2025/08/26 Tue 「来て、甲洋」 煮えくり返るような熱情に頭をクラクラとさせながら、甲洋はシャツを脱いで乱暴に投げ捨てた。 両手を小ぶりな尻へと這わせ、遠慮がちにゆるゆると揉みしだいてみると、操が「あん」と可愛らしい声をあげながら腰を揺らす。甲洋は息を荒げて喉を鳴らし、辛抱堪らず自身の切っ先を濡れた孔にあてがった。 「あっ、あぁ……!」 操の背が弓なりに美しい曲線を描いた。細腰を掴みながらゆっくりと前進させ、徐々に欲望を飲み込ませていく。熱い締めつけに再び襲われ、その快感にピリピリと皮膚を粟立たせた。 「今度は、ぁ、好きに動いて、いい、よ」 多分これ以上は入らないというところまで収めきったところで、操が甲洋を振り向きながら言った。甲洋は小さく「ん」と頷くと、不器用に腰を前後に動かしてみる。時おりズルリと抜けてしまいそうになりながら、それでもゆっくりと確かめるようにナカを穿った。 「あっ、ぁんっ! あっ、きもち、ぁ、いい……っ!」 操は淫らに腰を振り、あられもない声で甲洋を煽る。その反応は少しずつ大胆になる動きに合わせて、どんどん大きくなっていった。 「こう、よッ、すご、い! 上手……アッ、あぁっ、んぅっ!」 「は……っ、来主……、本当に、いい?」 「あは、ん、ぁッ、なん、でぇ? なんで、聞くのぉ?」 操が喘げば喘ぐほど、どうしてか焦りが生じはじめた。さっきまでは感動を覚えていたはずの淫らな反応に、苛立ちすら込み上げてくる。 甲洋が抱きたいのは【来主操】だ。【来栖ミサオ】のファンとして破格のサービスを享受するだけでは、すでに満足できなくなっていた。 だからわざとらしいリップサービスに腹が立つ。技術もへったくれもない男の腰使いに、あたかも感じたフリをする彼に。 「んぁっ、えっ、うわっ!?」 甲洋は操の腹に腕を回し、そのまま持ち上げるようにしながら立ち上がった。繋がった状態で器用にベッドに乗り上げると、ドスンと胡座をかいて背面座位の体勢をとる。 「な、なに? どうしたの急に?」 突然の体位変更に、操が首をひねって甲洋を見上げながら目を白黒させている。甲洋はなにも答えず、ベッドのスプリングの力を借りて下から操の身体を突き上げた。 「あはぁッ、ん! やぅ、ぁ、奥まで、すご、い……!」 自重で腹の奥を突かれることに多少の苦しさはあっても、どこかわざとらしい喘ぎに大きな変化はなかった。それでも操の性器はずっと勃起したまま形を保っていて、決して感じていないわけではない。だけどそれは彼がこなれているからで、甲洋が与える刺激は極致に至るほどの決定打には欠けている。 だったら仕掛けてやろうじゃないかと、甲洋は両手を薄っぺらい胸に這わせた。 「まっ、そこだめだって!」 ギクリと身を強張らせ、顔色を変えた操が甲洋の手を振り払おうとするのを、腰を揺らすことで遮ってやる。 「ぁうっ! ぁ、や……っ!」 人差し指で引っ掻くようにして何度も弾き、さらに親指を添えて摘み上げる。こよりを作る要領でひねりを加えながら、きゅっと強めに引っ張ってみた。 「やぁっ、ぁ、やめて、そこや……乳首、やだから……っ」 操の反応が明らかに変化した。やだやだと首を振り、弱々しく甲洋の両手を掴みながら切羽詰まった声をあげる。その間も腰をテンポよく動かし続けていると、とある一点を突かれた操の身体がビクンと大きく跳ね上がった。 「ッ、ぁ、ひっ……ッ!?」 「……今の?」 赤くなった耳に唇を押しつけて、吐息混じりに問いかけた。操はしまったという顔をしながら怯えた瞳で甲洋を見る。 「ゃ……だめ……」 蚊の鳴くような可愛い声だった。ゾクリとした感覚を覚え、加虐心に火がついてしまう。 少しずつ少しずつ角度を変えて器用に穿ちながら、甲洋が見つけたのは操が隠していた大事な場所だ。直腸内部の前立腺と、そのさらにもう少し奥。膀胱の後ろ側にあたる精のうを、甲洋の先端がいい具合にくじったようだった。 知識程度にしかなかったが、そこは男が女になってしまう場所なのだ。行為に慣れているこの身体なら、そこで得られる快感もすでに知っているのではないかという予想が当たった。 どうしてか感じすぎることを避けているこの子にとって、乳首と同様に秘めておきたかった場所のはずだ。甲洋は胸を踊らせ、口元に笑みを浮かべる。 「見つけたよ」 甲洋は操の腰を掴むと、見つけたポイントを意識しながら腰を揺さぶる。操は皮膚を総毛立たせて、逃げるように両手を前につくと指先や爪先でもがくようにシーツを引っ掻く。 「ヒ、ぃっ! やめ、やめてっ、ぁッ、そこやだ! そこ好きじゃない!」 やめてやめてと繰り返し叫びながら、操は嫌々と首を振って涙を流した。白い肌は余すところなく赤く染まって、どっと汗がふきだしている。 甲洋は胡座を崩すと膝をつき、しっかりと腰を固定しながらそこを執拗に攻め立てた。操の小さな屹立が、揺さぶられるリズムに合わせてぷるんぷるんと健気に跳ねる。先端からは絶え間なく蜜が溢れて、真っ白のシーツにシミを作っていた。 「や、め、いやぁ……! そこダメ、ダメなのぉ……っ!」 「どうして?」 「だって、だってぇ、ぁッ、ひん……ッ、ぁ、こわく、なっちゃう、からぁ」 「気持ちいいのが怖い?」 操は何度もこくこくと首を縦に振った。声は小さく掠れてすすり泣きに近くなっている。身体にも力が入っていない。骨を抜き取ったみたいにぐったりとして、シーツにしがみつくだけになってしまった。 「可愛いな、お前」 感じすぎるのが怖いだなんて。そんなことを言われたら、もっとめちゃくちゃにしてやりたくなる。こんなサディステックな一面が眠っていたことに、自分自身がいちばん驚いていた。 甲洋は動きを止めず、さらに操の弱みを突いた。さっきとは打って変わり、拙かった腰使いも一度コツを掴んでしまえばこっちのものだ。 「ひうぅ、ぁ……っ、なん、でぇ? やだって、言ってる、のにぃっ!」 涙でぐしゃぐしゃになった顔で、操がきつく睨みつけてくる。本当に気が強い子だなと感心しながらも、そこがたまらない魅力だと感じた。 「好きに動いていいって、そう言ったのは来主だよ」 「~~ッ!」 操が青ざめて言葉を失くした。本人は次も先に甲洋をいかせて、さっさと終わらせるつもりだったのだろう。しかしそのアテは外れてしまった。 素人の童貞を相手に、楽しそうに腰を振っていた姿はもはや見る影もない。それは甲洋の中で抑圧されていた征服欲を、存分に満たしてくれる。 しかしそろそろお喋りをしている余裕はなかった。ひどく震えている身体を揺さぶりながら、自らも極致を追いかけはじめる。 「あひっ……! あ゛ぁあッ! ぅ、あ゛ ぁっ……!」 繕うことができなくなった喘ぎは、発情したメス犬が吠えているかのようだった。この声をあげさせているのが自分なのだという心地よさに酩酊しながら、圧倒的な高波が一気に押し寄せてくるのを感じた。 「や、イグっ、イっちゃ……ッ、きもぢいのイヤ、あ゛ぁッ、ぁ、ごわいの、きぢゃうぅ、あ゛っ、あぁぁ……!」 「来主っ、俺も、イク……!」 性急になった激しい動きに、操が一瞬ギクリと身を強張らせる。 「待って、待っ! ナカやだ! 抜いて、出し……ひうぅっ!」 張りつめた声が訴えるのを聞いて、理性では腰を引き抜こうとしたつもりだった。けれどそのときにはもう甲洋は電流のような快楽に飲まれていて、とても間に合うものではなかった。 操の背をぎゅうと抱いて、中に熱いしたたりを注ぎ込む。まだ残っていたのかと思うほどに、射精感は長く続いた。 「あ゛ ……ッ、あー……、ぁ──……ッ」 操は甲洋にきつく抱かれたまま内腿を痙攣させ、口端から唾液を滴らせながら呻きをあげた。赤い屹立の先端から、水のような薄い液体をプシュ、プシュ、と吐き出して、小刻みに痙攣している。 長すぎる絶頂感に瞳を虚ろにさせ、やがてとろとろ垂れ流すように射精してシーツをひどく汚した。 「くる、す」 映像の中でも見たことがないようなイキ方に、今さらながらに戸惑いを覚えながらゆっくりと引き抜いた。操の身体がくったりと横倒しになり、なおも断続的に痙攣を続けている。 すると赤く熟れきった孔から、甲洋が吐いた白濁がぷくぷくと泡立つように流れ落ちてきた。 「ッ……!」 その卑猥すぎる光景に息を呑んでいると、一瞬だけ気をやっていたらしい操が息を吹き返す。鼻をすすり、涙を流しながら甲洋を見上げた。 「ひどい、よぉ……やめてって、言ったのに……ナカで出すし……バカぁ……」 「…………」 ごめん、と言ったつもりだが、まともに言葉にはなっていなかった。 小さいくせにふっくらと丸みを帯びた尻の谷間から、精液はなおも溢れ続けている。エロい。エロすぎる。ぐつぐつと、また脳が煮えはじめた。 「ねぇ聞いてる? ねぇって……え、待って。なんで? なんでまた勃ってるの?」 「……ごめん」 今度はちゃんと言葉になった。だけど甲洋はどこか呆然としていて、濡れそぼる孔から目を離すことができないでいる。 「嘘でしょ!? ちょっと、待っ……!」 「ごめん」 復活を遂げてしまった甲洋を見て、操がサァッと青ざめる。シーツを掴んで逃げだそうとするが、腰が抜けているせいでうまく身動きがとれないようだった。甲洋は完全に目をすわらせて、再び操の身体に覆いかぶさる。 「ヒッ……!? もも、もう無理! 無理だって! ねぇ、君って絶倫!?」 ──ごめん。 それしか言葉を知らないみたいに繰り返して、熱く蕩けきった蜜壺に再び切っ先を潜り込ませた。 * なんてことをしてしまったのだろうか。 甲洋はキッチンでしゃがみ込み、頭を抱えながら幾度となく溜息をついていた。 遠くから聞こえてくるのは、操が浴びているシャワーの音だ。 もう一時間以上は出てこない。自分が出してしまったものを処理しているのだと思うといたたまれず、甲洋はじっとしていることができなかった。ジーンズ姿で上は裸のまま、せっせと床掃除をして、シーツを取り替え、それでもなお間がもたずに再びキッチンでミルクを温めている最中である。 完全に正気と理性を崩壊させていた甲洋は、あのあとも操をさんざん泣かせ、またナカに出してしまった。操はただ揺さぶられるだけの人形のようになっていて、その痛々しくもある姿にいっそう興奮させられた。 なんて歪んだ性癖だろう。あんなものが自分の中に眠っていたなんて想像もしていなかったし、底なしの性欲にも呆れ返るばかりだった。 「終わったよな、完全に……」 ただのファンでいたいなんて、そんなことを思いながらホットミルクを作っていた数時間前。こんなことになるなんて思いもしなかった。 今はやらかしてしまったことへの虚無感に苛まれるばかりだ。操が出てきたら、なんと言えばいいか分からない。ただひとつ言えるのは、自分にはもうファンでいる資格はないということだけだった。 頭上からくつくつという音が聞こえて、甲洋は生気のない瞳を上げる。ミルクが煮えた。今さらこんなものを作ったところでなんになるだろう。それでも常備してある蜂蜜をたっぷり入れて、カップに注ぐとまた溜息を漏らした。 「うぅ~、もう最悪~……」 ちょうどのタイミングで、甲洋の部屋着を着た操が脱衣所から戻ってくる。サイズが大きいせいで、シャツやルームパンツの袖と裾が少し余っていた。 甲洋はギクリと身を強張らせながらも、壁に手をついて中腰になっている操に駆け寄り、その肩を抱いて支えた。ベッドまで連れていくと、彼はげっそりとしながら「もうダメ、眠い」と言って倒れ込んでしまう。 いっそこのまま眠ってもらったほうがいいような気がしたが、一応はキッチンへ戻ると熱々のカップを持ってきた。 「来主……よかったらこれ……」 「んぁ~?」 気の抜けた声をあげ、操が甲洋を見上げた。蜂蜜とミルクの匂いに鼻をスンスンとさせて、少しだけ表情を和らげる。 「飲むよ。好きだもん」 「熱いから、気をつけて」 「ん、ありがと」 にこりと笑って身を起こし、ベッドの上にぺたりと座り込んだ操は甲洋の手からカップを受け取った。両手で持って息をふきかけ、小さく口を窄めながらチビチビと飲みはじめる。 甲洋は床に正座してその様子を静かに見つめていたが、やがて項垂れると「ごめん」と言った。 「なんと言ったらいいか……とにかく、ごめん」 合意の上だったのは最初のうちだけだ。あとはすべて、自分本位にやりたい放題やってしまった。 操は丸い目で甲洋を見た。それから、きゅっと眉間にシワを寄せる。 「気持ちよすぎるのは、あまり好きじゃない。おれがおれじゃなくなるみたいで、怖くなるから」 「……うん」 「中出しも、気持ち悪いから嫌なんだ」 「……申し訳ない」 「撮影でだってしないよ、絶対。してるように見せてるだけ」 「本当にごめん……」 項垂れたまま、とにかく謝るしかなかった。他に言葉が見つからない。 すると操が飲みかけのホットミルクをそっと差しだしてきた。もう十分らしい。黙って受け取ってテーブルに置くと、しおしおと操を見上げる。叱られた飼い犬にでもなったような気分だ。 操は鼻からふぅんと息を漏らして、ベッドの縁をポンポンと叩いた。来い、という指示に従い、立ち上がると腰を下ろして身体を向ける。すると突然、ぎゅっと抱きつかれて目を見開いた。 「く、来主?」 「君のは気持ち悪くなかったから、いいよ」 「!」 「お腹は苦しかったけど」 「……ごめん」 操は甲洋の胸に埋めていた顔をあげ、ふにゃりとした笑顔を浮かべた。 「次はちゃんとゴムつけなくちゃね」 「へっ?」 次──とは、どういう意味だろう。測りかねて戸惑う甲洋が喉を詰まらせていると、遠くからスマホが着信を告げる音が鳴り響いた。 「あ、おれのだ」 「待ってて」 立ち上がった甲洋は壁にかけてあるロングダウンのポケットを探り、スマホを手にすると操に差しだした。彼は「ありがとう」と言ってそれを受け取り、ディズプレイに指先をスライドさせる。 「もしもし? うん、おれ」 おそらくマネージャーからの連絡だろう。操が話している間、甲洋は再びベッドの縁に腰をおろして黙り込んだ。頭の中は彼が言った「次」というワードでいっぱいになっている。 言葉通りに受け取るならば、またこの次があるということなのだろうか。 (……ないだろ、さすがに) 都合のいい解釈をしかけて、すぐにありえないと思いなおす。からかわれているだけかもしれないし、あれだけの無体を働いた自分がそれを期待するなんて、おこがましいにもほどがある。 「うん、わかった! じゃあね!」 やがて通話を終えた操がホッと息をついた。 「よかったぁ」 「なんだって?」 「今夜はもう遅いから、明日の朝に管理人さんに連絡してくれるって」 そう言いながら、操はごく自然に甲洋の肩にもたれかかってきた。まるで恋人同士みたいだなと胸をドキリとさせながら、甲洋もつい流れに任せて操の肩を抱いてしまう。 なんだか本当に恋人にでもなったような気になって、甲洋は完全に舞い上がっている自分を自覚した。これでは期待するなというほうがどうかしている。 「……仕事、もうやめれば?」 「え?」 「ッ! ぁ、いや……」 咄嗟に吐き出してしまった言葉に、自分で動揺した。それは束縛したい感情の現れで、言ってから激しく後悔する。甲洋はそんなことを言える立場ではないのだ。操にとってはただの隣人で、大勢いるファンのなかの一人に過ぎない。 何度目になるか分からない「ごめん」を口にすると、操がふふっと楽しげな声をあげて甲洋を見上げた。 「君ってさ、一回エッチしたらすぐに彼氏面するタイプ?」 「……だからごめんって。忘れて」 やっぱりからかわれているんだなと、落胆して顔を背けた甲洋は操の頬が赤くなっていることに気づかなかった。彼は少しだけ戸惑ったような表情すら浮かべているのだけれど、甲洋が横目をチラリと走らせるころには顔をうつむけてしまっていた。 「別にね、好きでしてるんじゃないんだ。この仕事」 「……それって」 やはり、なにか重たい事情があるということだろうか。 いつも想像を巡らせていた。家庭の事情なのではないかとか、悪い男に騙されているのではないかとか。あながち意味のない妄想というわけでもなかったのかもしれない。甲洋は痛ましい表情を浮かべながら操を見た。うつむいている姿に胸が痛む。 ずっと思っていた。自分なら決して悲しい思いはさせない。なにがあっても苦労なんかかけないし、絶対に守ってみせるのにと。 (俺にできることが、なにかあるかもしれない) もし操が、心のどこかでは助けを求めているのなら。その理由さえ、話してくれたなら── 「だってお金いっぱいもらえるんだもん。お金があったら、新しい服だっていっぱい買えるでしょ?」 顔をあげた操は、実にのんきな笑顔を浮かべてそう言った。強がっているのかと思ったが、彼の表情にはいっそ清々しいほど悲愴感がない。 一人で勝手に盛り上がっていた甲洋は、そのあっけらかんとした様子に肩透かしを食らった気分になる。 「そ、それだけ……?」 「そうだよ? ねぇ、なんかガッカリしてない?」 「いや別に……まぁ、ちょっとだけ」 つい本音が漏れたが、操にその意味は伝わらなかったようで安堵する。 逆によかったのだ。後ろ暗いものや悲しい事情がないのなら、それに越したことはない。なのにどうして、こんなに複雑なのだろう。 けっきょく下心があるからだろうか。否定しきれず、落ち込んだ。 「でもね、言われなくても、実はもう辞めることになってるんだ」 「え?」 思いも寄らない言葉に、甲洋は目を瞬かせた。操は打って変わって顔色を悪くして、また顔をうつむける。 「ストーカーのせい。だから前の部屋にもいられなくなった」 「ストーカー?」 顔をしかめた甲洋に、操はこくんと頷いた。 「変な手紙が来たり、後ろからつけられたり。別に珍しいことではないけどさ」 仕事柄、顔を出している以上は避けられないこと、ではあるのかもしれない。しかし操についていたストーカーは、それだけの行為にとどまらなかった。 ある日、操が仕事を終えて帰宅すると、見知らぬ男が部屋に上がりこんでいたというのだ。しかもベッドの下に隠れ潜んでいた。就寝時を襲われ、危うくレイプされかけたのだと。 ベッドの下の男。まるで都市伝説だ。 「ギリギリ逃げたから大丈夫だったけど、犯人はまだ捕まってない」 その話を聞いて、甲洋は背筋が凍りつくのと同時に激しい怒りを覚えた。どれほど怖い思いをしたのだろうかと、考えるだけでストーカーへの殺意がみなぎる。思わず肩を抱いている手に力を込めると、「痛いよぅ」と言って操が笑った。 だいたいこの子もこの子だ。そんな目にあったというのに、一人で夜にフラフラと出歩くなんて。不用心にもほどがある。 (ああもう!) 狂おしいほどの庇護欲に、胸を掻きむしられるような思いがした。荒れ狂う甲洋の感情も知らず、操はぷぅっと唇を尖らせている。 「だからここに引っ越してきたんだ。もうあんな目にあうのは嫌だから、仕事も辞めるよ。すぐじゃないけど」 「すぐには無理?」 「だって住むところがないし」 今の部屋は事務所が提供してくれているもので、仕事を辞める以上は住み続けることができないのだと、操は言った。 「だったら……」 俺のところに来ればいい。 そう言いかけて言葉を飲み込む。どうせまた「彼氏面してる」と笑われておしまいだ。当たって砕けるだけの度胸がない甲洋は、歯痒い気持ちに無理やり蓋をするしかなかった。 「ふわぁ」 操が大きなあくびをする。目をしょぼしょぼとさせているので、甲洋はその身体をそっとベッドに横たえさせた。上掛けを引き上げてかぶせてやり、亜麻色の柔らかな髪を優しく撫でる。 「おやすみ」 「……ん」 操は微かに頷いたが、潤んだ瞳でゆっくりと瞬きをしながら甲洋の顔を見上げていた。眠気のせいか、頬がぽぅっと赤く染まっている。 こうして見ると、やっぱり幼い。ふと込み上げる愛しさに目を細めて笑う甲洋に、また少し、丸い頬が赤みを増した。 操は下唇を噛み締めて、ゴソゴソと上掛けの中から片腕を出した。ヘッドボードにもなっているスリムラックへと腕を伸ばすと、手探りでそこに置かれた甲洋の瓶底眼鏡を掴み取る。 「これ、やっぱりしてていいよ」 彼はそう言って、眼鏡を甲洋の胸に押しつけてきた。どうしてか不満そうに唇を尖らせ、きゅっと眉を吊り上げている。 「来主?」 受け取りながら、意図が分からず首を傾げた。 「おやすみ!」 操はいよいよ耳まで赤くしながら、上掛けを頭までかぶって甲洋に背中を向けてしまった。 まったく意味が分からない。かと言って、わざわざ起こしてまで問いかける気にもなれなかった。 (おかしな子だな) 苦笑しながらミノムシのように丸くなった背中を見つめる。 朝が来れば魔法が解けたみたいに、自分たちはただの隣人同士に戻るのだ。甲洋は相変わらず昼夜逆転の生活のなかで潜むように生きて、操は近い将来ここではないどこかに引っ越していく。 そこで彼がどんなふうに生きるのか、甲洋は知る由もない。 「このまま、そばにいられたらいいのに」 かすかに寝息が聞こえはじめたのをいいことに、素直な気持ちを言葉でなぞる。 「好きだよ、来主」 もう彼をミサオと呼ぶことはしない。甲洋のなかで来栖ミサオは薄くぼやけて、その輪郭を失っていた。 ←戻る ・ 次へ→
煮えくり返るような熱情に頭をクラクラとさせながら、甲洋はシャツを脱いで乱暴に投げ捨てた。
両手を小ぶりな尻へと這わせ、遠慮がちにゆるゆると揉みしだいてみると、操が「あん」と可愛らしい声をあげながら腰を揺らす。甲洋は息を荒げて喉を鳴らし、辛抱堪らず自身の切っ先を濡れた孔にあてがった。
「あっ、あぁ……!」
操の背が弓なりに美しい曲線を描いた。細腰を掴みながらゆっくりと前進させ、徐々に欲望を飲み込ませていく。熱い締めつけに再び襲われ、その快感にピリピリと皮膚を粟立たせた。
「今度は、ぁ、好きに動いて、いい、よ」
多分これ以上は入らないというところまで収めきったところで、操が甲洋を振り向きながら言った。甲洋は小さく「ん」と頷くと、不器用に腰を前後に動かしてみる。時おりズルリと抜けてしまいそうになりながら、それでもゆっくりと確かめるようにナカを穿った。
「あっ、ぁんっ! あっ、きもち、ぁ、いい……っ!」
操は淫らに腰を振り、あられもない声で甲洋を煽る。その反応は少しずつ大胆になる動きに合わせて、どんどん大きくなっていった。
「こう、よッ、すご、い! 上手……アッ、あぁっ、んぅっ!」
「は……っ、来主……、本当に、いい?」
「あは、ん、ぁッ、なん、でぇ? なんで、聞くのぉ?」
操が喘げば喘ぐほど、どうしてか焦りが生じはじめた。さっきまでは感動を覚えていたはずの淫らな反応に、苛立ちすら込み上げてくる。
甲洋が抱きたいのは【来主操】だ。【来栖ミサオ】のファンとして破格のサービスを享受するだけでは、すでに満足できなくなっていた。
だからわざとらしいリップサービスに腹が立つ。技術もへったくれもない男の腰使いに、あたかも感じたフリをする彼に。
「んぁっ、えっ、うわっ!?」
甲洋は操の腹に腕を回し、そのまま持ち上げるようにしながら立ち上がった。繋がった状態で器用にベッドに乗り上げると、ドスンと胡座をかいて背面座位の体勢をとる。
「な、なに? どうしたの急に?」
突然の体位変更に、操が首をひねって甲洋を見上げながら目を白黒させている。甲洋はなにも答えず、ベッドのスプリングの力を借りて下から操の身体を突き上げた。
「あはぁッ、ん! やぅ、ぁ、奥まで、すご、い……!」
自重で腹の奥を突かれることに多少の苦しさはあっても、どこかわざとらしい喘ぎに大きな変化はなかった。それでも操の性器はずっと勃起したまま形を保っていて、決して感じていないわけではない。だけどそれは彼がこなれているからで、甲洋が与える刺激は極致に至るほどの決定打には欠けている。
だったら仕掛けてやろうじゃないかと、甲洋は両手を薄っぺらい胸に這わせた。
「まっ、そこだめだって!」
ギクリと身を強張らせ、顔色を変えた操が甲洋の手を振り払おうとするのを、腰を揺らすことで遮ってやる。
「ぁうっ! ぁ、や……っ!」
人差し指で引っ掻くようにして何度も弾き、さらに親指を添えて摘み上げる。こよりを作る要領でひねりを加えながら、きゅっと強めに引っ張ってみた。
「やぁっ、ぁ、やめて、そこや……乳首、やだから……っ」
操の反応が明らかに変化した。やだやだと首を振り、弱々しく甲洋の両手を掴みながら切羽詰まった声をあげる。その間も腰をテンポよく動かし続けていると、とある一点を突かれた操の身体がビクンと大きく跳ね上がった。
「ッ、ぁ、ひっ……ッ!?」
「……今の?」
赤くなった耳に唇を押しつけて、吐息混じりに問いかけた。操はしまったという顔をしながら怯えた瞳で甲洋を見る。
「ゃ……だめ……」
蚊の鳴くような可愛い声だった。ゾクリとした感覚を覚え、加虐心に火がついてしまう。
少しずつ少しずつ角度を変えて器用に穿ちながら、甲洋が見つけたのは操が隠していた大事な場所だ。直腸内部の前立腺と、そのさらにもう少し奥。膀胱の後ろ側にあたる精のうを、甲洋の先端がいい具合にくじったようだった。
知識程度にしかなかったが、そこは男が女になってしまう場所なのだ。行為に慣れているこの身体なら、そこで得られる快感もすでに知っているのではないかという予想が当たった。
どうしてか感じすぎることを避けているこの子にとって、乳首と同様に秘めておきたかった場所のはずだ。甲洋は胸を踊らせ、口元に笑みを浮かべる。
「見つけたよ」
甲洋は操の腰を掴むと、見つけたポイントを意識しながら腰を揺さぶる。操は皮膚を総毛立たせて、逃げるように両手を前につくと指先や爪先でもがくようにシーツを引っ掻く。
「ヒ、ぃっ! やめ、やめてっ、ぁッ、そこやだ! そこ好きじゃない!」
やめてやめてと繰り返し叫びながら、操は嫌々と首を振って涙を流した。白い肌は余すところなく赤く染まって、どっと汗がふきだしている。
甲洋は胡座を崩すと膝をつき、しっかりと腰を固定しながらそこを執拗に攻め立てた。操の小さな屹立が、揺さぶられるリズムに合わせてぷるんぷるんと健気に跳ねる。先端からは絶え間なく蜜が溢れて、真っ白のシーツにシミを作っていた。
「や、め、いやぁ……! そこダメ、ダメなのぉ……っ!」
「どうして?」
「だって、だってぇ、ぁッ、ひん……ッ、ぁ、こわく、なっちゃう、からぁ」
「気持ちいいのが怖い?」
操は何度もこくこくと首を縦に振った。声は小さく掠れてすすり泣きに近くなっている。身体にも力が入っていない。骨を抜き取ったみたいにぐったりとして、シーツにしがみつくだけになってしまった。
「可愛いな、お前」
感じすぎるのが怖いだなんて。そんなことを言われたら、もっとめちゃくちゃにしてやりたくなる。こんなサディステックな一面が眠っていたことに、自分自身がいちばん驚いていた。
甲洋は動きを止めず、さらに操の弱みを突いた。さっきとは打って変わり、拙かった腰使いも一度コツを掴んでしまえばこっちのものだ。
「ひうぅ、ぁ……っ、なん、でぇ? やだって、言ってる、のにぃっ!」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、操がきつく睨みつけてくる。本当に気が強い子だなと感心しながらも、そこがたまらない魅力だと感じた。
「好きに動いていいって、そう言ったのは来主だよ」
「~~ッ!」
操が青ざめて言葉を失くした。本人は次も先に甲洋をいかせて、さっさと終わらせるつもりだったのだろう。しかしそのアテは外れてしまった。
素人の童貞を相手に、楽しそうに腰を振っていた姿はもはや見る影もない。それは甲洋の中で抑圧されていた征服欲を、存分に満たしてくれる。
しかしそろそろお喋りをしている余裕はなかった。ひどく震えている身体を揺さぶりながら、自らも極致を追いかけはじめる。
「あひっ……! あ゛ぁあッ! ぅ、あ゛ ぁっ……!」
繕うことができなくなった喘ぎは、発情したメス犬が吠えているかのようだった。この声をあげさせているのが自分なのだという心地よさに酩酊しながら、圧倒的な高波が一気に押し寄せてくるのを感じた。
「や、イグっ、イっちゃ……ッ、きもぢいのイヤ、あ゛ぁッ、ぁ、ごわいの、きぢゃうぅ、あ゛っ、あぁぁ……!」
「来主っ、俺も、イク……!」
性急になった激しい動きに、操が一瞬ギクリと身を強張らせる。
「待って、待っ! ナカやだ! 抜いて、出し……ひうぅっ!」
張りつめた声が訴えるのを聞いて、理性では腰を引き抜こうとしたつもりだった。けれどそのときにはもう甲洋は電流のような快楽に飲まれていて、とても間に合うものではなかった。
操の背をぎゅうと抱いて、中に熱いしたたりを注ぎ込む。まだ残っていたのかと思うほどに、射精感は長く続いた。
「あ゛ ……ッ、あー……、ぁ──……ッ」
操は甲洋にきつく抱かれたまま内腿を痙攣させ、口端から唾液を滴らせながら呻きをあげた。赤い屹立の先端から、水のような薄い液体をプシュ、プシュ、と吐き出して、小刻みに痙攣している。
長すぎる絶頂感に瞳を虚ろにさせ、やがてとろとろ垂れ流すように射精してシーツをひどく汚した。
「くる、す」
映像の中でも見たことがないようなイキ方に、今さらながらに戸惑いを覚えながらゆっくりと引き抜いた。操の身体がくったりと横倒しになり、なおも断続的に痙攣を続けている。
すると赤く熟れきった孔から、甲洋が吐いた白濁がぷくぷくと泡立つように流れ落ちてきた。
「ッ……!」
その卑猥すぎる光景に息を呑んでいると、一瞬だけ気をやっていたらしい操が息を吹き返す。鼻をすすり、涙を流しながら甲洋を見上げた。
「ひどい、よぉ……やめてって、言ったのに……ナカで出すし……バカぁ……」
「…………」
ごめん、と言ったつもりだが、まともに言葉にはなっていなかった。
小さいくせにふっくらと丸みを帯びた尻の谷間から、精液はなおも溢れ続けている。エロい。エロすぎる。ぐつぐつと、また脳が煮えはじめた。
「ねぇ聞いてる? ねぇって……え、待って。なんで? なんでまた勃ってるの?」
「……ごめん」
今度はちゃんと言葉になった。だけど甲洋はどこか呆然としていて、濡れそぼる孔から目を離すことができないでいる。
「嘘でしょ!? ちょっと、待っ……!」
「ごめん」
復活を遂げてしまった甲洋を見て、操がサァッと青ざめる。シーツを掴んで逃げだそうとするが、腰が抜けているせいでうまく身動きがとれないようだった。甲洋は完全に目をすわらせて、再び操の身体に覆いかぶさる。
「ヒッ……!? もも、もう無理! 無理だって! ねぇ、君って絶倫!?」
──ごめん。
それしか言葉を知らないみたいに繰り返して、熱く蕩けきった蜜壺に再び切っ先を潜り込ませた。
*
なんてことをしてしまったのだろうか。
甲洋はキッチンでしゃがみ込み、頭を抱えながら幾度となく溜息をついていた。
遠くから聞こえてくるのは、操が浴びているシャワーの音だ。
もう一時間以上は出てこない。自分が出してしまったものを処理しているのだと思うといたたまれず、甲洋はじっとしていることができなかった。ジーンズ姿で上は裸のまま、せっせと床掃除をして、シーツを取り替え、それでもなお間がもたずに再びキッチンでミルクを温めている最中である。
完全に正気と理性を崩壊させていた甲洋は、あのあとも操をさんざん泣かせ、またナカに出してしまった。操はただ揺さぶられるだけの人形のようになっていて、その痛々しくもある姿にいっそう興奮させられた。
なんて歪んだ性癖だろう。あんなものが自分の中に眠っていたなんて想像もしていなかったし、底なしの性欲にも呆れ返るばかりだった。
「終わったよな、完全に……」
ただのファンでいたいなんて、そんなことを思いながらホットミルクを作っていた数時間前。こんなことになるなんて思いもしなかった。
今はやらかしてしまったことへの虚無感に苛まれるばかりだ。操が出てきたら、なんと言えばいいか分からない。ただひとつ言えるのは、自分にはもうファンでいる資格はないということだけだった。
頭上からくつくつという音が聞こえて、甲洋は生気のない瞳を上げる。ミルクが煮えた。今さらこんなものを作ったところでなんになるだろう。それでも常備してある蜂蜜をたっぷり入れて、カップに注ぐとまた溜息を漏らした。
「うぅ~、もう最悪~……」
ちょうどのタイミングで、甲洋の部屋着を着た操が脱衣所から戻ってくる。サイズが大きいせいで、シャツやルームパンツの袖と裾が少し余っていた。
甲洋はギクリと身を強張らせながらも、壁に手をついて中腰になっている操に駆け寄り、その肩を抱いて支えた。ベッドまで連れていくと、彼はげっそりとしながら「もうダメ、眠い」と言って倒れ込んでしまう。
いっそこのまま眠ってもらったほうがいいような気がしたが、一応はキッチンへ戻ると熱々のカップを持ってきた。
「来主……よかったらこれ……」
「んぁ~?」
気の抜けた声をあげ、操が甲洋を見上げた。蜂蜜とミルクの匂いに鼻をスンスンとさせて、少しだけ表情を和らげる。
「飲むよ。好きだもん」
「熱いから、気をつけて」
「ん、ありがと」
にこりと笑って身を起こし、ベッドの上にぺたりと座り込んだ操は甲洋の手からカップを受け取った。両手で持って息をふきかけ、小さく口を窄めながらチビチビと飲みはじめる。
甲洋は床に正座してその様子を静かに見つめていたが、やがて項垂れると「ごめん」と言った。
「なんと言ったらいいか……とにかく、ごめん」
合意の上だったのは最初のうちだけだ。あとはすべて、自分本位にやりたい放題やってしまった。
操は丸い目で甲洋を見た。それから、きゅっと眉間にシワを寄せる。
「気持ちよすぎるのは、あまり好きじゃない。おれがおれじゃなくなるみたいで、怖くなるから」
「……うん」
「中出しも、気持ち悪いから嫌なんだ」
「……申し訳ない」
「撮影でだってしないよ、絶対。してるように見せてるだけ」
「本当にごめん……」
項垂れたまま、とにかく謝るしかなかった。他に言葉が見つからない。
すると操が飲みかけのホットミルクをそっと差しだしてきた。もう十分らしい。黙って受け取ってテーブルに置くと、しおしおと操を見上げる。叱られた飼い犬にでもなったような気分だ。
操は鼻からふぅんと息を漏らして、ベッドの縁をポンポンと叩いた。来い、という指示に従い、立ち上がると腰を下ろして身体を向ける。すると突然、ぎゅっと抱きつかれて目を見開いた。
「く、来主?」
「君のは気持ち悪くなかったから、いいよ」
「!」
「お腹は苦しかったけど」
「……ごめん」
操は甲洋の胸に埋めていた顔をあげ、ふにゃりとした笑顔を浮かべた。
「次はちゃんとゴムつけなくちゃね」
「へっ?」
次──とは、どういう意味だろう。測りかねて戸惑う甲洋が喉を詰まらせていると、遠くからスマホが着信を告げる音が鳴り響いた。
「あ、おれのだ」
「待ってて」
立ち上がった甲洋は壁にかけてあるロングダウンのポケットを探り、スマホを手にすると操に差しだした。彼は「ありがとう」と言ってそれを受け取り、ディズプレイに指先をスライドさせる。
「もしもし? うん、おれ」
おそらくマネージャーからの連絡だろう。操が話している間、甲洋は再びベッドの縁に腰をおろして黙り込んだ。頭の中は彼が言った「次」というワードでいっぱいになっている。
言葉通りに受け取るならば、またこの次があるということなのだろうか。
(……ないだろ、さすがに)
都合のいい解釈をしかけて、すぐにありえないと思いなおす。からかわれているだけかもしれないし、あれだけの無体を働いた自分がそれを期待するなんて、おこがましいにもほどがある。
「うん、わかった! じゃあね!」
やがて通話を終えた操がホッと息をついた。
「よかったぁ」
「なんだって?」
「今夜はもう遅いから、明日の朝に管理人さんに連絡してくれるって」
そう言いながら、操はごく自然に甲洋の肩にもたれかかってきた。まるで恋人同士みたいだなと胸をドキリとさせながら、甲洋もつい流れに任せて操の肩を抱いてしまう。
なんだか本当に恋人にでもなったような気になって、甲洋は完全に舞い上がっている自分を自覚した。これでは期待するなというほうがどうかしている。
「……仕事、もうやめれば?」
「え?」
「ッ! ぁ、いや……」
咄嗟に吐き出してしまった言葉に、自分で動揺した。それは束縛したい感情の現れで、言ってから激しく後悔する。甲洋はそんなことを言える立場ではないのだ。操にとってはただの隣人で、大勢いるファンのなかの一人に過ぎない。
何度目になるか分からない「ごめん」を口にすると、操がふふっと楽しげな声をあげて甲洋を見上げた。
「君ってさ、一回エッチしたらすぐに彼氏面するタイプ?」
「……だからごめんって。忘れて」
やっぱりからかわれているんだなと、落胆して顔を背けた甲洋は操の頬が赤くなっていることに気づかなかった。彼は少しだけ戸惑ったような表情すら浮かべているのだけれど、甲洋が横目をチラリと走らせるころには顔をうつむけてしまっていた。
「別にね、好きでしてるんじゃないんだ。この仕事」
「……それって」
やはり、なにか重たい事情があるということだろうか。
いつも想像を巡らせていた。家庭の事情なのではないかとか、悪い男に騙されているのではないかとか。あながち意味のない妄想というわけでもなかったのかもしれない。甲洋は痛ましい表情を浮かべながら操を見た。うつむいている姿に胸が痛む。
ずっと思っていた。自分なら決して悲しい思いはさせない。なにがあっても苦労なんかかけないし、絶対に守ってみせるのにと。
(俺にできることが、なにかあるかもしれない)
もし操が、心のどこかでは助けを求めているのなら。その理由さえ、話してくれたなら──
「だってお金いっぱいもらえるんだもん。お金があったら、新しい服だっていっぱい買えるでしょ?」
顔をあげた操は、実にのんきな笑顔を浮かべてそう言った。強がっているのかと思ったが、彼の表情にはいっそ清々しいほど悲愴感がない。
一人で勝手に盛り上がっていた甲洋は、そのあっけらかんとした様子に肩透かしを食らった気分になる。
「そ、それだけ……?」
「そうだよ? ねぇ、なんかガッカリしてない?」
「いや別に……まぁ、ちょっとだけ」
つい本音が漏れたが、操にその意味は伝わらなかったようで安堵する。
逆によかったのだ。後ろ暗いものや悲しい事情がないのなら、それに越したことはない。なのにどうして、こんなに複雑なのだろう。
けっきょく下心があるからだろうか。否定しきれず、落ち込んだ。
「でもね、言われなくても、実はもう辞めることになってるんだ」
「え?」
思いも寄らない言葉に、甲洋は目を瞬かせた。操は打って変わって顔色を悪くして、また顔をうつむける。
「ストーカーのせい。だから前の部屋にもいられなくなった」
「ストーカー?」
顔をしかめた甲洋に、操はこくんと頷いた。
「変な手紙が来たり、後ろからつけられたり。別に珍しいことではないけどさ」
仕事柄、顔を出している以上は避けられないこと、ではあるのかもしれない。しかし操についていたストーカーは、それだけの行為にとどまらなかった。
ある日、操が仕事を終えて帰宅すると、見知らぬ男が部屋に上がりこんでいたというのだ。しかもベッドの下に隠れ潜んでいた。就寝時を襲われ、危うくレイプされかけたのだと。
ベッドの下の男。まるで都市伝説だ。
「ギリギリ逃げたから大丈夫だったけど、犯人はまだ捕まってない」
その話を聞いて、甲洋は背筋が凍りつくのと同時に激しい怒りを覚えた。どれほど怖い思いをしたのだろうかと、考えるだけでストーカーへの殺意がみなぎる。思わず肩を抱いている手に力を込めると、「痛いよぅ」と言って操が笑った。
だいたいこの子もこの子だ。そんな目にあったというのに、一人で夜にフラフラと出歩くなんて。不用心にもほどがある。
(ああもう!)
狂おしいほどの庇護欲に、胸を掻きむしられるような思いがした。荒れ狂う甲洋の感情も知らず、操はぷぅっと唇を尖らせている。
「だからここに引っ越してきたんだ。もうあんな目にあうのは嫌だから、仕事も辞めるよ。すぐじゃないけど」
「すぐには無理?」
「だって住むところがないし」
今の部屋は事務所が提供してくれているもので、仕事を辞める以上は住み続けることができないのだと、操は言った。
「だったら……」
俺のところに来ればいい。
そう言いかけて言葉を飲み込む。どうせまた「彼氏面してる」と笑われておしまいだ。当たって砕けるだけの度胸がない甲洋は、歯痒い気持ちに無理やり蓋をするしかなかった。
「ふわぁ」
操が大きなあくびをする。目をしょぼしょぼとさせているので、甲洋はその身体をそっとベッドに横たえさせた。上掛けを引き上げてかぶせてやり、亜麻色の柔らかな髪を優しく撫でる。
「おやすみ」
「……ん」
操は微かに頷いたが、潤んだ瞳でゆっくりと瞬きをしながら甲洋の顔を見上げていた。眠気のせいか、頬がぽぅっと赤く染まっている。
こうして見ると、やっぱり幼い。ふと込み上げる愛しさに目を細めて笑う甲洋に、また少し、丸い頬が赤みを増した。
操は下唇を噛み締めて、ゴソゴソと上掛けの中から片腕を出した。ヘッドボードにもなっているスリムラックへと腕を伸ばすと、手探りでそこに置かれた甲洋の瓶底眼鏡を掴み取る。
「これ、やっぱりしてていいよ」
彼はそう言って、眼鏡を甲洋の胸に押しつけてきた。どうしてか不満そうに唇を尖らせ、きゅっと眉を吊り上げている。
「来主?」
受け取りながら、意図が分からず首を傾げた。
「おやすみ!」
操はいよいよ耳まで赤くしながら、上掛けを頭までかぶって甲洋に背中を向けてしまった。
まったく意味が分からない。かと言って、わざわざ起こしてまで問いかける気にもなれなかった。
(おかしな子だな)
苦笑しながらミノムシのように丸くなった背中を見つめる。
朝が来れば魔法が解けたみたいに、自分たちはただの隣人同士に戻るのだ。甲洋は相変わらず昼夜逆転の生活のなかで潜むように生きて、操は近い将来ここではないどこかに引っ越していく。
そこで彼がどんなふうに生きるのか、甲洋は知る由もない。
「このまま、そばにいられたらいいのに」
かすかに寝息が聞こえはじめたのをいいことに、素直な気持ちを言葉でなぞる。
「好きだよ、来主」
もう彼をミサオと呼ぶことはしない。甲洋のなかで来栖ミサオは薄くぼやけて、その輪郭を失っていた。
←戻る ・ 次へ→