2025/06/14 Sat 「それじゃあ、行ってくるよ」 よく晴れた日の朝だった。 朝食を終え、ユグノア城跡へ行くための身支度を整えたイレブンが、扉の前で足を止めて振り返る。 「おう、ロウのじいさんによろしくな。あー、それと──」 カミュは食器を片付ける手を止め、イレブンのもとへ歩み寄った。コホン、と小さく咳払いをしたあと、さりげなく隠し持っていた小さな包みを差しだした。 「ほらよ」 ブラウンのリボンで飾られた赤い箱を見て、イレブンの目が丸くなる。 「カミュ、これって……?」 「チョコだよ。見りゃわかるだろ?」 照れくささを誤魔化すように、カミュはそっぽを向いて赤い頬を掻いた。 本日、2月14日はバレンタインデーだ。 地域や時代によって違いや変化はあるものの、恋人や夫婦、または意中の相手にチョコレートを贈り、想いを伝える日として広く知られている。 カミュはこれまで、そういったイベントとは無縁の人生を送ってきた。特に興味もなかったし、そんなことにかまけていられる余裕もなかった。 けれど今年は違う。勇者の相棒としてだけでなく、人生を共に歩む伴侶として、この村で暮らし始めてから迎える初のバレンタインなのだ。 きっとイレブンは、この手のイベントをソワソワしながら待つタイプに違いない。 だから柄にもないとは思いつつ、密かに手作りチョコを用意していた。 ──が、目の前のイレブンはなぜか硬直したまま動かない。 まるで思考が停止したかのように、じっとチョコを見つめるばかりだ。 「……チョコ、嫌いじゃなかったよな?」 小首をかしげて問いかけると、イレブンはようやくハッとした様子で顔を上げた。 「え? ぁ……うん」 しかしその返事はどこか歯切れが悪い。 それでも彼はゆっくりとチョコを受け取り、ぎこちない笑みを浮かべて見せた。 「そっか……うん、そういうことか……」 「どうした? お前、どっか調子でも悪いのか?」 「そ、そんなことないよ。ぜんぜん、まったく……うん。あはは……」 その肩がどんどん撫でさすったように落ちていく。あからさまに顔色が優れない──というか、ガッカリしている様子が見て取れた。 (あれ……? オレ、なんか間違ったか?) 照れくさいからといって、出掛けのドサクサに紛れて渡してしまったのがよくなかったのだろうか。確かに、少しあっさりしすぎていたかもしれないが。 とにかく、思っていた反応とは180度違うことだけは確かだ。 「あーっと……その、あのなイレブン」 どうにかフォローしようとして口を開いたカミュだったが、イレブンはまるで逃げるように「じゃあ行くね」と言って、フラフラと出て行ってしまった。 「ちょっ、おい!」 目の前で扉がバタンと閉まる。追いかけたところで、おそらく彼はとっくにルーラで飛び去っているだろう。 「なんなんだよ……いったい……」 残されたカミュは、ただ呆然としながら立ち尽くすことしかできなかった。 * その後、カミュはひたすら悶々と考えを巡らせていた。 掃除や洗濯をしていても、ニワトリの世話をしていても、気づけばイレブンの不自然な反応にばかり思考が追いやられてしまう。 思えば今日は、出掛けのキスもなかった。いつもの彼なら、カミュからの「いってらっしゃい」のキスがない限り、決して扉の前から動かないはずなのに。 そんな余裕もないほどに、彼の心を曇らせる何かをしてしまったということだ。 「あー、くそ! なんだってんだ! ちっとも分からねえ!」 一体なにがダメだったのか。理由が分からないことには謝罪のしようもない。 テーブルに突っ伏したカミュは、ガシガシと頭を掻いて髪を乱した。そして大きなため息をつく。 「……やめときゃよかったのかな」 それなりに気合いを入れて準備をしたつもりだった。 匂いでバレないよう、わざわざ恥を忍んでデルカダールのデク邸に足を運び、キッチンを借りてまで。嬉しそうなイレブンの笑顔に思いを馳せ、バカみたいに胸を踊らせていた。 当たり前のように喜ばれると思い込んでいた自分が、いっそ滑稽に思えてくる。 (やっぱオレには向いてねえってことなんだろうな) バレンタインなんて浮かれたイベントに、自分自身が浮かれる日が来るなんて思いもしなかった。その結果がこれだ。やはり柄にもないことはするもんじゃない。 カミュはもう一度ため息をつくと立ち上がった。 このままモヤモヤと腐っていたって仕方ない。少しでも気分転換になればと、身体を動かすため家を出た。 外の空気は澄み切っていた。肌を撫でる感触は少しばかり冷たいが、真上にある太陽の日差しが十分に暖かい。どこを目指すでもなく、ブラリと歩いた。 すると、教会の前にエマの姿があることに気がついた。彼女もまたカミュに気づいて、笑顔で軽く手を振っている。 彼女は腕に大きなカゴを下げ、村の子供たちに囲まれていた。 「よう、エマちゃん」 「こんにちは、カミュさん。今日はイレブンと一緒じゃないのね」 「ああ、あいつはちょっと用があって」 「エマねーちゃん、はやくはやく! ボクにもちょーだいよ!」 カミュの声を遮り、待ち切れない様子のマノロが忙しなく飛び跳ねる。 エマは「はいはい」と言ってカゴの中身を取りだすと、彼に渡した。 「やったー! ありがとう!」 「うふふ。どういたしまして」 「エマちゃん、それは?」 小首をかしげるカミュに、エマはカゴの中身をもう一つ取りだして見せた。それは手のひらに収まるくらいの小袋で、赤いリボンがキュッと結ばれている。 「子供たちにチョコを配ってるの。今日はバレンタインだから」 そう言ってニッコリ笑ったあと、彼女は申し訳なさそうに肩をすくめた。 「だからごめんなさい。カミュさんにはあげられないの。だって、カミュさんはもう立派な大人だもの」 「それは別に構わねえが……立派な大人が、なんだって?」 バレンタインは、何も恋人や夫婦のためだけにあるイベントではない。親しい友人や、家族にチョコを贈ることだってあるだろう。 けれどそのことと、カミュがすでに大人であることに、何の関係があるのだろうか。 ピンときていない様子のカミュに、エマは両手をポンと合わせて、「あ、そっか」と言った。 「カミュさんは来たばかりだから、知らなくて当然よね」 「なにを?」 「あのね、イシの村のバレンタインは、他とはちょっと違うの」 エマが言うにはこうだった。 この村でのバレンタインは、成人女性が小さな男の子にチョコを配るイベントなのだと。 「強くて立派な大人になるように、願いを込めて贈るのよ。ホワイトデーはその逆で、男の人が小さな女の子にクッキーを配るの。素敵な女性になってね、って」 呆けた顔で聞き入るカミュに、エマは「でも」と言って眉をひそめた。 「この風習、ちょっと考え方が古いわよね」 エマはすぐそばでモジモジと身体を揺らすルコに、チョコの包みを「はい、どうぞ」と言って渡した。彼女はパッと表情を明るくし、嬉しそうに「ありがとう、おねえちゃん!」と言って笑った。 「素敵な大人になってほしいって願いに、男の子も女の子も関係ないじゃない? だから私、子供たちみんなにチョコを配ることにしたの」 「へえ。立派だな、エマちゃんは」 カミュは腕を組むと、すっかり感心してしまった。 イシの村において、バレンタインは子供の健やかな成長を願うイベントなのだ。実にこの村らしい風習だと思う。 ──けれどそこで、カミュはふと気がついた。 つまりこの村の人たちにとって、バレンタインは色恋が絡むような、甘酸っぱい行事ではないわけだ。それはここで育ったイレブンにとっても同じはず。 と、いうことは── 「マジか! オレはイレブンをガキ扱いしちまったってことか!?」 急に頭を抱えて大声を出したカミュに、エマと周囲にいた子供たちが目をまん丸にする。けれど今は構っていられる余裕がなかった。 なにしろ謎が解けたのだ。 彼はカミュに大人の男としてではなく、まだ未熟な子供として扱われている、と捉えてしまったに違いない。 共に世界を救った仲間であり、相棒であり、とっくにやることをやっている間柄であるにも関わらず、だ。 だからあんなにも気を落としてしまったのだろう。ガッシリとした肩幅が、それは見事な撫で肩になってしまうくらいに。 「もしかしてカミュさん、彼にチョコを渡したの?」 エマはそれだけで、大体のことを察してしまったらしい。 腰に手を当て、顔を押さえて天を仰ぐカミュの姿に、彼女は「ぷふっ」と吹きだした。 「ふっ、うふふっ、ご、ごめんなさい、だって……ふふふっ」 彼女にとっては、微笑ましい擦れ違いエピソードに過ぎないのだろう。 けれどカミュにとっては一大事である。枯れたススキのようになっていたイレブンを思うと、いてもたってもいられない気分だった。 「知らなかったならしょうがないじゃない。カミュさんは悪くないわよ」 エマはうっすらと滲んだ涙を指先で拭いながら言った。 彼女自身も、外での風習を知ったのはつい最近だったらしい。デルカダールの城にいた頃、兵士たちとの雑談でたまたま知る機会があったのだと。 「大丈夫よカミュさん。私、仲直りのためのいい方法を知ってるわ。ヘソを曲げたイレブンなんか、これでイチコロなんだから」 ケンカ、というほど大袈裟なものではないけれど、「マジか!」と食いついたカミュに、エマは得意げな笑みを浮かべた。 「この時期ならではの、とっておきの風習なの。それはね──」 口元に手を添えながら耳打ちしようとするエマに、カミュは軽く身を屈めた。 * 「ただいま」 夜、イレブンが帰宅した。 特に落ち込んだ様子はなく、むしろいつも通りの穏やかな表情だった。 彼は左手を背中側に回しており、いかにも何か隠している様子が見て取れた。 「あ、ああ。おかえり、イレブン」 それを不思議に思いながらも、いったん見過ごす。なにせあまり余裕がない。今の自分がいかに恥ずかしい状態であるか、そちらにばかり気がいっているからだ。 椅子から立ち上がって出迎えたカミュを見て、イレブンが目をまん丸にした。 「カミュ? それ、どうしたんだ?」 カミュの左耳のすぐ上には、パステルブルーの可憐な花が飾られていた。フリージアによく似た形で、ほんのりと甘い香りが漂っている。 カミュはついつい、耳まで赤くしながら目を泳がせた。 「あー、まあ……その、なんだ。エマちゃんから聞いたんだ。この村の、特別な風習ってやつをさ」 イレブンが、うつむくカミュの正面までやって来た。 注がれる視線に顔を上げることができず、彼の足先だけをじっと見つめる。 まるで女の子がするみたいに、髪に花なんか挿して待っていた自分の姿を、イレブンは一体どんな表情で見つめているのだろうか。 そう思うほどに、カミュはまくし立てるように言葉を発した。 「その、今朝は誤解させて悪かったよ。バレンタインなんて、どこも似たりよったりだとばかり思っていたが、まさかあんな意味があったとは──」 そのとき、イレブンの右手がそっとカミュの左頬に触れた。言葉が遮られたと同時に、自然と顔を上向かされる。 おずおずと向けた視線の先には、イレブンの蕩けそうなほど甘く優しい笑顔があった。キュン、なんて恥ずかしい音を立て、思わず胸が高鳴った。 「ルーミナリオの花だね。すごく綺麗だ。可愛いよ」 「ッ、ば、バカ言え……可愛いわけあるかよ。男のオレが、こんな……」 羞恥が限界を迎え、下唇を噛みながら視線だけそっぽを向けた。 それでもイレブンがあまりにも嬉しそうに笑うものだから、カミュの胸に安堵と喜びが満ちていく。 (そうだ、オレは、イレブンのこの顔が見たかったんだ) あのあと、エマはカミュの耳元でこう言った。 ──ルーミナリオの花はね、この村では恋の花って呼ばれているの。 朝焼けの澄んだ光が宿ったみたいに、淡く輝く美しい花。 この時期、神の岩のふもと一帯に、ルーミナリオは咲いている。 イシの村では、女性から好きな男性にこの花を贈ることで、想いが通じ合うという言い伝えがあるらしい。 様々な色のルーミナリオがある中で、エマは必ずパステルブルーを選べと言った。 ──ただ渡すだけじゃダメ。髪に飾って、相手の前に立つの。 パステルブルーのルーミナリオには、【純愛・あなたにすべてを捧げます】という花言葉があるという。 ──大丈夫。必ずイレブンにも伝わるはずよ。 そう言って、エマはカミュにウインクをした。 正直、あまり気乗りはしなかった。 花を髪に飾るだなんて、それこそエマのように可愛らしい女性がするならともかく、自分がやったところで滑稽でしかないだろうと。 だからほとんどヤケクソみたいなものだった。いっそ笑い飛ばしてもらうくらいで、ちょうどいいのだと思っていた。 けれどこのイレブンの反応を見るに、どうやら捨てたもんでもないらしい。 カミュはすでに、この男にすべてを預けたつもりでいる。今さらすべてを捧げるだとか、純愛だとか、小っ恥ずかしいにもほどがあるけど。 その花言葉は紛れもなく、カミュの本心でもあった。 「ありがとう、カミュ。キミの気持ち、確かに受け取ったよ」 最近また少し、ぐっと深みを増した声でイレブンが言う。彼は右腕だけでカミュの身体を抱きしめた。 カミュは「ん」とささやかな返事をして、その肩に頬を預けた。 「……そういやあ」 ホッと息をついたところで、カミュは気になっていたことを聞いてみた。 「お前はさっきから、一体なにを隠してるんだ?」 すると彼は「バレてた?」と言って無邪気に笑った。 「そりゃバレるだろ」 これで隠せていたつもりでいたことに、カミュもついつい笑ってしまう。 イレブンは抱きしめていた腕を解くと、そこでようやく左手を前に持ってきた。 「お前、それ……!」 目を見開くカミュに、イレブンがうなずいた。 それは淡いラベンダー色をした、ルーミナリオの花だった。 カミュはポカンとしながら、差し出された花とイレブンを交互に見やる。 「なんでお前がこれを? この風習って、女から男に告白するってもんじゃねえのかよ……って、なんか言ってて変な感じだが……」 イレブンが首を左右に振った。 「そうと決まってるわけじゃない。ただ渡す色が違うってだけ。男からは紫だよ」 「ま、マジか……」 しかしエマからは女性主体の風習としか聞いていない。これは天然なのか、あるいは確信犯なのか。おそらく後者だろうとは思うけど。 額にまで広がりを見せる熱を抑えるように、カミュは片手で額を覆った。 イレブンもエマが情報源であることを察していたらしい。軽く苦笑している。 「ボクも子供の頃にエマから教わったんだ。この風習のこと。あの頃はちっとも興味がなかったけど……彼女に感謝しなきゃな。こんなに可愛いカミュも見れたし」 「やめろって……」 カミュはいよいよ耐えきれなくなり、頭に手をやると花を取り去ろうとした。けれどそれを、イレブンが「もう少しだけ」とやんわり止める。 そう言われてしまったら仕方ない。カミュはしぶしぶ手を引っ込めた。 「今朝のこと、ボクもキミに謝りたかったんだ」 カミュはコトリと首をかしげる。 「お前が? なんでだ?」 「ロウさ……じゃなくて、ロウじいちゃんから聞いたんだ。バレンタインが、村の外ではどんなイベントかってこと」 なんとなく、そのときの様子が目に浮かぶ。 可愛い孫が落ち込んでいることに、あの老人はきっとすぐに気がついただろう。そしてよくよく話を聞いたあと、エマと同じような反応をしたに違いない。 ほっほっほっ、と朗らかに笑う声すらも、容易に想像することができた。 「それを知ってビックリしたよ。キミがせっかくチョコをくれたのに、ボクはすっかり誤解してしまって……変な態度をとってしまったこと、本当にごめん」 「気にすんなって。オレだって知らなかったんだ。お互い様だろ?」 カミュが笑うと、イレブンはふっと息を漏らしながら微笑んだ。 「ありがとう、カミュ。チョコも、すごく美味しかった」 「食ったのか?」 「もちろん。ぜんぶ食べたよ。あれってカミュの手作りだろ?」 「ま、まあな」 今さらになって、今朝の照れくささがよみがえってきた。手作りだということも、しっかりバレている。けれど、イレブンが喜んでくれたなら何よりだった。 「それで、ボクもキミに何か贈りたいと思ったんだ。チョコは用意できなかったけど……」 ロウに話を聞いたイレブンは、そこでふとルーミナリオの風習を思いだしたのだという。だから帰宅する前に神の岩のふもとまで行き、紫のルーミナリオを摘んできたのだ。 「カミュ。ボクの気持ちも、どうか受け取ってほしい」 「イレブン……」 「紫のルーミナリオの花言葉は、【不変の愛・あなたのすべてが欲しい】、だよ」 すべてを捧げたいと願うカミュの花と、対を成すイレブンの花。それは甘い香りを振りまきながら、淡く優しく輝いている。 染み渡るような熱い想いが込み上げて、カミュはとっさにどうしたらいいか分からなかった。ただ真っ赤な顔をうつむかせ、「おう」と短く返すのがやっとだった。 「キミの人生ごともらっておいて、まだ欲張るのかって自分でも思うけど」 そう言って、イレブンは照れくさそうに肩をすくめた。眉をハの字にした笑顔がどうしようもなく可愛くて、カミュはようやく「違いねえ」と言って笑った。 「ったく、それにしても……結局じいさんのおかげで、とっくに誤解は解けてたってわけか。わざわざこんな恥ずかしい真似までしたってのに」 「それはそれ、これはこれだろ。カミュ、ボクの花と交換しよう」 「そういや相手に贈るまでがセットだったな」 カミュはうなずいて、左耳にかかる花を手に取った。 するとイレブンが「じっとしてて」と言いながら、薄紫のルーミナリオをカミュの左耳の上に挿す。結局こうなるのかと思いつつ、黙って好きにさせることにした。 よし、と満足そうにイレブンが言ったのを合図に、カミュは彼の胸の位置にあるベルト部分に、パステルブルーの花を挿してやった。 「なんかボクだけ間抜けじゃない?」 「いいだろ。これもお互い様だぜ」 「カミュはとびきり可愛いよ。その色もよく似合ってる」 「へいへい、ありがとな」 ふと見つめあい、ぷは、と二人揃って吹きだした。そしてひとしきり笑いあう。 何がそんなに可笑しいのか、自分たちにもよく分かっていなかった。ただ甘ったるくて、くすぐったい。そんな感情が、収まりきらずに溢れでていた。 やがて互いに目が合うと、笑顔がふっと引いていく。気づけば吸い寄せられていた。抱き合って、ささやかなキスをしたあと、鼻先が触れる距離でカミュが囁く。 「ぜんぶ、預けたからな」 するとイレブンは吐息のような声で、「うん」と短く返事をした。それから、 「だけどごめん。どうもまだ足りないみたいだ」 と言った。 カミュはイタズラっぽく、ニッと笑った。 「これ以上なにを差しだせって? 欲張りな勇者さま」 「キミのことだから、まだなにか隠してるかも」 コツンと額が触れ合った。 「なら、暴いてみるか?」 「そうこなくっちゃ」 イレブンの願いは、カミュの願いでもある。彼がすべてを暴くなら、カミュだってイレブンのすべてが欲しい。 再び唇が合わさると、花の香りがいっそう増した。 みずみずしい花びらは、朝には萎れているだろう。あるいはその前に、すべてがシーツの波に散るかもしれない。 ほんの一手間、水を入れたコップにでも挿してやればいいだけなのに。 今の二人には、そんな時間すら惜しいのだ。 チョコ・オン・ザ・ルーミナリオ・了 ←戻る ・ Wavebox👏
よく晴れた日の朝だった。
朝食を終え、ユグノア城跡へ行くための身支度を整えたイレブンが、扉の前で足を止めて振り返る。
「おう、ロウのじいさんによろしくな。あー、それと──」
カミュは食器を片付ける手を止め、イレブンのもとへ歩み寄った。コホン、と小さく咳払いをしたあと、さりげなく隠し持っていた小さな包みを差しだした。
「ほらよ」
ブラウンのリボンで飾られた赤い箱を見て、イレブンの目が丸くなる。
「カミュ、これって……?」
「チョコだよ。見りゃわかるだろ?」
照れくささを誤魔化すように、カミュはそっぽを向いて赤い頬を掻いた。
本日、2月14日はバレンタインデーだ。
地域や時代によって違いや変化はあるものの、恋人や夫婦、または意中の相手にチョコレートを贈り、想いを伝える日として広く知られている。
カミュはこれまで、そういったイベントとは無縁の人生を送ってきた。特に興味もなかったし、そんなことにかまけていられる余裕もなかった。
けれど今年は違う。勇者の相棒としてだけでなく、人生を共に歩む伴侶として、この村で暮らし始めてから迎える初のバレンタインなのだ。
きっとイレブンは、この手のイベントをソワソワしながら待つタイプに違いない。
だから柄にもないとは思いつつ、密かに手作りチョコを用意していた。
──が、目の前のイレブンはなぜか硬直したまま動かない。
まるで思考が停止したかのように、じっとチョコを見つめるばかりだ。
「……チョコ、嫌いじゃなかったよな?」
小首をかしげて問いかけると、イレブンはようやくハッとした様子で顔を上げた。
「え? ぁ……うん」
しかしその返事はどこか歯切れが悪い。
それでも彼はゆっくりとチョコを受け取り、ぎこちない笑みを浮かべて見せた。
「そっか……うん、そういうことか……」
「どうした? お前、どっか調子でも悪いのか?」
「そ、そんなことないよ。ぜんぜん、まったく……うん。あはは……」
その肩がどんどん撫でさすったように落ちていく。あからさまに顔色が優れない──というか、ガッカリしている様子が見て取れた。
(あれ……? オレ、なんか間違ったか?)
照れくさいからといって、出掛けのドサクサに紛れて渡してしまったのがよくなかったのだろうか。確かに、少しあっさりしすぎていたかもしれないが。
とにかく、思っていた反応とは180度違うことだけは確かだ。
「あーっと……その、あのなイレブン」
どうにかフォローしようとして口を開いたカミュだったが、イレブンはまるで逃げるように「じゃあ行くね」と言って、フラフラと出て行ってしまった。
「ちょっ、おい!」
目の前で扉がバタンと閉まる。追いかけたところで、おそらく彼はとっくにルーラで飛び去っているだろう。
「なんなんだよ……いったい……」
残されたカミュは、ただ呆然としながら立ち尽くすことしかできなかった。
*
その後、カミュはひたすら悶々と考えを巡らせていた。
掃除や洗濯をしていても、ニワトリの世話をしていても、気づけばイレブンの不自然な反応にばかり思考が追いやられてしまう。
思えば今日は、出掛けのキスもなかった。いつもの彼なら、カミュからの「いってらっしゃい」のキスがない限り、決して扉の前から動かないはずなのに。
そんな余裕もないほどに、彼の心を曇らせる何かをしてしまったということだ。
「あー、くそ! なんだってんだ! ちっとも分からねえ!」
一体なにがダメだったのか。理由が分からないことには謝罪のしようもない。
テーブルに突っ伏したカミュは、ガシガシと頭を掻いて髪を乱した。そして大きなため息をつく。
「……やめときゃよかったのかな」
それなりに気合いを入れて準備をしたつもりだった。
匂いでバレないよう、わざわざ恥を忍んでデルカダールのデク邸に足を運び、キッチンを借りてまで。嬉しそうなイレブンの笑顔に思いを馳せ、バカみたいに胸を踊らせていた。
当たり前のように喜ばれると思い込んでいた自分が、いっそ滑稽に思えてくる。
(やっぱオレには向いてねえってことなんだろうな)
バレンタインなんて浮かれたイベントに、自分自身が浮かれる日が来るなんて思いもしなかった。その結果がこれだ。やはり柄にもないことはするもんじゃない。
カミュはもう一度ため息をつくと立ち上がった。
このままモヤモヤと腐っていたって仕方ない。少しでも気分転換になればと、身体を動かすため家を出た。
外の空気は澄み切っていた。肌を撫でる感触は少しばかり冷たいが、真上にある太陽の日差しが十分に暖かい。どこを目指すでもなく、ブラリと歩いた。
すると、教会の前にエマの姿があることに気がついた。彼女もまたカミュに気づいて、笑顔で軽く手を振っている。
彼女は腕に大きなカゴを下げ、村の子供たちに囲まれていた。
「よう、エマちゃん」
「こんにちは、カミュさん。今日はイレブンと一緒じゃないのね」
「ああ、あいつはちょっと用があって」
「エマねーちゃん、はやくはやく! ボクにもちょーだいよ!」
カミュの声を遮り、待ち切れない様子のマノロが忙しなく飛び跳ねる。
エマは「はいはい」と言ってカゴの中身を取りだすと、彼に渡した。
「やったー! ありがとう!」
「うふふ。どういたしまして」
「エマちゃん、それは?」
小首をかしげるカミュに、エマはカゴの中身をもう一つ取りだして見せた。それは手のひらに収まるくらいの小袋で、赤いリボンがキュッと結ばれている。
「子供たちにチョコを配ってるの。今日はバレンタインだから」
そう言ってニッコリ笑ったあと、彼女は申し訳なさそうに肩をすくめた。
「だからごめんなさい。カミュさんにはあげられないの。だって、カミュさんはもう立派な大人だもの」
「それは別に構わねえが……立派な大人が、なんだって?」
バレンタインは、何も恋人や夫婦のためだけにあるイベントではない。親しい友人や、家族にチョコを贈ることだってあるだろう。
けれどそのことと、カミュがすでに大人であることに、何の関係があるのだろうか。
ピンときていない様子のカミュに、エマは両手をポンと合わせて、「あ、そっか」と言った。
「カミュさんは来たばかりだから、知らなくて当然よね」
「なにを?」
「あのね、イシの村のバレンタインは、他とはちょっと違うの」
エマが言うにはこうだった。
この村でのバレンタインは、成人女性が小さな男の子にチョコを配るイベントなのだと。
「強くて立派な大人になるように、願いを込めて贈るのよ。ホワイトデーはその逆で、男の人が小さな女の子にクッキーを配るの。素敵な女性になってね、って」
呆けた顔で聞き入るカミュに、エマは「でも」と言って眉をひそめた。
「この風習、ちょっと考え方が古いわよね」
エマはすぐそばでモジモジと身体を揺らすルコに、チョコの包みを「はい、どうぞ」と言って渡した。彼女はパッと表情を明るくし、嬉しそうに「ありがとう、おねえちゃん!」と言って笑った。
「素敵な大人になってほしいって願いに、男の子も女の子も関係ないじゃない? だから私、子供たちみんなにチョコを配ることにしたの」
「へえ。立派だな、エマちゃんは」
カミュは腕を組むと、すっかり感心してしまった。
イシの村において、バレンタインは子供の健やかな成長を願うイベントなのだ。実にこの村らしい風習だと思う。
──けれどそこで、カミュはふと気がついた。
つまりこの村の人たちにとって、バレンタインは色恋が絡むような、甘酸っぱい行事ではないわけだ。それはここで育ったイレブンにとっても同じはず。
と、いうことは──
「マジか! オレはイレブンをガキ扱いしちまったってことか!?」
急に頭を抱えて大声を出したカミュに、エマと周囲にいた子供たちが目をまん丸にする。けれど今は構っていられる余裕がなかった。
なにしろ謎が解けたのだ。
彼はカミュに大人の男としてではなく、まだ未熟な子供として扱われている、と捉えてしまったに違いない。
共に世界を救った仲間であり、相棒であり、とっくにやることをやっている間柄であるにも関わらず、だ。
だからあんなにも気を落としてしまったのだろう。ガッシリとした肩幅が、それは見事な撫で肩になってしまうくらいに。
「もしかしてカミュさん、彼にチョコを渡したの?」
エマはそれだけで、大体のことを察してしまったらしい。
腰に手を当て、顔を押さえて天を仰ぐカミュの姿に、彼女は「ぷふっ」と吹きだした。
「ふっ、うふふっ、ご、ごめんなさい、だって……ふふふっ」
彼女にとっては、微笑ましい擦れ違いエピソードに過ぎないのだろう。
けれどカミュにとっては一大事である。枯れたススキのようになっていたイレブンを思うと、いてもたってもいられない気分だった。
「知らなかったならしょうがないじゃない。カミュさんは悪くないわよ」
エマはうっすらと滲んだ涙を指先で拭いながら言った。
彼女自身も、外での風習を知ったのはつい最近だったらしい。デルカダールの城にいた頃、兵士たちとの雑談でたまたま知る機会があったのだと。
「大丈夫よカミュさん。私、仲直りのためのいい方法を知ってるわ。ヘソを曲げたイレブンなんか、これでイチコロなんだから」
ケンカ、というほど大袈裟なものではないけれど、「マジか!」と食いついたカミュに、エマは得意げな笑みを浮かべた。
「この時期ならではの、とっておきの風習なの。それはね──」
口元に手を添えながら耳打ちしようとするエマに、カミュは軽く身を屈めた。
*
「ただいま」
夜、イレブンが帰宅した。
特に落ち込んだ様子はなく、むしろいつも通りの穏やかな表情だった。
彼は左手を背中側に回しており、いかにも何か隠している様子が見て取れた。
「あ、ああ。おかえり、イレブン」
それを不思議に思いながらも、いったん見過ごす。なにせあまり余裕がない。今の自分がいかに恥ずかしい状態であるか、そちらにばかり気がいっているからだ。
椅子から立ち上がって出迎えたカミュを見て、イレブンが目をまん丸にした。
「カミュ? それ、どうしたんだ?」
カミュの左耳のすぐ上には、パステルブルーの可憐な花が飾られていた。フリージアによく似た形で、ほんのりと甘い香りが漂っている。
カミュはついつい、耳まで赤くしながら目を泳がせた。
「あー、まあ……その、なんだ。エマちゃんから聞いたんだ。この村の、特別な風習ってやつをさ」
イレブンが、うつむくカミュの正面までやって来た。
注がれる視線に顔を上げることができず、彼の足先だけをじっと見つめる。
まるで女の子がするみたいに、髪に花なんか挿して待っていた自分の姿を、イレブンは一体どんな表情で見つめているのだろうか。
そう思うほどに、カミュはまくし立てるように言葉を発した。
「その、今朝は誤解させて悪かったよ。バレンタインなんて、どこも似たりよったりだとばかり思っていたが、まさかあんな意味があったとは──」
そのとき、イレブンの右手がそっとカミュの左頬に触れた。言葉が遮られたと同時に、自然と顔を上向かされる。
おずおずと向けた視線の先には、イレブンの蕩けそうなほど甘く優しい笑顔があった。キュン、なんて恥ずかしい音を立て、思わず胸が高鳴った。
「ルーミナリオの花だね。すごく綺麗だ。可愛いよ」
「ッ、ば、バカ言え……可愛いわけあるかよ。男のオレが、こんな……」
羞恥が限界を迎え、下唇を噛みながら視線だけそっぽを向けた。
それでもイレブンがあまりにも嬉しそうに笑うものだから、カミュの胸に安堵と喜びが満ちていく。
(そうだ、オレは、イレブンのこの顔が見たかったんだ)
あのあと、エマはカミュの耳元でこう言った。
──ルーミナリオの花はね、この村では恋の花って呼ばれているの。
朝焼けの澄んだ光が宿ったみたいに、淡く輝く美しい花。
この時期、神の岩のふもと一帯に、ルーミナリオは咲いている。
イシの村では、女性から好きな男性にこの花を贈ることで、想いが通じ合うという言い伝えがあるらしい。
様々な色のルーミナリオがある中で、エマは必ずパステルブルーを選べと言った。
──ただ渡すだけじゃダメ。髪に飾って、相手の前に立つの。
パステルブルーのルーミナリオには、【純愛・あなたにすべてを捧げます】という花言葉があるという。
──大丈夫。必ずイレブンにも伝わるはずよ。
そう言って、エマはカミュにウインクをした。
正直、あまり気乗りはしなかった。
花を髪に飾るだなんて、それこそエマのように可愛らしい女性がするならともかく、自分がやったところで滑稽でしかないだろうと。
だからほとんどヤケクソみたいなものだった。いっそ笑い飛ばしてもらうくらいで、ちょうどいいのだと思っていた。
けれどこのイレブンの反応を見るに、どうやら捨てたもんでもないらしい。
カミュはすでに、この男にすべてを預けたつもりでいる。今さらすべてを捧げるだとか、純愛だとか、小っ恥ずかしいにもほどがあるけど。
その花言葉は紛れもなく、カミュの本心でもあった。
「ありがとう、カミュ。キミの気持ち、確かに受け取ったよ」
最近また少し、ぐっと深みを増した声でイレブンが言う。彼は右腕だけでカミュの身体を抱きしめた。
カミュは「ん」とささやかな返事をして、その肩に頬を預けた。
「……そういやあ」
ホッと息をついたところで、カミュは気になっていたことを聞いてみた。
「お前はさっきから、一体なにを隠してるんだ?」
すると彼は「バレてた?」と言って無邪気に笑った。
「そりゃバレるだろ」
これで隠せていたつもりでいたことに、カミュもついつい笑ってしまう。
イレブンは抱きしめていた腕を解くと、そこでようやく左手を前に持ってきた。
「お前、それ……!」
目を見開くカミュに、イレブンがうなずいた。
それは淡いラベンダー色をした、ルーミナリオの花だった。
カミュはポカンとしながら、差し出された花とイレブンを交互に見やる。
「なんでお前がこれを? この風習って、女から男に告白するってもんじゃねえのかよ……って、なんか言ってて変な感じだが……」
イレブンが首を左右に振った。
「そうと決まってるわけじゃない。ただ渡す色が違うってだけ。男からは紫だよ」
「ま、マジか……」
しかしエマからは女性主体の風習としか聞いていない。これは天然なのか、あるいは確信犯なのか。おそらく後者だろうとは思うけど。
額にまで広がりを見せる熱を抑えるように、カミュは片手で額を覆った。
イレブンもエマが情報源であることを察していたらしい。軽く苦笑している。
「ボクも子供の頃にエマから教わったんだ。この風習のこと。あの頃はちっとも興味がなかったけど……彼女に感謝しなきゃな。こんなに可愛いカミュも見れたし」
「やめろって……」
カミュはいよいよ耐えきれなくなり、頭に手をやると花を取り去ろうとした。けれどそれを、イレブンが「もう少しだけ」とやんわり止める。
そう言われてしまったら仕方ない。カミュはしぶしぶ手を引っ込めた。
「今朝のこと、ボクもキミに謝りたかったんだ」
カミュはコトリと首をかしげる。
「お前が? なんでだ?」
「ロウさ……じゃなくて、ロウじいちゃんから聞いたんだ。バレンタインが、村の外ではどんなイベントかってこと」
なんとなく、そのときの様子が目に浮かぶ。
可愛い孫が落ち込んでいることに、あの老人はきっとすぐに気がついただろう。そしてよくよく話を聞いたあと、エマと同じような反応をしたに違いない。
ほっほっほっ、と朗らかに笑う声すらも、容易に想像することができた。
「それを知ってビックリしたよ。キミがせっかくチョコをくれたのに、ボクはすっかり誤解してしまって……変な態度をとってしまったこと、本当にごめん」
「気にすんなって。オレだって知らなかったんだ。お互い様だろ?」
カミュが笑うと、イレブンはふっと息を漏らしながら微笑んだ。
「ありがとう、カミュ。チョコも、すごく美味しかった」
「食ったのか?」
「もちろん。ぜんぶ食べたよ。あれってカミュの手作りだろ?」
「ま、まあな」
今さらになって、今朝の照れくささがよみがえってきた。手作りだということも、しっかりバレている。けれど、イレブンが喜んでくれたなら何よりだった。
「それで、ボクもキミに何か贈りたいと思ったんだ。チョコは用意できなかったけど……」
ロウに話を聞いたイレブンは、そこでふとルーミナリオの風習を思いだしたのだという。だから帰宅する前に神の岩のふもとまで行き、紫のルーミナリオを摘んできたのだ。
「カミュ。ボクの気持ちも、どうか受け取ってほしい」
「イレブン……」
「紫のルーミナリオの花言葉は、【不変の愛・あなたのすべてが欲しい】、だよ」
すべてを捧げたいと願うカミュの花と、対を成すイレブンの花。それは甘い香りを振りまきながら、淡く優しく輝いている。
染み渡るような熱い想いが込み上げて、カミュはとっさにどうしたらいいか分からなかった。ただ真っ赤な顔をうつむかせ、「おう」と短く返すのがやっとだった。
「キミの人生ごともらっておいて、まだ欲張るのかって自分でも思うけど」
そう言って、イレブンは照れくさそうに肩をすくめた。眉をハの字にした笑顔がどうしようもなく可愛くて、カミュはようやく「違いねえ」と言って笑った。
「ったく、それにしても……結局じいさんのおかげで、とっくに誤解は解けてたってわけか。わざわざこんな恥ずかしい真似までしたってのに」
「それはそれ、これはこれだろ。カミュ、ボクの花と交換しよう」
「そういや相手に贈るまでがセットだったな」
カミュはうなずいて、左耳にかかる花を手に取った。
するとイレブンが「じっとしてて」と言いながら、薄紫のルーミナリオをカミュの左耳の上に挿す。結局こうなるのかと思いつつ、黙って好きにさせることにした。
よし、と満足そうにイレブンが言ったのを合図に、カミュは彼の胸の位置にあるベルト部分に、パステルブルーの花を挿してやった。
「なんかボクだけ間抜けじゃない?」
「いいだろ。これもお互い様だぜ」
「カミュはとびきり可愛いよ。その色もよく似合ってる」
「へいへい、ありがとな」
ふと見つめあい、ぷは、と二人揃って吹きだした。そしてひとしきり笑いあう。
何がそんなに可笑しいのか、自分たちにもよく分かっていなかった。ただ甘ったるくて、くすぐったい。そんな感情が、収まりきらずに溢れでていた。
やがて互いに目が合うと、笑顔がふっと引いていく。気づけば吸い寄せられていた。抱き合って、ささやかなキスをしたあと、鼻先が触れる距離でカミュが囁く。
「ぜんぶ、預けたからな」
するとイレブンは吐息のような声で、「うん」と短く返事をした。それから、
「だけどごめん。どうもまだ足りないみたいだ」
と言った。
カミュはイタズラっぽく、ニッと笑った。
「これ以上なにを差しだせって? 欲張りな勇者さま」
「キミのことだから、まだなにか隠してるかも」
コツンと額が触れ合った。
「なら、暴いてみるか?」
「そうこなくっちゃ」
イレブンの願いは、カミュの願いでもある。彼がすべてを暴くなら、カミュだってイレブンのすべてが欲しい。
再び唇が合わさると、花の香りがいっそう増した。
みずみずしい花びらは、朝には萎れているだろう。あるいはその前に、すべてがシーツの波に散るかもしれない。
ほんの一手間、水を入れたコップにでも挿してやればいいだけなのに。
今の二人には、そんな時間すら惜しいのだ。
チョコ・オン・ザ・ルーミナリオ・了
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