2025/06/16 Mon カウンターのペンダントライトだけが灯された店内に、湿った息遣いが響いている。小さな唇が立てるかすかな水音を聞きながら、甲洋は無意識に喉を鳴らした。 「んぅ、ぅっ、ぷは……! はぁー、あご疲れたぁ」 床にぺたんと座り込み、椅子に腰かけている甲洋の股間にすっかり顔を埋めて性器を口に収めていた操が、大きく息をつきながら上向いた。暖色の緩い照明を弾いて、濡れた唇がてらてらと妖しく光っている。 「……もうやめない?」 その卑猥さから目を逸し、声を上ずらせながら言った甲洋に、操は「やぁだよ」と言って猫のように瞳を細め、得意げな笑みを浮かべた。 「君はただ座ってればいいんだから、楽なもんでしょ? ぼくがちゃーんと気持ちよくしてあげるから、おとなしくしててよね」 無邪気で生意気な少年の笑顔と、やっていることのギャップに目眩がする。 彼が言う通り、今の甲洋はただこうしておとなしく座っていることしかできない。絶対に手を出してはいけないという『決まり』の上に、この特殊な状況は成り立っていた。つまり生殺しも同然だ。天国と地獄を一度に味わわされている気分になりながら、行き場のない両手が身体の両脇でそれぞれ椅子の座枠を握りしめている。 「ッ、ぅ……!」 先走りに濡れた柔らかな手の平にじわじわと扱かれ、甲洋は食いしばった歯の隙間から小さな呻きを漏らした。 「あは、なんかまた大きくなった! ビクビクしてるし……ねぇ、気持ちいい?」 幼い瞳がキラキラと輝きながら甲洋を見上げた。 素直に答えてやるのは癪に障る。自分のほうがずっと年上であるというプライドが、快楽を享受することを躊躇わせていた。それと、罪悪感。 しかし股間のブツは誤魔化しようがないほど隆々と勃起している。幼く頼りない指先が、血管の浮き立ったグロテスクな肉の竿に添えられている光景は、毒以外のなにものでもなかった。先端がまた、じわりと先走りを滲ませる。 「もっといっぱいよくしてあげるね。ぼくがもう子供じゃないってこと、ちゃんと教えてあげなくちゃ」 性にけぶる思考で、甲洋はまたひとつ後悔とも期待ともつかない息を飲み込んだ。 * 操は甲洋がオーナーを務める珈琲喫茶・楽園でバイトをしている、16歳になったばかりの高校一年生だった。ふたりはかくかくしかじか(割愛)で、現在交際中の恋人同士でもある。 しかしキス以上のことはまだしていない。今のところはするつもりもなかった。 なにせ相手は10も年下の高校生だ。キスをするのですら後ろめたさが拭いきれないというのに、スケベなことなどもってのほかである。 閉店後の人気のない店内で、あるいは操を家に送り届ける途中で。タイミングを見計らい、軽く口づけを交わし合う。今はそれだけで充分に幸せだと思えるし、決して発育がいいとはいえない身体に欲望をぶつけるほど、甲洋の理性は緩んじゃいない。 モテる割になんやかんやで色恋とは縁がなかった甲洋にとって、操は人生で初めてできた恋人だった。大切にしようと心に決め、せめて彼が18歳になるまでは死んでも手を出すまいと、己を律する日々を送っていた。 ──が、しかし。そんなある夜、珍事は起こった。 閉店後の片付けをあらかた終えて一息つくと、操が甲洋のシャツの袖をちょこんと摘んで何度か軽く引っ張ってきた。こういう仕草いいよなぁなんて男心をくすぐられながらも、目線だけで「なに?」と問いかける。すると彼は上目遣いで驚くべきことを口にした。 「ねぇ甲洋、エッチしよー」 それはお茶でもしよう、くらいの気軽なトーンだった。 「……今なんて?」 なにかの聞き間違いだろうかと耳を疑う甲洋のシャツの袖を、操がブラブラと揺さぶりながらにっこり笑う。 「エッチしようよ。ぼく甲洋としてみたい」 「っ、は?」 「だってぼくたちまだキスしかしてないじゃん。付き合ってる同士はそれ以上のこともするでしょ? だからぼくたちもしようよ」 聞き間違いではなかった。どストレートなお誘いに、甲洋のなかに稲妻のような衝撃が走る。 「どっ……なん、な……急に、なん……?」 滑らかに言葉を発したつもりが、激しい動揺に舌がもつれてしまった。 こいつは急になにを言いだすのだろう。操の口からダイレクトに「エッチ」なんて言葉が飛びだすとは思いもしなかった。夢を見すぎな気もするが、操に性行為という概念があったことに大きな衝撃を受けている。それほどまでに、甲洋は彼のことをまだ無知な子供だと認識していたのだ。 しかし考えてもみれば、今の操はもっともそういったことに興味津々な年頃と言えるだろう。むしろこの年齢ならごく自然なことである。相手がいるならなおのこと、してみたいと思うのはなにもおかしな話ではない。 動揺とは別にある種の感慨を覚えながらも、甲洋はこほんと軽く咳払いをした。 「来主にはまだ早い」 「早いってなに? ぼくもう子供じゃないよ」 「俺からすればまだ子供だ。なんの準備もなしにおいそれとできることでもないしね」 手慣れた者同士なら別だろうが、自分たちはまったくの初心者なのだ。勢いだけでどうにかなるものではないだろうし、ましてや操はまだ発育途中で身体が出来上がっているとはとても言えない。 いざその時が来たら、甲洋は当たり前のように自分が抱く側だと思っている。つまりそれは、操の身体に大きな負担をかけるということだ。心も身体もまだ幼い彼に、それが耐えられるとは思えない。 けれど操はそんな甲洋の気遣いも知らず、不満そうに顔をしかめた。 「いいじゃん別に。学校の子たちはとっくにしてるよ。ぼくだけダメなんて、そんなのズルいよ」 「うちはうち、よそはよそだ。他人と張り合う必要はない」 大方、友人間でその手の話題でも上がったのだろう。高校生ともなればすでに経験済の者がいたっておかしくはないし、それを武勇伝のように語りたがるヤツも必ずいるものだ。気持ちは分かるがすっかり感化されているらしい様子に、甲洋はささやかな嘆声を漏らす。 すると操は不服そうに吊り上げていた瞳に、じわじわと涙を浮かべはじめた。 「ぼくとはしたくないってこと?」 「……は?」 「ぼくとするのが嫌だから、君はそんなこと言うの? ぼくのこと好きじゃないの?」 唇を噛み締めながらうつむく操に、そういうところが子供なのだと呆れてしまう。 心から好きな子が目の前にいて、したくない男などいるものか。甲洋はエフェボフィリア──成人男性による思春期の男女に向かう性的嗜好──ではないが、操に限って言えばこの小さな身体を組み敷いて、すみずみまで触れてみたいという欲求が確かに存在している。だけどそれを抑え込んででも大事にしたいと、心から思っているのだ。その気持ちを疑われるのは心外でしかない。 甲洋は操と向き合い、悔しそうにすくめられた両肩にそれぞれ手を置いた。わずかに身を屈め、小首をかしげるようにしながら顔を覗き込むと、彼が理解できるように飾らず素直な言葉を選んでいく。 「来主、それは誤解だ。嫌だなんて思わないし、好きじゃなきゃキスだってしない。俺だって……本当はしたいよ。お前と、もっと先のこと」 「ほんと!?」 操が潤んだ瞳を丸くしながら顔をあげた。しっかりと頷いて見せると、彼は期待に満ちた笑顔を浮かべた。 「だったらっ」 「でもまだダメだ」 「えぇ!? なんでぇ!?」 「そういうことは焦ってするものじゃないし、男同士でするのは来主が考えてるほど簡単じゃない。俺はお前を傷つけるようなことはしたくないんだ」 甲洋の気持ちが伝わったのか、操はぐっと黙り込んでしまった。そしてまた下唇を噛みながらうつむいてしまう。甲洋はふっと笑って、その亜麻色の柔らかな髪をくしゃりと撫でた。 「大人になるのなんてあっという間だよ。それに俺が今のお前にホイホイ手なんか出したら、犯罪になっちゃうだろ?」 少しでも空気を変えられればと、最後は少しおどけてみたつもりだった。しかし操はまだ納得しきれない様子でいじけた顔をしている。 「そんなの黙ってれば分かんないのに」 「俺が罪の意識に耐えられない」 「甲洋の意気地なし」 「なんとでも言えばいいさ」 操は「ちぇー」と言って、つまらなそうに両手を頭の後ろにやって指を組んだ。 ひとまずこの場は収まりそうだと安堵したのもつかの間、操は急になにか思いついたように「そっかぁ!」と声をあげながら両手を叩いた。 「わかった! それならぼく、いいこと思いついたよ!」 「?」 「こっち来て!」 操は甲洋の手を取ると、テーブル席のひとつへ強引に引っ張った。すでに椅子はすべて逆さに伏せられていたが、その一脚を持ち上げると引っくり返して床に置く。 「ここに座って!」 「なに?」 「いいから早く!」 促されるままひとまず椅子に腰掛けた。すると一体なんのつもりだと怪訝な顔をする甲洋の膝に、操が勢いよく馬乗りになってくる。 「ちょっと、なに?」 なにやら不穏なものを感じながら上体を引き気味にする甲洋に、操は「へへー」と笑うと首に両腕を回してくる。そして次の瞬間、ぐっと顔を近づけると唇に吸いついてきた。 「んっ!?」 咄嗟に目を見開きながら、甲洋が驚いた理由は他にもあった。合わさった唇に濡れた感触が触れたと思ったら、そのまま強引に口内に侵入してきたのだ。 それが舌であると理解した瞬間、甲洋は操の両肩を掴んで引き剥がしていた。 「ばっ……な、なにしてるんだお前!?」 「なにって、ちゅうだよ?」 ケロリとした顔で言われて唖然とする。舌を入れるようなキスなんて、今まで一度もしたことがない。いつもは唇同士を軽く触れ合わせるだけで精一杯なのだ。 顔を赤くして絶句する甲洋に、操は悪戯小僧のような表情でふふっと笑った。 「今からぼくがすることに、君は絶対に手を出さないで。ただ座ってればいいよ」 「なに言って……?」 「ぼくはぼくがやりたいことを好きにやるから、君は黙ってなにもせず知らんぷりしてればいいんだ。それなら別に構わないでしょ? だってぼくが勝手にしてることだもん」 「そういう問題じゃないだろ。見て見ぬ振りなんてできるわけ」 「甲洋」 操の顔から笑顔が消えるのと、頬を両手で包み込まれるのは同時だった。彼は見たこともないほど真剣で切ない表情をしている。そこにはどこか切羽詰まったような気迫すらこもっていて、甲洋は咄嗟に言葉を失ってしまう。 「ぼくはもう何も知らない子供じゃないよ」 「来主……」 「ちゃんとやり方も知ってるし、君が思ってるほど脆くもない」 じんわりと潤んだ瞳が揺れている。そこに浮かぶ情欲の色を見て、甲洋は無意識に生唾を飲み込んでいた。うっすらと上気したまろい頬は、少女のような幼さに反して特有のあだっぽさがある。 これは不味いぞと、甲洋は思った。しっかりと蓋をして鍵をかけていたはずの欲求が、目の前の小さな火に煽られて疼きはじめている。しかしこのまま流されるわけにはいかないと、開きかけた口が熱っぽい唇によって一瞬だけ塞がれた。 「ッ、!」 「甲洋、好き。ぼくのこと、ちゃんと君の恋人にして」 そのいじらしくもある告白に、心が折れるような感覚を覚えた。相手にここまで言わせてなお拒めるほど、堅固な理性など持ち合わせてはいない。 三度重なってきた唇を黙って受け入れ、差し込まれた薄い舌の感覚に目眩を起こす。その背を抱き返して思うまま貪りたいのを必死で堪えながら、甲洋は腰かけている座面の縁を軋むほど握りしめた。 「んっ、ふ……」 ちゅ、ちゅ、と音を立てて何度も唇に吸いつかれ、小さな舌が闇雲に口内を動き回るのをただ受け止めながら、その拙さに胸を掻き毟られる。 いい具合に舌同士が擦れると、膝の上で操の身体がぴくんと跳ねた。それが癖になったのか、彼はしきりに痩せた舌を擦りつけてくる。そのたびに鼻から抜けるか細い声に、異様なほど興奮させられた。 「は、ぁ……なん、か、頭のなかとろとろして……気持ちぃ、ね」 口の周りを唾液で濡らしながら、操は熱に浮かされた表情で深い息を漏らす。 手どころか舌すら出せなかった甲洋は、不完全燃焼ながらも蒸したように頭がぼうっとするのを感じていた。一方的な拙いキスでこんなに熱くなってしまうのだから、いざというときどれほど気持ちよくなってしまうのだろう。予行演習にすらならないこの状況に、未来への期待が積み立てられていくようだった。 操は甲洋の肩に手をつきながら膝から下りると、床に両膝をついた。軽く開かれた両足の間に身体を割り込ませ、両手でズボンの前を寛げようとする。頭が留守になっていた甲洋は、次に起こる出来事を察して咄嗟に肩を跳ねさせた。 「く、くるす」 「ダメ。手出ししないで」 「……っ」 自分より一回り以上も小さな相手に、ひどく威圧されているような気分だった。やろうと思えば簡単に退けられるはずなのに、縄で縛られたように身体が動かない。しかし、焦りだけはバカみたいに膨らんでいた。なにせ甲洋はもはやすっかり── 「わぁ……すごいや甲洋! もうこんなになってる!」 意外にも器用に手早く前を寛げ、下着の中から甲洋のモノを引きずり出した操が、嬉しそうに目を輝かせた。それはすっかり勃起して、ぐんと天を仰ぎ見ている。 年上とはいえ、甲洋だってまだ若い雄であることに変わりはない。それでも堪え性のない愚息に深い嘆息を漏らし、思わず片手で顔を覆った。 ここまで己を律してきたことに、一体なんの意味があったのだろう。あまりにも素直に形を変えた息子は、待ってましたと言わんばかりに元気よく脈を打っていた。 「こんなふうになってる大人ちんちん、初めて見たよ!」 「頼むから、あまり見るな……」 操が嬉しそうにすればするほど、羞恥と自責の念にいっそ消えていなくなりたい気分になった。 そんな甲洋の気も知らず、操は興味深そうに瞳をくるくるとさせながら、反るようにして勃起した性器の頭を人差し指の先で軽くつついた。 「ッ、あっ!」 思わず漏らしてしまった甘く上ずった声に、操がポカンとした顔で甲洋を見上げた。しまったと思いながら片手で口を抑えると、彼は頬を興奮で赤く染めながら顔いっぱいに喜色を広げる。 「今のなに!? すっごく可愛い! 君ってそんな声出すんだ!」 「い、今のは、ちが」 「ねぇ、もっと聞かせてよ!」 「~~ッ!」 本気で消えてしまいたい。かつてこれほどの羞恥に苛まれたことがあっただろうか。 「ここをたくさん可愛がってあげたら、さっきみたいな声いっぱい出るかな?」 「ちょっ、待っ……ぁ!」 もっともっとと強請るように脈打つ竿をむんずと掴まれ、今にも逃げ出したい思いで甲洋は内心頭を抱えてしまった。 * そして話は冒頭に戻るというわけだ。 操は歯を食いしばる甲洋をどうにかして鳴かせようと躍起になり、あの手この手で性器を刺激し続けている。しかしここでおめおめと声を出すなんて、そんなことはプライドが許さない。 小さな口にぱっくりと咥えられると秒でイキかけたが、頬肉の内側を血がにじみそうなほど噛んでギリギリ堪えてみせた。さっきからその繰り返し。甲洋にはいつしかイッたら負けという、謎の対抗心まで芽生えはじめていた。 「こんなにピクピクして固くなってるのに……なんで? 気持ちよくないの?」 「ッ、……さぁ?」 額に脂汗を滲ませながらも、平静を装って目を逸らす。 自分でもよくぞここまで耐えていると思うが、不慣れな操はしょっちゅう力の加減を間違えるし、歯を立てられるなどして痛みが走ることもしばしばあった。 おそらくこの子は、まともに自慰もしたことがないのだろう。同じ男だからこそ分かるはずの扱い方や匙加減を、彼は全く知らない様子だ。 それでも甲洋自身が元気なままでいるのは、この特殊な状況や視覚的なものによるところが極めて大きい。 小さな両手を添えながら、チロチロと子猫のように這わされる赤い舌だとか、喉奥まで押し込もうとして苦しげに歪められる表情だとか、くぐもった声だとか。自慰では決して得られない興奮に、まるで脳が揺れているかのようだった。 「さっきみたいな声もっと聞きたいのにぃ」 操は手の中の竿をきゅっと握りながら唇を尖らせた。ここで諦めてくれさえすれば、後はトイレにでも駆け込んでどうとでも処理してしまうことができる。どことなく終わりの空気を感じた甲洋は、幾らか気を抜きながら深い息をついた。 「もういいだろ。時間も遅いし、今日はこのくらいに」 「やだね」 しかし操は眉を吊り上げ、引こうとしない。 「だってこのままじゃ悔しいし。それに、最後までしなきゃ意味ないじゃん」 「最後までって……」 まだ言ってるのかと呆れる甲洋を他所に、操は立ち上がると自分のウエストに手をかけた。ズボンの前をすっかり緩めると下着ごと勢いよく下ろして、下半身を丸出しにしてしまう。 「!?」 惜しげもなく晒された白い半身に、甲洋は息がつまるほど驚いた。声すら失って硬直していると、操は裾を踵から引き抜く際に靴まで一緒に脱ぎ捨てて、ポイッと床に放ってしまう。そして意気揚々と、再び甲洋の膝に跨ってくる。 その身体の中心では拙い性器がゆるく勃ちあがっていた。甲洋に奉仕しながら、彼もまた興奮していたという事実に目が眩みそうになる。 「あは、ぼくのおちんちんも、甲洋のと同じになってる」 操はまるで見せつけるかのように自分の右手を自身に触れさせ、ゆるく握り込むと軽く扱いた。 「あっ、ぁん、ぁ……っ、は……これ、きもち、ぃ」 「くる、す……っ」 かぶさった皮の切れ目から、桃色の先端がほんの少しだけ頭を覗かせている。そこからじわじわと滲みだす先走りが、擦り上げる手の動きに馴染んでちくちくと卑猥な音を奏でていた。 呆然としながら幼い屹立とその痴態に見入っていた甲洋に、操がふっと微笑んだ。 「触りたい?」 「……ッ!」 「でも、ダメ。だってそんなことしたら、君は悪い大人の仲間入りだもん」 憎らしさと口惜しさを同時に覚え、甲洋はぐっと奥歯を噛み締める。ギリギリまで張り詰めている理性の糸が、今にも音を立てて千切れてしまいそうだった。 細い腕の片方が甲洋の首にまわり、もう片方の手がそっと頬に触れてくる。軽く上向かされると、操がすぅっと目を細めた。 「ぼくはそれでもいいけどね。君が悪い大人でもちゃんと好きだし、誰にも言わない。お母さんにだって言わないよ。ぼくらだけの秘密にしててあげるから」 今の甲洋にとって、それは蜜より甘い誘惑だった。ずっと何も知らない子供だと思っていたはずの操が、妖艶な笑みすら浮かべて年上の男をそそのかしている。ほのかな喪失感と共に、脳が揺れるほどの興奮が再び甲洋を襲った。 「来主……」 見えない糸で操られているかのように、甲洋は震える両手を操の太腿に這わせていた。あのよく知る無邪気な笑顔が、くすぐったそうに笑い声をあげる。 ああ、触れてしまった。決して手出しはすまいと必死で堪えていたのに。操の肌は瑞々しくて、誘うように手の平に吸いついてくる。じわじわと足の付根に向かって撫でていきながら、ごくりと生唾を飲み込んだ。 指先が今にも濡れた幼茎に届こうとしたとき、操の両手がそれぞれ甲洋の手の甲にかぶさった。緩く掴まれたと思ったら、彼はその手を自分の脇腹へと移動させてしまう。 「来主……っ」 なぜ触れさせてくれないのかと、甲洋は切なく瞳を細めて操を見つめる。彼はどこか意地悪そうに微笑むと、吐息だけで「悪いひと」と囁いて甲洋の額にキスをした。 煽ったと思えば焦らしてくる。一体どこで覚えてきたんだと問い詰めたい思いに駆られながらも、年下の恋人に弄ばれていることに興奮させられた。このまま最後まで委ねてしまえば、その先にどんな快楽があるのだろう。どうしても知りたくて、待てと命じられたまま放っておかれる犬のような感覚にすら、気持ちが高ぶる。 意識が桃色の霧に覆われたようになりながら、甲洋はただぼうっとした顔で操の動きを見守った。彼は片手と片足を甲洋の肩と床につけて身体を傾け、もう片方の手を下へと伸ばす。先走りと唾液で根元まで濡れている甲洋の肉筒に指を添えると、細腰が位置を調節するように蠢いた。 甲洋はおとなしく操の脇腹に手を添えて、一連の動きを支える。先端が、窄まったなにかにそっと押し当てられた。 「言ったでしょ? ちゃんとやり方知ってるって」 ごくりと喉を鳴らした甲洋に、操は得意げな顔でそう言った。意識はとっくに霧に飲まれて、甲洋にはもうまともな思考などできやしない。最高潮まで達した期待に肌が粟立ち、ただ貪欲に息を震わせることしかできなかった。 バカになっていたのだ。場の空気と激しい渇望に飲まれて、それはもう完全に。だから操が躊躇なく全体重をかけて腰を落とした瞬間、 「いっ……たぁ~~~い!!」 ──と上がった甲高い悲鳴に、風船が割れたような衝撃を覚えた。 「ッ!?」 「あうぅ、痛いぃっ! なにこれ!? こんなの無理じゃん! 裂けちゃうよぉ!」 操は片足の爪先だけ床につけた状態で、ぎゃんぎゃんと喚き散らしている。その様子にハッと我に返った甲洋は、慌ててその両肩を掴むと引き離そうとした。 「まっ、待って! やだ! まだ先っちょしか入ってないー!」 「だからまだ早いって言っただろ! うぁッ、ちょっ、俺も痛いから暴れるな!」 乾いた孔に先端だけ中途半端にめり込んでいるという状態は、操だけでなく甲洋にも甚大な痛みをもたらしている。なにせ最も敏感な場所だ。このまま押し切れば、お互いただじゃ済まないだろう。 痛いだの無理だのと言ってギャン泣きするくせに、どうあっても強行するつもりでいる操の意味不明な頑固さに痺れを切らし、甲洋はその両脇にそれぞれ手を差し込むと、強く引き上げて位置をずらすことに成功した。 共に激痛から開放されてホッと息をつくと、操が泣きながら胸にもたれかかってくる。 「うぅ~ぐやじい~」 「これで分かっただろ……」 盛大に溜息をつき、その背をポンポンと叩いてあやしてやる。操も甲洋もすっかり萎えて、その勢いを失っていた。 「俺たちがこういうことをしようと思ったら、ちゃんと時間をかけて慣らさなきゃ無理なんだ。そういうふうには身体が作られてないんだよ。男なんだから」 「だぁってぇ! 漫画で読んだときは簡単そうだったんだもぉん!」 「漫画だって?」 唖然とするしかない甲洋に、操は真っ赤な鼻をズビッとすすった。 「ちゃんと見て勉強したもん……男同士でエッチなことしてる本」 「どこで見たんだ、そんなもの」 魂まで一緒に抜けてしまいそうなほどの溜息をつきながら問いかけた甲洋に、操は「学校」と不貞腐れた声で吐き捨てる。 それは友達の一人が、面白半分で持参してきたものだった。いわゆるボーイズラブ漫画というやつだ。姉の本棚からこっそり拝借してきたらしい。やめてさしあげろと、甲洋は思った。 漫画の中では男同士がいともたやすく行為に及んでいて、男女がするのとまるで変わらない描写がなされていた。操はそれをまるっと鵜呑みにしてしまったというわけだ。 「お前はフィクションとノンフィクションの区別もつかないのか……」 呆れを通り越して、情けなさが込み上げる。かめはめ波が撃てると信じて必死に練習するチビっ子と同レベルだ。尻の穴が自然と濡れるのはそりゃあ漫画の世界だからであって、所詮はファンタジーでしかない。 「だから子供だっていうんだよ」 「もう! 甲洋まで子供扱いするのいい加減にしてよ! なんでみんなしてぼくのことバカにするのぉ!?」 すっかり癇癪を起こして叫ぶ操に、甲洋はほとほと困り果てながら首を傾げた。目線だけでどういうことだと問いかけると、操は何度も鼻をすすりながら事の経緯を話しはじめた。 さっきの話にはまだ続きがあったのだ。友人たちは例の漫画をひとしきり読んでひやかしたあと、「やっぱり付き合うなら女の子じゃないとな」と口々に騒ぎはじめた。 そこから発展して下品な下ネタが飛び交いだして、その間も漫画を熟読し続けていた操は取り残された。 するとすでに経験済みだという友人の一人が、そんな操に気づいて「来主はおこちゃまだからなぁ」などと言ってからかってきた。どうせ意味なんか分からないだろう、と。確かに操はその手の話題に疎くはあったが、賛同した他の友人たちにまで笑われて、思わずムッとしてしまった。 だから言ってやったのだ。自分にだってそういう相手くらいいるのだと。 「そういう相手って……男の?」 「そこまでは聞かれてないから言ってない。年上の人と付き合ってるって言っただけ」 「それで?」 「みんなすごくビックリして興奮してたよ。年が上ってだけでエロいんだってさ」 「なるほどね」 年頃の男子高校生たちのなかで、自分は年上のエッチなお姉さんと認識されてしまったわけだ。実際は年上のスケベなお兄さんなわけだが……。 「でも、まだエッチなことはしてないって言ったら、またバカにされた」 一瞬で全員の操を見る目が変わったものの、キスしかしてないと知った途端に、またバカにされてしまった。 「それはぼくが子供だから、相手の人はからかって遊んでるだけだって。恋人としてじゃなくて、子犬とか子猫を可愛がってるのと同じだって」 「……だから不安になった?」 悔し涙を流しながら頷いた操に、なぜ彼がああも切羽詰まった様子で迫ってきたのかが、ようやく理解できた。 操はただ単純に子供扱いされたから腹を立てていたのではなく、他者から甲洋との関係を否定されたことに傷ついたのだ。だから不安になって、焦りを覚えた。 「エッチすれば、ちゃんと大人だって認めてもらえるんでしょ? 遊びじゃなくて、ちゃんと恋人になれるんでしょ?」 赤くなった瞳で問いつめてくる操に、甲洋はふっと笑いかけてその目尻の涙を優しく拭ってやった。 「遊びじゃないよ、来主」 「甲洋……?」 「俺は遊びで付き合ってるつもりなんかない。来主のこと、ちゃんと恋人だと思ってる」 「……ほんと?」 まんまるの瞳をじっと見つめて、うんと頷く。 「だから大事にしたい。焦らないで、ゆっくりでいいから」 甲洋は操の身体を胸に引き寄せ、すっぽりと腕の中に閉じ込めた。高めの体温に愛しさが込み上げ、柔らかな髪にそっと頬を擦りつける。嬉しかった。呆れもしたが、操が自分のことでこんなにも不安に駆られ、焦って空回りしてしまうくらい想ってくれていたことが。 だからこそ、失敗してよかったと思う。あのまま無理にでも続けていたら、今ごろ立ち直れないくらい後悔することになっていた。 「あと2年、待って」 「え?」 おとなしく甲洋の腕に抱かれていた操が、軽く身じろいで顔をあげる。 「俺も待つから。お前がもう少し大きくなったら、次はちゃんとふたりでしよう。そうしたら……今度は泣いてもやめないよ」 操は瞳を瞬かせて、それからきゅっと唇を噛み締めながら頬を赤らめる。一方的にせがむばかりだったのと、行為が失敗に終わったことですっかり諦めていたところに示された甲洋の積極性に、珍しく面食らった様子だった。 「ほ、ほんとに? 今度はもう、ダメって言わない?」 「言わないよ。言うわけない」 どれだけ我慢していると思っているのだ。大人になるなんてあっという間だなんて言っておいて、きっと途方もなく長い2年になるだろうと確信している。 それでも操は嬉しそうに、ようやく明るい笑顔を見せた。 「わかった! ちゃんと待つから、約束だよ!」 そう言って、甲洋の首に抱きついてきた。浮かれた様子で、甲洋に跨ったまま宙に浮いている両足をブラブラと揺らしては、喜びを表現している。 その背を抱き返しながら、すっかりいつも通りの操に戻っていることに安堵する。艶っぽい笑みに翻弄されるのも悪くはなかったが、やっぱり甲洋は無邪気で子供っぽい彼のことが好きなのだ。 (それにしても……) ふと、さっきまでの操の様子を思いだしながら甲洋は思う。あのやけになまめかしい色香のある仕草や表情も、例の漫画から仕入れた知識だったのだろうか。もしあれが素でやっていたことなんだとしたら、なんて末恐ろしいのだろう。 思いだすだけで胸をドギマギとさせる甲洋の唇に、ちゅうっと音を立てながら操が幼いキスをする。んっ、と声を上げながら受け止めて、甲洋は考えるのをやめた。 今すぐ確かめるのは簡単だけれど、どうやら自分は焦らされるのが嫌いじゃないらしい。それが分かってしまったから、楽しみは2年後にとっておくことにした。 ←戻る ・ Wavebox👏
「んぅ、ぅっ、ぷは……! はぁー、あご疲れたぁ」
床にぺたんと座り込み、椅子に腰かけている甲洋の股間にすっかり顔を埋めて性器を口に収めていた操が、大きく息をつきながら上向いた。暖色の緩い照明を弾いて、濡れた唇がてらてらと妖しく光っている。
「……もうやめない?」
その卑猥さから目を逸し、声を上ずらせながら言った甲洋に、操は「やぁだよ」と言って猫のように瞳を細め、得意げな笑みを浮かべた。
「君はただ座ってればいいんだから、楽なもんでしょ? ぼくがちゃーんと気持ちよくしてあげるから、おとなしくしててよね」
無邪気で生意気な少年の笑顔と、やっていることのギャップに目眩がする。
彼が言う通り、今の甲洋はただこうしておとなしく座っていることしかできない。絶対に手を出してはいけないという『決まり』の上に、この特殊な状況は成り立っていた。つまり生殺しも同然だ。天国と地獄を一度に味わわされている気分になりながら、行き場のない両手が身体の両脇でそれぞれ椅子の座枠を握りしめている。
「ッ、ぅ……!」
先走りに濡れた柔らかな手の平にじわじわと扱かれ、甲洋は食いしばった歯の隙間から小さな呻きを漏らした。
「あは、なんかまた大きくなった! ビクビクしてるし……ねぇ、気持ちいい?」
幼い瞳がキラキラと輝きながら甲洋を見上げた。
素直に答えてやるのは癪に障る。自分のほうがずっと年上であるというプライドが、快楽を享受することを躊躇わせていた。それと、罪悪感。
しかし股間のブツは誤魔化しようがないほど隆々と勃起している。幼く頼りない指先が、血管の浮き立ったグロテスクな肉の竿に添えられている光景は、毒以外のなにものでもなかった。先端がまた、じわりと先走りを滲ませる。
「もっといっぱいよくしてあげるね。ぼくがもう子供じゃないってこと、ちゃんと教えてあげなくちゃ」
性にけぶる思考で、甲洋はまたひとつ後悔とも期待ともつかない息を飲み込んだ。
*
操は甲洋がオーナーを務める珈琲喫茶・楽園でバイトをしている、16歳になったばかりの高校一年生だった。ふたりはかくかくしかじか(割愛)で、現在交際中の恋人同士でもある。
しかしキス以上のことはまだしていない。今のところはするつもりもなかった。
なにせ相手は10も年下の高校生だ。キスをするのですら後ろめたさが拭いきれないというのに、スケベなことなどもってのほかである。
閉店後の人気のない店内で、あるいは操を家に送り届ける途中で。タイミングを見計らい、軽く口づけを交わし合う。今はそれだけで充分に幸せだと思えるし、決して発育がいいとはいえない身体に欲望をぶつけるほど、甲洋の理性は緩んじゃいない。
モテる割になんやかんやで色恋とは縁がなかった甲洋にとって、操は人生で初めてできた恋人だった。大切にしようと心に決め、せめて彼が18歳になるまでは死んでも手を出すまいと、己を律する日々を送っていた。
──が、しかし。そんなある夜、珍事は起こった。
閉店後の片付けをあらかた終えて一息つくと、操が甲洋のシャツの袖をちょこんと摘んで何度か軽く引っ張ってきた。こういう仕草いいよなぁなんて男心をくすぐられながらも、目線だけで「なに?」と問いかける。すると彼は上目遣いで驚くべきことを口にした。
「ねぇ甲洋、エッチしよー」
それはお茶でもしよう、くらいの気軽なトーンだった。
「……今なんて?」
なにかの聞き間違いだろうかと耳を疑う甲洋のシャツの袖を、操がブラブラと揺さぶりながらにっこり笑う。
「エッチしようよ。ぼく甲洋としてみたい」
「っ、は?」
「だってぼくたちまだキスしかしてないじゃん。付き合ってる同士はそれ以上のこともするでしょ? だからぼくたちもしようよ」
聞き間違いではなかった。どストレートなお誘いに、甲洋のなかに稲妻のような衝撃が走る。
「どっ……なん、な……急に、なん……?」
滑らかに言葉を発したつもりが、激しい動揺に舌がもつれてしまった。
こいつは急になにを言いだすのだろう。操の口からダイレクトに「エッチ」なんて言葉が飛びだすとは思いもしなかった。夢を見すぎな気もするが、操に性行為という概念があったことに大きな衝撃を受けている。それほどまでに、甲洋は彼のことをまだ無知な子供だと認識していたのだ。
しかし考えてもみれば、今の操はもっともそういったことに興味津々な年頃と言えるだろう。むしろこの年齢ならごく自然なことである。相手がいるならなおのこと、してみたいと思うのはなにもおかしな話ではない。
動揺とは別にある種の感慨を覚えながらも、甲洋はこほんと軽く咳払いをした。
「来主にはまだ早い」
「早いってなに? ぼくもう子供じゃないよ」
「俺からすればまだ子供だ。なんの準備もなしにおいそれとできることでもないしね」
手慣れた者同士なら別だろうが、自分たちはまったくの初心者なのだ。勢いだけでどうにかなるものではないだろうし、ましてや操はまだ発育途中で身体が出来上がっているとはとても言えない。
いざその時が来たら、甲洋は当たり前のように自分が抱く側だと思っている。つまりそれは、操の身体に大きな負担をかけるということだ。心も身体もまだ幼い彼に、それが耐えられるとは思えない。
けれど操はそんな甲洋の気遣いも知らず、不満そうに顔をしかめた。
「いいじゃん別に。学校の子たちはとっくにしてるよ。ぼくだけダメなんて、そんなのズルいよ」
「うちはうち、よそはよそだ。他人と張り合う必要はない」
大方、友人間でその手の話題でも上がったのだろう。高校生ともなればすでに経験済の者がいたっておかしくはないし、それを武勇伝のように語りたがるヤツも必ずいるものだ。気持ちは分かるがすっかり感化されているらしい様子に、甲洋はささやかな嘆声を漏らす。
すると操は不服そうに吊り上げていた瞳に、じわじわと涙を浮かべはじめた。
「ぼくとはしたくないってこと?」
「……は?」
「ぼくとするのが嫌だから、君はそんなこと言うの? ぼくのこと好きじゃないの?」
唇を噛み締めながらうつむく操に、そういうところが子供なのだと呆れてしまう。
心から好きな子が目の前にいて、したくない男などいるものか。甲洋はエフェボフィリア──成人男性による思春期の男女に向かう性的嗜好──ではないが、操に限って言えばこの小さな身体を組み敷いて、すみずみまで触れてみたいという欲求が確かに存在している。だけどそれを抑え込んででも大事にしたいと、心から思っているのだ。その気持ちを疑われるのは心外でしかない。
甲洋は操と向き合い、悔しそうにすくめられた両肩にそれぞれ手を置いた。わずかに身を屈め、小首をかしげるようにしながら顔を覗き込むと、彼が理解できるように飾らず素直な言葉を選んでいく。
「来主、それは誤解だ。嫌だなんて思わないし、好きじゃなきゃキスだってしない。俺だって……本当はしたいよ。お前と、もっと先のこと」
「ほんと!?」
操が潤んだ瞳を丸くしながら顔をあげた。しっかりと頷いて見せると、彼は期待に満ちた笑顔を浮かべた。
「だったらっ」
「でもまだダメだ」
「えぇ!? なんでぇ!?」
「そういうことは焦ってするものじゃないし、男同士でするのは来主が考えてるほど簡単じゃない。俺はお前を傷つけるようなことはしたくないんだ」
甲洋の気持ちが伝わったのか、操はぐっと黙り込んでしまった。そしてまた下唇を噛みながらうつむいてしまう。甲洋はふっと笑って、その亜麻色の柔らかな髪をくしゃりと撫でた。
「大人になるのなんてあっという間だよ。それに俺が今のお前にホイホイ手なんか出したら、犯罪になっちゃうだろ?」
少しでも空気を変えられればと、最後は少しおどけてみたつもりだった。しかし操はまだ納得しきれない様子でいじけた顔をしている。
「そんなの黙ってれば分かんないのに」
「俺が罪の意識に耐えられない」
「甲洋の意気地なし」
「なんとでも言えばいいさ」
操は「ちぇー」と言って、つまらなそうに両手を頭の後ろにやって指を組んだ。
ひとまずこの場は収まりそうだと安堵したのもつかの間、操は急になにか思いついたように「そっかぁ!」と声をあげながら両手を叩いた。
「わかった! それならぼく、いいこと思いついたよ!」
「?」
「こっち来て!」
操は甲洋の手を取ると、テーブル席のひとつへ強引に引っ張った。すでに椅子はすべて逆さに伏せられていたが、その一脚を持ち上げると引っくり返して床に置く。
「ここに座って!」
「なに?」
「いいから早く!」
促されるままひとまず椅子に腰掛けた。すると一体なんのつもりだと怪訝な顔をする甲洋の膝に、操が勢いよく馬乗りになってくる。
「ちょっと、なに?」
なにやら不穏なものを感じながら上体を引き気味にする甲洋に、操は「へへー」と笑うと首に両腕を回してくる。そして次の瞬間、ぐっと顔を近づけると唇に吸いついてきた。
「んっ!?」
咄嗟に目を見開きながら、甲洋が驚いた理由は他にもあった。合わさった唇に濡れた感触が触れたと思ったら、そのまま強引に口内に侵入してきたのだ。
それが舌であると理解した瞬間、甲洋は操の両肩を掴んで引き剥がしていた。
「ばっ……な、なにしてるんだお前!?」
「なにって、ちゅうだよ?」
ケロリとした顔で言われて唖然とする。舌を入れるようなキスなんて、今まで一度もしたことがない。いつもは唇同士を軽く触れ合わせるだけで精一杯なのだ。
顔を赤くして絶句する甲洋に、操は悪戯小僧のような表情でふふっと笑った。
「今からぼくがすることに、君は絶対に手を出さないで。ただ座ってればいいよ」
「なに言って……?」
「ぼくはぼくがやりたいことを好きにやるから、君は黙ってなにもせず知らんぷりしてればいいんだ。それなら別に構わないでしょ? だってぼくが勝手にしてることだもん」
「そういう問題じゃないだろ。見て見ぬ振りなんてできるわけ」
「甲洋」
操の顔から笑顔が消えるのと、頬を両手で包み込まれるのは同時だった。彼は見たこともないほど真剣で切ない表情をしている。そこにはどこか切羽詰まったような気迫すらこもっていて、甲洋は咄嗟に言葉を失ってしまう。
「ぼくはもう何も知らない子供じゃないよ」
「来主……」
「ちゃんとやり方も知ってるし、君が思ってるほど脆くもない」
じんわりと潤んだ瞳が揺れている。そこに浮かぶ情欲の色を見て、甲洋は無意識に生唾を飲み込んでいた。うっすらと上気したまろい頬は、少女のような幼さに反して特有のあだっぽさがある。
これは不味いぞと、甲洋は思った。しっかりと蓋をして鍵をかけていたはずの欲求が、目の前の小さな火に煽られて疼きはじめている。しかしこのまま流されるわけにはいかないと、開きかけた口が熱っぽい唇によって一瞬だけ塞がれた。
「ッ、!」
「甲洋、好き。ぼくのこと、ちゃんと君の恋人にして」
そのいじらしくもある告白に、心が折れるような感覚を覚えた。相手にここまで言わせてなお拒めるほど、堅固な理性など持ち合わせてはいない。
三度重なってきた唇を黙って受け入れ、差し込まれた薄い舌の感覚に目眩を起こす。その背を抱き返して思うまま貪りたいのを必死で堪えながら、甲洋は腰かけている座面の縁を軋むほど握りしめた。
「んっ、ふ……」
ちゅ、ちゅ、と音を立てて何度も唇に吸いつかれ、小さな舌が闇雲に口内を動き回るのをただ受け止めながら、その拙さに胸を掻き毟られる。
いい具合に舌同士が擦れると、膝の上で操の身体がぴくんと跳ねた。それが癖になったのか、彼はしきりに痩せた舌を擦りつけてくる。そのたびに鼻から抜けるか細い声に、異様なほど興奮させられた。
「は、ぁ……なん、か、頭のなかとろとろして……気持ちぃ、ね」
口の周りを唾液で濡らしながら、操は熱に浮かされた表情で深い息を漏らす。
手どころか舌すら出せなかった甲洋は、不完全燃焼ながらも蒸したように頭がぼうっとするのを感じていた。一方的な拙いキスでこんなに熱くなってしまうのだから、いざというときどれほど気持ちよくなってしまうのだろう。予行演習にすらならないこの状況に、未来への期待が積み立てられていくようだった。
操は甲洋の肩に手をつきながら膝から下りると、床に両膝をついた。軽く開かれた両足の間に身体を割り込ませ、両手でズボンの前を寛げようとする。頭が留守になっていた甲洋は、次に起こる出来事を察して咄嗟に肩を跳ねさせた。
「く、くるす」
「ダメ。手出ししないで」
「……っ」
自分より一回り以上も小さな相手に、ひどく威圧されているような気分だった。やろうと思えば簡単に退けられるはずなのに、縄で縛られたように身体が動かない。しかし、焦りだけはバカみたいに膨らんでいた。なにせ甲洋はもはやすっかり──
「わぁ……すごいや甲洋! もうこんなになってる!」
意外にも器用に手早く前を寛げ、下着の中から甲洋のモノを引きずり出した操が、嬉しそうに目を輝かせた。それはすっかり勃起して、ぐんと天を仰ぎ見ている。
年上とはいえ、甲洋だってまだ若い雄であることに変わりはない。それでも堪え性のない愚息に深い嘆息を漏らし、思わず片手で顔を覆った。
ここまで己を律してきたことに、一体なんの意味があったのだろう。あまりにも素直に形を変えた息子は、待ってましたと言わんばかりに元気よく脈を打っていた。
「こんなふうになってる大人ちんちん、初めて見たよ!」
「頼むから、あまり見るな……」
操が嬉しそうにすればするほど、羞恥と自責の念にいっそ消えていなくなりたい気分になった。
そんな甲洋の気も知らず、操は興味深そうに瞳をくるくるとさせながら、反るようにして勃起した性器の頭を人差し指の先で軽くつついた。
「ッ、あっ!」
思わず漏らしてしまった甘く上ずった声に、操がポカンとした顔で甲洋を見上げた。しまったと思いながら片手で口を抑えると、彼は頬を興奮で赤く染めながら顔いっぱいに喜色を広げる。
「今のなに!? すっごく可愛い! 君ってそんな声出すんだ!」
「い、今のは、ちが」
「ねぇ、もっと聞かせてよ!」
「~~ッ!」
本気で消えてしまいたい。かつてこれほどの羞恥に苛まれたことがあっただろうか。
「ここをたくさん可愛がってあげたら、さっきみたいな声いっぱい出るかな?」
「ちょっ、待っ……ぁ!」
もっともっとと強請るように脈打つ竿をむんずと掴まれ、今にも逃げ出したい思いで甲洋は内心頭を抱えてしまった。
*
そして話は冒頭に戻るというわけだ。
操は歯を食いしばる甲洋をどうにかして鳴かせようと躍起になり、あの手この手で性器を刺激し続けている。しかしここでおめおめと声を出すなんて、そんなことはプライドが許さない。
小さな口にぱっくりと咥えられると秒でイキかけたが、頬肉の内側を血がにじみそうなほど噛んでギリギリ堪えてみせた。さっきからその繰り返し。甲洋にはいつしかイッたら負けという、謎の対抗心まで芽生えはじめていた。
「こんなにピクピクして固くなってるのに……なんで? 気持ちよくないの?」
「ッ、……さぁ?」
額に脂汗を滲ませながらも、平静を装って目を逸らす。
自分でもよくぞここまで耐えていると思うが、不慣れな操はしょっちゅう力の加減を間違えるし、歯を立てられるなどして痛みが走ることもしばしばあった。
おそらくこの子は、まともに自慰もしたことがないのだろう。同じ男だからこそ分かるはずの扱い方や匙加減を、彼は全く知らない様子だ。
それでも甲洋自身が元気なままでいるのは、この特殊な状況や視覚的なものによるところが極めて大きい。
小さな両手を添えながら、チロチロと子猫のように這わされる赤い舌だとか、喉奥まで押し込もうとして苦しげに歪められる表情だとか、くぐもった声だとか。自慰では決して得られない興奮に、まるで脳が揺れているかのようだった。
「さっきみたいな声もっと聞きたいのにぃ」
操は手の中の竿をきゅっと握りながら唇を尖らせた。ここで諦めてくれさえすれば、後はトイレにでも駆け込んでどうとでも処理してしまうことができる。どことなく終わりの空気を感じた甲洋は、幾らか気を抜きながら深い息をついた。
「もういいだろ。時間も遅いし、今日はこのくらいに」
「やだね」
しかし操は眉を吊り上げ、引こうとしない。
「だってこのままじゃ悔しいし。それに、最後までしなきゃ意味ないじゃん」
「最後までって……」
まだ言ってるのかと呆れる甲洋を他所に、操は立ち上がると自分のウエストに手をかけた。ズボンの前をすっかり緩めると下着ごと勢いよく下ろして、下半身を丸出しにしてしまう。
「!?」
惜しげもなく晒された白い半身に、甲洋は息がつまるほど驚いた。声すら失って硬直していると、操は裾を踵から引き抜く際に靴まで一緒に脱ぎ捨てて、ポイッと床に放ってしまう。そして意気揚々と、再び甲洋の膝に跨ってくる。
その身体の中心では拙い性器がゆるく勃ちあがっていた。甲洋に奉仕しながら、彼もまた興奮していたという事実に目が眩みそうになる。
「あは、ぼくのおちんちんも、甲洋のと同じになってる」
操はまるで見せつけるかのように自分の右手を自身に触れさせ、ゆるく握り込むと軽く扱いた。
「あっ、ぁん、ぁ……っ、は……これ、きもち、ぃ」
「くる、す……っ」
かぶさった皮の切れ目から、桃色の先端がほんの少しだけ頭を覗かせている。そこからじわじわと滲みだす先走りが、擦り上げる手の動きに馴染んでちくちくと卑猥な音を奏でていた。
呆然としながら幼い屹立とその痴態に見入っていた甲洋に、操がふっと微笑んだ。
「触りたい?」
「……ッ!」
「でも、ダメ。だってそんなことしたら、君は悪い大人の仲間入りだもん」
憎らしさと口惜しさを同時に覚え、甲洋はぐっと奥歯を噛み締める。ギリギリまで張り詰めている理性の糸が、今にも音を立てて千切れてしまいそうだった。
細い腕の片方が甲洋の首にまわり、もう片方の手がそっと頬に触れてくる。軽く上向かされると、操がすぅっと目を細めた。
「ぼくはそれでもいいけどね。君が悪い大人でもちゃんと好きだし、誰にも言わない。お母さんにだって言わないよ。ぼくらだけの秘密にしててあげるから」
今の甲洋にとって、それは蜜より甘い誘惑だった。ずっと何も知らない子供だと思っていたはずの操が、妖艶な笑みすら浮かべて年上の男をそそのかしている。ほのかな喪失感と共に、脳が揺れるほどの興奮が再び甲洋を襲った。
「来主……」
見えない糸で操られているかのように、甲洋は震える両手を操の太腿に這わせていた。あのよく知る無邪気な笑顔が、くすぐったそうに笑い声をあげる。
ああ、触れてしまった。決して手出しはすまいと必死で堪えていたのに。操の肌は瑞々しくて、誘うように手の平に吸いついてくる。じわじわと足の付根に向かって撫でていきながら、ごくりと生唾を飲み込んだ。
指先が今にも濡れた幼茎に届こうとしたとき、操の両手がそれぞれ甲洋の手の甲にかぶさった。緩く掴まれたと思ったら、彼はその手を自分の脇腹へと移動させてしまう。
「来主……っ」
なぜ触れさせてくれないのかと、甲洋は切なく瞳を細めて操を見つめる。彼はどこか意地悪そうに微笑むと、吐息だけで「悪いひと」と囁いて甲洋の額にキスをした。
煽ったと思えば焦らしてくる。一体どこで覚えてきたんだと問い詰めたい思いに駆られながらも、年下の恋人に弄ばれていることに興奮させられた。このまま最後まで委ねてしまえば、その先にどんな快楽があるのだろう。どうしても知りたくて、待てと命じられたまま放っておかれる犬のような感覚にすら、気持ちが高ぶる。
意識が桃色の霧に覆われたようになりながら、甲洋はただぼうっとした顔で操の動きを見守った。彼は片手と片足を甲洋の肩と床につけて身体を傾け、もう片方の手を下へと伸ばす。先走りと唾液で根元まで濡れている甲洋の肉筒に指を添えると、細腰が位置を調節するように蠢いた。
甲洋はおとなしく操の脇腹に手を添えて、一連の動きを支える。先端が、窄まったなにかにそっと押し当てられた。
「言ったでしょ? ちゃんとやり方知ってるって」
ごくりと喉を鳴らした甲洋に、操は得意げな顔でそう言った。意識はとっくに霧に飲まれて、甲洋にはもうまともな思考などできやしない。最高潮まで達した期待に肌が粟立ち、ただ貪欲に息を震わせることしかできなかった。
バカになっていたのだ。場の空気と激しい渇望に飲まれて、それはもう完全に。だから操が躊躇なく全体重をかけて腰を落とした瞬間、
「いっ……たぁ~~~い!!」
──と上がった甲高い悲鳴に、風船が割れたような衝撃を覚えた。
「ッ!?」
「あうぅ、痛いぃっ! なにこれ!? こんなの無理じゃん! 裂けちゃうよぉ!」
操は片足の爪先だけ床につけた状態で、ぎゃんぎゃんと喚き散らしている。その様子にハッと我に返った甲洋は、慌ててその両肩を掴むと引き離そうとした。
「まっ、待って! やだ! まだ先っちょしか入ってないー!」
「だからまだ早いって言っただろ! うぁッ、ちょっ、俺も痛いから暴れるな!」
乾いた孔に先端だけ中途半端にめり込んでいるという状態は、操だけでなく甲洋にも甚大な痛みをもたらしている。なにせ最も敏感な場所だ。このまま押し切れば、お互いただじゃ済まないだろう。
痛いだの無理だのと言ってギャン泣きするくせに、どうあっても強行するつもりでいる操の意味不明な頑固さに痺れを切らし、甲洋はその両脇にそれぞれ手を差し込むと、強く引き上げて位置をずらすことに成功した。
共に激痛から開放されてホッと息をつくと、操が泣きながら胸にもたれかかってくる。
「うぅ~ぐやじい~」
「これで分かっただろ……」
盛大に溜息をつき、その背をポンポンと叩いてあやしてやる。操も甲洋もすっかり萎えて、その勢いを失っていた。
「俺たちがこういうことをしようと思ったら、ちゃんと時間をかけて慣らさなきゃ無理なんだ。そういうふうには身体が作られてないんだよ。男なんだから」
「だぁってぇ! 漫画で読んだときは簡単そうだったんだもぉん!」
「漫画だって?」
唖然とするしかない甲洋に、操は真っ赤な鼻をズビッとすすった。
「ちゃんと見て勉強したもん……男同士でエッチなことしてる本」
「どこで見たんだ、そんなもの」
魂まで一緒に抜けてしまいそうなほどの溜息をつきながら問いかけた甲洋に、操は「学校」と不貞腐れた声で吐き捨てる。
それは友達の一人が、面白半分で持参してきたものだった。いわゆるボーイズラブ漫画というやつだ。姉の本棚からこっそり拝借してきたらしい。やめてさしあげろと、甲洋は思った。
漫画の中では男同士がいともたやすく行為に及んでいて、男女がするのとまるで変わらない描写がなされていた。操はそれをまるっと鵜呑みにしてしまったというわけだ。
「お前はフィクションとノンフィクションの区別もつかないのか……」
呆れを通り越して、情けなさが込み上げる。かめはめ波が撃てると信じて必死に練習するチビっ子と同レベルだ。尻の穴が自然と濡れるのはそりゃあ漫画の世界だからであって、所詮はファンタジーでしかない。
「だから子供だっていうんだよ」
「もう! 甲洋まで子供扱いするのいい加減にしてよ! なんでみんなしてぼくのことバカにするのぉ!?」
すっかり癇癪を起こして叫ぶ操に、甲洋はほとほと困り果てながら首を傾げた。目線だけでどういうことだと問いかけると、操は何度も鼻をすすりながら事の経緯を話しはじめた。
さっきの話にはまだ続きがあったのだ。友人たちは例の漫画をひとしきり読んでひやかしたあと、「やっぱり付き合うなら女の子じゃないとな」と口々に騒ぎはじめた。
そこから発展して下品な下ネタが飛び交いだして、その間も漫画を熟読し続けていた操は取り残された。
するとすでに経験済みだという友人の一人が、そんな操に気づいて「来主はおこちゃまだからなぁ」などと言ってからかってきた。どうせ意味なんか分からないだろう、と。確かに操はその手の話題に疎くはあったが、賛同した他の友人たちにまで笑われて、思わずムッとしてしまった。
だから言ってやったのだ。自分にだってそういう相手くらいいるのだと。
「そういう相手って……男の?」
「そこまでは聞かれてないから言ってない。年上の人と付き合ってるって言っただけ」
「それで?」
「みんなすごくビックリして興奮してたよ。年が上ってだけでエロいんだってさ」
「なるほどね」
年頃の男子高校生たちのなかで、自分は年上のエッチなお姉さんと認識されてしまったわけだ。実際は年上のスケベなお兄さんなわけだが……。
「でも、まだエッチなことはしてないって言ったら、またバカにされた」
一瞬で全員の操を見る目が変わったものの、キスしかしてないと知った途端に、またバカにされてしまった。
「それはぼくが子供だから、相手の人はからかって遊んでるだけだって。恋人としてじゃなくて、子犬とか子猫を可愛がってるのと同じだって」
「……だから不安になった?」
悔し涙を流しながら頷いた操に、なぜ彼がああも切羽詰まった様子で迫ってきたのかが、ようやく理解できた。
操はただ単純に子供扱いされたから腹を立てていたのではなく、他者から甲洋との関係を否定されたことに傷ついたのだ。だから不安になって、焦りを覚えた。
「エッチすれば、ちゃんと大人だって認めてもらえるんでしょ? 遊びじゃなくて、ちゃんと恋人になれるんでしょ?」
赤くなった瞳で問いつめてくる操に、甲洋はふっと笑いかけてその目尻の涙を優しく拭ってやった。
「遊びじゃないよ、来主」
「甲洋……?」
「俺は遊びで付き合ってるつもりなんかない。来主のこと、ちゃんと恋人だと思ってる」
「……ほんと?」
まんまるの瞳をじっと見つめて、うんと頷く。
「だから大事にしたい。焦らないで、ゆっくりでいいから」
甲洋は操の身体を胸に引き寄せ、すっぽりと腕の中に閉じ込めた。高めの体温に愛しさが込み上げ、柔らかな髪にそっと頬を擦りつける。嬉しかった。呆れもしたが、操が自分のことでこんなにも不安に駆られ、焦って空回りしてしまうくらい想ってくれていたことが。
だからこそ、失敗してよかったと思う。あのまま無理にでも続けていたら、今ごろ立ち直れないくらい後悔することになっていた。
「あと2年、待って」
「え?」
おとなしく甲洋の腕に抱かれていた操が、軽く身じろいで顔をあげる。
「俺も待つから。お前がもう少し大きくなったら、次はちゃんとふたりでしよう。そうしたら……今度は泣いてもやめないよ」
操は瞳を瞬かせて、それからきゅっと唇を噛み締めながら頬を赤らめる。一方的にせがむばかりだったのと、行為が失敗に終わったことですっかり諦めていたところに示された甲洋の積極性に、珍しく面食らった様子だった。
「ほ、ほんとに? 今度はもう、ダメって言わない?」
「言わないよ。言うわけない」
どれだけ我慢していると思っているのだ。大人になるなんてあっという間だなんて言っておいて、きっと途方もなく長い2年になるだろうと確信している。
それでも操は嬉しそうに、ようやく明るい笑顔を見せた。
「わかった! ちゃんと待つから、約束だよ!」
そう言って、甲洋の首に抱きついてきた。浮かれた様子で、甲洋に跨ったまま宙に浮いている両足をブラブラと揺らしては、喜びを表現している。
その背を抱き返しながら、すっかりいつも通りの操に戻っていることに安堵する。艶っぽい笑みに翻弄されるのも悪くはなかったが、やっぱり甲洋は無邪気で子供っぽい彼のことが好きなのだ。
(それにしても……)
ふと、さっきまでの操の様子を思いだしながら甲洋は思う。あのやけになまめかしい色香のある仕草や表情も、例の漫画から仕入れた知識だったのだろうか。もしあれが素でやっていたことなんだとしたら、なんて末恐ろしいのだろう。
思いだすだけで胸をドギマギとさせる甲洋の唇に、ちゅうっと音を立てながら操が幼いキスをする。んっ、と声を上げながら受け止めて、甲洋は考えるのをやめた。
今すぐ確かめるのは簡単だけれど、どうやら自分は焦らされるのが嫌いじゃないらしい。それが分かってしまったから、楽しみは2年後にとっておくことにした。
←戻る ・ Wavebox👏