2025/07/27 Sun 恥をかいた。 出張先の宿で、それはもう完膚なきまでに。 今まで生きてきて、あれほど恥ずかしい体験をしたのは初めてだったかもしれない。 問題の『部分』は自分でも全く自覚していなかっただけに、その降って沸いたようなコンプレックスに、ファイは頭を悩ませていた。 「く、黒様せんせ、ちょっと待って」 ベッドの側面に背を預けながら床に腰を下ろすファイは、迫ってくる黒鋼の顔に手の平をぺったりと押し付けて、その接近を拒んだ。 「なんだよ」 怪訝そうに漏らされるくぐもった声や息遣いを手の平に感じながら、ファイは落ち着かない気分で目を泳がせた。何か言おうとして震わせた唇に乾きを覚え、無意識に舌で湿らせると手首を掴まれ、引き剥がされる。 「どうした。気が乗らねぇならそう言え」 今にも覆いかぶさろうとして四足の獣のような体勢でいた黒鋼が、すっと身を引こうとするので慌てて首を振りながらその胸に縋りつく。 「そうじゃないよ! 乗ってるよ! 二十四時間、気分は常に!」 「……それもどうかと思うぞ」 呆れたような物言いをする彼だが、ファイがいつもと様子が違うことには気が付いたようだった。急かすでもなく反応を見守ろうとする紅い瞳に、つい赤面しつつ視線を俯けてしまう。 ファイの部屋で夕飯を済ませて、二人揃って黒鋼の部屋に戻ってくるのはいつものことだ。翌日に何もなければそのままの勢いで致してしまうのも、今ではすっかり当たり前になっている。 ただ違うのは、先週はファイが出張で部屋を数日開けていたということだ。本当なら毎日でもしたいところを我慢している身の上としては、一度でも週末を逃せば相当、溜まる。 それは黒鋼も同じのようで、今夜は特に身を寄せるのが早かったように思う。 はっきり言って嬉しい。我慢しているのが自分だけではないことや、すっかりその気になって色を覗かせる紅い瞳に射抜かれると、もうどうにでもして欲しいという気分になる。 だからしたい。今すぐにでも繋がりたい。だけど、行為が始まる前に、今日はどうしても伝えておきたいことがあった。 「あ、あのね」 「ん」 「今夜は、脱ぎたくないの……」 風呂上りはもっとラフな格好をするのが常で、大体の場合は黒鋼のTシャツやジャージを適当に引っ張り出して着ることがほとんどだった。 だが、今夜はそういう気分になれなかった。風呂も自室で済ませたし、だから着替えも自前である。 白いシャツを着込んだファイは、通常であれば幾つか外しておくボタンを喉元まできっちりはめていた。 黒鋼は不審そうに眉を寄せ、微かに首を傾げる。 「脱がねぇでどうすんだよ、脱がねぇで」 「あ、あの、下はいいんだけど……上には触れないでおいてくれないかなって」 「……何かあ」 「ない!」 黒鋼の問いかけに、つい食い気味で答えてしまった。これでは何かありましたと正直に言っているようなものだ。ファイはバツが悪そうに苦い顔をして、シャツの胸元をギュッと握りしめた。 どうしても、この服の下は見られなくない。理由も、できれば聞かれたくなかった。それはファイにとって忌まわしい記憶でしかないからだ。 「と、とにかく……嫌なんだよ。ほら、寒いし……」 「下半身はいいのか」 「あー、うん、そう。上半身だけが今日はやけに冷える気が」 「おいこら」 「むぎゃっ」 目を逸らしていたファイの鼻が、黒鋼の指先に思いっきり摘まれた。おかげで妙な声を上げながら上向かされてしまったファイは、至近距離でじっとりと睨み付けてくる黒鋼と目を合わせることになってしまった。息が詰まりそうになったが、悟られぬように目をぎゅっと閉じた。 「い、いたいよぉ~っ! 鼻呼吸妨害しないで~!」 「ったく……」 黒鋼はふんと鼻を鳴らして、すぐに指先を遠ざけた。ひりつく鼻を摩りながら涙目になっているファイを、探るように見つめたあと「まぁいい」と短く吐き捨てた * 黒鋼は上を、ファイは下を脱いだ状態で場所をベッドの上に移動した。 組み敷かれた状態で唇を受け止め、ゆっくりと時間をかけて互いの舌と唾液を絡めあう。深まる接吻に呼吸さえも奪われて、口腔を蹂躙されながら太い首に両腕を回すことに必死になった。 気づけば、シャツのボタンが二つほど外されて鎖骨が露わになっていた。咄嗟に身体をビクつかせたが、黒鋼の指はとっくにそこを離れていて、それ以上皮膚を露出させるつもりはないようだった。 「は、んっ」 ぴちゃりという水音が大きく響いた。首筋に這わされる舌の熱さに皮膚が粟立つ。喉仏を舌先でくすぐられると、恥ずかしいくらい吐息が震えた。そのまま薄い皮膚に軽く歯を立てられるだけで、腰がビクビクと跳ねてしまうのを抑えられない。 黒鋼の大きな手が、シャツの上から片方の胸に這わされた。身を強張らせたファイに、彼は耳元で小さく笑う。 「警戒すんな。脱がさねぇよ」 「んっ、ぅん……」 「ただ」 「?」 赤く肉厚な舌で、黒鋼は誘うように己の下唇をぞろりと舐める。腹を空かせた獣のような仕草に、心臓が大きく高鳴り、一瞬で皮膚の内側を焼かれたような熱さを感じた。 「どうせ長くもたねぇのはてめぇの方だぜ」 「な、ん……?」 どういう意味だろう。黒鋼が醸し出す絶対的な自信に、根拠を見つけられない。 深く考える隙を与えず大きな手が胸の上をゆるゆると這い、やがて見つけた一点を布ごときゅうっと摘み上げる。 「あッ!」 「もう固くなってんじゃねぇか。シャツの上からでもよく分かるぜ」 そのままグリグリと押しつぶすように刺激されて、ファイは嫌々と首を振る。咄嗟に黒鋼の太い手首を掴んで遠ざけようとするが、まるで力が入らなかった。 「だ、だめ……そこ、触っちゃダメだよ……」 涙目で訴えても、黒鋼はただ口の端を歪めるだけだった。布ごと擦られると、その摩擦に敏感な場所が熱くなる。たったこれだけでもどかしいと感じてしまったファイは、ようやく黒鋼の言葉を理解した。 悪戯な指先はもう片方の粒も簡単に探り当ててしまう。中指と親指で乳輪ごとぎゅうっと摘ままれ、人差し指の爪で小さな先端を引っ掻かれると、直に触れられるのとはまた違った感覚が鈍痛のように身体中を駆け巡る。 「見ろよ。すっかり勃っちまって。結構くるな、これ」 「や……ッ」 ピンッと弾かれて、身体が跳ねた。 視線を胸へとやれば、そこはシャツの白い生地をツンと押し上げ、小さく勃起しているのが分かる。これは確かに直接見るよりもずっといやらしい。 墓穴を掘っただろうかと、僅かにもたげる後悔をすぐに追いやった。なぜならどんなに恥ずかしくても、もどかしくても、今のファイはこのはしたなく尖る二つの乳首を、直に見られることが我慢ならないのだ。 だから絶対に今夜はシャツを脱ぎたくなかった。なぜかなんて、理由すら今は思い出したくない。 「じれってぇだろ? 直接いじった方がいいんじゃねぇか?」 「だ、ダメ……」 強情なファイに、黒鋼はやれやれといった様子で鼻から息を吐き出した。けれどそれ以上は無理強いしてこない。彼は彼でこの遊びが気に入ったらしく、薄い布を押し上げる粒を刺激することに専念しはじめた。 「ね、ねぇ、そこ、もういいから……」 早く次に移ってほしい。黒鋼の下でファイの性器はすっかり勃ちあがっていて、彼もそれに気づいているはずだった。 どうにかして他に気を逸らしてほしくて、肩を押して遠ざけようとしても、ピクリとも動かない。それどころか、彼は指先で弄ぶだけでは我慢できなくなったのか、胸に顔を埋めるとシャツ越しに問題の個所へ舌を這わせた。 「ッ!?」 指よりも、それはずっと柔らかくて最初はただくすぐったいだけだった。だが、布はすぐに黒鋼の舌から唾液を吸収し、皮膚にぴったりと張り付きながら色を変えていく。そこだけが濡れて、僅かに皮膚が透けるのを見て、ファイの口から拒絶の悲鳴が漏れる。 「だ、ダメだってば! そんなことしないで!」 これではせっかく上を着込んでいる意味がない。両手で黒髪を掴んで引き剥がしにかかるが、黒鋼はやっぱり聞くつもりがないようで、湿った布ごときゅっと歯を立てられる。 声にならない声が喉の奥で脆弱に震えた。指よりも絶対的な刺激だけれど、やっぱり間に一枚挟んでいるだけでもどかしい。狂おしさに拍車がかかるだけだった。 黒鋼はもう片方へ唇を移動させた。そこもみるみるうちに湿り、皮膚を透けさせ、勃起した乳首に緩く歯を立てられる。黒鋼は、そのまま頭を左右に振って刺激したかと思うと、じゅうっという音を立てて強く吸い上げた。 「ひぁッ、あっ、あぁ……ッ!」 ファイが身を震わせながら甘い声を漏らすことに気をよくした彼は、もう片方の乳首も指先で摘み上げてこねくり回す。 もう何がなんだか、ただ熱く痺れる感覚に頭の中を掻きまわされているような気がした。いつもよりずっと快感が強い。だけど、それと比例して物足りなさも競りあがる。これを直接されたら、どうなってしまうんだろう。邪魔なシャツを剥ぎ取って、赤く熟れたようになっているであろう二つの粒に歯を立てられたら。 (して、ほしい……) 自分の堪え性のなさに、一気に涙が噴出した。 彼の言った通りだ。長くもたないのはファイの方だった。今にもシャツを真ん中から強引に引き裂いてほしい。じんじんと痛む場所を存分に嬲ってほしい。 (だけど……だけど……) どうしても見られたくない『理由』がある。あまりにも恥ずかしくて、絶対に誰にも言えないけれど。 どうしてこんな風になってしまったんだろう。いっそ気づかないままでいられたらよかったのに。 (我慢、しなきゃ……でも、もう……) このままじゃ気が狂ってしまう。 ファイは戦慄く唇をぎゅうっと噛み締めた。 きっと黒鋼はこちらが根を上げるまでこの遊びをやめるつもりはない。こんなときばかり、どこまでも意地が悪い男だ。 それほどまでに知り尽くされているということに悦びも感じながら、涙の色に悔しさも混ざる。でも、これ以上は限界だ。 「もう……ッ、や!」 切羽詰まったその声に、黒鋼はやっと顔を上げた。ファイの泣き顔を見て、ふっと笑って見せる。 「嫌か? 何が?」 「ッ、いいから……そこ、もう……」 「だから何が」 「~~~ッ」 やっぱり意地が悪い。だけどもうどうでもよかった。どうせ苛められるのが好きな身体だ。女みたいにされてしまった身体だ。 ファイはひゅっと息を吸い込むと、命乞いするように鬼気迫った声で懇願した。 「触ってほしいの! シャツ破いていいから! 乳首もどかしいの、もう嫌なの!」 言ってしまうと楽にはなったが、後悔も押し寄せる。羞恥に燃え上がる顔を両手で隠していても、黒鋼がふっと笑うのが気配で分かった。 言わせたのは自分のくせに、彼は「しょうがねぇな」とわざと呆れたように言うと、ゆっくりとシャツのボタンを外しにかかった。 涙で潤んだ瞳を指の隙間から覗かせて、ファイはしゃくりあげそうになる息をどうにか飲み込む。 (ああ、見られちゃう……隠していたかったのに、恥ずかしいの見られちゃう……) 心臓が早鐘のように打つのに合わせて、呼吸がみっともなく弾む。恐れと期待が混在している。 今にも真ん中から合わせ目を引き裂いて欲しかったのに、黒鋼は殊更ゆっくりボタンを外した。じれったさを下唇ごと噛み締めて堪えていると、そっとシャツの合わせを開いた黒鋼の息が、ふ、と薄い肌をくすぐった。 嫌でも視線を感じてしまい、ファイは涙を溢れさせてくしゃりと表情を歪めた。 「み、見ないで……」 「すげぇ真っ赤になってんじゃねぇか。分かるか?」 「やだよ……やだ……」 露わになった乳輪をくるりと指先でなぞられる。中心でそそり勃つ乳首が弾けそうなほど膨れ上がっていた。見ていられなくて、目を閉じると顔を背ける。 「相変わらずいやらしいな、おまえのここは」 「ぃ、や……言っちゃダメ……」 「見ろよ。パンパンに膨らんじまって」 「ッ、ぅ……お願いだから言わないで……恥ずかしいの……」 「今更だろ」 黒鋼が何気なく放ったその一言が、今のファイにはナイフのように胸に突き刺さる。 そう、今更。真っ赤に熟れた乳首だけじゃない。恥ずかしいところは嫌というほど見られてきたし、見られると感じてしまうくらい身体も敏感にされてしまった。 だけど、刺さる。ファイは先週行った出張先でのことを思い出した。忘れてしまいたいけれど、あのとき経験した屈辱が脳裏に張り付いて離れない。 そう、あのときファイは……。 「一体なにを気にして隠していやがった?」 「…………」 「どこも変わったところは見られねぇが……」 そう言って、黒鋼は赤く尖った粒の一つをきゅっと摘まんだ。ずっと欲しかった直接の刺激に、ファイは子犬のような甲高い声を漏らす。 「なぁ、言えよ」 「や、ぁ! 言わない……言いたいくない……ッ」 「強情だな。その分ここは素直だぜ?」 両方の乳首を摘ままれ、捻りを加えながら引っ張られる。痛みと一緒に甘い快感が駆け抜けた。こうされると、いつもどうしようもなく乱されてしまうけれど、今日はじれったい前置きがあったせいか、より敏感になっているようだった。 ファイはシーツに両手を這わせると、指先が白くなるほどそれを掴んで身悶えた。 「だめ! 引っ張っちゃ嫌だ……ッ、千切れちゃう……!」 これ以上そんな風に刺激されたら、形が変わってしまう。ただでさえもう手遅れなのに。 存分に痛みを与えられたあとは、ついに黒鋼の唇がそこに押し付けられた。拒絶しながらも待ちわびていた感覚に気が遠くなる。わざと大袈裟に水音を奏でながら、彼は吸い付いた乳首を舌で潰すようにこねまわした。指と、舌と、歯と。全てを存分に使ってこれでもかというほど嬲られる。 シャツ越しの刺激も決して悪くはなかったけれど、やっぱりこうしてダイレクトに刺激される方が圧倒的に気持ちいい。腰から下がドロドロに溶けてしまいそうだった。 「ふぁっ、アッ、あぁ……! も、だめ、ちくび、壊れる……ッ」 「また少し膨らんだか?」 「う、そ……? やだ、もうダメ、もうダメ、黒様……!」 (気持ちいい……気持ちいい……なんか、くる……!) ひときわ強く吸い上げられた瞬間、ファイは大きく腰をビクつかせた。 勢いよく吐き出された白濁が黒鋼とファイの腹を濡らす。流石の黒鋼も驚いたのか、僅かに目を見開いて動きを止めた。 「……イったのか?」 「ふ、ぅ……ッ、うぅ……」 黒鋼以上に衝撃を受けているのはファイの方だ。自分の身体に起こった出来事があまりにもショックで、ファイはいよいよ声を出してすすり泣いた。 * 「なるほどな……」 ベッドの上で胡坐をかき、難しい表情で腕を組む黒鋼の向いで、ファイは背もたれに背を預けながら膝を抱えてしくしくと泣いていた。 結局、あの日のことを全て吐くことになってしまった。 思い出したくなかったし、忘れてしまいたかった。でも、乳首だけで達してしまうほど開発されてしまった身体から、目を背けても意味がないと思えた。 それに、これから先も黒鋼とは身体を重ねていくことになるのだから、いつまでも隠し通せるものではないのだし。 「で、てめぇはそのあとどうしたんだ」 「うん……」 全ての事情は、こうだった。 出張先はちょっとした田舎の温泉街だった。 その中でも古めかしい温泉宿に宿泊したファイは、せっかくだから温泉を堪能しようと大浴場へ向かった。 広い脱衣所には他にも多くの宿泊客が着替えをしていて、ファイはどうにか隅っこに開いている棚のスペースを見つけて、そこで衣服を脱ぎ始めた。 人は多いようだが、備え付けのパンフレットで見た浴槽は、泳げそうなほど広い印象を受けたし、何より露天風呂もある。今回は一人だが、いつか黒鋼と一緒に来られたらいいなと、気分が高揚していた。 そこでふと、上半身をすっかり露出したファイは視線を感じた。それはすぐ隣から向けられていて、見れば幼稚園くらいの少年がじっとファイを見上げている。 なぁに? と視線だけで問うと、彼はファイを指さして大声で言った。 「このお兄ちゃん、おっぱい凄いピンクだよ! ねぇお父さん!」 その場が一気にわざついた。それほどまでに、少年の声はよく通った。 全裸、または半裸のあらゆる世代の男たちが、一斉にファイの方を見た。ファイは一瞬、なにを言われているのか理解が追い付かず、ただ硬直するばかりだった。 「このお兄ちゃんね、お母さんよりおっぱいがピンクなの! お父さんのおっぱいは茶色いのに、どうしてー?」 少年の父親が、局部丸出しで屈み込み、息子の口を手で塞いだ。そして「すみませんすみません」と繰り返し、大急ぎで息子を抱えて浴場へ消えていった。 残されたファイは、茫然としながらもようやく辺りの視線に気づいた。中には「見事ですなー」なんて言いながら覗き込んでくる老人もいて、一気に全身の血液が沸騰した。 もう温泉どころの騒ぎではなかった。ファイは慌てて一度は脱いだ服を身に着けると、なぜか律儀にぺこりと頭を下げてその場から逃げだした。 「結局、部屋に備え付けられたシャワーだけで済ませたよ……オレ、もう二度と温泉なんか行かないから……」 立てた両膝に顔を埋めて、ファイはまた泣き出した。 あの少年に指摘されるまで、全く気がついていなかった。あのあと、部屋で恐る恐る自分の胸を見てみたら、確かに男性にしては少し艶めかしい色合いというか、形状というか、自分でいうのもなんだが……いやらしかった。 昔はこんな色じゃなかった。周りの皮膚とかろうじて見分けがつくくらいの、薄い桃色だったような気がするのだが、そこは記憶の中よりもずいぶん色味を増して、しかも乳輪もふっくらとしているようだった。 戸惑いがちに自ら触れた乳頭も、僅かに芯が通っただけで恥ずかしいくらいぷっくりと膨れ上がった。色も大きさも形も、明らかに昔とは違っていた。 「なんか、恥ずかしくなっちゃって……こんなやらしい乳首、もう誰にも見せられないよぉ……」 黒鋼が、どこか重々しい息を漏らすのが聞こえた。 彼にとっては今更でも、コンプレックスというものは傍からは分からないほど、本人の中では根深いものだったりする。 なまっちろくて、なかなか日に焼けない肌の上で、その色づいた乳首はあまりにも目立つ。じろじろと覗き込んできた老人のニヤけた顔や、大人数から注がれた視線を思い出すと、吐き気がしそうだった。 一応は自分の中にまだ男性としてのプライドが根づいていたことを、思いがけない形で自覚させられたような気分でもある。 「話は分かった。いつまでもメソメソすんな」 「黒たん先生には分かんないよ……オレの気持ちなんか……」 「いいからちょっと来い」 黒鋼の腕が伸びて、両膝を抱えていた手首を強く掴まれた。泣き濡れた顔を上げたファイは、引っ張られるままに身を寄せる。 ちょうど黒鋼の広い胸板に背中を預けるような形で、胡坐をかいた足の中心にちょこんと座らされる。 固い筋肉が美しく乗った両腕が、ファイの華奢な身体を包み込むように抱きしめた。大きな揺り籠に身を預けているような安心感に、無意識にほぅっと息が漏れる。 「誰にも見せられない、じゃねぇだろ」 そう言いながら、ファイの耳元に鼻先を埋めた黒鋼が、確かめるようにすんと鼻を鳴らした。 「他の誰にも見せんな。俺のもんだ」 「く、黒様……」 「おまえをこんな風にしちまったのは俺だろうが」 改めて言われると顔中が一気に熱くなって、恥ずかしい気持ちになった。同じ恥ずかしさでも、あの脱衣所と今とではまるで違う。黒鋼の言葉がじんと胸に沁み込んで、心の中でずっとモヤモヤとしていた嫌な感情を、ゆっくりと包み込んでいく。 「黒たんが」 こんな風にした。黒鋼がファイを淫乱にしてしまったし、胸の形だってそう。黒鋼がしつこいくらい苛めるから、どんどん色づいていやらしい形になってしまった。 分かってはいたけれど、やっぱりどうしようもなく顔が熱くて吐き出す息が震えてしまう。 嬉しいという気持ちと、まだどこか受け入れがたい変化への不安。それでもこれが彼の色に染まるということなら、もっともっとしてほしいと思う。 どうせもう、男としては機能しない。黒鋼にだけ愛されたいし、愛したい。 「責任、ちゃんと取ってくれる?」 こんな風にしたんだから。黒鋼がふっと笑う息が耳の中に入り込んできて、顔だけでなく身体も熱くなる。 「何べん言わせりゃ気が済むんだ? おまえは」 男らしく節くれだった手が、ファイの細い顎にかかった。向きを変えられ、唇が合わさる。少し苦しい体勢だったが、そんなことはどうでもいいと思えるくらい、その口づけは深くて甘かった。 舌先をじゃれ合わせ、ちゅっと音を立てて吸い合ってから離れた唇は、名残惜しそうに糸を引いた。 のぼせたようにぼんやりとした目をしたファイは、腰の辺りに感じる硬い感触に落ち着かない気分になって、居住まいを正すように身じろいだ。 「……黒様の、当たってる」 「そりゃこうなるだろ」 いつものことなのに、あっけらかんと言われてしまうと妙に照れるのはなぜだろう。かくいうファイも直接的には刺激を受けていない性器を腫らして、先走りを滲ませている。 黒鋼の指先が濡れた鈴口を緩く擦ると、「あん」という情けない声が漏れた。 「おまえも責任取れよ」 我慢がきかない身体になってしまったのは、黒鋼も同じだった。 * 「ひ、ぁ、アッ、凄い……!」 少し不安になるくらい、ベッドがギシギシと音を立てていた。 後ろから貫かれて同時に達したあと、そのまま抜かずに体勢を変え、今度は正面から受け入れている。 限界まで割開いた両足は、律動の圧がかかる度に股関節が軋み、もういっそ感覚がない。 黒鋼が突き上げる度にファイの性器からは蜜が溢れた。さっきからずっとこの状態で、絶頂に終わりが見えなかった。いつまでも高みに押しやられたまま、心も身体も止まらない。満たされすぎて、溺れそうだった。 「やっ、ぃ……ッ、だ、め! そこ、もう痛い……ッ」 揺さぶられながら膨らんだ乳頭を親指で押し潰される。鈍痛の痺れにファイの白い足先がピンと張った。 やだ、やだ、と甘い声で拒んでも、黒鋼は唇を笑みの形に歪めるだけで、嬲るのをやめない。逞しい二の腕にそれぞれ両手を這わせ、焼けた素肌に爪を立てることが、せめてもの意趣返しだった。 「ッ、いじると締まるな……分かるか?」 「んんっ、ぁ、わ、かる……おしり、きゅって、ッ、なって……ひぁ、あ、はずか、し……ッ」 乳首を刺激される度に、穿たれる孔が収縮を繰り返すのが分かる。痛くて、恥ずかしくて、怖いくらい気持ちがいい。 黒鋼の額に滲む汗や、堪えるように奥歯を噛み締めている姿に心が震える。 中で屹立がさらに膨らんだ。敏感な肉壁を擦り上げ、ぐん、と突き上げられる度に、呼吸と思考が同時に止まる。 黒鋼がファイの胸に顔を埋めた。あまりにも熱を持ちすぎた乳首に押し付けられた舌を、一瞬だけ氷のように冷たく感じる。 でもそれはすぐに身体の隅々にまで行きわたる灼熱の痺れに変わった。 散々嬲られて、もういっそ痛いくらいなのに、足りない。二の腕に這わせていた両手を黒鋼の頭部に回して、ぐしゃぐしゃと乱しながら身を捩る。 「あぁッ、ア、ア、もっと……! もっといじめて、乳首、もっと……ッ、噛んで……!」 「ッ、ん」 黒鋼の低い声が、ほんの少しだけ掠れる。彼は存分に乱れ狂うファイの赤い粒を思うさま舌先で嬲り、それから前歯で緩く歯を立てた。 「ッ、ぃ、! ぁ……――ッ!!」 目の前が真っ白になるのを感じながら、叩きつけられるような絶頂感を味わった。かろうじて意識を繋ぎ止めていられたのは、中で弾けた黒鋼の白濁が、あまりにも熱かったからだ。 獣じみた呻きを漏らした彼は、焦点が合わないまま弱々しく痙攣するファイの頬に汗ばんだ額を擦り付けた。甘えたような仕草にファイは少しだけ笑って、散々掻き乱してしまった頭部を優しく抱きしめた。 * 「うーん……これ、しばらくは洋服が擦れて痛いだろうねぇ……」 黒鋼の部屋の片隅で、ファイは姿見の前に立って自分の乳首をまじまじと見つめていた。流石に全裸で鏡の前に立つのはどうかと思い、シャワーの後に引っ張り出した黒鋼のジャージを履いている。だいぶ裾が余っているせいで、出ているのは足の爪先だけだ。 「黒たんせんせぇー! 絆創膏ないー?」 「あ? 何に使うんだよ」 「だからー、洋服擦れちゃうからー!」 「どれ」 洗面所から戻った黒鋼も身に着けているのはジャージの下だけだった。 彼はファイの背後に立ち、少し前屈みになると鏡に映っているファイの胸をじっと見つめる。時刻はもうじき昼だ。夜とは違った気恥ずかしさに、ファイは頬を染めた。 「明るい場所で見ると、改めてくるもんがあるな」 「もぉ……恥ずかしいんだからそういうこと言わないでよ……」 こうして鏡の前に二人揃うと、黒鋼の健康的で男らしい焼けた肌と、自分の貧弱でなまっちろい身体の対比が凄まじい。しかも散々嬲られた乳首はぷっくりと腫れあがり、つんと尖ったままだった。思わず両手でその二か所を覆う。 触るとやっぱりジンジンと痺れた。洋服の繊維なんかが擦れたら、激しく痛むに違いない。 「最近は男性用のブラジャーなんてのが流行ってるらしいな」 「真顔でなに言ってるの……」 「案外似合うんじゃねぇか?」 「あのねー! そんなの似合っても嬉しいわけないでしょー! だいたいオレより黒様の方がおっぱい大きいんだから、黒様がすればいいじゃん!」 「おまえジョークのセンスねぇな」 「黒たんにだけは言われたくないよー!!」 いわゆる『手ブラ』の状態で顔を赤らめ、キーキーと騒ぐファイから離れると、黒鋼はテレビ脇の引き出しを適当に漁った。 そして二枚の絆創膏を「おらよ」と言って手渡してくる。 「俺が貼ってやった方がいいか?」 「いいよ! バカー!」 ファイは片腕で胸を隠し、黒鋼の手から絆創膏を奪うと洗面所へ逃げ込んだ。 扉を閉めて、ホッと息を漏らす。なんだか色んな意味でどっと疲れた。 洗面所にも大きな鏡がある。覆っていた腕を外して、問題の個所に改めて視線をやった。 「…………」 (これから海とかプールとか行くとき、どうしたらいいんだろう……) 一瞬、頭の中にあの囚人服のようなボーダーの水着が浮かんだ。それを着ている自分を想像すると、なんだか間抜けで情けない気持ちになる。 (しばらく触らないでいたら……元に戻ったりしないかなぁ……) 今は充血して真っ赤になっているが、せめて色くらいは。元の薄桃に戻るだろうか。いや、考えてもみれば薄桃もそこはかとなく恥ずかしいような気はするけれど。 (触るなって言ったって、どうせあのイジメっ子は聞かないしなー……) 複雑だけど、これはきっと幸せな悩みだ。 洗面所の鏡の前で、ファイは諦めの心境を溜息に乗せて吐き出した。 ←戻る ・ Wavebox👏
出張先の宿で、それはもう完膚なきまでに。
今まで生きてきて、あれほど恥ずかしい体験をしたのは初めてだったかもしれない。
問題の『部分』は自分でも全く自覚していなかっただけに、その降って沸いたようなコンプレックスに、ファイは頭を悩ませていた。
「く、黒様せんせ、ちょっと待って」
ベッドの側面に背を預けながら床に腰を下ろすファイは、迫ってくる黒鋼の顔に手の平をぺったりと押し付けて、その接近を拒んだ。
「なんだよ」
怪訝そうに漏らされるくぐもった声や息遣いを手の平に感じながら、ファイは落ち着かない気分で目を泳がせた。何か言おうとして震わせた唇に乾きを覚え、無意識に舌で湿らせると手首を掴まれ、引き剥がされる。
「どうした。気が乗らねぇならそう言え」
今にも覆いかぶさろうとして四足の獣のような体勢でいた黒鋼が、すっと身を引こうとするので慌てて首を振りながらその胸に縋りつく。
「そうじゃないよ! 乗ってるよ! 二十四時間、気分は常に!」
「……それもどうかと思うぞ」
呆れたような物言いをする彼だが、ファイがいつもと様子が違うことには気が付いたようだった。急かすでもなく反応を見守ろうとする紅い瞳に、つい赤面しつつ視線を俯けてしまう。
ファイの部屋で夕飯を済ませて、二人揃って黒鋼の部屋に戻ってくるのはいつものことだ。翌日に何もなければそのままの勢いで致してしまうのも、今ではすっかり当たり前になっている。
ただ違うのは、先週はファイが出張で部屋を数日開けていたということだ。本当なら毎日でもしたいところを我慢している身の上としては、一度でも週末を逃せば相当、溜まる。
それは黒鋼も同じのようで、今夜は特に身を寄せるのが早かったように思う。
はっきり言って嬉しい。我慢しているのが自分だけではないことや、すっかりその気になって色を覗かせる紅い瞳に射抜かれると、もうどうにでもして欲しいという気分になる。
だからしたい。今すぐにでも繋がりたい。だけど、行為が始まる前に、今日はどうしても伝えておきたいことがあった。
「あ、あのね」
「ん」
「今夜は、脱ぎたくないの……」
風呂上りはもっとラフな格好をするのが常で、大体の場合は黒鋼のTシャツやジャージを適当に引っ張り出して着ることがほとんどだった。
だが、今夜はそういう気分になれなかった。風呂も自室で済ませたし、だから着替えも自前である。
白いシャツを着込んだファイは、通常であれば幾つか外しておくボタンを喉元まできっちりはめていた。
黒鋼は不審そうに眉を寄せ、微かに首を傾げる。
「脱がねぇでどうすんだよ、脱がねぇで」
「あ、あの、下はいいんだけど……上には触れないでおいてくれないかなって」
「……何かあ」
「ない!」
黒鋼の問いかけに、つい食い気味で答えてしまった。これでは何かありましたと正直に言っているようなものだ。ファイはバツが悪そうに苦い顔をして、シャツの胸元をギュッと握りしめた。
どうしても、この服の下は見られなくない。理由も、できれば聞かれたくなかった。それはファイにとって忌まわしい記憶でしかないからだ。
「と、とにかく……嫌なんだよ。ほら、寒いし……」
「下半身はいいのか」
「あー、うん、そう。上半身だけが今日はやけに冷える気が」
「おいこら」
「むぎゃっ」
目を逸らしていたファイの鼻が、黒鋼の指先に思いっきり摘まれた。おかげで妙な声を上げながら上向かされてしまったファイは、至近距離でじっとりと睨み付けてくる黒鋼と目を合わせることになってしまった。息が詰まりそうになったが、悟られぬように目をぎゅっと閉じた。
「い、いたいよぉ~っ! 鼻呼吸妨害しないで~!」
「ったく……」
黒鋼はふんと鼻を鳴らして、すぐに指先を遠ざけた。ひりつく鼻を摩りながら涙目になっているファイを、探るように見つめたあと「まぁいい」と短く吐き捨てた
*
黒鋼は上を、ファイは下を脱いだ状態で場所をベッドの上に移動した。
組み敷かれた状態で唇を受け止め、ゆっくりと時間をかけて互いの舌と唾液を絡めあう。深まる接吻に呼吸さえも奪われて、口腔を蹂躙されながら太い首に両腕を回すことに必死になった。
気づけば、シャツのボタンが二つほど外されて鎖骨が露わになっていた。咄嗟に身体をビクつかせたが、黒鋼の指はとっくにそこを離れていて、それ以上皮膚を露出させるつもりはないようだった。
「は、んっ」
ぴちゃりという水音が大きく響いた。首筋に這わされる舌の熱さに皮膚が粟立つ。喉仏を舌先でくすぐられると、恥ずかしいくらい吐息が震えた。そのまま薄い皮膚に軽く歯を立てられるだけで、腰がビクビクと跳ねてしまうのを抑えられない。
黒鋼の大きな手が、シャツの上から片方の胸に這わされた。身を強張らせたファイに、彼は耳元で小さく笑う。
「警戒すんな。脱がさねぇよ」
「んっ、ぅん……」
「ただ」
「?」
赤く肉厚な舌で、黒鋼は誘うように己の下唇をぞろりと舐める。腹を空かせた獣のような仕草に、心臓が大きく高鳴り、一瞬で皮膚の内側を焼かれたような熱さを感じた。
「どうせ長くもたねぇのはてめぇの方だぜ」
「な、ん……?」
どういう意味だろう。黒鋼が醸し出す絶対的な自信に、根拠を見つけられない。
深く考える隙を与えず大きな手が胸の上をゆるゆると這い、やがて見つけた一点を布ごときゅうっと摘み上げる。
「あッ!」
「もう固くなってんじゃねぇか。シャツの上からでもよく分かるぜ」
そのままグリグリと押しつぶすように刺激されて、ファイは嫌々と首を振る。咄嗟に黒鋼の太い手首を掴んで遠ざけようとするが、まるで力が入らなかった。
「だ、だめ……そこ、触っちゃダメだよ……」
涙目で訴えても、黒鋼はただ口の端を歪めるだけだった。布ごと擦られると、その摩擦に敏感な場所が熱くなる。たったこれだけでもどかしいと感じてしまったファイは、ようやく黒鋼の言葉を理解した。
悪戯な指先はもう片方の粒も簡単に探り当ててしまう。中指と親指で乳輪ごとぎゅうっと摘ままれ、人差し指の爪で小さな先端を引っ掻かれると、直に触れられるのとはまた違った感覚が鈍痛のように身体中を駆け巡る。
「見ろよ。すっかり勃っちまって。結構くるな、これ」
「や……ッ」
ピンッと弾かれて、身体が跳ねた。
視線を胸へとやれば、そこはシャツの白い生地をツンと押し上げ、小さく勃起しているのが分かる。これは確かに直接見るよりもずっといやらしい。
墓穴を掘っただろうかと、僅かにもたげる後悔をすぐに追いやった。なぜならどんなに恥ずかしくても、もどかしくても、今のファイはこのはしたなく尖る二つの乳首を、直に見られることが我慢ならないのだ。
だから絶対に今夜はシャツを脱ぎたくなかった。なぜかなんて、理由すら今は思い出したくない。
「じれってぇだろ? 直接いじった方がいいんじゃねぇか?」
「だ、ダメ……」
強情なファイに、黒鋼はやれやれといった様子で鼻から息を吐き出した。けれどそれ以上は無理強いしてこない。彼は彼でこの遊びが気に入ったらしく、薄い布を押し上げる粒を刺激することに専念しはじめた。
「ね、ねぇ、そこ、もういいから……」
早く次に移ってほしい。黒鋼の下でファイの性器はすっかり勃ちあがっていて、彼もそれに気づいているはずだった。
どうにかして他に気を逸らしてほしくて、肩を押して遠ざけようとしても、ピクリとも動かない。それどころか、彼は指先で弄ぶだけでは我慢できなくなったのか、胸に顔を埋めるとシャツ越しに問題の個所へ舌を這わせた。
「ッ!?」
指よりも、それはずっと柔らかくて最初はただくすぐったいだけだった。だが、布はすぐに黒鋼の舌から唾液を吸収し、皮膚にぴったりと張り付きながら色を変えていく。そこだけが濡れて、僅かに皮膚が透けるのを見て、ファイの口から拒絶の悲鳴が漏れる。
「だ、ダメだってば! そんなことしないで!」
これではせっかく上を着込んでいる意味がない。両手で黒髪を掴んで引き剥がしにかかるが、黒鋼はやっぱり聞くつもりがないようで、湿った布ごときゅっと歯を立てられる。
声にならない声が喉の奥で脆弱に震えた。指よりも絶対的な刺激だけれど、やっぱり間に一枚挟んでいるだけでもどかしい。狂おしさに拍車がかかるだけだった。
黒鋼はもう片方へ唇を移動させた。そこもみるみるうちに湿り、皮膚を透けさせ、勃起した乳首に緩く歯を立てられる。黒鋼は、そのまま頭を左右に振って刺激したかと思うと、じゅうっという音を立てて強く吸い上げた。
「ひぁッ、あっ、あぁ……ッ!」
ファイが身を震わせながら甘い声を漏らすことに気をよくした彼は、もう片方の乳首も指先で摘み上げてこねくり回す。
もう何がなんだか、ただ熱く痺れる感覚に頭の中を掻きまわされているような気がした。いつもよりずっと快感が強い。だけど、それと比例して物足りなさも競りあがる。これを直接されたら、どうなってしまうんだろう。邪魔なシャツを剥ぎ取って、赤く熟れたようになっているであろう二つの粒に歯を立てられたら。
(して、ほしい……)
自分の堪え性のなさに、一気に涙が噴出した。
彼の言った通りだ。長くもたないのはファイの方だった。今にもシャツを真ん中から強引に引き裂いてほしい。じんじんと痛む場所を存分に嬲ってほしい。
(だけど……だけど……)
どうしても見られたくない『理由』がある。あまりにも恥ずかしくて、絶対に誰にも言えないけれど。
どうしてこんな風になってしまったんだろう。いっそ気づかないままでいられたらよかったのに。
(我慢、しなきゃ……でも、もう……)
このままじゃ気が狂ってしまう。
ファイは戦慄く唇をぎゅうっと噛み締めた。
きっと黒鋼はこちらが根を上げるまでこの遊びをやめるつもりはない。こんなときばかり、どこまでも意地が悪い男だ。
それほどまでに知り尽くされているということに悦びも感じながら、涙の色に悔しさも混ざる。でも、これ以上は限界だ。
「もう……ッ、や!」
切羽詰まったその声に、黒鋼はやっと顔を上げた。ファイの泣き顔を見て、ふっと笑って見せる。
「嫌か? 何が?」
「ッ、いいから……そこ、もう……」
「だから何が」
「~~~ッ」
やっぱり意地が悪い。だけどもうどうでもよかった。どうせ苛められるのが好きな身体だ。女みたいにされてしまった身体だ。
ファイはひゅっと息を吸い込むと、命乞いするように鬼気迫った声で懇願した。
「触ってほしいの! シャツ破いていいから! 乳首もどかしいの、もう嫌なの!」
言ってしまうと楽にはなったが、後悔も押し寄せる。羞恥に燃え上がる顔を両手で隠していても、黒鋼がふっと笑うのが気配で分かった。
言わせたのは自分のくせに、彼は「しょうがねぇな」とわざと呆れたように言うと、ゆっくりとシャツのボタンを外しにかかった。
涙で潤んだ瞳を指の隙間から覗かせて、ファイはしゃくりあげそうになる息をどうにか飲み込む。
(ああ、見られちゃう……隠していたかったのに、恥ずかしいの見られちゃう……)
心臓が早鐘のように打つのに合わせて、呼吸がみっともなく弾む。恐れと期待が混在している。
今にも真ん中から合わせ目を引き裂いて欲しかったのに、黒鋼は殊更ゆっくりボタンを外した。じれったさを下唇ごと噛み締めて堪えていると、そっとシャツの合わせを開いた黒鋼の息が、ふ、と薄い肌をくすぐった。
嫌でも視線を感じてしまい、ファイは涙を溢れさせてくしゃりと表情を歪めた。
「み、見ないで……」
「すげぇ真っ赤になってんじゃねぇか。分かるか?」
「やだよ……やだ……」
露わになった乳輪をくるりと指先でなぞられる。中心でそそり勃つ乳首が弾けそうなほど膨れ上がっていた。見ていられなくて、目を閉じると顔を背ける。
「相変わらずいやらしいな、おまえのここは」
「ぃ、や……言っちゃダメ……」
「見ろよ。パンパンに膨らんじまって」
「ッ、ぅ……お願いだから言わないで……恥ずかしいの……」
「今更だろ」
黒鋼が何気なく放ったその一言が、今のファイにはナイフのように胸に突き刺さる。
そう、今更。真っ赤に熟れた乳首だけじゃない。恥ずかしいところは嫌というほど見られてきたし、見られると感じてしまうくらい身体も敏感にされてしまった。
だけど、刺さる。ファイは先週行った出張先でのことを思い出した。忘れてしまいたいけれど、あのとき経験した屈辱が脳裏に張り付いて離れない。
そう、あのときファイは……。
「一体なにを気にして隠していやがった?」
「…………」
「どこも変わったところは見られねぇが……」
そう言って、黒鋼は赤く尖った粒の一つをきゅっと摘まんだ。ずっと欲しかった直接の刺激に、ファイは子犬のような甲高い声を漏らす。
「なぁ、言えよ」
「や、ぁ! 言わない……言いたいくない……ッ」
「強情だな。その分ここは素直だぜ?」
両方の乳首を摘ままれ、捻りを加えながら引っ張られる。痛みと一緒に甘い快感が駆け抜けた。こうされると、いつもどうしようもなく乱されてしまうけれど、今日はじれったい前置きがあったせいか、より敏感になっているようだった。
ファイはシーツに両手を這わせると、指先が白くなるほどそれを掴んで身悶えた。
「だめ! 引っ張っちゃ嫌だ……ッ、千切れちゃう……!」
これ以上そんな風に刺激されたら、形が変わってしまう。ただでさえもう手遅れなのに。
存分に痛みを与えられたあとは、ついに黒鋼の唇がそこに押し付けられた。拒絶しながらも待ちわびていた感覚に気が遠くなる。わざと大袈裟に水音を奏でながら、彼は吸い付いた乳首を舌で潰すようにこねまわした。指と、舌と、歯と。全てを存分に使ってこれでもかというほど嬲られる。
シャツ越しの刺激も決して悪くはなかったけれど、やっぱりこうしてダイレクトに刺激される方が圧倒的に気持ちいい。腰から下がドロドロに溶けてしまいそうだった。
「ふぁっ、アッ、あぁ……! も、だめ、ちくび、壊れる……ッ」
「また少し膨らんだか?」
「う、そ……? やだ、もうダメ、もうダメ、黒様……!」
(気持ちいい……気持ちいい……なんか、くる……!)
ひときわ強く吸い上げられた瞬間、ファイは大きく腰をビクつかせた。
勢いよく吐き出された白濁が黒鋼とファイの腹を濡らす。流石の黒鋼も驚いたのか、僅かに目を見開いて動きを止めた。
「……イったのか?」
「ふ、ぅ……ッ、うぅ……」
黒鋼以上に衝撃を受けているのはファイの方だ。自分の身体に起こった出来事があまりにもショックで、ファイはいよいよ声を出してすすり泣いた。
*
「なるほどな……」
ベッドの上で胡坐をかき、難しい表情で腕を組む黒鋼の向いで、ファイは背もたれに背を預けながら膝を抱えてしくしくと泣いていた。
結局、あの日のことを全て吐くことになってしまった。
思い出したくなかったし、忘れてしまいたかった。でも、乳首だけで達してしまうほど開発されてしまった身体から、目を背けても意味がないと思えた。
それに、これから先も黒鋼とは身体を重ねていくことになるのだから、いつまでも隠し通せるものではないのだし。
「で、てめぇはそのあとどうしたんだ」
「うん……」
全ての事情は、こうだった。
出張先はちょっとした田舎の温泉街だった。
その中でも古めかしい温泉宿に宿泊したファイは、せっかくだから温泉を堪能しようと大浴場へ向かった。
広い脱衣所には他にも多くの宿泊客が着替えをしていて、ファイはどうにか隅っこに開いている棚のスペースを見つけて、そこで衣服を脱ぎ始めた。
人は多いようだが、備え付けのパンフレットで見た浴槽は、泳げそうなほど広い印象を受けたし、何より露天風呂もある。今回は一人だが、いつか黒鋼と一緒に来られたらいいなと、気分が高揚していた。
そこでふと、上半身をすっかり露出したファイは視線を感じた。それはすぐ隣から向けられていて、見れば幼稚園くらいの少年がじっとファイを見上げている。
なぁに? と視線だけで問うと、彼はファイを指さして大声で言った。
「このお兄ちゃん、おっぱい凄いピンクだよ! ねぇお父さん!」
その場が一気にわざついた。それほどまでに、少年の声はよく通った。
全裸、または半裸のあらゆる世代の男たちが、一斉にファイの方を見た。ファイは一瞬、なにを言われているのか理解が追い付かず、ただ硬直するばかりだった。
「このお兄ちゃんね、お母さんよりおっぱいがピンクなの! お父さんのおっぱいは茶色いのに、どうしてー?」
少年の父親が、局部丸出しで屈み込み、息子の口を手で塞いだ。そして「すみませんすみません」と繰り返し、大急ぎで息子を抱えて浴場へ消えていった。
残されたファイは、茫然としながらもようやく辺りの視線に気づいた。中には「見事ですなー」なんて言いながら覗き込んでくる老人もいて、一気に全身の血液が沸騰した。
もう温泉どころの騒ぎではなかった。ファイは慌てて一度は脱いだ服を身に着けると、なぜか律儀にぺこりと頭を下げてその場から逃げだした。
「結局、部屋に備え付けられたシャワーだけで済ませたよ……オレ、もう二度と温泉なんか行かないから……」
立てた両膝に顔を埋めて、ファイはまた泣き出した。
あの少年に指摘されるまで、全く気がついていなかった。あのあと、部屋で恐る恐る自分の胸を見てみたら、確かに男性にしては少し艶めかしい色合いというか、形状というか、自分でいうのもなんだが……いやらしかった。
昔はこんな色じゃなかった。周りの皮膚とかろうじて見分けがつくくらいの、薄い桃色だったような気がするのだが、そこは記憶の中よりもずいぶん色味を増して、しかも乳輪もふっくらとしているようだった。
戸惑いがちに自ら触れた乳頭も、僅かに芯が通っただけで恥ずかしいくらいぷっくりと膨れ上がった。色も大きさも形も、明らかに昔とは違っていた。
「なんか、恥ずかしくなっちゃって……こんなやらしい乳首、もう誰にも見せられないよぉ……」
黒鋼が、どこか重々しい息を漏らすのが聞こえた。
彼にとっては今更でも、コンプレックスというものは傍からは分からないほど、本人の中では根深いものだったりする。
なまっちろくて、なかなか日に焼けない肌の上で、その色づいた乳首はあまりにも目立つ。じろじろと覗き込んできた老人のニヤけた顔や、大人数から注がれた視線を思い出すと、吐き気がしそうだった。
一応は自分の中にまだ男性としてのプライドが根づいていたことを、思いがけない形で自覚させられたような気分でもある。
「話は分かった。いつまでもメソメソすんな」
「黒たん先生には分かんないよ……オレの気持ちなんか……」
「いいからちょっと来い」
黒鋼の腕が伸びて、両膝を抱えていた手首を強く掴まれた。泣き濡れた顔を上げたファイは、引っ張られるままに身を寄せる。
ちょうど黒鋼の広い胸板に背中を預けるような形で、胡坐をかいた足の中心にちょこんと座らされる。
固い筋肉が美しく乗った両腕が、ファイの華奢な身体を包み込むように抱きしめた。大きな揺り籠に身を預けているような安心感に、無意識にほぅっと息が漏れる。
「誰にも見せられない、じゃねぇだろ」
そう言いながら、ファイの耳元に鼻先を埋めた黒鋼が、確かめるようにすんと鼻を鳴らした。
「他の誰にも見せんな。俺のもんだ」
「く、黒様……」
「おまえをこんな風にしちまったのは俺だろうが」
改めて言われると顔中が一気に熱くなって、恥ずかしい気持ちになった。同じ恥ずかしさでも、あの脱衣所と今とではまるで違う。黒鋼の言葉がじんと胸に沁み込んで、心の中でずっとモヤモヤとしていた嫌な感情を、ゆっくりと包み込んでいく。
「黒たんが」
こんな風にした。黒鋼がファイを淫乱にしてしまったし、胸の形だってそう。黒鋼がしつこいくらい苛めるから、どんどん色づいていやらしい形になってしまった。
分かってはいたけれど、やっぱりどうしようもなく顔が熱くて吐き出す息が震えてしまう。
嬉しいという気持ちと、まだどこか受け入れがたい変化への不安。それでもこれが彼の色に染まるということなら、もっともっとしてほしいと思う。
どうせもう、男としては機能しない。黒鋼にだけ愛されたいし、愛したい。
「責任、ちゃんと取ってくれる?」
こんな風にしたんだから。黒鋼がふっと笑う息が耳の中に入り込んできて、顔だけでなく身体も熱くなる。
「何べん言わせりゃ気が済むんだ? おまえは」
男らしく節くれだった手が、ファイの細い顎にかかった。向きを変えられ、唇が合わさる。少し苦しい体勢だったが、そんなことはどうでもいいと思えるくらい、その口づけは深くて甘かった。
舌先をじゃれ合わせ、ちゅっと音を立てて吸い合ってから離れた唇は、名残惜しそうに糸を引いた。
のぼせたようにぼんやりとした目をしたファイは、腰の辺りに感じる硬い感触に落ち着かない気分になって、居住まいを正すように身じろいだ。
「……黒様の、当たってる」
「そりゃこうなるだろ」
いつものことなのに、あっけらかんと言われてしまうと妙に照れるのはなぜだろう。かくいうファイも直接的には刺激を受けていない性器を腫らして、先走りを滲ませている。
黒鋼の指先が濡れた鈴口を緩く擦ると、「あん」という情けない声が漏れた。
「おまえも責任取れよ」
我慢がきかない身体になってしまったのは、黒鋼も同じだった。
*
「ひ、ぁ、アッ、凄い……!」
少し不安になるくらい、ベッドがギシギシと音を立てていた。
後ろから貫かれて同時に達したあと、そのまま抜かずに体勢を変え、今度は正面から受け入れている。
限界まで割開いた両足は、律動の圧がかかる度に股関節が軋み、もういっそ感覚がない。
黒鋼が突き上げる度にファイの性器からは蜜が溢れた。さっきからずっとこの状態で、絶頂に終わりが見えなかった。いつまでも高みに押しやられたまま、心も身体も止まらない。満たされすぎて、溺れそうだった。
「やっ、ぃ……ッ、だ、め! そこ、もう痛い……ッ」
揺さぶられながら膨らんだ乳頭を親指で押し潰される。鈍痛の痺れにファイの白い足先がピンと張った。
やだ、やだ、と甘い声で拒んでも、黒鋼は唇を笑みの形に歪めるだけで、嬲るのをやめない。逞しい二の腕にそれぞれ両手を這わせ、焼けた素肌に爪を立てることが、せめてもの意趣返しだった。
「ッ、いじると締まるな……分かるか?」
「んんっ、ぁ、わ、かる……おしり、きゅって、ッ、なって……ひぁ、あ、はずか、し……ッ」
乳首を刺激される度に、穿たれる孔が収縮を繰り返すのが分かる。痛くて、恥ずかしくて、怖いくらい気持ちがいい。
黒鋼の額に滲む汗や、堪えるように奥歯を噛み締めている姿に心が震える。
中で屹立がさらに膨らんだ。敏感な肉壁を擦り上げ、ぐん、と突き上げられる度に、呼吸と思考が同時に止まる。
黒鋼がファイの胸に顔を埋めた。あまりにも熱を持ちすぎた乳首に押し付けられた舌を、一瞬だけ氷のように冷たく感じる。
でもそれはすぐに身体の隅々にまで行きわたる灼熱の痺れに変わった。
散々嬲られて、もういっそ痛いくらいなのに、足りない。二の腕に這わせていた両手を黒鋼の頭部に回して、ぐしゃぐしゃと乱しながら身を捩る。
「あぁッ、ア、ア、もっと……! もっといじめて、乳首、もっと……ッ、噛んで……!」
「ッ、ん」
黒鋼の低い声が、ほんの少しだけ掠れる。彼は存分に乱れ狂うファイの赤い粒を思うさま舌先で嬲り、それから前歯で緩く歯を立てた。
「ッ、ぃ、! ぁ……――ッ!!」
目の前が真っ白になるのを感じながら、叩きつけられるような絶頂感を味わった。かろうじて意識を繋ぎ止めていられたのは、中で弾けた黒鋼の白濁が、あまりにも熱かったからだ。
獣じみた呻きを漏らした彼は、焦点が合わないまま弱々しく痙攣するファイの頬に汗ばんだ額を擦り付けた。甘えたような仕草にファイは少しだけ笑って、散々掻き乱してしまった頭部を優しく抱きしめた。
*
「うーん……これ、しばらくは洋服が擦れて痛いだろうねぇ……」
黒鋼の部屋の片隅で、ファイは姿見の前に立って自分の乳首をまじまじと見つめていた。流石に全裸で鏡の前に立つのはどうかと思い、シャワーの後に引っ張り出した黒鋼のジャージを履いている。だいぶ裾が余っているせいで、出ているのは足の爪先だけだ。
「黒たんせんせぇー! 絆創膏ないー?」
「あ? 何に使うんだよ」
「だからー、洋服擦れちゃうからー!」
「どれ」
洗面所から戻った黒鋼も身に着けているのはジャージの下だけだった。
彼はファイの背後に立ち、少し前屈みになると鏡に映っているファイの胸をじっと見つめる。時刻はもうじき昼だ。夜とは違った気恥ずかしさに、ファイは頬を染めた。
「明るい場所で見ると、改めてくるもんがあるな」
「もぉ……恥ずかしいんだからそういうこと言わないでよ……」
こうして鏡の前に二人揃うと、黒鋼の健康的で男らしい焼けた肌と、自分の貧弱でなまっちろい身体の対比が凄まじい。しかも散々嬲られた乳首はぷっくりと腫れあがり、つんと尖ったままだった。思わず両手でその二か所を覆う。
触るとやっぱりジンジンと痺れた。洋服の繊維なんかが擦れたら、激しく痛むに違いない。
「最近は男性用のブラジャーなんてのが流行ってるらしいな」
「真顔でなに言ってるの……」
「案外似合うんじゃねぇか?」
「あのねー! そんなの似合っても嬉しいわけないでしょー! だいたいオレより黒様の方がおっぱい大きいんだから、黒様がすればいいじゃん!」
「おまえジョークのセンスねぇな」
「黒たんにだけは言われたくないよー!!」
いわゆる『手ブラ』の状態で顔を赤らめ、キーキーと騒ぐファイから離れると、黒鋼はテレビ脇の引き出しを適当に漁った。
そして二枚の絆創膏を「おらよ」と言って手渡してくる。
「俺が貼ってやった方がいいか?」
「いいよ! バカー!」
ファイは片腕で胸を隠し、黒鋼の手から絆創膏を奪うと洗面所へ逃げ込んだ。
扉を閉めて、ホッと息を漏らす。なんだか色んな意味でどっと疲れた。
洗面所にも大きな鏡がある。覆っていた腕を外して、問題の個所に改めて視線をやった。
「…………」
(これから海とかプールとか行くとき、どうしたらいいんだろう……)
一瞬、頭の中にあの囚人服のようなボーダーの水着が浮かんだ。それを着ている自分を想像すると、なんだか間抜けで情けない気持ちになる。
(しばらく触らないでいたら……元に戻ったりしないかなぁ……)
今は充血して真っ赤になっているが、せめて色くらいは。元の薄桃に戻るだろうか。いや、考えてもみれば薄桃もそこはかとなく恥ずかしいような気はするけれど。
(触るなって言ったって、どうせあのイジメっ子は聞かないしなー……)
複雑だけど、これはきっと幸せな悩みだ。
洗面所の鏡の前で、ファイは諦めの心境を溜息に乗せて吐き出した。
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