2025/06/14 Sat 「まあ、だいたいこんなもんか?」 木くずまみれのテーブルに彫刻刀を置き、できあがったものをざっと眺めた。 台座の上には前脚を高らかに掲げた騎馬の姿がある。適当に見繕ってきた木材から、カミュがせっせと彫り上げたものだった。 「ただいまカミュ。まだ起きてたんだ」 そこへイレブンが帰宅した。椅子に掛けたまま、カミュはヒョイと片手をあげる。 「よ、おかえり。まあちょっとな。そっちはもう終わったのか?」 「ああ。明日の朝イチで届けてくるよ」 イレブンは食後、ずっと倉庫にこもって鍛冶をしていた。イシの村人から頼まれて、刃先が欠けた料理包丁を打ち直していたのだ。日頃から彼のもとには傷んだ装飾品や、日用品の類がひっきりなしに持ち込まれる。もはや立派な村の鍛冶職人と化していた。 「それよりこれ、もしかしてリタリフォン?」 テーブルに手をついたイレブンが、まん丸の目をしばたたかせる。 「おっ、よくわかったな」 「ひと目でわかるよ。馬鎧も細かく彫られているし、この角もすごくカッコいい」 「へへ、ありがとな。そう言われると作った甲斐があるってもんだぜ」 褒められると悪い気はせず、カミュは人差し指で鼻の下を軽くこすった。 イレブンが「触ってもいい?」と聞いてくるのでうなずいてやる。彼は慎重な手つきで木彫りのリタリフォンを持ち上げ、その仕上がりに感嘆の息をついた。 大きさとしては土台も含めると、せいぜい大人の手の平からわずかにはみだす程度だ。記憶を頼りに彫ったのだが、イレブンの反応を見るに出来はいいようで安堵する。 「さっきから作ってたのはこれだったのか。でも、どうして急に?」 「ああ、実はな──」 今日の昼間、カミュは村の子供たちに引っ張られて散歩に出かけた。 そこでたまたま転がっていた中程度の丸太を拾い、なんとなくその場でササッとルキを彫ってみた。短剣を使ったため細部までは整えられず、かろうじてそうと分かる程度の代物だったが、子供たちには大ウケだった。 しかしそれからすぐ、木彫りのルキを巡ってケンカがはじまった。引っ張り合いの末に四肢がバラバラに折れてしまい、泣きだす子まで出る始末。困り果てたカミュはなんとか場を収めるため、全員に「それぞれ好きなものを彫ってやる」と約束をした。グレイグの愛馬、リタリフォンはマノロからのリクエストだった。 「それでか。母さんが倉庫を引っ掻き回してたのは」 「ペルラさんに相談したら、昔お前のじいさんが使ってたっていう彫刻刀を、わざわざ探してきてくれてさ」 「カミュに使ってもらえて、テオじいちゃんもきっと喜んでると思うよ」 「だといいけどな──あ、そういや絵の具ってどっかにあるか? 木彫り用のやつ。あと、できればヤスリとニスも」 リタリフォンをテーブルに戻し、イレブンは少し考える動作を見せた。 「どうだろう? デクさんのところならあるだろうから、明日一緒に行ってみようか」 「だな。そうと決まれば、今日はもう休むか」 カミュは椅子から立ち上がり、服の前面に付着している木くずを払う。 「オレはこいつを始末しちまうから、お前は先に寝てていいぜ」 床にもテーブルにも、木くずが雪のように降り積もっている。これをそのままにした日には、勇者のデインより怖いペルラの雷が落ちるだろう。 イレブンは「うん」とうなずくと、カミュの指先に手をやって軽く握りしめてきた。 「……待ってる」 「お? おう」 熱を帯びた真摯な瞳に、ついドキリとさせられる。彼はすぐに背を向けて行ってしまったが、栗色の髪の隙間から覗いた耳の赤さに、カミュが気づかないはずはなかった。 * 片付けを終えて戻ると、イレブンは二つ並んだベッドのうち、カミュが使っている方のベッドに座り込んでいた。 「眠れないのか?」 イレブンはカミュをチラリと見てから目をそらし、「そうじゃないけど」とどこか煮えきらない口調で言った。 彼が何を考えているかくらいお見通しだ。けれどあえて気づかないフリをして、カミュは身をかがめると「おやすみ」と言いながらその額にキスをする。 子供だましの口づけに、彼はいささか不満そうな顔をした。軽く唇を尖らせてから、「もっと」と言ってカミュを強く引き寄せる。イレブンの膝をまたぐようにして座る形になると、ベッドがわずかに軋みをあげた。 「ちょ、おいっ! イレブ、ん……っ」 ちょっぴり強引に、噛みつくようなキスをされる。少し厚みのある唇が、カミュの薄い唇を食んでは軽く吸いあげた。かすかな水音の生々しさに、耳の奥が熱くなる。 それを何度も繰り返されるうち、頭の中がクラクラしてきた。ほとんど無意識のうちに、カミュはイレブンの首にすがりついていた。しかし彼の手が腰布にかかったことに気がつくと、その瞬間ハッと正気を取り戻す。 「待っ、おいこら……ッ、ダメだって!」 あせったカミュは、とっさにその手を掴んだ。イレブンは物言いたげに眉根を寄せると、小首をかしげて熱っぽい瞳を向けてきた。 「……なぜ?」 まっすぐな視線を受け止めきれず、カミュは思わず目を泳がせる。 「それは、その……急すぎっつーか、なんつーか」 「……カミュ。約束、忘れた?」 「約束?」 「思いだしてみて」 まいったな、と思いながらも、言われた通り記憶の引き出しを探ってみる。すると思いのほかすぐに、該当するシーンがよみがえってきた。 (もしかして、あのときのことか……?) それはネルセンの試練後、ここで二人暮らしをはじめた当初のことだ。今みたいにイレブンに迫られたことがあった。それはそれはいい雰囲気だったものの、あのときもカミュは同じようにキスより先を拒んでいる。 「思いだした? あのときキミが言ったんだよ。邪神を倒したあとならいいって」 オレそんなこと言ったかな……と戸惑うカミュをよそに、イレブンはさらに続けた。 「その邪神も倒してずいぶん経つし、ボクとしてはそろそろかなと……思ったんだけどな」 しゅんとまつ毛を伏せるイレブンに、カミュはぐっと唇を引き結んだ。そして、あのときの自分の言葉を思い返してみた。 『待てよイレブン。いくら浮かれてるとはいえ、今のオレたちがするべきことは、まずは邪神をぶっ倒すことだろ?』 ──そうだ。確かそう言った。のんきに乳繰り合ってる場合なのか、と。 邪神の名を出すだけで、イレブンは素直に引き下がった。我ながらズルいかわし方だったと思う。彼がそれを『倒したあとならいい』と解釈するのは当然の流れで、悪いのはその場しのぎで誤魔化したカミュの方だった。 「あのさイレブン、オレ──」 「足りないんだ」 「イレブン……?」 「おやすみのキスだけじゃ、もう足りない。キミと、もっと先に進んでみたい」 あまりにもストレートで切実な訴えに、カミュは喉奥から「うぅ」とおかしな呻きを漏らしてしまった。顔いっぱいに火が灯ったように熱が広がる。 イレブンの望みならなんでも叶えてやりたいし、求められて嬉しくないはずがない。彼と深く繋がりあえたらどんなにいいかと、カミュ自身夢想しない日はないほどに。 けれど、それでもなお踏みだせないのには『理由』がある。 いっそ打ち明けてしまえば楽になるのだろうが、それはカミュにとって絶対に知られたくない『秘密』でもあるのだ。コンプレックスと言ってもいい。イレブンにすら──むしろイレブンだからこそ、隠しておきたい恥部だった。 とはいえ、このまま黙っていても埒が明かない。 「あー、っと……その、なんだ……お前の気持ちは、嬉しいんだが……」 「……フハッ」 「ッ、ぁ?」 「ごめん。いつも余裕なキミが、そんなに困るとは思わなくて」 イレブンは肩を揺らして笑いながら、カミュの首筋に顔をうずめた。そして何かを振り切るかのように、ふっと大きく息をつく。 「いいよカミュ。あせらないでいい。キミがその気になるのを気長に待つから」 「マジか。イレブン、お前……ずいぶん大人びたことを言うんだな」 感慨深くつぶやくと、顔をあげたイレブンが嬉しそうにパッと瞳を輝かせた。 「そう? 今の、大人っぽかった?」 「ブハッ」 その反応の子供っぽさに、つい噴きだしてしまう。ぎゅうっと頭を抱きしめながら「惚れ直したぜ」と言ってやると、彼はいっそう嬉しそうに頬を染めた。 愛しさといじらしさが同時にこみ上げ、カミュはその絹糸のような髪をくしゃくしゃと乱した。ごめんなと、心のなかで告げながら。 (いい加減、どっかで腹括んねえとだよな……) 葛藤を胸に、結局その晩はいつも通りそれぞれのベッドで眠りについた。 * 翌日。 打ち直した包丁を届けたついでに、カミュとイレブンは道具屋に立ち寄った。しかし残念なことに、木彫り細工に使える絵の具は入手できなかった。 村とデルカダールを行き来しているデクも、ここ最近はあちらに戻っているらしい。なら行ってみようということになり、ふたりはルーラでデルカダールへと向かった。 一等地にあるデクの店に行くと、目的のものはあっさり手に入った。 デクと立ち話をしたあと城にも立ち寄り、王とマルティナ、グレイグにも挨拶をした。 グレイグはカミュが木彫りのリタリフォンを制作中だと話すと、たいそう嬉しそうに顔をほころばせ、完成したらぜひ見せてほしいと言っていた。 それからふたりは新しくできたというレストランで昼食をとり、のんびりと町中を散策した。エマとペルラにお土産を買うころには、だいぶ日が傾きかけていた。 するとイレブンが、下層にいる宿屋の女将にも挨拶をして帰ろう、と言いだした。カミュも同じことを考えていたので、ふたりは下層へ続く門へと足を向けた。 「へぇ、しばらく来ないうちに、ずいぶん小綺麗になってるじゃないか」 デルカダール下層は積み上がっていたゴミや瓦礫が撤去され、以前よりだいぶ整備されていた。町に孤児院が作られたこともあり、子供だけで掘っ立て小屋に雑魚寝することもなくなっているようだ。 徐々に貧困対策も進められ、下層の人々の暮らしに変化の兆しが見えはじめている。 「それにしても、なんだかいやに人が多いな」 ここだけ何かの祭でも催されているのかと思うほど、行き交う人間が異様に多い。しかも皆、明らかに富裕層であることがうかがえる身なりのよさだった。 訝しむカミュの横で、イレブンもポカンとしながら辺りを見回している。 (どうも嫌な予感がするな。それに──) まるで値踏みするかのように、そこかしこからジロジロと視線が向けられているのを感じた。カミュは小さく舌打ちすると、イレブンを軽く肘で小突いた。 「イレブン。お前、フードは持ってきてるか?」 「え? ああ、確かこの中に……」 腰にさげているカバンを漁り、イレブンが旅人のフードを取りだした。おたずね者時代、一度はグレイグの手に渡ったものを、彼は未だに大切に持っている。 かぶってろ、と短く指示すると、イレブンは首をかしげながらも大人しく従った。 「どうしてボクだけ? カミュは?」 「オレはいい」 お互いシンプルな村人服を着用しており、隠そうにもフードがない。カミュはこの手の俗っぽい視線に慣れているが、イレブンがさらされることだけは我慢ならなかった。 カラン、カラン、カラン! そのとき、甲高いベルの音が響き渡った。 「さぁさぁみなさんお待ちかね! カエルの市場はこちらだよ! 下は10から上は15まで、新鮮なカエル肉が揃い踏み! うかうかしてると、あっという間に売り切れだ!」 ハンドベルを持った男が、大きな声を張り上げている。そちらを見やると、やぐらがあったはずの場所に大きなテントが張り巡らされていた。 やっぱりか、とカミュは思った。カエルとは、つまり奴隷のことだ。裸に剥かれた人間が、抵抗する意思さえなく足を開いている様子からそう呼ばれている。 奴隷市は各地で秘密裏に開催されており、このデルカダール下層でも年に数回行われているものだった。 (クソ、よりによって今日かよ。どうりで門番の姿も見当たらないわけだ) 大方、買収でもされているのだろう。あるいは懲りずに踊り子のケツでも追いかけているのか。掃きだめは所詮、どこまでいっても掃きだめのまま。根っこは腐りきったままなのだ。 「カミュ、カエルの肉だって。懐かしいな」 カミュの胸中をよそに、イレブンはほっこりとした表情を浮かべている。旅のあいだに食べた、サバイバル食のことを思いだしているのだろう。キャンプ続きで食料が不足したときは、よく捕まえて調理していた。 「最初は驚いたけど、カミュが料理するとなんでも美味しくなるんだよね」 さばいた肉を、自生するハーブと一緒にバナナの葉で包んで焼くと、臭みもなくそれなりのものが出来上がる。涙目で悲鳴をあげる仲間もいたが、いざ食べてみると存外悪くないと評判だった。 「久しぶりに食べたくなってきたよ。せっかくだから買って帰ろうか?」 額面通りに受け取っているイレブンに苦笑しながら、カミュはその手を掴んで歩きはじめた。 「わざわざ買わなくたって、そのへんで捕まえりゃすむ話だろ? 悪いことは言わねえから、とっとと目的を果たそうぜ」 それもそっか、と素直に納得するイレブンにホッとする。 人混みを掻き分けながら、目的の宿屋にはすぐにたどり着いた。カウンターに立っていた赤髪の女将は、ふたりを見るや目を丸くした。 「おやまぁ! 勇者さまにカミュちゃんじゃないか!」 「よお女将、ひさしぶりだな。元気してるか?」 「ボチボチってところかね。それよりあんたたち、こんなところに何か用かい?」 「用ってほどでもねえけどさ。たまには女将の顔でも拝んどこうかと思ってね」 女将は嬉しそうにカラカラと笑い、それからなんやかんやと近況や世間話をした。女将は終始楽しそうではあったが、あらかた話が終わってしまうとふいに表情を曇らせた。 「それにしたって、よくないときに来たもんだ」 カミュは事情を察しているが、イレブンは小首をかしげてキョトンとしている。 「あんたらみたいに若くてキレイな顔した子たちは、特に今日みたいな日はこんなところをウロついてちゃいけないよ。カミュちゃんなら分かるだろ?」 「まぁな……」 「だんだん治安がよくなってきたと思ったら、結局これだよ。カエルだなんて、人をなんだと思ってるんだろうね」 「……ひと?」 目を白黒させたイレブンが、カミュの方へ目を向けた。 「人ってどういうこと? まさか、カエルって……?」 できればイレブンの耳には入れたくなかったのだが、こうなったら仕方ない。肩をすくめることで肯定を示すと、彼はたちまち眉をひそめた。 女将によると、とりわけ今回はまだ成人にも満たない少年少女たちが各地から集められ、売りに出されているらしい。 「そんなのダメだ。すぐに行ってやめさせないと」 静かに怒りを燃やすイレブンに、女将は痛ましそうな息を漏らした。 「気持ちはわかるけどね。ここであのテントを潰したところで、中にいる子たちはどうするんだい? 上に孤児院ができたといっても、すでに満員だそうだよ。勇者さまが故郷に連れ帰って、全員の面倒を見てくれるってんなら話は別だけどね」 普通ならここで引きそうなものだが、イレブンならやるだろうと思った。なにせ普通の人では考えつかないようなことを、平気な顔してやってのけてきた男だ。 彼という人間を育んだイシの村人たちも、快く力を貸してくれるだろう。こんなどこの馬の骨とも知れない元盗賊の男を、家族同然に迎え入れてくれた人たちだ。しかし── 「でもね、こんなものは氷山の一角にすぎないんだ。トカゲのしっぽを切るようなものだよ。酷なようだけど、いちいち首を突っ込んでたらキリがないのさ」 その言葉はまるで切れ味のいいナイフのように、現実を叩きつけてきた。メガネの奥の瞳には、掃きだめで長く生きてきた人間特有の諦観が浮かび上がっている。一時の救いだけでどうにかなるほど、この問題の根は浅くない。 とっさに言葉をなくすイレブンに、カミュは苦い感情が込み上げてくるのを感じていた。そして脳内に、とある女の声がよみがえる。 ──ねぇ。あなたが助けたあのカエルの子、あれからどうなったと思う? ──あの子はね…… 「……そのくらいにしてやってくんねえか」 思考を振り払い、イレブンの肩をポンと叩きながら苦笑した。イレブンは思いつめたような表情で視線をうつむけている。 「あらイヤだ。おばちゃんつい喋りすぎちまったよ」 そう言って、女将はやれやれと肩をすくめた。 「とにかく、人の欲望ってのはある意味、邪神なんかよりよほど恐ろしいものなんだろうね。なにせ底がないんだからさ」 * 宿を出たあと、イレブンは「人を恨まないって難しいな」とこぼした。来た道をトボトボと戻りながら、すっかり肩を落としている。 綺麗事を並べて慰めるのは簡単だが、女将が言っていたことはまぎれもない真実だ。私利私欲のために弱者を犠牲にする人間など、世の中には吐いて捨てるほどいる。 それでもカミュは、イレブンにこの世界を救ったことを後悔してほしくなかった。だから汚いものから遠ざけたかった。彼はなんでもかんでも一人で背負い込もうとするから。 今だって、いつテントに向かって走りだすか分からない。たとえ氷山の一角といわれても、すぐそばで苦しんでいる人間を、イレブンが放っておけるはずはないのだ。 (そんときゃトコトン付き合うまでさ。オレはこいつの相棒だからな) 背中の一つでも叩いてやるかと、ヒョイと手をあげかけたそのときだった。強い力に手首を掴まれ、カミュはあれよという間に壁際へと引っ張られていた。 「おわっ! なっ、なんだ!?」 「やっぱり! その青い髪、もしかしたらと思ったが、カミュじゃないか!」 「は……?」 でっぷりとした体躯に口ひげを蓄えた中年男性が、目を三日月のように細めながら笑っている。いかにも貴族といった装いで、太い指にはジャラジャラと宝石のついた指輪をいくつもはめていた。 「ッ、ぅ……!?」 相手を認識した途端、カミュは血の気が引くのと同時に吐き気をもよおした。忌々しい過去の出来事がフラッシュバックして、とっさに口を押さえながら膝をついてしまう。 カミュはこの男を知っている。二度と顔も見たくなかったし、思いだしたくもなかった。いっそ忘れてしまいたかった。それなのに── 「久しぶりの再会だというのに、なんて態度かね。相変わらず無礼な男だ」 カミュの手首を掴んだまま、男はフンと鼻から息を吐きだした。 「カミュ!?」 そこへイレブンが駆け寄ってきた。カミュのそばに膝をついて肩を抱いた拍子に、フードがパサリと脱げてしまう。 あらわになったイレブンの素顔を見た男が、「ほう?」と感心したような声を漏らした。イレブンは眉根を寄せ、きつく男を睨みあげる。 「その手を離してください。彼はボクの大事な連れです」 「ずいぶん可愛い子と一緒じゃないか、カミュ」 イレブンの要求には耳を貸さず、男はたいそうご機嫌な様子で声を弾ませる。 「遠路はるばるここまで来たが、今日のカエルはどうも期待外れでね。妥協しようにも、あっという間に完売ときた」 「完売だって……?」 ここまでのわずかな間に、とっくにすべて終わっていたということだ。遅かったと奥歯を噛みしめるカミュに構わず、男が続ける。 「手ぶらで帰るのも癪だったのだが……まさかここできみと再会を果たすとは」 これも大樹の思し召しだろうと、男は肥えた身体を揺らしてムフフと笑った。 「きみはあっちの具合はイマイチだったが、顔だけはピカイチだったからね。せっかくだし、また飼ってあげようじゃないか──その子と一緒に」 「ッ、ふざけんなッ!」 一瞬で頭に血がのぼり、カミュは吐き気をこらえながらも激怒した。自分はどんな目で見られようが、なにを言われようが構わない。けれどイレブンだけは駄目だ。絶対に許してなるものか。 「離してください」 するとイレブンが、カミュの手を掴んだままの男の手首を掴み返した。ミシミシと音が鳴るほどの力で掴まれ、男が潰れたカエルのような悲鳴をあげる。 「うぎゃッ! イデデデデ! なっ、なんだきみは!? は、離したまえ!」 それはこっちのセリフだとばかりに、イレブンはいっそう力を強めた。いくら太い手首でも、さすがにこのままでは本気で折れてしまいかねない。 「お、おい! そのへんにしとけって勇者さま!」 カミュのとっさの制止に、男が「勇者だと!?」と顔色を変えた。イレブンの力が弱まった隙に慌てて飛び退き、尻もちをつく。 「ゆ、勇者には青髪の相棒がいると聞いていたが……そうか、きみか……」 男は脂汗をかきながらカミュを凝視し、口元をいやらしく歪めて笑った。 「なるほど、今は勇者のカエルをしてるというわけか」 「ッ──!!」 瞬間、イレブンが男の胸ぐらに掴みかかった。凄まじい勢いで壁に叩きつけ、そのまま磔にしてしまう。 「ウヒイィィ!?」 男は宙に浮いた両足をバタつかせながら、目尻が裂けんばかりに目を見開いた。 「や、やめろイレブン! いいから落ち着けって!」 弾かれたように立ち上がり、カミュはイレブンに駆け寄るとどうにか引き剥がそうとした。けれどイレブンの表情を見た瞬間、ハッとして言葉を失う。 見開かれた瞳は沼底のような冷たさで、それでいて燃え盛る炎のような攻撃性をはらんでいた。その視線に射抜かれた男は凍りつき、カミュもまた身動きがとれなくなる。こんなイレブンは初めて見た。 「カミュはボクの奴隷じゃない。頼りになる相棒で、かけがえのない最愛の人だ」 男は再び絞りだすような悲鳴をあげ、何度もこくこくとうなずいた。 「わわ、わかった! わかったから、たた、助けてくれっ!!」 「……だったら二度と、ボクらの前にそのツラを見せるな」 イレブンは静かに男の胸ぐらを開放した。ズルズルと壁を伝い、男の身体が地面にへたり込んでいく。 「とっとと失せろ。次はない」 ズッシリと重く紡がれた低音に、カミュはグッと息をのむ。そして男は「ヒィ~ン!!」と叫びながら、四つん這いで人混みに消えていった。 男の姿が見えなくなると、イレブンはふっと息を漏らした。そしてカミュに向き直り、「大丈夫?」と気遣わしげに顔を覗き込んできた。 さきほどまでの冷徹な怒りのオーラは消え去り、すっかりよく知るイレブンだ。 「カミュ?」 「ッ、ぁ、わ、悪い……今オレ、だいじょばない、かも……」 「えっ」 カミュは耳まで真っ赤に染めながら、とっさに胸のあたりを押さえた。初めて見るイレブンの表情や態度、彼らしからぬ物言いに、心臓がバクバクと音を立てている。発熱したように頭もクラクラしてきたし、立っているのがやっとだ。 「ちょ、ちょっとカミュ!?」 今にもへたり込んでしまいそうなカミュの肩を、イレブンが抱いて支えた。 彼をあそこまで激昂させたキッカケは自分にもあるし、例の奴隷市のことを思うと心底悔しい。こんなときに不謹慎だとは思うのだけれど。 今のイレブンとさっきのイレブンとのギャップを目の当たりにして、こうならない人間などいるのだろうか。少なくともカミュには無理だ。ただでさえ、バカがつくほど惚れているのに。 「はあはあ……胸が、苦しい……」 「カミュ!? しっかり! すぐに連れて帰るから!!」 何事にもあまり動じることのない彼が、ここまであせりを見せるのもまた珍しい。 真っ赤っかで虫の息なカミュを抱えて、真っ青なイレブンがルーラを唱えた。 * 家に戻って落ち着くころには、もうすっかり夜になっていた。 「気分はどう? 少しはよくなった?」 ベッドに座るカミュの隣に、イレブンが寄り添うように腰かける。 「ああ、もう平気だ。心配かけてすまねえな」 イレブンのギャップにときめきすぎて死にかけたなんて、恥ずかくて言えっこない。穏やかな彼らしからぬ物言いや、あのゾクゾクするような瞳を思いだすだけで、今にもまたおかしな発作が起きそうだ。 「ボクが急にキレたせいだ。驚かせて、ごめん」 「いや……」 まあそうだけど──という本音はもちろん隠した。 「一瞬で目の前が真っ赤になるなんて、あんなの初めてだった。自分が自分じゃないみたいで……」 イレブンはひどく落ち込んでいた。本来の気質とは異なる感情の発露に、彼自身が戸惑っているのだろう。自分の手が、自分より力の弱い人間に対して向けられたことを恥じてもいる。 「ボクは勇者失格だ。元だけど」 「そんなことねえさ。お前は立派な勇者さまだよ。今までも、これからも」 勇者の痣は賢者セニカに渡ったが、彼が世界を救った勇者である事実は変わらない。ただ一皮剥けば、そこには泣いたり笑ったり怒ったり、時には失敗することもある、ごく普通の若者がいるだけだ。 「それにお前が先にキレてくれて、正直オレは助かったぜ」 イレブンが不思議そうに目を丸くしてカミュを見た。 「オレだってムカついてたんだ。お前をやらしい目で見るやつは絶対に許さねえ。お前がいかなくても、オレがあいつをボコボコにぶん殴ってたぜ」 「カミュ……」 「だからお前が先にいってくれてよかったよ。おかげで血が一滴も流れずにすんだんだ。ありがとな」 彼の頭をくしゃっと優しく撫でながら、カミュは「だからさ」とさらに続けた。 「あんまり思いつめるなよな。あのおっさんのこともだけど、奴隷市のことも」 わかってるよと言いながら、イレブンがうつむいた。 「ショックだったし、許せないとも思った。だけど、ボクの力で今すぐどうこうできる問題じゃないことも、わかってるつもりだよ。ボクは神様じゃないから」 「そっか。それがわかってるならよかったぜ。お前はなんでもかんでも背負い込もうとするからな」 太い眉を弱々しく八の字にさげながら、イレブンがカミュを見て小さく笑った。 「でも、やっぱり助けたかった。しっぽ切りと言われても、何もしないよりはいいと思ったんだ。けど実際、ボクにできることはなにもなくて……情けないよ」 今日あのテントの中には、多くの子供たちが『商品』として叩き売られていたのだ。働き手として買われるなら、まだ幾らかマシな方かもしれない。現にカミュとマヤが育った環境も似たようなものだった。 もっと最悪なのは、その未熟な心と身体がイタズラに弄ばれて、尊厳を踏みにじられることだ。そうやって搾取された人間を、これまで嫌というほど見せられてきた。そしてそれはカミュ自身、決して他人事ではなくて── 「……あのときさ」 「ん、なに?」 「もしオレひとりだったら、ちょっとヤバかったかもしれねえな」 「カミュ……?」 どこを見るともなくぼうっと一点を見つめていたカミュは、すぐにハッとして笑顔を取り繕った。 「とにかくだ。お前がいてくれたおかげで助かったって話さ。たまには一方的に守られるってのも悪くないもんだな」 わざとおどけるようにして誤魔化すカミュに、イレブンは悔しさと切なさが入りまじった表情を浮かべた。そして思いっきりカミュに抱きついてきた。 「おわっ、な、なんだ? どした?」 戸惑いつつもほぼ条件反射でその背をあやすようにポンポン叩く。 「……ボクは、本当に君を守れたって言えるのか?」 カミュの髪に鼻先をうずめ、イレブンがえらく沈んだ声音で言った。彼はわずかに身体を離すと、物言いたげな瞳を向けてくる。 その視線に、カミュは「あー」と半ば諦めの境地で呻くような声を漏らした。 「……わかったよ、オレも腹を括るよ。本当は墓場まで持っていくつもりでいたんだが……あの野郎、ほとんど喋っちまったようなもんだしな」 イレブンの胸に、片手で触れてトンと押す。彼はおとなしく身を引いた。 「面白くもなんともない話だが……聞いてくれるか?」 少し緊張した面持ちで、イレブンが大きくうなずいた。 * バイキングのアジトを飛びだして、少したったころ。 カミュはとある町でスリをしながら、その日暮らしを送っていた。当時はまだ成人しておらず、歳は今のイレブンよりも下だった。 表向きは美しい街並みも、一本路地を抜けるだけで姿を変える。不衛生な安宿や食堂が、雑多に立ち並ぶ古い歓楽街。カミュがいたのは、その中でも路上賭博や売春が横行している、とても治安がいいとはいえない場所だった。 ある日、その日の稼ぎで飯を食うため、適当な食堂に入ろうとした。 するとそこに、一人の少女を無理やり連れて行こうとする男の姿があった。少女はボロ切れのように粗末な服を着て、首には首輪をはめていた。 そんな光景は日常茶飯事だ。見て見ぬふりをしようとしたが、カミュが視線をそらすより一瞬はやく、少女のすがるような瞳と目が合った。 「助けて! お願い、助けて!」 絶望を色濃く滲ませた表情で、彼女はこちらに手を伸ばした。 見るんじゃなかったと、カミュは深く後悔した。必死に泣き叫ぶ痩せぎすの少女は、ちょうどマヤと同じ年頃だった。 「オイおっさん、イヤがってんだろ。離してやんな」 気づいたら身体が動いていた。男の腕を強く掴んで、ねめつける。 「なんだねきみは? なにか文句でもあるのかね?」 それがデルカダールの下層で会った、あの貴族の男との出会いだった。 男は見るからに気の強そうなカミュに顔をしかめたが、ジロジロと上から下まで観察したあと、「ふん」と鼻を鳴らした。 「あまり私の趣味ではないが。たまには悪くない、か」 「あ?」 「今日はメスの気分だったんだがね。いいだろう。この子を助けるつもりなら、代わりにきみが来るといい」 そう来るか、とカミュは思った。少女を見ると、彼女は引きつった表情で首を激しく左右に振った。深い溜め息をもらしたあと、「行け」とあごをしゃくってやる。 男の手から開放された少女は、一目散にその場から逃げだして姿を消した。 男の脂ぎった手が、今度はカミュの手首を掴んだ。引きずられるようにして連れ込まれたのは、高級住宅街にあるとりわけ大きなお屋敷だった。 中に入ると、すぐさま寝室に放り込まれた。真っ赤な絨毯にシャンデリア。キングサイズのベッドは天蓋付きで、浴室もトイレも備わっている。 ポカンとしながら部屋を見渡しているカミュに、男が「裸になれ」と命じた。 隙を見て逃げだすつもりで、ひとまずは従うことにした。しかし舐め回すような視線に嫌悪感が抑えきれず、つい舌打ちが漏れてしまった。その態度に男が顔をしかめる。それだけで少し溜飲が下がった。 お望み通り裸になると、男がパンッと大きく手を叩いた。すぐにドレスを着た美しい女が入室してくる。カミュはとっさに両手で前を隠したが、女は「構いませんよ」と冷ややかに言うだけだった。 彼女はカミュが脱ぎ散らかした衣類と靴を持ち、すぐに部屋から出ていってしまった。 「ちょっ、おい! オレの服!」 「きみにはこれで十分だろう」 「なっ!?」 男はニタリと笑い、カミュの首に素早く鎖のついた首輪をはめた。 「ッ、んだよこれ!?」 鎖の先はベッドの背もたれにボルトで固定されていた。トイレや浴室までなら、ギリギリ届きそうな長さがあった。 服を持ち去られただけでなく、こんなもので拘束までされては、逃げだすどころの騒ぎじゃない。どうにかして鎖を引き千切ろうにも、素手ではどうにもならなかった。 そうこうしているうちに、男がカミュの背をドンと力いっぱい蹴り飛ばした。カミュは受け身もとれないまま、ベッドにうつ伏せで倒れ込む。すぐさま男が馬乗りになり、あっという間に縄で両腕を後手に縛られてしまった。 「ざっけんな! てめぇ……ッ!」 首を捻って男を睨みあげようとしたが、ずんぐりとした手によって後頭部を掴まれ、シーツに顔面を押しつけられる。 「うぐっ!? んっ、ウーッ!!」 そのまま体重をかけられて、まるで息ができなくなった。 「私はきみと違って紳士なんだ。ペットを飼うからには大事に可愛がりたい。だからこんな乱暴な真似、本来ならしたくないんだがね」 身をよじり、足をバタつかせるほど圧迫が増していく。窒息寸前で身動きが取れなくなったころ、男の手がようやく離れた。 ひどくむせて息を荒げるカミュの上から、男が退いた。彼は抵抗どころではなくなっているカミュの膝を立たせ、尻だけを高く掲げるような姿勢を取らせた。 どうにか呼吸が整いはじめたころ、背後で男がなにやらゴソゴソしていることに気がついた。マジか、と、ぼうっとする意識で思う。そりゃまあこうなるよな、と。 とても振り向いて見る気にはなれず、シーツに目元を押しつけた。 すると尻にトロンとした液体を塗りたくられた。なんだと思う間もなく、何かが尻穴に押しつけられた。ゾワリと全身が総毛立つ。 男はそのままなんの躊躇も労りもなく、自身の性器でカミュを貫いた。 「ッ……──!?」 あまりのショックに、カミュは声にならない悲鳴をあげた。 「はっはっは! なんだ、処女か! こりゃあいい! てっきり中古とばかり思っていたが、初物とあらばそれなりの価値はあるというものだ!」 「うっ、ぇ……っ」 痛みは相当なものだったが、それ以上に精神的なショックが大きかった。 異物がヌルヌルと出入りする感覚に、ひどい吐き気を覚える。男がヘコヘコと腰をふるたび、嗚咽と涙が止まらなかった。まるで永遠に続く地獄のような時間だった。 やがて「ぉう!」という汚い呻きが聞こえ、ナカで熱いものが弾ける感触を覚えた。 「ふぅ~……なかなかだったよ。たっぷり搾り取られてしまった」 ブツが抜かれると、生ぬるい液体が内ももを伝った。ポタポタと、シーツに薄桃色の液体がシミを作る。それが男の精液と自分の血が混じったものだと理解した瞬間、再び激しい吐き気に襲われた。凄まじい屈辱感に、頭をガツンと殴られたような気分だった。 全身に嫌な汗を滲ませながら、カミュはくったりとベッドに伏した。 腕の拘束は解かれたが、ドッと込み上げた疲れからまったく動く気になれなかった。 身なりを整えた男は、「風呂もトイレも好きにしなさい」と言い残し、さっさと部屋から出ていった。 それからカミュの監禁生活がはじまった。 常に鎖で繋がれ、部屋から一歩たりとも出ることは叶わない。服も奪われたまま裸で過ごし、窓から外の空気を吸うことも許されなかった。 とはいえ飯は食えるし、風呂もトイレも不便がない上、上等なベッドで眠ることができる。男が頻繁に訪れるが、ほんの数分耐えれば済むだけの話だ。 主に世話をしてくれるドレスの女に裸を見られることも、慣れてしまえばどうということもない。 その頃のカミュは、なにもかもがどうでもよくなっていた。いっそこのまま飼い殺されたところで、別に構わなかった。最愛の妹も救えず、無様に逃げだした自分には、いっそ勿体ないくらいの末路だとも思っていた。 しかし半月もたった頃、急に男が暴力をふるいはじめた。 挿入中にひどく尻をぶたれ、真っ赤に腫れ上がるほどだった。 カミュが慣れたのと同じく、男もすっかりカミュの身体に飽いていた。吐き気をこらえるばかりで可愛げのない反応に、ウンザリしているようだった。 「どれだけ食わせてやっても身体は貧相なまま、媚びることすらできやしない。ケツもどんどん緩くなってるときた。薄汚いカエル風情が、男を悦ばせることもできないのか!」 男はツバを飛ばしながら、散々カミュを罵倒した。日に日に暴力は苛烈を極め、よくしなる竹竿で血が滲むほど背中を打たれたりもした。痛みを与えると、ようやくぎゅっと締まるらしい。 「恨むなら、そのなんの価値も魅力もない身体を恨むんだな!!」 けれどそんな日々は、あるときあっけなく幕を閉じた。 男はその日、ボロ切れを身にまとった少年を連れて部屋に入ってきた。歳はカミュとそう変わらない。怯えた様子で肩をすくめ、しきりに目を泳がせている。 「きみは用済みだ。出ていきたまえ」 そう言って男はカミュの首輪を外すと、容赦なく部屋の外に突き飛ばした。 「ちょっ、おい! いきなりかよ!?」 お役御免は願ってもないことだが、全裸で放りだされるのはさすがに勘弁だ。しかしカミュの訴えも虚しく、扉は鼻先で閉じられた。 「マジかよ……」 途方に暮れているところに、例の女がやってきた。 彼女はカゴを抱えており、その中にカミュの衣服と靴が入っていた。足元にカゴが降ろされ、カミュは安堵しながら服に袖を通した。 「ずいぶん早かったのね」 少し離れた位置でそれを見守っていた女が、おもむろに口を開いた。 「どんなにデキの悪いカエルでも、最低三ヶ月はもつのに。あなたみたいなタイプは初めてだったけど」 あの男は身寄りのない孤児や奴隷を買い取っては手籠めにし、飽きたら捨てるを繰り返すことで有名らしい。気が弱くて従順そうな少年少女ばかりを狙うのだと、女が言った。 「あなた、よほど可愛げがなかったのね」 はっ、とカミュは鼻で笑った。 「可愛げだって? あってたまるかよ、そんなもん」 手早く靴まで履き終えると、女に背を向ける。 「可愛げだって? あってたまるかよ、そんなもん」 手早く靴まで履き終えると、カミュは女に背を向けた。 「世話になったな。一応アンタにだけは礼を言っとくぜ」 玄関のドアノブに手をかけたとき、女が再び口を開いた。 「ねぇ。あなたが助けたあのカエルの子、あれからどうなったと思う?」 「……は?」 胡乱な目つきで振り返る。女はずっと無表情だった顔を、仄かにほころばせていた。 カミュが助けたカエルの子。マヤと同じ年頃の、あの少女のことだ。 「あの子はね……結局どこにも行く宛がなく、今は売春宿で客を取っているそうよ」 自分がしたことは、すべて無駄だったということだ。 立派な屋敷が連なる住宅街を、カミュは途方に暮れながらトボトボ歩いた。歓楽街に戻る気にはなれず、足先は自然と町の外へと向けられていた。 バカバカしくて、いっそ笑いが込み上げた。 妹どころか、名も知らぬ少女すら救えなかった。なんの価値もない、誰も救えない、そんな自分をあざ笑うことしかできなかった。 * イレブンは絶句していた。 彼には少しばかり刺激の強い話だったろう。それでもカミュは、包み隠さずすべての過去を明らかにした。 「つまりそういうことだ。オレとしたって、なんもいいことないぜ。なにせガバガバで、締りがないらしいからな」 ヒョイと肩をすくめて、自嘲的な笑みを浮かべた。 けっきょく最後に残ったのは、傷物にされた心と身体だけだった。 もとより自分に価値があるとは思っていなかったが、暴力と共に浴びせられた罵倒の数々は、未熟な精神をそれなりに蝕んでいた。 しかし、だからといって困ることもなかった。セックスも、ましてや恋愛も、その後いっさいする予定がなかったのだから。 けれどイレブンと出会い、恋に落ちて、カミュはあのとき以上に打ちのめされた。 こんな不具合しかない中古品を抱いたところで、気持ちよくなれるはずがない。むしろ愛想を尽かしておしまいだ。そう思うほどに、男との過去はコンプレックスとしてカミュの中で急速に育っていった。 「カミュ!」 うつむくばかりだったカミュの両肩を、険しい表情のイレブンが掴んで振り向かせた。 「な、なんだよ急に。そんなおっかねえ顔すんなって」 反射的に笑って誤魔化そうとしたが、イレブンの瞳に涙の膜が張っていることに気がついて、なにも言えなくなった。バツの悪さに、目を泳がせる。 「……その、だからさ……つまりだな……」 「つまりボクが幻滅して、恋もさめて、キミを捨てると思ってる?」 「ッ……! お前は、そんなことできないだろ」 「できないんじゃない。しないんだ。そんなこと、絶対に」 そう言って、イレブンはカミュを強く抱きしめた。 おとなしく腕の中に収まりながら、カミュはツンと鼻先が痛むのを感じた。 イレブンの気持ちはわかっているつもりだし、信じてもいる。だけど心の奥にある柔らかい場所が、ひどく怯えて震えているのだ。 「カミュが不安な気持ちでいることはわかった。話してくれて、ありがとう」 「……うん」 「だけど、それを差し置いてキミがどうしたいのかを知りたい。ボクとどうなりたいか、キミの本当の気持ちを教えてほしい」 誤魔化してどうにかなる段階はとうに過ぎている。腹を括ると決めたのは、他の誰でもない自分自身だ。 「……オレは」 カミュは迷いを振り切り、最大の勇気をもってイレブンの背に腕を回した。震える指先で、ぎゅっと洋服にシワを刻む。 「オレだって好きなやつと……お前と、してみたい。こんなオレでも、愛して、愛されてみたいって……思ってる」 「……そうか」 イレブンが深く吐いた息を震わせた。 「聞けてよかった。カミュが嫌じゃないなら、それだけで」 「イレブン……」 「本当は、信じてなかったのはボクの方なんだ。キミに、男として見られてないんじゃないかって……カミュにとって、ボクはそういう対象じゃないのかもしれないって」 「んなわけねえだろ!」 カミュは慌てて否定した。自分の煮えきらない態度が、そこまでイレブンを不安にさせていたなんて知らなかった。あせりと共に込み上げてきたのは、自身へ対するどうしようもない苛立ちだった。 (オレはなにをグダグダと……! 悩んでるヒマがあったら、一回くらい試してみりゃわかる話じゃねえか!) 「イレブン! なあ、聞いてくれ!」 「わっ、な、なに?」 ガバっと顔をあげたカミュが、イレブンの両肩を強く掴んで引き剥がした。その勢いに面食らったイレブンが、目を白黒させている。 「今まで誤魔化して、先延ばしにしてきて悪かった。オレだって、本当はずっとお前と同じ気持ちだったんだ。だから……」 「うん」 「試してみるか? 今ここで……お前が、イヤじゃなければだけど」 イレブンの頬がみるみるうちに赤く染まった。そしてカミュの両腕をそれぞれグッと掴んで、前のめりになる。 「イヤなわけあるもんか!」 「よ、よっしゃ! そうと決まれば、いっちょやってみるとするか!」 「!」 腰紐をほどいたカミュがスポンと上を脱いでしまうと、イレブンも負けじと上を脱ぎ捨てる。色気もへったくれもない導入だが、こうなったら当たって砕けろだ。男ならやってやれ。 「よろしく頼むぜ! 相棒!」 「ああ、こちらこそ!」 邪神討伐後、本格的な同居スタートからはや数ヶ月。ふたりの初夜チャレンジが、今ここでようやく幕を開けたのだった。 * イレブンの上にまたがって、カミュはその首に両腕をまわすと口づけた。 ちゅ、ちゅ、と音を立て、確かめるように何度もキスを繰り返す。それだけで、互いに息が上がってしまう。 「ッ、……ん、は……っ」 やがて舌が触れ合うと、ふたり同時に身を震わせた。イレブンの口から漏れる吐息に、カミュは胸の内側がひどく熱を帯び、掻き乱されるのを感じた。 絡まり、擦れ合う舌に、頭が痺れてクラクラしてくる。キスってこんなに甘かったっけ。イレブンの唾液が、まるで花の蜜のように甘く感じられた。 無意識のうちに、サラサラの髪をきゅっと掴んで軽く引っ張っていた。 くすぐったそうに肩をすくめたイレブンが、ふっと小さな笑い声をあげる。 「ん、なんだよ」 「カミュ、どこもかしこも真っ赤だ。可愛いな」 「からかうなよ。そんなの、お前だって……」 自分だって耳まで赤くしているくせに、こんなときまでマイペースなイレブンが、憎たらしいのに愛おしい。めちゃくちゃに撫でまわして、頭からかぶりついてやりたくなる。 そんな衝動をグッと抑えて、カミュは濡れた口元を手の甲で軽く拭いながら、視線だけそっぽを向けた。 「……言っとくが、オレはまともに経験があるわけじゃねえからな。ましてやマジの相手となんて……だから、あんまり期待しないでくれよな」 こればかりは見栄を張ってもしかたない。本当は年上らしくリードしたいところだが、あんなものは所詮ただの暴力で、経験のうちには入らない。あそこの具合がいいわけでもないし、イレブンを満足させる自信は皆無だ。 「ヤルんだったら、そこらのぱふ屋のねーちゃんの方が、──っ」 この期に及んで往生際が悪い唇を、イレブンの唇が咎めるように一瞬ふさいだ。 「ボクだってそうだ。本で見た以上の知識はないんだからさ」 しかめっ面をしたイレブンが、上目遣いに睨んできた。 精悍な眉の下にある瞳が、まるで不貞腐れた子犬のように潤んで見えて、やっぱり可愛いのはこいつの方だとカミュは思った。 「カミュ……」 イレブンがモゾリと腰を動かすと、互いの中心が触れ合った。硬くなった性器の感触が、服の上からでも生々しく伝わってくる。 「っ、キスだけで、もうこんなかよ」 「しょうがないだろ……ずっと我慢してたんだ」 落ち着いているように見えて、本当はこんなにも余裕がない。しっかりと興奮しているイレブンに、カミュは胸を弾ませた。 「そっか……へへっ、苦しいな?」 窮屈そうな股上に手をやると、紐を解いて前をくつろげてやった。中の下着に指を引っかけ、軽く下にずらしただけで、ブルンと勢いよく性器が飛びだしてくる。 「ッ……!」 眼下にある隆々とした男根を見下ろし、カミュは思わず言葉をなくした。 「…………」 「……あの、カミュ?」 「なあ」 「はい」 「……デカくね?」 初めて見るイレブンのブツは、童顔に似合わず狂気じみたシロモノだった。太さ、長さ、脈打つ血管の活きのよさ、すべてが男性として申し分なさすぎて、唖然とするより他にない。持っているものは同じはずなのに、まるで違う生き物に見える。 「さあ? 他と比べたことがないからわからないけど」 「そうか。そう、だよな……」 旅の途中、キャンプが続くと水浴びで済ませることはよくあったが、これまでお互い局部を見せあったことはない。イレブンがやたらと恥ずかしがって前を隠すので、カミュもそれに合わせていた。仲間が増えてからは特にそうだったし、宿もしかりだ。 思えばカミュも他人の性器を、しかも勃起した状態のものを真正面から見るのはこれが初めてのことだった。あの男はいつもバックからしかしなかったし、カミュも絶対に吐く自信があったので、頑なに目を背けていた。 しかしそれにしたってこのサイズ。さすがは勇者さまといったところか。 あまりにも凝視しすぎたせいで、さすがのイレブンも恥ずかしそうに顔をうつむけている。そこでカミュはハッとした。 「心配すんな! イケるぜ相棒!」 「えっ?」 「なんたってオレはガバだからな! どんなデカブツだって余裕だぜ! むしろガバでよかったまであるんじゃねーか!? まさかガバに感謝する日が来るとは思わなかったぜ!」 「あの……そのガバって連呼するのやめない……?」 謎の光明を見出したカミュは、途端に勢いづいた。 「まあいいじゃねえか! とりあえず、なにか潤滑剤になりそうなものはあるか?」 「ああ、えっと……」 イレブンは手を伸ばし、ベッド横にあるチェストの引き出しを漁った。出てきたのは『ヌルットアロエ軟膏』と書かれた円形の容器だった。 「それ、ペルラさんが水仕事のあとに使ってるやつじゃないか?」 「こないだ切れたからってお使いを頼まれたとき、一つ余分に買っといた」 照れた様子で目を泳がせるイレブンに、カミュは思わず「ブハッ」と笑った。 「気長に待つとか言っといて、ちゃっかり用意してんじゃねーか」 「だって、いつカミュがその気になるか、わからないから……」 「はははっ! わかったわかった、ありがとな」 カミュはいったんイレブンの上から退くと膝立ちになり、自身も前をくつろげて一気に下着ごとズボンを脱いだ。身体のサイズに見合った大きさしかないが、カミュ自身もキスだけでうっすらと兆しはじめている。 「か、カミュ……ッ」 声を上ずらせたイレブンが、とっさに手で目元を隠しながら顔を背けた。珍しく慌てる姿が、なんともウブで微笑ましい。 カミュは転がり落ちた軟膏ケースを拾い上げ、蓋を開けて中身をすくい取った。 「んじゃ、これケツに塗るからお前もちんこに塗っときな」 「あ、うん」 イレブンが遠慮がちにケースを受け取る。 カミュは彼に背を向け、四つん這いの姿勢をとると「こんなもんだったか?」と穴の表面に塗りたくった。 「っ! な、なんて格好……っ」 ひどくうろたえたイレブンが、今にも卒倒しそうになっている。これからもっと凄いことをしようというのに、こんな有り様でどうするのだろうか。 カミュとしてはこの体勢でしか経験がないし、イレブンも楽だろうと思ったのだが。 とはいえ、さすがに色気がなさすぎたかと反省する。少しくらいは恥じらいを見せた方が、いわゆる『可愛げ』というものがあるのではないか。 しくじったかもしれないと、カミュは背後にいるイレブンの様子をうかがった。 「……あー、悪い。萎えたか?」 「それはない」 即答だった。言葉通り、イレブンのイレブンも元気なままでホッとする。 彼はカミュの秘部におずおずと目をやって、大きく喉を鳴らした。肉付きがいいとはいえない尻の谷間は、軟膏で濡れそぼっている。 そのあられもない姿に思うところがあったのか、彼は痛ましそうに目をそらした。 「あの人は、カミュにこんなことをさせていたんだ。しかも、まだ子供のキミに」 「……まあ、そうだな」 「ボク、やっぱりあのおじさんは嫌いだ」 複雑そうに歪められた表情から、亡き育ての祖父の教えを彼なりに守ろうと、葛藤しているのが伝わってくる。 どこまでも真面目で、健気な勇者さま。だからその相棒である自分は、多少図太くてひねくれているくらいでちょうどいいのだ。 「別にいいんじゃねえか? 恨むのと嫌うのって、似てはいるが同じじゃないだろ。オレだって嫌いだぜ、あんなおっさんのことなんか」 「……そうか。うん、そうだね」 固かったイレブンの表情が、ふっと緩んだ。そのことに安堵しながら、カミュはモゾリと尻を動かす。 「なあ、それよりさ、ずっとケツ向けたまんまってのは、さすがにちょっとな……」 いかなカミュでも、まるで恥じらいがないわけではない。今の自分が、どれほど不格好な姿をさらしているかくらいは、理解している。 「ご、ごめん! でも、できれば顔を見ながらがいいんだけど……ダメかな?」 「ダメじゃねえけど……ほらよ、こうか?」 コロンと背中をシーツにあずけ、両足を大きく開いてやった。イレブンは息を呑んだが、さすがにもう顔を背けることはなかった。 「カミュってこんなときまで男前なんだ」 「そうか?」 「うん……あ、ここ、髪の色よりほんの少しだけ青が濃い。量は、ボクのより少ないな。なんだか子供みたいだ」 「おいおいマジかよ、こんなときにオレのちん毛の話なんかどうでもいいだろ? あと、子供みたいってのは余計だぜ」 「どうでもよくない! キレイで、可愛いなと……思って……」 「へいへい、わかったよ。もういいから、はやくしようぜ」 神妙にうなずいたイレブンが、手早く軟膏を自身の性器に塗りつける。 カミュは彼がやりやすいように、自分の膝裏にそれぞれ手をやるといっそう大きく足を開いた。やがて熱の塊がグッと穴に押しつけられる。すると次の瞬間── 「ッ、う……?」 あの壮絶な異物感に備えて身構えていたカミュに、それとは違った違和感が走った。 (あ、あれ? なんかこれ……マズくねえか……?) 太い先端が、狭い場所を今にもこじ開けようとしている。鼻からスイカならぬ、鼻にスイカをねじ込むような──いや、それは出産の例えだったか? そんなことはどうでもいいとして、とにかくこれは無茶なんじゃないかと、そんな予感が胸にひしめく。 「ぅ……ぐ……ッ」 かといってここまで来て途中でやめるわけにはいかない。はっきり言ってこの時点でかなり痛いのだが、カミュは歯を食いしばってどうにか堪らえようとした。 こんなものは最初だけだ。久しぶりだから、身体が感覚を忘れているだけ。 「か、カミュ……これ、ホントにイケる?」 「いっ、イケるって! もっと勢いよく来いって!」 「そんな乱暴にできっこな、ッ、うっ……!」 そのとき、先端が半分だけメリッと潜り込んだ。 「ぃッ……──!!」 「……っ、カミュ、これ、かなり痛い……ッ」 「ぐッ、ぅ……ぬ、け、抜け、イレブン!」 自分はいい。しかしイレブンが苦痛を感じているなら話は別だ。 イレブンが腰を引く。たったこれだけで、ふたりとも汗だくになっていた。 「お、おかしいな? なんでこんなにイテェんだ?」 ゼェハァと息を荒げながら、カミュは天井に向かって首をかしげた。 今も尻の穴がジンジンしている。かろうじて裂けはしなかったようだが、あのまま押し進めていたらどうなっていたことか。 「ボクも、最初からおかしいと思っていたよ……」 「だよな? もっとズルっとヌルっといけるはず」 「そうじゃなくて!」 食い違う認識に、いよいよイレブンが声を荒げる。 「カミュは女の人じゃないんだよ! というか、女の人だって準備はちゃんとするものだろ!? そう簡単にズルっとヌルっといくはずないって、ボクにだってわかるよ!」 「なっ、なんだって!? だが、アイツのはもっと簡単に……」 勢いよく身を起こしたカミュに、イレブンが自身の髪をくしゃっと乱しながら「あのさぁ」と言った。 「言いたかないけど、あのおじさん……相当ちっちゃかったんじゃない?」 「!?」 ビシャーンと、雷が落ちたような衝撃が走った。 「なにがガバだよ。ガバどころか、カミュは身体だけじゃなくお尻の穴も小さいよ!」 「なっ、言ったな? どうせオレはケツの穴まで小せぇ男だよ!」 「よかったじゃんカミュ!」 「だな!?」 ふたりはガシッと握手を交わしあった。完全におかしなテンションになっていた。 まさか問題はこちらではなく、あちらさんのサイズにあったとは驚いた。まあ、つまり……その答えは、短小ってことだ。それも尋常じゃないくらい。 「クソ……思い悩むだけムダだったってことかよ……」 いらぬコンプレックスだったことに気が抜けて、カミュは脱力しながら再びシーツに背中を沈ませた。 「とにかく、ちゃんとしっかり慣らしてみよう」 イレブンの前向きな提案に、カミュはニヤッと笑った。 「やる気まんまんだな相棒。萎えてたらどうしようかと思ったぜ」 「カミュこそ、さっきので怖気づいたとか言わないよね?」 「まさか!」 へへっと笑いながら、カミュは親指の腹で鼻をこすった。 * (なんでかさっきより緊張するぞ、これ……) 再び四つん這いになって尻を突きだしながら、カミュはいやに身が強張るのを感じた。 コンプレックスは解消されたが、次なる問題はイレブンをまともに受け入れられるのか、ということだ。先っぽがめり込んだだけでもあれほど痛かったのだから、ブチ抜かれたらいよいよ死ぬんじゃなかろうか。 自分はいいが、イレブンを苦しませることだけは避けたい事態だ。 「では、失礼します」 かしこまったイレブンが、両手でカミュの尻たぶにそれぞれ触れた。そのままグニグニと揉みほぐされて、奇妙な感覚に戸惑いを覚える。 「な、なんだよそれ……?」 「マッサージ。少しでも緊張をほぐせるかと思って」 「なんかゾワゾワして、くすぐってえな」 イレブンによると、サマディーのぱふぱふ屋で首や肩の筋肉をほぐしてもらったら、とてもリラックスできて気持ちがよかったらしい。尻は凝ってねえんだけどなと思ったが、その心遣いに気分がほぐれて、細く長い息をはく。 「ゆっくりするから」 じわりじわりと小ぶりな尻の肉をマッサージしながら、イレブンの親指が穴の周辺に触れる。固くすぼまった場所もほぐそうとしているらしい。強弱を加えながら揉まれる感覚に、ゾクゾクっと何かが背筋を駆け抜けた。 「はぅっ、ん……!」 その上ずった悲鳴が自分のものだと理解したとき、カミュは全身を総毛立たせた。 両手で口を押さえ、目を見開く。なんて気色の悪い声だろう。気持ちがほぐれてしまったばかりに、無意識に漏れでてしまった。 「カミュ、今の可愛かった。もっと聞きたい」 「~~ッ!!」 口を押さえたまま目をぎゅっと閉じ、首を左右に振った。恥ずかしい。裸でケツを向けるくらいへっちゃらなのに、無防備に反応をさらけだすことには抵抗がある。 そもそも可愛いってなんだ。吐き気をこらえるための呻き声しか、カミュは知らない。 「ゆっくりでいい。我慢しないで」 そんなことを言われてもと、首をひねってイレブンを見た。カミュが愛してやまない蒼穹の瞳が、柔らかく細められている。その優しい色にすべてを委ねてしまいたくなって、気づけばこくんとうなずいていた。 「あ、……ん、っ……ふッ……」 むにゅ、むにゅ、とまるで女性の胸でも揉むかのような動きが、どんどん大胆になっていく。そこを中心に、全身が熱くなってきた。皮膚があわ立ち、息があがる。 スケベな手だなと、カミュは思った。イレブンの大きな手。いやらしくって、優しい手。ほぐれるというより、どんどん気持ちが蕩けていくようだった。 「そろそろいくよ」 頃合いを見て、イレブンの手がいったん離れた。 軟膏をたっぷりまとった指先に、すぼまった場所をクルリと撫でられる。そのままゆっくりと、少しずつ、人差し指を飲み込まされていった。よく知る異物感に呻きながらも、これがイレブンの指だと思うとたまらなく興奮した。 「ぅ……っ、ん……」 イレブンの「苦しくない?」という問いかけに、シーツを強く握りしめながらコクコクとうなずいた。彼はカミュの反応を見ながら、探るように抜き差しを繰り返していく。 時おり軟膏を継ぎ足し、やがて中指も添えられた。慣れない手つきでゆっくりと、時間をかけてほどかれていく。 「平気……?」 「っ、ん……平気だ……」 少し苦しいくらいで、なんとか耐えられそうだ。あまりにも丁重に扱われすぎて、いっそもどかしいくらいだった。 しかもイレブンの長い指は、あの男が届かなかった場所にまで余裕で届いてしまう。 「はぁっ、は……っ、なん、か……変だ、これ……」 徐々に徐々に、異物感が何か別のものにすり替えられて行く気がした。深い場所まで探られて、内壁のひだを擦られるたび、下腹部がキュンと疼くような切なさを覚える。引き抜かれる瞬間は、ビクビクと魚のように背筋が震えて脳が痺れた。 しかしそれをハッキリ快楽として認識するには、まだ少しかかりそうだった。けれど確実に変化しようとしている肉体に、今はただ戸惑うことしかできない。 「イ、レブ……んっ、ぅ……」 「やっぱり、カミュのここは小さいよ。ボクの指、ぎゅうぎゅう締めつけてくる」 「ッ、……ほん、とに? ゆるく、ねえか?」 「うん……壊してしまいそうで、少し怖い」 イレブンが身を乗りだし、カミュの背中にキスをした。舌を這わされ、何度もキスを落とされるうちに、カミュの口から甘い呼吸音がこぼれだす。 火照った耳元にイレブンが唇を寄せ、「あと一本、イケそう?」と囁くように問いかけてきた。溶けそうになっている意識で、カミュはこくんとうなずいた。 「はっ、ぅ……ぁ、……指、ふと、ぃ……っ」 さすがに圧迫感は増したが、時間をかけられただけあって痛みはない。むしろ前がどんどん張りつめていくのを感じる。 「アッ、ちょ……ッ、待っ……!」 そこへイレブンの手が添えられた。先走りが伝う竿を握られ、やわやわと扱かれる。 その動きは咥えこんでいる指の動きとも連動し、同じタイミングで出し入れが繰り返された。発展途上の快感に、明確な快感が重ねられ、強く刷り込まれていくようだった。 「ヒっ、ぅ……っ、それヤバ、ァっ、……お前、どこでこんな……ッ!」 「性の教科書」 「ムフフ本だろうがッ!」 「そうとも言う」 すました顔をして、ムフフ本を片手に相当脳内シュミレーションしたと見える。とんだむっつりスケベだ。 「はっ、ぁ……! ぅん……ぁッ、──イッ……!?」 「……ここ?」 イレブンの指先が、ナカの比較的浅い腹側の位置を擦ったときだった。 下腹に、ジワリと熱湯を流し込まれたような不可解な熱が広がった。心得たとばかりにそこを執拗に擦られると、腰から下が子鹿のように震えだして止まらなくなる。 「やっ、ぁ、やめ……ッ、そこっ、そ、こ……ッ、あッ、うあぁ……──ッ!」 もはや声を抑えることもできず、カミュはイレブンの手の中で精を放っていた。ガクガクと全身が震え、まるで壊れたオモチャにでもなった気分だ。 爆ぜるような鋭い快感とは裏腹に、頭がふわふわして不思議な感じがした。軽く耳鳴りがする。シーツに横倒しになりながら、ただ呆然と打ち震えることしかできなかった。 (マジかよ。オレ、ケツでイッちまったのか……?) こんなのは生まれて初めてだ。滅多にしないが、自分で適当に処理する行為とはまるで比べ物にならなかった。 「カミュ……?」 派手なイキっぷりに、イレブンもまた少し呆然とした様子で**込んでくる。彼が慎重に指を引き抜くと、余韻の抜けきらない身体がブルリと震えた。 「っ、ぁ……イレ、ブン……」 「カミュ、すごく可愛かった。どうしよう、ボク……」 赤らんだ顔で瞳をうるませ、イレブンが息を弾ませている。カミュの痴態に、そしてそれを演じさせたのが自分であることに、たまらない愉悦と興奮を覚えていることが手に取るように伝わった。 それでも彼は大きく首を横に振り、カミュの汗ばんだこめかみにキスを落とした。 「今日はここまでにしよう、カミュ。一度にムリすることはないから」 「……バカだな」 今さら我慢なんかしなくていいのに。 いっそ泣きたいくらいの愛しさに駆られて、カミュはイレブンの首に思いきり抱きついた。わっ、と悲鳴をあげながら、イレブンが倒れ込んでくる。 「カミュ……っ?」 「なら、その立派なおばけきのこはどうすんだ?」 カミュの太ももに、膨らみきった肉の塊が触れている。熱く脈打つ感覚に、カミュはいたずらっ子のように笑った。 「お、おばけきのこって……」 イレブンは恥ずかしそうに、一度コホンと咳払いをした。 「ボクは別に。一人で適当に済ませるし」 「なんだ、勇者さまの貴重な子種、オレに注いでくれないのかよ?」 「こっ、こだ……!?」 「なあ、頼むよ。ここまで来たんだ。オレをお前のものにしてくれよ」 はぁー、と大きなため息をついて、イレブンがカミュの首筋に顔をうずめた。 「ズルいなキミは。こんなときばかりワガママ言って」 「へへっ、いいだろ? お前にしか言わないぜ?」 「……なんか、悔しい」 「なんでだよ!」 ははは、と笑ったあと、カミュはイレブンの両肩をそっと押す。彼が素直に身を起こしたのと同時に、カミュも身を起こすとさらにその肩を押した。 少し戸惑いながらも、意図を察したらしいイレブンが仰向けに転がった。 「カミュ……」 「ん、あとはオレに任せとけ」 達したときの余韻が抜けきらず、身体にうまく力が入らない。それでもなんとかイレブンの上に乗り上げ、腹に手をつきながら腰を浮かせた。 イレブンのモノは可哀想なくらい赤く張りつめ、ドクドクと脈打っている。すっかり腹につくほど反り返っているブツに手を這わせ、自分の尻の中心にあてがった。 「んっ……」 指だけで簡単にイカされてしまうほどだったのだから、こんな太いもので掻き回されたらどうなってしまうんだろう。期待と不安にゴクリと喉を鳴らしながら、カミュはゆっくりと体重をかけて腰を落としていく。 「うぁっ、ァ……っ!」 「カ、ミュっ、……ッ」 ズプッ、と、先端が入口をこじ開けた。大きく身を跳ねさせながら、ふたりの口からは先ほどとは明らかに違う色を帯びた声が漏れる。 (イレブンの、やっぱでけぇ……腹んナカ、破けちまわねえかな……?) だけど、まあいいやと思った。おそらく痛みはあるのだろうが、興奮が勝っているせいでわからなくなっている。ただひたすら、身体の奥がジンジンと熱く痺れていた。 「うっ、く……ッ、はぁっ、ぅ、ア……っ」 そのままどんどん腰を落として、イレブンのものを飲み込んでいく。 「ぅっ、待って……カミュのなか、キツすぎて……ちょっと、マズい……!」 「はっ、はは……っ、なに? もうイッちまうの?」 小刻みに震えるカミュの太ももをそれぞれガッシリと掴みながら、イレブンがコクコクとうなずいた。ぎゅっと目を閉じ、唇を噛み締めている。額には汗がにじみ、彼がいかにギリギリの状態であるかが知れた。 これまでずっと我慢していたのだから無理もない。今日はここまでにしようなんて、よく言えたものだと思う。 「いいぜ、ッ、ん……っ、ぁ、ナカ、出していいから、さ……!」 カミュは両手をイレブンの腹につき、さらに腰をズンと落とした。突き抜けるような衝撃に、声も出せずに背を反らせる。奥、と定義していいのかは知らないが、そこはカミュが許せるギリギリの場所だった。 とはいえ、決して初めてで達していい場所ではない気がする。もしかしたら、まだもっと先があるのかもしれないけれど。 「──~~ッ、……! ……ッ、ァ゛……!!」 全身を痙攣させながら、カミュの性器も腹につくほど興奮して反り返っていた。 たぶん、どこもかしこもすっかりバカになっている。痛いも苦しいも、もはやよく分からない。ただ熱くて、意識がひどく**していた。 (イレブン、好きだ……イレブン……ッ) 彼になら、壊されたって構わない。身体があげる悲鳴など、簡単に無視できてしまう。 「カミュッ、ダメだボク……っ、ァ、もう……!」 深くまで飲み込まれた男根が、ナカでドクンと大きく跳ねた。一気に放出されたものが、イレブンの形にポコンと盛り上がっている下腹の内部で暴れ狂う。 「ぅあっ、ぁ……っ、でて、る……ッ、イレブンの、すげえ、熱い……!」 「くっ、ぅ……ッ、ァ……──!」 快楽に打ち震えたイレブンが、片手で自身の髪をぐしゃりと乱して顔を背けた。そのまま荒く息をつく様を見下ろしながら、ゾクゾクと背筋に愉悦が込み上げる。 (オレ、できてる……イレブンと、ちゃんとセックスできてる……!) 彼の初めてをもらった。薄くてちっぽけな臓腑で、勇者さまの子種を受け止めている。 ずっと欠陥品だと思い込んでいたこの身体で、ちゃんと愛する男を満足させることができた。その喜びに、カミュは空色の瞳から熱い涙を溢れさせた。 「か、ミュ……? ッ、ボク、自分だけ……!」 イレブンは腹筋の力だけでガバっと起き上がり、カミュの二の腕をそれぞれ掴んだ。カミュが流す大粒の涙に、彼は唖然とした表情を浮かべたあと泣きそうな顔でうなだれる。 「ごめん、カミュ……キミにばかりムリさせて、挿れただけでイクなんて……」 「ははっ、バカだなイレブンは。ムリしてねえし、嬉し涙だよ、これは」 「でも……」 「ありがとな」 おずおずと顔をあげたイレブンの唇にキスをした。口づけはそのまま深まり、唾液を溢れさせながら互いに舌を絡め合う。 そうしているうちに、いったんは落ち着いたかに見えたイレブンの熱が、再び硬さを増してカミュの下腹を押し上げた。 「は、ぁ……イレブン、もうか……?」 「……ごめん、カミュ」 「ん」 うなずいたのと同時に、ふわりと浮遊感を覚えた。気づけば仰向けになっていて、すぐ真上にはイレブンのこぼれそうなほど潤んだ瞳がある。 「カミュ。次はボクに、ちゃんとキミを愛させてくれ」 「あっ、イレブ、ぅ、んん……ッ」 イレブンが腰をわずかに揺らめかすだけで、内部から淫らな水音が響き渡った。 そこは彼が放ったものでぬかるんでいる。下腹部に走る甘い疼きが、ナカを満たすイレブンをさらにぎゅうっと締めつけた。 「好きだ、カミュ。ボクの、ボクだけのカミュ……愛してる」 イレブンの低く艶めいた声は、まだ先があるのかと思うほどカミュの意識を蕩かした。 「オレもっ、オレも愛してる……イレブン、オレの勇者さま……」 いったん深いところから退いた肉棒が、今度はゆっくりと浅いところを行き来する。 腹の裏側にある、カミュがおかしくなってしまうポイントを的確に突かれて、頭のなかでパチパチと火の粉が飛んだ。 「あっ、あ、そこ、そこダメだッ、ひっ、ヒぅッ、ぁ……ッ!」 やはりそこを刺激されると、腰から下が制御不能になる。ガクガクと怖いくらい痙攣し、自分の身体ではないみたいだった。イレブンの首にしがみつき、嬌声をあげることしかできなくなる。 「カミュ、カミュ……」 「は、あぅ…… んぁ、ァ……ッ、オレっ、こんなの、ぁっ、ヒ……、知ら、ね……ッ」 ゴリゴリとナカを擦られ、押しだされるように声が漏れでてしまう。 両足はイレブンの腰に巻きつけ、ただ揺さぶられるまま快楽を享受した。甘い声で名前を呼ばれるたび、ドロドロと身体が崩れてしまいそうだった。 イレブンは確実に急所をかすめながらも、ストロークを深いものにしていった。内臓を引きずりだされるような感覚に、背筋が戦慄く。それが怖いくらい気持ちいい。 自分がいかにお粗末な行為しか知らなかったかを、まざまざと思い知らされるようだった。 「ひぁっ! あッ、ア、きも、ちぃ……ッ、もっ、おかしく、なる……ッ!」 「ん……ッ、ボクも……、カミュ……っ」 「うっ、ンんぅ……っ」 深く唇を重ね合い、競うように舌を絡めながらサルみたいに腰を振った。 結合部から響くグポ、グポ、という、耳を塞ぎたくなるような下品な音にすら興奮し、頭が沸騰しそうだった。 カミュを抱きしめていたイレブンが、片方の手を下方へやった。ほっとかれたまま蜜をこぼすカミュの性器を、抽挿と同じタイミングで扱きだす。 そんなことをされたら、もうもたない。嫌々と首を振ると、唇が糸を引いて離れた。 「ふっ、んうぅ……ッ!」 助けを求めるようにイレブンを見れば、彼は獲物に牙を立てる獣のように目を細め、荒々しい呼吸を繰り返していた。時おりごくんと隆起する喉仏のなまめかしさに、気が遠のきそうになる。 いっそこのまま、骨まで残さず食い尽くされたい。血も肉も混ざり合い、本当にひとつになってしまえたら。その渇望に、目の前が白く染まった。 「ッ、イ、く…… イクっ! イレブンッ、ァひ、……ア、ぁ――……ッ!」 「ボクもッ、イく……っ!」 カミュが白濁を撒き散らすのと同時に、後孔がいっそう締まった。イレブンが腰を震わせ、再びナカに熱い精液が注がれた。 ビクッ、ビクッ、と断続的に身を震わせ、カミュは恍惚とした表情で膨らんだ下腹をゆるりと撫でる。 「ッ、ぁ……、ぁ……オレのなか、勇者さまのでいっぱい、だ……」 「ん……カミュ、すごくよかった……ありがとう」 「オレも……」 抱き合って、角度を変えながら何度も唇を啄んだ。爪の先まで痺れたようになっていて、イレブンを咥え込んだままの場所にはいっそ感覚がない。 それでもキスを重ねるうちに、ナカでまたドクドクと脈打ちはじめる熱を感じた。 「勇者さまは、さすがにタフだな……」 「ごめん、いま抜く……」 「いいって別に」 「ッ、え」 すっかり汗ばみ、しんなりしている髪を頬に貼りつけ、カミュは「へへっ」と笑った。 「オレは勇者の相棒だぜ。同じくらいタフでなくてどうすんだ?」 「で、でも」 「ずっと我慢しててくれてありがとな。だから今日は、トコトンやろうぜ」 「カミュ……ッ」 感極まったイレブンに、ぎゅうっと強く抱きしめられる。愛おしさを込め、カミュはその広い背中をぽんぽんと優しく撫でた。 * 翌日、晴れた空のした。 庭でシーツを干すイレブンの近くで、カミュはテーブルセットの椅子に腰掛けていた。 「悪いな、後始末させちまって」 シーツは汗やらなにやらでグチャグチャだった。昼近くまで泥のように眠っていたカミュに代わって、イレブンが朝からせっせと洗濯などの家事をしてくれている。 「これくらい気にしないで。無理させたのはボクの方だし……それよりカミュ、身体の具合は? 起きてて平気なのか?」 「ああ。おかげでピンシャンしてるぜ」 といっても、実のところ腰から下にあまり力が入らない。下腹部に鈍い痛みもあるし、声もすっかり掠れている。そりゃあそうだ。あんな大きなモノを一度に受け入れ、しかも朝方まで大盛りあがりだったのだから。 しかしそれを表に出せば、イレブンが海より深く落ち込むことは目に見えている。 それにカミュにだってプライドがあるのだ。タフな勇者の、タフな相棒でありたいというプライドが。こればっかりは、ちっぽけだなんて思わない。 (それにしたって、さすがに後先考えずにやりすぎちまったかな……) 死ぬほど恥ずかしい声を出しまくった気がするし、恥ずかしいことも言いまくった気がする。昨日は完全にバカになっていたからよかったものの、素面の状態であまり深く思いだしたくはない。 「カミュ、あのさ」 「ん?」 シーツをあらかた干し終えたイレブンが、なにやら頬を赤らめてマゴマゴしている。 すぐにピンと来たカミュは、テーブルに頬杖をついてニッと笑った。 「気にすんなって。すげえよかったし……またしような」 「!」 昨夜の恥ずかしい反応の数々を見れば分かりそうなものだが、彼はハッキリとカミュの口から聞かないことには、不安でしょうがなかったらしい。あからさまに表情を明るくし、ホッと胸を撫で下ろしている。 普段は落ち着いた態度のくせに、こういう年相応なところが可愛くてしょうがない。 そしてなにより、イレブンに述べた感想は本当だった。ずっと抱え込んでいたトラウマも、ほとんど解消されてしまった。 旅のあいだも、そして一緒に暮らすようになってからも、イレブンは最高の相棒だ。それに加えて身体の相性までバッチリだなんて。さすがはオレの勇者さま……と、カミュは鼻の下をこすりながらつい心の中でノロけてしまった。 「ボクもすごく気持ちよかった。キミはいつでもカッコよくて魅力的だけど、あんなに可愛いなんて反則だよ。思いだすだけでまた変な気分になってくる」 「おいおい、わざわざそんな恥ずかしいこと真顔で言うのはやめろよな……ッ、イテテ」 そういう素直なところがお前のいいところでもあるんだが──と続けるつもりが、変に身じろいだせいで腰に響いた。テーブルに突っ伏すカミュに、青ざめたイレブンが即座に駆け寄ってくる。 「カミュにーちゃーん! リタリフォンできたー!?」 そこへ遠くから声がした。見れば、マノロがブンブンと大きく手を振っている。 「やべ、まだだった」 イレブンの手を借りながら、カミュは椅子から立ち上がると手を振り返す。 「すぐだから、もうちょっと待ってな!」 「わかったー!」 嬉しそうに飛び跳ねながら、マノロは子どもたちの輪に戻っていった。 その無邪気な背中を見つめてカミュが笑うと、そんなカミュの腰をしっかりと抱きながら、イレブンがコツンと頭をぶつけてくる。 「なんだよ、まさか妬いてんのか?」 からかい半分に問いかけると、イレブンは自信満々に「当たり前だろ」と言った。 「全人類が、ボクのライバルみたいなものなんだから」 「マジかよ。その言葉、そっくりそのままお返しするぜ」 ブハッとふたり同時にふきだし、また腰に響いて、慌てるイレブンにカミュが笑う。 イシの村での優しい時間は、そうやって穏やかに、ゆっくりと過ぎていくのだった。 * それから数日後のことだ。 カミュはデルカダールから戻ってきたデクと、道具屋のカウンター越しに世間話をしていた。 デクはデルカダールの下層で、奴隷商人や市場に関与していた者たちが捕まったことを教えてくれた。囲われていた子供たちも数人、保護されたらしい。 カミュはあれからすぐにイレブンが単身デルカダールに飛んでいき、王とマルティナに奴隷市のことを報告したのを知っていた。だから特に驚きはしなかった。 その他にも、デクは不真面目な門番がついにクビになったこと、新しくグレイグ直属の部下が下層の警備につくようになったことや、慈善団体や教会との連携を強め、孤児院が拡大することなどを話してくれた。 少なくとも、デルカダールの下層で奴隷市が開催されることは、もうないだろう。トカゲのしっぽ切りと言われてしまえば、それまでかもしれないが。 「そういえばアニキたち、こないだ下層でケンカしたでしょー?」 ああ、と返すと、デクは腰に両手を当てて「ふふーん」と得意そうだった。 「アニキたちは目立つから、ワタシの耳にもすーぐ入ってくるのよー」 「ほーん。で? それがどうかしたのか?」 ニコニコ顔だったデクが真顔になって、カウンターに乗りだしてくる。腕を組みながら身体を傾けてやると、彼は小声で物騒なことを耳打ちしてきた。 「あのときアニキたちとやりあった男ね、死んだらしいよ」 「……マジか」 「羽振りがいいから、商売人の間でも有名よー。いい噂は聞かないけどねー」 「なんだってまた?」 「さあ? 詳しい事情は知らないけど、奥さんにナイフでブスっとやられたらしいよー」 あの男のそばにいた女といえば、一人しか思い浮かばない。 「あの女、ヨメさんだったのか」 思えば使用人にしては、身なりがあまりにも上等だった。実の妻に自分のオモチャの世話をさせていたのかと思うと、なんともいえない気持ちになる。 「あれー? アニキ、知ってる人ー?」 「あ、いや……まあ、ちょっとな」 デクの口ぶりだと、あの男の悪行についてはかなり有名なのだろう。余計なことを口走ったかと後悔したが、元相棒はそれ以上の詮索はしてこなかった。それどころではないのかもしれない。デクは不安そうにしょんぼりと肩を落とした。 「はぁー、ワタシも気をつけないとねー……」 「お前んとこのヨメさんは大丈夫だろ。オレの目から見ても幸せそうだぜ?」 「だといいんだけどねー」 そう言って笑うデクの妻ミランダは、今回彼と一緒にイシの村へ来て滞在している。村人たちとも仲がよく、今日はマノロの母親と料理をするために出かけているらしい。 (なんにせよ、わからねえもんだな……) ピクリとも表情を動かさず、いつも淡々としていた女性。いま思いだしても、なにを考えているのかさっぱり読めない女だった。そこにどんな思惑や感情があったのか、詮索したところで意味はない。 「ところでアニキ、なにか用があって来たんじゃないのー?」 「あー、まあな」 わざわざデクがいるタイミングを狙って来たのには理由がある。今度はカミュがカウンターに身を寄せ、口元に手をやるとデクに小声で耳打ちした。 「ヌルットアロエ軟膏な、あれよりもうちょっとトロっとしてて、いい感じのやつってないか?」 すると即座に察したデクがにんまり笑った。 「もちろんあるよー! お肌にとびっきり優しくて、上等なやつねー!」 「……あるだけくれ」 なんともいたたまれない気持ちで、耳までカンカンに赤くしながら咳払いするカミュに、元相棒はいろんな意味で嬉しそうに「まいどありー!」と言った。 カミュは勇者のカエルじゃない・了 ←戻る ・ Wavebox👏
木くずまみれのテーブルに彫刻刀を置き、できあがったものをざっと眺めた。
台座の上には前脚を高らかに掲げた騎馬の姿がある。適当に見繕ってきた木材から、カミュがせっせと彫り上げたものだった。
「ただいまカミュ。まだ起きてたんだ」
そこへイレブンが帰宅した。椅子に掛けたまま、カミュはヒョイと片手をあげる。
「よ、おかえり。まあちょっとな。そっちはもう終わったのか?」
「ああ。明日の朝イチで届けてくるよ」
イレブンは食後、ずっと倉庫にこもって鍛冶をしていた。イシの村人から頼まれて、刃先が欠けた料理包丁を打ち直していたのだ。日頃から彼のもとには傷んだ装飾品や、日用品の類がひっきりなしに持ち込まれる。もはや立派な村の鍛冶職人と化していた。
「それよりこれ、もしかしてリタリフォン?」
テーブルに手をついたイレブンが、まん丸の目をしばたたかせる。
「おっ、よくわかったな」
「ひと目でわかるよ。馬鎧も細かく彫られているし、この角もすごくカッコいい」
「へへ、ありがとな。そう言われると作った甲斐があるってもんだぜ」
褒められると悪い気はせず、カミュは人差し指で鼻の下を軽くこすった。
イレブンが「触ってもいい?」と聞いてくるのでうなずいてやる。彼は慎重な手つきで木彫りのリタリフォンを持ち上げ、その仕上がりに感嘆の息をついた。
大きさとしては土台も含めると、せいぜい大人の手の平からわずかにはみだす程度だ。記憶を頼りに彫ったのだが、イレブンの反応を見るに出来はいいようで安堵する。
「さっきから作ってたのはこれだったのか。でも、どうして急に?」
「ああ、実はな──」
今日の昼間、カミュは村の子供たちに引っ張られて散歩に出かけた。
そこでたまたま転がっていた中程度の丸太を拾い、なんとなくその場でササッとルキを彫ってみた。短剣を使ったため細部までは整えられず、かろうじてそうと分かる程度の代物だったが、子供たちには大ウケだった。
しかしそれからすぐ、木彫りのルキを巡ってケンカがはじまった。引っ張り合いの末に四肢がバラバラに折れてしまい、泣きだす子まで出る始末。困り果てたカミュはなんとか場を収めるため、全員に「それぞれ好きなものを彫ってやる」と約束をした。グレイグの愛馬、リタリフォンはマノロからのリクエストだった。
「それでか。母さんが倉庫を引っ掻き回してたのは」
「ペルラさんに相談したら、昔お前のじいさんが使ってたっていう彫刻刀を、わざわざ探してきてくれてさ」
「カミュに使ってもらえて、テオじいちゃんもきっと喜んでると思うよ」
「だといいけどな──あ、そういや絵の具ってどっかにあるか? 木彫り用のやつ。あと、できればヤスリとニスも」
リタリフォンをテーブルに戻し、イレブンは少し考える動作を見せた。
「どうだろう? デクさんのところならあるだろうから、明日一緒に行ってみようか」
「だな。そうと決まれば、今日はもう休むか」
カミュは椅子から立ち上がり、服の前面に付着している木くずを払う。
「オレはこいつを始末しちまうから、お前は先に寝てていいぜ」
床にもテーブルにも、木くずが雪のように降り積もっている。これをそのままにした日には、勇者のデインより怖いペルラの雷が落ちるだろう。
イレブンは「うん」とうなずくと、カミュの指先に手をやって軽く握りしめてきた。
「……待ってる」
「お? おう」
熱を帯びた真摯な瞳に、ついドキリとさせられる。彼はすぐに背を向けて行ってしまったが、栗色の髪の隙間から覗いた耳の赤さに、カミュが気づかないはずはなかった。
*
片付けを終えて戻ると、イレブンは二つ並んだベッドのうち、カミュが使っている方のベッドに座り込んでいた。
「眠れないのか?」
イレブンはカミュをチラリと見てから目をそらし、「そうじゃないけど」とどこか煮えきらない口調で言った。
彼が何を考えているかくらいお見通しだ。けれどあえて気づかないフリをして、カミュは身をかがめると「おやすみ」と言いながらその額にキスをする。
子供だましの口づけに、彼はいささか不満そうな顔をした。軽く唇を尖らせてから、「もっと」と言ってカミュを強く引き寄せる。イレブンの膝をまたぐようにして座る形になると、ベッドがわずかに軋みをあげた。
「ちょ、おいっ! イレブ、ん……っ」
ちょっぴり強引に、噛みつくようなキスをされる。少し厚みのある唇が、カミュの薄い唇を食んでは軽く吸いあげた。かすかな水音の生々しさに、耳の奥が熱くなる。
それを何度も繰り返されるうち、頭の中がクラクラしてきた。ほとんど無意識のうちに、カミュはイレブンの首にすがりついていた。しかし彼の手が腰布にかかったことに気がつくと、その瞬間ハッと正気を取り戻す。
「待っ、おいこら……ッ、ダメだって!」
あせったカミュは、とっさにその手を掴んだ。イレブンは物言いたげに眉根を寄せると、小首をかしげて熱っぽい瞳を向けてきた。
「……なぜ?」
まっすぐな視線を受け止めきれず、カミュは思わず目を泳がせる。
「それは、その……急すぎっつーか、なんつーか」
「……カミュ。約束、忘れた?」
「約束?」
「思いだしてみて」
まいったな、と思いながらも、言われた通り記憶の引き出しを探ってみる。すると思いのほかすぐに、該当するシーンがよみがえってきた。
(もしかして、あのときのことか……?)
それはネルセンの試練後、ここで二人暮らしをはじめた当初のことだ。今みたいにイレブンに迫られたことがあった。それはそれはいい雰囲気だったものの、あのときもカミュは同じようにキスより先を拒んでいる。
「思いだした? あのときキミが言ったんだよ。邪神を倒したあとならいいって」
オレそんなこと言ったかな……と戸惑うカミュをよそに、イレブンはさらに続けた。
「その邪神も倒してずいぶん経つし、ボクとしてはそろそろかなと……思ったんだけどな」
しゅんとまつ毛を伏せるイレブンに、カミュはぐっと唇を引き結んだ。そして、あのときの自分の言葉を思い返してみた。
『待てよイレブン。いくら浮かれてるとはいえ、今のオレたちがするべきことは、まずは邪神をぶっ倒すことだろ?』
──そうだ。確かそう言った。のんきに乳繰り合ってる場合なのか、と。
邪神の名を出すだけで、イレブンは素直に引き下がった。我ながらズルいかわし方だったと思う。彼がそれを『倒したあとならいい』と解釈するのは当然の流れで、悪いのはその場しのぎで誤魔化したカミュの方だった。
「あのさイレブン、オレ──」
「足りないんだ」
「イレブン……?」
「おやすみのキスだけじゃ、もう足りない。キミと、もっと先に進んでみたい」
あまりにもストレートで切実な訴えに、カミュは喉奥から「うぅ」とおかしな呻きを漏らしてしまった。顔いっぱいに火が灯ったように熱が広がる。
イレブンの望みならなんでも叶えてやりたいし、求められて嬉しくないはずがない。彼と深く繋がりあえたらどんなにいいかと、カミュ自身夢想しない日はないほどに。
けれど、それでもなお踏みだせないのには『理由』がある。
いっそ打ち明けてしまえば楽になるのだろうが、それはカミュにとって絶対に知られたくない『秘密』でもあるのだ。コンプレックスと言ってもいい。イレブンにすら──むしろイレブンだからこそ、隠しておきたい恥部だった。
とはいえ、このまま黙っていても埒が明かない。
「あー、っと……その、なんだ……お前の気持ちは、嬉しいんだが……」
「……フハッ」
「ッ、ぁ?」
「ごめん。いつも余裕なキミが、そんなに困るとは思わなくて」
イレブンは肩を揺らして笑いながら、カミュの首筋に顔をうずめた。そして何かを振り切るかのように、ふっと大きく息をつく。
「いいよカミュ。あせらないでいい。キミがその気になるのを気長に待つから」
「マジか。イレブン、お前……ずいぶん大人びたことを言うんだな」
感慨深くつぶやくと、顔をあげたイレブンが嬉しそうにパッと瞳を輝かせた。
「そう? 今の、大人っぽかった?」
「ブハッ」
その反応の子供っぽさに、つい噴きだしてしまう。ぎゅうっと頭を抱きしめながら「惚れ直したぜ」と言ってやると、彼はいっそう嬉しそうに頬を染めた。
愛しさといじらしさが同時にこみ上げ、カミュはその絹糸のような髪をくしゃくしゃと乱した。ごめんなと、心のなかで告げながら。
(いい加減、どっかで腹括んねえとだよな……)
葛藤を胸に、結局その晩はいつも通りそれぞれのベッドで眠りについた。
*
翌日。
打ち直した包丁を届けたついでに、カミュとイレブンは道具屋に立ち寄った。しかし残念なことに、木彫り細工に使える絵の具は入手できなかった。
村とデルカダールを行き来しているデクも、ここ最近はあちらに戻っているらしい。なら行ってみようということになり、ふたりはルーラでデルカダールへと向かった。
一等地にあるデクの店に行くと、目的のものはあっさり手に入った。
デクと立ち話をしたあと城にも立ち寄り、王とマルティナ、グレイグにも挨拶をした。
グレイグはカミュが木彫りのリタリフォンを制作中だと話すと、たいそう嬉しそうに顔をほころばせ、完成したらぜひ見せてほしいと言っていた。
それからふたりは新しくできたというレストランで昼食をとり、のんびりと町中を散策した。エマとペルラにお土産を買うころには、だいぶ日が傾きかけていた。
するとイレブンが、下層にいる宿屋の女将にも挨拶をして帰ろう、と言いだした。カミュも同じことを考えていたので、ふたりは下層へ続く門へと足を向けた。
「へぇ、しばらく来ないうちに、ずいぶん小綺麗になってるじゃないか」
デルカダール下層は積み上がっていたゴミや瓦礫が撤去され、以前よりだいぶ整備されていた。町に孤児院が作られたこともあり、子供だけで掘っ立て小屋に雑魚寝することもなくなっているようだ。
徐々に貧困対策も進められ、下層の人々の暮らしに変化の兆しが見えはじめている。
「それにしても、なんだかいやに人が多いな」
ここだけ何かの祭でも催されているのかと思うほど、行き交う人間が異様に多い。しかも皆、明らかに富裕層であることがうかがえる身なりのよさだった。
訝しむカミュの横で、イレブンもポカンとしながら辺りを見回している。
(どうも嫌な予感がするな。それに──)
まるで値踏みするかのように、そこかしこからジロジロと視線が向けられているのを感じた。カミュは小さく舌打ちすると、イレブンを軽く肘で小突いた。
「イレブン。お前、フードは持ってきてるか?」
「え? ああ、確かこの中に……」
腰にさげているカバンを漁り、イレブンが旅人のフードを取りだした。おたずね者時代、一度はグレイグの手に渡ったものを、彼は未だに大切に持っている。
かぶってろ、と短く指示すると、イレブンは首をかしげながらも大人しく従った。
「どうしてボクだけ? カミュは?」
「オレはいい」
お互いシンプルな村人服を着用しており、隠そうにもフードがない。カミュはこの手の俗っぽい視線に慣れているが、イレブンがさらされることだけは我慢ならなかった。
カラン、カラン、カラン!
そのとき、甲高いベルの音が響き渡った。
「さぁさぁみなさんお待ちかね! カエルの市場はこちらだよ! 下は10から上は15まで、新鮮なカエル肉が揃い踏み! うかうかしてると、あっという間に売り切れだ!」
ハンドベルを持った男が、大きな声を張り上げている。そちらを見やると、やぐらがあったはずの場所に大きなテントが張り巡らされていた。
やっぱりか、とカミュは思った。カエルとは、つまり奴隷のことだ。裸に剥かれた人間が、抵抗する意思さえなく足を開いている様子からそう呼ばれている。
奴隷市は各地で秘密裏に開催されており、このデルカダール下層でも年に数回行われているものだった。
(クソ、よりによって今日かよ。どうりで門番の姿も見当たらないわけだ)
大方、買収でもされているのだろう。あるいは懲りずに踊り子のケツでも追いかけているのか。掃きだめは所詮、どこまでいっても掃きだめのまま。根っこは腐りきったままなのだ。
「カミュ、カエルの肉だって。懐かしいな」
カミュの胸中をよそに、イレブンはほっこりとした表情を浮かべている。旅のあいだに食べた、サバイバル食のことを思いだしているのだろう。キャンプ続きで食料が不足したときは、よく捕まえて調理していた。
「最初は驚いたけど、カミュが料理するとなんでも美味しくなるんだよね」
さばいた肉を、自生するハーブと一緒にバナナの葉で包んで焼くと、臭みもなくそれなりのものが出来上がる。涙目で悲鳴をあげる仲間もいたが、いざ食べてみると存外悪くないと評判だった。
「久しぶりに食べたくなってきたよ。せっかくだから買って帰ろうか?」
額面通りに受け取っているイレブンに苦笑しながら、カミュはその手を掴んで歩きはじめた。
「わざわざ買わなくたって、そのへんで捕まえりゃすむ話だろ? 悪いことは言わねえから、とっとと目的を果たそうぜ」
それもそっか、と素直に納得するイレブンにホッとする。
人混みを掻き分けながら、目的の宿屋にはすぐにたどり着いた。カウンターに立っていた赤髪の女将は、ふたりを見るや目を丸くした。
「おやまぁ! 勇者さまにカミュちゃんじゃないか!」
「よお女将、ひさしぶりだな。元気してるか?」
「ボチボチってところかね。それよりあんたたち、こんなところに何か用かい?」
「用ってほどでもねえけどさ。たまには女将の顔でも拝んどこうかと思ってね」
女将は嬉しそうにカラカラと笑い、それからなんやかんやと近況や世間話をした。女将は終始楽しそうではあったが、あらかた話が終わってしまうとふいに表情を曇らせた。
「それにしたって、よくないときに来たもんだ」
カミュは事情を察しているが、イレブンは小首をかしげてキョトンとしている。
「あんたらみたいに若くてキレイな顔した子たちは、特に今日みたいな日はこんなところをウロついてちゃいけないよ。カミュちゃんなら分かるだろ?」
「まぁな……」
「だんだん治安がよくなってきたと思ったら、結局これだよ。カエルだなんて、人をなんだと思ってるんだろうね」
「……ひと?」
目を白黒させたイレブンが、カミュの方へ目を向けた。
「人ってどういうこと? まさか、カエルって……?」
できればイレブンの耳には入れたくなかったのだが、こうなったら仕方ない。肩をすくめることで肯定を示すと、彼はたちまち眉をひそめた。
女将によると、とりわけ今回はまだ成人にも満たない少年少女たちが各地から集められ、売りに出されているらしい。
「そんなのダメだ。すぐに行ってやめさせないと」
静かに怒りを燃やすイレブンに、女将は痛ましそうな息を漏らした。
「気持ちはわかるけどね。ここであのテントを潰したところで、中にいる子たちはどうするんだい? 上に孤児院ができたといっても、すでに満員だそうだよ。勇者さまが故郷に連れ帰って、全員の面倒を見てくれるってんなら話は別だけどね」
普通ならここで引きそうなものだが、イレブンならやるだろうと思った。なにせ普通の人では考えつかないようなことを、平気な顔してやってのけてきた男だ。
彼という人間を育んだイシの村人たちも、快く力を貸してくれるだろう。こんなどこの馬の骨とも知れない元盗賊の男を、家族同然に迎え入れてくれた人たちだ。しかし──
「でもね、こんなものは氷山の一角にすぎないんだ。トカゲのしっぽを切るようなものだよ。酷なようだけど、いちいち首を突っ込んでたらキリがないのさ」
その言葉はまるで切れ味のいいナイフのように、現実を叩きつけてきた。メガネの奥の瞳には、掃きだめで長く生きてきた人間特有の諦観が浮かび上がっている。一時の救いだけでどうにかなるほど、この問題の根は浅くない。
とっさに言葉をなくすイレブンに、カミュは苦い感情が込み上げてくるのを感じていた。そして脳内に、とある女の声がよみがえる。
──ねぇ。あなたが助けたあのカエルの子、あれからどうなったと思う?
──あの子はね……
「……そのくらいにしてやってくんねえか」
思考を振り払い、イレブンの肩をポンと叩きながら苦笑した。イレブンは思いつめたような表情で視線をうつむけている。
「あらイヤだ。おばちゃんつい喋りすぎちまったよ」
そう言って、女将はやれやれと肩をすくめた。
「とにかく、人の欲望ってのはある意味、邪神なんかよりよほど恐ろしいものなんだろうね。なにせ底がないんだからさ」
*
宿を出たあと、イレブンは「人を恨まないって難しいな」とこぼした。来た道をトボトボと戻りながら、すっかり肩を落としている。
綺麗事を並べて慰めるのは簡単だが、女将が言っていたことはまぎれもない真実だ。私利私欲のために弱者を犠牲にする人間など、世の中には吐いて捨てるほどいる。
それでもカミュは、イレブンにこの世界を救ったことを後悔してほしくなかった。だから汚いものから遠ざけたかった。彼はなんでもかんでも一人で背負い込もうとするから。
今だって、いつテントに向かって走りだすか分からない。たとえ氷山の一角といわれても、すぐそばで苦しんでいる人間を、イレブンが放っておけるはずはないのだ。
(そんときゃトコトン付き合うまでさ。オレはこいつの相棒だからな)
背中の一つでも叩いてやるかと、ヒョイと手をあげかけたそのときだった。強い力に手首を掴まれ、カミュはあれよという間に壁際へと引っ張られていた。
「おわっ! なっ、なんだ!?」
「やっぱり! その青い髪、もしかしたらと思ったが、カミュじゃないか!」
「は……?」
でっぷりとした体躯に口ひげを蓄えた中年男性が、目を三日月のように細めながら笑っている。いかにも貴族といった装いで、太い指にはジャラジャラと宝石のついた指輪をいくつもはめていた。
「ッ、ぅ……!?」
相手を認識した途端、カミュは血の気が引くのと同時に吐き気をもよおした。忌々しい過去の出来事がフラッシュバックして、とっさに口を押さえながら膝をついてしまう。
カミュはこの男を知っている。二度と顔も見たくなかったし、思いだしたくもなかった。いっそ忘れてしまいたかった。それなのに──
「久しぶりの再会だというのに、なんて態度かね。相変わらず無礼な男だ」
カミュの手首を掴んだまま、男はフンと鼻から息を吐きだした。
「カミュ!?」
そこへイレブンが駆け寄ってきた。カミュのそばに膝をついて肩を抱いた拍子に、フードがパサリと脱げてしまう。
あらわになったイレブンの素顔を見た男が、「ほう?」と感心したような声を漏らした。イレブンは眉根を寄せ、きつく男を睨みあげる。
「その手を離してください。彼はボクの大事な連れです」
「ずいぶん可愛い子と一緒じゃないか、カミュ」
イレブンの要求には耳を貸さず、男はたいそうご機嫌な様子で声を弾ませる。
「遠路はるばるここまで来たが、今日のカエルはどうも期待外れでね。妥協しようにも、あっという間に完売ときた」
「完売だって……?」
ここまでのわずかな間に、とっくにすべて終わっていたということだ。遅かったと奥歯を噛みしめるカミュに構わず、男が続ける。
「手ぶらで帰るのも癪だったのだが……まさかここできみと再会を果たすとは」
これも大樹の思し召しだろうと、男は肥えた身体を揺らしてムフフと笑った。
「きみはあっちの具合はイマイチだったが、顔だけはピカイチだったからね。せっかくだし、また飼ってあげようじゃないか──その子と一緒に」
「ッ、ふざけんなッ!」
一瞬で頭に血がのぼり、カミュは吐き気をこらえながらも激怒した。自分はどんな目で見られようが、なにを言われようが構わない。けれどイレブンだけは駄目だ。絶対に許してなるものか。
「離してください」
するとイレブンが、カミュの手を掴んだままの男の手首を掴み返した。ミシミシと音が鳴るほどの力で掴まれ、男が潰れたカエルのような悲鳴をあげる。
「うぎゃッ! イデデデデ! なっ、なんだきみは!? は、離したまえ!」
それはこっちのセリフだとばかりに、イレブンはいっそう力を強めた。いくら太い手首でも、さすがにこのままでは本気で折れてしまいかねない。
「お、おい! そのへんにしとけって勇者さま!」
カミュのとっさの制止に、男が「勇者だと!?」と顔色を変えた。イレブンの力が弱まった隙に慌てて飛び退き、尻もちをつく。
「ゆ、勇者には青髪の相棒がいると聞いていたが……そうか、きみか……」
男は脂汗をかきながらカミュを凝視し、口元をいやらしく歪めて笑った。
「なるほど、今は勇者のカエルをしてるというわけか」
「ッ──!!」
瞬間、イレブンが男の胸ぐらに掴みかかった。凄まじい勢いで壁に叩きつけ、そのまま磔にしてしまう。
「ウヒイィィ!?」
男は宙に浮いた両足をバタつかせながら、目尻が裂けんばかりに目を見開いた。
「や、やめろイレブン! いいから落ち着けって!」
弾かれたように立ち上がり、カミュはイレブンに駆け寄るとどうにか引き剥がそうとした。けれどイレブンの表情を見た瞬間、ハッとして言葉を失う。
見開かれた瞳は沼底のような冷たさで、それでいて燃え盛る炎のような攻撃性をはらんでいた。その視線に射抜かれた男は凍りつき、カミュもまた身動きがとれなくなる。こんなイレブンは初めて見た。
「カミュはボクの奴隷じゃない。頼りになる相棒で、かけがえのない最愛の人だ」
男は再び絞りだすような悲鳴をあげ、何度もこくこくとうなずいた。
「わわ、わかった! わかったから、たた、助けてくれっ!!」
「……だったら二度と、ボクらの前にそのツラを見せるな」
イレブンは静かに男の胸ぐらを開放した。ズルズルと壁を伝い、男の身体が地面にへたり込んでいく。
「とっとと失せろ。次はない」
ズッシリと重く紡がれた低音に、カミュはグッと息をのむ。そして男は「ヒィ~ン!!」と叫びながら、四つん這いで人混みに消えていった。
男の姿が見えなくなると、イレブンはふっと息を漏らした。そしてカミュに向き直り、「大丈夫?」と気遣わしげに顔を覗き込んできた。
さきほどまでの冷徹な怒りのオーラは消え去り、すっかりよく知るイレブンだ。
「カミュ?」
「ッ、ぁ、わ、悪い……今オレ、だいじょばない、かも……」
「えっ」
カミュは耳まで真っ赤に染めながら、とっさに胸のあたりを押さえた。初めて見るイレブンの表情や態度、彼らしからぬ物言いに、心臓がバクバクと音を立てている。発熱したように頭もクラクラしてきたし、立っているのがやっとだ。
「ちょ、ちょっとカミュ!?」
今にもへたり込んでしまいそうなカミュの肩を、イレブンが抱いて支えた。
彼をあそこまで激昂させたキッカケは自分にもあるし、例の奴隷市のことを思うと心底悔しい。こんなときに不謹慎だとは思うのだけれど。
今のイレブンとさっきのイレブンとのギャップを目の当たりにして、こうならない人間などいるのだろうか。少なくともカミュには無理だ。ただでさえ、バカがつくほど惚れているのに。
「はあはあ……胸が、苦しい……」
「カミュ!? しっかり! すぐに連れて帰るから!!」
何事にもあまり動じることのない彼が、ここまであせりを見せるのもまた珍しい。
真っ赤っかで虫の息なカミュを抱えて、真っ青なイレブンがルーラを唱えた。
*
家に戻って落ち着くころには、もうすっかり夜になっていた。
「気分はどう? 少しはよくなった?」
ベッドに座るカミュの隣に、イレブンが寄り添うように腰かける。
「ああ、もう平気だ。心配かけてすまねえな」
イレブンのギャップにときめきすぎて死にかけたなんて、恥ずかくて言えっこない。穏やかな彼らしからぬ物言いや、あのゾクゾクするような瞳を思いだすだけで、今にもまたおかしな発作が起きそうだ。
「ボクが急にキレたせいだ。驚かせて、ごめん」
「いや……」
まあそうだけど──という本音はもちろん隠した。
「一瞬で目の前が真っ赤になるなんて、あんなの初めてだった。自分が自分じゃないみたいで……」
イレブンはひどく落ち込んでいた。本来の気質とは異なる感情の発露に、彼自身が戸惑っているのだろう。自分の手が、自分より力の弱い人間に対して向けられたことを恥じてもいる。
「ボクは勇者失格だ。元だけど」
「そんなことねえさ。お前は立派な勇者さまだよ。今までも、これからも」
勇者の痣は賢者セニカに渡ったが、彼が世界を救った勇者である事実は変わらない。ただ一皮剥けば、そこには泣いたり笑ったり怒ったり、時には失敗することもある、ごく普通の若者がいるだけだ。
「それにお前が先にキレてくれて、正直オレは助かったぜ」
イレブンが不思議そうに目を丸くしてカミュを見た。
「オレだってムカついてたんだ。お前をやらしい目で見るやつは絶対に許さねえ。お前がいかなくても、オレがあいつをボコボコにぶん殴ってたぜ」
「カミュ……」
「だからお前が先にいってくれてよかったよ。おかげで血が一滴も流れずにすんだんだ。ありがとな」
彼の頭をくしゃっと優しく撫でながら、カミュは「だからさ」とさらに続けた。
「あんまり思いつめるなよな。あのおっさんのこともだけど、奴隷市のことも」
わかってるよと言いながら、イレブンがうつむいた。
「ショックだったし、許せないとも思った。だけど、ボクの力で今すぐどうこうできる問題じゃないことも、わかってるつもりだよ。ボクは神様じゃないから」
「そっか。それがわかってるならよかったぜ。お前はなんでもかんでも背負い込もうとするからな」
太い眉を弱々しく八の字にさげながら、イレブンがカミュを見て小さく笑った。
「でも、やっぱり助けたかった。しっぽ切りと言われても、何もしないよりはいいと思ったんだ。けど実際、ボクにできることはなにもなくて……情けないよ」
今日あのテントの中には、多くの子供たちが『商品』として叩き売られていたのだ。働き手として買われるなら、まだ幾らかマシな方かもしれない。現にカミュとマヤが育った環境も似たようなものだった。
もっと最悪なのは、その未熟な心と身体がイタズラに弄ばれて、尊厳を踏みにじられることだ。そうやって搾取された人間を、これまで嫌というほど見せられてきた。そしてそれはカミュ自身、決して他人事ではなくて──
「……あのときさ」
「ん、なに?」
「もしオレひとりだったら、ちょっとヤバかったかもしれねえな」
「カミュ……?」
どこを見るともなくぼうっと一点を見つめていたカミュは、すぐにハッとして笑顔を取り繕った。
「とにかくだ。お前がいてくれたおかげで助かったって話さ。たまには一方的に守られるってのも悪くないもんだな」
わざとおどけるようにして誤魔化すカミュに、イレブンは悔しさと切なさが入りまじった表情を浮かべた。そして思いっきりカミュに抱きついてきた。
「おわっ、な、なんだ? どした?」
戸惑いつつもほぼ条件反射でその背をあやすようにポンポン叩く。
「……ボクは、本当に君を守れたって言えるのか?」
カミュの髪に鼻先をうずめ、イレブンがえらく沈んだ声音で言った。彼はわずかに身体を離すと、物言いたげな瞳を向けてくる。
その視線に、カミュは「あー」と半ば諦めの境地で呻くような声を漏らした。
「……わかったよ、オレも腹を括るよ。本当は墓場まで持っていくつもりでいたんだが……あの野郎、ほとんど喋っちまったようなもんだしな」
イレブンの胸に、片手で触れてトンと押す。彼はおとなしく身を引いた。
「面白くもなんともない話だが……聞いてくれるか?」
少し緊張した面持ちで、イレブンが大きくうなずいた。
*
バイキングのアジトを飛びだして、少したったころ。
カミュはとある町でスリをしながら、その日暮らしを送っていた。当時はまだ成人しておらず、歳は今のイレブンよりも下だった。
表向きは美しい街並みも、一本路地を抜けるだけで姿を変える。不衛生な安宿や食堂が、雑多に立ち並ぶ古い歓楽街。カミュがいたのは、その中でも路上賭博や売春が横行している、とても治安がいいとはいえない場所だった。
ある日、その日の稼ぎで飯を食うため、適当な食堂に入ろうとした。
するとそこに、一人の少女を無理やり連れて行こうとする男の姿があった。少女はボロ切れのように粗末な服を着て、首には首輪をはめていた。
そんな光景は日常茶飯事だ。見て見ぬふりをしようとしたが、カミュが視線をそらすより一瞬はやく、少女のすがるような瞳と目が合った。
「助けて! お願い、助けて!」
絶望を色濃く滲ませた表情で、彼女はこちらに手を伸ばした。
見るんじゃなかったと、カミュは深く後悔した。必死に泣き叫ぶ痩せぎすの少女は、ちょうどマヤと同じ年頃だった。
「オイおっさん、イヤがってんだろ。離してやんな」
気づいたら身体が動いていた。男の腕を強く掴んで、ねめつける。
「なんだねきみは? なにか文句でもあるのかね?」
それがデルカダールの下層で会った、あの貴族の男との出会いだった。
男は見るからに気の強そうなカミュに顔をしかめたが、ジロジロと上から下まで観察したあと、「ふん」と鼻を鳴らした。
「あまり私の趣味ではないが。たまには悪くない、か」
「あ?」
「今日はメスの気分だったんだがね。いいだろう。この子を助けるつもりなら、代わりにきみが来るといい」
そう来るか、とカミュは思った。少女を見ると、彼女は引きつった表情で首を激しく左右に振った。深い溜め息をもらしたあと、「行け」とあごをしゃくってやる。
男の手から開放された少女は、一目散にその場から逃げだして姿を消した。
男の脂ぎった手が、今度はカミュの手首を掴んだ。引きずられるようにして連れ込まれたのは、高級住宅街にあるとりわけ大きなお屋敷だった。
中に入ると、すぐさま寝室に放り込まれた。真っ赤な絨毯にシャンデリア。キングサイズのベッドは天蓋付きで、浴室もトイレも備わっている。
ポカンとしながら部屋を見渡しているカミュに、男が「裸になれ」と命じた。
隙を見て逃げだすつもりで、ひとまずは従うことにした。しかし舐め回すような視線に嫌悪感が抑えきれず、つい舌打ちが漏れてしまった。その態度に男が顔をしかめる。それだけで少し溜飲が下がった。
お望み通り裸になると、男がパンッと大きく手を叩いた。すぐにドレスを着た美しい女が入室してくる。カミュはとっさに両手で前を隠したが、女は「構いませんよ」と冷ややかに言うだけだった。
彼女はカミュが脱ぎ散らかした衣類と靴を持ち、すぐに部屋から出ていってしまった。
「ちょっ、おい! オレの服!」
「きみにはこれで十分だろう」
「なっ!?」
男はニタリと笑い、カミュの首に素早く鎖のついた首輪をはめた。
「ッ、んだよこれ!?」
鎖の先はベッドの背もたれにボルトで固定されていた。トイレや浴室までなら、ギリギリ届きそうな長さがあった。
服を持ち去られただけでなく、こんなもので拘束までされては、逃げだすどころの騒ぎじゃない。どうにかして鎖を引き千切ろうにも、素手ではどうにもならなかった。
そうこうしているうちに、男がカミュの背をドンと力いっぱい蹴り飛ばした。カミュは受け身もとれないまま、ベッドにうつ伏せで倒れ込む。すぐさま男が馬乗りになり、あっという間に縄で両腕を後手に縛られてしまった。
「ざっけんな! てめぇ……ッ!」
首を捻って男を睨みあげようとしたが、ずんぐりとした手によって後頭部を掴まれ、シーツに顔面を押しつけられる。
「うぐっ!? んっ、ウーッ!!」
そのまま体重をかけられて、まるで息ができなくなった。
「私はきみと違って紳士なんだ。ペットを飼うからには大事に可愛がりたい。だからこんな乱暴な真似、本来ならしたくないんだがね」
身をよじり、足をバタつかせるほど圧迫が増していく。窒息寸前で身動きが取れなくなったころ、男の手がようやく離れた。
ひどくむせて息を荒げるカミュの上から、男が退いた。彼は抵抗どころではなくなっているカミュの膝を立たせ、尻だけを高く掲げるような姿勢を取らせた。
どうにか呼吸が整いはじめたころ、背後で男がなにやらゴソゴソしていることに気がついた。マジか、と、ぼうっとする意識で思う。そりゃまあこうなるよな、と。
とても振り向いて見る気にはなれず、シーツに目元を押しつけた。
すると尻にトロンとした液体を塗りたくられた。なんだと思う間もなく、何かが尻穴に押しつけられた。ゾワリと全身が総毛立つ。
男はそのままなんの躊躇も労りもなく、自身の性器でカミュを貫いた。
「ッ……──!?」
あまりのショックに、カミュは声にならない悲鳴をあげた。
「はっはっは! なんだ、処女か! こりゃあいい! てっきり中古とばかり思っていたが、初物とあらばそれなりの価値はあるというものだ!」
「うっ、ぇ……っ」
痛みは相当なものだったが、それ以上に精神的なショックが大きかった。
異物がヌルヌルと出入りする感覚に、ひどい吐き気を覚える。男がヘコヘコと腰をふるたび、嗚咽と涙が止まらなかった。まるで永遠に続く地獄のような時間だった。
やがて「ぉう!」という汚い呻きが聞こえ、ナカで熱いものが弾ける感触を覚えた。
「ふぅ~……なかなかだったよ。たっぷり搾り取られてしまった」
ブツが抜かれると、生ぬるい液体が内ももを伝った。ポタポタと、シーツに薄桃色の液体がシミを作る。それが男の精液と自分の血が混じったものだと理解した瞬間、再び激しい吐き気に襲われた。凄まじい屈辱感に、頭をガツンと殴られたような気分だった。
全身に嫌な汗を滲ませながら、カミュはくったりとベッドに伏した。
腕の拘束は解かれたが、ドッと込み上げた疲れからまったく動く気になれなかった。
身なりを整えた男は、「風呂もトイレも好きにしなさい」と言い残し、さっさと部屋から出ていった。
それからカミュの監禁生活がはじまった。
常に鎖で繋がれ、部屋から一歩たりとも出ることは叶わない。服も奪われたまま裸で過ごし、窓から外の空気を吸うことも許されなかった。
とはいえ飯は食えるし、風呂もトイレも不便がない上、上等なベッドで眠ることができる。男が頻繁に訪れるが、ほんの数分耐えれば済むだけの話だ。
主に世話をしてくれるドレスの女に裸を見られることも、慣れてしまえばどうということもない。
その頃のカミュは、なにもかもがどうでもよくなっていた。いっそこのまま飼い殺されたところで、別に構わなかった。最愛の妹も救えず、無様に逃げだした自分には、いっそ勿体ないくらいの末路だとも思っていた。
しかし半月もたった頃、急に男が暴力をふるいはじめた。
挿入中にひどく尻をぶたれ、真っ赤に腫れ上がるほどだった。
カミュが慣れたのと同じく、男もすっかりカミュの身体に飽いていた。吐き気をこらえるばかりで可愛げのない反応に、ウンザリしているようだった。
「どれだけ食わせてやっても身体は貧相なまま、媚びることすらできやしない。ケツもどんどん緩くなってるときた。薄汚いカエル風情が、男を悦ばせることもできないのか!」
男はツバを飛ばしながら、散々カミュを罵倒した。日に日に暴力は苛烈を極め、よくしなる竹竿で血が滲むほど背中を打たれたりもした。痛みを与えると、ようやくぎゅっと締まるらしい。
「恨むなら、そのなんの価値も魅力もない身体を恨むんだな!!」
けれどそんな日々は、あるときあっけなく幕を閉じた。
男はその日、ボロ切れを身にまとった少年を連れて部屋に入ってきた。歳はカミュとそう変わらない。怯えた様子で肩をすくめ、しきりに目を泳がせている。
「きみは用済みだ。出ていきたまえ」
そう言って男はカミュの首輪を外すと、容赦なく部屋の外に突き飛ばした。
「ちょっ、おい! いきなりかよ!?」
お役御免は願ってもないことだが、全裸で放りだされるのはさすがに勘弁だ。しかしカミュの訴えも虚しく、扉は鼻先で閉じられた。
「マジかよ……」
途方に暮れているところに、例の女がやってきた。
彼女はカゴを抱えており、その中にカミュの衣服と靴が入っていた。足元にカゴが降ろされ、カミュは安堵しながら服に袖を通した。
「ずいぶん早かったのね」
少し離れた位置でそれを見守っていた女が、おもむろに口を開いた。
「どんなにデキの悪いカエルでも、最低三ヶ月はもつのに。あなたみたいなタイプは初めてだったけど」
あの男は身寄りのない孤児や奴隷を買い取っては手籠めにし、飽きたら捨てるを繰り返すことで有名らしい。気が弱くて従順そうな少年少女ばかりを狙うのだと、女が言った。
「あなた、よほど可愛げがなかったのね」
はっ、とカミュは鼻で笑った。
「可愛げだって? あってたまるかよ、そんなもん」
手早く靴まで履き終えると、女に背を向ける。
「可愛げだって? あってたまるかよ、そんなもん」
手早く靴まで履き終えると、カミュは女に背を向けた。
「世話になったな。一応アンタにだけは礼を言っとくぜ」
玄関のドアノブに手をかけたとき、女が再び口を開いた。
「ねぇ。あなたが助けたあのカエルの子、あれからどうなったと思う?」
「……は?」
胡乱な目つきで振り返る。女はずっと無表情だった顔を、仄かにほころばせていた。
カミュが助けたカエルの子。マヤと同じ年頃の、あの少女のことだ。
「あの子はね……結局どこにも行く宛がなく、今は売春宿で客を取っているそうよ」
自分がしたことは、すべて無駄だったということだ。
立派な屋敷が連なる住宅街を、カミュは途方に暮れながらトボトボ歩いた。歓楽街に戻る気にはなれず、足先は自然と町の外へと向けられていた。
バカバカしくて、いっそ笑いが込み上げた。
妹どころか、名も知らぬ少女すら救えなかった。なんの価値もない、誰も救えない、そんな自分をあざ笑うことしかできなかった。
*
イレブンは絶句していた。
彼には少しばかり刺激の強い話だったろう。それでもカミュは、包み隠さずすべての過去を明らかにした。
「つまりそういうことだ。オレとしたって、なんもいいことないぜ。なにせガバガバで、締りがないらしいからな」
ヒョイと肩をすくめて、自嘲的な笑みを浮かべた。
けっきょく最後に残ったのは、傷物にされた心と身体だけだった。
もとより自分に価値があるとは思っていなかったが、暴力と共に浴びせられた罵倒の数々は、未熟な精神をそれなりに蝕んでいた。
しかし、だからといって困ることもなかった。セックスも、ましてや恋愛も、その後いっさいする予定がなかったのだから。
けれどイレブンと出会い、恋に落ちて、カミュはあのとき以上に打ちのめされた。
こんな不具合しかない中古品を抱いたところで、気持ちよくなれるはずがない。むしろ愛想を尽かしておしまいだ。そう思うほどに、男との過去はコンプレックスとしてカミュの中で急速に育っていった。
「カミュ!」
うつむくばかりだったカミュの両肩を、険しい表情のイレブンが掴んで振り向かせた。
「な、なんだよ急に。そんなおっかねえ顔すんなって」
反射的に笑って誤魔化そうとしたが、イレブンの瞳に涙の膜が張っていることに気がついて、なにも言えなくなった。バツの悪さに、目を泳がせる。
「……その、だからさ……つまりだな……」
「つまりボクが幻滅して、恋もさめて、キミを捨てると思ってる?」
「ッ……! お前は、そんなことできないだろ」
「できないんじゃない。しないんだ。そんなこと、絶対に」
そう言って、イレブンはカミュを強く抱きしめた。
おとなしく腕の中に収まりながら、カミュはツンと鼻先が痛むのを感じた。
イレブンの気持ちはわかっているつもりだし、信じてもいる。だけど心の奥にある柔らかい場所が、ひどく怯えて震えているのだ。
「カミュが不安な気持ちでいることはわかった。話してくれて、ありがとう」
「……うん」
「だけど、それを差し置いてキミがどうしたいのかを知りたい。ボクとどうなりたいか、キミの本当の気持ちを教えてほしい」
誤魔化してどうにかなる段階はとうに過ぎている。腹を括ると決めたのは、他の誰でもない自分自身だ。
「……オレは」
カミュは迷いを振り切り、最大の勇気をもってイレブンの背に腕を回した。震える指先で、ぎゅっと洋服にシワを刻む。
「オレだって好きなやつと……お前と、してみたい。こんなオレでも、愛して、愛されてみたいって……思ってる」
「……そうか」
イレブンが深く吐いた息を震わせた。
「聞けてよかった。カミュが嫌じゃないなら、それだけで」
「イレブン……」
「本当は、信じてなかったのはボクの方なんだ。キミに、男として見られてないんじゃないかって……カミュにとって、ボクはそういう対象じゃないのかもしれないって」
「んなわけねえだろ!」
カミュは慌てて否定した。自分の煮えきらない態度が、そこまでイレブンを不安にさせていたなんて知らなかった。あせりと共に込み上げてきたのは、自身へ対するどうしようもない苛立ちだった。
(オレはなにをグダグダと……! 悩んでるヒマがあったら、一回くらい試してみりゃわかる話じゃねえか!)
「イレブン! なあ、聞いてくれ!」
「わっ、な、なに?」
ガバっと顔をあげたカミュが、イレブンの両肩を強く掴んで引き剥がした。その勢いに面食らったイレブンが、目を白黒させている。
「今まで誤魔化して、先延ばしにしてきて悪かった。オレだって、本当はずっとお前と同じ気持ちだったんだ。だから……」
「うん」
「試してみるか? 今ここで……お前が、イヤじゃなければだけど」
イレブンの頬がみるみるうちに赤く染まった。そしてカミュの両腕をそれぞれグッと掴んで、前のめりになる。
「イヤなわけあるもんか!」
「よ、よっしゃ! そうと決まれば、いっちょやってみるとするか!」
「!」
腰紐をほどいたカミュがスポンと上を脱いでしまうと、イレブンも負けじと上を脱ぎ捨てる。色気もへったくれもない導入だが、こうなったら当たって砕けろだ。男ならやってやれ。
「よろしく頼むぜ! 相棒!」
「ああ、こちらこそ!」
邪神討伐後、本格的な同居スタートからはや数ヶ月。ふたりの初夜チャレンジが、今ここでようやく幕を開けたのだった。
*
イレブンの上にまたがって、カミュはその首に両腕をまわすと口づけた。
ちゅ、ちゅ、と音を立て、確かめるように何度もキスを繰り返す。それだけで、互いに息が上がってしまう。
「ッ、……ん、は……っ」
やがて舌が触れ合うと、ふたり同時に身を震わせた。イレブンの口から漏れる吐息に、カミュは胸の内側がひどく熱を帯び、掻き乱されるのを感じた。
絡まり、擦れ合う舌に、頭が痺れてクラクラしてくる。キスってこんなに甘かったっけ。イレブンの唾液が、まるで花の蜜のように甘く感じられた。
無意識のうちに、サラサラの髪をきゅっと掴んで軽く引っ張っていた。
くすぐったそうに肩をすくめたイレブンが、ふっと小さな笑い声をあげる。
「ん、なんだよ」
「カミュ、どこもかしこも真っ赤だ。可愛いな」
「からかうなよ。そんなの、お前だって……」
自分だって耳まで赤くしているくせに、こんなときまでマイペースなイレブンが、憎たらしいのに愛おしい。めちゃくちゃに撫でまわして、頭からかぶりついてやりたくなる。
そんな衝動をグッと抑えて、カミュは濡れた口元を手の甲で軽く拭いながら、視線だけそっぽを向けた。
「……言っとくが、オレはまともに経験があるわけじゃねえからな。ましてやマジの相手となんて……だから、あんまり期待しないでくれよな」
こればかりは見栄を張ってもしかたない。本当は年上らしくリードしたいところだが、あんなものは所詮ただの暴力で、経験のうちには入らない。あそこの具合がいいわけでもないし、イレブンを満足させる自信は皆無だ。
「ヤルんだったら、そこらのぱふ屋のねーちゃんの方が、──っ」
この期に及んで往生際が悪い唇を、イレブンの唇が咎めるように一瞬ふさいだ。
「ボクだってそうだ。本で見た以上の知識はないんだからさ」
しかめっ面をしたイレブンが、上目遣いに睨んできた。
精悍な眉の下にある瞳が、まるで不貞腐れた子犬のように潤んで見えて、やっぱり可愛いのはこいつの方だとカミュは思った。
「カミュ……」
イレブンがモゾリと腰を動かすと、互いの中心が触れ合った。硬くなった性器の感触が、服の上からでも生々しく伝わってくる。
「っ、キスだけで、もうこんなかよ」
「しょうがないだろ……ずっと我慢してたんだ」
落ち着いているように見えて、本当はこんなにも余裕がない。しっかりと興奮しているイレブンに、カミュは胸を弾ませた。
「そっか……へへっ、苦しいな?」
窮屈そうな股上に手をやると、紐を解いて前をくつろげてやった。中の下着に指を引っかけ、軽く下にずらしただけで、ブルンと勢いよく性器が飛びだしてくる。
「ッ……!」
眼下にある隆々とした男根を見下ろし、カミュは思わず言葉をなくした。
「…………」
「……あの、カミュ?」
「なあ」
「はい」
「……デカくね?」
初めて見るイレブンのブツは、童顔に似合わず狂気じみたシロモノだった。太さ、長さ、脈打つ血管の活きのよさ、すべてが男性として申し分なさすぎて、唖然とするより他にない。持っているものは同じはずなのに、まるで違う生き物に見える。
「さあ? 他と比べたことがないからわからないけど」
「そうか。そう、だよな……」
旅の途中、キャンプが続くと水浴びで済ませることはよくあったが、これまでお互い局部を見せあったことはない。イレブンがやたらと恥ずかしがって前を隠すので、カミュもそれに合わせていた。仲間が増えてからは特にそうだったし、宿もしかりだ。
思えばカミュも他人の性器を、しかも勃起した状態のものを真正面から見るのはこれが初めてのことだった。あの男はいつもバックからしかしなかったし、カミュも絶対に吐く自信があったので、頑なに目を背けていた。
しかしそれにしたってこのサイズ。さすがは勇者さまといったところか。
あまりにも凝視しすぎたせいで、さすがのイレブンも恥ずかしそうに顔をうつむけている。そこでカミュはハッとした。
「心配すんな! イケるぜ相棒!」
「えっ?」
「なんたってオレはガバだからな! どんなデカブツだって余裕だぜ! むしろガバでよかったまであるんじゃねーか!? まさかガバに感謝する日が来るとは思わなかったぜ!」
「あの……そのガバって連呼するのやめない……?」
謎の光明を見出したカミュは、途端に勢いづいた。
「まあいいじゃねえか! とりあえず、なにか潤滑剤になりそうなものはあるか?」
「ああ、えっと……」
イレブンは手を伸ばし、ベッド横にあるチェストの引き出しを漁った。出てきたのは『ヌルットアロエ軟膏』と書かれた円形の容器だった。
「それ、ペルラさんが水仕事のあとに使ってるやつじゃないか?」
「こないだ切れたからってお使いを頼まれたとき、一つ余分に買っといた」
照れた様子で目を泳がせるイレブンに、カミュは思わず「ブハッ」と笑った。
「気長に待つとか言っといて、ちゃっかり用意してんじゃねーか」
「だって、いつカミュがその気になるか、わからないから……」
「はははっ! わかったわかった、ありがとな」
カミュはいったんイレブンの上から退くと膝立ちになり、自身も前をくつろげて一気に下着ごとズボンを脱いだ。身体のサイズに見合った大きさしかないが、カミュ自身もキスだけでうっすらと兆しはじめている。
「か、カミュ……ッ」
声を上ずらせたイレブンが、とっさに手で目元を隠しながら顔を背けた。珍しく慌てる姿が、なんともウブで微笑ましい。
カミュは転がり落ちた軟膏ケースを拾い上げ、蓋を開けて中身をすくい取った。
「んじゃ、これケツに塗るからお前もちんこに塗っときな」
「あ、うん」
イレブンが遠慮がちにケースを受け取る。
カミュは彼に背を向け、四つん這いの姿勢をとると「こんなもんだったか?」と穴の表面に塗りたくった。
「っ! な、なんて格好……っ」
ひどくうろたえたイレブンが、今にも卒倒しそうになっている。これからもっと凄いことをしようというのに、こんな有り様でどうするのだろうか。
カミュとしてはこの体勢でしか経験がないし、イレブンも楽だろうと思ったのだが。
とはいえ、さすがに色気がなさすぎたかと反省する。少しくらいは恥じらいを見せた方が、いわゆる『可愛げ』というものがあるのではないか。
しくじったかもしれないと、カミュは背後にいるイレブンの様子をうかがった。
「……あー、悪い。萎えたか?」
「それはない」
即答だった。言葉通り、イレブンのイレブンも元気なままでホッとする。
彼はカミュの秘部におずおずと目をやって、大きく喉を鳴らした。肉付きがいいとはいえない尻の谷間は、軟膏で濡れそぼっている。
そのあられもない姿に思うところがあったのか、彼は痛ましそうに目をそらした。
「あの人は、カミュにこんなことをさせていたんだ。しかも、まだ子供のキミに」
「……まあ、そうだな」
「ボク、やっぱりあのおじさんは嫌いだ」
複雑そうに歪められた表情から、亡き育ての祖父の教えを彼なりに守ろうと、葛藤しているのが伝わってくる。
どこまでも真面目で、健気な勇者さま。だからその相棒である自分は、多少図太くてひねくれているくらいでちょうどいいのだ。
「別にいいんじゃねえか? 恨むのと嫌うのって、似てはいるが同じじゃないだろ。オレだって嫌いだぜ、あんなおっさんのことなんか」
「……そうか。うん、そうだね」
固かったイレブンの表情が、ふっと緩んだ。そのことに安堵しながら、カミュはモゾリと尻を動かす。
「なあ、それよりさ、ずっとケツ向けたまんまってのは、さすがにちょっとな……」
いかなカミュでも、まるで恥じらいがないわけではない。今の自分が、どれほど不格好な姿をさらしているかくらいは、理解している。
「ご、ごめん! でも、できれば顔を見ながらがいいんだけど……ダメかな?」
「ダメじゃねえけど……ほらよ、こうか?」
コロンと背中をシーツにあずけ、両足を大きく開いてやった。イレブンは息を呑んだが、さすがにもう顔を背けることはなかった。
「カミュってこんなときまで男前なんだ」
「そうか?」
「うん……あ、ここ、髪の色よりほんの少しだけ青が濃い。量は、ボクのより少ないな。なんだか子供みたいだ」
「おいおいマジかよ、こんなときにオレのちん毛の話なんかどうでもいいだろ? あと、子供みたいってのは余計だぜ」
「どうでもよくない! キレイで、可愛いなと……思って……」
「へいへい、わかったよ。もういいから、はやくしようぜ」
神妙にうなずいたイレブンが、手早く軟膏を自身の性器に塗りつける。
カミュは彼がやりやすいように、自分の膝裏にそれぞれ手をやるといっそう大きく足を開いた。やがて熱の塊がグッと穴に押しつけられる。すると次の瞬間──
「ッ、う……?」
あの壮絶な異物感に備えて身構えていたカミュに、それとは違った違和感が走った。
(あ、あれ? なんかこれ……マズくねえか……?)
太い先端が、狭い場所を今にもこじ開けようとしている。鼻からスイカならぬ、鼻にスイカをねじ込むような──いや、それは出産の例えだったか? そんなことはどうでもいいとして、とにかくこれは無茶なんじゃないかと、そんな予感が胸にひしめく。
「ぅ……ぐ……ッ」
かといってここまで来て途中でやめるわけにはいかない。はっきり言ってこの時点でかなり痛いのだが、カミュは歯を食いしばってどうにか堪らえようとした。
こんなものは最初だけだ。久しぶりだから、身体が感覚を忘れているだけ。
「か、カミュ……これ、ホントにイケる?」
「いっ、イケるって! もっと勢いよく来いって!」
「そんな乱暴にできっこな、ッ、うっ……!」
そのとき、先端が半分だけメリッと潜り込んだ。
「ぃッ……──!!」
「……っ、カミュ、これ、かなり痛い……ッ」
「ぐッ、ぅ……ぬ、け、抜け、イレブン!」
自分はいい。しかしイレブンが苦痛を感じているなら話は別だ。
イレブンが腰を引く。たったこれだけで、ふたりとも汗だくになっていた。
「お、おかしいな? なんでこんなにイテェんだ?」
ゼェハァと息を荒げながら、カミュは天井に向かって首をかしげた。
今も尻の穴がジンジンしている。かろうじて裂けはしなかったようだが、あのまま押し進めていたらどうなっていたことか。
「ボクも、最初からおかしいと思っていたよ……」
「だよな? もっとズルっとヌルっといけるはず」
「そうじゃなくて!」
食い違う認識に、いよいよイレブンが声を荒げる。
「カミュは女の人じゃないんだよ! というか、女の人だって準備はちゃんとするものだろ!? そう簡単にズルっとヌルっといくはずないって、ボクにだってわかるよ!」
「なっ、なんだって!? だが、アイツのはもっと簡単に……」
勢いよく身を起こしたカミュに、イレブンが自身の髪をくしゃっと乱しながら「あのさぁ」と言った。
「言いたかないけど、あのおじさん……相当ちっちゃかったんじゃない?」
「!?」
ビシャーンと、雷が落ちたような衝撃が走った。
「なにがガバだよ。ガバどころか、カミュは身体だけじゃなくお尻の穴も小さいよ!」
「なっ、言ったな? どうせオレはケツの穴まで小せぇ男だよ!」
「よかったじゃんカミュ!」
「だな!?」
ふたりはガシッと握手を交わしあった。完全におかしなテンションになっていた。
まさか問題はこちらではなく、あちらさんのサイズにあったとは驚いた。まあ、つまり……その答えは、短小ってことだ。それも尋常じゃないくらい。
「クソ……思い悩むだけムダだったってことかよ……」
いらぬコンプレックスだったことに気が抜けて、カミュは脱力しながら再びシーツに背中を沈ませた。
「とにかく、ちゃんとしっかり慣らしてみよう」
イレブンの前向きな提案に、カミュはニヤッと笑った。
「やる気まんまんだな相棒。萎えてたらどうしようかと思ったぜ」
「カミュこそ、さっきので怖気づいたとか言わないよね?」
「まさか!」
へへっと笑いながら、カミュは親指の腹で鼻をこすった。
*
(なんでかさっきより緊張するぞ、これ……)
再び四つん這いになって尻を突きだしながら、カミュはいやに身が強張るのを感じた。
コンプレックスは解消されたが、次なる問題はイレブンをまともに受け入れられるのか、ということだ。先っぽがめり込んだだけでもあれほど痛かったのだから、ブチ抜かれたらいよいよ死ぬんじゃなかろうか。
自分はいいが、イレブンを苦しませることだけは避けたい事態だ。
「では、失礼します」
かしこまったイレブンが、両手でカミュの尻たぶにそれぞれ触れた。そのままグニグニと揉みほぐされて、奇妙な感覚に戸惑いを覚える。
「な、なんだよそれ……?」
「マッサージ。少しでも緊張をほぐせるかと思って」
「なんかゾワゾワして、くすぐってえな」
イレブンによると、サマディーのぱふぱふ屋で首や肩の筋肉をほぐしてもらったら、とてもリラックスできて気持ちがよかったらしい。尻は凝ってねえんだけどなと思ったが、その心遣いに気分がほぐれて、細く長い息をはく。
「ゆっくりするから」
じわりじわりと小ぶりな尻の肉をマッサージしながら、イレブンの親指が穴の周辺に触れる。固くすぼまった場所もほぐそうとしているらしい。強弱を加えながら揉まれる感覚に、ゾクゾクっと何かが背筋を駆け抜けた。
「はぅっ、ん……!」
その上ずった悲鳴が自分のものだと理解したとき、カミュは全身を総毛立たせた。
両手で口を押さえ、目を見開く。なんて気色の悪い声だろう。気持ちがほぐれてしまったばかりに、無意識に漏れでてしまった。
「カミュ、今の可愛かった。もっと聞きたい」
「~~ッ!!」
口を押さえたまま目をぎゅっと閉じ、首を左右に振った。恥ずかしい。裸でケツを向けるくらいへっちゃらなのに、無防備に反応をさらけだすことには抵抗がある。
そもそも可愛いってなんだ。吐き気をこらえるための呻き声しか、カミュは知らない。
「ゆっくりでいい。我慢しないで」
そんなことを言われてもと、首をひねってイレブンを見た。カミュが愛してやまない蒼穹の瞳が、柔らかく細められている。その優しい色にすべてを委ねてしまいたくなって、気づけばこくんとうなずいていた。
「あ、……ん、っ……ふッ……」
むにゅ、むにゅ、とまるで女性の胸でも揉むかのような動きが、どんどん大胆になっていく。そこを中心に、全身が熱くなってきた。皮膚があわ立ち、息があがる。
スケベな手だなと、カミュは思った。イレブンの大きな手。いやらしくって、優しい手。ほぐれるというより、どんどん気持ちが蕩けていくようだった。
「そろそろいくよ」
頃合いを見て、イレブンの手がいったん離れた。
軟膏をたっぷりまとった指先に、すぼまった場所をクルリと撫でられる。そのままゆっくりと、少しずつ、人差し指を飲み込まされていった。よく知る異物感に呻きながらも、これがイレブンの指だと思うとたまらなく興奮した。
「ぅ……っ、ん……」
イレブンの「苦しくない?」という問いかけに、シーツを強く握りしめながらコクコクとうなずいた。彼はカミュの反応を見ながら、探るように抜き差しを繰り返していく。
時おり軟膏を継ぎ足し、やがて中指も添えられた。慣れない手つきでゆっくりと、時間をかけてほどかれていく。
「平気……?」
「っ、ん……平気だ……」
少し苦しいくらいで、なんとか耐えられそうだ。あまりにも丁重に扱われすぎて、いっそもどかしいくらいだった。
しかもイレブンの長い指は、あの男が届かなかった場所にまで余裕で届いてしまう。
「はぁっ、は……っ、なん、か……変だ、これ……」
徐々に徐々に、異物感が何か別のものにすり替えられて行く気がした。深い場所まで探られて、内壁のひだを擦られるたび、下腹部がキュンと疼くような切なさを覚える。引き抜かれる瞬間は、ビクビクと魚のように背筋が震えて脳が痺れた。
しかしそれをハッキリ快楽として認識するには、まだ少しかかりそうだった。けれど確実に変化しようとしている肉体に、今はただ戸惑うことしかできない。
「イ、レブ……んっ、ぅ……」
「やっぱり、カミュのここは小さいよ。ボクの指、ぎゅうぎゅう締めつけてくる」
「ッ、……ほん、とに? ゆるく、ねえか?」
「うん……壊してしまいそうで、少し怖い」
イレブンが身を乗りだし、カミュの背中にキスをした。舌を這わされ、何度もキスを落とされるうちに、カミュの口から甘い呼吸音がこぼれだす。
火照った耳元にイレブンが唇を寄せ、「あと一本、イケそう?」と囁くように問いかけてきた。溶けそうになっている意識で、カミュはこくんとうなずいた。
「はっ、ぅ……ぁ、……指、ふと、ぃ……っ」
さすがに圧迫感は増したが、時間をかけられただけあって痛みはない。むしろ前がどんどん張りつめていくのを感じる。
「アッ、ちょ……ッ、待っ……!」
そこへイレブンの手が添えられた。先走りが伝う竿を握られ、やわやわと扱かれる。
その動きは咥えこんでいる指の動きとも連動し、同じタイミングで出し入れが繰り返された。発展途上の快感に、明確な快感が重ねられ、強く刷り込まれていくようだった。
「ヒっ、ぅ……っ、それヤバ、ァっ、……お前、どこでこんな……ッ!」
「性の教科書」
「ムフフ本だろうがッ!」
「そうとも言う」
すました顔をして、ムフフ本を片手に相当脳内シュミレーションしたと見える。とんだむっつりスケベだ。
「はっ、ぁ……! ぅん……ぁッ、──イッ……!?」
「……ここ?」
イレブンの指先が、ナカの比較的浅い腹側の位置を擦ったときだった。
下腹に、ジワリと熱湯を流し込まれたような不可解な熱が広がった。心得たとばかりにそこを執拗に擦られると、腰から下が子鹿のように震えだして止まらなくなる。
「やっ、ぁ、やめ……ッ、そこっ、そ、こ……ッ、あッ、うあぁ……──ッ!」
もはや声を抑えることもできず、カミュはイレブンの手の中で精を放っていた。ガクガクと全身が震え、まるで壊れたオモチャにでもなった気分だ。
爆ぜるような鋭い快感とは裏腹に、頭がふわふわして不思議な感じがした。軽く耳鳴りがする。シーツに横倒しになりながら、ただ呆然と打ち震えることしかできなかった。
(マジかよ。オレ、ケツでイッちまったのか……?)
こんなのは生まれて初めてだ。滅多にしないが、自分で適当に処理する行為とはまるで比べ物にならなかった。
「カミュ……?」
派手なイキっぷりに、イレブンもまた少し呆然とした様子で**込んでくる。彼が慎重に指を引き抜くと、余韻の抜けきらない身体がブルリと震えた。
「っ、ぁ……イレ、ブン……」
「カミュ、すごく可愛かった。どうしよう、ボク……」
赤らんだ顔で瞳をうるませ、イレブンが息を弾ませている。カミュの痴態に、そしてそれを演じさせたのが自分であることに、たまらない愉悦と興奮を覚えていることが手に取るように伝わった。
それでも彼は大きく首を横に振り、カミュの汗ばんだこめかみにキスを落とした。
「今日はここまでにしよう、カミュ。一度にムリすることはないから」
「……バカだな」
今さら我慢なんかしなくていいのに。
いっそ泣きたいくらいの愛しさに駆られて、カミュはイレブンの首に思いきり抱きついた。わっ、と悲鳴をあげながら、イレブンが倒れ込んでくる。
「カミュ……っ?」
「なら、その立派なおばけきのこはどうすんだ?」
カミュの太ももに、膨らみきった肉の塊が触れている。熱く脈打つ感覚に、カミュはいたずらっ子のように笑った。
「お、おばけきのこって……」
イレブンは恥ずかしそうに、一度コホンと咳払いをした。
「ボクは別に。一人で適当に済ませるし」
「なんだ、勇者さまの貴重な子種、オレに注いでくれないのかよ?」
「こっ、こだ……!?」
「なあ、頼むよ。ここまで来たんだ。オレをお前のものにしてくれよ」
はぁー、と大きなため息をついて、イレブンがカミュの首筋に顔をうずめた。
「ズルいなキミは。こんなときばかりワガママ言って」
「へへっ、いいだろ? お前にしか言わないぜ?」
「……なんか、悔しい」
「なんでだよ!」
ははは、と笑ったあと、カミュはイレブンの両肩をそっと押す。彼が素直に身を起こしたのと同時に、カミュも身を起こすとさらにその肩を押した。
少し戸惑いながらも、意図を察したらしいイレブンが仰向けに転がった。
「カミュ……」
「ん、あとはオレに任せとけ」
達したときの余韻が抜けきらず、身体にうまく力が入らない。それでもなんとかイレブンの上に乗り上げ、腹に手をつきながら腰を浮かせた。
イレブンのモノは可哀想なくらい赤く張りつめ、ドクドクと脈打っている。すっかり腹につくほど反り返っているブツに手を這わせ、自分の尻の中心にあてがった。
「んっ……」
指だけで簡単にイカされてしまうほどだったのだから、こんな太いもので掻き回されたらどうなってしまうんだろう。期待と不安にゴクリと喉を鳴らしながら、カミュはゆっくりと体重をかけて腰を落としていく。
「うぁっ、ァ……っ!」
「カ、ミュっ、……ッ」
ズプッ、と、先端が入口をこじ開けた。大きく身を跳ねさせながら、ふたりの口からは先ほどとは明らかに違う色を帯びた声が漏れる。
(イレブンの、やっぱでけぇ……腹んナカ、破けちまわねえかな……?)
だけど、まあいいやと思った。おそらく痛みはあるのだろうが、興奮が勝っているせいでわからなくなっている。ただひたすら、身体の奥がジンジンと熱く痺れていた。
「うっ、く……ッ、はぁっ、ぅ、ア……っ」
そのままどんどん腰を落として、イレブンのものを飲み込んでいく。
「ぅっ、待って……カミュのなか、キツすぎて……ちょっと、マズい……!」
「はっ、はは……っ、なに? もうイッちまうの?」
小刻みに震えるカミュの太ももをそれぞれガッシリと掴みながら、イレブンがコクコクとうなずいた。ぎゅっと目を閉じ、唇を噛み締めている。額には汗がにじみ、彼がいかにギリギリの状態であるかが知れた。
これまでずっと我慢していたのだから無理もない。今日はここまでにしようなんて、よく言えたものだと思う。
「いいぜ、ッ、ん……っ、ぁ、ナカ、出していいから、さ……!」
カミュは両手をイレブンの腹につき、さらに腰をズンと落とした。突き抜けるような衝撃に、声も出せずに背を反らせる。奥、と定義していいのかは知らないが、そこはカミュが許せるギリギリの場所だった。
とはいえ、決して初めてで達していい場所ではない気がする。もしかしたら、まだもっと先があるのかもしれないけれど。
「──~~ッ、……! ……ッ、ァ゛……!!」
全身を痙攣させながら、カミュの性器も腹につくほど興奮して反り返っていた。
たぶん、どこもかしこもすっかりバカになっている。痛いも苦しいも、もはやよく分からない。ただ熱くて、意識がひどく**していた。
(イレブン、好きだ……イレブン……ッ)
彼になら、壊されたって構わない。身体があげる悲鳴など、簡単に無視できてしまう。
「カミュッ、ダメだボク……っ、ァ、もう……!」
深くまで飲み込まれた男根が、ナカでドクンと大きく跳ねた。一気に放出されたものが、イレブンの形にポコンと盛り上がっている下腹の内部で暴れ狂う。
「ぅあっ、ぁ……っ、でて、る……ッ、イレブンの、すげえ、熱い……!」
「くっ、ぅ……ッ、ァ……──!」
快楽に打ち震えたイレブンが、片手で自身の髪をぐしゃりと乱して顔を背けた。そのまま荒く息をつく様を見下ろしながら、ゾクゾクと背筋に愉悦が込み上げる。
(オレ、できてる……イレブンと、ちゃんとセックスできてる……!)
彼の初めてをもらった。薄くてちっぽけな臓腑で、勇者さまの子種を受け止めている。
ずっと欠陥品だと思い込んでいたこの身体で、ちゃんと愛する男を満足させることができた。その喜びに、カミュは空色の瞳から熱い涙を溢れさせた。
「か、ミュ……? ッ、ボク、自分だけ……!」
イレブンは腹筋の力だけでガバっと起き上がり、カミュの二の腕をそれぞれ掴んだ。カミュが流す大粒の涙に、彼は唖然とした表情を浮かべたあと泣きそうな顔でうなだれる。
「ごめん、カミュ……キミにばかりムリさせて、挿れただけでイクなんて……」
「ははっ、バカだなイレブンは。ムリしてねえし、嬉し涙だよ、これは」
「でも……」
「ありがとな」
おずおずと顔をあげたイレブンの唇にキスをした。口づけはそのまま深まり、唾液を溢れさせながら互いに舌を絡め合う。
そうしているうちに、いったんは落ち着いたかに見えたイレブンの熱が、再び硬さを増してカミュの下腹を押し上げた。
「は、ぁ……イレブン、もうか……?」
「……ごめん、カミュ」
「ん」
うなずいたのと同時に、ふわりと浮遊感を覚えた。気づけば仰向けになっていて、すぐ真上にはイレブンのこぼれそうなほど潤んだ瞳がある。
「カミュ。次はボクに、ちゃんとキミを愛させてくれ」
「あっ、イレブ、ぅ、んん……ッ」
イレブンが腰をわずかに揺らめかすだけで、内部から淫らな水音が響き渡った。
そこは彼が放ったものでぬかるんでいる。下腹部に走る甘い疼きが、ナカを満たすイレブンをさらにぎゅうっと締めつけた。
「好きだ、カミュ。ボクの、ボクだけのカミュ……愛してる」
イレブンの低く艶めいた声は、まだ先があるのかと思うほどカミュの意識を蕩かした。
「オレもっ、オレも愛してる……イレブン、オレの勇者さま……」
いったん深いところから退いた肉棒が、今度はゆっくりと浅いところを行き来する。
腹の裏側にある、カミュがおかしくなってしまうポイントを的確に突かれて、頭のなかでパチパチと火の粉が飛んだ。
「あっ、あ、そこ、そこダメだッ、ひっ、ヒぅッ、ぁ……ッ!」
やはりそこを刺激されると、腰から下が制御不能になる。ガクガクと怖いくらい痙攣し、自分の身体ではないみたいだった。イレブンの首にしがみつき、嬌声をあげることしかできなくなる。
「カミュ、カミュ……」
「は、あぅ…… んぁ、ァ……ッ、オレっ、こんなの、ぁっ、ヒ……、知ら、ね……ッ」
ゴリゴリとナカを擦られ、押しだされるように声が漏れでてしまう。
両足はイレブンの腰に巻きつけ、ただ揺さぶられるまま快楽を享受した。甘い声で名前を呼ばれるたび、ドロドロと身体が崩れてしまいそうだった。
イレブンは確実に急所をかすめながらも、ストロークを深いものにしていった。内臓を引きずりだされるような感覚に、背筋が戦慄く。それが怖いくらい気持ちいい。
自分がいかにお粗末な行為しか知らなかったかを、まざまざと思い知らされるようだった。
「ひぁっ! あッ、ア、きも、ちぃ……ッ、もっ、おかしく、なる……ッ!」
「ん……ッ、ボクも……、カミュ……っ」
「うっ、ンんぅ……っ」
深く唇を重ね合い、競うように舌を絡めながらサルみたいに腰を振った。
結合部から響くグポ、グポ、という、耳を塞ぎたくなるような下品な音にすら興奮し、頭が沸騰しそうだった。
カミュを抱きしめていたイレブンが、片方の手を下方へやった。ほっとかれたまま蜜をこぼすカミュの性器を、抽挿と同じタイミングで扱きだす。
そんなことをされたら、もうもたない。嫌々と首を振ると、唇が糸を引いて離れた。
「ふっ、んうぅ……ッ!」
助けを求めるようにイレブンを見れば、彼は獲物に牙を立てる獣のように目を細め、荒々しい呼吸を繰り返していた。時おりごくんと隆起する喉仏のなまめかしさに、気が遠のきそうになる。
いっそこのまま、骨まで残さず食い尽くされたい。血も肉も混ざり合い、本当にひとつになってしまえたら。その渇望に、目の前が白く染まった。
「ッ、イ、く…… イクっ! イレブンッ、ァひ、……ア、ぁ――……ッ!」
「ボクもッ、イく……っ!」
カミュが白濁を撒き散らすのと同時に、後孔がいっそう締まった。イレブンが腰を震わせ、再びナカに熱い精液が注がれた。
ビクッ、ビクッ、と断続的に身を震わせ、カミュは恍惚とした表情で膨らんだ下腹をゆるりと撫でる。
「ッ、ぁ……、ぁ……オレのなか、勇者さまのでいっぱい、だ……」
「ん……カミュ、すごくよかった……ありがとう」
「オレも……」
抱き合って、角度を変えながら何度も唇を啄んだ。爪の先まで痺れたようになっていて、イレブンを咥え込んだままの場所にはいっそ感覚がない。
それでもキスを重ねるうちに、ナカでまたドクドクと脈打ちはじめる熱を感じた。
「勇者さまは、さすがにタフだな……」
「ごめん、いま抜く……」
「いいって別に」
「ッ、え」
すっかり汗ばみ、しんなりしている髪を頬に貼りつけ、カミュは「へへっ」と笑った。
「オレは勇者の相棒だぜ。同じくらいタフでなくてどうすんだ?」
「で、でも」
「ずっと我慢しててくれてありがとな。だから今日は、トコトンやろうぜ」
「カミュ……ッ」
感極まったイレブンに、ぎゅうっと強く抱きしめられる。愛おしさを込め、カミュはその広い背中をぽんぽんと優しく撫でた。
*
翌日、晴れた空のした。
庭でシーツを干すイレブンの近くで、カミュはテーブルセットの椅子に腰掛けていた。
「悪いな、後始末させちまって」
シーツは汗やらなにやらでグチャグチャだった。昼近くまで泥のように眠っていたカミュに代わって、イレブンが朝からせっせと洗濯などの家事をしてくれている。
「これくらい気にしないで。無理させたのはボクの方だし……それよりカミュ、身体の具合は? 起きてて平気なのか?」
「ああ。おかげでピンシャンしてるぜ」
といっても、実のところ腰から下にあまり力が入らない。下腹部に鈍い痛みもあるし、声もすっかり掠れている。そりゃあそうだ。あんな大きなモノを一度に受け入れ、しかも朝方まで大盛りあがりだったのだから。
しかしそれを表に出せば、イレブンが海より深く落ち込むことは目に見えている。
それにカミュにだってプライドがあるのだ。タフな勇者の、タフな相棒でありたいというプライドが。こればっかりは、ちっぽけだなんて思わない。
(それにしたって、さすがに後先考えずにやりすぎちまったかな……)
死ぬほど恥ずかしい声を出しまくった気がするし、恥ずかしいことも言いまくった気がする。昨日は完全にバカになっていたからよかったものの、素面の状態であまり深く思いだしたくはない。
「カミュ、あのさ」
「ん?」
シーツをあらかた干し終えたイレブンが、なにやら頬を赤らめてマゴマゴしている。
すぐにピンと来たカミュは、テーブルに頬杖をついてニッと笑った。
「気にすんなって。すげえよかったし……またしような」
「!」
昨夜の恥ずかしい反応の数々を見れば分かりそうなものだが、彼はハッキリとカミュの口から聞かないことには、不安でしょうがなかったらしい。あからさまに表情を明るくし、ホッと胸を撫で下ろしている。
普段は落ち着いた態度のくせに、こういう年相応なところが可愛くてしょうがない。
そしてなにより、イレブンに述べた感想は本当だった。ずっと抱え込んでいたトラウマも、ほとんど解消されてしまった。
旅のあいだも、そして一緒に暮らすようになってからも、イレブンは最高の相棒だ。それに加えて身体の相性までバッチリだなんて。さすがはオレの勇者さま……と、カミュは鼻の下をこすりながらつい心の中でノロけてしまった。
「ボクもすごく気持ちよかった。キミはいつでもカッコよくて魅力的だけど、あんなに可愛いなんて反則だよ。思いだすだけでまた変な気分になってくる」
「おいおい、わざわざそんな恥ずかしいこと真顔で言うのはやめろよな……ッ、イテテ」
そういう素直なところがお前のいいところでもあるんだが──と続けるつもりが、変に身じろいだせいで腰に響いた。テーブルに突っ伏すカミュに、青ざめたイレブンが即座に駆け寄ってくる。
「カミュにーちゃーん! リタリフォンできたー!?」
そこへ遠くから声がした。見れば、マノロがブンブンと大きく手を振っている。
「やべ、まだだった」
イレブンの手を借りながら、カミュは椅子から立ち上がると手を振り返す。
「すぐだから、もうちょっと待ってな!」
「わかったー!」
嬉しそうに飛び跳ねながら、マノロは子どもたちの輪に戻っていった。
その無邪気な背中を見つめてカミュが笑うと、そんなカミュの腰をしっかりと抱きながら、イレブンがコツンと頭をぶつけてくる。
「なんだよ、まさか妬いてんのか?」
からかい半分に問いかけると、イレブンは自信満々に「当たり前だろ」と言った。
「全人類が、ボクのライバルみたいなものなんだから」
「マジかよ。その言葉、そっくりそのままお返しするぜ」
ブハッとふたり同時にふきだし、また腰に響いて、慌てるイレブンにカミュが笑う。
イシの村での優しい時間は、そうやって穏やかに、ゆっくりと過ぎていくのだった。
*
それから数日後のことだ。
カミュはデルカダールから戻ってきたデクと、道具屋のカウンター越しに世間話をしていた。
デクはデルカダールの下層で、奴隷商人や市場に関与していた者たちが捕まったことを教えてくれた。囲われていた子供たちも数人、保護されたらしい。
カミュはあれからすぐにイレブンが単身デルカダールに飛んでいき、王とマルティナに奴隷市のことを報告したのを知っていた。だから特に驚きはしなかった。
その他にも、デクは不真面目な門番がついにクビになったこと、新しくグレイグ直属の部下が下層の警備につくようになったことや、慈善団体や教会との連携を強め、孤児院が拡大することなどを話してくれた。
少なくとも、デルカダールの下層で奴隷市が開催されることは、もうないだろう。トカゲのしっぽ切りと言われてしまえば、それまでかもしれないが。
「そういえばアニキたち、こないだ下層でケンカしたでしょー?」
ああ、と返すと、デクは腰に両手を当てて「ふふーん」と得意そうだった。
「アニキたちは目立つから、ワタシの耳にもすーぐ入ってくるのよー」
「ほーん。で? それがどうかしたのか?」
ニコニコ顔だったデクが真顔になって、カウンターに乗りだしてくる。腕を組みながら身体を傾けてやると、彼は小声で物騒なことを耳打ちしてきた。
「あのときアニキたちとやりあった男ね、死んだらしいよ」
「……マジか」
「羽振りがいいから、商売人の間でも有名よー。いい噂は聞かないけどねー」
「なんだってまた?」
「さあ? 詳しい事情は知らないけど、奥さんにナイフでブスっとやられたらしいよー」
あの男のそばにいた女といえば、一人しか思い浮かばない。
「あの女、ヨメさんだったのか」
思えば使用人にしては、身なりがあまりにも上等だった。実の妻に自分のオモチャの世話をさせていたのかと思うと、なんともいえない気持ちになる。
「あれー? アニキ、知ってる人ー?」
「あ、いや……まあ、ちょっとな」
デクの口ぶりだと、あの男の悪行についてはかなり有名なのだろう。余計なことを口走ったかと後悔したが、元相棒はそれ以上の詮索はしてこなかった。それどころではないのかもしれない。デクは不安そうにしょんぼりと肩を落とした。
「はぁー、ワタシも気をつけないとねー……」
「お前んとこのヨメさんは大丈夫だろ。オレの目から見ても幸せそうだぜ?」
「だといいんだけどねー」
そう言って笑うデクの妻ミランダは、今回彼と一緒にイシの村へ来て滞在している。村人たちとも仲がよく、今日はマノロの母親と料理をするために出かけているらしい。
(なんにせよ、わからねえもんだな……)
ピクリとも表情を動かさず、いつも淡々としていた女性。いま思いだしても、なにを考えているのかさっぱり読めない女だった。そこにどんな思惑や感情があったのか、詮索したところで意味はない。
「ところでアニキ、なにか用があって来たんじゃないのー?」
「あー、まあな」
わざわざデクがいるタイミングを狙って来たのには理由がある。今度はカミュがカウンターに身を寄せ、口元に手をやるとデクに小声で耳打ちした。
「ヌルットアロエ軟膏な、あれよりもうちょっとトロっとしてて、いい感じのやつってないか?」
すると即座に察したデクがにんまり笑った。
「もちろんあるよー! お肌にとびっきり優しくて、上等なやつねー!」
「……あるだけくれ」
なんともいたたまれない気持ちで、耳までカンカンに赤くしながら咳払いするカミュに、元相棒はいろんな意味で嬉しそうに「まいどありー!」と言った。
カミュは勇者のカエルじゃない・了
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