2025/07/25 Fri 目を覚ますと、真っ先に飛び込んできたのはイレブンの心配そうな顔だった。 「カミュ、大丈夫?」 部屋着を着込んでいる彼は、ベッド横に膝をついているらしかった。その背後では、カーテンの隙間から朝の光が射し込んでいる。 「……イレブンお前、学校は?」 起き抜けの乾いた声で問いかけると、彼は「今日は土曜だよ」と苦笑した。 「そっか。あれ……?」 ノロノロと身を起こしたカミュは、自分の身体がすっかり清められ、部屋着まで着せられていることに気がついた。昨日は汗やら何やら色々なもので、ドロドロになってしまった記憶があるが、寝ている間にイレブンが世話を焼いてくれたらしい。 「ありがとな、イレブン」 イレブンはゆるく笑って首を振り、ベッドの縁に腰かけた。 「それよりカミュ、身体は平気? どっかつらくない?」 「いいや、ぜんぜん。あー、でもちょっと……ケツに違和感はあるかもな。腹んナカにも、まだ熱いのが残ってるような……」 「一応、キレイにはしたつもりなんだけど……ごめん……」 うなだれてしまったイレブンの頭を、ワシワシと思いきり撫でてやった。 「気にすんなって。オレは嬉しかったぜ。お前とちゃんとひとつになれて」 人間という生き物は本当に不思議だ。そこに愛さえあれば、オスもメスも関係なく交尾ができてしまうんだから。 するとイレブンは少し泣きそうな顔で笑って、「ボクも」と言った。 目と目を合わせながら微笑み合っていると、なんとなくお互い照れくさい気持ちになってきて、赤い顔をうつむけた。今さら意識しあうというのも、なんだかおかしな話だけれど。 「それにしても、どうしてまた人間の姿に?」 そんな初々しい沈黙を破ったのはイレブンだった。カミュはどこかホッとしながら、「ああ」と言って彼の左手に手を伸ばした。いつもはしているはずの包帯が、今日は巻かれていない。それは好都合だった。 「多分だけどな。このアザだ」 不思議そうに首をかしげるイレブンの目の前で、カミュはそのアザにキスをした。 すると案の定、全身が淡い光に包まれる。徐々に身体が萎んでいって── 「かっ、カミュ!?」 「ピィ!」 次の瞬間、カミュは山になった部屋着からモゾモゾと抜けだした。元気よくひと鳴きすると、イレブンはまん丸に見開いた瞳をパチクリさせていた。 「ピ! ピ!(ほらな?)」 「ホントだ……。なに言ってるか分かんないけど、なんか分かった」 それからすぐに、カミュはもう一度イレブンのアザにキスをした。大きな光に包まれて、再び人間の姿に変身を遂げる。もちろん、身体はすっぽんぽんだ。 「ほらな?」 四つん這いの姿勢で小首をかしげながら言ったカミュに、イレブンは赤面しながら「わかったから」と言って、手繰り寄せたシーツを身体に巻きつけてくれた。 「つまりそういうことだ。オレの変身は、どうやらお前のそのアザがトリガーになってるらしい」 カミュ自身、こうして改めて試してみるまで確証はなかったのだが。一度目の変身と、昨夜の変身。共通していたのは、イレブンのアザに唇が触れたという点だった。 ならどうして、昨日は急に変身が解けてしまったのか。 単に効果が切れただけなのか、あるいはドン底まで落ち込んでいたカミュのメンタルが、なんらかの作用をもたらしたのか。 シーツに包まったまま腕を組み、あぐらをかいて考え込んでいると、イレブンがどこか遠慮がちに口を開いた。 「……ずっと、このアザが嫌だったんだ」 「そうなのか?」 うん、とイレブンがうなずいた。 「子供の頃、よくからかわれてたんだ。ゲームに出てくる主人公に、これとよく似たアザがあってさ。そのアザの力で、いろんな奇跡を起こすんだ」 生まれつき不思議なアザを持つ主人公が、『勇者』として世界を救う物語。 彼が持つアザと、イレブンの左手のアザは酷似していた。ゆえに、友人たちはこぞってそれをネタにからかってきたのだという。 「何かあるとすぐに、お前も勇者の奇跡を起こしてみろ! なんて無茶振りされてさ。今にして思えば、なんてことない冗談なんだけどね。ボクはそういうノリに、うまくついて行けなくて……」 だんだん鬱陶しくなってきて、隠すようになってしまったらしい。 「でも──」 イレブンはいったん短く言葉を切ると、カミュに向かって瞳を細めた。 「こんな奇跡が起こせるのなら、今はよかったと思う。ボクには本当に、勇者の力があったみたいだ」 嬉しそうに微笑むイレブンに、カミュは誇らしい気持ちになった。彼のアザがあったから、カミュは今こうして、この姿でここにいる。ひょっとしたらあの公園での出会いすら、イレブンが起こした奇跡なのではないかと思えた。 「さすがはオレが見込んだ勇者さまだぜ。なんたってお前はハリネズミを人間に変えるだけでなく、オスをメスに変えちまうんだからな!」 「そ、それはちょっと違くない!?」 そうか? と言って、カミュはイレブンの背中をバシッと叩いた。 「でもオレはお前に、身体の中から作り変えられた気分だぜ」 「た、確かにボクは昨日、女の子にするみたいなことをキミにしたけど……それで本当に、キミが女の子になるわけではなくて……」 「そうなのか?」 「うん。でも……」 イレブンは赤い顔でモジモジしながらうつむくと、「次はもっとがんばるよ」と、消え入りそうな声で言った。 「カミュのこと、ちゃんと満足させられるように」 「? そっか。期待してるぜ! 相棒!」 ぐ~~~っ そのとき、カミュの腹から景気のいい音が鳴り響いた。あまりにも立派な音だったものだから、さすがに苦笑しながら肩をすくめる。 「人間ってのは、どうもすぐに腹が減っていけねえや」 イレブンはクスクスと笑いながら「いいじゃないか」と言った。 「朝食にしよう。昨日からなにも食べてないしね」 「だな」 ボクが準備するよと言って、イレブンがベッドから立ち上がる。そしてカミュを見下ろしながら言った。 「カミュ。もし動けそうだったら、午後は買い物に行かないか?」 「おう、いいぜ」 臀部や腹にはまだ多少の違和感があるものの、痛みがあるわけじゃない。イレブンは気にしている様子だが、なんだかんだで彼はずっと優しかったし、決してカミュを傷つけなかった。 「よかった。じゃあさ、今日はまた鍋をしよう。今度はもっと凄いのを作ろうよ」 それを聞いて、カミュはパッと瞳を輝かせた。 「マジか! いいなそれ! オレもそうしたいと思ってたんだ!」 するとイレブンはカミュが大好きな、あの花がほころぶような笑みを浮かべた。 (こいつと出会って、こんなふうに一緒に暮らせて、オレはきっと世界でいちばん、運がいいハリネズミなんだろうな) あの日、あの瞬間。狭いケージを抜けだして、外の世界に飛びだした。あのときの選択は、もしかしたら彼と出会うためのものだったのかもしれない。 『公園で出会うサラサラヘアーと心を通わせ。さすればお前の願いも果たされる』 カミュの願いは果たされた。そしてこれからもずっと。 シーツから右腕を引き抜いて、作った拳を彼へと向ける。イレブンはアザのある左手を握りしめ、拳と拳をコツンとぶつけた。 「これからもよろしく頼むぜ、 相棒!」 お互いが愛してやまない、とびきりの笑顔を向け合いながら。 空色ハリネズミ、街をゆく・了 ←戻る ・ Wavebox👏
「カミュ、大丈夫?」
部屋着を着込んでいる彼は、ベッド横に膝をついているらしかった。その背後では、カーテンの隙間から朝の光が射し込んでいる。
「……イレブンお前、学校は?」
起き抜けの乾いた声で問いかけると、彼は「今日は土曜だよ」と苦笑した。
「そっか。あれ……?」
ノロノロと身を起こしたカミュは、自分の身体がすっかり清められ、部屋着まで着せられていることに気がついた。昨日は汗やら何やら色々なもので、ドロドロになってしまった記憶があるが、寝ている間にイレブンが世話を焼いてくれたらしい。
「ありがとな、イレブン」
イレブンはゆるく笑って首を振り、ベッドの縁に腰かけた。
「それよりカミュ、身体は平気? どっかつらくない?」
「いいや、ぜんぜん。あー、でもちょっと……ケツに違和感はあるかもな。腹んナカにも、まだ熱いのが残ってるような……」
「一応、キレイにはしたつもりなんだけど……ごめん……」
うなだれてしまったイレブンの頭を、ワシワシと思いきり撫でてやった。
「気にすんなって。オレは嬉しかったぜ。お前とちゃんとひとつになれて」
人間という生き物は本当に不思議だ。そこに愛さえあれば、オスもメスも関係なく交尾ができてしまうんだから。
するとイレブンは少し泣きそうな顔で笑って、「ボクも」と言った。
目と目を合わせながら微笑み合っていると、なんとなくお互い照れくさい気持ちになってきて、赤い顔をうつむけた。今さら意識しあうというのも、なんだかおかしな話だけれど。
「それにしても、どうしてまた人間の姿に?」
そんな初々しい沈黙を破ったのはイレブンだった。カミュはどこかホッとしながら、「ああ」と言って彼の左手に手を伸ばした。いつもはしているはずの包帯が、今日は巻かれていない。それは好都合だった。
「多分だけどな。このアザだ」
不思議そうに首をかしげるイレブンの目の前で、カミュはそのアザにキスをした。
すると案の定、全身が淡い光に包まれる。徐々に身体が萎んでいって──
「かっ、カミュ!?」
「ピィ!」
次の瞬間、カミュは山になった部屋着からモゾモゾと抜けだした。元気よくひと鳴きすると、イレブンはまん丸に見開いた瞳をパチクリさせていた。
「ピ! ピ!(ほらな?)」
「ホントだ……。なに言ってるか分かんないけど、なんか分かった」
それからすぐに、カミュはもう一度イレブンのアザにキスをした。大きな光に包まれて、再び人間の姿に変身を遂げる。もちろん、身体はすっぽんぽんだ。
「ほらな?」
四つん這いの姿勢で小首をかしげながら言ったカミュに、イレブンは赤面しながら「わかったから」と言って、手繰り寄せたシーツを身体に巻きつけてくれた。
「つまりそういうことだ。オレの変身は、どうやらお前のそのアザがトリガーになってるらしい」
カミュ自身、こうして改めて試してみるまで確証はなかったのだが。一度目の変身と、昨夜の変身。共通していたのは、イレブンのアザに唇が触れたという点だった。
ならどうして、昨日は急に変身が解けてしまったのか。
単に効果が切れただけなのか、あるいはドン底まで落ち込んでいたカミュのメンタルが、なんらかの作用をもたらしたのか。
シーツに包まったまま腕を組み、あぐらをかいて考え込んでいると、イレブンがどこか遠慮がちに口を開いた。
「……ずっと、このアザが嫌だったんだ」
「そうなのか?」
うん、とイレブンがうなずいた。
「子供の頃、よくからかわれてたんだ。ゲームに出てくる主人公に、これとよく似たアザがあってさ。そのアザの力で、いろんな奇跡を起こすんだ」
生まれつき不思議なアザを持つ主人公が、『勇者』として世界を救う物語。
彼が持つアザと、イレブンの左手のアザは酷似していた。ゆえに、友人たちはこぞってそれをネタにからかってきたのだという。
「何かあるとすぐに、お前も勇者の奇跡を起こしてみろ! なんて無茶振りされてさ。今にして思えば、なんてことない冗談なんだけどね。ボクはそういうノリに、うまくついて行けなくて……」
だんだん鬱陶しくなってきて、隠すようになってしまったらしい。
「でも──」
イレブンはいったん短く言葉を切ると、カミュに向かって瞳を細めた。
「こんな奇跡が起こせるのなら、今はよかったと思う。ボクには本当に、勇者の力があったみたいだ」
嬉しそうに微笑むイレブンに、カミュは誇らしい気持ちになった。彼のアザがあったから、カミュは今こうして、この姿でここにいる。ひょっとしたらあの公園での出会いすら、イレブンが起こした奇跡なのではないかと思えた。
「さすがはオレが見込んだ勇者さまだぜ。なんたってお前はハリネズミを人間に変えるだけでなく、オスをメスに変えちまうんだからな!」
「そ、それはちょっと違くない!?」
そうか? と言って、カミュはイレブンの背中をバシッと叩いた。
「でもオレはお前に、身体の中から作り変えられた気分だぜ」
「た、確かにボクは昨日、女の子にするみたいなことをキミにしたけど……それで本当に、キミが女の子になるわけではなくて……」
「そうなのか?」
「うん。でも……」
イレブンは赤い顔でモジモジしながらうつむくと、「次はもっとがんばるよ」と、消え入りそうな声で言った。
「カミュのこと、ちゃんと満足させられるように」
「? そっか。期待してるぜ! 相棒!」
ぐ~~~っ
そのとき、カミュの腹から景気のいい音が鳴り響いた。あまりにも立派な音だったものだから、さすがに苦笑しながら肩をすくめる。
「人間ってのは、どうもすぐに腹が減っていけねえや」
イレブンはクスクスと笑いながら「いいじゃないか」と言った。
「朝食にしよう。昨日からなにも食べてないしね」
「だな」
ボクが準備するよと言って、イレブンがベッドから立ち上がる。そしてカミュを見下ろしながら言った。
「カミュ。もし動けそうだったら、午後は買い物に行かないか?」
「おう、いいぜ」
臀部や腹にはまだ多少の違和感があるものの、痛みがあるわけじゃない。イレブンは気にしている様子だが、なんだかんだで彼はずっと優しかったし、決してカミュを傷つけなかった。
「よかった。じゃあさ、今日はまた鍋をしよう。今度はもっと凄いのを作ろうよ」
それを聞いて、カミュはパッと瞳を輝かせた。
「マジか! いいなそれ! オレもそうしたいと思ってたんだ!」
するとイレブンはカミュが大好きな、あの花がほころぶような笑みを浮かべた。
(こいつと出会って、こんなふうに一緒に暮らせて、オレはきっと世界でいちばん、運がいいハリネズミなんだろうな)
あの日、あの瞬間。狭いケージを抜けだして、外の世界に飛びだした。あのときの選択は、もしかしたら彼と出会うためのものだったのかもしれない。
『公園で出会うサラサラヘアーと心を通わせ。さすればお前の願いも果たされる』
カミュの願いは果たされた。そしてこれからもずっと。
シーツから右腕を引き抜いて、作った拳を彼へと向ける。イレブンはアザのある左手を握りしめ、拳と拳をコツンとぶつけた。
「これからもよろしく頼むぜ、 相棒!」
お互いが愛してやまない、とびきりの笑顔を向け合いながら。
空色ハリネズミ、街をゆく・了
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