2025/06/16 Mon 楽園(二号店)での業務を終えると、甲洋はショコラを連れて操を羽佐間容子が待つ家に送り届ける。 未だにショコラに苦手意識をもつ操は渋い顔をするが、楽園から羽佐間家はここのところ寝ていることが多くなってきたショコラをのんびり散歩させるのにも、ちょうどいい距離だった。 羽佐間家ではそのまま夕食に誘われることがほとんどだった。 その日も容子の厚意をありがたく受けた甲洋は、お喋りな操と声を立てて笑う容子のふたりを見守りながら、まるで本当の家族のような団欒を楽しんだ。 「操、今日から入浴剤を新しくしたのよ。お風呂、今夜は早めに入っちゃったら?」 食後、床に寝転んで白猫のクーと戯れていた操に、風呂の支度を済ませて戻ってきた容子が優しく声をかけた。 腹の上にクーを乗せ、その背中の毛をわしゃわしゃと逆撫でていた操は起き上がり、ニッコリ笑って「はぁい」と元気に返事をする。ようやく子守から開放されたクーは「ニャー」とひと鳴きし、ソファへ移動すると毛づくろいをしはじめた。 「新しい入浴剤ってなに? お母さん」 「昨日までは薔薇の香りだったでしょ? 今度は柚子にしてみたの」 「ふぅん。お湯の色も変わった?」 「見てみれば分かるわよ」 「わかった! じゃあ行ってくるね!」 ウキウキとした様子で操がリビングを飛び出していく。 「肩までしっかりあったまるのよ」 「はぁい!」 テーブルで食後のコーヒーをご馳走になっていた甲洋は、微笑ましい親子の会話に目を細めて笑うと席を立つ。一緒にご飯をもらったあと、足元で寝そべっていたショコラがスッと顔を上げた。 「それじゃあ、俺はそろそろ」 「あ、待って甲洋くん」 すると容子は少し焦った様子で甲洋を引き止めた。 なにごとかと目を軽く瞬かせると、彼女は眉をハの字にして肩をすくめる。 「ちょっとね、相談したいことがあって」 「相談?」 「ええ……コーヒー、もう一杯どうかしら?」 「じゃあ、いただきます」 容子は甲洋の返事にホッとした表情を浮かべると、テーブルの上から空のカップを手に取った。 操のことだろうなと察しつつ、再び椅子に腰掛けようとした──そのとき 「お母さぁん!」 と、声を張り上げながら、眉を吊り上げた操がドタバタと戻ってきた。全裸で。 「!?」 「あら、どうしたの?」 「ぼくのパンツ、これじゃないのがいいっていつも言ってるじゃん!」 操はプリプリと怒りながら、手に掴んでいるパンツを高く持ち上げた。それはいかにもキッズな白ブリーフに、ポップなクマちゃんの顔がプリントされたものだった。 容子チョイスのお子様パンツにも目を剥いたが、いくら親子という肩書があるとはいえ、女性の前で全裸をさらす姿にいたたまれなくなった甲洋は、即座に脱衣所にワープして、タオルを手にとるとまたワープで戻った。そしてそのタオルを操の腰に手早く巻きつけ、ふぅ……と息をつく。(この間およそ3秒) その間も、親子の会話は平然と続いていた。 「いいじゃないの。いったいなにが不満なの?」 「こんなパンツは嫌だよ! そうしがはいてるのと一緒じゃん!」 流石にこれはなぁと、甲洋も心の中で操の意見に同意した。中身は幼子も同然だが、見た目は年頃の少年である。普段大人に囲まれて労働だってしているし、よちよち歩きの域を出ない総士と同じ扱いというのも、確かに複雑だ。クマちゃんプリントのキッズパンツには、いくらなんでも抵抗があるだろう。 「困ったわね……じゃあどんなパンツがいいの?」 「黒の紐パンがいいんだってば! こないだから言ってるでしょ!」 「!?」 え、待ってお前そういうの好きなの? 背伸びしすぎでは……っていうかそれ本当にはく気? う、嘘ぉ……と、甲洋は内心激しく動揺したが、死んでも顔には出さないよう頬肉をピクピクさせながら必死で堪えた。気を抜くと想像してしまいそうでヤバい。(むっつり) 「それはあなたにはまだ早いわ。刺激が強すぎるもの。ねぇ甲洋くん?」 「なぜ俺に同意を求めるのか」 「あのねお母さん、甲洋は白いフリフリパンツの方が好きなんだって」 「あらそうなの? でも、確かにそんな感じよねぇ」 「今月の給料は0だよ、来主」 「えぇ!? なんでぇ!? 本当のこと言っただけなのに!」 癖(へき)を読まれたあげくにバラされて、ちょっと泣きたくなってしまった甲洋だったが、気を取り直すように軽く咳払いをすると容子を見た。 「無難に無地とか、チェックのトランクスでいいのでは?」 すると容子に「甲洋くんはそれでいいの?」と、なぜかとても心配された。 いやあの、いざってときにクマちゃんプリントも複雑すぎますお義母さん……と思ったが、深く突っ込んでいると話が終わりそうにないので、甲洋は操を見ると『さっさと風呂に入りな』と心通信を送った。操は甲洋に向かってベーッと舌を出し、「ふんだ!」と言って廊下へ消えていく。 容子はそんな操にすっかり困り顔で、右手を頬にあてながら小さな息を漏らした。 「男の子を育てるって大変ね……」 そういう問題じゃねぇと、ここに御門零央がいれば格好よく言ってくれたかもしれないなぁと、甲洋は思った。 * その夜。 午前零時を少し過ぎたころ、甲洋は再び羽佐間家を訪れていた。 心を無にし、完全に閉ざした状態で木陰に身を隠す。するとキィッと音を立て、玄関の扉が開かれた。 操だ。彼はTシャツにベストとハーフパンツという姿で、辺りをキョロキョロと窺っては静かに家を抜け出した。 (なるほど) 容子の言っていた通りだ。 あのあと、ようやく静かになったリビングで彼女から受けた相談内容は、操が深夜にこっそり家を抜け出してなにかしているらしい、というものだった。 帰りはいつも朝方近くで、どこへ行っているのか尋ねても「秘密」としか言わないらしい。 心当たりはないかと問われたが、甲洋は首を左右に振ることしかできなかった。 なにか母親には相談しにくいことがあるのかもしれない。このままそっとしておくべきかどうかと、容子は頭を悩ませていた。 甲洋はそんな彼女を少しでも安心させることができるならと、操の動向を探ってみることにした。 実際、甲洋としてもちょっと気になっているのは確かである。 (まさかとは思うけど、彼女とか──?) あるいは彼氏、とか。 (……そんなわけ) しかしである。子供パンツを嫌だと言ったり、紐パンなんて破廉恥なものを穿きたがったり、それはもしかしてもしかしなくても、彼が色気づいているということの証拠ではないだろうか。 気合が入った下着を欲しがるということは、それを見せたい相手がいるということで── 「待て来主!!」 一体どこのスケベ野郎だろうかそれは。娘は絶対嫁にやらんぞと目を血走らせる父親がごとく、血相を変えた甲洋は操がタタターッと駆けていった方向に全力疾走した。 * たどり着いたのは『新・鈴村神社』だった。 真夜中、そして神社の境内といえば、やりたい盛りの田舎の高校生カップルが逢引する場所と決まっている。(偏見) 甲洋は石段を駆け上ると操の姿を探した。すると境内の一角にある手水舎のそばに、ちょこんとしゃがみこんでいる姿を捉えることができた。 他に人がいる様子はなく、甲洋はひとまずホッと息をつきながら静かに手水舎へと足を向ける。 「も~、待ってよ。順番だよ」 「ニャー! ウニャニャー!」 「わかったってば! ちゃんとみんなの分のちゅ~るあるから!」 「ウミャミャミャミャーイ!」 「そんなに美味しいんだ? ぼくも食べてみようかな」 そこには数匹の猫に囲まれた操の姿があった。 「……なにしてんのさ」 「わっ!?」 半ば呆れた気分で声をかけた甲洋に、猫まっしぐらになっていた操が肩を跳ねさせた。ちゅ~るをもらっていたらしい猫たちも、驚いて散り散りに逃げていく。 「なぁんだ君か……ビックリさせないでよ。あーぁ、みんな怖がって逃げちゃった」 「お前はここでなにをしてるの」 「見てわかんない? 猫集会だよ」 「猫集会って……」 「あ、また集まってきた」 猫は十匹近くいた。黒や白やブチや、様々な柄の猫たちが操と甲洋を囲むようにしてぐるりと円を描いて座りはじめる。 猫集会、というのはあれか。深夜に人知れず行われているという、野良猫たちの社交場のことか。そこで餌場などの情報交換を行っているとか、連携強化をしているとか様々な説があるらしいが、なぜそこに操が参加しているのだろう。 「ぼくもお呼ばれしてるんだ。ちゅ~るを持ってくる決まりだからね」 「ヤンキーの上下関係みたいになってない……?」 「お母さんには言わないで。誰にも言っちゃダメなんだ」 「はぁ……」 仮にもボレアリオスミールのコアである彼が、あの巨大空母の主であるエレメントが、野良猫たちに「焼きそばパン買ってこいよ」のノリでちゅ~るをカツアゲされているというのか。 それよりなにより、彼はいつの間に猫語をマスターしたのだろう。ショコラとは未だに和解できずにいるというのに、操は謎の能力を開花させているようだった。 「ゴロニャ~ゴ! ニャニャニャ~ゴ!」 するといかにもボスといった貫禄ある黒猫が、操に向かってなにやら声をあげはじめた。 「え~? うん、そう? え? ん~、別にいいけど」 「……この子はなんて?」 「君は犬の匂いがするから危険な存在だって。でも、モンプチを持ってくるなら次から参加してもいいってさ」 「俺までパシリにする気か……」 エレメント<<<<<越えられない壁<<<<<<野良猫の図が完成していた。 甲洋はやるせない気持ちになりながら溜息を漏らし、操の横にしゃがみ込む。懐っこい白黒のブチが、操の膝にスリスリと身を寄せて甘える光景を横目で見やった。 「ンニャ~? ンニャニャオ~ン?」 「え~? なにそれ?」 「ニャニャニャ~ン。ニャニャニャ~ゴ」 「ッ! ち、違うよ! ぼく甲洋のこと、別に好きじゃないし!」 「ンニャニャニャ~! ニャオォ~ンニャニャニャ~」 「本当だってば! そんなの知らない!」 一体なにを話しているのだろうか。 けれど珍しく頬を赤らめて焦っている操を見て、なにやら自分との関係性を冷やかされているらしいことは察することができた。必死で否定している様子に可笑しさを覚え、甲洋はあえて会話の内容を聞かず、思考を繋げることもしなかった。断ち切ったまま、こちらも悟らせないようにする。 「容子さんが心配してる。ほどほどにしておきな」 そう言って操の頭をくしゃりと撫でて立ち上がる。操はぶぅっと頬を膨らませ、それでも「わかってるよ」と言って同じく立ち上がった。 * 「ねぇ甲洋、ラブラブってなに?」 帰り道、羽佐間家の正面で立ち止まった操は、どこか解せないといった顔つきで甲洋を上目使いに見上げた。 「なに、急に」 「ぼくと君ってラブラブなの?」 「さっきの子がそう言ってた?」 うん、と操が頷いた。 ませた猫だなぁと感心しながら、甲洋は操を見つめるとそっと静かに目を閉じる。 「俺も、来主のことは好きじゃない」 「え!?」 おもむろに言い放った甲洋に、操は肩をビクーンと跳ねさせながら目を見開いた。そしてみるみるうちに表情を歪め、唇を噛み締めながらうつむいてしまう。 「嘘だよ」 「ほんと!?」 小さく笑いながら頷くと、今度はあからさまにホッとしたような顔をした。その百面相ぶりに込み上げる笑いを堪える。 操は「驚かさないでよ」と言いながら、右手で胸のあたりを押さえつけた。それからなにやら考え込み、眉間にシワを寄せて甲洋を見上げる。 「ねぇ、これってなに? 一瞬ここがぎゅっとしたんだけど……これがラブってこと?」 「お前がそう思うなら、そうかもね」 「ふぅん」 操はやっぱりまだ納得がいかない様子だった。 彼にはまだ分からないだろうなと、甲洋は思う。分かってほしくないような気もするし、だけど同時にもどかしさのようなものも覚えている。甲洋自身、きっとまだ持て余している最中なのだ。 その甘酸っぱさを、甲洋は知っている。だけどそのどこか宙に浮いた覚束ない感情が、今は心地いいとすら感じていた。 「……俺も聞いていい?」 しかしながら、どうしても気になっていることがある。 少し迷いながら切り出した甲洋に、操が目をくるりとさせながら首を傾げた。 「なに?」 「下着さ……黒の」 言いよどむ甲洋に、操は「紐パン?」とケロリとした顔で言った。 「……そう、それ」 「だってあれカッコよくない? お母さんだってときどきはいてるし」 「!?」 え、ちょ待っ、容子さ……え、う、嘘ぉぉ……と、知る必要のない事実を知らされてしまった甲洋は、心臓をバクバクとさせながら思わず塀に手をついた。今すぐ誰かに眠らせてほしい。そして都合よく記憶を消してほしい。 「なに? どうかした?」 「……来主、女の人がつけている下着の話は、誰彼構わずしていいものじゃない。覚えておいて」 「? うん、わかった! じゃあぼくもう帰るね!」 また明日! と元気に言って、操は家の中に入っていく。 残された甲洋はどっと押し寄せる疲労感に項垂れると、ワープして家に帰った。 ~その後~ 猫集会はなぜか神社から場所を楽園前に移し、甲洋は夜毎せっせとモンプチを準備させられることになった。 猫と操の謎会話を聞きながらカウンターで読書をしつつ、目の届く範囲にいてくれるならまぁいいかと妥協している。 約束通り猫集会のことは伏せつつ、なにも心配するようなことはないと伝えると、容子も安心したようだった。 そうして海神島での夜はニャーニャーと騒がしく、そして穏やかに過ぎていくのである。 ←戻る ・ Wavebox👏
未だにショコラに苦手意識をもつ操は渋い顔をするが、楽園から羽佐間家はここのところ寝ていることが多くなってきたショコラをのんびり散歩させるのにも、ちょうどいい距離だった。
羽佐間家ではそのまま夕食に誘われることがほとんどだった。
その日も容子の厚意をありがたく受けた甲洋は、お喋りな操と声を立てて笑う容子のふたりを見守りながら、まるで本当の家族のような団欒を楽しんだ。
「操、今日から入浴剤を新しくしたのよ。お風呂、今夜は早めに入っちゃったら?」
食後、床に寝転んで白猫のクーと戯れていた操に、風呂の支度を済ませて戻ってきた容子が優しく声をかけた。
腹の上にクーを乗せ、その背中の毛をわしゃわしゃと逆撫でていた操は起き上がり、ニッコリ笑って「はぁい」と元気に返事をする。ようやく子守から開放されたクーは「ニャー」とひと鳴きし、ソファへ移動すると毛づくろいをしはじめた。
「新しい入浴剤ってなに? お母さん」
「昨日までは薔薇の香りだったでしょ? 今度は柚子にしてみたの」
「ふぅん。お湯の色も変わった?」
「見てみれば分かるわよ」
「わかった! じゃあ行ってくるね!」
ウキウキとした様子で操がリビングを飛び出していく。
「肩までしっかりあったまるのよ」
「はぁい!」
テーブルで食後のコーヒーをご馳走になっていた甲洋は、微笑ましい親子の会話に目を細めて笑うと席を立つ。一緒にご飯をもらったあと、足元で寝そべっていたショコラがスッと顔を上げた。
「それじゃあ、俺はそろそろ」
「あ、待って甲洋くん」
すると容子は少し焦った様子で甲洋を引き止めた。
なにごとかと目を軽く瞬かせると、彼女は眉をハの字にして肩をすくめる。
「ちょっとね、相談したいことがあって」
「相談?」
「ええ……コーヒー、もう一杯どうかしら?」
「じゃあ、いただきます」
容子は甲洋の返事にホッとした表情を浮かべると、テーブルの上から空のカップを手に取った。
操のことだろうなと察しつつ、再び椅子に腰掛けようとした──そのとき
「お母さぁん!」
と、声を張り上げながら、眉を吊り上げた操がドタバタと戻ってきた。全裸で。
「!?」
「あら、どうしたの?」
「ぼくのパンツ、これじゃないのがいいっていつも言ってるじゃん!」
操はプリプリと怒りながら、手に掴んでいるパンツを高く持ち上げた。それはいかにもキッズな白ブリーフに、ポップなクマちゃんの顔がプリントされたものだった。
容子チョイスのお子様パンツにも目を剥いたが、いくら親子という肩書があるとはいえ、女性の前で全裸をさらす姿にいたたまれなくなった甲洋は、即座に脱衣所にワープして、タオルを手にとるとまたワープで戻った。そしてそのタオルを操の腰に手早く巻きつけ、ふぅ……と息をつく。(この間およそ3秒)
その間も、親子の会話は平然と続いていた。
「いいじゃないの。いったいなにが不満なの?」
「こんなパンツは嫌だよ! そうしがはいてるのと一緒じゃん!」
流石にこれはなぁと、甲洋も心の中で操の意見に同意した。中身は幼子も同然だが、見た目は年頃の少年である。普段大人に囲まれて労働だってしているし、よちよち歩きの域を出ない総士と同じ扱いというのも、確かに複雑だ。クマちゃんプリントのキッズパンツには、いくらなんでも抵抗があるだろう。
「困ったわね……じゃあどんなパンツがいいの?」
「黒の紐パンがいいんだってば! こないだから言ってるでしょ!」
「!?」
え、待ってお前そういうの好きなの? 背伸びしすぎでは……っていうかそれ本当にはく気? う、嘘ぉ……と、甲洋は内心激しく動揺したが、死んでも顔には出さないよう頬肉をピクピクさせながら必死で堪えた。気を抜くと想像してしまいそうでヤバい。(むっつり)
「それはあなたにはまだ早いわ。刺激が強すぎるもの。ねぇ甲洋くん?」
「なぜ俺に同意を求めるのか」
「あのねお母さん、甲洋は白いフリフリパンツの方が好きなんだって」
「あらそうなの? でも、確かにそんな感じよねぇ」
「今月の給料は0だよ、来主」
「えぇ!? なんでぇ!? 本当のこと言っただけなのに!」
癖(へき)を読まれたあげくにバラされて、ちょっと泣きたくなってしまった甲洋だったが、気を取り直すように軽く咳払いをすると容子を見た。
「無難に無地とか、チェックのトランクスでいいのでは?」
すると容子に「甲洋くんはそれでいいの?」と、なぜかとても心配された。
いやあの、いざってときにクマちゃんプリントも複雑すぎますお義母さん……と思ったが、深く突っ込んでいると話が終わりそうにないので、甲洋は操を見ると『さっさと風呂に入りな』と心通信を送った。操は甲洋に向かってベーッと舌を出し、「ふんだ!」と言って廊下へ消えていく。
容子はそんな操にすっかり困り顔で、右手を頬にあてながら小さな息を漏らした。
「男の子を育てるって大変ね……」
そういう問題じゃねぇと、ここに御門零央がいれば格好よく言ってくれたかもしれないなぁと、甲洋は思った。
*
その夜。
午前零時を少し過ぎたころ、甲洋は再び羽佐間家を訪れていた。
心を無にし、完全に閉ざした状態で木陰に身を隠す。するとキィッと音を立て、玄関の扉が開かれた。
操だ。彼はTシャツにベストとハーフパンツという姿で、辺りをキョロキョロと窺っては静かに家を抜け出した。
(なるほど)
容子の言っていた通りだ。
あのあと、ようやく静かになったリビングで彼女から受けた相談内容は、操が深夜にこっそり家を抜け出してなにかしているらしい、というものだった。
帰りはいつも朝方近くで、どこへ行っているのか尋ねても「秘密」としか言わないらしい。
心当たりはないかと問われたが、甲洋は首を左右に振ることしかできなかった。
なにか母親には相談しにくいことがあるのかもしれない。このままそっとしておくべきかどうかと、容子は頭を悩ませていた。
甲洋はそんな彼女を少しでも安心させることができるならと、操の動向を探ってみることにした。
実際、甲洋としてもちょっと気になっているのは確かである。
(まさかとは思うけど、彼女とか──?)
あるいは彼氏、とか。
(……そんなわけ)
しかしである。子供パンツを嫌だと言ったり、紐パンなんて破廉恥なものを穿きたがったり、それはもしかしてもしかしなくても、彼が色気づいているということの証拠ではないだろうか。
気合が入った下着を欲しがるということは、それを見せたい相手がいるということで──
「待て来主!!」
一体どこのスケベ野郎だろうかそれは。娘は絶対嫁にやらんぞと目を血走らせる父親がごとく、血相を変えた甲洋は操がタタターッと駆けていった方向に全力疾走した。
*
たどり着いたのは『新・鈴村神社』だった。
真夜中、そして神社の境内といえば、やりたい盛りの田舎の高校生カップルが逢引する場所と決まっている。(偏見)
甲洋は石段を駆け上ると操の姿を探した。すると境内の一角にある手水舎のそばに、ちょこんとしゃがみこんでいる姿を捉えることができた。
他に人がいる様子はなく、甲洋はひとまずホッと息をつきながら静かに手水舎へと足を向ける。
「も~、待ってよ。順番だよ」
「ニャー! ウニャニャー!」
「わかったってば! ちゃんとみんなの分のちゅ~るあるから!」
「ウミャミャミャミャーイ!」
「そんなに美味しいんだ? ぼくも食べてみようかな」
そこには数匹の猫に囲まれた操の姿があった。
「……なにしてんのさ」
「わっ!?」
半ば呆れた気分で声をかけた甲洋に、猫まっしぐらになっていた操が肩を跳ねさせた。ちゅ~るをもらっていたらしい猫たちも、驚いて散り散りに逃げていく。
「なぁんだ君か……ビックリさせないでよ。あーぁ、みんな怖がって逃げちゃった」
「お前はここでなにをしてるの」
「見てわかんない? 猫集会だよ」
「猫集会って……」
「あ、また集まってきた」
猫は十匹近くいた。黒や白やブチや、様々な柄の猫たちが操と甲洋を囲むようにしてぐるりと円を描いて座りはじめる。
猫集会、というのはあれか。深夜に人知れず行われているという、野良猫たちの社交場のことか。そこで餌場などの情報交換を行っているとか、連携強化をしているとか様々な説があるらしいが、なぜそこに操が参加しているのだろう。
「ぼくもお呼ばれしてるんだ。ちゅ~るを持ってくる決まりだからね」
「ヤンキーの上下関係みたいになってない……?」
「お母さんには言わないで。誰にも言っちゃダメなんだ」
「はぁ……」
仮にもボレアリオスミールのコアである彼が、あの巨大空母の主であるエレメントが、野良猫たちに「焼きそばパン買ってこいよ」のノリでちゅ~るをカツアゲされているというのか。
それよりなにより、彼はいつの間に猫語をマスターしたのだろう。ショコラとは未だに和解できずにいるというのに、操は謎の能力を開花させているようだった。
「ゴロニャ~ゴ! ニャニャニャ~ゴ!」
するといかにもボスといった貫禄ある黒猫が、操に向かってなにやら声をあげはじめた。
「え~? うん、そう? え? ん~、別にいいけど」
「……この子はなんて?」
「君は犬の匂いがするから危険な存在だって。でも、モンプチを持ってくるなら次から参加してもいいってさ」
「俺までパシリにする気か……」
エレメント<<<<<越えられない壁<<<<<<野良猫の図が完成していた。
甲洋はやるせない気持ちになりながら溜息を漏らし、操の横にしゃがみ込む。懐っこい白黒のブチが、操の膝にスリスリと身を寄せて甘える光景を横目で見やった。
「ンニャ~? ンニャニャオ~ン?」
「え~? なにそれ?」
「ニャニャニャ~ン。ニャニャニャ~ゴ」
「ッ! ち、違うよ! ぼく甲洋のこと、別に好きじゃないし!」
「ンニャニャニャ~! ニャオォ~ンニャニャニャ~」
「本当だってば! そんなの知らない!」
一体なにを話しているのだろうか。
けれど珍しく頬を赤らめて焦っている操を見て、なにやら自分との関係性を冷やかされているらしいことは察することができた。必死で否定している様子に可笑しさを覚え、甲洋はあえて会話の内容を聞かず、思考を繋げることもしなかった。断ち切ったまま、こちらも悟らせないようにする。
「容子さんが心配してる。ほどほどにしておきな」
そう言って操の頭をくしゃりと撫でて立ち上がる。操はぶぅっと頬を膨らませ、それでも「わかってるよ」と言って同じく立ち上がった。
*
「ねぇ甲洋、ラブラブってなに?」
帰り道、羽佐間家の正面で立ち止まった操は、どこか解せないといった顔つきで甲洋を上目使いに見上げた。
「なに、急に」
「ぼくと君ってラブラブなの?」
「さっきの子がそう言ってた?」
うん、と操が頷いた。
ませた猫だなぁと感心しながら、甲洋は操を見つめるとそっと静かに目を閉じる。
「俺も、来主のことは好きじゃない」
「え!?」
おもむろに言い放った甲洋に、操は肩をビクーンと跳ねさせながら目を見開いた。そしてみるみるうちに表情を歪め、唇を噛み締めながらうつむいてしまう。
「嘘だよ」
「ほんと!?」
小さく笑いながら頷くと、今度はあからさまにホッとしたような顔をした。その百面相ぶりに込み上げる笑いを堪える。
操は「驚かさないでよ」と言いながら、右手で胸のあたりを押さえつけた。それからなにやら考え込み、眉間にシワを寄せて甲洋を見上げる。
「ねぇ、これってなに? 一瞬ここがぎゅっとしたんだけど……これがラブってこと?」
「お前がそう思うなら、そうかもね」
「ふぅん」
操はやっぱりまだ納得がいかない様子だった。
彼にはまだ分からないだろうなと、甲洋は思う。分かってほしくないような気もするし、だけど同時にもどかしさのようなものも覚えている。甲洋自身、きっとまだ持て余している最中なのだ。
その甘酸っぱさを、甲洋は知っている。だけどそのどこか宙に浮いた覚束ない感情が、今は心地いいとすら感じていた。
「……俺も聞いていい?」
しかしながら、どうしても気になっていることがある。
少し迷いながら切り出した甲洋に、操が目をくるりとさせながら首を傾げた。
「なに?」
「下着さ……黒の」
言いよどむ甲洋に、操は「紐パン?」とケロリとした顔で言った。
「……そう、それ」
「だってあれカッコよくない? お母さんだってときどきはいてるし」
「!?」
え、ちょ待っ、容子さ……え、う、嘘ぉぉ……と、知る必要のない事実を知らされてしまった甲洋は、心臓をバクバクとさせながら思わず塀に手をついた。今すぐ誰かに眠らせてほしい。そして都合よく記憶を消してほしい。
「なに? どうかした?」
「……来主、女の人がつけている下着の話は、誰彼構わずしていいものじゃない。覚えておいて」
「? うん、わかった! じゃあぼくもう帰るね!」
また明日! と元気に言って、操は家の中に入っていく。
残された甲洋はどっと押し寄せる疲労感に項垂れると、ワープして家に帰った。
~その後~
猫集会はなぜか神社から場所を楽園前に移し、甲洋は夜毎せっせとモンプチを準備させられることになった。
猫と操の謎会話を聞きながらカウンターで読書をしつつ、目の届く範囲にいてくれるならまぁいいかと妥協している。
約束通り猫集会のことは伏せつつ、なにも心配するようなことはないと伝えると、容子も安心したようだった。
そうして海神島での夜はニャーニャーと騒がしく、そして穏やかに過ぎていくのである。
←戻る ・ Wavebox👏