2025/07/27 Sun 元旦。 大晦日から学園で飲んだくれていたファイと黒鋼は、昼過ぎ頃にようやく帰宅して、一息つこうとしていた。 「ふー、流石にちょっと飲み過ぎたね~。少し疲れちゃったよ~」 ファイがさっそく炬燵に入り込み、ゴロンと横になって伸びていると、水の入ったグラスを持ってきた黒鋼が眉間の皺をぐっと深める。 「さっそく寝正月してんじゃねぇ。一年の計は元旦にありってことわざを知らねぇのか」 「一年分のケーキは元旦にあるー? 素敵なことわざだね~🍰」 「てめぇそれわざとだろ! とりあえず水飲んでシャキっとしろ!」 「わかったよぅ~」 このまま夢の世界へダイブしてしまいたかったファイだが、仕方なくモゾモゾと起き上がると水を受け取り、一気に飲み干した。ほどよく冷えた水が身体の隅々へ行き渡るような気がして、少し頭がスッキリする。 その間、黒鋼は籠にこんもり積み上げたミカンやマガニャンをテーブルに置き、テレビのリモコンを手の届く位置にセッティングしている。自分も寝正月する気マンマンじゃん……と思ったが、夫を立てる妻のごとく黙っておいた。 「いいか、何事も始めが肝心ってことだ。てめぇはただでさえ普段からだらしねぇんだから、今年はしっかり目標を立てて、ちっとはまともな人間になれよ」 「え~……これでも結構まともなつもりなんだけどな~」 「どこがだ。なんかねぇのか、抱負とかよ」 ちょうど向かいの席にドーンと胡坐をかいた黒鋼が、真剣な表情で真っ直ぐ見つめてきた。今年も黒様は絶好調に男前だなぁ……と頬を染めつつ、ファイは腕を組んで考える。 「う~ん……あ、そうだ!」 「お、いいぞ、言ってみろ」 「上手にお料理を作r」 ピンポーン 「来客か。仕方ねぇな」 なぜかタイミングを見計らったかのように玄関チャイムが鳴り、立ち上がって玄関へ向かう黒鋼。そこはかとなく安堵の表情を浮かべているように見えたのは、炬燵の温もりが見せた幻覚だろうか。 キーッとなったファイがテーブルをガンガンしていると、チャイムの主が黒鋼と一緒に部屋へ戻って来た。 「お邪魔するよ」 「あれ? ユゥイだー。どうしたのー?」 彼がこの部屋に来るのは珍しい。しかも驚いたことに、戻って来た黒鋼は両腕に巨大な段ボール箱を抱えていた。 「なにそれー?」 ファイが首を傾げながらテーブルからミカンとマガニャンを退けると、見るからに中身の詰まっていそうな箱がドンッと置かれた。 「さっき届いたんだよ。宛名はファイだけど、送り主は黒鋼先生のご両親だったから、運んできたんだ」 「え? 黒たん先生のご両親がどうして?」 ファイとユゥイが顔を見合わせて首を傾げている間に、黒鋼は箱の包装を解き始める。開かれた中身を三人で覗き込んで見ると……。 「わ、わー!? 宝の山だー!!」 中には大量の餅や米、野菜やら味噌やらスルメやらが入っていた。 「凄い凄ーい! あ、もしかして、ご飯はいつもユゥイが作ってくれてるってお話したから、わざわざオレの部屋に届くように送ってくれたのかなー?」 「だろうな」 「こんなに沢山……助かりますね」 「うわ! このスルメおっきい! ほらほら、ユゥイの顔がすっぽり隠れちゃうよー! ……ん? なんだろこれ?」 巨大なスルメをユゥイの顔に翳して遊んでいたファイは、箱の隅に縦に入り込んでいた白い筒状のものに気がついた。 取り出してみると、それはだいぶ年期の入った画用紙だということが、見た目や質感から分かる。クルクルと丸められ、筒状になったものにゴムが巻き付いていた。 「ねぇこれなんだろー? お手紙……にしては、ちょっとおかしいし……宝の地図かなぁ?」 「なんだ? ちょっと寄越してみろ」 野菜類を箱から取り出していた黒鋼が、ファイに目を向けると手を差し出してきた。素直に渡すと、彼はすぐにゴムを外して画用紙を開く。そして、カッと目を見開いて、すぐにまたクルクルと元の形に丸めてしまった。 「なんで戻しちゃうのー? 気になるよー」 「……こいつのことは忘れろ。何もなかった。いいな?」 「いいわけないよー! 見せて見せて! 一体なんだったのー?」 「そういや外は雪が積もってたな。よし、雪合戦でもして遊ぶか」 なぜか童心に返ったような提案をしはじめる黒鋼。さっきまで寝正月の準備をしていたとは思えない強引な路線変更だった。 これは明らかに何かを隠ぺいしようとしている。そう察したファイは黒鋼に飛びつくようにして肩に縋ると、思いっきり揺さぶった。 「ちょっとー! そんな反応されてハイそうですかーって引き下がれるわけないでしょー! ちゃんと見せてよー!!」 「いいからスルメでも齧ってろ! おまえには関係ねぇ代物だ!」 「あるよ! だってこの荷物はオレ宛てに届いたんだもん!」 「うっせぇ! とにかく駄目なもんは駄目だ!!」 「わぁ、これって黒鋼先生が描いた絵ですか? 上手ですねー」 「!?」 その瞬間、ファイは心の中でユゥイに『GJ!』と親指を立てた。 よく出来た双子の弟は、黒鋼が背中に隠していた筒をスルッと奪取していたのである。 「わーい見せて見せて見せてー!」 「こらてめぇ!! いつの間に奪いやがった!?」 黒鋼がユゥイに飛びかかったが、彼はそれをクルリと踊るように回転してかわすと「ほら」と言ってファイに見せてくれた。 そこには、子供が描いたと思しき『絵』があった。 「うわー! ホントだ上手ー! ぜんぜん隠すことないじゃーん!」 極度の照れ屋である黒鋼は、鬼のような怖い顔でぷいっとそっぽを向いてしまう。 両親もなかなか粋なことをしてくれるものだ。子供らしいタッチで描かれたその絵はどうやら花見をしている場面のようで、三人で手を繋いでいる様子が微笑ましかった。 「よく描けてますね。幾つの時の絵なんですか?」 「確か……小1の時だったか」 見られてしまったからには仕方ないと、黒鋼はすっかり開き直ったようだ。溜息を漏らしながらもユゥイの問いに答えた。 そういえば去年の夏に黒鋼の里帰りについて行ったとき、母親が黒鋼の絵はクラスでも断トツの惨さだと話していた。が、そのくらいの年齢の子供の絵なら、いい意味で普通のレベルに感じられる。 「黒たん先生、お絵かき上手だったんだねー! 三人とも笑顔で、すっごく楽しそうだし。ちょっとお父さんが短足すぎる気はするけどー」 「ガキの絵にいちいち突っ込むんじゃねぇ」 ファイを横目で睨み付ける黒鋼を見て、ユゥイは小さく笑うと画用紙の一点を指さした。 「そういえばこの右の桜の木にある黒い物体は……鳥ですか?」 「あ、それオレも気になってたんだよねー。これ何?」 黒鋼は腕を組むと「ああ」と言った。 「コウモリだ」 「カラスじゃなくて!? それは珍しいものを見たね!! 描かずにはいられないだろうね!!」 「まぁな」 まさかの生物に驚きを隠せないながらも、ファイはこの絵を額縁に入れて部屋に飾ろうと決めた。この絵には幼い黒鋼の印象に強く残ったものが、ぎゅっと詰め込まれているのが分かるし、太陽が笑っているのも、それだけ家族で花見をした思い出が素晴らしいものだったことを、よく表しているような気がする。 (元旦からいいもの見たなー。今年もいっぱい楽しいことがありそうな気がするー) 幸せな気分に浸るファイだったが、ユゥイが「あ」という声を上げたので、視線を向けた。 「どうかしたのー?」 「まだあるよ。ほら」 「わー! 本当だー!」 ユゥイが花見の絵をずらすと、そこにはもう一枚、子供の絵が姿を現した。 「ちょ!? な、なにこれ!?」 「ああ、そいつは水族館に行った時の絵だな」 海の生物っぽいものが見て取れるので、それは納得できるのだが。 「見て! やっぱりお父さんの足が短いよ! なんなら一枚目より酷いよ! これ絶対に確信犯でしょ!? 悪意しか感じられないよ!?」 比較画像↓ 「知るか!! ガキの頃の俺に聞け!!」 「お父さんの足も気になりますが……お母さんの胸がやけにリアルというか……ボインですね」 「ボインって単語久しぶりに聞いたぞ。死語は慎め」 「今突っ込まれてるのは黒たん先生だよ!! 死語とかどうでもいいよ!!」 普段は基本ボケを担当しているファイは、ツッコミスキルに自信がない。だがここは頑張らざるをえなかった。 確かに黒鋼の母はなかなかいい乳を……していたかどうか、そういう目で見ていなかったので記憶は曖昧だったが、先ほどの絵の情報と照らし合わせるに、幼い黒鋼の脳裏に鮮明に焼き付いていたのは、母のボインだったということになるのか……。 「黒たん先生って子供の頃からムッツリだったんだね!!」 「あ!? なに言ってんだてめぇは!? お袋だぞ!!」 「お母さんだからこそ嫉妬していいのかどうか、微妙に迷ってるオレの身にもなってよねこのムッツリスケベ!!」 「なんだと!? 胸なんざデカけりゃいいってもんじゃねぇだろうが!! 言っておくが、俺はあるかないか分かんねぇくらいの胸で十分だからな!!」 「ちょ、お正月からおっきな声でなに言ってるの!? そんなに言うなら、後でいっぱい触らせてあげるからね!!」 「上等だ!! 胸洗って待ってろ!!」 謎の痴話げんか(?)を始めたカップルに、ユゥイが「まぁまぁ」と両手で諌めるようなジェスチャーをしながら苦笑した。 「おっぱいが嫌いな男はいないでしょうし、おっぱいが目の前にあればチラチラ見てしまうのは男の性であり、おっぱいは男のロマンですから、おっぱいを大きく描いてしまったとしても、それは仕方がおっぱい」 「てめぇはその顔とそのキャラでおっぱいおっぱい連呼すんじゃねぇよ! どんだけおっぱいって言えば気が済むんだ!!」 「黒たん先生もその魅惑の稲田ボイスでおっぱいおっぱい連呼するのやめて!!」 * 怒鳴りすぎて疲れた二人と全く疲れていないユゥイは、とりあえず炬燵を囲んでミカンを食べながら休憩をしていた。 「なんかすっかり体力を奪われちゃったねー……」 「そうだな……」 今年も一年この調子か……と思いやられている様子の黒鋼が、遠い目をしている。 ぐったりとした息を漏らしている二人を尻目に、ユゥイは床に移動させた箱の中身を嬉しそうにまさぐっていた。料理人の腕が鳴っているに違いない。 だが、そんなユゥイがふと思い出したように顔を上げる。 「そういえば、あの水族館の絵を描いたのは何歳くらいだったんですか? あれも一年生?」 言われてみればいつだったのだろう。 小一の頃に描いたという花見の絵では、まだ母親の胸はペタンコだった。だが、絵のレベル的には進歩が見られなかったので、せいぜい二、三年生くらいだろうか。 ファイとユゥイが揃って黒鋼を見つめていると、彼は腕を組んでなぜか偉そうに踏ん反り返って言った。 「中一だ」 …………。 「惨いね!」 そう言って親指を立ててウィンクしたファイは、ミカンを一個丸ごと口の中に押し込まれて、危うく窒息死しそうになるのだった。 ~おまけ~ 「あったよ、ファイ」 両親から荷物が届いた翌日、黒鋼がファイの部屋で雑煮や御節を食べていると、そこに何やら箱を持ったユゥイがやって来た。 「なんだ?」 箸を止めて見上げる黒鋼に、箱を床に置きながら腰を下ろしたユゥイが微笑む。 「前に実家に帰ったときに、懐かしくて持って来てたんです。昨日黒鋼先生の絵を見ていたら思い出したので」 「オレが子供の頃に描いた絵だよー」 ファイは黒鋼にべったりと張り付いて一緒に食事をしていたが、ひとまず離れてユゥイの側ににじり寄って行く。 数冊のアルバムと一緒に姿を現した大きな画用紙は、大昔のものとあって僅かに黄ばんでいる。 「どれ、見せてみろ」 昨日は散々馬鹿にされてしまったが、自分に絵心がないのは自覚していたので仕方がない。だが、ファイはこれで結構手先は器用な方だ。 どんな作品が飛び出すのか、おのずと期待は高まった。 「これはねー、幼稚園の頃に描いたんだけど、自分でも気に入ってるんだー!」 ファイが楽しそうに画用紙を寄越した。少しワクワクしながらその絵を見た黒鋼は 絶句した。 「…………」 どう贔屓目に見てもヤバかった。 薄気味悪い人形のような子供が、血を流しながら闇に飲まれようとしている絵にしか見えない。 黒鋼は背筋に悪寒を走らせながら、恐る恐るファイの表情を窺う。 彼は誇らしげに笑い、両手をパチンと叩いて喜んでいる。 「やっぱりねー! 幼稚園の先生も、今の黒たんみたいな顔してたよー! 園児が描いたとは思えないクオリティの高さだし、青褪めても仕方ないよねー!」 「むしろ園児が描いたとは思いたくねぇよこんなもん!! おまえ大丈夫か!? 当時どんな精神状態だったんだ!?」 ハッキリ言ってクオリティの問題を超越している。 この男は一体どんな環境に育ったのだろうか。まともな精神では絶対にこんな絵は描けないはずだ。 「えー? どんなって……毎日ユゥイやお友達と遊んだりして、すっごく楽しかったよー?」 ねー、と顔を見合わせて双子が笑った。 「ちなみにそれはねー、ユゥイの絵なんだよー。ユゥイがちょうちょと戯れて駆けまわってる時の絵なんだー」 「蝶!? どこだ!? 俺には深い闇しか見えねぇぞ!!」 「よく見てよー! いっぱい飛んでるでしょー?」 「この赤いやつか!? どう見ても血か心霊写真によくある警告色にしか見えねぇこの赤いやつのことか!?」 「走り回ってるスピード感もよく出てるよね。今見ても全身が震えるよ」 「そりゃただの戦慄きだ!!」 駄目だ、この弟も頭(と心)のネジが吹っ飛んでいる……。 新年二日目を美味い飯を食いながらのほほんと過ごしていたはずが、いつの間にか病んだ双子ワールドに引きずり込まれてしまった。 とにかくこんな絵は一刻も早く封印すべきだ。見続けていればこちらの精神が参ってしまいそうな気がして、黒鋼は慌てて画用紙を手放すと鳥肌が立っている二の腕を強く摩る。 「もっとポップな絵はねぇのか! 頼むから俺を和ませてくれ!」 全力で懇願する黒鋼に、ファイは不満そうに唇を尖らせると、箱の中をまさぐった。 「お気に入りだったのにな~。ポップって言われてもよく分かんないよ~……あ、これはどうかな~?」 なんでもいいからこの世界観を脱したい黒鋼は、ファイの手から画用紙を奪い取った。次こそ子供らしいポップでキュートな作品に出会えますようにと願いつつ、画用紙を開く。 「それはね、ユゥイとお散歩してるときの絵だよー」 「どこまで人の心を不安定にさせりゃ気が済むんだ!?」 暗い森の中で迷子になってしまったような、井戸の底に落ちたまま蓋を閉められてしまったような、とにかくそんな不安な気持ちにさせられるような気がした。 「完全に病んでんだろ!! 闇抱えすぎだろ!! なぁ聞いてやるから吐き出せよ! 本当は辛い過去があったんじゃねぇのか!?」 こんなものを見せられては「過去は関係ねぇ」なんて台詞も言えやしない。この絵を描いた子供をどうにかして救ってやらなくてはと、謎の使命感に駆られてしまう。 ファイの両肩を掴んで思いっきり揺さぶると、彼はガックンガックンしながら困ったような顔をした。 「ちょ、わ、な、なに言ってんのー! この頃は毎日がキラキラ輝いて見えるくらい、夢や希望に満ち溢れてたよー!」 「溢れてんのはドロドロした悪夢と絶望だったんじゃねぇのか!? 我慢すんな! 俺が受け止めてやるから吐け! 吐き出せ!!」 「やっ、だ、だめっ、吐く! このままだとさっき食べたもの吐いちゃうからやーめーてー!」 目を回したファイの顔色がどんどん青くなっていくので、ひとまずガクガクするのはやめた。それでも両肩はしっかり掴んだままでいると、彼はすっかり眉毛をハの字にして「うー」と唸った。 「何もなかったってば~。もぉ~酷いよ~」 「わ、悪い……取り乱した……」 そんな二人のやり取りを横目に、ナイフとフォークを使って紅白蒲鉾をムシャムシャしていたユゥイが「そういえば」と何か思い出したような声を上げた。 「ファイ、この絵を描いたあと先生に連れられてどこかに行ってなかった?」 「えー? そうだっけー?」 「うん。そのまましばらく戻って来なかった記憶があるよ」 うーん、と腕を組んでしばらく天井を見上げたまま考え込んでいたファイは、手の平を拳でポンっと叩いて「思い出した!」と言った。 「どこか小さな部屋に連れて行かれて、そこで知らない白衣の女の人と色んなお話してたんだよー。すっごく優しくて、綺麗なお姉さんだったな~」 「カウンセリング受けてんじゃねぇか!!」 「そうなのー? お喋り楽しかったよー」 思い出に浸るファイの頬がなぜか赤い。初恋か。そのお姉さんが初恋の相手なのか。そこはかとなくイラッとしながらも、黒鋼はズキズキと痛みはじめるこめかみを押さえながら、大きく深呼吸をした。 「わ、分かった……とりあえずこの話は保留だ……埒が明かねぇ」 ドッと押し寄せた疲労感に、もはや食欲も失せている。今日のところは部屋に戻ってマガニャンでも読むか……と撤退を決めた黒鋼だったが、箱の中にアルバムや絵をしまう作業を始めたユゥイの手から、ポロッともう一枚画用紙が滑り落ちた。 「あ! これもあったんだー!」 「お、おい、今日はもういいぞ」 「そんなこと言わないでー! これはかなりポップでキュートな仕上がりだよー!」 多分おまえのポップでキュートは俺の中の基準には当てはまらねぇぞ……と、もはや諦めの境地に立たされている黒鋼に、ファイが拾い上げた画用紙を嬉々として手渡してくる。 「キノコの絵だよー! どうかなぁ? 可愛いでしょー?」 「……どれ」 「ど う し て こ の 色 を 選 ん だ !?」 もっと他に子供らしい色使いはなかったのだろうか。百歩譲って星とハートはポップでキュートと言えなくもないが、ハートの位置がナニやら意味深だ。 どこか爛れたオーラを感じるのは、自分が薄汚れた大人になってしまった証拠なのだろうか。 自称配管工の男がパワーアップするような方面のキノコを期待していた黒鋼は、なぜか手酷く裏切られたような残念な気持ちになった。 「これは駄目だ……俺には完全にアウトにしか見えねぇ……」 「たまたま肌色と黄色とピンクしかなかっただけだよー。でも確かに、今になって見るとちょっといやらしいかもねー」 もしやこの散りばめられた星は夜を意味しているのだろうか……と、嫌でも深読みせざるを得ない問題作に、違った意味で鳥肌が立った。 流石のファイもユゥイも、揃って苦笑している。 先刻の絵よりはまだマシと言えなくもないような気がするが、とりあえず脳内の見なかったことにするリストに、即座に加えることにした黒鋼だった。 ←戻る ・ Wavebox👏
大晦日から学園で飲んだくれていたファイと黒鋼は、昼過ぎ頃にようやく帰宅して、一息つこうとしていた。
「ふー、流石にちょっと飲み過ぎたね~。少し疲れちゃったよ~」
ファイがさっそく炬燵に入り込み、ゴロンと横になって伸びていると、水の入ったグラスを持ってきた黒鋼が眉間の皺をぐっと深める。
「さっそく寝正月してんじゃねぇ。一年の計は元旦にありってことわざを知らねぇのか」
「一年分のケーキは元旦にあるー? 素敵なことわざだね~🍰」
「てめぇそれわざとだろ! とりあえず水飲んでシャキっとしろ!」
「わかったよぅ~」
このまま夢の世界へダイブしてしまいたかったファイだが、仕方なくモゾモゾと起き上がると水を受け取り、一気に飲み干した。ほどよく冷えた水が身体の隅々へ行き渡るような気がして、少し頭がスッキリする。
その間、黒鋼は籠にこんもり積み上げたミカンやマガニャンをテーブルに置き、テレビのリモコンを手の届く位置にセッティングしている。自分も寝正月する気マンマンじゃん……と思ったが、夫を立てる妻のごとく黙っておいた。
「いいか、何事も始めが肝心ってことだ。てめぇはただでさえ普段からだらしねぇんだから、今年はしっかり目標を立てて、ちっとはまともな人間になれよ」
「え~……これでも結構まともなつもりなんだけどな~」
「どこがだ。なんかねぇのか、抱負とかよ」
ちょうど向かいの席にドーンと胡坐をかいた黒鋼が、真剣な表情で真っ直ぐ見つめてきた。今年も黒様は絶好調に男前だなぁ……と頬を染めつつ、ファイは腕を組んで考える。
「う~ん……あ、そうだ!」
「お、いいぞ、言ってみろ」
「上手にお料理を作r」
ピンポーン
「来客か。仕方ねぇな」
なぜかタイミングを見計らったかのように玄関チャイムが鳴り、立ち上がって玄関へ向かう黒鋼。そこはかとなく安堵の表情を浮かべているように見えたのは、炬燵の温もりが見せた幻覚だろうか。
キーッとなったファイがテーブルをガンガンしていると、チャイムの主が黒鋼と一緒に部屋へ戻って来た。
「お邪魔するよ」
「あれ? ユゥイだー。どうしたのー?」
彼がこの部屋に来るのは珍しい。しかも驚いたことに、戻って来た黒鋼は両腕に巨大な段ボール箱を抱えていた。
「なにそれー?」
ファイが首を傾げながらテーブルからミカンとマガニャンを退けると、見るからに中身の詰まっていそうな箱がドンッと置かれた。
「さっき届いたんだよ。宛名はファイだけど、送り主は黒鋼先生のご両親だったから、運んできたんだ」
「え? 黒たん先生のご両親がどうして?」
ファイとユゥイが顔を見合わせて首を傾げている間に、黒鋼は箱の包装を解き始める。開かれた中身を三人で覗き込んで見ると……。
「わ、わー!? 宝の山だー!!」
中には大量の餅や米、野菜やら味噌やらスルメやらが入っていた。
「凄い凄ーい! あ、もしかして、ご飯はいつもユゥイが作ってくれてるってお話したから、わざわざオレの部屋に届くように送ってくれたのかなー?」
「だろうな」
「こんなに沢山……助かりますね」
「うわ! このスルメおっきい! ほらほら、ユゥイの顔がすっぽり隠れちゃうよー! ……ん? なんだろこれ?」
巨大なスルメをユゥイの顔に翳して遊んでいたファイは、箱の隅に縦に入り込んでいた白い筒状のものに気がついた。
取り出してみると、それはだいぶ年期の入った画用紙だということが、見た目や質感から分かる。クルクルと丸められ、筒状になったものにゴムが巻き付いていた。
「ねぇこれなんだろー? お手紙……にしては、ちょっとおかしいし……宝の地図かなぁ?」
「なんだ? ちょっと寄越してみろ」
野菜類を箱から取り出していた黒鋼が、ファイに目を向けると手を差し出してきた。素直に渡すと、彼はすぐにゴムを外して画用紙を開く。そして、カッと目を見開いて、すぐにまたクルクルと元の形に丸めてしまった。
「なんで戻しちゃうのー? 気になるよー」
「……こいつのことは忘れろ。何もなかった。いいな?」
「いいわけないよー! 見せて見せて! 一体なんだったのー?」
「そういや外は雪が積もってたな。よし、雪合戦でもして遊ぶか」
なぜか童心に返ったような提案をしはじめる黒鋼。さっきまで寝正月の準備をしていたとは思えない強引な路線変更だった。
これは明らかに何かを隠ぺいしようとしている。そう察したファイは黒鋼に飛びつくようにして肩に縋ると、思いっきり揺さぶった。
「ちょっとー! そんな反応されてハイそうですかーって引き下がれるわけないでしょー! ちゃんと見せてよー!!」
「いいからスルメでも齧ってろ! おまえには関係ねぇ代物だ!」
「あるよ! だってこの荷物はオレ宛てに届いたんだもん!」
「うっせぇ! とにかく駄目なもんは駄目だ!!」
「わぁ、これって黒鋼先生が描いた絵ですか? 上手ですねー」
「!?」
その瞬間、ファイは心の中でユゥイに『GJ!』と親指を立てた。
よく出来た双子の弟は、黒鋼が背中に隠していた筒をスルッと奪取していたのである。
「わーい見せて見せて見せてー!」
「こらてめぇ!! いつの間に奪いやがった!?」
黒鋼がユゥイに飛びかかったが、彼はそれをクルリと踊るように回転してかわすと「ほら」と言ってファイに見せてくれた。
そこには、子供が描いたと思しき『絵』があった。
「うわー! ホントだ上手ー! ぜんぜん隠すことないじゃーん!」
極度の照れ屋である黒鋼は、鬼のような怖い顔でぷいっとそっぽを向いてしまう。
両親もなかなか粋なことをしてくれるものだ。子供らしいタッチで描かれたその絵はどうやら花見をしている場面のようで、三人で手を繋いでいる様子が微笑ましかった。
「よく描けてますね。幾つの時の絵なんですか?」
「確か……小1の時だったか」
見られてしまったからには仕方ないと、黒鋼はすっかり開き直ったようだ。溜息を漏らしながらもユゥイの問いに答えた。
そういえば去年の夏に黒鋼の里帰りについて行ったとき、母親が黒鋼の絵はクラスでも断トツの惨さだと話していた。が、そのくらいの年齢の子供の絵なら、いい意味で普通のレベルに感じられる。
「黒たん先生、お絵かき上手だったんだねー! 三人とも笑顔で、すっごく楽しそうだし。ちょっとお父さんが短足すぎる気はするけどー」
「ガキの絵にいちいち突っ込むんじゃねぇ」
ファイを横目で睨み付ける黒鋼を見て、ユゥイは小さく笑うと画用紙の一点を指さした。
「そういえばこの右の桜の木にある黒い物体は……鳥ですか?」
「あ、それオレも気になってたんだよねー。これ何?」
黒鋼は腕を組むと「ああ」と言った。
「コウモリだ」
「カラスじゃなくて!? それは珍しいものを見たね!! 描かずにはいられないだろうね!!」
「まぁな」
まさかの生物に驚きを隠せないながらも、ファイはこの絵を額縁に入れて部屋に飾ろうと決めた。この絵には幼い黒鋼の印象に強く残ったものが、ぎゅっと詰め込まれているのが分かるし、太陽が笑っているのも、それだけ家族で花見をした思い出が素晴らしいものだったことを、よく表しているような気がする。
(元旦からいいもの見たなー。今年もいっぱい楽しいことがありそうな気がするー)
幸せな気分に浸るファイだったが、ユゥイが「あ」という声を上げたので、視線を向けた。
「どうかしたのー?」
「まだあるよ。ほら」
「わー! 本当だー!」
ユゥイが花見の絵をずらすと、そこにはもう一枚、子供の絵が姿を現した。
「ちょ!? な、なにこれ!?」
「ああ、そいつは水族館に行った時の絵だな」
海の生物っぽいものが見て取れるので、それは納得できるのだが。
「見て! やっぱりお父さんの足が短いよ! なんなら一枚目より酷いよ! これ絶対に確信犯でしょ!? 悪意しか感じられないよ!?」
比較画像↓
「知るか!! ガキの頃の俺に聞け!!」
「お父さんの足も気になりますが……お母さんの胸がやけにリアルというか……ボインですね」
「ボインって単語久しぶりに聞いたぞ。死語は慎め」
「今突っ込まれてるのは黒たん先生だよ!! 死語とかどうでもいいよ!!」
普段は基本ボケを担当しているファイは、ツッコミスキルに自信がない。だがここは頑張らざるをえなかった。
確かに黒鋼の母はなかなかいい乳を……していたかどうか、そういう目で見ていなかったので記憶は曖昧だったが、先ほどの絵の情報と照らし合わせるに、幼い黒鋼の脳裏に鮮明に焼き付いていたのは、母のボインだったということになるのか……。
「黒たん先生って子供の頃からムッツリだったんだね!!」
「あ!? なに言ってんだてめぇは!? お袋だぞ!!」
「お母さんだからこそ嫉妬していいのかどうか、微妙に迷ってるオレの身にもなってよねこのムッツリスケベ!!」
「なんだと!? 胸なんざデカけりゃいいってもんじゃねぇだろうが!! 言っておくが、俺はあるかないか分かんねぇくらいの胸で十分だからな!!」
「ちょ、お正月からおっきな声でなに言ってるの!? そんなに言うなら、後でいっぱい触らせてあげるからね!!」
「上等だ!! 胸洗って待ってろ!!」
謎の痴話げんか(?)を始めたカップルに、ユゥイが「まぁまぁ」と両手で諌めるようなジェスチャーをしながら苦笑した。
「おっぱいが嫌いな男はいないでしょうし、おっぱいが目の前にあればチラチラ見てしまうのは男の性であり、おっぱいは男のロマンですから、おっぱいを大きく描いてしまったとしても、それは仕方がおっぱい」
「てめぇはその顔とそのキャラでおっぱいおっぱい連呼すんじゃねぇよ! どんだけおっぱいって言えば気が済むんだ!!」
「黒たん先生もその魅惑の稲田ボイスでおっぱいおっぱい連呼するのやめて!!」
*
怒鳴りすぎて疲れた二人と全く疲れていないユゥイは、とりあえず炬燵を囲んでミカンを食べながら休憩をしていた。
「なんかすっかり体力を奪われちゃったねー……」
「そうだな……」
今年も一年この調子か……と思いやられている様子の黒鋼が、遠い目をしている。
ぐったりとした息を漏らしている二人を尻目に、ユゥイは床に移動させた箱の中身を嬉しそうにまさぐっていた。料理人の腕が鳴っているに違いない。
だが、そんなユゥイがふと思い出したように顔を上げる。
「そういえば、あの水族館の絵を描いたのは何歳くらいだったんですか? あれも一年生?」
言われてみればいつだったのだろう。
小一の頃に描いたという花見の絵では、まだ母親の胸はペタンコだった。だが、絵のレベル的には進歩が見られなかったので、せいぜい二、三年生くらいだろうか。
ファイとユゥイが揃って黒鋼を見つめていると、彼は腕を組んでなぜか偉そうに踏ん反り返って言った。
「中一だ」
…………。
「惨いね!」
そう言って親指を立ててウィンクしたファイは、ミカンを一個丸ごと口の中に押し込まれて、危うく窒息死しそうになるのだった。
~おまけ~
「あったよ、ファイ」
両親から荷物が届いた翌日、黒鋼がファイの部屋で雑煮や御節を食べていると、そこに何やら箱を持ったユゥイがやって来た。
「なんだ?」
箸を止めて見上げる黒鋼に、箱を床に置きながら腰を下ろしたユゥイが微笑む。
「前に実家に帰ったときに、懐かしくて持って来てたんです。昨日黒鋼先生の絵を見ていたら思い出したので」
「オレが子供の頃に描いた絵だよー」
ファイは黒鋼にべったりと張り付いて一緒に食事をしていたが、ひとまず離れてユゥイの側ににじり寄って行く。
数冊のアルバムと一緒に姿を現した大きな画用紙は、大昔のものとあって僅かに黄ばんでいる。
「どれ、見せてみろ」
昨日は散々馬鹿にされてしまったが、自分に絵心がないのは自覚していたので仕方がない。だが、ファイはこれで結構手先は器用な方だ。
どんな作品が飛び出すのか、おのずと期待は高まった。
「これはねー、幼稚園の頃に描いたんだけど、自分でも気に入ってるんだー!」
ファイが楽しそうに画用紙を寄越した。少しワクワクしながらその絵を見た黒鋼は
絶句した。
「…………」
どう贔屓目に見てもヤバかった。
薄気味悪い人形のような子供が、血を流しながら闇に飲まれようとしている絵にしか見えない。
黒鋼は背筋に悪寒を走らせながら、恐る恐るファイの表情を窺う。
彼は誇らしげに笑い、両手をパチンと叩いて喜んでいる。
「やっぱりねー! 幼稚園の先生も、今の黒たんみたいな顔してたよー! 園児が描いたとは思えないクオリティの高さだし、青褪めても仕方ないよねー!」
「むしろ園児が描いたとは思いたくねぇよこんなもん!! おまえ大丈夫か!? 当時どんな精神状態だったんだ!?」
ハッキリ言ってクオリティの問題を超越している。
この男は一体どんな環境に育ったのだろうか。まともな精神では絶対にこんな絵は描けないはずだ。
「えー? どんなって……毎日ユゥイやお友達と遊んだりして、すっごく楽しかったよー?」
ねー、と顔を見合わせて双子が笑った。
「ちなみにそれはねー、ユゥイの絵なんだよー。ユゥイがちょうちょと戯れて駆けまわってる時の絵なんだー」
「蝶!? どこだ!? 俺には深い闇しか見えねぇぞ!!」
「よく見てよー! いっぱい飛んでるでしょー?」
「この赤いやつか!? どう見ても血か心霊写真によくある警告色にしか見えねぇこの赤いやつのことか!?」
「走り回ってるスピード感もよく出てるよね。今見ても全身が震えるよ」
「そりゃただの戦慄きだ!!」
駄目だ、この弟も頭(と心)のネジが吹っ飛んでいる……。
新年二日目を美味い飯を食いながらのほほんと過ごしていたはずが、いつの間にか病んだ双子ワールドに引きずり込まれてしまった。
とにかくこんな絵は一刻も早く封印すべきだ。見続けていればこちらの精神が参ってしまいそうな気がして、黒鋼は慌てて画用紙を手放すと鳥肌が立っている二の腕を強く摩る。
「もっとポップな絵はねぇのか! 頼むから俺を和ませてくれ!」
全力で懇願する黒鋼に、ファイは不満そうに唇を尖らせると、箱の中をまさぐった。
「お気に入りだったのにな~。ポップって言われてもよく分かんないよ~……あ、これはどうかな~?」
なんでもいいからこの世界観を脱したい黒鋼は、ファイの手から画用紙を奪い取った。次こそ子供らしいポップでキュートな作品に出会えますようにと願いつつ、画用紙を開く。
「それはね、ユゥイとお散歩してるときの絵だよー」
「どこまで人の心を不安定にさせりゃ気が済むんだ!?」
暗い森の中で迷子になってしまったような、井戸の底に落ちたまま蓋を閉められてしまったような、とにかくそんな不安な気持ちにさせられるような気がした。
「完全に病んでんだろ!! 闇抱えすぎだろ!! なぁ聞いてやるから吐き出せよ! 本当は辛い過去があったんじゃねぇのか!?」
こんなものを見せられては「過去は関係ねぇ」なんて台詞も言えやしない。この絵を描いた子供をどうにかして救ってやらなくてはと、謎の使命感に駆られてしまう。
ファイの両肩を掴んで思いっきり揺さぶると、彼はガックンガックンしながら困ったような顔をした。
「ちょ、わ、な、なに言ってんのー! この頃は毎日がキラキラ輝いて見えるくらい、夢や希望に満ち溢れてたよー!」
「溢れてんのはドロドロした悪夢と絶望だったんじゃねぇのか!? 我慢すんな! 俺が受け止めてやるから吐け! 吐き出せ!!」
「やっ、だ、だめっ、吐く! このままだとさっき食べたもの吐いちゃうからやーめーてー!」
目を回したファイの顔色がどんどん青くなっていくので、ひとまずガクガクするのはやめた。それでも両肩はしっかり掴んだままでいると、彼はすっかり眉毛をハの字にして「うー」と唸った。
「何もなかったってば~。もぉ~酷いよ~」
「わ、悪い……取り乱した……」
そんな二人のやり取りを横目に、ナイフとフォークを使って紅白蒲鉾をムシャムシャしていたユゥイが「そういえば」と何か思い出したような声を上げた。
「ファイ、この絵を描いたあと先生に連れられてどこかに行ってなかった?」
「えー? そうだっけー?」
「うん。そのまましばらく戻って来なかった記憶があるよ」
うーん、と腕を組んでしばらく天井を見上げたまま考え込んでいたファイは、手の平を拳でポンっと叩いて「思い出した!」と言った。
「どこか小さな部屋に連れて行かれて、そこで知らない白衣の女の人と色んなお話してたんだよー。すっごく優しくて、綺麗なお姉さんだったな~」
「カウンセリング受けてんじゃねぇか!!」
「そうなのー? お喋り楽しかったよー」
思い出に浸るファイの頬がなぜか赤い。初恋か。そのお姉さんが初恋の相手なのか。そこはかとなくイラッとしながらも、黒鋼はズキズキと痛みはじめるこめかみを押さえながら、大きく深呼吸をした。
「わ、分かった……とりあえずこの話は保留だ……埒が明かねぇ」
ドッと押し寄せた疲労感に、もはや食欲も失せている。今日のところは部屋に戻ってマガニャンでも読むか……と撤退を決めた黒鋼だったが、箱の中にアルバムや絵をしまう作業を始めたユゥイの手から、ポロッともう一枚画用紙が滑り落ちた。
「あ! これもあったんだー!」
「お、おい、今日はもういいぞ」
「そんなこと言わないでー! これはかなりポップでキュートな仕上がりだよー!」
多分おまえのポップでキュートは俺の中の基準には当てはまらねぇぞ……と、もはや諦めの境地に立たされている黒鋼に、ファイが拾い上げた画用紙を嬉々として手渡してくる。
「キノコの絵だよー! どうかなぁ? 可愛いでしょー?」
「……どれ」
「ど う し て こ の 色 を 選 ん だ !?」
もっと他に子供らしい色使いはなかったのだろうか。百歩譲って星とハートはポップでキュートと言えなくもないが、ハートの位置がナニやら意味深だ。
どこか爛れたオーラを感じるのは、自分が薄汚れた大人になってしまった証拠なのだろうか。
自称配管工の男がパワーアップするような方面のキノコを期待していた黒鋼は、なぜか手酷く裏切られたような残念な気持ちになった。
「これは駄目だ……俺には完全にアウトにしか見えねぇ……」
「たまたま肌色と黄色とピンクしかなかっただけだよー。でも確かに、今になって見るとちょっといやらしいかもねー」
もしやこの散りばめられた星は夜を意味しているのだろうか……と、嫌でも深読みせざるを得ない問題作に、違った意味で鳥肌が立った。
流石のファイもユゥイも、揃って苦笑している。
先刻の絵よりはまだマシと言えなくもないような気がするが、とりあえず脳内の見なかったことにするリストに、即座に加えることにした黒鋼だった。
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