2025/08/03 Sun 築30年以上の、新耐震基準前のボロアパート。 セキュリティ面や諸々の問題で、仲介業者がここを女性に紹介することは、まずありえない。 よって住人は男性ばかりで、その誰もがどこか訳あり感を漂わせる胡散臭げな人間か、黒鋼のような貧乏学生ばかりだった。 そのおかげか、逆に怪しげな人間は近寄らないという利点があった。 泥棒に入るにしても、ここはとてもではないが裕福な人間が住んでいるとは思えないし、女性がいないのでは変質者も腕の奮いようがないのだ。妙な性癖を持った人間であれば、話は別だが。 だから彼を見たとき、黒鋼はいかんとも判断しがたく、ただ眉を寄せるだけだった。 時刻は午前零時をとっくに過ぎている。 バイト先のスポーツクラブでの勤めを終え、寄り道をせずに真っ直ぐ帰宅すれば、大体いつもこの時間だった。 男は黒いスーツに身を包み、錆びた鉄製の階段の裏側に、自転車と並ぶようにして蹲っていた。雨に濡れそぼり、抱きしめた両膝に顔をすっかり埋めているせいで、その表情は見えない。 点滅する薄暗い照明の下、金髪であるということがかろうじて確認できる程度だ。 このアパートの住人の誰かに、待ちぼうけを食らっているのか。それとも、ただ単に雨宿りにここを選んだのか。 いずれにしろ怪しげであることに変わりはなく、黒鋼はただそれを横目に傘を閉じ、鉄製の階段に足をかけた。自室はこれを上りきった先の一番奥だ。 だが半分だけ上りきったところで、足を止める。暫し逡巡した後、身を屈めて鉄の板の隙間から男を見下ろし、声をかけてみる。 「おい」 雨に掻き消されるかと思ったが、声は確かに届いたようだった。男がビクリと肩を震わせ、顔を上げる。 青い目だった。顔立ちも綺麗に整っていて、色が白い。その線の細さと、どこか不安げな表情から、薄暗さも相まって一瞬女性かと思うほど。 「それ以上濡れたくなけりゃあ、他所へ行った方がいいぜ。じきにここは滝になる」 ここはその水はけの悪さから、酷い雨の翌日には、階段から滝のように水が激しく滴る。 いつまでいるつもりかは知らないが、それを知らずに直撃を食らうことがあれば、流石に気の毒だと思った。 すでに全身がどうしようもないくらいずぶ濡れであったとしても。 「……?」 彼は青い瞳を大きく見開き、不思議そうに小首を傾げた。言葉が通じないのかもしれない。水を含んだ金色が、冷えて青白くなった頬に張り付いている。上手い具合に哀れっぽさが演出されていて、黒鋼は思わず舌を打つ。 日本語スキル以外は、はっきり言って貧困だ。彼がどこの国の人間かは知らないが、どうにかして伝えようにも、内容が若干特殊である。 ジェスチャーを交えるより他にないかと、仕方なく半分だけ上った階段を降りると、自身も階段下に入り込む。 彼の前に立ちはだかり、口を開こうとしたとき、男はにっこり笑って両手を振った。 「大丈夫。オレ、日本語わかるよ。ありがとう」 確かに流暢な日本語だった。黒鋼は少しだけほっとして、すぐに引き返そうとした。だが、くいっと腕を何かが引いた。 「なんだ」 白い指先が、黒鋼のジャケットの袖をぎゅっと摘んでいる。 まるで帰り道を見失った迷子のようだ。彼は縋るような目をしながら、少し困った様子だった。何かを言おうとして迷っている。そう感じた。 黒鋼は手にしていた傘を思わず差し出した。どうせ安物だ。くれてやったとて、痛くも痒くもない。だが彼はやんわりと笑って首を振る。 「あのさ、それもありがたいんだけど、無理を承知でお願いしてもいいかな?」 「?」 「とりあえず、泊めてくれない?」 「あ?」 言うだけ言うと、男は軽快に立ち上がる。華奢だが、背の高い青年だった。 身体のラインが際立つ細身のスーツに、ノーネクタイのシャツから覘く形のいい鎖骨。 あからさまに夜の匂いを纏わせた男だが、少し垂れた目尻に、どこか危うい幼さと愛嬌が添えられている。 彼は両手を開くと「怪しいけど怪しくないよ」と言った。無防備であることを主張しているのだろうが、ふにゃりとした笑顔が逆に十分怪しかった。 「立ち話もなんだし、上がろうか。ちゃんと訳も話すよ」 「おいこら、何勝手に決めて」 「袖すりあうも多勢に無勢ってねー」 「多生の縁だ、あ、おい!」 そう言うと、男は黒鋼の横を擦り抜けて、さっさと階段を上っていく。 「部屋どこー? 早くー!」 どうかしていたのだと思う。 黒鋼は、出会ったばかりの名も知らぬ異国の青年の侵入を、許してしまった。 * この部屋にもともと備え付けてあった木製のベッドは、前の住人の置き土産だった。 今日のような湿気の多い日には、身じろぎするだけでギシギシと嫌な音を立てて軋む。だが黒鋼は驚くほど寝相がよかったので、基本的にその音に悩まされることはなかった。 それが、なぜか今夜はやけに軋んでいる。 「おい」 「なぁにー?」 青年はファイと名乗った。本名かはわからない。 結局のことろ、強引に押し切る形で上がり込んだファイは、物珍しそうに六畳二間の家具の少ない室内をウロウロと物色しながら、くだらないことを喋るだけだった。 そして今、どういうわけか黒鋼は、華奢な身体によってベッドに押し倒されている。 「俺はそっちの趣味はねぇよ」 「ふふ」 猫のようなしなやかさで、犬のように無邪気に身を寄せてくる彼に、流されたと言えば単純だった。こんな見ず知らずの他人を部屋に上げてしまっただけでも、今夜の自分はどうかしている。 いざとなればこんな細いだけの身体など、ゴミのように窓から放り出すだけのことは容易だろう。 「一宿一飯のご恩返しってやつ。ね? オレ、結構イイよ」 黒鋼に馬乗りになって、ファイはスーツのジャケットを脱ぐと放った。濡れた白いシャツが張り付いていて、うっすらと肌が伺える。 自分には確かにこちらの気はない。あくまでノーマルな性癖を持ち合わせていると思う。当然、女性にしか興奮したことはないし、女性としか身体を重ねたことはない。 けれど今、その華奢な線を目の前に、黒鋼は胸の奥底が疼くのを不本意にも感じていた。 なぜだろう。彼には、そう思わせるだけの何かがあった。他の男とは、明らかにどこか違う。 「……商売人か」 それは的を射ていたらしい。彼は肩を揺らして笑い、どこかもったいぶるような動作で、ゆっくりとボタンを外している。焦れったいと感じてしまった時点で、もう黒鋼に彼を投げ飛ばすだけの意思は消えていたのかもしれない。 「ハマるよ、きっとね」 どうせ今夜の自分は何かがおかしいのだ。じゃなきゃこんな胡散臭い人間を相手にする気はない。 考えるのも、軌道を正すのも正直面倒だった。疲れているのだろうか。 彼はシャツのボタンを半分だけ外して、後は手を止めてしまった。膨らみのない、平らな胸が隙間から覗く。白い肌。触れようと手を伸ばして、やんわりと制される。 「だーめ。オレがするんだから。はい、バンザイしてー」 ファイの手が黒鋼のシャツをたくし上げる。小さな子供に言うような物言いにムッとしつつ、なぜか逆らえない。せめてもの反抗にその手を払うと、半身を僅かに起こして自らシャツを脱ぎ捨てた。 ピュー、と下手くそな口笛を吹きながら、ファイは白くしなやかな手を黒鋼の胸に這わせた。 「思ったとおり凄い……。ねぇ、絶対なにかスポーツとかしてるでしょー?」 「さぁな」 「なんだかドキドキするね」 白々しいと思う。けれど、ファイはうっとりとした恍惚の表情を浮かべ、すっかり身を屈めると、胸元に頬擦りをする。生乾きの金糸が皮膚を滑る感覚がくすぐったい。 ぴちゃりと音がする。首筋に、鎖骨に、舌が這う。それは初めて受身で感じる愛撫の感覚だった。 「ッ、おい、噛むんじゃねぇ」 「ふふ、痛いの嫌い? 気持ちよくない?」 「よくねぇよ。てめぇが好きなんだろ」 「さぁー? それはどうかな?」 本当に、もったいぶる男だと思う。時折香る甘い香りに、黒鋼は頭がクラクラとする感覚を持て余した。不慣れということもあるが、やはり受身は性に合わない。 「おい」 なおも唇と舌を這わせ、下へ下へと身体をずらしていくファイの髪に指を通した。 顔を上げた彼は、黒鋼の身体の中心を開放しながら、含んだように笑う。ベルトも器用に外されて、チャックを下ろされる音がやけにリアルに聞こえた。 下着の上から膨らみかけのそれを撫でられ、悔しいが一瞬息が詰まる。 「っ……」 下着をずらされ、慣れた手つきが性器を取り出した。ファイはそれにすらうっとりとした目をして、愛おしそうに頬擦りをする。 「こっちも凄いよ……大きくて、素敵だね」 煌々と照らす蛍光灯の白い明りの下で、赤黒い性器に口づける白皙の青年という図は、黒鋼にえも言われぬ倒錯感をもたらした。 ごくりと息を飲む気配が伝わったのか、彼は見せ付けるようにしてそれをねっとりと舐めあげて、口に含んだ。 「くっ……!」 瞬間、冗談じゃないと思った。 得体の知れない相手に、しかも男に性器を咥えられて、駆け抜けたのは嫌悪ではなく、今にも腰が砕けそうなほどの甘い快感だなんて。どうかしている。 彼の口や舌や手が、信じられないほど的確に黒鋼を官能の高みへと導いていく。膨らみきったそれを苦しげに、時折くぐもった声を上げながらも、実に美味そうにしゃぶっている。欲望の詰まりきった袋さえも柔らかく転がすようにして刺激するその手つきは、当然ながら慣れたものだった。 不思議と、苛立ちが募る。 なぜかは分からない。思考はすでに塞き止められていた。そもそも考える必要さえないはずなのに。 熱い口内では舌が巧みに性器に絡みつき、時折絶妙な力とタイミングで歯が当たる。悔しいと思いはしても、嫌でも腰が跳ねた。淫らな吸い付きに、黒鋼の若い身体は急速に解放を求めていた。 濡れた音が唇から漏れ聞こえ、上下する動きが早くなる。黒鋼は歯を食いしばり、柔らかな金糸を掴む。 「ッ、……おい……っ」 もう離せと言おうとして、間に合わなかった。引き離そうとした瞬間にはおびただしい量の精を放っていた。 「――ッ!!」 「んんっ……!」 口の中で黒鋼が全てを出し切っても、彼はそれを離さなかった。喉を鳴らして、放たれた精液を飲み込んでいる。黒鋼が半身を起こして頭を引き離そうとしても、ファイはくぐもった笑い声を上げてさらにそれを貪欲に咥え込んだ。 「て、め……っ、はなし……っ」 射精したばかりの性器を、仕上げとばかりにゆるく吸われ、扱かれる。彼は残りの全ても吸い出すようにそれを続けた後、ようやく口を離して身体を起こした。その目元が赤く染まり、うっとりとした瞳が今にも零れ落ちそうなほど潤んでいる。 濡れた唇から、忙しなく浅い呼吸が紡がれる。なんて淫らな男だろうか。 「飲むやつがあるか……」 簡単にいかされてしまったという事実に、プライドを傷つけられていた。 しかも、女性を相手にここまで要求したこともなければ、ましてやされたこともない。黒鋼は、どちらかと言えばセックスに対して淡泊な方だった。 ファイは指先で口の端についた残りの精液を掬い取ると、それも残さず舐めとった。自身の指を吸う様に、再び下半身が疼く。 「ご馳走様でしたー。結構濃かったね。久しぶりだった?」 「うるせぇな……」 「でも、まだ元気だ」 ファイが笑う。黒鋼は苛立ちと羞恥から彼を退けようとするが、白い手が再び性器を握る。 「って、めぇ……何を」 「何ってー? だってこれだけじゃ、まだ足りないでしょう?」 「あ?」 いいから寝ててよ、とファイは言った。白い手が胸に押し当てられて、再び背中をシーツに預ける形になる。 まさか、という予感はやはり的中した。さすがにそこまでは、という思いは、スラックスと下着を脱いだファイが晒した白い腿によって、掻き消される。肉の薄い太腿が、明りの下でしっとりと汗ばんでキラキラと輝いていた。 だが何より黒鋼が驚愕を覚えたのは、ファイの薄紅色の性器が勃起していたことだった。男のものをしゃぶって、この男はこれほどまでに興奮するのか。 いまだ中途半端に前を乱したままのシャツの裾から、金色の淡い茂みと美しい色をした性器がチラチラと覗くたび、黒鋼は自分自身に驚きを隠せない。 嫌悪感がまるでないのだ。むしろ、触れてみたいとさえ思う。先刻されたように、この経験豊かとは到底思えないような綺麗な色をした性器を弄んでやったら、この男はどうなるのだろうか。憎たらしい余裕の表情は、どのように歪むのだろう。 それとも、それさえもまるで女優のような演技で魅せつけるのだろうか。 「胡散臭いヤツだって顔してるね」 「今更だろうが」 「演技でこんな風になんてならないよ。いつだってちゃんと感じるし、楽しんでる。少なくとも、オレはね」 「天職ってやつか?」 「ふふ。何だって楽しんでお金貰えた方が幸せじゃない?」 確かにそうだと思う。黒鋼が学業の傍ら選んだスポーツインストラクターのバイトも、もともと身体を動かすのが好きだったからだ。そうやって好きと趣味を兼ねた仕事で収入を得ているのだから、変わりはないのかもしれない。 「ちょっとは偏見、無くせたー?」 知るか、と吐き捨てた黒鋼に、ファイは目を細めて微笑んだ。そして自分の人さし指と中指を口に含み、丹念に舐めはじめる。 その様子は先ほどまで受けていた口淫を思い起こさせて、目が離せなくなる。熱心に、糸が引くまで二本の指をしゃぶる姿を、黒鋼はただひたすら見つめた。 静まりかけていた胸の鼓動が、再び忙しなく音を立てる。 やがてファイはその濡れた指を己の身体の中心の、奥まった場所へと忍ばせた。黒鋼だって、多少の知識くらいはある。彼が目を閉じ、眉に皺を寄せながら何をしているかなど、その揺れる腰の動きから一目瞭然だった。 「んっ、ふ……」 「……おい」 「平気……ちょっとだけ、ぁ、待ってて」 そこは本来、受け入れるために存在する器官ではないはずだった。苦しげに額に汗を滲ま腰を揺らす姿は扇情的だが、こうしてただ手をこまねいて見ているだけでいいものかと、わずかに戸惑う。 ファイはまるで見透かしているかのように笑った。 「優しいね」 「なんのことだ」 「んっ」 さほど時間をかけることもなく、彼は指を引き抜いた。そして、すっかり力を取り戻している黒鋼の性器に指を添え、身体の位置を調節する。 その頃には、黒鋼はファイの姿にただただ魅入るばかりだった。実際、えらく情けない顔をして惚けていたかもしれない。 ファイが黒鋼と視線を合わせながら微笑むのと、彼がぐっと腰を落とし始めるのは同時だった。 「――ッ!!」 黒鋼は思わずその圧迫感に息を飲んだ。咄嗟にファイを見れば、彼は蕩けきったような表情で口元に笑みを浮かべていた。ゾクリと背筋に電流が走ったような感覚に襲われる。皮膚の表面をざわざわとしたものが駆け巡った。 「は……ッ、おっき、ぃ……!」 腹の上に体重を支えるようにして置かれていた白い手が、皮膚に爪を立てる。それさえも快感として黒鋼を丸のみにしていく。思わず両手で彼の白い腿に触れた。薄い肉を強く掴むと、彼は喉を反らして甘く啼いた。 やがて、黒鋼自身が熱く絡みつく肉壷に全て納まった。ファイは細い肩を大きく上下に震わせながら、荒々しい呼吸を繰り返している。その額から汗が一粒滑り落ち、黒鋼の脇腹を流れ落ちた。 黒鋼は知らず詰めていた呼吸を大きく吐き出した。今にも食い千切られそうなほどの圧迫感に、歯を食いしばる。彼が少しでも腰を揺らせば、一瞬にして再び搾り取られてしまうかもしれない。そこは柔らかな女の膣とは天と地ほどの差があった。 「おい……てめぇ、平気か……?」 さすがにキツかったのではないかと声をかければ、暫くは俯いて呼吸を整えていたファイは顔を上げ、ふんにゃりと情けないようにも見える笑みを浮かべた。 「ちょっと、ね。最近の子はホント発育がいいなぁ」 「てめぇ幾つだよ……」 「あっ、ぅん……! ダメ、じっとしてて……」 微かな振動でさえ刺激が強いのか、ファイが上げた甘い声に思わず喉が鳴った。高く上ずった声だった。 正直なところ、すぐにでも好き勝手突き上げたい衝動が胸の内に渦を巻いていた。だが、悔しいけれどこんな状況になってまで勝手が掴めない。 下手に暴走すれば、傷つけるのではないかという懸念が、ギリギリの所で理性を保たせている。相手がこういった行為に慣れているとしてもだ。 ひたすら息を飲み、掴み上げた腿への力を強めるだけしかできない黒鋼に、ファイが笑った。 「本当に……優しいね、君は」 優しいつもりなどない。それでもこの見透かされ、丸裸にされている感覚はどうしても癪に障る。なんていけ好かない男だろうと。 「いい子」 乗り出したファイが、思いっきり深く眉間に皺を刻む黒鋼の鼻先に口付けた。 思えば彼とはまだ唇を合わせていない。恋人同士のセックスではないのだから、そんなものに意味がないことは知っている。そもそもこの行為自体に、最初から意味などない。 ファイがゆっくりと腰を動かし始める。見上げる彼の表情が、何かを堪えるように歪んだ。けれど黒鋼にはそれをじっくりと観察するだけの余裕がない。少しでも歯を食いしばって堪えていなければ、すぐにでも達してしまいそうだ。 あの小憎たらしい微笑みを見るのは、正直もうウンザリだった。 「あっ、ぅ……あッ! すご、ぃ……ッ、太くて、きもちいい……!」 最初はゆっくりと、やがて激しく、彼はしきりに腰を揺すった。黒鋼はその細い腰に両手を添える。自然と入ってしまう力に、くすぐったいのかファイが身をくねらせる。シャツの隙間から突き出た性器が、淫らな動きに合わせて踊っていた。その先走りが零れる度に、黒鋼の腹を生暖かいものが濡らしていく。どうしようもなく興奮した。 いつしか黒鋼も、まるで彼の動きを補助するかのように腰を動かしていた。だが、いまだ主導権は完全に相手にある。 「イって、いい、よ……ッ、何回でも……っ」 「っ、……く、そ……!」 ギリギリまで堪えるつもりが、結局は制御が利かなくなってしまった。彼の巧みな腰使いに、黒鋼は二度目の精を熱い肉の壁の中で放った。幾度か大きく腰が跳ねる度、彼の中を汚していくのが分かる。 ファイは目を輝かせ、己の臍の辺りに手を這わせた。その指先が小刻みに震えている。 「あっ、は! ほら、凄いよ、さっきより出てるかも……!」 まるで無邪気な幼子のようだった。黒鋼が達したことに、馬鹿みたいに大喜びしてはしゃいでいる。その言動、仕草、表情、そして行為。幼く、淫らで、酷くアンバランスだ。。 移り変わるそれを見逃したくなくて、目が離せない。彼は引力を持っている。 「妊娠しちゃうなぁ」 「はっ……認知なんかしねぇぞ」 「なーんだ、冗談通じるんじゃない」 せめてもの仕返しにと鼻で笑ったつもりだったが、彼はサラリと楽しそうにかわしてしまう。悔しいが、踏んできた場数は相手の方が上であることは、認めざるを得ない。 だがやはり面白くはない。一方的にやられたに留まらず、彼はいまだに性器を張り詰めさせている。達していないのだ。 無言で手を伸ばすが、逆に腕を掴まれた。 「おまえは」 「ね? ハマるって、言った通りになったでしょう?」 思わずぐっと押し黙る。ファイが身を乗り出し、黒鋼の頬を両手で包むと、汗ばんだ額にキスをした。 性欲は確実に満たされながら、この男といると鬱憤が膨らんでいく気がした。だが言い返せないのは、実際に彼の言う通りだったからに他ならない。決して認めたくはないけれど。 「あ、でも好きにはなっちゃダメだよー?」 黒鋼は「冗談じゃねぇ」と吐き捨てながら、やはりこいつはいけ好かないと思った。 * 目覚めると、ファイの姿は忽然と消えていた。 安っぽいグレーのカーテンから射し込む朝日が、がらんとした室内を淡く照らす。 「……くそ」 だるい身体に鞭を打ちつつ身を起こした。部屋の中に変わった様子はなく、下手をすれば全てが夢だったのではないかとすら思える。 だが、夢じゃないことは身体の随所が覚えている、奴の感触が証明していた。 結局あのあとも散々好き勝手に翻弄されるだけで、全てが空になるまで吸い尽くされたような気さえしている。 一発ぶん殴ってやりたくとも、相手はもうどこにもいない。 「何が一宿一飯の恩返しだ……」 だいたい勝手に上がってこられただけで、飯など食わせちゃいないのだ。ある意味、食われた感は否めないが……。 黒鋼は一度見渡したはずの室内を、もう一度見回した。盗られて困るものは何もない。それでもベッドの下の辺りまで丹念に確認したのは、彼の痕跡を探すためだったのかもしれない。 だが何も見つからない。結局、名前以外は何も聞けなかった。なぜあんな場所で蹲っていたのかも、そして連絡先さえも。 そしてふと思う。 そんなものを見つけてどうするというのか。連絡先を聞いていたからといって、意味などあるのか。まさか今度は金を払ってでも、奴とセックスをするとでもいうのだろうか。 「……馬鹿馬鹿しい」 あれはある種の淫夢と変わりない。意味のないことなど、とっとと忘れてしまうに限る。 なんとなく残念に感じているのは、心のどこかに身を潜めていた人恋しさが、そう勘違いさせているだけだ。思い返せば、暫く特定の相手との付き合いをしていないように思う。 必然的にセックスも久々のことだった。恋に依存するタイプではないが、そう思わなければ引きずりそうで、癪に障って仕方がないのだ。本当に、むかっ腹の立つ男だった。 忘れよう。とにかく、一刻も早く。 だが、倦怠感と苛立ちを持て余しつつベッドから抜け出そうとしたその瞬間、玄関のドアが開いた。 「!」 「あれー? なんだぁ起きてたのー?」 「お、おまえ、なんで……」 そこにはなぜか黒いジャージ姿のファイが当たり前のように佇んでいる。そのジャージは明らかにサイズが合っておらず、そして見覚えがあった。 「いやー、ホントに滝になってたねぇー。サンダル脱げちゃうかと思ったよー。君、足もとんでもなく大きいねぇ」 ズケズケと濡れた裸足で上がりこんできたファイは、手にビニール袋を持っていた。ズッポリとネギがはみ出している。黒鋼はただあんぐりと口を開けて、彼を凝視することしかできなかった。 「スーツとワイシャツ、クリーニングに出しがてら買い物してきたんだー。冷蔵庫の中なーんもないんだもん。あ、ジャージとサンダル勝手に借りたからー。ぶっかぶかだけどねー。オレも大きい方だけど、君はもっと大きいもんねー。パンツも借りようかなーって思ったけど、やっぱおっきくてあんま意味なくてー。だからオレ今ノーパン。あはは、恥ずかしー」 ぺらぺらと絶えずよく喋るものである。黒鋼はとにかく戸惑いを押し隠すことに必死になった。 なんだってこのふざけた男が、まだここにいるのだろう。まるで我が家のような振る舞いでずぶ濡れの足で床を汚し、しかも勝手に服まで拝借しただなどと。 「て、てめぇ一体なんのつもりだ?」 「ん? あー、そっか。エッチするのに夢中で、何も話してなかったよねー」 ファイは荷物を台所に置き去りにすると、いまだに裸でベッドから抜け出せないでいる黒鋼の前に立ちはだかった。 「暫くお世話になるからー。別にいいよね? ほら、猫一匹飼うくらいの感じでさー」 「ああ!?」 「訳聞きたいよね? ね? とりあえずお腹も空いてるし、まずはご飯食べようかー!」 「はぁ!?」 「作っとくから、先お風呂入っておいでー」 のほほんと言い放ったファイに、黒鋼は「ふざけるんじゃねぇ」と、力の限り怒鳴り散らした。 そして、淫乱なだけでなくとんでもなくズボラで図々しい、胡散臭い男との生活が始まった……。 ←戻る ・ Wavebox👏
セキュリティ面や諸々の問題で、仲介業者がここを女性に紹介することは、まずありえない。
よって住人は男性ばかりで、その誰もがどこか訳あり感を漂わせる胡散臭げな人間か、黒鋼のような貧乏学生ばかりだった。
そのおかげか、逆に怪しげな人間は近寄らないという利点があった。
泥棒に入るにしても、ここはとてもではないが裕福な人間が住んでいるとは思えないし、女性がいないのでは変質者も腕の奮いようがないのだ。妙な性癖を持った人間であれば、話は別だが。
だから彼を見たとき、黒鋼はいかんとも判断しがたく、ただ眉を寄せるだけだった。
時刻は午前零時をとっくに過ぎている。
バイト先のスポーツクラブでの勤めを終え、寄り道をせずに真っ直ぐ帰宅すれば、大体いつもこの時間だった。
男は黒いスーツに身を包み、錆びた鉄製の階段の裏側に、自転車と並ぶようにして蹲っていた。雨に濡れそぼり、抱きしめた両膝に顔をすっかり埋めているせいで、その表情は見えない。
点滅する薄暗い照明の下、金髪であるということがかろうじて確認できる程度だ。
このアパートの住人の誰かに、待ちぼうけを食らっているのか。それとも、ただ単に雨宿りにここを選んだのか。
いずれにしろ怪しげであることに変わりはなく、黒鋼はただそれを横目に傘を閉じ、鉄製の階段に足をかけた。自室はこれを上りきった先の一番奥だ。
だが半分だけ上りきったところで、足を止める。暫し逡巡した後、身を屈めて鉄の板の隙間から男を見下ろし、声をかけてみる。
「おい」
雨に掻き消されるかと思ったが、声は確かに届いたようだった。男がビクリと肩を震わせ、顔を上げる。
青い目だった。顔立ちも綺麗に整っていて、色が白い。その線の細さと、どこか不安げな表情から、薄暗さも相まって一瞬女性かと思うほど。
「それ以上濡れたくなけりゃあ、他所へ行った方がいいぜ。じきにここは滝になる」
ここはその水はけの悪さから、酷い雨の翌日には、階段から滝のように水が激しく滴る。
いつまでいるつもりかは知らないが、それを知らずに直撃を食らうことがあれば、流石に気の毒だと思った。
すでに全身がどうしようもないくらいずぶ濡れであったとしても。
「……?」
彼は青い瞳を大きく見開き、不思議そうに小首を傾げた。言葉が通じないのかもしれない。水を含んだ金色が、冷えて青白くなった頬に張り付いている。上手い具合に哀れっぽさが演出されていて、黒鋼は思わず舌を打つ。
日本語スキル以外は、はっきり言って貧困だ。彼がどこの国の人間かは知らないが、どうにかして伝えようにも、内容が若干特殊である。
ジェスチャーを交えるより他にないかと、仕方なく半分だけ上った階段を降りると、自身も階段下に入り込む。
彼の前に立ちはだかり、口を開こうとしたとき、男はにっこり笑って両手を振った。
「大丈夫。オレ、日本語わかるよ。ありがとう」
確かに流暢な日本語だった。黒鋼は少しだけほっとして、すぐに引き返そうとした。だが、くいっと腕を何かが引いた。
「なんだ」
白い指先が、黒鋼のジャケットの袖をぎゅっと摘んでいる。
まるで帰り道を見失った迷子のようだ。彼は縋るような目をしながら、少し困った様子だった。何かを言おうとして迷っている。そう感じた。
黒鋼は手にしていた傘を思わず差し出した。どうせ安物だ。くれてやったとて、痛くも痒くもない。だが彼はやんわりと笑って首を振る。
「あのさ、それもありがたいんだけど、無理を承知でお願いしてもいいかな?」
「?」
「とりあえず、泊めてくれない?」
「あ?」
言うだけ言うと、男は軽快に立ち上がる。華奢だが、背の高い青年だった。
身体のラインが際立つ細身のスーツに、ノーネクタイのシャツから覘く形のいい鎖骨。
あからさまに夜の匂いを纏わせた男だが、少し垂れた目尻に、どこか危うい幼さと愛嬌が添えられている。
彼は両手を開くと「怪しいけど怪しくないよ」と言った。無防備であることを主張しているのだろうが、ふにゃりとした笑顔が逆に十分怪しかった。
「立ち話もなんだし、上がろうか。ちゃんと訳も話すよ」
「おいこら、何勝手に決めて」
「袖すりあうも多勢に無勢ってねー」
「多生の縁だ、あ、おい!」
そう言うと、男は黒鋼の横を擦り抜けて、さっさと階段を上っていく。
「部屋どこー? 早くー!」
どうかしていたのだと思う。
黒鋼は、出会ったばかりの名も知らぬ異国の青年の侵入を、許してしまった。
*
この部屋にもともと備え付けてあった木製のベッドは、前の住人の置き土産だった。
今日のような湿気の多い日には、身じろぎするだけでギシギシと嫌な音を立てて軋む。だが黒鋼は驚くほど寝相がよかったので、基本的にその音に悩まされることはなかった。
それが、なぜか今夜はやけに軋んでいる。
「おい」
「なぁにー?」
青年はファイと名乗った。本名かはわからない。
結局のことろ、強引に押し切る形で上がり込んだファイは、物珍しそうに六畳二間の家具の少ない室内をウロウロと物色しながら、くだらないことを喋るだけだった。
そして今、どういうわけか黒鋼は、華奢な身体によってベッドに押し倒されている。
「俺はそっちの趣味はねぇよ」
「ふふ」
猫のようなしなやかさで、犬のように無邪気に身を寄せてくる彼に、流されたと言えば単純だった。こんな見ず知らずの他人を部屋に上げてしまっただけでも、今夜の自分はどうかしている。
いざとなればこんな細いだけの身体など、ゴミのように窓から放り出すだけのことは容易だろう。
「一宿一飯のご恩返しってやつ。ね? オレ、結構イイよ」
黒鋼に馬乗りになって、ファイはスーツのジャケットを脱ぐと放った。濡れた白いシャツが張り付いていて、うっすらと肌が伺える。
自分には確かにこちらの気はない。あくまでノーマルな性癖を持ち合わせていると思う。当然、女性にしか興奮したことはないし、女性としか身体を重ねたことはない。
けれど今、その華奢な線を目の前に、黒鋼は胸の奥底が疼くのを不本意にも感じていた。
なぜだろう。彼には、そう思わせるだけの何かがあった。他の男とは、明らかにどこか違う。
「……商売人か」
それは的を射ていたらしい。彼は肩を揺らして笑い、どこかもったいぶるような動作で、ゆっくりとボタンを外している。焦れったいと感じてしまった時点で、もう黒鋼に彼を投げ飛ばすだけの意思は消えていたのかもしれない。
「ハマるよ、きっとね」
どうせ今夜の自分は何かがおかしいのだ。じゃなきゃこんな胡散臭い人間を相手にする気はない。
考えるのも、軌道を正すのも正直面倒だった。疲れているのだろうか。
彼はシャツのボタンを半分だけ外して、後は手を止めてしまった。膨らみのない、平らな胸が隙間から覗く。白い肌。触れようと手を伸ばして、やんわりと制される。
「だーめ。オレがするんだから。はい、バンザイしてー」
ファイの手が黒鋼のシャツをたくし上げる。小さな子供に言うような物言いにムッとしつつ、なぜか逆らえない。せめてもの反抗にその手を払うと、半身を僅かに起こして自らシャツを脱ぎ捨てた。
ピュー、と下手くそな口笛を吹きながら、ファイは白くしなやかな手を黒鋼の胸に這わせた。
「思ったとおり凄い……。ねぇ、絶対なにかスポーツとかしてるでしょー?」
「さぁな」
「なんだかドキドキするね」
白々しいと思う。けれど、ファイはうっとりとした恍惚の表情を浮かべ、すっかり身を屈めると、胸元に頬擦りをする。生乾きの金糸が皮膚を滑る感覚がくすぐったい。
ぴちゃりと音がする。首筋に、鎖骨に、舌が這う。それは初めて受身で感じる愛撫の感覚だった。
「ッ、おい、噛むんじゃねぇ」
「ふふ、痛いの嫌い? 気持ちよくない?」
「よくねぇよ。てめぇが好きなんだろ」
「さぁー? それはどうかな?」
本当に、もったいぶる男だと思う。時折香る甘い香りに、黒鋼は頭がクラクラとする感覚を持て余した。不慣れということもあるが、やはり受身は性に合わない。
「おい」
なおも唇と舌を這わせ、下へ下へと身体をずらしていくファイの髪に指を通した。
顔を上げた彼は、黒鋼の身体の中心を開放しながら、含んだように笑う。ベルトも器用に外されて、チャックを下ろされる音がやけにリアルに聞こえた。
下着の上から膨らみかけのそれを撫でられ、悔しいが一瞬息が詰まる。
「っ……」
下着をずらされ、慣れた手つきが性器を取り出した。ファイはそれにすらうっとりとした目をして、愛おしそうに頬擦りをする。
「こっちも凄いよ……大きくて、素敵だね」
煌々と照らす蛍光灯の白い明りの下で、赤黒い性器に口づける白皙の青年という図は、黒鋼にえも言われぬ倒錯感をもたらした。
ごくりと息を飲む気配が伝わったのか、彼は見せ付けるようにしてそれをねっとりと舐めあげて、口に含んだ。
「くっ……!」
瞬間、冗談じゃないと思った。
得体の知れない相手に、しかも男に性器を咥えられて、駆け抜けたのは嫌悪ではなく、今にも腰が砕けそうなほどの甘い快感だなんて。どうかしている。
彼の口や舌や手が、信じられないほど的確に黒鋼を官能の高みへと導いていく。膨らみきったそれを苦しげに、時折くぐもった声を上げながらも、実に美味そうにしゃぶっている。欲望の詰まりきった袋さえも柔らかく転がすようにして刺激するその手つきは、当然ながら慣れたものだった。
不思議と、苛立ちが募る。
なぜかは分からない。思考はすでに塞き止められていた。そもそも考える必要さえないはずなのに。
熱い口内では舌が巧みに性器に絡みつき、時折絶妙な力とタイミングで歯が当たる。悔しいと思いはしても、嫌でも腰が跳ねた。淫らな吸い付きに、黒鋼の若い身体は急速に解放を求めていた。
濡れた音が唇から漏れ聞こえ、上下する動きが早くなる。黒鋼は歯を食いしばり、柔らかな金糸を掴む。
「ッ、……おい……っ」
もう離せと言おうとして、間に合わなかった。引き離そうとした瞬間にはおびただしい量の精を放っていた。
「――ッ!!」
「んんっ……!」
口の中で黒鋼が全てを出し切っても、彼はそれを離さなかった。喉を鳴らして、放たれた精液を飲み込んでいる。黒鋼が半身を起こして頭を引き離そうとしても、ファイはくぐもった笑い声を上げてさらにそれを貪欲に咥え込んだ。
「て、め……っ、はなし……っ」
射精したばかりの性器を、仕上げとばかりにゆるく吸われ、扱かれる。彼は残りの全ても吸い出すようにそれを続けた後、ようやく口を離して身体を起こした。その目元が赤く染まり、うっとりとした瞳が今にも零れ落ちそうなほど潤んでいる。
濡れた唇から、忙しなく浅い呼吸が紡がれる。なんて淫らな男だろうか。
「飲むやつがあるか……」
簡単にいかされてしまったという事実に、プライドを傷つけられていた。
しかも、女性を相手にここまで要求したこともなければ、ましてやされたこともない。黒鋼は、どちらかと言えばセックスに対して淡泊な方だった。
ファイは指先で口の端についた残りの精液を掬い取ると、それも残さず舐めとった。自身の指を吸う様に、再び下半身が疼く。
「ご馳走様でしたー。結構濃かったね。久しぶりだった?」
「うるせぇな……」
「でも、まだ元気だ」
ファイが笑う。黒鋼は苛立ちと羞恥から彼を退けようとするが、白い手が再び性器を握る。
「って、めぇ……何を」
「何ってー? だってこれだけじゃ、まだ足りないでしょう?」
「あ?」
いいから寝ててよ、とファイは言った。白い手が胸に押し当てられて、再び背中をシーツに預ける形になる。
まさか、という予感はやはり的中した。さすがにそこまでは、という思いは、スラックスと下着を脱いだファイが晒した白い腿によって、掻き消される。肉の薄い太腿が、明りの下でしっとりと汗ばんでキラキラと輝いていた。
だが何より黒鋼が驚愕を覚えたのは、ファイの薄紅色の性器が勃起していたことだった。男のものをしゃぶって、この男はこれほどまでに興奮するのか。
いまだ中途半端に前を乱したままのシャツの裾から、金色の淡い茂みと美しい色をした性器がチラチラと覗くたび、黒鋼は自分自身に驚きを隠せない。
嫌悪感がまるでないのだ。むしろ、触れてみたいとさえ思う。先刻されたように、この経験豊かとは到底思えないような綺麗な色をした性器を弄んでやったら、この男はどうなるのだろうか。憎たらしい余裕の表情は、どのように歪むのだろう。
それとも、それさえもまるで女優のような演技で魅せつけるのだろうか。
「胡散臭いヤツだって顔してるね」
「今更だろうが」
「演技でこんな風になんてならないよ。いつだってちゃんと感じるし、楽しんでる。少なくとも、オレはね」
「天職ってやつか?」
「ふふ。何だって楽しんでお金貰えた方が幸せじゃない?」
確かにそうだと思う。黒鋼が学業の傍ら選んだスポーツインストラクターのバイトも、もともと身体を動かすのが好きだったからだ。そうやって好きと趣味を兼ねた仕事で収入を得ているのだから、変わりはないのかもしれない。
「ちょっとは偏見、無くせたー?」
知るか、と吐き捨てた黒鋼に、ファイは目を細めて微笑んだ。そして自分の人さし指と中指を口に含み、丹念に舐めはじめる。
その様子は先ほどまで受けていた口淫を思い起こさせて、目が離せなくなる。熱心に、糸が引くまで二本の指をしゃぶる姿を、黒鋼はただひたすら見つめた。
静まりかけていた胸の鼓動が、再び忙しなく音を立てる。
やがてファイはその濡れた指を己の身体の中心の、奥まった場所へと忍ばせた。黒鋼だって、多少の知識くらいはある。彼が目を閉じ、眉に皺を寄せながら何をしているかなど、その揺れる腰の動きから一目瞭然だった。
「んっ、ふ……」
「……おい」
「平気……ちょっとだけ、ぁ、待ってて」
そこは本来、受け入れるために存在する器官ではないはずだった。苦しげに額に汗を滲ま腰を揺らす姿は扇情的だが、こうしてただ手をこまねいて見ているだけでいいものかと、わずかに戸惑う。
ファイはまるで見透かしているかのように笑った。
「優しいね」
「なんのことだ」
「んっ」
さほど時間をかけることもなく、彼は指を引き抜いた。そして、すっかり力を取り戻している黒鋼の性器に指を添え、身体の位置を調節する。
その頃には、黒鋼はファイの姿にただただ魅入るばかりだった。実際、えらく情けない顔をして惚けていたかもしれない。
ファイが黒鋼と視線を合わせながら微笑むのと、彼がぐっと腰を落とし始めるのは同時だった。
「――ッ!!」
黒鋼は思わずその圧迫感に息を飲んだ。咄嗟にファイを見れば、彼は蕩けきったような表情で口元に笑みを浮かべていた。ゾクリと背筋に電流が走ったような感覚に襲われる。皮膚の表面をざわざわとしたものが駆け巡った。
「は……ッ、おっき、ぃ……!」
腹の上に体重を支えるようにして置かれていた白い手が、皮膚に爪を立てる。それさえも快感として黒鋼を丸のみにしていく。思わず両手で彼の白い腿に触れた。薄い肉を強く掴むと、彼は喉を反らして甘く啼いた。
やがて、黒鋼自身が熱く絡みつく肉壷に全て納まった。ファイは細い肩を大きく上下に震わせながら、荒々しい呼吸を繰り返している。その額から汗が一粒滑り落ち、黒鋼の脇腹を流れ落ちた。
黒鋼は知らず詰めていた呼吸を大きく吐き出した。今にも食い千切られそうなほどの圧迫感に、歯を食いしばる。彼が少しでも腰を揺らせば、一瞬にして再び搾り取られてしまうかもしれない。そこは柔らかな女の膣とは天と地ほどの差があった。
「おい……てめぇ、平気か……?」
さすがにキツかったのではないかと声をかければ、暫くは俯いて呼吸を整えていたファイは顔を上げ、ふんにゃりと情けないようにも見える笑みを浮かべた。
「ちょっと、ね。最近の子はホント発育がいいなぁ」
「てめぇ幾つだよ……」
「あっ、ぅん……! ダメ、じっとしてて……」
微かな振動でさえ刺激が強いのか、ファイが上げた甘い声に思わず喉が鳴った。高く上ずった声だった。
正直なところ、すぐにでも好き勝手突き上げたい衝動が胸の内に渦を巻いていた。だが、悔しいけれどこんな状況になってまで勝手が掴めない。
下手に暴走すれば、傷つけるのではないかという懸念が、ギリギリの所で理性を保たせている。相手がこういった行為に慣れているとしてもだ。
ひたすら息を飲み、掴み上げた腿への力を強めるだけしかできない黒鋼に、ファイが笑った。
「本当に……優しいね、君は」
優しいつもりなどない。それでもこの見透かされ、丸裸にされている感覚はどうしても癪に障る。なんていけ好かない男だろうと。
「いい子」
乗り出したファイが、思いっきり深く眉間に皺を刻む黒鋼の鼻先に口付けた。
思えば彼とはまだ唇を合わせていない。恋人同士のセックスではないのだから、そんなものに意味がないことは知っている。そもそもこの行為自体に、最初から意味などない。
ファイがゆっくりと腰を動かし始める。見上げる彼の表情が、何かを堪えるように歪んだ。けれど黒鋼にはそれをじっくりと観察するだけの余裕がない。少しでも歯を食いしばって堪えていなければ、すぐにでも達してしまいそうだ。
あの小憎たらしい微笑みを見るのは、正直もうウンザリだった。
「あっ、ぅ……あッ! すご、ぃ……ッ、太くて、きもちいい……!」
最初はゆっくりと、やがて激しく、彼はしきりに腰を揺すった。黒鋼はその細い腰に両手を添える。自然と入ってしまう力に、くすぐったいのかファイが身をくねらせる。シャツの隙間から突き出た性器が、淫らな動きに合わせて踊っていた。その先走りが零れる度に、黒鋼の腹を生暖かいものが濡らしていく。どうしようもなく興奮した。
いつしか黒鋼も、まるで彼の動きを補助するかのように腰を動かしていた。だが、いまだ主導権は完全に相手にある。
「イって、いい、よ……ッ、何回でも……っ」
「っ、……く、そ……!」
ギリギリまで堪えるつもりが、結局は制御が利かなくなってしまった。彼の巧みな腰使いに、黒鋼は二度目の精を熱い肉の壁の中で放った。幾度か大きく腰が跳ねる度、彼の中を汚していくのが分かる。
ファイは目を輝かせ、己の臍の辺りに手を這わせた。その指先が小刻みに震えている。
「あっ、は! ほら、凄いよ、さっきより出てるかも……!」
まるで無邪気な幼子のようだった。黒鋼が達したことに、馬鹿みたいに大喜びしてはしゃいでいる。その言動、仕草、表情、そして行為。幼く、淫らで、酷くアンバランスだ。。
移り変わるそれを見逃したくなくて、目が離せない。彼は引力を持っている。
「妊娠しちゃうなぁ」
「はっ……認知なんかしねぇぞ」
「なーんだ、冗談通じるんじゃない」
せめてもの仕返しにと鼻で笑ったつもりだったが、彼はサラリと楽しそうにかわしてしまう。悔しいが、踏んできた場数は相手の方が上であることは、認めざるを得ない。
だがやはり面白くはない。一方的にやられたに留まらず、彼はいまだに性器を張り詰めさせている。達していないのだ。
無言で手を伸ばすが、逆に腕を掴まれた。
「おまえは」
「ね? ハマるって、言った通りになったでしょう?」
思わずぐっと押し黙る。ファイが身を乗り出し、黒鋼の頬を両手で包むと、汗ばんだ額にキスをした。
性欲は確実に満たされながら、この男といると鬱憤が膨らんでいく気がした。だが言い返せないのは、実際に彼の言う通りだったからに他ならない。決して認めたくはないけれど。
「あ、でも好きにはなっちゃダメだよー?」
黒鋼は「冗談じゃねぇ」と吐き捨てながら、やはりこいつはいけ好かないと思った。
*
目覚めると、ファイの姿は忽然と消えていた。
安っぽいグレーのカーテンから射し込む朝日が、がらんとした室内を淡く照らす。
「……くそ」
だるい身体に鞭を打ちつつ身を起こした。部屋の中に変わった様子はなく、下手をすれば全てが夢だったのではないかとすら思える。
だが、夢じゃないことは身体の随所が覚えている、奴の感触が証明していた。
結局あのあとも散々好き勝手に翻弄されるだけで、全てが空になるまで吸い尽くされたような気さえしている。
一発ぶん殴ってやりたくとも、相手はもうどこにもいない。
「何が一宿一飯の恩返しだ……」
だいたい勝手に上がってこられただけで、飯など食わせちゃいないのだ。ある意味、食われた感は否めないが……。
黒鋼は一度見渡したはずの室内を、もう一度見回した。盗られて困るものは何もない。それでもベッドの下の辺りまで丹念に確認したのは、彼の痕跡を探すためだったのかもしれない。
だが何も見つからない。結局、名前以外は何も聞けなかった。なぜあんな場所で蹲っていたのかも、そして連絡先さえも。
そしてふと思う。
そんなものを見つけてどうするというのか。連絡先を聞いていたからといって、意味などあるのか。まさか今度は金を払ってでも、奴とセックスをするとでもいうのだろうか。
「……馬鹿馬鹿しい」
あれはある種の淫夢と変わりない。意味のないことなど、とっとと忘れてしまうに限る。
なんとなく残念に感じているのは、心のどこかに身を潜めていた人恋しさが、そう勘違いさせているだけだ。思い返せば、暫く特定の相手との付き合いをしていないように思う。
必然的にセックスも久々のことだった。恋に依存するタイプではないが、そう思わなければ引きずりそうで、癪に障って仕方がないのだ。本当に、むかっ腹の立つ男だった。
忘れよう。とにかく、一刻も早く。
だが、倦怠感と苛立ちを持て余しつつベッドから抜け出そうとしたその瞬間、玄関のドアが開いた。
「!」
「あれー? なんだぁ起きてたのー?」
「お、おまえ、なんで……」
そこにはなぜか黒いジャージ姿のファイが当たり前のように佇んでいる。そのジャージは明らかにサイズが合っておらず、そして見覚えがあった。
「いやー、ホントに滝になってたねぇー。サンダル脱げちゃうかと思ったよー。君、足もとんでもなく大きいねぇ」
ズケズケと濡れた裸足で上がりこんできたファイは、手にビニール袋を持っていた。ズッポリとネギがはみ出している。黒鋼はただあんぐりと口を開けて、彼を凝視することしかできなかった。
「スーツとワイシャツ、クリーニングに出しがてら買い物してきたんだー。冷蔵庫の中なーんもないんだもん。あ、ジャージとサンダル勝手に借りたからー。ぶっかぶかだけどねー。オレも大きい方だけど、君はもっと大きいもんねー。パンツも借りようかなーって思ったけど、やっぱおっきくてあんま意味なくてー。だからオレ今ノーパン。あはは、恥ずかしー」
ぺらぺらと絶えずよく喋るものである。黒鋼はとにかく戸惑いを押し隠すことに必死になった。
なんだってこのふざけた男が、まだここにいるのだろう。まるで我が家のような振る舞いでずぶ濡れの足で床を汚し、しかも勝手に服まで拝借しただなどと。
「て、てめぇ一体なんのつもりだ?」
「ん? あー、そっか。エッチするのに夢中で、何も話してなかったよねー」
ファイは荷物を台所に置き去りにすると、いまだに裸でベッドから抜け出せないでいる黒鋼の前に立ちはだかった。
「暫くお世話になるからー。別にいいよね? ほら、猫一匹飼うくらいの感じでさー」
「ああ!?」
「訳聞きたいよね? ね? とりあえずお腹も空いてるし、まずはご飯食べようかー!」
「はぁ!?」
「作っとくから、先お風呂入っておいでー」
のほほんと言い放ったファイに、黒鋼は「ふざけるんじゃねぇ」と、力の限り怒鳴り散らした。
そして、淫乱なだけでなくとんでもなくズボラで図々しい、胡散臭い男との生活が始まった……。
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