2025/06/14 Sat その日、イレブンはユグノア復興の件でロウのもとに出向いており不在だった。 残されたカミュは家事や畑仕事はもちろん、イシの村人たちからの頼まれごとを引き受けたりして、それなりに忙しく過ごしていた。 「悪いわねえカミュさん。薪割りなんかしてもらって」 奥さまAが言う。カミュは笑って「どうってことねえさ」と返す。 「うちも牛舎の掃除を手伝ってもらって大助かりさ。あ、ほらカミュさん、どんどん食べとくれ。そのスコーン、搾りたての牛乳を使ってるんだよ」 奥さまBにすすめられるままスコーンをかじり、「ん、美味い」と感想を述べる。 「こっちのかぼちゃケーキも食べてちょうだい。草むしりをしてくれたお礼だよ」 奥さまCは切り分けたケーキが乗った皿をズイッと近づけてきた。フォークを使って口に運び、「これも美味い」と言うと、三人はほっこりとした笑顔を浮かべた。 「やっぱり若い男手ってのはありがたいわね。カミュさんは本当に頼りになるわ」 「しかも男前だしさ。こんな子が私の息子だったらどんなにいいか」 「うちの娘と結婚する人が、カミュさんみたいな人だといいんだけどねえ」 ちょっと手伝いをしただけで、褒めすぎじゃないかと思う。カミュは照れ隠しに頬を掻き、「よしてくれよ」と言って笑った。その間にも、奥さまAがカミュにお茶のおかわりをすすめてくれる。 カミュはこの奥さまがたに誘われて、川辺の休憩スペースでテーブルを囲んでいた。 素朴な焼き菓子などを持ち寄って、奥さまがたはカミュにあれこれ食べさせようと世話を焼く。素直に食べたり飲んだりすると、みなそれはそれは嬉しそうにするのだった。 つくづくこの村の人たちは親切なお人好しばかりだと思う。よそ者であるはずの自分を、まるで昔から村にいたかのように接してくれる。それは道具屋にいるデクをはじめ、所帯を持ったルパスとその娘など、いっさい別け隔てがない。 カミュもつい人の世話を焼いてしまう気質の持ち主だが、逆に世話を焼かれるという立場にはあまり馴染みがなかった。そのため最初こそ何かと遠慮していたが、ここではむしろ遠慮するほうが失礼にあたるらしい。それを学んでからは、ずいぶん気楽に村人たちと接することができるようになっていた。 「まったく、それに比べてうちの旦那ときたら……家のことなんか、なんにも手伝っちゃくれないんだから!」 すると一人の奥さまが旦那の愚痴を漏らしはじめた。それを皮切りに、他の二人もせきを切ったように愚痴りだす。 「うちだって同じさ! ゴロゴロ寝てばっかで、なんの役にもたちゃしない!」 「そうそう! だからかしらねえ、最近すっかり太ってだらしなくなっちゃって」 うちもうちもと、奥さまがたはいっそう盛り上がっている。カミュはお茶を飲みながら、ただ耳を傾けることしかできなかった。 なかば圧倒されながらふと、今ごろ祖父を手伝っているであろう相棒に思いを馳せる。 イレブンは旅を終えてからもたくましく引き締まった身体のままだし、最近また少し背も伸びて、スタイルに磨きがかかっている。家のことも積極的だし、カミュ一人にまかせてゴロ寝するなんてことはない。 今朝だってちょっぴり寝坊はしていたが、朝食と弁当を作るカミュの代わりにシーツを変えたり、ニワトリの世話をしたりと、出かける直前までよく手伝ってくれていた。 (さすがはオレの旦那さまだぜ。どっちかっつーと、最近オレの方がタルんでるかもな……) 幸せ太りというやつだろうか。このところ、腰回りにちょっとだけ肉がついてきた。 気にするカミュをよそに、イレブンはなぜかとても嬉しそうに「まだまだ育てなきゃ」なんてアホなことを言うし、ペルラにまで「まだまだだね。もっと育たないと」と言われてしまった。似たもの親子だ。 「その点、イレブンはいいねえ」 「ッ、ケホッ」 今まさに彼のことを考えて内心デレていたカミュは、ついお茶でむせてしまった。 「な、なんだよおばちゃん、藪から棒に」 「だってそうだろ? 勇者さまだし、サラサラだし、しかもユグノアの王子さまだって話じゃないか」 「そうそう。カミュさんが大切にされてるのは、見てるだけで伝わってくるしね」 「昔はイタズラばかりで困ったもんだけど、まさかあんないい男に成長するなんてねえ」 イレブンが褒められるのは、相棒としても伴侶としても誇らしい。と同時に、自分たちのことは村の人々公認だったことを思いだして赤面してしまう。 「でも──」 奥さまAが、とつぜん表情を険しくさせた。 「勇者だろうが王子だろうが、甘やかしちゃいけないよ。男なんてみんな最初だけなんだからね」 「そうよカミュさん。うちのなんて若い子と見ればデレデレしてさ。私のことなんか、ただの飯炊きババアとしか思っちゃいないよ」 「おいおい、そんな言い方……」 っていうかオレも男なんだけど、と反応に困っていると、 「甘い!」 と言って、奥さまCがテーブルを叩いた。カミュの肩がビクッと跳ねる。 「男なんてそんなもんよ。うちのなんか、今じゃ酒場のお姉ちゃんにすっかりお熱なんだから!」 勇者を育てた村として、最近イシの村にはたびたび観光客が訪れる。それに乗じて、小さな宿屋と酒場ができた。可愛い踊り子もいれば、もちろんぱふぱふ嬢もいる。 当初、カミュはイレブンに「ぱふぱふしに行かねえのか?」と聞いたが、彼は困った顔で赤面しながら「行かないよ」と言っていた。 彼いわく、「カミュのぱふぱふが世界で一番可愛い」らしい。可愛いというのは一体なんだ。胸の大きさ的な意味なんだとしたら、悪かったなと思いつつまんざらでもない。 すきあらば内心ノロケることを怠らないカミュを尻目に、奥さまがたは相変わらず旦那の愚痴三昧だった。昨日も大喧嘩しただの、最近すっかり会話らしい会話もないだの。 「これでもねえ、大恋愛の末にくっついたのよ」 ため息をつく奥さまCに、カミュはなんと声をかければいいかわからなかった。 * 奥さまがたとのお茶会から開放された頃には、すっかり夕方になっていた。 やはりみな相当たまっているのか、あの後もじっくりみっちり旦那の愚痴を聞かされた。少しばかり疲れたなと思いながら家に帰る道中、ふいに声をかけられた。 「よおカミュさん。今日はイレブンと一緒じゃないのか?」 そこにいたのは中年の男性三人組だった。さっきの奥さまがたの旦那たちだ。 「ああ、今日はロウのじいさんとこさ」 あいつも大変だねえ、なんて言いながら、旦那Aがカミュの肩をガシッと抱いてくる。 「それじゃ家に帰っても退屈だろ。どうだ? このあと一緒に」 「はあ?」 「こいつは酒場ができてからというもの、ぱふ屋のお姉ちゃんに夢中なんだよ」 と、旦那Bが教えてくれる。 すると旦那Cは「オラは踊り子のお姉ちゃんがお気に入りだべ」と鼻の下を伸ばし、旦那三人衆はウンウンとうなずきあった。 そういうことか、とカミュは呆れた気持ちで息を漏らした。 「いや、オレはいいよ。もうすぐイレブンも帰ってくるだろうしな」 「真面目だなあカミュさんは」 「あんたらそんなことばっかしてると、いつかカミさんに愛想尽かされるぜ?」 「なあに。夫婦生活を長続きさせるには、これくらい適度な息抜きが必要ってね!」 それが適度じゃないから、奥さまがたはあれほど愚痴っているのだが。 「うちのヨメさんも、昔は村一番の美人でめんこかったんだけどもなあ」 ふいに旦那Cがぼやき、他ふたりもしみじみとため息をついている。 「……あのさ、やっぱ長くいると、そうなってくるもんなのか?」 さっきの奥さまがたには、なんとなく聞けなかったことを聞いてみた。すると「そりゃそうさ」と三人が声を揃える。 「お互いの顔も見飽きてくるしな。女っていうよりも、だんだん口うるさい母ちゃんって感じになってくるのさ」 「マジか。じゃあ、例えばぱふ屋の姉ちゃんに付き合ってくれって言われたら?」 「そりゃ付き合うだろ! 若いお姉ちゃんの方がいいに決まってら!」 ドッと笑う三人に、そういうもんかねと、カミュは胸がモヤモヤしてくるのを感じた。 カミュには男女のあれこれはよく分からない。ヘタに首を突っ込んで後悔したことはあっても、当事者として経験を積んではこなかった。それがましてや夫婦生活なんて。 カミュにとっては、なにもかもイレブンが初めてだ。そして多分、今が幸せのピークなのだと思う。だとしたら、あとは落ちていくだけということになるのだろうか? 「カミュ」 そのとき、名前を呼ばれたかと思ったら少し強引に手を引かれた。あっと思う間もなく肩を抱かれて、見上げればそこにはイレブンの顔がある。 「イレブン、帰ったのか。おかえり」 「ああ、ただいま。それよりずいぶん楽しそうだけど……なんの話だい?」 カミュにというより、男三人に問いかけるイレブンは笑顔だったが、目は笑っていなかった。さっきまでカミュの肩を抱いていた旦那Aは、手をヒラヒラとさせて「なんでもないさ」と苦笑している。 まったくお熱いねえ、なんて言って茶化しながら、旦那三人衆が去っていく。その背中に、イレブンは「気をつけて」と声をかけて見送った。 「おいイレブン。なんか変な誤解してねえだろうな」 さっきのイレブンは、明らかに三人を牽制していた。この村の人々がカミュをそういう目で見ていないことくらい、彼だって知っているはずなのに。 イレブンはしれっと「してないよ」と言うと、カミュの肩を開放して今度は手を握ってきた。 「で、なんの話をしていたの?」 イレブンの背がまた少し伸びたせいで、カミュが彼を見上げる角度も少し上がった。さっきまでの大人びた微笑とは違い、今の彼はまるで不貞腐れた子犬のようだ。 カミュは軽くため息をつき、やれやれと苦笑した。 「別に。飲みに行かねえかって声かけられただけ」 「ふうん……あとは?」 「なんにもねえよ」 イレブンがムっと唇を尖らせたので、カミュはつい笑ってしまった。 「それより腹減ったろ? すぐ晩飯作るから、風呂でも入って待っとけよ」 「ボクも手伝うよ」 「そう言うなって。ほっぺに泥んこついてんぞ」 「え、嘘?」 「嘘だよ」 「……カミュ」 「ハハハッ!」 繋いだ手をブラブラとさせながら、ふたり一緒に家路についた。 * 指先が食い込むほど強く、イレブンがカミュの腰を掴んでいる。 バキバキに血管が浮きでた肉棒が、背後から容赦なくナカを穿つたび、最近ほんのちょっぴりだけ肉づきがよくなった尻がプルッと跳ねた。 ベッドは軋み、いやらしい水音がひっきりなしに響き渡っている。 「あぅっ! あっ、ぃ、イレブ……っ、も、頼むから、少し休ませろ……ッ!」 さっきから何度も訴えているのに、イレブンはカミュを執拗に攻め立てていた。もう何度イッたかもわからないし、出すものも出しきって空イキばかりを繰り返している。 そうしてカミュが気をやるたびに、イレブンはホイミをかけた。怪我をしているわけではないが、活性化した細胞が何度でも脳を覚醒させる。 「ひぅぅっ、ァッ、……ッ、ィぐ……、もぉ、やっ、イグの、ムリぃ……ッ」 射精を伴わない絶頂が、次から次へと波のようにかぶさってくる。深く穿たれ、引きずりだされ、下腹部が熱く爆ぜたかと思うと、カミュの性器が潮を吹く。 「あぁァッ、ぁー……ッ、ァ、ァ、っ──、あぁー、ッ……」 「カミュ……またお漏らししたんだ?」 「ィ、ッ、イぇブ……ッ、ぁっヒ、うぅー……っ」 「可愛いな」 ガクガクと痙攣しながら達し続けるカミュの背に、イレブンの胸がピタリと合わさる。子鹿みたいに震える身体を、ぎゅうっと閉じ込めるように抱きしめられた。 「カミュ、好きだよカミュ……泣いてるキミも、すごくキレイだ」 年下の男にいいようにされて、可愛いだのキレイだのと言われて、涙を流しながら悦んでしまっている。そんな自分が恥ずかしい。だけど同じくらい不安が募る。 ──これでもねえ、大恋愛の末にくっついたのよ ──昔は村一番の美人でめんこかったんだけどもなあ ふとした瞬間、村人たちの言葉が脳裏をチラつく。 お互い好きで好きで、どうしようもなくて、だから一緒になったはずなのに。それでもなお、時の経過が気持ちを薄れさせていく。人の心の移ろいを、止めることなどできやしない。 イレブンも、いつかは目を覚ましてしまうんだろうか。この夢のような、カミュにとってあまりにも都合がよすぎる世界から、消えていなくなってしまうんだろうか。 そうなったとき、自分はどうやって生きていくんだろう? 一瞬だけ、消えゆく彼の背が脳裏にフラッシュバックした。 存在しないはずの、けれど確かに焼きつく記憶。その身を裂かれるような寂しさから、カミュは無理やり目をそらす。 (クソっ、なんだってんだよ。情けねえだろ、こんなの……!) 怖いだなんて。迷子のように怯える自分が、どうしようもなく嫌だった。 「考え事?」 ガリッ、と、右肩に鋭い痛みが走った。歯を立てられたのだと、脳が理解する前に焼けるような熱が広がる。 「ヒッ、あぁぁ……ッ!」 「カミュ」 痛む肩にイレブンが舌を這わせた。ときどき軽く吸われながら、ズンと奥を突かれる。 「ぅあッ、あ……ッ、も、やだ……ッ!」 今夜のイレブンはどこか変だ。いつもならこんな抱き方は絶対にしない。たまにハメを外すことはあっても、基本的にはいつだってカミュの意思を尊重してくれるはずだった。 こんな頭ごなしに支配するような抱き方なんて、決してしないはずなのに。 おそらく、夕方のことを引きずっているのだろう。彼が歯を立てた肩は、村人の男性が触れた方だった。色めいた意味など微塵もない、ただのスキンシップでしかないことは、イレブンだって重々承知しているはずだが。 「イレブン…イレブン…なあ、怒ってん、の……?」 「……うん。カミュが、他のこと考えてるから」 「バカ、お前のことだよ」 「知ってる」 そう言って、イレブンが再び奥を突く。そしてそのまま、グリグリと激しくえぐった。 「あっ、あうぅッ……! んんっ……ぁ゛ッ、やめ……っ!」 「知ってるけど、おもしろくない」 「んっ、だよ、それぇ……!」 強く腰を打ちつけながらも、イレブンの両手がカミュの胸に這わされた。探し当てた二つの突起をそれぞれ摘むと、ぎゅうっと捻り潰すように刺激され、その狂おしい快感に脳を焼かれる。前戯でもさんざん弄ばれたそこは、真っ赤に熟れて膨らんでいた。 「ひんぅッ……あッ、もうダメだっ……バカ、なっちまうぅ……っ!」 「いいよカミュ、ボクは、もうなってる……っ」 愛も欲も執着も、叩きつけられる想いのすべてが嬉しい。そしてどうしようもなく不安でたまらなかった。幸せすぎて怖いだなんて、まるで三文小説だ。イレブンと出会う前の自分なら、くだらねえと鼻で笑い飛ばしたに違いない。 「ッ、ぅ……イレブン……っ、イレブン……ッ、ぁあッ、…やだよ、イレブン……っ!」 感情の波間でひどく揺さぶられながら、今はただ泣いて嬌声をあげ続けることしかできなかった。 * 翌日。 なんとか昼前には起き上がれるようになったカミュは、庭で鍛冶をしているイレブンのもとへ行った。 「もう起きて平気なの?」 カミュを見るや、彼は手を止めて立ち上がる。 「ああ、なんとかな。それよりありがとな。朝飯、用意しといてくれて」 「そんなこと……」 庭にはシーツをはじめ、細々とした洗濯物まで干してある。起きられなかったカミュの代わりに、彼がすべてやっておいてくれたのだ。昨日の奥さまがたがこれを知ったら、さぞ羨ましがるに違いない。 「カミュ、夕べはごめん……ボク、だいぶおかしかっただろ」 そう言ってカミュの右肩にそっと触れ、イレブンがうつむいた。 「いいって別に。たいしたキズじゃねえしさ」 「……でも、ごめん」 そうやってしょげるくせに、彼は歯型の残る肩にホイミをかけない。 カミュもあえて知らんぷりをする。やくそうで癒やすことすらしないのは、イレブンが見せた凶暴なまでの独占欲を、消してしまうのが惜しいからだ。 イレブンもまた、同じ意図があることは明白だった。 「ところでカミュ、もしかしてどこか行くのか?」 「ああ、ちょっとな」 今日のカミュは村人服ではなく、フードのついたお馴染みの服を着ていた。下に首元まである黒のインナーを着ているのは、人には見せられない痕が他にも大量に残っているからだ。少し暑いが、しかたない。 「メダ女から知らせが来ててさ。呼びだし食らっちまってんだ」 「マヤちゃん、なにかあった?」 「さあ……行って話を聞いてみないことには、なんとも言えねえな」 苦笑するカミュに、イレブンは「ならボクも行く」と言った。 「マヤちゃんはボクにとっても大事な家族だ。だから一緒に行くよ」 「そりゃありがてえけどさ。お前、忙しいだろ? 今日はオレだけでいいよ」 鍛冶台のそばには大きな箱が幾つもある。村人から依頼された修理品だとか、素材だとかが山積みになっていた。これを全部こなすとなると、相当の時間と労力がいるだろう。 手をヒラヒラとさせるカミュに、イレブンは渋々といった様子で引いた。 「んじゃ、さっさと行くとするぜ。あんまムリすんなよな」 「待って」 脇に抱えた道具袋からキメラのつばさを取り出そうとするカミュの腕を、イレブンが掴んで引き寄せる。思いきり抱きしめられると、その拍子に道具袋が落ちてしまった。 「なんだよ急に。どうかしたのか?」 「カミュ」 「ん?」 「……愛してる」 心臓がドキンと跳ねる。昨晩、嫌というほど言い聞かされた言葉だけれど、なぜだかさらに重みが増しているような気がした。 「おいおい、ちょっと行って帰ってくるだけだってのに、大げさじゃねえか? それじゃまるで今生の別れみたい──」 おどけて言いかけ、口をつぐんだ。ふと見上げたイレブンの瞳が、まるで光の届かない深海のように暗く翳って見えた。背筋を氷でなぞられたように、ヒヤリとしたものが駆け抜ける。けれどそれは、ほんの一瞬のことだった。 「ごめん。今日はずっと一緒にいられると思ってたから、ちょっと寂しかっただけ」 そう言って、彼は足元に落ちた道具袋を拾って手渡してくれた。 さっきのあれは見間違いだったのかと思うほど、イレブンはいつもの朗らかな彼に戻っている。眉をハの字にさげた情けない笑顔に、カミュもホッとして笑みを浮かべた。 「悪いな。そんじゃ、今度こそ行ってくるぜ」 「ああ。気をつけて」 イレブンはカミュの右肩に触れると、こめかみに行ってらっしゃいのキスをした。 * メダル女学園にある寮の一室。 この時間、生徒たちはみな教室で授業を受けている。しかしカミュの妹、マヤは私服姿でベッドにあぐらをかき、そっぽを向いていた。 「で、ケンカってのは一体なにが原因だったんだ?」 ベッド脇で腕組みをしたカミュが問うと、彼女はつまらなさそうに「別に」と言った。 「マヤ」 「……センセーに聞いてんだろ。どうせおれが悪いんだ」 ついため息が口をついてでた。 確かに、おおまかな話はこの部屋に来る前に聞いている。生活指導室に通され、みっちりとブチュチュンパのマリンヌ先生に嫌味を言われた。 そこで聞いたのは、マヤが上級生と取っ組み合いのケンカをし、怪我をさせたというものだった。幸い手首をひねった程度の軽症で済んだが、「学園始まって以来の由々しき事態ざます!」とマリンヌ先生は大層ご立腹だった。 相手の生徒はショックを受けて、今は実家で療養しているらしい。マヤはというと、部屋で当面の謹慎処分を言い渡されていた。 カミュはケンカの原因を尋ねたが、マリンヌ先生は何も知らないようだった。ただ一方的にマヤを責め、普段の素行や言葉使いについて喚き立てていた。 この様子だと、普段からチクチクとやられているのだろう。気の強い妹は決して弱音を吐かないが、本当は必死でこらえているのかもしれない。そんな心配が胸をよぎる。 将来のためにという親心で入学させたが、それはあくまでカミュの希望であって、マヤは自ら進んでここへ来たわけではない。むしろ嫌がっているのをどうにか説き伏せ、無理やり納得させたようなものだった。 「……マヤ、もしここにいるのがつらいなら」 「別におれ、ガッコは嫌いじゃないぜ」 言い終わらぬうちに、カミュの言葉をマヤがさえぎる。 「そりゃ最初はすげーイヤだったけど……だんだん楽しくなってきたとこなんだ。友達もできたしさ。ベンキョーも、計算なんかはわりと好きだぜ。金勘定するのに役立ちそうじゃん?」 顔をあげたマヤが「いしし」と笑った。それは迷いのない笑顔であったが、けれどすぐにしおれてしまった。 「ただちょっと、やなヤツもいるってだけで……」 カミュは口ごもるマヤの隣に腰をおろした。 「そいつがケンカ相手か?」 「……うん」 「兄ちゃんにだけこっそり話してみな」 「……兄貴、怒んない?」 いつも強気な瞳が、今日ばかりは上目遣いで揺れている。 「怒るっつーか、イヤな気持ちになると思うよ。たぶん」 「オレはお前が一人で抱え込むことのほうがイヤだぜ」 小首をかしげながら笑ってやると、マヤは目を泳がせたりしてしばらく迷っている様子を見せた。やがてボソリと、「お里が知れるんだとさ」とこぼした。 どこぞの貴族のお嬢さまが、マヤの振る舞いにイチャモンをつけてきたのだと。 「マヤさまは歩き方ひとつとっても品がありませんわね! ご両親のお顔が見てみたいですわー! ……だって。そんなの、おれだって見たことねえっつーの」 一体どんなお育ちかしらと、女生徒はさらにこう言った。 まともな親なら、娘をこんなお下品な人間には育てないでしょうけれど──と。わざと周囲に聞こえるような大声で言って、取り巻きと一緒に笑ったのだ。 「おれのことはいいよ。けど、兄貴のこと悪く言われたみたいで、ついカッとなっちゃって……」 その女生徒は知る由もないだろうが、マヤにとってカミュは兄であると同時に親代わりでもある。だからその侮辱は、カミュに向けられたも同然のものだったのだ。 「マヤ……」 「でも一応、悪かったとは思ってるんだぜ。先に掴みかかったのはおれの方だし」 カミュは手を伸ばし、真っ赤なリボンごとマヤの頭を優しく撫でた。 「ごめんな、マヤ」 マヤは粗暴な男社会で育った子供だ。カミュもまた同時に幼く、彼女を年頃の少女として接してやるすべを知らなかった。せめて母親がいれば違ったのだろうか。詮無い話だが、なかば条件反射で謝罪を口にしたカミュを、マヤがきつく睨みつける。 「なんで兄貴が謝るんだよ。おれたちが捨てられたのも、バイキングの手下だったのも、兄貴のせいじゃないだろ」 「……そうだな」 カミュはたまらない気持ちになって、マヤを引き寄せると強く抱きしめた。鼻の先がジンと痺れたように痛んで、気を抜くと泣いてしまいそうだった。けれどそれだけは、兄としての矜持でどうにかこらえた。 「あーもう! 離せよバカ兄貴! おれもうガキじゃねーんだからな!」 「ははっ、うん。わかってるよ。ありがとな、マヤ」 素直じゃなくて可愛いマヤ。この子はきっと自分なんかより、ずっと強くてたくましいのだろうとカミュは思った。 * その後メダル校長とも話をし、マヤのことは後日、相手の生徒の家に謝罪に行く形で話がまとまった。謹慎についても十分に反省していると判断され、マヤは明日から授業に復帰できることになった。 そしてその晩、カミュはイシの村に帰らなかった。 一人になって、少し考える時間がほしかった。マヤの一件で、改めて自分の立場を思い知らされた気がしたからだ。 カミュは自分の人生はこれでよかったと思っている。じゃなきゃイレブンと出会うことすらなかった。 けれどユグノアが復興して彼が王位につけば、嫌でも今の関係は解消せざるをえないだろう。勇者の相棒とはいえ、もとはバイキングの手下で、盗賊にまで身を落とした過去が消えるわけじゃない。どう考えたって釣り合うわけがないのだ。 だけど考えないようにしていた。村での暮らしが幸せすぎて、今がずっと続くような気がして浮かれていた。 イレブンだって、いずれは目を覚ますだろう。そうなったとき、カミュの存在はただの足枷でしかない。 自分の過去や身分差を理由に、逃げだそうとしているだけだということはわかっている。イレブンの将来を思って身を引くなんて、そんなのはただの綺麗事だ。 ただ傷つくのが怖くて、イレブンの気持ちが離れていくのが怖くて、きっと他にもう誰も愛せないことが怖い。彼なしでは生きられなくなってしまうことが。 だったらいっそ、そうなる前にこっちから終わらせてやったらどうだろう。振られる前に振っちまえの精神で。結果的に、それがイレブンのためにもなるのだし。 そんなことをつらつらと考えながら、メダチャット地方・北のキャンプ地で夜を明かした。 カミュがユグノア城下町跡に赴いたのは、その翌日のことだった。 本当ならすぐにでも帰って、イレブンと話をつけるのが筋だろう。しかし土壇場で決心がつかないまま、適当にキメラのつばさを使ったりしてフラフラしているうちに、気づくとここにたどりついていた。 (イレブンと鉢合わせなきゃいいんだが……) 苔むした坂道を登っていくと、そこは瓦礫の撤去が進んでだいぶ綺麗になっていた。 デルカダールをはじめとした各国からの応援や、勇者のためにと各地から人が集まり、徐々に復興が進みつつある。 今も多くの人々が建物の改修作業にあたり、活気づいている姿が見えた。 そこにイレブンの姿がないことに胸を撫で下ろし、カミュはまず真っ先にエレノアとアーウィンの墓に向かった。道中で摘んできた花を墓前に供え、黙祷を捧げる。 「誰かと思えば……カミュではないか。ずいぶんと久しいのう」 背後からした声に振り返れば、そこにはロウの姿があった。カミュの姿を見て、嬉しそうにしわくちゃの目尻で笑っている。 「ロウのじいさん、久しぶりだな。元気そうでよかったぜ」 「ほほっ、イレブンから話は聞いておるよ。イシの村でよくやっているそうじゃな。ところでおぬし、今日は一人で来たのかの?」 「ああ、まあちょっとな……」 口ひげの先を撫でながら、ロウは「ふむ」と目を細めた。 「急ぐ旅ではないのなら、じじいと少しお茶でもせんか」 かつてユグノアを治める賢王でもあった好々爺は、孫とそう変わらぬ年頃の若造に元気がないことくらい、とうにお見通しのようだった。 * 場所を変えようということになり、ゆったりとした足取りのロウについていく。 たどり着いたのは、大小さまざまなテントが張られた集落のようなスペースだった。 カミュはその一角にある大型テントに案内されると、うながされるまま椅子に腰掛けた。 「じいさん、ここで寝泊まりしてんのか?」 カミュにお茶が入ったマグカップを手渡し、自身もカップを手に簡易ベッドへと腰掛けたロウが、「うむ」とうなずいた。 「ここには他国からの支援者の他に、身寄りのない者たちが多く集まっておる。みなで力を合わせ、復興作業にあたりながら集団生活を送っておるのじゃ」 「へぇ。こんな大所帯になってるとは思わなかったぜ」 「賑やかで楽しいものじゃよ。まるで昔の活気が戻ったようでの」 「そっか。そりゃよかった」 その笑顔に、カミュは少しホッとした。心のどこかで、この老人に引け目を感じていたのも事実だ。 本当なら愛する孫をそばに置きたいだろうに、当のイレブンはカミュと共にイシの村を拠点にすることを選んだ。ペルラの存在があるにしても、自分のせいでロウに孤独を強いているのではないかと、気に病むことは少なからずあった。 「それにしても本当に久しぶりじゃ。たまには顔くらい見せに来んか。イレブンにも連れて来るように言っとるんじゃが」 「そうしたいのは山々なんだけどさ」 小さな村でも、それなりにやることは山積みだ。生活を営むということがどういうものであるかを、カミュはこの歳になってようやくまともに学ばせてもらっている。 「毎日それなりに忙しくさせてもらってるぜ。おかげで退屈せずにすんでるよ」 するとロウは「わかっておるよ」と言って笑った。 「なにせ我が孫のことじゃ。おぬしをここへ連れて来ることには、思うところもあるのじゃろう」 「どういう意味だ?」 小首をかしげるカミュに、ロウは自分のマグカップに口をつけると一息漏らし、「わからんか?」と逆に問い返してくる。 「ここは大半が屈強な男連中の集まりじゃから」 「それがなんだよ」 「おぬし、もうちっと自覚してやらんと、いずれわしに似て孫の毛根が滅んでしまうぞ」 「マジか。それはちょっと困るな。あいつはサラサラヘアーが似合ってるんだ」 「まったく失礼な男じゃわい。少しはわしのフォローもせんか」 ロウと軽口を叩きあううちに、カミュは少しだけ気持ちがほぐれるのを感じた。そして自身が抱えている葛藤を、打ち明けてみようかと考えた。 カミュはこの老人のことを、かつて旅を共にした仲間として心から信頼している。同時に、彼にとってイレブンは血を分けた最愛の孫でもあるのだ。必ずや正しい意見を聞かせてくれるはずだと。 「じいさん、あのさ──」 少しばかりたどたどしくなりながらも、カミュは胸の内をロウに明かした。 ロウはカミュの出自をはじめ、犯罪歴のある人間であることをすでに知っている。そのうえで自分たちの関係を終わらせるなら、早いほうがいいのではないかと。 老人は時おりうなずきながら、静かに話を聞いてくれた。 「オレはあいつの足を引っ張るのだけはイヤなんだ。じいさんにだって迷惑をかけちまう。子供だって望めないだろ? いずれ国を背負って立つ王子さまと、元盗賊のオレなんかじゃ、とてもじゃねえけど釣り合わねえよ」 イレブンのため、ロウのため、ユグノアのため──そうやって自らを貶めながら話をしていると、なぜだかとても安心できる。だってそれはまぎれもない真実だから。 けれど優しいイレブンは、そうやすやすと納得してはくれないだろう。そのためにも、ロウの後押しは盾にもなるし、武器にもなる。 だからはやく。どうかはやく。 置いていかれるよりも先に、傷を負うよりも先に、一人で生きられなくなる前に── 「おぬしの気持ちはよくわかった」 ロウはいちど目を閉じ、それからまたカミュを見て言った。 「カミュよ。孫のためにも、身を引いてくれ」 (……ああ) よかった。 まるで許されたような安堵を覚え、カミュはホッと息をつく。 ほら見ろ、やっぱり間違っていなかった。最初からこうなる運命だったんだ。だからこの選択は間違いじゃない。だって正しいことだから。仕方のないことだから。 「だよ、な」 それなのに、なぜかうまく笑えない。 「そう言っておぬしが望むとおりに、引導を渡してやることは簡単じゃろうな」 「……っ、え?」 「この国のかつての王としての立場だけで言えば、おぬしの申し出は願ってもないことじゃ。だがな──」 少しの沈黙があった。カミュは無意識にコクンと喉を鳴らしていた。 「ユグノア王家、ひいてはローシュの血を引く者は、生涯ただ一人しか愛さない」 石像のように固まるカミュに、ロウは静かな声でさらに続けた。 「わしも、そしてわしの兄弟たちもみなそうじゃ。親世代も、祖父母世代も、代々ただ一人だけを愛し、その命を散らしていった」 ロウの父は晩年、王位を退いて間もなく前王妃に先立たれ、心を壊した。抜け殻のようになり、持病がありながらも服薬をやめ、水も食事もとらずに弱って死んだ。誰の説得にも耳を貸さずに閉じこもり、最後まで妻の名を呼びながら。 王位を継ぐはずだった長兄は、教会のシスターと恋に落ちた。猛反対を受けた末、ふたりは夜の教会で毒を飲んで息絶えた。神に背き、手と手を取り合い世界を捨てた。 次兄は給仕の女に恋をした。身分の違いに恐れおののき、女は故郷のバンデルフォンへ逃げるように帰っていった。次兄はすべてを捨てて、女を追いかける道を選んだ。 バンデルフォンの滅びの日、彼は愛する女と共にあることができたのだろうか。それは誰にも分からない。 そして王位を継承したロウは、本屋の看板娘に恋をした。兄たちのことがあり、誰にも咎められることはなかった。 彼女を妃として迎えてから、子供が生まれた。エレノアだ。母に似て、生まれながらに美しい娘だった。 けれど妃は短命だった。夫と我が子を残し、先に大樹へ還っていった。 死の間際、彼女は言った。エレノアをお願い。生きて、あの子の幸せを見届けて、と。 「エレノアの幸せとは、すなわちイレブンの幸せじゃ。わしはそれを見届けるまで、後を追うことも許されん。まったく厳しい奥さんじゃよ。兄たちがいっそうらやましいわい」 じゃがな──と、ロウは続けた。 「わしも大概じゃ。死んでなお、ばあさんを解放できない。あれの魂は、確かに大樹に還っただろう。しかしわしが逝くまで、再び芽吹くことはできんじゃろうな。じゃなければ、今ごろわしの隣におるはずじゃ。生まれ変わってもなお、わしと共にあるはずじゃ」 なにを根拠にと、カミュは思う。けれど一切、口を挟むことができなかった。 根拠など必要ない。理すらも捻じ曲げる。そこには絶対的な自信と確信、有無を言わさぬ高潔な傲慢さがあった。 「ユグノアの血。これはそういった呪いなんじゃよ。囚われたが最後、食らいついて離さない。カミュよ、おぬしはすでにイレブンの呪いを受けておる。おぬしには酷な話じゃが、あれに愛されてしまった以上、その魂に自由はない。諦めるんじゃな」 カミュの背筋に、ゾクッと冷たいものが走った。 こちらを見すえるロウの瞳に、昨日の朝イレブンが一瞬だけ垣間見せた瞳が重なる。どこまでも深く、一筋の光すら届かない海底へと落ちていくような、あの深い闇が。 「ッ、!」 ふいに右肩の噛み傷が痛みだすのを感じた。燃えるような熱と痺れに、呼吸が止まる。 「カミュ……! やっと見つけた!」 そこに飛び込んできたのは血相を変えたイレブンだった。見たこともないくらい髪を乱し、ひどく息を荒げている。カミュはとっさに椅子から立ち上がった。 「い、イレブンお前っ、どうしてここに?」 「どうしてここに? じゃないだろ。いつまでも帰らないと思ったら、なんでこんな物騒なところにいるんだよ!」 「物騒ってお前、なんてこと言うんだ!?」 「ほっほっほっ、だから言ったじゃろ?」 ロウが朗らかに声をあげ、いつもの調子で笑った。 * イレブンは一睡もせず、世界中あちこちカミュを探して回っていたらしい。 ロウと別れたあとも、彼はカミュの手を握って離そうとしなかった。 そのままブラブラと王国跡そばを流れる川辺を歩く。とくに会話もなく歩いているうちに、女神像があるキャンプ地が見えてきた。 カミュが足を止めると、おのずとイレブンの足も止まった。 「帰るんじゃないのかよ」 するとイレブンが首を横に振った。 「帰らないよ。カミュが帰る気になるまでは」 気まずさに目も合わせられないカミュの手をようやく解放し、イレブンが右肩にそっと触れてくる。 「カミュは、村での暮らしに飽きたのかな」 「そんなこと」 「なら、ボクに飽きた?」 「ちがっ、!」 その瞬間、右肩が温かい光に包まれた。噛み痕が癒えていくのを感じる。イレブンがホイミをかけたのだ。 途端にひどい喪失感に襲われた。カミュはどうして? と、見開いた眼差しだけで彼を問いつめた。 「あんな抱き方してごめん。あの夜は、どうしても抑えられなかった。ただの言い訳だけど……ずっと後悔してたんだ。あんな、支配するみたいなひどいやり方……」 確かにあの夜のイレブンはいつもと様子が違っていた。けれどそれはカミュだって同じだ。村人たちと交わした会話に、気持ちを乱されていた。 彼はそんなカミュの心の機微を、敏感に感じ取ったにすぎない。 「ちがう、お前はなにも悪くない。オレは、お前にされてイヤなことなんかひとつもないんだ」 今だって、肩の痛みがひどく恋しい。イレブンに刻まれた執着が、彼によって癒やされてしまったことに打ちのめされている。さっさと逃げだそうとしていたくせに、なんて身勝手なんだろう。 「なら、どうして帰ってこなかった? 他に理由があるなら教えてほしい」 「それは……」 カミュはうつむき、服の裾をぎゅうっと両手で握りしめた。 「オレが、勝手に不安になっちまっただけだよ」 「不安……?」 カミュの両手を、イレブンがそれぞれ握って服の裾から外させた。背の高い彼は、カミュの顔を子供にするような動作でかがんでのぞき込む。 「ねえ、なにが不安? なにが足りない? カミュ、ボクはどうすればいい?」 なんて顔をするんだろう。イレブンは今にも泣きだしそうに顔を歪めていた。彼のほうが、よっぽど不安そうに見える。 世界を救った勇者であるこの青年に、こんな顔をさせているのがこの自分だというのか。カミュは愕然として言葉をなくした。 (どうしてそこまで……オレなんかのこと……) これほどの想いを向けられてなお、カミュの中にはカビが根を張るように不安がこびりついていた。彼の愛情に疑う余地がないからこそ、逃げだしたいと思う自分がいる。 だってそうじゃないか。今はよくても、ある日とつぜん「やっぱり違った」なんて放りだされたら、一体どうすればいいんだろうかと。 「──なあ相棒、聞いてくれ」 カミュは手のひらを返してイレブンの両手を握り返した。 そしてマヤが起こした問題についてを話して聞かせた。もしかしたらマヤをメダ女に行かせたことは間違いだったのかもしれない。不釣り合いだったのかもしれないと、一瞬でも考えてしまったことを。 「でもさ、マヤのヤツ、学校は楽しいって言うんだ。友達もできたんだって、嬉しそうに笑うんだよ。オレだって同じさ。ロクな生き方してこなかったが、そんなオレでもお前と一緒にいるのは楽しい。幸せすぎて、夢でも見てるんじゃねえかって思うくらいに」 知らず知らずのうちに、イレブンの手を握る力が強くなる。 「だから、いつか覚めちまうんじゃねえかって怖くなる。だったらそうなる前に、オレが先に消えればいいって思ったんだ。ビビってるくらいなら、先に逃げちまえばいいって」 話せば話すほど、自分の弱さをみじめに思う。ロウにまですがってこのざまだ。どうにも込み上げてくるものがあり、カミュはズビィッと鼻をすすった。 「安っぽすぎて笑っちまうだろ? こんなみっともねえ話……わッ、!」 するとイレブンがカミュを強く抱きしめ、「ごめん」と言った。 「なんでお前が謝るんだよ」 「そこまで不安にさせてたなんて、思いもしなかった。キミは強くて、自由な人だから」 「……かいかぶりすぎだぜ。オレはただの臆病者だ」 「それはボクも同じだ。むしろ、カミュよりずっと」 「お前が? そんなわけ……」 イレブンが首を横に振る。 「カミュはボクがいなくても生きていく人だと思う。けど、ボクは死んでしまうよ。キミが一晩帰ってこないだけで、気が狂いそうだった」 その語尾は泣きそうに掠れていた。 「イレブン……?」 「カミュ、お願いだカミュ。そばにいてくれ。キミじゃなきゃダメなんだ」 カミュを抱きしめる腕も、ほんのかすかに震えていた。そうやってすがっていなければ、イレブンは今にも崩れ落ちてしまいそうなほど儚く見えた。 「どうかボクを殺さないで。ボクはキミと生きていたい」 ユグノア王家、ひいてはローシュの血を引く者は、生涯ただ一人しか愛さない── ロウもイレブンも、その瞳に深い執着の闇を宿しているように見えた。とっさに背筋が凍るような思いがしたが、もしそれが本当なのだとしたら、選ばれたのが自分なのだとしたら──途方に暮れながら、カミュは思った。 もしかしたら、呪われているのは彼らの方ではないかと。 ロウの立場であれば、いくらでもハーレムを作ることができただろう。新しい妃を迎えることだってできたはずだ。 けれど彼はそれをしなかった。あんなにも女好きでスケベなくせに。愛した女に囚われたまま、生き続ける道を選んだ。それ以外に選べなかった。妃が生きろと言ったから。 そしてイレブンは、カミュがいなければ死ぬという。こんなちっぽけな自分に、泣きながら命乞いまでしてみせる。 それは深い依存であり、まるで盲目的な信仰のようでもあった。 本当に、なんと酷な話だろう。 あまりにも純粋で、あまりにも重く、そして一途なユグノアの男たち。生涯でただ一人しか愛せない。 愛は呪いだ。生きるも死ぬも。 (呪っているのは、オレなんだ) 怖気にも似た甘ったるい痺れに、カミュは背筋をブルリと震わせた。 世界を救った勇者さま。誰もが彼を愛し、称える。けれどそんな彼の命を、自分という存在はいともたやすく手折ってしまえる。 生涯でただ一人、イレブンが選んだのがカミュだったから。そしてカミュが、イレブンを愛してしまったから。 「──いいぜ、イレブン」 カミュの唇にうっすらと笑みが浮かんだ。イレブンの腕のなか、濡れた両頬にそれぞれ手を伸ばして包みこむ。 「オレはお前を殺さない。死ぬまでずっと、殺さないでいてやるよ」 「本当に……?」 うん、とうなずく。 「だからお前が死ぬときは、オレも連れていってくれよな」 「カミュが、先に死んだら……?」 子供がしゃくりをあげるみたいに、イレブンが鼻をすすった。図体ばかり大きくなって、涙に濡れた瞳はまるで子犬じみている。 胸がしめつけられて、たまらない気持ちになった。こんなにも愛しているのに、手放そうだなんて一瞬でも考えた自分が愚かしい。 だってもうとっくに、カミュだってイレブンなしじゃいられない。彼しか愛せなくなっている。今さらひとりでなんか生きられないのに。 「そんときゃお前も死ぬんだろ?」 ゆっくりと蕾が花開くように、イレブンの顔に笑みがのぼった。蕩けそうなほど瞳を細めて、「うん」と幸せそうにうなずいた。 愛は呪い。 呪いだなんて。そんなもの、二度とごめんだと思っていたのに。 (こういうのなら、いいかもな) ぐっと爪先立ちをして彼を引き寄せ、その唇に噛みつくようなキスをした。 * それから半月ほどたった、ある日のことだった。 川辺の休憩スペースで、カミュはいつものように奥さまがたのお茶会に招かれていた。 「ねぇこれ、見てちょうだいよ」 奥さまCが首をひねり、身につけている髪留めを指さした。 それは蝶の形を模した金細工に、赤い硝子がはめ込まれたアクセサリーだった。 「おや、ステキじゃないか」 「ホントにねえ。一体どうしたんだい?」 奥さまAとBに問われ、Cは照れくさそうにはにかんだ。 「うちの人がね、誕生日にってさ。まったく、ろくな稼ぎもないくせにムリしちゃって」 口ではそう言いながら、奥さまCは嬉しそうだった。若い頃にこれと似たものを持っていたが、ずいぶん昔に壊れてしまったのだという。デートのときには必ずつけていた、お気に入りの髪留めだった。 カミュはそれに見覚えがあった。自分の妻のことを昔は可愛かった、なんてぼやいていたあの旦那Cが、ほんの数日前にイレブンに依頼したものだったからだ。酒場にいた旅の商人から、奮発して素材を買い求めたらしい。 ちょうちょの髪留め、というザックリとした依頼ではあったが、イレブンが丹精込めて作り上げた髪留めは、奥さまCのお眼鏡にかなったらしい。喜んでいる様子を見ているだけで、カミュもまた嬉しくなった。 「いいダンナじゃねえか」 そう言ってやると、「いやだよカミュさんたら!」と背中を叩かれてしまった。 ゲホゲホとむせるカミュをよそに、奥さまがたは次々と会話に花を咲かせている。 「うちのもね、あんまり夜遊びがひどいもんだから、荷物まとめて出ていくって脅してやったのさ。そしたら泣いてすがってきたのよ。捨てないでくれーってさ!」 「うちも似たようなもんだよ。私がこないだ風邪ひいちまって、たかだか一日寝込んだだけでオロオロしちゃって。スープを作ってくれたけど、食えたもんじゃなかったね」 「まったく情けないったらないわねぇ!」 あの人は私がいないと本当にダメなんだから、と、奥さまがたはそれぞれ満更でもなさそうだった。 「その点、イレブンはどうなんだい?」 来た。気を抜くとすぐに話題の矛先が向けられる。 「なんたって世界を救った勇者さまだし、しっかりしてるんだろうね」 うらやましそうな視線を受けて、カミュは思わず笑ってしまう。 イレブンは世界が誇る勇者で、誰よりも強く、勇敢で、優しい心を持っている。だけどそんな勇者にも、致命傷になるほどの弱点がある。オロオロビクビクと泣いてすがる姿なんて、誰も想像がつかないだろう。だけどカミュだけは知っている。 「いいや。あいつもオレがいないとぜんぜんダメさ」 おやまぁ、と奥さまがたが目を丸くする。それから「どこの旦那も一緒だね」と言って、楽しそうにケラケラ笑った。 奥さまがたはそのまま、いつもの愚痴大会へと移っていった。次から次へと飽きもせず。それでも離れずにいるのは、もはや相手が自分の一部だからなのかもしれない。 そうやって時を重ねて、シワを重ねて、ときどき本気で嫌気が差しながらも、彼らはずっと共にあるのだろう。それはきっと、どこにでもある夫婦の形。 それに比べてカミュとイレブンは、まだ歩みはじめたばかりのひよっこだ。きっとこの先、想像もつかないくらい様々なことが待ち受けている。 だけど最後には、この人たちのようになれたらいい。ごくありふれた幸せにこそ、手を伸ばすだけの価値がある。ふたりなら、恐れることなどなにもない。 アリアドネは手を伸ばす・了 ←戻る ・ Wavebox👏
残されたカミュは家事や畑仕事はもちろん、イシの村人たちからの頼まれごとを引き受けたりして、それなりに忙しく過ごしていた。
「悪いわねえカミュさん。薪割りなんかしてもらって」
奥さまAが言う。カミュは笑って「どうってことねえさ」と返す。
「うちも牛舎の掃除を手伝ってもらって大助かりさ。あ、ほらカミュさん、どんどん食べとくれ。そのスコーン、搾りたての牛乳を使ってるんだよ」
奥さまBにすすめられるままスコーンをかじり、「ん、美味い」と感想を述べる。
「こっちのかぼちゃケーキも食べてちょうだい。草むしりをしてくれたお礼だよ」
奥さまCは切り分けたケーキが乗った皿をズイッと近づけてきた。フォークを使って口に運び、「これも美味い」と言うと、三人はほっこりとした笑顔を浮かべた。
「やっぱり若い男手ってのはありがたいわね。カミュさんは本当に頼りになるわ」
「しかも男前だしさ。こんな子が私の息子だったらどんなにいいか」
「うちの娘と結婚する人が、カミュさんみたいな人だといいんだけどねえ」
ちょっと手伝いをしただけで、褒めすぎじゃないかと思う。カミュは照れ隠しに頬を掻き、「よしてくれよ」と言って笑った。その間にも、奥さまAがカミュにお茶のおかわりをすすめてくれる。
カミュはこの奥さまがたに誘われて、川辺の休憩スペースでテーブルを囲んでいた。
素朴な焼き菓子などを持ち寄って、奥さまがたはカミュにあれこれ食べさせようと世話を焼く。素直に食べたり飲んだりすると、みなそれはそれは嬉しそうにするのだった。
つくづくこの村の人たちは親切なお人好しばかりだと思う。よそ者であるはずの自分を、まるで昔から村にいたかのように接してくれる。それは道具屋にいるデクをはじめ、所帯を持ったルパスとその娘など、いっさい別け隔てがない。
カミュもつい人の世話を焼いてしまう気質の持ち主だが、逆に世話を焼かれるという立場にはあまり馴染みがなかった。そのため最初こそ何かと遠慮していたが、ここではむしろ遠慮するほうが失礼にあたるらしい。それを学んでからは、ずいぶん気楽に村人たちと接することができるようになっていた。
「まったく、それに比べてうちの旦那ときたら……家のことなんか、なんにも手伝っちゃくれないんだから!」
すると一人の奥さまが旦那の愚痴を漏らしはじめた。それを皮切りに、他の二人もせきを切ったように愚痴りだす。
「うちだって同じさ! ゴロゴロ寝てばっかで、なんの役にもたちゃしない!」
「そうそう! だからかしらねえ、最近すっかり太ってだらしなくなっちゃって」
うちもうちもと、奥さまがたはいっそう盛り上がっている。カミュはお茶を飲みながら、ただ耳を傾けることしかできなかった。
なかば圧倒されながらふと、今ごろ祖父を手伝っているであろう相棒に思いを馳せる。
イレブンは旅を終えてからもたくましく引き締まった身体のままだし、最近また少し背も伸びて、スタイルに磨きがかかっている。家のことも積極的だし、カミュ一人にまかせてゴロ寝するなんてことはない。
今朝だってちょっぴり寝坊はしていたが、朝食と弁当を作るカミュの代わりにシーツを変えたり、ニワトリの世話をしたりと、出かける直前までよく手伝ってくれていた。
(さすがはオレの旦那さまだぜ。どっちかっつーと、最近オレの方がタルんでるかもな……)
幸せ太りというやつだろうか。このところ、腰回りにちょっとだけ肉がついてきた。
気にするカミュをよそに、イレブンはなぜかとても嬉しそうに「まだまだ育てなきゃ」なんてアホなことを言うし、ペルラにまで「まだまだだね。もっと育たないと」と言われてしまった。似たもの親子だ。
「その点、イレブンはいいねえ」
「ッ、ケホッ」
今まさに彼のことを考えて内心デレていたカミュは、ついお茶でむせてしまった。
「な、なんだよおばちゃん、藪から棒に」
「だってそうだろ? 勇者さまだし、サラサラだし、しかもユグノアの王子さまだって話じゃないか」
「そうそう。カミュさんが大切にされてるのは、見てるだけで伝わってくるしね」
「昔はイタズラばかりで困ったもんだけど、まさかあんないい男に成長するなんてねえ」
イレブンが褒められるのは、相棒としても伴侶としても誇らしい。と同時に、自分たちのことは村の人々公認だったことを思いだして赤面してしまう。
「でも──」
奥さまAが、とつぜん表情を険しくさせた。
「勇者だろうが王子だろうが、甘やかしちゃいけないよ。男なんてみんな最初だけなんだからね」
「そうよカミュさん。うちのなんて若い子と見ればデレデレしてさ。私のことなんか、ただの飯炊きババアとしか思っちゃいないよ」
「おいおい、そんな言い方……」
っていうかオレも男なんだけど、と反応に困っていると、
「甘い!」
と言って、奥さまCがテーブルを叩いた。カミュの肩がビクッと跳ねる。
「男なんてそんなもんよ。うちのなんか、今じゃ酒場のお姉ちゃんにすっかりお熱なんだから!」
勇者を育てた村として、最近イシの村にはたびたび観光客が訪れる。それに乗じて、小さな宿屋と酒場ができた。可愛い踊り子もいれば、もちろんぱふぱふ嬢もいる。
当初、カミュはイレブンに「ぱふぱふしに行かねえのか?」と聞いたが、彼は困った顔で赤面しながら「行かないよ」と言っていた。
彼いわく、「カミュのぱふぱふが世界で一番可愛い」らしい。可愛いというのは一体なんだ。胸の大きさ的な意味なんだとしたら、悪かったなと思いつつまんざらでもない。
すきあらば内心ノロケることを怠らないカミュを尻目に、奥さまがたは相変わらず旦那の愚痴三昧だった。昨日も大喧嘩しただの、最近すっかり会話らしい会話もないだの。
「これでもねえ、大恋愛の末にくっついたのよ」
ため息をつく奥さまCに、カミュはなんと声をかければいいかわからなかった。
*
奥さまがたとのお茶会から開放された頃には、すっかり夕方になっていた。
やはりみな相当たまっているのか、あの後もじっくりみっちり旦那の愚痴を聞かされた。少しばかり疲れたなと思いながら家に帰る道中、ふいに声をかけられた。
「よおカミュさん。今日はイレブンと一緒じゃないのか?」
そこにいたのは中年の男性三人組だった。さっきの奥さまがたの旦那たちだ。
「ああ、今日はロウのじいさんとこさ」
あいつも大変だねえ、なんて言いながら、旦那Aがカミュの肩をガシッと抱いてくる。
「それじゃ家に帰っても退屈だろ。どうだ? このあと一緒に」
「はあ?」
「こいつは酒場ができてからというもの、ぱふ屋のお姉ちゃんに夢中なんだよ」
と、旦那Bが教えてくれる。
すると旦那Cは「オラは踊り子のお姉ちゃんがお気に入りだべ」と鼻の下を伸ばし、旦那三人衆はウンウンとうなずきあった。
そういうことか、とカミュは呆れた気持ちで息を漏らした。
「いや、オレはいいよ。もうすぐイレブンも帰ってくるだろうしな」
「真面目だなあカミュさんは」
「あんたらそんなことばっかしてると、いつかカミさんに愛想尽かされるぜ?」
「なあに。夫婦生活を長続きさせるには、これくらい適度な息抜きが必要ってね!」
それが適度じゃないから、奥さまがたはあれほど愚痴っているのだが。
「うちのヨメさんも、昔は村一番の美人でめんこかったんだけどもなあ」
ふいに旦那Cがぼやき、他ふたりもしみじみとため息をついている。
「……あのさ、やっぱ長くいると、そうなってくるもんなのか?」
さっきの奥さまがたには、なんとなく聞けなかったことを聞いてみた。すると「そりゃそうさ」と三人が声を揃える。
「お互いの顔も見飽きてくるしな。女っていうよりも、だんだん口うるさい母ちゃんって感じになってくるのさ」
「マジか。じゃあ、例えばぱふ屋の姉ちゃんに付き合ってくれって言われたら?」
「そりゃ付き合うだろ! 若いお姉ちゃんの方がいいに決まってら!」
ドッと笑う三人に、そういうもんかねと、カミュは胸がモヤモヤしてくるのを感じた。
カミュには男女のあれこれはよく分からない。ヘタに首を突っ込んで後悔したことはあっても、当事者として経験を積んではこなかった。それがましてや夫婦生活なんて。
カミュにとっては、なにもかもイレブンが初めてだ。そして多分、今が幸せのピークなのだと思う。だとしたら、あとは落ちていくだけということになるのだろうか?
「カミュ」
そのとき、名前を呼ばれたかと思ったら少し強引に手を引かれた。あっと思う間もなく肩を抱かれて、見上げればそこにはイレブンの顔がある。
「イレブン、帰ったのか。おかえり」
「ああ、ただいま。それよりずいぶん楽しそうだけど……なんの話だい?」
カミュにというより、男三人に問いかけるイレブンは笑顔だったが、目は笑っていなかった。さっきまでカミュの肩を抱いていた旦那Aは、手をヒラヒラとさせて「なんでもないさ」と苦笑している。
まったくお熱いねえ、なんて言って茶化しながら、旦那三人衆が去っていく。その背中に、イレブンは「気をつけて」と声をかけて見送った。
「おいイレブン。なんか変な誤解してねえだろうな」
さっきのイレブンは、明らかに三人を牽制していた。この村の人々がカミュをそういう目で見ていないことくらい、彼だって知っているはずなのに。
イレブンはしれっと「してないよ」と言うと、カミュの肩を開放して今度は手を握ってきた。
「で、なんの話をしていたの?」
イレブンの背がまた少し伸びたせいで、カミュが彼を見上げる角度も少し上がった。さっきまでの大人びた微笑とは違い、今の彼はまるで不貞腐れた子犬のようだ。
カミュは軽くため息をつき、やれやれと苦笑した。
「別に。飲みに行かねえかって声かけられただけ」
「ふうん……あとは?」
「なんにもねえよ」
イレブンがムっと唇を尖らせたので、カミュはつい笑ってしまった。
「それより腹減ったろ? すぐ晩飯作るから、風呂でも入って待っとけよ」
「ボクも手伝うよ」
「そう言うなって。ほっぺに泥んこついてんぞ」
「え、嘘?」
「嘘だよ」
「……カミュ」
「ハハハッ!」
繋いだ手をブラブラとさせながら、ふたり一緒に家路についた。
*
指先が食い込むほど強く、イレブンがカミュの腰を掴んでいる。
バキバキに血管が浮きでた肉棒が、背後から容赦なくナカを穿つたび、最近ほんのちょっぴりだけ肉づきがよくなった尻がプルッと跳ねた。
ベッドは軋み、いやらしい水音がひっきりなしに響き渡っている。
「あぅっ! あっ、ぃ、イレブ……っ、も、頼むから、少し休ませろ……ッ!」
さっきから何度も訴えているのに、イレブンはカミュを執拗に攻め立てていた。もう何度イッたかもわからないし、出すものも出しきって空イキばかりを繰り返している。
そうしてカミュが気をやるたびに、イレブンはホイミをかけた。怪我をしているわけではないが、活性化した細胞が何度でも脳を覚醒させる。
「ひぅぅっ、ァッ、……ッ、ィぐ……、もぉ、やっ、イグの、ムリぃ……ッ」
射精を伴わない絶頂が、次から次へと波のようにかぶさってくる。深く穿たれ、引きずりだされ、下腹部が熱く爆ぜたかと思うと、カミュの性器が潮を吹く。
「あぁァッ、ぁー……ッ、ァ、ァ、っ──、あぁー、ッ……」
「カミュ……またお漏らししたんだ?」
「ィ、ッ、イぇブ……ッ、ぁっヒ、うぅー……っ」
「可愛いな」
ガクガクと痙攣しながら達し続けるカミュの背に、イレブンの胸がピタリと合わさる。子鹿みたいに震える身体を、ぎゅうっと閉じ込めるように抱きしめられた。
「カミュ、好きだよカミュ……泣いてるキミも、すごくキレイだ」
年下の男にいいようにされて、可愛いだのキレイだのと言われて、涙を流しながら悦んでしまっている。そんな自分が恥ずかしい。だけど同じくらい不安が募る。
──これでもねえ、大恋愛の末にくっついたのよ
──昔は村一番の美人でめんこかったんだけどもなあ
ふとした瞬間、村人たちの言葉が脳裏をチラつく。
お互い好きで好きで、どうしようもなくて、だから一緒になったはずなのに。それでもなお、時の経過が気持ちを薄れさせていく。人の心の移ろいを、止めることなどできやしない。
イレブンも、いつかは目を覚ましてしまうんだろうか。この夢のような、カミュにとってあまりにも都合がよすぎる世界から、消えていなくなってしまうんだろうか。
そうなったとき、自分はどうやって生きていくんだろう?
一瞬だけ、消えゆく彼の背が脳裏にフラッシュバックした。
存在しないはずの、けれど確かに焼きつく記憶。その身を裂かれるような寂しさから、カミュは無理やり目をそらす。
(クソっ、なんだってんだよ。情けねえだろ、こんなの……!)
怖いだなんて。迷子のように怯える自分が、どうしようもなく嫌だった。
「考え事?」
ガリッ、と、右肩に鋭い痛みが走った。歯を立てられたのだと、脳が理解する前に焼けるような熱が広がる。
「ヒッ、あぁぁ……ッ!」
「カミュ」
痛む肩にイレブンが舌を這わせた。ときどき軽く吸われながら、ズンと奥を突かれる。
「ぅあッ、あ……ッ、も、やだ……ッ!」
今夜のイレブンはどこか変だ。いつもならこんな抱き方は絶対にしない。たまにハメを外すことはあっても、基本的にはいつだってカミュの意思を尊重してくれるはずだった。
こんな頭ごなしに支配するような抱き方なんて、決してしないはずなのに。
おそらく、夕方のことを引きずっているのだろう。彼が歯を立てた肩は、村人の男性が触れた方だった。色めいた意味など微塵もない、ただのスキンシップでしかないことは、イレブンだって重々承知しているはずだが。
「イレブン…イレブン…なあ、怒ってん、の……?」
「……うん。カミュが、他のこと考えてるから」
「バカ、お前のことだよ」
「知ってる」
そう言って、イレブンが再び奥を突く。そしてそのまま、グリグリと激しくえぐった。
「あっ、あうぅッ……! んんっ……ぁ゛ッ、やめ……っ!」
「知ってるけど、おもしろくない」
「んっ、だよ、それぇ……!」
強く腰を打ちつけながらも、イレブンの両手がカミュの胸に這わされた。探し当てた二つの突起をそれぞれ摘むと、ぎゅうっと捻り潰すように刺激され、その狂おしい快感に脳を焼かれる。前戯でもさんざん弄ばれたそこは、真っ赤に熟れて膨らんでいた。
「ひんぅッ……あッ、もうダメだっ……バカ、なっちまうぅ……っ!」
「いいよカミュ、ボクは、もうなってる……っ」
愛も欲も執着も、叩きつけられる想いのすべてが嬉しい。そしてどうしようもなく不安でたまらなかった。幸せすぎて怖いだなんて、まるで三文小説だ。イレブンと出会う前の自分なら、くだらねえと鼻で笑い飛ばしたに違いない。
「ッ、ぅ……イレブン……っ、イレブン……ッ、ぁあッ、…やだよ、イレブン……っ!」
感情の波間でひどく揺さぶられながら、今はただ泣いて嬌声をあげ続けることしかできなかった。
*
翌日。
なんとか昼前には起き上がれるようになったカミュは、庭で鍛冶をしているイレブンのもとへ行った。
「もう起きて平気なの?」
カミュを見るや、彼は手を止めて立ち上がる。
「ああ、なんとかな。それよりありがとな。朝飯、用意しといてくれて」
「そんなこと……」
庭にはシーツをはじめ、細々とした洗濯物まで干してある。起きられなかったカミュの代わりに、彼がすべてやっておいてくれたのだ。昨日の奥さまがたがこれを知ったら、さぞ羨ましがるに違いない。
「カミュ、夕べはごめん……ボク、だいぶおかしかっただろ」
そう言ってカミュの右肩にそっと触れ、イレブンがうつむいた。
「いいって別に。たいしたキズじゃねえしさ」
「……でも、ごめん」
そうやってしょげるくせに、彼は歯型の残る肩にホイミをかけない。
カミュもあえて知らんぷりをする。やくそうで癒やすことすらしないのは、イレブンが見せた凶暴なまでの独占欲を、消してしまうのが惜しいからだ。
イレブンもまた、同じ意図があることは明白だった。
「ところでカミュ、もしかしてどこか行くのか?」
「ああ、ちょっとな」
今日のカミュは村人服ではなく、フードのついたお馴染みの服を着ていた。下に首元まである黒のインナーを着ているのは、人には見せられない痕が他にも大量に残っているからだ。少し暑いが、しかたない。
「メダ女から知らせが来ててさ。呼びだし食らっちまってんだ」
「マヤちゃん、なにかあった?」
「さあ……行って話を聞いてみないことには、なんとも言えねえな」
苦笑するカミュに、イレブンは「ならボクも行く」と言った。
「マヤちゃんはボクにとっても大事な家族だ。だから一緒に行くよ」
「そりゃありがてえけどさ。お前、忙しいだろ? 今日はオレだけでいいよ」
鍛冶台のそばには大きな箱が幾つもある。村人から依頼された修理品だとか、素材だとかが山積みになっていた。これを全部こなすとなると、相当の時間と労力がいるだろう。
手をヒラヒラとさせるカミュに、イレブンは渋々といった様子で引いた。
「んじゃ、さっさと行くとするぜ。あんまムリすんなよな」
「待って」
脇に抱えた道具袋からキメラのつばさを取り出そうとするカミュの腕を、イレブンが掴んで引き寄せる。思いきり抱きしめられると、その拍子に道具袋が落ちてしまった。
「なんだよ急に。どうかしたのか?」
「カミュ」
「ん?」
「……愛してる」
心臓がドキンと跳ねる。昨晩、嫌というほど言い聞かされた言葉だけれど、なぜだかさらに重みが増しているような気がした。
「おいおい、ちょっと行って帰ってくるだけだってのに、大げさじゃねえか? それじゃまるで今生の別れみたい──」
おどけて言いかけ、口をつぐんだ。ふと見上げたイレブンの瞳が、まるで光の届かない深海のように暗く翳って見えた。背筋を氷でなぞられたように、ヒヤリとしたものが駆け抜ける。けれどそれは、ほんの一瞬のことだった。
「ごめん。今日はずっと一緒にいられると思ってたから、ちょっと寂しかっただけ」
そう言って、彼は足元に落ちた道具袋を拾って手渡してくれた。
さっきのあれは見間違いだったのかと思うほど、イレブンはいつもの朗らかな彼に戻っている。眉をハの字にさげた情けない笑顔に、カミュもホッとして笑みを浮かべた。
「悪いな。そんじゃ、今度こそ行ってくるぜ」
「ああ。気をつけて」
イレブンはカミュの右肩に触れると、こめかみに行ってらっしゃいのキスをした。
*
メダル女学園にある寮の一室。
この時間、生徒たちはみな教室で授業を受けている。しかしカミュの妹、マヤは私服姿でベッドにあぐらをかき、そっぽを向いていた。
「で、ケンカってのは一体なにが原因だったんだ?」
ベッド脇で腕組みをしたカミュが問うと、彼女はつまらなさそうに「別に」と言った。
「マヤ」
「……センセーに聞いてんだろ。どうせおれが悪いんだ」
ついため息が口をついてでた。
確かに、おおまかな話はこの部屋に来る前に聞いている。生活指導室に通され、みっちりとブチュチュンパのマリンヌ先生に嫌味を言われた。
そこで聞いたのは、マヤが上級生と取っ組み合いのケンカをし、怪我をさせたというものだった。幸い手首をひねった程度の軽症で済んだが、「学園始まって以来の由々しき事態ざます!」とマリンヌ先生は大層ご立腹だった。
相手の生徒はショックを受けて、今は実家で療養しているらしい。マヤはというと、部屋で当面の謹慎処分を言い渡されていた。
カミュはケンカの原因を尋ねたが、マリンヌ先生は何も知らないようだった。ただ一方的にマヤを責め、普段の素行や言葉使いについて喚き立てていた。
この様子だと、普段からチクチクとやられているのだろう。気の強い妹は決して弱音を吐かないが、本当は必死でこらえているのかもしれない。そんな心配が胸をよぎる。
将来のためにという親心で入学させたが、それはあくまでカミュの希望であって、マヤは自ら進んでここへ来たわけではない。むしろ嫌がっているのをどうにか説き伏せ、無理やり納得させたようなものだった。
「……マヤ、もしここにいるのがつらいなら」
「別におれ、ガッコは嫌いじゃないぜ」
言い終わらぬうちに、カミュの言葉をマヤがさえぎる。
「そりゃ最初はすげーイヤだったけど……だんだん楽しくなってきたとこなんだ。友達もできたしさ。ベンキョーも、計算なんかはわりと好きだぜ。金勘定するのに役立ちそうじゃん?」
顔をあげたマヤが「いしし」と笑った。それは迷いのない笑顔であったが、けれどすぐにしおれてしまった。
「ただちょっと、やなヤツもいるってだけで……」
カミュは口ごもるマヤの隣に腰をおろした。
「そいつがケンカ相手か?」
「……うん」
「兄ちゃんにだけこっそり話してみな」
「……兄貴、怒んない?」
いつも強気な瞳が、今日ばかりは上目遣いで揺れている。
「怒るっつーか、イヤな気持ちになると思うよ。たぶん」
「オレはお前が一人で抱え込むことのほうがイヤだぜ」
小首をかしげながら笑ってやると、マヤは目を泳がせたりしてしばらく迷っている様子を見せた。やがてボソリと、「お里が知れるんだとさ」とこぼした。
どこぞの貴族のお嬢さまが、マヤの振る舞いにイチャモンをつけてきたのだと。
「マヤさまは歩き方ひとつとっても品がありませんわね! ご両親のお顔が見てみたいですわー! ……だって。そんなの、おれだって見たことねえっつーの」
一体どんなお育ちかしらと、女生徒はさらにこう言った。
まともな親なら、娘をこんなお下品な人間には育てないでしょうけれど──と。わざと周囲に聞こえるような大声で言って、取り巻きと一緒に笑ったのだ。
「おれのことはいいよ。けど、兄貴のこと悪く言われたみたいで、ついカッとなっちゃって……」
その女生徒は知る由もないだろうが、マヤにとってカミュは兄であると同時に親代わりでもある。だからその侮辱は、カミュに向けられたも同然のものだったのだ。
「マヤ……」
「でも一応、悪かったとは思ってるんだぜ。先に掴みかかったのはおれの方だし」
カミュは手を伸ばし、真っ赤なリボンごとマヤの頭を優しく撫でた。
「ごめんな、マヤ」
マヤは粗暴な男社会で育った子供だ。カミュもまた同時に幼く、彼女を年頃の少女として接してやるすべを知らなかった。せめて母親がいれば違ったのだろうか。詮無い話だが、なかば条件反射で謝罪を口にしたカミュを、マヤがきつく睨みつける。
「なんで兄貴が謝るんだよ。おれたちが捨てられたのも、バイキングの手下だったのも、兄貴のせいじゃないだろ」
「……そうだな」
カミュはたまらない気持ちになって、マヤを引き寄せると強く抱きしめた。鼻の先がジンと痺れたように痛んで、気を抜くと泣いてしまいそうだった。けれどそれだけは、兄としての矜持でどうにかこらえた。
「あーもう! 離せよバカ兄貴! おれもうガキじゃねーんだからな!」
「ははっ、うん。わかってるよ。ありがとな、マヤ」
素直じゃなくて可愛いマヤ。この子はきっと自分なんかより、ずっと強くてたくましいのだろうとカミュは思った。
*
その後メダル校長とも話をし、マヤのことは後日、相手の生徒の家に謝罪に行く形で話がまとまった。謹慎についても十分に反省していると判断され、マヤは明日から授業に復帰できることになった。
そしてその晩、カミュはイシの村に帰らなかった。
一人になって、少し考える時間がほしかった。マヤの一件で、改めて自分の立場を思い知らされた気がしたからだ。
カミュは自分の人生はこれでよかったと思っている。じゃなきゃイレブンと出会うことすらなかった。
けれどユグノアが復興して彼が王位につけば、嫌でも今の関係は解消せざるをえないだろう。勇者の相棒とはいえ、もとはバイキングの手下で、盗賊にまで身を落とした過去が消えるわけじゃない。どう考えたって釣り合うわけがないのだ。
だけど考えないようにしていた。村での暮らしが幸せすぎて、今がずっと続くような気がして浮かれていた。
イレブンだって、いずれは目を覚ますだろう。そうなったとき、カミュの存在はただの足枷でしかない。
自分の過去や身分差を理由に、逃げだそうとしているだけだということはわかっている。イレブンの将来を思って身を引くなんて、そんなのはただの綺麗事だ。
ただ傷つくのが怖くて、イレブンの気持ちが離れていくのが怖くて、きっと他にもう誰も愛せないことが怖い。彼なしでは生きられなくなってしまうことが。
だったらいっそ、そうなる前にこっちから終わらせてやったらどうだろう。振られる前に振っちまえの精神で。結果的に、それがイレブンのためにもなるのだし。
そんなことをつらつらと考えながら、メダチャット地方・北のキャンプ地で夜を明かした。
カミュがユグノア城下町跡に赴いたのは、その翌日のことだった。
本当ならすぐにでも帰って、イレブンと話をつけるのが筋だろう。しかし土壇場で決心がつかないまま、適当にキメラのつばさを使ったりしてフラフラしているうちに、気づくとここにたどりついていた。
(イレブンと鉢合わせなきゃいいんだが……)
苔むした坂道を登っていくと、そこは瓦礫の撤去が進んでだいぶ綺麗になっていた。
デルカダールをはじめとした各国からの応援や、勇者のためにと各地から人が集まり、徐々に復興が進みつつある。
今も多くの人々が建物の改修作業にあたり、活気づいている姿が見えた。
そこにイレブンの姿がないことに胸を撫で下ろし、カミュはまず真っ先にエレノアとアーウィンの墓に向かった。道中で摘んできた花を墓前に供え、黙祷を捧げる。
「誰かと思えば……カミュではないか。ずいぶんと久しいのう」
背後からした声に振り返れば、そこにはロウの姿があった。カミュの姿を見て、嬉しそうにしわくちゃの目尻で笑っている。
「ロウのじいさん、久しぶりだな。元気そうでよかったぜ」
「ほほっ、イレブンから話は聞いておるよ。イシの村でよくやっているそうじゃな。ところでおぬし、今日は一人で来たのかの?」
「ああ、まあちょっとな……」
口ひげの先を撫でながら、ロウは「ふむ」と目を細めた。
「急ぐ旅ではないのなら、じじいと少しお茶でもせんか」
かつてユグノアを治める賢王でもあった好々爺は、孫とそう変わらぬ年頃の若造に元気がないことくらい、とうにお見通しのようだった。
*
場所を変えようということになり、ゆったりとした足取りのロウについていく。
たどり着いたのは、大小さまざまなテントが張られた集落のようなスペースだった。
カミュはその一角にある大型テントに案内されると、うながされるまま椅子に腰掛けた。
「じいさん、ここで寝泊まりしてんのか?」
カミュにお茶が入ったマグカップを手渡し、自身もカップを手に簡易ベッドへと腰掛けたロウが、「うむ」とうなずいた。
「ここには他国からの支援者の他に、身寄りのない者たちが多く集まっておる。みなで力を合わせ、復興作業にあたりながら集団生活を送っておるのじゃ」
「へぇ。こんな大所帯になってるとは思わなかったぜ」
「賑やかで楽しいものじゃよ。まるで昔の活気が戻ったようでの」
「そっか。そりゃよかった」
その笑顔に、カミュは少しホッとした。心のどこかで、この老人に引け目を感じていたのも事実だ。
本当なら愛する孫をそばに置きたいだろうに、当のイレブンはカミュと共にイシの村を拠点にすることを選んだ。ペルラの存在があるにしても、自分のせいでロウに孤独を強いているのではないかと、気に病むことは少なからずあった。
「それにしても本当に久しぶりじゃ。たまには顔くらい見せに来んか。イレブンにも連れて来るように言っとるんじゃが」
「そうしたいのは山々なんだけどさ」
小さな村でも、それなりにやることは山積みだ。生活を営むということがどういうものであるかを、カミュはこの歳になってようやくまともに学ばせてもらっている。
「毎日それなりに忙しくさせてもらってるぜ。おかげで退屈せずにすんでるよ」
するとロウは「わかっておるよ」と言って笑った。
「なにせ我が孫のことじゃ。おぬしをここへ連れて来ることには、思うところもあるのじゃろう」
「どういう意味だ?」
小首をかしげるカミュに、ロウは自分のマグカップに口をつけると一息漏らし、「わからんか?」と逆に問い返してくる。
「ここは大半が屈強な男連中の集まりじゃから」
「それがなんだよ」
「おぬし、もうちっと自覚してやらんと、いずれわしに似て孫の毛根が滅んでしまうぞ」
「マジか。それはちょっと困るな。あいつはサラサラヘアーが似合ってるんだ」
「まったく失礼な男じゃわい。少しはわしのフォローもせんか」
ロウと軽口を叩きあううちに、カミュは少しだけ気持ちがほぐれるのを感じた。そして自身が抱えている葛藤を、打ち明けてみようかと考えた。
カミュはこの老人のことを、かつて旅を共にした仲間として心から信頼している。同時に、彼にとってイレブンは血を分けた最愛の孫でもあるのだ。必ずや正しい意見を聞かせてくれるはずだと。
「じいさん、あのさ──」
少しばかりたどたどしくなりながらも、カミュは胸の内をロウに明かした。
ロウはカミュの出自をはじめ、犯罪歴のある人間であることをすでに知っている。そのうえで自分たちの関係を終わらせるなら、早いほうがいいのではないかと。
老人は時おりうなずきながら、静かに話を聞いてくれた。
「オレはあいつの足を引っ張るのだけはイヤなんだ。じいさんにだって迷惑をかけちまう。子供だって望めないだろ? いずれ国を背負って立つ王子さまと、元盗賊のオレなんかじゃ、とてもじゃねえけど釣り合わねえよ」
イレブンのため、ロウのため、ユグノアのため──そうやって自らを貶めながら話をしていると、なぜだかとても安心できる。だってそれはまぎれもない真実だから。
けれど優しいイレブンは、そうやすやすと納得してはくれないだろう。そのためにも、ロウの後押しは盾にもなるし、武器にもなる。
だからはやく。どうかはやく。
置いていかれるよりも先に、傷を負うよりも先に、一人で生きられなくなる前に──
「おぬしの気持ちはよくわかった」
ロウはいちど目を閉じ、それからまたカミュを見て言った。
「カミュよ。孫のためにも、身を引いてくれ」
(……ああ)
よかった。
まるで許されたような安堵を覚え、カミュはホッと息をつく。
ほら見ろ、やっぱり間違っていなかった。最初からこうなる運命だったんだ。だからこの選択は間違いじゃない。だって正しいことだから。仕方のないことだから。
「だよ、な」
それなのに、なぜかうまく笑えない。
「そう言っておぬしが望むとおりに、引導を渡してやることは簡単じゃろうな」
「……っ、え?」
「この国のかつての王としての立場だけで言えば、おぬしの申し出は願ってもないことじゃ。だがな──」
少しの沈黙があった。カミュは無意識にコクンと喉を鳴らしていた。
「ユグノア王家、ひいてはローシュの血を引く者は、生涯ただ一人しか愛さない」
石像のように固まるカミュに、ロウは静かな声でさらに続けた。
「わしも、そしてわしの兄弟たちもみなそうじゃ。親世代も、祖父母世代も、代々ただ一人だけを愛し、その命を散らしていった」
ロウの父は晩年、王位を退いて間もなく前王妃に先立たれ、心を壊した。抜け殻のようになり、持病がありながらも服薬をやめ、水も食事もとらずに弱って死んだ。誰の説得にも耳を貸さずに閉じこもり、最後まで妻の名を呼びながら。
王位を継ぐはずだった長兄は、教会のシスターと恋に落ちた。猛反対を受けた末、ふたりは夜の教会で毒を飲んで息絶えた。神に背き、手と手を取り合い世界を捨てた。
次兄は給仕の女に恋をした。身分の違いに恐れおののき、女は故郷のバンデルフォンへ逃げるように帰っていった。次兄はすべてを捨てて、女を追いかける道を選んだ。
バンデルフォンの滅びの日、彼は愛する女と共にあることができたのだろうか。それは誰にも分からない。
そして王位を継承したロウは、本屋の看板娘に恋をした。兄たちのことがあり、誰にも咎められることはなかった。
彼女を妃として迎えてから、子供が生まれた。エレノアだ。母に似て、生まれながらに美しい娘だった。
けれど妃は短命だった。夫と我が子を残し、先に大樹へ還っていった。
死の間際、彼女は言った。エレノアをお願い。生きて、あの子の幸せを見届けて、と。
「エレノアの幸せとは、すなわちイレブンの幸せじゃ。わしはそれを見届けるまで、後を追うことも許されん。まったく厳しい奥さんじゃよ。兄たちがいっそうらやましいわい」
じゃがな──と、ロウは続けた。
「わしも大概じゃ。死んでなお、ばあさんを解放できない。あれの魂は、確かに大樹に還っただろう。しかしわしが逝くまで、再び芽吹くことはできんじゃろうな。じゃなければ、今ごろわしの隣におるはずじゃ。生まれ変わってもなお、わしと共にあるはずじゃ」
なにを根拠にと、カミュは思う。けれど一切、口を挟むことができなかった。
根拠など必要ない。理すらも捻じ曲げる。そこには絶対的な自信と確信、有無を言わさぬ高潔な傲慢さがあった。
「ユグノアの血。これはそういった呪いなんじゃよ。囚われたが最後、食らいついて離さない。カミュよ、おぬしはすでにイレブンの呪いを受けておる。おぬしには酷な話じゃが、あれに愛されてしまった以上、その魂に自由はない。諦めるんじゃな」
カミュの背筋に、ゾクッと冷たいものが走った。
こちらを見すえるロウの瞳に、昨日の朝イレブンが一瞬だけ垣間見せた瞳が重なる。どこまでも深く、一筋の光すら届かない海底へと落ちていくような、あの深い闇が。
「ッ、!」
ふいに右肩の噛み傷が痛みだすのを感じた。燃えるような熱と痺れに、呼吸が止まる。
「カミュ……! やっと見つけた!」
そこに飛び込んできたのは血相を変えたイレブンだった。見たこともないくらい髪を乱し、ひどく息を荒げている。カミュはとっさに椅子から立ち上がった。
「い、イレブンお前っ、どうしてここに?」
「どうしてここに? じゃないだろ。いつまでも帰らないと思ったら、なんでこんな物騒なところにいるんだよ!」
「物騒ってお前、なんてこと言うんだ!?」
「ほっほっほっ、だから言ったじゃろ?」
ロウが朗らかに声をあげ、いつもの調子で笑った。
*
イレブンは一睡もせず、世界中あちこちカミュを探して回っていたらしい。
ロウと別れたあとも、彼はカミュの手を握って離そうとしなかった。
そのままブラブラと王国跡そばを流れる川辺を歩く。とくに会話もなく歩いているうちに、女神像があるキャンプ地が見えてきた。
カミュが足を止めると、おのずとイレブンの足も止まった。
「帰るんじゃないのかよ」
するとイレブンが首を横に振った。
「帰らないよ。カミュが帰る気になるまでは」
気まずさに目も合わせられないカミュの手をようやく解放し、イレブンが右肩にそっと触れてくる。
「カミュは、村での暮らしに飽きたのかな」
「そんなこと」
「なら、ボクに飽きた?」
「ちがっ、!」
その瞬間、右肩が温かい光に包まれた。噛み痕が癒えていくのを感じる。イレブンがホイミをかけたのだ。
途端にひどい喪失感に襲われた。カミュはどうして? と、見開いた眼差しだけで彼を問いつめた。
「あんな抱き方してごめん。あの夜は、どうしても抑えられなかった。ただの言い訳だけど……ずっと後悔してたんだ。あんな、支配するみたいなひどいやり方……」
確かにあの夜のイレブンはいつもと様子が違っていた。けれどそれはカミュだって同じだ。村人たちと交わした会話に、気持ちを乱されていた。
彼はそんなカミュの心の機微を、敏感に感じ取ったにすぎない。
「ちがう、お前はなにも悪くない。オレは、お前にされてイヤなことなんかひとつもないんだ」
今だって、肩の痛みがひどく恋しい。イレブンに刻まれた執着が、彼によって癒やされてしまったことに打ちのめされている。さっさと逃げだそうとしていたくせに、なんて身勝手なんだろう。
「なら、どうして帰ってこなかった? 他に理由があるなら教えてほしい」
「それは……」
カミュはうつむき、服の裾をぎゅうっと両手で握りしめた。
「オレが、勝手に不安になっちまっただけだよ」
「不安……?」
カミュの両手を、イレブンがそれぞれ握って服の裾から外させた。背の高い彼は、カミュの顔を子供にするような動作でかがんでのぞき込む。
「ねえ、なにが不安? なにが足りない? カミュ、ボクはどうすればいい?」
なんて顔をするんだろう。イレブンは今にも泣きだしそうに顔を歪めていた。彼のほうが、よっぽど不安そうに見える。
世界を救った勇者であるこの青年に、こんな顔をさせているのがこの自分だというのか。カミュは愕然として言葉をなくした。
(どうしてそこまで……オレなんかのこと……)
これほどの想いを向けられてなお、カミュの中にはカビが根を張るように不安がこびりついていた。彼の愛情に疑う余地がないからこそ、逃げだしたいと思う自分がいる。
だってそうじゃないか。今はよくても、ある日とつぜん「やっぱり違った」なんて放りだされたら、一体どうすればいいんだろうかと。
「──なあ相棒、聞いてくれ」
カミュは手のひらを返してイレブンの両手を握り返した。
そしてマヤが起こした問題についてを話して聞かせた。もしかしたらマヤをメダ女に行かせたことは間違いだったのかもしれない。不釣り合いだったのかもしれないと、一瞬でも考えてしまったことを。
「でもさ、マヤのヤツ、学校は楽しいって言うんだ。友達もできたんだって、嬉しそうに笑うんだよ。オレだって同じさ。ロクな生き方してこなかったが、そんなオレでもお前と一緒にいるのは楽しい。幸せすぎて、夢でも見てるんじゃねえかって思うくらいに」
知らず知らずのうちに、イレブンの手を握る力が強くなる。
「だから、いつか覚めちまうんじゃねえかって怖くなる。だったらそうなる前に、オレが先に消えればいいって思ったんだ。ビビってるくらいなら、先に逃げちまえばいいって」
話せば話すほど、自分の弱さをみじめに思う。ロウにまですがってこのざまだ。どうにも込み上げてくるものがあり、カミュはズビィッと鼻をすすった。
「安っぽすぎて笑っちまうだろ? こんなみっともねえ話……わッ、!」
するとイレブンがカミュを強く抱きしめ、「ごめん」と言った。
「なんでお前が謝るんだよ」
「そこまで不安にさせてたなんて、思いもしなかった。キミは強くて、自由な人だから」
「……かいかぶりすぎだぜ。オレはただの臆病者だ」
「それはボクも同じだ。むしろ、カミュよりずっと」
「お前が? そんなわけ……」
イレブンが首を横に振る。
「カミュはボクがいなくても生きていく人だと思う。けど、ボクは死んでしまうよ。キミが一晩帰ってこないだけで、気が狂いそうだった」
その語尾は泣きそうに掠れていた。
「イレブン……?」
「カミュ、お願いだカミュ。そばにいてくれ。キミじゃなきゃダメなんだ」
カミュを抱きしめる腕も、ほんのかすかに震えていた。そうやってすがっていなければ、イレブンは今にも崩れ落ちてしまいそうなほど儚く見えた。
「どうかボクを殺さないで。ボクはキミと生きていたい」
ユグノア王家、ひいてはローシュの血を引く者は、生涯ただ一人しか愛さない──
ロウもイレブンも、その瞳に深い執着の闇を宿しているように見えた。とっさに背筋が凍るような思いがしたが、もしそれが本当なのだとしたら、選ばれたのが自分なのだとしたら──途方に暮れながら、カミュは思った。
もしかしたら、呪われているのは彼らの方ではないかと。
ロウの立場であれば、いくらでもハーレムを作ることができただろう。新しい妃を迎えることだってできたはずだ。
けれど彼はそれをしなかった。あんなにも女好きでスケベなくせに。愛した女に囚われたまま、生き続ける道を選んだ。それ以外に選べなかった。妃が生きろと言ったから。
そしてイレブンは、カミュがいなければ死ぬという。こんなちっぽけな自分に、泣きながら命乞いまでしてみせる。
それは深い依存であり、まるで盲目的な信仰のようでもあった。
本当に、なんと酷な話だろう。
あまりにも純粋で、あまりにも重く、そして一途なユグノアの男たち。生涯でただ一人しか愛せない。
愛は呪いだ。生きるも死ぬも。
(呪っているのは、オレなんだ)
怖気にも似た甘ったるい痺れに、カミュは背筋をブルリと震わせた。
世界を救った勇者さま。誰もが彼を愛し、称える。けれどそんな彼の命を、自分という存在はいともたやすく手折ってしまえる。
生涯でただ一人、イレブンが選んだのがカミュだったから。そしてカミュが、イレブンを愛してしまったから。
「──いいぜ、イレブン」
カミュの唇にうっすらと笑みが浮かんだ。イレブンの腕のなか、濡れた両頬にそれぞれ手を伸ばして包みこむ。
「オレはお前を殺さない。死ぬまでずっと、殺さないでいてやるよ」
「本当に……?」
うん、とうなずく。
「だからお前が死ぬときは、オレも連れていってくれよな」
「カミュが、先に死んだら……?」
子供がしゃくりをあげるみたいに、イレブンが鼻をすすった。図体ばかり大きくなって、涙に濡れた瞳はまるで子犬じみている。
胸がしめつけられて、たまらない気持ちになった。こんなにも愛しているのに、手放そうだなんて一瞬でも考えた自分が愚かしい。
だってもうとっくに、カミュだってイレブンなしじゃいられない。彼しか愛せなくなっている。今さらひとりでなんか生きられないのに。
「そんときゃお前も死ぬんだろ?」
ゆっくりと蕾が花開くように、イレブンの顔に笑みがのぼった。蕩けそうなほど瞳を細めて、「うん」と幸せそうにうなずいた。
愛は呪い。
呪いだなんて。そんなもの、二度とごめんだと思っていたのに。
(こういうのなら、いいかもな)
ぐっと爪先立ちをして彼を引き寄せ、その唇に噛みつくようなキスをした。
*
それから半月ほどたった、ある日のことだった。
川辺の休憩スペースで、カミュはいつものように奥さまがたのお茶会に招かれていた。
「ねぇこれ、見てちょうだいよ」
奥さまCが首をひねり、身につけている髪留めを指さした。
それは蝶の形を模した金細工に、赤い硝子がはめ込まれたアクセサリーだった。
「おや、ステキじゃないか」
「ホントにねえ。一体どうしたんだい?」
奥さまAとBに問われ、Cは照れくさそうにはにかんだ。
「うちの人がね、誕生日にってさ。まったく、ろくな稼ぎもないくせにムリしちゃって」
口ではそう言いながら、奥さまCは嬉しそうだった。若い頃にこれと似たものを持っていたが、ずいぶん昔に壊れてしまったのだという。デートのときには必ずつけていた、お気に入りの髪留めだった。
カミュはそれに見覚えがあった。自分の妻のことを昔は可愛かった、なんてぼやいていたあの旦那Cが、ほんの数日前にイレブンに依頼したものだったからだ。酒場にいた旅の商人から、奮発して素材を買い求めたらしい。
ちょうちょの髪留め、というザックリとした依頼ではあったが、イレブンが丹精込めて作り上げた髪留めは、奥さまCのお眼鏡にかなったらしい。喜んでいる様子を見ているだけで、カミュもまた嬉しくなった。
「いいダンナじゃねえか」
そう言ってやると、「いやだよカミュさんたら!」と背中を叩かれてしまった。
ゲホゲホとむせるカミュをよそに、奥さまがたは次々と会話に花を咲かせている。
「うちのもね、あんまり夜遊びがひどいもんだから、荷物まとめて出ていくって脅してやったのさ。そしたら泣いてすがってきたのよ。捨てないでくれーってさ!」
「うちも似たようなもんだよ。私がこないだ風邪ひいちまって、たかだか一日寝込んだだけでオロオロしちゃって。スープを作ってくれたけど、食えたもんじゃなかったね」
「まったく情けないったらないわねぇ!」
あの人は私がいないと本当にダメなんだから、と、奥さまがたはそれぞれ満更でもなさそうだった。
「その点、イレブンはどうなんだい?」
来た。気を抜くとすぐに話題の矛先が向けられる。
「なんたって世界を救った勇者さまだし、しっかりしてるんだろうね」
うらやましそうな視線を受けて、カミュは思わず笑ってしまう。
イレブンは世界が誇る勇者で、誰よりも強く、勇敢で、優しい心を持っている。だけどそんな勇者にも、致命傷になるほどの弱点がある。オロオロビクビクと泣いてすがる姿なんて、誰も想像がつかないだろう。だけどカミュだけは知っている。
「いいや。あいつもオレがいないとぜんぜんダメさ」
おやまぁ、と奥さまがたが目を丸くする。それから「どこの旦那も一緒だね」と言って、楽しそうにケラケラ笑った。
奥さまがたはそのまま、いつもの愚痴大会へと移っていった。次から次へと飽きもせず。それでも離れずにいるのは、もはや相手が自分の一部だからなのかもしれない。
そうやって時を重ねて、シワを重ねて、ときどき本気で嫌気が差しながらも、彼らはずっと共にあるのだろう。それはきっと、どこにでもある夫婦の形。
それに比べてカミュとイレブンは、まだ歩みはじめたばかりのひよっこだ。きっとこの先、想像もつかないくらい様々なことが待ち受けている。
だけど最後には、この人たちのようになれたらいい。ごくありふれた幸せにこそ、手を伸ばすだけの価値がある。ふたりなら、恐れることなどなにもない。
アリアドネは手を伸ばす・了
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