2025/07/25 Fri それからというもの、カミュはしょっちゅうイレブンにキスをするようになった。 おはようのキス、おやすみのキス、なんでもないときのキス。とにかく、したいと思ったらする。イレブンは顔を真っ赤にしてあたふたしたり、顔を隠したりして恥ずかしがった。 最初に自分からしておいて、今さら照れるなんておかしなヤツだ。 けれど彼がとてもシャイな性格であることは知っているつもりだし、嫌がっている様子もないので好きにすることにした。 「カミュ」 その夜も寝る前のキスをしようとして手を伸ばすと、その手をさりげなく遠ざけたイレブンが、思いつめた様子でカミュの名を呼んだ。 「ん、なんだ?」 「わかってないと思うから言っておくけど」 ベッドにあぐらをかくカミュとは対象的に、イレブンはなぜか姿勢を正し、正座までして険しい表情を浮かべていた。 「他のひとには、絶対キスしないでほしい」 「なんでだ? 次にペルラさんが来たときにもしようと思ってたのに。あとエマちゃんだろ? そうそう、お前のじいさんにもいつか会えたら」 「ゼッッッタイにダメだ!」 見たこともないくらい眉間に深いシワを刻み、イレブンがギッと睨みつけてくる。 その気迫に押され、カミュは「わかったよ」と返事をした。イレブンが嫌がることはしたくない。彼がするなと言うなら、従うだけだ。 「カミュがボクの大事な人たちを好きになってくれるのは嬉しい。だけどボクの好きは、もっと特別な好きなんだ。それだけは、どうか分かってほしい」 あまりにも真剣な目をして言うものだから、カミュはとっさにうなずいていた。 イレブンの気持ちをどこまで汲めているかというと、正直よく分からない。ただ、特別という響きは悪くないと思った。むしろすごくいい。なんだか胸がジンジンしてくる。 カミュは目を閉じ、イレブンに向かって軽く唇を突きだすと「ん」と声をだした。 「ッ、え?」 「わかったから、今日はイレブンからキスしてくれよ」 ごくん、と喉を鳴らす音が聞こえた。彼の手が両肩にそれぞれかかり、徐々に近づいてくるのを気配で感じる。 今にも触れそうなほどの距離まで来ると、カミュも小さく喉を鳴らした。 いつになく緊張している気がするのは、イレブンの恥ずかしがりがうつってしまったせいだろうか? 「……ごめん! やっぱり駄目だ!」 「?」 両肩をグッと遠ざけられて、カミュは目を丸く見開いた。 「ボク、今日からあっちで寝るから!」 「ちょっ、おいイレブン!」 真っ赤な顔のイレブンが、ベッドを降りて部屋から飛びだしていく。 しばらく呆然としていたカミュだったが、すぐにハッとして後を追いかけた。彼はリビングのソファで毛布にくるまり、ミノムシのようになっていた。 「おい。おーい。どうしたんだよ? なあ、イレブン」 「…………」 「なあってば、オレなんかしたか?」 「…………」 返事がない。ただの屍……にはなっていないが、応じるつもりはないらしい。 どんなに呼びかけても、身体をゆすっても、イレブンは狸寝入りを決め込んだまま、ピクリとも動かなかった。 「ちぇ。わかったよ、もういいよ」 カミュはすっかり根負けし、溜息をつきながらガリガリと頭をかいた。 「……明日になったら、ちゃんと理由を聞かせてくれよな」 ひとまず、今夜は引き下がるより他になさそうだった。 * 「おい、朝だぞ。起きろイレブン」 翌朝。 小さく呻きながらどうにか起き上がったイレブンは、眠たげにぎゅっと目を閉じたまま、頭をグラグラとさせている。 乱れた髪で寝ぼける姿が可愛くて、それだけでキスがしたくなってしまう。カミュは腰を屈めると、その頬に触れながら顔を近づけた。 「おっと! もうこんな時間だ。朝ご飯、朝ご飯っと」 するとイレブンは急にシャキッとして、カミュから逃れるように立ち上がった。 昨夜のこともあり、さすがのカミュもこれには少しムッとした。 「なんだよ、させろよ」 洗面所へ向かおうとしていたイレブンの背をジト目で睨むと、彼は足を止めて振り返る。その目もカミュに負けず劣らず、じっとりと睨むような色をたたえていた。 「……カミュってさ、人間の年齢だと、もう19なんだろ?」 「それがなんだよ」 カミュは思わず首をかしげる。 「そういうことしたいって、思ったことないのか?」 「そういうこと?」 イレブンは言いにくそうに唇を尖らせ、カミュから視線だけをそらした。 「そういう時期のことだよ。つまり、女の子のことが気になったり……あるだろ、そういうの」 「発情期のことか?」 「ぅ、……まあ、うん。そう」 カミュは「うーん」とうなって、腕組みをした。 ペットショップにいた頃、あの狭いケージにいたのは自分とマヤだけだ。他のメスと一緒にいればどうだったか知らないが、身に覚えはまったくなかった。 「ねえな。そういうのはよく分からねえ」 するとイレブンが大仰なため息を漏らした。なんだかバカにされたような気分になるのは気のせいだろうか。再びムッとしたカミュをまっすぐに見据え、イレブンはいつになく神妙な面持ちをしながら言った。 「ボクの好きは、そういう好きだ」 一瞬ポカンとしたあと、カミュはついつい「ブハッ」と吹きだしてしまった。 「ぶふっ、アハハハ! お前、マジかよ! オレはオスだぜ? まさかオレのこと、ずっとメスだと思ってたわけじゃねーよな!?」 「~~っ、……もういいよ!」 「あっ、ちょ、おい!?」 背を向けたイレブンはドスンドスンと足音を立て、洗面所に消えてしまった。 「なに怒ってんだ? あいつ……」 ワケもわからず困惑しながら、カミュはただ立ち尽くしてしまうのだった。 * その後、イレブンはカミュといっさい口を利くことなく、学校へ行ってしまった。 何を話しかけてもブスッとして返事がなく、目すら合わせてくれないままに。あのイレブンが「行ってきます」の一言すらなく出て行くなんて、こんなことは初めてだ。 「なんだってんだよ、イレブンのやつ」 カミュはむくれた顔をしながら、リビングの床で丸まっていた毛布を畳んだ。それを抱えて、ドスンとソファに腰かける。 (まさかとは思うが……あいつ、マジでオレのことメスだと思ってたわけじゃねえよな?) そんなバカな。いくらなんでも、さすがにそれは無理がある。 初めて人間の姿になったあの夜、イレブンはカミュの素っ裸を見ているのだ。当然、男性としてのアレもしっかり見ているはずなのだから。 「でも、イレブンだしなあ……」 彼はちょっと抜けているところがあるし、初対面でカミュのことを「天使」だなんて言ってのけたような男でもある。普通ならしないような勘違いをしたとしても、決してありえない話では── 「……いや、ありえねえだろ。どう考えても」 いくらなんでも、それはさすがにバカにしすぎだ。 でも、だったらどうして、彼はあんなことを言ったんだろう。 ──ボクの好きは、そういう好きだ 文脈をストレートに受け取るならば、イレブンは自分と『そういうこと』がしたい、ということになる。 だけどカミュはオスで、オス同士では交尾なんかできないし、できたところで意味がない。それはきっとイレブンだって分かっているはずではないか。 そこまで考えたところで、カミュはどうしてか落胆している自分がいることに気がついた。胸の奥底からモヤモヤと立ち込めるような、この嫌な感覚には覚えがある。 あれは確か、ペルラに初めて料理を教わった日のことだ。あのときも、カミュはこれと似た気持ちを味わった。 イレブンがエマと『ケッコン』というものをして、家族になるという想像をしながら、それを素直に喜ぶことができない自分がいたのだ。 なぜこんな気持ちになってしまうのか、カミュにはこの『モヤモヤ』の正体が理解できない。どんなに悩んでいたところで、そう簡単に答えが出るものでもなさそうだった。 「やめだやめだ! ウジウジ考えるのは性に合わねえ!」 なんだか無性にイレブンが恋しくなった。あの笑顔を見れば、こんなモヤモヤなんかすぐに晴れる気がした。思えば昨日の夜からずっと、カミュは彼の笑った顔を見ていない。 抱えていた毛布を脇に置き、壁にかかった時計を見上げた。時間の見方は教わっている。時刻は朝の域すら出ておらず、イレブンの帰宅時間はまだまだ先だ。 「ただじっとしてるのも、オレの性に合わねえんだよな」 このとき、カミュの中にはとある考えが浮かんでいた。 それは先日、イレブンとした鍋パーティーを再現することだった。 彼と一緒にいるのはいつだって楽しいが、カミュにとってあのイベントは、特に思い出深いものだった。おかげで料理に興味を持つこともできたし、買い出しの帰り道で見せたイレブンの笑顔は、今も強く印象に残っている。 もしあれよりもっと凄い鍋を作ることができたなら、またあんなふうに笑って見せてくれるだろうか。花がほころぶような、あの甘く柔らかな笑顔を。 彼が喜んでいる姿を想像するだけで、ぽかぽかとした幸せな気持ちが込み上げる。 ご機嫌取りと言われたらそれまでかもしれないが。ただ大人しく帰りを待っているよりも、何かしていたほうが気も紛れるというものだ。 「よっしゃ! そうと決まれば、さっそく準備に取りかかるとするぜ!」 カミュは右の掌にパンっと左拳を叩きつけ、思いっきり気合いを入れると、それを行動開始の合図にした。 ←戻る ・ 次へ→
おはようのキス、おやすみのキス、なんでもないときのキス。とにかく、したいと思ったらする。イレブンは顔を真っ赤にしてあたふたしたり、顔を隠したりして恥ずかしがった。
最初に自分からしておいて、今さら照れるなんておかしなヤツだ。
けれど彼がとてもシャイな性格であることは知っているつもりだし、嫌がっている様子もないので好きにすることにした。
「カミュ」
その夜も寝る前のキスをしようとして手を伸ばすと、その手をさりげなく遠ざけたイレブンが、思いつめた様子でカミュの名を呼んだ。
「ん、なんだ?」
「わかってないと思うから言っておくけど」
ベッドにあぐらをかくカミュとは対象的に、イレブンはなぜか姿勢を正し、正座までして険しい表情を浮かべていた。
「他のひとには、絶対キスしないでほしい」
「なんでだ? 次にペルラさんが来たときにもしようと思ってたのに。あとエマちゃんだろ? そうそう、お前のじいさんにもいつか会えたら」
「ゼッッッタイにダメだ!」
見たこともないくらい眉間に深いシワを刻み、イレブンがギッと睨みつけてくる。
その気迫に押され、カミュは「わかったよ」と返事をした。イレブンが嫌がることはしたくない。彼がするなと言うなら、従うだけだ。
「カミュがボクの大事な人たちを好きになってくれるのは嬉しい。だけどボクの好きは、もっと特別な好きなんだ。それだけは、どうか分かってほしい」
あまりにも真剣な目をして言うものだから、カミュはとっさにうなずいていた。
イレブンの気持ちをどこまで汲めているかというと、正直よく分からない。ただ、特別という響きは悪くないと思った。むしろすごくいい。なんだか胸がジンジンしてくる。
カミュは目を閉じ、イレブンに向かって軽く唇を突きだすと「ん」と声をだした。
「ッ、え?」
「わかったから、今日はイレブンからキスしてくれよ」
ごくん、と喉を鳴らす音が聞こえた。彼の手が両肩にそれぞれかかり、徐々に近づいてくるのを気配で感じる。
今にも触れそうなほどの距離まで来ると、カミュも小さく喉を鳴らした。
いつになく緊張している気がするのは、イレブンの恥ずかしがりがうつってしまったせいだろうか?
「……ごめん! やっぱり駄目だ!」
「?」
両肩をグッと遠ざけられて、カミュは目を丸く見開いた。
「ボク、今日からあっちで寝るから!」
「ちょっ、おいイレブン!」
真っ赤な顔のイレブンが、ベッドを降りて部屋から飛びだしていく。
しばらく呆然としていたカミュだったが、すぐにハッとして後を追いかけた。彼はリビングのソファで毛布にくるまり、ミノムシのようになっていた。
「おい。おーい。どうしたんだよ? なあ、イレブン」
「…………」
「なあってば、オレなんかしたか?」
「…………」
返事がない。ただの屍……にはなっていないが、応じるつもりはないらしい。
どんなに呼びかけても、身体をゆすっても、イレブンは狸寝入りを決め込んだまま、ピクリとも動かなかった。
「ちぇ。わかったよ、もういいよ」
カミュはすっかり根負けし、溜息をつきながらガリガリと頭をかいた。
「……明日になったら、ちゃんと理由を聞かせてくれよな」
ひとまず、今夜は引き下がるより他になさそうだった。
*
「おい、朝だぞ。起きろイレブン」
翌朝。
小さく呻きながらどうにか起き上がったイレブンは、眠たげにぎゅっと目を閉じたまま、頭をグラグラとさせている。
乱れた髪で寝ぼける姿が可愛くて、それだけでキスがしたくなってしまう。カミュは腰を屈めると、その頬に触れながら顔を近づけた。
「おっと! もうこんな時間だ。朝ご飯、朝ご飯っと」
するとイレブンは急にシャキッとして、カミュから逃れるように立ち上がった。
昨夜のこともあり、さすがのカミュもこれには少しムッとした。
「なんだよ、させろよ」
洗面所へ向かおうとしていたイレブンの背をジト目で睨むと、彼は足を止めて振り返る。その目もカミュに負けず劣らず、じっとりと睨むような色をたたえていた。
「……カミュってさ、人間の年齢だと、もう19なんだろ?」
「それがなんだよ」
カミュは思わず首をかしげる。
「そういうことしたいって、思ったことないのか?」
「そういうこと?」
イレブンは言いにくそうに唇を尖らせ、カミュから視線だけをそらした。
「そういう時期のことだよ。つまり、女の子のことが気になったり……あるだろ、そういうの」
「発情期のことか?」
「ぅ、……まあ、うん。そう」
カミュは「うーん」とうなって、腕組みをした。
ペットショップにいた頃、あの狭いケージにいたのは自分とマヤだけだ。他のメスと一緒にいればどうだったか知らないが、身に覚えはまったくなかった。
「ねえな。そういうのはよく分からねえ」
するとイレブンが大仰なため息を漏らした。なんだかバカにされたような気分になるのは気のせいだろうか。再びムッとしたカミュをまっすぐに見据え、イレブンはいつになく神妙な面持ちをしながら言った。
「ボクの好きは、そういう好きだ」
一瞬ポカンとしたあと、カミュはついつい「ブハッ」と吹きだしてしまった。
「ぶふっ、アハハハ! お前、マジかよ! オレはオスだぜ? まさかオレのこと、ずっとメスだと思ってたわけじゃねーよな!?」
「~~っ、……もういいよ!」
「あっ、ちょ、おい!?」
背を向けたイレブンはドスンドスンと足音を立て、洗面所に消えてしまった。
「なに怒ってんだ? あいつ……」
ワケもわからず困惑しながら、カミュはただ立ち尽くしてしまうのだった。
*
その後、イレブンはカミュといっさい口を利くことなく、学校へ行ってしまった。
何を話しかけてもブスッとして返事がなく、目すら合わせてくれないままに。あのイレブンが「行ってきます」の一言すらなく出て行くなんて、こんなことは初めてだ。
「なんだってんだよ、イレブンのやつ」
カミュはむくれた顔をしながら、リビングの床で丸まっていた毛布を畳んだ。それを抱えて、ドスンとソファに腰かける。
(まさかとは思うが……あいつ、マジでオレのことメスだと思ってたわけじゃねえよな?)
そんなバカな。いくらなんでも、さすがにそれは無理がある。
初めて人間の姿になったあの夜、イレブンはカミュの素っ裸を見ているのだ。当然、男性としてのアレもしっかり見ているはずなのだから。
「でも、イレブンだしなあ……」
彼はちょっと抜けているところがあるし、初対面でカミュのことを「天使」だなんて言ってのけたような男でもある。普通ならしないような勘違いをしたとしても、決してありえない話では──
「……いや、ありえねえだろ。どう考えても」
いくらなんでも、それはさすがにバカにしすぎだ。
でも、だったらどうして、彼はあんなことを言ったんだろう。
──ボクの好きは、そういう好きだ
文脈をストレートに受け取るならば、イレブンは自分と『そういうこと』がしたい、ということになる。
だけどカミュはオスで、オス同士では交尾なんかできないし、できたところで意味がない。それはきっとイレブンだって分かっているはずではないか。
そこまで考えたところで、カミュはどうしてか落胆している自分がいることに気がついた。胸の奥底からモヤモヤと立ち込めるような、この嫌な感覚には覚えがある。
あれは確か、ペルラに初めて料理を教わった日のことだ。あのときも、カミュはこれと似た気持ちを味わった。
イレブンがエマと『ケッコン』というものをして、家族になるという想像をしながら、それを素直に喜ぶことができない自分がいたのだ。
なぜこんな気持ちになってしまうのか、カミュにはこの『モヤモヤ』の正体が理解できない。どんなに悩んでいたところで、そう簡単に答えが出るものでもなさそうだった。
「やめだやめだ! ウジウジ考えるのは性に合わねえ!」
なんだか無性にイレブンが恋しくなった。あの笑顔を見れば、こんなモヤモヤなんかすぐに晴れる気がした。思えば昨日の夜からずっと、カミュは彼の笑った顔を見ていない。
抱えていた毛布を脇に置き、壁にかかった時計を見上げた。時間の見方は教わっている。時刻は朝の域すら出ておらず、イレブンの帰宅時間はまだまだ先だ。
「ただじっとしてるのも、オレの性に合わねえんだよな」
このとき、カミュの中にはとある考えが浮かんでいた。
それは先日、イレブンとした鍋パーティーを再現することだった。
彼と一緒にいるのはいつだって楽しいが、カミュにとってあのイベントは、特に思い出深いものだった。おかげで料理に興味を持つこともできたし、買い出しの帰り道で見せたイレブンの笑顔は、今も強く印象に残っている。
もしあれよりもっと凄い鍋を作ることができたなら、またあんなふうに笑って見せてくれるだろうか。花がほころぶような、あの甘く柔らかな笑顔を。
彼が喜んでいる姿を想像するだけで、ぽかぽかとした幸せな気持ちが込み上げる。
ご機嫌取りと言われたらそれまでかもしれないが。ただ大人しく帰りを待っているよりも、何かしていたほうが気も紛れるというものだ。
「よっしゃ! そうと決まれば、さっそく準備に取りかかるとするぜ!」
カミュは右の掌にパンっと左拳を叩きつけ、思いっきり気合いを入れると、それを行動開始の合図にした。
←戻る ・ 次へ→