*目隠し、拘束、各種オモチャ、尿道責め、放置プレイなど欲張りセット。
*濁音喘ぎ、あからさまな淫語。
*二次エロはファンタジー。
「あっ!」
高く鋭い音を立て、床に落下した皿が粉々に飛び散った。空気まで一緒にひび割れたような感覚に、操は身をすくませる。
「またやっちゃったぁ……」
「来主、大丈夫か?」
その音に目を丸くして、カウンターの奥から出てきたのは一騎だった。彼は操が迂闊に破片に触れないよう、肩を抱いて一歩引かせると優しく笑って小首を傾げた。
「片付けは俺がするから。来主は下がってな」
「うん……」
「一騎、あまり来主を甘やかすな」
そこへ、休憩から戻った甲洋がバックヤードから姿を現した。後手に黒いエプロンの紐を結びながら、呆れた視線を向けてくる。
「今月に入ってから三枚目だよ。先月は五枚、先々月は四枚。この調子で、今月も記録を更新するつもり?」
チクチクと刺すような物言いに、操は喉の奥で「う」と呻いた。言われても仕方がないことだが、だからこそ反抗心を煽られる。
「ちょっと手が滑っただけなのに! そんなに言わなくたっていいじゃん!」
「気が緩んでる。緊張感がない証拠だよ」
「次は気をつけるってば!」
「それを聞くのも今月に入って三回目だ。いい? 今日のドングリはなし。それと店の掃除だ」
「えぇ!? またぼく一人でぇ!?」
それは皿割り常習犯の操に課せられたルールだった。皿を一枚割ると、その日は報酬のドングリがもらえない。
甲洋はドングリを探す天才だ。丸々としてずっしりと重たい、立派なドングリを操にくれる。自分で探そうとしても虫食いばかりで、痩せたものしか探せないから。だから操は甲洋がくれるドングリを、いつも楽しみにしているのだった。
ドングリは植えると芽が出て、いずれはクヌギという木に成長するらしい。つまり、たくさん植えれば森になる。自宅の庭が森になったら、母・容子はきっとビックリするだろう。その顔が見たくて日々せっせとドングリを集める操にとって、このペナルティはかなり厳しい。
しかも罰はそれだけじゃない。閉店後、普段なら時間短縮のために分担して済ませるところを、一人でこの店内の床磨きなどをさせられる。これがとにかく面倒くさいのだ。
「そんなの厳しすぎるって! こないだ一騎だってお皿一枚割ったじゃん! なのになんの罰もなしなんて、そんなのズルいよ!」
「それを言われると弱いな」
一騎が肩をヒョイとすくめて、恥ずかしそうに苦笑した。
「一騎はあの日たまたまミスをしただけだ。滅多にそんなことはしないし、猛省していた。ごめんなさいの一言もないお前と一緒にするな」
「ムキィィィ……ッ」
ド正論ほど腹が立つものはない。猿のように顔を真っ赤にして怒らせた肩を、一騎がポンと叩いて宥めてくる。けれど操のムカつきは収まらなかった。いま謝ろうと思っていたなんて、そんなことを言えばまたチクリと嫌味を刺されるだけだ。
ぐうの音も出ずに睨みつけるばかりの操に、甲洋は鼻から小さな息を漏らした。
「いつまでそうしてるつもり? そこは俺が片すから、お前は早く仕事に戻りな」
「~~ッ! ふんだ! 甲洋のバカ!」
軽くあごをしゃくるような仕草で向こうへ行けと命じられた操は、拙い捨て台詞を残すと大きな足音を立てて店の奥に引っ込んだ。
操が行ってしまうと、一騎がからかうような瞳を甲洋に向ける。
「破片の片付けは絶対にさせないんだよな、毎回」
「……危なっかしくて、見てられないよ」
そんなふたりの会話が、操の耳に届くことはなかったけれど。
*
「ただいまぁ……」
きっちり掃除を終えて帰宅した操を、容子がリビングから顔を出して迎えてくれた。
「おかえりなさい。遅かったのね」
「うん、ちょっと」
冴えない返事に、容子は心配そうに眉をひそめる。
「操、あなたまたお皿を割ったの?」
「な、なんで分かるの?」
「分かるわよ。帰りが遅い日はいつもそうでしょ?」
バレている。そりゃあそうだ。甲洋は基本的に操を遅くまで残らせることはしない。だからこうして帰りが遅くなる日は、決まってミスをしたときだけなのだ。
「あまり迷惑をかけてはダメよ。あなたは社会勉強をさせてもらっているのだから、ちゃんと甲洋くんの言うことを聞いて、」
「もう! お母さんまでうるさい! そんなこと分かってるよ!」
いつもなら素直に受け取れるはずの言葉も、今の操にはまるで追い打ちのように感じられた。つい腹を立ててしまい、顔を背けると二階の自室へ続く階段を駆け上がっていく。
反抗期さながらの操の態度に、容子は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに眉をハの字にして苦笑する。
「操、ご飯は? 先にお風呂にするの?」
「ご飯いらない! お風呂あとで!」
操が掃除をしているあいだ、一騎は新作カレーの開発を理由に居残っていた。それをたらふく試食させてもらったのだ。その場に甲洋もいたにはいたが、操は一言も口を利かずにそっぽを向いて帰ってきた。結局、最後までごめんなさいは言わないまま。
「なんでこうなるの? お母さんにまで八つ当たりしちゃったじゃん!」
バタン、と大きな音を立て、自室に戻った操はついヒステリーじみた声を上げる。明かりをつけると真っ先にベッドに向かい、枕元のクッションを床に投げつけた。
「ぜんぶ甲洋のせいだ! 甲洋のせいで、ぼくは悪い子になっちゃうんだ!」
それは操がミスを連発するからで、この状態はただ逆ギレしているだけだ。甲洋が言うことはいちいち正しくて、自分が悪いことくらいちゃんと理解しているつもりだけれど。
「……お母さんに謝らなきゃ」
しおしおとうなだれながら、操は投げつけたクッションを拾い上げるとベッドの縁に腰をおろした。クッションを抱きしめ、泣きそうな顔を埋める。
母に当たっても仕方がないのに。ひどいことを言ってしまった。だけど正しいことを言われると、なぜだか心がトゲトゲしてしまう。とりわけ甲洋に言われるとなおさらだった。
「もっと優しくしてくれたっていいのに」
操と甲洋は手を繋いだりキスをしたり、その先のことだってする仲である。つまりは特別な関係で、互いにそういうことをしたいと思う相手のことを、恋人と呼ぶらしい。
だったらもっと優しく接してくれてもいいと思うし、ちょっとくらい甘やかしてくれてもいいのではないかと、操は思う。
「甲洋はいちいち厳しすぎるんだ。嫌味ばっかりぐちゃぐちゃ言ってさ。それに──」
操の不満がこんなにも爆発しているのは、なにも今日あった出来事だけが原因ではなかった。その他にも要因があり、積もり積もって膨らみきってしまったのだ。
クッションから顔をあげ、ふくれっ面の操は壁にかかっているカレンダーに目線をやった。
「もうずっとエッチしてないじゃんか」
最後に甲洋とセックスをしてから、ずいぶん日にちが経っている。
あの男は基本的に、店が休みの日にしか手を出してこようとしない。その他はどんなにねだっても、「ダメだ」の一点張りでそっけなくされてしまう。
楽園は定休日というものを設けておらず、休みは不定期という自由なスタイルで運営されている。ここ最近は店を貸し切りたいという予約客がやけに多かったこともあり、休みがない状態が続いていた。おかげでめっきりご無沙汰だ。
せめてちょっとした隙を見てすり寄ってみても、仕事中にすることではないと冷たくあしらわれるばかり。閉店後はさっさと家に帰されるし、まったくそれらしいことをする暇がない。そのことに操は不満を募らせる一方だった。
「もっといっぱいしたいのに……」
操は甲洋に甘えるのが好きだ。特にセックスをするときの彼は、まるで操のことを宝物のように優しく扱ってくれる。普段は飴より鞭の方が多いだけに、あの瞬間が好きで好きで仕方なかった。心も身体も気持ちがよくて、嬉しいという感情でいっぱいになる。
だから毎日だってしたいのに、甲洋はちっとも好きにさせてくれない。そのくせ嫌味や小言は尽きなくて、厳しく接するばかりだった。
その点、一騎はいつだって優しくしてくれる。今日だって真っ先に来てくれたし、操を責めるようなことは一言も言わなかった。甲洋とは大違いだ。
「いいなぁ総士は。一騎といつも一緒でさ」
ぶぅと唇を膨らませ、クッションを抱いたままベッドに転がった。
一騎だったら、なんでも言うことを聞いてくれるのだろうか。なにをしたって許してくれて、どんなときも優しくて、キスもセックスも、したいときはいつだってしてくれるのだろうか。
「甲洋が一騎みたいだったらよかったのに……」
好きなときにくっつけないし、エッチもできない。二人っきりのときにしか甘やかしてくれなくて、他はダメだダメだと言うばかり。だんだんと、また腹が立ってくる。どうして自分ばかり、いつも我慢しなくちゃいけないのだろう。
だけど言葉でなにを言ったって敵わない。どうにかして甲洋を意のままにする手はないものかと考えて──
「そうだ! いいこと思いついちゃった!」
ふと名案を思いつき、ベッドから飛び起きるとクッションを投げだした。思い立ったら居ても立っても居られない。操は意気揚々と、ワープで家を飛び出した。
*
数日後──。
「やったー! お仕事終わり! 今日はお皿割らなかった!」
営業時間が終わり、全ての仕事を終わらせた操がバンザイをする。厨房を片していた一騎に「偉かったな」と褒められて、得意げに胸を張った。
「ぼくだってやればできるもんね!」
「それが当たり前だ」
が、カウンターで皿を磨いていた甲洋がすかさず水をさしてくる。操は思わずムッとしかけたが、すぐにニコリと笑うとそばに駆け寄り、背後からその腰に腕を回した。
「っ、危ないだろ」
危うく皿を落としそうになった甲洋が、眉間に深くシワを刻む。それでも振り払う素振りは見せない。営業時間外でもあるし、操は自分の仕事をしっかりと終わらせている。だからそれ以上の文句を言われることはなかった。
「明日は久しぶりにお休みだよね!」
「そうだけど?」
皿を磨きはじめる甲洋の耳元に、背伸びをして唇を近づける。
「じゃあ、今日はお泊りしてもいいでしょ?」
小声で問えば、甲洋はほんの少しの間のあとに「いいよ」と短く返事をした。普段は滅多に心を悟らせない甲洋だが、その瞬間だけはふっと緩みが生じたのが分かる。一騎もいる手前すぐに引き締められたが、操はそれだけで充分に嬉しさを感じた。
明日は久々の休日だ。一騎は総士を連れて、真矢と美羽も一緒に海へピクニックに行くらしい。操と甲洋も声をかけられたが、さりげなく断ったのは甲洋だった。それは甲洋も久々の休みをふたりで過ごすことを望んでいるからで、その意図に気づかないほど操だって鈍くない。だからこれ以上ないほど気分がよかった。今なら多少の嫌味くらい、余裕でスルーできそうなほど。
しかし、心に蓋をして悟らせたくないのは操も同じだった。気を抜くと思い切り開放してしまいそうなほど浮かれているが、そのせいで計画が漏れては台無しだ。操は今夜、甲洋にちょっとした悪戯を仕掛けるつもりでいるのだから。
「むふふふふ」
「……気持ち悪いよ、来主」
怪しい含み笑いに容赦なくジト目を食らったが、そんなことすらへっちゃらだった。
*
帰っていく一騎を見送ると、ふたりは二階にある甲洋の部屋へと向かった。
操の手にはサイズが大きめの、猫柄の巾着袋がぶら下がっている。扉を閉めるなり甲洋がチラリと不思議そうな目を向けてきたが、操は誤魔化すようにその首に抱きついた。
背伸びをしながら引き寄せて、ぶつけるみたいなキスをする。その性急さに、甲洋はふっと笑みを漏らした。
「あせらなくても時間はあるよ」
ふたりきりのときにしか見られない、甘ったるくて優しい笑顔。ひどく久しぶりに見た気がして嬉しくなる。
けれど操はツンと唇を尖らせて、上目遣いに甲洋を軽く睨んでやった。
「だってずっと我慢してたんだもん。ほんとはもっとしたいのに」
「それどころじゃなかったろ。仕事に支障が出れば大変だ」
「君は真面目すぎるんだ。少しくらいなら別にいいじゃん」
「ダメだ。仕事とプライベートはちゃんと分けろ。それができないなら、」
「もう! そういうのいいから、早くしようよ!」
放っておくとまた小言が始まりそうだ。こんなときまでご免だと、操は少し焦りながら甲洋をベッドに引っ張っていく。
「風呂は?」
「そんなのいい! ねぇ早く」
急かす操に苦笑して、甲洋がようやく手を伸ばす。両肩に大きな手がかぶさり、唇を重ねながら並んでベッドに腰掛けた。巾着袋の紐が、操の手首からすり抜ける。
「んんっ、ふ……っ」
忍び込んできた舌を受け入れ、鼻から抜けるような声を漏らした。水音を立てながら競うように舌を絡ませ、互いに服の上から身体をまさぐる。胸や脇腹に大きな手のひらを滑らされ、操の身体がピクンと跳ねた。
「はぁ、ん……!」
芯から込み上げた熱に息が上がり、頬が紅潮する。頭がぼうっと霧がかるのを感じて、操は内心ハッとした。これじゃマズい。夢中になりかけて、うっかり計画を忘れるところだった。互いに無防備になっている今は、仕掛けるのに絶好のチャンスでもある。
操はすぐ脇にある巾着袋にさりげなく片手をやりながら、顔の角度を変えると甲洋の下唇に吸いついた。
「んっ……!」
甲洋の肩がわずかに震えた。その隙をつき、操は巾着袋から抜き取ったものを素早く甲洋の手首の片方に引っ掛ける。
──カシャン
「ッ!」
響き渡った無機質な音に、甲洋が息を呑む。唇が離れ、目と目が合うと操はニンマリ微笑んだ。
「これは? どういうつもり?」
短く息を漏らし、甲洋がじっとりとした眼差しを向けてくる。操がその手首の片方にハメたのは、安っぽいオモチャの手錠だ。オモチャとはいえそれなりに頑丈で、よくできた代物だった。
「甲洋が悪いんだよ。ダメダメばっかで、ぼくの言うことぜんぜん聞いてくれないから」
操はしたり顔で言うと、手錠のもう片方を格子パネルになっているベッドの背もたれに引っ掛け、固定した。
「だから今日は、ぼくが君を好きに食べちゃう日。いいでしょ?」
手錠に繋がれた甲洋の白い手首に、ゾクゾクとしたものが込み上げる。普段の生活だけじゃない。思えばセックスをするときだって、まともに主導権を握らされたことはなかった。だから今夜は思う存分、甲洋を翻弄してやりたい。
ワープで逃げられてしまえばそれまでだが、そんな気を起こす前に気持ちいいことをたくさん仕掛けて、余裕をなくしてやればいいだけだ。操だって、彼のイイところくらい知っている。
「ッ、ん……」
指先を耳たぶに滑らせて、裏側を軽く引っ掻いた。甲洋がかすかに震え、目を閉じながら顔を背ける。耐えるようにぐっと上下した喉仏に、異様なほど興奮した。
「それが嫌なら、一騎みたいにもっとぼくに優しくしてよ」
わざと意地悪く煽るような言い方をすると、うっすらと赤らんだ目元で軽く睨まれた。
「一騎みたいに? お前のことを?」
押し殺したような低い声。その瞳がスッと細められたのを見て、なぜだか背筋が冷たくなった。たったそれだけで気圧されたような気分になって、操は思わず肩をすくませる。けれど優位に立っているのはこっちなのだからと、気を取り直して鼻を鳴らした。
「そうだよ。だって一騎は小言も嫌味も言わないし。お皿割っても優しいもん。君とはぜんぜん大違い。甲洋が一騎だったらよかったのに」
ツンとそっぽを向きながら、今のは少し言い過ぎたかなぁなんて思いはしたが、そのときにはもう空気が凍りついていた。操はギクリとしながら甲洋を見る。
深く溜息をつき、彼は心底あきれ果てたという顔をしていた。不愉快だという感情を、今の甲洋は隠しもしない。彼がこれほど明確に心を悟らせるのは珍しかった。
「……少しくらいなら、好きに遊ばせてやろうかと思ってたけど」
「え?」
「気が変わったよ」
甲洋は手錠で繋がれていない方の手を、スッと操の目の前に持ち上げた。その指先には、小さな鍵が摘まれている。
「な、なんで!? なんで君がそれを持ってるの!?」
操はとっさに両手で自分の胸をまさぐった。無い。どこにも無い。シャツの胸ポケットに、こっそり隠し持っていたはずの手錠の鍵が。
「様子がおかしいと思ったら。なかなか面白いことを考えたな」
甲洋が長い足を組み、手のひらで鍵を弄ぶ。
「あっ、もしかしてさっき……!」
軽く混乱しながらも、操はさっきのキスを思いだした。彼は口づけを深くしながら、操の胸や脇腹をまさぐっていた。あくまで偶然だったのだろうが、そこで胸ポケットにある鍵の存在に気づき、知らぬ間に抜き取っていたのだ。
操はキスに溺れかけていて、そのことにまったく気がついていなかった。
「詰めが甘いよ、来主」
「か、返して!」
取り返そうと手を伸ばしたが、甲洋は鍵を握りしめると遠ざけてしまう。
「返してよぉ! それはぼくのなんだからぁ!」
「いいよ。これを外した後でね」
余裕の笑みが腹立たしかった。今にも飛びかかってやろうとしたけれど、その寸前で手早く解錠されてしまう。自由になった片手を軽く振りながら、甲洋は感心したように「けっこう頑丈だな」と呟いた。
終わった、と操は思う。優位に立っていたつもりが、最初から手のひらで遊ばれていたのは自分の方だった。ここからまた形勢を立て直すのは難しいだろう。きっと今からこってり絞られるに違いない。最悪、朝まで説教コースになる可能性だってある。
「もぉー! なんでぇ!? なんでうまくいかないのぉ!?」
悔しすぎて泣きそうになる。操は癇癪を起こした子供のように声を張り上げ、頭を抱えるとぐしゃぐしゃと髪を乱した。
甲洋は辟易とした様子で嘆息を漏らし、ベッドの端に置き去りにされていた猫柄の巾着袋を引き寄せた。
「それで? いかにも怪しいこれはなに?」
「あっ! それダメ!」
サァッと青褪めた操を尻目に、甲洋は中身を全てベッドの中央にぶちまける。
「うわ……」
出てきた品々を見て、甲洋が珍しく顔を引き攣らせる。操はいよいよ両手で顔を覆い、無駄に終わってしまったアイテムたちへの虚しさを嘆いた。
「あぁ~……お母さんからもらったお小遣い、残ってたのぜんぶ使い果たしたのにぃ……」
袋から出てきたのは、ピンクローターが5つと綿素材のSM用ロープ、黒い目隠しと白いギャグボール、そしてシリコン製のコックリング。挙句の果てにはバイブ機能がついた黒いブジーと、チューブ付きのシリンジが潤滑剤とセットになっているものまであった。
「まさかお前……これを全て俺に使おうとしてたのか……?」
そのえげつないラインナップに、さすがの甲洋も顔色をなくしていた。呆れさせたことはあっても、ここまでドン引きさせたことはない。こうなるとさすがに恥ずかしくなってきた操は、顔を真っ赤にしながら逆に開き直ってしまった。
「そうだよ! これで君のことヒンヒン言わせようと思ってたのに! 台無しだよ!」
「頭どうかしてるぞ……これ全部、わざわざ闇市で買ってきたのか……?」
大きく鼻をすすりながら、こくんと頷く。
数日前の夜、ふと閃いた操が向かった先は、鈴村神社からほど近い商店街の路地裏だった。昼間でも薄暗いその場所には、真夜中になると小さなライトが灯される。そこで密かに開かれているのが、大人たちのあいだで闇市と呼ばれている店だった。
海神島では鈴村神社で開催されるフリーマーケットとは別に、昼間の時間帯には扱えない商品を売る店が、ひっそりと存在していた。それが闇市だ。そこではこういったアダルトグッズの類──もちろん新品──や、エロ本などの性的嗜好品が数多く売られている。
ささやかなライトの下にはレジャーシートが敷かれ、所狭しと怪しげな品々が並べられていた。店には帽子を目深にかぶった男がアウトドアチェアに腰掛けているだけで、他に客はいなかった。操はその中から直感で幾つかアイテムを選び、購入したのだ。
使い方を知っていたわけではないが、そこは甲洋の身体を使って試してみればいっか、くらいの軽いノリだった。
「そんなところに一人で行くな」
「だぁって君、行きたいって言っても連れてってくれないじゃん」
「当たり前だ。必要があるとは思えない」
その冷めた口調に、操は唇を尖らせた。出だしの甘い雰囲気はどこへやら、甲洋には普段の手厳しさが戻ってしまっている。
面白くない。せっかく買い揃えたものも無駄になってしまい、操は「あーぁ」と言って肩を落とした。
「つまんない。これでめちゃくちゃにしてやろうと思ってたのに。ぜーんぶ無駄になっちゃった」
「……そうでもないさ」
「えぇ~? なに、ぁ、わっ」
手首を掴まれると引き寄せられて、しっかりと肩を抱き込まれる。ポカンとしながら見上げる操に、甲洋は目を細めて微笑んだ。
「これでめちゃくちゃにされたかったのは、来主のほうだろ?」
「ッ、は? なに言ってんの? そんなわけないじゃん」
「本当に?」
「……なんで? なんでそんなこと……だって、これはぜんぶ君に……」
どうしてか、最後まで言えずに言葉を詰まらせてしまう。操は計画が失敗したときのことを、まるで考えていなかったのだ。甲洋を拘束して、いつも自分がされているみたいにいっぱい気持ちよくして、焦らして焦らして追い詰めてやろうと思っていた。
その頭しかなかったはずなのに、なぜか強く否定することができない。そんな自分への戸惑いに目をそらせば、ベッドの上には大人のオモチャが散乱している。無意識にこくんと喉が鳴った。
(これ、どんなふうに使うんだろ。使ったらどうなるのかな? 気持ちよく、なるのかな……?)
急に心臓がうるさく騒ぎだす。
「試せばいいさ」
操の心を読み取った甲洋が、耳元で吐息混じりに囁きかける。ビクンと肩を跳ねさせて、潤んだ瞳をおずおずと向けた。戸惑いと不安と、期待と恐れ。様々なものが入り混じって揺れる瞳を覗き込み、甲洋が妖しく笑みを浮かべた。
「俺は一騎みたいに優しくないから。だからあいつが、お前相手には絶対にしないようなことを、してあげる」
*
裸に剥かれた操は目隠しをされ、ベッドの背もたれに手錠のチェーンを引っ掛ける形で両手首を拘束されていた。
両足は太ももの裏にふくらはぎがぴったりくっつくように折りたたまれて、膝横と足首辺りを縄で縛りつけられている。巻きつけた部分を束ねて閂状に固定すると、そこからさらにロープを通して背もたれの格子にそれぞれ括りつけられた。M字に開脚する臀部から腰の下には何枚ものタオルが重ねて敷かれ、クッション代わりになっている。
「縄が綿素材でよかった。痕も残りにくいし、痛くないだろ?」
「ね、ねぇ甲洋……ぼく今どうなってるの?」
操はすっかり目隠しをされているため、視覚情報の一切を遮断されている。甲洋の心を読もうにも厚い壁が張り巡らされ、自分がどんな状態でいるのかさえよく分からない。
「なかなか似合ってるよ、来主。いい眺め」
「やっぱやめようよ……なんか嫌だ。もうやめたい」
目も見えず、心も読めないとなると不安だけが増すばかりだ。ここまでおとなしくはしていたものの、今さら後悔が押し寄せてくる。
「やめるもなにも」
音と気配だけで、甲洋がすぐ脇に腰を下ろしたことだけはかろうじて伝わった。それだけで、身体がビクンと跳ねてしまう。
「まだ始まってすらいないよ」
甲洋がそう言ったと同時に、ローターの低いモーター音が唸りをあげはじめた。ドキリとして身を強張らせる操の耳元まで近づいて、耳の穴に触れるか触れないかのところで耳たぶをくすぐりはじめる。
「やっ、やだ! くすぐったい……っ!」
振動と一緒に、頭の中にまで直にモーター音が響き渡るようだった。逃れようとして身をよじると、両腕を拘束している手錠がガチャガチャと音を立てる。それらの無機質な音にまぎれて、甲洋が小さく笑った気がした。
「どんな感じ?」
耳の穴をつついていたローターの先端が、頬の輪郭なぞって首筋を伝っていく。鎖骨をたどり、やがて乳首に触れると乳輪をなぞるようにクルクルと動いた。
「やぁっ、ぁ! んっ……わかんない、よ……っ」
左右の乳首をゆるゆると交互に刺激する振動に、操は皮膚をざわざわと粟立てた。その動きは決して一定のものではなくて、片方をやけにしつこくいじっていたかと思えば、もう片方はかすめる程度につつくだけと、まるで予測がつかない。
視界を遮られているからこそ神経が余計に研ぎ澄まされて、振動になぶられる肌が敏感になっていく。
「乳首が勃ってる。ずいぶん気に入ったように見えるけど?」
「んっ、んっ、ぁッ、ち、ちが、ぅ……変な、感じ……あっ、ジンジン、してきちゃ……っ」
「もう腰が揺れてるよ。そんなにこれが好き?」
「ち、ちがうもん! ……っ、ぁ、こんなのぼく、好きじゃな……ぁ、んんっ」
不思議なことに、甲洋の言葉ひとつひとつがいつもの何倍も意地悪く聞こえてしまう。けれどもっと不思議なのは、そのことに異常なまでに興奮を覚えていることだった。
「嘘が下手だな、来主は。こんなに乳首をパンパンにしてるくせに──ああ、そうだ」
こころなしか、甲洋の言葉選びもいつもよりわざとらしく、あからさまに聞こえる。彼はいったんそこを離れたかと思うと、カタカタと音をさせながら何かを探る気配を見せた。
モーター音が止まり、ローター責めから開放された操は少しだけ安堵して息をつく。けれどすぐにまたローターが乳首に押し当てられて、そのままピタリと固定された。
「なっ、なに!? なにしてるの!?」
「気に入ったみたいだからさ。ほら、これをテープでこうすれば……」
「や、やだやだ! あっ、ね、ねぇ! ねぇってば!」
もう片方の乳首にも同様にローターが押し当てられ、ぴったりとテープで貼り付けられるのが分かる。なにをされるのか予想がついて、操は拘束された両足で必死にもがくが、ただ悪戯に格子パネルが軋んだ音を立てるだけだった。
「これならずっと遊べるだろ?」
「や……っ!?」
甲洋が二つになったローターのスイッチを同時に入れた。あの独特なモーター音と振動が、それぞれの乳首で唸りだす。
「んんっ、ぁ、ぁ、やだ……っ、や、これ、とって、とってぇ……っ」
薄い胸の上で、張りついたローターが『弱』のまま延々と振動を繰り返す。そのもどかしさに操は悶え、悩ましく身をよじった。弱い振動はじれったく神経を苛むばかりで、決定的な快感には至らない。それがより一層、ジワジワと炙るように性感を高めていく。
「はぁっ、ぅ、んッ……こ、よ、おねが……ッ、も、や……っ」
「あせるなよ。時間はあるって言っただろ?」
両腕を乱暴に動かして、手錠を鳴らした。けれど甲洋はそれらの訴えをまるで無視して、別のアイテムに手を伸ばす。包装を解く音だけを聞きながら、次に彼がなにをするつもりでいるのか、操にはまったく想像がつかなかった。
「尿道ブジー、ね。知らずに買ったんだろうけど……これは玄人向けのアイテムだよ」
「うぅー、もうやだぁ! ねぇ甲洋、こんなのやめて普通にしてよぉ!」
「これは躾だよ、来主。普通にしたんじゃ意味がない」
身から出た錆だしねと、そう付け加えた甲洋の声は楽しげだ。
「ローションかと思ったけど、これは滅菌用のジェルなのか。これをこの50mlのシリンジに入れて、尿道に注入するわけだ」
「んッ、ぁ……ねぇ、なにする、の……?」
「痛みを感じなくするためのジェルだよ。これをオシッコをするための穴に入れるんだってさ。ローションよりだいぶ固めだな……待って、今シリンジに移すから」
甲洋は説明書に目を通しながら作業にあたっているようだ。独り言も織り交ぜながら、まるで実況するかのように事細かに、今なにをしているのかを説明していく。けれど操はそれどころではなかった。とにかく早くローターを止めてほしい。こうしている間にも、小さな火に炙られているようだった。
暴れようとしたせいで両足を縛る縄がより肌に食い込み、そのかすかな痛みにすら身体が疼く。
「来主、あまり勃起させないで。勃った状態だと、ブジーの挿入時に痛むらしいから」
「そん、なっ、こと! 言われたってぇ!」
「……あぁ、ちょっと遅かったかな。少し勃ってる。でもまだ柔らかいね」
「アッ、待っ! 今ちんちん触ったら感じちゃうぅ!」
「我慢」
「~~っ!!」
無茶な話だ。操の身体はすっかり興奮しているし、やめてほしいと思いながらも早く気持ちよくなりたくてウズウズしている。我慢なんてできるわけがない。
甲洋は操の半勃ちの幹に手を添えると、もはや先走りで湿った鈴口に手早くなにかを押し当てた。そしてそれを、なんの一言もなしにぐっと穴に押し込んだ。
「ヒッ、ぃ……ッ、──!?」
まともに声も上げられないまま、操の身体がビクンと跳ねる。ささやかな穴に通されたのは、太さが4ミリ程度の細い管だ。痛みはなかったが、初めての感覚にショックが大きい。
その異物感の凄まじさが急に恐ろしくなってきて、操は歯の根をカチカチと鳴らした。
「これ自体は医療用だよ。痛くなかったろ?」
「や、だ……抜い、て、抜いて、お願い……」
「ジェルを入れたらね」
甲洋がシリンジの押し子に力を込めるのが、性器を通して伝わってくる。次の瞬間、尿道を逆流して冷たいジェルが注入された。
「うあぁッ、ぁ、ヒッ!? やめ、アッ、つめ、た、冷たいぃ……ッ!」
「まだ半分も入ってないよ。全部イケそう?」
「むっ、むり! むり! ぜったい無理ぃ!」
固めのジェルは、狭すぎる道を無理やりこじ開けるようにして逆流していく。ジワジワと内部を満たし、深い場所にまで溜まっていくような感覚に、操は髪を振り乱した。
冷えた感触は徐々に焼けるような熱に変わっていく。甲洋が押し子に力をかければかけるほど、注入されたジェルは膀胱を満たし、ぐるぐると暴れまわった。
「ぁぐ、ぅッ、うぅ……ッ、やだっ、これやだ……っ、やら、ぁ……もう、やめ……ッ」
「……ぜんぶ入った。気分はどう?」
「あぁ、う、ぅ……! あつ、い……奥が、熱くて、膨らんで……苦し、い」
「その割には気持ちよさそうに勃起してるよ。我慢しろって言ったのに」
甲洋がフッと笑って、ギリギリまで押し込んだシリンジの押し子をぐんと引きはじめた。その瞬間、操の口から絶叫じみた悲鳴が漏れる。
「はぎッ、ィ、ぁッ──!? や、やッ、あああぁぁ……──ッ!?」
細い尿道からジェルが吸い出される感覚は、まるで強制的に射精させられているようだった。しかも普通の射精じゃない。狭い通り道に固めのジェルがプツプツとダマになりながら排出されて、通常の射精では決して得られない過ぎた快感を味わわされる。
「あ゛ぁぁーッ、ぁ゛っ、あ゛ぁッ、なにごれッ、イグッ、イグぅ──~~ッ!!」
成す術もなく絶頂を迎えた操の白濁が、透明なジェルと混ざって吸い上げられる。ドクン、という大きな衝撃が身体全体に走り、噴きだす精液の勢いに押されてチューブが抜けた。ちゅぽん、という間抜けな音が響き渡る。
「うあぁっ、あ゛ッ! あぁーっ! ぁっ、いやあぁ……! ぁ゛ッ、とまっ、な……っ、しゃせぇ、とまんないぃ……っ!!」
ようやくまともに開放を許された性器からは、絶え間なくジェルと混ざりあった白濁が撒き散らされた。拘束された不自由な身体をビクビクと跳ねさせながら、どこからどこまでが絶頂なのか、あるいは余韻なのかが分からなくなる。
「凄いイキ方。そんなによかった?」
「ッ、ぁ……あぁー……ッ、ぁ、ぁ、ぁー……っ」
意識が白く弾けたまま、どこか遠くに飛んでいくのを感じた。すべてを吐きだしきったあとも、断続的な痙攣が止まらない。
甲洋は操の髪をサラリと撫でて、また笑った。
「来主、しっかりして。ここからだよ」
「っ、ぁ……? う、そ……まだ、するの……?」
「お前のここはまだ足りないって言ってるよ」
大量の射精を終えた操の肉茎は、萎れかけてはいたがまだ幾らかの弾力を帯びていた。甲洋はそれを軽く握り、糸を引く鈴口を親指の腹でクリクリと撫で擦る。
「あっ、やッ、やあぁ……っ」
「パクパクして、中が見えそうになってる。恥ずかしいな」
「見ちゃいや、見ないで……ッ、おちんちんの中、見たらダメぇ……!」
「なら栓をしないとね」
甲洋がまた動き出す気配がした。過ぎた快感から戻りきれないでいる操は、それでもなお終わりが見えないことに絶望感を味わう。
「甲洋、いや……っ」
「暴れると怪我するよ。痛い思いをするのが嫌なら、おとなしくしてて」
「ッ……!」
優しげに聞こえて、その声には圧がある。操はヒュウと息を呑み、抜けきらない余韻と恐怖に、身体を震えさせた。
「アッ、っ……!」
鈴口に、細長くしなるブジーの先端があてがわれた。容赦なく穴に差し込まれ、チューブのときと同様に操の身体がビクンと跳ねる。けれどさっきと違うのは、それがチューブよりもほんの僅かに太いということ。そして、ブツブツとまるでビーズが連なっているかのような形状をしているということだった。
「あ、あ、アッ、やだ、やだぁ……ッ、ぁ、痛いよっ、もういれちゃダメぇ……ッ!」
「だから勃起させるなってば。せっかく少し萎れてたのに」
「あぁーっ、あ、あぁぁ……っ、ぁ、ふか、い、ッ、深いの、こわいよぉ……っ!」
ブジーはチューブが差し込まれていた位置をとうに過ぎ、穴の奥へと侵入していく。中に残っているジェルの力を借りて、ズルズルと最奥へ到達した。その瞬間、腹の奥底でじわりと広がるような熱が灯った。
「ぁ、ヒッ……!? やだ、なに……!?」
「この長さがぜんぶ入った。奥が熱い?」
声も出せずに、操はただこくこくと何度も頷く。
「なら、少しノックしてみようか?」
「ッ、?」
鈴口から飛び出しているブジーの先端には、小さな楕円形のスイッチがついている。甲洋はその頭を指先でコツコツと叩いた。すると内部にあるブジーの先端によって、尿道側から前立腺をノックされ、操の腰がビクビクと跳ね上がる。
「あぅッ、あっ、あ゛ぁッ……! やめ、やだ、奥だめっ、コンコンしないれぇッ!」
甲洋は小さな幹をしっかり掴み、ブジーを幾度か抜き差しした。そこはもはやジェルで味わわされた快感に味をしめていて、内壁を擦られながら前立腺を押しつぶされる感覚に、射精したい欲が押し寄せる。けれど尿道はブジーによって塞がれており、出すことは叶わない。それでも極致の波は容赦なく襲いかかってきた。
「ひィッ、ぁ゛ッ、イぐッ、イ゙ぐッ! イッ……──ッ!」
「待ぁて」
「ッ゛~~っ……!!」
犬や猫をたしなめるような声音で命じ、甲洋がイク寸前で刺激する手を止めてしまう。
「やっ、なん、で? やだ……イキたい、イキたいよぉっ!!」
「ダメだ。お前、今メスイキしようとしただろ?」
「ッ、? メス、い……?」
「俺がいいって言うまで、絶対イクな。しばらくこのままじっとして」
「そっ、そんなの無理! 無理だよぉっ!」
操の身体は絶頂する寸前の強張りが解けないままだ。プツ、プツ、とブジーが勝手に押し出され、その感覚だけで果ててしまいそうになっている。
「もう緩くなった? 随分だらしない穴だな」
甲洋はわざとらしい溜息をつき、ブジーをぐっと押し込んだ。
「ひあぁッ、ぁぐぅっ……!」
「イ、ク、な。何度も言わせるなよ」
「ぃぎ……ッ、ぃ、ひ……っ」
全身をガチガチと震わせて、歯を食いしばる。甲洋はブジーが抜けてしまわぬよう、オウトツが浅い亀頭部分にコックリングをハメて固定してしまった。あと一歩で手が届きそうなのに、せき止められた血流が絶頂を掴ませてくれない。
「ぁ、ぐ……っ、ぁ゛……も、む、り……」
「まだだよ来主。ローターだって余ってる。こっちだってそろそろ寂しいだろ?」
甲洋の指先が、ジェルと体液でぐちゃぐちゃになった尻の孔に這わされる。指を押し込まれ、ねっとりと浅い部分を掻き回された。
「やぁあっ! こうよ、っ、や、あうぅ……っ!!」
不格好に尻を振り、逃れようとする動きを見せる操の耳に、クスリと笑う甲洋の声が聞こえる。彼はあっさり指を引き抜いてしまうと、余っているローターの一つをヒクつく孔に宛てがい、ぐっとナカに押し込んだ。
「ヒィッ、ぁ!? やぁ……っ、い、いれないでぇッ!」
「簡単に入っていくよ。あと二つ」
「やだッ、いやぁ……っ!」
残り二つを、立て続けに入れられた。それだけで、操の狭いナカはいっぱいになってしまう。けれどそこに甲洋の長い指も一緒に潜り込んできて、また中をかき回された。バラバラに動く異物が、濡れた肉の壁を不規則に擦る。
「い、ぁ゛……やめ、お腹、苦しいっ、甲洋……っ!」
「普段もっと太いのを挿れてるだろ? 来主ならすぐに慣れるよ」
操の訴えを袖にして、彼は指を引き抜くと容赦なく三つのローターのスイッチを入れていった。
「ッ~~!? ぁ゛ッ、……ッ、んくっ、ぁ! やあぁ……ッ!」
胸とは違い、それは最初から『強』に設定されているようだった。三つのローターはナカで激しく振動し、互いに擦れ合い、より振動を強くする。モーター音が腹の奥で低く唸りをあげて、ナカを激しく暴れまわった。
「さて、じゃあ次はこっちだ」
次に甲洋がしたのは、ブジーについているバイブのスイッチを入れることだった。カチッという音が無情にも鳴り響き、ナカのブジーが振動をはじめる。その瞬間、操はバチバチと視界が白く弾けるのを見た。
「ッ、!? ィ゛、……ッ、──!?」
ブジーは繊細な尿道で激しく震え、その震えは先端から前立腺を刺激する。さらに裏側からはローターが圧迫しており、二つの刺激によって前後から同時に前立腺を責め苛む。
「ぁ゛ッ、あ゛あァ──ッ! ぁ゛んぐッ、あ、ぁ──!! もッ、ごわれる!! ごわれるぅ゛ッ、! 抜いで、抜い、ッ! ん゛んぅ、ア゛ぁ…──ッ!!」
内ももは激しく痙攣し、頭上では手錠が酷い金属音を奏でていた。閉じることができない口から唾液を漏らし、それだけでは足りずに舌まで突き出すようにしながら、延々と繰り返される快楽に身を焼かれる。
雁首でせき止められ、パンパンに赤く膨れ上がった性器はぴったりと腹にくっついて、小魚のように跳ねていた。
「凄い反応。逆に気の毒になってくるよ」
「やべでッ、もうやべでぇッ……! こうよ、ヒぎッ、ぃ゛……っ、ぁ゛ぐうぅぅっ!!」
「ひどい声だな。もっと聞いていたいけど」
甲洋が一つだけ残ったギャグボールを手に取った。
「どうせだから、これも使おうか」
唾液と共に絶叫を撒き散らす操の口に、丸い球体が噛まされる。ベルト部分を首の後ろで固定され、まともに喘ぐことすらできなくなった。
「んぶぅッ、んぉッ、お゛ぉア゛ァッ、ん、ぶッ……ふ、ぅ゛──……っ!!」
よりいっそう品のない悲鳴があがり、甲洋が満足そうに笑う吐息が聞こえる。すぐ脇でベッドの縁が軋み、目の前で顔を覗き込まれているのが、突き刺さる視線で察することができた。操は呻きを上げながら、激しく首を左右に振った。
「ごあえぅッ、ごあぇひゃうぅ! ほぉア゛ぇへえッ……!!」
「なに言ってるか分からないよ」
甲洋がまた笑った。操は心の中で、何度もやめてと叫びをあげた。このままでは壊れてしまう。気が狂って、戻れなくなる。一分でも一秒でも、この快楽責めには耐えられない。
全て聞き取っているはずなのに、甲洋はその訴えに答えようとはしなかった。代わりに、囁くような声で「三枚だよ」と、言った。
「~~ッ、!?」
「今月、来主が割った皿の数。ドングリ三個分だ」
振動と共にビクビクと跳ねている腫れた屹立を、指先がつうっと撫であげる。
「その分を引かれるのが不満なら、代わりにこのまま堪えてごらん」
「うぶぅぅッ! ぅぐうぅぅぅーッ!!」
また少しベッドが軋んだ。甲洋の気配が離れるのを感じて、操は半狂乱になりながら髪を振り乱した。
「俺は下にいるから。三時間したら戻ってくるよ」
(待って! 待って甲洋! 嘘でしょ!? やだ……ッ、ぼくを置いて行かないで!!)
「飛ぶなよ、来主」
その言葉には、二つの意味が込められている。決してワープで逃げようなんて考えは起こすなということ、そして意識を保ったままでいろということ。
言葉だけで絶対的な圧をかけ、甲洋の声はその後いっさい聞こえなくなった。扉を開け締めする音は聞こえなかったから、ワープで部屋を出ていったのかもしれない。けれど視界を遮られている以上、本当にいなくなったのかどうかすら操には判断がつかなかった。
どちらにせよ、この地獄のような責めから開放されるのは、まだずっと先なのだ。三時間と、甲洋は言っていた。割った皿、三枚分。突き落とされるような絶望感に、操はただ泣いて呻くことしかできない。
「ううぅーッ、ぉ゛ッ、……ッ、ぉ゛あッ、ア゛ッ、おぁぁッ……ッ!!」
胸と、ナカと、性器に差し込まれたバイブは延々と唸りを上げている。足をガクガクと動かし、ロープを引き千切ろうとしてもビクともしない。荒れ狂う快感の激流が、操の神経を焼き切ろうとしている。
(壊れる、壊れる……! 助けて、怖い、助けて甲洋ぉ……っ!!)
目隠しは操の涙でぐしゃぐしゃになっていた。点々と空いたギャグボールの空気穴からは、絶えず唾液が溢れ出る。身をよじればよじるほど、ナカでローターが暴れまわった。前立腺を激しい振動がこねくり回し、張り詰めた性器が弾けそうになっている。
けれど尿道は塞がれて、射精はできない。イクことができない、はずなのに。
「ぁ゛っ、ぇ……ッ、~~ぉ゛、ッ゛……ッ!!」
操の中で、なにかが決壊した。呼吸すら忘れて、大きな波に飲み込まれる。性器がグン、と大きくしなった。そのままビクビクと痙攣を繰り返し、爆ぜるような快感が噴き出した。
(ダメ、ダメぇ! もうイク! イクイクッ、イクぅぅ……ッ)
「あおぁッ、うぅぅッ、んぐぅぅぅッ……!!」
白い光が、頭の中で一気に弾けた。射精もしないまま、痺れるほどの絶頂感に襲われる。
「〜〜〜っ、ッ! ぉ゛、……アッ、──!!」
ガチャ、ガチャ、と手錠が鳴る。背もたれの格子パネルは軋み、拘束されている足の爪先が、攣りそうなほど丸まった。
(ぼく、メスイキしたんだ……甲洋に、また怒られる……)
我慢しろと言われていたのに、操はメスイキしてしまった。彼が戻ってきてこれを知ったら、これよりもっと酷いことをされるかもしれない。けれどそれを思うとゾクゾクしたものが込み上げて、いっそう快感が膨れ上がった。何度も何度も、射精を伴わない絶頂が快楽の上限を塗り替えて、際限もなくイキ狂う。
(ぎもぢい、ぎもぢい、ぎもぢいぃぃ……っ!!)
ローターとバイブは止まらない。目隠しの下で白目を剥く操の、地獄のような快楽の時間はまだ始まったばかりだった。
*
「まったく声が聞こえなくなったから、様子を見に戻ってみれば……」
ずっと遠くで、甲洋の声が聞こえた気がした。思考に厚い膜が張っているような感覚に、虚ろな意識を彷徨わせる。操はただ小刻みに痙攣しながら、時折ビクンと弾かれたように身を跳ねさせるだけになっていた。
ギャグボールの空気穴から泡を噴き、半ば失神しかけている。
「まだ一時間しか経ってないよ」
甲洋が苦笑しながら、ギャグボールと目隠しを外した。操は白目を剥いていて、自由になった口からはか細く短い呻きしか漏れない。
「ぁ……ぁ゛……ァー……、ぉ、ぁぁ、ァー……」
「ほら、しっかりして」
ベッドに乗り上げた甲洋が、操の頬を軽く叩く。上を向いたままだった眼球が、左右に揺れながらゆっくりと焦点を合わせていく。涙は枯れていたが、甲洋の存在を認識した途端、ポロポロとまた溢れだした。
「あと二時間、がんばれそう?」
「ッ、ぅ……こ、よ……こうよ……な、さ……ごめ、なさ……ごめ、ん……っ」
甲洋が優しく微笑み、「何回イッたの?」と問いかける。操は嫌々と首を振り、くしゃりと顔を歪めた。
「ごめん、なさい、ぁう、ぅ……ッ、ごめんなさい……っ」
「悪い子だな。これじゃ躾にならないよ」
「ッ、ごべんなざいっ! ごべんなざい! ごべんなじゃいぃ!」
ローターとバイブは未だに唸りを上げていた。けれど一時間ものあいだ絶え間なく絶頂を繰り返した操の身体は、ただジクジクと熱く痺れるだけで麻痺しはじめていた。何度イッたかなんて分からないし、まだイキ続けているような気もする。
「しょうがないな」
泣きじゃくるばかりの操に、甲洋は小さく息を漏らすと、真っ赤に腫れた性器からリングを取り去った。せき止められていたマグマのような熱が、一気にぐっと競り上がる感覚を覚え、操は大きく息を呑む。
「ヒッ、ィ、ぁ……っ」
そこで初めて、操は自分の身体を見下ろした。パンパンに膨らんだ性器から、黒いブジーの頭が突き出ている。小さな卵型のスイッチだ。甲洋はそのスイッチを止め、ジワジワと引き抜いていく。
「ぁぐッ、ぅ……っ、ああ゛ぁ、ぁ、ぁ゛……っ!」
ビーズ状のブジーが、柔らかくしなりながら鈴口から飛び出してくる。その感覚にブルリと震えていると、残りのブジーが一気に引き抜かれた。
「ヒギッ……!? ィ、ぃああぁぁ──ッ!!」
その途端、溜まるにいいだけ溜まった精液がドッと噴きだした。長く続いた射精のあと、プシャッと音を立てて透明な潮まで吹いてしまう。腰回りはぐしゃぐしゃで、なぜ甲洋があらかじめタオルを敷いていたのかが、やっと分かった。
「はあぁッ、ぁ、ぁ、ぁ……あぁーっ、ア゛ーっ……」
また半分ほど白目を剥きながら、操はピクピクと痙攣した。ブジーを抜かれた鈴口が、真っ赤に染まりながら閉じたり開いたりを繰り返し、ぷくん、ぷくんと残滓を吐きだしている。
その痴態に甲洋はごくりと喉を鳴らし、震える息を漏らしながら、今度は尻の孔からローターを一つ、引き抜こうとした。けれどしっかりと食い締めて、なかなか上手く出てこない。
「これがそんなに気に入った?」
「ち、が……ちが……」
「俺のを挿れてるときよりも、ずいぶんしっかり咥え込んでるようだけど?」
「ひぅっ、アッ、くうぅぅんッ……!」
ローターがズルンと強引に引き抜かれた。尻の孔から卵を産まされたような感覚に、また軽くイッてしまう。操の身体は完全に大事な糸が切れていて、少しの刺激でも簡単に達してしまうようになっていた。頭も心も身体でさえも、すっかりバカになっている。
「もういやぁッ! イギだくないっ! イギだくないよぉ……っ」
「さっきはイカせてってうるさかったのに?」
「もうやらっ! やらぁっ!」
涙と鼻水でひどい有様の顔を見て、甲洋はまたひとつ震える息を吐きだした。その目つきは飢えた獣のようで、操が耐えていた分だけ彼もまた堪えていたことが伺い知れる。
「……ごめん、来主」
甲洋は低く吐き捨て、息を荒げながら自身の前をくつろげた。下着から引きずり出されたそれは、見たことがないくらいギンギンと脈を浮かせて反り返っている。見慣れているはずの肉棒が、今の操には凶器に見えた。
「や……やだ……いや……」
こんなものを挿れられたら、また死ぬほどイカされる。操はこれがどれほど気持ちいいものかを知っていた。ナカに挿れて、肉の壁をいっぱいに広げられ、痛いくらい擦られて、腹の奥を突かれると、よだれを垂らしながら悦んでしまう自分の淫らさを知っている。
だから怖い。これ以上は本当に壊れてしまいそうなのに。甲洋の男根から目が離せずに、喉を鳴らしてしまう自分が信じられない。
「やだ、やだ……っ、今したら、ぼく死んじゃう……っ」
ゆるゆると首を振って怯える操に、甲洋は余裕のない低い声でもう一度「ごめん」と言った。そして、縄が食い込む内ももに手をかける。二本のコードが伸びている濡れた孔に、熱い筒先を宛てがわれ、操は血の気が引くのを感じた。
「ダメ、ダメぇ! まだ入ってるの! ブルブルが、まだナカに……ッ!」
「来主……っ」
「いァ゛……や、!? 〜〜っぁ゛、やめ、ぁ゛っ、ァ──ッ!!」
ローターが残されたままの肉壷に、甲洋の肉柱が突き立てられる。比較的浅い場所に留まっていた二つのローターが、その切っ先によって奥へ押し込まれた。肉棒と一緒に壁を擦り、ブルブルと暴れながら届いてはいけない場所まで届いてしまう。
「イ゛ッ、んぃいぃ゛ッ! ……っ! や、め゛っ、壊れ、あ゛──! ァ゛……!? んぉ゛ッ、も、イグ、イグぅ゛──……ッ!!」
目を見開いていてすら、視界に火花が飛び散った。枯れた喉で絶叫し、また派手に絶頂を迎える。
甲洋はそれぞれ掴み上げた操の膝頭に爪を立て、食い締める肉の感触にブルリと背筋を震わせた。喘ぎ混じりに荒く呼吸を繰り返し、熟れただれた媚肛を激しく突き上げる。
何度も何度も、繰り返される律動のたびに潮を噴き上げ、操はイキ続けたまま戻れなくなった。
「や゛、ぁああ゛! ごわれるッ、ごあれるぅ……っ、ア゛ッ、ぉ゛……っ、ごべ、なざ、ごべんなざいッ、もう悪い子しないッ! 悪い子じないがらぁ……ッ!」
獣のように腰を穿ち続ける甲洋が、操の泣き顔を見下ろしながら口元を笑みに歪めた。
「来主は、いい子だよ」
彼はズボンのポケットから鍵を取り出し、手錠を外した。それをどこかに放り投げ、操の身体を抱きしめる。感覚をなくして痺れる両腕で、その首にぎゅうと抱きついた。耳元に擦りつけられた甲洋の唇が、「好きだよ」と甘く囁いて耳朶を食む。
「ッ、ぅ……うぅ、ぁ……っ、ひっ、く」
心がどろどろに蕩けだすのを感じて、操はどうしようもなくしゃくりを上げて泣きじゃくった。好きというたった一言を、こんなに嬉しく感じたことがあっただろうか。言葉でも、そして心でも、甲洋はその甘ったるい声で操に何度も好きだと言った。
「来主は……? お前の一番は、誰?」
切なく掠れる甲洋の吐息に、操は迷わずその名を呼んだ。
「ぁ゛……ッ、はっ、こう、よ……ッ、あぁッ、ぁ……っ、甲洋が、好き、いちばん、好きぃ……っ!!」
ドスン、とまた勢いよく奥を穿たれる。操はもう何度目になるか分からない絶頂を味わった。痙攣する肉の締めつけに甲洋もまた甘く呻いて、白い熱液を迸らせる。
ぶちまけられた灼熱の粘液に下腹を震わせながら、溺れたようにその背を掻き抱く。休みなく続行される抽挿に、操はそのあとも狂ったようにイカされ続けた。
*
目が覚めたのは、すっかり昼になる頃だった。
シーツは綺麗に取り替えられて、簡素なシャツとハーフパンツを着せられた身体も、ある程度は清められている。拘束も完全に解かれているが、起き上がるどころかまともに声を出すことさえままならなかった。
「来主、起きた?」
そこへ白いカップを手にした甲洋がやってくる。彼はカップをいったん机に置くと、操側に身体を向けてベッドの縁に腰掛けた。
「ぅ゛、ん……ケホッ、ケホッ!」
さんざん喚いたせいで、喉にヒリヒリと痛みが走った。軽く咳き込みながらも身を起こそうとする操の肩に腕を差し入れ、甲洋が眉をひそめながら介助する。
「これ飲んで」
甲洋は机に手を伸ばし、白いカップを操に差し出す。ほのかに立ち込める湯気と一緒に、蜂蜜と生姜のあたたかな香りがした。
カップを両手に持ち、ちびちびと口をつける。ほどよく冷ましてはあるようで、操はそれを最後まで飲み干してしまった。
「おいしぃ」
ホッと息をつき、甲洋を見るとへにゃっと笑う。甲洋もふっと笑った。操の手から空のカップを受け取り、机に戻す。
操はそんな甲洋をおずおずと見上げ、目が合うと視線をわずかにうつむけた。
「どうかした?」
「ん? んー……。あのさ」
「うん」
「……お皿割ってごめんなさい。次からは本当に、がんばって気をつけるから」
膝の上で、両手の指をモジモジとさせる。あれだけミスをしておいて、まともに謝ったのはこれが初めてかもしれない。操は甲洋に対して多くの不満を持っていたけれど、こうして素直に謝ってみると、今までの棘がスッと抜け落ちたような清々しさがあった。
息をついた操の髪を、大きな手がくしゃくしゃと乱す。見上げれば優しい笑みがあって、その笑顔が今朝はとびきり甘く見える。
「俺こそ悪かった」
「なんで君まで謝るの?」
「お前のワガママは可愛いよ。生意気なところもさ。可愛いから、困ってしまう」
キョトンとしながら首を傾げた操に、甲洋は苦笑を浮かべた。
「来主を甘やかすってことは、俺まで一緒にダメになるってことだ。本当は店もなにも放りだして、四六時中お前とベタベタしていたいよ」
「えっ、それほんと!? ほんとにそんなこと思ってたの!?」
「ほんとだよ」
自嘲気味に肩をすくめた甲洋に、操は瞳を輝かせながらグンと伸び上がるような嬉しさを感じた。
「俺が厳しく接するぶん、一騎がフォローしてくれる。そこに甘えすぎてたよ」
ふたりきりでいるときの甲洋と、仕事をしているときの甲洋とではあまりにも態度が違いすぎて、操はそのギャップを受け入れられずにずっと腹を立てていた。けれど彼が仕事中やたらと厳しかったのは、操を律するのと同時に自分をも厳しく律していたからだったのだ。
変なの、と思ったけれど、そこが甲洋らしくもある。そう思える自分に、操は喜びを感じた。そんな彼らしさが腑に落ちるくらいには、自分たちはもうずいぶんと長く一緒に過ごした。これはその証でもあったから。
「なぁんだ、そっか! そうだったんだ……えへへ、嬉しい!」
広がる喜色を満面の笑顔に乗せて、操は甲洋に抱きついた。いつもクーがしてくるみたいに、甲洋の頬やあごの下にスリスリと自分の頬を擦りつける。しっかりと抱き返しながら受け止める甲洋の心が、くすぐったそうに震えていた。だから操までくすぐったい気持ちになって、ころころと声をあげて笑ってしまう。
「あ、そういえば」
ずっとそうしていたかったけれど、ふと気になって顔を上げた。
「あのオモチャどうしたの? もう捨てた?」
「まさか。勝手に捨てたりなんかしないよ」
甲洋が窓際のチェストに目線をやるので、操もそれを追いかけた。チェストの上には昨夜使ったアイテムたちが、普段使用しているローションだとか、ゴムの箱と一緒に行儀よくカゴに収まっている。
「とりあえず洗って消毒はしたけど」
どうするの? と目だけで問われて、操は少しドキリとした。捨てるも捨てないも、それは持ち主である操次第だ。
つい昨夜のことを思いだして、身体の奥がジンとする。ひどい目にあったとは思うけど──。
(やっぱり、自分のために買ったのかも……)
甲洋が言っていた通り、めちゃくちゃにされたかったのは自分の方だったのかもしれない。思わず漏れた熱い吐息が、それを証明しているようだった。
「……ときどき使おうよ。ダメ?」
死にそうな思いをしたし、前も後ろもなんだかまだ違和感がある。
甲洋はいつもより怖くて意地悪で、そのくせぜんぜん余裕がなかった。こうしてずっと一緒にいたとしても、まだまだ知らない顔がある。それをもっと知りたいと思った。だからたまになら、またしてみたい。優しくされるのもいいけれど、あんなふうにイジメられるのが嫌いじゃない自分を、操は知ってしまったから。
きっとそのときになれば、またひどく泣いて後悔するに違いないのに。
「いいよ」
そんな感情を隠しもせずに漏らす操に、甲洋は少しだけ困ったような顔をして笑った。彼もまた、昨夜の異様な高ぶりを思いだしている。
癖になってしまったのは、甲洋も同じだ。
「俺に使わないならね」
しっかりと刺された釘に、操はわざと「どうしようかな?」と悪戯っぽく言いながら、可笑しくてつい笑ってしまった。
了
To a friend born in November. Happy Birthday!
←戻る ・ Wavebox👏
*濁音喘ぎ、あからさまな淫語。
*二次エロはファンタジー。
「あっ!」
高く鋭い音を立て、床に落下した皿が粉々に飛び散った。空気まで一緒にひび割れたような感覚に、操は身をすくませる。
「またやっちゃったぁ……」
「来主、大丈夫か?」
その音に目を丸くして、カウンターの奥から出てきたのは一騎だった。彼は操が迂闊に破片に触れないよう、肩を抱いて一歩引かせると優しく笑って小首を傾げた。
「片付けは俺がするから。来主は下がってな」
「うん……」
「一騎、あまり来主を甘やかすな」
そこへ、休憩から戻った甲洋がバックヤードから姿を現した。後手に黒いエプロンの紐を結びながら、呆れた視線を向けてくる。
「今月に入ってから三枚目だよ。先月は五枚、先々月は四枚。この調子で、今月も記録を更新するつもり?」
チクチクと刺すような物言いに、操は喉の奥で「う」と呻いた。言われても仕方がないことだが、だからこそ反抗心を煽られる。
「ちょっと手が滑っただけなのに! そんなに言わなくたっていいじゃん!」
「気が緩んでる。緊張感がない証拠だよ」
「次は気をつけるってば!」
「それを聞くのも今月に入って三回目だ。いい? 今日のドングリはなし。それと店の掃除だ」
「えぇ!? またぼく一人でぇ!?」
それは皿割り常習犯の操に課せられたルールだった。皿を一枚割ると、その日は報酬のドングリがもらえない。
甲洋はドングリを探す天才だ。丸々としてずっしりと重たい、立派なドングリを操にくれる。自分で探そうとしても虫食いばかりで、痩せたものしか探せないから。だから操は甲洋がくれるドングリを、いつも楽しみにしているのだった。
ドングリは植えると芽が出て、いずれはクヌギという木に成長するらしい。つまり、たくさん植えれば森になる。自宅の庭が森になったら、母・容子はきっとビックリするだろう。その顔が見たくて日々せっせとドングリを集める操にとって、このペナルティはかなり厳しい。
しかも罰はそれだけじゃない。閉店後、普段なら時間短縮のために分担して済ませるところを、一人でこの店内の床磨きなどをさせられる。これがとにかく面倒くさいのだ。
「そんなの厳しすぎるって! こないだ一騎だってお皿一枚割ったじゃん! なのになんの罰もなしなんて、そんなのズルいよ!」
「それを言われると弱いな」
一騎が肩をヒョイとすくめて、恥ずかしそうに苦笑した。
「一騎はあの日たまたまミスをしただけだ。滅多にそんなことはしないし、猛省していた。ごめんなさいの一言もないお前と一緒にするな」
「ムキィィィ……ッ」
ド正論ほど腹が立つものはない。猿のように顔を真っ赤にして怒らせた肩を、一騎がポンと叩いて宥めてくる。けれど操のムカつきは収まらなかった。いま謝ろうと思っていたなんて、そんなことを言えばまたチクリと嫌味を刺されるだけだ。
ぐうの音も出ずに睨みつけるばかりの操に、甲洋は鼻から小さな息を漏らした。
「いつまでそうしてるつもり? そこは俺が片すから、お前は早く仕事に戻りな」
「~~ッ! ふんだ! 甲洋のバカ!」
軽くあごをしゃくるような仕草で向こうへ行けと命じられた操は、拙い捨て台詞を残すと大きな足音を立てて店の奥に引っ込んだ。
操が行ってしまうと、一騎がからかうような瞳を甲洋に向ける。
「破片の片付けは絶対にさせないんだよな、毎回」
「……危なっかしくて、見てられないよ」
そんなふたりの会話が、操の耳に届くことはなかったけれど。
*
「ただいまぁ……」
きっちり掃除を終えて帰宅した操を、容子がリビングから顔を出して迎えてくれた。
「おかえりなさい。遅かったのね」
「うん、ちょっと」
冴えない返事に、容子は心配そうに眉をひそめる。
「操、あなたまたお皿を割ったの?」
「な、なんで分かるの?」
「分かるわよ。帰りが遅い日はいつもそうでしょ?」
バレている。そりゃあそうだ。甲洋は基本的に操を遅くまで残らせることはしない。だからこうして帰りが遅くなる日は、決まってミスをしたときだけなのだ。
「あまり迷惑をかけてはダメよ。あなたは社会勉強をさせてもらっているのだから、ちゃんと甲洋くんの言うことを聞いて、」
「もう! お母さんまでうるさい! そんなこと分かってるよ!」
いつもなら素直に受け取れるはずの言葉も、今の操にはまるで追い打ちのように感じられた。つい腹を立ててしまい、顔を背けると二階の自室へ続く階段を駆け上がっていく。
反抗期さながらの操の態度に、容子は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに眉をハの字にして苦笑する。
「操、ご飯は? 先にお風呂にするの?」
「ご飯いらない! お風呂あとで!」
操が掃除をしているあいだ、一騎は新作カレーの開発を理由に居残っていた。それをたらふく試食させてもらったのだ。その場に甲洋もいたにはいたが、操は一言も口を利かずにそっぽを向いて帰ってきた。結局、最後までごめんなさいは言わないまま。
「なんでこうなるの? お母さんにまで八つ当たりしちゃったじゃん!」
バタン、と大きな音を立て、自室に戻った操はついヒステリーじみた声を上げる。明かりをつけると真っ先にベッドに向かい、枕元のクッションを床に投げつけた。
「ぜんぶ甲洋のせいだ! 甲洋のせいで、ぼくは悪い子になっちゃうんだ!」
それは操がミスを連発するからで、この状態はただ逆ギレしているだけだ。甲洋が言うことはいちいち正しくて、自分が悪いことくらいちゃんと理解しているつもりだけれど。
「……お母さんに謝らなきゃ」
しおしおとうなだれながら、操は投げつけたクッションを拾い上げるとベッドの縁に腰をおろした。クッションを抱きしめ、泣きそうな顔を埋める。
母に当たっても仕方がないのに。ひどいことを言ってしまった。だけど正しいことを言われると、なぜだか心がトゲトゲしてしまう。とりわけ甲洋に言われるとなおさらだった。
「もっと優しくしてくれたっていいのに」
操と甲洋は手を繋いだりキスをしたり、その先のことだってする仲である。つまりは特別な関係で、互いにそういうことをしたいと思う相手のことを、恋人と呼ぶらしい。
だったらもっと優しく接してくれてもいいと思うし、ちょっとくらい甘やかしてくれてもいいのではないかと、操は思う。
「甲洋はいちいち厳しすぎるんだ。嫌味ばっかりぐちゃぐちゃ言ってさ。それに──」
操の不満がこんなにも爆発しているのは、なにも今日あった出来事だけが原因ではなかった。その他にも要因があり、積もり積もって膨らみきってしまったのだ。
クッションから顔をあげ、ふくれっ面の操は壁にかかっているカレンダーに目線をやった。
「もうずっとエッチしてないじゃんか」
最後に甲洋とセックスをしてから、ずいぶん日にちが経っている。
あの男は基本的に、店が休みの日にしか手を出してこようとしない。その他はどんなにねだっても、「ダメだ」の一点張りでそっけなくされてしまう。
楽園は定休日というものを設けておらず、休みは不定期という自由なスタイルで運営されている。ここ最近は店を貸し切りたいという予約客がやけに多かったこともあり、休みがない状態が続いていた。おかげでめっきりご無沙汰だ。
せめてちょっとした隙を見てすり寄ってみても、仕事中にすることではないと冷たくあしらわれるばかり。閉店後はさっさと家に帰されるし、まったくそれらしいことをする暇がない。そのことに操は不満を募らせる一方だった。
「もっといっぱいしたいのに……」
操は甲洋に甘えるのが好きだ。特にセックスをするときの彼は、まるで操のことを宝物のように優しく扱ってくれる。普段は飴より鞭の方が多いだけに、あの瞬間が好きで好きで仕方なかった。心も身体も気持ちがよくて、嬉しいという感情でいっぱいになる。
だから毎日だってしたいのに、甲洋はちっとも好きにさせてくれない。そのくせ嫌味や小言は尽きなくて、厳しく接するばかりだった。
その点、一騎はいつだって優しくしてくれる。今日だって真っ先に来てくれたし、操を責めるようなことは一言も言わなかった。甲洋とは大違いだ。
「いいなぁ総士は。一騎といつも一緒でさ」
ぶぅと唇を膨らませ、クッションを抱いたままベッドに転がった。
一騎だったら、なんでも言うことを聞いてくれるのだろうか。なにをしたって許してくれて、どんなときも優しくて、キスもセックスも、したいときはいつだってしてくれるのだろうか。
「甲洋が一騎みたいだったらよかったのに……」
好きなときにくっつけないし、エッチもできない。二人っきりのときにしか甘やかしてくれなくて、他はダメだダメだと言うばかり。だんだんと、また腹が立ってくる。どうして自分ばかり、いつも我慢しなくちゃいけないのだろう。
だけど言葉でなにを言ったって敵わない。どうにかして甲洋を意のままにする手はないものかと考えて──
「そうだ! いいこと思いついちゃった!」
ふと名案を思いつき、ベッドから飛び起きるとクッションを投げだした。思い立ったら居ても立っても居られない。操は意気揚々と、ワープで家を飛び出した。
*
数日後──。
「やったー! お仕事終わり! 今日はお皿割らなかった!」
営業時間が終わり、全ての仕事を終わらせた操がバンザイをする。厨房を片していた一騎に「偉かったな」と褒められて、得意げに胸を張った。
「ぼくだってやればできるもんね!」
「それが当たり前だ」
が、カウンターで皿を磨いていた甲洋がすかさず水をさしてくる。操は思わずムッとしかけたが、すぐにニコリと笑うとそばに駆け寄り、背後からその腰に腕を回した。
「っ、危ないだろ」
危うく皿を落としそうになった甲洋が、眉間に深くシワを刻む。それでも振り払う素振りは見せない。営業時間外でもあるし、操は自分の仕事をしっかりと終わらせている。だからそれ以上の文句を言われることはなかった。
「明日は久しぶりにお休みだよね!」
「そうだけど?」
皿を磨きはじめる甲洋の耳元に、背伸びをして唇を近づける。
「じゃあ、今日はお泊りしてもいいでしょ?」
小声で問えば、甲洋はほんの少しの間のあとに「いいよ」と短く返事をした。普段は滅多に心を悟らせない甲洋だが、その瞬間だけはふっと緩みが生じたのが分かる。一騎もいる手前すぐに引き締められたが、操はそれだけで充分に嬉しさを感じた。
明日は久々の休日だ。一騎は総士を連れて、真矢と美羽も一緒に海へピクニックに行くらしい。操と甲洋も声をかけられたが、さりげなく断ったのは甲洋だった。それは甲洋も久々の休みをふたりで過ごすことを望んでいるからで、その意図に気づかないほど操だって鈍くない。だからこれ以上ないほど気分がよかった。今なら多少の嫌味くらい、余裕でスルーできそうなほど。
しかし、心に蓋をして悟らせたくないのは操も同じだった。気を抜くと思い切り開放してしまいそうなほど浮かれているが、そのせいで計画が漏れては台無しだ。操は今夜、甲洋にちょっとした悪戯を仕掛けるつもりでいるのだから。
「むふふふふ」
「……気持ち悪いよ、来主」
怪しい含み笑いに容赦なくジト目を食らったが、そんなことすらへっちゃらだった。
*
帰っていく一騎を見送ると、ふたりは二階にある甲洋の部屋へと向かった。
操の手にはサイズが大きめの、猫柄の巾着袋がぶら下がっている。扉を閉めるなり甲洋がチラリと不思議そうな目を向けてきたが、操は誤魔化すようにその首に抱きついた。
背伸びをしながら引き寄せて、ぶつけるみたいなキスをする。その性急さに、甲洋はふっと笑みを漏らした。
「あせらなくても時間はあるよ」
ふたりきりのときにしか見られない、甘ったるくて優しい笑顔。ひどく久しぶりに見た気がして嬉しくなる。
けれど操はツンと唇を尖らせて、上目遣いに甲洋を軽く睨んでやった。
「だってずっと我慢してたんだもん。ほんとはもっとしたいのに」
「それどころじゃなかったろ。仕事に支障が出れば大変だ」
「君は真面目すぎるんだ。少しくらいなら別にいいじゃん」
「ダメだ。仕事とプライベートはちゃんと分けろ。それができないなら、」
「もう! そういうのいいから、早くしようよ!」
放っておくとまた小言が始まりそうだ。こんなときまでご免だと、操は少し焦りながら甲洋をベッドに引っ張っていく。
「風呂は?」
「そんなのいい! ねぇ早く」
急かす操に苦笑して、甲洋がようやく手を伸ばす。両肩に大きな手がかぶさり、唇を重ねながら並んでベッドに腰掛けた。巾着袋の紐が、操の手首からすり抜ける。
「んんっ、ふ……っ」
忍び込んできた舌を受け入れ、鼻から抜けるような声を漏らした。水音を立てながら競うように舌を絡ませ、互いに服の上から身体をまさぐる。胸や脇腹に大きな手のひらを滑らされ、操の身体がピクンと跳ねた。
「はぁ、ん……!」
芯から込み上げた熱に息が上がり、頬が紅潮する。頭がぼうっと霧がかるのを感じて、操は内心ハッとした。これじゃマズい。夢中になりかけて、うっかり計画を忘れるところだった。互いに無防備になっている今は、仕掛けるのに絶好のチャンスでもある。
操はすぐ脇にある巾着袋にさりげなく片手をやりながら、顔の角度を変えると甲洋の下唇に吸いついた。
「んっ……!」
甲洋の肩がわずかに震えた。その隙をつき、操は巾着袋から抜き取ったものを素早く甲洋の手首の片方に引っ掛ける。
──カシャン
「ッ!」
響き渡った無機質な音に、甲洋が息を呑む。唇が離れ、目と目が合うと操はニンマリ微笑んだ。
「これは? どういうつもり?」
短く息を漏らし、甲洋がじっとりとした眼差しを向けてくる。操がその手首の片方にハメたのは、安っぽいオモチャの手錠だ。オモチャとはいえそれなりに頑丈で、よくできた代物だった。
「甲洋が悪いんだよ。ダメダメばっかで、ぼくの言うことぜんぜん聞いてくれないから」
操はしたり顔で言うと、手錠のもう片方を格子パネルになっているベッドの背もたれに引っ掛け、固定した。
「だから今日は、ぼくが君を好きに食べちゃう日。いいでしょ?」
手錠に繋がれた甲洋の白い手首に、ゾクゾクとしたものが込み上げる。普段の生活だけじゃない。思えばセックスをするときだって、まともに主導権を握らされたことはなかった。だから今夜は思う存分、甲洋を翻弄してやりたい。
ワープで逃げられてしまえばそれまでだが、そんな気を起こす前に気持ちいいことをたくさん仕掛けて、余裕をなくしてやればいいだけだ。操だって、彼のイイところくらい知っている。
「ッ、ん……」
指先を耳たぶに滑らせて、裏側を軽く引っ掻いた。甲洋がかすかに震え、目を閉じながら顔を背ける。耐えるようにぐっと上下した喉仏に、異様なほど興奮した。
「それが嫌なら、一騎みたいにもっとぼくに優しくしてよ」
わざと意地悪く煽るような言い方をすると、うっすらと赤らんだ目元で軽く睨まれた。
「一騎みたいに? お前のことを?」
押し殺したような低い声。その瞳がスッと細められたのを見て、なぜだか背筋が冷たくなった。たったそれだけで気圧されたような気分になって、操は思わず肩をすくませる。けれど優位に立っているのはこっちなのだからと、気を取り直して鼻を鳴らした。
「そうだよ。だって一騎は小言も嫌味も言わないし。お皿割っても優しいもん。君とはぜんぜん大違い。甲洋が一騎だったらよかったのに」
ツンとそっぽを向きながら、今のは少し言い過ぎたかなぁなんて思いはしたが、そのときにはもう空気が凍りついていた。操はギクリとしながら甲洋を見る。
深く溜息をつき、彼は心底あきれ果てたという顔をしていた。不愉快だという感情を、今の甲洋は隠しもしない。彼がこれほど明確に心を悟らせるのは珍しかった。
「……少しくらいなら、好きに遊ばせてやろうかと思ってたけど」
「え?」
「気が変わったよ」
甲洋は手錠で繋がれていない方の手を、スッと操の目の前に持ち上げた。その指先には、小さな鍵が摘まれている。
「な、なんで!? なんで君がそれを持ってるの!?」
操はとっさに両手で自分の胸をまさぐった。無い。どこにも無い。シャツの胸ポケットに、こっそり隠し持っていたはずの手錠の鍵が。
「様子がおかしいと思ったら。なかなか面白いことを考えたな」
甲洋が長い足を組み、手のひらで鍵を弄ぶ。
「あっ、もしかしてさっき……!」
軽く混乱しながらも、操はさっきのキスを思いだした。彼は口づけを深くしながら、操の胸や脇腹をまさぐっていた。あくまで偶然だったのだろうが、そこで胸ポケットにある鍵の存在に気づき、知らぬ間に抜き取っていたのだ。
操はキスに溺れかけていて、そのことにまったく気がついていなかった。
「詰めが甘いよ、来主」
「か、返して!」
取り返そうと手を伸ばしたが、甲洋は鍵を握りしめると遠ざけてしまう。
「返してよぉ! それはぼくのなんだからぁ!」
「いいよ。これを外した後でね」
余裕の笑みが腹立たしかった。今にも飛びかかってやろうとしたけれど、その寸前で手早く解錠されてしまう。自由になった片手を軽く振りながら、甲洋は感心したように「けっこう頑丈だな」と呟いた。
終わった、と操は思う。優位に立っていたつもりが、最初から手のひらで遊ばれていたのは自分の方だった。ここからまた形勢を立て直すのは難しいだろう。きっと今からこってり絞られるに違いない。最悪、朝まで説教コースになる可能性だってある。
「もぉー! なんでぇ!? なんでうまくいかないのぉ!?」
悔しすぎて泣きそうになる。操は癇癪を起こした子供のように声を張り上げ、頭を抱えるとぐしゃぐしゃと髪を乱した。
甲洋は辟易とした様子で嘆息を漏らし、ベッドの端に置き去りにされていた猫柄の巾着袋を引き寄せた。
「それで? いかにも怪しいこれはなに?」
「あっ! それダメ!」
サァッと青褪めた操を尻目に、甲洋は中身を全てベッドの中央にぶちまける。
「うわ……」
出てきた品々を見て、甲洋が珍しく顔を引き攣らせる。操はいよいよ両手で顔を覆い、無駄に終わってしまったアイテムたちへの虚しさを嘆いた。
「あぁ~……お母さんからもらったお小遣い、残ってたのぜんぶ使い果たしたのにぃ……」
袋から出てきたのは、ピンクローターが5つと綿素材のSM用ロープ、黒い目隠しと白いギャグボール、そしてシリコン製のコックリング。挙句の果てにはバイブ機能がついた黒いブジーと、チューブ付きのシリンジが潤滑剤とセットになっているものまであった。
「まさかお前……これを全て俺に使おうとしてたのか……?」
そのえげつないラインナップに、さすがの甲洋も顔色をなくしていた。呆れさせたことはあっても、ここまでドン引きさせたことはない。こうなるとさすがに恥ずかしくなってきた操は、顔を真っ赤にしながら逆に開き直ってしまった。
「そうだよ! これで君のことヒンヒン言わせようと思ってたのに! 台無しだよ!」
「頭どうかしてるぞ……これ全部、わざわざ闇市で買ってきたのか……?」
大きく鼻をすすりながら、こくんと頷く。
数日前の夜、ふと閃いた操が向かった先は、鈴村神社からほど近い商店街の路地裏だった。昼間でも薄暗いその場所には、真夜中になると小さなライトが灯される。そこで密かに開かれているのが、大人たちのあいだで闇市と呼ばれている店だった。
海神島では鈴村神社で開催されるフリーマーケットとは別に、昼間の時間帯には扱えない商品を売る店が、ひっそりと存在していた。それが闇市だ。そこではこういったアダルトグッズの類──もちろん新品──や、エロ本などの性的嗜好品が数多く売られている。
ささやかなライトの下にはレジャーシートが敷かれ、所狭しと怪しげな品々が並べられていた。店には帽子を目深にかぶった男がアウトドアチェアに腰掛けているだけで、他に客はいなかった。操はその中から直感で幾つかアイテムを選び、購入したのだ。
使い方を知っていたわけではないが、そこは甲洋の身体を使って試してみればいっか、くらいの軽いノリだった。
「そんなところに一人で行くな」
「だぁって君、行きたいって言っても連れてってくれないじゃん」
「当たり前だ。必要があるとは思えない」
その冷めた口調に、操は唇を尖らせた。出だしの甘い雰囲気はどこへやら、甲洋には普段の手厳しさが戻ってしまっている。
面白くない。せっかく買い揃えたものも無駄になってしまい、操は「あーぁ」と言って肩を落とした。
「つまんない。これでめちゃくちゃにしてやろうと思ってたのに。ぜーんぶ無駄になっちゃった」
「……そうでもないさ」
「えぇ~? なに、ぁ、わっ」
手首を掴まれると引き寄せられて、しっかりと肩を抱き込まれる。ポカンとしながら見上げる操に、甲洋は目を細めて微笑んだ。
「これでめちゃくちゃにされたかったのは、来主のほうだろ?」
「ッ、は? なに言ってんの? そんなわけないじゃん」
「本当に?」
「……なんで? なんでそんなこと……だって、これはぜんぶ君に……」
どうしてか、最後まで言えずに言葉を詰まらせてしまう。操は計画が失敗したときのことを、まるで考えていなかったのだ。甲洋を拘束して、いつも自分がされているみたいにいっぱい気持ちよくして、焦らして焦らして追い詰めてやろうと思っていた。
その頭しかなかったはずなのに、なぜか強く否定することができない。そんな自分への戸惑いに目をそらせば、ベッドの上には大人のオモチャが散乱している。無意識にこくんと喉が鳴った。
(これ、どんなふうに使うんだろ。使ったらどうなるのかな? 気持ちよく、なるのかな……?)
急に心臓がうるさく騒ぎだす。
「試せばいいさ」
操の心を読み取った甲洋が、耳元で吐息混じりに囁きかける。ビクンと肩を跳ねさせて、潤んだ瞳をおずおずと向けた。戸惑いと不安と、期待と恐れ。様々なものが入り混じって揺れる瞳を覗き込み、甲洋が妖しく笑みを浮かべた。
「俺は一騎みたいに優しくないから。だからあいつが、お前相手には絶対にしないようなことを、してあげる」
*
裸に剥かれた操は目隠しをされ、ベッドの背もたれに手錠のチェーンを引っ掛ける形で両手首を拘束されていた。
両足は太ももの裏にふくらはぎがぴったりくっつくように折りたたまれて、膝横と足首辺りを縄で縛りつけられている。巻きつけた部分を束ねて閂状に固定すると、そこからさらにロープを通して背もたれの格子にそれぞれ括りつけられた。M字に開脚する臀部から腰の下には何枚ものタオルが重ねて敷かれ、クッション代わりになっている。
「縄が綿素材でよかった。痕も残りにくいし、痛くないだろ?」
「ね、ねぇ甲洋……ぼく今どうなってるの?」
操はすっかり目隠しをされているため、視覚情報の一切を遮断されている。甲洋の心を読もうにも厚い壁が張り巡らされ、自分がどんな状態でいるのかさえよく分からない。
「なかなか似合ってるよ、来主。いい眺め」
「やっぱやめようよ……なんか嫌だ。もうやめたい」
目も見えず、心も読めないとなると不安だけが増すばかりだ。ここまでおとなしくはしていたものの、今さら後悔が押し寄せてくる。
「やめるもなにも」
音と気配だけで、甲洋がすぐ脇に腰を下ろしたことだけはかろうじて伝わった。それだけで、身体がビクンと跳ねてしまう。
「まだ始まってすらいないよ」
甲洋がそう言ったと同時に、ローターの低いモーター音が唸りをあげはじめた。ドキリとして身を強張らせる操の耳元まで近づいて、耳の穴に触れるか触れないかのところで耳たぶをくすぐりはじめる。
「やっ、やだ! くすぐったい……っ!」
振動と一緒に、頭の中にまで直にモーター音が響き渡るようだった。逃れようとして身をよじると、両腕を拘束している手錠がガチャガチャと音を立てる。それらの無機質な音にまぎれて、甲洋が小さく笑った気がした。
「どんな感じ?」
耳の穴をつついていたローターの先端が、頬の輪郭なぞって首筋を伝っていく。鎖骨をたどり、やがて乳首に触れると乳輪をなぞるようにクルクルと動いた。
「やぁっ、ぁ! んっ……わかんない、よ……っ」
左右の乳首をゆるゆると交互に刺激する振動に、操は皮膚をざわざわと粟立てた。その動きは決して一定のものではなくて、片方をやけにしつこくいじっていたかと思えば、もう片方はかすめる程度につつくだけと、まるで予測がつかない。
視界を遮られているからこそ神経が余計に研ぎ澄まされて、振動になぶられる肌が敏感になっていく。
「乳首が勃ってる。ずいぶん気に入ったように見えるけど?」
「んっ、んっ、ぁッ、ち、ちが、ぅ……変な、感じ……あっ、ジンジン、してきちゃ……っ」
「もう腰が揺れてるよ。そんなにこれが好き?」
「ち、ちがうもん! ……っ、ぁ、こんなのぼく、好きじゃな……ぁ、んんっ」
不思議なことに、甲洋の言葉ひとつひとつがいつもの何倍も意地悪く聞こえてしまう。けれどもっと不思議なのは、そのことに異常なまでに興奮を覚えていることだった。
「嘘が下手だな、来主は。こんなに乳首をパンパンにしてるくせに──ああ、そうだ」
こころなしか、甲洋の言葉選びもいつもよりわざとらしく、あからさまに聞こえる。彼はいったんそこを離れたかと思うと、カタカタと音をさせながら何かを探る気配を見せた。
モーター音が止まり、ローター責めから開放された操は少しだけ安堵して息をつく。けれどすぐにまたローターが乳首に押し当てられて、そのままピタリと固定された。
「なっ、なに!? なにしてるの!?」
「気に入ったみたいだからさ。ほら、これをテープでこうすれば……」
「や、やだやだ! あっ、ね、ねぇ! ねぇってば!」
もう片方の乳首にも同様にローターが押し当てられ、ぴったりとテープで貼り付けられるのが分かる。なにをされるのか予想がついて、操は拘束された両足で必死にもがくが、ただ悪戯に格子パネルが軋んだ音を立てるだけだった。
「これならずっと遊べるだろ?」
「や……っ!?」
甲洋が二つになったローターのスイッチを同時に入れた。あの独特なモーター音と振動が、それぞれの乳首で唸りだす。
「んんっ、ぁ、ぁ、やだ……っ、や、これ、とって、とってぇ……っ」
薄い胸の上で、張りついたローターが『弱』のまま延々と振動を繰り返す。そのもどかしさに操は悶え、悩ましく身をよじった。弱い振動はじれったく神経を苛むばかりで、決定的な快感には至らない。それがより一層、ジワジワと炙るように性感を高めていく。
「はぁっ、ぅ、んッ……こ、よ、おねが……ッ、も、や……っ」
「あせるなよ。時間はあるって言っただろ?」
両腕を乱暴に動かして、手錠を鳴らした。けれど甲洋はそれらの訴えをまるで無視して、別のアイテムに手を伸ばす。包装を解く音だけを聞きながら、次に彼がなにをするつもりでいるのか、操にはまったく想像がつかなかった。
「尿道ブジー、ね。知らずに買ったんだろうけど……これは玄人向けのアイテムだよ」
「うぅー、もうやだぁ! ねぇ甲洋、こんなのやめて普通にしてよぉ!」
「これは躾だよ、来主。普通にしたんじゃ意味がない」
身から出た錆だしねと、そう付け加えた甲洋の声は楽しげだ。
「ローションかと思ったけど、これは滅菌用のジェルなのか。これをこの50mlのシリンジに入れて、尿道に注入するわけだ」
「んッ、ぁ……ねぇ、なにする、の……?」
「痛みを感じなくするためのジェルだよ。これをオシッコをするための穴に入れるんだってさ。ローションよりだいぶ固めだな……待って、今シリンジに移すから」
甲洋は説明書に目を通しながら作業にあたっているようだ。独り言も織り交ぜながら、まるで実況するかのように事細かに、今なにをしているのかを説明していく。けれど操はそれどころではなかった。とにかく早くローターを止めてほしい。こうしている間にも、小さな火に炙られているようだった。
暴れようとしたせいで両足を縛る縄がより肌に食い込み、そのかすかな痛みにすら身体が疼く。
「来主、あまり勃起させないで。勃った状態だと、ブジーの挿入時に痛むらしいから」
「そん、なっ、こと! 言われたってぇ!」
「……あぁ、ちょっと遅かったかな。少し勃ってる。でもまだ柔らかいね」
「アッ、待っ! 今ちんちん触ったら感じちゃうぅ!」
「我慢」
「~~っ!!」
無茶な話だ。操の身体はすっかり興奮しているし、やめてほしいと思いながらも早く気持ちよくなりたくてウズウズしている。我慢なんてできるわけがない。
甲洋は操の半勃ちの幹に手を添えると、もはや先走りで湿った鈴口に手早くなにかを押し当てた。そしてそれを、なんの一言もなしにぐっと穴に押し込んだ。
「ヒッ、ぃ……ッ、──!?」
まともに声も上げられないまま、操の身体がビクンと跳ねる。ささやかな穴に通されたのは、太さが4ミリ程度の細い管だ。痛みはなかったが、初めての感覚にショックが大きい。
その異物感の凄まじさが急に恐ろしくなってきて、操は歯の根をカチカチと鳴らした。
「これ自体は医療用だよ。痛くなかったろ?」
「や、だ……抜い、て、抜いて、お願い……」
「ジェルを入れたらね」
甲洋がシリンジの押し子に力を込めるのが、性器を通して伝わってくる。次の瞬間、尿道を逆流して冷たいジェルが注入された。
「うあぁッ、ぁ、ヒッ!? やめ、アッ、つめ、た、冷たいぃ……ッ!」
「まだ半分も入ってないよ。全部イケそう?」
「むっ、むり! むり! ぜったい無理ぃ!」
固めのジェルは、狭すぎる道を無理やりこじ開けるようにして逆流していく。ジワジワと内部を満たし、深い場所にまで溜まっていくような感覚に、操は髪を振り乱した。
冷えた感触は徐々に焼けるような熱に変わっていく。甲洋が押し子に力をかければかけるほど、注入されたジェルは膀胱を満たし、ぐるぐると暴れまわった。
「ぁぐ、ぅッ、うぅ……ッ、やだっ、これやだ……っ、やら、ぁ……もう、やめ……ッ」
「……ぜんぶ入った。気分はどう?」
「あぁ、う、ぅ……! あつ、い……奥が、熱くて、膨らんで……苦し、い」
「その割には気持ちよさそうに勃起してるよ。我慢しろって言ったのに」
甲洋がフッと笑って、ギリギリまで押し込んだシリンジの押し子をぐんと引きはじめた。その瞬間、操の口から絶叫じみた悲鳴が漏れる。
「はぎッ、ィ、ぁッ──!? や、やッ、あああぁぁ……──ッ!?」
細い尿道からジェルが吸い出される感覚は、まるで強制的に射精させられているようだった。しかも普通の射精じゃない。狭い通り道に固めのジェルがプツプツとダマになりながら排出されて、通常の射精では決して得られない過ぎた快感を味わわされる。
「あ゛ぁぁーッ、ぁ゛っ、あ゛ぁッ、なにごれッ、イグッ、イグぅ──~~ッ!!」
成す術もなく絶頂を迎えた操の白濁が、透明なジェルと混ざって吸い上げられる。ドクン、という大きな衝撃が身体全体に走り、噴きだす精液の勢いに押されてチューブが抜けた。ちゅぽん、という間抜けな音が響き渡る。
「うあぁっ、あ゛ッ! あぁーっ! ぁっ、いやあぁ……! ぁ゛ッ、とまっ、な……っ、しゃせぇ、とまんないぃ……っ!!」
ようやくまともに開放を許された性器からは、絶え間なくジェルと混ざりあった白濁が撒き散らされた。拘束された不自由な身体をビクビクと跳ねさせながら、どこからどこまでが絶頂なのか、あるいは余韻なのかが分からなくなる。
「凄いイキ方。そんなによかった?」
「ッ、ぁ……あぁー……ッ、ぁ、ぁ、ぁー……っ」
意識が白く弾けたまま、どこか遠くに飛んでいくのを感じた。すべてを吐きだしきったあとも、断続的な痙攣が止まらない。
甲洋は操の髪をサラリと撫でて、また笑った。
「来主、しっかりして。ここからだよ」
「っ、ぁ……? う、そ……まだ、するの……?」
「お前のここはまだ足りないって言ってるよ」
大量の射精を終えた操の肉茎は、萎れかけてはいたがまだ幾らかの弾力を帯びていた。甲洋はそれを軽く握り、糸を引く鈴口を親指の腹でクリクリと撫で擦る。
「あっ、やッ、やあぁ……っ」
「パクパクして、中が見えそうになってる。恥ずかしいな」
「見ちゃいや、見ないで……ッ、おちんちんの中、見たらダメぇ……!」
「なら栓をしないとね」
甲洋がまた動き出す気配がした。過ぎた快感から戻りきれないでいる操は、それでもなお終わりが見えないことに絶望感を味わう。
「甲洋、いや……っ」
「暴れると怪我するよ。痛い思いをするのが嫌なら、おとなしくしてて」
「ッ……!」
優しげに聞こえて、その声には圧がある。操はヒュウと息を呑み、抜けきらない余韻と恐怖に、身体を震えさせた。
「アッ、っ……!」
鈴口に、細長くしなるブジーの先端があてがわれた。容赦なく穴に差し込まれ、チューブのときと同様に操の身体がビクンと跳ねる。けれどさっきと違うのは、それがチューブよりもほんの僅かに太いということ。そして、ブツブツとまるでビーズが連なっているかのような形状をしているということだった。
「あ、あ、アッ、やだ、やだぁ……ッ、ぁ、痛いよっ、もういれちゃダメぇ……ッ!」
「だから勃起させるなってば。せっかく少し萎れてたのに」
「あぁーっ、あ、あぁぁ……っ、ぁ、ふか、い、ッ、深いの、こわいよぉ……っ!」
ブジーはチューブが差し込まれていた位置をとうに過ぎ、穴の奥へと侵入していく。中に残っているジェルの力を借りて、ズルズルと最奥へ到達した。その瞬間、腹の奥底でじわりと広がるような熱が灯った。
「ぁ、ヒッ……!? やだ、なに……!?」
「この長さがぜんぶ入った。奥が熱い?」
声も出せずに、操はただこくこくと何度も頷く。
「なら、少しノックしてみようか?」
「ッ、?」
鈴口から飛び出しているブジーの先端には、小さな楕円形のスイッチがついている。甲洋はその頭を指先でコツコツと叩いた。すると内部にあるブジーの先端によって、尿道側から前立腺をノックされ、操の腰がビクビクと跳ね上がる。
「あぅッ、あっ、あ゛ぁッ……! やめ、やだ、奥だめっ、コンコンしないれぇッ!」
甲洋は小さな幹をしっかり掴み、ブジーを幾度か抜き差しした。そこはもはやジェルで味わわされた快感に味をしめていて、内壁を擦られながら前立腺を押しつぶされる感覚に、射精したい欲が押し寄せる。けれど尿道はブジーによって塞がれており、出すことは叶わない。それでも極致の波は容赦なく襲いかかってきた。
「ひィッ、ぁ゛ッ、イぐッ、イ゙ぐッ! イッ……──ッ!」
「待ぁて」
「ッ゛~~っ……!!」
犬や猫をたしなめるような声音で命じ、甲洋がイク寸前で刺激する手を止めてしまう。
「やっ、なん、で? やだ……イキたい、イキたいよぉっ!!」
「ダメだ。お前、今メスイキしようとしただろ?」
「ッ、? メス、い……?」
「俺がいいって言うまで、絶対イクな。しばらくこのままじっとして」
「そっ、そんなの無理! 無理だよぉっ!」
操の身体は絶頂する寸前の強張りが解けないままだ。プツ、プツ、とブジーが勝手に押し出され、その感覚だけで果ててしまいそうになっている。
「もう緩くなった? 随分だらしない穴だな」
甲洋はわざとらしい溜息をつき、ブジーをぐっと押し込んだ。
「ひあぁッ、ぁぐぅっ……!」
「イ、ク、な。何度も言わせるなよ」
「ぃぎ……ッ、ぃ、ひ……っ」
全身をガチガチと震わせて、歯を食いしばる。甲洋はブジーが抜けてしまわぬよう、オウトツが浅い亀頭部分にコックリングをハメて固定してしまった。あと一歩で手が届きそうなのに、せき止められた血流が絶頂を掴ませてくれない。
「ぁ、ぐ……っ、ぁ゛……も、む、り……」
「まだだよ来主。ローターだって余ってる。こっちだってそろそろ寂しいだろ?」
甲洋の指先が、ジェルと体液でぐちゃぐちゃになった尻の孔に這わされる。指を押し込まれ、ねっとりと浅い部分を掻き回された。
「やぁあっ! こうよ、っ、や、あうぅ……っ!!」
不格好に尻を振り、逃れようとする動きを見せる操の耳に、クスリと笑う甲洋の声が聞こえる。彼はあっさり指を引き抜いてしまうと、余っているローターの一つをヒクつく孔に宛てがい、ぐっとナカに押し込んだ。
「ヒィッ、ぁ!? やぁ……っ、い、いれないでぇッ!」
「簡単に入っていくよ。あと二つ」
「やだッ、いやぁ……っ!」
残り二つを、立て続けに入れられた。それだけで、操の狭いナカはいっぱいになってしまう。けれどそこに甲洋の長い指も一緒に潜り込んできて、また中をかき回された。バラバラに動く異物が、濡れた肉の壁を不規則に擦る。
「い、ぁ゛……やめ、お腹、苦しいっ、甲洋……っ!」
「普段もっと太いのを挿れてるだろ? 来主ならすぐに慣れるよ」
操の訴えを袖にして、彼は指を引き抜くと容赦なく三つのローターのスイッチを入れていった。
「ッ~~!? ぁ゛ッ、……ッ、んくっ、ぁ! やあぁ……ッ!」
胸とは違い、それは最初から『強』に設定されているようだった。三つのローターはナカで激しく振動し、互いに擦れ合い、より振動を強くする。モーター音が腹の奥で低く唸りをあげて、ナカを激しく暴れまわった。
「さて、じゃあ次はこっちだ」
次に甲洋がしたのは、ブジーについているバイブのスイッチを入れることだった。カチッという音が無情にも鳴り響き、ナカのブジーが振動をはじめる。その瞬間、操はバチバチと視界が白く弾けるのを見た。
「ッ、!? ィ゛、……ッ、──!?」
ブジーは繊細な尿道で激しく震え、その震えは先端から前立腺を刺激する。さらに裏側からはローターが圧迫しており、二つの刺激によって前後から同時に前立腺を責め苛む。
「ぁ゛ッ、あ゛あァ──ッ! ぁ゛んぐッ、あ、ぁ──!! もッ、ごわれる!! ごわれるぅ゛ッ、! 抜いで、抜い、ッ! ん゛んぅ、ア゛ぁ…──ッ!!」
内ももは激しく痙攣し、頭上では手錠が酷い金属音を奏でていた。閉じることができない口から唾液を漏らし、それだけでは足りずに舌まで突き出すようにしながら、延々と繰り返される快楽に身を焼かれる。
雁首でせき止められ、パンパンに赤く膨れ上がった性器はぴったりと腹にくっついて、小魚のように跳ねていた。
「凄い反応。逆に気の毒になってくるよ」
「やべでッ、もうやべでぇッ……! こうよ、ヒぎッ、ぃ゛……っ、ぁ゛ぐうぅぅっ!!」
「ひどい声だな。もっと聞いていたいけど」
甲洋が一つだけ残ったギャグボールを手に取った。
「どうせだから、これも使おうか」
唾液と共に絶叫を撒き散らす操の口に、丸い球体が噛まされる。ベルト部分を首の後ろで固定され、まともに喘ぐことすらできなくなった。
「んぶぅッ、んぉッ、お゛ぉア゛ァッ、ん、ぶッ……ふ、ぅ゛──……っ!!」
よりいっそう品のない悲鳴があがり、甲洋が満足そうに笑う吐息が聞こえる。すぐ脇でベッドの縁が軋み、目の前で顔を覗き込まれているのが、突き刺さる視線で察することができた。操は呻きを上げながら、激しく首を左右に振った。
「ごあえぅッ、ごあぇひゃうぅ! ほぉア゛ぇへえッ……!!」
「なに言ってるか分からないよ」
甲洋がまた笑った。操は心の中で、何度もやめてと叫びをあげた。このままでは壊れてしまう。気が狂って、戻れなくなる。一分でも一秒でも、この快楽責めには耐えられない。
全て聞き取っているはずなのに、甲洋はその訴えに答えようとはしなかった。代わりに、囁くような声で「三枚だよ」と、言った。
「~~ッ、!?」
「今月、来主が割った皿の数。ドングリ三個分だ」
振動と共にビクビクと跳ねている腫れた屹立を、指先がつうっと撫であげる。
「その分を引かれるのが不満なら、代わりにこのまま堪えてごらん」
「うぶぅぅッ! ぅぐうぅぅぅーッ!!」
また少しベッドが軋んだ。甲洋の気配が離れるのを感じて、操は半狂乱になりながら髪を振り乱した。
「俺は下にいるから。三時間したら戻ってくるよ」
(待って! 待って甲洋! 嘘でしょ!? やだ……ッ、ぼくを置いて行かないで!!)
「飛ぶなよ、来主」
その言葉には、二つの意味が込められている。決してワープで逃げようなんて考えは起こすなということ、そして意識を保ったままでいろということ。
言葉だけで絶対的な圧をかけ、甲洋の声はその後いっさい聞こえなくなった。扉を開け締めする音は聞こえなかったから、ワープで部屋を出ていったのかもしれない。けれど視界を遮られている以上、本当にいなくなったのかどうかすら操には判断がつかなかった。
どちらにせよ、この地獄のような責めから開放されるのは、まだずっと先なのだ。三時間と、甲洋は言っていた。割った皿、三枚分。突き落とされるような絶望感に、操はただ泣いて呻くことしかできない。
「ううぅーッ、ぉ゛ッ、……ッ、ぉ゛あッ、ア゛ッ、おぁぁッ……ッ!!」
胸と、ナカと、性器に差し込まれたバイブは延々と唸りを上げている。足をガクガクと動かし、ロープを引き千切ろうとしてもビクともしない。荒れ狂う快感の激流が、操の神経を焼き切ろうとしている。
(壊れる、壊れる……! 助けて、怖い、助けて甲洋ぉ……っ!!)
目隠しは操の涙でぐしゃぐしゃになっていた。点々と空いたギャグボールの空気穴からは、絶えず唾液が溢れ出る。身をよじればよじるほど、ナカでローターが暴れまわった。前立腺を激しい振動がこねくり回し、張り詰めた性器が弾けそうになっている。
けれど尿道は塞がれて、射精はできない。イクことができない、はずなのに。
「ぁ゛っ、ぇ……ッ、~~ぉ゛、ッ゛……ッ!!」
操の中で、なにかが決壊した。呼吸すら忘れて、大きな波に飲み込まれる。性器がグン、と大きくしなった。そのままビクビクと痙攣を繰り返し、爆ぜるような快感が噴き出した。
(ダメ、ダメぇ! もうイク! イクイクッ、イクぅぅ……ッ)
「あおぁッ、うぅぅッ、んぐぅぅぅッ……!!」
白い光が、頭の中で一気に弾けた。射精もしないまま、痺れるほどの絶頂感に襲われる。
「〜〜〜っ、ッ! ぉ゛、……アッ、──!!」
ガチャ、ガチャ、と手錠が鳴る。背もたれの格子パネルは軋み、拘束されている足の爪先が、攣りそうなほど丸まった。
(ぼく、メスイキしたんだ……甲洋に、また怒られる……)
我慢しろと言われていたのに、操はメスイキしてしまった。彼が戻ってきてこれを知ったら、これよりもっと酷いことをされるかもしれない。けれどそれを思うとゾクゾクしたものが込み上げて、いっそう快感が膨れ上がった。何度も何度も、射精を伴わない絶頂が快楽の上限を塗り替えて、際限もなくイキ狂う。
(ぎもぢい、ぎもぢい、ぎもぢいぃぃ……っ!!)
ローターとバイブは止まらない。目隠しの下で白目を剥く操の、地獄のような快楽の時間はまだ始まったばかりだった。
*
「まったく声が聞こえなくなったから、様子を見に戻ってみれば……」
ずっと遠くで、甲洋の声が聞こえた気がした。思考に厚い膜が張っているような感覚に、虚ろな意識を彷徨わせる。操はただ小刻みに痙攣しながら、時折ビクンと弾かれたように身を跳ねさせるだけになっていた。
ギャグボールの空気穴から泡を噴き、半ば失神しかけている。
「まだ一時間しか経ってないよ」
甲洋が苦笑しながら、ギャグボールと目隠しを外した。操は白目を剥いていて、自由になった口からはか細く短い呻きしか漏れない。
「ぁ……ぁ゛……ァー……、ぉ、ぁぁ、ァー……」
「ほら、しっかりして」
ベッドに乗り上げた甲洋が、操の頬を軽く叩く。上を向いたままだった眼球が、左右に揺れながらゆっくりと焦点を合わせていく。涙は枯れていたが、甲洋の存在を認識した途端、ポロポロとまた溢れだした。
「あと二時間、がんばれそう?」
「ッ、ぅ……こ、よ……こうよ……な、さ……ごめ、なさ……ごめ、ん……っ」
甲洋が優しく微笑み、「何回イッたの?」と問いかける。操は嫌々と首を振り、くしゃりと顔を歪めた。
「ごめん、なさい、ぁう、ぅ……ッ、ごめんなさい……っ」
「悪い子だな。これじゃ躾にならないよ」
「ッ、ごべんなざいっ! ごべんなざい! ごべんなじゃいぃ!」
ローターとバイブは未だに唸りを上げていた。けれど一時間ものあいだ絶え間なく絶頂を繰り返した操の身体は、ただジクジクと熱く痺れるだけで麻痺しはじめていた。何度イッたかなんて分からないし、まだイキ続けているような気もする。
「しょうがないな」
泣きじゃくるばかりの操に、甲洋は小さく息を漏らすと、真っ赤に腫れた性器からリングを取り去った。せき止められていたマグマのような熱が、一気にぐっと競り上がる感覚を覚え、操は大きく息を呑む。
「ヒッ、ィ、ぁ……っ」
そこで初めて、操は自分の身体を見下ろした。パンパンに膨らんだ性器から、黒いブジーの頭が突き出ている。小さな卵型のスイッチだ。甲洋はそのスイッチを止め、ジワジワと引き抜いていく。
「ぁぐッ、ぅ……っ、ああ゛ぁ、ぁ、ぁ゛……っ!」
ビーズ状のブジーが、柔らかくしなりながら鈴口から飛び出してくる。その感覚にブルリと震えていると、残りのブジーが一気に引き抜かれた。
「ヒギッ……!? ィ、ぃああぁぁ──ッ!!」
その途端、溜まるにいいだけ溜まった精液がドッと噴きだした。長く続いた射精のあと、プシャッと音を立てて透明な潮まで吹いてしまう。腰回りはぐしゃぐしゃで、なぜ甲洋があらかじめタオルを敷いていたのかが、やっと分かった。
「はあぁッ、ぁ、ぁ、ぁ……あぁーっ、ア゛ーっ……」
また半分ほど白目を剥きながら、操はピクピクと痙攣した。ブジーを抜かれた鈴口が、真っ赤に染まりながら閉じたり開いたりを繰り返し、ぷくん、ぷくんと残滓を吐きだしている。
その痴態に甲洋はごくりと喉を鳴らし、震える息を漏らしながら、今度は尻の孔からローターを一つ、引き抜こうとした。けれどしっかりと食い締めて、なかなか上手く出てこない。
「これがそんなに気に入った?」
「ち、が……ちが……」
「俺のを挿れてるときよりも、ずいぶんしっかり咥え込んでるようだけど?」
「ひぅっ、アッ、くうぅぅんッ……!」
ローターがズルンと強引に引き抜かれた。尻の孔から卵を産まされたような感覚に、また軽くイッてしまう。操の身体は完全に大事な糸が切れていて、少しの刺激でも簡単に達してしまうようになっていた。頭も心も身体でさえも、すっかりバカになっている。
「もういやぁッ! イギだくないっ! イギだくないよぉ……っ」
「さっきはイカせてってうるさかったのに?」
「もうやらっ! やらぁっ!」
涙と鼻水でひどい有様の顔を見て、甲洋はまたひとつ震える息を吐きだした。その目つきは飢えた獣のようで、操が耐えていた分だけ彼もまた堪えていたことが伺い知れる。
「……ごめん、来主」
甲洋は低く吐き捨て、息を荒げながら自身の前をくつろげた。下着から引きずり出されたそれは、見たことがないくらいギンギンと脈を浮かせて反り返っている。見慣れているはずの肉棒が、今の操には凶器に見えた。
「や……やだ……いや……」
こんなものを挿れられたら、また死ぬほどイカされる。操はこれがどれほど気持ちいいものかを知っていた。ナカに挿れて、肉の壁をいっぱいに広げられ、痛いくらい擦られて、腹の奥を突かれると、よだれを垂らしながら悦んでしまう自分の淫らさを知っている。
だから怖い。これ以上は本当に壊れてしまいそうなのに。甲洋の男根から目が離せずに、喉を鳴らしてしまう自分が信じられない。
「やだ、やだ……っ、今したら、ぼく死んじゃう……っ」
ゆるゆると首を振って怯える操に、甲洋は余裕のない低い声でもう一度「ごめん」と言った。そして、縄が食い込む内ももに手をかける。二本のコードが伸びている濡れた孔に、熱い筒先を宛てがわれ、操は血の気が引くのを感じた。
「ダメ、ダメぇ! まだ入ってるの! ブルブルが、まだナカに……ッ!」
「来主……っ」
「いァ゛……や、!? 〜〜っぁ゛、やめ、ぁ゛っ、ァ──ッ!!」
ローターが残されたままの肉壷に、甲洋の肉柱が突き立てられる。比較的浅い場所に留まっていた二つのローターが、その切っ先によって奥へ押し込まれた。肉棒と一緒に壁を擦り、ブルブルと暴れながら届いてはいけない場所まで届いてしまう。
「イ゛ッ、んぃいぃ゛ッ! ……っ! や、め゛っ、壊れ、あ゛──! ァ゛……!? んぉ゛ッ、も、イグ、イグぅ゛──……ッ!!」
目を見開いていてすら、視界に火花が飛び散った。枯れた喉で絶叫し、また派手に絶頂を迎える。
甲洋はそれぞれ掴み上げた操の膝頭に爪を立て、食い締める肉の感触にブルリと背筋を震わせた。喘ぎ混じりに荒く呼吸を繰り返し、熟れただれた媚肛を激しく突き上げる。
何度も何度も、繰り返される律動のたびに潮を噴き上げ、操はイキ続けたまま戻れなくなった。
「や゛、ぁああ゛! ごわれるッ、ごあれるぅ……っ、ア゛ッ、ぉ゛……っ、ごべ、なざ、ごべんなざいッ、もう悪い子しないッ! 悪い子じないがらぁ……ッ!」
獣のように腰を穿ち続ける甲洋が、操の泣き顔を見下ろしながら口元を笑みに歪めた。
「来主は、いい子だよ」
彼はズボンのポケットから鍵を取り出し、手錠を外した。それをどこかに放り投げ、操の身体を抱きしめる。感覚をなくして痺れる両腕で、その首にぎゅうと抱きついた。耳元に擦りつけられた甲洋の唇が、「好きだよ」と甘く囁いて耳朶を食む。
「ッ、ぅ……うぅ、ぁ……っ、ひっ、く」
心がどろどろに蕩けだすのを感じて、操はどうしようもなくしゃくりを上げて泣きじゃくった。好きというたった一言を、こんなに嬉しく感じたことがあっただろうか。言葉でも、そして心でも、甲洋はその甘ったるい声で操に何度も好きだと言った。
「来主は……? お前の一番は、誰?」
切なく掠れる甲洋の吐息に、操は迷わずその名を呼んだ。
「ぁ゛……ッ、はっ、こう、よ……ッ、あぁッ、ぁ……っ、甲洋が、好き、いちばん、好きぃ……っ!!」
ドスン、とまた勢いよく奥を穿たれる。操はもう何度目になるか分からない絶頂を味わった。痙攣する肉の締めつけに甲洋もまた甘く呻いて、白い熱液を迸らせる。
ぶちまけられた灼熱の粘液に下腹を震わせながら、溺れたようにその背を掻き抱く。休みなく続行される抽挿に、操はそのあとも狂ったようにイカされ続けた。
*
目が覚めたのは、すっかり昼になる頃だった。
シーツは綺麗に取り替えられて、簡素なシャツとハーフパンツを着せられた身体も、ある程度は清められている。拘束も完全に解かれているが、起き上がるどころかまともに声を出すことさえままならなかった。
「来主、起きた?」
そこへ白いカップを手にした甲洋がやってくる。彼はカップをいったん机に置くと、操側に身体を向けてベッドの縁に腰掛けた。
「ぅ゛、ん……ケホッ、ケホッ!」
さんざん喚いたせいで、喉にヒリヒリと痛みが走った。軽く咳き込みながらも身を起こそうとする操の肩に腕を差し入れ、甲洋が眉をひそめながら介助する。
「これ飲んで」
甲洋は机に手を伸ばし、白いカップを操に差し出す。ほのかに立ち込める湯気と一緒に、蜂蜜と生姜のあたたかな香りがした。
カップを両手に持ち、ちびちびと口をつける。ほどよく冷ましてはあるようで、操はそれを最後まで飲み干してしまった。
「おいしぃ」
ホッと息をつき、甲洋を見るとへにゃっと笑う。甲洋もふっと笑った。操の手から空のカップを受け取り、机に戻す。
操はそんな甲洋をおずおずと見上げ、目が合うと視線をわずかにうつむけた。
「どうかした?」
「ん? んー……。あのさ」
「うん」
「……お皿割ってごめんなさい。次からは本当に、がんばって気をつけるから」
膝の上で、両手の指をモジモジとさせる。あれだけミスをしておいて、まともに謝ったのはこれが初めてかもしれない。操は甲洋に対して多くの不満を持っていたけれど、こうして素直に謝ってみると、今までの棘がスッと抜け落ちたような清々しさがあった。
息をついた操の髪を、大きな手がくしゃくしゃと乱す。見上げれば優しい笑みがあって、その笑顔が今朝はとびきり甘く見える。
「俺こそ悪かった」
「なんで君まで謝るの?」
「お前のワガママは可愛いよ。生意気なところもさ。可愛いから、困ってしまう」
キョトンとしながら首を傾げた操に、甲洋は苦笑を浮かべた。
「来主を甘やかすってことは、俺まで一緒にダメになるってことだ。本当は店もなにも放りだして、四六時中お前とベタベタしていたいよ」
「えっ、それほんと!? ほんとにそんなこと思ってたの!?」
「ほんとだよ」
自嘲気味に肩をすくめた甲洋に、操は瞳を輝かせながらグンと伸び上がるような嬉しさを感じた。
「俺が厳しく接するぶん、一騎がフォローしてくれる。そこに甘えすぎてたよ」
ふたりきりでいるときの甲洋と、仕事をしているときの甲洋とではあまりにも態度が違いすぎて、操はそのギャップを受け入れられずにずっと腹を立てていた。けれど彼が仕事中やたらと厳しかったのは、操を律するのと同時に自分をも厳しく律していたからだったのだ。
変なの、と思ったけれど、そこが甲洋らしくもある。そう思える自分に、操は喜びを感じた。そんな彼らしさが腑に落ちるくらいには、自分たちはもうずいぶんと長く一緒に過ごした。これはその証でもあったから。
「なぁんだ、そっか! そうだったんだ……えへへ、嬉しい!」
広がる喜色を満面の笑顔に乗せて、操は甲洋に抱きついた。いつもクーがしてくるみたいに、甲洋の頬やあごの下にスリスリと自分の頬を擦りつける。しっかりと抱き返しながら受け止める甲洋の心が、くすぐったそうに震えていた。だから操までくすぐったい気持ちになって、ころころと声をあげて笑ってしまう。
「あ、そういえば」
ずっとそうしていたかったけれど、ふと気になって顔を上げた。
「あのオモチャどうしたの? もう捨てた?」
「まさか。勝手に捨てたりなんかしないよ」
甲洋が窓際のチェストに目線をやるので、操もそれを追いかけた。チェストの上には昨夜使ったアイテムたちが、普段使用しているローションだとか、ゴムの箱と一緒に行儀よくカゴに収まっている。
「とりあえず洗って消毒はしたけど」
どうするの? と目だけで問われて、操は少しドキリとした。捨てるも捨てないも、それは持ち主である操次第だ。
つい昨夜のことを思いだして、身体の奥がジンとする。ひどい目にあったとは思うけど──。
(やっぱり、自分のために買ったのかも……)
甲洋が言っていた通り、めちゃくちゃにされたかったのは自分の方だったのかもしれない。思わず漏れた熱い吐息が、それを証明しているようだった。
「……ときどき使おうよ。ダメ?」
死にそうな思いをしたし、前も後ろもなんだかまだ違和感がある。
甲洋はいつもより怖くて意地悪で、そのくせぜんぜん余裕がなかった。こうしてずっと一緒にいたとしても、まだまだ知らない顔がある。それをもっと知りたいと思った。だからたまになら、またしてみたい。優しくされるのもいいけれど、あんなふうにイジメられるのが嫌いじゃない自分を、操は知ってしまったから。
きっとそのときになれば、またひどく泣いて後悔するに違いないのに。
「いいよ」
そんな感情を隠しもせずに漏らす操に、甲洋は少しだけ困ったような顔をして笑った。彼もまた、昨夜の異様な高ぶりを思いだしている。
癖になってしまったのは、甲洋も同じだ。
「俺に使わないならね」
しっかりと刺された釘に、操はわざと「どうしようかな?」と悪戯っぽく言いながら、可笑しくてつい笑ってしまった。
了
To a friend born in November. Happy Birthday!
←戻る ・ Wavebox👏
*甲洋(小5)操(小4)で、ふたりとも家庭環境が悪いです。(操ちゃんの母親は容子ママじゃありません)
*よるさん【サイト】の鍵っ子甲洋×赤ランドセル操漫画に一部勝手な妄想を加えて文章化した三次創作です。元ネタは【こちら】
静まり返る教室に、鉛筆の先を走らせる音だけが響いていた。
誰かが「わかんねぇ」とため息まじりにつぶやくと、誰かがそれに対して「静かにしなさいよ」と注意を促す。黒板の文字を消していた先生がわざとらしく咳払いをして、教室の中はまた鉛筆が滑る音だけで満たされた。
算数の小テストを誰よりも先に終わらせてしまった甲洋は、窓際の席で暇を持て余していた。頬杖をつき、窓の外に目を向ける。どこまでも続く蒼空に、うず高く積まれた夏の雲。校庭では他の学年の生徒たちが、体育でサッカーの試合をしていた。
(あ、来主だ)
その中によく知る顔を見つけて、甲洋はちょこまかと動き回る姿を目で追いかけた。
来主操は小さな身体で飛んだり跳ねたり、両手を大きく振ったりしながらパスを要求している。けれどボールは回ってこない。彼はめげずに、今度は自らボールを取り合う群れの中に挑んでいった。しかし明らかに故意と分かる動作で突き飛ばされて、ぐしゃりと転倒してしまう。
(あーぁ、やられた……)
気分の悪い光景に、眉をしかめた甲洋の口から嘆息が漏れる。
ホイッスルを吹き鳴らし、ジャージを着た体育の先生がすっ飛んでいくのが見えた。突き飛ばした子は注意を受けて謝罪したが、視線はあさっての方を向いている。悪びれる様子もなく、すぐに親しい友達の輪に入っていった。
甲洋は砂まみれで立ち上がった操の膝小僧を見て、とっさにあっと声を上げそうになった。白かったはずの右膝に、赤い血が滲んでいる。泣くんじゃないかとハラハラしたけど、彼は冷めきった顔をして体操着の砂を両手で払うだけだった。
(……なんでだよ)
あんなことをされて、どうして平気そうに振る舞うんだろう。泣くなり怒るなりすればいいのに。そのどちらでもない反応に、なぜかこっちがムカムカしてくる。
そのとき授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、いっせいに教室全体がザワつきはじめた。テスト用紙の回収を済ませて先生が出ていくと、甲洋は改めて窓の外に目をやった。
校舎に戻っていく生徒たちの中に、操の姿はすでになかった。
*
学校から少し離れた場所にある、小さな駅の繁華街。寂れた路地裏の一角には、山積みのゴミ袋や大きなポリバケツが雑多に置き捨てられている。
その影に身を隠すようにして、甲洋はだらりと座り込んでいた。脇に置いたランドセルを肘掛けにして、汚れた壁に背を預け、首からぶら下げた家の鍵をなんとはなしに弄ぶ。
チラリと視線を横に向けると、操も壁に背を預けてぼんやりしながら座っていた。
赤いランドセルを脇に投げだし、体育座りをしている彼の右膝には、絆創膏が貼りつけられている。体育の授業のあと、すぐに保健室に行ったのだろう。それでもなおうっすらと血を滲ませる膝小僧から目をそらし、甲洋は吐き捨てるように口を開いた。
「そのランドセル」
「んー……なに?」
「黒くぬれば? マジックで」
「なんでさ?」
「……なんでもさ」
操があんなふうにクラスのいじめっ子から扱われているのは、この赤いランドセルが原因だった。世の中にはいろんな色のランドセルがあるけれど、甲洋たちが暮らす片田舎の小さな町では、今もなお赤と黒が主流のままだ。
だから彼は一部のクラスメイトにからかわれたり、よく意地悪をされている。男子で赤いランドセルを背負っている操は、どうしても周りから浮いていた。
「いいじゃん別に。だって赤が好きなんだもん」
「でも、やっぱヘンだよ」
「うるさいなぁ! ぼくがいいんだからそれでいいの!」
「だからイジメられるんじゃん」
「そんなのキミだって同じなくせに!」
操はムッとした顔をして、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
校庭では平気そうな顔をしていたくせに、急に怒って変なやつ。せっかく忠告してやったのにと、甲洋は面白くない気持ちになる。いじめっ子と同じだと言われたことにも、地味に傷ついていた。そりゃあ、ちょっと意地悪な言い方だったかもしれないけれど。
(一緒にすんなよ、バカ来主)
少なくとも、甲洋はくだらないイジメなんかしない。あんな目にあっているのが見てられないから、これでも心配してるつもりなのだ。ランドセルのことだって、なにも本当に変だと思っているわけじゃなくて、ただ──。
(ヘンじゃないから、ヘンなんだってば)
女の子みたいな顔をして、女の子みたいな名前をして。赤いランドセルは、彼にとてもよく似合っていた。それをぜんぜん変だと思わない自分のことを、変だと思う。どこがどう変なのか、甲洋自身よく分かっていないけど。
なぜだかちょっとイライラしてきて、ちぇ、という舌打ちのような声を漏らすと、操とは逆側に顔を背けた。
会話は途切れたまま、ふたりぼっちの路地裏には沈黙が流れていた。暮れなずむ夏空の光すら、狭い路地には届かない。ガヤガヤと行き交う人々の喧騒が、遠くから漏れ聞こえるだけだった。
どれくらいそうしていただろう。
日の長い夏は、時間の感覚を狂わせる。普通の子供なら、とっくに家についている頃だろう。けれど甲洋は、どうしても家に帰る気が起こらない。だから放課後は、いつもこうして裏路地で暇をつぶしている。なぜか一学年下の操と一緒に。
彼とは別に約束をしているわけでもなければ、もとから仲がよかったわけでもない。だけどいつからか、自然とふたりで過ごすようになった。
退屈で意味のない時間を共有しながら、毎日ここでただぼーっとしている。
「はぁ……」
ふと、隣で操が退屈そうに息をついた。彼は壁沿いにズルズルと背中を滑らせ、地面にすっかり寝転がってしまう。一応は上級生らしく「汚いよ」と注意をしたが、きれいさっぱり無視された。
ボーダー柄のシャツには、イカのイラストがプリントされていた。ヘンなの、と思いながら「帰れば?」とそっけなく言うと、「キミこそ」と可愛くない返事をされる。
操はビルの谷間に切り取られた空を見上げていた。なにもかもつまらないし、なにもかもどうでもいい。そんな目をしながら。
「……家にいてもしょうがないし」
ポツリと吐きだされた言葉に、甲洋は目を伏せながら素直に「うん」と頷いていた。
操の家の事情は知らない。甲洋も、自分の話をしたことがない。だけどなんとなく、こいつも似たようなものなんだろうなとは思っていた。
帰ったってしょうがない。どうせ誰もいないし、いたって相手にされないし。だったら、どこにいても変わらない。家にいようが、薄汚れた路地にいようが。いっそのこと、今ここで消えてしまったって──。
「もう、死のうかな」
心の中でつぶやくつもりが、声になって漏れていた。
「え、死ぬの!?」
すると操が、興味津々な顔をしてぴょこっと起き上がる。今の今まで死んだような目をしていたくせに、彼は急に水を得た魚のように瞳をキラキラさせていた。
「……うるせぇバカ」
別に止めてほしいとか、共感してほしいなんて思っていたわけではない。多分、甲洋自身も本気で死のうなんて思ったわけじゃないのだが、操の無邪気な反応を見たらバカバカしい気持ちになった。
「じゃあさーっ、じゃあさーっ、死ぬ前にさーっ」
溜息をつく甲洋に、操はどこからか取りだした雑誌を地面に置いて、パッと開いた。
「これやってみようよー!」
「は? なにこれ……?」
それはエロ本だった。裸の男女が抱き合ってキスをしたり、それ以上のことをしてる写真が、何ページにもわたって掲載されている。内心激しく動揺する甲洋に、操は「落ちてた!」と言いながらパラパラとページをめくっていく。
「落ちてたって……」
めくってもめくっても肌色ばかりの雑誌から、甲洋はとっさに目をそらした。こういうのは苦手だ。興味はあるけど、もっと大人になってからじゃなきゃダメな気がする。
すると操がズイズイと傍までやってきて、ピッタリと身体をくっつけてきた。思わずギクリと身を強張らせた甲洋の唇に、柔らかな熱が押しつけられる。
「!?」
なにが起こったのか、頭が真っ白でわけが分からなかった。目を見開いて硬直する甲洋の膝に手を置き、操がさらに密着してくる。あむ、あむ、と唇を軽く噛んだり舐めたりされながら、操の手が股間を這った。
「ッ、~~!?」
「んー、こう? こうかな?」
「バカ! やめろって!」
「キミ、ちんちん自分でしたことないの?」
「ッ……」
ない、とは言えなかった。友達の間で、そういう話はたまに出る。小5ともなると、経験者だってチラホラいたりなんかして、触ると気持ちがいいんだと自慢げに語ってるヤツもいた。
だから一度だけ、夜中にこっそり試したことがあった。だけどちっとも気持ちがいいなんて思えなくて、なんだか変な感じがするだけで、嫌になってすぐにやめてしまった。それ以来、一度もしてない。
「エッチなの見ながらすると、きもちいんだってよ」
「……したことあんの?」
「ないよ。だからしようよ、いっしょに」
操は雑誌を膝の上に乗せ、だらりと両足を投げ出すと自分の股を探りはじめた。半ズボンの短い裾を中のパンツごとグイッとズラすと、すっぽり皮をかぶった小さな性器が顔をだす。
(ついてんだ、ちゃんと)
そこに自分と同じものがついていることを、ちょっと意外に感じてしまった。赤いランドセルが似合うのは、もしかして本当は女だからだったりして、なんて思わないこともなかったから。
なんとなく目をそらせないでいると、性器をいじっていた操が「よくわかんないや」と言って首を傾げた。
「なんも感じないよ?」
「……指」
「えー?」
「なめて、濡らしてするといいんだって」
「そなの!?」
赤い顔で目をそらしながら言うと、操はすぐに実践した。自分の指を舐めて濡らして、くにくにと揉んだり擦ったりしはじめる。でも、やっぱりいまいちピンとは来ないらしく、その後も熱心に性器をいじり続けた。
すっかり置いてけぼりにされ、困ってしまった甲洋は、操の膝の上にある雑誌を見やった。お尻もおっぱいも丸だしにした女の人が、男の人と抱き合ってキスをしている。
すると、さっき操に奪われた唇の感触を思いだし、変な気分になってきた。身体の中心に、ムズムズとした不思議な感覚が生まれている。
(ちょっとだけなら……)
こくんと喉を鳴らして、シャツをめくると半ズボンの前を完全に開いてしまう。パンツまで下ろすのは恥ずかしくて、上からそっと触れてみた。するとそこが少しだけ弾力を帯びていることに気がついた。
「ッ!」
前に一人でしたときは、こんなふうにはならなかったのに。甲洋はおそるおそる、パンツの布ごとそれをきゅっと握ってみた。不器用な手つきでしごいてみると、ツバをつけたわけでもないのに、しっとりと濡れている感触がある。
甲洋はそのまま、何度もそこをしごいてみた。なにかを感じるのは確かだけれど、モヤモヤとして違和感がある。これが気持ちいいという感覚なのかは、まだよく分からない。
ただ身体の内側が、どんどん熱くなっていくような気がした。パンツにこすれて、皮が剥ける感覚が少し痛い。だけどまるで癖になったように、甲洋はひたすら右手を動かすことをやめられなくなってしまった。
ハァハァと息を荒げていると、操がこてんと寄りかかってきた。真っ赤な顔で目を閉じて、は、は、と浅く呼吸を繰り返している。彼の小さな性器も、時間をかけていくうちに少しずつ変化しはじめていた。
「大丈夫? くるす……」
「ん……」
すぐ近くで感じる操の体温に、ドキリとしてパンツの中がまたじわっと濡れた。しごくたんびに、ぐちゅぐちゅと恥ずかしい音がする。
「キミの、ぐちゃぐちゃって……音、すごい……」
「くるすだって……」
唾液でベトベトになっている操の性器は、甲洋のとは違ってねちねちという鈍い音がするだけだった。小さな指先にこすられて、困り果てたように赤くなって震えている。
「ふぁ……っ、ぁ、あ……ッ!」
そのとき、操の背がなにかを得たように戦慄いた。瞳をトロンとさせながら、変な声をあげはじめる。その反応に、甲洋は腹の奥からなにかが突き上げてくるような衝動を覚え、身を震わせた。
(ヤバい、なんか……くる……っ)
違和感でしかなかったものが、じわじわと形を変えながら身体の中で熱くうねる。パンツの中がムズムズとしはじめ、あっと思う間もなく性器から何かが吐きだされた。
「あッ、ぅ──……ッ!!」
ビクッ、ビクッ、と大きく震えながら、思わず呻いて背中を丸める。頭の中が真っ白で、全身が電気を通したみたいに痺れていた。
忙しく呼吸を繰り返し、その波が引くまでひたすら耐える。パンツの中はぐしゃぐしゃだ。おしっこを漏らしたのかと一瞬ビックリしたが、多分いまのが射精というものなんだろうと、冷静になっていく頭で結論づけた。
「今のなに?」
まだ幾らかぼうっとしながら目をやると、操がポカンとした顔でまばたきをしていた。急に呻いたと思ったらビクビクと身を震わせた甲洋を見て、ビックリしたようだった。
「ねぇ今どうしたの!? どうなったの!?」
「……うっさいよ」
「もしかして白いの出た!? ねぇ見せて!!」
「や、やだってば!」
ガッと両手で腕を掴んでくるものだから、恥ずかしくなって乱暴に振り払った。すると操は「ケチ!」と言ってリスみたいに頬を膨らませた。
「ズルいや。キミばっか」
操はイッてもいなければ、射精してもいなかった。年下だし、チビだからだろうなと甲洋は思う。そうしたら途端に誇らしい気持ちになって、心に少し余裕がでてきた。
「来主はまだ子供ってことだよ」
ニヤッと笑いながら頭をくしゃくしゃ撫でてやると、操はもっともっと面白くなさそうな顔をした。
*
帰り際、急に雨が降ってきた。
甲洋はそのへんに打ち捨ててあったビニール傘を拾うと、相合い傘になるように操の横でポンっと開いた。
「家まで送る」
さっきまでが嘘のように、スンッと凪いだ表情で申し出た甲洋に、操はズボンの中をいそいそと直しながら「えー?」と言って、意外そうな顔をした。
なぜだか自分でもよく分からないが、操を雨の中ひとりで帰すのが嫌だった。さっきのアレで、一皮むけたせいだろうか。だからなんだって話だけれど、とにかく送ってやらなければと思ったのだ。
「大丈夫だよ。走ったらすぐつくもん」
「濡れて風邪ひくぞ」
「キミんちの方が遠いじゃん」
「いいんだよ俺は」
操は甲洋自身ですら持て余している心境の変化を、平気で無下にしようとする。ちょっとムッとしながらも、大人げないので顔には出さない。代わりに、どしゃぶりの雨空をふっと見上げた。
「ほら、雨強くなってきた」
通り雨だろうけれど、しばらくは止みそうにない。視線を戻し、ほら行くぞと言いかけた甲洋に、なぜか操はにまにまと笑みを浮かべていた。
「……なんだよ」
ジトッと睨みつけたけど、操はなにも言わずにやっぱり笑っているだけだった。大人ぶった態度を冷やかされているような気がして、急に居心地が悪くなる。
耐えきれずに目をそらそうとしたとき、ぎゅうっと抱きつかれて驚いた。
「!?」
あまりにも突然だったものだから、引き剥がすこともできずに甲洋は身を固くした。柔らかい感触と少し高めの体温に、カーッと頬が熱くなる。そのまま胸にぐりぐりと頬ずりをされ、ただ戸惑うことしかできなかった。
「なんっ、なんだよ……?」
さっきあんなことをしあった仲だからか、嫌でも意識してしまう。こんなふうに誰かに抱きしめられたこともなくて、どうしたらいいか分からない。心臓が胸を突き破って、今にも飛び出してきそうなほど高鳴っていた。
操はひとしきり甲洋を抱きしめて頬ずりをすると、
「またしようね」
と、楽しそうに弾む声でそう言った。
「はぁ!?」
さらに頬を赤らめる甲洋の胸から、操がパッと離れていった。傘から出て、あっけないほど簡単に背中を向けると、歩きだす。
「じゃねー」
操は雨に濡れるのも構わずに、スタスタとそのまま行ってしまった。
とつぜん放り出された甲洋は、赤い顔のまま唖然とする。さんざん引っ掻き回されて、気持ちの処理が追いつかない。
(なんなんだよ、あいつ……!)
まるで手のひらで転がされたような気分だった。こっちのほうが年上で、身体だって先に大人になったはずなのに。ぜんぜんそんな気がしない。さっきまであったはずの余裕が、すっかり消えてなくなっていた。
チッと舌打ちをして、甲洋もまた背中を向けると歩きだす。
「……またって、なんだよ」
可愛くないし、変なやつ。ちっとも言うこと聞かないし。もうしねーよと心の中で吐き捨てながらも、どうしてか落ち着かない気持ちになる。
いつもは憂鬱な帰り道。だけど今日はちょっとだけ、その足取りが軽やかだった。
*
翌日の朝。
ズボンのポケットに両手を突っ込み、通学路を歩いていた甲洋は、ふと聞こえた騒がしい声に足を止めた。
見やった先には小さな空き地があり、不法に投棄されたゴミが散乱している。そしてその片隅には、何人かの男子児童に囲まれた操の姿があった。
「おまえホントは女なんだろー!」
「なんとか言えよ~」
甲洋の方からは黒いランドセルの背中しか見えないが、彼らはしきりに操をからかい、キャイキャイと声をあげて笑っていた。操は赤いランドセルの肩紐をそれぞれ握りしめ、退屈そうに冷えた表情で溜息をついている。
どこかで見た顔だと、甲洋はすぐに気がついた。校庭で転ばされたとき、操は今とまったく同じ表情をしていた。
こんなやつら、相手にするのもバカらしい。操の顔には、はっきりとそう書いてある。確かに、はたから見ても滑稽だ。誰よりも痩せていて小さい操が、あの中の誰よりも大人びて見えるから、ますます皮肉な光景だった。
「なにだまってんだよ! くやしかったらちんちん見せろ!」
だけどそんな大人びた対応は、いじめっ子たちにとって火に油を注ぐようなものだった。カッとなった一人が、とんでもないことを言いながら操の肩をドンと押す。
よろけながらも、操は相手をチラリと見やるだけだった。その態度に、悪ガキたちはますます鼻息を荒くしている。
一触即発のムードのなか、甲洋はズンズンと空き地に足を踏み入れて、転がっていた一斗缶をガツンと蹴った。すごい音がして、今にも操に飛びかかっていきそうだった子供たちが、いっせいにこちらを振り返る。
とつぜん現れた上級生に、彼らはわかりやすく顔色を失くして萎縮した。ピリピリとした空気が流れ、誰かが小声で「やべぇ」と呟く。
「来主」
甲洋は彼らを無視して、ポカンとしている操に向かって呼びかけた。通学路側を指すように、下あごを軽くしゃくって見せる。
「早く来いよ。遅刻しても知らないぜ」
「え……あっ、うん!」
先に背を向けて歩きだした甲洋を追いかけ、操がすぐに隣に並んだ。
空き地を出て通学路に戻ってからも、甲洋はただ前を向いてなにも言わなかった。ムカムカする。面白くない。校庭で膝から血を流す操を見たときにも、こんなふうにムカムカしていた。
甲洋は、自分以外の誰かが操に意地悪をすることに腹を立てていたのだ。そのことに気がついたのは、昨日ほんのちょっとだけ、大人の階段をのぼったからなのだろうか。
「えへへ」
そのとき、隣で操が肩をすくめて小さく笑った。横目で睨むと、彼はまたあのにまにまとした笑顔で甲洋を見上げる。そして、腕にぎゅっとしがみついてきた。
「ちょっ……なんだよっ、くっつくなって!」
「だってキミ、カッコよかったんだもん」
「ッ……!」
「ぼくね、すっごく嬉しかったよ」
「……あっそ」
だからって、なんでひっついて歩く必要があるんだろう。だけど正直、まんざらでもない。そう思ってしまう自分が恥ずかしくて、甲洋は赤い顔でそっぽを向いた。
操は嬉しそうな顔で、甲洋の腕を離さない。チラリと横目で見ながら、胸がふわふわするのを感じた。可愛い、なんて思ったら負けな気がする。誰と争っているわけでもないけれど、とにかくなんだか癪だから。あえて意地悪をしたくなる。
「でもさ」
「んー、なに?」
「ランドセル赤とか、やっぱヘンだよ」
変なのは自分の方だって、それはよく分かっているけど。
みるみるうちに、操の眉が吊り上がる。ぶぅっと頬を膨らまして、甲洋の腕から離れると、ランドセルの肩紐をぎゅっと掴んだ。
「うっさい! 似合ってるからいーの!!」
そうやって甲洋にだけは怒って見せるから、つい嬉しくなってしまう。
リンゴみたいに赤いほっぺに胸をくすぐられ、甲洋は声をあげて笑ってしまった。
了
To a friend born in June. Happy Birthday!
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*よるさん【サイト】の鍵っ子甲洋×赤ランドセル操漫画に一部勝手な妄想を加えて文章化した三次創作です。元ネタは【こちら】
静まり返る教室に、鉛筆の先を走らせる音だけが響いていた。
誰かが「わかんねぇ」とため息まじりにつぶやくと、誰かがそれに対して「静かにしなさいよ」と注意を促す。黒板の文字を消していた先生がわざとらしく咳払いをして、教室の中はまた鉛筆が滑る音だけで満たされた。
算数の小テストを誰よりも先に終わらせてしまった甲洋は、窓際の席で暇を持て余していた。頬杖をつき、窓の外に目を向ける。どこまでも続く蒼空に、うず高く積まれた夏の雲。校庭では他の学年の生徒たちが、体育でサッカーの試合をしていた。
(あ、来主だ)
その中によく知る顔を見つけて、甲洋はちょこまかと動き回る姿を目で追いかけた。
来主操は小さな身体で飛んだり跳ねたり、両手を大きく振ったりしながらパスを要求している。けれどボールは回ってこない。彼はめげずに、今度は自らボールを取り合う群れの中に挑んでいった。しかし明らかに故意と分かる動作で突き飛ばされて、ぐしゃりと転倒してしまう。
(あーぁ、やられた……)
気分の悪い光景に、眉をしかめた甲洋の口から嘆息が漏れる。
ホイッスルを吹き鳴らし、ジャージを着た体育の先生がすっ飛んでいくのが見えた。突き飛ばした子は注意を受けて謝罪したが、視線はあさっての方を向いている。悪びれる様子もなく、すぐに親しい友達の輪に入っていった。
甲洋は砂まみれで立ち上がった操の膝小僧を見て、とっさにあっと声を上げそうになった。白かったはずの右膝に、赤い血が滲んでいる。泣くんじゃないかとハラハラしたけど、彼は冷めきった顔をして体操着の砂を両手で払うだけだった。
(……なんでだよ)
あんなことをされて、どうして平気そうに振る舞うんだろう。泣くなり怒るなりすればいいのに。そのどちらでもない反応に、なぜかこっちがムカムカしてくる。
そのとき授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、いっせいに教室全体がザワつきはじめた。テスト用紙の回収を済ませて先生が出ていくと、甲洋は改めて窓の外に目をやった。
校舎に戻っていく生徒たちの中に、操の姿はすでになかった。
*
学校から少し離れた場所にある、小さな駅の繁華街。寂れた路地裏の一角には、山積みのゴミ袋や大きなポリバケツが雑多に置き捨てられている。
その影に身を隠すようにして、甲洋はだらりと座り込んでいた。脇に置いたランドセルを肘掛けにして、汚れた壁に背を預け、首からぶら下げた家の鍵をなんとはなしに弄ぶ。
チラリと視線を横に向けると、操も壁に背を預けてぼんやりしながら座っていた。
赤いランドセルを脇に投げだし、体育座りをしている彼の右膝には、絆創膏が貼りつけられている。体育の授業のあと、すぐに保健室に行ったのだろう。それでもなおうっすらと血を滲ませる膝小僧から目をそらし、甲洋は吐き捨てるように口を開いた。
「そのランドセル」
「んー……なに?」
「黒くぬれば? マジックで」
「なんでさ?」
「……なんでもさ」
操があんなふうにクラスのいじめっ子から扱われているのは、この赤いランドセルが原因だった。世の中にはいろんな色のランドセルがあるけれど、甲洋たちが暮らす片田舎の小さな町では、今もなお赤と黒が主流のままだ。
だから彼は一部のクラスメイトにからかわれたり、よく意地悪をされている。男子で赤いランドセルを背負っている操は、どうしても周りから浮いていた。
「いいじゃん別に。だって赤が好きなんだもん」
「でも、やっぱヘンだよ」
「うるさいなぁ! ぼくがいいんだからそれでいいの!」
「だからイジメられるんじゃん」
「そんなのキミだって同じなくせに!」
操はムッとした顔をして、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
校庭では平気そうな顔をしていたくせに、急に怒って変なやつ。せっかく忠告してやったのにと、甲洋は面白くない気持ちになる。いじめっ子と同じだと言われたことにも、地味に傷ついていた。そりゃあ、ちょっと意地悪な言い方だったかもしれないけれど。
(一緒にすんなよ、バカ来主)
少なくとも、甲洋はくだらないイジメなんかしない。あんな目にあっているのが見てられないから、これでも心配してるつもりなのだ。ランドセルのことだって、なにも本当に変だと思っているわけじゃなくて、ただ──。
(ヘンじゃないから、ヘンなんだってば)
女の子みたいな顔をして、女の子みたいな名前をして。赤いランドセルは、彼にとてもよく似合っていた。それをぜんぜん変だと思わない自分のことを、変だと思う。どこがどう変なのか、甲洋自身よく分かっていないけど。
なぜだかちょっとイライラしてきて、ちぇ、という舌打ちのような声を漏らすと、操とは逆側に顔を背けた。
会話は途切れたまま、ふたりぼっちの路地裏には沈黙が流れていた。暮れなずむ夏空の光すら、狭い路地には届かない。ガヤガヤと行き交う人々の喧騒が、遠くから漏れ聞こえるだけだった。
どれくらいそうしていただろう。
日の長い夏は、時間の感覚を狂わせる。普通の子供なら、とっくに家についている頃だろう。けれど甲洋は、どうしても家に帰る気が起こらない。だから放課後は、いつもこうして裏路地で暇をつぶしている。なぜか一学年下の操と一緒に。
彼とは別に約束をしているわけでもなければ、もとから仲がよかったわけでもない。だけどいつからか、自然とふたりで過ごすようになった。
退屈で意味のない時間を共有しながら、毎日ここでただぼーっとしている。
「はぁ……」
ふと、隣で操が退屈そうに息をついた。彼は壁沿いにズルズルと背中を滑らせ、地面にすっかり寝転がってしまう。一応は上級生らしく「汚いよ」と注意をしたが、きれいさっぱり無視された。
ボーダー柄のシャツには、イカのイラストがプリントされていた。ヘンなの、と思いながら「帰れば?」とそっけなく言うと、「キミこそ」と可愛くない返事をされる。
操はビルの谷間に切り取られた空を見上げていた。なにもかもつまらないし、なにもかもどうでもいい。そんな目をしながら。
「……家にいてもしょうがないし」
ポツリと吐きだされた言葉に、甲洋は目を伏せながら素直に「うん」と頷いていた。
操の家の事情は知らない。甲洋も、自分の話をしたことがない。だけどなんとなく、こいつも似たようなものなんだろうなとは思っていた。
帰ったってしょうがない。どうせ誰もいないし、いたって相手にされないし。だったら、どこにいても変わらない。家にいようが、薄汚れた路地にいようが。いっそのこと、今ここで消えてしまったって──。
「もう、死のうかな」
心の中でつぶやくつもりが、声になって漏れていた。
「え、死ぬの!?」
すると操が、興味津々な顔をしてぴょこっと起き上がる。今の今まで死んだような目をしていたくせに、彼は急に水を得た魚のように瞳をキラキラさせていた。
「……うるせぇバカ」
別に止めてほしいとか、共感してほしいなんて思っていたわけではない。多分、甲洋自身も本気で死のうなんて思ったわけじゃないのだが、操の無邪気な反応を見たらバカバカしい気持ちになった。
「じゃあさーっ、じゃあさーっ、死ぬ前にさーっ」
溜息をつく甲洋に、操はどこからか取りだした雑誌を地面に置いて、パッと開いた。
「これやってみようよー!」
「は? なにこれ……?」
それはエロ本だった。裸の男女が抱き合ってキスをしたり、それ以上のことをしてる写真が、何ページにもわたって掲載されている。内心激しく動揺する甲洋に、操は「落ちてた!」と言いながらパラパラとページをめくっていく。
「落ちてたって……」
めくってもめくっても肌色ばかりの雑誌から、甲洋はとっさに目をそらした。こういうのは苦手だ。興味はあるけど、もっと大人になってからじゃなきゃダメな気がする。
すると操がズイズイと傍までやってきて、ピッタリと身体をくっつけてきた。思わずギクリと身を強張らせた甲洋の唇に、柔らかな熱が押しつけられる。
「!?」
なにが起こったのか、頭が真っ白でわけが分からなかった。目を見開いて硬直する甲洋の膝に手を置き、操がさらに密着してくる。あむ、あむ、と唇を軽く噛んだり舐めたりされながら、操の手が股間を這った。
「ッ、~~!?」
「んー、こう? こうかな?」
「バカ! やめろって!」
「キミ、ちんちん自分でしたことないの?」
「ッ……」
ない、とは言えなかった。友達の間で、そういう話はたまに出る。小5ともなると、経験者だってチラホラいたりなんかして、触ると気持ちがいいんだと自慢げに語ってるヤツもいた。
だから一度だけ、夜中にこっそり試したことがあった。だけどちっとも気持ちがいいなんて思えなくて、なんだか変な感じがするだけで、嫌になってすぐにやめてしまった。それ以来、一度もしてない。
「エッチなの見ながらすると、きもちいんだってよ」
「……したことあんの?」
「ないよ。だからしようよ、いっしょに」
操は雑誌を膝の上に乗せ、だらりと両足を投げ出すと自分の股を探りはじめた。半ズボンの短い裾を中のパンツごとグイッとズラすと、すっぽり皮をかぶった小さな性器が顔をだす。
(ついてんだ、ちゃんと)
そこに自分と同じものがついていることを、ちょっと意外に感じてしまった。赤いランドセルが似合うのは、もしかして本当は女だからだったりして、なんて思わないこともなかったから。
なんとなく目をそらせないでいると、性器をいじっていた操が「よくわかんないや」と言って首を傾げた。
「なんも感じないよ?」
「……指」
「えー?」
「なめて、濡らしてするといいんだって」
「そなの!?」
赤い顔で目をそらしながら言うと、操はすぐに実践した。自分の指を舐めて濡らして、くにくにと揉んだり擦ったりしはじめる。でも、やっぱりいまいちピンとは来ないらしく、その後も熱心に性器をいじり続けた。
すっかり置いてけぼりにされ、困ってしまった甲洋は、操の膝の上にある雑誌を見やった。お尻もおっぱいも丸だしにした女の人が、男の人と抱き合ってキスをしている。
すると、さっき操に奪われた唇の感触を思いだし、変な気分になってきた。身体の中心に、ムズムズとした不思議な感覚が生まれている。
(ちょっとだけなら……)
こくんと喉を鳴らして、シャツをめくると半ズボンの前を完全に開いてしまう。パンツまで下ろすのは恥ずかしくて、上からそっと触れてみた。するとそこが少しだけ弾力を帯びていることに気がついた。
「ッ!」
前に一人でしたときは、こんなふうにはならなかったのに。甲洋はおそるおそる、パンツの布ごとそれをきゅっと握ってみた。不器用な手つきでしごいてみると、ツバをつけたわけでもないのに、しっとりと濡れている感触がある。
甲洋はそのまま、何度もそこをしごいてみた。なにかを感じるのは確かだけれど、モヤモヤとして違和感がある。これが気持ちいいという感覚なのかは、まだよく分からない。
ただ身体の内側が、どんどん熱くなっていくような気がした。パンツにこすれて、皮が剥ける感覚が少し痛い。だけどまるで癖になったように、甲洋はひたすら右手を動かすことをやめられなくなってしまった。
ハァハァと息を荒げていると、操がこてんと寄りかかってきた。真っ赤な顔で目を閉じて、は、は、と浅く呼吸を繰り返している。彼の小さな性器も、時間をかけていくうちに少しずつ変化しはじめていた。
「大丈夫? くるす……」
「ん……」
すぐ近くで感じる操の体温に、ドキリとしてパンツの中がまたじわっと濡れた。しごくたんびに、ぐちゅぐちゅと恥ずかしい音がする。
「キミの、ぐちゃぐちゃって……音、すごい……」
「くるすだって……」
唾液でベトベトになっている操の性器は、甲洋のとは違ってねちねちという鈍い音がするだけだった。小さな指先にこすられて、困り果てたように赤くなって震えている。
「ふぁ……っ、ぁ、あ……ッ!」
そのとき、操の背がなにかを得たように戦慄いた。瞳をトロンとさせながら、変な声をあげはじめる。その反応に、甲洋は腹の奥からなにかが突き上げてくるような衝動を覚え、身を震わせた。
(ヤバい、なんか……くる……っ)
違和感でしかなかったものが、じわじわと形を変えながら身体の中で熱くうねる。パンツの中がムズムズとしはじめ、あっと思う間もなく性器から何かが吐きだされた。
「あッ、ぅ──……ッ!!」
ビクッ、ビクッ、と大きく震えながら、思わず呻いて背中を丸める。頭の中が真っ白で、全身が電気を通したみたいに痺れていた。
忙しく呼吸を繰り返し、その波が引くまでひたすら耐える。パンツの中はぐしゃぐしゃだ。おしっこを漏らしたのかと一瞬ビックリしたが、多分いまのが射精というものなんだろうと、冷静になっていく頭で結論づけた。
「今のなに?」
まだ幾らかぼうっとしながら目をやると、操がポカンとした顔でまばたきをしていた。急に呻いたと思ったらビクビクと身を震わせた甲洋を見て、ビックリしたようだった。
「ねぇ今どうしたの!? どうなったの!?」
「……うっさいよ」
「もしかして白いの出た!? ねぇ見せて!!」
「や、やだってば!」
ガッと両手で腕を掴んでくるものだから、恥ずかしくなって乱暴に振り払った。すると操は「ケチ!」と言ってリスみたいに頬を膨らませた。
「ズルいや。キミばっか」
操はイッてもいなければ、射精してもいなかった。年下だし、チビだからだろうなと甲洋は思う。そうしたら途端に誇らしい気持ちになって、心に少し余裕がでてきた。
「来主はまだ子供ってことだよ」
ニヤッと笑いながら頭をくしゃくしゃ撫でてやると、操はもっともっと面白くなさそうな顔をした。
*
帰り際、急に雨が降ってきた。
甲洋はそのへんに打ち捨ててあったビニール傘を拾うと、相合い傘になるように操の横でポンっと開いた。
「家まで送る」
さっきまでが嘘のように、スンッと凪いだ表情で申し出た甲洋に、操はズボンの中をいそいそと直しながら「えー?」と言って、意外そうな顔をした。
なぜだか自分でもよく分からないが、操を雨の中ひとりで帰すのが嫌だった。さっきのアレで、一皮むけたせいだろうか。だからなんだって話だけれど、とにかく送ってやらなければと思ったのだ。
「大丈夫だよ。走ったらすぐつくもん」
「濡れて風邪ひくぞ」
「キミんちの方が遠いじゃん」
「いいんだよ俺は」
操は甲洋自身ですら持て余している心境の変化を、平気で無下にしようとする。ちょっとムッとしながらも、大人げないので顔には出さない。代わりに、どしゃぶりの雨空をふっと見上げた。
「ほら、雨強くなってきた」
通り雨だろうけれど、しばらくは止みそうにない。視線を戻し、ほら行くぞと言いかけた甲洋に、なぜか操はにまにまと笑みを浮かべていた。
「……なんだよ」
ジトッと睨みつけたけど、操はなにも言わずにやっぱり笑っているだけだった。大人ぶった態度を冷やかされているような気がして、急に居心地が悪くなる。
耐えきれずに目をそらそうとしたとき、ぎゅうっと抱きつかれて驚いた。
「!?」
あまりにも突然だったものだから、引き剥がすこともできずに甲洋は身を固くした。柔らかい感触と少し高めの体温に、カーッと頬が熱くなる。そのまま胸にぐりぐりと頬ずりをされ、ただ戸惑うことしかできなかった。
「なんっ、なんだよ……?」
さっきあんなことをしあった仲だからか、嫌でも意識してしまう。こんなふうに誰かに抱きしめられたこともなくて、どうしたらいいか分からない。心臓が胸を突き破って、今にも飛び出してきそうなほど高鳴っていた。
操はひとしきり甲洋を抱きしめて頬ずりをすると、
「またしようね」
と、楽しそうに弾む声でそう言った。
「はぁ!?」
さらに頬を赤らめる甲洋の胸から、操がパッと離れていった。傘から出て、あっけないほど簡単に背中を向けると、歩きだす。
「じゃねー」
操は雨に濡れるのも構わずに、スタスタとそのまま行ってしまった。
とつぜん放り出された甲洋は、赤い顔のまま唖然とする。さんざん引っ掻き回されて、気持ちの処理が追いつかない。
(なんなんだよ、あいつ……!)
まるで手のひらで転がされたような気分だった。こっちのほうが年上で、身体だって先に大人になったはずなのに。ぜんぜんそんな気がしない。さっきまであったはずの余裕が、すっかり消えてなくなっていた。
チッと舌打ちをして、甲洋もまた背中を向けると歩きだす。
「……またって、なんだよ」
可愛くないし、変なやつ。ちっとも言うこと聞かないし。もうしねーよと心の中で吐き捨てながらも、どうしてか落ち着かない気持ちになる。
いつもは憂鬱な帰り道。だけど今日はちょっとだけ、その足取りが軽やかだった。
*
翌日の朝。
ズボンのポケットに両手を突っ込み、通学路を歩いていた甲洋は、ふと聞こえた騒がしい声に足を止めた。
見やった先には小さな空き地があり、不法に投棄されたゴミが散乱している。そしてその片隅には、何人かの男子児童に囲まれた操の姿があった。
「おまえホントは女なんだろー!」
「なんとか言えよ~」
甲洋の方からは黒いランドセルの背中しか見えないが、彼らはしきりに操をからかい、キャイキャイと声をあげて笑っていた。操は赤いランドセルの肩紐をそれぞれ握りしめ、退屈そうに冷えた表情で溜息をついている。
どこかで見た顔だと、甲洋はすぐに気がついた。校庭で転ばされたとき、操は今とまったく同じ表情をしていた。
こんなやつら、相手にするのもバカらしい。操の顔には、はっきりとそう書いてある。確かに、はたから見ても滑稽だ。誰よりも痩せていて小さい操が、あの中の誰よりも大人びて見えるから、ますます皮肉な光景だった。
「なにだまってんだよ! くやしかったらちんちん見せろ!」
だけどそんな大人びた対応は、いじめっ子たちにとって火に油を注ぐようなものだった。カッとなった一人が、とんでもないことを言いながら操の肩をドンと押す。
よろけながらも、操は相手をチラリと見やるだけだった。その態度に、悪ガキたちはますます鼻息を荒くしている。
一触即発のムードのなか、甲洋はズンズンと空き地に足を踏み入れて、転がっていた一斗缶をガツンと蹴った。すごい音がして、今にも操に飛びかかっていきそうだった子供たちが、いっせいにこちらを振り返る。
とつぜん現れた上級生に、彼らはわかりやすく顔色を失くして萎縮した。ピリピリとした空気が流れ、誰かが小声で「やべぇ」と呟く。
「来主」
甲洋は彼らを無視して、ポカンとしている操に向かって呼びかけた。通学路側を指すように、下あごを軽くしゃくって見せる。
「早く来いよ。遅刻しても知らないぜ」
「え……あっ、うん!」
先に背を向けて歩きだした甲洋を追いかけ、操がすぐに隣に並んだ。
空き地を出て通学路に戻ってからも、甲洋はただ前を向いてなにも言わなかった。ムカムカする。面白くない。校庭で膝から血を流す操を見たときにも、こんなふうにムカムカしていた。
甲洋は、自分以外の誰かが操に意地悪をすることに腹を立てていたのだ。そのことに気がついたのは、昨日ほんのちょっとだけ、大人の階段をのぼったからなのだろうか。
「えへへ」
そのとき、隣で操が肩をすくめて小さく笑った。横目で睨むと、彼はまたあのにまにまとした笑顔で甲洋を見上げる。そして、腕にぎゅっとしがみついてきた。
「ちょっ……なんだよっ、くっつくなって!」
「だってキミ、カッコよかったんだもん」
「ッ……!」
「ぼくね、すっごく嬉しかったよ」
「……あっそ」
だからって、なんでひっついて歩く必要があるんだろう。だけど正直、まんざらでもない。そう思ってしまう自分が恥ずかしくて、甲洋は赤い顔でそっぽを向いた。
操は嬉しそうな顔で、甲洋の腕を離さない。チラリと横目で見ながら、胸がふわふわするのを感じた。可愛い、なんて思ったら負けな気がする。誰と争っているわけでもないけれど、とにかくなんだか癪だから。あえて意地悪をしたくなる。
「でもさ」
「んー、なに?」
「ランドセル赤とか、やっぱヘンだよ」
変なのは自分の方だって、それはよく分かっているけど。
みるみるうちに、操の眉が吊り上がる。ぶぅっと頬を膨らまして、甲洋の腕から離れると、ランドセルの肩紐をぎゅっと掴んだ。
「うっさい! 似合ってるからいーの!!」
そうやって甲洋にだけは怒って見せるから、つい嬉しくなってしまう。
リンゴみたいに赤いほっぺに胸をくすぐられ、甲洋は声をあげて笑ってしまった。
了
To a friend born in June. Happy Birthday!
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・拘束される春日井。
・焦らしプレイを食らう春日井。
・喘ぐ春日井。
・クソガキムーブからのいつものメス堕ち。
・あからさまな淫語、汚喘ぎ。
「来主、待って」
時刻は夕方5時過ぎ。すっかり日が落ちて暗くなった空の下、繁華街には煌々と明かりがついた店が立ち並んでいる。操は道行く人の波を縫い、背後から呼び止める声を無視して足早に歩いていた。
「誤解させたなら謝る。でも、来主が思ってるようなことはなにもないよ」
ずいぶん引き離したと思っていたが、甲洋は長い足と大きな歩幅で、思いの外ぴったりと後ろをついてきていた。このまま振り切るのは無理そうだ。操は仕方なく足をとめて振り向くと、つり上げた眉で相手を見上げる。
「誤解ってなに? 女の子に囲まれて、満更でもなかったくせに」
「そんなことない。ただ道を聞かれただけだ」
「嘘! そのままどっか連れて行かれそうになってたじゃん!」
「ちゃんと振り切っただろ……」
甲洋は深く息をもらし、頭痛をこらえるような表情でくしゃりと前髪を乱した。黒いステンカラーコートの下で、ワイシャツの襟とワインレッドのネクタイが少しよれている。そこから彼の疲労度が窺い知れるようだった。
操はベージュのダッフルの上からくるくると巻いた赤いマフラーに、口許が埋もれるくらい深くうつむいた。地面を睨みつけ、下唇を噛みしめる。
(ぼくだってやだよ。こんな気持ち……)
本当なら今ごろは、甲洋と二人で楽しい時間を共有しているはずだった。
会社勤めをしている彼は、ここ一ヶ月ほどはほぼ休みなく働き詰めだ。帰りも遅く、操がウトウトしはじめる頃になってようやく帰宅する。
大学生の操と社会人の甲洋とでは、生活のサイクルに違いがあるのは仕方ない。けれど一緒に暮らし始めて一年、最近はすれ違ってばかりの生活だ。
それでも操は我慢していた。休日を一緒に過ごせなくても、せっかく腕によりをかけた夕飯がすっかり冷めても、キスをしたり甘えたりすることができなくても、疲れている甲洋を困らせてはダメだと自分に言い聞かせていた。
だってもう我儘を言う歳じゃない。ぼくはもう大学生の、立派な大人なんだからと。
そんな折、甲洋から一件のメッセージが届いた。今日は早めに上がるから、どこかでゆっくり食事でもしないかと。しかも明日は久しぶりに休みが取れそうだ、というオマケ付き。バイト中だった操は、そのメッセージを見て嬉しさのあまり飛び上がりそうになった。
そこから先はずっとウキウキしっぱなしで、バイトが終わると速攻で駅まで走り、電車に飛び乗った。
待ち合わせ場所は改札を抜けてすぐの場所で、まだ時間に余裕があったにも関わらず、甲洋はすでに到着していた。しかし、一人じゃなかった。
彼は操とそう変わらない年頃の女性数人に囲まれていた。雑多な駅の構内にあっても、彼女らのはしゃぐ声が大きく響き渡っていた。その中の一人が甲洋の腕に両手を絡ませ、胸を密着させるような形でひっついた。
そのまま強引に引っ張っていきそうな勢いに、思わずカッとなりながら甲洋の名を呼んだ。
彼はあまりのしつこさに困り果てた様子でいたが、操の姿を捉えると「連れが来たから」と言って、どうにか彼女らを振り切った。
難を逃れたはいいものの、せっかくのデートに水をさされた気がして、操はすっかり不機嫌になってしまった。
あの女性たちにも腹が立つけれど、甲洋も甲洋だ。迷惑なら迷惑と、もっと強く言えばいいのに。それをしない彼の性分は理解しているつもりだが、操は思わず「甲洋のバカ!」と吐き捨てて駅から飛びだした。
(だって嫌だったんだもん……)
あんな場面、見たくなかった。知らない女に、甲洋がベタベタと触れられているところなんか。こっちはくっつきたい気持ちを必死で抑えていたのに。
だってもし彼に触れたら、きっと離したくなくなってしまう。キスをして、抱きしめて、絶対にその先も求めてしまう。甲洋は優しいから、無理をしてでも操を満たそうとするはずだ。それが分かるから、だからずっと我慢していたのに。
「そろそろ機嫌なおして。来主が好きなもの、なんでも奢るから」
語りかけてくる声は、分かりやすく猫なで声だ。操はマフラーに顔半分を埋めたまま、じっとりと上目遣いで甲洋を睨む。
「ぼくのこと、食べ物で簡単に釣られる猫かなんかだと思ってる?」
「そうじゃない。もともと来主が行きたいところに行くつもりだった。ほら、前にネットで見て行きたがってた店があるだろ。カレー専門店」
「……そこ、こないだの休みに美羽たちと行ってきた」
「ああ、そう……」
甲洋は残念そうな息を漏らし、「困ったな」と小声で呟いている。
プイッと顔を背けながらも、操は横目でチラリと彼を見やった。ご機嫌取りに失敗して参っている様子は、まるで飼い主にほっとかれてしょぼくれる大型犬のようだった。
(ちょっと、意地悪しすぎちゃったかな)
甲洋がなにも悪くないことくらい、ちゃんと分かっているつもりだ。なのについカッとなって、ヘソを曲げてしまった。大人ぶって聞き分けがいいフリをしていただけで、操は自分がまだまだガキであることを痛感した。
このままでは、さすがに彼が可哀想だ。外食デートの誘いだって、ふだん操に寂しい思いをさせていることを、甲洋なりに何かで埋め合わせたかったのだろう。そんなこと考えなくたっていいのに。バカだなと、操は思う。そういうところも好きなんだけど。
「一緒にいられたらそれでいいのに」
「え?」
あえて雑踏に紛れさせた操の言葉が、甲洋の耳に届いたかは分からない。
けれど彼の気持ちは充分に伝わるし、純粋に嬉しいと感じる。だからいい加減すねるのはやめて、甲洋とのデートを楽しもう──と、思ったのだが。
(でもこれ、よく考えたらかなり美味しいシチュエーションかも?)
ふと、イタズラ心がムクムクと頭をもたげてきた。
今この場において、操は主導権を握っている。まるで弱みにつけこむようでどうかと思うが、これを利用しない手はないのではないか。ただ食事を楽しむだけのデートもいいけれど、どうせならもう少し〝刺激〟がほしい。
「じゃあさ、ぼくの言うこと、なんでも聞いてくれる?」
まだ不貞腐れているていで問いかけた操に、甲洋はキッカケを掴んだとばかりに笑みを浮かべて頷いた。
「いいよ。なんでも言って」
「ほんとに!? じゃあこっち、一緒に来て!」
「わっ、ちょっと、来主?」
甲洋の手を引くと、操はそこから弾かれたように駆けだした。
*
「来主……これは、なんの冗談……?」
ベッドの上にはコートとスーツのジャケットを脱がされ、ワイシャツのボタンをすべて外された甲洋が、胸の上で手首をネクタイによって拘束された状態で転がされている。
天井を見つめる彼の瞳は、まるで死んだ魚のように生気がない。
「ふふーん。どう? 新しい試みでしょ?」
操は裸にクリーム色のバスローブ一枚で、濡れた髪をタオルで拭きながらベッドに近づいた。甲洋の顔を見下ろし、猫のように細めた瞳でにんまり笑う。
「新しすぎるよ……」
「そんなにキツくは縛ってないよ。痛くないでしょ?」
じっとりした目つきで軽く睨まれたが、操はそれを無視してベッドのふちに腰掛けた。
ここはとあるラブホテルの一室だ。操が甲洋の手を引いて向かったのは、繁華街から路地を一本抜けた先にあるホテル街だった。
甲洋は面食らっていたが、なんでも言うことを聞くと約束している手前、黙りこくるしかないようだった。それをいいことにスーツを中途半端に脱がせ、彼がしていたネクタイで手首を拘束した。
そのままベッドに寝転んでいるように命じて、操はのんきにシャワーを浴びた。出てきたらこの通り、甲洋は言いつけをしっかり守っていた。
「えらいね甲洋。ぼくの言うこと、ちゃんと聞いて待っててくれたんだ」
「来主、これでするのはこの際しょうがないとして、せめて俺にもシャワーを浴びさせてほしいんだけど」
「だめ」
操はタオルを適当に放るとベッドに乗り上げた。四つん這いになって甲洋を真上から見下ろし、片手の人差し指で彼の腹部に軽く触れる。上から下へなぞっていくと、うっすらと割れた腹筋がピクリと動いた。
「く、来主……っ」
「だってぼくもう待てないもん。一ヶ月もエッチしてないんだよ?」
「ッ……!」
「甲洋だって、ほら」
指先が膨らみを帯びた中心にたどり着いた。くるくると円を描くようにさするだけで、膨張する熱がノータックの細身なスラックスを押し上げる。
「もうこんなだよ。ぼくがシャワー浴びてるとこ、ずっと見てたでしょ?」
ここからシャワールームは丸見えだ。すりガラスにはなっているが、奥でうごめく肌色に彼が興奮していたことは明白だった。
図星を突かれた羞恥からか、あるいは期待している自分への戒めか、顔をそらした甲洋がぐっと唇を引き締めた。焦げ茶の髪が張りつく頬が、うっすらと紅潮している。その反応にゾクゾクしながら、熱っぽい吐息を漏らした。
「苦しい? いま楽にしてあげるね」
甲洋の太ももあたりにぺったりと腰を下ろすと、ベルトを外してスラックスの前をくつろげていく。焦らすようにジワジワとファスナーを下ろし、下着を軽く下にズラすと、待ってましたといわんばかりに勃起した性器が飛びだしてきた。
「ダメだ、来主……っ」
「あはっ、すっごく元気! この子も寂しかったんだね」
それはすっかり怒張して、持ち主の鼓動に合わせて脈打っていた。こくん、と無意識に喉を鳴らして、操は震える肉茎をそっと両手で包み込む。
吸い寄せられるように身体を前に倒していくと、甲洋の匂いがふわりと鼻腔をくすぐった。生々しくて、少しだけ汗が混ざった雄の匂い。久しぶりの感覚に、頭がぼうっと煮えてくる。
「おいしそう……ぼくがいっぱい可愛がってあげるね」
「くっ、ぁ……!」
ちゅ、と音を立てて先端にキスをした。じわりと滲んでくる先走りに舌を丹念に這わせて舐めとると、まるでもっともっととねだるように鈴口から液が溢れてくる。
たまらずぱくんと咥えると、彼の匂いがまたグッと強くなった。
「ッ、ぅ……く……っ」
口いっぱいに頬張りながら、甲洋が必死で声を噛み殺すのを聞いているだけで、操の身体もどんどん熱をあげていく。好きな男の自由を奪い、もっとも弱い場所を攻め立てているという背徳感に、バスローブの下で自分自身もゆるゆると反応を示していくのが分かる。
「はぁ、ンッ、む……んっ……!」
「く、来主……っ、ダメだ、ほんとに……っ」
先走りと唾液に濡れた肉棒を、根元まで両手でしごきながら吸ったり舐めたりを繰り返す。亀頭を喉の奥まで押し込むと、甲洋が悩ましげに低く呻いた。
苦しくてむせそうになるのもお構いなしに、口をすぼめて頭を上下に振りたくる。ひどい水音。荒々しい甲洋の息遣い。甘ったるい毒に侵されたみたいに、脳が蕩けて目眩がした。
(甲洋のおちんちん、苦くておいしい……熱くておっきくてピクピクしてて、これ、はやくお尻に挿れたいな……)
尻の孔と腹の奥がジンジンしてきて、無意識に浮かせた腰が揺れてしまう。
口の中では限界まで膨らんだ肉棒が激しく脈打っていた。それに合わせて甲洋の腰がモゾモゾと動きだし、絶頂が近いことを知らせてくる。操はいったん口を外し、手でゆるくしごくだけの弱い刺激に変えた。
「ぁ、はぁ……っ、ん、甲洋、ねぇ? きもちい?」
甲洋は両腕を上げて顔を隠し、歯を食いしばっている。もっと感じてる顔が見たいのにと、操は濡れた唇を尖らせた。
「ねぇー、なにか言ってよぉ。おちんちんはこんなに素直だよ」
「ッ、くる、す……もう……」
「はいダメー。素直じゃない子はイカせてあげない!」
その瞬間、操は性器からパッと手を離してしまった。
「……ッ!」
イキそびれて放置された肉棒が、グンと反り返って切なそうに震えている。
訴えかけるような視線を向けてくる甲洋に、操は悪巧みを隠しもしない笑顔を浮かべた。
「すぐにイッちゃったらつまんないでしょ?」
膝立ちになった操は、見せつけるようにジワジワとバスローブを脱ぎ捨てた。身体の中心では熟したように色づく性器が、かすかに先走りの蜜を漏らしてプルンと揺れている。
ごくりと、甲洋が喉仏を震わせた。彼の肉棒はぴったりと腹につくほど反り返っている。操はそれを尻に敷くようにして、甲洋の下腹に腰を落ち着けた。
「ッ!」
「勝手にイッたらダメだからね。そんなことしたら、今度はおちんちんも縛っちゃうから」
腰を前後にゆるゆると動かし、尻の割れ目と自身の袋を擦りつけて裏筋を刺激する。その快感と、性器を絶妙に圧迫されて射精できないことへのもどかしさで、甲洋の表情が苦悶に歪んだ。
「ぁは……っ、君のそんな顔、初めて見た。すっごく可愛い……ねぇ、気持ちいい? おちんちんお尻でゴシゴシされるの、そんなにいい?」
「も、いい加減、っ、に」
「だぁめ。手は胸の上に置いといて。ぼくに触るのは禁止だよ」
拘束された手を伸ばしかけていた甲洋が、グッと下唇を噛みしめた。玉の汗を額に浮かせ、悔しそうに操を睨みつけながらも大人しく両手を胸に置く。
操はよりいっそう淫らに腰を動かした。恍惚とした笑みを浮かべて、自身もまたもどかしい刺激に身悶える。
「はぁっ、ぁ、ぁ、ぁん……っ、お尻の孔と、ぷるぷるの袋、んっ……おちんちんにゴリゴリされて、感じちゃう……っ」
「ぁっ、く……ッ、ぅ……!」
「イッちゃ、ダメだからね……アッ、ん……っ、ぼくのこと、ずっとほっといたバツなんだから……もっともっと、ぁは、ぁ……ッ、いっぱい、じらしてあげるんだからぁ……っ」
操は腰の動きを止めないまま、右手で自身の勃起した肉茎を握り込んだ。先走りでぐちゃぐちゃになったそこをしごきながら、左手では乳首を片方きゅうっと摘んで、潰したり引っ張ったりして自慰にふける。
「あんッ、ぁ、あぁッ……ぁ、ねぇ、見てぇ……はぁ、ぅ、ぼくね、こうやって、ぁ、ん、いつも一人で、してたのぉ……甲洋のこと考えて、んっ、一人でエッチ、してたのぉ……っ」
「~~……ッ!!」
甲洋は忙しいから、疲れているから、早く休ませてあげないと。そうやって寂しい気持ちに蓋をして、彼を待つ一人の夜は自分のことを慰めていた。本当は甲洋にしてほしいけど、我慢しなくちゃいけないから。
タガが外れた操は、そんな寂しい自分を甲洋の上にまたがりながら実践して見せた。
「……ッ! くる、す……来主……っ」
胸の上で、甲洋が拳を強く握りしめている。本当は今にも拘束を解き、操を思う存分抱きたいはずだ。けれど、操自身がまだそれを許可していない。忠犬のようにただ従うしかない彼は、それでも無意識に両膝をゆるく立て、まるで挿入しているかのように腰を何度か突き上げた。
「やあぁっ、ダメッ、ぁ、きゃうぅ……ッ!?」
振動が腹の奥まで重く響いて、操はこらえる間もなくイッていた。性器から弾けるように白濁が吹きだし、甲洋の腹を汚していく。
「ぁ……ぁ……ん、イッちゃ、たぁ……」
余韻に身を震わせて、甲洋の腹に両手をつくと、糸が切れたようにうなだれる。そのままぼうっとしながら浅く呼吸を荒げていたが、ふと見れば両腕で目許を隠した甲洋が、ギリギリと歯を食いしばっていることに気がついた。
「ッ、ふ……っ、……ッ」
尻に圧迫された肉棒は、先走りと操が放ったものとでひどく濡れていたが、射精はできないままでいる。ビクビクと脈打つだけで、可哀想なくらい腫れていた。当人は全身を赤く染め、汗だくでこわばった身を震わせている。操よりもよっぽど息が荒くて苦しそうだ。
「ごめんね甲洋、ぼくばっかり気持ちよくなって……」
さすがにそろそろ可哀想になってきた。操は腰を浮かせて膝立ちになると、ビクビクと跳ねる肉茎の裏筋を労るように撫でさすった。
「あっ、ぁ……ッ、くる、す……ダメだ、もう……っ」
ほんの少しの刺激でも、甲洋は達してしまいそうになっている。操はクスリと小さく笑うと、顔を覆っている腕を外させ、両手の位置を胸の上に戻してやった。
そのまま身を屈めると、汗ばむ額や濡れた目尻についばむようなキスを降らせる。シワの寄った眉間に、ツンと尖った鼻先に、赤くなった頬に。順々に口づけていくと、甲洋の身体の強張りが少しずつ解けてきた。
「んっ……」
最後に唇を深く重ねて、舌を絡め合う。吸ったり舐めたり、時には甘く噛んだりして貪りながら、操は片手を下方へ伸ばすと甲洋の熱の塊に触れた。
「うッ、ぁ……」
甲洋が喘ぎ、離れた唇が糸を引く。操は舌なめずりをして、さっきよりは幾らか落ち着いたかに見える肉の切っ先を、自身の孔に導いた。
右手を甲洋の腹につき、左手は竿に添え、膝立ちで位置を調節する。互いの体液で濡れた孔は、先端があたるとぷちゅりと可愛い音を立てた。再び甲洋が息を上げたが、彼はどこか心配そうに操を見ている。
「平気だよ。さっきシャワー浴びたとき、自分で少し慣らしてきたから」
あまり時間はかけられなかったが、しっかりローションを入れてほぐしてある。久しぶりなため多少の不安はあるものの、そこはすでにトロトロに仕上がっていた。
操は甲洋がホッとする間もなく、先端をナカにズルリと収める。
「ふぁッ、アッ、ぁあん……っ!」
「ッ、く、ぁ……っ!」
雁首まで飲み込んだ孔に、ジンとした痺れがこみ上げた。けれど多少の痛みくらいなら、たやすく快感にすり替わってしまう。
肩で息をする甲洋が、ねだるような眼差しを向けてくる。操はふっと笑いかけると、そのまま腰を落とさずにあえていったん引き抜いた。ちゅぽん、と音がしたかと思うと、再び腰を落として雁首までを孔に沈める。
「うぁ……ッ、く、くる、す……っ!?」
目をむく甲洋をものともせずに、幾度となくそれを繰り返した。腰を小刻みに上下させ、浅い部分だけをしつこく出し入れさせる。ぬぽ、ぬぽ、と挿入時の突き破る瞬間だけを、互いに何度も味わい続けた。
「あっ、くぅっ、ん……っ、これ、ダメ、きもちぃ……ッ! おく、奥まで欲しいのにっ、癖になっちゃう……っ!」
「無理だっ、もう……来主、頼むから……っ」
この期に及んで焦らされ続ける甲洋の声が、悲痛なまでに上ずっていた。こんなに余裕がない彼は初めてだ。
「いいよ、甲洋。どうしたいの? このままぼくにどうしてほしい?」
微笑む操に甲洋はくしゃりと表情を歪め、一瞬だけ下唇を噛みしめた。それから、観念したようにゆっくりと唇を震わせる。
「……たい」
「なぁに? 聞こえないよ」
「挿れ、たい……来主のナカ、奥まで挿れて、イキたい……」
甲洋は言うだけ言って顔を背けた。羞恥に染まった頬を見て、ゾクゾクとしたものが背筋を駆け抜ける。いつもはセックスで舵を取っているのは彼の方だ。けれど今は真逆の構図になっている。その新鮮さと満たされた支配欲に、操は満面の笑みを浮かべた。
「よく言えました。いい子だね」
操は膝をついていた姿勢を変えて、カエルのようにM字でしゃがみこむ姿勢をとった。甲洋の腹に両手をついて、徐々に腰を落としていく。ぴったりと閉じた肉襞が、自重によってミチミチとこじ開けられた。
「あっ、あっ、はいって、くる……ッ! お腹の奥まで、ズンズンきちゃうぅ……っ!」
「ぅあ……っ、ぁ……あぁ……っ」
たまらず喉をそらし、甲洋が大きく喘いだ。その声をもっと聞いてみたくて、操はもうこれ以上は無理というところまで太い男根を収めきると、息をつく間もなくズボズボと尻を上下に振りたくった。
「あぅ、あっ、あぁっ! い、イイっ、イイよぉ……! アッ、ぁっ、きもちいの……ッ、これ、ずっと欲しくて、寂しかったのぉ……!」
太い性器が内壁を激しくこすり上げると、頭の中にバチバチと電気が走るようだった。無理やりねじ込んでは引き抜いて、好きなだけ快楽を追いかける。
けれどさんざん焦らされた甲洋は、ものの数分もしないうちに限界を迎えてしまう。操の下で腰を震わせ、指先が白くなるほど両手を握りしめていた。
「くる、す……っ、来主! あぁっ、ぅ……もう無理だ……、出る……っ!」
「はぁッ、あぁっ、んッ……いい、よ! 出して……っ、甲洋のせぇし、いっぱい出してぇ……っ!」
「ぁ、ッ……──っ!!」
ドクン、と腹の奥で甲洋が大きく脈打った。直後に弾けた熱い飛沫に、操は下品に開いた両足をブルブルと痙攣させる。
「あっ、あぁーッ、ぁ、あ、出て、る……っ、熱いの、びゅーびゅーいっぱい、ぁ、ぁ、出てる、ぅ……っ!」
うっすらと笑みすら浮かべ、ナカで射精される感覚に二度目の絶頂を迎えた。さっきより幾らか量の少ない白濁が、甲洋の腹に点々と飛び散っていく。
操は踏ん張りがきかなくなった足を崩し、背後にすっかり尻もちをついてしまった。その拍子に性器が孔からズルリと抜けて、そこから玉のようにドロリとした精液が溢れだす。
「はぁ、はぁ……ぁ、ん……甲洋の、すっごく濃い……溢れてきちゃう……」
痙攣する両足をM字に開いたまま、操はドロドロと溢れてはシーツを汚す精液を見下ろして、つい関心してしまった。操は一人で慰めていたが、彼はその暇もなかったのだろう。性器はいちど出したとは思えないくらい、ガチガチに勃起したままだ。もう何回かしなければ、とても治まりそうにない。
「ねぇ、このままもう一回するでしょ? 君は疲れてるだろうし、今日は最後までぼくが──」
言い終わらぬうちに、甲洋が腹筋の力だけでゆらりと起き上がった。
操はまたすぐに彼の上に乗ろうとしたが、腰を浮かせる前に拘束された両手で胸をトン、と押されてひっくり返る。
「わっ、な、なに?」
仰向けで見上げた甲洋の顔は、前髪に隠されてよく見えない。息を荒げるだけで一言も声を発さないことを訝しく思いながらも、操にはまだ余裕があった。なにせ今日の自分は王様だ。甲洋を好きにしていい権利を持っている。
だから彼はなにをするにも、操の許可を得る必要があるはずだ。
「しょうがないなぁ。いいよ、今度は甲洋の好きに動いて」
なんにせよ、彼は正常位を所望している。自由がきかない手では少し不便そうだが、初回はさんざん楽しませてもらったし、ちょっとくらい泳がせてやってもいいだろう。
操は彼がやりやすいように両足を自ら大きく開いた。白濁の残滓で濡れた孔を、両手でキュッと開いて見せる。
「ほら、ここ。優しくしてね」
膝立ちの甲洋が、両手で竿を固定すると操の孔にあてがった。軸を安定させると、今度は両手をカニのような形に開いて操の下腹にぐっと押しつける。
そのままジワジワと腰を進めて、ナカに性器を押し込めてきた。
「あっ、ぁう……っ、や……ぁ、お腹、押しながらだと……くる、し……っ」
甲洋の体重が、すべて下腹にかかっている。薄っぺらい肉越しに自身が入っていく感触を、彼は手のひらで生々しく感じとっているはずだ。
ただでさえ狭い肉壺を、圧迫されながらこじ開けられていく感覚に、操はいやいやと首を振って拒絶した。
「くう、ぅ、ぅ……ッ! こよ、それ、ダメ……や、め……ッ!」
けれど甲洋は操の命令をまるで無視して、奥まで挿入を果たしてしまう。このまま出し挿れなんかされたら、たまったもんじゃない。身も世もなく喘がされて、王様でいるどころじゃなくなってしまう。
だけど多分、そのほうがよっぽどマシだったのかもしれない。このときの操は、まだ気づいていなかった。
「もうっ、バカバカ! なんでぼくの言うこと聞かない──」
の、と最後まで言い終わらないうちに、
ドスン!!
という衝撃に身体の奥を貫かれ、頭の中が真っ白になる。
(──え?)
なにが起きたのか分からない。分かりたくないような気もする。白く弾けた思考で、操は目を剥きながら全身が総毛立つような感覚を味わった。
「ぇ、ぁ……? ぇ……?」
操が最奥だと思っていた場所には、まだ先があった。おそらく入ってはいけないところまで、甲洋の切っ先が潜り込んでいる。
彼の下生えが、皮膚にぴったりと密着していた。そこにはいっさい隙間がない。ドッと汗が噴きだして、身体がガクガクと恐怖におののく。信じられない。信じたくない。だけど、腹の奥底が燃えている。
「う、そ……こょ……?」
乱れた髪の隙間には、彼の据わりきった瞳があった。フー、フー、と獣のような息遣いをして、そこには欠片の理性も見当たらない。同時に彼がこれまで、どれほどの理性を持って操を抱いていたかを理解させられた。
マズい。マズいマズいマズい。こんなの絶対、殺される。
「い、や……いや、いや、いや……っ! なんで? なんっ……──ッお゛っ……~~ッ!?」
半狂乱で暴れようとした瞬間、どちゅん、といったん引き抜いたものをまた奥まで打ち込まれた。知らない。こんな深い場所。甲洋のモノは身体に比例してとても大きいから、根元まで挿れるのは無理だろうと、ずっとそう思いこんでいたけれど。
彼は操の身体を気遣い、今まで手加減していたに過ぎなかったのだ。だけどそのタガが外れてしまった。そうさせたのは他でもない、操自身だ。
「ぃあ゛ッ……ぇ……っ? だ、め……やだ、やだぁッ! お願い、待っ……おねが……ッ、ア゛っ、ぉッ……──ッ!?」
下腹を圧迫されたまま、甲洋が再びドスンと腰を突き立ててくる。
混乱しながら掻きむしるようにして彼の両手を退けようとしたが、ビクともしない。どちゅん、どちゅん、とそのまま何度も叩きつけられ、白く染まった視界に時おり警告のような赤が混じった。涙が溢れて止まらない。
「うぅ゛、う゛ー……! ひぃ、ん、あ゛ぁ゛ッ! こわれ、ちゃ……ッ、はぎっ、ィ……! おながっ、ぐるじいぃ……ッ!」
内臓ごと引きずり出されて、それをまた奥まで突き破られるようなおぞましさ。だけど下半身はすっかり固定されて、逃げ場がない。もはやだらしなく両足を開いたまま、白目を剥いて喘ぐことしかできなかった。
こんな暴力じみた快感は初めてで、怖くてしかたがないのに、操の孔と粘膜はよだれを垂らして甲洋の肉に絡みついている。
「そ、こぉっ! んぐ、やめ゛、えぁ゛……ッぃ゛! イグ、いくいくいッ……ひぐッ、んア゛、あ、ぁ──……ッ!!」
さんざん奥まで穿たれて、訳も分からず絶頂させられた。真っ赤に腫れあがった性器から、プシュッと水が混じった精液が噴射する。潮を吹かされるのも初めてだった。
どうしてこんなことになったんだっけと、意識の遠くで首を傾げる。さっきまで優勢で、最高の気分だったのに。自分の下で震えることしかできない甲洋は、あんなに可愛かったのに。
「ぁ、ぁー……ッ、ぉ……ぉ゛……ッ……」
ビクン、ビクン、と吊られたカエルのように開きっぱなしの太ももを痙攣させた。直腸にドッと流れ込んでくる精液の熱さに、彼も達したことを知る。
荒っぽく息をつく声を聞きながら、今にもフェードアウトしそうになっている視界に甲洋の姿を捉えた。彼はネクタイの端に歯を立てると、ぐんと引っ張って拘束を解きながら薄く笑った。
「遊びは終わりだよ、来主」
「ぁ、ぇ……?」
「まだ、満足してない。来主だって同じだろ?」
「ッ、ヒ……!?」
自由になった両腕が、それぞれ操の膝の裏に引っかけられた。甲洋がグンと身体を乗りだすと、まるで彼自身とベッドにプレスされるような体勢になる。
ナカに挿ったままの肉棒が、奥にゴツンと押しつけられた。今さっき覚えさせられたばかりの快楽がゾワッと駆け抜け、操は泣きながら首を横に振った。
「やっ、いやぁ! これ以上されたら、ぼく死んじゃう! お腹つぶれて死んじゃうの! ねぇお願い甲洋、お願いだからぁっ!」
「だぁめ」
甘ったるい声を乗せた唇が、あやすように操の額にキスをする。
「ずっとほっといてごめん、来主。そのぶん、しっかり満足させるから」
まるで死刑宣告だ。
全身の血の気は引いているのに、孔はキュンキュンと切なく甲洋を締めつけている。操の性器からは期待の蜜が漏れだし、腹の奥がもっといじめてほしくて疼いていた。
そこから先はもう、なにがなんだか覚えていない。
*
たっぷり可愛がられて、泥のようにどっぷり眠って、ホテルを出る頃には翌日の朝になっていた。
いつの間に延長したんだろうか。もともとは休憩コースで入ったはずが、知らぬ間に宿泊コースに切り替わっていた。
「来主、大丈夫?」
フラフラと足がおぼつかない操は、甲洋の腕に縋ってどうにか歩ける状態だ。おんぶしようかと聞かれたが、かっこ悪くて断った。
「だいじょばないよ……腰から下がなくなったみたいだし、なんかまだお尻に入ってるみたいな気がするし……」
ついでに喉もガラガラだ。
甲洋は「ごめん」と言ったが、その肌はツヤツヤで表情も晴れやかだ。かたや操はヨレヨレで、まったくもって面白くない。
(気持ちよかったから別にいいけど……)
何度か本気で死にかけた気はするけれど、満足しているのは操も同じだ。だから強くは責められない。先に仕掛けたのはこちらの方だし、甲洋の新しい一面を見られたのも、まぁ結果オーライだ。
「帰ろう、来主。家でゆっくり休んだほうがいい」
そう言って甲洋は気づかってくれたが、操としてはちょっと不満だ。セックスするだけなら家でもできたし、わざわざ待ち合わせまでした意味がない。
つい性欲の方に全振りしてしまったけれど、外食デートも楽しみにしていたのだから。
「それもいいけど、カレー屋さん行こうよ」
「でも、美羽ちゃんたちと行ったんだろ?」
「そうだけど、美味しかったから。甲洋と一緒にまた行きたい」
本当なら昨日の段階で言うつもりだったことを、ようやく言えた。あのときの操は些細なことでヘソを曲げて、彼に意地悪をしてしまった。だけど今では、甲洋に胸を押しつけていた女の顔すら思いだせない。
そんなことどうでもよくなるくらい、一晩中ずっと甲洋を独占できたことが嬉しかった。もちろん、このあともずっとだ。
「いいよ、じゃあそこに行こう」
やっとデートらしいデートになりそうだ。甲洋も嬉しそうだった。
「でも、まだ少し時間があるよ。お店開くの、確か10時くらいだったと思う」
「ならどこかで時間を潰そう。喫茶店に入ろうか?」
「うん! ぼく喉カラカラ! ジュース飲みたい!」
操は縋っていた甲洋の腕をさらにぎゅうっと抱きしめた。
朝のホテル街にはほとんど人通りがなく、眩しい太陽の下ではカラスがゴミを漁っている。上等な野菜クズを見つけると、すぐに飛び立っていった。
「ねぇ、甲洋」
ここから一本路地を抜ければ、人通りはもっと多いだろう。だから今のうちにと、操は抱いている腕をぐっと引っ張って背伸びした。
ちゅっと音を立てて頬にキスをすると、甲洋が目を丸くする。
「あの凄いやつ、またしてね」
知らない場所をこじ開けられるのは、さすがにちょっと怖かったけど。
知ってしまったからには、多分もう以前と同じじゃ物足りない。この責任は、しっかり取ってもらわなければ。
「……また今度ね」
縛られたことも込みで思いだしてしまったのか、甲洋の頬が耳まで赤く染まった。目をそらしながら指先で頬を掻いているのが可愛くて、操は「えへへ」と笑うと、上機嫌でコートの肩に頬ずりをした。
了
To a friend born in November. Happy Birthday!
←戻る ・ Wavebox👏
・焦らしプレイを食らう春日井。
・喘ぐ春日井。
・クソガキムーブからのいつものメス堕ち。
・あからさまな淫語、汚喘ぎ。
「来主、待って」
時刻は夕方5時過ぎ。すっかり日が落ちて暗くなった空の下、繁華街には煌々と明かりがついた店が立ち並んでいる。操は道行く人の波を縫い、背後から呼び止める声を無視して足早に歩いていた。
「誤解させたなら謝る。でも、来主が思ってるようなことはなにもないよ」
ずいぶん引き離したと思っていたが、甲洋は長い足と大きな歩幅で、思いの外ぴったりと後ろをついてきていた。このまま振り切るのは無理そうだ。操は仕方なく足をとめて振り向くと、つり上げた眉で相手を見上げる。
「誤解ってなに? 女の子に囲まれて、満更でもなかったくせに」
「そんなことない。ただ道を聞かれただけだ」
「嘘! そのままどっか連れて行かれそうになってたじゃん!」
「ちゃんと振り切っただろ……」
甲洋は深く息をもらし、頭痛をこらえるような表情でくしゃりと前髪を乱した。黒いステンカラーコートの下で、ワイシャツの襟とワインレッドのネクタイが少しよれている。そこから彼の疲労度が窺い知れるようだった。
操はベージュのダッフルの上からくるくると巻いた赤いマフラーに、口許が埋もれるくらい深くうつむいた。地面を睨みつけ、下唇を噛みしめる。
(ぼくだってやだよ。こんな気持ち……)
本当なら今ごろは、甲洋と二人で楽しい時間を共有しているはずだった。
会社勤めをしている彼は、ここ一ヶ月ほどはほぼ休みなく働き詰めだ。帰りも遅く、操がウトウトしはじめる頃になってようやく帰宅する。
大学生の操と社会人の甲洋とでは、生活のサイクルに違いがあるのは仕方ない。けれど一緒に暮らし始めて一年、最近はすれ違ってばかりの生活だ。
それでも操は我慢していた。休日を一緒に過ごせなくても、せっかく腕によりをかけた夕飯がすっかり冷めても、キスをしたり甘えたりすることができなくても、疲れている甲洋を困らせてはダメだと自分に言い聞かせていた。
だってもう我儘を言う歳じゃない。ぼくはもう大学生の、立派な大人なんだからと。
そんな折、甲洋から一件のメッセージが届いた。今日は早めに上がるから、どこかでゆっくり食事でもしないかと。しかも明日は久しぶりに休みが取れそうだ、というオマケ付き。バイト中だった操は、そのメッセージを見て嬉しさのあまり飛び上がりそうになった。
そこから先はずっとウキウキしっぱなしで、バイトが終わると速攻で駅まで走り、電車に飛び乗った。
待ち合わせ場所は改札を抜けてすぐの場所で、まだ時間に余裕があったにも関わらず、甲洋はすでに到着していた。しかし、一人じゃなかった。
彼は操とそう変わらない年頃の女性数人に囲まれていた。雑多な駅の構内にあっても、彼女らのはしゃぐ声が大きく響き渡っていた。その中の一人が甲洋の腕に両手を絡ませ、胸を密着させるような形でひっついた。
そのまま強引に引っ張っていきそうな勢いに、思わずカッとなりながら甲洋の名を呼んだ。
彼はあまりのしつこさに困り果てた様子でいたが、操の姿を捉えると「連れが来たから」と言って、どうにか彼女らを振り切った。
難を逃れたはいいものの、せっかくのデートに水をさされた気がして、操はすっかり不機嫌になってしまった。
あの女性たちにも腹が立つけれど、甲洋も甲洋だ。迷惑なら迷惑と、もっと強く言えばいいのに。それをしない彼の性分は理解しているつもりだが、操は思わず「甲洋のバカ!」と吐き捨てて駅から飛びだした。
(だって嫌だったんだもん……)
あんな場面、見たくなかった。知らない女に、甲洋がベタベタと触れられているところなんか。こっちはくっつきたい気持ちを必死で抑えていたのに。
だってもし彼に触れたら、きっと離したくなくなってしまう。キスをして、抱きしめて、絶対にその先も求めてしまう。甲洋は優しいから、無理をしてでも操を満たそうとするはずだ。それが分かるから、だからずっと我慢していたのに。
「そろそろ機嫌なおして。来主が好きなもの、なんでも奢るから」
語りかけてくる声は、分かりやすく猫なで声だ。操はマフラーに顔半分を埋めたまま、じっとりと上目遣いで甲洋を睨む。
「ぼくのこと、食べ物で簡単に釣られる猫かなんかだと思ってる?」
「そうじゃない。もともと来主が行きたいところに行くつもりだった。ほら、前にネットで見て行きたがってた店があるだろ。カレー専門店」
「……そこ、こないだの休みに美羽たちと行ってきた」
「ああ、そう……」
甲洋は残念そうな息を漏らし、「困ったな」と小声で呟いている。
プイッと顔を背けながらも、操は横目でチラリと彼を見やった。ご機嫌取りに失敗して参っている様子は、まるで飼い主にほっとかれてしょぼくれる大型犬のようだった。
(ちょっと、意地悪しすぎちゃったかな)
甲洋がなにも悪くないことくらい、ちゃんと分かっているつもりだ。なのについカッとなって、ヘソを曲げてしまった。大人ぶって聞き分けがいいフリをしていただけで、操は自分がまだまだガキであることを痛感した。
このままでは、さすがに彼が可哀想だ。外食デートの誘いだって、ふだん操に寂しい思いをさせていることを、甲洋なりに何かで埋め合わせたかったのだろう。そんなこと考えなくたっていいのに。バカだなと、操は思う。そういうところも好きなんだけど。
「一緒にいられたらそれでいいのに」
「え?」
あえて雑踏に紛れさせた操の言葉が、甲洋の耳に届いたかは分からない。
けれど彼の気持ちは充分に伝わるし、純粋に嬉しいと感じる。だからいい加減すねるのはやめて、甲洋とのデートを楽しもう──と、思ったのだが。
(でもこれ、よく考えたらかなり美味しいシチュエーションかも?)
ふと、イタズラ心がムクムクと頭をもたげてきた。
今この場において、操は主導権を握っている。まるで弱みにつけこむようでどうかと思うが、これを利用しない手はないのではないか。ただ食事を楽しむだけのデートもいいけれど、どうせならもう少し〝刺激〟がほしい。
「じゃあさ、ぼくの言うこと、なんでも聞いてくれる?」
まだ不貞腐れているていで問いかけた操に、甲洋はキッカケを掴んだとばかりに笑みを浮かべて頷いた。
「いいよ。なんでも言って」
「ほんとに!? じゃあこっち、一緒に来て!」
「わっ、ちょっと、来主?」
甲洋の手を引くと、操はそこから弾かれたように駆けだした。
*
「来主……これは、なんの冗談……?」
ベッドの上にはコートとスーツのジャケットを脱がされ、ワイシャツのボタンをすべて外された甲洋が、胸の上で手首をネクタイによって拘束された状態で転がされている。
天井を見つめる彼の瞳は、まるで死んだ魚のように生気がない。
「ふふーん。どう? 新しい試みでしょ?」
操は裸にクリーム色のバスローブ一枚で、濡れた髪をタオルで拭きながらベッドに近づいた。甲洋の顔を見下ろし、猫のように細めた瞳でにんまり笑う。
「新しすぎるよ……」
「そんなにキツくは縛ってないよ。痛くないでしょ?」
じっとりした目つきで軽く睨まれたが、操はそれを無視してベッドのふちに腰掛けた。
ここはとあるラブホテルの一室だ。操が甲洋の手を引いて向かったのは、繁華街から路地を一本抜けた先にあるホテル街だった。
甲洋は面食らっていたが、なんでも言うことを聞くと約束している手前、黙りこくるしかないようだった。それをいいことにスーツを中途半端に脱がせ、彼がしていたネクタイで手首を拘束した。
そのままベッドに寝転んでいるように命じて、操はのんきにシャワーを浴びた。出てきたらこの通り、甲洋は言いつけをしっかり守っていた。
「えらいね甲洋。ぼくの言うこと、ちゃんと聞いて待っててくれたんだ」
「来主、これでするのはこの際しょうがないとして、せめて俺にもシャワーを浴びさせてほしいんだけど」
「だめ」
操はタオルを適当に放るとベッドに乗り上げた。四つん這いになって甲洋を真上から見下ろし、片手の人差し指で彼の腹部に軽く触れる。上から下へなぞっていくと、うっすらと割れた腹筋がピクリと動いた。
「く、来主……っ」
「だってぼくもう待てないもん。一ヶ月もエッチしてないんだよ?」
「ッ……!」
「甲洋だって、ほら」
指先が膨らみを帯びた中心にたどり着いた。くるくると円を描くようにさするだけで、膨張する熱がノータックの細身なスラックスを押し上げる。
「もうこんなだよ。ぼくがシャワー浴びてるとこ、ずっと見てたでしょ?」
ここからシャワールームは丸見えだ。すりガラスにはなっているが、奥でうごめく肌色に彼が興奮していたことは明白だった。
図星を突かれた羞恥からか、あるいは期待している自分への戒めか、顔をそらした甲洋がぐっと唇を引き締めた。焦げ茶の髪が張りつく頬が、うっすらと紅潮している。その反応にゾクゾクしながら、熱っぽい吐息を漏らした。
「苦しい? いま楽にしてあげるね」
甲洋の太ももあたりにぺったりと腰を下ろすと、ベルトを外してスラックスの前をくつろげていく。焦らすようにジワジワとファスナーを下ろし、下着を軽く下にズラすと、待ってましたといわんばかりに勃起した性器が飛びだしてきた。
「ダメだ、来主……っ」
「あはっ、すっごく元気! この子も寂しかったんだね」
それはすっかり怒張して、持ち主の鼓動に合わせて脈打っていた。こくん、と無意識に喉を鳴らして、操は震える肉茎をそっと両手で包み込む。
吸い寄せられるように身体を前に倒していくと、甲洋の匂いがふわりと鼻腔をくすぐった。生々しくて、少しだけ汗が混ざった雄の匂い。久しぶりの感覚に、頭がぼうっと煮えてくる。
「おいしそう……ぼくがいっぱい可愛がってあげるね」
「くっ、ぁ……!」
ちゅ、と音を立てて先端にキスをした。じわりと滲んでくる先走りに舌を丹念に這わせて舐めとると、まるでもっともっととねだるように鈴口から液が溢れてくる。
たまらずぱくんと咥えると、彼の匂いがまたグッと強くなった。
「ッ、ぅ……く……っ」
口いっぱいに頬張りながら、甲洋が必死で声を噛み殺すのを聞いているだけで、操の身体もどんどん熱をあげていく。好きな男の自由を奪い、もっとも弱い場所を攻め立てているという背徳感に、バスローブの下で自分自身もゆるゆると反応を示していくのが分かる。
「はぁ、ンッ、む……んっ……!」
「く、来主……っ、ダメだ、ほんとに……っ」
先走りと唾液に濡れた肉棒を、根元まで両手でしごきながら吸ったり舐めたりを繰り返す。亀頭を喉の奥まで押し込むと、甲洋が悩ましげに低く呻いた。
苦しくてむせそうになるのもお構いなしに、口をすぼめて頭を上下に振りたくる。ひどい水音。荒々しい甲洋の息遣い。甘ったるい毒に侵されたみたいに、脳が蕩けて目眩がした。
(甲洋のおちんちん、苦くておいしい……熱くておっきくてピクピクしてて、これ、はやくお尻に挿れたいな……)
尻の孔と腹の奥がジンジンしてきて、無意識に浮かせた腰が揺れてしまう。
口の中では限界まで膨らんだ肉棒が激しく脈打っていた。それに合わせて甲洋の腰がモゾモゾと動きだし、絶頂が近いことを知らせてくる。操はいったん口を外し、手でゆるくしごくだけの弱い刺激に変えた。
「ぁ、はぁ……っ、ん、甲洋、ねぇ? きもちい?」
甲洋は両腕を上げて顔を隠し、歯を食いしばっている。もっと感じてる顔が見たいのにと、操は濡れた唇を尖らせた。
「ねぇー、なにか言ってよぉ。おちんちんはこんなに素直だよ」
「ッ、くる、す……もう……」
「はいダメー。素直じゃない子はイカせてあげない!」
その瞬間、操は性器からパッと手を離してしまった。
「……ッ!」
イキそびれて放置された肉棒が、グンと反り返って切なそうに震えている。
訴えかけるような視線を向けてくる甲洋に、操は悪巧みを隠しもしない笑顔を浮かべた。
「すぐにイッちゃったらつまんないでしょ?」
膝立ちになった操は、見せつけるようにジワジワとバスローブを脱ぎ捨てた。身体の中心では熟したように色づく性器が、かすかに先走りの蜜を漏らしてプルンと揺れている。
ごくりと、甲洋が喉仏を震わせた。彼の肉棒はぴったりと腹につくほど反り返っている。操はそれを尻に敷くようにして、甲洋の下腹に腰を落ち着けた。
「ッ!」
「勝手にイッたらダメだからね。そんなことしたら、今度はおちんちんも縛っちゃうから」
腰を前後にゆるゆると動かし、尻の割れ目と自身の袋を擦りつけて裏筋を刺激する。その快感と、性器を絶妙に圧迫されて射精できないことへのもどかしさで、甲洋の表情が苦悶に歪んだ。
「ぁは……っ、君のそんな顔、初めて見た。すっごく可愛い……ねぇ、気持ちいい? おちんちんお尻でゴシゴシされるの、そんなにいい?」
「も、いい加減、っ、に」
「だぁめ。手は胸の上に置いといて。ぼくに触るのは禁止だよ」
拘束された手を伸ばしかけていた甲洋が、グッと下唇を噛みしめた。玉の汗を額に浮かせ、悔しそうに操を睨みつけながらも大人しく両手を胸に置く。
操はよりいっそう淫らに腰を動かした。恍惚とした笑みを浮かべて、自身もまたもどかしい刺激に身悶える。
「はぁっ、ぁ、ぁ、ぁん……っ、お尻の孔と、ぷるぷるの袋、んっ……おちんちんにゴリゴリされて、感じちゃう……っ」
「ぁっ、く……ッ、ぅ……!」
「イッちゃ、ダメだからね……アッ、ん……っ、ぼくのこと、ずっとほっといたバツなんだから……もっともっと、ぁは、ぁ……ッ、いっぱい、じらしてあげるんだからぁ……っ」
操は腰の動きを止めないまま、右手で自身の勃起した肉茎を握り込んだ。先走りでぐちゃぐちゃになったそこをしごきながら、左手では乳首を片方きゅうっと摘んで、潰したり引っ張ったりして自慰にふける。
「あんッ、ぁ、あぁッ……ぁ、ねぇ、見てぇ……はぁ、ぅ、ぼくね、こうやって、ぁ、ん、いつも一人で、してたのぉ……甲洋のこと考えて、んっ、一人でエッチ、してたのぉ……っ」
「~~……ッ!!」
甲洋は忙しいから、疲れているから、早く休ませてあげないと。そうやって寂しい気持ちに蓋をして、彼を待つ一人の夜は自分のことを慰めていた。本当は甲洋にしてほしいけど、我慢しなくちゃいけないから。
タガが外れた操は、そんな寂しい自分を甲洋の上にまたがりながら実践して見せた。
「……ッ! くる、す……来主……っ」
胸の上で、甲洋が拳を強く握りしめている。本当は今にも拘束を解き、操を思う存分抱きたいはずだ。けれど、操自身がまだそれを許可していない。忠犬のようにただ従うしかない彼は、それでも無意識に両膝をゆるく立て、まるで挿入しているかのように腰を何度か突き上げた。
「やあぁっ、ダメッ、ぁ、きゃうぅ……ッ!?」
振動が腹の奥まで重く響いて、操はこらえる間もなくイッていた。性器から弾けるように白濁が吹きだし、甲洋の腹を汚していく。
「ぁ……ぁ……ん、イッちゃ、たぁ……」
余韻に身を震わせて、甲洋の腹に両手をつくと、糸が切れたようにうなだれる。そのままぼうっとしながら浅く呼吸を荒げていたが、ふと見れば両腕で目許を隠した甲洋が、ギリギリと歯を食いしばっていることに気がついた。
「ッ、ふ……っ、……ッ」
尻に圧迫された肉棒は、先走りと操が放ったものとでひどく濡れていたが、射精はできないままでいる。ビクビクと脈打つだけで、可哀想なくらい腫れていた。当人は全身を赤く染め、汗だくでこわばった身を震わせている。操よりもよっぽど息が荒くて苦しそうだ。
「ごめんね甲洋、ぼくばっかり気持ちよくなって……」
さすがにそろそろ可哀想になってきた。操は腰を浮かせて膝立ちになると、ビクビクと跳ねる肉茎の裏筋を労るように撫でさすった。
「あっ、ぁ……ッ、くる、す……ダメだ、もう……っ」
ほんの少しの刺激でも、甲洋は達してしまいそうになっている。操はクスリと小さく笑うと、顔を覆っている腕を外させ、両手の位置を胸の上に戻してやった。
そのまま身を屈めると、汗ばむ額や濡れた目尻についばむようなキスを降らせる。シワの寄った眉間に、ツンと尖った鼻先に、赤くなった頬に。順々に口づけていくと、甲洋の身体の強張りが少しずつ解けてきた。
「んっ……」
最後に唇を深く重ねて、舌を絡め合う。吸ったり舐めたり、時には甘く噛んだりして貪りながら、操は片手を下方へ伸ばすと甲洋の熱の塊に触れた。
「うッ、ぁ……」
甲洋が喘ぎ、離れた唇が糸を引く。操は舌なめずりをして、さっきよりは幾らか落ち着いたかに見える肉の切っ先を、自身の孔に導いた。
右手を甲洋の腹につき、左手は竿に添え、膝立ちで位置を調節する。互いの体液で濡れた孔は、先端があたるとぷちゅりと可愛い音を立てた。再び甲洋が息を上げたが、彼はどこか心配そうに操を見ている。
「平気だよ。さっきシャワー浴びたとき、自分で少し慣らしてきたから」
あまり時間はかけられなかったが、しっかりローションを入れてほぐしてある。久しぶりなため多少の不安はあるものの、そこはすでにトロトロに仕上がっていた。
操は甲洋がホッとする間もなく、先端をナカにズルリと収める。
「ふぁッ、アッ、ぁあん……っ!」
「ッ、く、ぁ……っ!」
雁首まで飲み込んだ孔に、ジンとした痺れがこみ上げた。けれど多少の痛みくらいなら、たやすく快感にすり替わってしまう。
肩で息をする甲洋が、ねだるような眼差しを向けてくる。操はふっと笑いかけると、そのまま腰を落とさずにあえていったん引き抜いた。ちゅぽん、と音がしたかと思うと、再び腰を落として雁首までを孔に沈める。
「うぁ……ッ、く、くる、す……っ!?」
目をむく甲洋をものともせずに、幾度となくそれを繰り返した。腰を小刻みに上下させ、浅い部分だけをしつこく出し入れさせる。ぬぽ、ぬぽ、と挿入時の突き破る瞬間だけを、互いに何度も味わい続けた。
「あっ、くぅっ、ん……っ、これ、ダメ、きもちぃ……ッ! おく、奥まで欲しいのにっ、癖になっちゃう……っ!」
「無理だっ、もう……来主、頼むから……っ」
この期に及んで焦らされ続ける甲洋の声が、悲痛なまでに上ずっていた。こんなに余裕がない彼は初めてだ。
「いいよ、甲洋。どうしたいの? このままぼくにどうしてほしい?」
微笑む操に甲洋はくしゃりと表情を歪め、一瞬だけ下唇を噛みしめた。それから、観念したようにゆっくりと唇を震わせる。
「……たい」
「なぁに? 聞こえないよ」
「挿れ、たい……来主のナカ、奥まで挿れて、イキたい……」
甲洋は言うだけ言って顔を背けた。羞恥に染まった頬を見て、ゾクゾクとしたものが背筋を駆け抜ける。いつもはセックスで舵を取っているのは彼の方だ。けれど今は真逆の構図になっている。その新鮮さと満たされた支配欲に、操は満面の笑みを浮かべた。
「よく言えました。いい子だね」
操は膝をついていた姿勢を変えて、カエルのようにM字でしゃがみこむ姿勢をとった。甲洋の腹に両手をついて、徐々に腰を落としていく。ぴったりと閉じた肉襞が、自重によってミチミチとこじ開けられた。
「あっ、あっ、はいって、くる……ッ! お腹の奥まで、ズンズンきちゃうぅ……っ!」
「ぅあ……っ、ぁ……あぁ……っ」
たまらず喉をそらし、甲洋が大きく喘いだ。その声をもっと聞いてみたくて、操はもうこれ以上は無理というところまで太い男根を収めきると、息をつく間もなくズボズボと尻を上下に振りたくった。
「あぅ、あっ、あぁっ! い、イイっ、イイよぉ……! アッ、ぁっ、きもちいの……ッ、これ、ずっと欲しくて、寂しかったのぉ……!」
太い性器が内壁を激しくこすり上げると、頭の中にバチバチと電気が走るようだった。無理やりねじ込んでは引き抜いて、好きなだけ快楽を追いかける。
けれどさんざん焦らされた甲洋は、ものの数分もしないうちに限界を迎えてしまう。操の下で腰を震わせ、指先が白くなるほど両手を握りしめていた。
「くる、す……っ、来主! あぁっ、ぅ……もう無理だ……、出る……っ!」
「はぁッ、あぁっ、んッ……いい、よ! 出して……っ、甲洋のせぇし、いっぱい出してぇ……っ!」
「ぁ、ッ……──っ!!」
ドクン、と腹の奥で甲洋が大きく脈打った。直後に弾けた熱い飛沫に、操は下品に開いた両足をブルブルと痙攣させる。
「あっ、あぁーッ、ぁ、あ、出て、る……っ、熱いの、びゅーびゅーいっぱい、ぁ、ぁ、出てる、ぅ……っ!」
うっすらと笑みすら浮かべ、ナカで射精される感覚に二度目の絶頂を迎えた。さっきより幾らか量の少ない白濁が、甲洋の腹に点々と飛び散っていく。
操は踏ん張りがきかなくなった足を崩し、背後にすっかり尻もちをついてしまった。その拍子に性器が孔からズルリと抜けて、そこから玉のようにドロリとした精液が溢れだす。
「はぁ、はぁ……ぁ、ん……甲洋の、すっごく濃い……溢れてきちゃう……」
痙攣する両足をM字に開いたまま、操はドロドロと溢れてはシーツを汚す精液を見下ろして、つい関心してしまった。操は一人で慰めていたが、彼はその暇もなかったのだろう。性器はいちど出したとは思えないくらい、ガチガチに勃起したままだ。もう何回かしなければ、とても治まりそうにない。
「ねぇ、このままもう一回するでしょ? 君は疲れてるだろうし、今日は最後までぼくが──」
言い終わらぬうちに、甲洋が腹筋の力だけでゆらりと起き上がった。
操はまたすぐに彼の上に乗ろうとしたが、腰を浮かせる前に拘束された両手で胸をトン、と押されてひっくり返る。
「わっ、な、なに?」
仰向けで見上げた甲洋の顔は、前髪に隠されてよく見えない。息を荒げるだけで一言も声を発さないことを訝しく思いながらも、操にはまだ余裕があった。なにせ今日の自分は王様だ。甲洋を好きにしていい権利を持っている。
だから彼はなにをするにも、操の許可を得る必要があるはずだ。
「しょうがないなぁ。いいよ、今度は甲洋の好きに動いて」
なんにせよ、彼は正常位を所望している。自由がきかない手では少し不便そうだが、初回はさんざん楽しませてもらったし、ちょっとくらい泳がせてやってもいいだろう。
操は彼がやりやすいように両足を自ら大きく開いた。白濁の残滓で濡れた孔を、両手でキュッと開いて見せる。
「ほら、ここ。優しくしてね」
膝立ちの甲洋が、両手で竿を固定すると操の孔にあてがった。軸を安定させると、今度は両手をカニのような形に開いて操の下腹にぐっと押しつける。
そのままジワジワと腰を進めて、ナカに性器を押し込めてきた。
「あっ、ぁう……っ、や……ぁ、お腹、押しながらだと……くる、し……っ」
甲洋の体重が、すべて下腹にかかっている。薄っぺらい肉越しに自身が入っていく感触を、彼は手のひらで生々しく感じとっているはずだ。
ただでさえ狭い肉壺を、圧迫されながらこじ開けられていく感覚に、操はいやいやと首を振って拒絶した。
「くう、ぅ、ぅ……ッ! こよ、それ、ダメ……や、め……ッ!」
けれど甲洋は操の命令をまるで無視して、奥まで挿入を果たしてしまう。このまま出し挿れなんかされたら、たまったもんじゃない。身も世もなく喘がされて、王様でいるどころじゃなくなってしまう。
だけど多分、そのほうがよっぽどマシだったのかもしれない。このときの操は、まだ気づいていなかった。
「もうっ、バカバカ! なんでぼくの言うこと聞かない──」
の、と最後まで言い終わらないうちに、
ドスン!!
という衝撃に身体の奥を貫かれ、頭の中が真っ白になる。
(──え?)
なにが起きたのか分からない。分かりたくないような気もする。白く弾けた思考で、操は目を剥きながら全身が総毛立つような感覚を味わった。
「ぇ、ぁ……? ぇ……?」
操が最奥だと思っていた場所には、まだ先があった。おそらく入ってはいけないところまで、甲洋の切っ先が潜り込んでいる。
彼の下生えが、皮膚にぴったりと密着していた。そこにはいっさい隙間がない。ドッと汗が噴きだして、身体がガクガクと恐怖におののく。信じられない。信じたくない。だけど、腹の奥底が燃えている。
「う、そ……こょ……?」
乱れた髪の隙間には、彼の据わりきった瞳があった。フー、フー、と獣のような息遣いをして、そこには欠片の理性も見当たらない。同時に彼がこれまで、どれほどの理性を持って操を抱いていたかを理解させられた。
マズい。マズいマズいマズい。こんなの絶対、殺される。
「い、や……いや、いや、いや……っ! なんで? なんっ……──ッお゛っ……~~ッ!?」
半狂乱で暴れようとした瞬間、どちゅん、といったん引き抜いたものをまた奥まで打ち込まれた。知らない。こんな深い場所。甲洋のモノは身体に比例してとても大きいから、根元まで挿れるのは無理だろうと、ずっとそう思いこんでいたけれど。
彼は操の身体を気遣い、今まで手加減していたに過ぎなかったのだ。だけどそのタガが外れてしまった。そうさせたのは他でもない、操自身だ。
「ぃあ゛ッ……ぇ……っ? だ、め……やだ、やだぁッ! お願い、待っ……おねが……ッ、ア゛っ、ぉッ……──ッ!?」
下腹を圧迫されたまま、甲洋が再びドスンと腰を突き立ててくる。
混乱しながら掻きむしるようにして彼の両手を退けようとしたが、ビクともしない。どちゅん、どちゅん、とそのまま何度も叩きつけられ、白く染まった視界に時おり警告のような赤が混じった。涙が溢れて止まらない。
「うぅ゛、う゛ー……! ひぃ、ん、あ゛ぁ゛ッ! こわれ、ちゃ……ッ、はぎっ、ィ……! おながっ、ぐるじいぃ……ッ!」
内臓ごと引きずり出されて、それをまた奥まで突き破られるようなおぞましさ。だけど下半身はすっかり固定されて、逃げ場がない。もはやだらしなく両足を開いたまま、白目を剥いて喘ぐことしかできなかった。
こんな暴力じみた快感は初めてで、怖くてしかたがないのに、操の孔と粘膜はよだれを垂らして甲洋の肉に絡みついている。
「そ、こぉっ! んぐ、やめ゛、えぁ゛……ッぃ゛! イグ、いくいくいッ……ひぐッ、んア゛、あ、ぁ──……ッ!!」
さんざん奥まで穿たれて、訳も分からず絶頂させられた。真っ赤に腫れあがった性器から、プシュッと水が混じった精液が噴射する。潮を吹かされるのも初めてだった。
どうしてこんなことになったんだっけと、意識の遠くで首を傾げる。さっきまで優勢で、最高の気分だったのに。自分の下で震えることしかできない甲洋は、あんなに可愛かったのに。
「ぁ、ぁー……ッ、ぉ……ぉ゛……ッ……」
ビクン、ビクン、と吊られたカエルのように開きっぱなしの太ももを痙攣させた。直腸にドッと流れ込んでくる精液の熱さに、彼も達したことを知る。
荒っぽく息をつく声を聞きながら、今にもフェードアウトしそうになっている視界に甲洋の姿を捉えた。彼はネクタイの端に歯を立てると、ぐんと引っ張って拘束を解きながら薄く笑った。
「遊びは終わりだよ、来主」
「ぁ、ぇ……?」
「まだ、満足してない。来主だって同じだろ?」
「ッ、ヒ……!?」
自由になった両腕が、それぞれ操の膝の裏に引っかけられた。甲洋がグンと身体を乗りだすと、まるで彼自身とベッドにプレスされるような体勢になる。
ナカに挿ったままの肉棒が、奥にゴツンと押しつけられた。今さっき覚えさせられたばかりの快楽がゾワッと駆け抜け、操は泣きながら首を横に振った。
「やっ、いやぁ! これ以上されたら、ぼく死んじゃう! お腹つぶれて死んじゃうの! ねぇお願い甲洋、お願いだからぁっ!」
「だぁめ」
甘ったるい声を乗せた唇が、あやすように操の額にキスをする。
「ずっとほっといてごめん、来主。そのぶん、しっかり満足させるから」
まるで死刑宣告だ。
全身の血の気は引いているのに、孔はキュンキュンと切なく甲洋を締めつけている。操の性器からは期待の蜜が漏れだし、腹の奥がもっといじめてほしくて疼いていた。
そこから先はもう、なにがなんだか覚えていない。
*
たっぷり可愛がられて、泥のようにどっぷり眠って、ホテルを出る頃には翌日の朝になっていた。
いつの間に延長したんだろうか。もともとは休憩コースで入ったはずが、知らぬ間に宿泊コースに切り替わっていた。
「来主、大丈夫?」
フラフラと足がおぼつかない操は、甲洋の腕に縋ってどうにか歩ける状態だ。おんぶしようかと聞かれたが、かっこ悪くて断った。
「だいじょばないよ……腰から下がなくなったみたいだし、なんかまだお尻に入ってるみたいな気がするし……」
ついでに喉もガラガラだ。
甲洋は「ごめん」と言ったが、その肌はツヤツヤで表情も晴れやかだ。かたや操はヨレヨレで、まったくもって面白くない。
(気持ちよかったから別にいいけど……)
何度か本気で死にかけた気はするけれど、満足しているのは操も同じだ。だから強くは責められない。先に仕掛けたのはこちらの方だし、甲洋の新しい一面を見られたのも、まぁ結果オーライだ。
「帰ろう、来主。家でゆっくり休んだほうがいい」
そう言って甲洋は気づかってくれたが、操としてはちょっと不満だ。セックスするだけなら家でもできたし、わざわざ待ち合わせまでした意味がない。
つい性欲の方に全振りしてしまったけれど、外食デートも楽しみにしていたのだから。
「それもいいけど、カレー屋さん行こうよ」
「でも、美羽ちゃんたちと行ったんだろ?」
「そうだけど、美味しかったから。甲洋と一緒にまた行きたい」
本当なら昨日の段階で言うつもりだったことを、ようやく言えた。あのときの操は些細なことでヘソを曲げて、彼に意地悪をしてしまった。だけど今では、甲洋に胸を押しつけていた女の顔すら思いだせない。
そんなことどうでもよくなるくらい、一晩中ずっと甲洋を独占できたことが嬉しかった。もちろん、このあともずっとだ。
「いいよ、じゃあそこに行こう」
やっとデートらしいデートになりそうだ。甲洋も嬉しそうだった。
「でも、まだ少し時間があるよ。お店開くの、確か10時くらいだったと思う」
「ならどこかで時間を潰そう。喫茶店に入ろうか?」
「うん! ぼく喉カラカラ! ジュース飲みたい!」
操は縋っていた甲洋の腕をさらにぎゅうっと抱きしめた。
朝のホテル街にはほとんど人通りがなく、眩しい太陽の下ではカラスがゴミを漁っている。上等な野菜クズを見つけると、すぐに飛び立っていった。
「ねぇ、甲洋」
ここから一本路地を抜ければ、人通りはもっと多いだろう。だから今のうちにと、操は抱いている腕をぐっと引っ張って背伸びした。
ちゅっと音を立てて頬にキスをすると、甲洋が目を丸くする。
「あの凄いやつ、またしてね」
知らない場所をこじ開けられるのは、さすがにちょっと怖かったけど。
知ってしまったからには、多分もう以前と同じじゃ物足りない。この責任は、しっかり取ってもらわなければ。
「……また今度ね」
縛られたことも込みで思いだしてしまったのか、甲洋の頬が耳まで赤く染まった。目をそらしながら指先で頬を掻いているのが可愛くて、操は「えへへ」と笑うと、上機嫌でコートの肩に頬ずりをした。
了
To a friend born in November. Happy Birthday!
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「ねぇおかぁさん、赤ちゃんはどこから来るの?」
母、容子がキッチンで夕飯の支度をしている。まだ五歳の操は、大きな瞳でその背を見上げて問いかけた。
容子は目を丸くしながら振り向いて、キャベツを刻んでいた包丁をまな板の上に置くと、操のすぐ正面にしゃがみ込んで目線を合わせる。少し困ったように眉を下げてはいるが、どこか微笑ましげな表情だった。
「そうねぇ。あなたにはまだ少し早いけど……好きなひと同士がね、一緒になってたくさん仲良くしていると、赤ちゃんが来てくれるのよ」
その言葉に、操は瞳をキラキラと輝かせた。
「じゃあ、甲洋となかよくしてたら、ぼくのところにも来てくれるの!?」
甲洋というのは二つ歳上の、優しくて大好きな友達だ。いつも一緒に遊んでくれて、帰りは家まで送ってくれる。ついさっきも、甲洋に送られて帰ってきたばかりだった。
ときどきそのまま家にあがってご飯を食べていくこともあるけれど、今日はそういう日ではなかったらしい。甲洋は「またね」と手を振って帰っていった。
「操、あなた甲洋くんと結婚したいの?」
容子はまた目を丸くした。けれどすぐに軽く握った右手を口元に添えながら、クスクスと楽しそうに笑いはじめる。
「ケッコン?」
「前に見たことがあるでしょう? 教会で」
操の脳裏に、白いドレスを着た女の人の姿が浮かんだ。少し前、母と一緒に出かけたときに通りかかった教会で、たくさんの人たちに囲まれながら幸せそうに笑っていた男女がいたのを思いだす。
あのとき、容子はドレスの女の人を見て「綺麗なお嫁さんね」と目を細めていた。
「結婚はね、特別に大好きなひと同士がするものなの。ずっと一緒にいようねって、神様の前で約束するのよ」
「じゃあ、けっこんしてもっともっとなかよくしてたら、いつか赤ちゃんが来てくれるってこと?」
「そうね」
容子が愛おしそうに微笑んで、操の頭を優しく撫でた。
*
その日も操は甲洋に遊んでもらっていた。公園でブランコを揺らしてもらったり、野良猫と仲良くなろうとして逃げられたり、日が傾きはじめるまでのあいだ楽しい時間を過ごしていた。
今は手を繋いで、カラスが鳴く夕暮れの道を歩いている。甲洋はいつもこうして操の手を引き、家まで送ってくれるのだ。
(甲洋、今日はごはん食べてってくれるかな……?)
家に帰ると必ず容子が迎えに出てくる。そしていつも甲洋を食事に誘う。だけど甲洋は断って帰ることが多かった。毎日一緒にご飯が食べられたら嬉しいのにと、操はそれが不満でしょうがない。遠慮という言葉を、操はまだ知らないのだった。
(甲洋とバイバイするのイヤだな……)
だから操は、甲洋と一緒に家に帰る時間があまり好きではない。家についたら、甲洋とはバイバイしなくてはいけないから。毎日こうして遊んでいるのに、帰り道ではいつも寂しくなってしまう。
「ねぇ甲洋」
操がピタリと足を止めると、甲洋も立ち止まって「なに?」と首を傾げた。
「あのね、おねがいがあるの」
「いいよ。言ってみて」
「あのね、ぼく、甲洋とケッコンしたいの」
「ッ、け、けっこん!?」
甲洋は大きな瞳をまんまるにして、とても驚いた顔をしている。操は「うん」と頷いた。
「ぼくね、こうようとケッコンして、およめさんになりたいの」
「く、来主、結婚なんて知ってるの?」
「知ってるよ! ケッコンするとね、ずっといっしょにいられるんだって! おかぁさんにおしえてもらった!」
得意げに言った操に、甲洋はどこか呆然としている。なにも言ってくれないことに、操は急に不安になった。甲洋は同じ気持ちじゃないのかもしれない。自分のことを、特別に好きだと思ってくれていないのかもしれない。
操はこんなに甲洋のことが大好きで、ずっと一緒にいたいと思っているのに。
甲洋の手を両手でぎゅっと握りしめて、「ねぇ、ダメ?」と泣きそうな目を向けた。甲洋は真っ赤な顔をして目をパチクリとさせている。口もポカンと丸く開けっ放しだし、なんだか様子がおかしい気がする。
そんな甲洋に、操は小さく首を傾げた。
「どうしてなにも言ってくれないの? こよ、ぼくとケッコンするのヤなの?」
「ち、ちがうよ! イヤじゃないよ!」
「ほんと!?」
「う、うん、本当……」
甲洋はやっぱり赤い顔をして、恥ずかしそうに視線を下にうつむけていた。夕日のオレンジに照らされて、その顔はさらに赤く染まって見える。まるでリンゴみたいだと、操は思った。
「うれしい! じゃあやくそくだよ! おっきくなったら、ゼッタイぼくとケッコンしてね!」
操は嬉しさに目を輝かせ、甲洋の手をいったん離すと、指切りの形をした右の拳を差し出した。甲洋はそんな操の小指を見て、うるうると目を潤ませている。やがて込み上げてきたように笑顔を浮かべて、「いいよ」と言った。
同じように指切りの形にさせた左手を差し出され、お互いの小指を絡め合う。それを上下にブンブンと揺らしながら、あたたかさとくすぐったさに似た気持ちで胸がいっぱいだった。
「ずっと一緒だよ、来主」
甲洋の頬はずっと赤いままだし、瞳はうるうるしたままだ。なんだか泣きそうな顔にも見えたけど、その言葉にもっともっと嬉しくなって、操は「うん!」と元気に頷いた。
ずっと一緒。大人になってからもずっと。そしたら毎日一緒にご飯を食べたり、お風呂に入ったり、同じ布団で寝たりしたい。もうバイバイなんかしなくてもよくなるのだ。
(はやくおっきくなりたいな! そしたら、赤ちゃんにも会えるかな?)
釣られて自分まで顔が赤くなってしまうのを感じながら、操は甲洋との未来を思ってこぼれるような笑顔を浮かべた。
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母、容子がキッチンで夕飯の支度をしている。まだ五歳の操は、大きな瞳でその背を見上げて問いかけた。
容子は目を丸くしながら振り向いて、キャベツを刻んでいた包丁をまな板の上に置くと、操のすぐ正面にしゃがみ込んで目線を合わせる。少し困ったように眉を下げてはいるが、どこか微笑ましげな表情だった。
「そうねぇ。あなたにはまだ少し早いけど……好きなひと同士がね、一緒になってたくさん仲良くしていると、赤ちゃんが来てくれるのよ」
その言葉に、操は瞳をキラキラと輝かせた。
「じゃあ、甲洋となかよくしてたら、ぼくのところにも来てくれるの!?」
甲洋というのは二つ歳上の、優しくて大好きな友達だ。いつも一緒に遊んでくれて、帰りは家まで送ってくれる。ついさっきも、甲洋に送られて帰ってきたばかりだった。
ときどきそのまま家にあがってご飯を食べていくこともあるけれど、今日はそういう日ではなかったらしい。甲洋は「またね」と手を振って帰っていった。
「操、あなた甲洋くんと結婚したいの?」
容子はまた目を丸くした。けれどすぐに軽く握った右手を口元に添えながら、クスクスと楽しそうに笑いはじめる。
「ケッコン?」
「前に見たことがあるでしょう? 教会で」
操の脳裏に、白いドレスを着た女の人の姿が浮かんだ。少し前、母と一緒に出かけたときに通りかかった教会で、たくさんの人たちに囲まれながら幸せそうに笑っていた男女がいたのを思いだす。
あのとき、容子はドレスの女の人を見て「綺麗なお嫁さんね」と目を細めていた。
「結婚はね、特別に大好きなひと同士がするものなの。ずっと一緒にいようねって、神様の前で約束するのよ」
「じゃあ、けっこんしてもっともっとなかよくしてたら、いつか赤ちゃんが来てくれるってこと?」
「そうね」
容子が愛おしそうに微笑んで、操の頭を優しく撫でた。
*
その日も操は甲洋に遊んでもらっていた。公園でブランコを揺らしてもらったり、野良猫と仲良くなろうとして逃げられたり、日が傾きはじめるまでのあいだ楽しい時間を過ごしていた。
今は手を繋いで、カラスが鳴く夕暮れの道を歩いている。甲洋はいつもこうして操の手を引き、家まで送ってくれるのだ。
(甲洋、今日はごはん食べてってくれるかな……?)
家に帰ると必ず容子が迎えに出てくる。そしていつも甲洋を食事に誘う。だけど甲洋は断って帰ることが多かった。毎日一緒にご飯が食べられたら嬉しいのにと、操はそれが不満でしょうがない。遠慮という言葉を、操はまだ知らないのだった。
(甲洋とバイバイするのイヤだな……)
だから操は、甲洋と一緒に家に帰る時間があまり好きではない。家についたら、甲洋とはバイバイしなくてはいけないから。毎日こうして遊んでいるのに、帰り道ではいつも寂しくなってしまう。
「ねぇ甲洋」
操がピタリと足を止めると、甲洋も立ち止まって「なに?」と首を傾げた。
「あのね、おねがいがあるの」
「いいよ。言ってみて」
「あのね、ぼく、甲洋とケッコンしたいの」
「ッ、け、けっこん!?」
甲洋は大きな瞳をまんまるにして、とても驚いた顔をしている。操は「うん」と頷いた。
「ぼくね、こうようとケッコンして、およめさんになりたいの」
「く、来主、結婚なんて知ってるの?」
「知ってるよ! ケッコンするとね、ずっといっしょにいられるんだって! おかぁさんにおしえてもらった!」
得意げに言った操に、甲洋はどこか呆然としている。なにも言ってくれないことに、操は急に不安になった。甲洋は同じ気持ちじゃないのかもしれない。自分のことを、特別に好きだと思ってくれていないのかもしれない。
操はこんなに甲洋のことが大好きで、ずっと一緒にいたいと思っているのに。
甲洋の手を両手でぎゅっと握りしめて、「ねぇ、ダメ?」と泣きそうな目を向けた。甲洋は真っ赤な顔をして目をパチクリとさせている。口もポカンと丸く開けっ放しだし、なんだか様子がおかしい気がする。
そんな甲洋に、操は小さく首を傾げた。
「どうしてなにも言ってくれないの? こよ、ぼくとケッコンするのヤなの?」
「ち、ちがうよ! イヤじゃないよ!」
「ほんと!?」
「う、うん、本当……」
甲洋はやっぱり赤い顔をして、恥ずかしそうに視線を下にうつむけていた。夕日のオレンジに照らされて、その顔はさらに赤く染まって見える。まるでリンゴみたいだと、操は思った。
「うれしい! じゃあやくそくだよ! おっきくなったら、ゼッタイぼくとケッコンしてね!」
操は嬉しさに目を輝かせ、甲洋の手をいったん離すと、指切りの形をした右の拳を差し出した。甲洋はそんな操の小指を見て、うるうると目を潤ませている。やがて込み上げてきたように笑顔を浮かべて、「いいよ」と言った。
同じように指切りの形にさせた左手を差し出され、お互いの小指を絡め合う。それを上下にブンブンと揺らしながら、あたたかさとくすぐったさに似た気持ちで胸がいっぱいだった。
「ずっと一緒だよ、来主」
甲洋の頬はずっと赤いままだし、瞳はうるうるしたままだ。なんだか泣きそうな顔にも見えたけど、その言葉にもっともっと嬉しくなって、操は「うん!」と元気に頷いた。
ずっと一緒。大人になってからもずっと。そしたら毎日一緒にご飯を食べたり、お風呂に入ったり、同じ布団で寝たりしたい。もうバイバイなんかしなくてもよくなるのだ。
(はやくおっきくなりたいな! そしたら、赤ちゃんにも会えるかな?)
釣られて自分まで顔が赤くなってしまうのを感じながら、操は甲洋との未来を思ってこぼれるような笑顔を浮かべた。
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「ねぇ、明日はぼくんちで遊ばない?」
閉店後の楽園にて。
操はテーブルに両手をつくと身を乗り出して、伝票や出納帳が入った棚を整理する甲洋の背中に声をかけた。
「お母さんと一緒にアップルパイを焼くんだ。君も食べにおいでよ!」
明日は週に一度の定休日。二人は休みの日でも、いつだって当たり前のように一緒に過ごす。釣りに出かけたり、フリーマーケットを覗きに行ったり、部屋でのんびり過ごしたり。
だから明日も、当然そうなるのだとばかり思っていたのだが。
「せっかくだけど、明日は大事な用があるから。来主の家には行けないよ」
振り向いた甲洋は、残念そうに眉を下げると軽く肩をすくめて見せた。
てっきり二つ返事で了解されるものとばかり思っていた操は、顔をしかめて不満を漏らす。
「えー!? 用ってなに? アップルパイよりも大事なこと?」
「頼まれごとがあって、少しね」
「なにそれ! 休みの日はぼくと遊ぶ決まりなのに!」
唇を尖らせる操に、甲洋は苦笑して「そんな決まりないだろ」と言った。
それはそうだが、操の中にある明日の予定表には、当然のように甲洋の存在が組み込まれている。容子とアップルパイを作って、それを三人で食べる光景を想像しては、胸を躍らせていたのだが。
「それって明日じゃなきゃダメなの? 断っちゃえばいいじゃんか」
「ダメだ。先約を反故にすることはできないよ」
棚の整理を再開する甲洋に、操はぶすくれた顔で肩を怒らせた。
「ふーん、じゃあいいよ! だったら君の分のアップルパイも、ぼくがぜーんぶ食べちゃうからね! あとで欲しくなっても知らないよ!」
「そんなにいじけるなって。次の休みは空けておくから」
「別にいじけてなんかないもん!」
プイと顔を背けると、振り向いた甲洋がやれやれと短いため息をついた。
*
その翌日。
操は容子と一緒にアップルパイ作りに勤しんだ。
生地は出来合いのパイシートを使わずに、たっぷりのバターを練り込ませてこねあげた。格子状にサックリと焼けた表面には、あんずのジャムをまんべんなく塗ってツヤツヤにする。
シナモンと香ばしい甘酸っぱさで部屋が満たされる頃には、ちょうど三時のおやつに丁度いい時間になっていた。
さっそく紅茶と一緒に舌つづみを打っていると、容子がふと
「せっかくだし、甲洋くんにも届けてあげたら?」
と言いだした。
操はフォークの先をくわえたまま、アップルパイの食べカスが散らばる皿を見つめてうつむいた。
昨日はつい腹を立ててしまったが、甲洋は責められるようなことなんかしていない。それなのに一方的に不満をぶつけ、あのまま一言も口を利かずに帰ってきてしまった。
(甲洋の用事、もう終わったかなぁ……?)
フォークを皿に戻し、ふと窓の方へ目をやった。だいぶ日が傾いて、空に茜色がさしている。
昨日はへそを曲げるのに忙しくて、なんの用事があるのかまでは聞きそびれてしまった。だけどこの時間なら、もう事は済んでいるかもしれない。
(せっかくこんなに上手に作れたし、やっぱり持ってってあげようかな)
そうしたら、甲洋はきっと喜ぶに違いない。彼はいつも操が作るスイーツを、「上手くできたね」と言って褒めてくれる。ついこないだ一騎の誕生日に作ったスイーツも、なぜか作った操以上に甲洋の方が得意気だった。
(持ってって、昨日のことを謝ろう)
そうと決まれば、いてもたってもいられなくなってしまった。
「お母さん! ぼく今からこれ届けてくるよ!」
操はさっそくアップルパイを切り分けて、クラフト紙の小さなケーキボックスに詰め込んだ。
容子は「きっと喜ぶわよ」と嬉しそうに笑い、ケーキボックスに赤いリボンを可愛らしく結んでくれた。
*
手っ取り早く操がワープで向かったのは、店の厨房だった。
もし甲洋の用が済んでいないようなら、ひとまず冷蔵庫の中に箱を入れておく──つもりでいたのだが。
「来主?」
カウンターの向こうにある店のホールに、甲洋がいた。窓際の席についている彼は、眼鏡のレンズ越しにキョトンとしている。
「あ、甲洋! あのさ、昨日はごめ……って、その子は?」
さっそく謝ろうとした操だったが、甲洋と向かい合って座っている小さな女の子に気がついて、パチパチと瞬きをした。
白い襟がついた紺のワンピースを着て、肩まである黒髪を二つに結った可愛らしい女の子。操はその顔に見覚えがあった。
彼女は店の常連で、普段は母親と二人で訪れている。誰にでもよく懐くため、他の常連客からも可愛がられる存在だった。
そんな彼女は机に向かって熱心に鉛筆を走らせていたが、操に気づくと大きな目をまん丸に見開いた。
「あ、操ちゃん! どうしてそんなところにいるのー?」
無邪気な声が驚きに弾んでいる。まだ八歳かそこらの幼い少女は、まさか操がワープでここまでやって来たなんて知りもしない。
曖昧に頷きながら、操はキッチンから出て二人がいるテーブルに近づいた。
テーブルには消しカスが散らばり、広げられている算数ドリルには足し算や引き算の問題が並んでいる。
「なにしてるの?」
「甲洋お兄ちゃんにおべんきょ見てもらってるの! ずっと前から約束してたんだぁ!」
ねー、と同意を求められた甲洋が、やんわりと彼女に笑いかけている。
「ふぅん、そうなんだ……」
気のない返事で甲洋を見ると、彼は心の中で「どうかした?」と問いかけてきた。操はなんとなくそれを無視して、顔を背けると心を閉じる。
(頼まれごとってこれのこと? ぼくより他の子と約束してたんだ)
黙って唇を尖らせる操に、甲洋は肩をすくめて息を漏らした。そして席を立ち、空になったグラスを手に取ると「ジュースのおかわりを持ってくるよ」と言って、その場を離れる。
女の子が「はーい!」と元気に返事した。
「操ちゃん! ここ座っていいよ!」
女の子がすぐ隣の椅子の座面をポンポンと叩いている。
普段なら操も笑顔で応じるところだが、今日は少しばかり複雑だ。胸に雨雲がかかったようで、なんだか面白くない。
それでもおとなしく腰掛けると、彼女はクンクンと鼻を鳴らして操の膝の上にあるケーキボックスに顔を近づけた。
「それなぁに? あまくておいしそうなにおいがする!」
「あっ、こ、これはダメ!」
操はとっさに膝から箱を退け、テーブルの隅っこに置いてしまう。女の子が残念そうに唇を尖らせたが、すかさず「算数やってるの?」と話を逸らすと笑顔になった。
「うん! あのね、お兄ちゃんガッコの先生よりやさしいの! わたし算数キライだけど、お兄ちゃんといっしょだと楽しいよ!」
「いつからここは塾になったのさ……」
「操ちゃん? どしたのぉ?」
「うぅん、なんでもないよ!」
女の子は「そっか~」と言うと、操にぴったり身体をくっつけてきた。小さな両手を口許に添え、耳のそばでこしょこしょと話しはじめる。
「あのね、操ちゃんにだけおしえてあげる。お兄ちゃんにはナイショのこと」
「内緒のこと?」
甲洋の方へ視線をやると、彼は厨房に立ってこちらに背を向けている。
いくら声を潜めたところで、どうせ筒抜けなのにと思いながらも、黙って耳を傾けた。
「うん。わたしね、大きくなったら甲洋お兄ちゃんとケッコンするの。それでね、およめさんにしてもらうの」
「え!?」
操はとっさに声をあげ、ガタンと大きく椅子を揺らして立ち上がった。
「だ、ダメだよ! そんなのダメ! 結婚なんて、絶対ダメ!」
結婚、というものがどういうものであるかくらい、操だってある程度は学習済みだ。お互い一番に好きあっている同士が、ずっと一緒にいることを約束しあう。そしてそれは誰とでもしていいものじゃない、らしい。
だからもしこの子と甲洋が結婚してしまったら──。
(ぼく、もう甲洋のこと独り占めできないじゃん!)
ついムキになって語気を荒げてしまった操に、女の子はポカンとしたあと徐々に表情を歪ませた。顔の中心にぎゅうっとシワを寄せ、目からは大粒の涙を溢れさせ、下唇を噛みしめながら身体をヒクヒクと震わせる。やがて大きな声で泣きだしてしまった。
「ぅ、うわぁぁん! みざおぢゃんのバカ! わあぁ~~~んッ!!」
「来主……」
呆然としているところに、二人分のオレンジジュースを持った甲洋が戻ってきた。一つは操のものだろう。彼は操に呆れた目を向け、テーブルにジュースを置くと女の子のそばに膝をついた。
彼女はすかさず甲洋にしがみつき、なおもわんわんと泣きわめく。
「おにいぢゃぁんっ! わあぁ~んっ!」
「よしよし、いい子だから。泣かないで」
涙と鼻水ですっかり肩を汚されながらも、甲洋は小さな身体を抱き返してポンポンと背中を叩いた。そして、改めて咎めるような視線を寄こす。
「ち、違うよ! ぼくなにも悪いことなんか……っ」
「みざおぢゃんがぁっ、みざおぢゃんが、イジワル言ったぁ!!」
「来主、ちゃんと謝りな」
「なんで!? ぼく意地悪なんかしてないもん!」
「うわあぁぁぁぁん!!」
悲鳴のような泣き声が、心にダイレクトに響いてくる。ぐちゃぐちゃとして言葉にならない痛みが伝わり、操は思わず胸を押さえた。
とっさのこととはいえ、傷つけてしまったことは事実だ。頭では分かっている。甲洋が言う通り、操が折れない限りこの最悪な状況は終わらない。
「……ごめん」
絞りだした謝罪の言葉は、けれど泣きわめく女の子の耳には届かなかった。
追いつめられた末の苦し紛れに、操はテーブルに置いていたケーキボックスを手に取ると、女の子に差しだした。
「ッ、これ……!」
鮮やかな赤いリボンに、彼女はピタリと泣くのをやめる。
「……あげる」
「いいの……?」
「うん……ひどいこと言って、ごめん……」
女の子は甲洋から離れると、ケーキボックスを受け取った。テーブルに置いてリボンをほどき、蓋を開けると目をキラキラとさせる。
「わあぁ、アップルパイだぁ~! おいしそう!」
「……それ、食べていいよ」
「ほんとに? ありがとう操ちゃん!」
泣いていたのが嘘のように、女の子の顔にはすっかり笑顔が戻っていた。
「皿とフォークを用意してくるよ」
甲洋がホッとした様子で息をつき、女の子の頭を軽く撫でるとキッチンに向かっていく。その何気ない仕草にすら、操の胸はささくれ立った。いつもだったら、あんなふうに頭を撫でられるのは自分の役目なのに。
(分かってるくせに。甲洋のために持ってきたアップルパイだってこと)
操はうつむいたまま、その背中を横目で睨みつけることしかできなかった。
*
女の子がアップルパイを食べ終えるころ、彼女の母親が迎えに来た。
甲洋とそう歳の変わらない、若い母親だ。彼女は以前から娘の算数嫌いについて、彼に相談していたらしい。お兄ちゃんと一緒なら勉強する、なんて言って聞かないものだから、彼に一日だけ先生の役を頼み込んだそうだ。
いつの間にそんな話になっていたのか、いつも店に出ているはずの自分がまるで把握していなかったことにも、操は少なからず不満を覚えた。
娘が我儘を言ってごめんなさい、なんて申し訳なさそうに甲洋を見る母親の頬が、心なしか赤くなっていたことも含めて。
そのときふと、前に剣司が言っていたことを思いだした。女性客の視線を集める甲洋を見て、剣司はどこかひやかすように「ああいうのを色男って言うんだぞ」と教えてくれた。女性にモテモテな優男、という意味らしい。確かに甲洋のことに違いないと、操は思った。
女の子は母親に手を引かれ、「お兄ちゃん、また先生してね!」と言って満足そうに帰っていった。
二人きりになってからも、操の不機嫌は収まらなかった。
消しカスなどが散らばるテーブルを掃除している背中を、カウンターに寄りかかって睨みつける。
「あの子と約束してたんだ。ぼくんちには来なかったくせに」
不満もあらわに嫌味を言うと、手を止めた甲洋が「しょうがないだろ」と言って振り向いた。
彼の言う通りだ。しょうがなかった。先に約束していたのはあちらの方で、甲洋が責められる謂れはない。だからちゃんと謝ろうと思って来たはずなのに、今の操は何もかもが面白くなくてイライラしていた。
「でもぼくは君に来てほしかった! アップルパイだって、君に食べてほしかったのに!」
「俺だって食べたかったよ。来主のアップルパイ」
「でもあの子が食べちゃった! だってぜんぜん泣き止んでくれないんだもん……だから仕方なく……っ」
「来主がムキになって否定するからだ。あんな小さな子を泣かせて──」
そこまで言って、甲洋は言葉を切ると短く「あぁ」と嘆声を漏らした。
「お前もそう変わらないんだっけ」
操は思わず下唇を噛みしめた。甲洋にとって、こうして駄々をこねる操とあの女の子は、たいして違いがないのだろう。なんなら操の方が、よっぽど我儘で聞き分けがない。
だけど自分でもよく分からないのだ。感情を上手く処理できない。だってあの子が、あんなことを言うから。
──わたしね、大きくなったら甲洋お兄ちゃんとケッコンするの。
あの言葉が、どうしようもなく心を曇らせている。
嫌だった。甲洋が、甲洋のことを一番に好きだと思っている女の子と、二人だけで過ごしていたこと。アップルパイだって、甲洋のために持ってきたのに。せっかく上手にできたのに。褒めてほしかったのに。
自分より先に、他の誰かと約束なんかしてほしくなかったのに──。
「どうせぼくはワガママな子供だよ! 甲洋はぼくよりも、あの子と一緒にいるほうがいいんだ!」
「誰もそんなこと言ってないだろ」
「もういい! 君なんか、あの子と結婚でもなんでもすればいいじゃん!」
「来主!」
甲洋が手を伸ばしかけるのが見えたが、操は逃げるようにそこからワープで逃げだした。
*
次の日から、操は甲洋を徹底的に避けるようになった。
目が合えばぷいっと顔を背けて、話しかけられても返事もしない。心に厚く壁を作って、内からも外からもとことんシャットアウトした。
(甲洋なんかもう知らない! ずっとあの子の先生してればいいんだ!)
もうスイーツなんか作ってやらないし、休みの日だって一緒に遊んでやるもんか。操はすっかり意固地になってしまった。
やがて甲洋も諦めたのか、必要以上に構ってくることはなくなった。どうせ長くは続かないとでも思っているのか。あるいはさすがの彼も、今回ばかりは腹に据えかねているのかもしれない。
いずれにしろ、互いの空気はどんどんギクシャクしていく一方だった。
そんな状態が一週間ほど続いた、ある夜のこと。
定休日を翌日に控え、操はバックヤードで帰り支度をしていた。三人分のロッカーは真ん中が操のもので、ネームプレートに『来主』と書かれている。
そこに脱いだエプロンを適当に突っ込んだところで、一騎が入ってきた。
「来主、ちょっといいか?」
「あ、うん」
頷きながらも、甲洋のことだろうなと察した操は表情を固くする。一応は店の空気を悪くしている自覚があるだけに、間に挟まれている一騎に対しても後ろめたさを感じてしまう。
「緊張するなって。少し話そう」
「わかった」
狭いバックヤードには小さな簡易テーブルが置いてあり、休憩スペースになっている。幾つか木製のスツールも置いてあり、一騎はそこに操を座らせると自分も隣に腰掛けた。
「甲洋のことだけど」
「……うん」
「あいつ、あれでかなり参ってるぞ」
「参ってる? 怒ってるの間違いじゃなく?」
操は一切の情報を遮っているため、彼が今どんな気持ちでいるかは分からない。けれど一方的に責めたうえに無視までしているのだから、不快に思わないわけがなかった。
分かっていてやっているのだから、自分でも最低だと思う。萎れたようにうつむく操に、一騎がやんわりと首を振った。
「怒ってはいないさ。ただ、かなりボーッとしてるみたいだ。来主の前では平気そうにしてるけど、さっきも熱々のコーヒーを膝にぶちまけてたし」
「えっ?」
一騎がつい、といった様子で苦笑している。
操がバックヤードに引っ込んだあと、甲洋はカウンター席で仕事終わりのコーヒーを飲もうとしていた。しかしカップを口につける前に傾けてしまい、膝にダバダバとこぼしてしまった。しかも一騎が声をかけるまで、ずっとぼんやりしたままカップを傾け続けていたというのだ。
膝からホカホカの湯気を立ち上らせた彼は、思いだしたようにたった一言「あつ……」とだけ呟いて、二階に引っ込んでしまったという。
「そんな甲洋、見たことない……」
俺も初めて見たよと言いながら、一騎が息を漏らしている。
「なにがあったかまでは分からないけど、ちゃんと二人で話して仲直りしな」
「……うん」
彼がそこまでダメージを受けていたなんて、思ってもみなかった。まだどこか信じられない気持ちでいる操の頭を、一騎の白い手がポンポンとあやすように優しく叩く。
「お前だけだよ。今のあいつをあんなふうにしちゃうのは」
「そうかな……」
「だいぶ凄いことだと思うぞ」
そう言って、一騎は眉をハの字にしながら笑みを浮かべた。
*
一騎は先に帰っていった。
操は先日あの女の子と甲洋が向かい合って座っていたテーブルに近づくと、椅子を引いて腰掛ける。
店内はカウンター側だけに明かりが灯されており、ホール側は薄暗い。ふと見上げれば、窓の外にはぽっかりと丸い月が浮いていた。
「……来主?」
そのままぼんやりと月を見上げていると、二階から甲洋が戻ってきた。ジーンズを履き替え、改めてコーヒーを飲みに来たらしい。
彼は操が居残っていることに意外そうな顔をしたが、それ以上はなにも言わずに厨房でコーヒーを淹れはじめた。
「……膝、だいじょうぶ?」
気まずい沈黙が流れるなか、操の方から口を開いた。すると手を止めた甲洋が、ため息まじりに「一騎か」と呟いた。
「うん。一騎、困ってた。ちゃんと話しろって言われたから、君を待ってた」
コーヒーを諦めた甲洋が、厨房から出て近づいてくる。テーブルに軽く片手を置くと、彼は操が口を開くより先に「ごめん」と言って頭をさげた。
「どうして君が謝るの?」
「来主に嫌な思いをさせた。こじれる前に、もっとうまくフォローするべきだったと思ってる」
「ちょ、ちょっと待ってよ。嫌な思いをさせたのはぼくの方でしょ? なにも悪いことしてないのに、君が謝るのはおかしいよ!」
操はとっさにテーブルに両手をつくと立ち上がった。
悪いのは自分だ。一方的に不満をぶつけ、彼を無視して不快にさせた。だから今度こそ謝って、ちゃんと仲直りしたかったのに。それなのに、どうしてなにも悪くないはずの彼が頭を下げるんだろう。これでは操も立つ瀬がない。
「おかしくないさ。俺にも後ろめたいことがあるからね」
「後ろめたいこと……?」
「……来主に妬かれて、気分がよかった」
あの女の子には悪いけど──と付け加えた甲洋に、操は意味がわからず首をかしげる。
すると彼はバツが悪そうに肩をすくめ、どこか自嘲的な笑みを浮かべた。
「ヤキモチを焼かれて嬉しかったってこと。俺は焼く方の気持ちしか知らなかったから。その感情がどれほどつらいかも、よく知っているはずなのに……こんなに気持ちがいいなんて思わなかった」
あの子を泣かせてしまったとき、あんなふうに咎めておいて。その実、彼は心地よさを感じていたのだ。幼い少女を相手に独占欲をむき出しにした操に、愉悦すら覚えていた。
だから彼女が帰ったあとも、厳しい言葉をかけるだけでなんのケアもしなかった。ぐちゃぐちゃとした慣れない感情を処理できず、操が苛立っているのを知りながら。無視なんてガキ臭い真似を放っておいたのも、そのためだ。
自分のために心を掻き乱す操が可愛くて、喜びの方が勝っていたから。
「だからごめん」
再び頭をさげた甲洋に、操は唖然としてしまった。ずっと腹を立てていた自分が、まるでバカみたいに思えてくる。悔しさまでこみ上げて、操はじわりと涙を浮かべた。
「ぼくのこと、面白がって見てたってこと……?」
「そう思われても仕方ない。言い訳はしないよ」
「そんな、そんなのズルいよ……ぼく、ずっと苦しかったのに……!」
「本当に悪かった。だけど、そろそろ機嫌を直して欲しい。いつまでも来主に口を利いてもらえないのは、正直かなり堪えるよ」
「そんなの君の勝手じゃん! バカ! 甲洋のバカ!」
拳で乱暴に涙を拭っていると、その手をやんわり掴まれた。代わりに長い指先で、そっと涙を拭われる。
「じゃあ、どうすれば機嫌を直してくれる?」
問われて、唇を噛みしめた。甲洋はうつむきがちで、自分より背の低い操に向かって上目遣いを向けている。唇は笑みをかたどってはいるけれど、眉は弱ったように下げられていた。
本当にズルいと、操は思う。まるで手のひらで転がすような真似をしたくせに、熱々のコーヒーをすべてこぼしてしまうくらいには、無視されて参っているのもまた事実だなんて。
「……なんでもしてくれるの?」
逆に上目遣いで問いかけると、甲洋は笑顔のまま頷いた。
「じゃあ……あの子には絶対しないこと、ぼくにして。今すぐ、ここで」
ただで起きるのは癪だった。少しくらい彼を困らせてやらないことには、操の気が収まらない。
「ここで?」
「してくれないなら、もう知らない」
自分たちにとって、ここは大勢の客をもてなす仕事場だ。たとえ二人きりであったとしても、甲洋が店で操に手を出してきたことは一度もない。
だからどうせできっこないに決まってる。そうたかをくくっていたら、彼は意外にもあっさり「わかった」と言って頷いた。
「えっ?」
自分から仕掛けたくせに驚いていると、手を引かれて抱き寄せられた。片腕がしっかりと腰にまわり、あごに添えられた手によって上向かされる。そして奪うように口づけられた。
「んぅ……っ!?」
戸惑う唇の隙間から、甲洋の舌が潜り込んでくる。表面を何度も擦り合わせるように舐められたと思えば、裏側をくすぐられて背筋が震えた。
いささか強引ともいえる口づけは、幾度も角度を変えながら呼吸する間も与えてくれない。あごに添えられていた手がうなじに回り、しっかりと固定されて顔を背けることもできなかった。
「んんッ、ぁ……、ふぁ……!」
ちゅうっと音を立てて舌先を吸われると、芯を抜き取られたように震えた身体から力が抜けた。
甲洋の肩に縋らせていた両手を、とっさに首に回してしがみつく。するとその途端、小刻みに震えていた膝の裏を強い力にさらわれた。
「ッ、ぁ……!?」
一瞬ふわっと身体が浮いたかと思うと、テーブルの上に座らされた。目線がわずかに甲洋を見下ろす位置まで高くなり、下からすくい上げるようにしてまた唇を奪われる。
操は彼の首に両腕を回したまま、今度は自らも舌を差しだした。まるで競うように絡め合い、夢中になって互いを貪る。
(ほんとに、ここでするんだ……)
痺れたようにぼぅっとする頭で、操はあの女の子のことを思いだしていた。
テーブルを消しカスでいっぱいにして、嫌いなはずの勉強を楽しいと言っていたあの子の心は、甲洋への好きでいっぱいに溢れていた。
彼女が大好きな優しい甲洋お兄ちゃんは、店でこんな悪いことをするようなやつなのに。彼と今からすることを想像しただけで、ゾクゾクとした背徳感に下腹が熱くなる。
「はぁっ、ん……ねぇ、脱がせて……」
息を弾ませながら言った操に、甲洋が「いいよ」と言って微笑んだ。
彼は畏まったようにひざまづき、操の靴を片方ずつ脱がせると、律儀に靴下まで脱がしていく。
その手つきをドキドキしながら見守っていると、次はズボンのホックを外された。下着ごと脱がせようとするのを、自らも腰を浮かせて軽く補助する。丁寧に片足ずつ引き抜かれ、床に下着とズボンがパサリと落ちた。
「……キスして」
さらに命じると、甲洋は操の右足首を持ち上げて、土踏まずにも手を添えながら甲の部分にキスをした。
そのまま皮膚に唇を這わせ、何度も音を立ててキスをしながら、徐々に上へと移動していく。膝小僧までたどり着くと、太ももの内側にまでキスをして、じわじわと舌を這わせていった。
「んっ……んぅ、ぁ、……は、ん……」
くすぐったさの中にある甘ったるい性感に、操の爪先がぎゅっと丸まる。
左ももをゆるゆると撫でさするだけだった甲洋の右手が、ゆるく兆している陰茎にそっと触れた。
「あぅ……っ、アッ、そこ……っ、やっ、ぁ……!」
右ももの付け根ギリギリのところを吸ったり舐めたりされながら、大きな手でしごかれる。弾力を帯びていく陰茎から、溢れた先走りがくちゅくちゅと卑猥な音を響かせた。
「もっと、ぁ……ッ、もっと、ここで……最後まで、して……」
甲洋の身体がぐんと伸び上がってきたのと同時に、上半身をテーブルに押し倒される。彼は操の片足を肩に引っ掛けるようにしながら持ち上げて、なおも内ももにキスをしながらふっと笑った。
「仰せのままに」
月明かりに照らされて、欲情した甲洋の瞳が潤んでいる。自分も同じような目をしているのかなと、どこか遠くでそう思いながら覆いかぶさる甲洋を抱き返した。
「んっ、ぁ、……はぁ、ぁ……っ」
操の首筋に顔を埋めた甲洋が、ちゅ、ちゅ、と音をたてて薄い皮膚を愛撫する。片手は操の陰茎をしごき、もう片方の手は重ね着したトレーナーの中をまさぐって、乳首の片方をこねくり回す。
「やぁ、あっ……ッ、ぁん、だめ……甲洋、だめぇ……っ」
「どうして? なにがダメなの? 来主」
「あっ、くぅ、ん……っ、ゃ……」
耳元で囁かれた声にすら身を震わせて、操は首を左右に振った。
「だってぇ、ぁ……っ、きもちくて……イッちゃう、からぁ……」
「いいよ、イッても」
「やだ、いや……だってぼく、甲洋のでイキたいんだもん……!」
ごくりと、甲洋が喉を鳴らす音がした。
M字に立てた両足の中心では、奥まった場所が疼いている。穿たれる快感を知っている孔は、すでに女のように濡れていた。甲洋との行為を重ねていくうち、変化する操の肉体がそうあることを望んだからだ。
「おねがい……はやく……」
とろんとした眼差しで急かす操に、甲洋は奥歯を噛みしめると心の中で「待って」と言った。彼にもあまり余裕がない。操の陰茎に触れていた指を奥へすべらせ、濡れた孔を探りはじめる。
「あっ、ぅ、ん……っ」
その刺激にキュッと窄まる孔を、長い指がじわじわとこじ開けていく。ゆっくりと慎重に抜き差ししながら、徐々に指を増やしていった。
「あぅ、アッ、ぁッ……いや、ぁ、はや……く、ねぇ、はやくぅ……!」
「ッ、わかったから」
甲洋の息も切羽詰まったように弾んでいた。彼は濡れた孔から指を引き抜き、自身の前をくつろげた。下着からいきり勃つ肉棒を取りだして、切っ先をヒクつく孔に押し当てる。少し圧をかけられただけで、そこはよだれを垂らしながら肉の先端を飲み込んだ。
「ひあぁっ、あ……ッ、くぅ、ん……、ぁ、すご、おっき、ぃ……ッ!」
操の両膝を割り開き、甲洋が奥まで塊を押し込んでくる。操はテーブルを爪で引っ掻き、背が浮くほど胸を反らしてその衝撃を受け止めた。
後孔にすべておさまりきると、痺れるような多幸感で満たされる。脈打つ甲洋を締めつけて、操は内ももでしっかりと彼の腰を挟み込んだ。
「ッ、くる、す」
操の身体の脇にそれぞれ手を置いた甲洋が、はぁ、と大きな息をつく。互いの肉が馴染むのにそう時間はかからず、彼は操と目を合わせると阿吽の呼吸で腰を揺らしはじめた。
「ふぁ……ッ、アッ、ぁ、こう、よ……ッ!」
最初は探るようにゆっくりと、硬くしこった男根がズルズルと引き抜かれ、また奥まで押し込まれる感覚に、操は大きく身震いをした。全身の皮膚が粟立ち、いっそヒリヒリするくらい感じてしまう。
甲洋がトレーナーをたくし上げ、ツンと尖った胸の片方に吸いついた。弱い場所を同時に責められ、操は彼の頭部を抱きしめながら嫌々と首を振る。
「やあぁっ、ん……ッ、アッ、それっ、それダメっ……、ぁ、好き、好きなの……っ、あんッ、ぁ、あぁ……っ!」
徐々に大きくなっていく動きに合わせて、テーブルが軋んだ音を立てる。
肉と肉がぶつかり合う音と、結合部から響く鈍い水音。圧倒的な質量が容赦なく操の弱いところを突き、濡れた肉路を力強く擦り上げていく。
「来主……来主……っ」
名前を呼ばれるだけでも、心ごとドロドロに溶けてしまいそうだった。操はいっそう甲洋にしがみつき、クロスした両足できつく彼の腰を締めつける。気持ちよすぎて、頭がどうにかなりそうだった。
「はぁっ、あん、ぁ……っ、こう、よ……ねぇ、好きって、言って……」
操を強く抱きしめて、甲洋が熱っぽい唇を耳の穴に押しつける。吐息混じりに「好きだよ」と囁かれ、尾骨から這い上がる痺れが甘く脳を蕩かした。
「くぅっ、ん……ぁっ、もっと、もっと言って……ぼくのこと、いっぱいいっぱい、好きって言ってぇ……!」
激しく揺さぶられながら、何度もねだってその背を掻き抱く。甲洋が繰返し「好きだ」と言って名前を呼ぶたびに、パチン、パチンと瞼の裏に星が散る。
「来主、来主」
「ふぁっ、ぁんッ、あっ、……ッ、とけ、ちゃう……とけちゃうよぉ……っ」
「好きだ、好き……来主のこと、誰よりも」
「うれ、し……はぁッ、ぁ……、ぼくもっ、ぼくもぉ……っ!」
君のことが一番大好き──そう言いたかったはずなのに、下肢へと伸ばされた甲洋の手が陰茎に触れたせいで、まともに言葉にすることができなかった。
彼は片腕にしっかりと操を抱いて、ズンズンと奥を穿ちながら腫れぼったくなっている性器をしごいた。もっとずっとこうしていたいのに、その大きすぎる快感は操を一気に絶頂へと追い込んでいく。
「やあぁっ、いく、だめ、だめぇ、もうイくぅッ……っ、あ、あぁ──ッ!」
ビクンッ、と激しく身体が跳ねた。甲洋の手の中で放逐された白濁が、下腹やテーブルにまで撒き散らされる。濡れた内壁がぎゅうっと収縮し、さざ波のように痙攣していた。
その刺激に腰を震わせ、甲洋が低い呻きをあげた。引き抜く間もなく、彼もまた操の中にすべてを吐きだす。
「ぁ、ぁー……っ、ぁ……、ふ……」
「はぁ……っ、ぅ……くる、す……っ」
ヒクヒクと余韻に震えて呆けたようになっている操の頬に、甲洋の右手が優しく触れる。操はその手に自分の手を重ね、甘えるように頬ずりをした。
「機嫌、なおった?」
唇同士を軽く触れ合わせたあと、甲洋が顔を覗き込んできた。機嫌なんかとっくになおっていたけれど、操はふと思いついて首を横に振る。もう一度、今度は額にキスを落とした甲洋が、「じゃあ次は?」と聞いていた。
「あのね」
「うん」
「ぼくと結婚して」
「結婚?」
操はこくりと頷いた。
「ぼくのこと、あの子より先に甲洋のお嫁さんにして」
「そこまで張り合う?」
「だってそうすれば、君のことずっと独り占めできるでしょ?」
すると甲洋は、珍しく頬を赤らめて目を丸くした。それからコホンと小さく咳払いをする。
「甲洋?」
「……準備をするから、ちょっと待ってて」
「あっ、ん……!」
ナカから性器が引き抜かれ、操はぶるりと身を震わせた。ほぅっと息をついていると、甲洋がテーブルの隅にあるナプキンに手をのばす。それをくしゃくしゃと丸めて柔らかくしてから、操の前と後ろをサッと清めた。
さらに自分のモノも軽く清めて、手早く身なりを整える。
「なにするの?」
不思議に思いながら起き上がると、甲洋は操のトレーナーの裾を引き下げて前を隠してくれた。そしてスタスタと店の片隅へと歩いていく。
なんだかよく分からないが、準備とやらには手間がかかるらしい。操はテーブルに腰掛けたまま、足をブラブラとさせて待つことにした。
甲洋が向かったのは、店の隅に置かれた丸い木製のテーブルだった。白いレース編みのテーブルクロスが敷かれており、その上には造花が刺さった花瓶がある。ピンク色をした、薔薇の造花の花束だ。
彼は花瓶から引き抜いた花束と、テーブルクロスを持って戻ってきた。それを操の頭にふわりと被せ、花束を両手に持たせる。
「これなに?」
「ブーケとベールの代わりだよ。来主は花嫁になりたいんだろ?」
「うん、なりたい!」
なにが起こるのかとワクワクしている操に、甲洋はまた小さく咳払いをした。こころなしか、さっきよりもどこか畏まった様子だ。
「指輪はないけど、それはいつかね」
甲洋は造花の花束を持つ操の両手を、自分の両手で包み込んだ。真剣な眼差しを向けられると、急に場の空気が厳かになった気がして、操も自然と背筋を伸ばす。
始まりの合図をするように、甲洋がすぅっと深呼吸をした。
「新婦、来主操。あなたは春日井甲洋を夫とし、病めるときも、健やかなるときも、命ある限り互いを支え、愛しあうことを誓いますか?」
「なにそれ? なにかの呪文?」
「来主……」
甲洋が大きなため息をつく。
「そこはちゃんと誓わなきゃ。俺たち結婚するんだろ?」
「うん、する! じゃあ誓うよ! 誓います!」
「よし」
「甲洋は? えっと、病めるときも、健やかなるときも……なんだっけ?」
いまいち締まりのない花嫁に、新郎はふっと苦笑する。それでもまっすぐに目と目を合わせて、「誓うよ、俺も」と言った。
「ねぇ次は? どうするの?」
「誓いのキスだよ」
甲洋は操の手を離し、レースの裾を軽く摘むと持ち上げた。裾が頭のてっぺんに来るように被せられると、薄く遮られていた甲洋の顔がよく見える。
有り合わせのウェディングベールと、ピンクの薔薇の造花のブーケ。甲洋は少し潤んだ瞳を細め、嬉しそうに笑みを浮かべて息を漏らした。
「本当に花嫁みたいだ。綺麗だよ、来主」
「えへへ。なんかよく分かんないけど、嬉しいよ」
肩をすくめて照れ笑いした操に、甲洋も照れたように肩をすくめた。互いに頬が赤くなっているのが、月明かりの中でよく分かる。
「じゃあ、するよ」
こくりとうなずくと、甲洋が操の両肩にそれぞれ手をやった。少し緊張した様子で顔を近づけてくるので、操も胸をドキドキさせながら目を閉じる。
さっきまで舌を絡め合う激しいキスをしていたのに、今更な気がしておかしな気分だ。
けれど柔らかく重ねられた口づけは、今までにない特別な意味を持っている。病めるときも、健やかなるときも。これはお互い一番に好きあっている同士が、ずっと一緒にいることを約束しあうためのキスだから。
「これで終わり?」
キスのあと近い距離で見つめ合ったまま、少しだけ首をかしげた操に彼は満足そうに頷いた。
「これで今日から、ぼくは甲洋のお嫁さんだね」
「そうだね」
甲洋の頬はほのかに赤いままだった。操の頬も熱いまま。こんなに幸せな気持ちになるのだから、あの女の子が憧れるのもよく分かる。だから自分があのときどれだけ彼女を傷つけたのかも、痛いほど理解できてしまった。そして甲洋にも。
「甲洋、ぼくもごめんね。ひどいこと言って、無視したりして」
「いいよ、来主は謝らなくても」
「それじゃダメだよ。あ、そうだ! ぼくもお詫びに、君のお願いなんでも聞くよ!」
操が身を乗りだすと、甲洋が目線だけ天井にやって「うーん」となにかを考え込んだ。それから「あ」と声をあげ、視線を戻す。
「来主のアップルパイが食べたいな」
「アップルパイ? そんなことでいいの?」
「あのとき食べそこねたからさ。俺だって悔しかったんだ」
「へぇ~、君って意外と食いしん坊だね」
「そういうことじゃなくってさ……」
参った様子で苦笑いを浮かべる甲洋に、操は声をあげて笑ってしまった。本当はちゃんと分かってる。彼は普段、まったく食べ物に執着しない。そもそも食べなくたって生きられるのだが、ヒトだった頃からそうなのだろう。
だけど、操が作ったスイーツだけは特別なのだ。
「いいよ! じゃあ、とびきり甘いのを作ってあげるね!」
造花の花束を持ったまま、甲洋のうなじに手を添えると引き寄せた。チュッと軽やかにキスすると、彼は目を丸くしたあと笑顔を見せる。そして純白のレースごと、操の身体を抱きしめた。
「楽しみにしてるよ」
甘いささやきに頷いて、操もまたしっかりと甲洋を抱き返す。
窓から射し込む月の祝福に、いつまでも優しく包まれながら。胸をいっぱいに満たす幸福が、どこにも逃げていかないように。
←戻る ・ Wavebox👏
閉店後の楽園にて。
操はテーブルに両手をつくと身を乗り出して、伝票や出納帳が入った棚を整理する甲洋の背中に声をかけた。
「お母さんと一緒にアップルパイを焼くんだ。君も食べにおいでよ!」
明日は週に一度の定休日。二人は休みの日でも、いつだって当たり前のように一緒に過ごす。釣りに出かけたり、フリーマーケットを覗きに行ったり、部屋でのんびり過ごしたり。
だから明日も、当然そうなるのだとばかり思っていたのだが。
「せっかくだけど、明日は大事な用があるから。来主の家には行けないよ」
振り向いた甲洋は、残念そうに眉を下げると軽く肩をすくめて見せた。
てっきり二つ返事で了解されるものとばかり思っていた操は、顔をしかめて不満を漏らす。
「えー!? 用ってなに? アップルパイよりも大事なこと?」
「頼まれごとがあって、少しね」
「なにそれ! 休みの日はぼくと遊ぶ決まりなのに!」
唇を尖らせる操に、甲洋は苦笑して「そんな決まりないだろ」と言った。
それはそうだが、操の中にある明日の予定表には、当然のように甲洋の存在が組み込まれている。容子とアップルパイを作って、それを三人で食べる光景を想像しては、胸を躍らせていたのだが。
「それって明日じゃなきゃダメなの? 断っちゃえばいいじゃんか」
「ダメだ。先約を反故にすることはできないよ」
棚の整理を再開する甲洋に、操はぶすくれた顔で肩を怒らせた。
「ふーん、じゃあいいよ! だったら君の分のアップルパイも、ぼくがぜーんぶ食べちゃうからね! あとで欲しくなっても知らないよ!」
「そんなにいじけるなって。次の休みは空けておくから」
「別にいじけてなんかないもん!」
プイと顔を背けると、振り向いた甲洋がやれやれと短いため息をついた。
*
その翌日。
操は容子と一緒にアップルパイ作りに勤しんだ。
生地は出来合いのパイシートを使わずに、たっぷりのバターを練り込ませてこねあげた。格子状にサックリと焼けた表面には、あんずのジャムをまんべんなく塗ってツヤツヤにする。
シナモンと香ばしい甘酸っぱさで部屋が満たされる頃には、ちょうど三時のおやつに丁度いい時間になっていた。
さっそく紅茶と一緒に舌つづみを打っていると、容子がふと
「せっかくだし、甲洋くんにも届けてあげたら?」
と言いだした。
操はフォークの先をくわえたまま、アップルパイの食べカスが散らばる皿を見つめてうつむいた。
昨日はつい腹を立ててしまったが、甲洋は責められるようなことなんかしていない。それなのに一方的に不満をぶつけ、あのまま一言も口を利かずに帰ってきてしまった。
(甲洋の用事、もう終わったかなぁ……?)
フォークを皿に戻し、ふと窓の方へ目をやった。だいぶ日が傾いて、空に茜色がさしている。
昨日はへそを曲げるのに忙しくて、なんの用事があるのかまでは聞きそびれてしまった。だけどこの時間なら、もう事は済んでいるかもしれない。
(せっかくこんなに上手に作れたし、やっぱり持ってってあげようかな)
そうしたら、甲洋はきっと喜ぶに違いない。彼はいつも操が作るスイーツを、「上手くできたね」と言って褒めてくれる。ついこないだ一騎の誕生日に作ったスイーツも、なぜか作った操以上に甲洋の方が得意気だった。
(持ってって、昨日のことを謝ろう)
そうと決まれば、いてもたってもいられなくなってしまった。
「お母さん! ぼく今からこれ届けてくるよ!」
操はさっそくアップルパイを切り分けて、クラフト紙の小さなケーキボックスに詰め込んだ。
容子は「きっと喜ぶわよ」と嬉しそうに笑い、ケーキボックスに赤いリボンを可愛らしく結んでくれた。
*
手っ取り早く操がワープで向かったのは、店の厨房だった。
もし甲洋の用が済んでいないようなら、ひとまず冷蔵庫の中に箱を入れておく──つもりでいたのだが。
「来主?」
カウンターの向こうにある店のホールに、甲洋がいた。窓際の席についている彼は、眼鏡のレンズ越しにキョトンとしている。
「あ、甲洋! あのさ、昨日はごめ……って、その子は?」
さっそく謝ろうとした操だったが、甲洋と向かい合って座っている小さな女の子に気がついて、パチパチと瞬きをした。
白い襟がついた紺のワンピースを着て、肩まである黒髪を二つに結った可愛らしい女の子。操はその顔に見覚えがあった。
彼女は店の常連で、普段は母親と二人で訪れている。誰にでもよく懐くため、他の常連客からも可愛がられる存在だった。
そんな彼女は机に向かって熱心に鉛筆を走らせていたが、操に気づくと大きな目をまん丸に見開いた。
「あ、操ちゃん! どうしてそんなところにいるのー?」
無邪気な声が驚きに弾んでいる。まだ八歳かそこらの幼い少女は、まさか操がワープでここまでやって来たなんて知りもしない。
曖昧に頷きながら、操はキッチンから出て二人がいるテーブルに近づいた。
テーブルには消しカスが散らばり、広げられている算数ドリルには足し算や引き算の問題が並んでいる。
「なにしてるの?」
「甲洋お兄ちゃんにおべんきょ見てもらってるの! ずっと前から約束してたんだぁ!」
ねー、と同意を求められた甲洋が、やんわりと彼女に笑いかけている。
「ふぅん、そうなんだ……」
気のない返事で甲洋を見ると、彼は心の中で「どうかした?」と問いかけてきた。操はなんとなくそれを無視して、顔を背けると心を閉じる。
(頼まれごとってこれのこと? ぼくより他の子と約束してたんだ)
黙って唇を尖らせる操に、甲洋は肩をすくめて息を漏らした。そして席を立ち、空になったグラスを手に取ると「ジュースのおかわりを持ってくるよ」と言って、その場を離れる。
女の子が「はーい!」と元気に返事した。
「操ちゃん! ここ座っていいよ!」
女の子がすぐ隣の椅子の座面をポンポンと叩いている。
普段なら操も笑顔で応じるところだが、今日は少しばかり複雑だ。胸に雨雲がかかったようで、なんだか面白くない。
それでもおとなしく腰掛けると、彼女はクンクンと鼻を鳴らして操の膝の上にあるケーキボックスに顔を近づけた。
「それなぁに? あまくておいしそうなにおいがする!」
「あっ、こ、これはダメ!」
操はとっさに膝から箱を退け、テーブルの隅っこに置いてしまう。女の子が残念そうに唇を尖らせたが、すかさず「算数やってるの?」と話を逸らすと笑顔になった。
「うん! あのね、お兄ちゃんガッコの先生よりやさしいの! わたし算数キライだけど、お兄ちゃんといっしょだと楽しいよ!」
「いつからここは塾になったのさ……」
「操ちゃん? どしたのぉ?」
「うぅん、なんでもないよ!」
女の子は「そっか~」と言うと、操にぴったり身体をくっつけてきた。小さな両手を口許に添え、耳のそばでこしょこしょと話しはじめる。
「あのね、操ちゃんにだけおしえてあげる。お兄ちゃんにはナイショのこと」
「内緒のこと?」
甲洋の方へ視線をやると、彼は厨房に立ってこちらに背を向けている。
いくら声を潜めたところで、どうせ筒抜けなのにと思いながらも、黙って耳を傾けた。
「うん。わたしね、大きくなったら甲洋お兄ちゃんとケッコンするの。それでね、およめさんにしてもらうの」
「え!?」
操はとっさに声をあげ、ガタンと大きく椅子を揺らして立ち上がった。
「だ、ダメだよ! そんなのダメ! 結婚なんて、絶対ダメ!」
結婚、というものがどういうものであるかくらい、操だってある程度は学習済みだ。お互い一番に好きあっている同士が、ずっと一緒にいることを約束しあう。そしてそれは誰とでもしていいものじゃない、らしい。
だからもしこの子と甲洋が結婚してしまったら──。
(ぼく、もう甲洋のこと独り占めできないじゃん!)
ついムキになって語気を荒げてしまった操に、女の子はポカンとしたあと徐々に表情を歪ませた。顔の中心にぎゅうっとシワを寄せ、目からは大粒の涙を溢れさせ、下唇を噛みしめながら身体をヒクヒクと震わせる。やがて大きな声で泣きだしてしまった。
「ぅ、うわぁぁん! みざおぢゃんのバカ! わあぁ~~~んッ!!」
「来主……」
呆然としているところに、二人分のオレンジジュースを持った甲洋が戻ってきた。一つは操のものだろう。彼は操に呆れた目を向け、テーブルにジュースを置くと女の子のそばに膝をついた。
彼女はすかさず甲洋にしがみつき、なおもわんわんと泣きわめく。
「おにいぢゃぁんっ! わあぁ~んっ!」
「よしよし、いい子だから。泣かないで」
涙と鼻水ですっかり肩を汚されながらも、甲洋は小さな身体を抱き返してポンポンと背中を叩いた。そして、改めて咎めるような視線を寄こす。
「ち、違うよ! ぼくなにも悪いことなんか……っ」
「みざおぢゃんがぁっ、みざおぢゃんが、イジワル言ったぁ!!」
「来主、ちゃんと謝りな」
「なんで!? ぼく意地悪なんかしてないもん!」
「うわあぁぁぁぁん!!」
悲鳴のような泣き声が、心にダイレクトに響いてくる。ぐちゃぐちゃとして言葉にならない痛みが伝わり、操は思わず胸を押さえた。
とっさのこととはいえ、傷つけてしまったことは事実だ。頭では分かっている。甲洋が言う通り、操が折れない限りこの最悪な状況は終わらない。
「……ごめん」
絞りだした謝罪の言葉は、けれど泣きわめく女の子の耳には届かなかった。
追いつめられた末の苦し紛れに、操はテーブルに置いていたケーキボックスを手に取ると、女の子に差しだした。
「ッ、これ……!」
鮮やかな赤いリボンに、彼女はピタリと泣くのをやめる。
「……あげる」
「いいの……?」
「うん……ひどいこと言って、ごめん……」
女の子は甲洋から離れると、ケーキボックスを受け取った。テーブルに置いてリボンをほどき、蓋を開けると目をキラキラとさせる。
「わあぁ、アップルパイだぁ~! おいしそう!」
「……それ、食べていいよ」
「ほんとに? ありがとう操ちゃん!」
泣いていたのが嘘のように、女の子の顔にはすっかり笑顔が戻っていた。
「皿とフォークを用意してくるよ」
甲洋がホッとした様子で息をつき、女の子の頭を軽く撫でるとキッチンに向かっていく。その何気ない仕草にすら、操の胸はささくれ立った。いつもだったら、あんなふうに頭を撫でられるのは自分の役目なのに。
(分かってるくせに。甲洋のために持ってきたアップルパイだってこと)
操はうつむいたまま、その背中を横目で睨みつけることしかできなかった。
*
女の子がアップルパイを食べ終えるころ、彼女の母親が迎えに来た。
甲洋とそう歳の変わらない、若い母親だ。彼女は以前から娘の算数嫌いについて、彼に相談していたらしい。お兄ちゃんと一緒なら勉強する、なんて言って聞かないものだから、彼に一日だけ先生の役を頼み込んだそうだ。
いつの間にそんな話になっていたのか、いつも店に出ているはずの自分がまるで把握していなかったことにも、操は少なからず不満を覚えた。
娘が我儘を言ってごめんなさい、なんて申し訳なさそうに甲洋を見る母親の頬が、心なしか赤くなっていたことも含めて。
そのときふと、前に剣司が言っていたことを思いだした。女性客の視線を集める甲洋を見て、剣司はどこかひやかすように「ああいうのを色男って言うんだぞ」と教えてくれた。女性にモテモテな優男、という意味らしい。確かに甲洋のことに違いないと、操は思った。
女の子は母親に手を引かれ、「お兄ちゃん、また先生してね!」と言って満足そうに帰っていった。
二人きりになってからも、操の不機嫌は収まらなかった。
消しカスなどが散らばるテーブルを掃除している背中を、カウンターに寄りかかって睨みつける。
「あの子と約束してたんだ。ぼくんちには来なかったくせに」
不満もあらわに嫌味を言うと、手を止めた甲洋が「しょうがないだろ」と言って振り向いた。
彼の言う通りだ。しょうがなかった。先に約束していたのはあちらの方で、甲洋が責められる謂れはない。だからちゃんと謝ろうと思って来たはずなのに、今の操は何もかもが面白くなくてイライラしていた。
「でもぼくは君に来てほしかった! アップルパイだって、君に食べてほしかったのに!」
「俺だって食べたかったよ。来主のアップルパイ」
「でもあの子が食べちゃった! だってぜんぜん泣き止んでくれないんだもん……だから仕方なく……っ」
「来主がムキになって否定するからだ。あんな小さな子を泣かせて──」
そこまで言って、甲洋は言葉を切ると短く「あぁ」と嘆声を漏らした。
「お前もそう変わらないんだっけ」
操は思わず下唇を噛みしめた。甲洋にとって、こうして駄々をこねる操とあの女の子は、たいして違いがないのだろう。なんなら操の方が、よっぽど我儘で聞き分けがない。
だけど自分でもよく分からないのだ。感情を上手く処理できない。だってあの子が、あんなことを言うから。
──わたしね、大きくなったら甲洋お兄ちゃんとケッコンするの。
あの言葉が、どうしようもなく心を曇らせている。
嫌だった。甲洋が、甲洋のことを一番に好きだと思っている女の子と、二人だけで過ごしていたこと。アップルパイだって、甲洋のために持ってきたのに。せっかく上手にできたのに。褒めてほしかったのに。
自分より先に、他の誰かと約束なんかしてほしくなかったのに──。
「どうせぼくはワガママな子供だよ! 甲洋はぼくよりも、あの子と一緒にいるほうがいいんだ!」
「誰もそんなこと言ってないだろ」
「もういい! 君なんか、あの子と結婚でもなんでもすればいいじゃん!」
「来主!」
甲洋が手を伸ばしかけるのが見えたが、操は逃げるようにそこからワープで逃げだした。
*
次の日から、操は甲洋を徹底的に避けるようになった。
目が合えばぷいっと顔を背けて、話しかけられても返事もしない。心に厚く壁を作って、内からも外からもとことんシャットアウトした。
(甲洋なんかもう知らない! ずっとあの子の先生してればいいんだ!)
もうスイーツなんか作ってやらないし、休みの日だって一緒に遊んでやるもんか。操はすっかり意固地になってしまった。
やがて甲洋も諦めたのか、必要以上に構ってくることはなくなった。どうせ長くは続かないとでも思っているのか。あるいはさすがの彼も、今回ばかりは腹に据えかねているのかもしれない。
いずれにしろ、互いの空気はどんどんギクシャクしていく一方だった。
そんな状態が一週間ほど続いた、ある夜のこと。
定休日を翌日に控え、操はバックヤードで帰り支度をしていた。三人分のロッカーは真ん中が操のもので、ネームプレートに『来主』と書かれている。
そこに脱いだエプロンを適当に突っ込んだところで、一騎が入ってきた。
「来主、ちょっといいか?」
「あ、うん」
頷きながらも、甲洋のことだろうなと察した操は表情を固くする。一応は店の空気を悪くしている自覚があるだけに、間に挟まれている一騎に対しても後ろめたさを感じてしまう。
「緊張するなって。少し話そう」
「わかった」
狭いバックヤードには小さな簡易テーブルが置いてあり、休憩スペースになっている。幾つか木製のスツールも置いてあり、一騎はそこに操を座らせると自分も隣に腰掛けた。
「甲洋のことだけど」
「……うん」
「あいつ、あれでかなり参ってるぞ」
「参ってる? 怒ってるの間違いじゃなく?」
操は一切の情報を遮っているため、彼が今どんな気持ちでいるかは分からない。けれど一方的に責めたうえに無視までしているのだから、不快に思わないわけがなかった。
分かっていてやっているのだから、自分でも最低だと思う。萎れたようにうつむく操に、一騎がやんわりと首を振った。
「怒ってはいないさ。ただ、かなりボーッとしてるみたいだ。来主の前では平気そうにしてるけど、さっきも熱々のコーヒーを膝にぶちまけてたし」
「えっ?」
一騎がつい、といった様子で苦笑している。
操がバックヤードに引っ込んだあと、甲洋はカウンター席で仕事終わりのコーヒーを飲もうとしていた。しかしカップを口につける前に傾けてしまい、膝にダバダバとこぼしてしまった。しかも一騎が声をかけるまで、ずっとぼんやりしたままカップを傾け続けていたというのだ。
膝からホカホカの湯気を立ち上らせた彼は、思いだしたようにたった一言「あつ……」とだけ呟いて、二階に引っ込んでしまったという。
「そんな甲洋、見たことない……」
俺も初めて見たよと言いながら、一騎が息を漏らしている。
「なにがあったかまでは分からないけど、ちゃんと二人で話して仲直りしな」
「……うん」
彼がそこまでダメージを受けていたなんて、思ってもみなかった。まだどこか信じられない気持ちでいる操の頭を、一騎の白い手がポンポンとあやすように優しく叩く。
「お前だけだよ。今のあいつをあんなふうにしちゃうのは」
「そうかな……」
「だいぶ凄いことだと思うぞ」
そう言って、一騎は眉をハの字にしながら笑みを浮かべた。
*
一騎は先に帰っていった。
操は先日あの女の子と甲洋が向かい合って座っていたテーブルに近づくと、椅子を引いて腰掛ける。
店内はカウンター側だけに明かりが灯されており、ホール側は薄暗い。ふと見上げれば、窓の外にはぽっかりと丸い月が浮いていた。
「……来主?」
そのままぼんやりと月を見上げていると、二階から甲洋が戻ってきた。ジーンズを履き替え、改めてコーヒーを飲みに来たらしい。
彼は操が居残っていることに意外そうな顔をしたが、それ以上はなにも言わずに厨房でコーヒーを淹れはじめた。
「……膝、だいじょうぶ?」
気まずい沈黙が流れるなか、操の方から口を開いた。すると手を止めた甲洋が、ため息まじりに「一騎か」と呟いた。
「うん。一騎、困ってた。ちゃんと話しろって言われたから、君を待ってた」
コーヒーを諦めた甲洋が、厨房から出て近づいてくる。テーブルに軽く片手を置くと、彼は操が口を開くより先に「ごめん」と言って頭をさげた。
「どうして君が謝るの?」
「来主に嫌な思いをさせた。こじれる前に、もっとうまくフォローするべきだったと思ってる」
「ちょ、ちょっと待ってよ。嫌な思いをさせたのはぼくの方でしょ? なにも悪いことしてないのに、君が謝るのはおかしいよ!」
操はとっさにテーブルに両手をつくと立ち上がった。
悪いのは自分だ。一方的に不満をぶつけ、彼を無視して不快にさせた。だから今度こそ謝って、ちゃんと仲直りしたかったのに。それなのに、どうしてなにも悪くないはずの彼が頭を下げるんだろう。これでは操も立つ瀬がない。
「おかしくないさ。俺にも後ろめたいことがあるからね」
「後ろめたいこと……?」
「……来主に妬かれて、気分がよかった」
あの女の子には悪いけど──と付け加えた甲洋に、操は意味がわからず首をかしげる。
すると彼はバツが悪そうに肩をすくめ、どこか自嘲的な笑みを浮かべた。
「ヤキモチを焼かれて嬉しかったってこと。俺は焼く方の気持ちしか知らなかったから。その感情がどれほどつらいかも、よく知っているはずなのに……こんなに気持ちがいいなんて思わなかった」
あの子を泣かせてしまったとき、あんなふうに咎めておいて。その実、彼は心地よさを感じていたのだ。幼い少女を相手に独占欲をむき出しにした操に、愉悦すら覚えていた。
だから彼女が帰ったあとも、厳しい言葉をかけるだけでなんのケアもしなかった。ぐちゃぐちゃとした慣れない感情を処理できず、操が苛立っているのを知りながら。無視なんてガキ臭い真似を放っておいたのも、そのためだ。
自分のために心を掻き乱す操が可愛くて、喜びの方が勝っていたから。
「だからごめん」
再び頭をさげた甲洋に、操は唖然としてしまった。ずっと腹を立てていた自分が、まるでバカみたいに思えてくる。悔しさまでこみ上げて、操はじわりと涙を浮かべた。
「ぼくのこと、面白がって見てたってこと……?」
「そう思われても仕方ない。言い訳はしないよ」
「そんな、そんなのズルいよ……ぼく、ずっと苦しかったのに……!」
「本当に悪かった。だけど、そろそろ機嫌を直して欲しい。いつまでも来主に口を利いてもらえないのは、正直かなり堪えるよ」
「そんなの君の勝手じゃん! バカ! 甲洋のバカ!」
拳で乱暴に涙を拭っていると、その手をやんわり掴まれた。代わりに長い指先で、そっと涙を拭われる。
「じゃあ、どうすれば機嫌を直してくれる?」
問われて、唇を噛みしめた。甲洋はうつむきがちで、自分より背の低い操に向かって上目遣いを向けている。唇は笑みをかたどってはいるけれど、眉は弱ったように下げられていた。
本当にズルいと、操は思う。まるで手のひらで転がすような真似をしたくせに、熱々のコーヒーをすべてこぼしてしまうくらいには、無視されて参っているのもまた事実だなんて。
「……なんでもしてくれるの?」
逆に上目遣いで問いかけると、甲洋は笑顔のまま頷いた。
「じゃあ……あの子には絶対しないこと、ぼくにして。今すぐ、ここで」
ただで起きるのは癪だった。少しくらい彼を困らせてやらないことには、操の気が収まらない。
「ここで?」
「してくれないなら、もう知らない」
自分たちにとって、ここは大勢の客をもてなす仕事場だ。たとえ二人きりであったとしても、甲洋が店で操に手を出してきたことは一度もない。
だからどうせできっこないに決まってる。そうたかをくくっていたら、彼は意外にもあっさり「わかった」と言って頷いた。
「えっ?」
自分から仕掛けたくせに驚いていると、手を引かれて抱き寄せられた。片腕がしっかりと腰にまわり、あごに添えられた手によって上向かされる。そして奪うように口づけられた。
「んぅ……っ!?」
戸惑う唇の隙間から、甲洋の舌が潜り込んでくる。表面を何度も擦り合わせるように舐められたと思えば、裏側をくすぐられて背筋が震えた。
いささか強引ともいえる口づけは、幾度も角度を変えながら呼吸する間も与えてくれない。あごに添えられていた手がうなじに回り、しっかりと固定されて顔を背けることもできなかった。
「んんッ、ぁ……、ふぁ……!」
ちゅうっと音を立てて舌先を吸われると、芯を抜き取られたように震えた身体から力が抜けた。
甲洋の肩に縋らせていた両手を、とっさに首に回してしがみつく。するとその途端、小刻みに震えていた膝の裏を強い力にさらわれた。
「ッ、ぁ……!?」
一瞬ふわっと身体が浮いたかと思うと、テーブルの上に座らされた。目線がわずかに甲洋を見下ろす位置まで高くなり、下からすくい上げるようにしてまた唇を奪われる。
操は彼の首に両腕を回したまま、今度は自らも舌を差しだした。まるで競うように絡め合い、夢中になって互いを貪る。
(ほんとに、ここでするんだ……)
痺れたようにぼぅっとする頭で、操はあの女の子のことを思いだしていた。
テーブルを消しカスでいっぱいにして、嫌いなはずの勉強を楽しいと言っていたあの子の心は、甲洋への好きでいっぱいに溢れていた。
彼女が大好きな優しい甲洋お兄ちゃんは、店でこんな悪いことをするようなやつなのに。彼と今からすることを想像しただけで、ゾクゾクとした背徳感に下腹が熱くなる。
「はぁっ、ん……ねぇ、脱がせて……」
息を弾ませながら言った操に、甲洋が「いいよ」と言って微笑んだ。
彼は畏まったようにひざまづき、操の靴を片方ずつ脱がせると、律儀に靴下まで脱がしていく。
その手つきをドキドキしながら見守っていると、次はズボンのホックを外された。下着ごと脱がせようとするのを、自らも腰を浮かせて軽く補助する。丁寧に片足ずつ引き抜かれ、床に下着とズボンがパサリと落ちた。
「……キスして」
さらに命じると、甲洋は操の右足首を持ち上げて、土踏まずにも手を添えながら甲の部分にキスをした。
そのまま皮膚に唇を這わせ、何度も音を立ててキスをしながら、徐々に上へと移動していく。膝小僧までたどり着くと、太ももの内側にまでキスをして、じわじわと舌を這わせていった。
「んっ……んぅ、ぁ、……は、ん……」
くすぐったさの中にある甘ったるい性感に、操の爪先がぎゅっと丸まる。
左ももをゆるゆると撫でさするだけだった甲洋の右手が、ゆるく兆している陰茎にそっと触れた。
「あぅ……っ、アッ、そこ……っ、やっ、ぁ……!」
右ももの付け根ギリギリのところを吸ったり舐めたりされながら、大きな手でしごかれる。弾力を帯びていく陰茎から、溢れた先走りがくちゅくちゅと卑猥な音を響かせた。
「もっと、ぁ……ッ、もっと、ここで……最後まで、して……」
甲洋の身体がぐんと伸び上がってきたのと同時に、上半身をテーブルに押し倒される。彼は操の片足を肩に引っ掛けるようにしながら持ち上げて、なおも内ももにキスをしながらふっと笑った。
「仰せのままに」
月明かりに照らされて、欲情した甲洋の瞳が潤んでいる。自分も同じような目をしているのかなと、どこか遠くでそう思いながら覆いかぶさる甲洋を抱き返した。
「んっ、ぁ、……はぁ、ぁ……っ」
操の首筋に顔を埋めた甲洋が、ちゅ、ちゅ、と音をたてて薄い皮膚を愛撫する。片手は操の陰茎をしごき、もう片方の手は重ね着したトレーナーの中をまさぐって、乳首の片方をこねくり回す。
「やぁ、あっ……ッ、ぁん、だめ……甲洋、だめぇ……っ」
「どうして? なにがダメなの? 来主」
「あっ、くぅ、ん……っ、ゃ……」
耳元で囁かれた声にすら身を震わせて、操は首を左右に振った。
「だってぇ、ぁ……っ、きもちくて……イッちゃう、からぁ……」
「いいよ、イッても」
「やだ、いや……だってぼく、甲洋のでイキたいんだもん……!」
ごくりと、甲洋が喉を鳴らす音がした。
M字に立てた両足の中心では、奥まった場所が疼いている。穿たれる快感を知っている孔は、すでに女のように濡れていた。甲洋との行為を重ねていくうち、変化する操の肉体がそうあることを望んだからだ。
「おねがい……はやく……」
とろんとした眼差しで急かす操に、甲洋は奥歯を噛みしめると心の中で「待って」と言った。彼にもあまり余裕がない。操の陰茎に触れていた指を奥へすべらせ、濡れた孔を探りはじめる。
「あっ、ぅ、ん……っ」
その刺激にキュッと窄まる孔を、長い指がじわじわとこじ開けていく。ゆっくりと慎重に抜き差ししながら、徐々に指を増やしていった。
「あぅ、アッ、ぁッ……いや、ぁ、はや……く、ねぇ、はやくぅ……!」
「ッ、わかったから」
甲洋の息も切羽詰まったように弾んでいた。彼は濡れた孔から指を引き抜き、自身の前をくつろげた。下着からいきり勃つ肉棒を取りだして、切っ先をヒクつく孔に押し当てる。少し圧をかけられただけで、そこはよだれを垂らしながら肉の先端を飲み込んだ。
「ひあぁっ、あ……ッ、くぅ、ん……、ぁ、すご、おっき、ぃ……ッ!」
操の両膝を割り開き、甲洋が奥まで塊を押し込んでくる。操はテーブルを爪で引っ掻き、背が浮くほど胸を反らしてその衝撃を受け止めた。
後孔にすべておさまりきると、痺れるような多幸感で満たされる。脈打つ甲洋を締めつけて、操は内ももでしっかりと彼の腰を挟み込んだ。
「ッ、くる、す」
操の身体の脇にそれぞれ手を置いた甲洋が、はぁ、と大きな息をつく。互いの肉が馴染むのにそう時間はかからず、彼は操と目を合わせると阿吽の呼吸で腰を揺らしはじめた。
「ふぁ……ッ、アッ、ぁ、こう、よ……ッ!」
最初は探るようにゆっくりと、硬くしこった男根がズルズルと引き抜かれ、また奥まで押し込まれる感覚に、操は大きく身震いをした。全身の皮膚が粟立ち、いっそヒリヒリするくらい感じてしまう。
甲洋がトレーナーをたくし上げ、ツンと尖った胸の片方に吸いついた。弱い場所を同時に責められ、操は彼の頭部を抱きしめながら嫌々と首を振る。
「やあぁっ、ん……ッ、アッ、それっ、それダメっ……、ぁ、好き、好きなの……っ、あんッ、ぁ、あぁ……っ!」
徐々に大きくなっていく動きに合わせて、テーブルが軋んだ音を立てる。
肉と肉がぶつかり合う音と、結合部から響く鈍い水音。圧倒的な質量が容赦なく操の弱いところを突き、濡れた肉路を力強く擦り上げていく。
「来主……来主……っ」
名前を呼ばれるだけでも、心ごとドロドロに溶けてしまいそうだった。操はいっそう甲洋にしがみつき、クロスした両足できつく彼の腰を締めつける。気持ちよすぎて、頭がどうにかなりそうだった。
「はぁっ、あん、ぁ……っ、こう、よ……ねぇ、好きって、言って……」
操を強く抱きしめて、甲洋が熱っぽい唇を耳の穴に押しつける。吐息混じりに「好きだよ」と囁かれ、尾骨から這い上がる痺れが甘く脳を蕩かした。
「くぅっ、ん……ぁっ、もっと、もっと言って……ぼくのこと、いっぱいいっぱい、好きって言ってぇ……!」
激しく揺さぶられながら、何度もねだってその背を掻き抱く。甲洋が繰返し「好きだ」と言って名前を呼ぶたびに、パチン、パチンと瞼の裏に星が散る。
「来主、来主」
「ふぁっ、ぁんッ、あっ、……ッ、とけ、ちゃう……とけちゃうよぉ……っ」
「好きだ、好き……来主のこと、誰よりも」
「うれ、し……はぁッ、ぁ……、ぼくもっ、ぼくもぉ……っ!」
君のことが一番大好き──そう言いたかったはずなのに、下肢へと伸ばされた甲洋の手が陰茎に触れたせいで、まともに言葉にすることができなかった。
彼は片腕にしっかりと操を抱いて、ズンズンと奥を穿ちながら腫れぼったくなっている性器をしごいた。もっとずっとこうしていたいのに、その大きすぎる快感は操を一気に絶頂へと追い込んでいく。
「やあぁっ、いく、だめ、だめぇ、もうイくぅッ……っ、あ、あぁ──ッ!」
ビクンッ、と激しく身体が跳ねた。甲洋の手の中で放逐された白濁が、下腹やテーブルにまで撒き散らされる。濡れた内壁がぎゅうっと収縮し、さざ波のように痙攣していた。
その刺激に腰を震わせ、甲洋が低い呻きをあげた。引き抜く間もなく、彼もまた操の中にすべてを吐きだす。
「ぁ、ぁー……っ、ぁ……、ふ……」
「はぁ……っ、ぅ……くる、す……っ」
ヒクヒクと余韻に震えて呆けたようになっている操の頬に、甲洋の右手が優しく触れる。操はその手に自分の手を重ね、甘えるように頬ずりをした。
「機嫌、なおった?」
唇同士を軽く触れ合わせたあと、甲洋が顔を覗き込んできた。機嫌なんかとっくになおっていたけれど、操はふと思いついて首を横に振る。もう一度、今度は額にキスを落とした甲洋が、「じゃあ次は?」と聞いていた。
「あのね」
「うん」
「ぼくと結婚して」
「結婚?」
操はこくりと頷いた。
「ぼくのこと、あの子より先に甲洋のお嫁さんにして」
「そこまで張り合う?」
「だってそうすれば、君のことずっと独り占めできるでしょ?」
すると甲洋は、珍しく頬を赤らめて目を丸くした。それからコホンと小さく咳払いをする。
「甲洋?」
「……準備をするから、ちょっと待ってて」
「あっ、ん……!」
ナカから性器が引き抜かれ、操はぶるりと身を震わせた。ほぅっと息をついていると、甲洋がテーブルの隅にあるナプキンに手をのばす。それをくしゃくしゃと丸めて柔らかくしてから、操の前と後ろをサッと清めた。
さらに自分のモノも軽く清めて、手早く身なりを整える。
「なにするの?」
不思議に思いながら起き上がると、甲洋は操のトレーナーの裾を引き下げて前を隠してくれた。そしてスタスタと店の片隅へと歩いていく。
なんだかよく分からないが、準備とやらには手間がかかるらしい。操はテーブルに腰掛けたまま、足をブラブラとさせて待つことにした。
甲洋が向かったのは、店の隅に置かれた丸い木製のテーブルだった。白いレース編みのテーブルクロスが敷かれており、その上には造花が刺さった花瓶がある。ピンク色をした、薔薇の造花の花束だ。
彼は花瓶から引き抜いた花束と、テーブルクロスを持って戻ってきた。それを操の頭にふわりと被せ、花束を両手に持たせる。
「これなに?」
「ブーケとベールの代わりだよ。来主は花嫁になりたいんだろ?」
「うん、なりたい!」
なにが起こるのかとワクワクしている操に、甲洋はまた小さく咳払いをした。こころなしか、さっきよりもどこか畏まった様子だ。
「指輪はないけど、それはいつかね」
甲洋は造花の花束を持つ操の両手を、自分の両手で包み込んだ。真剣な眼差しを向けられると、急に場の空気が厳かになった気がして、操も自然と背筋を伸ばす。
始まりの合図をするように、甲洋がすぅっと深呼吸をした。
「新婦、来主操。あなたは春日井甲洋を夫とし、病めるときも、健やかなるときも、命ある限り互いを支え、愛しあうことを誓いますか?」
「なにそれ? なにかの呪文?」
「来主……」
甲洋が大きなため息をつく。
「そこはちゃんと誓わなきゃ。俺たち結婚するんだろ?」
「うん、する! じゃあ誓うよ! 誓います!」
「よし」
「甲洋は? えっと、病めるときも、健やかなるときも……なんだっけ?」
いまいち締まりのない花嫁に、新郎はふっと苦笑する。それでもまっすぐに目と目を合わせて、「誓うよ、俺も」と言った。
「ねぇ次は? どうするの?」
「誓いのキスだよ」
甲洋は操の手を離し、レースの裾を軽く摘むと持ち上げた。裾が頭のてっぺんに来るように被せられると、薄く遮られていた甲洋の顔がよく見える。
有り合わせのウェディングベールと、ピンクの薔薇の造花のブーケ。甲洋は少し潤んだ瞳を細め、嬉しそうに笑みを浮かべて息を漏らした。
「本当に花嫁みたいだ。綺麗だよ、来主」
「えへへ。なんかよく分かんないけど、嬉しいよ」
肩をすくめて照れ笑いした操に、甲洋も照れたように肩をすくめた。互いに頬が赤くなっているのが、月明かりの中でよく分かる。
「じゃあ、するよ」
こくりとうなずくと、甲洋が操の両肩にそれぞれ手をやった。少し緊張した様子で顔を近づけてくるので、操も胸をドキドキさせながら目を閉じる。
さっきまで舌を絡め合う激しいキスをしていたのに、今更な気がしておかしな気分だ。
けれど柔らかく重ねられた口づけは、今までにない特別な意味を持っている。病めるときも、健やかなるときも。これはお互い一番に好きあっている同士が、ずっと一緒にいることを約束しあうためのキスだから。
「これで終わり?」
キスのあと近い距離で見つめ合ったまま、少しだけ首をかしげた操に彼は満足そうに頷いた。
「これで今日から、ぼくは甲洋のお嫁さんだね」
「そうだね」
甲洋の頬はほのかに赤いままだった。操の頬も熱いまま。こんなに幸せな気持ちになるのだから、あの女の子が憧れるのもよく分かる。だから自分があのときどれだけ彼女を傷つけたのかも、痛いほど理解できてしまった。そして甲洋にも。
「甲洋、ぼくもごめんね。ひどいこと言って、無視したりして」
「いいよ、来主は謝らなくても」
「それじゃダメだよ。あ、そうだ! ぼくもお詫びに、君のお願いなんでも聞くよ!」
操が身を乗りだすと、甲洋が目線だけ天井にやって「うーん」となにかを考え込んだ。それから「あ」と声をあげ、視線を戻す。
「来主のアップルパイが食べたいな」
「アップルパイ? そんなことでいいの?」
「あのとき食べそこねたからさ。俺だって悔しかったんだ」
「へぇ~、君って意外と食いしん坊だね」
「そういうことじゃなくってさ……」
参った様子で苦笑いを浮かべる甲洋に、操は声をあげて笑ってしまった。本当はちゃんと分かってる。彼は普段、まったく食べ物に執着しない。そもそも食べなくたって生きられるのだが、ヒトだった頃からそうなのだろう。
だけど、操が作ったスイーツだけは特別なのだ。
「いいよ! じゃあ、とびきり甘いのを作ってあげるね!」
造花の花束を持ったまま、甲洋のうなじに手を添えると引き寄せた。チュッと軽やかにキスすると、彼は目を丸くしたあと笑顔を見せる。そして純白のレースごと、操の身体を抱きしめた。
「楽しみにしてるよ」
甘いささやきに頷いて、操もまたしっかりと甲洋を抱き返す。
窓から射し込む月の祝福に、いつまでも優しく包まれながら。胸をいっぱいに満たす幸福が、どこにも逃げていかないように。
←戻る ・ Wavebox👏
送信者限定で🌊箱のお返事させていただきました🥰
絵文字ポチポチしてくださった方もありがとうございます~!!
絵文字ポチポチしてくださった方もありがとうございます~!!
「なにからなにまで悪いわね、甲洋くん」
食器を洗う手を止めて、ふと隣に目をやった。流し台の前に立つ甲洋のすぐ傍で、羽佐間容子がコーヒーを淹れている。彼女もまた手を止めて、申し訳なさそうに眉をハの字にしながら微笑んだ。その瞳に、やんわり笑い返して首を振る。
「お風呂掃除までしてもらって……本当に助かったわ」
「いつも世話になっているのはこっちだから。どうか気にしないで」
「いいのよそんなこと。でも、ありがと。甲洋くん」
「こちらこそ」
容子にはショコラを預かってもらったり、普段からなにかと助けられてばかりいる。今日も閉店後にショコラの迎えがてら操を送り届けると、そのまま夕食に誘われた。
ちょうど支度の途中だったらしく、出来上がるまでゆっくりしているようにと言われた甲洋だったが、なんとなく手持ち無沙汰になってしまい、浴室の掃除を買って出た。
ちなみに操はキッチンに立つ容子にベッタリと張りつき、「ぼくもお手伝いする!」と言ってせっせと摘み食いをしていた。それは手伝いとは言わないのだが、本人は役に立っているつもりなのだから、本当に困ったやつである。
「さ、コーヒーにしましょ。座って、甲洋くん」
食器洗いが終わると、促されるままテーブルについた。
操は真っ先に夕飯を平らげたあと、すぐに風呂へ行ってしまったため不在だ。戻ってこないところを見ると、部屋に上がってしまったのだろう。俺のほうがよっぽど息子っぽいことをしてるんじゃ? と思わないこともなかったが、一般的にあのくらいの年頃の少年ならば、家事を母親任せにするのはごく当たり前のことなのかもしれない。
操は一般的な少年の枠には当てはまらないし、甲洋もまた一般的な少年らしい扱いを受けたことがないので、想像でしかないのだが。
「そうだわ」
向かい合ってコーヒーを飲んでいると、容子が両手を軽くポンと胸の前で合わせながら言った。
「掃除までしてもらったんだもの。せっかくだし、甲洋くんもお風呂に入ってちょうだい。操ももう上がった頃だろうし」
「いや、俺は」
「いいじゃない。どうせなら今夜は泊まっていくといいわ」
言いながら、容子はソファの方へ目を向ける。甲洋も釣られて目線をやると、そこには仲良く寄り添って眠るショコラとクーの姿があった。いつもなら帰る頃合いを見て甲洋の足元にいるはずなのに、今夜はショコラもそういう気分なのかもしれない。一緒にご飯をもらい、腹も膨れて完全に熟睡モードに入っている。
「起こすのは可哀想よ。ね?」
小首を傾げるようにして笑った容子に甲洋もつい小さく笑い、今夜ばかりはお言葉に甘えることにした。
*
脱衣所は電気がつけっぱなしになっていた。浴室も曇りガラスの向こうは煌々と明かりがついており、湯気で白く煙っている。風呂蓋が開けっ放しになっているのだろう。
床には脱ぎ散らかした衣類が散乱しており、甲洋はやれやれと息をつきながらそれらを適当に拾い上げると、洗濯機の上に設置されたカゴの中にすべて放り込んだ。
服を脱ぎ、軽く畳むとカゴの横に置かせてもらった。泊まると言っても着替えの用意がないので、上がったらまたこれを着るより他にない。
浴室のドアを開け、真っ白い湯気と石鹸の香りが立ち込めるなか足を踏み入れた、その瞬間──
「わっ、なに!?」
という声がして、甲洋は思わず肩を跳ねさせながら息を呑んだ。
「!?」
そこには全身を泡まみれにした操の姿があった。床に直接ペタンと女の子のように座りこみ、目をまんまるにしてこちらを見上げている。
「なんで君が入ってくるの? ここぼくんちのお風呂だよ?」
まったく気がつかなかったことに、自分で驚く。彼はずいぶん前に風呂に行ったはずで、とっくに上がって自室に戻ったとばかり思いこんでいた。操も操で、甲洋はすでに帰宅したものと思っていたのだろう。不思議そうに首を傾げてキョトンとしている。
(うわ……)
その姿に、甲洋は言葉を失くして立ち尽くすことしかできなかった。
操とは幾度となく身体を重ねてきた仲だ。裸くらい見慣れているはずなのに、今の彼が晒す姿態は、あまりにも扇情的で目に毒すぎた。
少年と少女の境目で迷う肢体に、まとわりつく白い泡。胸や身体の中心の大事な場所が絶妙に隠され、見えそうで見えないその危うさに思わず喉を鳴らしてしまう。赤い頬に張りつく濡髪でさえも艶かしくて、みずみずしい色気がそこにはあった。
「ッ、ごめん」
このままでは非常に不味いことになる。変な気を起こす前に回れ右しようとした甲洋だったが、操の「待って!」という声に引き止められて、つい動きを止めてしまった。
「それよりこれ見て! これ! この四角い石鹸! こないだフリーマーケットで交換してきたやつ! すごくない!?」
「ッ、は……?」
「ほら! ほら! すっごい泡立つの! ぼく楽しくなっちゃって! ずっとスポンジであわあわしてたの!」
操は目をキラキラとさせ、固形石鹸とスポンジを両手でこねくり回している。モコモコモコッと真っ白な泡が膨らんで、床にまでモコモコが大量に流れだしていた。
すぐ横にはお湯が張られた風呂桶があり、水分がなくなるとそこにスポンジを突っ込んで、潤いを足すとまたモコモコさせる。
彼は今の今まで、ひたすら無心でこの作業に没頭していたのだろう。甲洋が気配すら察せないほど、それはそれは熱心に。身体はほとんど泡に埋もれているようなものだし、浴槽から上がる湯気もあいまって、外から見ると浴室全体が白く染まって見えたのだ。
これじゃ気づかなくても仕方ない──と、甲洋は心のなかで言い訳をした。
「わあぁ……すごいすごい! ねぇ、君もやりなよ!」
「いい。俺はもう出ていくから」
動揺していることを表に出せば、逆におかしな空気になりそうで嫌だった。平静をフル稼働で装いながら言うと、操が不満そうに唇を尖らせる。
「なんでぇ? 楽しいよ? 一緒にやろうよ」
「いいから。ゆっくり入ってていいから。じゃ、俺はこれで──」
踵を返そうとした、そのときだった。床にこんもりと山になっている泡に足が滑って、甲洋は一気に体勢を崩してしまった。
「──ッ!?」
とっさに後手にドアの取手を掴んだものの、バンッと音を立てて締まっただけで、180の長身は勢いよく前のめりに崩れ落ちる。
「えっ、ちょっと!? うわっ……!」
ペタンと床に座り込んでいた操は、迫ってくる甲洋から逃げようとしてとっさに腰を浮かせた。が、あまりにも一瞬のことで、とても間に合うはずがない。
「ッ──……!?」
操の背に覆いかぶさる形で倒れた身体に、凄まじい衝撃が走る。痛みともつかない電流のような感覚は、主に局部を中心として一気に全身に広がった。
「ぁ、え……?」
ふたり同時に呆然として、頭を白く染め上げる。信じられないことだが、甲洋のブツが操の尻に、それは見事にズップリと突き刺さっていた。
予期せぬラッキースケベに、密かに反応してしまっていた甲洋のイチモツ。あわあわのヌルヌル状態になっていた操の尻孔。ある意味、準備万端だったと言えなくもない(?)──が、こんな超展開、よく広告でありがちなエロ漫画でしかお目にかかったことがない。
「な、な、なに!? なんで!? なんでちんちん挿っちゃってんの!?」
思考が完全に停止している甲洋の下で、操が混乱しはじめる。
「ちょ待っ、く、来主、暴れな……ッ、あ、ぅ……っ」
「はぅッ、ん! ぁッ、ば、バカバカ! 動かないでぇっ!」
なにがなんだか分からないまま合体してしまったが、互いに知り尽くしている身体はあまりにも正直だった。身じろぎひとつで快感を拾いあげてしまう。もういっそのこと、このまま一発いたしてしまうより他にないのでは? と開き直りかけていたそのとき、
「甲洋くん、着替えここに置いておくわね」
と、曇りガラスの向こう側から声がした──。
「ッ!?」
「操の服だけど、少しサイズが大きいみたいなの。甲洋くんなら丁度いいと思うわ」
容子だ。わざわざ扉を開けるとは思えないが、隔たりは曇ったガラス扉一枚である。甲洋は背筋が凍りつくような感覚を味わい、とっさに操の身体を抱き込むと浴槽の中に飛び込んだ。
「ヒッ……~~っ!!」
ザブン、という大きな音が響き渡る。心で直接「ごめん」と謝罪しながら、その振動と衝撃に悲鳴をあげる寸前だった操の口を片手で塞ぐ。
「むぐ、ッ、う、ぅぅ……っ──ッ!」
「あら? もしかして操も一緒なのかしら?」
「す、すみません。ちょっと、はしゃいでしまって……」
「まぁ、そうなの? ふたりとも、遊んでないでちゃんとあったまらなきゃダメよ」
「はい……」
容子は微笑ましげに小さな笑い声をたて、「男の子がふたりいると大変ね」と言いながら去っていった。よもや男の子ふたりが性的に大変なことになっているとは思うまい。
脱衣所のドアが閉まる音を遠くに聞くと、甲洋はホッと深い息を漏らした。まだ心臓がバクバクしている。
「ごめん来主……いま抜くから……」
このまま一発どころの騒ぎではない。容子の声を聞いて正気を取り戻した甲洋は、操の口から手を外して自身を引き抜こうとした。今度こそ、そのまま浴室から出ていくつもりでいたのだが──。
「待っ、て! ダメ……!」
「ッ、く、来主?」
「いま、動いたら……ぁ、ダメ、ぇ……」
操は肩で激しく呼吸して、ブルブルと身を震わせていた。全身を薄紅色に染め上げて、背中を丸めながら浴槽の縁にしがみついている。甲洋は目を見張り、興味本位から操の中心に手を伸ばしてみた。ピンと張りつめ、かすかに脈打っているのが分かる。
甲洋のブツを腹に収めて、操の身体は完全に火がついていた。おそらく浴槽に飛び込む際、先端が彼の泣き所を突き上げてしまったのだろう。
「ばか、ぁ……こよの、ばかぁ……っ」
涙をいっぱいに溜めた瞳で睨まれて、いったん引きかけていた熱がカァッと頭のてっぺんまで駆けのぼる。同時にキュンキュンと締めつけてくる肉の感触に、甲洋は喉を鳴らして呼吸を震わせた。
「くるす……」
「やぁ、ん……ッ」
薄い胸を抱きしめて、耳の裏側に唇を押しつける。操の背が大きくしなり、甘ったるい声が浴室に反響した。
甲洋は片腕を伸ばし、シャワーの蛇口ハンドルを強くひねった。勢いよく噴きだすシャワーの音が大きく響き、浴室がさらに白く煙っていく。これなら少しくらい声をだしても、うまい具合に紛れるだろう。
「このまま、いい?」
一応は確認を入れると、操は潤んだ瞳を甲洋に向けながらこくんと頷いた。それを合図に唇を重ね、互いに舌を絡ませる。小さな舌を吸い上げながら軽く腰を揺らしただけで、操の喉からくぐもった可愛い悲鳴が漏れだした。
「ひゃぅ、んッ! ぁふ……ッ、ぁんっ、んっ、んっ……!」
はじめは小さく、ゆっくりと腰を揺らすと、操の腰も揺れだした。動きに合わせてお湯がタプンタプンと波打って、浴槽の外に溢れだす。
甲洋は操の身体が浮いてしまわないように両手で腰を掴むと、抽挿を深く大胆なものにしていった。穿てば穿つほど操が鳴いて、立ち上る熱気に脳が煮えていくようだった。
「はんッ、あ、ぁ! ん、きもち、ぃ……っ、ぁッ、お湯が、ナカにぃ……っ」
『 そんなに大きな声を出したら、容子さんに気づかれるよ 』
口には出さずに心の中で意地悪く囁くと、操はハッと息を呑んで首を左右に振った。
「やっ、やっ、ダメッ、おかぁさん、ダメなの……っ、お風呂で、こんなこと……悪い子って、思われちゃうよぉ……ッ」
『 なら、我慢しなきゃね 』
注意を促す言葉とは裏腹に、わざと弱い場所を狙って突き上げた。ビクン、と大きく身悶えた操が、背を反らして「きゃぅんっ」と甲高い悲鳴をあげる。
突きだされた胸に片手をやると、赤く尖った乳首のひとつを乳輪ごときゅっと摘み上げた。甲洋の肩に預けられた操の頭が、また嫌々と水滴を振りまきながら左右に振られる。
「はぅッ、ぁ! ァッ、そこダメ、いじめないで、引っ張っちゃ、やぁ……っ」
「まだ石鹸でヌルヌルしてる。逃げないで来主、うまく摘めない」
「ゃんッ、ァ……っ、きも、ち、ッ、ぁ、おかしく、なっちゃ……ッ」
粒だけを摘もうとしても、指先が滑ってうまくいかない。弾かれるたび、勃起した乳首がぷるんと跳ねる。もどかしい刺激に、甲洋を食いしめる孔が切なげに収縮していた。絡みつく肉襞のうねりに、漏れそうになった低い呻きをどうにか噛み殺す。
本当はもっとじっくりと味わいたいのに、限界はすぐそこまで近づいていた。いつまた容子が来るとも限らない状況で、お互いバカみたいに興奮している。
「やら、ぁッ、ぼく……ぼく、もぉ、とけちゃうぅ……っ」
操の下腹に片手の平を押しつけると、出たり挿ったりを繰り返す肉棒の感触が、薄い肉越しに生々しく伝わってくる。さらにぐっと押し当てて圧迫すれば、操が口の端から唾液を漏らしながら瞳を濁らせ、ガクガクと激しく痙攣しはじめた。
「ふぁ、ぁ、それッ、ぇ……あ゛ッ、お腹、お腹のなか、甲洋のが……っ」
「来主……」
「ゴリゴリするの……ッ、あづい、ぁう……ぁ、んあぁ……ッ」
止めどなく立ち込める湯気と熱気に、視界がチカチカと点滅をはじめる。湯船から溢れ出すほど浴槽に満ちていたお湯が、絶え間ない抽挿によって随分と減ってしまっていた。
甲洋は操の身体を抱きしめると、小さな屹立を右手にきゅっと閉じ込める。強く穿つのと同じ速度で扱きあげると、操が両手で自らの唇を強く塞いだ。
「くうぅッ、んぐっ、んッ、うぅぅぅ──……ッ!」
「ッ、──ぅ……っ、ぁ……ッ」
奥の深い場所を叩くのと同時に、手の中で操の幼い肉茎がピク、ピク、と痙攣した。放たれたささやかな白濁が、石鹸混じりのお湯の中で小刻みに吐きだされる。震える身体を掻き抱いて、甲洋も獣のように呻きながらすべてをナカに注ぎ込んだ。
*
その後、甲洋はすっかりのぼせてヘロヘロに伸びている操の身体を清めると、自分もシャワーを浴びて浴室を出た。
操は脱衣所の壁に背中を預け、床に両足を投げだしている。服を着せなければと思ったのだが、どこを探しても見当たらない。洗濯機の上には容子が用意してくれた甲洋の部屋着があるだけだ。
「来主、着替えは? どこ?」
「んぅ~……ない……」
「ない?」
「だぁってぼく、お風呂上がりは服着ないもん~」
「えぇ……?」
いくら彼が人の常識が通じない存在で、容子とは親子関係を築いているとはいえだ。女性と暮らす家で風呂上がりに裸でウロウロするなんて、甲洋には考えられない話だった。
だが、そうは言っても無いものは無いんだからしょうがない。甲洋は先にシャツとスウェットを着用すると、棚の中から適当に大判のタオルを引っ張りだした。操の全身をすっぽり包み込み、ぐにゃりと軟体生物のようになっている身体を抱き上げる。そしてそのまま、2階にある操の部屋までワープした。
「ほら来主、しゃんとして」
部屋の中はちょうど街灯の光が窓からさして、うっすら明るく照らされていた。甲洋はタオルでグルグル巻になっている操をベッドに横たえさせたが、にゅうっと出てきた両腕によって首を抱き込まれ、なかなか離してもらえない。
「ん~、ぼくもう無理……眠いの……」
「わかったから、その前に服を」
「ねぇ~、抱っこしてぇ……いっしょに寝……よ……」
散々グズったあと、操はそのまま寝息を立てはじめてしまった。こてん、と頭は枕に落ちたが、両腕は未だしっかりと首をホールドしている。甲洋は中腰のまま動けなくなってしまった。
「俺はまだやることがあるんだよ……」
できることなら自分も一緒に眠りにつきたいところだが、石鹸まみれの浴室をあのままにしておくことはできない。浴槽のお湯は抜いて軽く流してはきたものの、容子が入浴できる状態にまで戻しておく必要がある。つまり、一から掃除のやり直しだ。
甲洋は操の腕を慎重に外していくと、ぐしゃぐしゃのタオルを取り去ってから上掛けをそっとかぶせてやった。まだ少し赤いままの頬にふっと微笑み、前髪を優しく払うと額に小さなキスをする。
「おやすみ来主。抱っこしに戻ってくるから、いい子で待ってて」
好きな子が母親と暮らす家で、好きな子の母親に隠れて、好きな子とセックスをした。その業の深さを腹の底にずっしりと据え、甲洋は再び浴室に戻っていった。
*
朝。小鳥のさえずりを遠くに聞きながら、甲洋はふと目を覚ました。腕の中では操がまだ眠っている。軽く握りしめた手を唇に押しつけ、すぅすぅと寝息を立てていた。
そのあどけない寝顔に小さく笑い、起こしてしまわないようにゆっくりと身を起こす。
(そういえば、けっきょく裸のままだったな……)
操が服も着ずに力尽きてしまったのは、甲洋が無理をさせた結果でもある。
甲洋はベッドから抜けだすと、適当に操の服を見繕うことにした。起きたらすぐに着られるようにと気を回したつもりだったのだが、洋服タンスの一段目を引き出した瞬間、我が目を疑った。
「な、なんだ? これ……」
そこにはぎっしりと、女性物の下着が収まっていた。柄やフリルのついた可愛いものから、布面積が極めて小さいセクシーなものまで、それは見事に揃い踏みだった。
(な、なんでこんな……これ、まさかぜんぶ来主のなのか……!?)
完全に動揺している甲洋は、隠しきれない興味も手伝って、つい下着を手に取ってしまった。右手に白いフリルのTバック、左手には総レースの黒い紐パン。くしゃくしゃの状態で入っていたものだから、取り出す際に絡まった何着かがパサパサと床に散乱する。
あまりにも小さくて薄い布としか言い表せないそれらを見下ろし、愕然としながらもふと過去の出来事を思いだす。
確か以前、操はクマちゃんプリントのお子様パンツを嫌がって、容子にもっとセクシーな下着がいいとワガママを言っていた。あれから時が経ち、まさか本当にゲットしていたなんて。しかもこれほど大量に。
(こんなの、一体いつはく気だよ……?)
少なくとも、甲洋はまだ一度もお目にかかったことがない。事に及ぶ際には、無難な男性用下着を着用している姿しか見たことがなかった。
果たして彼はいつ、どのタイミングで、こんなセクシー下着をつける気でいるのだろうか。あるいは甲洋が知らないだけで、普段からちょいちょい身につけているのか。よく分からないが、なんにせよ──
(今度……見せてもらおう……)
そう心に決めたら、途端にソワソワと落ち着かない気持ちになってしまう。ついつい素人は黙っとれ顔で想像を巡らせていると、ふいにコンコンと扉をノックする音がしてギョッとした。
「ッ──!?」
「操、甲洋くん? 朝ご飯の用意ができたわ……よ……?」
ガチャリと開かれた扉から、容子がひょっこり顔を出した。両手にパンティを持って絶句する甲洋を見て、彼女もまた凍りついたように絶句する。
(う……嘘だろ……?)
なんとも形容しがたいムード。サーッと血の気が引いていく。もっとも見られてはいけない姿を見られてしまった。夢なら早く醒めてくれと願いながら硬直していると、「ふぁ~」という間抜けな声を漏らして操が起き上がった。
「よく寝たぁ。あ、おかぁさん、おはよー」
甲洋の全身に、ドッと嫌な汗が噴きだした。これはさらに不味いことになったような気がする。
容子の目からしたら、可愛い息子の部屋でパンティを両手に持った男が立ち尽くし、当の息子はベッドで素っ裸なのだ。あげく、床にまでパンティが散らばっている。どう控えめに見たって事案が発生しているようにしか見えない……というか、実際に発生しているのだからもはや釈明のしようがない。
(あ、終わった……)
天井を仰ぎ見て、深く息を吐きだした。すると異様な空気に首を傾げていた操が、甲洋が手にしているものを指差して「あー!」と眉を吊り上げる。
「なにしてんの君! それぼくの大事な秘密コレクションだよ! もしかして君もそれはきたいの!? 絶対ムリだよハミ出しちゃうもん!!」
「もっとややこしいことになるだろ! そんなわけあるか! っていうか、秘密にしとく気があるなら引き出しの一番上に入れとくな!」
珍しく声を荒げた甲洋は、顔面蒼白で震えながら恐る恐る容子を見た。ちなみにパンティは未だ両手にしっかり握りしめたままだ。すると彼女は、
「話はゆっくり聞かせてもらうわ。ちゃんと説明してくれるのよね? 甲洋くん」
と言って、にっこり笑った。
有無を言わさぬその圧に、甲洋はただ項垂れるようにして首を縦に振ることしかできなかった。
その後──。
甲洋は秘めていた操との関係を、すべてカミングアウトすることになった。
操は終始キョトンとしていたが、容子は「そんな気はしてたのよ」と言いながら、イタズラっぽく肩を揺らして笑っていた。
こうして二人は晴れて母親公認のもと、正式にお付き合いをすることになったのである。
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