海神島の楽園二号店は、昼時の喧騒の中にあった。
「操ちゃん! コーヒーのおかわりもらえるかい?」
「はぁーい!」
「あ、こっちも頼むよ! ついでにナポリタン大盛り追加で!」
「わかった! ちょっと待ってて!」
「おーい操ちゃん、一騎カレーまだ来てないよ~」
「あっ、忘れてたー!」
店内を賑わせているのは、主にタンクトップの角刈り集団だった。お洒落でレトロな洋風喫茶が、おかげでラグビー部の部室のようになっている。
そんなむさ苦しい集団のなかを、真っ赤なシャツにエプロン姿で動き回っている操は、まるで花から花……いや、筋肉から筋肉へと飛び回る蝶のようだった。
「操ちゃんは元気だねぇ。いつもニコニコして可愛いし」
誰かがぽつりとこぼした言葉を聞いて、みな一様に頷いている。女性店員がいないこともあってか、幼く中性的な顔立ちの操は野郎どものアイドル的存在になっていた。
店を構えた当初はテーブルを磨くことさえ満足にできなかった彼だが、今ではだいぶ慣れて接客を任せられるほどになっている。まだそそっかしいところはあるものの、操はすっかり人々の中に溶け込んでいた。
(来主……)
甲洋はパタパタと動き回っている操のことを、カウンターでグラスを磨きながら目を細めて見つめていた。
男たちに話しかけられては無邪気に笑い、楽しそうに言葉を交わすその姿に、胸の表面を覆う膜が乾いた音を立てながらひび割れていくような感覚を覚える。
それは郷愁と共に懐かしい痛みを甲洋の中に呼び覚ました。ただ一途に想い焦がれて、叶わぬままに終わりを告げた恋慕の記憶を。
「操ちゃん、背中に猫の毛がついてるよ」
「え? うそ、どこどこ?」
「ほらここ」
そのとき男の一人が操の背に手を伸ばし、指先で猫毛を摘みとった。目を丸くしながら首をひねってそれを見ていた操は、「ほんとだぁ」と言って照れたような笑みを浮かべる。
「駄目だろ、飲食店なんだからさ」
「ちゃんとコロコロかけたと思ったのにな。ありがと、おじさん!」
「……ッ」
甲洋は奥歯を噛み締め、逸した視線を静かに伏せた。拭いていたグラスをそっと置き、張り裂けそうな胸の上に強く握った拳を押し当てる。
まるで愛されるためだけに生まれてきたような可憐な笑顔。甘えた声。他の男たちに平然と振りまかれるその無邪気さに、吐き気をもよおすほどの暗い炎が噴き上がる。それは沸き立つ熱泉のように、甲洋の内側を目まぐるしく掻き立てた。
(来主、お前が好きだ。誰かがお前に触れること……誰かに笑いかけることすら、今の俺には耐えられない……お前のすべては、俺だけの……)
気安く触れた男の指先。それを許したあの子の笑顔。多くの視線が、甲洋だけの可愛い小鳥に注がれている。今すぐ隠してしまえたら、どんなにいいだろう。彼の心を捕らえようとするあらゆる外的要因、接触と影響。それらすべてを排除して、誰の目にも触れないように、どこにも飛んでいけないように、狭い箱の中に押し込めて。
その世界を、甲洋のためだけに閉ざしてしまえたら──。
(……ああ、そうか)
願うだけでは叶わないことを、甲洋は知っている。欲しいものには手を伸ばさなければ。ましてやそれが己のものであるならば、他の誰かに盗られる前に、いっそのこと。
(お前をこの手で──)
その目を、喉を、そして四肢を。すべてもぎ取ってしまえばいい。何度も何度も繰り返し、あの子の心が壊れてしまうまで。そうすればもう、操は誰にも笑いかけることができなくなる。誰もその瞳に映せなくなる。声さえも、甲洋だけのもn
「今だ! アバドンカンチョー!」
「ッ──!?」
そのときだった。景気よく病もうとしていた甲洋の臀部の中心に、ドスゥッというありえない衝撃が駆け抜けた。
おいおい待て待て。大丈夫か? ちょっと入ったんじゃないか今? どこに何がとは言わないが、ほんのちょっぴり入っちゃったんじゃないか? ちょっとジンジンしてるんだが?
「く、来主……おま、一体なにを……?」
あまりのショックから中腰になり、カウンターに手をついた甲洋は声を震わせながら背後を振り返った。するとその真後ろで、しゃがみこんだ操が両の人差し指だけを立てた状態で合わせた両手を握りしめている。

「後ろがガラ空きだったからさ!」
「そういうことを聞いてるんじゃない。お前には右ポジ(受)としての自覚はないのか?」
「ポジ? なにそれちんポジのこと? ズレたの? トイレいく?」
「違うから!」
カンチョーなんて今までのイケメン人生で初の体験である。小学生レベルの悪戯が大成功して、操は「わーい!」とバンザイしながらピョーンと跳ねて立ち上がった。誰だ、こいつを小鳥だなんて表現したのは。俺か。こいつはただのクソガキだと、甲洋は考えを改めた。
しかもアバドンカンチョーとかなんとか言ってなかったか。奈落の王を指す自身の機体名(めっちゃ気に入っている)を台無しにされ、甲洋はただただ不愉快な気持ちにさせられた。どうせなら自分の機体名でやれ。
なんにせよ、彼には左右という概念がないのだ。ここはしっかり言い聞かせねば、今後にも大きく関わってくる。
甲洋は屈めていた背をぴしゃりと正し、操と正面から向き合った。
「来主、今の悪戯だけは駄目だ。あと、そのネーミングセンスも駄目だ」
「なんで?」
「誰も望まないからだ」
甲洋の尻はいわば禁断の扉だ。少なくともこの世界線においては、針一本通してはならない禁猟区である。しかし操はふっと生温かい笑みを浮かべて、甲洋の肩をポンと叩くと諭すように言った。
「大丈夫。需要はあるよ、甲洋」
「ないよ。そういうのは別の世界線の有志に任せておけばいい(※逆カプのお姉さんたち)」
「ちぇー、つまんないのー」
操は両手を頭の後ろで組むと、不満そうにぷぅと唇を尖らせる。
まさか下剋上でも狙っているのか? っていうかこの感じだと、さてはこいつ左右の概念ちゃんとあるな? と、危機感と不信感を同時に募らせていると、実は最初からずっと反対側で黙々と調理に徹していた一騎が、心底呆れた顔でふたりに横目を向けてきた。
「ふたりとも、遊んでないでちゃんと仕事してくれないか……特に甲洋、あまり物騒なこと考えるなよ」
「あ、ごめん」
そういえばここの従業員は全員もれなく心が読めるのである。普段から思考通信をしまくっているせいもあり、うっかりチャンネルを開放したままだった。ダダ漏れだったことに穴があったら入れたい入りたい気持ちになりながら、甲洋は真面目に接客に励むことにした。
*
その夜──。
閉店後、店のカウンターで本を読んでいた甲洋は、ふと壁掛け時計に目を向けた。
「もうこんな時間か」
時刻は夜の10時を過ぎている。そろそろ操を送っていかなければ、今ごろ羽佐間容子が心配しているだろう。操は人間が太刀打ちできる相手ではないし、対来主操専用モブフェストゥムでも現れない限り、そうそう危険に晒される心配はない。
しかし容子はすっかり人間の子供を育てている感覚でいるし、まだまだ人間心理に疎い操が、口達者なモブおじさんに懐柔された結果、後日NTRビデオが郵送されてくる──なんて男性向けエロ展開になりでもしたら、甲洋は確実に闇落ちするだろう。
と、いうわけで過保護な甲洋は、毎晩しっかり操を家まで送り届けているのだった。ワープすれば済む話だが、操がいつも歩いて帰ろうとするので付き合っている。毎晩のんびりお散歩感覚で操と歩く時間が、甲洋の生活には欠かせないものになっていた。
「来主、そろそろ帰るよ」
店の外に出ると、月明かりの下で階段に腰かけた操は野良猫まみれになっていた。肩やら膝やら足元に猫たちを纏わりつかせ、遊んでいるというよりは遊ばれている。
「あ、甲洋。官能小説は読み終わったの?」
「なぜそれを知っ……あ、いや、そんなことよりもう帰る時間だよ」
「待って、まだもうちょっと」
「羽佐間さんが心配するぞ」
「んー、でもぉ」
毎晩のように遊んでいるくせに、操は猫たちとの別れを惜しんでいるようだった。甲洋はしょうがないなと溜息を漏らすと、「ちょっとだけだよ」と言って操の横に腰をおろす。
操は猫を両手で抱き上げて正面から顔を合わせると、鼻と鼻をくっつけて嬉しそうに笑った。
「あはは、可愛い。猫は面白いね。ふわふわでもちもちで、食べたら美味しそう」
「食べるなよ」
操にとっての食べるとは、つまり同化のことである。この子なら興味本位でやりかねない気もして、甲洋は少し呆れた顔をした。すると操は「食べないよぅ」と言って、尖らせた唇を向けてくる。
「ヒトはよく可愛いものを見ると目に入れても痛くないとか、食べちゃいたいとか言うでしょ? だけど実際に食べようとする人間はいないんだ。だからぼくもしない」
ねー、と猫に同意を求めるように笑いかけ、操は腕のなかのふわふわに頬ずりをした。甲洋はその微笑ましい光景に目を細め、足元に擦り寄ってきた猫の頭を指先で撫でる。かすかに聞こえてきたゴロゴロという音を聞きながら、甲洋は無意識に喉を鳴らした。
少年の形をした無垢な身体。手を伸ばせばすぐに触れることができる距離。月の光に照らされる操の肌は、白く透き通るようにみずみずしい。その息遣いにすら、狂おしいまでの渇望を覚える。
病的なまでの熱情は刹那の欲求を呼び覚まし、胸郭の中で心臓がドクンと大きく脈を打った。
(この子と、ひとつになりたい)
例えば彼が望むなら。いっそこの身を捧げたって構わないと。
穢れなき純然たる肉体の一部となって、己という毒で侵すことができたなら──
(来主……お前を愛している。どうか俺を受け入れて……お前という清廉な器の中で、永久に続く安寧を)
「はい甲洋、あ~ん」
「あ~ん」
激重モノローグの最中であるにも関わらず、甲洋は伸びてきた操の手と可愛い「あ~ん」に促されるまま、ぱっくりと口を開けていた。
ガッ、と口の中になにかつぶつぶとした小さな固形物が大量に押し込まれる。
「むぐ!?」
「はい駄目! いちど口に入れたものは出さない! 噛んで! ハイ噛んで! そして飲み込んで! ぼくのエクスカリバー!!」
「ッ……!?」
操が両手で甲洋の頭部と口を結構な力で押さえつけている。甲洋は口の中に押し込まれた謎の物体を噛み砕いた。そして
「ブッフォ!?」
噴いた。
ビックリした猫たちが、ミギャーと声をあげながら散り散りに逃げていく。
「アーッ! 甲洋! なんてことすんのさ!? 勿体ない! ってか手についた! ばっちい~!!」
操がペイペイッと汚れた手を振り払っている間、甲洋は激しく咳込んでいた。口の中には魚介の生臭さがいっぱいに広がっている。さらには噛み砕いて粉々になったものが、おかしな器官に入り込んでいるせいで咳が止まらず呼吸困難になっていた。
操はそんな甲洋の服の裾で手をふきふきしながら、「も~、駄目じゃん甲洋」と困り顔を浮かべている。
「勿体ないなぁ」
「ゲッホゴホッ、く、くる……ッ、こ、これ、なに?」
「猫ちゃんのカリカリご飯だよ」

「ゲッホゲホゴホァッ……!?」
さらに激しく咽る甲洋に、操はどこから取り出したのか猫用ドライフードの小袋をヒョイと持ち上げて見せる。
そこには『三ツ●グルメ~贅沢素材のお魚レシピ~』と書いてあった。
ぼくのエクスカリバーとかなんとか訳のわからないことを言いながら、操は甲洋の口にこれを大量に突っ込んだのである。
「お前は一体なんのつもりでこんなことを!?」
どうにかこうにか咳がおさまった甲洋は、涙目になりながら問いかける。操は「えへへ」と頭を掻きながら
「猫たちがいっつも美味しそうに食べてるから、どんな味がするのかなと思ってさ。ねぇねぇ、どうだった? 美味しかった?」
と、悪びれもせずに言う。
「美味いも不味いもあるか! 自分で試せ!」
「だってこれ猫のご飯だよ!? ぼくが食べてもしお腹壊したらどうすんの!?」
「お前どうせ食ったものぜんぶ同化されるだろ!!」
帰還後これほどの大声を上げたことがあっただろうかというほど声を荒げる甲洋に、さすがの操もビックリしたのか「なんでそんなに怒るのぉ!?」と涙目になっている。
「泣きたいのはこっちだバカ!」
「バカって言った方がバカだもん! 甲洋のバカ! やっぱり好きじゃないー!!」
「結構だバカ!!」
わあぁん、という操の泣き声が、煌めく月夜に響き渡った。
*
ケンカしつつも操を羽佐間家に送り届けた甲洋は、帰りはワープで楽園に戻った。
容子にお茶でもと誘われたが、口の中が猛烈にキャットフードだったので、早く帰って歯を磨きたいという思いから断った。
「はぁ……」
シャワーを浴びて歯を磨き、部屋着に着替えた甲洋は自室のベッドに横たわって深い息を漏らした。今日はいつになく疲れている。
フェストゥムである甲洋の肉体は、戦闘で疲弊しない限り基本的に眠りを必要としない。しかし人間であったころの習慣から、夜はとりあえずベッドに入って身体を休めるようにしている。眠ろうと思えば眠れるので、今日はこのまま寝てしまおうと思った。不貞寝である。
しかしどうにもモヤモヤして、上手く思考のスイッチを切り落とせない。
あんなことさえなければ、今日こそはキスのひとつもできていたかもしれないのに。
さんざん激重感情で病みかけておいてなんだが、甲洋は未だに操とキスすらできていないのである。いつもあの天真爛漫さにペースを乱され、思うようにいった試しがない。
間接照明に薄ぼんやりと照らされた天井を眺め、また息をつく。
甲洋は片方の手を持ち上げると、自分の手のひらをじっと見つめた。この手で操に触れて、強く抱きしめることができる日は果たして訪れるのだろうか。
欲ばかりが先急ぐ感覚。気づけば奪うことばかりを考えている。そばにいることが当たり前になればなるほど、焼けるような焦燥に胸が軋む。あの純粋で柔らかな魂に触れることが許されているのは、どうかこの手であってほしいと。
いつか他の誰かのものになる前に、他の誰かに、あの子の心が向く前に。
それはまっさらな雪の大地を、誰よりも先に最初の一歩で踏み荒らしたいという願望に似ている。大切にしたいと思う気持ちの裏側に、ひどく傷つけてやりたいという残酷な欲が同居しているのだ。
あの無邪気な瞳を、自分という欲望で濁らせてその肌を犯し尽くしたい。膨らんでいくばかりの想望を、一滴も残さずあの幼い身体に注ぎ込みたい。
彼はどんな顔をするだろう。怯えるだろうか。泣くだろうか。そこから溢れ出す血は何色だろう。啜れば甘い味がするのだろうか。操の泣き顔。その涙。
黒くいやしい雄の欲望に犯されて、どんな悲鳴をあげるだろう──
「こぉ~よぉ~」
「っ!?」
そのときである。突如として、部屋の中央に操がワープで現れた。
要約するとただのスケベ調教ルートに進みかけていた甲洋は、地味にビックリしてベッドから落ちかけた。
「ッ、な、なに……?」
かろうじて体勢を整え、怪訝な表情で身を起こす。
操はさっき送り届けたままの格好で、手になにやら薄桃色をした包みを持って立ち尽くしていた。その表情は不貞腐れているが、目は少し潤んでいる。
「さっきのこと、お母さんに言ったら怒られた。ちゃんと謝れって言われたから……来た」
「そんなことか……別に明日でもよかったのに」
とりあえず一発ソロ活(スラング)でもして寝るか……などと考えていただけに、ちょっといたたまれない。時間も遅いし、と続けた甲洋に、操はぶぅっと唇を尖らせる。
「だぁって甲洋、怒ってたし……ごめん」
猛烈に不服そうではあるが、操なりに一応は気にしているらしい。その態度や表情があまりにも子供っぽいものだから、毒気を抜かれた甲洋は思わず笑ってしまった。
「もういいよ。怒ってない」
「本当?」
潤んだ瞳が上目遣いに向けられる。ちくしょう可愛いなぁと思いつつ頷くと、操は花が咲いたようにパッと笑った。
「よかった! あっ、あのね、夜ってなにか食べたくなるでしょ? ぼくお菓子作って持ってきたんだ!」
お詫びの品のつもりだろうか。操はベッドまで駆けてくると縁に腰かけ、ずっと大事そうに持っていた包みを甲洋にズイッと差し出した。
「お菓子? 来主が作ったのか?」
包みを受け取りながら目を丸くする。
「うん! 前にね、一騎に作り方を教えてもらったんだ。ホットケーキミックスで作ったドーナツ。ぼく一人で作ったんだよ!」
操は自慢げに鼻の穴を膨らませて胸を張っている。甲洋はずっしりとした重みを手の中に感じながら胸を打たれていた。あの操が、わざわざ自分のためにお菓子を持ってきてくれた。しかも容子に手伝ってもらうでもなく、ひとりで作ったというのだ。
嬉しさがこみ上げ、カンチョーもキャットフードも一瞬でチャラになった。
「ありがとう、来主」
「えへへー! うん! ねぇ、早く食べてみてよ!」
甲洋は微笑みながら頷いて、ハンカチの包装を解いていく。中身は黒猫の顔がドーンと大きく描かれた、赤い楕円形の弁当箱だった。
ワクワクした様子の操に見守られ、弁当箱の蓋を開ける。そして、首を傾げた。
「これは……」
確か操はドーナツと言っていた気がするが、そこには弁当箱に隙間なくミッチリと詰められた、焦げ茶色の巨大な塊が入っている。それを見た甲洋は思わず
「象の糞?」

と、感想を漏らしていた。すると操が眉を吊り上げて怒りだす。
「は!? なにそれ!? どっからどう見てもドーナツじゃん!」
「いやしかし……この色にこの形状はどう見ても……」
「違うもん! ドーナツだもん! ちょっと焦げちゃっただけだもん! 象のウ●チなんてひどいよ!」
「だってお前、この見た目……果たしてこれは許せるかどうか……」
「許してよぉ!!」
焦げ茶色をした楕円形の巨大なブツは、どう見ても象の糞にしか見えなかった。しかし操はこれをドーナツと言って聞かない。早く作ろうと急くあまり、彼はボウルの中のホットケーキミックスを熱した油の中に一気にポーンしてしまったのだ。
そしてそれを、事もあろうに楕円形の弁当箱に無理やり詰め込んでしまった。その結果がこのビジュアル崩壊である。
「わかった。わかったから。俺が悪かった」
わっ、と泣きべそをかきはじめた操の頭をくしゃくしゃと撫で、どうにか宥める。すると操はすんっと鼻を鳴らしながら、涙目で甲洋を見上げた。
「じゃあ、食べてくれる?」
「食べるよ。いただきます」
あまりにも素直な感想を漏らしてしまったせいで、若干嫌なイメージはついてしまったものの、甘い匂いは間違いなくドーナツだ。
甲洋は弁当箱を引っくり返すようにしながら中身をゴロリと取り出すと、それを一口大に千切って(めっちゃ固い)口に運ぶ。ほんの少しだけ焦げた風味が鼻を抜け、それからふわりとした甘さが広がった。
「美味しい?」
操の期待に満ちた胸の高鳴りが伝わって、甲洋は目を細めて笑うと頷いて見せる。操は「やったー!」と万歳をすると、自分もドーナツに手を伸ばす。大きな塊をむしり取ると、口いっぱいに頬張った。
「んー、おいひい! これは大成功だね!」
見た目の大切さも理解させないとなぁと思いつつ、またケンカになってはいけないので「そうだね」と言って肯定した。口の周りにドーナツのカスをつけながら頬を膨らませる操に、やれやれと息をつきながら少しずつ食べ進める。
「ねぇ甲洋ぉ、ぼくね」
「ん?」
一緒に半分ほど食べ終えたところで手を止めた操が、甲洋を見上げる。目を合わせると、彼はふにゃ~っとまるでふやけたような笑顔を見せた。
「楽しい」
間接照明の薄明かりに照らされて、操の頬がちょっぴりだけ赤くなっているように見えるのは、ただの都合のいい解釈でしかないのかもしれない。
それでも甲洋は胸がジーンと熱くなる。かじかんだ指先をぬるま湯に浸したみたいに、身体が芯から満たされていくのを感じた。
甘えた声、甘えた笑顔。無警戒に寄せられる子供のような体温。今だけは、うぬぼれてもいいだろうか。
「俺もだよ」
唇の端についているドーナツのカスを指先でくすぐるように取り払ってやりながら、甲洋は目を細めて優しく笑った。
*
翌日の楽園は朝から賑わいを見せていた。
「はぁ……ここのオーナーさん、いつ見ても素敵……」
「あぁん今日もカッコいい……春日井さん……」
「お休みの日はなにしてるのかしら……誘ってみようかな……」
「ちょっとズルいわよ! 抜け駆けする気?」
たまにタンクトップ集団が占拠する以外、店は基本的に若い女性客が多い。今日もほとんどの席が女性たちで埋まっていて、そのほとんどが甲洋にハートマークを向けている。
ひそひそと囁かれる声と熱い視線のなか、甲洋は注文品を運ぶなど接客に追われていた。ひとつ終わればまたその次と、ひっきりなしに黄色い声に呼び止められる。
(女の子って、どうしてみんな甲洋のことあんなに好きなのかなぁ)
平然と接客に勤しんでいた甲洋のなかに、カウンターで皿拭きをしている操の呟きが流れ込んできた。
(甲洋は次の休みはぼくと釣りに行くんだもん。ぼくと遊ぶんだもん。でも、あの子達と遊びに行くって言われたら……嫌だな)
その声に、甲洋は「おや」といささか呆気にとられる。
(やな感じ。モヤモヤしてつまんない。変なの)
「あ、あの、春日井さん! よかったらここにサインもらえませんか?」
そのとき、近くの席の女性客に呼び止められた。甲洋はひとまず笑顔でその席に向かい、「俺の?」とわざと驚いたような表情を浮かべて小首を傾げた。
二人がけの席に向かい合って座っている二人連れの女性客が、それぞれ手帳のメモ欄を開いて頷いている。頬が真っ赤で、瞳が蕩けそうに潤んでいた。
「いいですよ」
甲洋が了承すると、ふたりは顔を見合わせて「きゃ~」と歓声をあげた。受け取ったペンでそれぞれの手帳に『春日井甲洋』とシンプルなサインを書く。するとまた操の声が聞こえてきた。
(甲洋のこと食べちゃおうかな……そしたら、このモヤモヤなくなるのかな……?)
甲洋は思わず小さく噴き出した。
「店長さん! あの、こっちもお願いします!」
そのとき、別のテーブルの女性客に呼ばれた。甲洋はそちらに目を向け、軽く手をあげると「少々お待ち下さい」と言って遮る。
それどころじゃないと、甲洋は思った。今すぐ店を閉めてしまおうかとすら本気で考えながら、カウンターへと足を向ける。
操はそれに気づいていながら、ムッと唇を尖らせて皿磨きに集中するふりをした。その額に手を伸ばし、テーブル越しに指先で軽く小突いてやる。
「ふわっ!? な、なに!?」
ビックリした操が、大きな瞳をまんまるにした。後をたたない愛おしさと可笑しさに、満悦の甲洋はふっと息を吐きだすように小さく笑う。
「バカだな、来主は」
「もー、なに!? ぼくちゃんと仕事してるじゃん!」
「お前が病むなよ」
くすぐったさに肩を揺らしながら、今夜こそ絶対にキスしてやろうと、甲洋はその胸を風船のように浮き立たせるのだった。
素材:いらすとや
←戻る ・ Wavebox👏
「操ちゃん! コーヒーのおかわりもらえるかい?」
「はぁーい!」
「あ、こっちも頼むよ! ついでにナポリタン大盛り追加で!」
「わかった! ちょっと待ってて!」
「おーい操ちゃん、一騎カレーまだ来てないよ~」
「あっ、忘れてたー!」
店内を賑わせているのは、主にタンクトップの角刈り集団だった。お洒落でレトロな洋風喫茶が、おかげでラグビー部の部室のようになっている。
そんなむさ苦しい集団のなかを、真っ赤なシャツにエプロン姿で動き回っている操は、まるで花から花……いや、筋肉から筋肉へと飛び回る蝶のようだった。
「操ちゃんは元気だねぇ。いつもニコニコして可愛いし」
誰かがぽつりとこぼした言葉を聞いて、みな一様に頷いている。女性店員がいないこともあってか、幼く中性的な顔立ちの操は野郎どものアイドル的存在になっていた。
店を構えた当初はテーブルを磨くことさえ満足にできなかった彼だが、今ではだいぶ慣れて接客を任せられるほどになっている。まだそそっかしいところはあるものの、操はすっかり人々の中に溶け込んでいた。
(来主……)
甲洋はパタパタと動き回っている操のことを、カウンターでグラスを磨きながら目を細めて見つめていた。
男たちに話しかけられては無邪気に笑い、楽しそうに言葉を交わすその姿に、胸の表面を覆う膜が乾いた音を立てながらひび割れていくような感覚を覚える。
それは郷愁と共に懐かしい痛みを甲洋の中に呼び覚ました。ただ一途に想い焦がれて、叶わぬままに終わりを告げた恋慕の記憶を。
「操ちゃん、背中に猫の毛がついてるよ」
「え? うそ、どこどこ?」
「ほらここ」
そのとき男の一人が操の背に手を伸ばし、指先で猫毛を摘みとった。目を丸くしながら首をひねってそれを見ていた操は、「ほんとだぁ」と言って照れたような笑みを浮かべる。
「駄目だろ、飲食店なんだからさ」
「ちゃんとコロコロかけたと思ったのにな。ありがと、おじさん!」
「……ッ」
甲洋は奥歯を噛み締め、逸した視線を静かに伏せた。拭いていたグラスをそっと置き、張り裂けそうな胸の上に強く握った拳を押し当てる。
まるで愛されるためだけに生まれてきたような可憐な笑顔。甘えた声。他の男たちに平然と振りまかれるその無邪気さに、吐き気をもよおすほどの暗い炎が噴き上がる。それは沸き立つ熱泉のように、甲洋の内側を目まぐるしく掻き立てた。
(来主、お前が好きだ。誰かがお前に触れること……誰かに笑いかけることすら、今の俺には耐えられない……お前のすべては、俺だけの……)
気安く触れた男の指先。それを許したあの子の笑顔。多くの視線が、甲洋だけの可愛い小鳥に注がれている。今すぐ隠してしまえたら、どんなにいいだろう。彼の心を捕らえようとするあらゆる外的要因、接触と影響。それらすべてを排除して、誰の目にも触れないように、どこにも飛んでいけないように、狭い箱の中に押し込めて。
その世界を、甲洋のためだけに閉ざしてしまえたら──。
(……ああ、そうか)
願うだけでは叶わないことを、甲洋は知っている。欲しいものには手を伸ばさなければ。ましてやそれが己のものであるならば、他の誰かに盗られる前に、いっそのこと。
(お前をこの手で──)
その目を、喉を、そして四肢を。すべてもぎ取ってしまえばいい。何度も何度も繰り返し、あの子の心が壊れてしまうまで。そうすればもう、操は誰にも笑いかけることができなくなる。誰もその瞳に映せなくなる。声さえも、甲洋だけのもn
「今だ! アバドンカンチョー!」
「ッ──!?」
そのときだった。景気よく病もうとしていた甲洋の臀部の中心に、ドスゥッというありえない衝撃が駆け抜けた。
おいおい待て待て。大丈夫か? ちょっと入ったんじゃないか今? どこに何がとは言わないが、ほんのちょっぴり入っちゃったんじゃないか? ちょっとジンジンしてるんだが?
「く、来主……おま、一体なにを……?」
あまりのショックから中腰になり、カウンターに手をついた甲洋は声を震わせながら背後を振り返った。するとその真後ろで、しゃがみこんだ操が両の人差し指だけを立てた状態で合わせた両手を握りしめている。

「後ろがガラ空きだったからさ!」
「そういうことを聞いてるんじゃない。お前には右ポジ(受)としての自覚はないのか?」
「ポジ? なにそれちんポジのこと? ズレたの? トイレいく?」
「違うから!」
カンチョーなんて今までのイケメン人生で初の体験である。小学生レベルの悪戯が大成功して、操は「わーい!」とバンザイしながらピョーンと跳ねて立ち上がった。誰だ、こいつを小鳥だなんて表現したのは。俺か。こいつはただのクソガキだと、甲洋は考えを改めた。
しかもアバドンカンチョーとかなんとか言ってなかったか。奈落の王を指す自身の機体名(めっちゃ気に入っている)を台無しにされ、甲洋はただただ不愉快な気持ちにさせられた。どうせなら自分の機体名でやれ。
なんにせよ、彼には左右という概念がないのだ。ここはしっかり言い聞かせねば、今後にも大きく関わってくる。
甲洋は屈めていた背をぴしゃりと正し、操と正面から向き合った。
「来主、今の悪戯だけは駄目だ。あと、そのネーミングセンスも駄目だ」
「なんで?」
「誰も望まないからだ」
甲洋の尻はいわば禁断の扉だ。少なくともこの世界線においては、針一本通してはならない禁猟区である。しかし操はふっと生温かい笑みを浮かべて、甲洋の肩をポンと叩くと諭すように言った。
「大丈夫。需要はあるよ、甲洋」
「ないよ。そういうのは別の世界線の有志に任せておけばいい(※逆カプのお姉さんたち)」
「ちぇー、つまんないのー」
操は両手を頭の後ろで組むと、不満そうにぷぅと唇を尖らせる。
まさか下剋上でも狙っているのか? っていうかこの感じだと、さてはこいつ左右の概念ちゃんとあるな? と、危機感と不信感を同時に募らせていると、実は最初からずっと反対側で黙々と調理に徹していた一騎が、心底呆れた顔でふたりに横目を向けてきた。
「ふたりとも、遊んでないでちゃんと仕事してくれないか……特に甲洋、あまり物騒なこと考えるなよ」
「あ、ごめん」
そういえばここの従業員は全員もれなく心が読めるのである。普段から思考通信をしまくっているせいもあり、うっかりチャンネルを開放したままだった。ダダ漏れだったことに穴があったら
*
その夜──。
閉店後、店のカウンターで本を読んでいた甲洋は、ふと壁掛け時計に目を向けた。
「もうこんな時間か」
時刻は夜の10時を過ぎている。そろそろ操を送っていかなければ、今ごろ羽佐間容子が心配しているだろう。操は人間が太刀打ちできる相手ではないし、対来主操専用モブフェストゥムでも現れない限り、そうそう危険に晒される心配はない。
しかし容子はすっかり人間の子供を育てている感覚でいるし、まだまだ人間心理に疎い操が、口達者なモブおじさんに懐柔された結果、後日NTRビデオが郵送されてくる──なんて男性向けエロ展開になりでもしたら、甲洋は確実に闇落ちするだろう。
と、いうわけで過保護な甲洋は、毎晩しっかり操を家まで送り届けているのだった。ワープすれば済む話だが、操がいつも歩いて帰ろうとするので付き合っている。毎晩のんびりお散歩感覚で操と歩く時間が、甲洋の生活には欠かせないものになっていた。
「来主、そろそろ帰るよ」
店の外に出ると、月明かりの下で階段に腰かけた操は野良猫まみれになっていた。肩やら膝やら足元に猫たちを纏わりつかせ、遊んでいるというよりは遊ばれている。
「あ、甲洋。官能小説は読み終わったの?」
「なぜそれを知っ……あ、いや、そんなことよりもう帰る時間だよ」
「待って、まだもうちょっと」
「羽佐間さんが心配するぞ」
「んー、でもぉ」
毎晩のように遊んでいるくせに、操は猫たちとの別れを惜しんでいるようだった。甲洋はしょうがないなと溜息を漏らすと、「ちょっとだけだよ」と言って操の横に腰をおろす。
操は猫を両手で抱き上げて正面から顔を合わせると、鼻と鼻をくっつけて嬉しそうに笑った。
「あはは、可愛い。猫は面白いね。ふわふわでもちもちで、食べたら美味しそう」
「食べるなよ」
操にとっての食べるとは、つまり同化のことである。この子なら興味本位でやりかねない気もして、甲洋は少し呆れた顔をした。すると操は「食べないよぅ」と言って、尖らせた唇を向けてくる。
「ヒトはよく可愛いものを見ると目に入れても痛くないとか、食べちゃいたいとか言うでしょ? だけど実際に食べようとする人間はいないんだ。だからぼくもしない」
ねー、と猫に同意を求めるように笑いかけ、操は腕のなかのふわふわに頬ずりをした。甲洋はその微笑ましい光景に目を細め、足元に擦り寄ってきた猫の頭を指先で撫でる。かすかに聞こえてきたゴロゴロという音を聞きながら、甲洋は無意識に喉を鳴らした。
少年の形をした無垢な身体。手を伸ばせばすぐに触れることができる距離。月の光に照らされる操の肌は、白く透き通るようにみずみずしい。その息遣いにすら、狂おしいまでの渇望を覚える。
病的なまでの熱情は刹那の欲求を呼び覚まし、胸郭の中で心臓がドクンと大きく脈を打った。
(この子と、ひとつになりたい)
例えば彼が望むなら。いっそこの身を捧げたって構わないと。
穢れなき純然たる肉体の一部となって、己という毒で侵すことができたなら──
(来主……お前を愛している。どうか俺を受け入れて……お前という清廉な器の中で、永久に続く安寧を)
「はい甲洋、あ~ん」
「あ~ん」
激重モノローグの最中であるにも関わらず、甲洋は伸びてきた操の手と可愛い「あ~ん」に促されるまま、ぱっくりと口を開けていた。
ガッ、と口の中になにかつぶつぶとした小さな固形物が大量に押し込まれる。
「むぐ!?」
「はい駄目! いちど口に入れたものは出さない! 噛んで! ハイ噛んで! そして飲み込んで! ぼくのエクスカリバー!!」
「ッ……!?」
操が両手で甲洋の頭部と口を結構な力で押さえつけている。甲洋は口の中に押し込まれた謎の物体を噛み砕いた。そして
「ブッフォ!?」
噴いた。
ビックリした猫たちが、ミギャーと声をあげながら散り散りに逃げていく。
「アーッ! 甲洋! なんてことすんのさ!? 勿体ない! ってか手についた! ばっちい~!!」
操がペイペイッと汚れた手を振り払っている間、甲洋は激しく咳込んでいた。口の中には魚介の生臭さがいっぱいに広がっている。さらには噛み砕いて粉々になったものが、おかしな器官に入り込んでいるせいで咳が止まらず呼吸困難になっていた。
操はそんな甲洋の服の裾で手をふきふきしながら、「も~、駄目じゃん甲洋」と困り顔を浮かべている。
「勿体ないなぁ」
「ゲッホゴホッ、く、くる……ッ、こ、これ、なに?」
「猫ちゃんのカリカリご飯だよ」

「ゲッホゲホゴホァッ……!?」
さらに激しく咽る甲洋に、操はどこから取り出したのか猫用ドライフードの小袋をヒョイと持ち上げて見せる。
そこには『三ツ●グルメ~贅沢素材のお魚レシピ~』と書いてあった。
ぼくのエクスカリバーとかなんとか訳のわからないことを言いながら、操は甲洋の口にこれを大量に突っ込んだのである。
「お前は一体なんのつもりでこんなことを!?」
どうにかこうにか咳がおさまった甲洋は、涙目になりながら問いかける。操は「えへへ」と頭を掻きながら
「猫たちがいっつも美味しそうに食べてるから、どんな味がするのかなと思ってさ。ねぇねぇ、どうだった? 美味しかった?」
と、悪びれもせずに言う。
「美味いも不味いもあるか! 自分で試せ!」
「だってこれ猫のご飯だよ!? ぼくが食べてもしお腹壊したらどうすんの!?」
「お前どうせ食ったものぜんぶ同化されるだろ!!」
帰還後これほどの大声を上げたことがあっただろうかというほど声を荒げる甲洋に、さすがの操もビックリしたのか「なんでそんなに怒るのぉ!?」と涙目になっている。
「泣きたいのはこっちだバカ!」
「バカって言った方がバカだもん! 甲洋のバカ! やっぱり好きじゃないー!!」
「結構だバカ!!」
わあぁん、という操の泣き声が、煌めく月夜に響き渡った。
*
ケンカしつつも操を羽佐間家に送り届けた甲洋は、帰りはワープで楽園に戻った。
容子にお茶でもと誘われたが、口の中が猛烈にキャットフードだったので、早く帰って歯を磨きたいという思いから断った。
「はぁ……」
シャワーを浴びて歯を磨き、部屋着に着替えた甲洋は自室のベッドに横たわって深い息を漏らした。今日はいつになく疲れている。
フェストゥムである甲洋の肉体は、戦闘で疲弊しない限り基本的に眠りを必要としない。しかし人間であったころの習慣から、夜はとりあえずベッドに入って身体を休めるようにしている。眠ろうと思えば眠れるので、今日はこのまま寝てしまおうと思った。不貞寝である。
しかしどうにもモヤモヤして、上手く思考のスイッチを切り落とせない。
あんなことさえなければ、今日こそはキスのひとつもできていたかもしれないのに。
さんざん激重感情で病みかけておいてなんだが、甲洋は未だに操とキスすらできていないのである。いつもあの天真爛漫さにペースを乱され、思うようにいった試しがない。
間接照明に薄ぼんやりと照らされた天井を眺め、また息をつく。
甲洋は片方の手を持ち上げると、自分の手のひらをじっと見つめた。この手で操に触れて、強く抱きしめることができる日は果たして訪れるのだろうか。
欲ばかりが先急ぐ感覚。気づけば奪うことばかりを考えている。そばにいることが当たり前になればなるほど、焼けるような焦燥に胸が軋む。あの純粋で柔らかな魂に触れることが許されているのは、どうかこの手であってほしいと。
いつか他の誰かのものになる前に、他の誰かに、あの子の心が向く前に。
それはまっさらな雪の大地を、誰よりも先に最初の一歩で踏み荒らしたいという願望に似ている。大切にしたいと思う気持ちの裏側に、ひどく傷つけてやりたいという残酷な欲が同居しているのだ。
あの無邪気な瞳を、自分という欲望で濁らせてその肌を犯し尽くしたい。膨らんでいくばかりの想望を、一滴も残さずあの幼い身体に注ぎ込みたい。
彼はどんな顔をするだろう。怯えるだろうか。泣くだろうか。そこから溢れ出す血は何色だろう。啜れば甘い味がするのだろうか。操の泣き顔。その涙。
黒くいやしい雄の欲望に犯されて、どんな悲鳴をあげるだろう──
「こぉ~よぉ~」
「っ!?」
そのときである。突如として、部屋の中央に操がワープで現れた。
要約するとただのスケベ調教ルートに進みかけていた甲洋は、地味にビックリしてベッドから落ちかけた。
「ッ、な、なに……?」
かろうじて体勢を整え、怪訝な表情で身を起こす。
操はさっき送り届けたままの格好で、手になにやら薄桃色をした包みを持って立ち尽くしていた。その表情は不貞腐れているが、目は少し潤んでいる。
「さっきのこと、お母さんに言ったら怒られた。ちゃんと謝れって言われたから……来た」
「そんなことか……別に明日でもよかったのに」
とりあえず一発ソロ活(スラング)でもして寝るか……などと考えていただけに、ちょっといたたまれない。時間も遅いし、と続けた甲洋に、操はぶぅっと唇を尖らせる。
「だぁって甲洋、怒ってたし……ごめん」
猛烈に不服そうではあるが、操なりに一応は気にしているらしい。その態度や表情があまりにも子供っぽいものだから、毒気を抜かれた甲洋は思わず笑ってしまった。
「もういいよ。怒ってない」
「本当?」
潤んだ瞳が上目遣いに向けられる。ちくしょう可愛いなぁと思いつつ頷くと、操は花が咲いたようにパッと笑った。
「よかった! あっ、あのね、夜ってなにか食べたくなるでしょ? ぼくお菓子作って持ってきたんだ!」
お詫びの品のつもりだろうか。操はベッドまで駆けてくると縁に腰かけ、ずっと大事そうに持っていた包みを甲洋にズイッと差し出した。
「お菓子? 来主が作ったのか?」
包みを受け取りながら目を丸くする。
「うん! 前にね、一騎に作り方を教えてもらったんだ。ホットケーキミックスで作ったドーナツ。ぼく一人で作ったんだよ!」
操は自慢げに鼻の穴を膨らませて胸を張っている。甲洋はずっしりとした重みを手の中に感じながら胸を打たれていた。あの操が、わざわざ自分のためにお菓子を持ってきてくれた。しかも容子に手伝ってもらうでもなく、ひとりで作ったというのだ。
嬉しさがこみ上げ、カンチョーもキャットフードも一瞬でチャラになった。
「ありがとう、来主」
「えへへー! うん! ねぇ、早く食べてみてよ!」
甲洋は微笑みながら頷いて、ハンカチの包装を解いていく。中身は黒猫の顔がドーンと大きく描かれた、赤い楕円形の弁当箱だった。
ワクワクした様子の操に見守られ、弁当箱の蓋を開ける。そして、首を傾げた。
「これは……」
確か操はドーナツと言っていた気がするが、そこには弁当箱に隙間なくミッチリと詰められた、焦げ茶色の巨大な塊が入っている。それを見た甲洋は思わず
「象の糞?」

と、感想を漏らしていた。すると操が眉を吊り上げて怒りだす。
「は!? なにそれ!? どっからどう見てもドーナツじゃん!」
「いやしかし……この色にこの形状はどう見ても……」
「違うもん! ドーナツだもん! ちょっと焦げちゃっただけだもん! 象のウ●チなんてひどいよ!」
「だってお前、この見た目……果たしてこれは許せるかどうか……」
「許してよぉ!!」
焦げ茶色をした楕円形の巨大なブツは、どう見ても象の糞にしか見えなかった。しかし操はこれをドーナツと言って聞かない。早く作ろうと急くあまり、彼はボウルの中のホットケーキミックスを熱した油の中に一気にポーンしてしまったのだ。
そしてそれを、事もあろうに楕円形の弁当箱に無理やり詰め込んでしまった。その結果がこのビジュアル崩壊である。
「わかった。わかったから。俺が悪かった」
わっ、と泣きべそをかきはじめた操の頭をくしゃくしゃと撫で、どうにか宥める。すると操はすんっと鼻を鳴らしながら、涙目で甲洋を見上げた。
「じゃあ、食べてくれる?」
「食べるよ。いただきます」
あまりにも素直な感想を漏らしてしまったせいで、若干嫌なイメージはついてしまったものの、甘い匂いは間違いなくドーナツだ。
甲洋は弁当箱を引っくり返すようにしながら中身をゴロリと取り出すと、それを一口大に千切って(めっちゃ固い)口に運ぶ。ほんの少しだけ焦げた風味が鼻を抜け、それからふわりとした甘さが広がった。
「美味しい?」
操の期待に満ちた胸の高鳴りが伝わって、甲洋は目を細めて笑うと頷いて見せる。操は「やったー!」と万歳をすると、自分もドーナツに手を伸ばす。大きな塊をむしり取ると、口いっぱいに頬張った。
「んー、おいひい! これは大成功だね!」
見た目の大切さも理解させないとなぁと思いつつ、またケンカになってはいけないので「そうだね」と言って肯定した。口の周りにドーナツのカスをつけながら頬を膨らませる操に、やれやれと息をつきながら少しずつ食べ進める。
「ねぇ甲洋ぉ、ぼくね」
「ん?」
一緒に半分ほど食べ終えたところで手を止めた操が、甲洋を見上げる。目を合わせると、彼はふにゃ~っとまるでふやけたような笑顔を見せた。
「楽しい」
間接照明の薄明かりに照らされて、操の頬がちょっぴりだけ赤くなっているように見えるのは、ただの都合のいい解釈でしかないのかもしれない。
それでも甲洋は胸がジーンと熱くなる。かじかんだ指先をぬるま湯に浸したみたいに、身体が芯から満たされていくのを感じた。
甘えた声、甘えた笑顔。無警戒に寄せられる子供のような体温。今だけは、うぬぼれてもいいだろうか。
「俺もだよ」
唇の端についているドーナツのカスを指先でくすぐるように取り払ってやりながら、甲洋は目を細めて優しく笑った。
*
翌日の楽園は朝から賑わいを見せていた。
「はぁ……ここのオーナーさん、いつ見ても素敵……」
「あぁん今日もカッコいい……春日井さん……」
「お休みの日はなにしてるのかしら……誘ってみようかな……」
「ちょっとズルいわよ! 抜け駆けする気?」
たまにタンクトップ集団が占拠する以外、店は基本的に若い女性客が多い。今日もほとんどの席が女性たちで埋まっていて、そのほとんどが甲洋にハートマークを向けている。
ひそひそと囁かれる声と熱い視線のなか、甲洋は注文品を運ぶなど接客に追われていた。ひとつ終わればまたその次と、ひっきりなしに黄色い声に呼び止められる。
(女の子って、どうしてみんな甲洋のことあんなに好きなのかなぁ)
平然と接客に勤しんでいた甲洋のなかに、カウンターで皿拭きをしている操の呟きが流れ込んできた。
(甲洋は次の休みはぼくと釣りに行くんだもん。ぼくと遊ぶんだもん。でも、あの子達と遊びに行くって言われたら……嫌だな)
その声に、甲洋は「おや」といささか呆気にとられる。
(やな感じ。モヤモヤしてつまんない。変なの)
「あ、あの、春日井さん! よかったらここにサインもらえませんか?」
そのとき、近くの席の女性客に呼び止められた。甲洋はひとまず笑顔でその席に向かい、「俺の?」とわざと驚いたような表情を浮かべて小首を傾げた。
二人がけの席に向かい合って座っている二人連れの女性客が、それぞれ手帳のメモ欄を開いて頷いている。頬が真っ赤で、瞳が蕩けそうに潤んでいた。
「いいですよ」
甲洋が了承すると、ふたりは顔を見合わせて「きゃ~」と歓声をあげた。受け取ったペンでそれぞれの手帳に『春日井甲洋』とシンプルなサインを書く。するとまた操の声が聞こえてきた。
(甲洋のこと食べちゃおうかな……そしたら、このモヤモヤなくなるのかな……?)
甲洋は思わず小さく噴き出した。
「店長さん! あの、こっちもお願いします!」
そのとき、別のテーブルの女性客に呼ばれた。甲洋はそちらに目を向け、軽く手をあげると「少々お待ち下さい」と言って遮る。
それどころじゃないと、甲洋は思った。今すぐ店を閉めてしまおうかとすら本気で考えながら、カウンターへと足を向ける。
操はそれに気づいていながら、ムッと唇を尖らせて皿磨きに集中するふりをした。その額に手を伸ばし、テーブル越しに指先で軽く小突いてやる。
「ふわっ!? な、なに!?」
ビックリした操が、大きな瞳をまんまるにした。後をたたない愛おしさと可笑しさに、満悦の甲洋はふっと息を吐きだすように小さく笑う。
「バカだな、来主は」
「もー、なに!? ぼくちゃんと仕事してるじゃん!」
「お前が病むなよ」
くすぐったさに肩を揺らしながら、今夜こそ絶対にキスしてやろうと、甲洋はその胸を風船のように浮き立たせるのだった。
素材:いらすとや
←戻る ・ Wavebox👏
*Oh My kitten!から二年後のお話です。まずはそちらからご覧ください。
操の様子がおかしくなったのは、彼が18歳の誕生日を迎える半月ほど前からだ。無邪気にくっついてくることがなくなり、二人きりでいるときの口数も極端に減った。
手を繋いだり、キスをしそうな空気を察すると、わざとらしく口笛をふいて顔を逸し、一定の距離を保とうとする。どうかしたのかと訊ねても、目を泳がせながら「別にぃ」と言って誤魔化すばかりだった。
そのあからさまな態度を、気にするなというほうが難しい。機嫌を損ねるようなことをした覚えもないし、操の明け透けな性格を考えれば、不満があるならとっくに漏らしているはずだ。
けれど避けられていることだけは明白で、原因はなんだろうかと考えたとき、思い当たるものが一つだけあった。それは二年前に交わした、あの約束だ。
まだ16歳だった操は、なんの進展もない自分たちの関係に焦りを覚えて、無理やり身体を繋げようとした。しかしろくな知識も準備もなしに上手くいくはずがなく、行きあたりばったりの行為は失敗に終わった。
そのとき甲洋は落ち込む操と約束を交わしたのだ。二年後、操が18歳になったときには、キスより先のこともしようと。そしていよいよその日が目前まで近づいている。
彼の急な態度の変化は、そのこととなにか関係しているのではないか。むしろ他に思い当たるものがなかった。
例えばの話──考えたくはないけれど、なんらかの理由で操の気持ちが甲洋から離れ、約束をなかったことにしたいと考えているのなら、あの避けるような態度にも納得がいく。他に好きな相手ができたとか、これといった理由もなく冷めてしまったとか。それらの可能性は、決してないとは言い切れない。
本人に確かめもしないうちから、甲洋はマイナスの思考に囚われていった。ただの思い過ごしであってほしいと、そう願う気持ちだけをささやかな希望にして。
そうやってズルズルと日数が経過して、操の誕生日当日がやってきた。
その日は午後から店を貸し切りにして、バースデーパーティーが開かれた。綺麗に飾りつけられた店内で、集まった人たちに囲まれながら豪華な料理とケーキを前にした操は、顔を赤くしながら嬉しそうにはしゃいでいた。
けれど甲洋の内心は気が気じゃない。本当ならもっと浮かれていてもいいはずなのに。
操の子供っぽさは相変わらずで、背は幾らか伸びたが、長身の甲洋との差は縮まらなかった。それでも甲洋はこのときを辛抱強く待っていたし、ほんの少し前までは操も待ち遠しそうに「まだかなぁ」なんて言いながら指折り数えていた。
だからもし甲洋の不安がただの杞憂であれば、今夜は自然とそういう流れになるのではないかと、そう思っていた。この際セックスするとかしないとかは後回しだ。ただ操の気持ちが知りたかった。
そして日が沈む頃にパーティーがお開きになり、みなが家に帰っていくのと一緒に、操まで帰宅してしまったことに甲洋は愕然とした。
彼は「食べすぎて眠い」などと言いながら、こちらには目もくれずそそくさと帰ってしまったのである。
決まりだ。そこまでされたら、嫌でも思い知る。
操の気持ちは、もうとっくに自分から離れてしまっているのだと。
*
閉店後の店内はやけに静かで、操が床にほうきを走らせる音だけが響いている。
レジ締めの作業を終えた甲洋は、無人のホールをせっせと掃き掃除しているその背を見つめ、鼻から小さな息を漏らした。
店のシェフである真壁一騎は、所用で一足先に上がってしまった。ふたりっきりの店内には一切の会話がなく、寒々しい空気だけが流れている。
操の誕生日から三日。彼は相変わらず甲洋と距離をとり続けていた。むしろ今まで以上に態度がよそよそしくなっている。一騎とは普段通り接するが、甲洋とは意地でも目を合わせようとしない。そのわざとらしさは、まるで悪戯がバレるのを恐れる子供のように甲洋の目に映った。
「……来主」
甲洋は少し迷ったが、操の背中に声をかけた。彼が自分から口を開くまで待つことも考えたが、そろそろこの状態も限界だ。
「な、なに?」
操は肩をギクリとさせて、どこかバツが悪そうにおずおずと振り返る。
「お前、なにか俺に言うことがあるんじゃないの?」
「……別にないよ?」
「理由もなく避けられる意味が分からない。なにかあるなら」
「だからなにもないってば!」
操は苛立った声をあげ、また甲洋に背を向けた。
「本当になんでもない……ぼくのことはほっといて」
「来主」
「今日から一人で帰るから。もう送ってくれなくていいよ」
そう言って、操はほうきを片付けにバックヤードへ消えていこうとした。それを「待って」と引き止めると、また肩をギクリとさせて歩みを止める。
「話そう、来主」
引き下がらない甲洋に、操は渋々といった様子でほうきを壁に立て掛けた。
甲洋がカウンターの一席に腰掛けると、隣にちょこんと腰を落ち着ける。彼はうつむき、やっぱりこちらを見ようとしない。その沈んだ横顔に、否が応でも終わりを突きつけられた気がする。
「顔も見たくないなら、そのままでいいから。来主の気持ちを、聞かせてほしい」
ズルズルとここまで引き伸ばしてしまったが、ケジメくらいはつけておくべきだと思う。お互いにとっても、その方がいいはずだ。
こうなったからといって、操を責めるつもりはない。自分にはこの子を繋ぎ止めておくだけのものが足りなかった。きっとそれだけの話なのだと、必死で諦めようとしている。けれどどこかではひどく責め立て、問いつめてしまいたい自分もいた。だからそうなる前に、最後くらいはちゃんとトドメを刺してほしい。
「冷めたなら、そう言って」
傷つく覚悟をした上で切り出したはずだった。けれど甲洋の言葉を受けて、操は「は?」の形にポカンと口を開きながらこちらを見た。
「冷めたって、なにが?」
「なにがって……来主は俺との関係を終わりにしたいんだろ?」
「終わり……? 終わりってなに?」
「?」
「え? 待って? もしかしてこれ別れ話!?」
「……うん?」
「嘘!? 甲洋、ぼくたち終わりなの!?」
「えぇ……?」
予想外の風向きだ。むしろこちらがそれを聞きたいところだったのだが……。
「やだやだやだぁ! 終わりなんてやだ! そんなのやだよぉ!!」
青褪めていた操はいよいよ泣きだし、握りしめた両手でグシグシと顔を拭っている。これは一体どういうことだろう。全く意味が分からない。
「ひどいよ! なんで急にそんなこと言うのぉ!?」
「急にって……いや、だって来主が先に冷めたんじゃないの?」
「そんなことないもぉん!!」
「はぁ? じゃあ、なんでずっと避けて……?」
「そ、それは……」
真っ赤になっている操の鼻からピュッと鼻水が垂れてきたので、甲洋は困惑しながらも尻ポケットからとっさに取りだしたハンカチでサッと拭き取ってやった。
「その……あの……」
操はよほど言いにくいことがあるのか、うつむいて唇をまごつかせている。けれど根気よく待ち続けていると、やがておずおずと顔を上げてこう言った。
「だってぼく、病気になっちゃったんだもん!!」
わっ、と声をあげ、操がカウンターに突っ伏して大泣きしはじめた。
*
「とりあえず落ち着こう。お互い」
甲洋は厨房でコーヒーとココアを淹れると、カウンター席に戻った。それぞれカップを手にして口をつけると、同時に「ふぅ」と息をつく。
「それで……病気っていうのは一体……?」
見たところ、操が身体に変調をきたしているようにはまったく見えない。甲洋と距離を置いている以外では、これといった変化も特には見られなかったはずだが。
けれどそれはあくまでも表向きの話だ。操は言いだせないほどのなにかを抱え込んでいる。それほどまでに重たい病に侵されているということなのだろうか。
「ずっと誰にも言えなかったんだけど……」
たった今コーヒーで潤したはずの喉がカラカラに乾くのを感じる。甲洋は顔を強張らせ、緊張しながら操の声に耳を傾けた。
「だって、自分がこんなことになるなんて思ってなかったから、すごく怖くて……」
なにかが込み上げてきたかのように、操はそこで言葉を切ると吐く息を震わせる。甲洋はとっさにテーブルの上にあった小さな手を握りしめた。悲しそうに伏せられた横顔に歯噛みする。この子がこんな顔をするなんて。ずっと一人で思い悩んでいたのだろう。自分を避けていたのは、心配をかけたくなかったからなのかもしれない。
そう思うと、甲洋の胸に引き裂かれたような痛みが走った。
「来主。たとえどんなことでも受け止めるよ。俺がずっとそばにいる」
「甲洋……」
「話してほしい。少しずつで構わないから」
甲洋の瞳を見つめ、操は泣きそうにくしゃりと表情を歪めた。唇をきゅっと噛み締めて、こくりと頷く。そしてゆっくりと口を開いた。
「ぼくね、おっぱいからお乳が出るようになっちゃったんだ」
「……ん?」
「甲洋と上手にエッチできるように、自分でお尻を拡張してたんだけど……そしたら急にお乳がぴゅーって」
「待って」
「え?」
「ごめん、ちょっと待って。お前はなんの話をしているの?」
「なにって、病気の経緯を」
「いやいやいやいや……」
待て待て待て。深刻な空気に飲まれかけていたが、彼はなにを言っているのだろうか。お乳とか拡張とか、とんでもワードが聞こえたような気がするのだが。
「ちょ、どっ、まっ……来主、落ち着いて。まずは落ちゅち……落ち着くんだ」
「落ち着いたほうがいいのは甲洋の方だと思うよ。噛んでるし」
冷静に突っ込まれてしまったが、さっきからずっと気持ちが追いつかない状態に陥っている。決死の覚悟で別れ話を切り出したと思えば、次の瞬間には妻のガン宣告を聞く夫のような気持ちになり、最終的な着地点が母乳とセルフ拡張だった。自分でも過去にこれほど取り乱したことがあっただろうかと、だいぶ戸惑っているところである。
しかし話はまだ途中だ。甲洋は今度こそ話の腰を折らないよう、とりあえず最後まで操の話を聞くことにした。
「前は失敗しちゃったでしょ? だから今度はちゃんと上手にできるように、自分でお尻の穴を触って特訓してたの。そしたらね、最近ちょっとずつ気持ちよくなってきて……それでね、その頃から、なぜかおっぱいからお乳が出てくるようになったの……」
「ッ……!?」
操は膝をモジモジとすり合わせ、顔を赤くしながら涙目になっている。話を聞いているだけで、甲洋は全身の血液が沸騰しそうだった。まさか操が、夜な夜なそんな真似をしていたなんて。ついつい前かがみになってしまいそうだった。
「もうすぐ誕生日だなって思ったら、考えるだけで出てくるようになっちゃって……甲洋とキスすると、もっと出ちゃうから……」
「だから避けていた……?」
こくん、と操がうなずいた。
「だって、こんなの絶対ヘンだもん……ぼく男なのに、赤ちゃんができたわけでもないのに、お乳が出るなんて……知られたら、嫌われると思って……」
だから操はどうにかしてこの病気が治るまでは、甲洋に近づかないようにしようと決めた。けれど理由も分からず、治し方も分からない。誰にも相談できないまま、ずっと一人で抱え込んでいたのだ。
確かに言いにくいことだろう。18歳になったとはいえ、操はまだまだ多感な年頃だ。ましてや母乳が出るなんて、深く思いつめてしまうのも無理はない。
「お母さんにも言えないし、病院も怖くて行けないし……ぼく、ずっとこのままなのかなぁ……」
ポロポロと涙を流す操を見て、申し訳ないが気が抜けた。内容は衝撃的だったが、考えていたような最悪な展開にはいたらなかった。ここ最近はずっと、これからどうやって生きていこうかと途方に暮れながら過ごしていたほどだ。それほどまでに甲洋は操のことが大切で、愛しくて、離れられない存在だった。
「嫌いになんかならないよ」
安堵の息を漏らしながら、甲洋は操の肩に手を置いた。
「……本当?」
「本当。来主、それは体質の問題だ。男にだって乳腺はある。お乳が出たからって、なにも変な話じゃないよ」
「そうなの? じゃあこれ、病気じゃないの?」
「不安なら一緒に病院に行こう。俺がついて行くから。それなら少しは安心だろ?」
「甲洋……!」
操の泣き顔が、花がほころぶような笑顔に変わった。抱きついてくるのを受け止めて、しっかりと腕に閉じ込める。すっぽりと収まってしまう体温に、安堵と喜び込み上げた。
もう半月以上もこうして触れることができなかったのだ。手を伸ばせば当たり前のようにあるぬくもりが、こんなにも大切なものであることを改めて思い知らされる。
「あのね、甲洋」
存分に抱きしめて堪能していると、操の身体がもぞりと動く。彼は顔をあげ、恥ずかしそうに上目遣いで甲洋を見た。
「ぼくのおっぱい、見ても本当に変だって思わない?」
「思わないよ」
「じゃあ……見て」
「!」
「病院に行くよりも、甲洋に見てほしいの……」
甲洋は衝撃に打たれたが、なにもおかしな話ではない。操はまだ少しだけ不安そうだ。自分の身体に起こった変化を、信頼できる相手と共有することで、より深く安心感を得たいのかもしれない。その気持ちを無下にするわけにはいかなかった。
「わかった。じゃあ、部屋に行こう」
頷いた操の手を引いて、甲洋は胸を高鳴らせながら二階へ続く階段へと足を向けた。
*
部屋に入ると、互いの方に軽く身体を向け合う形でベッドの縁に腰かけた。
甲洋の目の前で、操がシャツのボタンを上からひとつひとつ外していく。その手元をじっと見つめながら、腫れ物に触るようにソワソワとして落ち着かない。鼓動が忙しなく胸の内側を叩き続けて、今にも突き破ってきそうだった。
シャツのボタンを全て外し終えると、操がカーテンを開けるように両手で前をはだけさせた。そこで目を引くのは、乳首の上にそれぞれ貼りつけられた絆創膏だ。ふいに出てしまったときに服を汚さないための対策なのだろうが、これはこれで非常に煽情的な光景である。
よくよく見ると、絆創膏には中央の部分にうっすらと滲むようなシミが確認できた。
「さっきぎゅってされたとき、ちょっと出ちゃった」
クスンと鼻を鳴らしながら言った操に、甲洋はぐっと生唾を飲み下す。
「……直に見るよ。いい?」
「ん」
熱っぽく息を漏らして操が頷くのを合図に、震えそうになる指先で端っこの部分に軽く爪を引っ掛ける。すっかり湿っている絆創膏はほとんど粘着力を失っており、それだけでペロンと剥がれ落ちてしまった。もう片方も同じようにして剥がしてしまうと、淡桃の乳首がツンと頭を尖らせていた。
その先端から、ぷくんと小さな白い粒が滲みでる。それは限界まで膨らんでから、涙のように皮膚を伝い落ちていった。
「や、ん……ど、しよ……見られてるだけで、おちちでちゃうよぉ」
恥ずかしそうに、操が尻をモジモジとさせた。それらの光景は想像を絶する破壊力で、一気に天辺まで達した興奮に思考が白く染まりかける。が、ここで目を開けたまま気絶するわけにもいかず、どうにか気を取り直した甲洋は予想を確信に変えた。下で話を聞いていたときから、そうじゃないかとは思っていたが──。
「来主はいやらしい気持ちになると、ここからミルクが出るんじゃない?」
再び小さな雫を盛り上がらせている乳首の片方に指をやり、中心には触れずに乳輪だけをクルリとなぞってみた。白い涙がポロリとこぼれて、甲洋の指を伝っていく。
「あっ、んッ……! ぁ……う、ん……」
操は唇をきゅっと噛み締めながら、素直にこくんと頷いた。
「やらしいこと、考えないように我慢しなきゃって思ったの……でも、ダメって思うともっと考えちゃって、甲洋とするときのこと、いっぱい、考えちゃって……」
「……だから一人で触ってた? お尻の穴も、気持ちよくなってくるくらい?」
「あ、ぁ、や……出ちゃうからぁ……エッチなこと、言わないでぇ……!」
言葉で少し煽るだけで、操は乳首からさらに涙を滲ませた。悩ましげな表情を浮かべ、潤んだ瞳を甲洋に向けてくる。
グンと欲を突き上げられたような気がして、いよいよ我慢の限界を感じた。こんなものを見せつけられて、正気でいられる男がいるならその顔を拝んでみたい。
胸から目が離せずに凝視する甲洋を、操が潤んだ瞳で物欲しそうに見つめている。
その肌に刺さるような視線に囚われながら、甲洋はある種の感慨を覚えずにはいられなかった。直球でぶつかってくるしか脳がなかった、あの操がだ。悩みを打ち明け、共有したいというていで、さりげなさを装いながらここまで甲洋を誘導した。
まんまと乗ったのは、甲洋にもあわよくばという下心があったからだ。むしろこうなるのはごく自然な流れで、そのいじらしい変化に胸を掻きむしられるような思いがする。
「ふぁっ、ァッ! こ、こうよ……!」
すっかり固くなっている乳頭を、躊躇なくそれぞれ指の腹で押しつぶした。操の身体がビクンと跳ねるのも構わずに、爪の先で軽く弾いたり、きゅっとつまんで絞るように刺激する。そのたびに操は甲高い声をあげて身をくねらせ、乳首からはじわじわと液体を滲ませた。
またひとつ生唾を飲み込んで、甲洋は操の腰に腕を回すと、泣いてばかりいる乳首の片方にキスをした。
「ひゃぁっ、ん! あっ、ふあぁ……っ!」
ちゅっと吸い上げて、舌で丹念に粒を転がす。滲みでる母乳の味が、口の中に広がった。柔らかくて、胸をくすぐるような甘ったるさ。これが操の味だと思うだけで、狂おしいほどの愛しさが溢れてとまらなくなる。
何度も何度も吸い上げては舌で転がし、右も左も空いている方は指先でコリコリと扱いたり、潰したりしながら休みなくのめり込んでいく。
「あんっ、あ、ァッ、甲洋、きもちい……っ、おっぱい、きもちぃの……!」
執拗に舐めしゃぶられて、淡桃だった乳首が赤く腫れたように色味を濃くする。
蕩けきった表情で、操が甲洋の頭を掻き抱いた。しばらくはあられもなく悶えていたが、やがてくしゃくしゃと乱していた髪を優しく梳かすように撫ではじめる。
「はぁ、ぁ、んっ、ふふ……っ、赤ちゃんみたい……甲洋、かわいい」
思いもよらない言葉に面食らい、しかめた顔で見上げると、潤んだ瞳を細めながら操がコトンと首をかしげた。
「ぼくのおちち、おいしい?」
髪を梳きながら問いかけるその仕草が、なんだか母親めいている。母親に愛される感覚なんて、体験したことがないから分からない。だから想像でしかないのだけれど。
それにしたって10も歳下の少年を捕まえて、一体なにを考えているのだろう。まるで赤子のように心がふやけそうになっている自分に戸惑う一方で、この薄い胸にすべてを委ねてしまいたいような、縋りついて泣いてしまいたいような、そんな奇妙な感覚に襲われる。
「……ん。おいしい」
だからだろうか。つい素直な感想を漏らすと、操が嬉しそうにまた「かわいい」と言う。
この子もこの子だ。いい歳をした男を相手に、そんな感想を抱くなんて。まるで母性にでも目覚めたみたいに──。
(……これ以上は、考えないほうがよさそうだ)
ここを深く突き詰めてしまうと、お互いに不味い方向に進みかねない気がする。それはちょっと怖いような、だけど興味深いような。おかしな気分になりながらも、甲洋は可愛いのはお前だよとばかりにその唇を奪ってやった。
「んんっ……」
やっとのことで初めての夜を迎えているのに、まだキスをしていなかった。
二年前と同じで、今の甲洋には余裕がない。だけどもはや制約もない。あの夜はただ拙いキスに振り回されて、座枠を握りしめるだけだった。危うい場面はありつつも、よくぞ耐えられたものだと自分で自分を褒めてやりたい。
操を腕に閉じ込めて、ちゅ、ちゅ、と音を立てて吸い上げる。小さくて柔らかな唇が、はぁ、と短く息を吐く隙間を縫って舌を潜り込ませた。あのときのように一方的な性急さもなく、お互いがゆっくりと丁寧に、とろとろになって唾液が溢れるまで舌を絡めあった。
頭の中がぼうっとのぼせていくような感覚。多幸感が胸の奥底から湧き上がる。背中にかけてがじんわりと熱くなり、溶けてしまいそうなほど気持ちがいい。
「ぁ、ふ……なんか、あまい……?」
糸を引きながら離れた唇から、操が熱のこもった息を漏らした。
「来主の味だよ」
「えぇー? ぼくは甲洋の味だと思う」
「どっちだっていいさ」
ふっと笑って、すっかり前がはだけているシャツを脱がせてしまう。それから自分も上を適当に脱ぎ捨てると、もう一度ちゅっと音を立てて唇を重ねた。そのまま肩を軽く押し、操の身体を押し倒す。シーツの上に柔らかな髪がふわりと広がり、波を描いた。
心臓が高鳴る音が騒がしい。操の胸に右手を押し当てると、彼の鼓動も大きく跳ねていることが分かる。
「好きだよ、来主」
「ん、ぼくも」
亜麻色の前髪を掻き分けて、額にそっとキスを落とした。そのまま顔中にキスの雨を降らせながら、押し当てていた手を胸の片方に滑らせる。しっとりと濡れた胸はぺたんこで、薄い肉が申し訳程度に乗っているだけだ。
甲洋はそれを手のひら全体を使ってゆるゆると揉みしだいた。ときおり親指で乳首を引っかくと、操が上ずった可愛い声をあげる。
「ぁ、はぅっ、ん……っ」
反らされた喉には、ささやかな喉仏がぷくんと盛り上がっていた。そうと分からないくらいの小さな膨らみにキスを落とすと、軽く吸いつく。
鎖骨の窪みにも口づけて、そのまま唇を這わせていった。じわじわと蜜をこぼす乳首を舐めて、またちゅっと吸い上げる。
「くぅっ、ん! ぁ、ふ……っ」
操の両手が、甲洋の髪をきゅうと引っ張る。固くしこる乳首の弾力と、バネのようにしなる身体の反応から、彼が得ている快感が伝わってくるようだった。
じっくりと愛撫をほどこしながら、甲洋は操のウエストにそっと片手を忍ばせる。前をくつろげ、下着ごと徐々に脱がせていくと、そこには勃ちあがった性器があって、先走りで濡れていた。小さく震えている様を見て、甲洋の口から熱いため息が漏れる。
あの夜は、あと少しというところで触れさせてもらえなかった。辛抱したぶん、ぐっと込み上げてくるものがある。感動すら覚えながら、まだ十分に拙さを残す屹立をすっぽりと手に包み込んだ。
「アッ、ぁん……っ!」
上ずった悲鳴を心地よく聞き流しながら、ゆるゆると優しく扱いていく。止めどなく透明な蜜を溢れさせ、操は泣きそうにも見える表情で身体をビクビクと踊らせた。
「んっ、ぁ、こう、よ……手、おっき、おっきい、んッ、ぼくの大事なとこ、さわって、る……っ」
「うん……ずっと触りたかった。来主のここ」
「ァッ、ん! うれ、し……ぼくも、ずっとさわってほしかったの……っ」
あまりにも素直な言葉と反応が可愛すぎて、脳が茹だって煙を上げてしまいそうな気がした。甲洋はとっさに声を詰まらせながらも、忙しくなく上下する胸の片方に飽きもせず唇を寄せた。頭を左右に揺らすようにして吸いつきながら、触れている操の陰茎をさらに扱いていく。舌の先に感じる粒の弾力に、たまらず軽く歯を立てると、操がいっそう高い悲鳴をあげてシーツから浮き上がるほど背を反らした。
「ヒァッ、や! だめ、あっ! で、出ちゃ、いっ、ぁくッ、んうぅ……──ッ!」
その瞬間、プシュッと音を立てて操の両胸と性器から飛沫があがった。ぶるりと腰が揺れ、弾けた白濁が甲洋の手を濡らす。抱え込むように腕を腰にしっかりと回して、それでもなお甲洋は乳首を吸い続けた。
こくんと喉を鳴らして飲み下すあいだも、操は絶頂の名残から嫌々と首を振って小刻みな痙攣を繰り返す。もう片方の乳首からも、線香花火の残り滓のようにささやかな飛沫が漏れていた。いやらしく潮を吹いては伝い落ち、母乳がシーツを濡らしていく。
「やぁぁッ、くっ、うぅ、んッ! ぁ、だめ、も……吸っちゃ、やぁ、ぁ──……ッ」
操が掻き抱いている甲洋の頭皮に爪を立てる。焦げ茶の癖毛を引っ張り、乱し、引き剥がそうとしたかと思えば強く引き寄せ、引き伸ばされる余韻と快感に身悶えていた。
白濁で濡れる手も胸に這わせて、甲洋はややしばらくのあいだずっとそこに執着し続けた。
「こ、よ……ァ、ぁー、あ……っ、おっぱい、おっぱいもうやだぁ……」
すっかり乳首に取り憑かれていた甲洋は、弱りきった悲鳴に気づいてようやく顔をあげた。没頭しすぎて周りが見えなくなっていたことに、自分で驚く。
操はのぼせたように顔を真っ赤にして、すっかりクタクタになっている。やっとのことで胸への刺激から開放され、ホッと大きく息をついた。
「こよ、おっぱい好きすぎだよぉ」
「……ごめん、つい」
「ほんとに赤ちゃんになっちゃったのかと思ったよ」
さすがに申し開きのしようがない。
甲洋の頬に両手を這わせながら、操が困り顔で小首を傾げている。まるで小さな子供に言い聞かせるような表情にも見えてしまい、なんとも言えない気持ちになった。赤子扱いにはやっぱり戸惑うが、どこかで悪い気がしていない自分がいることに、尻のあたりがむず痒くなってしまう。
「……赤ちゃんはこんなことしないだろ?」
「わっ!?」
操の腕を引いて起き上がらせると、その身体をうつ伏せにひっくり返した。四つん這いの体勢をとらせ、つるりとした丸い尻に手を這わせる。やわやわと軽く揉みしだくと、その手つきのいやらしさに操がケラケラと笑い声をあげた。
「あふっ、あははっ! それやだぁ! 甲洋のエッチ!」
「そうだよ。知らなかった?」
「ふふ、ん~? うん、知ってた」
「だろ?」
つられて笑いながら、ベッド脇のチェストに腕を伸ばすと引き出しからローションとゴムの箱を取り出した。このときのためにずっと以前から準備しておいたものだ。本当なら操の誕生日の夜に活躍する予定だったが、無駄にならずに済んでよかった。
シーツの上にポンと置かれたそれらを見て、操が「わぁ」と目を輝かせている。
「凄いや。準備万端だぁ」
「そりゃあね」
二年も待ったあげく、今さら同じ失敗を繰り返すなんて冗談じゃない。
甲洋はローションの蓋を開けると少しずつ中身を出して、体温と馴染ませながら念入りに指を潤わしていく。猫のようなポーズで首を捻っている操が、緊張したように喉を鳴らした。
「触るよ」
「う、うん。いいよ」
白桃のような尻の肉を割り開き、濡れた指をそっと這わせる。窄まった表面をマッサージするようにくるくると撫でて探ると、操が肩をすくめて「んぅ」と小さな呻きを漏らした。
もどかしさにヒクつく孔は、ほんの少し圧をかけただけでたやすく人差し指を飲み込んでいく。より深く求めるように、内壁が熱くうごめいていた。
「はぁ、ん! ぁ、ァ……っ、ゆび、はいった……ぁっ」
「すごいよ来主。こんなにあっさり……」
自身で拡張していたとは聞いたが、ここまですんなりいくとは思わなかった。すると操が背後を振り向きながら、腰を左右にモジモジとよじって見せる。
「だってぇ、練習したもん。いっぱい」
「ッ、!」
「ねぇこうよぉ、ぼくの身体、んッ……ちゃんと大人に、なったでしょ? これなら、ァっ、ちゃんとエッチ、できるでしょお?」
指を咥えこんだまま尻を振り、胸からはポタポタと白い蜜を滴らせ、切実に向けられる瞳はその揺らめきと光の反射で、いっそハートマークが浮かんでいるかのようにも見えてしまう。ガツンと頭部を引っ叩かれたような衝撃に、甲洋はカァっと顔を赤くした。
「……そういうの、一体どこで覚えてくるんですか」
「なんで敬語になってんのぉ?」
どこまでやらしけりゃ気が済むんだと半ば呆然としている甲洋に、操は訳がわからないといった表情で首を傾げている。
そのあいだも、熱い肉壁は甲洋の指をキュンキュンと食いしめて離さない。思わず喉の奥で唸りそうになりながら、ナカを指の腹で軽く擦り上げてみる。
「アッ、くぅっ……! は、あぅん……っ」
甘ったるい声と一緒に、きゅっとまたナカが締まった。その卑猥さに獣じみた欲を募らせながら、慎重に抜き差しを繰り返す指を二本に増やした。ローションもさらに継ぎ足して、よりいっそうナカを蕩かしていく。
「んぁっ、ァッ、や……! ふと、いッ、甲洋の指、ぼくのより太くて、長くてぇ……!」
「平気? 痛くない?」
「んんッ、ぅ……っ、うん……ッ、たく、ない……あぁッ、ん……きもち、ぃ……っ」
操は上半身をすっかりシーツに沈ませて、尻だけを高く掲げた姿勢になっていた。濡れた孔から泡立ちながら伝い落ちた雫が、内腿を伝って落ちていく。ぐぷ、ぐぷ、と水音を立てながら、実に美味そうに甲洋の指をしゃぶっていた。
すっかり仕上がっている状態を見て、できることならここまで育てるのは自分でありたかったという口惜しさが込み上げる。けれど同時に押し寄せるのは、この熟した身体は自分に食べられるためだけにあるのだという、喜びと実感だった。
「俺のために、こんなになるまで……」
「だって、だってぇ……っ! こよと、上手にしたかったんだもん……ちゃんと一緒に、きもちく、なりたかったんだもん……っ」
「……どんなふうにしてた? 指だけ? 他にもなにか使ったの?」
シーツに額を擦りつけ、操が首を左右に振った。
「ゆ、ゆびッ、指だけ……! お尻、いっぱい……指で、くちゅくちゅって……おちんちん、触りながら、して、たッ」
その言葉にホッとした。操のここは、まだ何ものにも犯されてはいないということだ。たとえそれが無機物であったとしても嫉妬の対象にしてしまう自分に呆れながらも、余計なものに先を越されていなかったことに安堵する。
「ならよかった」
「アッ、あっ、ひぅぅ……っ!」
頃合いを見て、三本に増やした指をナカに沈ませる。孔は完全にシワを無くすまで広がりきって、濃桃の花びらのように色づいていた。
「あぅ、あうぅッ、ぁ゛……ッ、指、いっぱいで……くる、し……っ」
ガクガクと身を震わせて、操がシーツを掻きむしる。その声は少しつらそうだったが、中心で震える性器がツンと勃ちあがっていた。抜き差しするたびに先端からダラダラとよだれをこぼし、開放を求めて張りつめている。
尻たぶを割り開いていた方の手を前へと滑らせ、軽く握り込んでやると、桃色に発情する身体がギクリと強ばるのが分かった。
「あぁイッ、く! イキそ、やあぁダメ……ッ、指、もう抜いてぇ……っ!」
「いいよ、イッても」
「やだぁッ! 甲洋の、甲洋のでイクのっ! 甲洋のおちんちん、早く挿れたいよぉ……!」
悲鳴じみた懇願に、首の後ろが燃えるように熱くなる。甲洋は迷う間もなく指をナカから引き抜くと、軋むベッドに両膝を立て、手早く前をくつろげた。下着ごとズリ下げた途端に勢いよく飛び出した肉棒は、限界までそそり勃って脈打っている。
首を捻ってそれを見ていた操が、赤らんだ頬をより赤く染めて深い息を漏らした。
「こ、よ」
「少し、待って」
甲洋は手早くゴムの箱を開け、取り出した中身の封を切って性器にかぶせた。いざというとき手間取らないよう、事前に練習していたことはここだけの秘密だ。その甲斐あって、ものの数秒とかからなかった。
「そんなの別にしなくていいのにぃ!」
急いている操はそれを見て不満そうだ。甲洋はローションの中身を手の平に出し、なじませるように軽く自身を扱きながら苦笑した。急いているのは同じだし、そりゃあ本音を言えばナマでしたいのは山々なのだが。
「エチケットだから」
「えー、でも漫画ではさぁ~」
「漫画を教科書にするのはやめなって……」
というか、まだ読んでいたのか。BL図書を。この分だとセルフ拡張も、そこから影響を受けた可能性が極めて高い。あながち役に立たないとも言い切れない気がして、ほんの少しだけ感心してしまう。
操はまだ納得がいかない様子で口をごにょごにょとさせていたが、甲洋の両手が尻に触れると「ぁっ」と焦ったような声を漏らした。
「待って、このままするの?」
「そのつもりだけど?」
「それじゃ甲洋の顔が見えないからやだ」
操は四つん這いの姿勢から起き上がり、すっかりこちらに身体を向けると甲洋の肩を押して座らせた。そしてそのまま膝立ちでまたがってくる。
ちょうど二年前にもこれと似た光景を見たっけなと、満足そうな顔を見上げて懐かしさが込み上げた。甲洋の肩に手をついたまま、元気よくそそり勃つ男根に視線を落とし、操は嬉しそうにニンマリ笑う。
「甲洋の大人ちんちん、久しぶりに見た」
「そりゃあ、二年ぶりだからね」
「えへへー。今日こそぼくが食べちゃうぞ!」
待ちきれないといった様子で、細い両腕が首に巻きついた。ちゅうっと音を立てて吸いついてくる唇を受け止めて、操の腰に片手を添えると、反対の手を自身に添える。狙いを定め、張り詰めた先端を窄まりにあてがえば、「あっ」と短く喘ぎを漏らす操の乳首から、母乳がジワリと浮き出した。
「来主、そのままゆっくり……できる?」
「ん、できる」
操がこくんと頷いた。けれどその意気込みとは裏腹に、あのときの痛みを覚えている身体が無意識にすくんでしまうようだった。もちろん緊張もあるのだろう。
安心させるように背中を幾度かさすってやると、彼は甲洋にしがみついて「平気だもん」と強がった。それから軽く深呼吸をして、少しずつ腰を落としていく。
「んぅ、ぁ、は……っ」
「ッ、ぅ……ッ」
「ぁ、いけ、そ……ぁっ、はいっちゃ、う、甲洋の……っ、ぁ、あッ……!」
次の瞬間ぬかるんだ孔をこじ開けて、ズン、と太いカリ部分が潜り込んだ。下から破られた衝撃に、操が喉を反らして悲鳴をあげる。
「ぃッ──! ヒッ、あぅぅ……っ!」
「ッ、く……ッ」
熱い媚肛が、ヒクつきながら限界まで広がっているのが分かる。先端に感じる締めつけに腰をわななかせながら、達しそうになるのを歯を食いしばってどうに耐えた。
「う……ッ、く、ぁっ……おっき、ぃ……っ、ぁ、くぅぅ……っ」
指とはまったく異なる質量に、操は苦しそうに切れ切れな喘ぎを漏らす。それでもなお腰を落としにかかり、自重によってジワリジワリと肉根が体内へと飲み込まれていった。
けれどあと少しで根本に達するというところで、操の動きがピタリと止まる。見上げると、彼は甲洋よりもよほど汗だくになっていた。怒らせた肩を硬直させ、カタカタと内腿を震わせている。
「平気、か?」
「ぁ、う……へい、き……まだ、いける……」
明らかに無理をしているのが伝わってきて、甲洋は汗が伝う背をあやすようにポンポンと叩いてやった。
「本当は?」
「ぅ……」
操が数秒のあいだ押し黙る。けれどやがて観念したように、おずおずと口を開いた。
「……奥、ちょっと、怖い」
蚊の鳴くような声。すっかり涙目になって悔しそうに下唇を噛みしめる表情に、吐息だけでふっと笑って目を細めた。以前の操だったら、このまま無茶をして強行していたかもしれないなと、甲洋は思う。
今の操は無理をすればいいというわけではないことを、ちゃんと理解していた。二年たっても体格差はほとんど縮まらなかったけれど、それだけでも待った意味があったのだと、しみじみ感じる。
「十分だよ来主。今日はここまででいいから」
「それって、今日はもう終わりってこと……?」
「まさか」
ベッドのスプリングの力を借りて、ナカを少しだけ擦り上げてみる。操が「ひゃぅっ」と高く鳴きながら、ブルリと身を震わせた。
「こ、よぉ……っ」
「奥は、これからゆっくり。ね?」
むしろ一緒に育てていける部分が、まだ残されていることが嬉しかった。多分きっと、操にはそういう場所がまだまだ隠されているはずだ。怖い場所も痛い場所も、気持ちがいいと感じる場所も。これから少しずつ見つけて、攻略していけることに期待が膨らむ。
甲洋は操の腰骨を両手でしっかり掴んで固定すると、下から幾度か揺さぶった。彼が怖がるラインは決して超えないように、けれど確実に律動を進めていく。
「やっ、あぅ、ぁっ、待っ……、あ、あ、はぁん……っ!」
結合部から漏れる泡立つ音と、操の嬌声が混じり合う。突くたびに乳首からぷくぷくと大粒の母乳が溢れだし、振動に揺れる屹立からも先走りの液が漏れている。
「くぅっ、あ……っ、きも、ち……ぁっ、おしり、そんなにズンズン、されたらぁ……っ!」
「ッ、は……さっきより、いっぱい出てるよ」
「はっ、はぁん……っ、ぁっ! だってッ、だってきもちくて、ぁ、とまんない……ッ、おちち出ちゃうの、とまんないよぉ……っ」
恍惚とした表情で、操がグンと背を反らした。突き出された胸の片方にむしゃぶりつくと、少し強く吸い上げる。「いやぁッ!」と泣き叫ぶくせに、甲洋の頭を抱きしめる腕はもっとしてとねだっているようにしか思えない。
口の中いっぱいに広がる母乳の味が、煮詰めた砂糖のように脳を蕩かしていく。
「こうよ、甲洋……ッ、アッ、ぁ、ぼく、セックス、してる……っ!」
「ん……できてるよ、ちゃんと」
「うれ、し……ッ、ぁ、アッ、嬉しい……甲洋、好き、大好き……っ!」
「ッ、俺も……俺も好きだよ、来主……っ」
突けば突くほど濡れた媚肉が絡みつき、熱くうねっては射精を促す。待った分だけもっと味わっていたいのに、終わりは確実に近づいていた。ナカでまた一回り大きくなった男根に、操が声にならない悲鳴をあげながらまた母乳を散らす。
弓なりにカーブした背が後方へ崩れ落ちていくのに合わせて、今度は甲洋が両膝をシーツに立てた。押し倒す形になると、両足を抱えあげて最後の追い込みをかけていく。
「あうぅ……っ、やぁ、きちゃう……っ! きちゃっ、あっ、あっあぁ──……ッ!!」
プシュウ、と大きな飛沫をあげて、操の母乳が吹き出した。同時に、ほったらかしだった屹立からも熱い白濁を飛び散らせる。チロチロと出続ける母乳を舐め取りながら、甲洋も身を震わせた。頭が白く染まるような快感に低く唸って、ゴム越しに操の体内で射精する。
脆弱な呼吸に喉を震わせる操は、半ば意識が飛んでいた。彼の身体が断続的にピクンッと跳ねると、母乳の残滓が思いだしたように小さく吹き出す。その光景にまた男茎が反応しそうになるのを感じながらも、ナカからズルリと引き抜いた。
「ふぁ……こ、よ……」
朦朧としながら焦点をさまよわせていた操が、弱々しく両腕を伸ばしてくるのに誘われて、折り重なるようにその身を預けた。身体もシーツもぐちゃぐちゃだ。けれど今は痺れるような余韻から指一本動かせい。
言葉もなくふたり一緒に放心しながら、胸を満たすのは余りあるほどの幸福な充足感だった。
*
操はそのまま眠ってしまった。
それぞれの身体を軽く清めて、起こさないように少しずつ移動させながらシーツを取り替えるのには苦労したが、操はよほど深く眠り込んでいるらしく、まったく起きる気配がなかった。
あらかた終えるとベッド脇に腰掛けて、操の寝顔を見下ろした。どこか子供っぽさを感じさせる寝息にふっと微笑み、軽く前髪を撫でてやる。
「ありがとう、来主」
ごく自然に出てきた感謝の言葉に、操が「ん」と小さな呻きをあげた。目を覚ましたのかと思ったが、彼はまだ眠ったままだ。
可愛い寝顔にまたひとつ微笑むと、甲洋はふとベッド脇のチェストに目を向ける。小さな間接照明が置かれたその横には、赤いベルベットのリングケースが置かれていた。
最初からずっとここに置いてあったのだが、操はまったく気がつかなかったようだ。
ケースに手を伸ばし、蓋を開ける。そこにはなんの飾り気もないシルバーリングが収まっていた。本当なら操の誕生日に渡すつもりでいたものだ。操の態度が急変したあとは、本気でもうダメなのかもしれないと打ちひしがれていたけれど。
ゴムやローション以上に、甲洋にとってなによりも無用にならずに済んだのは、この指輪の存在だった。この子が18歳になったとき、プロポーズをしようと思っていたから。
結婚してください、なんて。そんなことを言ったら、少し重たいかもしれないけれど。
「んー……」
そのとき、シーツの中で操が呻いた。モゾモゾと身じろぎながら、仰向けの姿勢からこちらに向けて寝返りを打つ。今度こそ起きたかと思ったけれど、やっぱりまだ夢の中にいるらしい。
「なにこれおいしぃ~……甲洋も食べてみてぇ……」
「なに食ってんのさ」
ムニャムニャと口を動かして、寝言を言いながら操が笑う。思わず声を出して笑いそうになるのをどうにか堪え、甲洋は再びケースの中身に視線を落とした。照明を弾いて輝くリングに目を細め、彼が目を覚ましたときのことを想像する。
果たして喜んでくれるだろうか。なにをするにも邪魔にならないよう、首から下げられるように別途でチェーンも用意してある。いつだって身につけていられるように。
「愛してるよ、操」
そっとケースの蓋を閉じ、操の寝顔に目を向ける。告白と一緒に、普段は照れくさくて呼べない下の名前を呼びながら。この後に続くのは、「だから俺と結婚してください」だ。
この子が目を覚ましたら、思い切り真面目な顔をして言ってやろう。きっと笑いだすに違いない。「また敬語になってる!」なんて、どうでもいいところにツッコミを入れながら。
ひとしきりケラケラと笑ったあと、赤い顔ではにかんで、「いいよ」と言ってくれたらいい。
そう切に願いながら、身を屈めるとふにふにの頬にキスをした。やっぱり甘い。操はどこもかしこも、砂糖みたいに──。
←戻る ・ Wavebox👏
操の様子がおかしくなったのは、彼が18歳の誕生日を迎える半月ほど前からだ。無邪気にくっついてくることがなくなり、二人きりでいるときの口数も極端に減った。
手を繋いだり、キスをしそうな空気を察すると、わざとらしく口笛をふいて顔を逸し、一定の距離を保とうとする。どうかしたのかと訊ねても、目を泳がせながら「別にぃ」と言って誤魔化すばかりだった。
そのあからさまな態度を、気にするなというほうが難しい。機嫌を損ねるようなことをした覚えもないし、操の明け透けな性格を考えれば、不満があるならとっくに漏らしているはずだ。
けれど避けられていることだけは明白で、原因はなんだろうかと考えたとき、思い当たるものが一つだけあった。それは二年前に交わした、あの約束だ。
まだ16歳だった操は、なんの進展もない自分たちの関係に焦りを覚えて、無理やり身体を繋げようとした。しかしろくな知識も準備もなしに上手くいくはずがなく、行きあたりばったりの行為は失敗に終わった。
そのとき甲洋は落ち込む操と約束を交わしたのだ。二年後、操が18歳になったときには、キスより先のこともしようと。そしていよいよその日が目前まで近づいている。
彼の急な態度の変化は、そのこととなにか関係しているのではないか。むしろ他に思い当たるものがなかった。
例えばの話──考えたくはないけれど、なんらかの理由で操の気持ちが甲洋から離れ、約束をなかったことにしたいと考えているのなら、あの避けるような態度にも納得がいく。他に好きな相手ができたとか、これといった理由もなく冷めてしまったとか。それらの可能性は、決してないとは言い切れない。
本人に確かめもしないうちから、甲洋はマイナスの思考に囚われていった。ただの思い過ごしであってほしいと、そう願う気持ちだけをささやかな希望にして。
そうやってズルズルと日数が経過して、操の誕生日当日がやってきた。
その日は午後から店を貸し切りにして、バースデーパーティーが開かれた。綺麗に飾りつけられた店内で、集まった人たちに囲まれながら豪華な料理とケーキを前にした操は、顔を赤くしながら嬉しそうにはしゃいでいた。
けれど甲洋の内心は気が気じゃない。本当ならもっと浮かれていてもいいはずなのに。
操の子供っぽさは相変わらずで、背は幾らか伸びたが、長身の甲洋との差は縮まらなかった。それでも甲洋はこのときを辛抱強く待っていたし、ほんの少し前までは操も待ち遠しそうに「まだかなぁ」なんて言いながら指折り数えていた。
だからもし甲洋の不安がただの杞憂であれば、今夜は自然とそういう流れになるのではないかと、そう思っていた。この際セックスするとかしないとかは後回しだ。ただ操の気持ちが知りたかった。
そして日が沈む頃にパーティーがお開きになり、みなが家に帰っていくのと一緒に、操まで帰宅してしまったことに甲洋は愕然とした。
彼は「食べすぎて眠い」などと言いながら、こちらには目もくれずそそくさと帰ってしまったのである。
決まりだ。そこまでされたら、嫌でも思い知る。
操の気持ちは、もうとっくに自分から離れてしまっているのだと。
*
閉店後の店内はやけに静かで、操が床にほうきを走らせる音だけが響いている。
レジ締めの作業を終えた甲洋は、無人のホールをせっせと掃き掃除しているその背を見つめ、鼻から小さな息を漏らした。
店のシェフである真壁一騎は、所用で一足先に上がってしまった。ふたりっきりの店内には一切の会話がなく、寒々しい空気だけが流れている。
操の誕生日から三日。彼は相変わらず甲洋と距離をとり続けていた。むしろ今まで以上に態度がよそよそしくなっている。一騎とは普段通り接するが、甲洋とは意地でも目を合わせようとしない。そのわざとらしさは、まるで悪戯がバレるのを恐れる子供のように甲洋の目に映った。
「……来主」
甲洋は少し迷ったが、操の背中に声をかけた。彼が自分から口を開くまで待つことも考えたが、そろそろこの状態も限界だ。
「な、なに?」
操は肩をギクリとさせて、どこかバツが悪そうにおずおずと振り返る。
「お前、なにか俺に言うことがあるんじゃないの?」
「……別にないよ?」
「理由もなく避けられる意味が分からない。なにかあるなら」
「だからなにもないってば!」
操は苛立った声をあげ、また甲洋に背を向けた。
「本当になんでもない……ぼくのことはほっといて」
「来主」
「今日から一人で帰るから。もう送ってくれなくていいよ」
そう言って、操はほうきを片付けにバックヤードへ消えていこうとした。それを「待って」と引き止めると、また肩をギクリとさせて歩みを止める。
「話そう、来主」
引き下がらない甲洋に、操は渋々といった様子でほうきを壁に立て掛けた。
甲洋がカウンターの一席に腰掛けると、隣にちょこんと腰を落ち着ける。彼はうつむき、やっぱりこちらを見ようとしない。その沈んだ横顔に、否が応でも終わりを突きつけられた気がする。
「顔も見たくないなら、そのままでいいから。来主の気持ちを、聞かせてほしい」
ズルズルとここまで引き伸ばしてしまったが、ケジメくらいはつけておくべきだと思う。お互いにとっても、その方がいいはずだ。
こうなったからといって、操を責めるつもりはない。自分にはこの子を繋ぎ止めておくだけのものが足りなかった。きっとそれだけの話なのだと、必死で諦めようとしている。けれどどこかではひどく責め立て、問いつめてしまいたい自分もいた。だからそうなる前に、最後くらいはちゃんとトドメを刺してほしい。
「冷めたなら、そう言って」
傷つく覚悟をした上で切り出したはずだった。けれど甲洋の言葉を受けて、操は「は?」の形にポカンと口を開きながらこちらを見た。
「冷めたって、なにが?」
「なにがって……来主は俺との関係を終わりにしたいんだろ?」
「終わり……? 終わりってなに?」
「?」
「え? 待って? もしかしてこれ別れ話!?」
「……うん?」
「嘘!? 甲洋、ぼくたち終わりなの!?」
「えぇ……?」
予想外の風向きだ。むしろこちらがそれを聞きたいところだったのだが……。
「やだやだやだぁ! 終わりなんてやだ! そんなのやだよぉ!!」
青褪めていた操はいよいよ泣きだし、握りしめた両手でグシグシと顔を拭っている。これは一体どういうことだろう。全く意味が分からない。
「ひどいよ! なんで急にそんなこと言うのぉ!?」
「急にって……いや、だって来主が先に冷めたんじゃないの?」
「そんなことないもぉん!!」
「はぁ? じゃあ、なんでずっと避けて……?」
「そ、それは……」
真っ赤になっている操の鼻からピュッと鼻水が垂れてきたので、甲洋は困惑しながらも尻ポケットからとっさに取りだしたハンカチでサッと拭き取ってやった。
「その……あの……」
操はよほど言いにくいことがあるのか、うつむいて唇をまごつかせている。けれど根気よく待ち続けていると、やがておずおずと顔を上げてこう言った。
「だってぼく、病気になっちゃったんだもん!!」
わっ、と声をあげ、操がカウンターに突っ伏して大泣きしはじめた。
*
「とりあえず落ち着こう。お互い」
甲洋は厨房でコーヒーとココアを淹れると、カウンター席に戻った。それぞれカップを手にして口をつけると、同時に「ふぅ」と息をつく。
「それで……病気っていうのは一体……?」
見たところ、操が身体に変調をきたしているようにはまったく見えない。甲洋と距離を置いている以外では、これといった変化も特には見られなかったはずだが。
けれどそれはあくまでも表向きの話だ。操は言いだせないほどのなにかを抱え込んでいる。それほどまでに重たい病に侵されているということなのだろうか。
「ずっと誰にも言えなかったんだけど……」
たった今コーヒーで潤したはずの喉がカラカラに乾くのを感じる。甲洋は顔を強張らせ、緊張しながら操の声に耳を傾けた。
「だって、自分がこんなことになるなんて思ってなかったから、すごく怖くて……」
なにかが込み上げてきたかのように、操はそこで言葉を切ると吐く息を震わせる。甲洋はとっさにテーブルの上にあった小さな手を握りしめた。悲しそうに伏せられた横顔に歯噛みする。この子がこんな顔をするなんて。ずっと一人で思い悩んでいたのだろう。自分を避けていたのは、心配をかけたくなかったからなのかもしれない。
そう思うと、甲洋の胸に引き裂かれたような痛みが走った。
「来主。たとえどんなことでも受け止めるよ。俺がずっとそばにいる」
「甲洋……」
「話してほしい。少しずつで構わないから」
甲洋の瞳を見つめ、操は泣きそうにくしゃりと表情を歪めた。唇をきゅっと噛み締めて、こくりと頷く。そしてゆっくりと口を開いた。
「ぼくね、おっぱいからお乳が出るようになっちゃったんだ」
「……ん?」
「甲洋と上手にエッチできるように、自分でお尻を拡張してたんだけど……そしたら急にお乳がぴゅーって」
「待って」
「え?」
「ごめん、ちょっと待って。お前はなんの話をしているの?」
「なにって、病気の経緯を」
「いやいやいやいや……」
待て待て待て。深刻な空気に飲まれかけていたが、彼はなにを言っているのだろうか。お乳とか拡張とか、とんでもワードが聞こえたような気がするのだが。
「ちょ、どっ、まっ……来主、落ち着いて。まずは落ちゅち……落ち着くんだ」
「落ち着いたほうがいいのは甲洋の方だと思うよ。噛んでるし」
冷静に突っ込まれてしまったが、さっきからずっと気持ちが追いつかない状態に陥っている。決死の覚悟で別れ話を切り出したと思えば、次の瞬間には妻のガン宣告を聞く夫のような気持ちになり、最終的な着地点が母乳とセルフ拡張だった。自分でも過去にこれほど取り乱したことがあっただろうかと、だいぶ戸惑っているところである。
しかし話はまだ途中だ。甲洋は今度こそ話の腰を折らないよう、とりあえず最後まで操の話を聞くことにした。
「前は失敗しちゃったでしょ? だから今度はちゃんと上手にできるように、自分でお尻の穴を触って特訓してたの。そしたらね、最近ちょっとずつ気持ちよくなってきて……それでね、その頃から、なぜかおっぱいからお乳が出てくるようになったの……」
「ッ……!?」
操は膝をモジモジとすり合わせ、顔を赤くしながら涙目になっている。話を聞いているだけで、甲洋は全身の血液が沸騰しそうだった。まさか操が、夜な夜なそんな真似をしていたなんて。ついつい前かがみになってしまいそうだった。
「もうすぐ誕生日だなって思ったら、考えるだけで出てくるようになっちゃって……甲洋とキスすると、もっと出ちゃうから……」
「だから避けていた……?」
こくん、と操がうなずいた。
「だって、こんなの絶対ヘンだもん……ぼく男なのに、赤ちゃんができたわけでもないのに、お乳が出るなんて……知られたら、嫌われると思って……」
だから操はどうにかしてこの病気が治るまでは、甲洋に近づかないようにしようと決めた。けれど理由も分からず、治し方も分からない。誰にも相談できないまま、ずっと一人で抱え込んでいたのだ。
確かに言いにくいことだろう。18歳になったとはいえ、操はまだまだ多感な年頃だ。ましてや母乳が出るなんて、深く思いつめてしまうのも無理はない。
「お母さんにも言えないし、病院も怖くて行けないし……ぼく、ずっとこのままなのかなぁ……」
ポロポロと涙を流す操を見て、申し訳ないが気が抜けた。内容は衝撃的だったが、考えていたような最悪な展開にはいたらなかった。ここ最近はずっと、これからどうやって生きていこうかと途方に暮れながら過ごしていたほどだ。それほどまでに甲洋は操のことが大切で、愛しくて、離れられない存在だった。
「嫌いになんかならないよ」
安堵の息を漏らしながら、甲洋は操の肩に手を置いた。
「……本当?」
「本当。来主、それは体質の問題だ。男にだって乳腺はある。お乳が出たからって、なにも変な話じゃないよ」
「そうなの? じゃあこれ、病気じゃないの?」
「不安なら一緒に病院に行こう。俺がついて行くから。それなら少しは安心だろ?」
「甲洋……!」
操の泣き顔が、花がほころぶような笑顔に変わった。抱きついてくるのを受け止めて、しっかりと腕に閉じ込める。すっぽりと収まってしまう体温に、安堵と喜び込み上げた。
もう半月以上もこうして触れることができなかったのだ。手を伸ばせば当たり前のようにあるぬくもりが、こんなにも大切なものであることを改めて思い知らされる。
「あのね、甲洋」
存分に抱きしめて堪能していると、操の身体がもぞりと動く。彼は顔をあげ、恥ずかしそうに上目遣いで甲洋を見た。
「ぼくのおっぱい、見ても本当に変だって思わない?」
「思わないよ」
「じゃあ……見て」
「!」
「病院に行くよりも、甲洋に見てほしいの……」
甲洋は衝撃に打たれたが、なにもおかしな話ではない。操はまだ少しだけ不安そうだ。自分の身体に起こった変化を、信頼できる相手と共有することで、より深く安心感を得たいのかもしれない。その気持ちを無下にするわけにはいかなかった。
「わかった。じゃあ、部屋に行こう」
頷いた操の手を引いて、甲洋は胸を高鳴らせながら二階へ続く階段へと足を向けた。
*
部屋に入ると、互いの方に軽く身体を向け合う形でベッドの縁に腰かけた。
甲洋の目の前で、操がシャツのボタンを上からひとつひとつ外していく。その手元をじっと見つめながら、腫れ物に触るようにソワソワとして落ち着かない。鼓動が忙しなく胸の内側を叩き続けて、今にも突き破ってきそうだった。
シャツのボタンを全て外し終えると、操がカーテンを開けるように両手で前をはだけさせた。そこで目を引くのは、乳首の上にそれぞれ貼りつけられた絆創膏だ。ふいに出てしまったときに服を汚さないための対策なのだろうが、これはこれで非常に煽情的な光景である。
よくよく見ると、絆創膏には中央の部分にうっすらと滲むようなシミが確認できた。
「さっきぎゅってされたとき、ちょっと出ちゃった」
クスンと鼻を鳴らしながら言った操に、甲洋はぐっと生唾を飲み下す。
「……直に見るよ。いい?」
「ん」
熱っぽく息を漏らして操が頷くのを合図に、震えそうになる指先で端っこの部分に軽く爪を引っ掛ける。すっかり湿っている絆創膏はほとんど粘着力を失っており、それだけでペロンと剥がれ落ちてしまった。もう片方も同じようにして剥がしてしまうと、淡桃の乳首がツンと頭を尖らせていた。
その先端から、ぷくんと小さな白い粒が滲みでる。それは限界まで膨らんでから、涙のように皮膚を伝い落ちていった。
「や、ん……ど、しよ……見られてるだけで、おちちでちゃうよぉ」
恥ずかしそうに、操が尻をモジモジとさせた。それらの光景は想像を絶する破壊力で、一気に天辺まで達した興奮に思考が白く染まりかける。が、ここで目を開けたまま気絶するわけにもいかず、どうにか気を取り直した甲洋は予想を確信に変えた。下で話を聞いていたときから、そうじゃないかとは思っていたが──。
「来主はいやらしい気持ちになると、ここからミルクが出るんじゃない?」
再び小さな雫を盛り上がらせている乳首の片方に指をやり、中心には触れずに乳輪だけをクルリとなぞってみた。白い涙がポロリとこぼれて、甲洋の指を伝っていく。
「あっ、んッ……! ぁ……う、ん……」
操は唇をきゅっと噛み締めながら、素直にこくんと頷いた。
「やらしいこと、考えないように我慢しなきゃって思ったの……でも、ダメって思うともっと考えちゃって、甲洋とするときのこと、いっぱい、考えちゃって……」
「……だから一人で触ってた? お尻の穴も、気持ちよくなってくるくらい?」
「あ、ぁ、や……出ちゃうからぁ……エッチなこと、言わないでぇ……!」
言葉で少し煽るだけで、操は乳首からさらに涙を滲ませた。悩ましげな表情を浮かべ、潤んだ瞳を甲洋に向けてくる。
グンと欲を突き上げられたような気がして、いよいよ我慢の限界を感じた。こんなものを見せつけられて、正気でいられる男がいるならその顔を拝んでみたい。
胸から目が離せずに凝視する甲洋を、操が潤んだ瞳で物欲しそうに見つめている。
その肌に刺さるような視線に囚われながら、甲洋はある種の感慨を覚えずにはいられなかった。直球でぶつかってくるしか脳がなかった、あの操がだ。悩みを打ち明け、共有したいというていで、さりげなさを装いながらここまで甲洋を誘導した。
まんまと乗ったのは、甲洋にもあわよくばという下心があったからだ。むしろこうなるのはごく自然な流れで、そのいじらしい変化に胸を掻きむしられるような思いがする。
「ふぁっ、ァッ! こ、こうよ……!」
すっかり固くなっている乳頭を、躊躇なくそれぞれ指の腹で押しつぶした。操の身体がビクンと跳ねるのも構わずに、爪の先で軽く弾いたり、きゅっとつまんで絞るように刺激する。そのたびに操は甲高い声をあげて身をくねらせ、乳首からはじわじわと液体を滲ませた。
またひとつ生唾を飲み込んで、甲洋は操の腰に腕を回すと、泣いてばかりいる乳首の片方にキスをした。
「ひゃぁっ、ん! あっ、ふあぁ……っ!」
ちゅっと吸い上げて、舌で丹念に粒を転がす。滲みでる母乳の味が、口の中に広がった。柔らかくて、胸をくすぐるような甘ったるさ。これが操の味だと思うだけで、狂おしいほどの愛しさが溢れてとまらなくなる。
何度も何度も吸い上げては舌で転がし、右も左も空いている方は指先でコリコリと扱いたり、潰したりしながら休みなくのめり込んでいく。
「あんっ、あ、ァッ、甲洋、きもちい……っ、おっぱい、きもちぃの……!」
執拗に舐めしゃぶられて、淡桃だった乳首が赤く腫れたように色味を濃くする。
蕩けきった表情で、操が甲洋の頭を掻き抱いた。しばらくはあられもなく悶えていたが、やがてくしゃくしゃと乱していた髪を優しく梳かすように撫ではじめる。
「はぁ、ぁ、んっ、ふふ……っ、赤ちゃんみたい……甲洋、かわいい」
思いもよらない言葉に面食らい、しかめた顔で見上げると、潤んだ瞳を細めながら操がコトンと首をかしげた。
「ぼくのおちち、おいしい?」
髪を梳きながら問いかけるその仕草が、なんだか母親めいている。母親に愛される感覚なんて、体験したことがないから分からない。だから想像でしかないのだけれど。
それにしたって10も歳下の少年を捕まえて、一体なにを考えているのだろう。まるで赤子のように心がふやけそうになっている自分に戸惑う一方で、この薄い胸にすべてを委ねてしまいたいような、縋りついて泣いてしまいたいような、そんな奇妙な感覚に襲われる。
「……ん。おいしい」
だからだろうか。つい素直な感想を漏らすと、操が嬉しそうにまた「かわいい」と言う。
この子もこの子だ。いい歳をした男を相手に、そんな感想を抱くなんて。まるで母性にでも目覚めたみたいに──。
(……これ以上は、考えないほうがよさそうだ)
ここを深く突き詰めてしまうと、お互いに不味い方向に進みかねない気がする。それはちょっと怖いような、だけど興味深いような。おかしな気分になりながらも、甲洋は可愛いのはお前だよとばかりにその唇を奪ってやった。
「んんっ……」
やっとのことで初めての夜を迎えているのに、まだキスをしていなかった。
二年前と同じで、今の甲洋には余裕がない。だけどもはや制約もない。あの夜はただ拙いキスに振り回されて、座枠を握りしめるだけだった。危うい場面はありつつも、よくぞ耐えられたものだと自分で自分を褒めてやりたい。
操を腕に閉じ込めて、ちゅ、ちゅ、と音を立てて吸い上げる。小さくて柔らかな唇が、はぁ、と短く息を吐く隙間を縫って舌を潜り込ませた。あのときのように一方的な性急さもなく、お互いがゆっくりと丁寧に、とろとろになって唾液が溢れるまで舌を絡めあった。
頭の中がぼうっとのぼせていくような感覚。多幸感が胸の奥底から湧き上がる。背中にかけてがじんわりと熱くなり、溶けてしまいそうなほど気持ちがいい。
「ぁ、ふ……なんか、あまい……?」
糸を引きながら離れた唇から、操が熱のこもった息を漏らした。
「来主の味だよ」
「えぇー? ぼくは甲洋の味だと思う」
「どっちだっていいさ」
ふっと笑って、すっかり前がはだけているシャツを脱がせてしまう。それから自分も上を適当に脱ぎ捨てると、もう一度ちゅっと音を立てて唇を重ねた。そのまま肩を軽く押し、操の身体を押し倒す。シーツの上に柔らかな髪がふわりと広がり、波を描いた。
心臓が高鳴る音が騒がしい。操の胸に右手を押し当てると、彼の鼓動も大きく跳ねていることが分かる。
「好きだよ、来主」
「ん、ぼくも」
亜麻色の前髪を掻き分けて、額にそっとキスを落とした。そのまま顔中にキスの雨を降らせながら、押し当てていた手を胸の片方に滑らせる。しっとりと濡れた胸はぺたんこで、薄い肉が申し訳程度に乗っているだけだ。
甲洋はそれを手のひら全体を使ってゆるゆると揉みしだいた。ときおり親指で乳首を引っかくと、操が上ずった可愛い声をあげる。
「ぁ、はぅっ、ん……っ」
反らされた喉には、ささやかな喉仏がぷくんと盛り上がっていた。そうと分からないくらいの小さな膨らみにキスを落とすと、軽く吸いつく。
鎖骨の窪みにも口づけて、そのまま唇を這わせていった。じわじわと蜜をこぼす乳首を舐めて、またちゅっと吸い上げる。
「くぅっ、ん! ぁ、ふ……っ」
操の両手が、甲洋の髪をきゅうと引っ張る。固くしこる乳首の弾力と、バネのようにしなる身体の反応から、彼が得ている快感が伝わってくるようだった。
じっくりと愛撫をほどこしながら、甲洋は操のウエストにそっと片手を忍ばせる。前をくつろげ、下着ごと徐々に脱がせていくと、そこには勃ちあがった性器があって、先走りで濡れていた。小さく震えている様を見て、甲洋の口から熱いため息が漏れる。
あの夜は、あと少しというところで触れさせてもらえなかった。辛抱したぶん、ぐっと込み上げてくるものがある。感動すら覚えながら、まだ十分に拙さを残す屹立をすっぽりと手に包み込んだ。
「アッ、ぁん……っ!」
上ずった悲鳴を心地よく聞き流しながら、ゆるゆると優しく扱いていく。止めどなく透明な蜜を溢れさせ、操は泣きそうにも見える表情で身体をビクビクと踊らせた。
「んっ、ぁ、こう、よ……手、おっき、おっきい、んッ、ぼくの大事なとこ、さわって、る……っ」
「うん……ずっと触りたかった。来主のここ」
「ァッ、ん! うれ、し……ぼくも、ずっとさわってほしかったの……っ」
あまりにも素直な言葉と反応が可愛すぎて、脳が茹だって煙を上げてしまいそうな気がした。甲洋はとっさに声を詰まらせながらも、忙しくなく上下する胸の片方に飽きもせず唇を寄せた。頭を左右に揺らすようにして吸いつきながら、触れている操の陰茎をさらに扱いていく。舌の先に感じる粒の弾力に、たまらず軽く歯を立てると、操がいっそう高い悲鳴をあげてシーツから浮き上がるほど背を反らした。
「ヒァッ、や! だめ、あっ! で、出ちゃ、いっ、ぁくッ、んうぅ……──ッ!」
その瞬間、プシュッと音を立てて操の両胸と性器から飛沫があがった。ぶるりと腰が揺れ、弾けた白濁が甲洋の手を濡らす。抱え込むように腕を腰にしっかりと回して、それでもなお甲洋は乳首を吸い続けた。
こくんと喉を鳴らして飲み下すあいだも、操は絶頂の名残から嫌々と首を振って小刻みな痙攣を繰り返す。もう片方の乳首からも、線香花火の残り滓のようにささやかな飛沫が漏れていた。いやらしく潮を吹いては伝い落ち、母乳がシーツを濡らしていく。
「やぁぁッ、くっ、うぅ、んッ! ぁ、だめ、も……吸っちゃ、やぁ、ぁ──……ッ」
操が掻き抱いている甲洋の頭皮に爪を立てる。焦げ茶の癖毛を引っ張り、乱し、引き剥がそうとしたかと思えば強く引き寄せ、引き伸ばされる余韻と快感に身悶えていた。
白濁で濡れる手も胸に這わせて、甲洋はややしばらくのあいだずっとそこに執着し続けた。
「こ、よ……ァ、ぁー、あ……っ、おっぱい、おっぱいもうやだぁ……」
すっかり乳首に取り憑かれていた甲洋は、弱りきった悲鳴に気づいてようやく顔をあげた。没頭しすぎて周りが見えなくなっていたことに、自分で驚く。
操はのぼせたように顔を真っ赤にして、すっかりクタクタになっている。やっとのことで胸への刺激から開放され、ホッと大きく息をついた。
「こよ、おっぱい好きすぎだよぉ」
「……ごめん、つい」
「ほんとに赤ちゃんになっちゃったのかと思ったよ」
さすがに申し開きのしようがない。
甲洋の頬に両手を這わせながら、操が困り顔で小首を傾げている。まるで小さな子供に言い聞かせるような表情にも見えてしまい、なんとも言えない気持ちになった。赤子扱いにはやっぱり戸惑うが、どこかで悪い気がしていない自分がいることに、尻のあたりがむず痒くなってしまう。
「……赤ちゃんはこんなことしないだろ?」
「わっ!?」
操の腕を引いて起き上がらせると、その身体をうつ伏せにひっくり返した。四つん這いの体勢をとらせ、つるりとした丸い尻に手を這わせる。やわやわと軽く揉みしだくと、その手つきのいやらしさに操がケラケラと笑い声をあげた。
「あふっ、あははっ! それやだぁ! 甲洋のエッチ!」
「そうだよ。知らなかった?」
「ふふ、ん~? うん、知ってた」
「だろ?」
つられて笑いながら、ベッド脇のチェストに腕を伸ばすと引き出しからローションとゴムの箱を取り出した。このときのためにずっと以前から準備しておいたものだ。本当なら操の誕生日の夜に活躍する予定だったが、無駄にならずに済んでよかった。
シーツの上にポンと置かれたそれらを見て、操が「わぁ」と目を輝かせている。
「凄いや。準備万端だぁ」
「そりゃあね」
二年も待ったあげく、今さら同じ失敗を繰り返すなんて冗談じゃない。
甲洋はローションの蓋を開けると少しずつ中身を出して、体温と馴染ませながら念入りに指を潤わしていく。猫のようなポーズで首を捻っている操が、緊張したように喉を鳴らした。
「触るよ」
「う、うん。いいよ」
白桃のような尻の肉を割り開き、濡れた指をそっと這わせる。窄まった表面をマッサージするようにくるくると撫でて探ると、操が肩をすくめて「んぅ」と小さな呻きを漏らした。
もどかしさにヒクつく孔は、ほんの少し圧をかけただけでたやすく人差し指を飲み込んでいく。より深く求めるように、内壁が熱くうごめいていた。
「はぁ、ん! ぁ、ァ……っ、ゆび、はいった……ぁっ」
「すごいよ来主。こんなにあっさり……」
自身で拡張していたとは聞いたが、ここまですんなりいくとは思わなかった。すると操が背後を振り向きながら、腰を左右にモジモジとよじって見せる。
「だってぇ、練習したもん。いっぱい」
「ッ、!」
「ねぇこうよぉ、ぼくの身体、んッ……ちゃんと大人に、なったでしょ? これなら、ァっ、ちゃんとエッチ、できるでしょお?」
指を咥えこんだまま尻を振り、胸からはポタポタと白い蜜を滴らせ、切実に向けられる瞳はその揺らめきと光の反射で、いっそハートマークが浮かんでいるかのようにも見えてしまう。ガツンと頭部を引っ叩かれたような衝撃に、甲洋はカァっと顔を赤くした。
「……そういうの、一体どこで覚えてくるんですか」
「なんで敬語になってんのぉ?」
どこまでやらしけりゃ気が済むんだと半ば呆然としている甲洋に、操は訳がわからないといった表情で首を傾げている。
そのあいだも、熱い肉壁は甲洋の指をキュンキュンと食いしめて離さない。思わず喉の奥で唸りそうになりながら、ナカを指の腹で軽く擦り上げてみる。
「アッ、くぅっ……! は、あぅん……っ」
甘ったるい声と一緒に、きゅっとまたナカが締まった。その卑猥さに獣じみた欲を募らせながら、慎重に抜き差しを繰り返す指を二本に増やした。ローションもさらに継ぎ足して、よりいっそうナカを蕩かしていく。
「んぁっ、ァッ、や……! ふと、いッ、甲洋の指、ぼくのより太くて、長くてぇ……!」
「平気? 痛くない?」
「んんッ、ぅ……っ、うん……ッ、たく、ない……あぁッ、ん……きもち、ぃ……っ」
操は上半身をすっかりシーツに沈ませて、尻だけを高く掲げた姿勢になっていた。濡れた孔から泡立ちながら伝い落ちた雫が、内腿を伝って落ちていく。ぐぷ、ぐぷ、と水音を立てながら、実に美味そうに甲洋の指をしゃぶっていた。
すっかり仕上がっている状態を見て、できることならここまで育てるのは自分でありたかったという口惜しさが込み上げる。けれど同時に押し寄せるのは、この熟した身体は自分に食べられるためだけにあるのだという、喜びと実感だった。
「俺のために、こんなになるまで……」
「だって、だってぇ……っ! こよと、上手にしたかったんだもん……ちゃんと一緒に、きもちく、なりたかったんだもん……っ」
「……どんなふうにしてた? 指だけ? 他にもなにか使ったの?」
シーツに額を擦りつけ、操が首を左右に振った。
「ゆ、ゆびッ、指だけ……! お尻、いっぱい……指で、くちゅくちゅって……おちんちん、触りながら、して、たッ」
その言葉にホッとした。操のここは、まだ何ものにも犯されてはいないということだ。たとえそれが無機物であったとしても嫉妬の対象にしてしまう自分に呆れながらも、余計なものに先を越されていなかったことに安堵する。
「ならよかった」
「アッ、あっ、ひぅぅ……っ!」
頃合いを見て、三本に増やした指をナカに沈ませる。孔は完全にシワを無くすまで広がりきって、濃桃の花びらのように色づいていた。
「あぅ、あうぅッ、ぁ゛……ッ、指、いっぱいで……くる、し……っ」
ガクガクと身を震わせて、操がシーツを掻きむしる。その声は少しつらそうだったが、中心で震える性器がツンと勃ちあがっていた。抜き差しするたびに先端からダラダラとよだれをこぼし、開放を求めて張りつめている。
尻たぶを割り開いていた方の手を前へと滑らせ、軽く握り込んでやると、桃色に発情する身体がギクリと強ばるのが分かった。
「あぁイッ、く! イキそ、やあぁダメ……ッ、指、もう抜いてぇ……っ!」
「いいよ、イッても」
「やだぁッ! 甲洋の、甲洋のでイクのっ! 甲洋のおちんちん、早く挿れたいよぉ……!」
悲鳴じみた懇願に、首の後ろが燃えるように熱くなる。甲洋は迷う間もなく指をナカから引き抜くと、軋むベッドに両膝を立て、手早く前をくつろげた。下着ごとズリ下げた途端に勢いよく飛び出した肉棒は、限界までそそり勃って脈打っている。
首を捻ってそれを見ていた操が、赤らんだ頬をより赤く染めて深い息を漏らした。
「こ、よ」
「少し、待って」
甲洋は手早くゴムの箱を開け、取り出した中身の封を切って性器にかぶせた。いざというとき手間取らないよう、事前に練習していたことはここだけの秘密だ。その甲斐あって、ものの数秒とかからなかった。
「そんなの別にしなくていいのにぃ!」
急いている操はそれを見て不満そうだ。甲洋はローションの中身を手の平に出し、なじませるように軽く自身を扱きながら苦笑した。急いているのは同じだし、そりゃあ本音を言えばナマでしたいのは山々なのだが。
「エチケットだから」
「えー、でも漫画ではさぁ~」
「漫画を教科書にするのはやめなって……」
というか、まだ読んでいたのか。BL図書を。この分だとセルフ拡張も、そこから影響を受けた可能性が極めて高い。あながち役に立たないとも言い切れない気がして、ほんの少しだけ感心してしまう。
操はまだ納得がいかない様子で口をごにょごにょとさせていたが、甲洋の両手が尻に触れると「ぁっ」と焦ったような声を漏らした。
「待って、このままするの?」
「そのつもりだけど?」
「それじゃ甲洋の顔が見えないからやだ」
操は四つん這いの姿勢から起き上がり、すっかりこちらに身体を向けると甲洋の肩を押して座らせた。そしてそのまま膝立ちでまたがってくる。
ちょうど二年前にもこれと似た光景を見たっけなと、満足そうな顔を見上げて懐かしさが込み上げた。甲洋の肩に手をついたまま、元気よくそそり勃つ男根に視線を落とし、操は嬉しそうにニンマリ笑う。
「甲洋の大人ちんちん、久しぶりに見た」
「そりゃあ、二年ぶりだからね」
「えへへー。今日こそぼくが食べちゃうぞ!」
待ちきれないといった様子で、細い両腕が首に巻きついた。ちゅうっと音を立てて吸いついてくる唇を受け止めて、操の腰に片手を添えると、反対の手を自身に添える。狙いを定め、張り詰めた先端を窄まりにあてがえば、「あっ」と短く喘ぎを漏らす操の乳首から、母乳がジワリと浮き出した。
「来主、そのままゆっくり……できる?」
「ん、できる」
操がこくんと頷いた。けれどその意気込みとは裏腹に、あのときの痛みを覚えている身体が無意識にすくんでしまうようだった。もちろん緊張もあるのだろう。
安心させるように背中を幾度かさすってやると、彼は甲洋にしがみついて「平気だもん」と強がった。それから軽く深呼吸をして、少しずつ腰を落としていく。
「んぅ、ぁ、は……っ」
「ッ、ぅ……ッ」
「ぁ、いけ、そ……ぁっ、はいっちゃ、う、甲洋の……っ、ぁ、あッ……!」
次の瞬間ぬかるんだ孔をこじ開けて、ズン、と太いカリ部分が潜り込んだ。下から破られた衝撃に、操が喉を反らして悲鳴をあげる。
「ぃッ──! ヒッ、あぅぅ……っ!」
「ッ、く……ッ」
熱い媚肛が、ヒクつきながら限界まで広がっているのが分かる。先端に感じる締めつけに腰をわななかせながら、達しそうになるのを歯を食いしばってどうに耐えた。
「う……ッ、く、ぁっ……おっき、ぃ……っ、ぁ、くぅぅ……っ」
指とはまったく異なる質量に、操は苦しそうに切れ切れな喘ぎを漏らす。それでもなお腰を落としにかかり、自重によってジワリジワリと肉根が体内へと飲み込まれていった。
けれどあと少しで根本に達するというところで、操の動きがピタリと止まる。見上げると、彼は甲洋よりもよほど汗だくになっていた。怒らせた肩を硬直させ、カタカタと内腿を震わせている。
「平気、か?」
「ぁ、う……へい、き……まだ、いける……」
明らかに無理をしているのが伝わってきて、甲洋は汗が伝う背をあやすようにポンポンと叩いてやった。
「本当は?」
「ぅ……」
操が数秒のあいだ押し黙る。けれどやがて観念したように、おずおずと口を開いた。
「……奥、ちょっと、怖い」
蚊の鳴くような声。すっかり涙目になって悔しそうに下唇を噛みしめる表情に、吐息だけでふっと笑って目を細めた。以前の操だったら、このまま無茶をして強行していたかもしれないなと、甲洋は思う。
今の操は無理をすればいいというわけではないことを、ちゃんと理解していた。二年たっても体格差はほとんど縮まらなかったけれど、それだけでも待った意味があったのだと、しみじみ感じる。
「十分だよ来主。今日はここまででいいから」
「それって、今日はもう終わりってこと……?」
「まさか」
ベッドのスプリングの力を借りて、ナカを少しだけ擦り上げてみる。操が「ひゃぅっ」と高く鳴きながら、ブルリと身を震わせた。
「こ、よぉ……っ」
「奥は、これからゆっくり。ね?」
むしろ一緒に育てていける部分が、まだ残されていることが嬉しかった。多分きっと、操にはそういう場所がまだまだ隠されているはずだ。怖い場所も痛い場所も、気持ちがいいと感じる場所も。これから少しずつ見つけて、攻略していけることに期待が膨らむ。
甲洋は操の腰骨を両手でしっかり掴んで固定すると、下から幾度か揺さぶった。彼が怖がるラインは決して超えないように、けれど確実に律動を進めていく。
「やっ、あぅ、ぁっ、待っ……、あ、あ、はぁん……っ!」
結合部から漏れる泡立つ音と、操の嬌声が混じり合う。突くたびに乳首からぷくぷくと大粒の母乳が溢れだし、振動に揺れる屹立からも先走りの液が漏れている。
「くぅっ、あ……っ、きも、ち……ぁっ、おしり、そんなにズンズン、されたらぁ……っ!」
「ッ、は……さっきより、いっぱい出てるよ」
「はっ、はぁん……っ、ぁっ! だってッ、だってきもちくて、ぁ、とまんない……ッ、おちち出ちゃうの、とまんないよぉ……っ」
恍惚とした表情で、操がグンと背を反らした。突き出された胸の片方にむしゃぶりつくと、少し強く吸い上げる。「いやぁッ!」と泣き叫ぶくせに、甲洋の頭を抱きしめる腕はもっとしてとねだっているようにしか思えない。
口の中いっぱいに広がる母乳の味が、煮詰めた砂糖のように脳を蕩かしていく。
「こうよ、甲洋……ッ、アッ、ぁ、ぼく、セックス、してる……っ!」
「ん……できてるよ、ちゃんと」
「うれ、し……ッ、ぁ、アッ、嬉しい……甲洋、好き、大好き……っ!」
「ッ、俺も……俺も好きだよ、来主……っ」
突けば突くほど濡れた媚肉が絡みつき、熱くうねっては射精を促す。待った分だけもっと味わっていたいのに、終わりは確実に近づいていた。ナカでまた一回り大きくなった男根に、操が声にならない悲鳴をあげながらまた母乳を散らす。
弓なりにカーブした背が後方へ崩れ落ちていくのに合わせて、今度は甲洋が両膝をシーツに立てた。押し倒す形になると、両足を抱えあげて最後の追い込みをかけていく。
「あうぅ……っ、やぁ、きちゃう……っ! きちゃっ、あっ、あっあぁ──……ッ!!」
プシュウ、と大きな飛沫をあげて、操の母乳が吹き出した。同時に、ほったらかしだった屹立からも熱い白濁を飛び散らせる。チロチロと出続ける母乳を舐め取りながら、甲洋も身を震わせた。頭が白く染まるような快感に低く唸って、ゴム越しに操の体内で射精する。
脆弱な呼吸に喉を震わせる操は、半ば意識が飛んでいた。彼の身体が断続的にピクンッと跳ねると、母乳の残滓が思いだしたように小さく吹き出す。その光景にまた男茎が反応しそうになるのを感じながらも、ナカからズルリと引き抜いた。
「ふぁ……こ、よ……」
朦朧としながら焦点をさまよわせていた操が、弱々しく両腕を伸ばしてくるのに誘われて、折り重なるようにその身を預けた。身体もシーツもぐちゃぐちゃだ。けれど今は痺れるような余韻から指一本動かせい。
言葉もなくふたり一緒に放心しながら、胸を満たすのは余りあるほどの幸福な充足感だった。
*
操はそのまま眠ってしまった。
それぞれの身体を軽く清めて、起こさないように少しずつ移動させながらシーツを取り替えるのには苦労したが、操はよほど深く眠り込んでいるらしく、まったく起きる気配がなかった。
あらかた終えるとベッド脇に腰掛けて、操の寝顔を見下ろした。どこか子供っぽさを感じさせる寝息にふっと微笑み、軽く前髪を撫でてやる。
「ありがとう、来主」
ごく自然に出てきた感謝の言葉に、操が「ん」と小さな呻きをあげた。目を覚ましたのかと思ったが、彼はまだ眠ったままだ。
可愛い寝顔にまたひとつ微笑むと、甲洋はふとベッド脇のチェストに目を向ける。小さな間接照明が置かれたその横には、赤いベルベットのリングケースが置かれていた。
最初からずっとここに置いてあったのだが、操はまったく気がつかなかったようだ。
ケースに手を伸ばし、蓋を開ける。そこにはなんの飾り気もないシルバーリングが収まっていた。本当なら操の誕生日に渡すつもりでいたものだ。操の態度が急変したあとは、本気でもうダメなのかもしれないと打ちひしがれていたけれど。
ゴムやローション以上に、甲洋にとってなによりも無用にならずに済んだのは、この指輪の存在だった。この子が18歳になったとき、プロポーズをしようと思っていたから。
結婚してください、なんて。そんなことを言ったら、少し重たいかもしれないけれど。
「んー……」
そのとき、シーツの中で操が呻いた。モゾモゾと身じろぎながら、仰向けの姿勢からこちらに向けて寝返りを打つ。今度こそ起きたかと思ったけれど、やっぱりまだ夢の中にいるらしい。
「なにこれおいしぃ~……甲洋も食べてみてぇ……」
「なに食ってんのさ」
ムニャムニャと口を動かして、寝言を言いながら操が笑う。思わず声を出して笑いそうになるのをどうにか堪え、甲洋は再びケースの中身に視線を落とした。照明を弾いて輝くリングに目を細め、彼が目を覚ましたときのことを想像する。
果たして喜んでくれるだろうか。なにをするにも邪魔にならないよう、首から下げられるように別途でチェーンも用意してある。いつだって身につけていられるように。
「愛してるよ、操」
そっとケースの蓋を閉じ、操の寝顔に目を向ける。告白と一緒に、普段は照れくさくて呼べない下の名前を呼びながら。この後に続くのは、「だから俺と結婚してください」だ。
この子が目を覚ましたら、思い切り真面目な顔をして言ってやろう。きっと笑いだすに違いない。「また敬語になってる!」なんて、どうでもいいところにツッコミを入れながら。
ひとしきりケラケラと笑ったあと、赤い顔ではにかんで、「いいよ」と言ってくれたらいい。
そう切に願いながら、身を屈めるとふにふにの頬にキスをした。やっぱり甘い。操はどこもかしこも、砂糖みたいに──。
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カウンターのペンダントライトだけが灯された店内に、湿った息遣いが響いている。小さな唇が立てるかすかな水音を聞きながら、甲洋は無意識に喉を鳴らした。
「んぅ、ぅっ、ぷは……! はぁー、あご疲れたぁ」
床にぺたんと座り込み、椅子に腰かけている甲洋の股間にすっかり顔を埋めて性器を口に収めていた操が、大きく息をつきながら上向いた。暖色の緩い照明を弾いて、濡れた唇がてらてらと妖しく光っている。
「……もうやめない?」
その卑猥さから目を逸し、声を上ずらせながら言った甲洋に、操は「やぁだよ」と言って猫のように瞳を細め、得意げな笑みを浮かべた。
「君はただ座ってればいいんだから、楽なもんでしょ? ぼくがちゃーんと気持ちよくしてあげるから、おとなしくしててよね」
無邪気で生意気な少年の笑顔と、やっていることのギャップに目眩がする。
彼が言う通り、今の甲洋はただこうしておとなしく座っていることしかできない。絶対に手を出してはいけないという『決まり』の上に、この特殊な状況は成り立っていた。つまり生殺しも同然だ。天国と地獄を一度に味わわされている気分になりながら、行き場のない両手が身体の両脇でそれぞれ椅子の座枠を握りしめている。
「ッ、ぅ……!」
先走りに濡れた柔らかな手の平にじわじわと扱かれ、甲洋は食いしばった歯の隙間から小さな呻きを漏らした。
「あは、なんかまた大きくなった! ビクビクしてるし……ねぇ、気持ちいい?」
幼い瞳がキラキラと輝きながら甲洋を見上げた。
素直に答えてやるのは癪に障る。自分のほうがずっと年上であるというプライドが、快楽を享受することを躊躇わせていた。それと、罪悪感。
しかし股間のブツは誤魔化しようがないほど隆々と勃起している。幼く頼りない指先が、血管の浮き立ったグロテスクな肉の竿に添えられている光景は、毒以外のなにものでもなかった。先端がまた、じわりと先走りを滲ませる。
「もっといっぱいよくしてあげるね。ぼくがもう子供じゃないってこと、ちゃんと教えてあげなくちゃ」
性にけぶる思考で、甲洋はまたひとつ後悔とも期待ともつかない息を飲み込んだ。
*
操は甲洋がオーナーを務める珈琲喫茶・楽園でバイトをしている、16歳になったばかりの高校一年生だった。ふたりはかくかくしかじか(割愛)で、現在交際中の恋人同士でもある。
しかしキス以上のことはまだしていない。今のところはするつもりもなかった。
なにせ相手は10も年下の高校生だ。キスをするのですら後ろめたさが拭いきれないというのに、スケベなことなどもってのほかである。
閉店後の人気のない店内で、あるいは操を家に送り届ける途中で。タイミングを見計らい、軽く口づけを交わし合う。今はそれだけで充分に幸せだと思えるし、決して発育がいいとはいえない身体に欲望をぶつけるほど、甲洋の理性は緩んじゃいない。
モテる割になんやかんやで色恋とは縁がなかった甲洋にとって、操は人生で初めてできた恋人だった。大切にしようと心に決め、せめて彼が18歳になるまでは死んでも手を出すまいと、己を律する日々を送っていた。
──が、しかし。そんなある夜、珍事は起こった。
閉店後の片付けをあらかた終えて一息つくと、操が甲洋のシャツの袖をちょこんと摘んで何度か軽く引っ張ってきた。こういう仕草いいよなぁなんて男心をくすぐられながらも、目線だけで「なに?」と問いかける。すると彼は上目遣いで驚くべきことを口にした。
「ねぇ甲洋、エッチしよー」
それはお茶でもしよう、くらいの気軽なトーンだった。
「……今なんて?」
なにかの聞き間違いだろうかと耳を疑う甲洋のシャツの袖を、操がブラブラと揺さぶりながらにっこり笑う。
「エッチしようよ。ぼく甲洋としてみたい」
「っ、は?」
「だってぼくたちまだキスしかしてないじゃん。付き合ってる同士はそれ以上のこともするでしょ? だからぼくたちもしようよ」
聞き間違いではなかった。どストレートなお誘いに、甲洋のなかに稲妻のような衝撃が走る。
「どっ……なん、な……急に、なん……?」
滑らかに言葉を発したつもりが、激しい動揺に舌がもつれてしまった。
こいつは急になにを言いだすのだろう。操の口からダイレクトに「エッチ」なんて言葉が飛びだすとは思いもしなかった。夢を見すぎな気もするが、操に性行為という概念があったことに大きな衝撃を受けている。それほどまでに、甲洋は彼のことをまだ無知な子供だと認識していたのだ。
しかし考えてもみれば、今の操はもっともそういったことに興味津々な年頃と言えるだろう。むしろこの年齢ならごく自然なことである。相手がいるならなおのこと、してみたいと思うのはなにもおかしな話ではない。
動揺とは別にある種の感慨を覚えながらも、甲洋はこほんと軽く咳払いをした。
「来主にはまだ早い」
「早いってなに? ぼくもう子供じゃないよ」
「俺からすればまだ子供だ。なんの準備もなしにおいそれとできることでもないしね」
手慣れた者同士なら別だろうが、自分たちはまったくの初心者なのだ。勢いだけでどうにかなるものではないだろうし、ましてや操はまだ発育途中で身体が出来上がっているとはとても言えない。
いざその時が来たら、甲洋は当たり前のように自分が抱く側だと思っている。つまりそれは、操の身体に大きな負担をかけるということだ。心も身体もまだ幼い彼に、それが耐えられるとは思えない。
けれど操はそんな甲洋の気遣いも知らず、不満そうに顔をしかめた。
「いいじゃん別に。学校の子たちはとっくにしてるよ。ぼくだけダメなんて、そんなのズルいよ」
「うちはうち、よそはよそだ。他人と張り合う必要はない」
大方、友人間でその手の話題でも上がったのだろう。高校生ともなればすでに経験済の者がいたっておかしくはないし、それを武勇伝のように語りたがるヤツも必ずいるものだ。気持ちは分かるがすっかり感化されているらしい様子に、甲洋はささやかな嘆声を漏らす。
すると操は不服そうに吊り上げていた瞳に、じわじわと涙を浮かべはじめた。
「ぼくとはしたくないってこと?」
「……は?」
「ぼくとするのが嫌だから、君はそんなこと言うの? ぼくのこと好きじゃないの?」
唇を噛み締めながらうつむく操に、そういうところが子供なのだと呆れてしまう。
心から好きな子が目の前にいて、したくない男などいるものか。甲洋はエフェボフィリア──成人男性による思春期の男女に向かう性的嗜好──ではないが、操に限って言えばこの小さな身体を組み敷いて、すみずみまで触れてみたいという欲求が確かに存在している。だけどそれを抑え込んででも大事にしたいと、心から思っているのだ。その気持ちを疑われるのは心外でしかない。
甲洋は操と向き合い、悔しそうにすくめられた両肩にそれぞれ手を置いた。わずかに身を屈め、小首をかしげるようにしながら顔を覗き込むと、彼が理解できるように飾らず素直な言葉を選んでいく。
「来主、それは誤解だ。嫌だなんて思わないし、好きじゃなきゃキスだってしない。俺だって……本当はしたいよ。お前と、もっと先のこと」
「ほんと!?」
操が潤んだ瞳を丸くしながら顔をあげた。しっかりと頷いて見せると、彼は期待に満ちた笑顔を浮かべた。
「だったらっ」
「でもまだダメだ」
「えぇ!? なんでぇ!?」
「そういうことは焦ってするものじゃないし、男同士でするのは来主が考えてるほど簡単じゃない。俺はお前を傷つけるようなことはしたくないんだ」
甲洋の気持ちが伝わったのか、操はぐっと黙り込んでしまった。そしてまた下唇を噛みながらうつむいてしまう。甲洋はふっと笑って、その亜麻色の柔らかな髪をくしゃりと撫でた。
「大人になるのなんてあっという間だよ。それに俺が今のお前にホイホイ手なんか出したら、犯罪になっちゃうだろ?」
少しでも空気を変えられればと、最後は少しおどけてみたつもりだった。しかし操はまだ納得しきれない様子でいじけた顔をしている。
「そんなの黙ってれば分かんないのに」
「俺が罪の意識に耐えられない」
「甲洋の意気地なし」
「なんとでも言えばいいさ」
操は「ちぇー」と言って、つまらなそうに両手を頭の後ろにやって指を組んだ。
ひとまずこの場は収まりそうだと安堵したのもつかの間、操は急になにか思いついたように「そっかぁ!」と声をあげながら両手を叩いた。
「わかった! それならぼく、いいこと思いついたよ!」
「?」
「こっち来て!」
操は甲洋の手を取ると、テーブル席のひとつへ強引に引っ張った。すでに椅子はすべて逆さに伏せられていたが、その一脚を持ち上げると引っくり返して床に置く。
「ここに座って!」
「なに?」
「いいから早く!」
促されるままひとまず椅子に腰掛けた。すると一体なんのつもりだと怪訝な顔をする甲洋の膝に、操が勢いよく馬乗りになってくる。
「ちょっと、なに?」
なにやら不穏なものを感じながら上体を引き気味にする甲洋に、操は「へへー」と笑うと首に両腕を回してくる。そして次の瞬間、ぐっと顔を近づけると唇に吸いついてきた。
「んっ!?」
咄嗟に目を見開きながら、甲洋が驚いた理由は他にもあった。合わさった唇に濡れた感触が触れたと思ったら、そのまま強引に口内に侵入してきたのだ。
それが舌であると理解した瞬間、甲洋は操の両肩を掴んで引き剥がしていた。
「ばっ……な、なにしてるんだお前!?」
「なにって、ちゅうだよ?」
ケロリとした顔で言われて唖然とする。舌を入れるようなキスなんて、今まで一度もしたことがない。いつもは唇同士を軽く触れ合わせるだけで精一杯なのだ。
顔を赤くして絶句する甲洋に、操は悪戯小僧のような表情でふふっと笑った。
「今からぼくがすることに、君は絶対に手を出さないで。ただ座ってればいいよ」
「なに言って……?」
「ぼくはぼくがやりたいことを好きにやるから、君は黙ってなにもせず知らんぷりしてればいいんだ。それなら別に構わないでしょ? だってぼくが勝手にしてることだもん」
「そういう問題じゃないだろ。見て見ぬ振りなんてできるわけ」
「甲洋」
操の顔から笑顔が消えるのと、頬を両手で包み込まれるのは同時だった。彼は見たこともないほど真剣で切ない表情をしている。そこにはどこか切羽詰まったような気迫すらこもっていて、甲洋は咄嗟に言葉を失ってしまう。
「ぼくはもう何も知らない子供じゃないよ」
「来主……」
「ちゃんとやり方も知ってるし、君が思ってるほど脆くもない」
じんわりと潤んだ瞳が揺れている。そこに浮かぶ情欲の色を見て、甲洋は無意識に生唾を飲み込んでいた。うっすらと上気したまろい頬は、少女のような幼さに反して特有のあだっぽさがある。
これは不味いぞと、甲洋は思った。しっかりと蓋をして鍵をかけていたはずの欲求が、目の前の小さな火に煽られて疼きはじめている。しかしこのまま流されるわけにはいかないと、開きかけた口が熱っぽい唇によって一瞬だけ塞がれた。
「ッ、!」
「甲洋、好き。ぼくのこと、ちゃんと君の恋人にして」
そのいじらしくもある告白に、心が折れるような感覚を覚えた。相手にここまで言わせてなお拒めるほど、堅固な理性など持ち合わせてはいない。
三度重なってきた唇を黙って受け入れ、差し込まれた薄い舌の感覚に目眩を起こす。その背を抱き返して思うまま貪りたいのを必死で堪えながら、甲洋は腰かけている座面の縁を軋むほど握りしめた。
「んっ、ふ……」
ちゅ、ちゅ、と音を立てて何度も唇に吸いつかれ、小さな舌が闇雲に口内を動き回るのをただ受け止めながら、その拙さに胸を掻き毟られる。
いい具合に舌同士が擦れると、膝の上で操の身体がぴくんと跳ねた。それが癖になったのか、彼はしきりに痩せた舌を擦りつけてくる。そのたびに鼻から抜けるか細い声に、異様なほど興奮させられた。
「は、ぁ……なん、か、頭のなかとろとろして……気持ちぃ、ね」
口の周りを唾液で濡らしながら、操は熱に浮かされた表情で深い息を漏らす。
手どころか舌すら出せなかった甲洋は、不完全燃焼ながらも蒸したように頭がぼうっとするのを感じていた。一方的な拙いキスでこんなに熱くなってしまうのだから、いざというときどれほど気持ちよくなってしまうのだろう。予行演習にすらならないこの状況に、未来への期待が積み立てられていくようだった。
操は甲洋の肩に手をつきながら膝から下りると、床に両膝をついた。軽く開かれた両足の間に身体を割り込ませ、両手でズボンの前を寛げようとする。頭が留守になっていた甲洋は、次に起こる出来事を察して咄嗟に肩を跳ねさせた。
「く、くるす」
「ダメ。手出ししないで」
「……っ」
自分より一回り以上も小さな相手に、ひどく威圧されているような気分だった。やろうと思えば簡単に退けられるはずなのに、縄で縛られたように身体が動かない。しかし、焦りだけはバカみたいに膨らんでいた。なにせ甲洋はもはやすっかり──
「わぁ……すごいや甲洋! もうこんなになってる!」
意外にも器用に手早く前を寛げ、下着の中から甲洋のモノを引きずり出した操が、嬉しそうに目を輝かせた。それはすっかり勃起して、ぐんと天を仰ぎ見ている。
年上とはいえ、甲洋だってまだ若い雄であることに変わりはない。それでも堪え性のない愚息に深い嘆息を漏らし、思わず片手で顔を覆った。
ここまで己を律してきたことに、一体なんの意味があったのだろう。あまりにも素直に形を変えた息子は、待ってましたと言わんばかりに元気よく脈を打っていた。
「こんなふうになってる大人ちんちん、初めて見たよ!」
「頼むから、あまり見るな……」
操が嬉しそうにすればするほど、羞恥と自責の念にいっそ消えていなくなりたい気分になった。
そんな甲洋の気も知らず、操は興味深そうに瞳をくるくるとさせながら、反るようにして勃起した性器の頭を人差し指の先で軽くつついた。
「ッ、あっ!」
思わず漏らしてしまった甘く上ずった声に、操がポカンとした顔で甲洋を見上げた。しまったと思いながら片手で口を抑えると、彼は頬を興奮で赤く染めながら顔いっぱいに喜色を広げる。
「今のなに!? すっごく可愛い! 君ってそんな声出すんだ!」
「い、今のは、ちが」
「ねぇ、もっと聞かせてよ!」
「~~ッ!」
本気で消えてしまいたい。かつてこれほどの羞恥に苛まれたことがあっただろうか。
「ここをたくさん可愛がってあげたら、さっきみたいな声いっぱい出るかな?」
「ちょっ、待っ……ぁ!」
もっともっとと強請るように脈打つ竿をむんずと掴まれ、今にも逃げ出したい思いで甲洋は内心頭を抱えてしまった。
*
そして話は冒頭に戻るというわけだ。
操は歯を食いしばる甲洋をどうにかして鳴かせようと躍起になり、あの手この手で性器を刺激し続けている。しかしここでおめおめと声を出すなんて、そんなことはプライドが許さない。
小さな口にぱっくりと咥えられると秒でイキかけたが、頬肉の内側を血がにじみそうなほど噛んでギリギリ堪えてみせた。さっきからその繰り返し。甲洋にはいつしかイッたら負けという、謎の対抗心まで芽生えはじめていた。
「こんなにピクピクして固くなってるのに……なんで? 気持ちよくないの?」
「ッ、……さぁ?」
額に脂汗を滲ませながらも、平静を装って目を逸らす。
自分でもよくぞここまで耐えていると思うが、不慣れな操はしょっちゅう力の加減を間違えるし、歯を立てられるなどして痛みが走ることもしばしばあった。
おそらくこの子は、まともに自慰もしたことがないのだろう。同じ男だからこそ分かるはずの扱い方や匙加減を、彼は全く知らない様子だ。
それでも甲洋自身が元気なままでいるのは、この特殊な状況や視覚的なものによるところが極めて大きい。
小さな両手を添えながら、チロチロと子猫のように這わされる赤い舌だとか、喉奥まで押し込もうとして苦しげに歪められる表情だとか、くぐもった声だとか。自慰では決して得られない興奮に、まるで脳が揺れているかのようだった。
「さっきみたいな声もっと聞きたいのにぃ」
操は手の中の竿をきゅっと握りながら唇を尖らせた。ここで諦めてくれさえすれば、後はトイレにでも駆け込んでどうとでも処理してしまうことができる。どことなく終わりの空気を感じた甲洋は、幾らか気を抜きながら深い息をついた。
「もういいだろ。時間も遅いし、今日はこのくらいに」
「やだね」
しかし操は眉を吊り上げ、引こうとしない。
「だってこのままじゃ悔しいし。それに、最後までしなきゃ意味ないじゃん」
「最後までって……」
まだ言ってるのかと呆れる甲洋を他所に、操は立ち上がると自分のウエストに手をかけた。ズボンの前をすっかり緩めると下着ごと勢いよく下ろして、下半身を丸出しにしてしまう。
「!?」
惜しげもなく晒された白い半身に、甲洋は息がつまるほど驚いた。声すら失って硬直していると、操は裾を踵から引き抜く際に靴まで一緒に脱ぎ捨てて、ポイッと床に放ってしまう。そして意気揚々と、再び甲洋の膝に跨ってくる。
その身体の中心では拙い性器がゆるく勃ちあがっていた。甲洋に奉仕しながら、彼もまた興奮していたという事実に目が眩みそうになる。
「あは、ぼくのおちんちんも、甲洋のと同じになってる」
操はまるで見せつけるかのように自分の右手を自身に触れさせ、ゆるく握り込むと軽く扱いた。
「あっ、ぁん、ぁ……っ、は……これ、きもち、ぃ」
「くる、す……っ」
かぶさった皮の切れ目から、桃色の先端がほんの少しだけ頭を覗かせている。そこからじわじわと滲みだす先走りが、擦り上げる手の動きに馴染んでちくちくと卑猥な音を奏でていた。
呆然としながら幼い屹立とその痴態に見入っていた甲洋に、操がふっと微笑んだ。
「触りたい?」
「……ッ!」
「でも、ダメ。だってそんなことしたら、君は悪い大人の仲間入りだもん」
憎らしさと口惜しさを同時に覚え、甲洋はぐっと奥歯を噛み締める。ギリギリまで張り詰めている理性の糸が、今にも音を立てて千切れてしまいそうだった。
細い腕の片方が甲洋の首にまわり、もう片方の手がそっと頬に触れてくる。軽く上向かされると、操がすぅっと目を細めた。
「ぼくはそれでもいいけどね。君が悪い大人でもちゃんと好きだし、誰にも言わない。お母さんにだって言わないよ。ぼくらだけの秘密にしててあげるから」
今の甲洋にとって、それは蜜より甘い誘惑だった。ずっと何も知らない子供だと思っていたはずの操が、妖艶な笑みすら浮かべて年上の男をそそのかしている。ほのかな喪失感と共に、脳が揺れるほどの興奮が再び甲洋を襲った。
「来主……」
見えない糸で操られているかのように、甲洋は震える両手を操の太腿に這わせていた。あのよく知る無邪気な笑顔が、くすぐったそうに笑い声をあげる。
ああ、触れてしまった。決して手出しはすまいと必死で堪えていたのに。操の肌は瑞々しくて、誘うように手の平に吸いついてくる。じわじわと足の付根に向かって撫でていきながら、ごくりと生唾を飲み込んだ。
指先が今にも濡れた幼茎に届こうとしたとき、操の両手がそれぞれ甲洋の手の甲にかぶさった。緩く掴まれたと思ったら、彼はその手を自分の脇腹へと移動させてしまう。
「来主……っ」
なぜ触れさせてくれないのかと、甲洋は切なく瞳を細めて操を見つめる。彼はどこか意地悪そうに微笑むと、吐息だけで「悪いひと」と囁いて甲洋の額にキスをした。
煽ったと思えば焦らしてくる。一体どこで覚えてきたんだと問い詰めたい思いに駆られながらも、年下の恋人に弄ばれていることに興奮させられた。このまま最後まで委ねてしまえば、その先にどんな快楽があるのだろう。どうしても知りたくて、待てと命じられたまま放っておかれる犬のような感覚にすら、気持ちが高ぶる。
意識が桃色の霧に覆われたようになりながら、甲洋はただぼうっとした顔で操の動きを見守った。彼は片手と片足を甲洋の肩と床につけて身体を傾け、もう片方の手を下へと伸ばす。先走りと唾液で根元まで濡れている甲洋の肉筒に指を添えると、細腰が位置を調節するように蠢いた。
甲洋はおとなしく操の脇腹に手を添えて、一連の動きを支える。先端が、窄まったなにかにそっと押し当てられた。
「言ったでしょ? ちゃんとやり方知ってるって」
ごくりと喉を鳴らした甲洋に、操は得意げな顔でそう言った。意識はとっくに霧に飲まれて、甲洋にはもうまともな思考などできやしない。最高潮まで達した期待に肌が粟立ち、ただ貪欲に息を震わせることしかできなかった。
バカになっていたのだ。場の空気と激しい渇望に飲まれて、それはもう完全に。だから操が躊躇なく全体重をかけて腰を落とした瞬間、
「いっ……たぁ~~~い!!」
──と上がった甲高い悲鳴に、風船が割れたような衝撃を覚えた。
「ッ!?」
「あうぅ、痛いぃっ! なにこれ!? こんなの無理じゃん! 裂けちゃうよぉ!」
操は片足の爪先だけ床につけた状態で、ぎゃんぎゃんと喚き散らしている。その様子にハッと我に返った甲洋は、慌ててその両肩を掴むと引き離そうとした。
「まっ、待って! やだ! まだ先っちょしか入ってないー!」
「だからまだ早いって言っただろ! うぁッ、ちょっ、俺も痛いから暴れるな!」
乾いた孔に先端だけ中途半端にめり込んでいるという状態は、操だけでなく甲洋にも甚大な痛みをもたらしている。なにせ最も敏感な場所だ。このまま押し切れば、お互いただじゃ済まないだろう。
痛いだの無理だのと言ってギャン泣きするくせに、どうあっても強行するつもりでいる操の意味不明な頑固さに痺れを切らし、甲洋はその両脇にそれぞれ手を差し込むと、強く引き上げて位置をずらすことに成功した。
共に激痛から開放されてホッと息をつくと、操が泣きながら胸にもたれかかってくる。
「うぅ~ぐやじい~」
「これで分かっただろ……」
盛大に溜息をつき、その背をポンポンと叩いてあやしてやる。操も甲洋もすっかり萎えて、その勢いを失っていた。
「俺たちがこういうことをしようと思ったら、ちゃんと時間をかけて慣らさなきゃ無理なんだ。そういうふうには身体が作られてないんだよ。男なんだから」
「だぁってぇ! 漫画で読んだときは簡単そうだったんだもぉん!」
「漫画だって?」
唖然とするしかない甲洋に、操は真っ赤な鼻をズビッとすすった。
「ちゃんと見て勉強したもん……男同士でエッチなことしてる本」
「どこで見たんだ、そんなもの」
魂まで一緒に抜けてしまいそうなほどの溜息をつきながら問いかけた甲洋に、操は「学校」と不貞腐れた声で吐き捨てる。
それは友達の一人が、面白半分で持参してきたものだった。いわゆるボーイズラブ漫画というやつだ。姉の本棚からこっそり拝借してきたらしい。やめてさしあげろと、甲洋は思った。
漫画の中では男同士がいともたやすく行為に及んでいて、男女がするのとまるで変わらない描写がなされていた。操はそれをまるっと鵜呑みにしてしまったというわけだ。
「お前はフィクションとノンフィクションの区別もつかないのか……」
呆れを通り越して、情けなさが込み上げる。かめはめ波が撃てると信じて必死に練習するチビっ子と同レベルだ。尻の穴が自然と濡れるのはそりゃあ漫画の世界だからであって、所詮はファンタジーでしかない。
「だから子供だっていうんだよ」
「もう! 甲洋まで子供扱いするのいい加減にしてよ! なんでみんなしてぼくのことバカにするのぉ!?」
すっかり癇癪を起こして叫ぶ操に、甲洋はほとほと困り果てながら首を傾げた。目線だけでどういうことだと問いかけると、操は何度も鼻をすすりながら事の経緯を話しはじめた。
さっきの話にはまだ続きがあったのだ。友人たちは例の漫画をひとしきり読んでひやかしたあと、「やっぱり付き合うなら女の子じゃないとな」と口々に騒ぎはじめた。
そこから発展して下品な下ネタが飛び交いだして、その間も漫画を熟読し続けていた操は取り残された。
するとすでに経験済みだという友人の一人が、そんな操に気づいて「来主はおこちゃまだからなぁ」などと言ってからかってきた。どうせ意味なんか分からないだろう、と。確かに操はその手の話題に疎くはあったが、賛同した他の友人たちにまで笑われて、思わずムッとしてしまった。
だから言ってやったのだ。自分にだってそういう相手くらいいるのだと。
「そういう相手って……男の?」
「そこまでは聞かれてないから言ってない。年上の人と付き合ってるって言っただけ」
「それで?」
「みんなすごくビックリして興奮してたよ。年が上ってだけでエロいんだってさ」
「なるほどね」
年頃の男子高校生たちのなかで、自分は年上のエッチなお姉さんと認識されてしまったわけだ。実際は年上のスケベなお兄さんなわけだが……。
「でも、まだエッチなことはしてないって言ったら、またバカにされた」
一瞬で全員の操を見る目が変わったものの、キスしかしてないと知った途端に、またバカにされてしまった。
「それはぼくが子供だから、相手の人はからかって遊んでるだけだって。恋人としてじゃなくて、子犬とか子猫を可愛がってるのと同じだって」
「……だから不安になった?」
悔し涙を流しながら頷いた操に、なぜ彼がああも切羽詰まった様子で迫ってきたのかが、ようやく理解できた。
操はただ単純に子供扱いされたから腹を立てていたのではなく、他者から甲洋との関係を否定されたことに傷ついたのだ。だから不安になって、焦りを覚えた。
「エッチすれば、ちゃんと大人だって認めてもらえるんでしょ? 遊びじゃなくて、ちゃんと恋人になれるんでしょ?」
赤くなった瞳で問いつめてくる操に、甲洋はふっと笑いかけてその目尻の涙を優しく拭ってやった。
「遊びじゃないよ、来主」
「甲洋……?」
「俺は遊びで付き合ってるつもりなんかない。来主のこと、ちゃんと恋人だと思ってる」
「……ほんと?」
まんまるの瞳をじっと見つめて、うんと頷く。
「だから大事にしたい。焦らないで、ゆっくりでいいから」
甲洋は操の身体を胸に引き寄せ、すっぽりと腕の中に閉じ込めた。高めの体温に愛しさが込み上げ、柔らかな髪にそっと頬を擦りつける。嬉しかった。呆れもしたが、操が自分のことでこんなにも不安に駆られ、焦って空回りしてしまうくらい想ってくれていたことが。
だからこそ、失敗してよかったと思う。あのまま無理にでも続けていたら、今ごろ立ち直れないくらい後悔することになっていた。
「あと2年、待って」
「え?」
おとなしく甲洋の腕に抱かれていた操が、軽く身じろいで顔をあげる。
「俺も待つから。お前がもう少し大きくなったら、次はちゃんとふたりでしよう。そうしたら……今度は泣いてもやめないよ」
操は瞳を瞬かせて、それからきゅっと唇を噛み締めながら頬を赤らめる。一方的にせがむばかりだったのと、行為が失敗に終わったことですっかり諦めていたところに示された甲洋の積極性に、珍しく面食らった様子だった。
「ほ、ほんとに? 今度はもう、ダメって言わない?」
「言わないよ。言うわけない」
どれだけ我慢していると思っているのだ。大人になるなんてあっという間だなんて言っておいて、きっと途方もなく長い2年になるだろうと確信している。
それでも操は嬉しそうに、ようやく明るい笑顔を見せた。
「わかった! ちゃんと待つから、約束だよ!」
そう言って、甲洋の首に抱きついてきた。浮かれた様子で、甲洋に跨ったまま宙に浮いている両足をブラブラと揺らしては、喜びを表現している。
その背を抱き返しながら、すっかりいつも通りの操に戻っていることに安堵する。艶っぽい笑みに翻弄されるのも悪くはなかったが、やっぱり甲洋は無邪気で子供っぽい彼のことが好きなのだ。
(それにしても……)
ふと、さっきまでの操の様子を思いだしながら甲洋は思う。あのやけになまめかしい色香のある仕草や表情も、例の漫画から仕入れた知識だったのだろうか。もしあれが素でやっていたことなんだとしたら、なんて末恐ろしいのだろう。
思いだすだけで胸をドギマギとさせる甲洋の唇に、ちゅうっと音を立てながら操が幼いキスをする。んっ、と声を上げながら受け止めて、甲洋は考えるのをやめた。
今すぐ確かめるのは簡単だけれど、どうやら自分は焦らされるのが嫌いじゃないらしい。それが分かってしまったから、楽しみは2年後にとっておくことにした。
←戻る ・ Wavebox👏
「んぅ、ぅっ、ぷは……! はぁー、あご疲れたぁ」
床にぺたんと座り込み、椅子に腰かけている甲洋の股間にすっかり顔を埋めて性器を口に収めていた操が、大きく息をつきながら上向いた。暖色の緩い照明を弾いて、濡れた唇がてらてらと妖しく光っている。
「……もうやめない?」
その卑猥さから目を逸し、声を上ずらせながら言った甲洋に、操は「やぁだよ」と言って猫のように瞳を細め、得意げな笑みを浮かべた。
「君はただ座ってればいいんだから、楽なもんでしょ? ぼくがちゃーんと気持ちよくしてあげるから、おとなしくしててよね」
無邪気で生意気な少年の笑顔と、やっていることのギャップに目眩がする。
彼が言う通り、今の甲洋はただこうしておとなしく座っていることしかできない。絶対に手を出してはいけないという『決まり』の上に、この特殊な状況は成り立っていた。つまり生殺しも同然だ。天国と地獄を一度に味わわされている気分になりながら、行き場のない両手が身体の両脇でそれぞれ椅子の座枠を握りしめている。
「ッ、ぅ……!」
先走りに濡れた柔らかな手の平にじわじわと扱かれ、甲洋は食いしばった歯の隙間から小さな呻きを漏らした。
「あは、なんかまた大きくなった! ビクビクしてるし……ねぇ、気持ちいい?」
幼い瞳がキラキラと輝きながら甲洋を見上げた。
素直に答えてやるのは癪に障る。自分のほうがずっと年上であるというプライドが、快楽を享受することを躊躇わせていた。それと、罪悪感。
しかし股間のブツは誤魔化しようがないほど隆々と勃起している。幼く頼りない指先が、血管の浮き立ったグロテスクな肉の竿に添えられている光景は、毒以外のなにものでもなかった。先端がまた、じわりと先走りを滲ませる。
「もっといっぱいよくしてあげるね。ぼくがもう子供じゃないってこと、ちゃんと教えてあげなくちゃ」
性にけぶる思考で、甲洋はまたひとつ後悔とも期待ともつかない息を飲み込んだ。
*
操は甲洋がオーナーを務める珈琲喫茶・楽園でバイトをしている、16歳になったばかりの高校一年生だった。ふたりはかくかくしかじか(割愛)で、現在交際中の恋人同士でもある。
しかしキス以上のことはまだしていない。今のところはするつもりもなかった。
なにせ相手は10も年下の高校生だ。キスをするのですら後ろめたさが拭いきれないというのに、スケベなことなどもってのほかである。
閉店後の人気のない店内で、あるいは操を家に送り届ける途中で。タイミングを見計らい、軽く口づけを交わし合う。今はそれだけで充分に幸せだと思えるし、決して発育がいいとはいえない身体に欲望をぶつけるほど、甲洋の理性は緩んじゃいない。
モテる割になんやかんやで色恋とは縁がなかった甲洋にとって、操は人生で初めてできた恋人だった。大切にしようと心に決め、せめて彼が18歳になるまでは死んでも手を出すまいと、己を律する日々を送っていた。
──が、しかし。そんなある夜、珍事は起こった。
閉店後の片付けをあらかた終えて一息つくと、操が甲洋のシャツの袖をちょこんと摘んで何度か軽く引っ張ってきた。こういう仕草いいよなぁなんて男心をくすぐられながらも、目線だけで「なに?」と問いかける。すると彼は上目遣いで驚くべきことを口にした。
「ねぇ甲洋、エッチしよー」
それはお茶でもしよう、くらいの気軽なトーンだった。
「……今なんて?」
なにかの聞き間違いだろうかと耳を疑う甲洋のシャツの袖を、操がブラブラと揺さぶりながらにっこり笑う。
「エッチしようよ。ぼく甲洋としてみたい」
「っ、は?」
「だってぼくたちまだキスしかしてないじゃん。付き合ってる同士はそれ以上のこともするでしょ? だからぼくたちもしようよ」
聞き間違いではなかった。どストレートなお誘いに、甲洋のなかに稲妻のような衝撃が走る。
「どっ……なん、な……急に、なん……?」
滑らかに言葉を発したつもりが、激しい動揺に舌がもつれてしまった。
こいつは急になにを言いだすのだろう。操の口からダイレクトに「エッチ」なんて言葉が飛びだすとは思いもしなかった。夢を見すぎな気もするが、操に性行為という概念があったことに大きな衝撃を受けている。それほどまでに、甲洋は彼のことをまだ無知な子供だと認識していたのだ。
しかし考えてもみれば、今の操はもっともそういったことに興味津々な年頃と言えるだろう。むしろこの年齢ならごく自然なことである。相手がいるならなおのこと、してみたいと思うのはなにもおかしな話ではない。
動揺とは別にある種の感慨を覚えながらも、甲洋はこほんと軽く咳払いをした。
「来主にはまだ早い」
「早いってなに? ぼくもう子供じゃないよ」
「俺からすればまだ子供だ。なんの準備もなしにおいそれとできることでもないしね」
手慣れた者同士なら別だろうが、自分たちはまったくの初心者なのだ。勢いだけでどうにかなるものではないだろうし、ましてや操はまだ発育途中で身体が出来上がっているとはとても言えない。
いざその時が来たら、甲洋は当たり前のように自分が抱く側だと思っている。つまりそれは、操の身体に大きな負担をかけるということだ。心も身体もまだ幼い彼に、それが耐えられるとは思えない。
けれど操はそんな甲洋の気遣いも知らず、不満そうに顔をしかめた。
「いいじゃん別に。学校の子たちはとっくにしてるよ。ぼくだけダメなんて、そんなのズルいよ」
「うちはうち、よそはよそだ。他人と張り合う必要はない」
大方、友人間でその手の話題でも上がったのだろう。高校生ともなればすでに経験済の者がいたっておかしくはないし、それを武勇伝のように語りたがるヤツも必ずいるものだ。気持ちは分かるがすっかり感化されているらしい様子に、甲洋はささやかな嘆声を漏らす。
すると操は不服そうに吊り上げていた瞳に、じわじわと涙を浮かべはじめた。
「ぼくとはしたくないってこと?」
「……は?」
「ぼくとするのが嫌だから、君はそんなこと言うの? ぼくのこと好きじゃないの?」
唇を噛み締めながらうつむく操に、そういうところが子供なのだと呆れてしまう。
心から好きな子が目の前にいて、したくない男などいるものか。甲洋はエフェボフィリア──成人男性による思春期の男女に向かう性的嗜好──ではないが、操に限って言えばこの小さな身体を組み敷いて、すみずみまで触れてみたいという欲求が確かに存在している。だけどそれを抑え込んででも大事にしたいと、心から思っているのだ。その気持ちを疑われるのは心外でしかない。
甲洋は操と向き合い、悔しそうにすくめられた両肩にそれぞれ手を置いた。わずかに身を屈め、小首をかしげるようにしながら顔を覗き込むと、彼が理解できるように飾らず素直な言葉を選んでいく。
「来主、それは誤解だ。嫌だなんて思わないし、好きじゃなきゃキスだってしない。俺だって……本当はしたいよ。お前と、もっと先のこと」
「ほんと!?」
操が潤んだ瞳を丸くしながら顔をあげた。しっかりと頷いて見せると、彼は期待に満ちた笑顔を浮かべた。
「だったらっ」
「でもまだダメだ」
「えぇ!? なんでぇ!?」
「そういうことは焦ってするものじゃないし、男同士でするのは来主が考えてるほど簡単じゃない。俺はお前を傷つけるようなことはしたくないんだ」
甲洋の気持ちが伝わったのか、操はぐっと黙り込んでしまった。そしてまた下唇を噛みながらうつむいてしまう。甲洋はふっと笑って、その亜麻色の柔らかな髪をくしゃりと撫でた。
「大人になるのなんてあっという間だよ。それに俺が今のお前にホイホイ手なんか出したら、犯罪になっちゃうだろ?」
少しでも空気を変えられればと、最後は少しおどけてみたつもりだった。しかし操はまだ納得しきれない様子でいじけた顔をしている。
「そんなの黙ってれば分かんないのに」
「俺が罪の意識に耐えられない」
「甲洋の意気地なし」
「なんとでも言えばいいさ」
操は「ちぇー」と言って、つまらなそうに両手を頭の後ろにやって指を組んだ。
ひとまずこの場は収まりそうだと安堵したのもつかの間、操は急になにか思いついたように「そっかぁ!」と声をあげながら両手を叩いた。
「わかった! それならぼく、いいこと思いついたよ!」
「?」
「こっち来て!」
操は甲洋の手を取ると、テーブル席のひとつへ強引に引っ張った。すでに椅子はすべて逆さに伏せられていたが、その一脚を持ち上げると引っくり返して床に置く。
「ここに座って!」
「なに?」
「いいから早く!」
促されるままひとまず椅子に腰掛けた。すると一体なんのつもりだと怪訝な顔をする甲洋の膝に、操が勢いよく馬乗りになってくる。
「ちょっと、なに?」
なにやら不穏なものを感じながら上体を引き気味にする甲洋に、操は「へへー」と笑うと首に両腕を回してくる。そして次の瞬間、ぐっと顔を近づけると唇に吸いついてきた。
「んっ!?」
咄嗟に目を見開きながら、甲洋が驚いた理由は他にもあった。合わさった唇に濡れた感触が触れたと思ったら、そのまま強引に口内に侵入してきたのだ。
それが舌であると理解した瞬間、甲洋は操の両肩を掴んで引き剥がしていた。
「ばっ……な、なにしてるんだお前!?」
「なにって、ちゅうだよ?」
ケロリとした顔で言われて唖然とする。舌を入れるようなキスなんて、今まで一度もしたことがない。いつもは唇同士を軽く触れ合わせるだけで精一杯なのだ。
顔を赤くして絶句する甲洋に、操は悪戯小僧のような表情でふふっと笑った。
「今からぼくがすることに、君は絶対に手を出さないで。ただ座ってればいいよ」
「なに言って……?」
「ぼくはぼくがやりたいことを好きにやるから、君は黙ってなにもせず知らんぷりしてればいいんだ。それなら別に構わないでしょ? だってぼくが勝手にしてることだもん」
「そういう問題じゃないだろ。見て見ぬ振りなんてできるわけ」
「甲洋」
操の顔から笑顔が消えるのと、頬を両手で包み込まれるのは同時だった。彼は見たこともないほど真剣で切ない表情をしている。そこにはどこか切羽詰まったような気迫すらこもっていて、甲洋は咄嗟に言葉を失ってしまう。
「ぼくはもう何も知らない子供じゃないよ」
「来主……」
「ちゃんとやり方も知ってるし、君が思ってるほど脆くもない」
じんわりと潤んだ瞳が揺れている。そこに浮かぶ情欲の色を見て、甲洋は無意識に生唾を飲み込んでいた。うっすらと上気したまろい頬は、少女のような幼さに反して特有のあだっぽさがある。
これは不味いぞと、甲洋は思った。しっかりと蓋をして鍵をかけていたはずの欲求が、目の前の小さな火に煽られて疼きはじめている。しかしこのまま流されるわけにはいかないと、開きかけた口が熱っぽい唇によって一瞬だけ塞がれた。
「ッ、!」
「甲洋、好き。ぼくのこと、ちゃんと君の恋人にして」
そのいじらしくもある告白に、心が折れるような感覚を覚えた。相手にここまで言わせてなお拒めるほど、堅固な理性など持ち合わせてはいない。
三度重なってきた唇を黙って受け入れ、差し込まれた薄い舌の感覚に目眩を起こす。その背を抱き返して思うまま貪りたいのを必死で堪えながら、甲洋は腰かけている座面の縁を軋むほど握りしめた。
「んっ、ふ……」
ちゅ、ちゅ、と音を立てて何度も唇に吸いつかれ、小さな舌が闇雲に口内を動き回るのをただ受け止めながら、その拙さに胸を掻き毟られる。
いい具合に舌同士が擦れると、膝の上で操の身体がぴくんと跳ねた。それが癖になったのか、彼はしきりに痩せた舌を擦りつけてくる。そのたびに鼻から抜けるか細い声に、異様なほど興奮させられた。
「は、ぁ……なん、か、頭のなかとろとろして……気持ちぃ、ね」
口の周りを唾液で濡らしながら、操は熱に浮かされた表情で深い息を漏らす。
手どころか舌すら出せなかった甲洋は、不完全燃焼ながらも蒸したように頭がぼうっとするのを感じていた。一方的な拙いキスでこんなに熱くなってしまうのだから、いざというときどれほど気持ちよくなってしまうのだろう。予行演習にすらならないこの状況に、未来への期待が積み立てられていくようだった。
操は甲洋の肩に手をつきながら膝から下りると、床に両膝をついた。軽く開かれた両足の間に身体を割り込ませ、両手でズボンの前を寛げようとする。頭が留守になっていた甲洋は、次に起こる出来事を察して咄嗟に肩を跳ねさせた。
「く、くるす」
「ダメ。手出ししないで」
「……っ」
自分より一回り以上も小さな相手に、ひどく威圧されているような気分だった。やろうと思えば簡単に退けられるはずなのに、縄で縛られたように身体が動かない。しかし、焦りだけはバカみたいに膨らんでいた。なにせ甲洋はもはやすっかり──
「わぁ……すごいや甲洋! もうこんなになってる!」
意外にも器用に手早く前を寛げ、下着の中から甲洋のモノを引きずり出した操が、嬉しそうに目を輝かせた。それはすっかり勃起して、ぐんと天を仰ぎ見ている。
年上とはいえ、甲洋だってまだ若い雄であることに変わりはない。それでも堪え性のない愚息に深い嘆息を漏らし、思わず片手で顔を覆った。
ここまで己を律してきたことに、一体なんの意味があったのだろう。あまりにも素直に形を変えた息子は、待ってましたと言わんばかりに元気よく脈を打っていた。
「こんなふうになってる大人ちんちん、初めて見たよ!」
「頼むから、あまり見るな……」
操が嬉しそうにすればするほど、羞恥と自責の念にいっそ消えていなくなりたい気分になった。
そんな甲洋の気も知らず、操は興味深そうに瞳をくるくるとさせながら、反るようにして勃起した性器の頭を人差し指の先で軽くつついた。
「ッ、あっ!」
思わず漏らしてしまった甘く上ずった声に、操がポカンとした顔で甲洋を見上げた。しまったと思いながら片手で口を抑えると、彼は頬を興奮で赤く染めながら顔いっぱいに喜色を広げる。
「今のなに!? すっごく可愛い! 君ってそんな声出すんだ!」
「い、今のは、ちが」
「ねぇ、もっと聞かせてよ!」
「~~ッ!」
本気で消えてしまいたい。かつてこれほどの羞恥に苛まれたことがあっただろうか。
「ここをたくさん可愛がってあげたら、さっきみたいな声いっぱい出るかな?」
「ちょっ、待っ……ぁ!」
もっともっとと強請るように脈打つ竿をむんずと掴まれ、今にも逃げ出したい思いで甲洋は内心頭を抱えてしまった。
*
そして話は冒頭に戻るというわけだ。
操は歯を食いしばる甲洋をどうにかして鳴かせようと躍起になり、あの手この手で性器を刺激し続けている。しかしここでおめおめと声を出すなんて、そんなことはプライドが許さない。
小さな口にぱっくりと咥えられると秒でイキかけたが、頬肉の内側を血がにじみそうなほど噛んでギリギリ堪えてみせた。さっきからその繰り返し。甲洋にはいつしかイッたら負けという、謎の対抗心まで芽生えはじめていた。
「こんなにピクピクして固くなってるのに……なんで? 気持ちよくないの?」
「ッ、……さぁ?」
額に脂汗を滲ませながらも、平静を装って目を逸らす。
自分でもよくぞここまで耐えていると思うが、不慣れな操はしょっちゅう力の加減を間違えるし、歯を立てられるなどして痛みが走ることもしばしばあった。
おそらくこの子は、まともに自慰もしたことがないのだろう。同じ男だからこそ分かるはずの扱い方や匙加減を、彼は全く知らない様子だ。
それでも甲洋自身が元気なままでいるのは、この特殊な状況や視覚的なものによるところが極めて大きい。
小さな両手を添えながら、チロチロと子猫のように這わされる赤い舌だとか、喉奥まで押し込もうとして苦しげに歪められる表情だとか、くぐもった声だとか。自慰では決して得られない興奮に、まるで脳が揺れているかのようだった。
「さっきみたいな声もっと聞きたいのにぃ」
操は手の中の竿をきゅっと握りながら唇を尖らせた。ここで諦めてくれさえすれば、後はトイレにでも駆け込んでどうとでも処理してしまうことができる。どことなく終わりの空気を感じた甲洋は、幾らか気を抜きながら深い息をついた。
「もういいだろ。時間も遅いし、今日はこのくらいに」
「やだね」
しかし操は眉を吊り上げ、引こうとしない。
「だってこのままじゃ悔しいし。それに、最後までしなきゃ意味ないじゃん」
「最後までって……」
まだ言ってるのかと呆れる甲洋を他所に、操は立ち上がると自分のウエストに手をかけた。ズボンの前をすっかり緩めると下着ごと勢いよく下ろして、下半身を丸出しにしてしまう。
「!?」
惜しげもなく晒された白い半身に、甲洋は息がつまるほど驚いた。声すら失って硬直していると、操は裾を踵から引き抜く際に靴まで一緒に脱ぎ捨てて、ポイッと床に放ってしまう。そして意気揚々と、再び甲洋の膝に跨ってくる。
その身体の中心では拙い性器がゆるく勃ちあがっていた。甲洋に奉仕しながら、彼もまた興奮していたという事実に目が眩みそうになる。
「あは、ぼくのおちんちんも、甲洋のと同じになってる」
操はまるで見せつけるかのように自分の右手を自身に触れさせ、ゆるく握り込むと軽く扱いた。
「あっ、ぁん、ぁ……っ、は……これ、きもち、ぃ」
「くる、す……っ」
かぶさった皮の切れ目から、桃色の先端がほんの少しだけ頭を覗かせている。そこからじわじわと滲みだす先走りが、擦り上げる手の動きに馴染んでちくちくと卑猥な音を奏でていた。
呆然としながら幼い屹立とその痴態に見入っていた甲洋に、操がふっと微笑んだ。
「触りたい?」
「……ッ!」
「でも、ダメ。だってそんなことしたら、君は悪い大人の仲間入りだもん」
憎らしさと口惜しさを同時に覚え、甲洋はぐっと奥歯を噛み締める。ギリギリまで張り詰めている理性の糸が、今にも音を立てて千切れてしまいそうだった。
細い腕の片方が甲洋の首にまわり、もう片方の手がそっと頬に触れてくる。軽く上向かされると、操がすぅっと目を細めた。
「ぼくはそれでもいいけどね。君が悪い大人でもちゃんと好きだし、誰にも言わない。お母さんにだって言わないよ。ぼくらだけの秘密にしててあげるから」
今の甲洋にとって、それは蜜より甘い誘惑だった。ずっと何も知らない子供だと思っていたはずの操が、妖艶な笑みすら浮かべて年上の男をそそのかしている。ほのかな喪失感と共に、脳が揺れるほどの興奮が再び甲洋を襲った。
「来主……」
見えない糸で操られているかのように、甲洋は震える両手を操の太腿に這わせていた。あのよく知る無邪気な笑顔が、くすぐったそうに笑い声をあげる。
ああ、触れてしまった。決して手出しはすまいと必死で堪えていたのに。操の肌は瑞々しくて、誘うように手の平に吸いついてくる。じわじわと足の付根に向かって撫でていきながら、ごくりと生唾を飲み込んだ。
指先が今にも濡れた幼茎に届こうとしたとき、操の両手がそれぞれ甲洋の手の甲にかぶさった。緩く掴まれたと思ったら、彼はその手を自分の脇腹へと移動させてしまう。
「来主……っ」
なぜ触れさせてくれないのかと、甲洋は切なく瞳を細めて操を見つめる。彼はどこか意地悪そうに微笑むと、吐息だけで「悪いひと」と囁いて甲洋の額にキスをした。
煽ったと思えば焦らしてくる。一体どこで覚えてきたんだと問い詰めたい思いに駆られながらも、年下の恋人に弄ばれていることに興奮させられた。このまま最後まで委ねてしまえば、その先にどんな快楽があるのだろう。どうしても知りたくて、待てと命じられたまま放っておかれる犬のような感覚にすら、気持ちが高ぶる。
意識が桃色の霧に覆われたようになりながら、甲洋はただぼうっとした顔で操の動きを見守った。彼は片手と片足を甲洋の肩と床につけて身体を傾け、もう片方の手を下へと伸ばす。先走りと唾液で根元まで濡れている甲洋の肉筒に指を添えると、細腰が位置を調節するように蠢いた。
甲洋はおとなしく操の脇腹に手を添えて、一連の動きを支える。先端が、窄まったなにかにそっと押し当てられた。
「言ったでしょ? ちゃんとやり方知ってるって」
ごくりと喉を鳴らした甲洋に、操は得意げな顔でそう言った。意識はとっくに霧に飲まれて、甲洋にはもうまともな思考などできやしない。最高潮まで達した期待に肌が粟立ち、ただ貪欲に息を震わせることしかできなかった。
バカになっていたのだ。場の空気と激しい渇望に飲まれて、それはもう完全に。だから操が躊躇なく全体重をかけて腰を落とした瞬間、
「いっ……たぁ~~~い!!」
──と上がった甲高い悲鳴に、風船が割れたような衝撃を覚えた。
「ッ!?」
「あうぅ、痛いぃっ! なにこれ!? こんなの無理じゃん! 裂けちゃうよぉ!」
操は片足の爪先だけ床につけた状態で、ぎゃんぎゃんと喚き散らしている。その様子にハッと我に返った甲洋は、慌ててその両肩を掴むと引き離そうとした。
「まっ、待って! やだ! まだ先っちょしか入ってないー!」
「だからまだ早いって言っただろ! うぁッ、ちょっ、俺も痛いから暴れるな!」
乾いた孔に先端だけ中途半端にめり込んでいるという状態は、操だけでなく甲洋にも甚大な痛みをもたらしている。なにせ最も敏感な場所だ。このまま押し切れば、お互いただじゃ済まないだろう。
痛いだの無理だのと言ってギャン泣きするくせに、どうあっても強行するつもりでいる操の意味不明な頑固さに痺れを切らし、甲洋はその両脇にそれぞれ手を差し込むと、強く引き上げて位置をずらすことに成功した。
共に激痛から開放されてホッと息をつくと、操が泣きながら胸にもたれかかってくる。
「うぅ~ぐやじい~」
「これで分かっただろ……」
盛大に溜息をつき、その背をポンポンと叩いてあやしてやる。操も甲洋もすっかり萎えて、その勢いを失っていた。
「俺たちがこういうことをしようと思ったら、ちゃんと時間をかけて慣らさなきゃ無理なんだ。そういうふうには身体が作られてないんだよ。男なんだから」
「だぁってぇ! 漫画で読んだときは簡単そうだったんだもぉん!」
「漫画だって?」
唖然とするしかない甲洋に、操は真っ赤な鼻をズビッとすすった。
「ちゃんと見て勉強したもん……男同士でエッチなことしてる本」
「どこで見たんだ、そんなもの」
魂まで一緒に抜けてしまいそうなほどの溜息をつきながら問いかけた甲洋に、操は「学校」と不貞腐れた声で吐き捨てる。
それは友達の一人が、面白半分で持参してきたものだった。いわゆるボーイズラブ漫画というやつだ。姉の本棚からこっそり拝借してきたらしい。やめてさしあげろと、甲洋は思った。
漫画の中では男同士がいともたやすく行為に及んでいて、男女がするのとまるで変わらない描写がなされていた。操はそれをまるっと鵜呑みにしてしまったというわけだ。
「お前はフィクションとノンフィクションの区別もつかないのか……」
呆れを通り越して、情けなさが込み上げる。かめはめ波が撃てると信じて必死に練習するチビっ子と同レベルだ。尻の穴が自然と濡れるのはそりゃあ漫画の世界だからであって、所詮はファンタジーでしかない。
「だから子供だっていうんだよ」
「もう! 甲洋まで子供扱いするのいい加減にしてよ! なんでみんなしてぼくのことバカにするのぉ!?」
すっかり癇癪を起こして叫ぶ操に、甲洋はほとほと困り果てながら首を傾げた。目線だけでどういうことだと問いかけると、操は何度も鼻をすすりながら事の経緯を話しはじめた。
さっきの話にはまだ続きがあったのだ。友人たちは例の漫画をひとしきり読んでひやかしたあと、「やっぱり付き合うなら女の子じゃないとな」と口々に騒ぎはじめた。
そこから発展して下品な下ネタが飛び交いだして、その間も漫画を熟読し続けていた操は取り残された。
するとすでに経験済みだという友人の一人が、そんな操に気づいて「来主はおこちゃまだからなぁ」などと言ってからかってきた。どうせ意味なんか分からないだろう、と。確かに操はその手の話題に疎くはあったが、賛同した他の友人たちにまで笑われて、思わずムッとしてしまった。
だから言ってやったのだ。自分にだってそういう相手くらいいるのだと。
「そういう相手って……男の?」
「そこまでは聞かれてないから言ってない。年上の人と付き合ってるって言っただけ」
「それで?」
「みんなすごくビックリして興奮してたよ。年が上ってだけでエロいんだってさ」
「なるほどね」
年頃の男子高校生たちのなかで、自分は年上のエッチなお姉さんと認識されてしまったわけだ。実際は年上のスケベなお兄さんなわけだが……。
「でも、まだエッチなことはしてないって言ったら、またバカにされた」
一瞬で全員の操を見る目が変わったものの、キスしかしてないと知った途端に、またバカにされてしまった。
「それはぼくが子供だから、相手の人はからかって遊んでるだけだって。恋人としてじゃなくて、子犬とか子猫を可愛がってるのと同じだって」
「……だから不安になった?」
悔し涙を流しながら頷いた操に、なぜ彼がああも切羽詰まった様子で迫ってきたのかが、ようやく理解できた。
操はただ単純に子供扱いされたから腹を立てていたのではなく、他者から甲洋との関係を否定されたことに傷ついたのだ。だから不安になって、焦りを覚えた。
「エッチすれば、ちゃんと大人だって認めてもらえるんでしょ? 遊びじゃなくて、ちゃんと恋人になれるんでしょ?」
赤くなった瞳で問いつめてくる操に、甲洋はふっと笑いかけてその目尻の涙を優しく拭ってやった。
「遊びじゃないよ、来主」
「甲洋……?」
「俺は遊びで付き合ってるつもりなんかない。来主のこと、ちゃんと恋人だと思ってる」
「……ほんと?」
まんまるの瞳をじっと見つめて、うんと頷く。
「だから大事にしたい。焦らないで、ゆっくりでいいから」
甲洋は操の身体を胸に引き寄せ、すっぽりと腕の中に閉じ込めた。高めの体温に愛しさが込み上げ、柔らかな髪にそっと頬を擦りつける。嬉しかった。呆れもしたが、操が自分のことでこんなにも不安に駆られ、焦って空回りしてしまうくらい想ってくれていたことが。
だからこそ、失敗してよかったと思う。あのまま無理にでも続けていたら、今ごろ立ち直れないくらい後悔することになっていた。
「あと2年、待って」
「え?」
おとなしく甲洋の腕に抱かれていた操が、軽く身じろいで顔をあげる。
「俺も待つから。お前がもう少し大きくなったら、次はちゃんとふたりでしよう。そうしたら……今度は泣いてもやめないよ」
操は瞳を瞬かせて、それからきゅっと唇を噛み締めながら頬を赤らめる。一方的にせがむばかりだったのと、行為が失敗に終わったことですっかり諦めていたところに示された甲洋の積極性に、珍しく面食らった様子だった。
「ほ、ほんとに? 今度はもう、ダメって言わない?」
「言わないよ。言うわけない」
どれだけ我慢していると思っているのだ。大人になるなんてあっという間だなんて言っておいて、きっと途方もなく長い2年になるだろうと確信している。
それでも操は嬉しそうに、ようやく明るい笑顔を見せた。
「わかった! ちゃんと待つから、約束だよ!」
そう言って、甲洋の首に抱きついてきた。浮かれた様子で、甲洋に跨ったまま宙に浮いている両足をブラブラと揺らしては、喜びを表現している。
その背を抱き返しながら、すっかりいつも通りの操に戻っていることに安堵する。艶っぽい笑みに翻弄されるのも悪くはなかったが、やっぱり甲洋は無邪気で子供っぽい彼のことが好きなのだ。
(それにしても……)
ふと、さっきまでの操の様子を思いだしながら甲洋は思う。あのやけになまめかしい色香のある仕草や表情も、例の漫画から仕入れた知識だったのだろうか。もしあれが素でやっていたことなんだとしたら、なんて末恐ろしいのだろう。
思いだすだけで胸をドギマギとさせる甲洋の唇に、ちゅうっと音を立てながら操が幼いキスをする。んっ、と声を上げながら受け止めて、甲洋は考えるのをやめた。
今すぐ確かめるのは簡単だけれど、どうやら自分は焦らされるのが嫌いじゃないらしい。それが分かってしまったから、楽しみは2年後にとっておくことにした。
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「今日はお弁当を作ってきたよ!」
店が休みだったその日、甲洋は操を連れて海に釣りへ訪れていた。
堤防の縁に腰掛けて竿を手に釣り糸を垂らす甲洋の横で、操は野良猫と遊んだりフナムシを観察したりしていたが、昼頃になるとリュックサックから弁当の包みを取りだした。
「弁当? 作ってきたって……来主が?」
すぐそばにぺたんと腰をおろした操に、甲洋はキョトンとしながら目を向けた。釣り糸は垂らしたまま竿を脇に置き、操の方に身体を向けるとあぐらをかく。
「うん。早起きして、ぼくが作った! 君に食べてもらおうと思って!」
「俺に?」
「うん! 甲洋に! あのね、ちゃんと名前があるんだよ。森のお弁当っていうの」
「かっわ……」
「え? なになに? なんか言った?」
「言ってないよ」
「そっか! そんなに喜んでもらえるなんて嬉しいよ!」
会話が噛み合っていなかった。が、それは些細な誤差でしかない。可愛いやら嬉しいやら愛しいやらで、甲洋は平素通りのキャラを装いながらも爆発しそうになっている。
自分のために朝早くから弁当を作っただなんて、しかも森のお弁当なんてタイトルまでつけて、どれだけ可愛いを更新すれば気が済むのだろうか。結婚しよ……。
「えへへ、上手にできたから、残さず食べてね!」
操は包みを解いたハンカチごと甲洋に弁当箱を差し出した。弁当箱は黒くてなんの変哲もないものだ。けれどそこそこ大きい。
両手で弁当を受け取った甲洋は、胡座をかいた足の中心にそれを置いた。なんだか緊張する。なにせ弁当を作ってもらうなんて初めての経験だ。しかも好きな子の手作り弁当なんて、まるで夢のようだと思う。
ヒャッホーイ! と叫びながら飛び上がりたい気持ちをグッと堪えて(キャラ厳守)弁当箱の蓋を開けた。
パカッ
操が目を輝かせながら、甲洋の反応とその第一声を待ちわびている──が。
「……ごちそうさまでした」
甲洋はなにも見なかったとばかりに弁当箱に蓋をして、静かな声でそう言った。
「は!? 待って! 食べてないじゃん! まずはいただきますしないと!」
「今日は朝から腹の調子が」
「ぼくたちにそういうのないから! ちゃんと食べてよ!」
操は秒で閉ざされてしまった弁当の蓋を、自らパカーンと再び開いた。そこには大量のどんぐり(おかず)と枯れ葉(サラダ)と松ぼっくり(ご飯)と南天の赤い実(飾り)が、みっしりと詰まっている。
紛うことなき森のお弁当だった。まだ黒焦げの玉子焼きが入っていた方がマシだったし、ひと目で失敗と分かるような出来栄えだったとしても、完食する気でいたのだが。
「来主……これは食べ物じゃない。強いて言うなら虫や小動物の餌だ」
「虫や小動物が食べられるなら、君にだって食べられるはずだよ」
「お前の中で俺はどういうカテゴリに分類されてるわけ?」
「命あたたか」
「括りがデカイよ……」
甲洋はめちゃくちゃに落胆していた。逆にどうして期待なんかしちゃったんだろうと、後悔までしはじめている。しかし操はその反応が理解できずに、不満を爆発させた。
「食べてよぉ! がんばって作ったんだよ! 森の恵みが詰まってるんだよ!」
「このどんぐりは俺が拾ってきたやつじゃ……?」
「そうだよ! 松ぼっくりと葉っぱは山からむしってきたやつで、南天は庭でお母さんが育ててるやつを少しもらった。可愛いでしょ?」
操は弁当箱に色とりどりの葉っぱや木の実を詰めたら、きっと綺麗で可愛いだろうなぁ……という子供らしい閃きのもと、この弁当を作ったらしい。思い描いていた通りのものができたら、きっと甲洋も喜ぶだろうと信じて疑わなかった。
が、甲洋はそれを拒絶した。操の目にみるみるうちに涙が溜まっていく。
「せっかく上手にできたのに……ぜったい喜ぶと思ったのに……」
操の中では『上手にできた→食べてもらう→美味しい!→嬉しい!』の図式が完成していたようだが、泣きたいのは甲洋も同じだった。甲洋は早起きをしてキッチンに立つ、可愛いフリフリエプロンの操を想像して胸をときめかせていた。慣れない包丁で指先を切ったりして、ピーピー泣きながらもがんばって作っている健気な姿を妄想していたのだ。
それがまさか、早朝から意気揚々と山に繰り出していたなんて。ちゃんと熊よけの鈴は持って行ったんだろうか……といらぬ心配をしていると、操がいよいよ泣きだした。
(あぁー、もう……)
思えばどんぐり一つで大喜びしてバイトに励むような子だ。そんな操にとって、この森のお弁当は自身の最高傑作だったに違いない。
鼻を赤くしながらメソメソと泣いているのを見て、甲洋は深く息を漏らしながらふっと笑った。操が潤んだ目を向けてくるので、大きな手で頭をくしゃくしゃと撫でる。
愛を試されていると甲洋は思った。ぶっちゃけ食べようと思えば食べられるのだ。南天に含まれる微量の有毒成分だとか、生身の人間であれば及ぶであろう害も、今の甲洋にとっては問題にもならない。松ぼっくりだって、はるか以前には若い実をジャムにして食していた国もあったと聞く。大丈夫だ。問題ない……。
甲洋は意を決すると、弁当箱の中から南天の赤い実を一粒だけつまんで出した。それをパクンと口に放り込む。
「あ! 食べた!」
操が目を瞬かせて声をあげるのを聞きながら、奥歯で実を噛み潰す。すると凄まじい苦味が口の中に広がって、甲洋はあぐらをかいた膝頭をそれぞれ両手で握りしめると、うつむいて身を震わせた。
「……ッ~~!」
「ねぇ美味しい!? 美味しい!?」
不味い、とは言えない。だがなんとか飲み込んで顔を上げた甲洋の目が、思いっきり涙ぐんでいるのを見た操は、なにを思ったのか「ぼくも!」と言って南天の実をつまみあげた。
「や、やめとけ来主」
「あーん! ん……ん……、ウッ!!」
「あーぁ……」
なんの躊躇もなく実を食べた操が、すぐにぐしゃりと表情を歪める。
「うえぇッ、おいじぐないぃ~! にっがぁ~いぃ……っ」
「だからやめとけって言ったのに……」
堤防ギリギリのところで四つん這いになった操が、ペッペッと実を吐き出している。それを呆れた目で眺めていると、振り向いた操が涙目で「これ食べ物じゃないよ!」と言うので、ついおかしくて笑ってしまった。
「甲洋ダメだ! これ食べちゃダメなやつだ!」
「そうだね」
「他のもやっぱり苦いのかなぁ……」
四つん這いのまま戻ってきた操が、地面に置かれた弁当箱を残念そうに見下ろしている。苦いし渋いと思うよと心の中で言うと、彼は「そっかぁ」と言って溜息をついた。
「森のお弁当、失敗だったんだ……」
「そんなことない」
「え?」
「弁当、嬉しかったよ。ありがとう来主」
甲洋は情けない顔をしている操の頭を、ポンポンと撫でて微笑んだ。
「次は俺がお返ししなきゃな」
──その後。
森のお弁当は、可愛いクリスマスツリーに姿を変えた。
熱湯で消毒して、乾燥させて、丸く切った厚紙の上にどんぐりと松ぼっくりを積み上げて、木工用ボンドでくっつけて。てっぺんには星の代わりに、一番おおきくて綺麗に傘が開いた松ぼっくりを据えた。
最後に電飾に見立てた赤い実を散りばめて、小さな森のクリスマスツリーが完成した。
操は手作りのツリーを見て大喜びした。店のカウンターの隅に飾って、暇さえあれば嬉しそうに眺めている。甲洋は残りの落ち葉で作ったしおりを本に挟んで、そんな操の横顔を見つめながらコーヒーを飲む。
森の恵みは、ふたりにとって幸せな冬のひとときになったのだった。
←戻る ・ Wavebox👏
店が休みだったその日、甲洋は操を連れて海に釣りへ訪れていた。
堤防の縁に腰掛けて竿を手に釣り糸を垂らす甲洋の横で、操は野良猫と遊んだりフナムシを観察したりしていたが、昼頃になるとリュックサックから弁当の包みを取りだした。
「弁当? 作ってきたって……来主が?」
すぐそばにぺたんと腰をおろした操に、甲洋はキョトンとしながら目を向けた。釣り糸は垂らしたまま竿を脇に置き、操の方に身体を向けるとあぐらをかく。
「うん。早起きして、ぼくが作った! 君に食べてもらおうと思って!」
「俺に?」
「うん! 甲洋に! あのね、ちゃんと名前があるんだよ。森のお弁当っていうの」
「かっわ……」
「え? なになに? なんか言った?」
「言ってないよ」
「そっか! そんなに喜んでもらえるなんて嬉しいよ!」
会話が噛み合っていなかった。が、それは些細な誤差でしかない。可愛いやら嬉しいやら愛しいやらで、甲洋は平素通りのキャラを装いながらも爆発しそうになっている。
自分のために朝早くから弁当を作っただなんて、しかも森のお弁当なんてタイトルまでつけて、どれだけ可愛いを更新すれば気が済むのだろうか。結婚しよ……。
「えへへ、上手にできたから、残さず食べてね!」
操は包みを解いたハンカチごと甲洋に弁当箱を差し出した。弁当箱は黒くてなんの変哲もないものだ。けれどそこそこ大きい。
両手で弁当を受け取った甲洋は、胡座をかいた足の中心にそれを置いた。なんだか緊張する。なにせ弁当を作ってもらうなんて初めての経験だ。しかも好きな子の手作り弁当なんて、まるで夢のようだと思う。
ヒャッホーイ! と叫びながら飛び上がりたい気持ちをグッと堪えて(キャラ厳守)弁当箱の蓋を開けた。
パカッ
操が目を輝かせながら、甲洋の反応とその第一声を待ちわびている──が。
「……ごちそうさまでした」
甲洋はなにも見なかったとばかりに弁当箱に蓋をして、静かな声でそう言った。
「は!? 待って! 食べてないじゃん! まずはいただきますしないと!」
「今日は朝から腹の調子が」
「ぼくたちにそういうのないから! ちゃんと食べてよ!」
操は秒で閉ざされてしまった弁当の蓋を、自らパカーンと再び開いた。そこには大量のどんぐり(おかず)と枯れ葉(サラダ)と松ぼっくり(ご飯)と南天の赤い実(飾り)が、みっしりと詰まっている。
紛うことなき森のお弁当だった。まだ黒焦げの玉子焼きが入っていた方がマシだったし、ひと目で失敗と分かるような出来栄えだったとしても、完食する気でいたのだが。
「来主……これは食べ物じゃない。強いて言うなら虫や小動物の餌だ」
「虫や小動物が食べられるなら、君にだって食べられるはずだよ」
「お前の中で俺はどういうカテゴリに分類されてるわけ?」
「命あたたか」
「括りがデカイよ……」
甲洋はめちゃくちゃに落胆していた。逆にどうして期待なんかしちゃったんだろうと、後悔までしはじめている。しかし操はその反応が理解できずに、不満を爆発させた。
「食べてよぉ! がんばって作ったんだよ! 森の恵みが詰まってるんだよ!」
「このどんぐりは俺が拾ってきたやつじゃ……?」
「そうだよ! 松ぼっくりと葉っぱは山からむしってきたやつで、南天は庭でお母さんが育ててるやつを少しもらった。可愛いでしょ?」
操は弁当箱に色とりどりの葉っぱや木の実を詰めたら、きっと綺麗で可愛いだろうなぁ……という子供らしい閃きのもと、この弁当を作ったらしい。思い描いていた通りのものができたら、きっと甲洋も喜ぶだろうと信じて疑わなかった。
が、甲洋はそれを拒絶した。操の目にみるみるうちに涙が溜まっていく。
「せっかく上手にできたのに……ぜったい喜ぶと思ったのに……」
操の中では『上手にできた→食べてもらう→美味しい!→嬉しい!』の図式が完成していたようだが、泣きたいのは甲洋も同じだった。甲洋は早起きをしてキッチンに立つ、可愛いフリフリエプロンの操を想像して胸をときめかせていた。慣れない包丁で指先を切ったりして、ピーピー泣きながらもがんばって作っている健気な姿を妄想していたのだ。
それがまさか、早朝から意気揚々と山に繰り出していたなんて。ちゃんと熊よけの鈴は持って行ったんだろうか……といらぬ心配をしていると、操がいよいよ泣きだした。
(あぁー、もう……)
思えばどんぐり一つで大喜びしてバイトに励むような子だ。そんな操にとって、この森のお弁当は自身の最高傑作だったに違いない。
鼻を赤くしながらメソメソと泣いているのを見て、甲洋は深く息を漏らしながらふっと笑った。操が潤んだ目を向けてくるので、大きな手で頭をくしゃくしゃと撫でる。
愛を試されていると甲洋は思った。ぶっちゃけ食べようと思えば食べられるのだ。南天に含まれる微量の有毒成分だとか、生身の人間であれば及ぶであろう害も、今の甲洋にとっては問題にもならない。松ぼっくりだって、はるか以前には若い実をジャムにして食していた国もあったと聞く。大丈夫だ。問題ない……。
甲洋は意を決すると、弁当箱の中から南天の赤い実を一粒だけつまんで出した。それをパクンと口に放り込む。
「あ! 食べた!」
操が目を瞬かせて声をあげるのを聞きながら、奥歯で実を噛み潰す。すると凄まじい苦味が口の中に広がって、甲洋はあぐらをかいた膝頭をそれぞれ両手で握りしめると、うつむいて身を震わせた。
「……ッ~~!」
「ねぇ美味しい!? 美味しい!?」
不味い、とは言えない。だがなんとか飲み込んで顔を上げた甲洋の目が、思いっきり涙ぐんでいるのを見た操は、なにを思ったのか「ぼくも!」と言って南天の実をつまみあげた。
「や、やめとけ来主」
「あーん! ん……ん……、ウッ!!」
「あーぁ……」
なんの躊躇もなく実を食べた操が、すぐにぐしゃりと表情を歪める。
「うえぇッ、おいじぐないぃ~! にっがぁ~いぃ……っ」
「だからやめとけって言ったのに……」
堤防ギリギリのところで四つん這いになった操が、ペッペッと実を吐き出している。それを呆れた目で眺めていると、振り向いた操が涙目で「これ食べ物じゃないよ!」と言うので、ついおかしくて笑ってしまった。
「甲洋ダメだ! これ食べちゃダメなやつだ!」
「そうだね」
「他のもやっぱり苦いのかなぁ……」
四つん這いのまま戻ってきた操が、地面に置かれた弁当箱を残念そうに見下ろしている。苦いし渋いと思うよと心の中で言うと、彼は「そっかぁ」と言って溜息をついた。
「森のお弁当、失敗だったんだ……」
「そんなことない」
「え?」
「弁当、嬉しかったよ。ありがとう来主」
甲洋は情けない顔をしている操の頭を、ポンポンと撫でて微笑んだ。
「次は俺がお返ししなきゃな」
──その後。
森のお弁当は、可愛いクリスマスツリーに姿を変えた。
熱湯で消毒して、乾燥させて、丸く切った厚紙の上にどんぐりと松ぼっくりを積み上げて、木工用ボンドでくっつけて。てっぺんには星の代わりに、一番おおきくて綺麗に傘が開いた松ぼっくりを据えた。
最後に電飾に見立てた赤い実を散りばめて、小さな森のクリスマスツリーが完成した。
操は手作りのツリーを見て大喜びした。店のカウンターの隅に飾って、暇さえあれば嬉しそうに眺めている。甲洋は残りの落ち葉で作ったしおりを本に挟んで、そんな操の横顔を見つめながらコーヒーを飲む。
森の恵みは、ふたりにとって幸せな冬のひとときになったのだった。
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*『真夜中は別の顔』と繋がっています。甲操はすでにデキ上がってます。
「なにからなにまで悪いわね、甲洋くん」
食器を洗う手を止めて、ふと隣に目をやった。流し台の前に立つ甲洋のすぐ傍で、羽佐間容子がコーヒーを淹れている。彼女もまた手を止めて、申し訳なさそうに眉をハの字にしながら微笑んだ。その瞳に、やんわり笑い返して首を振る。
「お風呂掃除までしてもらって……本当に助かったわ」
「いつも世話になっているのはこっちだから。どうか気にしないで」
「いいのよそんなこと。でも、ありがと。甲洋くん」
「こちらこそ」
容子にはショコラを預かってもらったり、普段からなにかと助けられてばかりいる。今日も閉店後にショコラの迎えがてら操を送り届けると、そのまま夕食に誘われた。
ちょうど支度の途中だったらしく、出来上がるまでゆっくりしているようにと言われた甲洋だったが、なんとなく手持ち無沙汰になってしまい、浴室の掃除を買って出た。
ちなみに操はキッチンに立つ容子にベッタリと張りつき、「ぼくもお手伝いする!」と言ってせっせと摘み食いをしていた。それは手伝いとは言わないのだが、本人は役に立っているつもりなのだから、本当に困ったやつである。
「さ、コーヒーにしましょ。座って、甲洋くん」
食器洗いが終わると、促されるままテーブルについた。
操は真っ先に夕飯を平らげたあと、すぐに風呂へ行ってしまったため不在だ。戻ってこないところを見ると、部屋に上がってしまったのだろう。俺のほうがよっぽど息子っぽいことをしてるんじゃ? と思わないこともなかったが、一般的にあのくらいの年頃の少年ならば、家事を母親任せにするのはごく当たり前のことなのかもしれない。
操は一般的な少年の枠には当てはまらないし、甲洋もまた一般的な少年らしい扱いを受けたことがないので、想像でしかないのだが。
「そうだわ」
向かい合ってコーヒーを飲んでいると、容子が両手を軽くポンと胸の前で合わせながら言った。
「掃除までしてもらったんだもの。せっかくだし、甲洋くんもお風呂に入ってちょうだい。操ももう上がった頃だろうし」
「いや、俺は」
「いいじゃない。どうせなら今夜は泊まっていくといいわ」
言いながら、容子はソファの方へ目を向ける。甲洋も釣られて目線をやると、そこには仲良く寄り添って眠るショコラとクーの姿があった。いつもなら帰る頃合いを見て甲洋の足元にいるはずなのに、今夜はショコラもそういう気分なのかもしれない。一緒にご飯をもらい、腹も膨れて完全に熟睡モードに入っている。
「起こすのは可哀想よ。ね?」
小首を傾げるようにして笑った容子に甲洋もつい小さく笑い、今夜ばかりはお言葉に甘えることにした。
*
脱衣所は電気がつけっぱなしになっていた。浴室も曇りガラスの向こうは煌々と明かりがついており、湯気で白く煙っている。風呂蓋が開けっ放しになっているのだろう。
床には脱ぎ散らかした衣類が散乱しており、甲洋はやれやれと息をつきながらそれらを適当に拾い上げると、洗濯機の上に設置されたカゴの中にすべて放り込んだ。
服を脱ぎ、軽く畳むとカゴの横に置かせてもらった。泊まると言っても着替えの用意がないので、上がったらまたこれを着るより他にない。
浴室のドアを開け、真っ白い湯気と石鹸の香りが立ち込めるなか足を踏み入れた、その瞬間──
「わっ、なに!?」
という声がして、甲洋は思わず肩を跳ねさせながら息を呑んだ。
「!?」
そこには全身を泡まみれにした操の姿があった。床に直接ペタンと女の子のように座りこみ、目をまんまるにしてこちらを見上げている。
「なんで君が入ってくるの? ここぼくんちのお風呂だよ?」
まったく気がつかなかったことに、自分で驚く。彼はずいぶん前に風呂に行ったはずで、とっくに上がって自室に戻ったとばかり思いこんでいた。操も操で、甲洋はすでに帰宅したものと思っていたのだろう。不思議そうに首を傾げてキョトンとしている。
(うわ……)
その姿に、甲洋は言葉を失くして立ち尽くすことしかできなかった。
操とは幾度となく身体を重ねてきた仲だ。裸くらい見慣れているはずなのに、今の彼が晒す姿態は、あまりにも扇情的で目に毒すぎた。
少年と少女の境目で迷う肢体に、まとわりつく白い泡。胸や身体の中心の大事な場所が絶妙に隠され、見えそうで見えないその危うさに思わず喉を鳴らしてしまう。赤い頬に張りつく濡髪でさえも艶かしくて、みずみずしい色気がそこにはあった。
「ッ、ごめん」
このままでは非常に不味いことになる。変な気を起こす前に回れ右しようとした甲洋だったが、操の「待って!」という声に引き止められて、つい動きを止めてしまった。
「それよりこれ見て! これ! この四角い石鹸! こないだフリーマーケットで交換してきたやつ! すごくない!?」
「ッ、は……?」
「ほら! ほら! すっごい泡立つの! ぼく楽しくなっちゃって! ずっとスポンジであわあわしてたの!」
操は目をキラキラとさせ、固形石鹸とスポンジを両手でこねくり回している。モコモコモコッと真っ白な泡が膨らんで、床にまでモコモコが大量に流れだしていた。
すぐ横にはお湯が張られた風呂桶があり、水分がなくなるとそこにスポンジを突っ込んで、潤いを足すとまたモコモコさせる。
彼は今の今まで、ひたすら無心でこの作業に没頭していたのだろう。甲洋が気配すら察せないほど、それはそれは熱心に。身体はほとんど泡に埋もれているようなものだし、浴槽から上がる湯気もあいまって、外から見ると浴室全体が白く染まって見えたのだ。
これじゃ気づかなくても仕方ない──と、甲洋は心のなかで言い訳をした。
「わあぁ……すごいすごい! ねぇ、君もやりなよ!」
「いい。俺はもう出ていくから」
動揺していることを表に出せば、逆におかしな空気になりそうで嫌だった。平静をフル稼働で装いながら言うと、操が不満そうに唇を尖らせる。
「なんでぇ? 楽しいよ? 一緒にやろうよ」
「いいから。ゆっくり入ってていいから。じゃ、俺はこれで──」
踵を返そうとした、そのときだった。床にこんもりと山になっている泡に足が滑って、甲洋は一気に体勢を崩してしまった。
「──ッ!?」
とっさに後手にドアの取手を掴んだものの、バンッと音を立てて締まっただけで、180の長身は勢いよく前のめりに崩れ落ちる。
「えっ、ちょっと!? うわっ……!」
ペタンと床に座り込んでいた操は、迫ってくる甲洋から逃げようとしてとっさに腰を浮かせた。が、あまりにも一瞬のことで、とても間に合うはずがない。
「ッ──……!?」
操の背に覆いかぶさる形で倒れた身体に、凄まじい衝撃が走る。痛みともつかない電流のような感覚は、主に局部を中心として一気に全身に広がった。
「ぁ、え……?」
ふたり同時に呆然として、頭を白く染め上げる。信じられないことだが、甲洋のブツが操の尻に、それは見事にズップリと突き刺さっていた。
予期せぬラッキースケベに、密かに反応してしまっていた甲洋のイチモツ。あわあわのヌルヌル状態になっていた操の尻孔。ある意味、準備万端だったと言えなくもない(?)──が、こんな超展開、よく広告でありがちなエロ漫画でしかお目にかかったことがない。
「な、な、なに!? なんで!? なんでちんちん挿っちゃってんの!?」
思考が完全に停止している甲洋の下で、操が混乱しはじめる。
「ちょ待っ、く、来主、暴れな……ッ、あ、ぅ……っ」
「はぅッ、ん! ぁッ、ば、バカバカ! 動かないでぇっ!」
なにがなんだか分からないまま合体してしまったが、互いに知り尽くしている身体はあまりにも正直だった。身じろぎひとつで快感を拾いあげてしまう。もういっそのこと、このまま一発いたしてしまうより他にないのでは? と開き直りかけていたそのとき、
「甲洋くん、着替えここに置いておくわね」
と、曇りガラスの向こう側から声がした──。
「ッ!?」
「操の服だけど、少しサイズが大きいみたいなの。甲洋くんなら丁度いいと思うわ」
容子だ。わざわざ扉を開けるとは思えないが、隔たりは曇ったガラス扉一枚である。甲洋は背筋が凍りつくような感覚を味わい、とっさに操の身体を抱き込むと浴槽の中に飛び込んだ。
「ヒッ……~~っ!!」
ザブン、という大きな音が響き渡る。心で直接「ごめん」と謝罪しながら、その振動と衝撃に悲鳴をあげる寸前だった操の口を片手で塞ぐ。
「むぐ、ッ、う、ぅぅ……っ──ッ!」
「あら? もしかして操も一緒なのかしら?」
「す、すみません。ちょっと、はしゃいでしまって……」
「まぁ、そうなの? ふたりとも、遊んでないでちゃんとあったまらなきゃダメよ」
「はい……」
容子は微笑ましげに小さな笑い声をたて、「男の子がふたりいると大変ね」と言いながら去っていった。よもや男の子ふたりが性的に大変なことになっているとは思うまい。
脱衣所のドアが閉まる音を遠くに聞くと、甲洋はホッと深い息を漏らした。まだ心臓がバクバクしている。
「ごめん来主……いま抜くから……」
このまま一発どころの騒ぎではない。容子の声を聞いて正気を取り戻した甲洋は、操の口から手を外して自身を引き抜こうとした。今度こそ、そのまま浴室から出ていくつもりでいたのだが──。
「待っ、て! ダメ……!」
「ッ、く、来主?」
「いま、動いたら……ぁ、ダメ、ぇ……」
操は肩で激しく呼吸して、ブルブルと身を震わせていた。全身を薄紅色に染め上げて、背中を丸めながら浴槽の縁にしがみついている。甲洋は目を見張り、興味本位から操の中心に手を伸ばしてみた。ピンと張りつめ、かすかに脈打っているのが分かる。
甲洋のブツを腹に収めて、操の身体は完全に火がついていた。おそらく浴槽に飛び込む際、先端が彼の泣き所を突き上げてしまったのだろう。
「ばか、ぁ……こよの、ばかぁ……っ」
涙をいっぱいに溜めた瞳で睨まれて、いったん引きかけていた熱がカァッと頭のてっぺんまで駆けのぼる。同時にキュンキュンと締めつけてくる肉の感触に、甲洋は喉を鳴らして呼吸を震わせた。
「くるす……」
「やぁ、ん……ッ」
薄い胸を抱きしめて、耳の裏側に唇を押しつける。操の背が大きくしなり、甘ったるい声が浴室に反響した。
甲洋は片腕を伸ばし、シャワーの蛇口ハンドルを強くひねった。勢いよく噴きだすシャワーの音が大きく響き、浴室がさらに白く煙っていく。これなら少しくらい声をだしても、うまい具合に紛れるだろう。
「このまま、いい?」
一応は確認を入れると、操は潤んだ瞳を甲洋に向けながらこくんと頷いた。それを合図に唇を重ね、互いに舌を絡ませる。小さな舌を吸い上げながら軽く腰を揺らしただけで、操の喉からくぐもった可愛い悲鳴が漏れだした。
「ひゃぅ、んッ! ぁふ……ッ、ぁんっ、んっ、んっ……!」
はじめは小さく、ゆっくりと腰を揺らすと、操の腰も揺れだした。動きに合わせてお湯がタプンタプンと波打って、浴槽の外に溢れだす。
甲洋は操の身体が浮いてしまわないように両手で腰を掴むと、抽挿を深く大胆なものにしていった。穿てば穿つほど操が鳴いて、立ち上る熱気に脳が煮えていくようだった。
「はんッ、あ、ぁ! ん、きもち、ぃ……っ、ぁッ、お湯が、ナカにぃ……っ」
『 そんなに大きな声を出したら、容子さんに気づかれるよ 』
口には出さずに心の中で意地悪く囁くと、操はハッと息を呑んで首を左右に振った。
「やっ、やっ、ダメッ、おかぁさん、ダメなの……っ、お風呂で、こんなこと……悪い子って、思われちゃうよぉ……ッ」
『 なら、我慢しなきゃね 』
注意を促す言葉とは裏腹に、わざと弱い場所を狙って突き上げた。ビクン、と大きく身悶えた操が、背を反らして「きゃぅんっ」と甲高い悲鳴をあげる。
突きだされた胸に片手をやると、赤く尖った乳首のひとつを乳輪ごときゅっと摘み上げた。甲洋の肩に預けられた操の頭が、また嫌々と水滴を振りまきながら左右に振られる。
「はぅッ、ぁ! ァッ、そこダメ、いじめないで、引っ張っちゃ、やぁ……っ」
「まだ石鹸でヌルヌルしてる。逃げないで来主、うまく摘めない」
「ゃんッ、ァ……っ、きも、ち、ッ、ぁ、おかしく、なっちゃ……ッ」
粒だけを摘もうとしても、指先が滑ってうまくいかない。弾かれるたび、勃起した乳首がぷるんと跳ねる。もどかしい刺激に、甲洋を食いしめる孔が切なげに収縮していた。絡みつく肉襞のうねりに、漏れそうになった低い呻きをどうにか噛み殺す。
本当はもっとじっくりと味わいたいのに、限界はすぐそこまで近づいていた。いつまた容子が来るとも限らない状況で、お互いバカみたいに興奮している。
「やら、ぁッ、ぼく……ぼく、もぉ、とけちゃうぅ……っ」
操の下腹に片手の平を押しつけると、出たり挿ったりを繰り返す肉棒の感触が、薄い肉越しに生々しく伝わってくる。さらにぐっと押し当てて圧迫すれば、操が口の端から唾液を漏らしながら瞳を濁らせ、ガクガクと激しく痙攣しはじめた。
「ふぁ、ぁ、それッ、ぇ……あ゛ッ、お腹、お腹のなか、甲洋のが……っ」
「来主……」
「ゴリゴリするの……ッ、あづい、ぁう……ぁ、んあぁ……ッ」
止めどなく立ち込める湯気と熱気に、視界がチカチカと点滅をはじめる。湯船から溢れ出すほど浴槽に満ちていたお湯が、絶え間ない抽挿によって随分と減ってしまっていた。
甲洋は操の身体を抱きしめると、小さな屹立を右手にきゅっと閉じ込める。強く穿つのと同じ速度で扱きあげると、操が両手で自らの唇を強く塞いだ。
「くうぅッ、んぐっ、んッ、うぅぅぅ──……ッ!」
「ッ、──ぅ……っ、ぁ……ッ」
奥の深い場所を叩くのと同時に、手の中で操の幼い肉茎がピク、ピク、と痙攣した。放たれたささやかな白濁が、石鹸混じりのお湯の中で小刻みに吐きだされる。震える身体を掻き抱いて、甲洋も獣のように呻きながらすべてをナカに注ぎ込んだ。
*
その後、甲洋はすっかりのぼせてヘロヘロに伸びている操の身体を清めると、自分もシャワーを浴びて浴室を出た。
操は脱衣所の壁に背中を預け、床に両足を投げだしている。服を着せなければと思ったのだが、どこを探しても見当たらない。洗濯機の上には容子が用意してくれた甲洋の部屋着があるだけだ。
「来主、着替えは? どこ?」
「んぅ~……ない……」
「ない?」
「だぁってぼく、お風呂上がりは服着ないもん~」
「えぇ……?」
いくら彼が人の常識が通じない存在で、容子とは親子関係を築いているとはいえだ。女性と暮らす家で風呂上がりに裸でウロウロするなんて、甲洋には考えられない話だった。
だが、そうは言っても無いものは無いんだからしょうがない。甲洋は先にシャツとスウェットを着用すると、棚の中から適当に大判のタオルを引っ張りだした。操の全身をすっぽり包み込み、ぐにゃりと軟体生物のようになっている身体を抱き上げる。そしてそのまま、2階にある操の部屋までワープした。
「ほら来主、しゃんとして」
部屋の中はちょうど街灯の光が窓からさして、うっすら明るく照らされていた。甲洋はタオルでグルグル巻になっている操をベッドに横たえさせたが、にゅうっと出てきた両腕によって首を抱き込まれ、なかなか離してもらえない。
「ん~、ぼくもう無理……眠いの……」
「わかったから、その前に服を」
「ねぇ~、抱っこしてぇ……いっしょに寝……よ……」
散々グズったあと、操はそのまま寝息を立てはじめてしまった。こてん、と頭は枕に落ちたが、両腕は未だしっかりと首をホールドしている。甲洋は中腰のまま動けなくなってしまった。
「俺はまだやることがあるんだよ……」
できることなら自分も一緒に眠りにつきたいところだが、石鹸まみれの浴室をあのままにしておくことはできない。浴槽のお湯は抜いて軽く流してはきたものの、容子が入浴できる状態にまで戻しておく必要がある。つまり、一から掃除のやり直しだ。
甲洋は操の腕を慎重に外していくと、ぐしゃぐしゃのタオルを取り去ってから上掛けをそっとかぶせてやった。まだ少し赤いままの頬にふっと微笑み、前髪を優しく払うと額に小さなキスをする。
「おやすみ来主。抱っこしに戻ってくるから、いい子で待ってて」
好きな子が母親と暮らす家で、好きな子の母親に隠れて、好きな子とセックスをした。その業の深さを腹の底にずっしりと据え、甲洋は再び浴室に戻っていった。
*
朝。小鳥のさえずりを遠くに聞きながら、甲洋はふと目を覚ました。腕の中では操がまだ眠っている。軽く握りしめた手を唇に押しつけ、すぅすぅと寝息を立てていた。
そのあどけない寝顔に小さく笑い、起こしてしまわないようにゆっくりと身を起こす。
(そういえば、けっきょく裸のままだったな……)
操が服も着ずに力尽きてしまったのは、甲洋が無理をさせた結果でもある。
甲洋はベッドから抜けだすと、適当に操の服を見繕うことにした。起きたらすぐに着られるようにと気を回したつもりだったのだが、洋服タンスの一段目を引き出した瞬間、我が目を疑った。
「な、なんだ? これ……」
そこにはぎっしりと、女性物の下着が収まっていた。柄やフリルのついた可愛いものから、布面積が極めて小さいセクシーなものまで、それは見事に揃い踏みだった。
(な、なんでこんな……これ、まさかぜんぶ来主のなのか……!?)
完全に動揺している甲洋は、隠しきれない興味も手伝って、つい下着を手に取ってしまった。右手に白いフリルのTバック、左手には総レースの黒い紐パン。くしゃくしゃの状態で入っていたものだから、取り出す際に絡まった何着かがパサパサと床に散乱する。
あまりにも小さくて薄い布としか言い表せないそれらを見下ろし、愕然としながらもふと過去の出来事を思いだす。
確か以前、操はクマちゃんプリントのお子様パンツを嫌がって、容子にもっとセクシーな下着がいいとワガママを言っていた。あれから時が経ち、まさか本当にゲットしていたなんて。しかもこれほど大量に。
(こんなの、一体いつはく気だよ……?)
少なくとも、甲洋はまだ一度もお目にかかったことがない。事に及ぶ際には、無難な男性用下着を着用している姿しか見たことがなかった。
果たして彼はいつ、どのタイミングで、こんなセクシー下着をつける気でいるのだろうか。あるいは甲洋が知らないだけで、普段からちょいちょい身につけているのか。よく分からないが、なんにせよ──
(今度……見せてもらおう……)
そう心に決めたら、途端にソワソワと落ち着かない気持ちになってしまう。ついつい素人は黙っとれ顔で想像を巡らせていると、ふいにコンコンと扉をノックする音がしてギョッとした。
「ッ──!?」
「操、甲洋くん? 朝ご飯の用意ができたわ……よ……?」
ガチャリと開かれた扉から、容子がひょっこり顔を出した。両手にパンティを持って絶句する甲洋を見て、彼女もまた凍りついたように絶句する。
(う……嘘だろ……?)
なんとも形容しがたいムード。サーッと血の気が引いていく。もっとも見られてはいけない姿を見られてしまった。夢なら早く醒めてくれと願いながら硬直していると、「ふぁ~」という間抜けな声を漏らして操が起き上がった。
「よく寝たぁ。あ、おかぁさん、おはよー」
甲洋の全身に、ドッと嫌な汗が噴きだした。これはさらに不味いことになったような気がする。
容子の目からしたら、可愛い息子の部屋でパンティを両手に持った男が立ち尽くし、当の息子はベッドで素っ裸なのだ。あげく、床にまでパンティが散らばっている。どう控えめに見たって事案が発生しているようにしか見えない……というか、実際に発生しているのだからもはや釈明のしようがない。
(あ、終わった……)
天井を仰ぎ見て、深く息を吐きだした。すると異様な空気に首を傾げていた操が、甲洋が手にしているものを指差して「あー!」と眉を吊り上げる。
「なにしてんの君! それぼくの大事な秘密コレクションだよ! もしかして君もそれはきたいの!? 絶対ムリだよハミ出しちゃうもん!!」
「もっとややこしいことになるだろ! そんなわけあるか! っていうか、秘密にしとく気があるなら引き出しの一番上に入れとくな!」
珍しく声を荒げた甲洋は、顔面蒼白で震えながら恐る恐る容子を見た。ちなみにパンティは未だ両手にしっかり握りしめたままだ。すると彼女は、
「話はゆっくり聞かせてもらうわ。ちゃんと説明してくれるのよね? 甲洋くん」
と言って、にっこり笑った。
有無を言わさぬその圧に、甲洋はただ項垂れるようにして首を縦に振ることしかできなかった。
その後──。
甲洋は秘めていた操との関係を、すべてカミングアウトすることになった。
操は終始キョトンとしていたが、容子は「そんな気はしてたのよ」と言いながら、イタズラっぽく肩を揺らして笑っていた。
こうして二人は晴れて母親公認のもと、正式にお付き合いをすることになったのである。
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「なにからなにまで悪いわね、甲洋くん」
食器を洗う手を止めて、ふと隣に目をやった。流し台の前に立つ甲洋のすぐ傍で、羽佐間容子がコーヒーを淹れている。彼女もまた手を止めて、申し訳なさそうに眉をハの字にしながら微笑んだ。その瞳に、やんわり笑い返して首を振る。
「お風呂掃除までしてもらって……本当に助かったわ」
「いつも世話になっているのはこっちだから。どうか気にしないで」
「いいのよそんなこと。でも、ありがと。甲洋くん」
「こちらこそ」
容子にはショコラを預かってもらったり、普段からなにかと助けられてばかりいる。今日も閉店後にショコラの迎えがてら操を送り届けると、そのまま夕食に誘われた。
ちょうど支度の途中だったらしく、出来上がるまでゆっくりしているようにと言われた甲洋だったが、なんとなく手持ち無沙汰になってしまい、浴室の掃除を買って出た。
ちなみに操はキッチンに立つ容子にベッタリと張りつき、「ぼくもお手伝いする!」と言ってせっせと摘み食いをしていた。それは手伝いとは言わないのだが、本人は役に立っているつもりなのだから、本当に困ったやつである。
「さ、コーヒーにしましょ。座って、甲洋くん」
食器洗いが終わると、促されるままテーブルについた。
操は真っ先に夕飯を平らげたあと、すぐに風呂へ行ってしまったため不在だ。戻ってこないところを見ると、部屋に上がってしまったのだろう。俺のほうがよっぽど息子っぽいことをしてるんじゃ? と思わないこともなかったが、一般的にあのくらいの年頃の少年ならば、家事を母親任せにするのはごく当たり前のことなのかもしれない。
操は一般的な少年の枠には当てはまらないし、甲洋もまた一般的な少年らしい扱いを受けたことがないので、想像でしかないのだが。
「そうだわ」
向かい合ってコーヒーを飲んでいると、容子が両手を軽くポンと胸の前で合わせながら言った。
「掃除までしてもらったんだもの。せっかくだし、甲洋くんもお風呂に入ってちょうだい。操ももう上がった頃だろうし」
「いや、俺は」
「いいじゃない。どうせなら今夜は泊まっていくといいわ」
言いながら、容子はソファの方へ目を向ける。甲洋も釣られて目線をやると、そこには仲良く寄り添って眠るショコラとクーの姿があった。いつもなら帰る頃合いを見て甲洋の足元にいるはずなのに、今夜はショコラもそういう気分なのかもしれない。一緒にご飯をもらい、腹も膨れて完全に熟睡モードに入っている。
「起こすのは可哀想よ。ね?」
小首を傾げるようにして笑った容子に甲洋もつい小さく笑い、今夜ばかりはお言葉に甘えることにした。
*
脱衣所は電気がつけっぱなしになっていた。浴室も曇りガラスの向こうは煌々と明かりがついており、湯気で白く煙っている。風呂蓋が開けっ放しになっているのだろう。
床には脱ぎ散らかした衣類が散乱しており、甲洋はやれやれと息をつきながらそれらを適当に拾い上げると、洗濯機の上に設置されたカゴの中にすべて放り込んだ。
服を脱ぎ、軽く畳むとカゴの横に置かせてもらった。泊まると言っても着替えの用意がないので、上がったらまたこれを着るより他にない。
浴室のドアを開け、真っ白い湯気と石鹸の香りが立ち込めるなか足を踏み入れた、その瞬間──
「わっ、なに!?」
という声がして、甲洋は思わず肩を跳ねさせながら息を呑んだ。
「!?」
そこには全身を泡まみれにした操の姿があった。床に直接ペタンと女の子のように座りこみ、目をまんまるにしてこちらを見上げている。
「なんで君が入ってくるの? ここぼくんちのお風呂だよ?」
まったく気がつかなかったことに、自分で驚く。彼はずいぶん前に風呂に行ったはずで、とっくに上がって自室に戻ったとばかり思いこんでいた。操も操で、甲洋はすでに帰宅したものと思っていたのだろう。不思議そうに首を傾げてキョトンとしている。
(うわ……)
その姿に、甲洋は言葉を失くして立ち尽くすことしかできなかった。
操とは幾度となく身体を重ねてきた仲だ。裸くらい見慣れているはずなのに、今の彼が晒す姿態は、あまりにも扇情的で目に毒すぎた。
少年と少女の境目で迷う肢体に、まとわりつく白い泡。胸や身体の中心の大事な場所が絶妙に隠され、見えそうで見えないその危うさに思わず喉を鳴らしてしまう。赤い頬に張りつく濡髪でさえも艶かしくて、みずみずしい色気がそこにはあった。
「ッ、ごめん」
このままでは非常に不味いことになる。変な気を起こす前に回れ右しようとした甲洋だったが、操の「待って!」という声に引き止められて、つい動きを止めてしまった。
「それよりこれ見て! これ! この四角い石鹸! こないだフリーマーケットで交換してきたやつ! すごくない!?」
「ッ、は……?」
「ほら! ほら! すっごい泡立つの! ぼく楽しくなっちゃって! ずっとスポンジであわあわしてたの!」
操は目をキラキラとさせ、固形石鹸とスポンジを両手でこねくり回している。モコモコモコッと真っ白な泡が膨らんで、床にまでモコモコが大量に流れだしていた。
すぐ横にはお湯が張られた風呂桶があり、水分がなくなるとそこにスポンジを突っ込んで、潤いを足すとまたモコモコさせる。
彼は今の今まで、ひたすら無心でこの作業に没頭していたのだろう。甲洋が気配すら察せないほど、それはそれは熱心に。身体はほとんど泡に埋もれているようなものだし、浴槽から上がる湯気もあいまって、外から見ると浴室全体が白く染まって見えたのだ。
これじゃ気づかなくても仕方ない──と、甲洋は心のなかで言い訳をした。
「わあぁ……すごいすごい! ねぇ、君もやりなよ!」
「いい。俺はもう出ていくから」
動揺していることを表に出せば、逆におかしな空気になりそうで嫌だった。平静をフル稼働で装いながら言うと、操が不満そうに唇を尖らせる。
「なんでぇ? 楽しいよ? 一緒にやろうよ」
「いいから。ゆっくり入ってていいから。じゃ、俺はこれで──」
踵を返そうとした、そのときだった。床にこんもりと山になっている泡に足が滑って、甲洋は一気に体勢を崩してしまった。
「──ッ!?」
とっさに後手にドアの取手を掴んだものの、バンッと音を立てて締まっただけで、180の長身は勢いよく前のめりに崩れ落ちる。
「えっ、ちょっと!? うわっ……!」
ペタンと床に座り込んでいた操は、迫ってくる甲洋から逃げようとしてとっさに腰を浮かせた。が、あまりにも一瞬のことで、とても間に合うはずがない。
「ッ──……!?」
操の背に覆いかぶさる形で倒れた身体に、凄まじい衝撃が走る。痛みともつかない電流のような感覚は、主に局部を中心として一気に全身に広がった。
「ぁ、え……?」
ふたり同時に呆然として、頭を白く染め上げる。信じられないことだが、甲洋のブツが操の尻に、それは見事にズップリと突き刺さっていた。
予期せぬラッキースケベに、密かに反応してしまっていた甲洋のイチモツ。あわあわのヌルヌル状態になっていた操の尻孔。ある意味、準備万端だったと言えなくもない(?)──が、こんな超展開、よく広告でありがちなエロ漫画でしかお目にかかったことがない。
「な、な、なに!? なんで!? なんでちんちん挿っちゃってんの!?」
思考が完全に停止している甲洋の下で、操が混乱しはじめる。
「ちょ待っ、く、来主、暴れな……ッ、あ、ぅ……っ」
「はぅッ、ん! ぁッ、ば、バカバカ! 動かないでぇっ!」
なにがなんだか分からないまま合体してしまったが、互いに知り尽くしている身体はあまりにも正直だった。身じろぎひとつで快感を拾いあげてしまう。もういっそのこと、このまま一発いたしてしまうより他にないのでは? と開き直りかけていたそのとき、
「甲洋くん、着替えここに置いておくわね」
と、曇りガラスの向こう側から声がした──。
「ッ!?」
「操の服だけど、少しサイズが大きいみたいなの。甲洋くんなら丁度いいと思うわ」
容子だ。わざわざ扉を開けるとは思えないが、隔たりは曇ったガラス扉一枚である。甲洋は背筋が凍りつくような感覚を味わい、とっさに操の身体を抱き込むと浴槽の中に飛び込んだ。
「ヒッ……~~っ!!」
ザブン、という大きな音が響き渡る。心で直接「ごめん」と謝罪しながら、その振動と衝撃に悲鳴をあげる寸前だった操の口を片手で塞ぐ。
「むぐ、ッ、う、ぅぅ……っ──ッ!」
「あら? もしかして操も一緒なのかしら?」
「す、すみません。ちょっと、はしゃいでしまって……」
「まぁ、そうなの? ふたりとも、遊んでないでちゃんとあったまらなきゃダメよ」
「はい……」
容子は微笑ましげに小さな笑い声をたて、「男の子がふたりいると大変ね」と言いながら去っていった。よもや男の子ふたりが性的に大変なことになっているとは思うまい。
脱衣所のドアが閉まる音を遠くに聞くと、甲洋はホッと深い息を漏らした。まだ心臓がバクバクしている。
「ごめん来主……いま抜くから……」
このまま一発どころの騒ぎではない。容子の声を聞いて正気を取り戻した甲洋は、操の口から手を外して自身を引き抜こうとした。今度こそ、そのまま浴室から出ていくつもりでいたのだが──。
「待っ、て! ダメ……!」
「ッ、く、来主?」
「いま、動いたら……ぁ、ダメ、ぇ……」
操は肩で激しく呼吸して、ブルブルと身を震わせていた。全身を薄紅色に染め上げて、背中を丸めながら浴槽の縁にしがみついている。甲洋は目を見張り、興味本位から操の中心に手を伸ばしてみた。ピンと張りつめ、かすかに脈打っているのが分かる。
甲洋のブツを腹に収めて、操の身体は完全に火がついていた。おそらく浴槽に飛び込む際、先端が彼の泣き所を突き上げてしまったのだろう。
「ばか、ぁ……こよの、ばかぁ……っ」
涙をいっぱいに溜めた瞳で睨まれて、いったん引きかけていた熱がカァッと頭のてっぺんまで駆けのぼる。同時にキュンキュンと締めつけてくる肉の感触に、甲洋は喉を鳴らして呼吸を震わせた。
「くるす……」
「やぁ、ん……ッ」
薄い胸を抱きしめて、耳の裏側に唇を押しつける。操の背が大きくしなり、甘ったるい声が浴室に反響した。
甲洋は片腕を伸ばし、シャワーの蛇口ハンドルを強くひねった。勢いよく噴きだすシャワーの音が大きく響き、浴室がさらに白く煙っていく。これなら少しくらい声をだしても、うまい具合に紛れるだろう。
「このまま、いい?」
一応は確認を入れると、操は潤んだ瞳を甲洋に向けながらこくんと頷いた。それを合図に唇を重ね、互いに舌を絡ませる。小さな舌を吸い上げながら軽く腰を揺らしただけで、操の喉からくぐもった可愛い悲鳴が漏れだした。
「ひゃぅ、んッ! ぁふ……ッ、ぁんっ、んっ、んっ……!」
はじめは小さく、ゆっくりと腰を揺らすと、操の腰も揺れだした。動きに合わせてお湯がタプンタプンと波打って、浴槽の外に溢れだす。
甲洋は操の身体が浮いてしまわないように両手で腰を掴むと、抽挿を深く大胆なものにしていった。穿てば穿つほど操が鳴いて、立ち上る熱気に脳が煮えていくようだった。
「はんッ、あ、ぁ! ん、きもち、ぃ……っ、ぁッ、お湯が、ナカにぃ……っ」
『 そんなに大きな声を出したら、容子さんに気づかれるよ 』
口には出さずに心の中で意地悪く囁くと、操はハッと息を呑んで首を左右に振った。
「やっ、やっ、ダメッ、おかぁさん、ダメなの……っ、お風呂で、こんなこと……悪い子って、思われちゃうよぉ……ッ」
『 なら、我慢しなきゃね 』
注意を促す言葉とは裏腹に、わざと弱い場所を狙って突き上げた。ビクン、と大きく身悶えた操が、背を反らして「きゃぅんっ」と甲高い悲鳴をあげる。
突きだされた胸に片手をやると、赤く尖った乳首のひとつを乳輪ごときゅっと摘み上げた。甲洋の肩に預けられた操の頭が、また嫌々と水滴を振りまきながら左右に振られる。
「はぅッ、ぁ! ァッ、そこダメ、いじめないで、引っ張っちゃ、やぁ……っ」
「まだ石鹸でヌルヌルしてる。逃げないで来主、うまく摘めない」
「ゃんッ、ァ……っ、きも、ち、ッ、ぁ、おかしく、なっちゃ……ッ」
粒だけを摘もうとしても、指先が滑ってうまくいかない。弾かれるたび、勃起した乳首がぷるんと跳ねる。もどかしい刺激に、甲洋を食いしめる孔が切なげに収縮していた。絡みつく肉襞のうねりに、漏れそうになった低い呻きをどうにか噛み殺す。
本当はもっとじっくりと味わいたいのに、限界はすぐそこまで近づいていた。いつまた容子が来るとも限らない状況で、お互いバカみたいに興奮している。
「やら、ぁッ、ぼく……ぼく、もぉ、とけちゃうぅ……っ」
操の下腹に片手の平を押しつけると、出たり挿ったりを繰り返す肉棒の感触が、薄い肉越しに生々しく伝わってくる。さらにぐっと押し当てて圧迫すれば、操が口の端から唾液を漏らしながら瞳を濁らせ、ガクガクと激しく痙攣しはじめた。
「ふぁ、ぁ、それッ、ぇ……あ゛ッ、お腹、お腹のなか、甲洋のが……っ」
「来主……」
「ゴリゴリするの……ッ、あづい、ぁう……ぁ、んあぁ……ッ」
止めどなく立ち込める湯気と熱気に、視界がチカチカと点滅をはじめる。湯船から溢れ出すほど浴槽に満ちていたお湯が、絶え間ない抽挿によって随分と減ってしまっていた。
甲洋は操の身体を抱きしめると、小さな屹立を右手にきゅっと閉じ込める。強く穿つのと同じ速度で扱きあげると、操が両手で自らの唇を強く塞いだ。
「くうぅッ、んぐっ、んッ、うぅぅぅ──……ッ!」
「ッ、──ぅ……っ、ぁ……ッ」
奥の深い場所を叩くのと同時に、手の中で操の幼い肉茎がピク、ピク、と痙攣した。放たれたささやかな白濁が、石鹸混じりのお湯の中で小刻みに吐きだされる。震える身体を掻き抱いて、甲洋も獣のように呻きながらすべてをナカに注ぎ込んだ。
*
その後、甲洋はすっかりのぼせてヘロヘロに伸びている操の身体を清めると、自分もシャワーを浴びて浴室を出た。
操は脱衣所の壁に背中を預け、床に両足を投げだしている。服を着せなければと思ったのだが、どこを探しても見当たらない。洗濯機の上には容子が用意してくれた甲洋の部屋着があるだけだ。
「来主、着替えは? どこ?」
「んぅ~……ない……」
「ない?」
「だぁってぼく、お風呂上がりは服着ないもん~」
「えぇ……?」
いくら彼が人の常識が通じない存在で、容子とは親子関係を築いているとはいえだ。女性と暮らす家で風呂上がりに裸でウロウロするなんて、甲洋には考えられない話だった。
だが、そうは言っても無いものは無いんだからしょうがない。甲洋は先にシャツとスウェットを着用すると、棚の中から適当に大判のタオルを引っ張りだした。操の全身をすっぽり包み込み、ぐにゃりと軟体生物のようになっている身体を抱き上げる。そしてそのまま、2階にある操の部屋までワープした。
「ほら来主、しゃんとして」
部屋の中はちょうど街灯の光が窓からさして、うっすら明るく照らされていた。甲洋はタオルでグルグル巻になっている操をベッドに横たえさせたが、にゅうっと出てきた両腕によって首を抱き込まれ、なかなか離してもらえない。
「ん~、ぼくもう無理……眠いの……」
「わかったから、その前に服を」
「ねぇ~、抱っこしてぇ……いっしょに寝……よ……」
散々グズったあと、操はそのまま寝息を立てはじめてしまった。こてん、と頭は枕に落ちたが、両腕は未だしっかりと首をホールドしている。甲洋は中腰のまま動けなくなってしまった。
「俺はまだやることがあるんだよ……」
できることなら自分も一緒に眠りにつきたいところだが、石鹸まみれの浴室をあのままにしておくことはできない。浴槽のお湯は抜いて軽く流してはきたものの、容子が入浴できる状態にまで戻しておく必要がある。つまり、一から掃除のやり直しだ。
甲洋は操の腕を慎重に外していくと、ぐしゃぐしゃのタオルを取り去ってから上掛けをそっとかぶせてやった。まだ少し赤いままの頬にふっと微笑み、前髪を優しく払うと額に小さなキスをする。
「おやすみ来主。抱っこしに戻ってくるから、いい子で待ってて」
好きな子が母親と暮らす家で、好きな子の母親に隠れて、好きな子とセックスをした。その業の深さを腹の底にずっしりと据え、甲洋は再び浴室に戻っていった。
*
朝。小鳥のさえずりを遠くに聞きながら、甲洋はふと目を覚ました。腕の中では操がまだ眠っている。軽く握りしめた手を唇に押しつけ、すぅすぅと寝息を立てていた。
そのあどけない寝顔に小さく笑い、起こしてしまわないようにゆっくりと身を起こす。
(そういえば、けっきょく裸のままだったな……)
操が服も着ずに力尽きてしまったのは、甲洋が無理をさせた結果でもある。
甲洋はベッドから抜けだすと、適当に操の服を見繕うことにした。起きたらすぐに着られるようにと気を回したつもりだったのだが、洋服タンスの一段目を引き出した瞬間、我が目を疑った。
「な、なんだ? これ……」
そこにはぎっしりと、女性物の下着が収まっていた。柄やフリルのついた可愛いものから、布面積が極めて小さいセクシーなものまで、それは見事に揃い踏みだった。
(な、なんでこんな……これ、まさかぜんぶ来主のなのか……!?)
完全に動揺している甲洋は、隠しきれない興味も手伝って、つい下着を手に取ってしまった。右手に白いフリルのTバック、左手には総レースの黒い紐パン。くしゃくしゃの状態で入っていたものだから、取り出す際に絡まった何着かがパサパサと床に散乱する。
あまりにも小さくて薄い布としか言い表せないそれらを見下ろし、愕然としながらもふと過去の出来事を思いだす。
確か以前、操はクマちゃんプリントのお子様パンツを嫌がって、容子にもっとセクシーな下着がいいとワガママを言っていた。あれから時が経ち、まさか本当にゲットしていたなんて。しかもこれほど大量に。
(こんなの、一体いつはく気だよ……?)
少なくとも、甲洋はまだ一度もお目にかかったことがない。事に及ぶ際には、無難な男性用下着を着用している姿しか見たことがなかった。
果たして彼はいつ、どのタイミングで、こんなセクシー下着をつける気でいるのだろうか。あるいは甲洋が知らないだけで、普段からちょいちょい身につけているのか。よく分からないが、なんにせよ──
(今度……見せてもらおう……)
そう心に決めたら、途端にソワソワと落ち着かない気持ちになってしまう。ついつい素人は黙っとれ顔で想像を巡らせていると、ふいにコンコンと扉をノックする音がしてギョッとした。
「ッ──!?」
「操、甲洋くん? 朝ご飯の用意ができたわ……よ……?」
ガチャリと開かれた扉から、容子がひょっこり顔を出した。両手にパンティを持って絶句する甲洋を見て、彼女もまた凍りついたように絶句する。
(う……嘘だろ……?)
なんとも形容しがたいムード。サーッと血の気が引いていく。もっとも見られてはいけない姿を見られてしまった。夢なら早く醒めてくれと願いながら硬直していると、「ふぁ~」という間抜けな声を漏らして操が起き上がった。
「よく寝たぁ。あ、おかぁさん、おはよー」
甲洋の全身に、ドッと嫌な汗が噴きだした。これはさらに不味いことになったような気がする。
容子の目からしたら、可愛い息子の部屋でパンティを両手に持った男が立ち尽くし、当の息子はベッドで素っ裸なのだ。あげく、床にまでパンティが散らばっている。どう控えめに見たって事案が発生しているようにしか見えない……というか、実際に発生しているのだからもはや釈明のしようがない。
(あ、終わった……)
天井を仰ぎ見て、深く息を吐きだした。すると異様な空気に首を傾げていた操が、甲洋が手にしているものを指差して「あー!」と眉を吊り上げる。
「なにしてんの君! それぼくの大事な秘密コレクションだよ! もしかして君もそれはきたいの!? 絶対ムリだよハミ出しちゃうもん!!」
「もっとややこしいことになるだろ! そんなわけあるか! っていうか、秘密にしとく気があるなら引き出しの一番上に入れとくな!」
珍しく声を荒げた甲洋は、顔面蒼白で震えながら恐る恐る容子を見た。ちなみにパンティは未だ両手にしっかり握りしめたままだ。すると彼女は、
「話はゆっくり聞かせてもらうわ。ちゃんと説明してくれるのよね? 甲洋くん」
と言って、にっこり笑った。
有無を言わさぬその圧に、甲洋はただ項垂れるようにして首を縦に振ることしかできなかった。
その後──。
甲洋は秘めていた操との関係を、すべてカミングアウトすることになった。
操は終始キョトンとしていたが、容子は「そんな気はしてたのよ」と言いながら、イタズラっぽく肩を揺らして笑っていた。
こうして二人は晴れて母親公認のもと、正式にお付き合いをすることになったのである。
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*目隠し、拘束、各種オモチャ、尿道責め、放置プレイなど欲張りセット。
*濁音喘ぎ、あからさまな淫語。
*二次エロはファンタジー。
「あっ!」
高く鋭い音を立て、床に落下した皿が粉々に飛び散った。空気まで一緒にひび割れたような感覚に、操は身をすくませる。
「またやっちゃったぁ……」
「来主、大丈夫か?」
その音に目を丸くして、カウンターの奥から出てきたのは一騎だった。彼は操が迂闊に破片に触れないよう、肩を抱いて一歩引かせると優しく笑って小首を傾げた。
「片付けは俺がするから。来主は下がってな」
「うん……」
「一騎、あまり来主を甘やかすな」
そこへ、休憩から戻った甲洋がバックヤードから姿を現した。後手に黒いエプロンの紐を結びながら、呆れた視線を向けてくる。
「今月に入ってから三枚目だよ。先月は五枚、先々月は四枚。この調子で、今月も記録を更新するつもり?」
チクチクと刺すような物言いに、操は喉の奥で「う」と呻いた。言われても仕方がないことだが、だからこそ反抗心を煽られる。
「ちょっと手が滑っただけなのに! そんなに言わなくたっていいじゃん!」
「気が緩んでる。緊張感がない証拠だよ」
「次は気をつけるってば!」
「それを聞くのも今月に入って三回目だ。いい? 今日のドングリはなし。それと店の掃除だ」
「えぇ!? またぼく一人でぇ!?」
それは皿割り常習犯の操に課せられたルールだった。皿を一枚割ると、その日は報酬のドングリがもらえない。
甲洋はドングリを探す天才だ。丸々としてずっしりと重たい、立派なドングリを操にくれる。自分で探そうとしても虫食いばかりで、痩せたものしか探せないから。だから操は甲洋がくれるドングリを、いつも楽しみにしているのだった。
ドングリは植えると芽が出て、いずれはクヌギという木に成長するらしい。つまり、たくさん植えれば森になる。自宅の庭が森になったら、母・容子はきっとビックリするだろう。その顔が見たくて日々せっせとドングリを集める操にとって、このペナルティはかなり厳しい。
しかも罰はそれだけじゃない。閉店後、普段なら時間短縮のために分担して済ませるところを、一人でこの店内の床磨きなどをさせられる。これがとにかく面倒くさいのだ。
「そんなの厳しすぎるって! こないだ一騎だってお皿一枚割ったじゃん! なのになんの罰もなしなんて、そんなのズルいよ!」
「それを言われると弱いな」
一騎が肩をヒョイとすくめて、恥ずかしそうに苦笑した。
「一騎はあの日たまたまミスをしただけだ。滅多にそんなことはしないし、猛省していた。ごめんなさいの一言もないお前と一緒にするな」
「ムキィィィ……ッ」
ド正論ほど腹が立つものはない。猿のように顔を真っ赤にして怒らせた肩を、一騎がポンと叩いて宥めてくる。けれど操のムカつきは収まらなかった。いま謝ろうと思っていたなんて、そんなことを言えばまたチクリと嫌味を刺されるだけだ。
ぐうの音も出ずに睨みつけるばかりの操に、甲洋は鼻から小さな息を漏らした。
「いつまでそうしてるつもり? そこは俺が片すから、お前は早く仕事に戻りな」
「~~ッ! ふんだ! 甲洋のバカ!」
軽くあごをしゃくるような仕草で向こうへ行けと命じられた操は、拙い捨て台詞を残すと大きな足音を立てて店の奥に引っ込んだ。
操が行ってしまうと、一騎がからかうような瞳を甲洋に向ける。
「破片の片付けは絶対にさせないんだよな、毎回」
「……危なっかしくて、見てられないよ」
そんなふたりの会話が、操の耳に届くことはなかったけれど。
*
「ただいまぁ……」
きっちり掃除を終えて帰宅した操を、容子がリビングから顔を出して迎えてくれた。
「おかえりなさい。遅かったのね」
「うん、ちょっと」
冴えない返事に、容子は心配そうに眉をひそめる。
「操、あなたまたお皿を割ったの?」
「な、なんで分かるの?」
「分かるわよ。帰りが遅い日はいつもそうでしょ?」
バレている。そりゃあそうだ。甲洋は基本的に操を遅くまで残らせることはしない。だからこうして帰りが遅くなる日は、決まってミスをしたときだけなのだ。
「あまり迷惑をかけてはダメよ。あなたは社会勉強をさせてもらっているのだから、ちゃんと甲洋くんの言うことを聞いて、」
「もう! お母さんまでうるさい! そんなこと分かってるよ!」
いつもなら素直に受け取れるはずの言葉も、今の操にはまるで追い打ちのように感じられた。つい腹を立ててしまい、顔を背けると二階の自室へ続く階段を駆け上がっていく。
反抗期さながらの操の態度に、容子は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに眉をハの字にして苦笑する。
「操、ご飯は? 先にお風呂にするの?」
「ご飯いらない! お風呂あとで!」
操が掃除をしているあいだ、一騎は新作カレーの開発を理由に居残っていた。それをたらふく試食させてもらったのだ。その場に甲洋もいたにはいたが、操は一言も口を利かずにそっぽを向いて帰ってきた。結局、最後までごめんなさいは言わないまま。
「なんでこうなるの? お母さんにまで八つ当たりしちゃったじゃん!」
バタン、と大きな音を立て、自室に戻った操はついヒステリーじみた声を上げる。明かりをつけると真っ先にベッドに向かい、枕元のクッションを床に投げつけた。
「ぜんぶ甲洋のせいだ! 甲洋のせいで、ぼくは悪い子になっちゃうんだ!」
それは操がミスを連発するからで、この状態はただ逆ギレしているだけだ。甲洋が言うことはいちいち正しくて、自分が悪いことくらいちゃんと理解しているつもりだけれど。
「……お母さんに謝らなきゃ」
しおしおとうなだれながら、操は投げつけたクッションを拾い上げるとベッドの縁に腰をおろした。クッションを抱きしめ、泣きそうな顔を埋める。
母に当たっても仕方がないのに。ひどいことを言ってしまった。だけど正しいことを言われると、なぜだか心がトゲトゲしてしまう。とりわけ甲洋に言われるとなおさらだった。
「もっと優しくしてくれたっていいのに」
操と甲洋は手を繋いだりキスをしたり、その先のことだってする仲である。つまりは特別な関係で、互いにそういうことをしたいと思う相手のことを、恋人と呼ぶらしい。
だったらもっと優しく接してくれてもいいと思うし、ちょっとくらい甘やかしてくれてもいいのではないかと、操は思う。
「甲洋はいちいち厳しすぎるんだ。嫌味ばっかりぐちゃぐちゃ言ってさ。それに──」
操の不満がこんなにも爆発しているのは、なにも今日あった出来事だけが原因ではなかった。その他にも要因があり、積もり積もって膨らみきってしまったのだ。
クッションから顔をあげ、ふくれっ面の操は壁にかかっているカレンダーに目線をやった。
「もうずっとエッチしてないじゃんか」
最後に甲洋とセックスをしてから、ずいぶん日にちが経っている。
あの男は基本的に、店が休みの日にしか手を出してこようとしない。その他はどんなにねだっても、「ダメだ」の一点張りでそっけなくされてしまう。
楽園は定休日というものを設けておらず、休みは不定期という自由なスタイルで運営されている。ここ最近は店を貸し切りたいという予約客がやけに多かったこともあり、休みがない状態が続いていた。おかげでめっきりご無沙汰だ。
せめてちょっとした隙を見てすり寄ってみても、仕事中にすることではないと冷たくあしらわれるばかり。閉店後はさっさと家に帰されるし、まったくそれらしいことをする暇がない。そのことに操は不満を募らせる一方だった。
「もっといっぱいしたいのに……」
操は甲洋に甘えるのが好きだ。特にセックスをするときの彼は、まるで操のことを宝物のように優しく扱ってくれる。普段は飴より鞭の方が多いだけに、あの瞬間が好きで好きで仕方なかった。心も身体も気持ちがよくて、嬉しいという感情でいっぱいになる。
だから毎日だってしたいのに、甲洋はちっとも好きにさせてくれない。そのくせ嫌味や小言は尽きなくて、厳しく接するばかりだった。
その点、一騎はいつだって優しくしてくれる。今日だって真っ先に来てくれたし、操を責めるようなことは一言も言わなかった。甲洋とは大違いだ。
「いいなぁ総士は。一騎といつも一緒でさ」
ぶぅと唇を膨らませ、クッションを抱いたままベッドに転がった。
一騎だったら、なんでも言うことを聞いてくれるのだろうか。なにをしたって許してくれて、どんなときも優しくて、キスもセックスも、したいときはいつだってしてくれるのだろうか。
「甲洋が一騎みたいだったらよかったのに……」
好きなときにくっつけないし、エッチもできない。二人っきりのときにしか甘やかしてくれなくて、他はダメだダメだと言うばかり。だんだんと、また腹が立ってくる。どうして自分ばかり、いつも我慢しなくちゃいけないのだろう。
だけど言葉でなにを言ったって敵わない。どうにかして甲洋を意のままにする手はないものかと考えて──
「そうだ! いいこと思いついちゃった!」
ふと名案を思いつき、ベッドから飛び起きるとクッションを投げだした。思い立ったら居ても立っても居られない。操は意気揚々と、ワープで家を飛び出した。
*
数日後──。
「やったー! お仕事終わり! 今日はお皿割らなかった!」
営業時間が終わり、全ての仕事を終わらせた操がバンザイをする。厨房を片していた一騎に「偉かったな」と褒められて、得意げに胸を張った。
「ぼくだってやればできるもんね!」
「それが当たり前だ」
が、カウンターで皿を磨いていた甲洋がすかさず水をさしてくる。操は思わずムッとしかけたが、すぐにニコリと笑うとそばに駆け寄り、背後からその腰に腕を回した。
「っ、危ないだろ」
危うく皿を落としそうになった甲洋が、眉間に深くシワを刻む。それでも振り払う素振りは見せない。営業時間外でもあるし、操は自分の仕事をしっかりと終わらせている。だからそれ以上の文句を言われることはなかった。
「明日は久しぶりにお休みだよね!」
「そうだけど?」
皿を磨きはじめる甲洋の耳元に、背伸びをして唇を近づける。
「じゃあ、今日はお泊りしてもいいでしょ?」
小声で問えば、甲洋はほんの少しの間のあとに「いいよ」と短く返事をした。普段は滅多に心を悟らせない甲洋だが、その瞬間だけはふっと緩みが生じたのが分かる。一騎もいる手前すぐに引き締められたが、操はそれだけで充分に嬉しさを感じた。
明日は久々の休日だ。一騎は総士を連れて、真矢と美羽も一緒に海へピクニックに行くらしい。操と甲洋も声をかけられたが、さりげなく断ったのは甲洋だった。それは甲洋も久々の休みをふたりで過ごすことを望んでいるからで、その意図に気づかないほど操だって鈍くない。だからこれ以上ないほど気分がよかった。今なら多少の嫌味くらい、余裕でスルーできそうなほど。
しかし、心に蓋をして悟らせたくないのは操も同じだった。気を抜くと思い切り開放してしまいそうなほど浮かれているが、そのせいで計画が漏れては台無しだ。操は今夜、甲洋にちょっとした悪戯を仕掛けるつもりでいるのだから。
「むふふふふ」
「……気持ち悪いよ、来主」
怪しい含み笑いに容赦なくジト目を食らったが、そんなことすらへっちゃらだった。
*
帰っていく一騎を見送ると、ふたりは二階にある甲洋の部屋へと向かった。
操の手にはサイズが大きめの、猫柄の巾着袋がぶら下がっている。扉を閉めるなり甲洋がチラリと不思議そうな目を向けてきたが、操は誤魔化すようにその首に抱きついた。
背伸びをしながら引き寄せて、ぶつけるみたいなキスをする。その性急さに、甲洋はふっと笑みを漏らした。
「あせらなくても時間はあるよ」
ふたりきりのときにしか見られない、甘ったるくて優しい笑顔。ひどく久しぶりに見た気がして嬉しくなる。
けれど操はツンと唇を尖らせて、上目遣いに甲洋を軽く睨んでやった。
「だってずっと我慢してたんだもん。ほんとはもっとしたいのに」
「それどころじゃなかったろ。仕事に支障が出れば大変だ」
「君は真面目すぎるんだ。少しくらいなら別にいいじゃん」
「ダメだ。仕事とプライベートはちゃんと分けろ。それができないなら、」
「もう! そういうのいいから、早くしようよ!」
放っておくとまた小言が始まりそうだ。こんなときまでご免だと、操は少し焦りながら甲洋をベッドに引っ張っていく。
「風呂は?」
「そんなのいい! ねぇ早く」
急かす操に苦笑して、甲洋がようやく手を伸ばす。両肩に大きな手がかぶさり、唇を重ねながら並んでベッドに腰掛けた。巾着袋の紐が、操の手首からすり抜ける。
「んんっ、ふ……っ」
忍び込んできた舌を受け入れ、鼻から抜けるような声を漏らした。水音を立てながら競うように舌を絡ませ、互いに服の上から身体をまさぐる。胸や脇腹に大きな手のひらを滑らされ、操の身体がピクンと跳ねた。
「はぁ、ん……!」
芯から込み上げた熱に息が上がり、頬が紅潮する。頭がぼうっと霧がかるのを感じて、操は内心ハッとした。これじゃマズい。夢中になりかけて、うっかり計画を忘れるところだった。互いに無防備になっている今は、仕掛けるのに絶好のチャンスでもある。
操はすぐ脇にある巾着袋にさりげなく片手をやりながら、顔の角度を変えると甲洋の下唇に吸いついた。
「んっ……!」
甲洋の肩がわずかに震えた。その隙をつき、操は巾着袋から抜き取ったものを素早く甲洋の手首の片方に引っ掛ける。
──カシャン
「ッ!」
響き渡った無機質な音に、甲洋が息を呑む。唇が離れ、目と目が合うと操はニンマリ微笑んだ。
「これは? どういうつもり?」
短く息を漏らし、甲洋がじっとりとした眼差しを向けてくる。操がその手首の片方にハメたのは、安っぽいオモチャの手錠だ。オモチャとはいえそれなりに頑丈で、よくできた代物だった。
「甲洋が悪いんだよ。ダメダメばっかで、ぼくの言うことぜんぜん聞いてくれないから」
操はしたり顔で言うと、手錠のもう片方を格子パネルになっているベッドの背もたれに引っ掛け、固定した。
「だから今日は、ぼくが君を好きに食べちゃう日。いいでしょ?」
手錠に繋がれた甲洋の白い手首に、ゾクゾクとしたものが込み上げる。普段の生活だけじゃない。思えばセックスをするときだって、まともに主導権を握らされたことはなかった。だから今夜は思う存分、甲洋を翻弄してやりたい。
ワープで逃げられてしまえばそれまでだが、そんな気を起こす前に気持ちいいことをたくさん仕掛けて、余裕をなくしてやればいいだけだ。操だって、彼のイイところくらい知っている。
「ッ、ん……」
指先を耳たぶに滑らせて、裏側を軽く引っ掻いた。甲洋がかすかに震え、目を閉じながら顔を背ける。耐えるようにぐっと上下した喉仏に、異様なほど興奮した。
「それが嫌なら、一騎みたいにもっとぼくに優しくしてよ」
わざと意地悪く煽るような言い方をすると、うっすらと赤らんだ目元で軽く睨まれた。
「一騎みたいに? お前のことを?」
押し殺したような低い声。その瞳がスッと細められたのを見て、なぜだか背筋が冷たくなった。たったそれだけで気圧されたような気分になって、操は思わず肩をすくませる。けれど優位に立っているのはこっちなのだからと、気を取り直して鼻を鳴らした。
「そうだよ。だって一騎は小言も嫌味も言わないし。お皿割っても優しいもん。君とはぜんぜん大違い。甲洋が一騎だったらよかったのに」
ツンとそっぽを向きながら、今のは少し言い過ぎたかなぁなんて思いはしたが、そのときにはもう空気が凍りついていた。操はギクリとしながら甲洋を見る。
深く溜息をつき、彼は心底あきれ果てたという顔をしていた。不愉快だという感情を、今の甲洋は隠しもしない。彼がこれほど明確に心を悟らせるのは珍しかった。
「……少しくらいなら、好きに遊ばせてやろうかと思ってたけど」
「え?」
「気が変わったよ」
甲洋は手錠で繋がれていない方の手を、スッと操の目の前に持ち上げた。その指先には、小さな鍵が摘まれている。
「な、なんで!? なんで君がそれを持ってるの!?」
操はとっさに両手で自分の胸をまさぐった。無い。どこにも無い。シャツの胸ポケットに、こっそり隠し持っていたはずの手錠の鍵が。
「様子がおかしいと思ったら。なかなか面白いことを考えたな」
甲洋が長い足を組み、手のひらで鍵を弄ぶ。
「あっ、もしかしてさっき……!」
軽く混乱しながらも、操はさっきのキスを思いだした。彼は口づけを深くしながら、操の胸や脇腹をまさぐっていた。あくまで偶然だったのだろうが、そこで胸ポケットにある鍵の存在に気づき、知らぬ間に抜き取っていたのだ。
操はキスに溺れかけていて、そのことにまったく気がついていなかった。
「詰めが甘いよ、来主」
「か、返して!」
取り返そうと手を伸ばしたが、甲洋は鍵を握りしめると遠ざけてしまう。
「返してよぉ! それはぼくのなんだからぁ!」
「いいよ。これを外した後でね」
余裕の笑みが腹立たしかった。今にも飛びかかってやろうとしたけれど、その寸前で手早く解錠されてしまう。自由になった片手を軽く振りながら、甲洋は感心したように「けっこう頑丈だな」と呟いた。
終わった、と操は思う。優位に立っていたつもりが、最初から手のひらで遊ばれていたのは自分の方だった。ここからまた形勢を立て直すのは難しいだろう。きっと今からこってり絞られるに違いない。最悪、朝まで説教コースになる可能性だってある。
「もぉー! なんでぇ!? なんでうまくいかないのぉ!?」
悔しすぎて泣きそうになる。操は癇癪を起こした子供のように声を張り上げ、頭を抱えるとぐしゃぐしゃと髪を乱した。
甲洋は辟易とした様子で嘆息を漏らし、ベッドの端に置き去りにされていた猫柄の巾着袋を引き寄せた。
「それで? いかにも怪しいこれはなに?」
「あっ! それダメ!」
サァッと青褪めた操を尻目に、甲洋は中身を全てベッドの中央にぶちまける。
「うわ……」
出てきた品々を見て、甲洋が珍しく顔を引き攣らせる。操はいよいよ両手で顔を覆い、無駄に終わってしまったアイテムたちへの虚しさを嘆いた。
「あぁ~……お母さんからもらったお小遣い、残ってたのぜんぶ使い果たしたのにぃ……」
袋から出てきたのは、ピンクローターが5つと綿素材のSM用ロープ、黒い目隠しと白いギャグボール、そしてシリコン製のコックリング。挙句の果てにはバイブ機能がついた黒いブジーと、チューブ付きのシリンジが潤滑剤とセットになっているものまであった。
「まさかお前……これを全て俺に使おうとしてたのか……?」
そのえげつないラインナップに、さすがの甲洋も顔色をなくしていた。呆れさせたことはあっても、ここまでドン引きさせたことはない。こうなるとさすがに恥ずかしくなってきた操は、顔を真っ赤にしながら逆に開き直ってしまった。
「そうだよ! これで君のことヒンヒン言わせようと思ってたのに! 台無しだよ!」
「頭どうかしてるぞ……これ全部、わざわざ闇市で買ってきたのか……?」
大きく鼻をすすりながら、こくんと頷く。
数日前の夜、ふと閃いた操が向かった先は、鈴村神社からほど近い商店街の路地裏だった。昼間でも薄暗いその場所には、真夜中になると小さなライトが灯される。そこで密かに開かれているのが、大人たちのあいだで闇市と呼ばれている店だった。
海神島では鈴村神社で開催されるフリーマーケットとは別に、昼間の時間帯には扱えない商品を売る店が、ひっそりと存在していた。それが闇市だ。そこではこういったアダルトグッズの類──もちろん新品──や、エロ本などの性的嗜好品が数多く売られている。
ささやかなライトの下にはレジャーシートが敷かれ、所狭しと怪しげな品々が並べられていた。店には帽子を目深にかぶった男がアウトドアチェアに腰掛けているだけで、他に客はいなかった。操はその中から直感で幾つかアイテムを選び、購入したのだ。
使い方を知っていたわけではないが、そこは甲洋の身体を使って試してみればいっか、くらいの軽いノリだった。
「そんなところに一人で行くな」
「だぁって君、行きたいって言っても連れてってくれないじゃん」
「当たり前だ。必要があるとは思えない」
その冷めた口調に、操は唇を尖らせた。出だしの甘い雰囲気はどこへやら、甲洋には普段の手厳しさが戻ってしまっている。
面白くない。せっかく買い揃えたものも無駄になってしまい、操は「あーぁ」と言って肩を落とした。
「つまんない。これでめちゃくちゃにしてやろうと思ってたのに。ぜーんぶ無駄になっちゃった」
「……そうでもないさ」
「えぇ~? なに、ぁ、わっ」
手首を掴まれると引き寄せられて、しっかりと肩を抱き込まれる。ポカンとしながら見上げる操に、甲洋は目を細めて微笑んだ。
「これでめちゃくちゃにされたかったのは、来主のほうだろ?」
「ッ、は? なに言ってんの? そんなわけないじゃん」
「本当に?」
「……なんで? なんでそんなこと……だって、これはぜんぶ君に……」
どうしてか、最後まで言えずに言葉を詰まらせてしまう。操は計画が失敗したときのことを、まるで考えていなかったのだ。甲洋を拘束して、いつも自分がされているみたいにいっぱい気持ちよくして、焦らして焦らして追い詰めてやろうと思っていた。
その頭しかなかったはずなのに、なぜか強く否定することができない。そんな自分への戸惑いに目をそらせば、ベッドの上には大人のオモチャが散乱している。無意識にこくんと喉が鳴った。
(これ、どんなふうに使うんだろ。使ったらどうなるのかな? 気持ちよく、なるのかな……?)
急に心臓がうるさく騒ぎだす。
「試せばいいさ」
操の心を読み取った甲洋が、耳元で吐息混じりに囁きかける。ビクンと肩を跳ねさせて、潤んだ瞳をおずおずと向けた。戸惑いと不安と、期待と恐れ。様々なものが入り混じって揺れる瞳を覗き込み、甲洋が妖しく笑みを浮かべた。
「俺は一騎みたいに優しくないから。だからあいつが、お前相手には絶対にしないようなことを、してあげる」
*
裸に剥かれた操は目隠しをされ、ベッドの背もたれに手錠のチェーンを引っ掛ける形で両手首を拘束されていた。
両足は太ももの裏にふくらはぎがぴったりくっつくように折りたたまれて、膝横と足首辺りを縄で縛りつけられている。巻きつけた部分を束ねて閂状に固定すると、そこからさらにロープを通して背もたれの格子にそれぞれ括りつけられた。M字に開脚する臀部から腰の下には何枚ものタオルが重ねて敷かれ、クッション代わりになっている。
「縄が綿素材でよかった。痕も残りにくいし、痛くないだろ?」
「ね、ねぇ甲洋……ぼく今どうなってるの?」
操はすっかり目隠しをされているため、視覚情報の一切を遮断されている。甲洋の心を読もうにも厚い壁が張り巡らされ、自分がどんな状態でいるのかさえよく分からない。
「なかなか似合ってるよ、来主。いい眺め」
「やっぱやめようよ……なんか嫌だ。もうやめたい」
目も見えず、心も読めないとなると不安だけが増すばかりだ。ここまでおとなしくはしていたものの、今さら後悔が押し寄せてくる。
「やめるもなにも」
音と気配だけで、甲洋がすぐ脇に腰を下ろしたことだけはかろうじて伝わった。それだけで、身体がビクンと跳ねてしまう。
「まだ始まってすらいないよ」
甲洋がそう言ったと同時に、ローターの低いモーター音が唸りをあげはじめた。ドキリとして身を強張らせる操の耳元まで近づいて、耳の穴に触れるか触れないかのところで耳たぶをくすぐりはじめる。
「やっ、やだ! くすぐったい……っ!」
振動と一緒に、頭の中にまで直にモーター音が響き渡るようだった。逃れようとして身をよじると、両腕を拘束している手錠がガチャガチャと音を立てる。それらの無機質な音にまぎれて、甲洋が小さく笑った気がした。
「どんな感じ?」
耳の穴をつついていたローターの先端が、頬の輪郭なぞって首筋を伝っていく。鎖骨をたどり、やがて乳首に触れると乳輪をなぞるようにクルクルと動いた。
「やぁっ、ぁ! んっ……わかんない、よ……っ」
左右の乳首をゆるゆると交互に刺激する振動に、操は皮膚をざわざわと粟立てた。その動きは決して一定のものではなくて、片方をやけにしつこくいじっていたかと思えば、もう片方はかすめる程度につつくだけと、まるで予測がつかない。
視界を遮られているからこそ神経が余計に研ぎ澄まされて、振動になぶられる肌が敏感になっていく。
「乳首が勃ってる。ずいぶん気に入ったように見えるけど?」
「んっ、んっ、ぁッ、ち、ちが、ぅ……変な、感じ……あっ、ジンジン、してきちゃ……っ」
「もう腰が揺れてるよ。そんなにこれが好き?」
「ち、ちがうもん! ……っ、ぁ、こんなのぼく、好きじゃな……ぁ、んんっ」
不思議なことに、甲洋の言葉ひとつひとつがいつもの何倍も意地悪く聞こえてしまう。けれどもっと不思議なのは、そのことに異常なまでに興奮を覚えていることだった。
「嘘が下手だな、来主は。こんなに乳首をパンパンにしてるくせに──ああ、そうだ」
こころなしか、甲洋の言葉選びもいつもよりわざとらしく、あからさまに聞こえる。彼はいったんそこを離れたかと思うと、カタカタと音をさせながら何かを探る気配を見せた。
モーター音が止まり、ローター責めから開放された操は少しだけ安堵して息をつく。けれどすぐにまたローターが乳首に押し当てられて、そのままピタリと固定された。
「なっ、なに!? なにしてるの!?」
「気に入ったみたいだからさ。ほら、これをテープでこうすれば……」
「や、やだやだ! あっ、ね、ねぇ! ねぇってば!」
もう片方の乳首にも同様にローターが押し当てられ、ぴったりとテープで貼り付けられるのが分かる。なにをされるのか予想がついて、操は拘束された両足で必死にもがくが、ただ悪戯に格子パネルが軋んだ音を立てるだけだった。
「これならずっと遊べるだろ?」
「や……っ!?」
甲洋が二つになったローターのスイッチを同時に入れた。あの独特なモーター音と振動が、それぞれの乳首で唸りだす。
「んんっ、ぁ、ぁ、やだ……っ、や、これ、とって、とってぇ……っ」
薄い胸の上で、張りついたローターが『弱』のまま延々と振動を繰り返す。そのもどかしさに操は悶え、悩ましく身をよじった。弱い振動はじれったく神経を苛むばかりで、決定的な快感には至らない。それがより一層、ジワジワと炙るように性感を高めていく。
「はぁっ、ぅ、んッ……こ、よ、おねが……ッ、も、や……っ」
「あせるなよ。時間はあるって言っただろ?」
両腕を乱暴に動かして、手錠を鳴らした。けれど甲洋はそれらの訴えをまるで無視して、別のアイテムに手を伸ばす。包装を解く音だけを聞きながら、次に彼がなにをするつもりでいるのか、操にはまったく想像がつかなかった。
「尿道ブジー、ね。知らずに買ったんだろうけど……これは玄人向けのアイテムだよ」
「うぅー、もうやだぁ! ねぇ甲洋、こんなのやめて普通にしてよぉ!」
「これは躾だよ、来主。普通にしたんじゃ意味がない」
身から出た錆だしねと、そう付け加えた甲洋の声は楽しげだ。
「ローションかと思ったけど、これは滅菌用のジェルなのか。これをこの50mlのシリンジに入れて、尿道に注入するわけだ」
「んッ、ぁ……ねぇ、なにする、の……?」
「痛みを感じなくするためのジェルだよ。これをオシッコをするための穴に入れるんだってさ。ローションよりだいぶ固めだな……待って、今シリンジに移すから」
甲洋は説明書に目を通しながら作業にあたっているようだ。独り言も織り交ぜながら、まるで実況するかのように事細かに、今なにをしているのかを説明していく。けれど操はそれどころではなかった。とにかく早くローターを止めてほしい。こうしている間にも、小さな火に炙られているようだった。
暴れようとしたせいで両足を縛る縄がより肌に食い込み、そのかすかな痛みにすら身体が疼く。
「来主、あまり勃起させないで。勃った状態だと、ブジーの挿入時に痛むらしいから」
「そん、なっ、こと! 言われたってぇ!」
「……あぁ、ちょっと遅かったかな。少し勃ってる。でもまだ柔らかいね」
「アッ、待っ! 今ちんちん触ったら感じちゃうぅ!」
「我慢」
「~~っ!!」
無茶な話だ。操の身体はすっかり興奮しているし、やめてほしいと思いながらも早く気持ちよくなりたくてウズウズしている。我慢なんてできるわけがない。
甲洋は操の半勃ちの幹に手を添えると、もはや先走りで湿った鈴口に手早くなにかを押し当てた。そしてそれを、なんの一言もなしにぐっと穴に押し込んだ。
「ヒッ、ぃ……ッ、──!?」
まともに声も上げられないまま、操の身体がビクンと跳ねる。ささやかな穴に通されたのは、太さが4ミリ程度の細い管だ。痛みはなかったが、初めての感覚にショックが大きい。
その異物感の凄まじさが急に恐ろしくなってきて、操は歯の根をカチカチと鳴らした。
「これ自体は医療用だよ。痛くなかったろ?」
「や、だ……抜い、て、抜いて、お願い……」
「ジェルを入れたらね」
甲洋がシリンジの押し子に力を込めるのが、性器を通して伝わってくる。次の瞬間、尿道を逆流して冷たいジェルが注入された。
「うあぁッ、ぁ、ヒッ!? やめ、アッ、つめ、た、冷たいぃ……ッ!」
「まだ半分も入ってないよ。全部イケそう?」
「むっ、むり! むり! ぜったい無理ぃ!」
固めのジェルは、狭すぎる道を無理やりこじ開けるようにして逆流していく。ジワジワと内部を満たし、深い場所にまで溜まっていくような感覚に、操は髪を振り乱した。
冷えた感触は徐々に焼けるような熱に変わっていく。甲洋が押し子に力をかければかけるほど、注入されたジェルは膀胱を満たし、ぐるぐると暴れまわった。
「ぁぐ、ぅッ、うぅ……ッ、やだっ、これやだ……っ、やら、ぁ……もう、やめ……ッ」
「……ぜんぶ入った。気分はどう?」
「あぁ、う、ぅ……! あつ、い……奥が、熱くて、膨らんで……苦し、い」
「その割には気持ちよさそうに勃起してるよ。我慢しろって言ったのに」
甲洋がフッと笑って、ギリギリまで押し込んだシリンジの押し子をぐんと引きはじめた。その瞬間、操の口から絶叫じみた悲鳴が漏れる。
「はぎッ、ィ、ぁッ──!? や、やッ、あああぁぁ……──ッ!?」
細い尿道からジェルが吸い出される感覚は、まるで強制的に射精させられているようだった。しかも普通の射精じゃない。狭い通り道に固めのジェルがプツプツとダマになりながら排出されて、通常の射精では決して得られない過ぎた快感を味わわされる。
「あ゛ぁぁーッ、ぁ゛っ、あ゛ぁッ、なにごれッ、イグッ、イグぅ──~~ッ!!」
成す術もなく絶頂を迎えた操の白濁が、透明なジェルと混ざって吸い上げられる。ドクン、という大きな衝撃が身体全体に走り、噴きだす精液の勢いに押されてチューブが抜けた。ちゅぽん、という間抜けな音が響き渡る。
「うあぁっ、あ゛ッ! あぁーっ! ぁっ、いやあぁ……! ぁ゛ッ、とまっ、な……っ、しゃせぇ、とまんないぃ……っ!!」
ようやくまともに開放を許された性器からは、絶え間なくジェルと混ざりあった白濁が撒き散らされた。拘束された不自由な身体をビクビクと跳ねさせながら、どこからどこまでが絶頂なのか、あるいは余韻なのかが分からなくなる。
「凄いイキ方。そんなによかった?」
「ッ、ぁ……あぁー……ッ、ぁ、ぁ、ぁー……っ」
意識が白く弾けたまま、どこか遠くに飛んでいくのを感じた。すべてを吐きだしきったあとも、断続的な痙攣が止まらない。
甲洋は操の髪をサラリと撫でて、また笑った。
「来主、しっかりして。ここからだよ」
「っ、ぁ……? う、そ……まだ、するの……?」
「お前のここはまだ足りないって言ってるよ」
大量の射精を終えた操の肉茎は、萎れかけてはいたがまだ幾らかの弾力を帯びていた。甲洋はそれを軽く握り、糸を引く鈴口を親指の腹でクリクリと撫で擦る。
「あっ、やッ、やあぁ……っ」
「パクパクして、中が見えそうになってる。恥ずかしいな」
「見ちゃいや、見ないで……ッ、おちんちんの中、見たらダメぇ……!」
「なら栓をしないとね」
甲洋がまた動き出す気配がした。過ぎた快感から戻りきれないでいる操は、それでもなお終わりが見えないことに絶望感を味わう。
「甲洋、いや……っ」
「暴れると怪我するよ。痛い思いをするのが嫌なら、おとなしくしてて」
「ッ……!」
優しげに聞こえて、その声には圧がある。操はヒュウと息を呑み、抜けきらない余韻と恐怖に、身体を震えさせた。
「アッ、っ……!」
鈴口に、細長くしなるブジーの先端があてがわれた。容赦なく穴に差し込まれ、チューブのときと同様に操の身体がビクンと跳ねる。けれどさっきと違うのは、それがチューブよりもほんの僅かに太いということ。そして、ブツブツとまるでビーズが連なっているかのような形状をしているということだった。
「あ、あ、アッ、やだ、やだぁ……ッ、ぁ、痛いよっ、もういれちゃダメぇ……ッ!」
「だから勃起させるなってば。せっかく少し萎れてたのに」
「あぁーっ、あ、あぁぁ……っ、ぁ、ふか、い、ッ、深いの、こわいよぉ……っ!」
ブジーはチューブが差し込まれていた位置をとうに過ぎ、穴の奥へと侵入していく。中に残っているジェルの力を借りて、ズルズルと最奥へ到達した。その瞬間、腹の奥底でじわりと広がるような熱が灯った。
「ぁ、ヒッ……!? やだ、なに……!?」
「この長さがぜんぶ入った。奥が熱い?」
声も出せずに、操はただこくこくと何度も頷く。
「なら、少しノックしてみようか?」
「ッ、?」
鈴口から飛び出しているブジーの先端には、小さな楕円形のスイッチがついている。甲洋はその頭を指先でコツコツと叩いた。すると内部にあるブジーの先端によって、尿道側から前立腺をノックされ、操の腰がビクビクと跳ね上がる。
「あぅッ、あっ、あ゛ぁッ……! やめ、やだ、奥だめっ、コンコンしないれぇッ!」
甲洋は小さな幹をしっかり掴み、ブジーを幾度か抜き差しした。そこはもはやジェルで味わわされた快感に味をしめていて、内壁を擦られながら前立腺を押しつぶされる感覚に、射精したい欲が押し寄せる。けれど尿道はブジーによって塞がれており、出すことは叶わない。それでも極致の波は容赦なく襲いかかってきた。
「ひィッ、ぁ゛ッ、イぐッ、イ゙ぐッ! イッ……──ッ!」
「待ぁて」
「ッ゛~~っ……!!」
犬や猫をたしなめるような声音で命じ、甲洋がイク寸前で刺激する手を止めてしまう。
「やっ、なん、で? やだ……イキたい、イキたいよぉっ!!」
「ダメだ。お前、今メスイキしようとしただろ?」
「ッ、? メス、い……?」
「俺がいいって言うまで、絶対イクな。しばらくこのままじっとして」
「そっ、そんなの無理! 無理だよぉっ!」
操の身体は絶頂する寸前の強張りが解けないままだ。プツ、プツ、とブジーが勝手に押し出され、その感覚だけで果ててしまいそうになっている。
「もう緩くなった? 随分だらしない穴だな」
甲洋はわざとらしい溜息をつき、ブジーをぐっと押し込んだ。
「ひあぁッ、ぁぐぅっ……!」
「イ、ク、な。何度も言わせるなよ」
「ぃぎ……ッ、ぃ、ひ……っ」
全身をガチガチと震わせて、歯を食いしばる。甲洋はブジーが抜けてしまわぬよう、オウトツが浅い亀頭部分にコックリングをハメて固定してしまった。あと一歩で手が届きそうなのに、せき止められた血流が絶頂を掴ませてくれない。
「ぁ、ぐ……っ、ぁ゛……も、む、り……」
「まだだよ来主。ローターだって余ってる。こっちだってそろそろ寂しいだろ?」
甲洋の指先が、ジェルと体液でぐちゃぐちゃになった尻の孔に這わされる。指を押し込まれ、ねっとりと浅い部分を掻き回された。
「やぁあっ! こうよ、っ、や、あうぅ……っ!!」
不格好に尻を振り、逃れようとする動きを見せる操の耳に、クスリと笑う甲洋の声が聞こえる。彼はあっさり指を引き抜いてしまうと、余っているローターの一つをヒクつく孔に宛てがい、ぐっとナカに押し込んだ。
「ヒィッ、ぁ!? やぁ……っ、い、いれないでぇッ!」
「簡単に入っていくよ。あと二つ」
「やだッ、いやぁ……っ!」
残り二つを、立て続けに入れられた。それだけで、操の狭いナカはいっぱいになってしまう。けれどそこに甲洋の長い指も一緒に潜り込んできて、また中をかき回された。バラバラに動く異物が、濡れた肉の壁を不規則に擦る。
「い、ぁ゛……やめ、お腹、苦しいっ、甲洋……っ!」
「普段もっと太いのを挿れてるだろ? 来主ならすぐに慣れるよ」
操の訴えを袖にして、彼は指を引き抜くと容赦なく三つのローターのスイッチを入れていった。
「ッ~~!? ぁ゛ッ、……ッ、んくっ、ぁ! やあぁ……ッ!」
胸とは違い、それは最初から『強』に設定されているようだった。三つのローターはナカで激しく振動し、互いに擦れ合い、より振動を強くする。モーター音が腹の奥で低く唸りをあげて、ナカを激しく暴れまわった。
「さて、じゃあ次はこっちだ」
次に甲洋がしたのは、ブジーについているバイブのスイッチを入れることだった。カチッという音が無情にも鳴り響き、ナカのブジーが振動をはじめる。その瞬間、操はバチバチと視界が白く弾けるのを見た。
「ッ、!? ィ゛、……ッ、──!?」
ブジーは繊細な尿道で激しく震え、その震えは先端から前立腺を刺激する。さらに裏側からはローターが圧迫しており、二つの刺激によって前後から同時に前立腺を責め苛む。
「ぁ゛ッ、あ゛あァ──ッ! ぁ゛んぐッ、あ、ぁ──!! もッ、ごわれる!! ごわれるぅ゛ッ、! 抜いで、抜い、ッ! ん゛んぅ、ア゛ぁ…──ッ!!」
内ももは激しく痙攣し、頭上では手錠が酷い金属音を奏でていた。閉じることができない口から唾液を漏らし、それだけでは足りずに舌まで突き出すようにしながら、延々と繰り返される快楽に身を焼かれる。
雁首でせき止められ、パンパンに赤く膨れ上がった性器はぴったりと腹にくっついて、小魚のように跳ねていた。
「凄い反応。逆に気の毒になってくるよ」
「やべでッ、もうやべでぇッ……! こうよ、ヒぎッ、ぃ゛……っ、ぁ゛ぐうぅぅっ!!」
「ひどい声だな。もっと聞いていたいけど」
甲洋が一つだけ残ったギャグボールを手に取った。
「どうせだから、これも使おうか」
唾液と共に絶叫を撒き散らす操の口に、丸い球体が噛まされる。ベルト部分を首の後ろで固定され、まともに喘ぐことすらできなくなった。
「んぶぅッ、んぉッ、お゛ぉア゛ァッ、ん、ぶッ……ふ、ぅ゛──……っ!!」
よりいっそう品のない悲鳴があがり、甲洋が満足そうに笑う吐息が聞こえる。すぐ脇でベッドの縁が軋み、目の前で顔を覗き込まれているのが、突き刺さる視線で察することができた。操は呻きを上げながら、激しく首を左右に振った。
「ごあえぅッ、ごあぇひゃうぅ! ほぉア゛ぇへえッ……!!」
「なに言ってるか分からないよ」
甲洋がまた笑った。操は心の中で、何度もやめてと叫びをあげた。このままでは壊れてしまう。気が狂って、戻れなくなる。一分でも一秒でも、この快楽責めには耐えられない。
全て聞き取っているはずなのに、甲洋はその訴えに答えようとはしなかった。代わりに、囁くような声で「三枚だよ」と、言った。
「~~ッ、!?」
「今月、来主が割った皿の数。ドングリ三個分だ」
振動と共にビクビクと跳ねている腫れた屹立を、指先がつうっと撫であげる。
「その分を引かれるのが不満なら、代わりにこのまま堪えてごらん」
「うぶぅぅッ! ぅぐうぅぅぅーッ!!」
また少しベッドが軋んだ。甲洋の気配が離れるのを感じて、操は半狂乱になりながら髪を振り乱した。
「俺は下にいるから。三時間したら戻ってくるよ」
(待って! 待って甲洋! 嘘でしょ!? やだ……ッ、ぼくを置いて行かないで!!)
「飛ぶなよ、来主」
その言葉には、二つの意味が込められている。決してワープで逃げようなんて考えは起こすなということ、そして意識を保ったままでいろということ。
言葉だけで絶対的な圧をかけ、甲洋の声はその後いっさい聞こえなくなった。扉を開け締めする音は聞こえなかったから、ワープで部屋を出ていったのかもしれない。けれど視界を遮られている以上、本当にいなくなったのかどうかすら操には判断がつかなかった。
どちらにせよ、この地獄のような責めから開放されるのは、まだずっと先なのだ。三時間と、甲洋は言っていた。割った皿、三枚分。突き落とされるような絶望感に、操はただ泣いて呻くことしかできない。
「ううぅーッ、ぉ゛ッ、……ッ、ぉ゛あッ、ア゛ッ、おぁぁッ……ッ!!」
胸と、ナカと、性器に差し込まれたバイブは延々と唸りを上げている。足をガクガクと動かし、ロープを引き千切ろうとしてもビクともしない。荒れ狂う快感の激流が、操の神経を焼き切ろうとしている。
(壊れる、壊れる……! 助けて、怖い、助けて甲洋ぉ……っ!!)
目隠しは操の涙でぐしゃぐしゃになっていた。点々と空いたギャグボールの空気穴からは、絶えず唾液が溢れ出る。身をよじればよじるほど、ナカでローターが暴れまわった。前立腺を激しい振動がこねくり回し、張り詰めた性器が弾けそうになっている。
けれど尿道は塞がれて、射精はできない。イクことができない、はずなのに。
「ぁ゛っ、ぇ……ッ、~~ぉ゛、ッ゛……ッ!!」
操の中で、なにかが決壊した。呼吸すら忘れて、大きな波に飲み込まれる。性器がグン、と大きくしなった。そのままビクビクと痙攣を繰り返し、爆ぜるような快感が噴き出した。
(ダメ、ダメぇ! もうイク! イクイクッ、イクぅぅ……ッ)
「あおぁッ、うぅぅッ、んぐぅぅぅッ……!!」
白い光が、頭の中で一気に弾けた。射精もしないまま、痺れるほどの絶頂感に襲われる。
「〜〜〜っ、ッ! ぉ゛、……アッ、──!!」
ガチャ、ガチャ、と手錠が鳴る。背もたれの格子パネルは軋み、拘束されている足の爪先が、攣りそうなほど丸まった。
(ぼく、メスイキしたんだ……甲洋に、また怒られる……)
我慢しろと言われていたのに、操はメスイキしてしまった。彼が戻ってきてこれを知ったら、これよりもっと酷いことをされるかもしれない。けれどそれを思うとゾクゾクしたものが込み上げて、いっそう快感が膨れ上がった。何度も何度も、射精を伴わない絶頂が快楽の上限を塗り替えて、際限もなくイキ狂う。
(ぎもぢい、ぎもぢい、ぎもぢいぃぃ……っ!!)
ローターとバイブは止まらない。目隠しの下で白目を剥く操の、地獄のような快楽の時間はまだ始まったばかりだった。
*
「まったく声が聞こえなくなったから、様子を見に戻ってみれば……」
ずっと遠くで、甲洋の声が聞こえた気がした。思考に厚い膜が張っているような感覚に、虚ろな意識を彷徨わせる。操はただ小刻みに痙攣しながら、時折ビクンと弾かれたように身を跳ねさせるだけになっていた。
ギャグボールの空気穴から泡を噴き、半ば失神しかけている。
「まだ一時間しか経ってないよ」
甲洋が苦笑しながら、ギャグボールと目隠しを外した。操は白目を剥いていて、自由になった口からはか細く短い呻きしか漏れない。
「ぁ……ぁ゛……ァー……、ぉ、ぁぁ、ァー……」
「ほら、しっかりして」
ベッドに乗り上げた甲洋が、操の頬を軽く叩く。上を向いたままだった眼球が、左右に揺れながらゆっくりと焦点を合わせていく。涙は枯れていたが、甲洋の存在を認識した途端、ポロポロとまた溢れだした。
「あと二時間、がんばれそう?」
「ッ、ぅ……こ、よ……こうよ……な、さ……ごめ、なさ……ごめ、ん……っ」
甲洋が優しく微笑み、「何回イッたの?」と問いかける。操は嫌々と首を振り、くしゃりと顔を歪めた。
「ごめん、なさい、ぁう、ぅ……ッ、ごめんなさい……っ」
「悪い子だな。これじゃ躾にならないよ」
「ッ、ごべんなざいっ! ごべんなざい! ごべんなじゃいぃ!」
ローターとバイブは未だに唸りを上げていた。けれど一時間ものあいだ絶え間なく絶頂を繰り返した操の身体は、ただジクジクと熱く痺れるだけで麻痺しはじめていた。何度イッたかなんて分からないし、まだイキ続けているような気もする。
「しょうがないな」
泣きじゃくるばかりの操に、甲洋は小さく息を漏らすと、真っ赤に腫れた性器からリングを取り去った。せき止められていたマグマのような熱が、一気にぐっと競り上がる感覚を覚え、操は大きく息を呑む。
「ヒッ、ィ、ぁ……っ」
そこで初めて、操は自分の身体を見下ろした。パンパンに膨らんだ性器から、黒いブジーの頭が突き出ている。小さな卵型のスイッチだ。甲洋はそのスイッチを止め、ジワジワと引き抜いていく。
「ぁぐッ、ぅ……っ、ああ゛ぁ、ぁ、ぁ゛……っ!」
ビーズ状のブジーが、柔らかくしなりながら鈴口から飛び出してくる。その感覚にブルリと震えていると、残りのブジーが一気に引き抜かれた。
「ヒギッ……!? ィ、ぃああぁぁ──ッ!!」
その途端、溜まるにいいだけ溜まった精液がドッと噴きだした。長く続いた射精のあと、プシャッと音を立てて透明な潮まで吹いてしまう。腰回りはぐしゃぐしゃで、なぜ甲洋があらかじめタオルを敷いていたのかが、やっと分かった。
「はあぁッ、ぁ、ぁ、ぁ……あぁーっ、ア゛ーっ……」
また半分ほど白目を剥きながら、操はピクピクと痙攣した。ブジーを抜かれた鈴口が、真っ赤に染まりながら閉じたり開いたりを繰り返し、ぷくん、ぷくんと残滓を吐きだしている。
その痴態に甲洋はごくりと喉を鳴らし、震える息を漏らしながら、今度は尻の孔からローターを一つ、引き抜こうとした。けれどしっかりと食い締めて、なかなか上手く出てこない。
「これがそんなに気に入った?」
「ち、が……ちが……」
「俺のを挿れてるときよりも、ずいぶんしっかり咥え込んでるようだけど?」
「ひぅっ、アッ、くうぅぅんッ……!」
ローターがズルンと強引に引き抜かれた。尻の孔から卵を産まされたような感覚に、また軽くイッてしまう。操の身体は完全に大事な糸が切れていて、少しの刺激でも簡単に達してしまうようになっていた。頭も心も身体でさえも、すっかりバカになっている。
「もういやぁッ! イギだくないっ! イギだくないよぉ……っ」
「さっきはイカせてってうるさかったのに?」
「もうやらっ! やらぁっ!」
涙と鼻水でひどい有様の顔を見て、甲洋はまたひとつ震える息を吐きだした。その目つきは飢えた獣のようで、操が耐えていた分だけ彼もまた堪えていたことが伺い知れる。
「……ごめん、来主」
甲洋は低く吐き捨て、息を荒げながら自身の前をくつろげた。下着から引きずり出されたそれは、見たことがないくらいギンギンと脈を浮かせて反り返っている。見慣れているはずの肉棒が、今の操には凶器に見えた。
「や……やだ……いや……」
こんなものを挿れられたら、また死ぬほどイカされる。操はこれがどれほど気持ちいいものかを知っていた。ナカに挿れて、肉の壁をいっぱいに広げられ、痛いくらい擦られて、腹の奥を突かれると、よだれを垂らしながら悦んでしまう自分の淫らさを知っている。
だから怖い。これ以上は本当に壊れてしまいそうなのに。甲洋の男根から目が離せずに、喉を鳴らしてしまう自分が信じられない。
「やだ、やだ……っ、今したら、ぼく死んじゃう……っ」
ゆるゆると首を振って怯える操に、甲洋は余裕のない低い声でもう一度「ごめん」と言った。そして、縄が食い込む内ももに手をかける。二本のコードが伸びている濡れた孔に、熱い筒先を宛てがわれ、操は血の気が引くのを感じた。
「ダメ、ダメぇ! まだ入ってるの! ブルブルが、まだナカに……ッ!」
「来主……っ」
「いァ゛……や、!? 〜〜っぁ゛、やめ、ぁ゛っ、ァ──ッ!!」
ローターが残されたままの肉壷に、甲洋の肉柱が突き立てられる。比較的浅い場所に留まっていた二つのローターが、その切っ先によって奥へ押し込まれた。肉棒と一緒に壁を擦り、ブルブルと暴れながら届いてはいけない場所まで届いてしまう。
「イ゛ッ、んぃいぃ゛ッ! ……っ! や、め゛っ、壊れ、あ゛──! ァ゛……!? んぉ゛ッ、も、イグ、イグぅ゛──……ッ!!」
目を見開いていてすら、視界に火花が飛び散った。枯れた喉で絶叫し、また派手に絶頂を迎える。
甲洋はそれぞれ掴み上げた操の膝頭に爪を立て、食い締める肉の感触にブルリと背筋を震わせた。喘ぎ混じりに荒く呼吸を繰り返し、熟れただれた媚肛を激しく突き上げる。
何度も何度も、繰り返される律動のたびに潮を噴き上げ、操はイキ続けたまま戻れなくなった。
「や゛、ぁああ゛! ごわれるッ、ごあれるぅ……っ、ア゛ッ、ぉ゛……っ、ごべ、なざ、ごべんなざいッ、もう悪い子しないッ! 悪い子じないがらぁ……ッ!」
獣のように腰を穿ち続ける甲洋が、操の泣き顔を見下ろしながら口元を笑みに歪めた。
「来主は、いい子だよ」
彼はズボンのポケットから鍵を取り出し、手錠を外した。それをどこかに放り投げ、操の身体を抱きしめる。感覚をなくして痺れる両腕で、その首にぎゅうと抱きついた。耳元に擦りつけられた甲洋の唇が、「好きだよ」と甘く囁いて耳朶を食む。
「ッ、ぅ……うぅ、ぁ……っ、ひっ、く」
心がどろどろに蕩けだすのを感じて、操はどうしようもなくしゃくりを上げて泣きじゃくった。好きというたった一言を、こんなに嬉しく感じたことがあっただろうか。言葉でも、そして心でも、甲洋はその甘ったるい声で操に何度も好きだと言った。
「来主は……? お前の一番は、誰?」
切なく掠れる甲洋の吐息に、操は迷わずその名を呼んだ。
「ぁ゛……ッ、はっ、こう、よ……ッ、あぁッ、ぁ……っ、甲洋が、好き、いちばん、好きぃ……っ!!」
ドスン、とまた勢いよく奥を穿たれる。操はもう何度目になるか分からない絶頂を味わった。痙攣する肉の締めつけに甲洋もまた甘く呻いて、白い熱液を迸らせる。
ぶちまけられた灼熱の粘液に下腹を震わせながら、溺れたようにその背を掻き抱く。休みなく続行される抽挿に、操はそのあとも狂ったようにイカされ続けた。
*
目が覚めたのは、すっかり昼になる頃だった。
シーツは綺麗に取り替えられて、簡素なシャツとハーフパンツを着せられた身体も、ある程度は清められている。拘束も完全に解かれているが、起き上がるどころかまともに声を出すことさえままならなかった。
「来主、起きた?」
そこへ白いカップを手にした甲洋がやってくる。彼はカップをいったん机に置くと、操側に身体を向けてベッドの縁に腰掛けた。
「ぅ゛、ん……ケホッ、ケホッ!」
さんざん喚いたせいで、喉にヒリヒリと痛みが走った。軽く咳き込みながらも身を起こそうとする操の肩に腕を差し入れ、甲洋が眉をひそめながら介助する。
「これ飲んで」
甲洋は机に手を伸ばし、白いカップを操に差し出す。ほのかに立ち込める湯気と一緒に、蜂蜜と生姜のあたたかな香りがした。
カップを両手に持ち、ちびちびと口をつける。ほどよく冷ましてはあるようで、操はそれを最後まで飲み干してしまった。
「おいしぃ」
ホッと息をつき、甲洋を見るとへにゃっと笑う。甲洋もふっと笑った。操の手から空のカップを受け取り、机に戻す。
操はそんな甲洋をおずおずと見上げ、目が合うと視線をわずかにうつむけた。
「どうかした?」
「ん? んー……。あのさ」
「うん」
「……お皿割ってごめんなさい。次からは本当に、がんばって気をつけるから」
膝の上で、両手の指をモジモジとさせる。あれだけミスをしておいて、まともに謝ったのはこれが初めてかもしれない。操は甲洋に対して多くの不満を持っていたけれど、こうして素直に謝ってみると、今までの棘がスッと抜け落ちたような清々しさがあった。
息をついた操の髪を、大きな手がくしゃくしゃと乱す。見上げれば優しい笑みがあって、その笑顔が今朝はとびきり甘く見える。
「俺こそ悪かった」
「なんで君まで謝るの?」
「お前のワガママは可愛いよ。生意気なところもさ。可愛いから、困ってしまう」
キョトンとしながら首を傾げた操に、甲洋は苦笑を浮かべた。
「来主を甘やかすってことは、俺まで一緒にダメになるってことだ。本当は店もなにも放りだして、四六時中お前とベタベタしていたいよ」
「えっ、それほんと!? ほんとにそんなこと思ってたの!?」
「ほんとだよ」
自嘲気味に肩をすくめた甲洋に、操は瞳を輝かせながらグンと伸び上がるような嬉しさを感じた。
「俺が厳しく接するぶん、一騎がフォローしてくれる。そこに甘えすぎてたよ」
ふたりきりでいるときの甲洋と、仕事をしているときの甲洋とではあまりにも態度が違いすぎて、操はそのギャップを受け入れられずにずっと腹を立てていた。けれど彼が仕事中やたらと厳しかったのは、操を律するのと同時に自分をも厳しく律していたからだったのだ。
変なの、と思ったけれど、そこが甲洋らしくもある。そう思える自分に、操は喜びを感じた。そんな彼らしさが腑に落ちるくらいには、自分たちはもうずいぶんと長く一緒に過ごした。これはその証でもあったから。
「なぁんだ、そっか! そうだったんだ……えへへ、嬉しい!」
広がる喜色を満面の笑顔に乗せて、操は甲洋に抱きついた。いつもクーがしてくるみたいに、甲洋の頬やあごの下にスリスリと自分の頬を擦りつける。しっかりと抱き返しながら受け止める甲洋の心が、くすぐったそうに震えていた。だから操までくすぐったい気持ちになって、ころころと声をあげて笑ってしまう。
「あ、そういえば」
ずっとそうしていたかったけれど、ふと気になって顔を上げた。
「あのオモチャどうしたの? もう捨てた?」
「まさか。勝手に捨てたりなんかしないよ」
甲洋が窓際のチェストに目線をやるので、操もそれを追いかけた。チェストの上には昨夜使ったアイテムたちが、普段使用しているローションだとか、ゴムの箱と一緒に行儀よくカゴに収まっている。
「とりあえず洗って消毒はしたけど」
どうするの? と目だけで問われて、操は少しドキリとした。捨てるも捨てないも、それは持ち主である操次第だ。
つい昨夜のことを思いだして、身体の奥がジンとする。ひどい目にあったとは思うけど──。
(やっぱり、自分のために買ったのかも……)
甲洋が言っていた通り、めちゃくちゃにされたかったのは自分の方だったのかもしれない。思わず漏れた熱い吐息が、それを証明しているようだった。
「……ときどき使おうよ。ダメ?」
死にそうな思いをしたし、前も後ろもなんだかまだ違和感がある。
甲洋はいつもより怖くて意地悪で、そのくせぜんぜん余裕がなかった。こうしてずっと一緒にいたとしても、まだまだ知らない顔がある。それをもっと知りたいと思った。だからたまになら、またしてみたい。優しくされるのもいいけれど、あんなふうにイジメられるのが嫌いじゃない自分を、操は知ってしまったから。
きっとそのときになれば、またひどく泣いて後悔するに違いないのに。
「いいよ」
そんな感情を隠しもせずに漏らす操に、甲洋は少しだけ困ったような顔をして笑った。彼もまた、昨夜の異様な高ぶりを思いだしている。
癖になってしまったのは、甲洋も同じだ。
「俺に使わないならね」
しっかりと刺された釘に、操はわざと「どうしようかな?」と悪戯っぽく言いながら、可笑しくてつい笑ってしまった。
了
To a friend born in November. Happy Birthday!
←戻る ・ Wavebox👏
*濁音喘ぎ、あからさまな淫語。
*二次エロはファンタジー。
「あっ!」
高く鋭い音を立て、床に落下した皿が粉々に飛び散った。空気まで一緒にひび割れたような感覚に、操は身をすくませる。
「またやっちゃったぁ……」
「来主、大丈夫か?」
その音に目を丸くして、カウンターの奥から出てきたのは一騎だった。彼は操が迂闊に破片に触れないよう、肩を抱いて一歩引かせると優しく笑って小首を傾げた。
「片付けは俺がするから。来主は下がってな」
「うん……」
「一騎、あまり来主を甘やかすな」
そこへ、休憩から戻った甲洋がバックヤードから姿を現した。後手に黒いエプロンの紐を結びながら、呆れた視線を向けてくる。
「今月に入ってから三枚目だよ。先月は五枚、先々月は四枚。この調子で、今月も記録を更新するつもり?」
チクチクと刺すような物言いに、操は喉の奥で「う」と呻いた。言われても仕方がないことだが、だからこそ反抗心を煽られる。
「ちょっと手が滑っただけなのに! そんなに言わなくたっていいじゃん!」
「気が緩んでる。緊張感がない証拠だよ」
「次は気をつけるってば!」
「それを聞くのも今月に入って三回目だ。いい? 今日のドングリはなし。それと店の掃除だ」
「えぇ!? またぼく一人でぇ!?」
それは皿割り常習犯の操に課せられたルールだった。皿を一枚割ると、その日は報酬のドングリがもらえない。
甲洋はドングリを探す天才だ。丸々としてずっしりと重たい、立派なドングリを操にくれる。自分で探そうとしても虫食いばかりで、痩せたものしか探せないから。だから操は甲洋がくれるドングリを、いつも楽しみにしているのだった。
ドングリは植えると芽が出て、いずれはクヌギという木に成長するらしい。つまり、たくさん植えれば森になる。自宅の庭が森になったら、母・容子はきっとビックリするだろう。その顔が見たくて日々せっせとドングリを集める操にとって、このペナルティはかなり厳しい。
しかも罰はそれだけじゃない。閉店後、普段なら時間短縮のために分担して済ませるところを、一人でこの店内の床磨きなどをさせられる。これがとにかく面倒くさいのだ。
「そんなの厳しすぎるって! こないだ一騎だってお皿一枚割ったじゃん! なのになんの罰もなしなんて、そんなのズルいよ!」
「それを言われると弱いな」
一騎が肩をヒョイとすくめて、恥ずかしそうに苦笑した。
「一騎はあの日たまたまミスをしただけだ。滅多にそんなことはしないし、猛省していた。ごめんなさいの一言もないお前と一緒にするな」
「ムキィィィ……ッ」
ド正論ほど腹が立つものはない。猿のように顔を真っ赤にして怒らせた肩を、一騎がポンと叩いて宥めてくる。けれど操のムカつきは収まらなかった。いま謝ろうと思っていたなんて、そんなことを言えばまたチクリと嫌味を刺されるだけだ。
ぐうの音も出ずに睨みつけるばかりの操に、甲洋は鼻から小さな息を漏らした。
「いつまでそうしてるつもり? そこは俺が片すから、お前は早く仕事に戻りな」
「~~ッ! ふんだ! 甲洋のバカ!」
軽くあごをしゃくるような仕草で向こうへ行けと命じられた操は、拙い捨て台詞を残すと大きな足音を立てて店の奥に引っ込んだ。
操が行ってしまうと、一騎がからかうような瞳を甲洋に向ける。
「破片の片付けは絶対にさせないんだよな、毎回」
「……危なっかしくて、見てられないよ」
そんなふたりの会話が、操の耳に届くことはなかったけれど。
*
「ただいまぁ……」
きっちり掃除を終えて帰宅した操を、容子がリビングから顔を出して迎えてくれた。
「おかえりなさい。遅かったのね」
「うん、ちょっと」
冴えない返事に、容子は心配そうに眉をひそめる。
「操、あなたまたお皿を割ったの?」
「な、なんで分かるの?」
「分かるわよ。帰りが遅い日はいつもそうでしょ?」
バレている。そりゃあそうだ。甲洋は基本的に操を遅くまで残らせることはしない。だからこうして帰りが遅くなる日は、決まってミスをしたときだけなのだ。
「あまり迷惑をかけてはダメよ。あなたは社会勉強をさせてもらっているのだから、ちゃんと甲洋くんの言うことを聞いて、」
「もう! お母さんまでうるさい! そんなこと分かってるよ!」
いつもなら素直に受け取れるはずの言葉も、今の操にはまるで追い打ちのように感じられた。つい腹を立ててしまい、顔を背けると二階の自室へ続く階段を駆け上がっていく。
反抗期さながらの操の態度に、容子は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに眉をハの字にして苦笑する。
「操、ご飯は? 先にお風呂にするの?」
「ご飯いらない! お風呂あとで!」
操が掃除をしているあいだ、一騎は新作カレーの開発を理由に居残っていた。それをたらふく試食させてもらったのだ。その場に甲洋もいたにはいたが、操は一言も口を利かずにそっぽを向いて帰ってきた。結局、最後までごめんなさいは言わないまま。
「なんでこうなるの? お母さんにまで八つ当たりしちゃったじゃん!」
バタン、と大きな音を立て、自室に戻った操はついヒステリーじみた声を上げる。明かりをつけると真っ先にベッドに向かい、枕元のクッションを床に投げつけた。
「ぜんぶ甲洋のせいだ! 甲洋のせいで、ぼくは悪い子になっちゃうんだ!」
それは操がミスを連発するからで、この状態はただ逆ギレしているだけだ。甲洋が言うことはいちいち正しくて、自分が悪いことくらいちゃんと理解しているつもりだけれど。
「……お母さんに謝らなきゃ」
しおしおとうなだれながら、操は投げつけたクッションを拾い上げるとベッドの縁に腰をおろした。クッションを抱きしめ、泣きそうな顔を埋める。
母に当たっても仕方がないのに。ひどいことを言ってしまった。だけど正しいことを言われると、なぜだか心がトゲトゲしてしまう。とりわけ甲洋に言われるとなおさらだった。
「もっと優しくしてくれたっていいのに」
操と甲洋は手を繋いだりキスをしたり、その先のことだってする仲である。つまりは特別な関係で、互いにそういうことをしたいと思う相手のことを、恋人と呼ぶらしい。
だったらもっと優しく接してくれてもいいと思うし、ちょっとくらい甘やかしてくれてもいいのではないかと、操は思う。
「甲洋はいちいち厳しすぎるんだ。嫌味ばっかりぐちゃぐちゃ言ってさ。それに──」
操の不満がこんなにも爆発しているのは、なにも今日あった出来事だけが原因ではなかった。その他にも要因があり、積もり積もって膨らみきってしまったのだ。
クッションから顔をあげ、ふくれっ面の操は壁にかかっているカレンダーに目線をやった。
「もうずっとエッチしてないじゃんか」
最後に甲洋とセックスをしてから、ずいぶん日にちが経っている。
あの男は基本的に、店が休みの日にしか手を出してこようとしない。その他はどんなにねだっても、「ダメだ」の一点張りでそっけなくされてしまう。
楽園は定休日というものを設けておらず、休みは不定期という自由なスタイルで運営されている。ここ最近は店を貸し切りたいという予約客がやけに多かったこともあり、休みがない状態が続いていた。おかげでめっきりご無沙汰だ。
せめてちょっとした隙を見てすり寄ってみても、仕事中にすることではないと冷たくあしらわれるばかり。閉店後はさっさと家に帰されるし、まったくそれらしいことをする暇がない。そのことに操は不満を募らせる一方だった。
「もっといっぱいしたいのに……」
操は甲洋に甘えるのが好きだ。特にセックスをするときの彼は、まるで操のことを宝物のように優しく扱ってくれる。普段は飴より鞭の方が多いだけに、あの瞬間が好きで好きで仕方なかった。心も身体も気持ちがよくて、嬉しいという感情でいっぱいになる。
だから毎日だってしたいのに、甲洋はちっとも好きにさせてくれない。そのくせ嫌味や小言は尽きなくて、厳しく接するばかりだった。
その点、一騎はいつだって優しくしてくれる。今日だって真っ先に来てくれたし、操を責めるようなことは一言も言わなかった。甲洋とは大違いだ。
「いいなぁ総士は。一騎といつも一緒でさ」
ぶぅと唇を膨らませ、クッションを抱いたままベッドに転がった。
一騎だったら、なんでも言うことを聞いてくれるのだろうか。なにをしたって許してくれて、どんなときも優しくて、キスもセックスも、したいときはいつだってしてくれるのだろうか。
「甲洋が一騎みたいだったらよかったのに……」
好きなときにくっつけないし、エッチもできない。二人っきりのときにしか甘やかしてくれなくて、他はダメだダメだと言うばかり。だんだんと、また腹が立ってくる。どうして自分ばかり、いつも我慢しなくちゃいけないのだろう。
だけど言葉でなにを言ったって敵わない。どうにかして甲洋を意のままにする手はないものかと考えて──
「そうだ! いいこと思いついちゃった!」
ふと名案を思いつき、ベッドから飛び起きるとクッションを投げだした。思い立ったら居ても立っても居られない。操は意気揚々と、ワープで家を飛び出した。
*
数日後──。
「やったー! お仕事終わり! 今日はお皿割らなかった!」
営業時間が終わり、全ての仕事を終わらせた操がバンザイをする。厨房を片していた一騎に「偉かったな」と褒められて、得意げに胸を張った。
「ぼくだってやればできるもんね!」
「それが当たり前だ」
が、カウンターで皿を磨いていた甲洋がすかさず水をさしてくる。操は思わずムッとしかけたが、すぐにニコリと笑うとそばに駆け寄り、背後からその腰に腕を回した。
「っ、危ないだろ」
危うく皿を落としそうになった甲洋が、眉間に深くシワを刻む。それでも振り払う素振りは見せない。営業時間外でもあるし、操は自分の仕事をしっかりと終わらせている。だからそれ以上の文句を言われることはなかった。
「明日は久しぶりにお休みだよね!」
「そうだけど?」
皿を磨きはじめる甲洋の耳元に、背伸びをして唇を近づける。
「じゃあ、今日はお泊りしてもいいでしょ?」
小声で問えば、甲洋はほんの少しの間のあとに「いいよ」と短く返事をした。普段は滅多に心を悟らせない甲洋だが、その瞬間だけはふっと緩みが生じたのが分かる。一騎もいる手前すぐに引き締められたが、操はそれだけで充分に嬉しさを感じた。
明日は久々の休日だ。一騎は総士を連れて、真矢と美羽も一緒に海へピクニックに行くらしい。操と甲洋も声をかけられたが、さりげなく断ったのは甲洋だった。それは甲洋も久々の休みをふたりで過ごすことを望んでいるからで、その意図に気づかないほど操だって鈍くない。だからこれ以上ないほど気分がよかった。今なら多少の嫌味くらい、余裕でスルーできそうなほど。
しかし、心に蓋をして悟らせたくないのは操も同じだった。気を抜くと思い切り開放してしまいそうなほど浮かれているが、そのせいで計画が漏れては台無しだ。操は今夜、甲洋にちょっとした悪戯を仕掛けるつもりでいるのだから。
「むふふふふ」
「……気持ち悪いよ、来主」
怪しい含み笑いに容赦なくジト目を食らったが、そんなことすらへっちゃらだった。
*
帰っていく一騎を見送ると、ふたりは二階にある甲洋の部屋へと向かった。
操の手にはサイズが大きめの、猫柄の巾着袋がぶら下がっている。扉を閉めるなり甲洋がチラリと不思議そうな目を向けてきたが、操は誤魔化すようにその首に抱きついた。
背伸びをしながら引き寄せて、ぶつけるみたいなキスをする。その性急さに、甲洋はふっと笑みを漏らした。
「あせらなくても時間はあるよ」
ふたりきりのときにしか見られない、甘ったるくて優しい笑顔。ひどく久しぶりに見た気がして嬉しくなる。
けれど操はツンと唇を尖らせて、上目遣いに甲洋を軽く睨んでやった。
「だってずっと我慢してたんだもん。ほんとはもっとしたいのに」
「それどころじゃなかったろ。仕事に支障が出れば大変だ」
「君は真面目すぎるんだ。少しくらいなら別にいいじゃん」
「ダメだ。仕事とプライベートはちゃんと分けろ。それができないなら、」
「もう! そういうのいいから、早くしようよ!」
放っておくとまた小言が始まりそうだ。こんなときまでご免だと、操は少し焦りながら甲洋をベッドに引っ張っていく。
「風呂は?」
「そんなのいい! ねぇ早く」
急かす操に苦笑して、甲洋がようやく手を伸ばす。両肩に大きな手がかぶさり、唇を重ねながら並んでベッドに腰掛けた。巾着袋の紐が、操の手首からすり抜ける。
「んんっ、ふ……っ」
忍び込んできた舌を受け入れ、鼻から抜けるような声を漏らした。水音を立てながら競うように舌を絡ませ、互いに服の上から身体をまさぐる。胸や脇腹に大きな手のひらを滑らされ、操の身体がピクンと跳ねた。
「はぁ、ん……!」
芯から込み上げた熱に息が上がり、頬が紅潮する。頭がぼうっと霧がかるのを感じて、操は内心ハッとした。これじゃマズい。夢中になりかけて、うっかり計画を忘れるところだった。互いに無防備になっている今は、仕掛けるのに絶好のチャンスでもある。
操はすぐ脇にある巾着袋にさりげなく片手をやりながら、顔の角度を変えると甲洋の下唇に吸いついた。
「んっ……!」
甲洋の肩がわずかに震えた。その隙をつき、操は巾着袋から抜き取ったものを素早く甲洋の手首の片方に引っ掛ける。
──カシャン
「ッ!」
響き渡った無機質な音に、甲洋が息を呑む。唇が離れ、目と目が合うと操はニンマリ微笑んだ。
「これは? どういうつもり?」
短く息を漏らし、甲洋がじっとりとした眼差しを向けてくる。操がその手首の片方にハメたのは、安っぽいオモチャの手錠だ。オモチャとはいえそれなりに頑丈で、よくできた代物だった。
「甲洋が悪いんだよ。ダメダメばっかで、ぼくの言うことぜんぜん聞いてくれないから」
操はしたり顔で言うと、手錠のもう片方を格子パネルになっているベッドの背もたれに引っ掛け、固定した。
「だから今日は、ぼくが君を好きに食べちゃう日。いいでしょ?」
手錠に繋がれた甲洋の白い手首に、ゾクゾクとしたものが込み上げる。普段の生活だけじゃない。思えばセックスをするときだって、まともに主導権を握らされたことはなかった。だから今夜は思う存分、甲洋を翻弄してやりたい。
ワープで逃げられてしまえばそれまでだが、そんな気を起こす前に気持ちいいことをたくさん仕掛けて、余裕をなくしてやればいいだけだ。操だって、彼のイイところくらい知っている。
「ッ、ん……」
指先を耳たぶに滑らせて、裏側を軽く引っ掻いた。甲洋がかすかに震え、目を閉じながら顔を背ける。耐えるようにぐっと上下した喉仏に、異様なほど興奮した。
「それが嫌なら、一騎みたいにもっとぼくに優しくしてよ」
わざと意地悪く煽るような言い方をすると、うっすらと赤らんだ目元で軽く睨まれた。
「一騎みたいに? お前のことを?」
押し殺したような低い声。その瞳がスッと細められたのを見て、なぜだか背筋が冷たくなった。たったそれだけで気圧されたような気分になって、操は思わず肩をすくませる。けれど優位に立っているのはこっちなのだからと、気を取り直して鼻を鳴らした。
「そうだよ。だって一騎は小言も嫌味も言わないし。お皿割っても優しいもん。君とはぜんぜん大違い。甲洋が一騎だったらよかったのに」
ツンとそっぽを向きながら、今のは少し言い過ぎたかなぁなんて思いはしたが、そのときにはもう空気が凍りついていた。操はギクリとしながら甲洋を見る。
深く溜息をつき、彼は心底あきれ果てたという顔をしていた。不愉快だという感情を、今の甲洋は隠しもしない。彼がこれほど明確に心を悟らせるのは珍しかった。
「……少しくらいなら、好きに遊ばせてやろうかと思ってたけど」
「え?」
「気が変わったよ」
甲洋は手錠で繋がれていない方の手を、スッと操の目の前に持ち上げた。その指先には、小さな鍵が摘まれている。
「な、なんで!? なんで君がそれを持ってるの!?」
操はとっさに両手で自分の胸をまさぐった。無い。どこにも無い。シャツの胸ポケットに、こっそり隠し持っていたはずの手錠の鍵が。
「様子がおかしいと思ったら。なかなか面白いことを考えたな」
甲洋が長い足を組み、手のひらで鍵を弄ぶ。
「あっ、もしかしてさっき……!」
軽く混乱しながらも、操はさっきのキスを思いだした。彼は口づけを深くしながら、操の胸や脇腹をまさぐっていた。あくまで偶然だったのだろうが、そこで胸ポケットにある鍵の存在に気づき、知らぬ間に抜き取っていたのだ。
操はキスに溺れかけていて、そのことにまったく気がついていなかった。
「詰めが甘いよ、来主」
「か、返して!」
取り返そうと手を伸ばしたが、甲洋は鍵を握りしめると遠ざけてしまう。
「返してよぉ! それはぼくのなんだからぁ!」
「いいよ。これを外した後でね」
余裕の笑みが腹立たしかった。今にも飛びかかってやろうとしたけれど、その寸前で手早く解錠されてしまう。自由になった片手を軽く振りながら、甲洋は感心したように「けっこう頑丈だな」と呟いた。
終わった、と操は思う。優位に立っていたつもりが、最初から手のひらで遊ばれていたのは自分の方だった。ここからまた形勢を立て直すのは難しいだろう。きっと今からこってり絞られるに違いない。最悪、朝まで説教コースになる可能性だってある。
「もぉー! なんでぇ!? なんでうまくいかないのぉ!?」
悔しすぎて泣きそうになる。操は癇癪を起こした子供のように声を張り上げ、頭を抱えるとぐしゃぐしゃと髪を乱した。
甲洋は辟易とした様子で嘆息を漏らし、ベッドの端に置き去りにされていた猫柄の巾着袋を引き寄せた。
「それで? いかにも怪しいこれはなに?」
「あっ! それダメ!」
サァッと青褪めた操を尻目に、甲洋は中身を全てベッドの中央にぶちまける。
「うわ……」
出てきた品々を見て、甲洋が珍しく顔を引き攣らせる。操はいよいよ両手で顔を覆い、無駄に終わってしまったアイテムたちへの虚しさを嘆いた。
「あぁ~……お母さんからもらったお小遣い、残ってたのぜんぶ使い果たしたのにぃ……」
袋から出てきたのは、ピンクローターが5つと綿素材のSM用ロープ、黒い目隠しと白いギャグボール、そしてシリコン製のコックリング。挙句の果てにはバイブ機能がついた黒いブジーと、チューブ付きのシリンジが潤滑剤とセットになっているものまであった。
「まさかお前……これを全て俺に使おうとしてたのか……?」
そのえげつないラインナップに、さすがの甲洋も顔色をなくしていた。呆れさせたことはあっても、ここまでドン引きさせたことはない。こうなるとさすがに恥ずかしくなってきた操は、顔を真っ赤にしながら逆に開き直ってしまった。
「そうだよ! これで君のことヒンヒン言わせようと思ってたのに! 台無しだよ!」
「頭どうかしてるぞ……これ全部、わざわざ闇市で買ってきたのか……?」
大きく鼻をすすりながら、こくんと頷く。
数日前の夜、ふと閃いた操が向かった先は、鈴村神社からほど近い商店街の路地裏だった。昼間でも薄暗いその場所には、真夜中になると小さなライトが灯される。そこで密かに開かれているのが、大人たちのあいだで闇市と呼ばれている店だった。
海神島では鈴村神社で開催されるフリーマーケットとは別に、昼間の時間帯には扱えない商品を売る店が、ひっそりと存在していた。それが闇市だ。そこではこういったアダルトグッズの類──もちろん新品──や、エロ本などの性的嗜好品が数多く売られている。
ささやかなライトの下にはレジャーシートが敷かれ、所狭しと怪しげな品々が並べられていた。店には帽子を目深にかぶった男がアウトドアチェアに腰掛けているだけで、他に客はいなかった。操はその中から直感で幾つかアイテムを選び、購入したのだ。
使い方を知っていたわけではないが、そこは甲洋の身体を使って試してみればいっか、くらいの軽いノリだった。
「そんなところに一人で行くな」
「だぁって君、行きたいって言っても連れてってくれないじゃん」
「当たり前だ。必要があるとは思えない」
その冷めた口調に、操は唇を尖らせた。出だしの甘い雰囲気はどこへやら、甲洋には普段の手厳しさが戻ってしまっている。
面白くない。せっかく買い揃えたものも無駄になってしまい、操は「あーぁ」と言って肩を落とした。
「つまんない。これでめちゃくちゃにしてやろうと思ってたのに。ぜーんぶ無駄になっちゃった」
「……そうでもないさ」
「えぇ~? なに、ぁ、わっ」
手首を掴まれると引き寄せられて、しっかりと肩を抱き込まれる。ポカンとしながら見上げる操に、甲洋は目を細めて微笑んだ。
「これでめちゃくちゃにされたかったのは、来主のほうだろ?」
「ッ、は? なに言ってんの? そんなわけないじゃん」
「本当に?」
「……なんで? なんでそんなこと……だって、これはぜんぶ君に……」
どうしてか、最後まで言えずに言葉を詰まらせてしまう。操は計画が失敗したときのことを、まるで考えていなかったのだ。甲洋を拘束して、いつも自分がされているみたいにいっぱい気持ちよくして、焦らして焦らして追い詰めてやろうと思っていた。
その頭しかなかったはずなのに、なぜか強く否定することができない。そんな自分への戸惑いに目をそらせば、ベッドの上には大人のオモチャが散乱している。無意識にこくんと喉が鳴った。
(これ、どんなふうに使うんだろ。使ったらどうなるのかな? 気持ちよく、なるのかな……?)
急に心臓がうるさく騒ぎだす。
「試せばいいさ」
操の心を読み取った甲洋が、耳元で吐息混じりに囁きかける。ビクンと肩を跳ねさせて、潤んだ瞳をおずおずと向けた。戸惑いと不安と、期待と恐れ。様々なものが入り混じって揺れる瞳を覗き込み、甲洋が妖しく笑みを浮かべた。
「俺は一騎みたいに優しくないから。だからあいつが、お前相手には絶対にしないようなことを、してあげる」
*
裸に剥かれた操は目隠しをされ、ベッドの背もたれに手錠のチェーンを引っ掛ける形で両手首を拘束されていた。
両足は太ももの裏にふくらはぎがぴったりくっつくように折りたたまれて、膝横と足首辺りを縄で縛りつけられている。巻きつけた部分を束ねて閂状に固定すると、そこからさらにロープを通して背もたれの格子にそれぞれ括りつけられた。M字に開脚する臀部から腰の下には何枚ものタオルが重ねて敷かれ、クッション代わりになっている。
「縄が綿素材でよかった。痕も残りにくいし、痛くないだろ?」
「ね、ねぇ甲洋……ぼく今どうなってるの?」
操はすっかり目隠しをされているため、視覚情報の一切を遮断されている。甲洋の心を読もうにも厚い壁が張り巡らされ、自分がどんな状態でいるのかさえよく分からない。
「なかなか似合ってるよ、来主。いい眺め」
「やっぱやめようよ……なんか嫌だ。もうやめたい」
目も見えず、心も読めないとなると不安だけが増すばかりだ。ここまでおとなしくはしていたものの、今さら後悔が押し寄せてくる。
「やめるもなにも」
音と気配だけで、甲洋がすぐ脇に腰を下ろしたことだけはかろうじて伝わった。それだけで、身体がビクンと跳ねてしまう。
「まだ始まってすらいないよ」
甲洋がそう言ったと同時に、ローターの低いモーター音が唸りをあげはじめた。ドキリとして身を強張らせる操の耳元まで近づいて、耳の穴に触れるか触れないかのところで耳たぶをくすぐりはじめる。
「やっ、やだ! くすぐったい……っ!」
振動と一緒に、頭の中にまで直にモーター音が響き渡るようだった。逃れようとして身をよじると、両腕を拘束している手錠がガチャガチャと音を立てる。それらの無機質な音にまぎれて、甲洋が小さく笑った気がした。
「どんな感じ?」
耳の穴をつついていたローターの先端が、頬の輪郭なぞって首筋を伝っていく。鎖骨をたどり、やがて乳首に触れると乳輪をなぞるようにクルクルと動いた。
「やぁっ、ぁ! んっ……わかんない、よ……っ」
左右の乳首をゆるゆると交互に刺激する振動に、操は皮膚をざわざわと粟立てた。その動きは決して一定のものではなくて、片方をやけにしつこくいじっていたかと思えば、もう片方はかすめる程度につつくだけと、まるで予測がつかない。
視界を遮られているからこそ神経が余計に研ぎ澄まされて、振動になぶられる肌が敏感になっていく。
「乳首が勃ってる。ずいぶん気に入ったように見えるけど?」
「んっ、んっ、ぁッ、ち、ちが、ぅ……変な、感じ……あっ、ジンジン、してきちゃ……っ」
「もう腰が揺れてるよ。そんなにこれが好き?」
「ち、ちがうもん! ……っ、ぁ、こんなのぼく、好きじゃな……ぁ、んんっ」
不思議なことに、甲洋の言葉ひとつひとつがいつもの何倍も意地悪く聞こえてしまう。けれどもっと不思議なのは、そのことに異常なまでに興奮を覚えていることだった。
「嘘が下手だな、来主は。こんなに乳首をパンパンにしてるくせに──ああ、そうだ」
こころなしか、甲洋の言葉選びもいつもよりわざとらしく、あからさまに聞こえる。彼はいったんそこを離れたかと思うと、カタカタと音をさせながら何かを探る気配を見せた。
モーター音が止まり、ローター責めから開放された操は少しだけ安堵して息をつく。けれどすぐにまたローターが乳首に押し当てられて、そのままピタリと固定された。
「なっ、なに!? なにしてるの!?」
「気に入ったみたいだからさ。ほら、これをテープでこうすれば……」
「や、やだやだ! あっ、ね、ねぇ! ねぇってば!」
もう片方の乳首にも同様にローターが押し当てられ、ぴったりとテープで貼り付けられるのが分かる。なにをされるのか予想がついて、操は拘束された両足で必死にもがくが、ただ悪戯に格子パネルが軋んだ音を立てるだけだった。
「これならずっと遊べるだろ?」
「や……っ!?」
甲洋が二つになったローターのスイッチを同時に入れた。あの独特なモーター音と振動が、それぞれの乳首で唸りだす。
「んんっ、ぁ、ぁ、やだ……っ、や、これ、とって、とってぇ……っ」
薄い胸の上で、張りついたローターが『弱』のまま延々と振動を繰り返す。そのもどかしさに操は悶え、悩ましく身をよじった。弱い振動はじれったく神経を苛むばかりで、決定的な快感には至らない。それがより一層、ジワジワと炙るように性感を高めていく。
「はぁっ、ぅ、んッ……こ、よ、おねが……ッ、も、や……っ」
「あせるなよ。時間はあるって言っただろ?」
両腕を乱暴に動かして、手錠を鳴らした。けれど甲洋はそれらの訴えをまるで無視して、別のアイテムに手を伸ばす。包装を解く音だけを聞きながら、次に彼がなにをするつもりでいるのか、操にはまったく想像がつかなかった。
「尿道ブジー、ね。知らずに買ったんだろうけど……これは玄人向けのアイテムだよ」
「うぅー、もうやだぁ! ねぇ甲洋、こんなのやめて普通にしてよぉ!」
「これは躾だよ、来主。普通にしたんじゃ意味がない」
身から出た錆だしねと、そう付け加えた甲洋の声は楽しげだ。
「ローションかと思ったけど、これは滅菌用のジェルなのか。これをこの50mlのシリンジに入れて、尿道に注入するわけだ」
「んッ、ぁ……ねぇ、なにする、の……?」
「痛みを感じなくするためのジェルだよ。これをオシッコをするための穴に入れるんだってさ。ローションよりだいぶ固めだな……待って、今シリンジに移すから」
甲洋は説明書に目を通しながら作業にあたっているようだ。独り言も織り交ぜながら、まるで実況するかのように事細かに、今なにをしているのかを説明していく。けれど操はそれどころではなかった。とにかく早くローターを止めてほしい。こうしている間にも、小さな火に炙られているようだった。
暴れようとしたせいで両足を縛る縄がより肌に食い込み、そのかすかな痛みにすら身体が疼く。
「来主、あまり勃起させないで。勃った状態だと、ブジーの挿入時に痛むらしいから」
「そん、なっ、こと! 言われたってぇ!」
「……あぁ、ちょっと遅かったかな。少し勃ってる。でもまだ柔らかいね」
「アッ、待っ! 今ちんちん触ったら感じちゃうぅ!」
「我慢」
「~~っ!!」
無茶な話だ。操の身体はすっかり興奮しているし、やめてほしいと思いながらも早く気持ちよくなりたくてウズウズしている。我慢なんてできるわけがない。
甲洋は操の半勃ちの幹に手を添えると、もはや先走りで湿った鈴口に手早くなにかを押し当てた。そしてそれを、なんの一言もなしにぐっと穴に押し込んだ。
「ヒッ、ぃ……ッ、──!?」
まともに声も上げられないまま、操の身体がビクンと跳ねる。ささやかな穴に通されたのは、太さが4ミリ程度の細い管だ。痛みはなかったが、初めての感覚にショックが大きい。
その異物感の凄まじさが急に恐ろしくなってきて、操は歯の根をカチカチと鳴らした。
「これ自体は医療用だよ。痛くなかったろ?」
「や、だ……抜い、て、抜いて、お願い……」
「ジェルを入れたらね」
甲洋がシリンジの押し子に力を込めるのが、性器を通して伝わってくる。次の瞬間、尿道を逆流して冷たいジェルが注入された。
「うあぁッ、ぁ、ヒッ!? やめ、アッ、つめ、た、冷たいぃ……ッ!」
「まだ半分も入ってないよ。全部イケそう?」
「むっ、むり! むり! ぜったい無理ぃ!」
固めのジェルは、狭すぎる道を無理やりこじ開けるようにして逆流していく。ジワジワと内部を満たし、深い場所にまで溜まっていくような感覚に、操は髪を振り乱した。
冷えた感触は徐々に焼けるような熱に変わっていく。甲洋が押し子に力をかければかけるほど、注入されたジェルは膀胱を満たし、ぐるぐると暴れまわった。
「ぁぐ、ぅッ、うぅ……ッ、やだっ、これやだ……っ、やら、ぁ……もう、やめ……ッ」
「……ぜんぶ入った。気分はどう?」
「あぁ、う、ぅ……! あつ、い……奥が、熱くて、膨らんで……苦し、い」
「その割には気持ちよさそうに勃起してるよ。我慢しろって言ったのに」
甲洋がフッと笑って、ギリギリまで押し込んだシリンジの押し子をぐんと引きはじめた。その瞬間、操の口から絶叫じみた悲鳴が漏れる。
「はぎッ、ィ、ぁッ──!? や、やッ、あああぁぁ……──ッ!?」
細い尿道からジェルが吸い出される感覚は、まるで強制的に射精させられているようだった。しかも普通の射精じゃない。狭い通り道に固めのジェルがプツプツとダマになりながら排出されて、通常の射精では決して得られない過ぎた快感を味わわされる。
「あ゛ぁぁーッ、ぁ゛っ、あ゛ぁッ、なにごれッ、イグッ、イグぅ──~~ッ!!」
成す術もなく絶頂を迎えた操の白濁が、透明なジェルと混ざって吸い上げられる。ドクン、という大きな衝撃が身体全体に走り、噴きだす精液の勢いに押されてチューブが抜けた。ちゅぽん、という間抜けな音が響き渡る。
「うあぁっ、あ゛ッ! あぁーっ! ぁっ、いやあぁ……! ぁ゛ッ、とまっ、な……っ、しゃせぇ、とまんないぃ……っ!!」
ようやくまともに開放を許された性器からは、絶え間なくジェルと混ざりあった白濁が撒き散らされた。拘束された不自由な身体をビクビクと跳ねさせながら、どこからどこまでが絶頂なのか、あるいは余韻なのかが分からなくなる。
「凄いイキ方。そんなによかった?」
「ッ、ぁ……あぁー……ッ、ぁ、ぁ、ぁー……っ」
意識が白く弾けたまま、どこか遠くに飛んでいくのを感じた。すべてを吐きだしきったあとも、断続的な痙攣が止まらない。
甲洋は操の髪をサラリと撫でて、また笑った。
「来主、しっかりして。ここからだよ」
「っ、ぁ……? う、そ……まだ、するの……?」
「お前のここはまだ足りないって言ってるよ」
大量の射精を終えた操の肉茎は、萎れかけてはいたがまだ幾らかの弾力を帯びていた。甲洋はそれを軽く握り、糸を引く鈴口を親指の腹でクリクリと撫で擦る。
「あっ、やッ、やあぁ……っ」
「パクパクして、中が見えそうになってる。恥ずかしいな」
「見ちゃいや、見ないで……ッ、おちんちんの中、見たらダメぇ……!」
「なら栓をしないとね」
甲洋がまた動き出す気配がした。過ぎた快感から戻りきれないでいる操は、それでもなお終わりが見えないことに絶望感を味わう。
「甲洋、いや……っ」
「暴れると怪我するよ。痛い思いをするのが嫌なら、おとなしくしてて」
「ッ……!」
優しげに聞こえて、その声には圧がある。操はヒュウと息を呑み、抜けきらない余韻と恐怖に、身体を震えさせた。
「アッ、っ……!」
鈴口に、細長くしなるブジーの先端があてがわれた。容赦なく穴に差し込まれ、チューブのときと同様に操の身体がビクンと跳ねる。けれどさっきと違うのは、それがチューブよりもほんの僅かに太いということ。そして、ブツブツとまるでビーズが連なっているかのような形状をしているということだった。
「あ、あ、アッ、やだ、やだぁ……ッ、ぁ、痛いよっ、もういれちゃダメぇ……ッ!」
「だから勃起させるなってば。せっかく少し萎れてたのに」
「あぁーっ、あ、あぁぁ……っ、ぁ、ふか、い、ッ、深いの、こわいよぉ……っ!」
ブジーはチューブが差し込まれていた位置をとうに過ぎ、穴の奥へと侵入していく。中に残っているジェルの力を借りて、ズルズルと最奥へ到達した。その瞬間、腹の奥底でじわりと広がるような熱が灯った。
「ぁ、ヒッ……!? やだ、なに……!?」
「この長さがぜんぶ入った。奥が熱い?」
声も出せずに、操はただこくこくと何度も頷く。
「なら、少しノックしてみようか?」
「ッ、?」
鈴口から飛び出しているブジーの先端には、小さな楕円形のスイッチがついている。甲洋はその頭を指先でコツコツと叩いた。すると内部にあるブジーの先端によって、尿道側から前立腺をノックされ、操の腰がビクビクと跳ね上がる。
「あぅッ、あっ、あ゛ぁッ……! やめ、やだ、奥だめっ、コンコンしないれぇッ!」
甲洋は小さな幹をしっかり掴み、ブジーを幾度か抜き差しした。そこはもはやジェルで味わわされた快感に味をしめていて、内壁を擦られながら前立腺を押しつぶされる感覚に、射精したい欲が押し寄せる。けれど尿道はブジーによって塞がれており、出すことは叶わない。それでも極致の波は容赦なく襲いかかってきた。
「ひィッ、ぁ゛ッ、イぐッ、イ゙ぐッ! イッ……──ッ!」
「待ぁて」
「ッ゛~~っ……!!」
犬や猫をたしなめるような声音で命じ、甲洋がイク寸前で刺激する手を止めてしまう。
「やっ、なん、で? やだ……イキたい、イキたいよぉっ!!」
「ダメだ。お前、今メスイキしようとしただろ?」
「ッ、? メス、い……?」
「俺がいいって言うまで、絶対イクな。しばらくこのままじっとして」
「そっ、そんなの無理! 無理だよぉっ!」
操の身体は絶頂する寸前の強張りが解けないままだ。プツ、プツ、とブジーが勝手に押し出され、その感覚だけで果ててしまいそうになっている。
「もう緩くなった? 随分だらしない穴だな」
甲洋はわざとらしい溜息をつき、ブジーをぐっと押し込んだ。
「ひあぁッ、ぁぐぅっ……!」
「イ、ク、な。何度も言わせるなよ」
「ぃぎ……ッ、ぃ、ひ……っ」
全身をガチガチと震わせて、歯を食いしばる。甲洋はブジーが抜けてしまわぬよう、オウトツが浅い亀頭部分にコックリングをハメて固定してしまった。あと一歩で手が届きそうなのに、せき止められた血流が絶頂を掴ませてくれない。
「ぁ、ぐ……っ、ぁ゛……も、む、り……」
「まだだよ来主。ローターだって余ってる。こっちだってそろそろ寂しいだろ?」
甲洋の指先が、ジェルと体液でぐちゃぐちゃになった尻の孔に這わされる。指を押し込まれ、ねっとりと浅い部分を掻き回された。
「やぁあっ! こうよ、っ、や、あうぅ……っ!!」
不格好に尻を振り、逃れようとする動きを見せる操の耳に、クスリと笑う甲洋の声が聞こえる。彼はあっさり指を引き抜いてしまうと、余っているローターの一つをヒクつく孔に宛てがい、ぐっとナカに押し込んだ。
「ヒィッ、ぁ!? やぁ……っ、い、いれないでぇッ!」
「簡単に入っていくよ。あと二つ」
「やだッ、いやぁ……っ!」
残り二つを、立て続けに入れられた。それだけで、操の狭いナカはいっぱいになってしまう。けれどそこに甲洋の長い指も一緒に潜り込んできて、また中をかき回された。バラバラに動く異物が、濡れた肉の壁を不規則に擦る。
「い、ぁ゛……やめ、お腹、苦しいっ、甲洋……っ!」
「普段もっと太いのを挿れてるだろ? 来主ならすぐに慣れるよ」
操の訴えを袖にして、彼は指を引き抜くと容赦なく三つのローターのスイッチを入れていった。
「ッ~~!? ぁ゛ッ、……ッ、んくっ、ぁ! やあぁ……ッ!」
胸とは違い、それは最初から『強』に設定されているようだった。三つのローターはナカで激しく振動し、互いに擦れ合い、より振動を強くする。モーター音が腹の奥で低く唸りをあげて、ナカを激しく暴れまわった。
「さて、じゃあ次はこっちだ」
次に甲洋がしたのは、ブジーについているバイブのスイッチを入れることだった。カチッという音が無情にも鳴り響き、ナカのブジーが振動をはじめる。その瞬間、操はバチバチと視界が白く弾けるのを見た。
「ッ、!? ィ゛、……ッ、──!?」
ブジーは繊細な尿道で激しく震え、その震えは先端から前立腺を刺激する。さらに裏側からはローターが圧迫しており、二つの刺激によって前後から同時に前立腺を責め苛む。
「ぁ゛ッ、あ゛あァ──ッ! ぁ゛んぐッ、あ、ぁ──!! もッ、ごわれる!! ごわれるぅ゛ッ、! 抜いで、抜い、ッ! ん゛んぅ、ア゛ぁ…──ッ!!」
内ももは激しく痙攣し、頭上では手錠が酷い金属音を奏でていた。閉じることができない口から唾液を漏らし、それだけでは足りずに舌まで突き出すようにしながら、延々と繰り返される快楽に身を焼かれる。
雁首でせき止められ、パンパンに赤く膨れ上がった性器はぴったりと腹にくっついて、小魚のように跳ねていた。
「凄い反応。逆に気の毒になってくるよ」
「やべでッ、もうやべでぇッ……! こうよ、ヒぎッ、ぃ゛……っ、ぁ゛ぐうぅぅっ!!」
「ひどい声だな。もっと聞いていたいけど」
甲洋が一つだけ残ったギャグボールを手に取った。
「どうせだから、これも使おうか」
唾液と共に絶叫を撒き散らす操の口に、丸い球体が噛まされる。ベルト部分を首の後ろで固定され、まともに喘ぐことすらできなくなった。
「んぶぅッ、んぉッ、お゛ぉア゛ァッ、ん、ぶッ……ふ、ぅ゛──……っ!!」
よりいっそう品のない悲鳴があがり、甲洋が満足そうに笑う吐息が聞こえる。すぐ脇でベッドの縁が軋み、目の前で顔を覗き込まれているのが、突き刺さる視線で察することができた。操は呻きを上げながら、激しく首を左右に振った。
「ごあえぅッ、ごあぇひゃうぅ! ほぉア゛ぇへえッ……!!」
「なに言ってるか分からないよ」
甲洋がまた笑った。操は心の中で、何度もやめてと叫びをあげた。このままでは壊れてしまう。気が狂って、戻れなくなる。一分でも一秒でも、この快楽責めには耐えられない。
全て聞き取っているはずなのに、甲洋はその訴えに答えようとはしなかった。代わりに、囁くような声で「三枚だよ」と、言った。
「~~ッ、!?」
「今月、来主が割った皿の数。ドングリ三個分だ」
振動と共にビクビクと跳ねている腫れた屹立を、指先がつうっと撫であげる。
「その分を引かれるのが不満なら、代わりにこのまま堪えてごらん」
「うぶぅぅッ! ぅぐうぅぅぅーッ!!」
また少しベッドが軋んだ。甲洋の気配が離れるのを感じて、操は半狂乱になりながら髪を振り乱した。
「俺は下にいるから。三時間したら戻ってくるよ」
(待って! 待って甲洋! 嘘でしょ!? やだ……ッ、ぼくを置いて行かないで!!)
「飛ぶなよ、来主」
その言葉には、二つの意味が込められている。決してワープで逃げようなんて考えは起こすなということ、そして意識を保ったままでいろということ。
言葉だけで絶対的な圧をかけ、甲洋の声はその後いっさい聞こえなくなった。扉を開け締めする音は聞こえなかったから、ワープで部屋を出ていったのかもしれない。けれど視界を遮られている以上、本当にいなくなったのかどうかすら操には判断がつかなかった。
どちらにせよ、この地獄のような責めから開放されるのは、まだずっと先なのだ。三時間と、甲洋は言っていた。割った皿、三枚分。突き落とされるような絶望感に、操はただ泣いて呻くことしかできない。
「ううぅーッ、ぉ゛ッ、……ッ、ぉ゛あッ、ア゛ッ、おぁぁッ……ッ!!」
胸と、ナカと、性器に差し込まれたバイブは延々と唸りを上げている。足をガクガクと動かし、ロープを引き千切ろうとしてもビクともしない。荒れ狂う快感の激流が、操の神経を焼き切ろうとしている。
(壊れる、壊れる……! 助けて、怖い、助けて甲洋ぉ……っ!!)
目隠しは操の涙でぐしゃぐしゃになっていた。点々と空いたギャグボールの空気穴からは、絶えず唾液が溢れ出る。身をよじればよじるほど、ナカでローターが暴れまわった。前立腺を激しい振動がこねくり回し、張り詰めた性器が弾けそうになっている。
けれど尿道は塞がれて、射精はできない。イクことができない、はずなのに。
「ぁ゛っ、ぇ……ッ、~~ぉ゛、ッ゛……ッ!!」
操の中で、なにかが決壊した。呼吸すら忘れて、大きな波に飲み込まれる。性器がグン、と大きくしなった。そのままビクビクと痙攣を繰り返し、爆ぜるような快感が噴き出した。
(ダメ、ダメぇ! もうイク! イクイクッ、イクぅぅ……ッ)
「あおぁッ、うぅぅッ、んぐぅぅぅッ……!!」
白い光が、頭の中で一気に弾けた。射精もしないまま、痺れるほどの絶頂感に襲われる。
「〜〜〜っ、ッ! ぉ゛、……アッ、──!!」
ガチャ、ガチャ、と手錠が鳴る。背もたれの格子パネルは軋み、拘束されている足の爪先が、攣りそうなほど丸まった。
(ぼく、メスイキしたんだ……甲洋に、また怒られる……)
我慢しろと言われていたのに、操はメスイキしてしまった。彼が戻ってきてこれを知ったら、これよりもっと酷いことをされるかもしれない。けれどそれを思うとゾクゾクしたものが込み上げて、いっそう快感が膨れ上がった。何度も何度も、射精を伴わない絶頂が快楽の上限を塗り替えて、際限もなくイキ狂う。
(ぎもぢい、ぎもぢい、ぎもぢいぃぃ……っ!!)
ローターとバイブは止まらない。目隠しの下で白目を剥く操の、地獄のような快楽の時間はまだ始まったばかりだった。
*
「まったく声が聞こえなくなったから、様子を見に戻ってみれば……」
ずっと遠くで、甲洋の声が聞こえた気がした。思考に厚い膜が張っているような感覚に、虚ろな意識を彷徨わせる。操はただ小刻みに痙攣しながら、時折ビクンと弾かれたように身を跳ねさせるだけになっていた。
ギャグボールの空気穴から泡を噴き、半ば失神しかけている。
「まだ一時間しか経ってないよ」
甲洋が苦笑しながら、ギャグボールと目隠しを外した。操は白目を剥いていて、自由になった口からはか細く短い呻きしか漏れない。
「ぁ……ぁ゛……ァー……、ぉ、ぁぁ、ァー……」
「ほら、しっかりして」
ベッドに乗り上げた甲洋が、操の頬を軽く叩く。上を向いたままだった眼球が、左右に揺れながらゆっくりと焦点を合わせていく。涙は枯れていたが、甲洋の存在を認識した途端、ポロポロとまた溢れだした。
「あと二時間、がんばれそう?」
「ッ、ぅ……こ、よ……こうよ……な、さ……ごめ、なさ……ごめ、ん……っ」
甲洋が優しく微笑み、「何回イッたの?」と問いかける。操は嫌々と首を振り、くしゃりと顔を歪めた。
「ごめん、なさい、ぁう、ぅ……ッ、ごめんなさい……っ」
「悪い子だな。これじゃ躾にならないよ」
「ッ、ごべんなざいっ! ごべんなざい! ごべんなじゃいぃ!」
ローターとバイブは未だに唸りを上げていた。けれど一時間ものあいだ絶え間なく絶頂を繰り返した操の身体は、ただジクジクと熱く痺れるだけで麻痺しはじめていた。何度イッたかなんて分からないし、まだイキ続けているような気もする。
「しょうがないな」
泣きじゃくるばかりの操に、甲洋は小さく息を漏らすと、真っ赤に腫れた性器からリングを取り去った。せき止められていたマグマのような熱が、一気にぐっと競り上がる感覚を覚え、操は大きく息を呑む。
「ヒッ、ィ、ぁ……っ」
そこで初めて、操は自分の身体を見下ろした。パンパンに膨らんだ性器から、黒いブジーの頭が突き出ている。小さな卵型のスイッチだ。甲洋はそのスイッチを止め、ジワジワと引き抜いていく。
「ぁぐッ、ぅ……っ、ああ゛ぁ、ぁ、ぁ゛……っ!」
ビーズ状のブジーが、柔らかくしなりながら鈴口から飛び出してくる。その感覚にブルリと震えていると、残りのブジーが一気に引き抜かれた。
「ヒギッ……!? ィ、ぃああぁぁ──ッ!!」
その途端、溜まるにいいだけ溜まった精液がドッと噴きだした。長く続いた射精のあと、プシャッと音を立てて透明な潮まで吹いてしまう。腰回りはぐしゃぐしゃで、なぜ甲洋があらかじめタオルを敷いていたのかが、やっと分かった。
「はあぁッ、ぁ、ぁ、ぁ……あぁーっ、ア゛ーっ……」
また半分ほど白目を剥きながら、操はピクピクと痙攣した。ブジーを抜かれた鈴口が、真っ赤に染まりながら閉じたり開いたりを繰り返し、ぷくん、ぷくんと残滓を吐きだしている。
その痴態に甲洋はごくりと喉を鳴らし、震える息を漏らしながら、今度は尻の孔からローターを一つ、引き抜こうとした。けれどしっかりと食い締めて、なかなか上手く出てこない。
「これがそんなに気に入った?」
「ち、が……ちが……」
「俺のを挿れてるときよりも、ずいぶんしっかり咥え込んでるようだけど?」
「ひぅっ、アッ、くうぅぅんッ……!」
ローターがズルンと強引に引き抜かれた。尻の孔から卵を産まされたような感覚に、また軽くイッてしまう。操の身体は完全に大事な糸が切れていて、少しの刺激でも簡単に達してしまうようになっていた。頭も心も身体でさえも、すっかりバカになっている。
「もういやぁッ! イギだくないっ! イギだくないよぉ……っ」
「さっきはイカせてってうるさかったのに?」
「もうやらっ! やらぁっ!」
涙と鼻水でひどい有様の顔を見て、甲洋はまたひとつ震える息を吐きだした。その目つきは飢えた獣のようで、操が耐えていた分だけ彼もまた堪えていたことが伺い知れる。
「……ごめん、来主」
甲洋は低く吐き捨て、息を荒げながら自身の前をくつろげた。下着から引きずり出されたそれは、見たことがないくらいギンギンと脈を浮かせて反り返っている。見慣れているはずの肉棒が、今の操には凶器に見えた。
「や……やだ……いや……」
こんなものを挿れられたら、また死ぬほどイカされる。操はこれがどれほど気持ちいいものかを知っていた。ナカに挿れて、肉の壁をいっぱいに広げられ、痛いくらい擦られて、腹の奥を突かれると、よだれを垂らしながら悦んでしまう自分の淫らさを知っている。
だから怖い。これ以上は本当に壊れてしまいそうなのに。甲洋の男根から目が離せずに、喉を鳴らしてしまう自分が信じられない。
「やだ、やだ……っ、今したら、ぼく死んじゃう……っ」
ゆるゆると首を振って怯える操に、甲洋は余裕のない低い声でもう一度「ごめん」と言った。そして、縄が食い込む内ももに手をかける。二本のコードが伸びている濡れた孔に、熱い筒先を宛てがわれ、操は血の気が引くのを感じた。
「ダメ、ダメぇ! まだ入ってるの! ブルブルが、まだナカに……ッ!」
「来主……っ」
「いァ゛……や、!? 〜〜っぁ゛、やめ、ぁ゛っ、ァ──ッ!!」
ローターが残されたままの肉壷に、甲洋の肉柱が突き立てられる。比較的浅い場所に留まっていた二つのローターが、その切っ先によって奥へ押し込まれた。肉棒と一緒に壁を擦り、ブルブルと暴れながら届いてはいけない場所まで届いてしまう。
「イ゛ッ、んぃいぃ゛ッ! ……っ! や、め゛っ、壊れ、あ゛──! ァ゛……!? んぉ゛ッ、も、イグ、イグぅ゛──……ッ!!」
目を見開いていてすら、視界に火花が飛び散った。枯れた喉で絶叫し、また派手に絶頂を迎える。
甲洋はそれぞれ掴み上げた操の膝頭に爪を立て、食い締める肉の感触にブルリと背筋を震わせた。喘ぎ混じりに荒く呼吸を繰り返し、熟れただれた媚肛を激しく突き上げる。
何度も何度も、繰り返される律動のたびに潮を噴き上げ、操はイキ続けたまま戻れなくなった。
「や゛、ぁああ゛! ごわれるッ、ごあれるぅ……っ、ア゛ッ、ぉ゛……っ、ごべ、なざ、ごべんなざいッ、もう悪い子しないッ! 悪い子じないがらぁ……ッ!」
獣のように腰を穿ち続ける甲洋が、操の泣き顔を見下ろしながら口元を笑みに歪めた。
「来主は、いい子だよ」
彼はズボンのポケットから鍵を取り出し、手錠を外した。それをどこかに放り投げ、操の身体を抱きしめる。感覚をなくして痺れる両腕で、その首にぎゅうと抱きついた。耳元に擦りつけられた甲洋の唇が、「好きだよ」と甘く囁いて耳朶を食む。
「ッ、ぅ……うぅ、ぁ……っ、ひっ、く」
心がどろどろに蕩けだすのを感じて、操はどうしようもなくしゃくりを上げて泣きじゃくった。好きというたった一言を、こんなに嬉しく感じたことがあっただろうか。言葉でも、そして心でも、甲洋はその甘ったるい声で操に何度も好きだと言った。
「来主は……? お前の一番は、誰?」
切なく掠れる甲洋の吐息に、操は迷わずその名を呼んだ。
「ぁ゛……ッ、はっ、こう、よ……ッ、あぁッ、ぁ……っ、甲洋が、好き、いちばん、好きぃ……っ!!」
ドスン、とまた勢いよく奥を穿たれる。操はもう何度目になるか分からない絶頂を味わった。痙攣する肉の締めつけに甲洋もまた甘く呻いて、白い熱液を迸らせる。
ぶちまけられた灼熱の粘液に下腹を震わせながら、溺れたようにその背を掻き抱く。休みなく続行される抽挿に、操はそのあとも狂ったようにイカされ続けた。
*
目が覚めたのは、すっかり昼になる頃だった。
シーツは綺麗に取り替えられて、簡素なシャツとハーフパンツを着せられた身体も、ある程度は清められている。拘束も完全に解かれているが、起き上がるどころかまともに声を出すことさえままならなかった。
「来主、起きた?」
そこへ白いカップを手にした甲洋がやってくる。彼はカップをいったん机に置くと、操側に身体を向けてベッドの縁に腰掛けた。
「ぅ゛、ん……ケホッ、ケホッ!」
さんざん喚いたせいで、喉にヒリヒリと痛みが走った。軽く咳き込みながらも身を起こそうとする操の肩に腕を差し入れ、甲洋が眉をひそめながら介助する。
「これ飲んで」
甲洋は机に手を伸ばし、白いカップを操に差し出す。ほのかに立ち込める湯気と一緒に、蜂蜜と生姜のあたたかな香りがした。
カップを両手に持ち、ちびちびと口をつける。ほどよく冷ましてはあるようで、操はそれを最後まで飲み干してしまった。
「おいしぃ」
ホッと息をつき、甲洋を見るとへにゃっと笑う。甲洋もふっと笑った。操の手から空のカップを受け取り、机に戻す。
操はそんな甲洋をおずおずと見上げ、目が合うと視線をわずかにうつむけた。
「どうかした?」
「ん? んー……。あのさ」
「うん」
「……お皿割ってごめんなさい。次からは本当に、がんばって気をつけるから」
膝の上で、両手の指をモジモジとさせる。あれだけミスをしておいて、まともに謝ったのはこれが初めてかもしれない。操は甲洋に対して多くの不満を持っていたけれど、こうして素直に謝ってみると、今までの棘がスッと抜け落ちたような清々しさがあった。
息をついた操の髪を、大きな手がくしゃくしゃと乱す。見上げれば優しい笑みがあって、その笑顔が今朝はとびきり甘く見える。
「俺こそ悪かった」
「なんで君まで謝るの?」
「お前のワガママは可愛いよ。生意気なところもさ。可愛いから、困ってしまう」
キョトンとしながら首を傾げた操に、甲洋は苦笑を浮かべた。
「来主を甘やかすってことは、俺まで一緒にダメになるってことだ。本当は店もなにも放りだして、四六時中お前とベタベタしていたいよ」
「えっ、それほんと!? ほんとにそんなこと思ってたの!?」
「ほんとだよ」
自嘲気味に肩をすくめた甲洋に、操は瞳を輝かせながらグンと伸び上がるような嬉しさを感じた。
「俺が厳しく接するぶん、一騎がフォローしてくれる。そこに甘えすぎてたよ」
ふたりきりでいるときの甲洋と、仕事をしているときの甲洋とではあまりにも態度が違いすぎて、操はそのギャップを受け入れられずにずっと腹を立てていた。けれど彼が仕事中やたらと厳しかったのは、操を律するのと同時に自分をも厳しく律していたからだったのだ。
変なの、と思ったけれど、そこが甲洋らしくもある。そう思える自分に、操は喜びを感じた。そんな彼らしさが腑に落ちるくらいには、自分たちはもうずいぶんと長く一緒に過ごした。これはその証でもあったから。
「なぁんだ、そっか! そうだったんだ……えへへ、嬉しい!」
広がる喜色を満面の笑顔に乗せて、操は甲洋に抱きついた。いつもクーがしてくるみたいに、甲洋の頬やあごの下にスリスリと自分の頬を擦りつける。しっかりと抱き返しながら受け止める甲洋の心が、くすぐったそうに震えていた。だから操までくすぐったい気持ちになって、ころころと声をあげて笑ってしまう。
「あ、そういえば」
ずっとそうしていたかったけれど、ふと気になって顔を上げた。
「あのオモチャどうしたの? もう捨てた?」
「まさか。勝手に捨てたりなんかしないよ」
甲洋が窓際のチェストに目線をやるので、操もそれを追いかけた。チェストの上には昨夜使ったアイテムたちが、普段使用しているローションだとか、ゴムの箱と一緒に行儀よくカゴに収まっている。
「とりあえず洗って消毒はしたけど」
どうするの? と目だけで問われて、操は少しドキリとした。捨てるも捨てないも、それは持ち主である操次第だ。
つい昨夜のことを思いだして、身体の奥がジンとする。ひどい目にあったとは思うけど──。
(やっぱり、自分のために買ったのかも……)
甲洋が言っていた通り、めちゃくちゃにされたかったのは自分の方だったのかもしれない。思わず漏れた熱い吐息が、それを証明しているようだった。
「……ときどき使おうよ。ダメ?」
死にそうな思いをしたし、前も後ろもなんだかまだ違和感がある。
甲洋はいつもより怖くて意地悪で、そのくせぜんぜん余裕がなかった。こうしてずっと一緒にいたとしても、まだまだ知らない顔がある。それをもっと知りたいと思った。だからたまになら、またしてみたい。優しくされるのもいいけれど、あんなふうにイジメられるのが嫌いじゃない自分を、操は知ってしまったから。
きっとそのときになれば、またひどく泣いて後悔するに違いないのに。
「いいよ」
そんな感情を隠しもせずに漏らす操に、甲洋は少しだけ困ったような顔をして笑った。彼もまた、昨夜の異様な高ぶりを思いだしている。
癖になってしまったのは、甲洋も同じだ。
「俺に使わないならね」
しっかりと刺された釘に、操はわざと「どうしようかな?」と悪戯っぽく言いながら、可笑しくてつい笑ってしまった。
了
To a friend born in November. Happy Birthday!
←戻る ・ Wavebox👏
*元ネタを知らなくてもふわっと読み流せる内容だと思います(多分)
*甲洋くんのスケベ度が酷いです。
*スライム×操あり。
それは甲洋が二十歳になる誕生日のことであった。
「起きなさい、起きなさい私の可愛い甲洋や」
早朝、母・諒子に起こされた甲洋は何事かとベッドから飛び起きた。
母がわざわざ起こしにくるなんて珍しい。しかも普段は冷ややかな態度で接してくるはずの彼女が、今日はニコニコ顔の猫なで声で「可愛い甲洋」なんてありえないことを口走っている。
「……おはよう、母さん」
「おはよう甲洋。今日はとっても大切な日よ。早く王様のところへ行って、旅立ちの報告をしていらっしゃい」
「おお! 起きたか甲洋! 調子はどうだ?」
そこに母と同じく上機嫌の父・正浩が部屋に入ってきた。
「父さん、おはよう」
「王様を待たせては失礼だぞ? 今日という日のために、息子のお前を手塩にかけて育ててきたんだからな!」
父と母は楽しげにアハハウフフと笑い合っている。自分に関することで、両親がこれほどの笑顔を見せるのは初めてのことだった。
(分かりやすいな、ふたりとも……)
思わず力ない笑みがこぼれる。
彼らの言う通り、二十歳の誕生日を迎えた今日という日は、甲洋にとって旅立ちの日でもあった。
現在、世界は数百年も昔に封印されたはずの魔王・マレスペロの復活により、邪悪な闇に閉ざされようとしていた。
そしてここ『竜宮の町』は、かつて魔王を封印したとされる伝説の勇者が興したとして知られる町であった。再び魔王が復活した今、竜宮の町では素質を見いだされた子供は成人を迎えたその日に、戦いのための旅に出るというしきりたりになっている。
再び魔王を封印して勇者となったものには、王家より莫大な金銀財宝が与えられる確約がなされていた。父と母はそのためだけに、拾い子である甲洋を手元に置き続けてきたのだ。
塩対応を受けた記憶はあっても、手塩にかけられた覚えはない──が、拾ってもらったという恩はある。なにより、子供の頃から早く町を出たいと思っていた甲洋に、旅立つことへの異存はなかった。
「さぁさぁ! 早く旅支度をなさい!」
パンパンと手を叩く母に急かされ、甲洋は慌ただしく旅の準備をさせられた。
ヘッドバンドにグローブ、アンダーシャツとパンツの上から丈の長いオーバーシャツを着せられ、ブーツを履いて最後に紫のマントを羽織らされると、いかにも『ザ・勇者』なコスプレの完成だ。
まんまやないか……と、黄色いピタピタのインナー上下に真っ青なオーバーシャツを見下ろしながら、甲洋は思った。
「お前は俺たちの自慢の息子だ。しっかりやってくるんだぞ!」
そう言って、父は調子よく高笑いしながら甲洋の背中をバンバン叩いた。
*
急かされるままに城へ行き、王様との謁見を済ませた甲洋の手には、小さな布袋が握られていた。中には50ゴールドが入っている。なかなかしょっぺぇ……いや、貴重な旅の軍資金である。
道中魔物を倒しながら地道に稼いでいこうと考えながら、甲洋は町外れにある酒場へと足を向けた。
そこは各地から旅人が集い、仲間を得るための場所になっている。
ここで戦士や魔法使いなどといった職業につく人材を探し、強力な旅の仲間として同行を要請するのだ。
さっそく登録所になっている受付カウンターに向かうと、そこでは受付嬢の美魔女こと羽佐間容子が優しく微笑みかけてくれた。
「いらっしゃい、甲洋くん」
「こんにちは、羽佐間さん」
「その格好……そう、ついに旅に出るのね」
甲洋のザ・勇者なコスプレを見た容子は、心配そうな顔をした。けれどすぐに表情を引き締めると、
「さぁ、これが現在登録されている仲間のリストよ。きっとあなたの旅を助けてくれるわ」
と言って、カウンターの上に分厚い帳面を開いて見せた。
覗き込めば、そこにはズラリと同行が可能な仲間の一覧が表示されている──はずだったのだが。
「……打ち消し線だらけ?」
いるにはいるが、全員の名前の上に横線が引かれていた。
「ごめんなさいね……いまちょうど人手不足なのよ……でもほら、ここにひとり──」
申し訳なさそうに眉をさげた容子が指差した場所に、一人だけ横線が引かれていない者の名前があった。助かった、と思った甲洋だったが
「来主操……遊び人、か」
職業『遊び人』という記載を見て、ガックリと肩を落とした。
遊び人といえば、数ある中でもっとも使い物にならない職業である。戦闘中の指示には従わず、変顔をしたり踊りだしたりという問題行動ばかりをとる、とんだごく潰しなのだ。遊び人と言い切っている時点で職業ですらないはずなのに、なぜこうも堂々と記載されているのだろうか。
攻守のバランスを考え、無難に戦士、魔法使い、僧侶というパーティ構成を考えていたのだが、さっそく壁にぶち当たってしまった。
「ま、待って甲洋くん。遊び人と一口に言っても、言うことをきかないのは最初のうちだけなのよ。根気よくレベル20まで育てれば、賢者に転職することが可能になるの」
「はぁ……」
「それにね、この子はやればできる子なの。やらないだけで、やろうと思えばできるとってもいい子なのよ! そうよ、やれるわ……やれるはずだわ……!」
必死のフォローが痛々しかった。最後の方は甲洋にというより、自分に言い聞かせているかのようだったのは気のせいだろうか。
見たところ、遊び人として登録されているのはこの来主操だけのようだった。
おそらく他の旅人たちも、職業だけを見て判断したのだろう。強力な回復・補助・攻撃魔法まで、幅広く網羅する賢者という将来性には惹かれるが、そこまでの道のりがいささか遠い。
同じくレベル1でしかない初心者の甲洋にとって、遊び人の面倒を見ながらの旅は極めてハイリスクである。
だがしかし──。
どうやってこの状況を回避しようかと思案していた甲洋の脳裏に、ふとある考えが浮かんだ。
(来主操……みさお……女の子、かな?)
名前から察するに、おそらく女子。
そして遊び人の女子といえば、金髪ボンッキュッボン♡のハイレグ網タイツなバニーちゃんコス♡と、ファミコン版からSwitch配信版の昨今にいたるまで相場が決まっている。
「……なるほど」
可愛いバニーちゃん♡とのふたり旅。苦難の道のりの中、ちょっとしたロマンスだとか、ぱふぱふイベントだとか、そういったものがあるかもしれない。
いや、決してそんな浮ついた思考で魔王を倒そうだなんて、ナメたことを考えているわけではない。断じてないのだが、旅にTo LOVEるは付き物だから仕方がないと、甲洋は物事を柔軟に考えることにした。何事も頭でっかちはよろしくない。(性格:むっつりスケベ)
「分かりました。じゃあ、この子でお願いします」
「あらそう? よかった。甲洋くんになら安心して任せられるもの」
果たしてそうだろうか……。
「ぼくっ子とおれっ子で選べるけれど、どちらがいいかしら?」
「え? あ、あ~、そういう?」
男言葉属性とは予想外だった。が、そういう趣向もいいかもしれない。
しかし『おれ』となると女傑のイメージが強いような気がする。豪快で男勝りな女性も魅力的だが、どちらかといえば守ってやりたくなるようなタイプが好みだったので、とりあえず『ぼく』を選んでみた。
容子は頷き、さっそくカウンター裏の控室に向かって「操ー! ご指名よー!」と、声をかけた。
「はぁい!」
その元気のいい返事に、女の子にしては少し低め……いや、ハスキーボイスかな? イイネ! と思いつつ、胸をドキドキと高鳴らせた。
しかし控室の扉から飛び出してきて、目の前まで軽やかにやってきた人物を見るやいなや、甲洋の頭に思い描かれていた『ムフフなぱふぱふ旅』への希望は打ち砕かれた。
「ぼくの名前は来主操! よろしくね!」
ボンッキュッボンッでぼくっ子属性のバニーちゃん♡は、そこにはいなかった。目の前にいる人物はどこからどう見ても『ピエロ』の格好をしていて、ハスキーボイスどころかガッツリCV.木村良平の少年だったのだ。
「えぇ……?」
甲洋は戸惑った。
黄色のポンポンがついた三角帽と、白の襞襟がついているツナギのような道化衣装は、ピンクと紫のストライプ柄。かろうじて白塗りメイクはしていないものの、アホみたいな格好であることに代わりはない。まさしくピエロ。バニーちゃん♡とは掠りもしていなかった。
とはいえ顔は可愛い。が、そのぱふぱふ不可能な絶壁の胸を見て、甲洋のテンションは今日イチで盛り下がっていた。
「……チェンジで」
「不可能よ」
バッサリと切り捨てられた。
容子はカウンターから抜け出し、操の隣に立つとその肩を抱いて微笑みを浮かべる。
「操は箱入り息子なの。外の世界のことはなにも知らないから、いろいろと教えてあげてね、甲洋くん」
「ねぇおかーさぁん。クーも一緒に連れてっていい?」
「駄目よ。クーは老猫なんだから。ロイヤルカナン(健康的なカリカリご飯)だって、旅の途中じゃ手に入らないかもしれないでしょう?」
「クーは元気だから大丈夫だよ。草だって食べるもん」
「それだけじゃ栄養が偏ってしまうわ」
「ちぇー」
あ、親子なんだ……と枯れたススキのようなメンタルになっている甲洋は思ったが、操は旅立つことそのものには前向き──猫を連れてこられるのは困るが──な姿勢を見せている。
まったくやる気がないよりはマシかもしれないと、無理やりプラス思考に持っていかないことには、とてもやっていけそうになかった。
むしろやる気がなくなったのは甲洋の方かもしれないが。
*
「あっ、見て! クレープ屋さんがある! 買っていこうよ!」
晴れて(?)仲間をゲットした甲洋は、王様からもらった資金で旅の道具を揃えに向かっていた。しかしその途中、操がグイグイと腕を引っ張ってきて道端のワゴンショップを指差し、しつこくおねだり攻撃をしてくる。
「ダメだ。無駄遣いはできない」
「ねぇほら! タピオカミルクティーもある! 買ってぇ~買ってよぉ~」
「だからダメなんだって」
「なんでぇ!? ぼくお腹すいた! 喉も乾いた!」
「この50ゴールドで、君の装備と薬草を買うだけで精一杯だ」
「ぼく貧乏は嫌いだな……」
お前ふざけんなよと心が荒んだが、容子から頼まれている大事な息子さんなのでぐっと堪えた。操はその後も駄菓子屋に行こうだのCoCo壱でカレーを食べようだのとワガママを言い続けていたが、甲洋はどうにかスルーした。
そして武器屋で『ひのきのぼう』(安い)を買って、操に装備させた。
「なにこの棒きれ? ルガーランス買ってよぉ」
「お前……じゃなくて、君の今のステータスじゃ、そのくらいしか装備することは不可能だ。まともな武器が欲しいなら、目的地へつくまでにレベルを上げればいい。魔物を倒せばお金にもなる」
「えぇ~? なにそれだるーい」
同じレベル1でも、甲洋と操ではステータスの初期値にかなりの開きがある。
操の場合、下手をすればそのへんのモブ男性の方がよっぽど力があるかもしれない。甲洋は初期装備として『どうのつるぎ』を装備しているが、今の彼の腕力では棒きれがせいぜいだった。
その後、道具屋へ行くと残りの所持金を全て薬草に費やした。操はここでも「アップルグミの方が美味しいのに」と不満を漏らしていたが、このお話はドラクエパロなのでグミでは回復しないのである。
「いいから行くよ」
なんやかんやで時刻はもう昼時をわずかに過ぎていた。
最初の目的地である『海神村』には、徒歩でおよそ半日はかかる計算だ。途中で魔物とエンカウントすることを考えれば、到着する頃には夜になっているだろう。
魔王の城がどこにあるかも定かでない今、まずは各地を巡って地道に情報を集めていく必要があった。
町の出入り口には仲のいい友人たちや、よく世話になっていた近所の人たちが見送りに来てくれていた。
声援に手を振って答えながら、その中に両親の姿を探すが見当たらない。
すっかりセレブ気分で、今ごろ酒でも飲んでダジャレのひとつでも言っているんだろうなぁ……と少し虚しい気持ちになっていると、見送りの中に羽佐間容子の姿があることに気がついた。
「あ、お母さんだ!」
「ふたりとも、ちょっと待ってちょうだい」
容子はそう言ってふたりのもとへ駆け寄ってくると、甲洋と操にそれぞれ綺麗な風呂敷包みを手渡した。
「羽佐間さん、これは?」
「お弁当よ。急いで作ったから大したものじゃないけれど……」
「お母さんのお弁当!? やったー! 嬉しい! ありがとう!」
「羽佐間さん……ありがとう」
風呂敷包みはズッシリと重く、そしてまだあたたかい。
両親が見送りに来ていないことに一抹の寂しさを覚えていた甲洋だったが、そのぬくもりに笑みがこぼれた。
「いってらっしゃい。ふたりとも、必ず無事に帰ってくるのよ」
町の人たちと容子の優しい瞳に見送られ、甲洋と操の旅がはじまった。
*
竜宮の町を出てしばらく歩くと、いよいよ腹を減らした操が騒ぎだした。
仕方なく、甲洋は小高い丘の大木の根元を休憩地として座り込むと、操と一緒に容子が持たせてくれた弁当を食べることにした。
風呂敷包みの中には大きなおむすびがそれぞれ3つも入っており、とても一度では食べきれそうにないボリュームだった。が、操はニコニコ顔でそれらを全てぺろりと平らげ、水筒の中身まで飲み干す勢いだった。
(よく食うなこいつ)
いつ魔物が襲ってくるか分からない状況で、緊張感もクソもない呑気な食べっぷりには呆れてしまう。同時に、食べざかりの遊び人の面倒を見ながら旅をしていくことに、改めて不安を覚えた。
「ごちそうさまでした! お腹いっぱい。おやすみ」
「昼寝してる暇はないよ、来主」
操は道具袋を枕にして、完全に昼寝の体勢に入っていた。
巨大おむすびをひとつ平らげただけで満腹の甲洋は、憂い顔で溜息をつく。
(先が思いやられるよ……)
とはいえ食後すぐに動くのもよくないかと、少しだけ妥協して景色を眺める。
どこまでも続く広大な草原には風と共に雲の影がゆるゆると流れ、この世界が魔王に支配されようとしているなんて信じられないくらい、のどかな時間が過ぎていく。
しかし、そんなひとときは長くは続かなかった。
スライムがあらわれた!
「!?」
草むらから3体のスライムが、突如として姿を現したのだ。
青い半透明の身体をぷるぷるとさせながら、こちらの様子をうかがっている。
「来主! スライムだ!」
「むにゃ~? なに? もう食べられないよ~」
操はごろ寝したまま、赤ん坊のように両目をこすっている。
ダメだこいつと早々に見切りをつけ、甲洋は立ち上がると剣を構えた。
こうようの こうげき!
スライムAに 12のダメージ!
スライムAを たおした!
(よし! いける!)
1匹目のスライムを倒したことにより活路を見出した甲洋だったが、一瞬の隙をついて残りのスライムが同時に攻撃をしかけてきた。
スライムBの こうげき!
こうようは 7のダメージをうけた!
スライムCの こうげき!
こうようは 8のダメージをうけた!
「くっ……!」
地味に痛い。腹部と頭部にスライムアタックを食らった甲洋は、その衝撃で地面に尻もちをついてしまう。さすがはレベル1だ。まともな仲間さえ揃っていれば、初陣とはいえこれほど苦戦することもなかったろうに。
スライムBCはそんな甲洋を嘲笑うかのように、楽しげにビヨンビヨンと跳ねて様子をうかがっている。
「来主! 袋の中から薬草を……!」
どうにか膝をついて体勢を整えた甲洋が、寝転がっている操に視線を走らせた──が、そこに操の姿はなかった。
彼は今いる場所から少し離れた場所にしゃがみ込み、買ったばかりの『ひのきのぼう』の先っちょで
「つんつん、つんつん」
と、う◯ちを突いて遊んでいた……。
「お前はアラレちゃんか!!」
操は職業:遊び人の本領を発揮している。ずっと気を使って『君』呼びだったが、バカバカしくなったので『お前』呼びを解禁した。すっかりキレた甲洋は、こみ上げる怒りをスライム2匹にぶつけるべく斬りかかっていく。
こうようの こうげき!
スライムBに 100のダメージ!
スライムBを たおした!
スライムCの こうげき!
こうようは すばやく みをかわした!
こうようの こうげき!
スライムCに 150のダメージ!
スライムCを たおした!
スライムたちを やっつけた!
現在のステータス値ではありえないダメージ数を叩き出し、甲洋は無事にスライムの群れを倒すことに成功した。しかもレベルが2に上がり、スライムたちがいた場所にチャリーンと6ゴールドが落ちてきた。
「なんとかなったか……」
ふっと息をついた甲洋だったが、安堵したのも束の間「うわー!」という悲鳴が聞こえて息をのむ。
素早く視線を走らせれば、う◯ちを突いて遊んでいたはずの操が、他のスライムの群れに襲われている姿が目に飛び込んできた。
「やだやだ! なにこれ!? 助けて甲洋ー!」
「来主!!」
スライムの群れは先ほどよりも数が多く、AからFまで6匹もいた。あれに一斉にタックルでもキメられれば、一発で教会行きになってしまう。まだ旅立って間もないというのに、棺桶を引きずって町に引き返すのは御免である。
慌てて駆け寄ろうとした甲洋の前に、6匹のうち2匹のスライムがビヨンビヨンと飛び跳ねながら立ちふさがった。
「どけ!」
即座に斬りかかったが、俊敏な動作で避けられてしまう。
そうしている間にも、残りのスライムが操に襲いかかっている。しかし、その攻撃方法はさきほどのスライムたちとは違っているようだった。
「やだやだー! 助けてぇ!」
「く、来主!?」
スライムたちはぐにゃりと蕩けたようにその形を変え、操の身体に張りついていた。みるみるうちにピエロの衣装が溶かされて、あどけない少年の肌が露わになっていく。
「!?」
三角帽がポロリと地面に落ちている。もがくことに夢中の操は、ひのきのぼうすら手放していた。衣装はかろうじて腕や両足首に絡みつき、そして身体の中心の大事な場所だけを残して、あとは無残に溶かされている。
(ピンクだ……)
と、呆然と立ち尽くしながら甲洋は思った。
ぱふぱふ不可能な絶壁の胸。だがそのいただきにある2つの点が、ツンと尖って桃色に染まっている。男にしては少しばかり乳輪が大きめで、正視しがたいほどに扇情的だ。胸が薄いからこそ、主張が激しい。
甲洋はぽっかりと口を開け、その光景から目が離せなくなっていた。
「やっ、ぁ、やだぁ……ッ、きもちわる、あっ、うぅ……っ!」
ゲル状になったスライムたちが、白い皮膚の表面を蠢いている。タコのような形状で幾本もの触手を伸ばし、太もも、腰、首筋、そして胸の上を這っていた。
操は必死でそれを引き剥がそうとしているが、恐怖とそのおぞましい感覚にひどく身を震わせ、大きな瞳から涙をぽろぽろと零している。
「ヒッ、ぁ、ダメ! おっぱい、ぼくのおっぱい、いじめないでぇ……!」
胸の上で、半透明のスライムが乳首をそれぞれきゅうっと引っ張って伸ばしているのが分かる。操は腰をビクビクと跳ねさせ、ついに地面に尻をついてしまった。内ももに巻き付いているスライムが、両足をMの字に開かせる。
そしてついに、身体の中心へとその触手を伸ばしていった。かろうじてまとわりついている布がどんどん溶かされ、まともに毛も生え揃っていない恥部を今にも露わにしようとしていた。
「そこやだ、やだぁ! 助けて甲洋、助けてぇ……っ」
「ッ!!」
そこでようやく、甲洋は我に返った。
(み、見入ってる場合か!!)
甲洋はデレ~ッとした顔で操の痴態を見つめていた2匹のスライムを、一瞬で撃破した。そして操に駆け寄ると、全身に張りついているスライムたちを一心不乱に毟り取る。バラバラに千切れたスライムは動かなくなったが、徐々に寄り集まって元のツルリとした形状に戻り、容赦なく甲洋に襲いかかってきた。
それを斬ったり蹴ったりボコボコにしてやると、またレベルが上がった。(ついでに12ゴールド手に入れた)
「大丈夫か!? 来主!」
操はすっかり身体を丸めて泣いていた。すぐそばで膝をついた甲洋の顔を潤んだ瞳で見上げ、思い切り首に抱きついてくる。
「怖かったよぉ! おっぱい千切れるかと思った!」
胸にすがりついてピーピー泣いている操の身体に、甲洋は脱いだマントを巻きつけてやった。そしてその背中をポンポンと叩き、深く安堵の息をつく。
だいぶショックは受けたようだが、怪我がないようで安心した。が、どちらかといえば甲洋の方が身動きが取れない状態になっていた。
「来主、悪いけど……ちょっと離れて」
「ぐすんっ……ん、なんでぇ?」
「あの、ほんとに今ちょっと……愚息が……」
「?」
首を傾げる操の両肩を軽く掴んで引き剥がした。そして地面にドカリと尻を落ち着けると、両膝を緩く立てて猫背になる。膝頭にそれぞれ両肘を置き、深く溜息を漏らした。
「はぁ~……」
「甲洋?」
身体に紫色のマントを巻きつけた操が、心配そうに目を瞬かせていた。
彼には分かるまい。旅の扉をくぐる前に、新しい性癖の扉を開けてしまった甲洋の気持ちなど。股間の息子はそりゃあもう大変なことになっていて、しばらくは動けそうになかった。
(嘘だろ……来主は男だぞ……)
ボンッキュッボンッなバニーちゃん♡ならいざ知らず。
スライムに陵辱される姿に興奮してしまいましたなんて、甲洋を信じて預けてくれた羽佐間容子に、なんと詫びればいいのだろうか。
それもこれも、こいつのピンクなちっぱいが悪い。胸では不可能でも、太ももならぱふぱふ可能と思えるほど、柔らかそうな尻から腿にかけてのラインが悪い……。
自らの節操なしなドスケベを棚にあげ、甲洋は横目で操を睨んだ。すると操はまだほんの少しだけ涙を浮かべた瞳で、にっこりと笑みを浮かべる。
「ッ!」
その笑顔を見て、甲洋はぐっと喉を詰まらせた。
可愛い顔をしているとは思っていた。思ってはいたのだが──
(こんなに、可愛かったっけ……)
胸がドキドキしてきて、顔に血液が集中していくのを感じた。
おかしい。こんなのはおかしい。あんな光景を目の当たりにしたからって、急に意識してしまうなんてどうかしている。
けれど胸の高鳴りは増すばかりで、気のせいでは片付けられないほど大きくなっていた。
「甲洋!」
落ち着かなければと脳内で念仏を唱えはじめる甲洋の腕に、操がぎゅっと抱きついてくる。
「ッ、ちょ……な、なに」
押しつけられる真っ平らな胸ですら、今はそうやすやすと触れてはいけないもののような気がしている。上ずりそうになる声を抑え、あえてそっけなく返す甲洋の肩に、操は猫のような動作で頬を擦り寄せた。
「助けてくれてありがとう。カッコよかったよ、すごく」
「そ、そう」
「これからも守ってね、ぼくのこと」
いやお前も戦えよ──とは、言えなかった。
多分、ついさっきまでなら平然と言えたはずなのだ。面倒を見るつもりで諦めてはいたが、別に甘やかそうなんてこれっぽっちも思っていなかった。
さっさとレベル上げをして、賢者に転職させるまでの辛抱なのだと。
だけどすっかり顔を赤らめている甲洋は、ついつい素直に「うん」と言って頷いていた。
スライムを倒してレベルが上がったのは甲洋だけではない。
戦いに参加していなくても、経験値は同じパーティにいる操にもしっかりと振り分けられていた。つまり甲洋が敵を倒せば、そのぶん操もレベルが上がるのだ。
(しょうがないよな、また変な襲われ方しても困るし)
どこか言い訳めいたことを心の中で呟きながら、甲洋は潤んだ操の瞳にふっと小さく微笑み返した。
二十歳の誕生日と、生きて戻れるかすら分からない旅立ちと。
なんて日だと思っていた気持ちが、ほんのちょっぴり薄らいでいる。
少なくとも今まで生きてきたなかでは、最も悪くない誕生日になったかもしれない。不思議と、そんな気さえしはじめていた。
甲洋と操の旅は、まだ始まったばかりだ。
その後、宿屋に泊まった翌朝には必ず「ゆうべはお楽しみでしたね」などと言われてしまうまでにふたりの関係は発展していくのだが、そんなラブラブでぱふぱふな未来が訪れるのは、まだほんの少しだけ先のことである。
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