2025/09/17 Wed 両足を大きく開いてソファに深く身を預ける承太郎に、背中を預ける形で浅く座らされた。背後から抱きしめられるような体勢に、花京院は身を固くして俯く。 「深呼吸、できるか?」 耳元で囁かれると、背筋に妙な感覚が這いあがる。 かつてこれほど緊張した場面があっただろうか。喉が渇いて上手く声も出せなければ、呼吸もままならない。いっそ吐き気すら覚え、額に滲む冷や汗を止められなかった。 あまりにも現実離れした空間が、今はしんと静まり返っている。 正面にはカメラを構える金髪と、期待に打ち震える監督がいた。さっきまで忙しそうにしていたスタッフたちも、動きを止めて遠くから撮影の様子を見守っている。 こんな場所で、今から痴態を曝さなければいけないなんて。 「ッ……」 そう思うほどに、花京院の表情は青褪め身体は不安で硬直していく。 「花京院くん、下の名前は?」 内緒話をするような小さな声で承太郎が問いかけてきた。花京院は震える息を飲み込んでから、蚊の鳴くような声で「典明」と答える。 「典明くん、か。いい名前だな」 「ッ!」 「典明」 背中から丸ごと包み込むように、長い両腕が身体に回される。 身を竦めてしまったのは一瞬だった。その優しく温かな抱擁と、背中から直に伝わる鼓動に、花京院は徐々に張り詰めていた糸が緩むような感覚を覚えて、ほぅっと息を吐き出した。 (なんでかな) 承太郎の声や、腕の中は、なぜかとても安心できた。まだ緊張は解けないし、突き刺さる視線は痛かったが、少しずつ身体から力が抜けていくような気がする。 節くれだった指先がシャツを僅かにたくし上げ、ウエストにかかった。慣れた手つきでベルトを外される様を、ただじっと見下ろす。心臓が頭の中にあるみたいに、どくどくと大きく高鳴って聞こえた。 「承太郎、花京院くんはあまりオナニー経験ないから、優しくね」 監督が小声で言うのを聞いて、寛げたズボンの中に潜り込もうとしていた承太郎の手が一瞬、止まる。 花京院はギクリと身を強張らせながら唇を噛み締めた。やっぱりおかしいのだろうか。この歳で、まともに自慰を行った経験がないなんて。 さっきまではちっとも気にしていなかったのに、承太郎がどう思ったかを考えるだけでどうしてか不安が込み上げた。 「ぁ、ぼく……」 「大丈夫だ。気にするようなことじゃあない」 耳元で、また承太郎が笑った。その息遣いが耳朶をくすぐる感触に安堵して、花京院はどうしてか少しだけ泣きたい気分になった。 恥ずかしくて仕方がないけれど、この人に任せたらきっと大丈夫。そんな気がして、目を閉じる。 承太郎はゆっくりとズボンに右手を差し込んで、下着の上から柔らかく萎んだ性器を包み込んだ。 「ぅッ……!」 こんな風に他人に触れられるのは生まれて初めてだ。自分ですら必要最低限は触らない場所なのに。花京院は両手で胸元を握りしめ、このいっそ死んでしまいたいほどの羞恥に耐える。 ねっとりと性器をまさぐられると、無意識に腰が跳ねた。咄嗟に逃げようにも腹にはしっかりと承太郎の太い片腕が回っている。思わず両手でその腕を掴んで引き離そうとしても、うまく力が入らないせいかビクともしなかった。 やがて、承太郎の唇が花京院の髪に鼻先を擦りつけるようにしながら、耳たぶに触れた。しっとりと濡れた感触が、音を立てながら吸いついてくる。 「ひぅ……ッ!」 ちゅくちゅくと耳を食まれ、穴に舌を差し込まれる感覚についおかしな声が漏れてしまった。ダイレクトに響く水音のいやらしさに嫌々と首を振ると、承太郎の唇は耳の裏側をねっとりと舐め上げ、そのまま首筋へと這わされた。 「ッ、ぁ、くすぐった、ぃ……っ」 果たしてこの全身が一気に総毛立つような感覚が、くすぐったいという拙い言葉で片付けられるものなのか、花京院にはわからない。 けれど承太郎の肉厚な唇に薄い皮膚を吸われ、脇腹を緩く撫でられながら優しく性器を揉まれているうちに、身体の中心に向かってずくずくという鈍い痺れが走るようになっていた。 (なんか、変だ……身体がどんどん、熱くなる……) 気づけば床についた両足が爪先だけで踏ん張っていて、膝小僧がかくかくと痙攣していた。承太郎が下着の中に手を差し込むと、すっかり形を変えた自身の性器が顔を出す。花京院は、承太郎の手の中で勃起していた。 「や、ぁ……ッ、う、そ……?」 咄嗟に両手で口元を覆った。金髪がカメラを上から下へと舐め上げるように走らせるのが分かる。恥ずかしい。消えてなくなってしまいたいくらいに。 監督が鼻息を荒げているのが聞こえる。いつしか男性スタッフたちの視線がやけに熱っぽくなっていて、それらが全て自分に向けられているのだと思うと、震えが止まらず歯の音が鳴った。 (こんなの……やっぱり無理だ……!) 「典明」 鼓膜を震わせるほど甘く、低い声で名前を呼ばれて、思わず肩がビクンと跳ねた。 彼は花京院の耳元に強く唇を押し付けて、自分にしか聞こえないような小さな吐息を漏らす。 「大丈夫だ。何も怖くない」 「ッ、ぅ……だっ、て……こんな……」 「可愛いな、君は」 「!?」 (また、言った……可愛いって……) こんな決して小さくもなければ華奢ではない自分のどこを見て、そんな冗談が言えるのだろう。 力なく否定の意味を込めて首を振る花京院に、承太郎はもう一度「可愛い」と言った。 どうしてだろう。それはまるで魔法の言葉のようだった。絶対に嘘に決まっているのに。無様に震える姿を憐れまれているだけに違いないのに。 角砂糖が熱湯に触れて、一瞬で溶け出すみたいに、花京院はとろんと瞳を潤ませた。 「ほんと、に」 「ん」 「可愛い、ですか……?」 顔を向けて問えば、承太郎はふっと笑って頷いた。そして、先走りを浮かせる性器を優しく扱きだす。 「もっと声を聞かせてくれ」 「ふ、ぁッ、ぅ……、やだ……」 甘えた駄々っ子のように首を振る度に、承太郎は優しい声音で「可愛い」と繰り返す。その都度どんどん身も心も蕩けていくのを感じて、花京院は胸を疼かせながら涙を零した。 (もっと、言ってほしい) 先端から滲みだす液体の力を借りて、承太郎の手の動きがスムーズなものになっていく。いやらしい水音が熱気を帯びた室内に響き渡っている。 羞恥心よりも、承太郎に褒められながら性器を刺激されることに、花京院の身体は悦び打ち震えていた。 「ぅ、んッ……ぁ、もっと」 「もっと?」 「んッ、ぅん……もっと、言って、ください……もっと……」 ――褒めて。 承太郎はなにかを心得たかのように、吐息混じりの声を漏らした。 そして花京院の腰を抱く腕の力を強め、首筋にちゅっと音を立てながら口付ける。 「可愛いぞ典明。肌も白くて、綺麗だな」 「――ッ! アッ、ぅ……ッ!」 ビクン、と腰が跳ね、胸を突きだすようにして背を反らす。 高い場所から一気に落下して、全身を打ち付けるような衝撃が走る。なんて暴力的な熱なんだろう。そのくせ噎せるほどに甘ったるい。 生まれて初めての快感に頭の芯まで痺れを感じる。花京院は声もなく口をぱくぱくとさせ、駆け抜ける電流に翻弄されるままに承太郎の手に白濁を放った。 「――ッ、ん、は……、はぁ……っ!」 四肢がじんと痺れ、絶頂の余韻に震える花京院の身体を、承太郎の力強い腕が抱き押さえる。まるで守られているみたいで、安堵の涙が頬を伝った。 その濡れた頬に、温かな唇が押し付けられる。目に見えない何かが、内側で膨らみ切っているのを感じた。これが充足感というものだろうか。もはやカメラが回っていることも、幾人もの視線にさらされていることも、全てがどうでもよくなっていた。 はかはかと忙しなく呼吸を繰り返しながら、力の抜けきった身体をくったりと承太郎に預ける。彼はスタッフがそっと差し出したティッシュで手を軽く拭ったあと、嬉しそうに小さく笑った。 「上手にイケたじゃないか」 「はい……気持ちよかった、です……」 「素直だな、典明は」 蕩けきった瞳を向けると、承太郎の手が頬にかかる。近い距離にあった顔がさらに距離を縮める瞬間、花京院は無意識に目を閉じた。 唇同士が触れ合うと、甘酸っぱい感情が胸を締め付ける。快感を得ることも、心が満たされることも、キスをすることも。このたった短い時間で、全てこの人に初めてを捧げてしまった。とても不思議な気分だった。 「よし、オッケー!」 しっとりと濡れた空気を壊すように、前屈みで拳を震わせる監督の声が響き渡った。 「花京院くん、このぶんだと大丈夫そうだね。続きイケるね?」 「続き……?」 「最後まで頑張ってくれれば、帰る頃には君の財布はパンパンだろうね」 正直、このとき花京院の頭からはギャラという言葉はすっかり消えていた。ただ身体がふわふわして、力が入らない。 (最後まで……するっていうのは) この承太郎という男に、抱かれるということか。 花京院はまだどこか夢心地の状態で、監督の言葉にこくんと頷いていた。 * 白いタイルの浴室は広々としていて、最低限の石鹸とシャンプーだけが置いてある。この家自体、それなりに家具はあるのに生活感が感じられないのは、こういった撮影に使うために貸し出しているにすぎないスタジオだからだ。 温めのシャワーを浴びながら、花京院はなんとなくぼんやりと排水溝に吸い込まれていく、透明な流れを見つめていた。 (空条承太郎さん、か) 驚いたことに彼はまだ20代前半で、普段はごく普通の学生をしているらしい。落ち着いた態度や口調に、もっとずっと年齢が離れているものとばかり思い込んでいたのだが。 だがそれ以上に、花京院にはこれから自分の身に起こることの方がずっと重大だった。 一生縁がないと思っていたセックスを、こんな形で経験することになるなんて。 見知らぬ男たちの前で裸になって、契約書にサインをした時ですら深く考えていなかったが、いざとなるとおかしな気分だ。 だけど、その初めての相手が承太郎でよかった、と安堵している自分もいる。 ついさっき出会ったばかりの人に、ここまで依存するのもどうかとは思うが、例えば人それぞれに波長というものがあるのだとしたら、承太郎は花京院がつい身を預けてしまいたくなるようなそれを持っているのだと思う。あるいは、そう思わせるのがプロの技なのか。 『可愛いな、君は』 思い出すだけで、身体に火がともったように熱くなる。 誰かに下の名前を呼ばれたのも、ひどく久しぶりだったように思う。最後に呼ばれたのはいつだったろう。実の母親にすら、まともに呼ばれた記憶がない。 「ッ……!」 マズイ、と思ったときには、花京院は再び勃起していた。 誰が見てるわけでもないのに目を泳がせ、咄嗟に股間に両手を差し込んで押さえる。自分はこんなにもはしたない身体をしていたのか。たかが一度解放されただけで、まるでタガが外れたようだった。 「ど、どうすれば……」 情けなく涙目になったところで、助けてくれる人間はいない。 かと言って自分で慰めるのも気が引けて、花京院は湯の設定を低くすると深呼吸をする。これで落ち着くかどうかも分からないけれど、あまり長風呂をして待たせるのも悪い。 下半身に目をやると、自身はまだ僅かに起ちあがっていたが、仕方なくシャワーを止めて浴室を出た。 * タオル地のバスローブ一枚になった花京院は、その後すぐにパッケージ撮りというものをさせられた。 さほど時間がかからず済んだものの、下半身に問題を抱えていた花京院はバレないように両足を擦りあわせたり、さりげなく手を置いて隠すことに忙しかった。 それらが終わると、今度は簡単な打ち合わせがあった。承太郎と並んでベッドの縁に腰かけて、監督の指示に耳を傾けた。 ベッド周りでは照明器具や配線の確認作業に数人のスタッフが取り掛かっていて、その落ち着かなさに正直あまり集中できなかった。 ただ、細かな台本があるわけでもないし、我慢せず素の反応をしてくれればいいと言われた。嫌なら嫌、痛いなら痛い、気持ちがいいなら素直に感じて、声も我慢しなくていいと。 その自由度にむしろ不安を覚えたけれど、承太郎に全て任せておけばいいと言われてホッとした。 そうして、監督の合図と共に撮影はスタートした。 ベッド端に腰かけたまま赤い顔をして俯く花京院の肩に、承太郎の腕が伸びてくる。彼はシャツを脱いでジーンズ一枚の格好をしていた。ふわりと鼻先を掠める石鹸の香りは、承太郎の身体から発されているものだった。彼はここへ来る前に、すでに入浴を済ませてきたと話していた。 抱き寄せられると、タオル地越しに承太郎の体温が伝わってくる。花京院はドキドキと高鳴る心臓に息苦しさを感じながら、横目で彼の剥き出しの肩や胸をそっと観察した。 (大人の、男の人の身体だ) 日に焼けた健康的な肌に引き伸ばされた筋肉や、厚い胸板に無意識に喉を鳴らす。女性の身体にすら興味を抱いたことがないのに、花京院は自分が承太郎の肉体に興奮を覚えていることをハッキリと自覚する。 (あ、まずい……) 半起ちのままどうにか隠していた性器が、タオル地を押し上げるのが分かる。羞恥に頬を染める花京院の股間に、承太郎はそっと手を這わせた。 「ぁ……」 「もう準備できてるのか?」 違う、と否定しようとした唇は塞がれてしまった。そうじゃないんだと、自分でも訳が分からないんだと、戸惑う感情を伝えたくても潜り込んできた肉厚な舌に呼吸さえ奪われて、花京院は背筋を震わせながらきつく目を閉じる。 奥に縮こまる舌を掻き出すようにしてすくわれ、ぬるぬると絡みつく度に飲み込みきれない唾液が口の端から漏れだした。 承太郎の手が花京院の項に触れ、まだほんのりと濡れた髪に差し込まれる。頭皮に緩く爪を立てながら髪を梳かれる感触が、さざ波が立つように甘く皮膚を這う。 「んん、ぅ、……ッ、ぁ、ふ……」 身体の中で小さな地震が起こっているようだった。クラクラと目が回ったように身体を支えきれなくなった花京院は、甘えるように承太郎の胸に身を預け、手を這わせて縋りつく。しっかりと抱きとめてくれる腕に安堵して、少し鼻の奥が痛んだ。 長い口付けに意識をさらわれる中、承太郎の手はバスローブの裾を割って天を仰ぐ性器に触れた。 身を強張らせ、目を開けた花京院の視界の隅で、金色の派手な髪が揺れる。驚くほど近い場所にカメラがあって、承太郎の手の中で脈打つ自身にレンズを向けていた。 「や、め! 録るな……ッ」 咄嗟に口を離して抗議を漏らす唇を、また塞がれる。承太郎の手に襟足ごと後ろ首を固定され、抵抗ができなかった。 そうして存分に口腔を貪られながら、股間を扱かれる。ついさっき出したばかりだというのに、はしたないそれは涎をだらだらと零しながら、承太郎の大きな手の中で震えた。 (なんだよこれ……なんで、こんな……ッ!) 自分でもおかしいと思うくらい、感じてしまうのだろう。勃起した性器をアップで録られ、刺激されている様を何人もの見知らぬ男たちに見られながら。 混濁する意識を繋ぎ止めているのは、承太郎の体温と彼がもたらす快感だけだった。 「ぁ、ぅ……ッ、やめ……出、る」 糸を引きながら離れた唇から漏れだした声が、自分のものではないみたいに甘ったれている。承太郎は目を細めながら笑って、花京院の腰を引き寄せた。 「好きなだけイクといい」 「イッ、あ、嫌だ、っ、それ、うぁ……!」 竿をしっかりと握っている承太郎の親指が、とろとろと先走りを溢れさせる先端の窪みをえぐった。花京院の身体に、またあの高みから打ち付けられるような衝撃が走る。びくびくと腰を跳ねさせながら、またしても彼の手の中に欲望を放った。 「ッ、くぅ、はっ、ぁ、ぁ……」 いよいよ縋りつくだけでは支えられなくなった身体が、ベッドに沈み込む。いつの間にか大きく開かれていた胸元に、横から覆いかぶさるようにして身を乗り出した承太郎が唇を押し当てる。 そのまま、彼は花京院の皮膚の上にいくつもの口付けを落とし、舌を這わせた。ちゅっと音を立てられる度に、身体がひく、ひく、と小さく跳ねる。 「感じやすいんだな、典明の身体は」 それは、いいことなのだろうか。自分ですらこんなにも堪え性のない身体をしているなんて、初めて知った。 不安に揺れる瞳で見上げれば、承太郎は安心させるように目を細めた。たったそれだけの合図で呼吸が幾らか楽になる。 「足、開けるか?」 呆けたような表情で承太郎の顔だけを見つめる花京院は、無意識にこくんと頷いて両足を立て、Mの字を描くように割り開いてみせた。身体が、承太郎の言葉だけを聞くようにプログラムされた機械にでもなったような気がする。 二人が絡み合う様を僅かに離れた場所から撮影していたカメラが、再びぐっと近づいてくる。 (お尻の穴を、録られている……?) 認識した途端に恥ずかしくなって、咄嗟に閉じようとした足が承太郎の力強い腕によって阻まれる。そして、すかさず尻の薄い肉のあわいに手を這わせてきた。 「ヒ、ぁ……っ!?」 彼の指は、酷く濡れていた。シーツに滴るほど濡れたそれは、自身が放った精液かとも思ったが、それだけではないように感じる。じわじわと這うように身体の奥まった場所に触れ、窄まった襞をぬるりと撫でた。 「だ、だめっ、そんなとこ、汚いです!」 「暴れないでくれ。優しくしたい」 「ッ、や、さし……く……? あ、痛ッ!」 承太郎の濡れた指先が、ぬるりと襞の合間を縫って潜り込んできた。人差し指の先端が出たり入ったりしながら中を湿らせようと蠢いている。凄まじいショックと羞恥心に、花京院は両手で顔を覆いながら涙を流した。 時折、承太郎の指がそこから離れる。けれどすぐに潤いと共に戻ってきた。指の隙間からふと動きを追えば、カメラに映らない位置まで伸ばされた承太郎の手に、スタッフが何やら液体を垂らして潤しているのが見えた。 「体勢を変えよう。このままじゃ辛い」 ぽろぽろと涙を零しながらも、花京院の身体は承太郎の指示に従ってしまう。身体と心がバラバラに分離しているような気分だ。 筋肉質な腕に支えられながら、花京院はベッドにうつ伏せると膝を立て、尻だけを突き出す姿勢を取らされた。どれほど醜い姿を晒しているのだろうかと思うと死にたくなったが、羽毛枕に顔を埋めることで視界に何も映らなくなるのはありがたかった。 痛いくらいの視線を突き出した尻の谷間に感じながら、花京院はしゃくりあげる声と涙を枕に吸い込ませる。 太い指が、より深くまで中に潜り込んできた。感じたことのない痛みと異物感に、枕を掴む手に力を込める。 「うぅ……ッ、う……ん」 「力、抜けるか?」 「いた、ぃ……む、り……ッ」 力んでいるのかどうかすら、自分では分からない。ただ、ゆっくりと時間をかけて慣らそうとする承太郎の指が、壊れ物を扱うように慎重で優しいということだけは、分かる。 (本当に、優しくしてくれているんだ) 彼は宣言通り、花京院を傷つけないために尽そうとしてくれている。ここを訪れたとき、カメラマンは花京院を『商品』と言った。丁寧に扱うようでいて、この場にいる人間にとって自分は意志を持たぬ人形も同然なのだ。けれど、承太郎はどこか違う。その指先は確実に花京院の身体を追い詰めるのに、触れる温もりからは血の通った人間味と優しさが感じられた。 だったら、ただ泣いているだけではいけないと思った。 花京院は顔を上げると、羽毛枕に顎を押し付けて大きく息を吸い込んだ。苦痛も一緒に逃がすようにして深呼吸をする。 承太郎の手の平が、励ますように尻を撫でた。そして時間をかけて、ゆっくりと指を一本飲み込んだ。 「は、はぁっ、ぁ……くる、し」 「大丈夫だ。そのまま、ゆっくり深呼吸を」 上手く息を吐き出すことも、吸い込むこともできなかった。それでも自分なりに承太郎の負担を軽くしようと意識した。その努力が実ったのかどうかは分からないが、指一本がいくらかスムーズに出入りするようになった頃、さらなる潤いと共にそれは二本に増やされる。 花京院が苦しげに呻くと承太郎はいちいち手を止めて、肉付きの悪い尻に優しくキスをした。ある程度まで呼吸が落ち着くのを見計らって、また繰り返す。 どれほどの時間、そうしていたか分からない。ぐちぐちという鈍い水音を聞きながら、花京院は苦痛以外の何かがそこに生まれつつあることに気が付いた。 「ひ、ぁ、ッ、なん、か……ッ、変……っ」 肉を掻き分けて押し込まれる瞬間は、苦しくて仕方がない。けれど、じわじわと引き抜かれるとき、花京院の身体にざわざわとした不思議な感覚が生じる。 「いや、だッ! お尻、そん、な」 「よくなってきたか? じゃあここは?」 「――ッ!?」 濡れそぼる指先が、内部の何かに触れる。比較的浅い場所をぐっと押し込まれた瞬間、花京院の目の前が赤く染まり、性器が一気に勃起した。承太郎のもう片方の手が伸びてきて、痛いほど張り詰めるそれを掴む。 中も外も、そのまま強弱をつけて擦られると、声にならない悲鳴があがる。鈍痛にも似た熱と快感に視界がちかちかと点滅して、気づけばシーツを掻き乱しながら身悶えていた。 「ああぁッ、アッ、だめ、それっ、いや、だッ、ひ、ぅ……!!」 ほんの一、二度扱かれただけで、あっけなく絶頂を迎えていた。三度目とは思えないほどに、びゅうびゅうと音を立てて白濁が迸り、シーツを酷く汚してしまう。その上に、花京院は力なく横向きに崩れ落ちた。 自分の身体に何が起こったのかも分からなくて、頭の中がぐちゃぐちゃだった。 「凄いな……初めてで、こんなに乱れるとは」 「ッ!」 責められているのだと思った。涙が止まらず、両手の甲で顔を擦りながら花京院は震える唇を噛み締めた。情けない。きっと呆れられてしまっただろう。はしたないと軽蔑されてしまったかもしれない。 人に嫌われるのは息をするのと等しく自然で、とても簡単なことだ。少なくとも、これまでの花京院にとっては。 「ぅっ、ッ、く……ごめ……」 無様に泣いている花京院の表情を、カメラが舐るように捉えている。あまりの屈辱に、いっそこのまま消えてしまいたいとさえ思った。 か弱く身を震わせる花京院の身体を承太郎が抱きしめる。感じる重みと体温に、一度大きく鼻を啜りながら無意識に縋るような目を向けた。 承太郎は優しく笑って「大丈夫」と熱っぽい吐息で囁く。 「謝る必要はない。とても、可愛かった」 「かわ、いい……?」 「ああ。おれも、我慢ができなくなってきたよ」 「ぁ……」 臀部の辺りに、なにか硬いものが押し付けられて花京院は泣くのも忘れて目を見開いた。 それは勃起した承太郎の性器だった。ジーンズの上からでも十分に伝わる硬度に、顔が火を噴きそうなほど熱くなる。それは同時に、承太郎が嘘をついていないことを証明してもいた。 憂心が彼への絶対的な信頼へと変わり、花京院は承太郎に応えるためにも己を奮い立たせる。 (そうだ、まだ終わらないんだ……むしろ、ここからだ) 身体は最早へとへとだが、これではまだ終われない。花京院にだってそれくらいは分かる。承太郎が一度起き上がると同時に、カメラも花京院から離れた。張り詰めた空気が僅かに綻び、誰かがふっと息をつくのが聞こえた。 承太郎はジーンズと下着を躊躇することなく脱ぎ捨ててしまう。スタッフが手際よくそれを受け取り、同時に小さな包みを手渡している。 花京院の目は承太郎の裸と、身体の中心に釘づけだった。自分のものとは比べものにならない、黒々とした立派な性器が震えるほど脈打ち、ぐんと天を向いていた。 (あれを、入れるのか……あんな、大きなものを……) なぜか身体の奥が疼いた。自分の中に他人が入る。それはどんな感覚だろうか。 指だけでもあれほど苦しかったのだから、きっと想像している以上の苦痛を伴うに違いなかった。 それなのに、花京院は恐怖や不安以上に期待している自分がいることに気がつく。早鐘を打つ心臓の音に、息ができず喉を鳴らした。 承太郎は幾度か自身を扱き、その上からゴムを取り付けようとしていた。スタッフから受け取っていたのはコンドームだったのだと、そこでやっと理解する。 「承太郎さん、なんか今日は様子が違うっすね」 「そうか?」 金髪が手元のカメラのロールチェンジをしながら大きく頷く。 「いつもはもっと淡々としてるっつーか?」 「いいじゃないか! 今日の承太郎はいつもよりさらに素敵だよ! 花京院くんもすっかり安心してるみたいだし」 監督を含めた三人が会話している間、花京院は男性スタッフの一人に抱き起されて、蓋の空いた500mlのペットボトルを差し出されていた。中身はお茶だ。 それをなるべく全部飲み干せと指示されて、戸惑いながらも口をつける。喉は渇いているが、一度に全てというのはなかなか骨が折れそうだ。 承太郎たちが何やら会話をしているのは気になったが、必死に飲み干そうと苦労していると、側にいた男性スタッフが「うーん」と小さな声を上げた。 「?」 ぼんやりと視線を上げて、男の顔を見た。さきほどおかしなことを言ってきた、あの青いキャップの男だった。 目が合うと彼は誤魔化すように笑い、花京院の手から結局半分ほど飲み切るので精一杯だったペットボトルを受け取ると、ベッドから離れて行った。 (会ったことなんか、ないよな……?) 「よし、じゃあ続けようか! 花京院くん、こっからが山場だよ! お茶も飲んだね?」 元気のいい監督の声に、もやもやとした何かが吹き飛んだ。 なんだかよくわからないが、今は些細なことを気にしている場合ではない。 花京院は小さく頷くと、改めて承太郎と向き合った。 * (熱い……) 羽毛枕に背を預け、両足を大きく割り開かされている花京院は、再びカメラが回り出したと同時に熱っぽく息を荒げていた。 気を抜くと意識を手放しそうになるほど、視界がぐらぐらと回っている。どういうわけか、三度も達したはずの性器が触れてもいないのに力を取り戻しつつあった。 (なんだこれ、凄く熱い……身体が、燃えてるみたいに……) 承太郎が片手を花京院の膝裏に差し込み、もう片方の手で自身を掴むと尻の谷間に先端を押し付けてくる。 じわりとした痺れが込み上げて、息を呑む。 「ゆっくり入れるぞ」 「んぅ……」 遠くから監督の喉を鳴らす音が聞こえるような気がしたが、もうそれどころではなかった。承太郎がゆっくりと腰を進めると、濡れた後孔を抉じ開けられる。 「ッ、ぃ、ヒ……ッ!」 案の定、鋭い痛みが全身を走り抜けた。 喉と背を反らし、花京院は口許に手の甲を押し当てて悲鳴を殺す。身体を真っ二つに裂かれるようなイメージに、膝頭ががくがくと震える。 「ぅ、ぁッ、……ッ!!」 「力を抜いて、声を出せ。我慢すると辛いだけだ」 承太郎の手が、花京院の性器に触れる。ねっとりと扱かれると、あの謎の熱が一気に弾けるように爪の先まで広がった。 「ひぁ、ア……ッ、ん、ぐ……あつ、ぃ……ッ!」 「よく効いてるな」 「ッ、なに、が? アッ、入って、く、る……!」 分からないながらも、皮膚の内側で暴走する熱が痛みを覆い隠してくれた。花京院はただ、生まれて初めて身体を暴かれる感覚に泣きながら腰をビクつかせた。 肉の抵抗をものともせず、脈打つ屹立がじわじわと中を抉じ開けて侵入してくる。 「ぁ、いっ、くるし……ッ、だめ、熱い……熱いのが、入って……ッ!」 花京院は両手でシーツを掻きむしった。承太郎が中を満たすほどに、暴走する熱が肥大する。このまま爆ぜて死んでしまうのではないかと思った。 自分の身体が、自分のものではないような気がする。ならばどこに意志が存在するのだろう。そう考えたとき、花京院の目は承太郎しか映していなかった。 全て収まりきると、承太郎は身を乗り出して花京院の濡れた目元にキスをした。 「全部、入ったぞ」 「ぁ、あ……ぅ……お腹、が、くるし……」 「掴まってるといい」 腕を掴まれ、首に回るように誘われる。素直に従い、強く抱き付くと、承太郎が小さく腰を揺らした。馴染ませるようにゆっくりと引き抜かれ、全身が粟立つ。 限界まで広げられ、中を擦られる感覚は花京院から呼吸を奪う。おそらく痛みはある。だけど今はただただ苦しくて、熱かった。 (お腹の中で、ドクドクいってる……!) 「ッ、ぅ」 そのとき、承太郎が低く呻いた。見上げれば、彼は額に大粒の汗を浮き立たせ、歯を食いしばっている。そして花京院の中に深く押し込んだあと、ふっと笑った。 「典明の中、狭くて熱くて……気持ちがいいな」 ちくん、と胸に何かが刺さったような気がした。それは泣きたくなるくらい甘い痛みだった。 「ほんとに、いい……? ぼくの、なか……」 小首を傾げて問えば、彼は喉を鳴らしながら頷いた。 「ああ。凄く、具合がいい」 「嬉し、……あ、ッ、もっと、言って、ください……」 「すぐにイキそうだ。典明の身体、最高にいい」 彼は獣じみたい荒い息遣いを縫って、花京院の名を呼んだ。濡れた吐息が『典明』と吐き出し、それが皮膚をくすぐると同時に花京院は、蕩けた。 「ん、ッ、ぃ……! すご、うれし……ッ、ぁ、も、変になる……っ」 承太郎の動きが段階を経てどんどん大きくなっていった。 彼は何度も花京院の名を呼び、『可愛い』と『気持ちがいい』を繰り返す。その度に涙が出るほど嬉しくて、甘ったるい嬌声が止まらない。 (人に喜ばれたり、褒められるのって、こんなに嬉しいことだったんだ) 舞い上がった気持ちが抑えきれなくなる。 承太郎の手が離れても、花京院の性器は衰えずびくびくと震えていた。前へ後ろへと穿たれる度に、それは濁った涙を零して腹を汚した。 「あっ、ぅ、ッ、なか、擦れて……熱、い……ッ!」 「典明は、声もいいな。もっと聞かせてくれ」 「ふッ、あ! そんな、ァ、嬉しくッ、させな、で……ッ」 身体が熱くて、気持ちがよくて、涙が止まらない。今がずっと続けばいいのにとすら思った。けれど、高波のように襲いくる快楽がそれを許さなかった。 承太郎の手が片方、再び花京院の性器に触れる。抽挿と同じタイミングで扱かれて、目の前に白い火花が散るのが見えた。 「あぁッ、ア、やだ、ぼく、もう……ッ!」 「イクときはイクって言うんだ。わかるか?」 「い、く……? あ、イく、いっくッ、ひ、イッ、あ、ぁッ――!!」 ぐん、と伸びた爪先がシーツを強く掻いた。腰から下が蕩けてしまうような感覚を味わいながら、花京院は真っ赤に染まった性器からすっかり色の薄くなった精液を吐き出す。 「いい子だったな」 視界が眩んだように黒く染まる中、承太郎の声を聞いて花京院はうっすらと微笑む。最後の瞬間まで喜びに胸を膨らませ、やがて底のない沼に沈むようにして意識を手放した。 * あのお茶には軽い興奮剤が入っていたと、そう聞かされたのは意識を取り戻し、軽いインタビューを受けたあとだった。 何を聞かれて何を口走ったかは覚えていない。意識がクリアになってきたのは、汗や体液をシャワーで洗い流している最中だった。 「なるほど、それであんなに熱かったわけだ」 ソファに腰かけながら納得する。 全部飲み干せと言われても半分しか飲めなかったが、全て飲み切っていたら一体どうなっていたのか。考えると少しゾッとした。 「危ないものじゃないよ。ちょっと負担を軽減するサプリメントが入っていただけさ」 「サプリ、ね」 喉が枯れて、下半身に力が入らないだけで他は特に問題ない。初めて受け入れた場所は、てっきり切れて傷ついたとばかり思っていたが、じんじんと痺れているだけで今のところ痛みはなかった。 もうなんでもいいや、という気分で花京院は鼻からゆっくりと息を吐き出すと、背もたれに深く身を預ける。 けれどすぐに思い出したように背筋を伸ばし、辺りをきょろきょろと見渡した。 「あ、もしかして承太郎を探してる?」 「ぁ……ええ、はい」 目を覚ましたとき、そこに承太郎の姿は見えなかった。 こうしてシャワーと着替えを済ませて戻って来ても彼はどこにもおらず、撤収作業に勤しむ少数のスタッフが作業をしているだけだ。 無意識に頬を赤らめ、目を泳がせる花京院に監督はにんまりと笑った。 「彼は明日早いとかで、あれからすぐに帰ったよ。それにしても花京院くんは肝が据わってるね。過去にはあのタッパを見ただけで逃げ出しちゃった子もいたもんだけど。まぁ今日は事前に本人のキャラ設定も……あ、そうだ」 監督は言いかけた言葉を切り、何かを思い出したようにズボンの尻ポケットを探りだした。そして取り出した茶封筒をテーブルの上に置く。 「はい、これ今日のギャラ。確認してごらん」 花京院はおずおずと封筒に手を伸ばした。それなりに分厚い封筒は、中身をチラリと覗いただけでも結構な額が入っていた。 「本当に……こんなに貰えるのですか……」 「素人くんがここまで身体を張って頑張ってくれたからね。どう? 満足してもらえたかな?」 「ま、満足もなにも」 (もちろん嬉しい、けど……いいのだろうか? こんな稼ぎ方……) 確かに身体は張ったが、終わってみれば悪い体験ではなかった気がする。 結果的に花京院は思い切り感じ入ってしまったし、壮絶な羞恥心との戦いではあったが、承太郎に翻弄されるばかりで後半は気にしている暇もなかった。 手の中の重たい感触に茫然とする花京院だったが、監督がぱちんと手を叩く音に顔を上げる。 「花京院くん、君、素質あるね」 「そうでしょうか……?」 「次の撮影もよろしく頼むよ。今回よりもちょっとハードだけど、君ならきっと大丈夫」 「はぁ」 素直に喜んでいいものか、少し迷うところだ。 困惑しつつも、監督の言葉を頭の中で反芻してみる。 (素質、あるのか……?) あれは自身がというよりも、承太郎に腕があったから、ではないのか。 彼に褒められるとつい嬉しくなって、気持ちが高揚した。自分があんなにも乱されてしまったことが、夢でも見ていたのではないかと思うほど信じられない。 すっかり服を着込み、こうして落ち着いて腰かけている今の方が、ずっと不安に思えるくらい承太郎の存在は大きかった。 (ぼくが気を失っている間に、帰ってしまったんだな、承太郎さん) せめてもう一度顔を見て、挨拶くらいはしたかったのに。 (次もまた会えるだろうか。だったら、頑張ってみようか) 酷い動機だということは、自分でもわかっている。だが、どうしてか花京院の胸は期待に膨らみ始めていた。承太郎の声や、笑った顔を思い出すだけで心臓が軽快に弾みだすのを感じる。 それに、たった一日でこれだけの額を稼げるというのは確かに魅力的だ。生まれて初めてのセックスも、驚くほど気持ちがよかった。 この身体は承太郎しか知らないけれど、もし監督がいうように素質なんてものがあるのなら、もう少し試してみる価値はあるかもしれない。 (承太郎さん。次はもう少し、話がしてみたい) 封筒を握りしめて頬を赤らめる様子を、あのキャップをかぶった男がじっと見つめていたことに、花京院が気づくことはなかった。 ←戻る ・ 次へ→
「深呼吸、できるか?」
耳元で囁かれると、背筋に妙な感覚が這いあがる。
かつてこれほど緊張した場面があっただろうか。喉が渇いて上手く声も出せなければ、呼吸もままならない。いっそ吐き気すら覚え、額に滲む冷や汗を止められなかった。
あまりにも現実離れした空間が、今はしんと静まり返っている。
正面にはカメラを構える金髪と、期待に打ち震える監督がいた。さっきまで忙しそうにしていたスタッフたちも、動きを止めて遠くから撮影の様子を見守っている。
こんな場所で、今から痴態を曝さなければいけないなんて。
「ッ……」
そう思うほどに、花京院の表情は青褪め身体は不安で硬直していく。
「花京院くん、下の名前は?」
内緒話をするような小さな声で承太郎が問いかけてきた。花京院は震える息を飲み込んでから、蚊の鳴くような声で「典明」と答える。
「典明くん、か。いい名前だな」
「ッ!」
「典明」
背中から丸ごと包み込むように、長い両腕が身体に回される。
身を竦めてしまったのは一瞬だった。その優しく温かな抱擁と、背中から直に伝わる鼓動に、花京院は徐々に張り詰めていた糸が緩むような感覚を覚えて、ほぅっと息を吐き出した。
(なんでかな)
承太郎の声や、腕の中は、なぜかとても安心できた。まだ緊張は解けないし、突き刺さる視線は痛かったが、少しずつ身体から力が抜けていくような気がする。
節くれだった指先がシャツを僅かにたくし上げ、ウエストにかかった。慣れた手つきでベルトを外される様を、ただじっと見下ろす。心臓が頭の中にあるみたいに、どくどくと大きく高鳴って聞こえた。
「承太郎、花京院くんはあまりオナニー経験ないから、優しくね」
監督が小声で言うのを聞いて、寛げたズボンの中に潜り込もうとしていた承太郎の手が一瞬、止まる。
花京院はギクリと身を強張らせながら唇を噛み締めた。やっぱりおかしいのだろうか。この歳で、まともに自慰を行った経験がないなんて。
さっきまではちっとも気にしていなかったのに、承太郎がどう思ったかを考えるだけでどうしてか不安が込み上げた。
「ぁ、ぼく……」
「大丈夫だ。気にするようなことじゃあない」
耳元で、また承太郎が笑った。その息遣いが耳朶をくすぐる感触に安堵して、花京院はどうしてか少しだけ泣きたい気分になった。
恥ずかしくて仕方がないけれど、この人に任せたらきっと大丈夫。そんな気がして、目を閉じる。
承太郎はゆっくりとズボンに右手を差し込んで、下着の上から柔らかく萎んだ性器を包み込んだ。
「ぅッ……!」
こんな風に他人に触れられるのは生まれて初めてだ。自分ですら必要最低限は触らない場所なのに。花京院は両手で胸元を握りしめ、このいっそ死んでしまいたいほどの羞恥に耐える。
ねっとりと性器をまさぐられると、無意識に腰が跳ねた。咄嗟に逃げようにも腹にはしっかりと承太郎の太い片腕が回っている。思わず両手でその腕を掴んで引き離そうとしても、うまく力が入らないせいかビクともしなかった。
やがて、承太郎の唇が花京院の髪に鼻先を擦りつけるようにしながら、耳たぶに触れた。しっとりと濡れた感触が、音を立てながら吸いついてくる。
「ひぅ……ッ!」
ちゅくちゅくと耳を食まれ、穴に舌を差し込まれる感覚についおかしな声が漏れてしまった。ダイレクトに響く水音のいやらしさに嫌々と首を振ると、承太郎の唇は耳の裏側をねっとりと舐め上げ、そのまま首筋へと這わされた。
「ッ、ぁ、くすぐった、ぃ……っ」
果たしてこの全身が一気に総毛立つような感覚が、くすぐったいという拙い言葉で片付けられるものなのか、花京院にはわからない。
けれど承太郎の肉厚な唇に薄い皮膚を吸われ、脇腹を緩く撫でられながら優しく性器を揉まれているうちに、身体の中心に向かってずくずくという鈍い痺れが走るようになっていた。
(なんか、変だ……身体がどんどん、熱くなる……)
気づけば床についた両足が爪先だけで踏ん張っていて、膝小僧がかくかくと痙攣していた。承太郎が下着の中に手を差し込むと、すっかり形を変えた自身の性器が顔を出す。花京院は、承太郎の手の中で勃起していた。
「や、ぁ……ッ、う、そ……?」
咄嗟に両手で口元を覆った。金髪がカメラを上から下へと舐め上げるように走らせるのが分かる。恥ずかしい。消えてなくなってしまいたいくらいに。
監督が鼻息を荒げているのが聞こえる。いつしか男性スタッフたちの視線がやけに熱っぽくなっていて、それらが全て自分に向けられているのだと思うと、震えが止まらず歯の音が鳴った。
(こんなの……やっぱり無理だ……!)
「典明」
鼓膜を震わせるほど甘く、低い声で名前を呼ばれて、思わず肩がビクンと跳ねた。
彼は花京院の耳元に強く唇を押し付けて、自分にしか聞こえないような小さな吐息を漏らす。
「大丈夫だ。何も怖くない」
「ッ、ぅ……だっ、て……こんな……」
「可愛いな、君は」
「!?」
(また、言った……可愛いって……)
こんな決して小さくもなければ華奢ではない自分のどこを見て、そんな冗談が言えるのだろう。
力なく否定の意味を込めて首を振る花京院に、承太郎はもう一度「可愛い」と言った。
どうしてだろう。それはまるで魔法の言葉のようだった。絶対に嘘に決まっているのに。無様に震える姿を憐れまれているだけに違いないのに。
角砂糖が熱湯に触れて、一瞬で溶け出すみたいに、花京院はとろんと瞳を潤ませた。
「ほんと、に」
「ん」
「可愛い、ですか……?」
顔を向けて問えば、承太郎はふっと笑って頷いた。そして、先走りを浮かせる性器を優しく扱きだす。
「もっと声を聞かせてくれ」
「ふ、ぁッ、ぅ……、やだ……」
甘えた駄々っ子のように首を振る度に、承太郎は優しい声音で「可愛い」と繰り返す。その都度どんどん身も心も蕩けていくのを感じて、花京院は胸を疼かせながら涙を零した。
(もっと、言ってほしい)
先端から滲みだす液体の力を借りて、承太郎の手の動きがスムーズなものになっていく。いやらしい水音が熱気を帯びた室内に響き渡っている。
羞恥心よりも、承太郎に褒められながら性器を刺激されることに、花京院の身体は悦び打ち震えていた。
「ぅ、んッ……ぁ、もっと」
「もっと?」
「んッ、ぅん……もっと、言って、ください……もっと……」
――褒めて。
承太郎はなにかを心得たかのように、吐息混じりの声を漏らした。
そして花京院の腰を抱く腕の力を強め、首筋にちゅっと音を立てながら口付ける。
「可愛いぞ典明。肌も白くて、綺麗だな」
「――ッ! アッ、ぅ……ッ!」
ビクン、と腰が跳ね、胸を突きだすようにして背を反らす。
高い場所から一気に落下して、全身を打ち付けるような衝撃が走る。なんて暴力的な熱なんだろう。そのくせ噎せるほどに甘ったるい。
生まれて初めての快感に頭の芯まで痺れを感じる。花京院は声もなく口をぱくぱくとさせ、駆け抜ける電流に翻弄されるままに承太郎の手に白濁を放った。
「――ッ、ん、は……、はぁ……っ!」
四肢がじんと痺れ、絶頂の余韻に震える花京院の身体を、承太郎の力強い腕が抱き押さえる。まるで守られているみたいで、安堵の涙が頬を伝った。
その濡れた頬に、温かな唇が押し付けられる。目に見えない何かが、内側で膨らみ切っているのを感じた。これが充足感というものだろうか。もはやカメラが回っていることも、幾人もの視線にさらされていることも、全てがどうでもよくなっていた。
はかはかと忙しなく呼吸を繰り返しながら、力の抜けきった身体をくったりと承太郎に預ける。彼はスタッフがそっと差し出したティッシュで手を軽く拭ったあと、嬉しそうに小さく笑った。
「上手にイケたじゃないか」
「はい……気持ちよかった、です……」
「素直だな、典明は」
蕩けきった瞳を向けると、承太郎の手が頬にかかる。近い距離にあった顔がさらに距離を縮める瞬間、花京院は無意識に目を閉じた。
唇同士が触れ合うと、甘酸っぱい感情が胸を締め付ける。快感を得ることも、心が満たされることも、キスをすることも。このたった短い時間で、全てこの人に初めてを捧げてしまった。とても不思議な気分だった。
「よし、オッケー!」
しっとりと濡れた空気を壊すように、前屈みで拳を震わせる監督の声が響き渡った。
「花京院くん、このぶんだと大丈夫そうだね。続きイケるね?」
「続き……?」
「最後まで頑張ってくれれば、帰る頃には君の財布はパンパンだろうね」
正直、このとき花京院の頭からはギャラという言葉はすっかり消えていた。ただ身体がふわふわして、力が入らない。
(最後まで……するっていうのは)
この承太郎という男に、抱かれるということか。
花京院はまだどこか夢心地の状態で、監督の言葉にこくんと頷いていた。
*
白いタイルの浴室は広々としていて、最低限の石鹸とシャンプーだけが置いてある。この家自体、それなりに家具はあるのに生活感が感じられないのは、こういった撮影に使うために貸し出しているにすぎないスタジオだからだ。
温めのシャワーを浴びながら、花京院はなんとなくぼんやりと排水溝に吸い込まれていく、透明な流れを見つめていた。
(空条承太郎さん、か)
驚いたことに彼はまだ20代前半で、普段はごく普通の学生をしているらしい。落ち着いた態度や口調に、もっとずっと年齢が離れているものとばかり思い込んでいたのだが。
だがそれ以上に、花京院にはこれから自分の身に起こることの方がずっと重大だった。
一生縁がないと思っていたセックスを、こんな形で経験することになるなんて。
見知らぬ男たちの前で裸になって、契約書にサインをした時ですら深く考えていなかったが、いざとなるとおかしな気分だ。
だけど、その初めての相手が承太郎でよかった、と安堵している自分もいる。
ついさっき出会ったばかりの人に、ここまで依存するのもどうかとは思うが、例えば人それぞれに波長というものがあるのだとしたら、承太郎は花京院がつい身を預けてしまいたくなるようなそれを持っているのだと思う。あるいは、そう思わせるのがプロの技なのか。
『可愛いな、君は』
思い出すだけで、身体に火がともったように熱くなる。
誰かに下の名前を呼ばれたのも、ひどく久しぶりだったように思う。最後に呼ばれたのはいつだったろう。実の母親にすら、まともに呼ばれた記憶がない。
「ッ……!」
マズイ、と思ったときには、花京院は再び勃起していた。
誰が見てるわけでもないのに目を泳がせ、咄嗟に股間に両手を差し込んで押さえる。自分はこんなにもはしたない身体をしていたのか。たかが一度解放されただけで、まるでタガが外れたようだった。
「ど、どうすれば……」
情けなく涙目になったところで、助けてくれる人間はいない。
かと言って自分で慰めるのも気が引けて、花京院は湯の設定を低くすると深呼吸をする。これで落ち着くかどうかも分からないけれど、あまり長風呂をして待たせるのも悪い。
下半身に目をやると、自身はまだ僅かに起ちあがっていたが、仕方なくシャワーを止めて浴室を出た。
*
タオル地のバスローブ一枚になった花京院は、その後すぐにパッケージ撮りというものをさせられた。
さほど時間がかからず済んだものの、下半身に問題を抱えていた花京院はバレないように両足を擦りあわせたり、さりげなく手を置いて隠すことに忙しかった。
それらが終わると、今度は簡単な打ち合わせがあった。承太郎と並んでベッドの縁に腰かけて、監督の指示に耳を傾けた。
ベッド周りでは照明器具や配線の確認作業に数人のスタッフが取り掛かっていて、その落ち着かなさに正直あまり集中できなかった。
ただ、細かな台本があるわけでもないし、我慢せず素の反応をしてくれればいいと言われた。嫌なら嫌、痛いなら痛い、気持ちがいいなら素直に感じて、声も我慢しなくていいと。
その自由度にむしろ不安を覚えたけれど、承太郎に全て任せておけばいいと言われてホッとした。
そうして、監督の合図と共に撮影はスタートした。
ベッド端に腰かけたまま赤い顔をして俯く花京院の肩に、承太郎の腕が伸びてくる。彼はシャツを脱いでジーンズ一枚の格好をしていた。ふわりと鼻先を掠める石鹸の香りは、承太郎の身体から発されているものだった。彼はここへ来る前に、すでに入浴を済ませてきたと話していた。
抱き寄せられると、タオル地越しに承太郎の体温が伝わってくる。花京院はドキドキと高鳴る心臓に息苦しさを感じながら、横目で彼の剥き出しの肩や胸をそっと観察した。
(大人の、男の人の身体だ)
日に焼けた健康的な肌に引き伸ばされた筋肉や、厚い胸板に無意識に喉を鳴らす。女性の身体にすら興味を抱いたことがないのに、花京院は自分が承太郎の肉体に興奮を覚えていることをハッキリと自覚する。
(あ、まずい……)
半起ちのままどうにか隠していた性器が、タオル地を押し上げるのが分かる。羞恥に頬を染める花京院の股間に、承太郎はそっと手を這わせた。
「ぁ……」
「もう準備できてるのか?」
違う、と否定しようとした唇は塞がれてしまった。そうじゃないんだと、自分でも訳が分からないんだと、戸惑う感情を伝えたくても潜り込んできた肉厚な舌に呼吸さえ奪われて、花京院は背筋を震わせながらきつく目を閉じる。
奥に縮こまる舌を掻き出すようにしてすくわれ、ぬるぬると絡みつく度に飲み込みきれない唾液が口の端から漏れだした。
承太郎の手が花京院の項に触れ、まだほんのりと濡れた髪に差し込まれる。頭皮に緩く爪を立てながら髪を梳かれる感触が、さざ波が立つように甘く皮膚を這う。
「んん、ぅ、……ッ、ぁ、ふ……」
身体の中で小さな地震が起こっているようだった。クラクラと目が回ったように身体を支えきれなくなった花京院は、甘えるように承太郎の胸に身を預け、手を這わせて縋りつく。しっかりと抱きとめてくれる腕に安堵して、少し鼻の奥が痛んだ。
長い口付けに意識をさらわれる中、承太郎の手はバスローブの裾を割って天を仰ぐ性器に触れた。
身を強張らせ、目を開けた花京院の視界の隅で、金色の派手な髪が揺れる。驚くほど近い場所にカメラがあって、承太郎の手の中で脈打つ自身にレンズを向けていた。
「や、め! 録るな……ッ」
咄嗟に口を離して抗議を漏らす唇を、また塞がれる。承太郎の手に襟足ごと後ろ首を固定され、抵抗ができなかった。
そうして存分に口腔を貪られながら、股間を扱かれる。ついさっき出したばかりだというのに、はしたないそれは涎をだらだらと零しながら、承太郎の大きな手の中で震えた。
(なんだよこれ……なんで、こんな……ッ!)
自分でもおかしいと思うくらい、感じてしまうのだろう。勃起した性器をアップで録られ、刺激されている様を何人もの見知らぬ男たちに見られながら。
混濁する意識を繋ぎ止めているのは、承太郎の体温と彼がもたらす快感だけだった。
「ぁ、ぅ……ッ、やめ……出、る」
糸を引きながら離れた唇から漏れだした声が、自分のものではないみたいに甘ったれている。承太郎は目を細めながら笑って、花京院の腰を引き寄せた。
「好きなだけイクといい」
「イッ、あ、嫌だ、っ、それ、うぁ……!」
竿をしっかりと握っている承太郎の親指が、とろとろと先走りを溢れさせる先端の窪みをえぐった。花京院の身体に、またあの高みから打ち付けられるような衝撃が走る。びくびくと腰を跳ねさせながら、またしても彼の手の中に欲望を放った。
「ッ、くぅ、はっ、ぁ、ぁ……」
いよいよ縋りつくだけでは支えられなくなった身体が、ベッドに沈み込む。いつの間にか大きく開かれていた胸元に、横から覆いかぶさるようにして身を乗り出した承太郎が唇を押し当てる。
そのまま、彼は花京院の皮膚の上にいくつもの口付けを落とし、舌を這わせた。ちゅっと音を立てられる度に、身体がひく、ひく、と小さく跳ねる。
「感じやすいんだな、典明の身体は」
それは、いいことなのだろうか。自分ですらこんなにも堪え性のない身体をしているなんて、初めて知った。
不安に揺れる瞳で見上げれば、承太郎は安心させるように目を細めた。たったそれだけの合図で呼吸が幾らか楽になる。
「足、開けるか?」
呆けたような表情で承太郎の顔だけを見つめる花京院は、無意識にこくんと頷いて両足を立て、Mの字を描くように割り開いてみせた。身体が、承太郎の言葉だけを聞くようにプログラムされた機械にでもなったような気がする。
二人が絡み合う様を僅かに離れた場所から撮影していたカメラが、再びぐっと近づいてくる。
(お尻の穴を、録られている……?)
認識した途端に恥ずかしくなって、咄嗟に閉じようとした足が承太郎の力強い腕によって阻まれる。そして、すかさず尻の薄い肉のあわいに手を這わせてきた。
「ヒ、ぁ……っ!?」
彼の指は、酷く濡れていた。シーツに滴るほど濡れたそれは、自身が放った精液かとも思ったが、それだけではないように感じる。じわじわと這うように身体の奥まった場所に触れ、窄まった襞をぬるりと撫でた。
「だ、だめっ、そんなとこ、汚いです!」
「暴れないでくれ。優しくしたい」
「ッ、や、さし……く……? あ、痛ッ!」
承太郎の濡れた指先が、ぬるりと襞の合間を縫って潜り込んできた。人差し指の先端が出たり入ったりしながら中を湿らせようと蠢いている。凄まじいショックと羞恥心に、花京院は両手で顔を覆いながら涙を流した。
時折、承太郎の指がそこから離れる。けれどすぐに潤いと共に戻ってきた。指の隙間からふと動きを追えば、カメラに映らない位置まで伸ばされた承太郎の手に、スタッフが何やら液体を垂らして潤しているのが見えた。
「体勢を変えよう。このままじゃ辛い」
ぽろぽろと涙を零しながらも、花京院の身体は承太郎の指示に従ってしまう。身体と心がバラバラに分離しているような気分だ。
筋肉質な腕に支えられながら、花京院はベッドにうつ伏せると膝を立て、尻だけを突き出す姿勢を取らされた。どれほど醜い姿を晒しているのだろうかと思うと死にたくなったが、羽毛枕に顔を埋めることで視界に何も映らなくなるのはありがたかった。
痛いくらいの視線を突き出した尻の谷間に感じながら、花京院はしゃくりあげる声と涙を枕に吸い込ませる。
太い指が、より深くまで中に潜り込んできた。感じたことのない痛みと異物感に、枕を掴む手に力を込める。
「うぅ……ッ、う……ん」
「力、抜けるか?」
「いた、ぃ……む、り……ッ」
力んでいるのかどうかすら、自分では分からない。ただ、ゆっくりと時間をかけて慣らそうとする承太郎の指が、壊れ物を扱うように慎重で優しいということだけは、分かる。
(本当に、優しくしてくれているんだ)
彼は宣言通り、花京院を傷つけないために尽そうとしてくれている。ここを訪れたとき、カメラマンは花京院を『商品』と言った。丁寧に扱うようでいて、この場にいる人間にとって自分は意志を持たぬ人形も同然なのだ。けれど、承太郎はどこか違う。その指先は確実に花京院の身体を追い詰めるのに、触れる温もりからは血の通った人間味と優しさが感じられた。
だったら、ただ泣いているだけではいけないと思った。
花京院は顔を上げると、羽毛枕に顎を押し付けて大きく息を吸い込んだ。苦痛も一緒に逃がすようにして深呼吸をする。
承太郎の手の平が、励ますように尻を撫でた。そして時間をかけて、ゆっくりと指を一本飲み込んだ。
「は、はぁっ、ぁ……くる、し」
「大丈夫だ。そのまま、ゆっくり深呼吸を」
上手く息を吐き出すことも、吸い込むこともできなかった。それでも自分なりに承太郎の負担を軽くしようと意識した。その努力が実ったのかどうかは分からないが、指一本がいくらかスムーズに出入りするようになった頃、さらなる潤いと共にそれは二本に増やされる。
花京院が苦しげに呻くと承太郎はいちいち手を止めて、肉付きの悪い尻に優しくキスをした。ある程度まで呼吸が落ち着くのを見計らって、また繰り返す。
どれほどの時間、そうしていたか分からない。ぐちぐちという鈍い水音を聞きながら、花京院は苦痛以外の何かがそこに生まれつつあることに気が付いた。
「ひ、ぁ、ッ、なん、か……ッ、変……っ」
肉を掻き分けて押し込まれる瞬間は、苦しくて仕方がない。けれど、じわじわと引き抜かれるとき、花京院の身体にざわざわとした不思議な感覚が生じる。
「いや、だッ! お尻、そん、な」
「よくなってきたか? じゃあここは?」
「――ッ!?」
濡れそぼる指先が、内部の何かに触れる。比較的浅い場所をぐっと押し込まれた瞬間、花京院の目の前が赤く染まり、性器が一気に勃起した。承太郎のもう片方の手が伸びてきて、痛いほど張り詰めるそれを掴む。
中も外も、そのまま強弱をつけて擦られると、声にならない悲鳴があがる。鈍痛にも似た熱と快感に視界がちかちかと点滅して、気づけばシーツを掻き乱しながら身悶えていた。
「ああぁッ、アッ、だめ、それっ、いや、だッ、ひ、ぅ……!!」
ほんの一、二度扱かれただけで、あっけなく絶頂を迎えていた。三度目とは思えないほどに、びゅうびゅうと音を立てて白濁が迸り、シーツを酷く汚してしまう。その上に、花京院は力なく横向きに崩れ落ちた。
自分の身体に何が起こったのかも分からなくて、頭の中がぐちゃぐちゃだった。
「凄いな……初めてで、こんなに乱れるとは」
「ッ!」
責められているのだと思った。涙が止まらず、両手の甲で顔を擦りながら花京院は震える唇を噛み締めた。情けない。きっと呆れられてしまっただろう。はしたないと軽蔑されてしまったかもしれない。
人に嫌われるのは息をするのと等しく自然で、とても簡単なことだ。少なくとも、これまでの花京院にとっては。
「ぅっ、ッ、く……ごめ……」
無様に泣いている花京院の表情を、カメラが舐るように捉えている。あまりの屈辱に、いっそこのまま消えてしまいたいとさえ思った。
か弱く身を震わせる花京院の身体を承太郎が抱きしめる。感じる重みと体温に、一度大きく鼻を啜りながら無意識に縋るような目を向けた。
承太郎は優しく笑って「大丈夫」と熱っぽい吐息で囁く。
「謝る必要はない。とても、可愛かった」
「かわ、いい……?」
「ああ。おれも、我慢ができなくなってきたよ」
「ぁ……」
臀部の辺りに、なにか硬いものが押し付けられて花京院は泣くのも忘れて目を見開いた。
それは勃起した承太郎の性器だった。ジーンズの上からでも十分に伝わる硬度に、顔が火を噴きそうなほど熱くなる。それは同時に、承太郎が嘘をついていないことを証明してもいた。
憂心が彼への絶対的な信頼へと変わり、花京院は承太郎に応えるためにも己を奮い立たせる。
(そうだ、まだ終わらないんだ……むしろ、ここからだ)
身体は最早へとへとだが、これではまだ終われない。花京院にだってそれくらいは分かる。承太郎が一度起き上がると同時に、カメラも花京院から離れた。張り詰めた空気が僅かに綻び、誰かがふっと息をつくのが聞こえた。
承太郎はジーンズと下着を躊躇することなく脱ぎ捨ててしまう。スタッフが手際よくそれを受け取り、同時に小さな包みを手渡している。
花京院の目は承太郎の裸と、身体の中心に釘づけだった。自分のものとは比べものにならない、黒々とした立派な性器が震えるほど脈打ち、ぐんと天を向いていた。
(あれを、入れるのか……あんな、大きなものを……)
なぜか身体の奥が疼いた。自分の中に他人が入る。それはどんな感覚だろうか。
指だけでもあれほど苦しかったのだから、きっと想像している以上の苦痛を伴うに違いなかった。
それなのに、花京院は恐怖や不安以上に期待している自分がいることに気がつく。早鐘を打つ心臓の音に、息ができず喉を鳴らした。
承太郎は幾度か自身を扱き、その上からゴムを取り付けようとしていた。スタッフから受け取っていたのはコンドームだったのだと、そこでやっと理解する。
「承太郎さん、なんか今日は様子が違うっすね」
「そうか?」
金髪が手元のカメラのロールチェンジをしながら大きく頷く。
「いつもはもっと淡々としてるっつーか?」
「いいじゃないか! 今日の承太郎はいつもよりさらに素敵だよ! 花京院くんもすっかり安心してるみたいだし」
監督を含めた三人が会話している間、花京院は男性スタッフの一人に抱き起されて、蓋の空いた500mlのペットボトルを差し出されていた。中身はお茶だ。
それをなるべく全部飲み干せと指示されて、戸惑いながらも口をつける。喉は渇いているが、一度に全てというのはなかなか骨が折れそうだ。
承太郎たちが何やら会話をしているのは気になったが、必死に飲み干そうと苦労していると、側にいた男性スタッフが「うーん」と小さな声を上げた。
「?」
ぼんやりと視線を上げて、男の顔を見た。さきほどおかしなことを言ってきた、あの青いキャップの男だった。
目が合うと彼は誤魔化すように笑い、花京院の手から結局半分ほど飲み切るので精一杯だったペットボトルを受け取ると、ベッドから離れて行った。
(会ったことなんか、ないよな……?)
「よし、じゃあ続けようか! 花京院くん、こっからが山場だよ! お茶も飲んだね?」
元気のいい監督の声に、もやもやとした何かが吹き飛んだ。
なんだかよくわからないが、今は些細なことを気にしている場合ではない。
花京院は小さく頷くと、改めて承太郎と向き合った。
*
(熱い……)
羽毛枕に背を預け、両足を大きく割り開かされている花京院は、再びカメラが回り出したと同時に熱っぽく息を荒げていた。
気を抜くと意識を手放しそうになるほど、視界がぐらぐらと回っている。どういうわけか、三度も達したはずの性器が触れてもいないのに力を取り戻しつつあった。
(なんだこれ、凄く熱い……身体が、燃えてるみたいに……)
承太郎が片手を花京院の膝裏に差し込み、もう片方の手で自身を掴むと尻の谷間に先端を押し付けてくる。
じわりとした痺れが込み上げて、息を呑む。
「ゆっくり入れるぞ」
「んぅ……」
遠くから監督の喉を鳴らす音が聞こえるような気がしたが、もうそれどころではなかった。承太郎がゆっくりと腰を進めると、濡れた後孔を抉じ開けられる。
「ッ、ぃ、ヒ……ッ!」
案の定、鋭い痛みが全身を走り抜けた。
喉と背を反らし、花京院は口許に手の甲を押し当てて悲鳴を殺す。身体を真っ二つに裂かれるようなイメージに、膝頭ががくがくと震える。
「ぅ、ぁッ、……ッ!!」
「力を抜いて、声を出せ。我慢すると辛いだけだ」
承太郎の手が、花京院の性器に触れる。ねっとりと扱かれると、あの謎の熱が一気に弾けるように爪の先まで広がった。
「ひぁ、ア……ッ、ん、ぐ……あつ、ぃ……ッ!」
「よく効いてるな」
「ッ、なに、が? アッ、入って、く、る……!」
分からないながらも、皮膚の内側で暴走する熱が痛みを覆い隠してくれた。花京院はただ、生まれて初めて身体を暴かれる感覚に泣きながら腰をビクつかせた。
肉の抵抗をものともせず、脈打つ屹立がじわじわと中を抉じ開けて侵入してくる。
「ぁ、いっ、くるし……ッ、だめ、熱い……熱いのが、入って……ッ!」
花京院は両手でシーツを掻きむしった。承太郎が中を満たすほどに、暴走する熱が肥大する。このまま爆ぜて死んでしまうのではないかと思った。
自分の身体が、自分のものではないような気がする。ならばどこに意志が存在するのだろう。そう考えたとき、花京院の目は承太郎しか映していなかった。
全て収まりきると、承太郎は身を乗り出して花京院の濡れた目元にキスをした。
「全部、入ったぞ」
「ぁ、あ……ぅ……お腹、が、くるし……」
「掴まってるといい」
腕を掴まれ、首に回るように誘われる。素直に従い、強く抱き付くと、承太郎が小さく腰を揺らした。馴染ませるようにゆっくりと引き抜かれ、全身が粟立つ。
限界まで広げられ、中を擦られる感覚は花京院から呼吸を奪う。おそらく痛みはある。だけど今はただただ苦しくて、熱かった。
(お腹の中で、ドクドクいってる……!)
「ッ、ぅ」
そのとき、承太郎が低く呻いた。見上げれば、彼は額に大粒の汗を浮き立たせ、歯を食いしばっている。そして花京院の中に深く押し込んだあと、ふっと笑った。
「典明の中、狭くて熱くて……気持ちがいいな」
ちくん、と胸に何かが刺さったような気がした。それは泣きたくなるくらい甘い痛みだった。
「ほんとに、いい……? ぼくの、なか……」
小首を傾げて問えば、彼は喉を鳴らしながら頷いた。
「ああ。凄く、具合がいい」
「嬉し、……あ、ッ、もっと、言って、ください……」
「すぐにイキそうだ。典明の身体、最高にいい」
彼は獣じみたい荒い息遣いを縫って、花京院の名を呼んだ。濡れた吐息が『典明』と吐き出し、それが皮膚をくすぐると同時に花京院は、蕩けた。
「ん、ッ、ぃ……! すご、うれし……ッ、ぁ、も、変になる……っ」
承太郎の動きが段階を経てどんどん大きくなっていった。
彼は何度も花京院の名を呼び、『可愛い』と『気持ちがいい』を繰り返す。その度に涙が出るほど嬉しくて、甘ったるい嬌声が止まらない。
(人に喜ばれたり、褒められるのって、こんなに嬉しいことだったんだ)
舞い上がった気持ちが抑えきれなくなる。
承太郎の手が離れても、花京院の性器は衰えずびくびくと震えていた。前へ後ろへと穿たれる度に、それは濁った涙を零して腹を汚した。
「あっ、ぅ、ッ、なか、擦れて……熱、い……ッ!」
「典明は、声もいいな。もっと聞かせてくれ」
「ふッ、あ! そんな、ァ、嬉しくッ、させな、で……ッ」
身体が熱くて、気持ちがよくて、涙が止まらない。今がずっと続けばいいのにとすら思った。けれど、高波のように襲いくる快楽がそれを許さなかった。
承太郎の手が片方、再び花京院の性器に触れる。抽挿と同じタイミングで扱かれて、目の前に白い火花が散るのが見えた。
「あぁッ、ア、やだ、ぼく、もう……ッ!」
「イクときはイクって言うんだ。わかるか?」
「い、く……? あ、イく、いっくッ、ひ、イッ、あ、ぁッ――!!」
ぐん、と伸びた爪先がシーツを強く掻いた。腰から下が蕩けてしまうような感覚を味わいながら、花京院は真っ赤に染まった性器からすっかり色の薄くなった精液を吐き出す。
「いい子だったな」
視界が眩んだように黒く染まる中、承太郎の声を聞いて花京院はうっすらと微笑む。最後の瞬間まで喜びに胸を膨らませ、やがて底のない沼に沈むようにして意識を手放した。
*
あのお茶には軽い興奮剤が入っていたと、そう聞かされたのは意識を取り戻し、軽いインタビューを受けたあとだった。
何を聞かれて何を口走ったかは覚えていない。意識がクリアになってきたのは、汗や体液をシャワーで洗い流している最中だった。
「なるほど、それであんなに熱かったわけだ」
ソファに腰かけながら納得する。
全部飲み干せと言われても半分しか飲めなかったが、全て飲み切っていたら一体どうなっていたのか。考えると少しゾッとした。
「危ないものじゃないよ。ちょっと負担を軽減するサプリメントが入っていただけさ」
「サプリ、ね」
喉が枯れて、下半身に力が入らないだけで他は特に問題ない。初めて受け入れた場所は、てっきり切れて傷ついたとばかり思っていたが、じんじんと痺れているだけで今のところ痛みはなかった。
もうなんでもいいや、という気分で花京院は鼻からゆっくりと息を吐き出すと、背もたれに深く身を預ける。
けれどすぐに思い出したように背筋を伸ばし、辺りをきょろきょろと見渡した。
「あ、もしかして承太郎を探してる?」
「ぁ……ええ、はい」
目を覚ましたとき、そこに承太郎の姿は見えなかった。
こうしてシャワーと着替えを済ませて戻って来ても彼はどこにもおらず、撤収作業に勤しむ少数のスタッフが作業をしているだけだ。
無意識に頬を赤らめ、目を泳がせる花京院に監督はにんまりと笑った。
「彼は明日早いとかで、あれからすぐに帰ったよ。それにしても花京院くんは肝が据わってるね。過去にはあのタッパを見ただけで逃げ出しちゃった子もいたもんだけど。まぁ今日は事前に本人のキャラ設定も……あ、そうだ」
監督は言いかけた言葉を切り、何かを思い出したようにズボンの尻ポケットを探りだした。そして取り出した茶封筒をテーブルの上に置く。
「はい、これ今日のギャラ。確認してごらん」
花京院はおずおずと封筒に手を伸ばした。それなりに分厚い封筒は、中身をチラリと覗いただけでも結構な額が入っていた。
「本当に……こんなに貰えるのですか……」
「素人くんがここまで身体を張って頑張ってくれたからね。どう? 満足してもらえたかな?」
「ま、満足もなにも」
(もちろん嬉しい、けど……いいのだろうか? こんな稼ぎ方……)
確かに身体は張ったが、終わってみれば悪い体験ではなかった気がする。
結果的に花京院は思い切り感じ入ってしまったし、壮絶な羞恥心との戦いではあったが、承太郎に翻弄されるばかりで後半は気にしている暇もなかった。
手の中の重たい感触に茫然とする花京院だったが、監督がぱちんと手を叩く音に顔を上げる。
「花京院くん、君、素質あるね」
「そうでしょうか……?」
「次の撮影もよろしく頼むよ。今回よりもちょっとハードだけど、君ならきっと大丈夫」
「はぁ」
素直に喜んでいいものか、少し迷うところだ。
困惑しつつも、監督の言葉を頭の中で反芻してみる。
(素質、あるのか……?)
あれは自身がというよりも、承太郎に腕があったから、ではないのか。
彼に褒められるとつい嬉しくなって、気持ちが高揚した。自分があんなにも乱されてしまったことが、夢でも見ていたのではないかと思うほど信じられない。
すっかり服を着込み、こうして落ち着いて腰かけている今の方が、ずっと不安に思えるくらい承太郎の存在は大きかった。
(ぼくが気を失っている間に、帰ってしまったんだな、承太郎さん)
せめてもう一度顔を見て、挨拶くらいはしたかったのに。
(次もまた会えるだろうか。だったら、頑張ってみようか)
酷い動機だということは、自分でもわかっている。だが、どうしてか花京院の胸は期待に膨らみ始めていた。承太郎の声や、笑った顔を思い出すだけで心臓が軽快に弾みだすのを感じる。
それに、たった一日でこれだけの額を稼げるというのは確かに魅力的だ。生まれて初めてのセックスも、驚くほど気持ちがよかった。
この身体は承太郎しか知らないけれど、もし監督がいうように素質なんてものがあるのなら、もう少し試してみる価値はあるかもしれない。
(承太郎さん。次はもう少し、話がしてみたい)
封筒を握りしめて頬を赤らめる様子を、あのキャップをかぶった男がじっと見つめていたことに、花京院が気づくことはなかった。
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