッ、ぼく、ァッ、こわれ、る……!」
「おれも……、バカに、なっちまいそうだ」
花京院の爪が承太郎の手の甲を抉り、承太郎もまた、彼の甲に爪を立てた。
もっと、と甘ったるい声で強請られるままに、本当に壊してしまうのではないかと思うほど、腰を突き動かした。見せつけるかのように突き出された胸に、承太郎は自分の厚い胸板を押し付ける。
直に重なり合った胸と胸から、互いの鼓動が伝わった。やっと裸で抱き合うことができたのだという実感に、愛おしさが止め処なく溢れてくる。
大きなベッドが軋むほどの勢いで肌をぶつけていると、こり、こり、と承太郎の胸板に、勃起した乳首が擦れた。
「ひぅ、んッ、あ、しびれ、る……ッ、ちくび、イッ、ぁッ」
この摩擦が堪らないといった様子で、その度に中が締まる。これ以上ないほど肉を押し広げているというのに、この身体はまだ承太郎を苛むというのか。少しでも気を緩めれば、今度は自分が先に達してしまいそうだった。
(こいつ以外、抱けねえだろうな)
セックスは、他の誰ともしたことがない。
承太郎は花京院しか知らないし、花京院だってそうだ。承太郎がこの男しか愛せなくなっているように、彼もまた、同じ思いでいてくれることを願う。
「好きだ。花京院」
中が、また締まる。
「愛してる」
食いちぎられそうだった。
痛みにも似た快感に歯を食いしばる承太郎に、花京院は「ぼくも」と言った。
「ぼくも、好き……ッ、すき、です……大好き……あ、アッ、承太郎……承太郎……ッ!」
好きだと、愛してると、囁くほどに花京院は狂おしく啼いた。ふと、こんなふうに熱烈な愛の言葉を聞くのは、自分にとっても初めてのことではないかと気づく。
相手にすでに伝わっていることを、わざわざ言葉にしない承太郎に合わせて、彼は今までずっと抑え込んでいたのかもしれないと。
「花京院……ッ」
壊れたように「好き」を繰り返しながらすすり泣く、花京院の身体を掻き抱いた。背中に回ってきた腕が、懸命に承太郎の想いごとその重みを受け止める。
競り上がってくるのは快感にとどまらず、承太郎は僅かに鼻先が痛むのを感じる。じわりと目尻に涙を滲ませながら、花京院の耳朶に唇を押し付けた。
――愛してる。
言葉にできたかは分からない。けれど次の瞬間、承太郎の背に痛いほど爪が立てられた。閉じた瞼の裏側で、チカチカと星が瞬くような光が点滅する。
そして。
「ッ――……!!」
ふたり同時に、白く弾けた。
*
「まるで介護されている気分だ……」
翌日。
昼時を迎えた陽光が射すリビングで、白いTシャツと黒いジャージの下を着込んだ花京院が、沈んだ声をあげた。
額に冷却シートを張り付けた彼は、ソファにぐったりとした様子で横になっている。
クッションを枕にして、逆サイドの肘掛に乗せられた両足は、爪先しか出ていない。Tシャツでさえ肩の位置がズレ、身体が泳いでいるように見えているのは、それらが承太郎のものだからだ。
「今は同じようなもんだぜ」
言いながら、弁当や飲み物が入った袋を持ってきた承太郎に、花京院の申し訳なさそうな視線が向けられる。思わず鼻から息を洩らし、ひょいと肩を竦めた。
「気にすることはねえ。無茶させたのはおれなんだからよ」
あれから。
深夜遅くまで続いた行為が影響して、花京院は見事に足腰が立たない状態に陥った。ようやくまともに意識を取り戻したのはつい先刻のことで、しかも彼は軽く熱までだしてしまった。
「どうだ、調子は」
袋をテーブルに置くと、承太郎は花京院の顔がよく見えるよう、ソファの傍にどっかりと胡坐をかいた。
「微熱だし、大丈夫だよ。腰も力が入らないだけで、痛みはない」
花京院はごく自然に笑ったつもりなのかもしれないが、承太郎にはその笑みが随分と弱々しいものに見える。だいたい、普段から平熱が低い彼にとって、微熱といえる体温は十分に高いと言えるのだ。
声だって、饒舌に喋ってはいるが、ときどき痛々しく掠れている。
これは完全に承太郎の責任だ。なにせひとりでまともに歩けなくなるほどに、ほぼ一晩じゅう抱き潰してしまったのだから。
すまん、と言って項垂れると、花京院はすぐさま「よしてくれ」と言う。
「すっかり世話をかけてしまって、ぼくの方がよほど面目ない気分だよ」
そう言われても、承太郎にとっては全てが当然の行いだった。
目を覚ましたとき、腕のなかの花京院は熱い身体をぐったりとさせ、呼吸を荒げていた。ほとんど意識がない状態で、呼びかけても反応がない。
珍しく慌てた承太郎は、スタープラチナまで駆使して彼の身体を清め、適当に自分の鞄から取り出したシャツとジャージを着せた。そして、完備してあった救急箱から取り出した体温計で熱を測ると……花京院は案の定、発熱していた。
それから承太郎は、庭の倉庫にしまわれていた自転車を引っ張り出すと、全速力で飛ばして山を下りた。駅近くのコンビニで、弁当とサラダ、スポーツドリンク、さらに冷却シートを買って、戻ってきた。
その頃には花京院はどうにか意識を取り戻していて、昨夜の名残が残るベッドからこのリビングに移動させ、今に至るというわけである。
正直、いま思いだしても最高の夜ではあったが、流石にこれほどまでに負担をかけてしまうとは、思っていなかった。
いっそ彼の口から『二度としない』なんて宣言されても、なんらおかしくはない状態だ。
けれど花京院は怒った様子もなく、しょげている承太郎に笑いかける。
「一晩中するなんて……初めてのことだったろう?」
「……だな」
「その……だから、ちょっぴり身体が驚いてしまっただけなのさ。ぼくは……いい夜だったと、思う」
もとはと言えば無理強いから始まった行為だっただけに、彼がそんなふうに言うとは思ってもみなかった。その意外さに目を瞬かせる承太郎に、花京院はもとから赤い頬をより色づかせながら、恥ずかしそうに目を泳がせる。
「ぼくだって本当は……ちゃんと裸で君と抱き合いたかったんだ。だけどどうしても……言いだせなくて」
「花京院……」
「だからよかったんだ。嬉しかった。このくだらないコンプレックスごと、ぼくを愛してくれて……ありがとう」
そう言って、花京院は困り眉で微笑んだ。胸の奥底から、じんとした熱が染み渡る。どうしようもない愛しさが、そのまま溢れて止まらなくなりそうだった。
「花京院」
承太郎はその名を呼ぶと、彼の腹に置かれていた左手をとった。睫毛を伏せて、その薬指に優しく口付けると、赤い顔を見やる。
「おれも。ありがとうよ、花京院」
全てを見せてくれて。こんな、どうしようもなく我儘な男に、委ねてくれて。
丸く見開かれていたアメジストを、すうっと細めて微笑んだ花京院が、うん、と小さく頷いた。
しばらくのあいだ、ふたりはそうやって見つめ合う。けれどそのうち気恥ずかしくなってきて、どちらからともなく噴き出してしまった。
「なんだか照れ臭いな、こういうの」
「まったくだ」
「食べよう、ご飯。お腹が空いた」
照れ隠しにそう言って、花京院は横たえていた身を起こそうとした。腰に負担をかけさせまいと、咄嗟に膝立ちになった承太郎がそれを支える。向き合って、目と目が合ったふたりは、また口を閉ざしてしまった。
だけど、すぐに引き寄せられるように顔を近づけ、唇を重ねる。
いつもとは逆で、下からキスを受け止める形は、少し不思議な感覚だった。
唇はすぐに離れた。至近距離で見つめ合ったまま、照れ臭いのに笑いだすこともできないでいると、承太郎は自然と花京院の名を呼んでいた。
「花京院……す」
好きだ、と言うつもりだったのに。
花京院の人差し指が、それを遮るように肉厚な唇に押し当てられたせいで、何も言えなくなってしまう。
「嬉しいけど……あまりぼくを、贅沢に慣れさせないでくれ」
承太郎の愛の言葉は、すぐに花京院の心と身体をどろどろに蕩かしてしまうから。
それほどまでに、承太郎は花京院を惚れさせている、ということだ。
「マジで、チョロすぎだぜ」
これには流石の承太郎も、顔を赤らめてしまう。
「なんとでも言ってくれ。ぼくはもう、諦めてしまったよ」
まるで憎まれ口を叩いているような言い方に、承太郎は笑いながらもう一度、その唇を塞いでやった。
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開け放った障子の向こうから、午後の強い日差しが降り注いでいた。
気休めにもならない温い風に風鈴が揺れる音と、ひっきりなしの蝉時雨。テレビから流れる相撲中継は、その白熱ぶりも虚しく、濡れた水音が遠くへ押しやる。
「ッ、ふ」
縺れるように絡み合った舌が、面白いほど簡単に蕩けてしまう。花京院の肩が震え、その指先で畳をかく音が、どうしようもなく承太郎の情欲を煽り立てた。
ついさっきまで並んで腰を落ち着けて、テレビに視線が釘づけだったのに。気がついたら、互いに唇を寄せ合っていた。
平日の午後。母は不在でふたりきり。相撲の取組は気になるが、こんなチャンスは滅多にない。
「は、ッ、じょ、たろ」
柔らかく濡れた舌も、唇も、その吐息でさえも。
さっきまでテレビを見ながら彼が食べていた、チェリーアイスの味がした。母が、いつ花京院が遊びに来てもいいようにと、買い置きしておいたものだ。
承太郎はシンプルなバニラ味だったから、ただ甘いだけではない爽やかな酸味に、堪らなく胸をくすぐられる。
(花京院……好きだ)
何度も何度も心の中で『好きだ』と繰り返せば、濡れた睫毛を震わせながら、瞳がゆるりと開かれた。真っ赤になった目元が、彼の普段は涼しげな表情を、幾らか年相応に幼く見せる。
どうにも耐えられなくなって、肩を抱き込み、畳のうえにもつれ込む。その拍子に学帽が落ちたことも気にせず、口付けをより深いものにしていった。
頭の奥がじんと痺れるくらいになってくると、花京院の両腕は承太郎の背や、首にまわっていた。制服越しにかりかりと爪を立てられる感触が、くすぐったくてもどかしい。
ああ今日なら、なんとなくこのまま。
いける、かもしれないなんて。
承太郎は花京院の制服に手を這わせ、詰襟に指先を引っ掻けるようにして触れる。ホックをそのまま器用に外したところで。
――しゅるり、と音がした。
(……くそ)
手首に絡まるキラキラとしたものを見て、つい舌打ちが漏れる。限界まで高まっていた気分に水を差され、唇を離すと低く唸った。
「花京院……今はハイエロはしまっとけ」
「……嫌だ」
「脱がせられねえ」
「脱がす気ならもうしない」
甘ったるさの欠片もない声と一緒に、承太郎の胸が強く押された。畳のうえを身を起こしながら滑るように脱出した花京院が、せっかく外したホックを留め直す。
承太郎の手首は未だに警戒するハイエロファントの触脚によって、締め付けられていた。同じく身を起こしながら不満を露わに睨み付けるが、花京院もまた、まだ赤い頬をしながら承太郎を睨み付けていた。
「裸になるのはダメだ」
「裸にならなきゃできねーぜ」
「下だけ脱げば済む話じゃあないか」
「……その下半身にしか用がねえって言い方、どうかと思うぜ」
「実際そうだろ? それに、いつホリィさんが帰ってくるかも分からないんだ。真っ裸でいるところを見られでもしたら、一体どうする気なんです」
だいたい、と花京院は相撲中継が流れるテレビ画面を指さした。
「ぼくは相撲を見に来たのであって、君と相撲をとりに来たわけじゃあないんだぞ」
(……ノリノリだったくせに、よく言うぜ)
そんな声を心の中でだけ呟いて、承太郎は胡坐をかくと落ちていた学帽を拾う。頭にぽんとかぶせ、鼻でふんと息をつく。
花京院は午後からの相撲中継を見るため、学校をフケるという承太郎に、珍しく「ぼくも」と言って自分からついて来たのだ。ふたり揃って帰宅すると、偶然、母は不在だった。
承太郎にしてみれば、降って湧いたようなチャンスだったのだが、本人にこうして拒まれてしまったのでは、全てが台無しだ。
その気が失せたようにそっぽを向くと、そこでようやく緑に光る触脚が消えた。
(今日も失敗、か)
いつもこうだ。
どうしてか花京院は、下はよくても上だけは絶対に脱ぎたがらない。承太郎が先刻のように脱がそうとすると、こうしてなんだかんだと言い訳をして、抵抗されてしまうのだ。
別にこれといって根拠があったわけではないけれど、それでも今日こそは、なんとなく行けそうな気がしていたのだが。結局ダメだったうえに、気を取り直して手を伸ばすには、お互い熱が一気に鎮静してしまっていた。
そうだ、思い返せば今日、こうして花京院が珍しく学校を途中からサボったのだって……。
「あら? 承太郎、帰ってるの? 花京院くんも一緒かしら!」
そのとき、承太郎の思考を遮るように、はつらつとした母の声が遠くから聞こえた。瞬間、花京院の表情もパッと明るくなる。
「ホリィさんだ! ほら、やっぱり脱がなくて正解だった」
「ああそうかい」
「出迎えよう。ご挨拶をしなくては」
「いいよ。めんどくせえ」
ああそう、と答える花京院の意識は、すっかり帰宅した母へと向けられている。あからさまに不機嫌な顔をする承太郎に目もくれず、すっくと立ち上がると軽快な足音を響かせて、廊下の奥へと消えてしまった。
「……やれやれだぜ」
ひとり残された承太郎は肉厚な唇をへの字に曲げた。リモコンを手に取ると、つけっぱなしのテレビのスイッチをバツンと切って、それから、忌々しげに溜息を零した。
*
それから数日。
承太郎はどこか悶々とした気持ちを引きずったまま、スッキリしない毎日を送っていた。
(気に入らねえ……まったくもって気に入らねえぜ、花京院のやつ)
苛立つ気持ちを、そのまま大きく吐きだした息へと乗せる。
授業中の教室は静まり返っていて、ただボソボソと喋る教師の声だけの空間に、それはいやに大きく響く。
窓際の一番後ろの席にいる承太郎は、椅子を思い切り引き、両手をズボンのポケットに捻じ込んだまま、組んだ両足を机の上に投げ出していた。教師がわざとらしい咳払いをしたが、ちらりと視線を送ってやっただけで、慌てて目を逸らされた。
一瞬ピリッとした空気に包まれた教室が、授業の再開によって潮がひいたような静寂を取り戻す。
承太郎は教師の声を右から左へ聞き流し、なんとはなしに窓の外へ目を向ける。
巨大な入道雲を泳がせる青々とした空の下に、無人の校庭が広がっていた。照り付ける太陽をこれでもかというほど反射して、一面が金色に輝いて見える。いつかの広大な砂漠を思い出すけれど、切り取られた空間はどこまでも人為的なものでしかなく、窮屈さばかりを覚えた。
承太郎がそのままなんとはなしに視線を泳がせていくと、校庭と隣接するフェンスに囲まれたプールが目にとまった。
ちょうど授業を行っている様子が、この三階にある教室の窓からぼんやり見える。
承太郎はもっとよく見るために、スタープラチナをだすと窓からにゅっと顔を突き出した。授業を受けているのは男子で、どうやら二年生のようだった。
しかしどんなに探しても、そこに花京院の姿は見えない。
やっぱりか、と小さく鼻を鳴らしながら、あることを確信する。
(……思った通りだぜ)
承太郎は机から両足を下ろすと席を立った。足で適当に蹴って椅子を戻し、ポケットに手を突っ込んだまま教室を出る。
教師がなにか言いかける声と、女子の「あぁんJOJO、行っちゃうの」という声が聞こえた気がしたが、承太郎の意識はすでに教室とは別の場所にあった。
*
屋上へと続く鉄製のドアを開けると、日差しに一瞬、瞼を焼かれた。
ぐっと目を眇めてやり過ごせば、佇む緑色の背中と鮮やかな赤い髪が目に飛び込んでくる。
やはりここにいたか。普段は鍵のかかった扉も、スタンドを使えば難なく開けることができる。だから屋上は、自分たちだけが知る秘密の場所といえるのだ。
「花京院」
花京院は屋上の手摺に両肘を乗せ、そこから見える景色を眺めていた。名前を呼ばれた彼は、ゆっくり振り向くと微かな笑みを浮かべる。
「やあ、先輩。またサボりですか?」
ヌシヌシと近づいてくる承太郎に、自分のことを棚に上げた花京院がからかうように言う。思わずムッと眉間に皺を寄せた。
「先輩呼びはやめろ。あと、てめーが言えた立場か」
「あはは、まぁね」
茶化すような笑い声に肩が揺れるのと一緒に、前髪とピアスも微かに踊る。赤い球体が太陽を弾いて、キラキラと光りを放つのが少し眩しい。
承太郎は花京院のすぐ隣に並ぶと、すっかり熱くなっている手摺に手をかけた。教室から見下ろすよりは、幾らか校庭が広々として見える。時々、プールではしゃぐ生徒の声が、風に乗って耳に届いた。
承太郎は猫のように目を細め、手を伸ばすと花京院の耳朶に触れた。そのまま長い襟足を梳くようにしながら、指先を詰襟の中に差し込む。僅かに汗ばんだ肌の感触と、高くも低くもない体温を確かめてみた。
「ん、なに?」
おもむろに触れてきた承太郎の手を好きにさせてやりながら、花京院はくすぐったいのか、僅かに肩を竦めた。
「熱でもあんのかと思ってよ」
「ないよ。どうして?」
「プール、今日もサボってんのか」
承太郎がその言葉を発すると、滅多なことでは動じない男の肩が微かに強張るのを、触れた指先で感じとる。
「こないだ相撲を見に来た日も」
珍しいなと、あの日もそう思ったのだ。
だけど後からよくよく考えれば、花京院が承太郎にくっついて学校をサボった日、二年生は午後からプールの授業が入っていた。あれはおそらく、それを回避するための行動だったのだ。しかも彼は、前の週もプールの授業だけはサボっていた。
よく知ってるなと、花京院は呆れたように言いながら目を瞬かせる。
「かなづちってわけじゃあねえんだろ」
花京院の運動能力の高さはよく知っている。それに、なんだかんだで気紛れに授業をサボる承太郎とは違って、真面目な彼はよほどのことがない限り、こんな場所で暇をつぶすなんて真似はしないはずだった。もちろん、途中でフケて帰るなんてことも。
花京院は両腕を伸ばし、うぅんと唸って背伸びをすることで、さりげなく項にかかる承太郎の手を遠ざけた。
無表情のまま見つめていると、こちらに顔を向けた花京院が、取り繕ったような笑みを浮かべる。
「ええ、泳ぎは得意でしたよ。小学生の頃は、スイミングスクールにも通ってましたし」
「ほう?」
「授業をサボるのは、単純に日に焼けるのが嫌なだけです」
髪が濡れるのも嫌ですし、と言いながら、白い指先がひと房だけ長い前髪の毛先を摘まむ。そのままくいくい、と幾度か引っ張ったあと、納得したかと言わんばかりに口の端を持ち上げた。
「…………」
まぁ、無難な回答だと思う。承太郎はふんと小さく鼻を鳴らすと、興味を失くしたように目を逸らす。けれどそれはあくまでも『ふり』であって、承太郎の気が逸れたことを察した花京院の肩から、ふと力が抜けたのを視界の端では見逃さない。
(そんな理由でこのおれを納得させたつもりか、花京院)
あの50日間にも及ぶ、旅の間のことを思い出す。
彼は仲間の前ですら、一度も裸になったことがなかった。
基本、男ばかりの旅路である。宿をとった夜なんかは、自分を含めた他の連中は人目など気にせず着替えをしたし、ポルナレフあたりはシャワーを浴びたあと、風呂場から平然と全裸で出てくることもあった。
だが花京院だけは違った。わざわざ脱衣所に荷物を持ち込み、きっちりと扉を閉め切った状態でしか、絶対に着替えをしないのだ。
それは身体を重ねるときも同じで、裸で抱き合っている最中に敵に襲われでもしたらと、最低限下着とズボンだけを乱すという有様だった。
頑として譲らないそのくせ、パジャマ姿では胸の谷間を覗かせるのだから、とんだ生殺しもいいところだ。
けれど当時の承太郎には、まだ余裕があった。花京院の言い分は最もだったし、旅が終わって日本に戻りさえすれば、安心してお互いに生まれたままの姿で抱き合うこともできるだろうと、そう思っていたからだ。しかし。
(野郎……こっちに戻ってからも、頑なに上だけは脱ぎたがらねえ)
どういうわけか日本に帰ってきてからも、花京院は上だけは決して裸になろうとしなかった。理由を聞くと、先日のように家人の存在をほのめかすこともあれば、時間がないだのなんだのと、つまらない言い訳をすることもある。
流石に痺れを切らした承太郎が、無理に上を脱がしにかかろうものなら、ハイエロファントの触脚で容赦なく首を絞めてくる始末だった。(あのときはわりとマジで死にかけた)
あまりにも意固地な様子に、何か理由があるのではないかと疑惑を抱くようになっていたところに、プールの授業である。
毎回サボっていることから、疑念がはっきりと確信に変わった。
こいつはやっぱり、何か隠しているぜ、と。
承太郎はただ、その隠された素肌に触れてみたくて仕方がないだけだ。
彼の長くしなやかな生足だけでも最高だが、制服の上からでもわかる細腰のくびれや、緩やかに押し上げるあの肉付きのいい胸に、存分に手を這わせてみたい。このさい男らしくハッキリいうと、おっぱいが見たい。ガンガンに揉みたいし、吸いつきたい。
せめて服の上からでも、と手を伸ばしても、それすら拒まれてしまうのだから、いい加減我慢の限界だった。
このままではうっかり時を止めて、その間に暴いてしまいそうだ。しかし流石にそれはフェアじゃない。
と、いうより、それをしてしまったら花京院が一体どんな反応をするか。ちょっぴり見てみたいような気はするが、焼き土下座では済まないくらい激怒するであろうことは、目に見えている。
承太郎はなにも彼と揉めたいわけではないのだ。けれどこの様子では、単刀直入に疑問を口にしたところで、この男が真相を明かすとは思えなかった。
だから承太郎は考えた。
両親の存在も、時間の制約もない状況に身を置くことができたなら。じっくりと膝を突き合わせて、理由を聞きだすことができるのではないかと。言ってしまえば、逃げ道を塞ぐという作戦だ。
そんな計画を実行するのに、今は最適な時期である。
承太郎は遠くへ向けていた視線を花京院へ向けると、さっそく切り出した。
「ところで花京院」
「ん、なんだい?」
「てめー、夏休みは暇か」
花京院はきょとんとした顔をして、それからことりと小首を傾げて見せる。
「今のところ特に予定はないが。なぜ?」
(よし)
「別荘に行かねえか」
「別荘? 君んちの?」
承太郎はこくん、と大きく頷いた。
「山ん中でなんにもねえが、静かでまぁまぁいいところだぜ」
「へぇ、山か。いいな、街のなかよりもずっと涼しそうで」
「まぁな。で、どうなんだ。行くのか、それとも行くのか」
「ルート分岐なしの強制イベントじゃあないか」
でも、と言葉を区切り、花京院は少しだけ頬を赤らめると、困り眉をさらに困らせて、肩を竦めながら笑った。
「いいな、それ。喜んでご一緒させていただくよ」
承太郎は表面上、小さく笑みを浮かべるだけにとどめつつ、内心思いっきりガッツポーズをする。勘のいい花京院のことだから、なにか察知して怪しまれでもしないかと、多少の不安があった。だから本当は海沿いの別荘にしたいところを、わざわざ辺鄙な山奥の方を選んだのだ。それが功を奏したのかは知らないが、あっさり了解を得られたことに安堵する。
そして、同時に闘志が漲るのを感じた。
(暴いてやるぜ花京院……てめーの身体の秘密をよ……!!)
こうして承太郎と花京院の、ひと夏のアバンチュールが約束されたのである。
*
やってきました夏休み。
朝から太陽が強く照り付けるなか、駅で待ち合わせをしたふたりは、お互い制服姿であることに少し笑ってしまった。
「花京院てめー……修学旅行じゃねえんだぞ」
「君だってそれ、長ラン脱いだだけじゃあないか」
花京院はいつも通りの長ラン姿に、肩からスポーツバッグをさげている。相変わらず喉まできっちりボタンとホックをとめて、安定の隙のなさだった。
だからこそ乱してやりたくて仕方がないのだが、今は悟られぬ程度に喉を鳴らすだけにとどめておく。
「旅に出るとなると、この格好じゃなきゃどうも落ち着かなくてね」
一応着替えはちゃんと持ってきてるよ、などと言いながら、腰の辺りにとどまっているバッグをポンポンと叩いている。
そういえば彼は家族旅行でさえ制服で行っていたそうだし、らしいといえばらしいのかもしれない。
承太郎は承太郎で、なにを着ていくか迷った末に、この形で落ち着いてしまった。
「何はともあれ、お世話になります」
礼儀正しくぺこりと頭を下げた花京院に、承太郎は口の端を持ち上げながら「行くぞ」と軽く顎をしゃくった。
*
その後、乗り込んだ電車で揺られることおよそ2時間。
見慣れた街並みから遠ざかり、ビルや民家の屋根よりも、緑の木々ばかりが視界に溢れるようになってきたところで、承太郎と花京院はその地に降り立った。
駅から出ると、抜けるような青い空と日差しが、ふたりを出迎えた。初夏のような清々しさのなかを、澄みきった風が通り抜けていく。
けれど、そんな豊かな自然のなかでうまい空気を堪能するよりも、男子高校生ふたりの胃袋は、食べ物を求めてぐぅっと同時に音を立てた。
思わず顔を見合わせて小さくふきだし、適当に目についた食堂に入ると、少し早めの昼食をとった。
腹の虫が落ち着いたところで、ふたりは目的地を目指して歩き出した。
大自然のなかを、のんびりと時間をかけて散策しながら歩くこと数十分。静かな高原の別荘地が見えてきて、さらに白樺の群生する一本道を進んでいくと、林の奥にある空条家の別荘に辿り着いた。
「はぁ、予想はしていたが……やっぱり凄いな」
開放感あふれる芝生の庭に、ゆったりと曲線を描きながら伸びる、石張りのアプローチを進みながら、白い煉瓦の外壁を見つめる花京院がしみじみと呟いた。
「これって三階建てだよな。ざっと見ても部屋数10はくだらないとして……まさに白亜の豪邸といったところか」
「別に。そう驚くほどでもねえだろ」
「一般庶民の感覚からすると、驚きの一言でしかないさ。だってほら、凄いぞ承太郎。向こうにテニスコートまであるじゃあないか」
心なしか鼻息を荒くした花京院が、遠くの方を指さした。
彼のいうとおり、等間隔に植えられた杉の木の向こうには、広々としたテニスコートがあり、さらにその向こうにも豊かな緑が広がっている。
花京院はしきりに凄い凄いと言うけれど、承太郎にとっては「だからどうした」としか言いようがなかった。そもそも一般庶民、と彼は言ったが。
「別荘ってのは、どこの家庭でも最低ひとつは持ってるもんじゃあねえのか」
「はは、それ本気で言ってるのかい? 僻んでいるわけじゃあないが、なんだか猛烈に殴りつけたい気分だよ」
「……なるほど」
カルチャーショックにも似た衝撃を受けた承太郎のなかで、国内に限らず幾つも別荘を所有する父、貞夫の株が上がった。
が、今回重要なのはテニスコートでもなければ、白亜の豪邸でもなく。
「向こうっかわにいいもんがあるぜ、花京院」
「えっ、ワッ!」
「来な」
承太郎は花京院の手首を掴むと、玄関には向かわず建物を迂回して、そのまま裏へと回り込んだ。
不思議そうに瞬きを繰り返すばかりだった花京院だが、目の前に飛び込んできたものを見た途端、ギクリと身を固くする。
青い空のした、緑色の木々に守られた広大な裏庭。
そこには、透き通る水面にキラキラとした陽光を遊ばせた、大きなプールがあった。
「すぐにでも泳げるぜ」
何気なさを装い、持っていた鞄を適当に放ると花京院へ視線を向ける。彼は幾度か目を泳がせたあと、首を左右に振って苦笑した。
「せっかくだが、プールは遠慮するよ」
「なぜ? 学校じゃあねえんだ。ゆっくり日焼け止めを塗り込む時間もあれば、髪だってすぐに乾かせる」
「いやしかし……そうだ、水着を持ってきてないよ。プールがあるなら、最初に言ってくれれば」
「あるぜ」
「え?」
「水着ならある」
承太郎はすかさずしゃがみ込み、鞄の中を漁ると新品の水着を二着、とりだした。自分用にはいたって普通の黒いものを、花京院用にはテラテラと緑に輝く蛍光色で、チェリーを連想させる、赤い水玉模様が入ったものだ。しかも思い切って股下細めの、Tバックをチョイスしてみた。
かろうじてブツが隠れるかどうかという、かなり際どい代物だ。
「穿けるかそんなものッ!!」
が、ソッ……っと差し出した瞬間に叩き落とされてしまった……。
何が気に入らなかったのだろう。やはりちゃんとしたチェリー柄でなければ、お気に召さないのだろうか。
くしゃくしゃの布切れと化しているTバックを寂しげに見つめていると、そんな顔をしても無駄だとばかりに、花京院がそっぽを向いてしまう。
「とにかくお断りだよ。プールは嫌だ。好きじゃない」
「プライベートビーチの方がよかったのか」
「そんな別荘まで……まぁ、あってもおかしくなさそうだな、君の場合は……」
花京院はどこか疲れた様子で肩を落とすと、深い溜息をついている。
やはりここでも頑として譲らないか。いくら比較的過ごしやすいとはいえ、暑いなかそこそこ時間をかけて歩いてきたのだ。普通はプールを見た瞬間、テンションがあがって飛び込んでもよさそうなものだが。
けれどこれは予想の範囲内である。なにせ彼は旅の最中、服も脱がずにプールサイドで日光浴をしていた男だ。最初からうまく運べばラッキー、くらいには思っていたが、そう簡単にいくとは考えていない。
なによりここでしつこく食い下がっては、勘の鋭い花京院に今回の目的がバレてしまうだろう。そうなれば今すぐ帰るなんて言いだしかねないし、話がこじれる。
だからここは、大人しく引き下がっておくことにした。
「嫌ならしょうがねえ。悪かったな、無理強いしちまって」
承太郎は顔色一つ変えずに、放り投げていた鞄とくしゃくしゃの水着を拾い上げた。ホッとした様子の花京院の表情に、笑顔が戻る。
「そんなことはないさ。ぼくは承太郎が泳ぐのを見ているよ。あと、そのダサ……失礼、奇抜な色の水着も君が履くといい。セクシーで似合うと思うよ。ハミ出すだろうけど」
「冗談キツいぜ、こんな柄」
「なんという理不尽」
花京院が見せるしかめっ面にふっと笑みを零しながら、承太郎は来た道を戻り始めた。
*
その後、別荘内に入って荷物を置いてから、承太郎は花京院に中を軽く案内した。
壁一面をぐるりと囲む大開口サッシと、吹き抜けのリビング。庭のデッキテラスと繋がれたキッチンに、バスコートつきの浴室など。
なかでも花京院が気に入ったのは、三階の主寝室から連なる書斎と書庫だった。
「こんな場所でひと夏を過ごせるなんて、贅沢の一言に尽きるな」
一通りの案内を終えてからリビングに戻ると、ソファに腰を落ち着けた花京院がしみじみと呟いた。
「静かで、開放的で、緑が豊かで……なぁ承太郎、あとでもう少し、書庫を見させてもらっても構わないだろうか」
「いいぜ、好きにしな」
「やった! ありがとう!」
どこか子供っぽい喜び方をする花京院が珍しくて、承太郎は彼をここに連れて来てよかったと心から思った。本来の目的はいかがわしいものでしかないのだが、こうして誰の目にも触れず、夏休みをふたりきりで過ごせるのは、確かにこの上ない贅沢だと感じる。
「それより、少し喉が渇いたな。なにかとってくるぜ」
「あ、待って。ぼくがするから、君は休んでてくれ」
ソファから腰を浮かせかけた承太郎よりも先に、花京院が機敏に立ちあがった。そのまま広いリビングを突っ切ると、キッチンカウンターの向こうへ回り込んでいく。
花京院は冷蔵庫を開き、「食材の宝庫だ」と驚きの声をあげつつ、中からお茶を取り出して、適当に見つけたグラスに注いでいるようだった。
こうしてキッチンに立つ花京院の姿を眺めていると、まるで夫婦生活を送っているような気分になってくる。実際にはまだ経験のない感覚ではあるが、いずれはそうなるのだから、あながち間違ってもいない気がした。
夜はもちろん夫婦の営みが待っているわけで、それを思うとどうにも落ち着かない気分になってくる。
承太郎は花京院が運んできたグラスを空にしながら、果たして夜までもつだろうかと、自信のなさを感じるのだった。
*
それからふたりは終始まったりとした時を過ごした。
花京院が書庫で本を漁っているあいだ、承太郎は書斎を挟んで隣接する主寝室のベッドで昼寝をしたり、バルコニーに出て自分も本を読みふけるなどして、内心の落ち着かなさを誤魔化していた。
「承太郎、そろそろ夕飯の支度をしようか」
書庫から出てきた花京院が、書斎のドアから顔を覗かせて、ベッドに寝そべっていた承太郎に声をかけてきた。なんとはなしに本のページをめくっていた承太郎は、それを閉じて適当に放ると身を起こす。
「もうそんな時間か」
窓から降り注ぐ光は日の長さを感じさせるものではあったが、壁掛け時計はすでに5時過ぎをさしていた。
とはいえ承太郎にしてみれば、まだ夕方なのかというじれったさがある。
「ぼくの腕でよければ、何か作ろう。リクエストはあるかい? あの冷蔵庫の中身なら、どんなものだって作れるぞ」
花京院の料理レベルはなかなかのものだ。
砂漠のど真ん中で、パンケーキなんてこじゃれたもの(しかも味も見た目も絶品だった)を焼き上げるくらいなのだから、そこは全く心配していない。
しかし承太郎の飢えは、食事を欲する類のものとは明らかに異なっている。
(やっぱり夜までもちそうにねえな)
そもそもここに来る以前から、ずっと燻ったまま持て余していたのだ。ここまでもったことを、いっそ褒めてほしい。
承太郎は腕まくりをしながらベッド脇を横切ろうとする、花京院の手首をむんずと掴んだ。
引き寄せるのと同時に立ち上がり、片腕でその腰を抱きこむと、咄嗟の展開にポカンと開かれていた唇にかぶりつく。
「ん、なッ、じょう、んん……ッ!?」
すかさず項も押さえつけ、もごもごと動く下唇に舌を這わせれば、腕の中で花京院の身体がビクンと跳ねる。このまま押せばすぐに落ちるだろうと踏んで、口づける角度を変えながら、より深く味わおうとした。
だが、思いのほか強い抵抗を示す花京院が、嫌々と首を振って顔を逸らしてしまう。ばちん、と音を立てて、承太郎の顔面に花京院の手の平がかぶさった。
「こ、こらッ! なんなんだ突然! ぼくはこれから夕飯の支度をッ」
「まだいい」
「よくないだろ! それに、こういうことをするには、時間だってまだ」
「おれは飯よりこっちの方がいい」
そう言いながら顔を背けて、手の平を退ける。お返しとばかりに尖った顎を掴み、強引に上向かせると、至近距離で目を合わせた。赤くなっていく目元に、音を立ててキスをする。
「ま、待て、待てって! せめてシャワーぐらい……ッ」
なおも言い募ろうとする唇を、今度こそ本気で塞いでやった。
大きな手で赤くなっている耳に触れると、そのまま項を押さえて引き寄せる。閉じようとする唇を、少々荒っぽく割って舌を捻じ込んだ。
奥のほうで縮こまる舌を掻き出すようにしながら絡めとり、これまでのお預けを晴らす意味も込めて、貪った。
やがて承太郎の肩や胸を押し返そうとしていた手が、徐々に縋るようなものになっていく。軽く酸欠を起こしているらしい身体が、ちゅくちゅくと湿った音がする度に小さく跳ねた。
「んッ、は……っ」
水音の合間に漏れる吐息が、ひどく熱を帯びている。その甘ったるさについに限界を感じて、承太郎はスプリングのきいたキングサイズのベッドに、花京院の身体を荒々しく敷きこんだ。
「待っ、て、じょう、たろッ」
「待たねえ」
「あッ、ちょ、っと……ッ!」
熱を帯びる耳元に、思い切り顔を埋める。キスをして、舌を這わせて、その水音があまりにもダイレクトに響くのか、花京院は身を震わせながら微かな悲鳴を漏らしていた。
「今日は、ハイエロはなしだぜ」
熱と一緒に、吐息だけで囁くような声を送り込んでやる。ギクリ、と花京院の肩が跳ね、顔色が変わるのがわかったけれど、承太郎は構わずあの日と同じように、制服の喉元へと手を這わせる。
「だ、ダメだッ!」
言いつけ通り、伸びてきたのはハイエロファントではなく、花京院の両手だった。承太郎の手首を掴み、痛いほどギリギリと締め付けてくる。その力強さが、彼の余裕のなさを表していた。
その表情は微かに青褪めても見える。彼はちゃんと分かっているのだ。ここはふたりきりの空間で、誰の邪魔も入らず、時間の干渉すら受けない。だからもし承太郎が本気を出せば、いつものように言い訳をするだけでは、誤魔化せないということを。
なにより承太郎がハイエロファントを禁じたことで、今日この瞬間ここにいる意味も、承太郎の意図も、正確に汲み取ったに違いなかった。
花京院は息を整えながら目を細め、じっとりとした視線を向けてくる。
「プールであっさり引き下がったのは……軽いジャブのつもりか……?」
「てめーは察しがよくて助かるぜ」
「ぼくもすっかり浮かれていたよ。そりゃあ、こうなるのは当然だよな」
「分かってんなら諦めるこった」
「い、や、だッ!!」
両者一歩も引かないまま、ギリギリという音を立てながらの押し合いになる。腕力で負けるはずはないのだが、花京院はまるで火事場の馬鹿力のごとく、額に青筋すら浮かべながら承太郎を押し戻そうと、歯を食いしばっていた。
このままでは殴り合いのケンカに発展しかねない。スタンド使いが本気でやり合おうものなら、せっかくひと夏を過ごすためにやってきた別荘が、壊滅状態に陥ることは目に見えていた。そもそも承太郎は取っ組み合いのケンカをするために、ここに花京院を連れて来たわけではないのだ。
「てめーなぁ、なんで上は脱ぎたくねえのか、そろそろ本当のことを言いやがれ」
「君だってしつこいぞ! なんだってそこまでしてぼくを裸にしたいんだよッ! ぼくは女性じゃないんだから、胸なんかないし楽しくもなんともないだろうッ!?」
「は、そんなもん、おまえのことが好きだからって以外に、理由なんかいるか?」
「ッ!」
花京院が息を飲み、一瞬動きが止まった。承太郎はすかさずその両手首をそれぞれ掴み上げて、ベッドに縫い付ける。そして、瞬きすらできずに見開かれている瞳を見下ろした。
「おれはおまえが好きだから、全部欲しい。てめーの身体、隅々まで、余すところなくおれのものにしてえ。それだけだ」
「な、な……ッ」
「だからつまんねえ言い訳はやめて、そろそろ観念しな」
花京院の顔が、承太郎の腕を掴む両手までもが、全て茹でたように赤く染まった。
彼は何度も口をパクパクとさせながら、信じられないものでも見るような目をしている。やがて見開かれていたすみれ色の瞳が、じんわりと滲んで潤みはじめた。
臭い台詞ではあったかもしれないが、決しておかしなことを言ったつもりのない承太郎は、初めて見る反応に面食らう。
すると、花京院が聞こえるか聞こえないかの微かな声で、「ずるいぞ」と吐き出した。
「なにが」
「君はずるい」
「だからなにがだ」
「す、好きとかなんとか、そんなこと、い、今まで一度だって言ったこと、ないじゃあないかッ!!」
「……さぁて、どうだったかな」
はぐらかすようなことを言いつつ、確かにそうだったかもしれないと思う。ふたりが身体を重ねるようになったのは、旅の間のことだった。戦いの余韻を引きずる形で、どちらからともなく手を伸ばし合ったのが、最初だったと思う。
だけどきっと、お互い出会ったあの日には、すでに惹かれ合っていたから。遅かれ早かれ、そうなることは必然だった。
あえて言葉にするまでもなく承太郎は花京院を愛しているし、花京院は承太郎が一を示すだけで、十を察する男だ。だからこんなふうに、改めて熱烈に愛を囁いたことは、今までなかった。
けれどそれが、今の花京院には効果覿面だったらしい。
「こんなときに、言わなくたって……」
花京院は両手で制服の胸のあたりをぎゅうと握った。どうしたらいいか分からないとでもいうように、忙しなく涙ぐんだ目を泳がせている。
彼は明らかに絆されかけていた。いつものように澄ました顔すらできないくらい、動揺しているのが見て取れる。
承太郎はやれやれと胸の内で呟くと、その腕を引いて一緒に身を起こした。向かい合う形で座って、むっつりとした赤い顔をひょいと覗き込む。
「おまえ、チョロすぎやしねえか?」
「……どうせ単純だよ。うるさいな」
「愛してるぜ」
「だから言うなってッ!!」
承太郎は思わず小さく噴きだしながら、学帽の鍔を摘まんで脱ぎ捨てた。適当に放り投げた学帽はコロリと音を立てて、一度ベッドに着地したあと床に転がる。
それを合図に手を伸ばすと、花京院は目を閉じてビクンと身を震わせた。構わずその頬に指先を滑らせ、背けられた顔をこちらに上向かせると、真っ直ぐに見つめる。
潤んだすみれ色の瞳が、揺らめきを増したような気がした。今ならどこまでも優しくしてやれるような気がして、承太郎はふっと目を細める。
花京院は一度ぐっと下唇を噛み締め、それから、観念したように唇を震わせた。
「……が」
「なんだ?」
「……コンプレックスが、あるんだ」
片眉をひょいと持ち上げると、花京院は掠れた声でぽつりぽつりと、その先を続けた。
「見られたくないんだ。誰にも。だから、隠しておきたかった」
「……おれにも、ってことか」
「そうだね……できれば知られたくなかったし、今も……まだ迷ってる」
「おれがそのコンプレックスごと、てめーを愛したいって言ってもか」
花京院が喉を詰まらせるのが分かった。
彼は考えている様子で、幾度か目を泳がせる。やがて瞳が伏せられ、それから覚悟を決めたような視線を向けてきた。
「絶対に、笑わないって約束してくれるか」
「おう」
その緊張感が承太郎にまで飛び火して、やけに心臓がバクバクと高鳴るのを感じた。
ずっと暴きたいと思っていた秘密が、ついに明かされるときがきた。喉の渇きを覚えて、静かに息を飲み込んだ。
「わかった」
そう言って、花京院は湿らすように下唇を噛んだあと、自ら制服の喉元に両手をやった。
ホックを外し、ボタンを外し、まずは長ランを脱ぎ捨てると、中の白いワイシャツにも手をかける。上からひとつひとつボタンを外す指先が震えていて、承太郎は知らず瞬きも忘れて食い入るように見つめていた。
やがて、待ちに待った彼の素肌が、承太郎の前に晒される。
するりと両肩を滑り落ちていくワイシャツ。待ちに待った瞬間だ。
しかし承太郎は、そこに思いがけないものを見た。
「……なんだ、こりゃあ?」
花京院の胸に顔を近づけて、その場所をまじまじと見つめる。
そこには……。
陥没ルートへ→
母乳ルートへ→
←戻る ・ Wavebox👏
気休めにもならない温い風に風鈴が揺れる音と、ひっきりなしの蝉時雨。テレビから流れる相撲中継は、その白熱ぶりも虚しく、濡れた水音が遠くへ押しやる。
「ッ、ふ」
縺れるように絡み合った舌が、面白いほど簡単に蕩けてしまう。花京院の肩が震え、その指先で畳をかく音が、どうしようもなく承太郎の情欲を煽り立てた。
ついさっきまで並んで腰を落ち着けて、テレビに視線が釘づけだったのに。気がついたら、互いに唇を寄せ合っていた。
平日の午後。母は不在でふたりきり。相撲の取組は気になるが、こんなチャンスは滅多にない。
「は、ッ、じょ、たろ」
柔らかく濡れた舌も、唇も、その吐息でさえも。
さっきまでテレビを見ながら彼が食べていた、チェリーアイスの味がした。母が、いつ花京院が遊びに来てもいいようにと、買い置きしておいたものだ。
承太郎はシンプルなバニラ味だったから、ただ甘いだけではない爽やかな酸味に、堪らなく胸をくすぐられる。
(花京院……好きだ)
何度も何度も心の中で『好きだ』と繰り返せば、濡れた睫毛を震わせながら、瞳がゆるりと開かれた。真っ赤になった目元が、彼の普段は涼しげな表情を、幾らか年相応に幼く見せる。
どうにも耐えられなくなって、肩を抱き込み、畳のうえにもつれ込む。その拍子に学帽が落ちたことも気にせず、口付けをより深いものにしていった。
頭の奥がじんと痺れるくらいになってくると、花京院の両腕は承太郎の背や、首にまわっていた。制服越しにかりかりと爪を立てられる感触が、くすぐったくてもどかしい。
ああ今日なら、なんとなくこのまま。
いける、かもしれないなんて。
承太郎は花京院の制服に手を這わせ、詰襟に指先を引っ掻けるようにして触れる。ホックをそのまま器用に外したところで。
――しゅるり、と音がした。
(……くそ)
手首に絡まるキラキラとしたものを見て、つい舌打ちが漏れる。限界まで高まっていた気分に水を差され、唇を離すと低く唸った。
「花京院……今はハイエロはしまっとけ」
「……嫌だ」
「脱がせられねえ」
「脱がす気ならもうしない」
甘ったるさの欠片もない声と一緒に、承太郎の胸が強く押された。畳のうえを身を起こしながら滑るように脱出した花京院が、せっかく外したホックを留め直す。
承太郎の手首は未だに警戒するハイエロファントの触脚によって、締め付けられていた。同じく身を起こしながら不満を露わに睨み付けるが、花京院もまた、まだ赤い頬をしながら承太郎を睨み付けていた。
「裸になるのはダメだ」
「裸にならなきゃできねーぜ」
「下だけ脱げば済む話じゃあないか」
「……その下半身にしか用がねえって言い方、どうかと思うぜ」
「実際そうだろ? それに、いつホリィさんが帰ってくるかも分からないんだ。真っ裸でいるところを見られでもしたら、一体どうする気なんです」
だいたい、と花京院は相撲中継が流れるテレビ画面を指さした。
「ぼくは相撲を見に来たのであって、君と相撲をとりに来たわけじゃあないんだぞ」
(……ノリノリだったくせに、よく言うぜ)
そんな声を心の中でだけ呟いて、承太郎は胡坐をかくと落ちていた学帽を拾う。頭にぽんとかぶせ、鼻でふんと息をつく。
花京院は午後からの相撲中継を見るため、学校をフケるという承太郎に、珍しく「ぼくも」と言って自分からついて来たのだ。ふたり揃って帰宅すると、偶然、母は不在だった。
承太郎にしてみれば、降って湧いたようなチャンスだったのだが、本人にこうして拒まれてしまったのでは、全てが台無しだ。
その気が失せたようにそっぽを向くと、そこでようやく緑に光る触脚が消えた。
(今日も失敗、か)
いつもこうだ。
どうしてか花京院は、下はよくても上だけは絶対に脱ぎたがらない。承太郎が先刻のように脱がそうとすると、こうしてなんだかんだと言い訳をして、抵抗されてしまうのだ。
別にこれといって根拠があったわけではないけれど、それでも今日こそは、なんとなく行けそうな気がしていたのだが。結局ダメだったうえに、気を取り直して手を伸ばすには、お互い熱が一気に鎮静してしまっていた。
そうだ、思い返せば今日、こうして花京院が珍しく学校を途中からサボったのだって……。
「あら? 承太郎、帰ってるの? 花京院くんも一緒かしら!」
そのとき、承太郎の思考を遮るように、はつらつとした母の声が遠くから聞こえた。瞬間、花京院の表情もパッと明るくなる。
「ホリィさんだ! ほら、やっぱり脱がなくて正解だった」
「ああそうかい」
「出迎えよう。ご挨拶をしなくては」
「いいよ。めんどくせえ」
ああそう、と答える花京院の意識は、すっかり帰宅した母へと向けられている。あからさまに不機嫌な顔をする承太郎に目もくれず、すっくと立ち上がると軽快な足音を響かせて、廊下の奥へと消えてしまった。
「……やれやれだぜ」
ひとり残された承太郎は肉厚な唇をへの字に曲げた。リモコンを手に取ると、つけっぱなしのテレビのスイッチをバツンと切って、それから、忌々しげに溜息を零した。
*
それから数日。
承太郎はどこか悶々とした気持ちを引きずったまま、スッキリしない毎日を送っていた。
(気に入らねえ……まったくもって気に入らねえぜ、花京院のやつ)
苛立つ気持ちを、そのまま大きく吐きだした息へと乗せる。
授業中の教室は静まり返っていて、ただボソボソと喋る教師の声だけの空間に、それはいやに大きく響く。
窓際の一番後ろの席にいる承太郎は、椅子を思い切り引き、両手をズボンのポケットに捻じ込んだまま、組んだ両足を机の上に投げ出していた。教師がわざとらしい咳払いをしたが、ちらりと視線を送ってやっただけで、慌てて目を逸らされた。
一瞬ピリッとした空気に包まれた教室が、授業の再開によって潮がひいたような静寂を取り戻す。
承太郎は教師の声を右から左へ聞き流し、なんとはなしに窓の外へ目を向ける。
巨大な入道雲を泳がせる青々とした空の下に、無人の校庭が広がっていた。照り付ける太陽をこれでもかというほど反射して、一面が金色に輝いて見える。いつかの広大な砂漠を思い出すけれど、切り取られた空間はどこまでも人為的なものでしかなく、窮屈さばかりを覚えた。
承太郎がそのままなんとはなしに視線を泳がせていくと、校庭と隣接するフェンスに囲まれたプールが目にとまった。
ちょうど授業を行っている様子が、この三階にある教室の窓からぼんやり見える。
承太郎はもっとよく見るために、スタープラチナをだすと窓からにゅっと顔を突き出した。授業を受けているのは男子で、どうやら二年生のようだった。
しかしどんなに探しても、そこに花京院の姿は見えない。
やっぱりか、と小さく鼻を鳴らしながら、あることを確信する。
(……思った通りだぜ)
承太郎は机から両足を下ろすと席を立った。足で適当に蹴って椅子を戻し、ポケットに手を突っ込んだまま教室を出る。
教師がなにか言いかける声と、女子の「あぁんJOJO、行っちゃうの」という声が聞こえた気がしたが、承太郎の意識はすでに教室とは別の場所にあった。
*
屋上へと続く鉄製のドアを開けると、日差しに一瞬、瞼を焼かれた。
ぐっと目を眇めてやり過ごせば、佇む緑色の背中と鮮やかな赤い髪が目に飛び込んでくる。
やはりここにいたか。普段は鍵のかかった扉も、スタンドを使えば難なく開けることができる。だから屋上は、自分たちだけが知る秘密の場所といえるのだ。
「花京院」
花京院は屋上の手摺に両肘を乗せ、そこから見える景色を眺めていた。名前を呼ばれた彼は、ゆっくり振り向くと微かな笑みを浮かべる。
「やあ、先輩。またサボりですか?」
ヌシヌシと近づいてくる承太郎に、自分のことを棚に上げた花京院がからかうように言う。思わずムッと眉間に皺を寄せた。
「先輩呼びはやめろ。あと、てめーが言えた立場か」
「あはは、まぁね」
茶化すような笑い声に肩が揺れるのと一緒に、前髪とピアスも微かに踊る。赤い球体が太陽を弾いて、キラキラと光りを放つのが少し眩しい。
承太郎は花京院のすぐ隣に並ぶと、すっかり熱くなっている手摺に手をかけた。教室から見下ろすよりは、幾らか校庭が広々として見える。時々、プールではしゃぐ生徒の声が、風に乗って耳に届いた。
承太郎は猫のように目を細め、手を伸ばすと花京院の耳朶に触れた。そのまま長い襟足を梳くようにしながら、指先を詰襟の中に差し込む。僅かに汗ばんだ肌の感触と、高くも低くもない体温を確かめてみた。
「ん、なに?」
おもむろに触れてきた承太郎の手を好きにさせてやりながら、花京院はくすぐったいのか、僅かに肩を竦めた。
「熱でもあんのかと思ってよ」
「ないよ。どうして?」
「プール、今日もサボってんのか」
承太郎がその言葉を発すると、滅多なことでは動じない男の肩が微かに強張るのを、触れた指先で感じとる。
「こないだ相撲を見に来た日も」
珍しいなと、あの日もそう思ったのだ。
だけど後からよくよく考えれば、花京院が承太郎にくっついて学校をサボった日、二年生は午後からプールの授業が入っていた。あれはおそらく、それを回避するための行動だったのだ。しかも彼は、前の週もプールの授業だけはサボっていた。
よく知ってるなと、花京院は呆れたように言いながら目を瞬かせる。
「かなづちってわけじゃあねえんだろ」
花京院の運動能力の高さはよく知っている。それに、なんだかんだで気紛れに授業をサボる承太郎とは違って、真面目な彼はよほどのことがない限り、こんな場所で暇をつぶすなんて真似はしないはずだった。もちろん、途中でフケて帰るなんてことも。
花京院は両腕を伸ばし、うぅんと唸って背伸びをすることで、さりげなく項にかかる承太郎の手を遠ざけた。
無表情のまま見つめていると、こちらに顔を向けた花京院が、取り繕ったような笑みを浮かべる。
「ええ、泳ぎは得意でしたよ。小学生の頃は、スイミングスクールにも通ってましたし」
「ほう?」
「授業をサボるのは、単純に日に焼けるのが嫌なだけです」
髪が濡れるのも嫌ですし、と言いながら、白い指先がひと房だけ長い前髪の毛先を摘まむ。そのままくいくい、と幾度か引っ張ったあと、納得したかと言わんばかりに口の端を持ち上げた。
「…………」
まぁ、無難な回答だと思う。承太郎はふんと小さく鼻を鳴らすと、興味を失くしたように目を逸らす。けれどそれはあくまでも『ふり』であって、承太郎の気が逸れたことを察した花京院の肩から、ふと力が抜けたのを視界の端では見逃さない。
(そんな理由でこのおれを納得させたつもりか、花京院)
あの50日間にも及ぶ、旅の間のことを思い出す。
彼は仲間の前ですら、一度も裸になったことがなかった。
基本、男ばかりの旅路である。宿をとった夜なんかは、自分を含めた他の連中は人目など気にせず着替えをしたし、ポルナレフあたりはシャワーを浴びたあと、風呂場から平然と全裸で出てくることもあった。
だが花京院だけは違った。わざわざ脱衣所に荷物を持ち込み、きっちりと扉を閉め切った状態でしか、絶対に着替えをしないのだ。
それは身体を重ねるときも同じで、裸で抱き合っている最中に敵に襲われでもしたらと、最低限下着とズボンだけを乱すという有様だった。
頑として譲らないそのくせ、パジャマ姿では胸の谷間を覗かせるのだから、とんだ生殺しもいいところだ。
けれど当時の承太郎には、まだ余裕があった。花京院の言い分は最もだったし、旅が終わって日本に戻りさえすれば、安心してお互いに生まれたままの姿で抱き合うこともできるだろうと、そう思っていたからだ。しかし。
(野郎……こっちに戻ってからも、頑なに上だけは脱ぎたがらねえ)
どういうわけか日本に帰ってきてからも、花京院は上だけは決して裸になろうとしなかった。理由を聞くと、先日のように家人の存在をほのめかすこともあれば、時間がないだのなんだのと、つまらない言い訳をすることもある。
流石に痺れを切らした承太郎が、無理に上を脱がしにかかろうものなら、ハイエロファントの触脚で容赦なく首を絞めてくる始末だった。(あのときはわりとマジで死にかけた)
あまりにも意固地な様子に、何か理由があるのではないかと疑惑を抱くようになっていたところに、プールの授業である。
毎回サボっていることから、疑念がはっきりと確信に変わった。
こいつはやっぱり、何か隠しているぜ、と。
承太郎はただ、その隠された素肌に触れてみたくて仕方がないだけだ。
彼の長くしなやかな生足だけでも最高だが、制服の上からでもわかる細腰のくびれや、緩やかに押し上げるあの肉付きのいい胸に、存分に手を這わせてみたい。このさい男らしくハッキリいうと、おっぱいが見たい。ガンガンに揉みたいし、吸いつきたい。
せめて服の上からでも、と手を伸ばしても、それすら拒まれてしまうのだから、いい加減我慢の限界だった。
このままではうっかり時を止めて、その間に暴いてしまいそうだ。しかし流石にそれはフェアじゃない。
と、いうより、それをしてしまったら花京院が一体どんな反応をするか。ちょっぴり見てみたいような気はするが、焼き土下座では済まないくらい激怒するであろうことは、目に見えている。
承太郎はなにも彼と揉めたいわけではないのだ。けれどこの様子では、単刀直入に疑問を口にしたところで、この男が真相を明かすとは思えなかった。
だから承太郎は考えた。
両親の存在も、時間の制約もない状況に身を置くことができたなら。じっくりと膝を突き合わせて、理由を聞きだすことができるのではないかと。言ってしまえば、逃げ道を塞ぐという作戦だ。
そんな計画を実行するのに、今は最適な時期である。
承太郎は遠くへ向けていた視線を花京院へ向けると、さっそく切り出した。
「ところで花京院」
「ん、なんだい?」
「てめー、夏休みは暇か」
花京院はきょとんとした顔をして、それからことりと小首を傾げて見せる。
「今のところ特に予定はないが。なぜ?」
(よし)
「別荘に行かねえか」
「別荘? 君んちの?」
承太郎はこくん、と大きく頷いた。
「山ん中でなんにもねえが、静かでまぁまぁいいところだぜ」
「へぇ、山か。いいな、街のなかよりもずっと涼しそうで」
「まぁな。で、どうなんだ。行くのか、それとも行くのか」
「ルート分岐なしの強制イベントじゃあないか」
でも、と言葉を区切り、花京院は少しだけ頬を赤らめると、困り眉をさらに困らせて、肩を竦めながら笑った。
「いいな、それ。喜んでご一緒させていただくよ」
承太郎は表面上、小さく笑みを浮かべるだけにとどめつつ、内心思いっきりガッツポーズをする。勘のいい花京院のことだから、なにか察知して怪しまれでもしないかと、多少の不安があった。だから本当は海沿いの別荘にしたいところを、わざわざ辺鄙な山奥の方を選んだのだ。それが功を奏したのかは知らないが、あっさり了解を得られたことに安堵する。
そして、同時に闘志が漲るのを感じた。
(暴いてやるぜ花京院……てめーの身体の秘密をよ……!!)
こうして承太郎と花京院の、ひと夏のアバンチュールが約束されたのである。
*
やってきました夏休み。
朝から太陽が強く照り付けるなか、駅で待ち合わせをしたふたりは、お互い制服姿であることに少し笑ってしまった。
「花京院てめー……修学旅行じゃねえんだぞ」
「君だってそれ、長ラン脱いだだけじゃあないか」
花京院はいつも通りの長ラン姿に、肩からスポーツバッグをさげている。相変わらず喉まできっちりボタンとホックをとめて、安定の隙のなさだった。
だからこそ乱してやりたくて仕方がないのだが、今は悟られぬ程度に喉を鳴らすだけにとどめておく。
「旅に出るとなると、この格好じゃなきゃどうも落ち着かなくてね」
一応着替えはちゃんと持ってきてるよ、などと言いながら、腰の辺りにとどまっているバッグをポンポンと叩いている。
そういえば彼は家族旅行でさえ制服で行っていたそうだし、らしいといえばらしいのかもしれない。
承太郎は承太郎で、なにを着ていくか迷った末に、この形で落ち着いてしまった。
「何はともあれ、お世話になります」
礼儀正しくぺこりと頭を下げた花京院に、承太郎は口の端を持ち上げながら「行くぞ」と軽く顎をしゃくった。
*
その後、乗り込んだ電車で揺られることおよそ2時間。
見慣れた街並みから遠ざかり、ビルや民家の屋根よりも、緑の木々ばかりが視界に溢れるようになってきたところで、承太郎と花京院はその地に降り立った。
駅から出ると、抜けるような青い空と日差しが、ふたりを出迎えた。初夏のような清々しさのなかを、澄みきった風が通り抜けていく。
けれど、そんな豊かな自然のなかでうまい空気を堪能するよりも、男子高校生ふたりの胃袋は、食べ物を求めてぐぅっと同時に音を立てた。
思わず顔を見合わせて小さくふきだし、適当に目についた食堂に入ると、少し早めの昼食をとった。
腹の虫が落ち着いたところで、ふたりは目的地を目指して歩き出した。
大自然のなかを、のんびりと時間をかけて散策しながら歩くこと数十分。静かな高原の別荘地が見えてきて、さらに白樺の群生する一本道を進んでいくと、林の奥にある空条家の別荘に辿り着いた。
「はぁ、予想はしていたが……やっぱり凄いな」
開放感あふれる芝生の庭に、ゆったりと曲線を描きながら伸びる、石張りのアプローチを進みながら、白い煉瓦の外壁を見つめる花京院がしみじみと呟いた。
「これって三階建てだよな。ざっと見ても部屋数10はくだらないとして……まさに白亜の豪邸といったところか」
「別に。そう驚くほどでもねえだろ」
「一般庶民の感覚からすると、驚きの一言でしかないさ。だってほら、凄いぞ承太郎。向こうにテニスコートまであるじゃあないか」
心なしか鼻息を荒くした花京院が、遠くの方を指さした。
彼のいうとおり、等間隔に植えられた杉の木の向こうには、広々としたテニスコートがあり、さらにその向こうにも豊かな緑が広がっている。
花京院はしきりに凄い凄いと言うけれど、承太郎にとっては「だからどうした」としか言いようがなかった。そもそも一般庶民、と彼は言ったが。
「別荘ってのは、どこの家庭でも最低ひとつは持ってるもんじゃあねえのか」
「はは、それ本気で言ってるのかい? 僻んでいるわけじゃあないが、なんだか猛烈に殴りつけたい気分だよ」
「……なるほど」
カルチャーショックにも似た衝撃を受けた承太郎のなかで、国内に限らず幾つも別荘を所有する父、貞夫の株が上がった。
が、今回重要なのはテニスコートでもなければ、白亜の豪邸でもなく。
「向こうっかわにいいもんがあるぜ、花京院」
「えっ、ワッ!」
「来な」
承太郎は花京院の手首を掴むと、玄関には向かわず建物を迂回して、そのまま裏へと回り込んだ。
不思議そうに瞬きを繰り返すばかりだった花京院だが、目の前に飛び込んできたものを見た途端、ギクリと身を固くする。
青い空のした、緑色の木々に守られた広大な裏庭。
そこには、透き通る水面にキラキラとした陽光を遊ばせた、大きなプールがあった。
「すぐにでも泳げるぜ」
何気なさを装い、持っていた鞄を適当に放ると花京院へ視線を向ける。彼は幾度か目を泳がせたあと、首を左右に振って苦笑した。
「せっかくだが、プールは遠慮するよ」
「なぜ? 学校じゃあねえんだ。ゆっくり日焼け止めを塗り込む時間もあれば、髪だってすぐに乾かせる」
「いやしかし……そうだ、水着を持ってきてないよ。プールがあるなら、最初に言ってくれれば」
「あるぜ」
「え?」
「水着ならある」
承太郎はすかさずしゃがみ込み、鞄の中を漁ると新品の水着を二着、とりだした。自分用にはいたって普通の黒いものを、花京院用にはテラテラと緑に輝く蛍光色で、チェリーを連想させる、赤い水玉模様が入ったものだ。しかも思い切って股下細めの、Tバックをチョイスしてみた。
かろうじてブツが隠れるかどうかという、かなり際どい代物だ。
「穿けるかそんなものッ!!」
が、ソッ……っと差し出した瞬間に叩き落とされてしまった……。
何が気に入らなかったのだろう。やはりちゃんとしたチェリー柄でなければ、お気に召さないのだろうか。
くしゃくしゃの布切れと化しているTバックを寂しげに見つめていると、そんな顔をしても無駄だとばかりに、花京院がそっぽを向いてしまう。
「とにかくお断りだよ。プールは嫌だ。好きじゃない」
「プライベートビーチの方がよかったのか」
「そんな別荘まで……まぁ、あってもおかしくなさそうだな、君の場合は……」
花京院はどこか疲れた様子で肩を落とすと、深い溜息をついている。
やはりここでも頑として譲らないか。いくら比較的過ごしやすいとはいえ、暑いなかそこそこ時間をかけて歩いてきたのだ。普通はプールを見た瞬間、テンションがあがって飛び込んでもよさそうなものだが。
けれどこれは予想の範囲内である。なにせ彼は旅の最中、服も脱がずにプールサイドで日光浴をしていた男だ。最初からうまく運べばラッキー、くらいには思っていたが、そう簡単にいくとは考えていない。
なによりここでしつこく食い下がっては、勘の鋭い花京院に今回の目的がバレてしまうだろう。そうなれば今すぐ帰るなんて言いだしかねないし、話がこじれる。
だからここは、大人しく引き下がっておくことにした。
「嫌ならしょうがねえ。悪かったな、無理強いしちまって」
承太郎は顔色一つ変えずに、放り投げていた鞄とくしゃくしゃの水着を拾い上げた。ホッとした様子の花京院の表情に、笑顔が戻る。
「そんなことはないさ。ぼくは承太郎が泳ぐのを見ているよ。あと、そのダサ……失礼、奇抜な色の水着も君が履くといい。セクシーで似合うと思うよ。ハミ出すだろうけど」
「冗談キツいぜ、こんな柄」
「なんという理不尽」
花京院が見せるしかめっ面にふっと笑みを零しながら、承太郎は来た道を戻り始めた。
*
その後、別荘内に入って荷物を置いてから、承太郎は花京院に中を軽く案内した。
壁一面をぐるりと囲む大開口サッシと、吹き抜けのリビング。庭のデッキテラスと繋がれたキッチンに、バスコートつきの浴室など。
なかでも花京院が気に入ったのは、三階の主寝室から連なる書斎と書庫だった。
「こんな場所でひと夏を過ごせるなんて、贅沢の一言に尽きるな」
一通りの案内を終えてからリビングに戻ると、ソファに腰を落ち着けた花京院がしみじみと呟いた。
「静かで、開放的で、緑が豊かで……なぁ承太郎、あとでもう少し、書庫を見させてもらっても構わないだろうか」
「いいぜ、好きにしな」
「やった! ありがとう!」
どこか子供っぽい喜び方をする花京院が珍しくて、承太郎は彼をここに連れて来てよかったと心から思った。本来の目的はいかがわしいものでしかないのだが、こうして誰の目にも触れず、夏休みをふたりきりで過ごせるのは、確かにこの上ない贅沢だと感じる。
「それより、少し喉が渇いたな。なにかとってくるぜ」
「あ、待って。ぼくがするから、君は休んでてくれ」
ソファから腰を浮かせかけた承太郎よりも先に、花京院が機敏に立ちあがった。そのまま広いリビングを突っ切ると、キッチンカウンターの向こうへ回り込んでいく。
花京院は冷蔵庫を開き、「食材の宝庫だ」と驚きの声をあげつつ、中からお茶を取り出して、適当に見つけたグラスに注いでいるようだった。
こうしてキッチンに立つ花京院の姿を眺めていると、まるで夫婦生活を送っているような気分になってくる。実際にはまだ経験のない感覚ではあるが、いずれはそうなるのだから、あながち間違ってもいない気がした。
夜はもちろん夫婦の営みが待っているわけで、それを思うとどうにも落ち着かない気分になってくる。
承太郎は花京院が運んできたグラスを空にしながら、果たして夜までもつだろうかと、自信のなさを感じるのだった。
*
それからふたりは終始まったりとした時を過ごした。
花京院が書庫で本を漁っているあいだ、承太郎は書斎を挟んで隣接する主寝室のベッドで昼寝をしたり、バルコニーに出て自分も本を読みふけるなどして、内心の落ち着かなさを誤魔化していた。
「承太郎、そろそろ夕飯の支度をしようか」
書庫から出てきた花京院が、書斎のドアから顔を覗かせて、ベッドに寝そべっていた承太郎に声をかけてきた。なんとはなしに本のページをめくっていた承太郎は、それを閉じて適当に放ると身を起こす。
「もうそんな時間か」
窓から降り注ぐ光は日の長さを感じさせるものではあったが、壁掛け時計はすでに5時過ぎをさしていた。
とはいえ承太郎にしてみれば、まだ夕方なのかというじれったさがある。
「ぼくの腕でよければ、何か作ろう。リクエストはあるかい? あの冷蔵庫の中身なら、どんなものだって作れるぞ」
花京院の料理レベルはなかなかのものだ。
砂漠のど真ん中で、パンケーキなんてこじゃれたもの(しかも味も見た目も絶品だった)を焼き上げるくらいなのだから、そこは全く心配していない。
しかし承太郎の飢えは、食事を欲する類のものとは明らかに異なっている。
(やっぱり夜までもちそうにねえな)
そもそもここに来る以前から、ずっと燻ったまま持て余していたのだ。ここまでもったことを、いっそ褒めてほしい。
承太郎は腕まくりをしながらベッド脇を横切ろうとする、花京院の手首をむんずと掴んだ。
引き寄せるのと同時に立ち上がり、片腕でその腰を抱きこむと、咄嗟の展開にポカンと開かれていた唇にかぶりつく。
「ん、なッ、じょう、んん……ッ!?」
すかさず項も押さえつけ、もごもごと動く下唇に舌を這わせれば、腕の中で花京院の身体がビクンと跳ねる。このまま押せばすぐに落ちるだろうと踏んで、口づける角度を変えながら、より深く味わおうとした。
だが、思いのほか強い抵抗を示す花京院が、嫌々と首を振って顔を逸らしてしまう。ばちん、と音を立てて、承太郎の顔面に花京院の手の平がかぶさった。
「こ、こらッ! なんなんだ突然! ぼくはこれから夕飯の支度をッ」
「まだいい」
「よくないだろ! それに、こういうことをするには、時間だってまだ」
「おれは飯よりこっちの方がいい」
そう言いながら顔を背けて、手の平を退ける。お返しとばかりに尖った顎を掴み、強引に上向かせると、至近距離で目を合わせた。赤くなっていく目元に、音を立ててキスをする。
「ま、待て、待てって! せめてシャワーぐらい……ッ」
なおも言い募ろうとする唇を、今度こそ本気で塞いでやった。
大きな手で赤くなっている耳に触れると、そのまま項を押さえて引き寄せる。閉じようとする唇を、少々荒っぽく割って舌を捻じ込んだ。
奥のほうで縮こまる舌を掻き出すようにしながら絡めとり、これまでのお預けを晴らす意味も込めて、貪った。
やがて承太郎の肩や胸を押し返そうとしていた手が、徐々に縋るようなものになっていく。軽く酸欠を起こしているらしい身体が、ちゅくちゅくと湿った音がする度に小さく跳ねた。
「んッ、は……っ」
水音の合間に漏れる吐息が、ひどく熱を帯びている。その甘ったるさについに限界を感じて、承太郎はスプリングのきいたキングサイズのベッドに、花京院の身体を荒々しく敷きこんだ。
「待っ、て、じょう、たろッ」
「待たねえ」
「あッ、ちょ、っと……ッ!」
熱を帯びる耳元に、思い切り顔を埋める。キスをして、舌を這わせて、その水音があまりにもダイレクトに響くのか、花京院は身を震わせながら微かな悲鳴を漏らしていた。
「今日は、ハイエロはなしだぜ」
熱と一緒に、吐息だけで囁くような声を送り込んでやる。ギクリ、と花京院の肩が跳ね、顔色が変わるのがわかったけれど、承太郎は構わずあの日と同じように、制服の喉元へと手を這わせる。
「だ、ダメだッ!」
言いつけ通り、伸びてきたのはハイエロファントではなく、花京院の両手だった。承太郎の手首を掴み、痛いほどギリギリと締め付けてくる。その力強さが、彼の余裕のなさを表していた。
その表情は微かに青褪めても見える。彼はちゃんと分かっているのだ。ここはふたりきりの空間で、誰の邪魔も入らず、時間の干渉すら受けない。だからもし承太郎が本気を出せば、いつものように言い訳をするだけでは、誤魔化せないということを。
なにより承太郎がハイエロファントを禁じたことで、今日この瞬間ここにいる意味も、承太郎の意図も、正確に汲み取ったに違いなかった。
花京院は息を整えながら目を細め、じっとりとした視線を向けてくる。
「プールであっさり引き下がったのは……軽いジャブのつもりか……?」
「てめーは察しがよくて助かるぜ」
「ぼくもすっかり浮かれていたよ。そりゃあ、こうなるのは当然だよな」
「分かってんなら諦めるこった」
「い、や、だッ!!」
両者一歩も引かないまま、ギリギリという音を立てながらの押し合いになる。腕力で負けるはずはないのだが、花京院はまるで火事場の馬鹿力のごとく、額に青筋すら浮かべながら承太郎を押し戻そうと、歯を食いしばっていた。
このままでは殴り合いのケンカに発展しかねない。スタンド使いが本気でやり合おうものなら、せっかくひと夏を過ごすためにやってきた別荘が、壊滅状態に陥ることは目に見えていた。そもそも承太郎は取っ組み合いのケンカをするために、ここに花京院を連れて来たわけではないのだ。
「てめーなぁ、なんで上は脱ぎたくねえのか、そろそろ本当のことを言いやがれ」
「君だってしつこいぞ! なんだってそこまでしてぼくを裸にしたいんだよッ! ぼくは女性じゃないんだから、胸なんかないし楽しくもなんともないだろうッ!?」
「は、そんなもん、おまえのことが好きだからって以外に、理由なんかいるか?」
「ッ!」
花京院が息を飲み、一瞬動きが止まった。承太郎はすかさずその両手首をそれぞれ掴み上げて、ベッドに縫い付ける。そして、瞬きすらできずに見開かれている瞳を見下ろした。
「おれはおまえが好きだから、全部欲しい。てめーの身体、隅々まで、余すところなくおれのものにしてえ。それだけだ」
「な、な……ッ」
「だからつまんねえ言い訳はやめて、そろそろ観念しな」
花京院の顔が、承太郎の腕を掴む両手までもが、全て茹でたように赤く染まった。
彼は何度も口をパクパクとさせながら、信じられないものでも見るような目をしている。やがて見開かれていたすみれ色の瞳が、じんわりと滲んで潤みはじめた。
臭い台詞ではあったかもしれないが、決しておかしなことを言ったつもりのない承太郎は、初めて見る反応に面食らう。
すると、花京院が聞こえるか聞こえないかの微かな声で、「ずるいぞ」と吐き出した。
「なにが」
「君はずるい」
「だからなにがだ」
「す、好きとかなんとか、そんなこと、い、今まで一度だって言ったこと、ないじゃあないかッ!!」
「……さぁて、どうだったかな」
はぐらかすようなことを言いつつ、確かにそうだったかもしれないと思う。ふたりが身体を重ねるようになったのは、旅の間のことだった。戦いの余韻を引きずる形で、どちらからともなく手を伸ばし合ったのが、最初だったと思う。
だけどきっと、お互い出会ったあの日には、すでに惹かれ合っていたから。遅かれ早かれ、そうなることは必然だった。
あえて言葉にするまでもなく承太郎は花京院を愛しているし、花京院は承太郎が一を示すだけで、十を察する男だ。だからこんなふうに、改めて熱烈に愛を囁いたことは、今までなかった。
けれどそれが、今の花京院には効果覿面だったらしい。
「こんなときに、言わなくたって……」
花京院は両手で制服の胸のあたりをぎゅうと握った。どうしたらいいか分からないとでもいうように、忙しなく涙ぐんだ目を泳がせている。
彼は明らかに絆されかけていた。いつものように澄ました顔すらできないくらい、動揺しているのが見て取れる。
承太郎はやれやれと胸の内で呟くと、その腕を引いて一緒に身を起こした。向かい合う形で座って、むっつりとした赤い顔をひょいと覗き込む。
「おまえ、チョロすぎやしねえか?」
「……どうせ単純だよ。うるさいな」
「愛してるぜ」
「だから言うなってッ!!」
承太郎は思わず小さく噴きだしながら、学帽の鍔を摘まんで脱ぎ捨てた。適当に放り投げた学帽はコロリと音を立てて、一度ベッドに着地したあと床に転がる。
それを合図に手を伸ばすと、花京院は目を閉じてビクンと身を震わせた。構わずその頬に指先を滑らせ、背けられた顔をこちらに上向かせると、真っ直ぐに見つめる。
潤んだすみれ色の瞳が、揺らめきを増したような気がした。今ならどこまでも優しくしてやれるような気がして、承太郎はふっと目を細める。
花京院は一度ぐっと下唇を噛み締め、それから、観念したように唇を震わせた。
「……が」
「なんだ?」
「……コンプレックスが、あるんだ」
片眉をひょいと持ち上げると、花京院は掠れた声でぽつりぽつりと、その先を続けた。
「見られたくないんだ。誰にも。だから、隠しておきたかった」
「……おれにも、ってことか」
「そうだね……できれば知られたくなかったし、今も……まだ迷ってる」
「おれがそのコンプレックスごと、てめーを愛したいって言ってもか」
花京院が喉を詰まらせるのが分かった。
彼は考えている様子で、幾度か目を泳がせる。やがて瞳が伏せられ、それから覚悟を決めたような視線を向けてきた。
「絶対に、笑わないって約束してくれるか」
「おう」
その緊張感が承太郎にまで飛び火して、やけに心臓がバクバクと高鳴るのを感じた。
ずっと暴きたいと思っていた秘密が、ついに明かされるときがきた。喉の渇きを覚えて、静かに息を飲み込んだ。
「わかった」
そう言って、花京院は湿らすように下唇を噛んだあと、自ら制服の喉元に両手をやった。
ホックを外し、ボタンを外し、まずは長ランを脱ぎ捨てると、中の白いワイシャツにも手をかける。上からひとつひとつボタンを外す指先が震えていて、承太郎は知らず瞬きも忘れて食い入るように見つめていた。
やがて、待ちに待った彼の素肌が、承太郎の前に晒される。
するりと両肩を滑り落ちていくワイシャツ。待ちに待った瞬間だ。
しかし承太郎は、そこに思いがけないものを見た。
「……なんだ、こりゃあ?」
花京院の胸に顔を近づけて、その場所をまじまじと見つめる。
そこには……。
陥没ルートへ→
母乳ルートへ→
←戻る ・ Wavebox👏
「マジ、マグロって萎えるわー」
休み時間の教室でのこと。
次の授業の準備をしていた花京院の耳に、不満そうな男子生徒Aの声が飛び込んできた。
彼を含めた男子生徒数人は、ちょうど花京院の真後ろの席で塊を作って雑談している。そのため、嫌でも話の内容が聞こえてしまうのだ。
「俺ばっか頑張っちゃってる感じ? 反応もイマイチ薄いっつーか」
それにすかさず反応したのは男子生徒Bだった。
「お前の彼女ってアレだろ? 2組のさ……すげぇ清純そうな。贅沢言うなって」
「俺も最初はそのウブな感じがすげぇ燃えたのよ。でも何回もやってるとさ~……」
飽きるんだよなぁ、と続いた台詞に、どうしてか花京院は胸をナイフでザックリとやられたような気分になった。重ねたノートと教科書の端を揃える手を止めて、思わず聞き入ってしまう。
Aの彼女とやらが2組のどちらさんかは知らないが、彼は彼女が性行為に対して積極的でないこと、反応が薄く、手ごたえを感じないことについて、不満を垂れ流しているのだ。
(……なるほど)
正直、花京院にはその清純派彼女の気持ちが分かるような気がしてしまう。もちろん勝手に感情移入しているに過ぎないのだが、自分と重ね合わせて考えてしまうには、十分な内容だった。本来ならば、男性側に共感するのが正解なのかもしれないが……。
「マジさー、なんか虚しいわけ。あれじゃ一人でマスかいてんのと変わりねえよ」
(な、なんてことを! 彼女に失礼だとは思わないのかッ!)
「AVとか見てっとさ、もっとこうアンアン言って腰振るじゃん? あーゆうの憧れるんだよなあ」
(バカか! AVとリアルを一緒にするんじゃあないッ!!)
「ただじっと我慢してますって顔で寝転がってるだけじゃあ……やっぱ萎えるわ」
(それは……なんというかその……別に、我慢してるってわけじゃあ……)
「イイんだか悪いんだかもさっぱり分かんねえし」
(そ、そんなの……)
イイに、決まっている。
花京院は俯いて、小さく下唇を噛み締めた。別にこれが男性の総意とは思わない。だけど。
(承太郎も、彼と同じことを思っているのかな)
彼が吐きだす愚痴は、今の花京院にとってあまりにもタイムリーすぎるものだった。
なぜなら、現在絶賛交際中である空条承太郎との性行為において、花京院はまさに『マグロ』状態だったからだ。どうしても彼女側に立って聞き入ってしまうのは、花京院が抱かれる側のポジションにいるせいだった。
(我慢してるわけじゃあないし、よくないわけでもないんだ)
むしろ、その逆だ。
承太郎は驚くほど優しく、丁寧に時間をかけて花京院を抱く。乱暴に、荒々しく抱かれるものとばかり思っていたから、初めの頃は拍子抜けすらしたくらいだ。承太郎に触れられると、その場所に火がついたみたいに熱くなって、どろどろのゼリーのように身体が蕩けてしまう。頭の中が沸騰したみたいになってしまうのだ。
けれどそれに比例して、見も世もなく喘ぎ乱れることに、どうしても抵抗が拭えなかった。どんな反応をすれば正解なのかも分からないし、どう動けばいいかも分からない。ただ声を噛み殺し、小動物のように震えながら承太郎にしがみつくだけで、心も身体も精いっぱいだった。
だからきっと、その彼女も同じなのだと思った。初めて好きな相手と結ばれて、求められることは嬉しくても、どう返したらいいか分からない。羞恥心だってあるし、まだ剥け切れないでいるだけなのではないかと。あるいはこの男子Aが、単に自分本位のセックスをしているかのどちらかだ。
「あー、もっと積極的に動いてくれるような、エロい女とヤリてぇー!」
……これは確実に後者だ。
花京院は悟られぬよう、そっと静かに溜息を漏らした。別れるのは時間の問題だろうなと、下世話なことをチラリと思う。むしろその方が彼女ためだと。
「オレの彼女はそのへんスゲェけどな~」
そのときだ。ずっとAの愚痴を聞いていただけだった男子生徒Cが、おもむろに口を開いた。
「ナニ!? おい、スゲェってナニが!?」
Bがすかさず食いついた。おそらくこいつは童貞だ。(人のことは言えないが)
「お前の彼女って、確かOLだよな!? 年上のエロい女とか……どんなだよ!!」
もちろんAも興奮気味に食いつく。その勢いで、なんとなく花京院まで息を殺して聞き耳を立ててしまう。別にOLに興味があるわけではない。ただ、大人の女性がいかにして男を満足させているのか、それが気になって仕方がなかったのだ。もしかしたら、参考にできることがあるかもしれないと。
「スゲェよマジ。こないだなんかさー」
男子生徒Cが自慢げに語るプレイ内容に、花京院は密かに顔を赤らめながら聞き入って、脳内メモ帳にそれらの情報を刻み込むことに必死になった。
*
男子生徒Cが語った内容から花京院が学んだことは『使えるものはなんでも使う』というものだった。
恥じらいとは対極にあるそのプレイスタイルに、花京院は衝撃と感銘を受けた。同時に、男ってどうしようもない生き物だな……と、そんなことをチラリと思ってしまったのは内緒だ。
正直、自分に同じ真似ができるかどうかの自信はない。けれど受け身でいるばかりの殻を破るためには、試してみる価値があると思った。なにより承太郎が喜んでくれるかもしれないと考えると、俄然やる気も沸いてくる。
ただ問題は、素面で『それ』ができるかどうかだった。
「やあ承太郎、お邪魔します」
週末、学校からいちど自宅へ戻った花京院は、簡単な着替えなどを革製のショルダーバッグに詰めて、その足で制服のまま空条邸へ足を運んだ。
「よう、早かったな」
承太郎は自室で帽子と学ランだけを脱いだ格好で、夕方の相撲中継を見ているところだった。障子を開けて顔を出した花京院に、胡坐をかいたままの体勢でくるりと身体を向けてくる。そして花京院が持っているバッグを見て、なぜかムッとした顔を見せた。
「用があるからいったん家に戻る、なんて言うから何かと思えば……まさかそれ、着替えじゃあねえだろうな?」
「ええ、まあ」
「わざわざ持ってこなくたって貸すぜ。いつもみてーによ」
花京院は苦笑しながら承太郎と向き合うように正座をすると、ショルダーバッグを膝の上に置いた。
「ついでですよ。ついで。いつもお借りしてばかりなのも悪いしね」
どうしてか承太郎はいつも花京院が泊りにくるとき、着替えは持ってこなくていいと言うのだ。花京院がどんなに遠慮しても、頑なにそれを命じてくる。最初はまるで意味がわからなかったが、最近ようやく分かってきた。承太郎は、やたらと花京院に自分の衣服を着せたがる。ジャージだったり、シンプルなパーカーとジーンズだったり、まるでサイズが合わない服を着て、その中で花京院が身体を泳がせる光景を見るのが好きなのだ。余った袖や裾とか、ズレた肩の位置とか、押さえていないとずり下がってしまうウエストの余り具合なんかを見ては、満足そうに顎を摩っている。
当の花京院としては、動きにくいうえに裾を引きずって生地を傷めてしまわないかと、気が気じゃない。ツボというものは人それぞれ異なるものとはいえ、正直なにがいいのかイマイチ分からないのだった。
承太郎は唇をちょん、と尖らせて、花京院の膝の上にあるバッグを不満そうに見つめてくる。その少し子供っぽい表情が可愛くて、胸がきゅっと締め付けられた。実のところ、これが見たくて着替えを持参したと言っても、過言ではないかもしれない。花京院に承太郎のツボが分からないように、きっと彼にもこのトキメキは分からないだろう。
「まあまあ、そんな顔しないでくださいよ。今日はちょっといいものを持ってきましたよ」
花京院はそう言って、鞄の中から白いビニール袋を取り出した。承太郎が覗き込んでくるので、取り出した中身を畳の上に並べて見せた。それは数本の缶ビールだった。
「ビール? なんでまた」
「たまにはいいだろ? いかにも不良っぽくて」
「用ってのはまさかこれのことか? 珍しいな、てめーが酒なんてよ」
いつも空条邸に泊まるときは、学校帰りにそのままふたりで帰って来るのが常だった。しかし今日はこれを持ち出すために、いったん家に帰ったのだ。制服姿では買えないものだし、学校に持ち込んで万が一見つかれば、面倒なことになる。だから父が買い置きしておいたのであろうビールを、母の目を盗んで持ってきてしまった。帰ったら叱られるだろうなぁなんて思いつつ、今の花京院にはどうしても必要なものだったのだ。
「まあ、ね。冷蔵庫に入ってたんだ。こういうの、ちょっと懐かしくないか?」
旅をしていた頃は、よく皆で酒盛りをしたものだ。いつ敵が襲ってくるか分からないし、自分や承太郎は未成年なのだからとたしなめても、悪乗りした大人組は容赦なくグラスに酒を注いできた。おれは酔えば酔うほど強くなるんだぜ、なんて調子のいいことを言ってはしゃぐポルナレフを思いだして、ついクスリと笑ってしまう。承太郎も思いだしたのか、小さく微笑み「そうだな」と言った。
(イケる……)
花京院は心の中でガッツポーズをした。承太郎の機嫌も直ったようだし、今夜はこれで勢いをつけることができそうだ。酒の力を借りれば、きっとなんでもできるような気がしていた。
*
夜も更けてきた頃に意味もなく乾杯をし、旅の思いで話をしながら一本目の缶を空にする頃には、すっかり心も身体もふわふわの状態になっていた。たかだか350mlの缶を飲みきった程度でこれだ。
ノリノリで持ち込んだわいいものの、花京院はあまり酒に強い方ではなかった。
(顔、熱い……)
さっきから頬が火照りっぱなしで、だんだん瞼の裏側まで熱くなってきた。それでもまだ足りないような気がして、テーブルの上にあるもう一本に手を伸ばす。が、冷たい缶に触れた手の甲に、承太郎の大きな手がかぶさった。
「無理すんな。目が据わってるぜ」
さらに「寝るか?」と訊ねられ、酔っているという実感がないままの花京院は、ゆらゆらと首を左右に振った。
「酔ってないれすよ。まら飲みまふ」
「呂律が回ってねえ」
承太郎はくつくつと肩を揺らしながら、緩く背を丸めて笑った。風呂上りの彼は黒いタンクトップにスウェットパンツ姿で胡坐をかいている。胸から腰にかけて、へこむように弧を描く男性的なラインがセクシーで、思わず喉を鳴らした。酔いとは違った意味で視界がじわりと潤むのを感じる。押し黙ってしまった花京院に、空気の流れが変化したことを察した承太郎は、微かに目を細めながらパジャマ姿でいる花京院の肩を抱いて、引き寄せてきた。心臓が、大きく弾む。
「ッ、じょ」
「首筋まで、真っ赤になってる」
「……うん」
唇が重なると、眩暈がした。あまりにもドキドキしすぎて、自分の心音が直に耳元に押し付けられているように近く聞こえる。口内に潜り込んできた舌は一瞬だけヒヤリとした感覚をもたらして、すぐに火がついたように熱くなった。
「ん、ぅ」
その肩や背にしがみつきながら、キスに応える。大きくて厚みのある舌に内側から歯列をなぞられると、ビクンと大きく身体が震えた。緊張から、熱が上へ上へとのぼっていく。あっという間に頭が沸騰したようになり、顔が燃えているようだった。ただ普段と違うのは、アルコールに侵された身体から力が抜けきっていることだった。いつもはつい強張って、硬直が解けるのに時間を要する。それが今は、まるで軟体動物にでもなった気分だ。
「は、ッ」
銀色の糸を引きながら唇が離れると、熱く湿った吐息が漏れる。ふわりとした浮遊感を覚えたと思ったら、承太郎によって床に組み敷かれていた。すぐ傍にホリィが敷いてくれた布団が二組並んでいるのに、たった数歩の距離すら惜しむかのように、首筋に承太郎の唇が押し付けられる。
「ッ……!」
声は、出なかった。口を「あ」の形に開いただけで、喉に引っかかって音にならない。いつだってそうだ。もっと色っぽい声のひとつでも出せたなら、承太郎だってきっと喜んでくれるのに。そのくせ身体だけはいやに敏感なものだから、ふいに脇腹をつつかれたみたいにビクビクと反応してしまう。気を抜くとただ滑稽なだけの呻きがあがりそうで、結局は下唇を噛み締めてしまうのだった。
薄い皮膚の上を、舌と唇が這って鎖骨へと移動していく。承太郎の肩にしがみつくだけでいっぱいいっぱいになっている間に、気づいたらパジャマのボタンはすっかり外されていた。そんなことにも気がつけないくらい、いつだって余裕がないのはこちらばかりなのだ。花京院とこういう仲になるまで、彼は童貞だったというが、正直ちょっと疑わしい。時間をかけて優しく抱くなんてやり方が、行為に慣れない人間にできるものだろうか。そこにはいつも余裕しか感じられなかった。だからこそ何も知らない自分が恥ずかしくて、焦りばかりが膨らんでしまう。
唇と舌による愛撫に加えて、胸に熱を持った掌が触れる。盛り上がった肉をひと房、きゅうっと押し上げるように揉まれたところで、ハッとした。
(この流れでは、結局いつもと一緒じゃあないか!)
このままただ身を委ねているだけでは、わざわざ酒を持ち込んだ意味がない。受け身でいるばかりの自分から脱却すると決めて、ここまできたというのに。最大の目的を思いだした花京院は、慌てて承太郎の胸に触れると、緩く押し返した。
「ん、どした」
「ぁ、の……じょうたろう……」
顔をあげ、視線で問いかけてくるその肩を押し、喉が張りつきそうになるほどの緊張を覚えながら半身を起こす。
「そこに寝てください。仰向けになって」
「なんだよ」
「い、いいから」
普段、行為において自ら動くことができない花京院の要望に、承太郎は僅かな戸惑いを覗かせた。しかし覆いかぶさっていた姿勢から身を起こし、畳のうえに腰を落ち着けて見せる。花京院は膝立ちになり「そのまま身体を倒して」と言いながら、承太郎の胸を軽く押した。彼は長い睫毛に覆われた瞳を不思議そうに瞬かせながらも、上半身をゆっくりと倒し、立てた前腕で身体を支えた。
花京院は緩く立てて開かれた足の間の、ギリギリの位置で正座をした。承太郎の足の付け根の裏側、臀部の下あたりに自分の太腿を差し込むように滑り込ませる。いつもとは逆にも思える構図に、承太郎は一体なにをするつもりなのかと、顔を顰めて見せた。
(これで、いいはず……)
休み時間に聞いた、男子生徒CとOLの話を思いだす。頭の中に刻み込んだ内容をなぞりながら、花京院は手の届く範囲に置かれていたショルダーバッグに手を伸ばした。中を探り、白いボトルを一本、取り出した。
「それは?」
「ベビーローションです。たまに保湿に使っているものを持ってきました」
花京院は顔を真っ赤にしながら、羞恥を押し隠すように淡々と答えた。承太郎が、片眉をひょいと持ち上げて見せる。痛いほどの視線を感じつつ、蓋を開けて中身を少量、指の腹に垂らす。適度に粘り気のあるそれを、自分の胸の中央に塗りつけた。どうしてか、承太郎がごくりと喉を鳴らす音が聞こえた気がした。
ボトルを床に置いて、承太郎の股間を見下ろす。キスをしただけで緩くテントを張ったようになっているそこに、じわりと愛おしさが込み上げた。意を決したように喉を鳴らし、ウエストに手をかけて下着ごと下にずらすと、血管の浮き上がった太い楔が顔をだす。なんど見ても息を飲むほどの大きさと迫力に、思いだしたように身体が熱くなった。
(ああ、これは……分かる気がしてきた)
使えるものはなんでも使う。これを喜ばせるためなら、なんだってできるような気がしてきた。まずは両手を這わせ、包み込むようにしながら緩やかになぞってみる。
承太郎は注意深く一連の動きを観察しているようだった。拒まないところを見ると、まずは好きにさせるつもりでいることが知れる。彼がゆっくりと長い息を漏らすと、それに合わせて割れた腹筋が上下した。たまらない光景だと思った。
(確か、これをこのまま胸に……)
竿を手にしたまま、花京院は前のめりに身体を倒していった。これほど密着した体勢だと、脈打つそれがちょうどいい塩梅に胸の中央に当たる。外側から挟むように、胸をそれぞれ掌で押した。
「おい、てめーなにを」
流石の承太郎も、その行動に目を見開いて声を発した。語尾が微かに上擦って聞こえる。
「ん、やっぱり……大きすぎて、ちゃんと挟めない……」
「か、花京院」
ローションの滑りも手伝い、すぐに逃げそうになるのをどうにか胸で挟み込んで圧迫する。そして、上半身をぎこちなく前後に揺らして扱くように刺激した。承太郎はあんぐりと口を開いた珍しい表情で、そんな花京院を瞬きもせずに見つめている。
パイズリ、というそうだ。花京院もあのとき初めて耳にした。女性が胸を使って男性器に刺激を与え、奉仕するプレイ。これを男子生徒CはOLのお姉さんにされているというわけだ。なんて破廉恥な……と少し引いてしまったが、Cの自慢話に他男子生徒たちはしきりに「羨ましい」と連呼しては、悶絶していた。花京院にはその感覚がまるで想像できなかったけれど、男性としては相当いい、ということなのだと思う。
「じょ、たろ、これ……よくないか?」
「ッ!」
「気持ち、よくないかい?」
は、は、と息を荒げ、懸命に奉仕しながら承太郎の顔を見た。逞しい肉棒が寄せられた胸筋と擦れて熱い。どうしてか、自分が性的な刺激を受けているわけでもないのに、身体がより熱く火照っていくのを感じる。承太郎は歯を食いしばり、どこか苛立ったような表情で歯を食いしばっていた。胸の谷間がいっそう滑りよくなっていく。見れば赤黒い性器の先端の窪みから、玉のような先走りが浮き上がっては零れ落ちるのが見て取れた。彼がここまで先走りを漏らすのは初めてかもしれない。花京院は喜びに打ち震え、興奮が高まっていくのを感じた。パジャマの薄い布越しに、自身が張り詰めて膨らんでいるのが分かる。
「ッ、てめー、エロすぎ、だ」
承太郎は悔しそうにも聞こえる声音で言いながら、片手で顔半分を覆うようにして前髪をくしゃりと乱す。珍しく、耳まで赤くなっていた。初めて見るその反応に、今までなんて勿体ないことをしてきたのだろうと、口惜しく感じる。
承太郎のものがよりいっそう硬く膨らんだような気がした。胸の谷間から、ぐちゅぐちゅといやらしい水音があがる。このまま続けたら、イッてくれるだろうか。もっともっと気持ちよくなってくれるだろうか。自分の身体が彼を悦ばせていると思うだけで、いっそ泣きたいくらい嬉しくて、胸が満たされていく。花京院は谷間で育っていく男茎をうっとりと見下ろし、首を倒すと濡れた先端に口づけた。
「ッ! お、い、ッ、もう、やめときな。癖になっちまう、ぜ」
「ん、ん……ッ、いい、ですよ。いつだって、しますから」
「く、そ……ッ」
何度も先端にキスをして、口の中に浅く迎え入れる。性器に口づけるなんてことも、初めてだった。こんなことまで平気でできてしまう自分に驚く。鼻から抜ける雄の香りに、眩暈がした。これがいつも自分のなかに入っている。信じられないけれど、だからふたりはひとつになれる。もっともっと、悦くなってほしい。
「マジで、出ちまう、ッ」
承太郎の声が、いよいよ切羽詰まったものになる。食いしばった歯の隙間から低く呻き、額に大粒の汗を滲ませていた。
「イッて、承太郎……、ぼくの胸で、このままイッてください……!」
「ッ、ぅ……ぐ……ッ!!」
承太郎の腰が跳ねる。唇を押し当てていた先端から、勢いよく白濁が飛び出した。どくどくと流れ込んでくるそれが口の端からも飛び散り、頬を濡らす。さらに顎を伝い落ち、胸にも大量に散らばった。味覚が麻痺しているのか、青臭いような不思議な匂いを放つそれが、蜜のように甘く感じる。
花京院は白濁を飲み下しながら、挟み込んだそれをさらに谷間で圧迫して扱き続けた。ローションと混ざり、よりいっそうぬるぬるとした滑りが増す。
「~~~ッ! て、めッ、もうやめろ!」
「ッ!」
夢中で身体を揺らしながらむしゃぶりついていた花京院の前髪が、少々乱暴に掴まれて引き剥がされた。ハッとする花京院に、荒々しく呼吸を繰り返す承太郎が身を起こし、睨み付けてくる。
「じょ、承太郎……?」
「てめー、花京院……こりゃあ一体なんのつもりだ……」
潤んだ瞳にも、声にも、怒気が含まれている。前髪から離れていく手を茫然と見つめながら、花京院は途端に血の気が引いていくのを感じた。
「よく……ありませんでしたか……?」
必死で奉仕したつもりだったし、承太郎も悦んでくれているとばかり思っていた。けれどその結果とはまるで裏腹な表情に、何がいけなかったのだろうという不安に駆られる。
「承太郎、ぼく……間違えましたか……?」
「……ッ」
承太郎はなにか言いかけた口を閉ざし、ひどく苛立った様子で舌打ちをした。それが何よりの答えである気がして、花京院は俯くと身を震わせる。やりすぎたのかもしれない。こんなはしたない真似をして、どう思われるかまで思考が回っていなかった。そもそもこれは胸の大きな女性がするからいいのであって、男の自分がやったって、滑稽なだけだったのではないか。自分ばかりが盛り上がって、承太郎の意思などなにひとつお構いなしだったのではないか。途端に熱が冷めて、情けなさが涙と一緒に込み上げた。
「ごめん、承太郎」
壊れてしまった涙腺から、ほろほろと涙が零れる。穴があったら入りたかった。
「そうですよね、こんなこと、ぼくがしたって嬉しくもなんともないですよね」
「お、おい、泣くな」
「でも、ならどうすれば君は喜んでくれるんです……ぼくなんかいっつもマグロで、どんな反応をしたらいいかも分からないし、すぐにイってしまうし、こんなんじゃあ君を満足させることなんて、できないんじゃあないかって」
めそめそと泣きながら零す花京院に、承太郎は頭を掻きながら溜息をついた。ああ、やっぱり呆れているんだと思うと、さらに悲しくなってくる。
(……承太郎に、飽きられたくない)
酒の力を借りなければ大胆な行動に出られないばかりか、本音を吐露することすらできない。
男子生徒Aは言った。控えめで反応が薄い今の彼女より、もっと積極的でエロい女とやりたいと。もし承太郎が彼と同じ思いでいたらと考えると、不安でどうしようもなかった。ただでさえ花京院には、男を惹きつけるような武器がないのだ。たわわに実った柔らかな胸もなければ、可愛らしい声を出すこともできない。なにを求められているかも分からないのに、一体どうすれば承太郎を繋ぎ止めておけるのだろう。
(なんにもない。ぼくには、なんにもないじゃあないか)
俯いたまま涙を流し続ける花京院の前髪に、承太郎が手を伸ばす。くしゃりと乱す手つきは優しいものだった。けれど追い詰められた状態でいる花京院には、それがたんなる慰めのようにしか感じられなかった。顔を背けることによって、その手を遠ざける。
「よしてください……いいんです。わかってますから」
「なんもわかっちゃいねえ」
「わかってます。ぼくじゃあ君をよくしてあげられないんです。そんな技量も身体も、持ち合わせてなんかいないんだ」
「よくねえなんて言ってねえだろ。現に、イッちまったろうが。あっけなくよ」
「でも、でも……怒ってるじゃあないか……」
「当たり前だッ!!」
承太郎がとつぜん声を荒げるので、花京院は思わずビクンと肩を揺らしながら顔をあげた。彼は見たこともないくらい顔中を真っ赤にして、唇を震わせている。激しく激高しているというよりは、その表情はまるで宝物を取り上げられて癇癪を起こす寸前の、子供のように感じられた。
「じょ、じょうたろう?」
「てめーはなんも分かっちゃいねえぜ。ただでさえエロい身体してんのに、急にとんでもねえ技仕掛けてきやがって!」
「……へ?」
「おい、一体どこで覚えてきた? まさか誰かに仕込まれたんじゃあねえだろうな? どこのどいつか、今すぐ言いな。問答無用でぶちのめしてやる!」
ガン、という大きな音がした。承太郎が拳を畳に叩きつける音だった。花京院はただぽかんと口を開けて、それを見つめることしかできなかった。承太郎の、視線だけで人を殺せそうなほど鋭い眼光が、花京院の肌を貫く。早く言え、という無言の圧力を感じて、慌てて両手を大きく振った。
「し、仕込まれたわけでは……ぼくが勝手に聞いてしまったんだ。その、クラスメイトの猥談を」
「だからそいつらの名前を言えと言っているんだぜ」
「やめてください死んでしまいます!!」
JOJOの名を聞くだけでチビってしまうような人間がほとんどなのに、なんの心当たりもないままに制裁を加えられるなんて、あまりにも可哀想だ。承太郎は怒りが収まらないようで、頭から湯気をだしそうなほど顔を赤らめたままだった。旅をしていた頃だって、ここまで激しく感情を表にだす彼を見たことがない。
(承太郎……よくなかったわけじゃあ、なかったんだ)
いつもは大人しい花京院が、急に突飛な行動に出たことに、驚いているのだ。考えてもみれば確かにそうだ。マグロが突然トビウオにでもなって飛び跳ねだしたら、誰だってビックリして混乱してしまうに違いない。余裕など、どこにもないじゃあないか。そう思うとホッとして、肩から力が抜けた。
「承太郎、落ち着いて。驚かせてしまってすまなかった」
「……全くだ」
「だけど嬉しかった。ぼくの胸で、承太郎がちゃんと気持ちよくなってくれて」
まだ目尻に残っていた涙を人差し指で拭いながら笑っていうと、とつぜん承太郎の両腕が伸びて来て、乱暴に胸に引き寄せられた。ずっと正座をしていた足が崩れて、横座りの状態になる。
花京院をきつく抱きしめながら、承太郎は細く長い息をゆっくりと吐きだした。
「おれはよ」
「……うん」
「てめーが思うよりずっと、溺れちまってるんだぜ」
「おぼれている?」
承太郎は花京院の頭部に顎を乗せながら、おう、と少し照れ臭そうに返事をした。
「てめーの身体に溺れてる」
顔を赤らめながら息をのむ花京院の胸を片方、承太郎の手がきゅっと掴み上げた。そこはローションと体液で未だに濡れそぼっている。
「すげえエロかった。死んじまうかと思ったぜ」
「ほん、とに?」
「嘘でこんなにおっ起つかよ」
「うわ……」
花京院の腰骨の辺りに、硬いものが当たっている。さっき達したばかりの性器が、反り返って腹につくほど元気なままだった。その様子に、花京院は無意識のうちに喉を鳴らしてしまった。
「胸も、腰も、ケツも。この身体ぜんぶがおれのものだと思うだけで……堪らねえ」
承太郎は花京院のこめかみに軽くキスをしながら、触れていた胸を揉みしだいた。ゾクゾクとした感覚が腰から這い上がってきて、花京院は思わず「あぁ」という甘く上擦った声をあげてしまった。
「ッ!?」
ハッとして、両手で唇を塞いだ。なんて声。あまりにも自然に漏れてしまったそれが、まるで自分のものではないようだった。羞恥に全身が赤くなる。おずおずと、涙目になって承太郎を見上げた。彼は欲情に膜の張った瞳を細めて、熱い息を漏らした。
「いいな、それ。かなりキタ」
「そ、そう……ですか」
「いっつもただ歯ぁ食いしばってんだろ。我慢させてんのかと思ってた」
「なッ、そんなわけ……!」
(承太郎も……不安だったってことなのか……?)
初めて聞いた彼の本音に、胸を突かれた。
もっと聞かせてくれと、低い声で甘く囁いた承太郎に、再び組み敷かれる。
「じょ、じょうたろう……ッ」
「悪い。今日は優しくできねえ、かも」
パジャマの下と、下着を同時に下ろされる。剥ぎ取るような性急さに、承太郎の余裕のなさを感じた。求められているのだという実感が、身体の奥から突きあげてくる。
承太郎は花京院の両足を大きく開かせながら、同時にスタンドを発現させると「借りるぜ」と言って、置いてあったローションの容器をスタープラチナの手に取らせた。乱暴に、奪い取るような動作でそれを受け取って、蓋を開けると指に塗りたくる。代わりに花京院の両足を開かせ、太腿と腹が密着するほど身体を折りたたむ役を、スタープラチナが担った。ちょうど後頭部をスタープラチナの股間部分に預けるような形だ。まるで複数で事に及んでいるかのようで、花京院は戸惑いと激しい羞恥に声を荒げる。
「す、スタンドまで使ってやることか!」
すっかり腰が浮き上がり、恥部が持ち上げられた状態になりながら抗議をしても、承太郎は聞く耳を持たない。浮き上がった花京院の尻タブを片手でぐいと割り開き、濡れそぼった指を秘穴にぬるりと挿しこんでくる。
「ヒッ、ぃ……ッ!」
引き攣ったような悲鳴が漏れる。さほど痛みはなかったが、あまりにもすんなりと指を一本受け入れてしまったことに、少なからずショックを受けた。いつもはもっと時間をかけて、じわじわと開かれていく身体が、そのまま二本三本と節くれだった太い指を飲み込む。取らされている体勢も相まって、圧迫感が凄まじかった。出し入れをされたり、中を強引に押し広げられると、そこから疼くような熱い感覚が込み上げる。
優しくできないという承太郎の言葉は本当で、けれど不思議なことに、恐怖も不安も微塵もなかった。むしろ荒々しく事を進めようとする姿に、いっそ安堵すら覚える。本当はいつだって余裕がなかったのは、承太郎も同じだったのだということを、このときになってようやく知ることができたような気がした。
すると、花京院のなかでずっと楔のように張り詰めていた羞恥心が消え去っていった。なにを戸惑っていたのだろうかと、疑問にさえ思う。こんなにも深く、激しく求めてくれる相手に、自分も同じように求めているのだということを曝け出して、なにがいけないのだろう。互いが恥ずかしい場所を見せ合って及ぶ行為に、ブレーキなどかける必要がどこにあったのだろうかと。
「じょうたろう……」
花京院は両手をそれぞれ、自分の浮き上がった臀部へ這わせた。自ら谷間を割り開く。
「もういいから……はやく、ほしい」
指だけではとっくに足りなくなっていた。淫らに浮いた腰を揺らす花京院の痴態に、承太郎は歯を食いしばりながら指を引き抜く。自身を赤く充血したようになっている濡れた穴に押し付けると、同時にスタープラチナが姿を消した。代わりに承太郎が花京院の膝裏に手を差し込み、体重をかけながら一気に貫いてくる。
「ひうぅッあ、ああぁ……ッ!」
自分の口から、まるで獣のような悲鳴があがった。今までよくこの衝撃に、声を殺すことができたものだと、自分自身に感心する。承太郎の男茎がずぶずぶと肉壁を擦り上げながら突き進んで、やがて一定のラインを越えたとき、花京院は目を見開いて戦慄いた。
「待って、待って! うそだ、待って、まだ、奥に……ッ!!」
入ってくる。いつもよりずっと深くまで。花京院が最奥と思いこんでいた場所が、熱い肉の塊によって突き破られる。
「悪い、もう、我慢できねえ」
「ッ――!!」
ズン、と、腹の奥に打ち込まれた。薄い下腹が僅かに盛りあがっている。この身体には、まだ承太郎のものになっていない場所があったのか。花京院が殻を破ったのと同じくして、彼もまたずっとセーブしていたものを解き放った。今まで我慢していたのは、むしと承太郎の方だったのだ。
(うそだ、こんなの……こんなの、知らない……ッ)
頭のなかで、何かが音を立てて切れてしまったような気がした。まるでそのタイミングを見計らったかのように、承太郎が一気に腰を引いた。内臓ごと引き抜かれるような感覚に、皮膚が痛いほど粟立ったかと思ったら、息が止まるほどの強さでまた貫かれる。
「ひぎッ、ぃ、いぃ、イッ! あ゛ッ、ぁぐ、ぅッ!!」
その一突き一突きに、瞼の裏側が真っ白に爆ぜた。花京院の唇は大きく開かれたまま、端から唾液を漏らし、ガクガクと揺さぶられるたびに、虚ろになった眼球まで引っくり返ってしまう。こんなの、耐えられるはずがない。
「花京院、花京院……ッ」
何度も何度も、腰を打ち付けながら承太郎が花京院の名前を呼ぶ。皮膚と皮膚がぶつかり合う音に、重々しい水音も混じった。ぐぽ、ぐぽ、という下品な音と、承太郎の荒い呼吸、そして自分のはしたない嬌声に、耳の穴まで犯されているような気がしてくる。それがまた、快感を煽ってやまない。
「うあぁッ、あ゛ぁ、もッ、こわれ、る! おしり、ごわれちゃッ、ヒィッ、いッ――!!」
びゅう、という音を立てて、花京院は勢いよく射精した。胸や顔に自分の精液が飛び散る。しかし承太郎は動きを止めなかった。むしろよりペースを速め、自身の快楽を追い求めた。
「待っで、待っ、イッ、イッてる! じょうたろ、ぼく、イッてるがらぁ……ッ!!」
「わりぃ……ッ、腰、とまん、ね……ッ」
承太郎が花京院を強く抱きしめる。後頭部に掌を押し付け、抑え込むような抱き方で逃げ場を塞ぐ。振り落とされたら、そのままどこまでも落ちて死んでしまうような気がして、花京院も必死でその背に爪を立てながら、掻き抱いた。
まるで無限ループのようだと思った。終わりがない。絶頂を迎えたまま、どこにも着地する場所が見当たらなかった。何度も意識を手放しかける。耳朶に押し付けられた唇が、熱い吐息と一緒に低く掠れた声で言葉を紡いだ。
抱き潰して壊してしまうのが、怖かったのだ、と――。
*
初めて好きになった相手と、セックスをする、ということ。
それは自分だけではなく、承太郎も同じだったのだということに、花京院は気がついた
(承太郎も、どうすればいいのか分からなかったんだな)
抱き合ったままひとつの布団に収まりながら、花京院はぼんやりとした瞳で、間近にある承太郎の寝顔を見つめる。いつの間に完全に意識を失っていたのか、目覚めるとこうしてふたりで寝床に身を横たえていた。
障子の向こうは、朝方の青い光がさしていた。いったい何時間、行為に没頭していたのだろう。今更のように、喉がヒリヒリと痛んでいることに気がつく。ホリィの部屋はここからだいぶ離れた位置にあるものの、一切のブレーキをかけられなかったことは、かなり気になる。けれど、未だかつて感じたことがないほど、心も身体も満たされていた。お互いがなりふり構わず愛し合ったのだと思うと、胸に熱い感情が込み上げる。
承太郎はいつだって、まるで羽根でなぞるような優しさで花京院に触れていた。壊れ物でも扱うみたいに、決して無理強いをすることもなく、ゆっくりと時間をかけて。花京院はそれを、余裕があるからなのだと勘違いしていたのだ。だから自分ばかりが翻弄されているような気になっていた。
(……やってみてよかった)
男子生徒Cの自慢話と、その彼女であるOLのお姉さんに感謝した。あの話を聞かなかったら、自分たちは今でもまだ不器用なまま、殻を破れずにいたに違いない。
「大好きですよ、承太郎」
これからもっと、色んなことを試してみよう。もっともっと素直になって、自分を曝け出そうと思った。
「ぼく、がんばりますから。君をもっと夢中にさせられるように」
決意を唇に乗せて、眠っている承太郎の鼻先に軽くキスをした。指一本動かすことすら億劫なほど身体は疲れ切っていて、押し寄せてきた睡魔の波に、意識がさらわれる。
花京院がすっかり安心しきった寝息をたてはじめると、堪え切れずにふっと笑った承太郎は、その桃色がかった髪の毛を愛おしそうに、いつまでも優しく撫で続けたのだった。
←戻る ・ Wavebox👏
休み時間の教室でのこと。
次の授業の準備をしていた花京院の耳に、不満そうな男子生徒Aの声が飛び込んできた。
彼を含めた男子生徒数人は、ちょうど花京院の真後ろの席で塊を作って雑談している。そのため、嫌でも話の内容が聞こえてしまうのだ。
「俺ばっか頑張っちゃってる感じ? 反応もイマイチ薄いっつーか」
それにすかさず反応したのは男子生徒Bだった。
「お前の彼女ってアレだろ? 2組のさ……すげぇ清純そうな。贅沢言うなって」
「俺も最初はそのウブな感じがすげぇ燃えたのよ。でも何回もやってるとさ~……」
飽きるんだよなぁ、と続いた台詞に、どうしてか花京院は胸をナイフでザックリとやられたような気分になった。重ねたノートと教科書の端を揃える手を止めて、思わず聞き入ってしまう。
Aの彼女とやらが2組のどちらさんかは知らないが、彼は彼女が性行為に対して積極的でないこと、反応が薄く、手ごたえを感じないことについて、不満を垂れ流しているのだ。
(……なるほど)
正直、花京院にはその清純派彼女の気持ちが分かるような気がしてしまう。もちろん勝手に感情移入しているに過ぎないのだが、自分と重ね合わせて考えてしまうには、十分な内容だった。本来ならば、男性側に共感するのが正解なのかもしれないが……。
「マジさー、なんか虚しいわけ。あれじゃ一人でマスかいてんのと変わりねえよ」
(な、なんてことを! 彼女に失礼だとは思わないのかッ!)
「AVとか見てっとさ、もっとこうアンアン言って腰振るじゃん? あーゆうの憧れるんだよなあ」
(バカか! AVとリアルを一緒にするんじゃあないッ!!)
「ただじっと我慢してますって顔で寝転がってるだけじゃあ……やっぱ萎えるわ」
(それは……なんというかその……別に、我慢してるってわけじゃあ……)
「イイんだか悪いんだかもさっぱり分かんねえし」
(そ、そんなの……)
イイに、決まっている。
花京院は俯いて、小さく下唇を噛み締めた。別にこれが男性の総意とは思わない。だけど。
(承太郎も、彼と同じことを思っているのかな)
彼が吐きだす愚痴は、今の花京院にとってあまりにもタイムリーすぎるものだった。
なぜなら、現在絶賛交際中である空条承太郎との性行為において、花京院はまさに『マグロ』状態だったからだ。どうしても彼女側に立って聞き入ってしまうのは、花京院が抱かれる側のポジションにいるせいだった。
(我慢してるわけじゃあないし、よくないわけでもないんだ)
むしろ、その逆だ。
承太郎は驚くほど優しく、丁寧に時間をかけて花京院を抱く。乱暴に、荒々しく抱かれるものとばかり思っていたから、初めの頃は拍子抜けすらしたくらいだ。承太郎に触れられると、その場所に火がついたみたいに熱くなって、どろどろのゼリーのように身体が蕩けてしまう。頭の中が沸騰したみたいになってしまうのだ。
けれどそれに比例して、見も世もなく喘ぎ乱れることに、どうしても抵抗が拭えなかった。どんな反応をすれば正解なのかも分からないし、どう動けばいいかも分からない。ただ声を噛み殺し、小動物のように震えながら承太郎にしがみつくだけで、心も身体も精いっぱいだった。
だからきっと、その彼女も同じなのだと思った。初めて好きな相手と結ばれて、求められることは嬉しくても、どう返したらいいか分からない。羞恥心だってあるし、まだ剥け切れないでいるだけなのではないかと。あるいはこの男子Aが、単に自分本位のセックスをしているかのどちらかだ。
「あー、もっと積極的に動いてくれるような、エロい女とヤリてぇー!」
……これは確実に後者だ。
花京院は悟られぬよう、そっと静かに溜息を漏らした。別れるのは時間の問題だろうなと、下世話なことをチラリと思う。むしろその方が彼女ためだと。
「オレの彼女はそのへんスゲェけどな~」
そのときだ。ずっとAの愚痴を聞いていただけだった男子生徒Cが、おもむろに口を開いた。
「ナニ!? おい、スゲェってナニが!?」
Bがすかさず食いついた。おそらくこいつは童貞だ。(人のことは言えないが)
「お前の彼女って、確かOLだよな!? 年上のエロい女とか……どんなだよ!!」
もちろんAも興奮気味に食いつく。その勢いで、なんとなく花京院まで息を殺して聞き耳を立ててしまう。別にOLに興味があるわけではない。ただ、大人の女性がいかにして男を満足させているのか、それが気になって仕方がなかったのだ。もしかしたら、参考にできることがあるかもしれないと。
「スゲェよマジ。こないだなんかさー」
男子生徒Cが自慢げに語るプレイ内容に、花京院は密かに顔を赤らめながら聞き入って、脳内メモ帳にそれらの情報を刻み込むことに必死になった。
*
男子生徒Cが語った内容から花京院が学んだことは『使えるものはなんでも使う』というものだった。
恥じらいとは対極にあるそのプレイスタイルに、花京院は衝撃と感銘を受けた。同時に、男ってどうしようもない生き物だな……と、そんなことをチラリと思ってしまったのは内緒だ。
正直、自分に同じ真似ができるかどうかの自信はない。けれど受け身でいるばかりの殻を破るためには、試してみる価値があると思った。なにより承太郎が喜んでくれるかもしれないと考えると、俄然やる気も沸いてくる。
ただ問題は、素面で『それ』ができるかどうかだった。
「やあ承太郎、お邪魔します」
週末、学校からいちど自宅へ戻った花京院は、簡単な着替えなどを革製のショルダーバッグに詰めて、その足で制服のまま空条邸へ足を運んだ。
「よう、早かったな」
承太郎は自室で帽子と学ランだけを脱いだ格好で、夕方の相撲中継を見ているところだった。障子を開けて顔を出した花京院に、胡坐をかいたままの体勢でくるりと身体を向けてくる。そして花京院が持っているバッグを見て、なぜかムッとした顔を見せた。
「用があるからいったん家に戻る、なんて言うから何かと思えば……まさかそれ、着替えじゃあねえだろうな?」
「ええ、まあ」
「わざわざ持ってこなくたって貸すぜ。いつもみてーによ」
花京院は苦笑しながら承太郎と向き合うように正座をすると、ショルダーバッグを膝の上に置いた。
「ついでですよ。ついで。いつもお借りしてばかりなのも悪いしね」
どうしてか承太郎はいつも花京院が泊りにくるとき、着替えは持ってこなくていいと言うのだ。花京院がどんなに遠慮しても、頑なにそれを命じてくる。最初はまるで意味がわからなかったが、最近ようやく分かってきた。承太郎は、やたらと花京院に自分の衣服を着せたがる。ジャージだったり、シンプルなパーカーとジーンズだったり、まるでサイズが合わない服を着て、その中で花京院が身体を泳がせる光景を見るのが好きなのだ。余った袖や裾とか、ズレた肩の位置とか、押さえていないとずり下がってしまうウエストの余り具合なんかを見ては、満足そうに顎を摩っている。
当の花京院としては、動きにくいうえに裾を引きずって生地を傷めてしまわないかと、気が気じゃない。ツボというものは人それぞれ異なるものとはいえ、正直なにがいいのかイマイチ分からないのだった。
承太郎は唇をちょん、と尖らせて、花京院の膝の上にあるバッグを不満そうに見つめてくる。その少し子供っぽい表情が可愛くて、胸がきゅっと締め付けられた。実のところ、これが見たくて着替えを持参したと言っても、過言ではないかもしれない。花京院に承太郎のツボが分からないように、きっと彼にもこのトキメキは分からないだろう。
「まあまあ、そんな顔しないでくださいよ。今日はちょっといいものを持ってきましたよ」
花京院はそう言って、鞄の中から白いビニール袋を取り出した。承太郎が覗き込んでくるので、取り出した中身を畳の上に並べて見せた。それは数本の缶ビールだった。
「ビール? なんでまた」
「たまにはいいだろ? いかにも不良っぽくて」
「用ってのはまさかこれのことか? 珍しいな、てめーが酒なんてよ」
いつも空条邸に泊まるときは、学校帰りにそのままふたりで帰って来るのが常だった。しかし今日はこれを持ち出すために、いったん家に帰ったのだ。制服姿では買えないものだし、学校に持ち込んで万が一見つかれば、面倒なことになる。だから父が買い置きしておいたのであろうビールを、母の目を盗んで持ってきてしまった。帰ったら叱られるだろうなぁなんて思いつつ、今の花京院にはどうしても必要なものだったのだ。
「まあ、ね。冷蔵庫に入ってたんだ。こういうの、ちょっと懐かしくないか?」
旅をしていた頃は、よく皆で酒盛りをしたものだ。いつ敵が襲ってくるか分からないし、自分や承太郎は未成年なのだからとたしなめても、悪乗りした大人組は容赦なくグラスに酒を注いできた。おれは酔えば酔うほど強くなるんだぜ、なんて調子のいいことを言ってはしゃぐポルナレフを思いだして、ついクスリと笑ってしまう。承太郎も思いだしたのか、小さく微笑み「そうだな」と言った。
(イケる……)
花京院は心の中でガッツポーズをした。承太郎の機嫌も直ったようだし、今夜はこれで勢いをつけることができそうだ。酒の力を借りれば、きっとなんでもできるような気がしていた。
*
夜も更けてきた頃に意味もなく乾杯をし、旅の思いで話をしながら一本目の缶を空にする頃には、すっかり心も身体もふわふわの状態になっていた。たかだか350mlの缶を飲みきった程度でこれだ。
ノリノリで持ち込んだわいいものの、花京院はあまり酒に強い方ではなかった。
(顔、熱い……)
さっきから頬が火照りっぱなしで、だんだん瞼の裏側まで熱くなってきた。それでもまだ足りないような気がして、テーブルの上にあるもう一本に手を伸ばす。が、冷たい缶に触れた手の甲に、承太郎の大きな手がかぶさった。
「無理すんな。目が据わってるぜ」
さらに「寝るか?」と訊ねられ、酔っているという実感がないままの花京院は、ゆらゆらと首を左右に振った。
「酔ってないれすよ。まら飲みまふ」
「呂律が回ってねえ」
承太郎はくつくつと肩を揺らしながら、緩く背を丸めて笑った。風呂上りの彼は黒いタンクトップにスウェットパンツ姿で胡坐をかいている。胸から腰にかけて、へこむように弧を描く男性的なラインがセクシーで、思わず喉を鳴らした。酔いとは違った意味で視界がじわりと潤むのを感じる。押し黙ってしまった花京院に、空気の流れが変化したことを察した承太郎は、微かに目を細めながらパジャマ姿でいる花京院の肩を抱いて、引き寄せてきた。心臓が、大きく弾む。
「ッ、じょ」
「首筋まで、真っ赤になってる」
「……うん」
唇が重なると、眩暈がした。あまりにもドキドキしすぎて、自分の心音が直に耳元に押し付けられているように近く聞こえる。口内に潜り込んできた舌は一瞬だけヒヤリとした感覚をもたらして、すぐに火がついたように熱くなった。
「ん、ぅ」
その肩や背にしがみつきながら、キスに応える。大きくて厚みのある舌に内側から歯列をなぞられると、ビクンと大きく身体が震えた。緊張から、熱が上へ上へとのぼっていく。あっという間に頭が沸騰したようになり、顔が燃えているようだった。ただ普段と違うのは、アルコールに侵された身体から力が抜けきっていることだった。いつもはつい強張って、硬直が解けるのに時間を要する。それが今は、まるで軟体動物にでもなった気分だ。
「は、ッ」
銀色の糸を引きながら唇が離れると、熱く湿った吐息が漏れる。ふわりとした浮遊感を覚えたと思ったら、承太郎によって床に組み敷かれていた。すぐ傍にホリィが敷いてくれた布団が二組並んでいるのに、たった数歩の距離すら惜しむかのように、首筋に承太郎の唇が押し付けられる。
「ッ……!」
声は、出なかった。口を「あ」の形に開いただけで、喉に引っかかって音にならない。いつだってそうだ。もっと色っぽい声のひとつでも出せたなら、承太郎だってきっと喜んでくれるのに。そのくせ身体だけはいやに敏感なものだから、ふいに脇腹をつつかれたみたいにビクビクと反応してしまう。気を抜くとただ滑稽なだけの呻きがあがりそうで、結局は下唇を噛み締めてしまうのだった。
薄い皮膚の上を、舌と唇が這って鎖骨へと移動していく。承太郎の肩にしがみつくだけでいっぱいいっぱいになっている間に、気づいたらパジャマのボタンはすっかり外されていた。そんなことにも気がつけないくらい、いつだって余裕がないのはこちらばかりなのだ。花京院とこういう仲になるまで、彼は童貞だったというが、正直ちょっと疑わしい。時間をかけて優しく抱くなんてやり方が、行為に慣れない人間にできるものだろうか。そこにはいつも余裕しか感じられなかった。だからこそ何も知らない自分が恥ずかしくて、焦りばかりが膨らんでしまう。
唇と舌による愛撫に加えて、胸に熱を持った掌が触れる。盛り上がった肉をひと房、きゅうっと押し上げるように揉まれたところで、ハッとした。
(この流れでは、結局いつもと一緒じゃあないか!)
このままただ身を委ねているだけでは、わざわざ酒を持ち込んだ意味がない。受け身でいるばかりの自分から脱却すると決めて、ここまできたというのに。最大の目的を思いだした花京院は、慌てて承太郎の胸に触れると、緩く押し返した。
「ん、どした」
「ぁ、の……じょうたろう……」
顔をあげ、視線で問いかけてくるその肩を押し、喉が張りつきそうになるほどの緊張を覚えながら半身を起こす。
「そこに寝てください。仰向けになって」
「なんだよ」
「い、いいから」
普段、行為において自ら動くことができない花京院の要望に、承太郎は僅かな戸惑いを覗かせた。しかし覆いかぶさっていた姿勢から身を起こし、畳のうえに腰を落ち着けて見せる。花京院は膝立ちになり「そのまま身体を倒して」と言いながら、承太郎の胸を軽く押した。彼は長い睫毛に覆われた瞳を不思議そうに瞬かせながらも、上半身をゆっくりと倒し、立てた前腕で身体を支えた。
花京院は緩く立てて開かれた足の間の、ギリギリの位置で正座をした。承太郎の足の付け根の裏側、臀部の下あたりに自分の太腿を差し込むように滑り込ませる。いつもとは逆にも思える構図に、承太郎は一体なにをするつもりなのかと、顔を顰めて見せた。
(これで、いいはず……)
休み時間に聞いた、男子生徒CとOLの話を思いだす。頭の中に刻み込んだ内容をなぞりながら、花京院は手の届く範囲に置かれていたショルダーバッグに手を伸ばした。中を探り、白いボトルを一本、取り出した。
「それは?」
「ベビーローションです。たまに保湿に使っているものを持ってきました」
花京院は顔を真っ赤にしながら、羞恥を押し隠すように淡々と答えた。承太郎が、片眉をひょいと持ち上げて見せる。痛いほどの視線を感じつつ、蓋を開けて中身を少量、指の腹に垂らす。適度に粘り気のあるそれを、自分の胸の中央に塗りつけた。どうしてか、承太郎がごくりと喉を鳴らす音が聞こえた気がした。
ボトルを床に置いて、承太郎の股間を見下ろす。キスをしただけで緩くテントを張ったようになっているそこに、じわりと愛おしさが込み上げた。意を決したように喉を鳴らし、ウエストに手をかけて下着ごと下にずらすと、血管の浮き上がった太い楔が顔をだす。なんど見ても息を飲むほどの大きさと迫力に、思いだしたように身体が熱くなった。
(ああ、これは……分かる気がしてきた)
使えるものはなんでも使う。これを喜ばせるためなら、なんだってできるような気がしてきた。まずは両手を這わせ、包み込むようにしながら緩やかになぞってみる。
承太郎は注意深く一連の動きを観察しているようだった。拒まないところを見ると、まずは好きにさせるつもりでいることが知れる。彼がゆっくりと長い息を漏らすと、それに合わせて割れた腹筋が上下した。たまらない光景だと思った。
(確か、これをこのまま胸に……)
竿を手にしたまま、花京院は前のめりに身体を倒していった。これほど密着した体勢だと、脈打つそれがちょうどいい塩梅に胸の中央に当たる。外側から挟むように、胸をそれぞれ掌で押した。
「おい、てめーなにを」
流石の承太郎も、その行動に目を見開いて声を発した。語尾が微かに上擦って聞こえる。
「ん、やっぱり……大きすぎて、ちゃんと挟めない……」
「か、花京院」
ローションの滑りも手伝い、すぐに逃げそうになるのをどうにか胸で挟み込んで圧迫する。そして、上半身をぎこちなく前後に揺らして扱くように刺激した。承太郎はあんぐりと口を開いた珍しい表情で、そんな花京院を瞬きもせずに見つめている。
パイズリ、というそうだ。花京院もあのとき初めて耳にした。女性が胸を使って男性器に刺激を与え、奉仕するプレイ。これを男子生徒CはOLのお姉さんにされているというわけだ。なんて破廉恥な……と少し引いてしまったが、Cの自慢話に他男子生徒たちはしきりに「羨ましい」と連呼しては、悶絶していた。花京院にはその感覚がまるで想像できなかったけれど、男性としては相当いい、ということなのだと思う。
「じょ、たろ、これ……よくないか?」
「ッ!」
「気持ち、よくないかい?」
は、は、と息を荒げ、懸命に奉仕しながら承太郎の顔を見た。逞しい肉棒が寄せられた胸筋と擦れて熱い。どうしてか、自分が性的な刺激を受けているわけでもないのに、身体がより熱く火照っていくのを感じる。承太郎は歯を食いしばり、どこか苛立ったような表情で歯を食いしばっていた。胸の谷間がいっそう滑りよくなっていく。見れば赤黒い性器の先端の窪みから、玉のような先走りが浮き上がっては零れ落ちるのが見て取れた。彼がここまで先走りを漏らすのは初めてかもしれない。花京院は喜びに打ち震え、興奮が高まっていくのを感じた。パジャマの薄い布越しに、自身が張り詰めて膨らんでいるのが分かる。
「ッ、てめー、エロすぎ、だ」
承太郎は悔しそうにも聞こえる声音で言いながら、片手で顔半分を覆うようにして前髪をくしゃりと乱す。珍しく、耳まで赤くなっていた。初めて見るその反応に、今までなんて勿体ないことをしてきたのだろうと、口惜しく感じる。
承太郎のものがよりいっそう硬く膨らんだような気がした。胸の谷間から、ぐちゅぐちゅといやらしい水音があがる。このまま続けたら、イッてくれるだろうか。もっともっと気持ちよくなってくれるだろうか。自分の身体が彼を悦ばせていると思うだけで、いっそ泣きたいくらい嬉しくて、胸が満たされていく。花京院は谷間で育っていく男茎をうっとりと見下ろし、首を倒すと濡れた先端に口づけた。
「ッ! お、い、ッ、もう、やめときな。癖になっちまう、ぜ」
「ん、ん……ッ、いい、ですよ。いつだって、しますから」
「く、そ……ッ」
何度も先端にキスをして、口の中に浅く迎え入れる。性器に口づけるなんてことも、初めてだった。こんなことまで平気でできてしまう自分に驚く。鼻から抜ける雄の香りに、眩暈がした。これがいつも自分のなかに入っている。信じられないけれど、だからふたりはひとつになれる。もっともっと、悦くなってほしい。
「マジで、出ちまう、ッ」
承太郎の声が、いよいよ切羽詰まったものになる。食いしばった歯の隙間から低く呻き、額に大粒の汗を滲ませていた。
「イッて、承太郎……、ぼくの胸で、このままイッてください……!」
「ッ、ぅ……ぐ……ッ!!」
承太郎の腰が跳ねる。唇を押し当てていた先端から、勢いよく白濁が飛び出した。どくどくと流れ込んでくるそれが口の端からも飛び散り、頬を濡らす。さらに顎を伝い落ち、胸にも大量に散らばった。味覚が麻痺しているのか、青臭いような不思議な匂いを放つそれが、蜜のように甘く感じる。
花京院は白濁を飲み下しながら、挟み込んだそれをさらに谷間で圧迫して扱き続けた。ローションと混ざり、よりいっそうぬるぬるとした滑りが増す。
「~~~ッ! て、めッ、もうやめろ!」
「ッ!」
夢中で身体を揺らしながらむしゃぶりついていた花京院の前髪が、少々乱暴に掴まれて引き剥がされた。ハッとする花京院に、荒々しく呼吸を繰り返す承太郎が身を起こし、睨み付けてくる。
「じょ、承太郎……?」
「てめー、花京院……こりゃあ一体なんのつもりだ……」
潤んだ瞳にも、声にも、怒気が含まれている。前髪から離れていく手を茫然と見つめながら、花京院は途端に血の気が引いていくのを感じた。
「よく……ありませんでしたか……?」
必死で奉仕したつもりだったし、承太郎も悦んでくれているとばかり思っていた。けれどその結果とはまるで裏腹な表情に、何がいけなかったのだろうという不安に駆られる。
「承太郎、ぼく……間違えましたか……?」
「……ッ」
承太郎はなにか言いかけた口を閉ざし、ひどく苛立った様子で舌打ちをした。それが何よりの答えである気がして、花京院は俯くと身を震わせる。やりすぎたのかもしれない。こんなはしたない真似をして、どう思われるかまで思考が回っていなかった。そもそもこれは胸の大きな女性がするからいいのであって、男の自分がやったって、滑稽なだけだったのではないか。自分ばかりが盛り上がって、承太郎の意思などなにひとつお構いなしだったのではないか。途端に熱が冷めて、情けなさが涙と一緒に込み上げた。
「ごめん、承太郎」
壊れてしまった涙腺から、ほろほろと涙が零れる。穴があったら入りたかった。
「そうですよね、こんなこと、ぼくがしたって嬉しくもなんともないですよね」
「お、おい、泣くな」
「でも、ならどうすれば君は喜んでくれるんです……ぼくなんかいっつもマグロで、どんな反応をしたらいいかも分からないし、すぐにイってしまうし、こんなんじゃあ君を満足させることなんて、できないんじゃあないかって」
めそめそと泣きながら零す花京院に、承太郎は頭を掻きながら溜息をついた。ああ、やっぱり呆れているんだと思うと、さらに悲しくなってくる。
(……承太郎に、飽きられたくない)
酒の力を借りなければ大胆な行動に出られないばかりか、本音を吐露することすらできない。
男子生徒Aは言った。控えめで反応が薄い今の彼女より、もっと積極的でエロい女とやりたいと。もし承太郎が彼と同じ思いでいたらと考えると、不安でどうしようもなかった。ただでさえ花京院には、男を惹きつけるような武器がないのだ。たわわに実った柔らかな胸もなければ、可愛らしい声を出すこともできない。なにを求められているかも分からないのに、一体どうすれば承太郎を繋ぎ止めておけるのだろう。
(なんにもない。ぼくには、なんにもないじゃあないか)
俯いたまま涙を流し続ける花京院の前髪に、承太郎が手を伸ばす。くしゃりと乱す手つきは優しいものだった。けれど追い詰められた状態でいる花京院には、それがたんなる慰めのようにしか感じられなかった。顔を背けることによって、その手を遠ざける。
「よしてください……いいんです。わかってますから」
「なんもわかっちゃいねえ」
「わかってます。ぼくじゃあ君をよくしてあげられないんです。そんな技量も身体も、持ち合わせてなんかいないんだ」
「よくねえなんて言ってねえだろ。現に、イッちまったろうが。あっけなくよ」
「でも、でも……怒ってるじゃあないか……」
「当たり前だッ!!」
承太郎がとつぜん声を荒げるので、花京院は思わずビクンと肩を揺らしながら顔をあげた。彼は見たこともないくらい顔中を真っ赤にして、唇を震わせている。激しく激高しているというよりは、その表情はまるで宝物を取り上げられて癇癪を起こす寸前の、子供のように感じられた。
「じょ、じょうたろう?」
「てめーはなんも分かっちゃいねえぜ。ただでさえエロい身体してんのに、急にとんでもねえ技仕掛けてきやがって!」
「……へ?」
「おい、一体どこで覚えてきた? まさか誰かに仕込まれたんじゃあねえだろうな? どこのどいつか、今すぐ言いな。問答無用でぶちのめしてやる!」
ガン、という大きな音がした。承太郎が拳を畳に叩きつける音だった。花京院はただぽかんと口を開けて、それを見つめることしかできなかった。承太郎の、視線だけで人を殺せそうなほど鋭い眼光が、花京院の肌を貫く。早く言え、という無言の圧力を感じて、慌てて両手を大きく振った。
「し、仕込まれたわけでは……ぼくが勝手に聞いてしまったんだ。その、クラスメイトの猥談を」
「だからそいつらの名前を言えと言っているんだぜ」
「やめてください死んでしまいます!!」
JOJOの名を聞くだけでチビってしまうような人間がほとんどなのに、なんの心当たりもないままに制裁を加えられるなんて、あまりにも可哀想だ。承太郎は怒りが収まらないようで、頭から湯気をだしそうなほど顔を赤らめたままだった。旅をしていた頃だって、ここまで激しく感情を表にだす彼を見たことがない。
(承太郎……よくなかったわけじゃあ、なかったんだ)
いつもは大人しい花京院が、急に突飛な行動に出たことに、驚いているのだ。考えてもみれば確かにそうだ。マグロが突然トビウオにでもなって飛び跳ねだしたら、誰だってビックリして混乱してしまうに違いない。余裕など、どこにもないじゃあないか。そう思うとホッとして、肩から力が抜けた。
「承太郎、落ち着いて。驚かせてしまってすまなかった」
「……全くだ」
「だけど嬉しかった。ぼくの胸で、承太郎がちゃんと気持ちよくなってくれて」
まだ目尻に残っていた涙を人差し指で拭いながら笑っていうと、とつぜん承太郎の両腕が伸びて来て、乱暴に胸に引き寄せられた。ずっと正座をしていた足が崩れて、横座りの状態になる。
花京院をきつく抱きしめながら、承太郎は細く長い息をゆっくりと吐きだした。
「おれはよ」
「……うん」
「てめーが思うよりずっと、溺れちまってるんだぜ」
「おぼれている?」
承太郎は花京院の頭部に顎を乗せながら、おう、と少し照れ臭そうに返事をした。
「てめーの身体に溺れてる」
顔を赤らめながら息をのむ花京院の胸を片方、承太郎の手がきゅっと掴み上げた。そこはローションと体液で未だに濡れそぼっている。
「すげえエロかった。死んじまうかと思ったぜ」
「ほん、とに?」
「嘘でこんなにおっ起つかよ」
「うわ……」
花京院の腰骨の辺りに、硬いものが当たっている。さっき達したばかりの性器が、反り返って腹につくほど元気なままだった。その様子に、花京院は無意識のうちに喉を鳴らしてしまった。
「胸も、腰も、ケツも。この身体ぜんぶがおれのものだと思うだけで……堪らねえ」
承太郎は花京院のこめかみに軽くキスをしながら、触れていた胸を揉みしだいた。ゾクゾクとした感覚が腰から這い上がってきて、花京院は思わず「あぁ」という甘く上擦った声をあげてしまった。
「ッ!?」
ハッとして、両手で唇を塞いだ。なんて声。あまりにも自然に漏れてしまったそれが、まるで自分のものではないようだった。羞恥に全身が赤くなる。おずおずと、涙目になって承太郎を見上げた。彼は欲情に膜の張った瞳を細めて、熱い息を漏らした。
「いいな、それ。かなりキタ」
「そ、そう……ですか」
「いっつもただ歯ぁ食いしばってんだろ。我慢させてんのかと思ってた」
「なッ、そんなわけ……!」
(承太郎も……不安だったってことなのか……?)
初めて聞いた彼の本音に、胸を突かれた。
もっと聞かせてくれと、低い声で甘く囁いた承太郎に、再び組み敷かれる。
「じょ、じょうたろう……ッ」
「悪い。今日は優しくできねえ、かも」
パジャマの下と、下着を同時に下ろされる。剥ぎ取るような性急さに、承太郎の余裕のなさを感じた。求められているのだという実感が、身体の奥から突きあげてくる。
承太郎は花京院の両足を大きく開かせながら、同時にスタンドを発現させると「借りるぜ」と言って、置いてあったローションの容器をスタープラチナの手に取らせた。乱暴に、奪い取るような動作でそれを受け取って、蓋を開けると指に塗りたくる。代わりに花京院の両足を開かせ、太腿と腹が密着するほど身体を折りたたむ役を、スタープラチナが担った。ちょうど後頭部をスタープラチナの股間部分に預けるような形だ。まるで複数で事に及んでいるかのようで、花京院は戸惑いと激しい羞恥に声を荒げる。
「す、スタンドまで使ってやることか!」
すっかり腰が浮き上がり、恥部が持ち上げられた状態になりながら抗議をしても、承太郎は聞く耳を持たない。浮き上がった花京院の尻タブを片手でぐいと割り開き、濡れそぼった指を秘穴にぬるりと挿しこんでくる。
「ヒッ、ぃ……ッ!」
引き攣ったような悲鳴が漏れる。さほど痛みはなかったが、あまりにもすんなりと指を一本受け入れてしまったことに、少なからずショックを受けた。いつもはもっと時間をかけて、じわじわと開かれていく身体が、そのまま二本三本と節くれだった太い指を飲み込む。取らされている体勢も相まって、圧迫感が凄まじかった。出し入れをされたり、中を強引に押し広げられると、そこから疼くような熱い感覚が込み上げる。
優しくできないという承太郎の言葉は本当で、けれど不思議なことに、恐怖も不安も微塵もなかった。むしろ荒々しく事を進めようとする姿に、いっそ安堵すら覚える。本当はいつだって余裕がなかったのは、承太郎も同じだったのだということを、このときになってようやく知ることができたような気がした。
すると、花京院のなかでずっと楔のように張り詰めていた羞恥心が消え去っていった。なにを戸惑っていたのだろうかと、疑問にさえ思う。こんなにも深く、激しく求めてくれる相手に、自分も同じように求めているのだということを曝け出して、なにがいけないのだろう。互いが恥ずかしい場所を見せ合って及ぶ行為に、ブレーキなどかける必要がどこにあったのだろうかと。
「じょうたろう……」
花京院は両手をそれぞれ、自分の浮き上がった臀部へ這わせた。自ら谷間を割り開く。
「もういいから……はやく、ほしい」
指だけではとっくに足りなくなっていた。淫らに浮いた腰を揺らす花京院の痴態に、承太郎は歯を食いしばりながら指を引き抜く。自身を赤く充血したようになっている濡れた穴に押し付けると、同時にスタープラチナが姿を消した。代わりに承太郎が花京院の膝裏に手を差し込み、体重をかけながら一気に貫いてくる。
「ひうぅッあ、ああぁ……ッ!」
自分の口から、まるで獣のような悲鳴があがった。今までよくこの衝撃に、声を殺すことができたものだと、自分自身に感心する。承太郎の男茎がずぶずぶと肉壁を擦り上げながら突き進んで、やがて一定のラインを越えたとき、花京院は目を見開いて戦慄いた。
「待って、待って! うそだ、待って、まだ、奥に……ッ!!」
入ってくる。いつもよりずっと深くまで。花京院が最奥と思いこんでいた場所が、熱い肉の塊によって突き破られる。
「悪い、もう、我慢できねえ」
「ッ――!!」
ズン、と、腹の奥に打ち込まれた。薄い下腹が僅かに盛りあがっている。この身体には、まだ承太郎のものになっていない場所があったのか。花京院が殻を破ったのと同じくして、彼もまたずっとセーブしていたものを解き放った。今まで我慢していたのは、むしと承太郎の方だったのだ。
(うそだ、こんなの……こんなの、知らない……ッ)
頭のなかで、何かが音を立てて切れてしまったような気がした。まるでそのタイミングを見計らったかのように、承太郎が一気に腰を引いた。内臓ごと引き抜かれるような感覚に、皮膚が痛いほど粟立ったかと思ったら、息が止まるほどの強さでまた貫かれる。
「ひぎッ、ぃ、いぃ、イッ! あ゛ッ、ぁぐ、ぅッ!!」
その一突き一突きに、瞼の裏側が真っ白に爆ぜた。花京院の唇は大きく開かれたまま、端から唾液を漏らし、ガクガクと揺さぶられるたびに、虚ろになった眼球まで引っくり返ってしまう。こんなの、耐えられるはずがない。
「花京院、花京院……ッ」
何度も何度も、腰を打ち付けながら承太郎が花京院の名前を呼ぶ。皮膚と皮膚がぶつかり合う音に、重々しい水音も混じった。ぐぽ、ぐぽ、という下品な音と、承太郎の荒い呼吸、そして自分のはしたない嬌声に、耳の穴まで犯されているような気がしてくる。それがまた、快感を煽ってやまない。
「うあぁッ、あ゛ぁ、もッ、こわれ、る! おしり、ごわれちゃッ、ヒィッ、いッ――!!」
びゅう、という音を立てて、花京院は勢いよく射精した。胸や顔に自分の精液が飛び散る。しかし承太郎は動きを止めなかった。むしろよりペースを速め、自身の快楽を追い求めた。
「待っで、待っ、イッ、イッてる! じょうたろ、ぼく、イッてるがらぁ……ッ!!」
「わりぃ……ッ、腰、とまん、ね……ッ」
承太郎が花京院を強く抱きしめる。後頭部に掌を押し付け、抑え込むような抱き方で逃げ場を塞ぐ。振り落とされたら、そのままどこまでも落ちて死んでしまうような気がして、花京院も必死でその背に爪を立てながら、掻き抱いた。
まるで無限ループのようだと思った。終わりがない。絶頂を迎えたまま、どこにも着地する場所が見当たらなかった。何度も意識を手放しかける。耳朶に押し付けられた唇が、熱い吐息と一緒に低く掠れた声で言葉を紡いだ。
抱き潰して壊してしまうのが、怖かったのだ、と――。
*
初めて好きになった相手と、セックスをする、ということ。
それは自分だけではなく、承太郎も同じだったのだということに、花京院は気がついた
(承太郎も、どうすればいいのか分からなかったんだな)
抱き合ったままひとつの布団に収まりながら、花京院はぼんやりとした瞳で、間近にある承太郎の寝顔を見つめる。いつの間に完全に意識を失っていたのか、目覚めるとこうしてふたりで寝床に身を横たえていた。
障子の向こうは、朝方の青い光がさしていた。いったい何時間、行為に没頭していたのだろう。今更のように、喉がヒリヒリと痛んでいることに気がつく。ホリィの部屋はここからだいぶ離れた位置にあるものの、一切のブレーキをかけられなかったことは、かなり気になる。けれど、未だかつて感じたことがないほど、心も身体も満たされていた。お互いがなりふり構わず愛し合ったのだと思うと、胸に熱い感情が込み上げる。
承太郎はいつだって、まるで羽根でなぞるような優しさで花京院に触れていた。壊れ物でも扱うみたいに、決して無理強いをすることもなく、ゆっくりと時間をかけて。花京院はそれを、余裕があるからなのだと勘違いしていたのだ。だから自分ばかりが翻弄されているような気になっていた。
(……やってみてよかった)
男子生徒Cの自慢話と、その彼女であるOLのお姉さんに感謝した。あの話を聞かなかったら、自分たちは今でもまだ不器用なまま、殻を破れずにいたに違いない。
「大好きですよ、承太郎」
これからもっと、色んなことを試してみよう。もっともっと素直になって、自分を曝け出そうと思った。
「ぼく、がんばりますから。君をもっと夢中にさせられるように」
決意を唇に乗せて、眠っている承太郎の鼻先に軽くキスをした。指一本動かすことすら億劫なほど身体は疲れ切っていて、押し寄せてきた睡魔の波に、意識がさらわれる。
花京院がすっかり安心しきった寝息をたてはじめると、堪え切れずにふっと笑った承太郎は、その桃色がかった髪の毛を愛おしそうに、いつまでも優しく撫で続けたのだった。
←戻る ・ Wavebox👏
たまたま手が空いていた黒鋼は、忙しくて手が離せないというユゥイに、運悪く捕まってしまった。
いいカモが現れたとばかりに笑顔で肩をポンと叩かれて、押しつけられたのは一枚の買い物メモだった。もちろん難色は示したものの「今日は黒鋼先生の大好物を作ります」と言われて結局折れた。
どういうわけかこの胃袋は、付き合っているはずの化学教師ではなく、その双子の弟の方にガッチリ掴まれてしまっているらしい。
そんなこんなでメモの通りにきっちり買い出しを済ませた黒鋼は、ネギの刺さった袋を引っ提げて、真っ直ぐに伸びた商店街を歩いていた。
他は特に用事もないし、あとはとっとと帰って好物とやらが出来あがるのを待つだけだ。
空っぽの胃袋を唸らせながら夕飯に思いを馳せて、奥様方で賑わう商店街のアーケードを抜ける。冬の冷たい風が頬を掠め、尚のことさっさと帰ろうと歩調を早めようとして、逆に足を止めた。
ふと見れば、そこはとある店の前だった。
「そういやここ……」
白い木壁のこじんまりとしたその店は、元は喫茶店だったものが閉店し、その後釜として数ヶ月前にオープンしたばかりの雑貨屋だった。
軒下の古びた木製椅子が花台としての役目を担い、赤いポインセチアの鉢植えが置かれている。
格子状の扉にはクリスマスリースが下げられ、汚れ一つない飾り窓にはスノースプレーで、雪の結晶と『Merry Christmas!』という文字が書かれていた。
そんなガラス越しに、じっとこちらを見つめるつぶらな瞳に気がついて、黒鋼はそれに向かって一歩踏み出すと、僅かに腰を屈める。
「おまえ、まだそこにいたのか」
それは真っ黒でもこもことしたボア素材で作られた、体長30センチほどの大きさの、クマのぬいぐるみだった。
思い出すのはほんの2ヶ月ほど前の、とある光景。
あれはまだ寒さもそれほどではなく、高く澄んだ空には赤いトンボがちらほらと飛び交う、秋真っ盛りの頃だった。
***
「あれー? ねぇねぇ黒様先生ー! ここ新しいお店になってるよー!」
例のごとくお使いメモを持った教師二人が、揃ってこの商店街で買い物を済ませた後のこと。
アーケードを抜けてすぐの地点で足を止めたファイが、黒鋼の腕を掴んでクイクイと引っ張った。
「確かここ喫茶店じゃなかったっけー?」
「そういやそうだったな」
「仲良しのおじいちゃんとおばあちゃんが、二人でやってたんだよー」
やめちゃったんだね、と少し寂しそうな表情を見せたファイだったが、雑貨屋になっているらしい店のショーウィンドウにとある物を見つけて、即座に駆け寄った。
何か気になるものでもあったのかと、すぐ横に並んで見ると、色とりどりのクマのぬいぐるみが幾つか並べてある。
その中の一つをじっと見つめていたファイが、真剣な面持ちで言った。
「黒たん先生」
「あ?」
「こんなところで何してるのー?」
「なに言ってんだおまえ」
「駄目だよー、ユゥイが待ってるから早くおうちに帰ろうよー」
「……てめぇ」
黒鋼は痛むこめかみを押さえつつ低い声をさらに低くした。
実は最初の時点でそこはかとなく気づいてはいたのだが、ファイはこちらに呼びかけているのではなく、ガラス越しのクマの群れの一つに向かって声をかけているのだ。
「人を小馬鹿にするのも大概にしろ!」
「だーってー! あの子、黒様先生にそっくりなんだもーん!」
「どこがだよ!!」
「黒いからだよ!!」
「黒けりゃなんでもいいのかこのアホは!」
「ふわ~可愛いな~真っ赤なリボンまでつけちゃっておっしゃれ~!」
「聞け!!」
道行く人々が不審そうな視線を寄こす中、そんなことなどお構いなしにファイはガラス越しの黒いクマに瞳を輝かせている。
イライラしながら腕を組み、アホの気が済むのを待っていると、そのアホは輝かせた瞳を今度はこちらに向けて来た。
「…………んだよ」
「これ買って?」
「ああ?」
「ねー買ってよー! オレこの子欲しいー連れて帰るー!」
「てめぇで買え! なんで俺が!」
ファイは「だってー」と言いつつ唇を尖らせて、羽織っていたジャケットのポケットにそれぞれ両手を突っ込んでは引き抜く動作を繰り返して見せる。
「お財布持ってきてないんだもーん。おねだりするしかないもーん」
「外出る時は財布ぐれぇ持ち歩け!」
「ねー、いいでしょー? 可愛い恋人の頼みだよー」
首を傾げながら胸のあたりで両手を合わせて見せるファイに、黒鋼は溜息を漏らす。
「前々から言おうと思ってたんだがな」
「うんうん、なになにー?」
「いい歳ぶっこいた男がぬいぐるみだなんだって、恥ずかしくねぇのか」
「はい先生! そういうのは差別だと思います!」
「てめぇ部屋にこんなんばっか山積みじゃねぇか! まずはまともに片付けることを覚えろ!!」
「しょーがないじゃん! 片付けようとすると逆に散らかるんだもん!!」
「威張んな!!」
それはある意味才能の一つなのではないかと思うほどに、この男は片付けができない。
いらない雑誌や漫画本を整理しようとすれば途中で読みふけり「これの続きどこだっけ~?」と次から次へと引っ張り出すし、問題のぬいぐるみは「サクラちゃんたちとゲーセン行ったんだー」などと言っては増えていく。(UFOキャッチャー)
そもそも生徒と一緒になってそんな場所へ遊びに行く神経からして、黒鋼には理解できない。
「とにかく! 俺は買わねぇぞ! だいたいこんな女子供が好きそうな店に、男二人で入れるか!」
「ちょっと!? それって女の子と二人なら入れるってこと!? 女の子のお願いだったら黒たんはこのお店に平気で入れるってこと!?」
「そこまで言ってねぇだろ!!」
「黒様先生の浮気者ぉー! ドケチー!!」
「あぁ!?」
わぁん、と人目も憚らず泣き出すファイをゲンコツで黙らせようと拳を握る。
が、すぐに控えめな「あのぉ……」という声に、二人は揃って目を向けた。
そこにはこの雑貨屋の店員らしき小柄な女性が、エプロン姿で身を縮込ませていた。
「す、すみません……お店の前で騒ぐのはちょっと……」
「あっ、ご、ごめんなさーい!」
今の今までピーピー泣いていたアホが、慌てて頭を下げる。
店員は、腹立たしさを引きずってそっぽを向く黒鋼に怯えたような視線を向けたあと、ファイに向かって引き攣った笑みを向けた。
「な、何かお探しでしょうか?」
「よくぞ聞いてくれましたー! 実はこの黒いクマちゃんが欲しくてー」
「こらてめぇ!」
「あ、そのぬいぐるみは……」
制止する黒鋼の声とかぶさるように言葉を発した店員は、申し訳なさそうに頭を下げると「すみません!」と言った。
***
あのあと結局どうなったかというと、このクマがまだここに並んでいることが答えのようなものだった。
要するにこれは売り物ではなく、ただの飾りに過ぎなかったのだ。
黒鋼は黒いクマを見下ろしながら深く息を漏らした。
「なにがそっくりだ。黒いってだけで……」
あの日の帰り道で、ファイは心底残念そうに肩を落としていた。
そこまで欲しかったのか、とドン底まで呆れ果てたが、沈んだ表情は見ていて気持ちのいいものではなかった。
あのアホはアホらしく、ヘラヘラ笑ってる顔が一番似合う。
まぁ泣き顔も悪くないけどな……と、思考が脱線してしまったことに、別に誰が見ているわけでもないのに思わず咳払いをした。
するとそこに、チリン、というドアベルの音が響いた。
咄嗟に顔を向ければ、あの日の女性店員がほうきを持って姿を現した。
彼女は黒鋼の姿を視界に捉えるや否や肩を揺らし「ヒッ」と言った。
今ヒッって言った? 言ったよな? 人の顔見て怯えたようにヒッて言いやがったよな? と若干気にしつつ、小さく会釈すると彼女もまた頭を下げた。
それから、あの日と同じようにクマを気にしていたらしい黒鋼に、申し訳なさそうな顔をしながらも、店先の掃除をはじめた。
なんとも気まずい空気に、これはとっとと退散したほうがよさそうだと感じる。
が、黒鋼は次の瞬間、小さく手を挙げて店員に声をかけていた。
「ちょっといいか」
「え!? あ、はい……?」
掃除の手を止め、女店員はどこか戸惑いがちに側までやって来る。
黒鋼は頬をガリガリと掻きつつ、ダメ元で彼女に頼んでみることにした。
「その、なんだ……こいつなんだがな……やっぱ譲っちゃもらえねぇか?」
言いながら、一体何をしているのかと自分の行動に呆れた。
すでに二ヶ月も前の話だし、おそらくあのアホ教師だって忘れ腐っているに違いない。
店員は明らかに困ったような……と、いうより
『なんか全体的に黒い人が全体的に黒いぬいぐるみ欲しがっててウケるんですけど。しかも二回目で草www』
と顔に書かれているような気さえして、今すぐ無かったことにしてしまいたい衝動に駆られる。
「あ、あの……」
「いや、いい。無理言って悪かったな」
そそくさと退散しようとした黒鋼だったが「ちょっと待っててください」と店員に引きとめられ、結局その場でしばらく待たされることになった。
***
ネギの刺さったビニール袋と、赤い紙袋を持って、黒鋼は帰路につくことになった。
紙袋の中には例の黒いクマが入っている。
あのあと店に戻って行った店員は、数分後にこの袋を持って戻って来た。
『お客様の熱意には負けました! お代は結構ですから、あの金髪の男の人とお幸せに!!』
という祝福の言葉と共に周囲から集めた視線を、黒鋼は一生忘れないだろう。(黒歴史として)
しばらくはこの辺りには来られないな、とげっそりしつつ、それでもまぁいいかと思う。
もうすぐクリスマスだし、実はすでにプレゼント的なものは用意しているのだが、こいつも添えてやったらあのアホ教師は泣いて大喜びするに違いない。
この際少々(?)の赤っ恥くらいは目をつぶろう。
ただ問題は、こいつを一体どんな顔をして渡せばいいのか、である。
ファイの喜ぶ姿はもちろん見たいが、これを渡す自分の姿を想像すると、とてつもなく恥ずかしい。
かと言って他の誰かに頼むわけにはいかないし、思えばすでに準備済みのプレゼントもまた、これに負けないくらい照れ臭い代物なのだ。
クリスマスは一週間後。
とりあえずその間にしっかり覚悟を決めておく必要があるなと、木枯らしの吹きすさぶ中、黒鋼は宿舎へと戻って行った。
***
「ねぇ黒様先生……神様ってさ……本当にいるのかなぁ……?」
熱っぽく潤んだ青い瞳が、今はただぼんやりと薄暗い天井に向けられている。
黒鋼はファイが横たわるベッドの側で床に胡坐をかいて「さぁな」と曖昧な返事をした。
「いるって信じてるヤツにとっちゃ、いるんじゃねぇのか」
「じゃあさ……オレが信じてた神様は、偽物だったってことかな……」
「知るか、そんなもん」
そっけない言葉と共に手を伸ばし、ファイの額にかかる金の前髪を払いのけると、張り付いていたシートをペリッと剥がした。
数時間前にはひんやりとしていたそれが、今は熱を吸収して生温い感触を指先に伝える。
ぐったりと横たわるアホには悟られぬ程度の息を漏らして、適当にゴミ箱に放ると新しいものを袋から出し、透明なフィルムを剥がす。
赤い頬に反してやけに白い額にそれを貼り付け、おまけにポンっと上から軽く叩いてやると、どこか虚ろな表情だったファイは、その瞳に涙を浮かべて震えだした。
「う……う……」
「……熱上がるぞ。泣くな」
「うぅ……う……うぶえぇ~~~」
黒鋼の制止は意味をなさず、不細工な泣き声を上げる彼は、黙ってさえいればイケメンと謳われる顔を歪め、しかも鼻水を垂らしはじめる。
すかさず何枚か箱から抜き取ったティッシュをそこに押しつけると、グリグリと拭き取ってやった。
「うっ、うっ、こんなのやだぁ~こんなはずじゃなかった~」
「そうだな……」
「オレなんにも悪いことしてないのにぃ~」
「しょうがねぇだろ……風邪ひいちまったもんはよ……」
「びええぇ~~~!」
いい歳ぶっこいてスーパーによくいる駄々っ子の勢いで泣き喚くファイは、案の定もともと赤かった頬をさらに真っ赤にした。
言わんこっちゃねぇと頭をガリガリと掻いた黒鋼は、引き続き垂れ流しの鼻水と涙を拭ってやりつつ、溜息を吐き出した。
12月24日、クリスマスイヴ。
毎年、この日は盛大にクリスマスパーティーが開かれる。
主催はもちろん祭り事とトラブルに目がない女理事長で、教師も生徒も関係なく、皆がその宴に巻き込まれる。
日も暮れないうちから始まり、翌朝まで続くそれはパーティーというより、最早ただの耐久レースだ。朝日が昇る頃まで意識を保っていられる人間はごく僅かである。
そういったハチャメチャな催しに生徒まで巻き込むことには賛成しかねるが、黒鋼にとっては決して嫌なイベントではない。
クリスマス云々というより、ただ存分に酒を飲むための口実として利用するには、都合がいいからだ。
けれど、黒鋼がそのパーティーに朝まで参加するケースはほとんどない。
夜も更けて、生徒の大半が船を漕ぐ頃になると、決まって化学教師がそわそわと落ち着きを失くす。
元々落ち着きに欠ける人間ではあるが、口数が極端に減って酒を飲むペースが格段に落ちるので、非常に分かりやすかったりする。
それは『そろそろ二人っきりになりたいなー』の合図であることを黒鋼は知っていて、あえて気付かない振りをしていると、そのうちジャージの袖をクイクイと引っ張られる。
実はその瞬間が、黒鋼にとって毎年の楽しみであったりもする。
普段は恥も外聞もないような騒がしい男が、一応は人目を気にして控えめに誘いをかけてくる様など、滅多なことでは拝めないからだ。
そういった流れでさりげなく宴の席を抜け出して、宿舎に戻ってすることといえば一つしかないのだが、それが毎年の決まった流れになっていた。
が、今年は少し違っていた。
『今年のイヴはさー、駅前のイルミネーション見に行こうよー!』
そう言い出したのはファイで、たまにはいいかと話に乗ったのは黒鋼だった。
毎年この時期になると、駅前広場の街路樹、街路灯、花壇までもが数十万個ものイルミネーションで装飾され、その時期限定のデートスポットになっている。
人ごみを嫌ってついつい足を向ける気になれずにいたが、時にはそういう場に出向いてみるのも悪くないと思った。
デートスポットと言っても家族連れや関係のない通行人だって大勢いるだろうから、男が二人で歩いていたとしても目立つことはないだろうし。
美しい電飾に彩られた街を歩いて、それからどこか洒落た店にでも連れて行けば、ファイはどんな反応をするのだろうか。どこかしらホテルでも予約して、夜景を楽しみながら静かに酒を飲むのもいいかもしれない、なんて。
なんだかんだで仕事に追われる日々の中、二人きりでどこかへ出掛けるなどという、いわゆるデートめいたことはまともにできた試しがない。(買い出しならしょっちゅうだが)
だからちょっとくらいサービスしてやるかと、サプライズなんて柄にもなくあれこれ計画を立ててみたりして、流石にホテルは全滅だったが、運よく夜景の見えるレストランの一席を予約することに成功した。
普段とは違うシチュエーションに身を置けば、例のプレゼントを渡すのもスムーズに行くように思えたからだ。
全ては準備万端。
……の、はずだったのだが。
イヴのこの日、数日前から風邪気味だったファイは高熱を出した。
朝の段階ではちょっと鼻をすすりながらも「今日なに着て行こうかなー」なんてはしゃいでいたくせに、その数時間後には真っ赤な顔をして目を回し、そのままパッタリである。
それでも絶対に出掛けるのだと駄々をこねていたが、夜が近づくにつれて熱は40度近くにまで上がり、流石のアホも虫の息だった。
「黒様せんせぇと、デート……楽しみに、してたのにぃ……」
めそめそと泣き続けるファイの、襟元のシーツを整えてやりつつ、黒鋼は苦笑した。
体調管理が出来ていなかったと言えばそれまでだが、今は慌ただしさと同時に、一年の疲れがどっと押し寄せる時期でもある。
色々と計画を立てていた身としては残念で仕方がないが、仮に今日こうして熱を出さずとも、元々風邪気味だった彼を寒空の下連れ回せば、おそらく同じ結果になっていたことだろう。
「もう泣くな」
そう言って、シーツを整えていた手をそのままファイの額に被せた。
冷却シート越しに熱が伝わって、どうにかして泣きやませなければ、さらに熱が上がってしまうと思った。
せっかく立てていたサプライズ計画も、黒鋼の胸の中にだけしまっておくのがよさそうだ。今さら言っても仕方がないことだし、このアホが知ればもっと泣き喚く結果になるのは目に見えている。
「とにかく今はとっとと治すことだけ考えろ。眠って起きりゃあ少しは楽になってるだろ」
「……ごめんね……オレから誘ったのに……せっかく黒たんもその気になってくれたのに……」
「いいから気にすんな」
何も今回がダメになったからといって、もう二度と機会がないわけじゃない。
クリスマスなんてものは嫌でも毎年やって来るのだし、なんならイベント事がなくたって、その気になればデートくらいいつでもできるのだ。
ファイはまるでこの機を逃せばもうチャンスはないと言わんばかりの落ち込みようだが、決してそんなことはない。
黒鋼だって、彼が行きたい場所へはどこへだって連れて行ってやりたいし、喜ばせてやりたいという気持ちは常にある。
けれど忙しさにかまけてプライベートを疎かにしてきた自覚もあって、今回の件に限らず、埋め合わせていかなければならないことが沢山あるような気がした。
「せっかく……せっかく神様にお願いしたのに……イヴまでに風邪治りますようにって……」
「わかったからもう喋るな」
「昨日は徹夜でお百度参りまでしたのに……」
「傍についててやるからとっとと眠…………おい待て今なんつった?」
聞き間違えだろうか。
今なにかアホの戯言のようなものが聞こえた気がして、黒鋼は小指で耳の穴をほじった。
「お百度参りだよ……それやると神様がお願いきいてくれるんだよ。黒たん知らないの?」
……は?
お百度参りというのはアレか。
神社だの寺だのに行って、一度に百回も行ったり来たりを繰り返して拝むとかいう、時代劇なんかで見たことがあるようなアレのことか……?
「凄く寒かったけど、頑張ったのに……」
しょうがねぇな、これからはもう少し甘やかしてやるか……なんて思っていた黒鋼の気持ちは、今この瞬間粉々に砕かれた。
「おまえは馬鹿か!?」
思わず立ち上がり、ベッドに片足をついて怒鳴り散らしていた。
馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたが、これほどまでに壮絶な馬鹿がこの世に野放しになっているだなんて、それこそ神様だって目ん玉スポーンするに違いない。
(予想図⇒(.:; 益 ) 三 <@><@>スポーン)
そういえば昨日の夜、毎晩のように部屋に忍び込んでくるはずのこの男は来なかった。
きっと明日に備えて大人しく寝ているのだろうとばかり思っていたら……。
「十中八九その結果がコレだろうが!!」
「だってぇ! ぜんぜん風邪よくならないんだもん! もう神頼みしかないじゃんかー!!」
「どういう思考回路してんだよ!? てめぇが拝むべきだったのは神様じゃねぇ! 医者だこのタコ!!」
もう付き合いきれない。
このままでは病人であろうがお構いなしに、ベッドにめり込むほどの力で顔面に拳を叩きつけてしまいそうだった。
あの雑貨屋での出来事からこの一週間、自分が照れ臭さと戦いながら、どれほど過酷な(精神的に)シミュレーションを繰り返してきたと思っているのか。
時には寝る前に脳内で行っては唸りながら足をバタつかせ、時には実際に言うつもりの台詞を本番さながらに口にしては、壁に額を叩きつけて一人真っ赤になったりもした。
柄にもないことをし続けた結果、実はこの一週間で体重が3キロも落ちてしまった。
そうしてついに迎えた当日だったが、ファイの体調が優れないのなら諦めるより他になく、今の今まで恒例のパーティーにも顔を出さずに、付きっきりの看病をしていたというのに。
「もう知るか!! 一人で勝手に寝込んでろ!!」
「ちょお!? 病人を一人にしないでよー!!」
黒鋼が勢いよく背中を向けると、力の限りを振りしぼって起き上がったファイが腰にしがみついてきた。
だが、堪忍袋という名の宝石箱が、怒りのジュエルではち切れそう……いや、最早はち切れ済みの黒鋼がその言い分を聞き入れることはなかった。
「どうせパーティー行ってお酒飲むんでしょー!?」
「悪いか!? これが飲まずにいられるか!?」
「そんなのズルイー!! オレも行くー!!」
「一生寝てろーー!!」
振りむきざまにひえピタの張り付いた額を掴むと、枕に向かってその頭を叩きつけてやった。
一瞬本当にベッドがメリッと音を立てたような気がしたが、目を回して大人しくなったファイを残して、怒り心頭の黒鋼は部屋を後にした。
その後は言うまでもなく、パーティーに途中参加した黒鋼は浴びるほどのヤケ酒を食らって、朝まで戻ることはなかった……。
*
「ん……」
目覚めると、カーテンの隙間から射しこんだ光に少しだけ目が眩んだ。
手の甲でごしごしと目元を拭いながら起き上がると、ファイはしばらくぼんやりと瞬きを繰り返す。
頭の中は寝起きのせいでスッキリしないが、身体は軽いような気する。
思いっきり背伸びをして、ひとつ大きな欠伸をすると、額に張り付いたままのシートを剥がす。
「熱、下がった感じがするー」
昨日まではあれほど辛かった体調が、今は嘘のように回復しているのを感じた。
シートをゴミ箱に放りつつ身体の向きを変えて、ベッドの縁に腰を落ち着けると床に足をつける。
そのままなんとなく床を見下ろしながら、ファイは昨夜のことを思い出した。
(黒たん先生……昨日すっごい怒ってなかったっけ……)
思いっきり額を掴まれて、ベッドが軋むほど頭部を枕に叩きつけられた記憶がある。
なんでだっけ……と考えてはみたが、高熱に浮かされていた間のことはどうしても思い出せなかったので「まぁいっか~♪」と、とりあえず投げた。
「それより昨日は残念だったなー」
独り言をぽつりと吐き出して、裸足の足をぶらぶらさせる。
本当なら今頃二人揃って、ここではないどこかのベッドでクリスマスの朝を迎えていたはずだ。
ファイが黒鋼を誘ったのはクリスマスのほんの数日前だったから、綺麗なホテルやレストランの予約は初めから諦めきっていた。
駅前の美しいイルミネーションを見ながら、こっそり手を繋いだりして歩けたら素敵だなぁとか、そのままいっそ場末の寂れたラブホでもいいから泊まっちゃったりなんかして、とか。
あんなに楽しみに胸を躍らせていたのに、迎えた結果がこの有様だ。(自業自得)
黒鋼もいつになく乗り気な姿勢を見せてくれたのに、申し訳ないことをしてしまった。
はぁ、と深い溜息と共に肩を落とす。
とりあえず風邪は落ち着いたようだし、シャワーでも浴びてから黒鋼に頭を下げに行こう。
もしかしたらまだパーティー会場(体育館)にいるかもしれないし、ケーキくらいは残っているかもしれない。
そう思って立ち上がろうとしてふと、ファイは枕元に目をやった。
「ん?」
そこには、昨日まではなかったはずのものが置かれていた。
咄嗟に手に取り、膝の上に向かい合うようにして乗せる。
真っ赤なリボンをした、真っ黒なクマ。
どこかで見たような気がするその可愛らしいぬいぐるみは、瞳の色も真っ黒で、朝日を弾いてつぶらに光り輝いていた。
これは、もしかして……。
「あの時の黒たんクマ……!?」
なぜ、どうしてここに?
確かこれは非売品のはずで、買いたくても買えない代物だったはずだ。
それなのに、この黒いクマは今確かにこの手の中にいる。
誰がくれたかなんて、そんなのは考えるまでもなく……。
込み上げる驚きと、嬉しさや感動が、上手く言葉にならなかった。
ただどうしようもなく身体が震えて、ファイはそのふんわりとした手触りのクマをぎゅっと抱きしめた。
「……バカなんだから」
あんなに嫌がっていたのに、あのカタブツが一体どうやってこれを手に入れたのだろうか。どんな顔をして店員に頼みこんだのだろう。
そしてきっと、自分でもどうやってこんな可愛らしいものをファイに渡すか、相当考え込んだに違いなかった。
「黒たんは、バカだよぅ……」
ぬいぐるみの存在なんて、こっちはすっかり忘れていたのに。
なんだか泣けてきて、嬉しくて嬉しくて仕方がないのに、つい可愛くない言葉が口から零れる。
こんな渡し方をする方がずっとキザで恥ずかしいのに。
この後どんな顔をして会えばいいのか、こっちまで分からなくなってしまうではないか。
ファイは震える息を吐きだしながら、涙を拭った。
そして、可愛らしいクマの頭部を優しく撫でる。すると、その背中にチャックがついていることに気がついた。
どうやら小物を入れられるようになっているらしい。
ポプリなんかを入れたりしたらいいかもしれない、なんて思いつつクマを裏返し、なんとなくチャックを下ろしてみた。すると。
「あれ? これなんだろ……?」
開いた部分に指を入れてみると、何か硬い感触が指先を掠めた。
小首を傾げながらそれをそっと取り出し、ファイは思わず息を飲んだ。
***
「黒たん! 黒たんってばー!!」
てっきり自室か、まだパーティー会場にいるとばかり思っていた黒鋼は、ファイが寝室を飛び出してすぐのリビングで、ソファにどっかり背中を預けて寝こけていた。
「起きてよー! お酒臭いよー! 起きてー!」
「んが……なんだてめぇ……うるせぇぞ……」
思いっきり肩を揺すって声をかければ、彼は酒の臭いをプンプンさせつつも渋々目を開けた。
が、すぐにファイの腕に抱かれるクマを見て、いつにも増して嫌そうな顔をする。
そんな表情すら愛しくて、ファイはその膝に飛び乗るようにして思いっきり首に抱きついた。
「おわっ、こら、なんだいきなり!」
「だって、だってクマが……黒クマがぁ!!」
「わかったからとりあえず離れろ!」
「ありがとう黒たん……オレ、嬉しくて……!」
ベソをかきながら礼を言うと、思いっきり前髪を掴まれてべりっと剥がされた。
向かい合うような態勢でいる二人の間に、黒いクマがちょこんとハマる。
黒鋼はなんともいえない苦々しい表情で、ガリガリと頭を掻くと目を逸らした。
「なんのことだか、さっぱり分かんねぇぞ」
だいぶ苦しい言い分だが、どうやらしらばっくれるつもりでいるらしい。
ここでしつこくからかえばゲンコツを食らうのは目に見えていたので、ファイは声を上げて笑い出したいのをぐっと堪えた。
それでも肩が小刻みに震えてしまうのはどうにもならず、振動を受け止める黒鋼にきつく睨まれる。
「知らねぇからな、俺はそんなもん」
「うん、うん、サンタさんが来てくれたんだねぇ。これ、置いてあったんだー」
「そうかよ」
そっけなく言いながらそっぽを向く黒鋼の耳が、ほんのり赤い。
どうしてこの人はこんな怖い顔をしているくせに、こんなにも可愛いんだろう。
「あのね、あとね、これも貰ったんだ」
ファイはクマの背中に手をやると、中から銀色の指輪を取り出した。
緩やかな木目模様のそれには、裏側に小さく『K to F』と刻まれていた。
黒鋼から、ファイへ。
とことんクサイ真似をしてくれたサンタは、ふん、と鼻を鳴らしながらもやっぱり赤い顔と耳をしている。
きっと今にも壁に額を叩きつけて叫び出したいくらい、照れ臭いに違いなかった。
ファイはファイで、あまりの嬉しさにわんわん声を上げて泣いてしまいたかったけれど、鼻を大きくすすって我慢する。
そして、手にした指輪を左手の薬指にはめると「でもね」と言った。
「サンタさん、オレの指輪のサイズ間違っちゃったみたいだよ?」
「あ!?」
「ほらほらー」
「!!」
眉間の皺を深くして、くわっと目を見開く黒鋼の顔の前に左手を翳し、薬指だけ幾度か曲げる。
指輪は、ほんの僅かではあるがサイズが大きくて、ファイが指を曲げる度にグラグラと揺れた。
「…………」
瞬きも忘れて指輪を凝視する顔には『やっちまった……』という文字がくっきり浮き上がっているように見えた。
流石に堪え切れなくなって、ファイはぷっと吹き出してしまう。
身体全体を揺らしてクスクスと笑うと、それを膝に乗せている黒鋼は溜息と共に顔を片手で覆ってしまった。
そのまま指の隙間から睨みつけて来たかと思うと、一言短く「返せ」と言う。
「えー? なんでー?」
「合わねぇんだろ……いいから返せ」
「やだよー。だってこれサンタさんがくれたんだもーん。黒たんがくれたんじゃないもーん」
最初にしらばっくれたのは黒鋼なのだから。
それを逆手に、今度はファイがシラを切る番だった。
「これ、チェーン通してネックレスにするんだー。いいでしょー?」
見せつけるように薬指の指輪にキスをして見せれば、その筋の人でも尻尾を巻いて逃げだしそうな凶悪面が舌打ちをする。
ファイはにんまり笑って、またしてもそっぽを向いてしまった黒鋼の首に再び抱きつく。今度は、引っぺがされることはなかった。
密着する二人の間でクマが苦しそうに潰れているけれど、心の中で「ごめんね」を言うに留める。
「オレのサンタさん」
「…………」
「黒くておっきくて、ちょっと怖い顔だけど優しくて……カッコイイのに、すっごく可愛い人なんだ」
「……そうかよ」
「うん。だからね、オレ……」
肩に埋めた鼻先が、どうしようもなく痛んで仕方がない。
今朝起きて、枕元の黒いクマを手にした瞬間から、泣いたり笑ったりしてばかりで忙しいったらなかった。
今も嬉し涙が止まらなくて、笑いたいのに泣きたくて、愛しくて愛しくて、夢を見ているような気分だった。
「凄く、幸せ」
あまりにも胸がいっぱいで、最後にそれだけ絞り出すのが精一杯だった。
黒鋼が息を漏らし、ふっと笑うのが分かる。
囁くような小さな声が「そりゃよかったな」と言うと、ファイの背中をそっと優しく抱き返した。
イヴのデートは潰れてしまったけれど。
黒いジャージを着た、酒臭いサンタのプレゼントは、それを埋めるには十分すぎるほどの幸せを、ファイの元に届けてくれたのだった。
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