2025/07/11 Fri なんだかんだで酒の勢いというのは凄かったのだと、ファイは黒鋼の愛撫を受けながら実感していた。 あのときは触れられるだけで簡単に蕩けてしまった身体が、今は緊張の方が先立って全く余裕がない。そんなファイを知ってか知らずか、黒鋼の愛撫はどこかあやす様に緩やかで、優しかった。 イメージだけを優先させて、もっとずっと荒々しく性急にコトを進めるとばかり思い込んでいたファイは、彼の以外にも思慮深い一面を目の当たりにして困惑する。 ――こないだより優しくて……丁寧な感じがする……。 シャツを脱がされて剥き出しになった脇腹を、大きく骨ばった手がゆるりと撫でる。反射的にビクリと震えて喉を反らせば、鎖骨の中心から顎にかけてを熱い舌が這った。 「っ、ぁ……!」 「力むな。力抜いてろ」 「だ、だって……」 上下する薄い胸の下で刻まれる鼓動が、今にも音を立てて爆ぜてしまいそうだった。 唇や舌や手が身体の上を辿る度にゾクリと肌が粟立つのを感じながら、必死でその肩にしがみついて身体を強張らせていることしかできない。 こんなことなら、軽く引っ掛けてから事に及べばよかったかもしれないと思う。黒鋼が動く度にまるで生娘のようにビクつく自分が情けなくて、せめてもっとリラックスしようと深呼吸を繰り返した。 この調子では、また途中で終わってしまうかもしれない。 それだけは絶対に嫌で、これまで自分が抱いてきた女性はどんな反応をしていただろうかと、必死で思い出そうとした。 彼女達の身体は柔らかで温かくて、触れればしなやかに踊り、その度に胸の膨らみが揺れていた。 「……っ」 ああそうだ、真似したくとも無理なのだ。 どう反応すれば黒鋼が喜ぶのかなんて、考えたってどうしようもない。知らず知らずのうちに、じわりと目尻に涙が浮かぶ。 「なに泣いてんだよ」 長く節くれだった指が、目尻のそれをそっと撫でた。 「……だって……オレ、分かんなくて……」 どうすればいいのかなんて。 近い距離にある黒鋼と目を合わせることが出来ずに、濡れた睫毛を伏せた。すると、今度は指ではなく柔らかな唇が目尻に触れた。 「くろ、……ッ」 「それでいいじゃねぇか」 「え?」 太い腕が腰に回って、さらに引き寄せられると唇同士が軽く触れ合った。 薄いだけの胸に大きな手が触れる。鼓動が異常な速度で跳ね上がっていることが直に伝わってしまうと思うと、頬にカッと熱が集中した。 片方を包み込み、実際には肉などほとんど乗っていないはずのそこを柔らかく解すような動きで揉みしだかれると、ゾクゾクと身体の奥底から鈍痛にも似た感覚が押し寄せる。 「ふ、ぁ」 「何つまんねぇこと考えてっか知らねぇが……素直に感じとけ」 次の瞬間、もう片方の胸の中心に熱いものが触れて、まだ柔らかい粒に黒鋼が口付けたのが分かった。 声もなく大きく身を震わせたファイの両腕が、黒髪に覆われた頭を強く抱きしめ、爪先でシーツを掻く。 舌先で転がされ、唇で食むように刺激されると、腰が小刻みに震えてしまう。 「やっ、ぅ、そこ、ッ、ヤダ……!」 揉みしだかれていた方の胸の飾りも、指でクリクリと刺激される。ファイは駄々をこねるように首を振って、甲高い悲鳴を上げた。 黒鋼はぷくりと尖ったその先端を指先で突きながら、意地の悪い笑みを浮かべる。 「やっぱり弱いな、ここが」 「ッ、ぇ……?」 瞳を見開いたファイは、小さく首を傾げた。自分でさえ知らなかった敏感な場所を、どうして彼が知ってるのだろう。 「てめぇの弱いとこは、前のやつでだいたい分かってる」 「前のって……こないだの……?」 前回の行為は、てっきり酒の勢いだけとばかり思っていたファイは、その意外さに心底驚いた。 ファイがこうして騒ぎ立てずとも、黒鋼はちゃんと次に繋げてゆく気があったのだ。純粋な感動が込み上げた。 ――オレのイイトコ、ちゃんと探しててくれたんだ……。 「黒様のこと……不器用でガサツで冷酷で人でなしで不能だとか思っててごめんね……」 「覚えとくぜ今の……」 「だからごめんねってば」 「うるせぇ」 「すぐイジケルー」 「だからもう黙れって」 「ひぁ!?」 苛立ったような表情で、唐突にスラックスの上から急所を鷲掴みにされて、ファイの口からは上ずった妙な悲鳴が上がる。 「ちゃっかり出来上がってんじゃねぇか」 「も、ばか……!」 そのままぐにぐにと刺激されて、もどかしい快感にぶるりと震えた。爪先でシーツを乱しながら悶えるファイに気をよくした黒鋼は、小さく口元を綻ばせると焦らすことなく片手で器用にベルトを外し、下着ごとすっかり下ろしてしまう。 さらに跳ね上がる鼓動に息を乱しながらも、全て取り払うべく片方ずつ足を上げて、それを助けた。 白い両足とはしたない性器が明るい室内のもと露になって、羞恥に全身が茹でた蛸のように染まるのが分かる。 けれど、黒鋼の指が緩く勃ち上がっているものを指先で弄ぶように撫でると、もうそれ所ではない。 太腿がヒクヒクと震えて、足を閉じてしまいたいのに、黒鋼が身体を割り込ませているせいでそれも叶わなかった。 「は、ずかし……」 思わず両手で顔を隠すと、黒鋼が小さく「ふん」と笑う声が聞こえて、それがさらに羞恥を煽る結果になる。 持っているものは同じはずなのに、なぜこれほど恥ずかしくて堪らないのだろう。 いっそのこと、早く扱いて欲しかった。もうこの際、痛みでも快楽でもいいから、一刻も早く理性を手放したい……。 けれど黒鋼はそれ以上は性器に触れず、指先をつう、と滑らせて双丘の奥まった場所に触れる。 「ッ……!」 同時に両を持ち上げられ、シーツから腰が浮くほど身体を折り畳まれる。さらに片足を逞しい肩に引っ掛けるように固定された。 性器だけでなく排泄器官までも蛍光灯の下に晒されてしまうのを、ファイは顔を覆った指の隙間から目の当たりにし、涙を滲ませる。 「黒様ぁ……」 「こいつを試すんだろ?」 「ぁ……」 いつの間にか手放してそれっきりだった例のチューブ。それを手にして、黒鋼がまたあの意地の悪そうな笑みを浮かべた。 そうだった。これを使ってコトに及ぶのが、本日のメインイベントなのである。 ファイはクリクリと蓋を回し開け、指先に中身を押し出す黒鋼を見つめながら、再び緊張に身を強張らせた。 出てきたものは透明で、すぐに黒鋼の指をテラテラといやらしく濡らす。 閉じ気味で宙を彷徨っていたもう片方の足を改めてグイと開かされ、奥まった中心に濡れた指先が触れる。 「ひぁ……ッ、つめ、たぃ……!」 「暴れんな」 逃げるように腰をくねらせたことを咎められて、ファイは抗議したいのを必死に堪える。 ヒヤリとした感触はその一瞬だけで、入り口を解すようにぬるぬると触れられてゆくうちに、それは簡単に体温に溶け込んでいった。 指が濡れた音を立てても、痛みがないことに安堵して僅かに身体から力が抜けた。 「は、ぅ、ん……ぁ……」 ゆっくりと出し入れを繰り返されると、その異物感と一緒に込み上げるのは、なんともはしたない快感だった。 このまま身を委ねていれば、今度こそ失敗しないような気がする。初めて与えられる快感に戸惑いながらも、信じられないほど甘く掠れきった自分の声が、どこか遠くに聞こえた。 だが時間をかけてそれが続くうちに、ファイは少しずつ、違和感を覚えはじめる。 (ん……あれ……なんか……) ゆるゆると蕩けてゆくようだった感覚が、あるときを境に変わった。 「ッ!?」 「どうした?」 「や……ッ、こ、これ……?」 体温と内部の肉に溶け込み、じわじわと浸透してゆくそれは、明らかに何かがおかしい。 まるで小さな炎でじわじわと炙られてゆくような、そこから広がる強すぎる熱が、やがて全身を蝕んでゆくのに時間はかからなかった。ビクビクと、下腹や腿が痙攣をはじめた。 「おい……」 「やっ、ぁ! ね、くろ、これ……っ、なん、かッ、変だよ……!!」 ガタガタと全身を震わせるファイと、その身体の中心でまともに触れてもいないはずの性器が限界まで張り詰めているのを見た黒鋼は、ほんの数秒考え込んだあと、ベッドの下に放り投げられていた箱を拾い上げた。中から説明書を取り出して、顔を顰める。 「くろさまっ……! なにこれぇ!?」 その間もファイはジクジクと炙られるような熱に身悶えて、手繰り寄せたシーツを掻き抱いていた。 「……おいおまえ……これちゃんと見てねぇだろ……?」 「な、なんなのー!?」 「日本語じゃねぇが……こいつはおそらく媚薬の類なんじゃねぇのか……?」 「は!?」 ファイは頭の中が真っ白になるのを感じた。 そういえば、確かに購入する際もまともに説明は読まなかった。とりあえずそのカテゴリの中から値段が一番高いものを選べば間違いないような気がして、特に深く考えず購入ボタンを押した。確かにその時も商品の画像横に書かれていた説明は見なかった。値段だけしか……。 「ぅ……嘘ぉ……」 深い深い黒鋼の溜息が、敏感になった皮膚に落とされる。 「馬鹿……」 つまりファイはただの潤滑剤を購入したつもりが、思いもよらない追加効果のある代物を知らず選び、逆の意味でハードルを上げてしまった、ということだ。 「ど、どうしよぉ黒たんせんせぇーっ」 この間にもファイは内から押し寄せる熱に侵食され、パニックを起こしかけている。 「こうなっちまったもんは仕方ねぇだろ……」 「うぁ……ッ!」 黒鋼は箱と説明書を放り投げると、尻の肉を両手でぐっと強く割り開いた。それだけでファイの全身に電流が駆け抜ける。 「真っ赤になってヒクヒクしてんぞ」 「お、ねが……! どうにかしてぇ……ッ!!」 「で? どんな感じだ?」 あんなに呆れた顔をしていたくせに、今は明らかに楽しんでいる黒鋼に、ファイは身の危険を感じた。 もしかしてもしかしなくとも、この男にはサドの素質があったのだろうか。 けれどファイはそれに突っかかる余裕もなく、腰をくねらせた。 「なん、か! 熱くて……っ! も、わかんないッ! なんか、なんかっ、お尻の穴がきゅんきゅんして……切ないの……!」 「ほぅ?」 片方の眉をひょいと上げた黒鋼が、ファイの両の膝裏を掴み、痛いほど大きく割り開く。そして赤くなって痙攣しているそこに、再び指を潜り込ませた。 「んあぁぁ……!」 活きのいい魚のように跳ねる身体は、そのまま一気に2本の指を軽々と飲み込んだ。中を穿られるような動きと共に出し入れを繰り返されると、信じられないほどの快感が脳髄にまで響き渡る。 触れられていないはずの性器が、今にも弾けそうで痛い。咄嗟に自ら触れて慰めようとしても、手を取られて咎められる。 「勝手なことすんな」 「だって! だってもう!」 「このまま放置されてぇか」 「い、意地悪ー!!」 なんだか輝いて見える黒鋼とは逆に、ファイは崖っぷちに立たされている気分であった……。 * 強制的に性感を高められているとは言え、一切触れられず満足に絶頂を得られるほど出来た身体ではない。 その後もさんざん指で慣らされる間、ファイの性器は赤く腫れ上がったまま先走りの蜜を零し続けた。そしてその頃には、そこは黒鋼の太く長い指を三本も飲み込めるようになっていた。 「そろそろよさそうか……?」 もはや叫びすぎて喉が枯れていたファイは、問いかけに満足に答えることはできなかった。 全身が弱々しく痙攣を続けている。もういっそ気が狂ってしまった方が楽だったかもしれない。 黒鋼が乱暴に着込んでいたシャツを脱いで捨てた。 意識は朦朧としていたけれど、こんな時でさえその動作に胸がキュンと疼くのを感じる。 「くろ、ひゃま……」 「舌回ってねぇぞ」 「はや、く……」 ぐっと腰を抱かれて、片足を肩に担がれた。 両手でその頭を抱え込めば、鼻先を耳元に埋められてまた身体が跳ねる。 「ぁッ、ぁ……つ、ぃ……っ」 ぐっと、固いものが奥に押し付けられる。ここまできたら、もう痛みへの恐れは一切無い。 暴力的なまでの熱は、指によって与えられた刺激によって痒みにも似た、疼くような感覚をもたらしていた。 もういっそ早く中を一杯に埋め尽くして、強く抉ってほしい。 本当はこんなはずじゃなかったのに、なんて後悔してももう遅かった。 「行くぜ」 呼吸の乱れた低音は、囁かれるだけでファイの鼓膜をいとも簡単に犯した。 そして身を強張らせる間もなく、先端が潜り込む。 「ぅあぁ……ッ、あっ!」 さんざん慣らされたといっても、そこは圧倒的な質量を僅かに拒んだ。それでも確実に違うのは、今のファイは痛みさえ快感に摩り替えられていることだった。 「痛てぇか」 覗き込んでくる黒鋼に、首を振る。 「いっ、から、きて……! 早く、ちょうだいッ……!」 ぐっと、さらに強く抱きこまれたと同時に、ずぶずぶと太いものが押し入ってくる。自分自身ですらまともに触れたことのないような場所に、この身体の中に、黒鋼が。 「――ッ!?」 その瞬間、声にならない悲鳴を上げて、ファイは絶頂を迎えた。 ドクドクと頭の中にまで響く心臓の音と、血液が沸騰したような感覚に呼吸が止まる。 「ぁ……、ぁ……?」 一気に放たれた白濁の液はファイだけに留まらず、黒鋼の腹までも汚していた。二人の間でくったりと萎れた性器からは、未だに精液が糸を引くように零れ続けている。 触れられてすらいないはずなのに、入れられただけで。 その事実にただ呆然として、散々零れてもうすっかり枯れてしまったと思っていた涙が頬を伝った。 「苛めすぎたか?」 小さく笑った黒鋼が頬に口付けた。 ファイは完全に糸が切れたような気がして、幼子のようにヒクヒクと泣いた。 「ばか……っ、いじわる! きらい!」 泣きながら心にも無いことを口にして、さらにぎゅうと強くしがみつけば、耳元に低くかろうじて聞き取れる程度の小さな声が、何事か囁いた。 「 」 「ッ!?」 目を見開いて、聞き返す間もなく黒鋼が腰を揺らし始める。 「まっ、ぁ! まって今、ひッ、やっ、あぁッ……!!」 圧倒的な熱と質量が押し込まれ、そして引き抜かれる感覚に目の前に幾つも星が散らばっては、爆ぜてゆくのが見える。 黒鋼の乱れた呼吸さえも刺激となって、再び自身が大きく膨らむのを感じた。腹と腹の間で擦れる感覚が堪らない。 「いっ、ぃ、……きもち、いぃ……ッ! くろっ、……ォ、レも……オレも……!」 黒鋼がくれた想いに応えたいのに、呼吸が上手く繋げない。 あれは、あの囁きは。 ファイが彼に初めてもらった愛の言葉だった。 感情的なものと生理的なものとがない交ぜになった涙が、揺さぶられる度にポロポロと零れる。 交わっている部分からいやらしい水音が響き、揺さぶられる度にベッドが軋んだ。 繊細な粘膜は、擦り上げる肉棒の形や脈打つ鼓動さえも敏感に捉えて、全てを快感へと変える。 あられもなく喘ぐファイが両足を黒鋼の腰に絡めると、同時に唇を塞がれた。呼吸がままならないのもお構いなしに、激しく互いを貪り合う。 この熱さや痛みや快感が、媚薬によってもたらされているものなのか、最早判断は出来ない。 ただ、荒々しく息を震わせながら、徐々に激しく腰を打ち付けてくる黒鋼もまた、快感を得ていることが分かるから。 確実かなのは、こんな風に自分を抱いていいのは黒鋼だけで、他の誰でもなく唯一彼だけを心から愛しているのだということだった。 そしてこの身体も心も全て、彼に愛されているのだということ。 「も、だめ……ッ! イク、また、いくぅ……っ!!」 縋りついている肩に強く爪を立てて、ファイは二度目の限界を迎えた。 「ッ……!」 絶頂に声もなく痙攣するファイを強く抱きしめて、黒鋼も低く唸ると腰を震わせた。 * いつの間に意識を失っていたのか、ふと目を開ければカーテンの隙間から僅かに光が零れているのが見えた。 ぼんやりとそれを眺めていたファイの思考は、目を開けてさえなお正常に動き出すのに時間を要した。 あれから、一体幾度二人で達したか知れない。よくよく思えば、媚薬に満たされたファイの中を犯していた黒鋼にも、その効果は少なからずあったのかもしれない。 怖かったし、酷い目に遭った、という思いは拭いきれないものの、終わってみればこれでよかったのだという思いが込み上げる。 男とか女とか、ずっと抱えていた不安とも、おさらば出来たような気がして。 なにより。 「おい、虚ろな目で気色悪ぃ笑み浮かべてんじゃねぇぞ」 「!」 感覚のない半身では咄嗟に起き上がることが出来ずに、首だけを巡らせて見れば、シャワーを浴びたらしい黒鋼が裸の上半身の首にタオルを引っさげて戻ってきたところだった。 その手には透明なミネラルウォーターの、飲みかけのペットボトルが。 「ちょっと、気色悪いってそれは酷いんじゃない……? あ、それオレにもちょうだい」 「声しゃがれてんぞ。おら」 両手を伸ばして水をせがむファイに、黒鋼はおもむろにペットボトルと差し出して寄越した。ファイは眉間に思いっきり皺を寄せる。 「オレ、起きれないんだけどー」 「知るか」 「普通ここは優しく抱き起こして、口移しで水くれるとこだよー!」 「いつも思ってたんだが、てめぇのその変な妄想は一体どっから影響を受けたものなんだ」 結局、黒鋼はただ心底呆れた顔をしただけでファイの要望に答えてはくれなかった。ペットボトルはテーブルの上にポツンと置かれた。 「いじわるぅ……」 ぶぅと唇を尖らせたファイだったが、ベッドの縁に腰掛けた黒鋼の肩や背中に刻まれた無数の引っ掻き傷を見て、一気に赤面する。 今朝方まで続いていた激しい情交の記憶をまざまざと思い出してしまう。 「なんだ」 そっと手を伸ばして肩の傷に触れると、怪訝そうな表情の黒鋼が僅かに身体の向きをこちらに変える。 「うん……あの、ごめんね?」 なんというか、諸々に対して、である。 傷のことは勿論、黒鋼のことを内心では人でなしだとか不能だとか、クソミソに罵倒していたことも、おかしな薬を購入してしまったことも、そして何より、彼の気持ちを全く理解していなかったことも。 「ああ」 「でもオレ、凄い嬉しかった。黒様先生と一つになれたし……ちゃんとオレのこと、愛してるって言ってくれたし……ね?」 やだもう照れちゃうー! と両手で顔を隠してシーツの中でクネクネするファイだったが、そんなファイを突き放すように、黒鋼が信じられないようなことを口にした。 「言ってねぇ」 「黒たん先生ったらセクシーな低音でさーって……? え?」 「俺ぁ何も言ってねぇ」 「は?」 「おまえの気のせいだ」 「はー? 何言ってんの?」 「空耳じゃねぇか?」 「ちょ!?」 すかさず否定しまくる黒鋼に思い切り手を伸ばそうとして、その手は空を切った。 立ち上がった黒鋼はふっと顔を上げて時計を見やる。そしてスタスタとクローゼットまで行くと、ズラリと並んだ中からおなじみのシャツと黒ジャージの上を取り出して、素早く着替えた。 「く、黒たん?」 「シーツ、ちゃんと始末しとけよ」 「ちょっと!?」 そして彼は颯爽と出て行ってしまった……。 呆然としたファイは暫しの間、彼が出て行った扉の方をあんぐりと口を開けたまま眺めた。 やがてふと思い出す。 本日は休日である。だが、教師と真面目に部活動に励む生徒にとっては、ただの休日ではないことを。 瞬間、横たわっているはずなのに頭上からタライでも落ちてきたような衝撃を受けた。 黒鋼は運動部総括顧問。 あれだけやりまくっといてタフなあの男は、起き上がることもままならないファイを放置して、せっせと勤めを果たしに行ってしまったのである。 しかもあの熱く甘い愛の囁きを全否定して。 「信じられない……」 ファイはシーツを握り締めるとワナワナと震えた。 「黒たんの……人でなしー!!」 擦れて痛む喉で力の限り叫んだファイだが、そんな黒鋼の耳が実はすっかり赤く染まっていたことには当然、気づいていないのだった。 ←戻る ・ Wavebox👏
あのときは触れられるだけで簡単に蕩けてしまった身体が、今は緊張の方が先立って全く余裕がない。そんなファイを知ってか知らずか、黒鋼の愛撫はどこかあやす様に緩やかで、優しかった。
イメージだけを優先させて、もっとずっと荒々しく性急にコトを進めるとばかり思い込んでいたファイは、彼の以外にも思慮深い一面を目の当たりにして困惑する。
――こないだより優しくて……丁寧な感じがする……。
シャツを脱がされて剥き出しになった脇腹を、大きく骨ばった手がゆるりと撫でる。反射的にビクリと震えて喉を反らせば、鎖骨の中心から顎にかけてを熱い舌が這った。
「っ、ぁ……!」
「力むな。力抜いてろ」
「だ、だって……」
上下する薄い胸の下で刻まれる鼓動が、今にも音を立てて爆ぜてしまいそうだった。
唇や舌や手が身体の上を辿る度にゾクリと肌が粟立つのを感じながら、必死でその肩にしがみついて身体を強張らせていることしかできない。
こんなことなら、軽く引っ掛けてから事に及べばよかったかもしれないと思う。黒鋼が動く度にまるで生娘のようにビクつく自分が情けなくて、せめてもっとリラックスしようと深呼吸を繰り返した。
この調子では、また途中で終わってしまうかもしれない。
それだけは絶対に嫌で、これまで自分が抱いてきた女性はどんな反応をしていただろうかと、必死で思い出そうとした。
彼女達の身体は柔らかで温かくて、触れればしなやかに踊り、その度に胸の膨らみが揺れていた。
「……っ」
ああそうだ、真似したくとも無理なのだ。
どう反応すれば黒鋼が喜ぶのかなんて、考えたってどうしようもない。知らず知らずのうちに、じわりと目尻に涙が浮かぶ。
「なに泣いてんだよ」
長く節くれだった指が、目尻のそれをそっと撫でた。
「……だって……オレ、分かんなくて……」
どうすればいいのかなんて。
近い距離にある黒鋼と目を合わせることが出来ずに、濡れた睫毛を伏せた。すると、今度は指ではなく柔らかな唇が目尻に触れた。
「くろ、……ッ」
「それでいいじゃねぇか」
「え?」
太い腕が腰に回って、さらに引き寄せられると唇同士が軽く触れ合った。
薄いだけの胸に大きな手が触れる。鼓動が異常な速度で跳ね上がっていることが直に伝わってしまうと思うと、頬にカッと熱が集中した。
片方を包み込み、実際には肉などほとんど乗っていないはずのそこを柔らかく解すような動きで揉みしだかれると、ゾクゾクと身体の奥底から鈍痛にも似た感覚が押し寄せる。
「ふ、ぁ」
「何つまんねぇこと考えてっか知らねぇが……素直に感じとけ」
次の瞬間、もう片方の胸の中心に熱いものが触れて、まだ柔らかい粒に黒鋼が口付けたのが分かった。
声もなく大きく身を震わせたファイの両腕が、黒髪に覆われた頭を強く抱きしめ、爪先でシーツを掻く。
舌先で転がされ、唇で食むように刺激されると、腰が小刻みに震えてしまう。
「やっ、ぅ、そこ、ッ、ヤダ……!」
揉みしだかれていた方の胸の飾りも、指でクリクリと刺激される。ファイは駄々をこねるように首を振って、甲高い悲鳴を上げた。
黒鋼はぷくりと尖ったその先端を指先で突きながら、意地の悪い笑みを浮かべる。
「やっぱり弱いな、ここが」
「ッ、ぇ……?」
瞳を見開いたファイは、小さく首を傾げた。自分でさえ知らなかった敏感な場所を、どうして彼が知ってるのだろう。
「てめぇの弱いとこは、前のやつでだいたい分かってる」
「前のって……こないだの……?」
前回の行為は、てっきり酒の勢いだけとばかり思っていたファイは、その意外さに心底驚いた。
ファイがこうして騒ぎ立てずとも、黒鋼はちゃんと次に繋げてゆく気があったのだ。純粋な感動が込み上げた。
――オレのイイトコ、ちゃんと探しててくれたんだ……。
「黒様のこと……不器用でガサツで冷酷で人でなしで不能だとか思っててごめんね……」
「覚えとくぜ今の……」
「だからごめんねってば」
「うるせぇ」
「すぐイジケルー」
「だからもう黙れって」
「ひぁ!?」
苛立ったような表情で、唐突にスラックスの上から急所を鷲掴みにされて、ファイの口からは上ずった妙な悲鳴が上がる。
「ちゃっかり出来上がってんじゃねぇか」
「も、ばか……!」
そのままぐにぐにと刺激されて、もどかしい快感にぶるりと震えた。爪先でシーツを乱しながら悶えるファイに気をよくした黒鋼は、小さく口元を綻ばせると焦らすことなく片手で器用にベルトを外し、下着ごとすっかり下ろしてしまう。
さらに跳ね上がる鼓動に息を乱しながらも、全て取り払うべく片方ずつ足を上げて、それを助けた。
白い両足とはしたない性器が明るい室内のもと露になって、羞恥に全身が茹でた蛸のように染まるのが分かる。
けれど、黒鋼の指が緩く勃ち上がっているものを指先で弄ぶように撫でると、もうそれ所ではない。
太腿がヒクヒクと震えて、足を閉じてしまいたいのに、黒鋼が身体を割り込ませているせいでそれも叶わなかった。
「は、ずかし……」
思わず両手で顔を隠すと、黒鋼が小さく「ふん」と笑う声が聞こえて、それがさらに羞恥を煽る結果になる。
持っているものは同じはずなのに、なぜこれほど恥ずかしくて堪らないのだろう。
いっそのこと、早く扱いて欲しかった。もうこの際、痛みでも快楽でもいいから、一刻も早く理性を手放したい……。
けれど黒鋼はそれ以上は性器に触れず、指先をつう、と滑らせて双丘の奥まった場所に触れる。
「ッ……!」
同時に両を持ち上げられ、シーツから腰が浮くほど身体を折り畳まれる。さらに片足を逞しい肩に引っ掛けるように固定された。
性器だけでなく排泄器官までも蛍光灯の下に晒されてしまうのを、ファイは顔を覆った指の隙間から目の当たりにし、涙を滲ませる。
「黒様ぁ……」
「こいつを試すんだろ?」
「ぁ……」
いつの間にか手放してそれっきりだった例のチューブ。それを手にして、黒鋼がまたあの意地の悪そうな笑みを浮かべた。
そうだった。これを使ってコトに及ぶのが、本日のメインイベントなのである。
ファイはクリクリと蓋を回し開け、指先に中身を押し出す黒鋼を見つめながら、再び緊張に身を強張らせた。
出てきたものは透明で、すぐに黒鋼の指をテラテラといやらしく濡らす。
閉じ気味で宙を彷徨っていたもう片方の足を改めてグイと開かされ、奥まった中心に濡れた指先が触れる。
「ひぁ……ッ、つめ、たぃ……!」
「暴れんな」
逃げるように腰をくねらせたことを咎められて、ファイは抗議したいのを必死に堪える。
ヒヤリとした感触はその一瞬だけで、入り口を解すようにぬるぬると触れられてゆくうちに、それは簡単に体温に溶け込んでいった。
指が濡れた音を立てても、痛みがないことに安堵して僅かに身体から力が抜けた。
「は、ぅ、ん……ぁ……」
ゆっくりと出し入れを繰り返されると、その異物感と一緒に込み上げるのは、なんともはしたない快感だった。
このまま身を委ねていれば、今度こそ失敗しないような気がする。初めて与えられる快感に戸惑いながらも、信じられないほど甘く掠れきった自分の声が、どこか遠くに聞こえた。
だが時間をかけてそれが続くうちに、ファイは少しずつ、違和感を覚えはじめる。
(ん……あれ……なんか……)
ゆるゆると蕩けてゆくようだった感覚が、あるときを境に変わった。
「ッ!?」
「どうした?」
「や……ッ、こ、これ……?」
体温と内部の肉に溶け込み、じわじわと浸透してゆくそれは、明らかに何かがおかしい。
まるで小さな炎でじわじわと炙られてゆくような、そこから広がる強すぎる熱が、やがて全身を蝕んでゆくのに時間はかからなかった。ビクビクと、下腹や腿が痙攣をはじめた。
「おい……」
「やっ、ぁ! ね、くろ、これ……っ、なん、かッ、変だよ……!!」
ガタガタと全身を震わせるファイと、その身体の中心でまともに触れてもいないはずの性器が限界まで張り詰めているのを見た黒鋼は、ほんの数秒考え込んだあと、ベッドの下に放り投げられていた箱を拾い上げた。中から説明書を取り出して、顔を顰める。
「くろさまっ……! なにこれぇ!?」
その間もファイはジクジクと炙られるような熱に身悶えて、手繰り寄せたシーツを掻き抱いていた。
「……おいおまえ……これちゃんと見てねぇだろ……?」
「な、なんなのー!?」
「日本語じゃねぇが……こいつはおそらく媚薬の類なんじゃねぇのか……?」
「は!?」
ファイは頭の中が真っ白になるのを感じた。
そういえば、確かに購入する際もまともに説明は読まなかった。とりあえずそのカテゴリの中から値段が一番高いものを選べば間違いないような気がして、特に深く考えず購入ボタンを押した。確かにその時も商品の画像横に書かれていた説明は見なかった。値段だけしか……。
「ぅ……嘘ぉ……」
深い深い黒鋼の溜息が、敏感になった皮膚に落とされる。
「馬鹿……」
つまりファイはただの潤滑剤を購入したつもりが、思いもよらない追加効果のある代物を知らず選び、逆の意味でハードルを上げてしまった、ということだ。
「ど、どうしよぉ黒たんせんせぇーっ」
この間にもファイは内から押し寄せる熱に侵食され、パニックを起こしかけている。
「こうなっちまったもんは仕方ねぇだろ……」
「うぁ……ッ!」
黒鋼は箱と説明書を放り投げると、尻の肉を両手でぐっと強く割り開いた。それだけでファイの全身に電流が駆け抜ける。
「真っ赤になってヒクヒクしてんぞ」
「お、ねが……! どうにかしてぇ……ッ!!」
「で? どんな感じだ?」
あんなに呆れた顔をしていたくせに、今は明らかに楽しんでいる黒鋼に、ファイは身の危険を感じた。
もしかしてもしかしなくとも、この男にはサドの素質があったのだろうか。
けれどファイはそれに突っかかる余裕もなく、腰をくねらせた。
「なん、か! 熱くて……っ! も、わかんないッ! なんか、なんかっ、お尻の穴がきゅんきゅんして……切ないの……!」
「ほぅ?」
片方の眉をひょいと上げた黒鋼が、ファイの両の膝裏を掴み、痛いほど大きく割り開く。そして赤くなって痙攣しているそこに、再び指を潜り込ませた。
「んあぁぁ……!」
活きのいい魚のように跳ねる身体は、そのまま一気に2本の指を軽々と飲み込んだ。中を穿られるような動きと共に出し入れを繰り返されると、信じられないほどの快感が脳髄にまで響き渡る。
触れられていないはずの性器が、今にも弾けそうで痛い。咄嗟に自ら触れて慰めようとしても、手を取られて咎められる。
「勝手なことすんな」
「だって! だってもう!」
「このまま放置されてぇか」
「い、意地悪ー!!」
なんだか輝いて見える黒鋼とは逆に、ファイは崖っぷちに立たされている気分であった……。
*
強制的に性感を高められているとは言え、一切触れられず満足に絶頂を得られるほど出来た身体ではない。
その後もさんざん指で慣らされる間、ファイの性器は赤く腫れ上がったまま先走りの蜜を零し続けた。そしてその頃には、そこは黒鋼の太く長い指を三本も飲み込めるようになっていた。
「そろそろよさそうか……?」
もはや叫びすぎて喉が枯れていたファイは、問いかけに満足に答えることはできなかった。
全身が弱々しく痙攣を続けている。もういっそ気が狂ってしまった方が楽だったかもしれない。
黒鋼が乱暴に着込んでいたシャツを脱いで捨てた。
意識は朦朧としていたけれど、こんな時でさえその動作に胸がキュンと疼くのを感じる。
「くろ、ひゃま……」
「舌回ってねぇぞ」
「はや、く……」
ぐっと腰を抱かれて、片足を肩に担がれた。
両手でその頭を抱え込めば、鼻先を耳元に埋められてまた身体が跳ねる。
「ぁッ、ぁ……つ、ぃ……っ」
ぐっと、固いものが奥に押し付けられる。ここまできたら、もう痛みへの恐れは一切無い。
暴力的なまでの熱は、指によって与えられた刺激によって痒みにも似た、疼くような感覚をもたらしていた。
もういっそ早く中を一杯に埋め尽くして、強く抉ってほしい。
本当はこんなはずじゃなかったのに、なんて後悔してももう遅かった。
「行くぜ」
呼吸の乱れた低音は、囁かれるだけでファイの鼓膜をいとも簡単に犯した。
そして身を強張らせる間もなく、先端が潜り込む。
「ぅあぁ……ッ、あっ!」
さんざん慣らされたといっても、そこは圧倒的な質量を僅かに拒んだ。それでも確実に違うのは、今のファイは痛みさえ快感に摩り替えられていることだった。
「痛てぇか」
覗き込んでくる黒鋼に、首を振る。
「いっ、から、きて……! 早く、ちょうだいッ……!」
ぐっと、さらに強く抱きこまれたと同時に、ずぶずぶと太いものが押し入ってくる。自分自身ですらまともに触れたことのないような場所に、この身体の中に、黒鋼が。
「――ッ!?」
その瞬間、声にならない悲鳴を上げて、ファイは絶頂を迎えた。
ドクドクと頭の中にまで響く心臓の音と、血液が沸騰したような感覚に呼吸が止まる。
「ぁ……、ぁ……?」
一気に放たれた白濁の液はファイだけに留まらず、黒鋼の腹までも汚していた。二人の間でくったりと萎れた性器からは、未だに精液が糸を引くように零れ続けている。
触れられてすらいないはずなのに、入れられただけで。
その事実にただ呆然として、散々零れてもうすっかり枯れてしまったと思っていた涙が頬を伝った。
「苛めすぎたか?」
小さく笑った黒鋼が頬に口付けた。
ファイは完全に糸が切れたような気がして、幼子のようにヒクヒクと泣いた。
「ばか……っ、いじわる! きらい!」
泣きながら心にも無いことを口にして、さらにぎゅうと強くしがみつけば、耳元に低くかろうじて聞き取れる程度の小さな声が、何事か囁いた。
「 」
「ッ!?」
目を見開いて、聞き返す間もなく黒鋼が腰を揺らし始める。
「まっ、ぁ! まって今、ひッ、やっ、あぁッ……!!」
圧倒的な熱と質量が押し込まれ、そして引き抜かれる感覚に目の前に幾つも星が散らばっては、爆ぜてゆくのが見える。
黒鋼の乱れた呼吸さえも刺激となって、再び自身が大きく膨らむのを感じた。腹と腹の間で擦れる感覚が堪らない。
「いっ、ぃ、……きもち、いぃ……ッ! くろっ、……ォ、レも……オレも……!」
黒鋼がくれた想いに応えたいのに、呼吸が上手く繋げない。
あれは、あの囁きは。
ファイが彼に初めてもらった愛の言葉だった。
感情的なものと生理的なものとがない交ぜになった涙が、揺さぶられる度にポロポロと零れる。
交わっている部分からいやらしい水音が響き、揺さぶられる度にベッドが軋んだ。
繊細な粘膜は、擦り上げる肉棒の形や脈打つ鼓動さえも敏感に捉えて、全てを快感へと変える。
あられもなく喘ぐファイが両足を黒鋼の腰に絡めると、同時に唇を塞がれた。呼吸がままならないのもお構いなしに、激しく互いを貪り合う。
この熱さや痛みや快感が、媚薬によってもたらされているものなのか、最早判断は出来ない。
ただ、荒々しく息を震わせながら、徐々に激しく腰を打ち付けてくる黒鋼もまた、快感を得ていることが分かるから。
確実かなのは、こんな風に自分を抱いていいのは黒鋼だけで、他の誰でもなく唯一彼だけを心から愛しているのだということだった。
そしてこの身体も心も全て、彼に愛されているのだということ。
「も、だめ……ッ! イク、また、いくぅ……っ!!」
縋りついている肩に強く爪を立てて、ファイは二度目の限界を迎えた。
「ッ……!」
絶頂に声もなく痙攣するファイを強く抱きしめて、黒鋼も低く唸ると腰を震わせた。
*
いつの間に意識を失っていたのか、ふと目を開ければカーテンの隙間から僅かに光が零れているのが見えた。
ぼんやりとそれを眺めていたファイの思考は、目を開けてさえなお正常に動き出すのに時間を要した。
あれから、一体幾度二人で達したか知れない。よくよく思えば、媚薬に満たされたファイの中を犯していた黒鋼にも、その効果は少なからずあったのかもしれない。
怖かったし、酷い目に遭った、という思いは拭いきれないものの、終わってみればこれでよかったのだという思いが込み上げる。
男とか女とか、ずっと抱えていた不安とも、おさらば出来たような気がして。
なにより。
「おい、虚ろな目で気色悪ぃ笑み浮かべてんじゃねぇぞ」
「!」
感覚のない半身では咄嗟に起き上がることが出来ずに、首だけを巡らせて見れば、シャワーを浴びたらしい黒鋼が裸の上半身の首にタオルを引っさげて戻ってきたところだった。
その手には透明なミネラルウォーターの、飲みかけのペットボトルが。
「ちょっと、気色悪いってそれは酷いんじゃない……? あ、それオレにもちょうだい」
「声しゃがれてんぞ。おら」
両手を伸ばして水をせがむファイに、黒鋼はおもむろにペットボトルと差し出して寄越した。ファイは眉間に思いっきり皺を寄せる。
「オレ、起きれないんだけどー」
「知るか」
「普通ここは優しく抱き起こして、口移しで水くれるとこだよー!」
「いつも思ってたんだが、てめぇのその変な妄想は一体どっから影響を受けたものなんだ」
結局、黒鋼はただ心底呆れた顔をしただけでファイの要望に答えてはくれなかった。ペットボトルはテーブルの上にポツンと置かれた。
「いじわるぅ……」
ぶぅと唇を尖らせたファイだったが、ベッドの縁に腰掛けた黒鋼の肩や背中に刻まれた無数の引っ掻き傷を見て、一気に赤面する。
今朝方まで続いていた激しい情交の記憶をまざまざと思い出してしまう。
「なんだ」
そっと手を伸ばして肩の傷に触れると、怪訝そうな表情の黒鋼が僅かに身体の向きをこちらに変える。
「うん……あの、ごめんね?」
なんというか、諸々に対して、である。
傷のことは勿論、黒鋼のことを内心では人でなしだとか不能だとか、クソミソに罵倒していたことも、おかしな薬を購入してしまったことも、そして何より、彼の気持ちを全く理解していなかったことも。
「ああ」
「でもオレ、凄い嬉しかった。黒様先生と一つになれたし……ちゃんとオレのこと、愛してるって言ってくれたし……ね?」
やだもう照れちゃうー! と両手で顔を隠してシーツの中でクネクネするファイだったが、そんなファイを突き放すように、黒鋼が信じられないようなことを口にした。
「言ってねぇ」
「黒たん先生ったらセクシーな低音でさーって……? え?」
「俺ぁ何も言ってねぇ」
「は?」
「おまえの気のせいだ」
「はー? 何言ってんの?」
「空耳じゃねぇか?」
「ちょ!?」
すかさず否定しまくる黒鋼に思い切り手を伸ばそうとして、その手は空を切った。
立ち上がった黒鋼はふっと顔を上げて時計を見やる。そしてスタスタとクローゼットまで行くと、ズラリと並んだ中からおなじみのシャツと黒ジャージの上を取り出して、素早く着替えた。
「く、黒たん?」
「シーツ、ちゃんと始末しとけよ」
「ちょっと!?」
そして彼は颯爽と出て行ってしまった……。
呆然としたファイは暫しの間、彼が出て行った扉の方をあんぐりと口を開けたまま眺めた。
やがてふと思い出す。
本日は休日である。だが、教師と真面目に部活動に励む生徒にとっては、ただの休日ではないことを。
瞬間、横たわっているはずなのに頭上からタライでも落ちてきたような衝撃を受けた。
黒鋼は運動部総括顧問。
あれだけやりまくっといてタフなあの男は、起き上がることもままならないファイを放置して、せっせと勤めを果たしに行ってしまったのである。
しかもあの熱く甘い愛の囁きを全否定して。
「信じられない……」
ファイはシーツを握り締めるとワナワナと震えた。
「黒たんの……人でなしー!!」
擦れて痛む喉で力の限り叫んだファイだが、そんな黒鋼の耳が実はすっかり赤く染まっていたことには当然、気づいていないのだった。
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