2025/08/13 Wed 『ぼくのかわいいうさぎさん』 土曜日の夜。 食卓にはチキンポトフ、ツナとルッコラのサラダパスタに、トマトとキノコのマリネが並べられていた。 「あは、すごいすごい! 野菜って感じだね。ぼくたちやればできるじゃん!」 向かい合ってテーブルについている操が、彩り豊かな食卓を見て歓声をあげている。別に俺ひとりでだってやれたけどという台詞を飲み込んで、甲洋はただ曖昧に頷いた。 「いただきまーす!」 両手を合わせて言った操が食べはじめるのを確認してから、自分も同じくいただきますをして手をつける。ポトフは野菜と鶏肉の出汁がきいていた。口の中で優しくほどけたジャガイモに、コンソメの味とローリエの香りがふわりと広がる。 「ねぇ、このパスタさ、ちょっと茹ですぎたかな? やわすぎない?」 操の問いかけに、甲洋は手にしたフォークにくるくるとパスタを巻きつけて口に運んだ。しっかりと確かめるように咀嚼して飲み込んでから、緩く首を振る。 「……いや。俺は別に気にならない」 「ふーん。君がいいならいいけどさ。ぼくはもうちょっと硬めが好き」 「アルデンテね」 「しょ、あるれんて」 うまく言えずに噛んでしまったのが自分でも面白かったのか、はたまた恥ずかしかったのか、操は麺を一本ちゅるんと吸い込むとふふっと笑った。 その仕草に釣られ、甲洋もつい笑ってしまう。だけどすぐに誤魔化すように小さく咳払いをして、食事に専念するふりをした。そうしながらも、ときどき操に視線を向ける。彼はマリネのトマトを食べながら、「美味しい~」と言って顔いっぱいに笑顔を広げていた。 (たったこれだけのことで、本当にいいのか……?) あの日からおよそ一月近くが経過している。操は宣言通り、甲洋をただそばに置くだけだった。こうして食事をしながら会話をし、テレビを見て、休みの日には買い物に出かける。 夜はベッドに引きずり込まれ、朝まで手を繋いで眠るだけ。交尾もせずただ同じベッドに並んで寝ることに、甲洋はいまだに慣れることができないでいる。あまりにも無防備な寝息や、ちょっと間抜けな寝言を聞きながら朝方までまんじりともせず過ごすはめになるせいで、ここのところ少し寝不足だ。 (こんなこと、いつまで続ける気なんだよ) ついさっきも、ふたりでスーパーへ買い出しに行ってきたばかりだ。 そこであれこれ相談しながら今夜のメニューを決めて、帰宅後いっしょに夕飯を作った。 最近、操は自分が好きなものだけでなく、甲洋の食生活にも意識を向けるようになっていた。だからこうして、食卓には野菜メインの料理が並ぶ機会が増えている。 掃除や洗濯といった家事にも参加するようになり──正直邪魔になることの方が多いのだが──操は以前のように、それらを甲洋に依存することがなくなっていた。 こんなことで本当にいいのだろうか。 都合のいい性奴隷が欲しいとか、便利な家政婦が必要だというのなら、まだ話は分かりやすかった。けれど操自身がそれを求めていない。 彼は本当にこれで満足なのだろうか。あまりにも穏やかで、平坦ともいえる日々の暮らしは、まるでぬるま湯にひたっているかのようだ。そばにあるぬくもりに、甲洋はただ戸惑っている。 「……なに?」 物思いにふけっていた甲洋は、操が食べる手を止めてじっとこちらを見つめていることに気がついた。何事かと首を傾げる甲洋に、彼は真剣な表情を浮かべている。 「君がいつ食べ物をこぼしてもいいように、ちゃんと見張っておかないと」 「……それはどういう?」 「そしたらぼくが、これで拭いてあげようと思ってさ」 そう言って、操は膝の上にあったらしいタオルを掴んで持ち上げる。 一体どういうつもりだろう。まるで意図が分からない。 「こぼさないし、それはキッチンで使う用の雑巾だ」 「え、そうなの? でもこれ洗濯したばっかだし、綺麗だよ」 「嫌だよ」 じゃあティッシュでいいかぁとこぼしながら、操が雑巾をテーブルの脇に置こうとした。が、そのときそばにあったグラスに手がぶつかり、ひっくり返して中の水をこぼしてしまった。ゴロンと音を立て、テーブルの上にグラスが転がる。 「あーっ!?」 「なにやってんのさ……」 甲洋は席を立つと、すぐそばのキッチンカウンターにあったお手拭きを取り、操の足元に膝をつく。水は全て太腿のあたりに降り注ぎ、ハーフパンツをぐっしょりと濡らしていた。 「履き替えたほうがいいよ、これ」 せっせと拭いてやりながらもそう言うと、操はなぜか猛烈に不服そうな顔をして唇を尖らせた。 「ぼくがしたいのに、これじゃ逆だよ。なんでこうなっちゃうの?」 「さぁね。来主がそそっかしいからじゃない?」 「こんなはずじゃなかったんだってば!」 一体なににこだわっているのか、まったく意味が分からない。 だけど悔しそうに涙ぐんでいる顔が少し間抜けで、甲洋はつい我慢できずに肩を揺らしながら笑ってしまった。さっきみたいに取り繕おうにも、もう駄目だ。だってこんなに世話のかかるやつ、他に見たことがない。 操はそんな甲洋を見て、「ちぇー」と言いながら頬を赤らめている。 (子供だ、まるで) 操がコンビニで会った女に密かな対抗意識を燃やしていることを、甲洋は知らない。そこでどんな会話が交わされたのかも。 だけど少しずつ、敗北にも似た感情が甲洋のなかには生まれつつある。早く着替えておいでと促しながら、自分がどれほど穏やかな表情で笑っているか。無自覚でいるには、このぬるま湯の温度はあまりにも優しく甲洋の肌に馴染みはじめていた。 * 最後にしたあれは、とても交尾だなんて言えるものではなかった。 甲洋が操にしたのはただのレイプだ。痛いと言って泣きじゃくるあの子の声が、今も耳から離れない。 強引に、だけど大切に、操をメスとして調教してきたつもりだった。快楽だけをその身に刻み、自分というオスなしでは生きられない性の傀儡にしてしまうために。 口では相変わらず拒絶しながら、その身体は確実に抱かれて悦ぶだけのメスへと堕ちようとしていたはずだった。あとは時間をかけて、じっくりと認めさせてやるだけだったのに。 けれどあの日、彼は別のオスをこの場所に連れてきた。前の主と同じように。ここは操の部屋だが、甲洋にとっては縄張りだ。自身がメスを囲うための、大切な巣穴。 一騎の存在は甲洋のなかにある怒りと憎しみに、そして不安と恐れに火をつけた。 また裏切られる。奪われてしまう。なかったことにされてしまう。その笑顔も声も、ここでは自分にだけ向けられていたはずなのに。 そうやってぐちゃぐちゃに溢れてしまった感情を暴発させて、甲洋は操にぶつけてしまった。最悪の形で。 その事実に甲洋は打ちのめされたのだ。 本能に従いながらも、冷静に事を進めてきたつもりだった。確実に攻略しながら、どこかでは執着しないようにとブレーキをかけ続けていたのだ。裏切りがある日突然、蛇のように足音もなく訪れることを甲洋は知っている。 だからあの日、甲洋はもっと冷静でいられるはずだった。やっぱりこいつも駄目だったかと、ただ諦めてここを去ればいいだけの話だったのに。 あんなこと、するつもりなんかなかったのに──。 * ドライヤーの熱風に踊らされ、髪と耳が揺れている。 風呂上がり、甲洋は寝室のベッドの縁に浅く腰掛けて、背後で膝立ちになっている操にドライヤーをかけられていた。 「あはは! 甲洋の髪と耳、ふわっふわだ!」 操はドライヤーのスイッチを切り、脇にひょいと放り投げると両手で甲洋の耳をぴろーんと持ち上げ、それからくしゃくしゃと髪を乱した。甲洋はなんとなくうつむいて、操が満足するのを待つだけだ。 ここ一ヶ月は毎晩こうだった。自分でできると言っても聞かない。なぜこんなことをするのかと聞くと、彼は子供のころに自分が母にされて嬉しかったことをしているのだと、そう言って無邪気に笑うだけだった。 「今日も上手に乾かせた!」 そう言って、操は背後から甲洋にぎゅっと抱きついた。ふわふわになった髪と耳に頬を擦り寄せ、やがて頭のてっぺんにあごを擦りつける。 それはうさぎが所有物に対して行うマーキング行為と同じで、あのとき、なぜか操がズボンの前をひどく濡らして帰ってきた日から、彼は夜毎これをしつこく繰り返すようになった。 「く、来主」 操の体温を感じながら、甲洋は身を固くして目を泳がせる。なんど繰り返されても、受け身のスキンシップにはどうしても慣れることができない。どんな顔をするのが正解なのかが、分からないのだ。 マーキングなんて、したことはあってもされたことは一度もない。面映ゆく、ムズムズとした決まりの悪さに甲洋はただ押し黙ることしかできなくなる。 (逆だろ、これじゃ……) 所有するつもりが、すっかりされてしまっている。こんなふうに抱きしめられて、何度も何度も、君はぼくのものだと繰り返しすり込むみたいに。 「いい加減しつこいよ」 執拗に繰り返されるその意思表示に、いよいよ耐えきれなくなって抗議の声をもらす。身じろぎながら軽く腕で払いのける動作をすると、操は「いいじゃん」と言って唇を尖らせた。 「君だってしつこかったくせに。なんでぼくはしちゃいけないの」 「仕返しのつもりか?」 軽く睨みつけた甲洋に、操は悪戯坊主のような悪びれない笑顔を浮かべて「そうだよ」と言った。 「嫌だって言ってもやめてくれなかったろ。だから仕返し。君ももっと素直に甘えればいいのに」 「甘えるって……」 「こんなふうにさ!」 「あっ、ちょっ……!?」 操の両腕が、今度は真横から勢いよく絡みついてきた。体当たりするかのように飛びかかられて、浅く腰かけていた甲洋は体勢を崩してしまう。それをギリギリで立て直し、操の身体を抱き込むとベッドに深く乗り上げた。 自然と正面から抱き合うような形になりながら、腕の中で操が「ビックリしたぁ」と呑気に漏らす。 「危ないだろ……」 危うくふたり揃ってベッドから雪崩落ちるところだった。それでも操はなにがそんなに楽しいのか、甲洋の首に両腕を絡ませたまま「えへへ」と笑っている。 その距離感に、ドキリと心臓が音を立てた。自分の腕の中で笑っている彼を見るのは初めてだ。甲洋は泣いている操しか抱いたことがない。こうして彼の身体に腕を回していること自体、ひどく久しぶりのことでもある。 (はやく、離さないと) 奇妙な焦りと比例して、心臓はずっと狂おしく高鳴っていた。締めつけられるような感覚に、甲洋は身動きがとれなくなる。 触れ合っている場所から、絶えず操の熱が流れ込んでくるようだった。疼くような痛みを伴い、甲洋の心を絡めとる。今にも溢れてしまいそうなその『なにか』に、息ができない。 「あー、面白かった! そろそろ寝よっか?」 散々じゃれて気が済んだのか、絡みついていた両腕がそっと離れていこうとする。甲洋は無意識に操の身体に回している両腕に力を込めて引き止めた。 「甲洋?」 咄嗟の行動に、甲洋自身がいちばん驚いていた。警戒されるのではないかと顔色を伺う甲洋に、操はきょとんとして瞬きを繰り返すだけだった。 「どうかした?」 「……怖くないのか?」 「なにが?」 「……俺のこと」 「なんで? 怖くないよ。ちっとも」 変なの、と付け加えて、操はなんでもないことのように笑った。変なのはこいつだ。あんな真似をしたケダモノをそばに置き、こんなふうに無邪気に笑いかけて。 思えばいつでもそうだった。交尾の最中はいつも嫌だと言って泣くくせに、事が済んだあとはちょっとしたことですぐに笑う。 その砂糖菓子のように触れたら溶けてしまいそうな甘い笑顔が、甲洋は好きだった。もうずっと。ずっと前から──好きだったのだ。 「俺も……っ」 あの疼くような切ない痛みが、身体のなかで弾けて溢れる。まるで押しだされるみたいに、あるいは追い立てられるように、甲洋は口を開いていた。 「来主、俺も……」 「なに、甲洋」 肩に触れた手の力を強めても、操はただことりと首を傾げるだけだった。 「……したい。お前に……俺の匂いを、つけたい」 ごく自然に沸き起こったその欲求を、絞り出すような声に乗せた。 自分が彼のものであるのなら、自分だって同じことをしたい。この子に自分の印をつけたくて、たまらなかった。 「いいよ」 「ッ!」 あっさり頷いてしまった操に、甲洋は面食らって目をみはる。それからゆっくりと、身体が震えるほどの嬉しさがこみ上げてきた。 甲洋はどこか緊張しながら小さく喉を鳴らし、見上げてくる操の額に遠慮がちにあごの下を擦りつけた。もうずっとしていなかったマーキング行為。そのまま滑るように、柔らかな髪や頬に頬ずりをする。 やりだすと止まらなくなって、何度も何度も確かめるように優しく繰り返していると、操がクスクスと笑いながら肩をすくめた。 「ふふっ、あはは! なんかくすぐったいよ!」 甲洋にとってのマーキングは、操にとっておぞましい交尾の合図でしかないはずだった。それなのに操は楽しそうに笑い声をあげて、また甲洋の首に両腕を回してくる。 あどけない体温は甲洋の中にある恐怖心を薄れさせていく。代わりに愛しさとぬくもりで満たされていくのを感じた。 「好きだ」 両腕に操を掻き抱いて、甲洋はその首根に顔を埋めながら声を吐きだした。深く匂いを吸い込んで、泣いてしまいそうになりながら。 「来主のことが、好きだ」 いちど告げてしまえば、あとは止めどなく溢れていくだけだった。 嬉しかった。もうずっと、本当は嬉しくて仕方がなかった。ぼくのものになれと、そう言われたときから。当たり前のようにこの子のそばにいられることが。 だけど喜んでいる自分を受け入れることができなかった。怖いから。信じることも、愛することも。 「それは、甲洋の本当の気持ち?」 腕の中で身じろいだ操に、甲洋は顔をあげる。彼は耳まで赤くなりながら、大きな瞳を潤ませていた。 「ここにいるのがぼくじゃなくても、君は同じことを言ったの?」 あの日の問いかけ。甲洋は操の目をまっすぐ見つめ、今度は逸らすことなく首を横に振った。 「俺は、来主がいい。ここにいるのがお前だから、そばにいたいと思ってる。来主のことが好きだから……俺はお前と、つがいになりたい」 どう足掻いたって、甲洋の中にはうさぎの本能がある。けれどそこに伴った感情を素直に受け入れたとき、甲洋には操以外の相手など考えられなかった。執着とも支配とも違う、目に見えないあたたかな繋がりが、今の甲洋には感じることができる。 誰だっていいわけじゃなくて。操だから。こんなふうに思わせてくれた操だから、心から家族になりたいと思った。だから。 「俺のことを、来主にとってのただ一羽のオスにしてほしい」 まんまるに目を見開いた操の耳が、頬が、また一段と上気する。ぽかんとした驚きの表情は、やがて花がほころぶみたいに嬉しそうな笑顔に変わり、彼はこくんと頷いた。 涙の膜が張る瞳が、とても綺麗だ。ゆらゆらと揺らめいて、今にも零れ落ちそうだと息をのんだとき、一筋の雫が伝い落ちたのは甲洋の頬だった。 「あのね、やっと気づいたんだ」 操は両手を甲洋の濡れた頬にやると、甲洋が大好きなあの可愛くてあどけない笑顔で、言った。 「ぼくも、君のことが好きみたい」 * ベッドでもつれるように折り重なって、抱き合いながらキスをした。 うっすらと開いた唇から、甲洋の舌が侵入してくる。口内で遠慮がちに歯列をなぞって、敏感な上顎をくすぐられると操の身体がヒクンと震えた。 「んぅ、ぁ……ふ……っ」 口の端から溢れる唾液が、もはやどちらのものか分からなくなってしまうくらい、口づけはどんどん深くなっていく。酸欠で頭の芯をぼぅっとさせながら、そういえば向かい合ってキスをするのはこれが初めてだということに、今さら気づいた。 キスも交尾も、今まではただ後ろから強引に奪われるだけだった。合わさった胸から伝わる甲洋の鼓動が新鮮で、操の胸もまたいっそう大きく早鐘を打つ。 「は、ぁ……来主……」 細く糸を引きながら、甲洋の唇がわずかに離れる。うっすらと開いた隙間から覗く赤い舌に、操は腹の奥が疼くような感覚を覚えた。身体が熱い。まだキスしかしてないはずなのに、形が分からないくらい蕩けてしまったような気分になる。 息を乱しながら、甲洋がまた「来主」と呼んで操の両足を割り開かせた。 「あっ……こう、よ……」 甲洋が身体の中心を操の臀部に押しつける。まだ服だって着たままなのに、甲洋はあてがった腰でノックするように身体を前後に揺らしはじめた。カクカクと揺さぶられながら、操は甲洋にしがみついて「ぁ、ぁ、ぁ」と小さな喘ぎを漏らす。 身体の熱がまた膨らんだ。それは下腹にどんどん蓄積されていくようで、奥のほうがキュンキュンと締めつけられているような錯覚を覚える。 (ぼく、発情してる……?) 今までも何度かこんなことはあった気がする。甲洋にマウンティングされると、どうしてか身体が熱く火照ったようになって、とてもいやらしい気分になった。だけど以前の操はそれを認めるのが嫌で、必死で抵抗を試みるだけだった。 だけど今日はなにもかもが違っていて、誤魔化す理由がなくなっている。 (ぼくの身体、甲洋のために準備してる……お腹の奥、もう欲しがってる……) 操の身体は、すでに甲洋の形を知っている。それでどうなってしまうかも知っているから、肌が粟立つほどに期待してしまう。そんな風に、すっかり作り変えられてしまったから。 あんなに怖いと思っていたのに、今はそれがどうしようもなく嬉しかった。甲洋のためだけに作り変えられた身体で、甲洋への気持ちを自覚しながら、受け入れられることが。甲洋に、選ばれたことが。 「甲洋、ぼくも」 操は甲洋の首に回している腕に力を込めた。大きく開いた両膝をしっかりと立てながら、甲洋の身体の中心にグリグリと自分の中心を押しつける。 操の行動に驚いた甲洋が、咄嗟に腰の動きを止めた。 「く、来主……?」 「んっ、うまく、できない」 もっと上手に腰を揺らしたいのに、この体勢だと思うようにいかない。押しつけた場所だってここじゃなくて、もっと後ろの奥まった場所であるはずなのに。それでも性器が布越しに擦れ合う感覚に、操は上ずった声を漏らした。 「あぅ、ぁ……っ、こ、よ……ぼく、どうしよ……止まらないの、どうしよ……?」 「ッ、~~!」 甲洋が声をつまらせながら瞠目している。呻きともつかない低い声を喉の奥から漏らし、彼は操を掻き抱くと自らもまた腰を揺らした。噛みつくように口づけを再開させながら、ふたりで小刻みに身体を揺らす。 その擬似的な交尾だけで、操は軽くイッてしまった。 ──それからの甲洋と操は、ただ必死だった。 少しずつ互いに裸になっていく過程で、甲洋は薄い唇と神経質そうな指先を操の身体の隅々まで這わせて愛撫した。皮膚の上を舌が滑り、音をたてて吸われるたびに、操はビクビクと身をしならせて甲洋の名を呼ぶ。 いつだって器用に操を翻弄していたはずの愛撫は、どこかぎこちなさを感じさせるものだった。ギリギリのところで耐えているのが、皮膚を通して伝わってくるほど。 甲洋は操の皮膚に歯を立てたいのを堪えていたし、操は操で、それを許してしまいそうになる自分を抑え込んでいた。 彼になら、なにをされても平気だと思うのに。その許しは自分の身体だけじゃなく、甲洋の心を傷つけてしまうことを知っていた。あの暗いリビングで背中を丸めていたみたいに、深く落ち込んでしまうのだろうと。 だから必死で堪えている甲洋に、操はもどかしさと愛おしさを募らせた。 本当はひどく自分本位で、我儘で、臆病な操のうさぎ。可愛いうさぎ。必死で優しくしようとしている。優しくなろうとしている。それが彼の切実な愛撫から伝わってくるから。どうしようもなく、好きだと思う。 「来主、ここ……平気か?」 躊躇を宿した指先を操の中に埋めて、甲洋が顔色を伺ってくる。 ゆっくりと指を増やして中を慣らしていきながら、彼は幾度となく操を気遣い、声をかけてきた。 まるで腫れ物に触るように、怯えさえ滲ませながら揺れている瞳は、あの日のことを引きずっている。 「怖くない……?」 ギリギリまでシワを伸ばされた操の孔は、すでに様々な体液で濡れていた。甲洋の指を三本も飲み込んで、もう十分に準備は整っている。 操はシーツに爪を立て、深く綾を刻みながらこくこくと頷いた。彼がおそるおそる問いかけるたび、根気よく頷いては先を促す。 「へい、き。怖くない。怖くないよ、甲洋」 ほっと息をつきながら、甲洋の表情がわずかに緩む。埋めていた指を慎重に引き抜いて、ぽっかりと開いた赤い孔がじわじわとまた閉じていくのを見つめながら、彼は大きく喉を鳴らした。 「来主のここに、挿れたい」 浅く息を乱しながら、甲洋が遠慮がちに細めた瞳で見下ろしてくる。情欲に掠れた声にすら、操は腹の奥をじんと痺れさせた。 「ん……いい、よ。ぼくも、はやくしたい」 広げた両腕を伸ばすと、甲洋はまた喉を鳴らしながら頷いた。身体を前に倒して、ゆっくりと覆いかぶさってくる。 汗ばんだ背に両手をぺたりと貼りつけると、甲洋は操の開いた両足をさらに大きく割り開き、天を仰いでる自身に手を添えた。濡れた後孔に亀頭をあてがっただけで、ふたり同時にブルリと震える。 「ぁ、あ……こう、よ……」 「来主……」 甲洋はまるで余裕のない顔つきで、ぐっと奥歯を噛み締める。操の両の膝裏にそれぞれ腕を引っ掛けて、ゆっくりと体重をかけながら少しずつ押し入ってきた。 膝が胸につくほど身体を折り曲げられながら、操はその衝撃に喚声をあげる。 「くっ、ぅうぅ……っ、ぁ、こ、こう、よ……ッ、ひあぁっ、ぁ……っ!」 甲洋の肩に両手を張りつかせ、思わず爪を立ててしまう。少し間が空いてしまったからか、かなり苦しい。痛みはないが、内臓を圧迫される感覚にはやっぱり慣れることはできそうになかった。 だけどそれが甲洋のものだと思うと、以前のような恐怖はなかった。そこにはいまだかつて感じたことのない、喜びと充足感が満ちている。 「来主……ッ、くるす……」 薄い膜を突き破るみたいに、熱の塊が身体のなかに最後まで打ち込まれた。喉を逸しながら悲鳴をあげた操の首筋に、甲洋の汗がぽつりと落ちる。 「くるす、好きだ……好きだよ……」 操は甲洋の震える耳ごとくしゃくしゃと乱し、何度も必死に頷いた。 「う、ん……うん、こうよ……ぼくも、ぼくも好き……ぁ、うれ、し……」 中で脈打つ生々しい肉の感触が、甲洋のものなのだと思うだけで、下肢からじんと痺れるような悦びがこみ上げてくる。 ふわふわの耳を優しく撫でて、操は「動いて」と甘く強請った。甲洋はひとつ鼻をすすると、「ん」と少し子供っぽく頷いて腰を揺らしはじめる。 「あっ、ぁん、ぁ……っ、ふぁ、ぁっ、きもちい……ッ、こう、よ、甲洋……っ」 内壁を引きずり出されそうな背徳感に気を遠のかせると、またすぐに奥まで深く押し込まれる。小刻みだった律動が徐々に速度をあげて、強く激しくなっていく。 すすり泣くような声をあげ、操は甲洋の長い襟足をぎゅうと握って必死でしがみついた。 (ぼくのお腹、よろこんでる……ジンジンして、いっぱい疼くの、止まらなくなってる……!) 赤ちゃんができたらいいのにと、熱に浮かされた意識の中でふと思う。ずっと腹の奥が疼いているのは、きっとそのせいだ。操の身体は甲洋の子種を欲している。そこに子を宿す器官などないはずなのに。 だけど、それでもよかった。なにも生まれなくてもいい。ただ甲洋のもっとも弱い部分を受け入れている。そのための器になっている自分の身体に、操は確かな悦びを感じていた。受け入れ難かったその事実が、今は愛しい。 「あぁっ、ァ……こうよ、ねぇ、もっと近く……っ、ぎゅって、して……っ」 甲洋は両膝に引っ掛けたままだった腕を退け、操の身体をしっかりと抱きしめると繋がったまま勢いよく身体を起こした。あぐらをかく甲洋に跨る体勢になり、自重によってさらに深い場所まで貫かれる。 「ひあぁッ!? あぅ、あ……っ、ふか、い……っ、ァ、奥、届いちゃうぅっ!」 串刺しにされるような感覚を味わいながら、届いてはいけない場所に甲洋の切っ先が触れているのを感じた。背筋にゾワゾワとした本能的な恐怖がこみ上げ、けれどそれはすぐに目がくらむような快感で塗りつぶされる。 「やあぁっ……あ、ぁ──……っ!」 甲洋の首や肩にしがみつきながら、全身にどっと汗が噴きだした。目の前が一瞬だけ白くなり、呼吸が止まる。同時に、甲洋がくぐもった呻きを漏らした。 「うっ、く……っ」 「ぁっ、ぁ……ぁ──……」 緊張したようにすぼまった孔が、甲洋を痛いほどギチギチと締めつけているのを感じる。 「は、ぁ……っ、来主……イッたのか?」 射精もせずに、操の身体はあの一瞬だけで達していた。ビクン、ビクン、と断続的に震え続けるだけの操に、甲洋は感嘆の息を吐きながら「可愛い」と言った。 「ゃ、ひ……ぁ……」 「今の、すごく可愛かった……来主……」 ぎゅうと強く抱きしめられて、余韻で痙攣していた身体がもっと震えた。 可愛いなんて、その言葉を甲洋は言い慣れているはずだし、操も交尾の間はさんざん言われてきたことだった。けれど今の甲洋からは以前のような余裕が感じられない。 そのせいか、やけに恥ずかしいような気持ちになってしまった。 (なんだよ……甲洋のほうが可愛いくせに!) 実際にそう言ってやりたかったはずの唇からは、ただ甘い嬌声が漏れるだけだった。甲洋がベッドのスプリングの力を借りて、下から激しく揺さぶってくる。 「ひぃっ、ぁ! ダ、メっ、だめ……っ、おかしく、なっちゃ、あっ、ダメ、ぇ……!」 まるで説得力のない「ダメ」を繰り返し、嫌々と首を振りながら必死で甲洋にしがみつく。 突かれるたびに、出しそびれて膨らんだままの屹立が苦しそうに揺れていた。溢れる蜜を振りまくようにして、ぷるぷると震えながら泣いている。 幾つもの波が押し寄せてはそこにとどまり、なにも考えられなくなっていく。激しくなるばかりの動きに合わせて、操もまた淫らに腰を揺さぶった。 「いっく……ッ、こぉ、よ……っ、あぁ、ぁ、いく、あッ、ぼく、また……っ!」 「んっ……俺、も……」 切羽詰まった甲洋の顔が、くしゃりと歪んだ。操はその唇にぶつけるようなキスをする。舌を絡ませ、吸い上げて、水音を立てながら貪り尽くし、やがて真っ白な波に飲まれていく。 「んんぅッ、う、ぁっ、あぁ──……っ!」 もうダメだと思ったときには、ほとんど同時に登りつめていた。喉を反らしながらひときわ大きな嬌声をあげた操の首筋に額を押しつけ、甲洋が低い呻きをあげる。 ドクン、ドクンと脈打ちながら、弾けた熱が腹の奥を満たしていった。溺れるような感覚に痙攣しながら、ふわりと力が抜けていく。 「来主……ありがとう……」 かくんと肩に頭をもたれさせた操の耳に唇を押しつけて、甲洋が言った。少し泣きそうに掠れている声が、切ないくらい胸に染み込む。 自身をゆっくりと引き抜きながら、甲洋は操を抱いたまま身体を前に倒していった。柔らかなシーツに深く沈んで、操はその体重を受け止める。 夢を見ているような意識のなかで、可愛い耳を優しく撫でた。ふわふわしていて、あたたかい。可愛くて愛しい、操だけの、大きなうさぎ。 「ぼくも……甲洋、ぼくを選んでくれて、ありがとう」 潤んだ瞳を細めながら、操は笑った。 甲洋は何度か鼻をすすりながら、操の首根に埋めた顔を上げようとしない。 その柔らかな癖毛に優しく指を通していると、甲洋はまたひとつ鼻から水っぽい音をさせた。泣き虫だなぁと、操は思う。 うさぎは寂しいと死んでしまう、というのは迷信だなんていうけれど、甲洋だったら本当に死んでしまうかもしれない。だから絶対に、離さずにいようと思った。 「ずっと一緒にいようね。ぼくのかわいいうさぎさん」 夏休みがきたら、彼を連れて母がいる故郷の家に帰ろう。心地いい疲労感のなかで、ふとそんなことを考える。うさぎと暮らしていることはまだ言っていないから、母はきっと驚くだろう。 従兄弟の総士は一騎ととても仲がいい。他にもたくさん、会いたい人たちがそこにいる。操が大切だと思う人たちと、甲洋が仲良くなってくれたら嬉しい。その隣で、ずっと笑っていられたら。 「大好きだよ、甲洋」 世界中で誰よりも、いちばん大切な『つがい』として。 「俺も……大好きだ、来主」 頑なに顔を上げないままの甲洋におかしさを覚えながら、操はふわふわの耳を片方すくい上げ、そっと小さなキスをした。 ぼくのかわいいうさぎさん / 了 ←戻る ・ Wavebox👏
土曜日の夜。
食卓にはチキンポトフ、ツナとルッコラのサラダパスタに、トマトとキノコのマリネが並べられていた。
「あは、すごいすごい! 野菜って感じだね。ぼくたちやればできるじゃん!」
向かい合ってテーブルについている操が、彩り豊かな食卓を見て歓声をあげている。別に俺ひとりでだってやれたけどという台詞を飲み込んで、甲洋はただ曖昧に頷いた。
「いただきまーす!」
両手を合わせて言った操が食べはじめるのを確認してから、自分も同じくいただきますをして手をつける。ポトフは野菜と鶏肉の出汁がきいていた。口の中で優しくほどけたジャガイモに、コンソメの味とローリエの香りがふわりと広がる。
「ねぇ、このパスタさ、ちょっと茹ですぎたかな? やわすぎない?」
操の問いかけに、甲洋は手にしたフォークにくるくるとパスタを巻きつけて口に運んだ。しっかりと確かめるように咀嚼して飲み込んでから、緩く首を振る。
「……いや。俺は別に気にならない」
「ふーん。君がいいならいいけどさ。ぼくはもうちょっと硬めが好き」
「アルデンテね」
「しょ、あるれんて」
うまく言えずに噛んでしまったのが自分でも面白かったのか、はたまた恥ずかしかったのか、操は麺を一本ちゅるんと吸い込むとふふっと笑った。
その仕草に釣られ、甲洋もつい笑ってしまう。だけどすぐに誤魔化すように小さく咳払いをして、食事に専念するふりをした。そうしながらも、ときどき操に視線を向ける。彼はマリネのトマトを食べながら、「美味しい~」と言って顔いっぱいに笑顔を広げていた。
(たったこれだけのことで、本当にいいのか……?)
あの日からおよそ一月近くが経過している。操は宣言通り、甲洋をただそばに置くだけだった。こうして食事をしながら会話をし、テレビを見て、休みの日には買い物に出かける。
夜はベッドに引きずり込まれ、朝まで手を繋いで眠るだけ。交尾もせずただ同じベッドに並んで寝ることに、甲洋はいまだに慣れることができないでいる。あまりにも無防備な寝息や、ちょっと間抜けな寝言を聞きながら朝方までまんじりともせず過ごすはめになるせいで、ここのところ少し寝不足だ。
(こんなこと、いつまで続ける気なんだよ)
ついさっきも、ふたりでスーパーへ買い出しに行ってきたばかりだ。
そこであれこれ相談しながら今夜のメニューを決めて、帰宅後いっしょに夕飯を作った。
最近、操は自分が好きなものだけでなく、甲洋の食生活にも意識を向けるようになっていた。だからこうして、食卓には野菜メインの料理が並ぶ機会が増えている。
掃除や洗濯といった家事にも参加するようになり──正直邪魔になることの方が多いのだが──操は以前のように、それらを甲洋に依存することがなくなっていた。
こんなことで本当にいいのだろうか。
都合のいい性奴隷が欲しいとか、便利な家政婦が必要だというのなら、まだ話は分かりやすかった。けれど操自身がそれを求めていない。
彼は本当にこれで満足なのだろうか。あまりにも穏やかで、平坦ともいえる日々の暮らしは、まるでぬるま湯にひたっているかのようだ。そばにあるぬくもりに、甲洋はただ戸惑っている。
「……なに?」
物思いにふけっていた甲洋は、操が食べる手を止めてじっとこちらを見つめていることに気がついた。何事かと首を傾げる甲洋に、彼は真剣な表情を浮かべている。
「君がいつ食べ物をこぼしてもいいように、ちゃんと見張っておかないと」
「……それはどういう?」
「そしたらぼくが、これで拭いてあげようと思ってさ」
そう言って、操は膝の上にあったらしいタオルを掴んで持ち上げる。
一体どういうつもりだろう。まるで意図が分からない。
「こぼさないし、それはキッチンで使う用の雑巾だ」
「え、そうなの? でもこれ洗濯したばっかだし、綺麗だよ」
「嫌だよ」
じゃあティッシュでいいかぁとこぼしながら、操が雑巾をテーブルの脇に置こうとした。が、そのときそばにあったグラスに手がぶつかり、ひっくり返して中の水をこぼしてしまった。ゴロンと音を立て、テーブルの上にグラスが転がる。
「あーっ!?」
「なにやってんのさ……」
甲洋は席を立つと、すぐそばのキッチンカウンターにあったお手拭きを取り、操の足元に膝をつく。水は全て太腿のあたりに降り注ぎ、ハーフパンツをぐっしょりと濡らしていた。
「履き替えたほうがいいよ、これ」
せっせと拭いてやりながらもそう言うと、操はなぜか猛烈に不服そうな顔をして唇を尖らせた。
「ぼくがしたいのに、これじゃ逆だよ。なんでこうなっちゃうの?」
「さぁね。来主がそそっかしいからじゃない?」
「こんなはずじゃなかったんだってば!」
一体なににこだわっているのか、まったく意味が分からない。
だけど悔しそうに涙ぐんでいる顔が少し間抜けで、甲洋はつい我慢できずに肩を揺らしながら笑ってしまった。さっきみたいに取り繕おうにも、もう駄目だ。だってこんなに世話のかかるやつ、他に見たことがない。
操はそんな甲洋を見て、「ちぇー」と言いながら頬を赤らめている。
(子供だ、まるで)
操がコンビニで会った女に密かな対抗意識を燃やしていることを、甲洋は知らない。そこでどんな会話が交わされたのかも。
だけど少しずつ、敗北にも似た感情が甲洋のなかには生まれつつある。早く着替えておいでと促しながら、自分がどれほど穏やかな表情で笑っているか。無自覚でいるには、このぬるま湯の温度はあまりにも優しく甲洋の肌に馴染みはじめていた。
*
最後にしたあれは、とても交尾だなんて言えるものではなかった。
甲洋が操にしたのはただのレイプだ。痛いと言って泣きじゃくるあの子の声が、今も耳から離れない。
強引に、だけど大切に、操をメスとして調教してきたつもりだった。快楽だけをその身に刻み、自分というオスなしでは生きられない性の傀儡にしてしまうために。
口では相変わらず拒絶しながら、その身体は確実に抱かれて悦ぶだけのメスへと堕ちようとしていたはずだった。あとは時間をかけて、じっくりと認めさせてやるだけだったのに。
けれどあの日、彼は別のオスをこの場所に連れてきた。前の主と同じように。ここは操の部屋だが、甲洋にとっては縄張りだ。自身がメスを囲うための、大切な巣穴。
一騎の存在は甲洋のなかにある怒りと憎しみに、そして不安と恐れに火をつけた。
また裏切られる。奪われてしまう。なかったことにされてしまう。その笑顔も声も、ここでは自分にだけ向けられていたはずなのに。
そうやってぐちゃぐちゃに溢れてしまった感情を暴発させて、甲洋は操にぶつけてしまった。最悪の形で。
その事実に甲洋は打ちのめされたのだ。
本能に従いながらも、冷静に事を進めてきたつもりだった。確実に攻略しながら、どこかでは執着しないようにとブレーキをかけ続けていたのだ。裏切りがある日突然、蛇のように足音もなく訪れることを甲洋は知っている。
だからあの日、甲洋はもっと冷静でいられるはずだった。やっぱりこいつも駄目だったかと、ただ諦めてここを去ればいいだけの話だったのに。
あんなこと、するつもりなんかなかったのに──。
*
ドライヤーの熱風に踊らされ、髪と耳が揺れている。
風呂上がり、甲洋は寝室のベッドの縁に浅く腰掛けて、背後で膝立ちになっている操にドライヤーをかけられていた。
「あはは! 甲洋の髪と耳、ふわっふわだ!」
操はドライヤーのスイッチを切り、脇にひょいと放り投げると両手で甲洋の耳をぴろーんと持ち上げ、それからくしゃくしゃと髪を乱した。甲洋はなんとなくうつむいて、操が満足するのを待つだけだ。
ここ一ヶ月は毎晩こうだった。自分でできると言っても聞かない。なぜこんなことをするのかと聞くと、彼は子供のころに自分が母にされて嬉しかったことをしているのだと、そう言って無邪気に笑うだけだった。
「今日も上手に乾かせた!」
そう言って、操は背後から甲洋にぎゅっと抱きついた。ふわふわになった髪と耳に頬を擦り寄せ、やがて頭のてっぺんにあごを擦りつける。
それはうさぎが所有物に対して行うマーキング行為と同じで、あのとき、なぜか操がズボンの前をひどく濡らして帰ってきた日から、彼は夜毎これをしつこく繰り返すようになった。
「く、来主」
操の体温を感じながら、甲洋は身を固くして目を泳がせる。なんど繰り返されても、受け身のスキンシップにはどうしても慣れることができない。どんな顔をするのが正解なのかが、分からないのだ。
マーキングなんて、したことはあってもされたことは一度もない。面映ゆく、ムズムズとした決まりの悪さに甲洋はただ押し黙ることしかできなくなる。
(逆だろ、これじゃ……)
所有するつもりが、すっかりされてしまっている。こんなふうに抱きしめられて、何度も何度も、君はぼくのものだと繰り返しすり込むみたいに。
「いい加減しつこいよ」
執拗に繰り返されるその意思表示に、いよいよ耐えきれなくなって抗議の声をもらす。身じろぎながら軽く腕で払いのける動作をすると、操は「いいじゃん」と言って唇を尖らせた。
「君だってしつこかったくせに。なんでぼくはしちゃいけないの」
「仕返しのつもりか?」
軽く睨みつけた甲洋に、操は悪戯坊主のような悪びれない笑顔を浮かべて「そうだよ」と言った。
「嫌だって言ってもやめてくれなかったろ。だから仕返し。君ももっと素直に甘えればいいのに」
「甘えるって……」
「こんなふうにさ!」
「あっ、ちょっ……!?」
操の両腕が、今度は真横から勢いよく絡みついてきた。体当たりするかのように飛びかかられて、浅く腰かけていた甲洋は体勢を崩してしまう。それをギリギリで立て直し、操の身体を抱き込むとベッドに深く乗り上げた。
自然と正面から抱き合うような形になりながら、腕の中で操が「ビックリしたぁ」と呑気に漏らす。
「危ないだろ……」
危うくふたり揃ってベッドから雪崩落ちるところだった。それでも操はなにがそんなに楽しいのか、甲洋の首に両腕を絡ませたまま「えへへ」と笑っている。
その距離感に、ドキリと心臓が音を立てた。自分の腕の中で笑っている彼を見るのは初めてだ。甲洋は泣いている操しか抱いたことがない。こうして彼の身体に腕を回していること自体、ひどく久しぶりのことでもある。
(はやく、離さないと)
奇妙な焦りと比例して、心臓はずっと狂おしく高鳴っていた。締めつけられるような感覚に、甲洋は身動きがとれなくなる。
触れ合っている場所から、絶えず操の熱が流れ込んでくるようだった。疼くような痛みを伴い、甲洋の心を絡めとる。今にも溢れてしまいそうなその『なにか』に、息ができない。
「あー、面白かった! そろそろ寝よっか?」
散々じゃれて気が済んだのか、絡みついていた両腕がそっと離れていこうとする。甲洋は無意識に操の身体に回している両腕に力を込めて引き止めた。
「甲洋?」
咄嗟の行動に、甲洋自身がいちばん驚いていた。警戒されるのではないかと顔色を伺う甲洋に、操はきょとんとして瞬きを繰り返すだけだった。
「どうかした?」
「……怖くないのか?」
「なにが?」
「……俺のこと」
「なんで? 怖くないよ。ちっとも」
変なの、と付け加えて、操はなんでもないことのように笑った。変なのはこいつだ。あんな真似をしたケダモノをそばに置き、こんなふうに無邪気に笑いかけて。
思えばいつでもそうだった。交尾の最中はいつも嫌だと言って泣くくせに、事が済んだあとはちょっとしたことですぐに笑う。
その砂糖菓子のように触れたら溶けてしまいそうな甘い笑顔が、甲洋は好きだった。もうずっと。ずっと前から──好きだったのだ。
「俺も……っ」
あの疼くような切ない痛みが、身体のなかで弾けて溢れる。まるで押しだされるみたいに、あるいは追い立てられるように、甲洋は口を開いていた。
「来主、俺も……」
「なに、甲洋」
肩に触れた手の力を強めても、操はただことりと首を傾げるだけだった。
「……したい。お前に……俺の匂いを、つけたい」
ごく自然に沸き起こったその欲求を、絞り出すような声に乗せた。
自分が彼のものであるのなら、自分だって同じことをしたい。この子に自分の印をつけたくて、たまらなかった。
「いいよ」
「ッ!」
あっさり頷いてしまった操に、甲洋は面食らって目をみはる。それからゆっくりと、身体が震えるほどの嬉しさがこみ上げてきた。
甲洋はどこか緊張しながら小さく喉を鳴らし、見上げてくる操の額に遠慮がちにあごの下を擦りつけた。もうずっとしていなかったマーキング行為。そのまま滑るように、柔らかな髪や頬に頬ずりをする。
やりだすと止まらなくなって、何度も何度も確かめるように優しく繰り返していると、操がクスクスと笑いながら肩をすくめた。
「ふふっ、あはは! なんかくすぐったいよ!」
甲洋にとってのマーキングは、操にとっておぞましい交尾の合図でしかないはずだった。それなのに操は楽しそうに笑い声をあげて、また甲洋の首に両腕を回してくる。
あどけない体温は甲洋の中にある恐怖心を薄れさせていく。代わりに愛しさとぬくもりで満たされていくのを感じた。
「好きだ」
両腕に操を掻き抱いて、甲洋はその首根に顔を埋めながら声を吐きだした。深く匂いを吸い込んで、泣いてしまいそうになりながら。
「来主のことが、好きだ」
いちど告げてしまえば、あとは止めどなく溢れていくだけだった。
嬉しかった。もうずっと、本当は嬉しくて仕方がなかった。ぼくのものになれと、そう言われたときから。当たり前のようにこの子のそばにいられることが。
だけど喜んでいる自分を受け入れることができなかった。怖いから。信じることも、愛することも。
「それは、甲洋の本当の気持ち?」
腕の中で身じろいだ操に、甲洋は顔をあげる。彼は耳まで赤くなりながら、大きな瞳を潤ませていた。
「ここにいるのがぼくじゃなくても、君は同じことを言ったの?」
あの日の問いかけ。甲洋は操の目をまっすぐ見つめ、今度は逸らすことなく首を横に振った。
「俺は、来主がいい。ここにいるのがお前だから、そばにいたいと思ってる。来主のことが好きだから……俺はお前と、つがいになりたい」
どう足掻いたって、甲洋の中にはうさぎの本能がある。けれどそこに伴った感情を素直に受け入れたとき、甲洋には操以外の相手など考えられなかった。執着とも支配とも違う、目に見えないあたたかな繋がりが、今の甲洋には感じることができる。
誰だっていいわけじゃなくて。操だから。こんなふうに思わせてくれた操だから、心から家族になりたいと思った。だから。
「俺のことを、来主にとってのただ一羽のオスにしてほしい」
まんまるに目を見開いた操の耳が、頬が、また一段と上気する。ぽかんとした驚きの表情は、やがて花がほころぶみたいに嬉しそうな笑顔に変わり、彼はこくんと頷いた。
涙の膜が張る瞳が、とても綺麗だ。ゆらゆらと揺らめいて、今にも零れ落ちそうだと息をのんだとき、一筋の雫が伝い落ちたのは甲洋の頬だった。
「あのね、やっと気づいたんだ」
操は両手を甲洋の濡れた頬にやると、甲洋が大好きなあの可愛くてあどけない笑顔で、言った。
「ぼくも、君のことが好きみたい」
*
ベッドでもつれるように折り重なって、抱き合いながらキスをした。
うっすらと開いた唇から、甲洋の舌が侵入してくる。口内で遠慮がちに歯列をなぞって、敏感な上顎をくすぐられると操の身体がヒクンと震えた。
「んぅ、ぁ……ふ……っ」
口の端から溢れる唾液が、もはやどちらのものか分からなくなってしまうくらい、口づけはどんどん深くなっていく。酸欠で頭の芯をぼぅっとさせながら、そういえば向かい合ってキスをするのはこれが初めてだということに、今さら気づいた。
キスも交尾も、今まではただ後ろから強引に奪われるだけだった。合わさった胸から伝わる甲洋の鼓動が新鮮で、操の胸もまたいっそう大きく早鐘を打つ。
「は、ぁ……来主……」
細く糸を引きながら、甲洋の唇がわずかに離れる。うっすらと開いた隙間から覗く赤い舌に、操は腹の奥が疼くような感覚を覚えた。身体が熱い。まだキスしかしてないはずなのに、形が分からないくらい蕩けてしまったような気分になる。
息を乱しながら、甲洋がまた「来主」と呼んで操の両足を割り開かせた。
「あっ……こう、よ……」
甲洋が身体の中心を操の臀部に押しつける。まだ服だって着たままなのに、甲洋はあてがった腰でノックするように身体を前後に揺らしはじめた。カクカクと揺さぶられながら、操は甲洋にしがみついて「ぁ、ぁ、ぁ」と小さな喘ぎを漏らす。
身体の熱がまた膨らんだ。それは下腹にどんどん蓄積されていくようで、奥のほうがキュンキュンと締めつけられているような錯覚を覚える。
(ぼく、発情してる……?)
今までも何度かこんなことはあった気がする。甲洋にマウンティングされると、どうしてか身体が熱く火照ったようになって、とてもいやらしい気分になった。だけど以前の操はそれを認めるのが嫌で、必死で抵抗を試みるだけだった。
だけど今日はなにもかもが違っていて、誤魔化す理由がなくなっている。
(ぼくの身体、甲洋のために準備してる……お腹の奥、もう欲しがってる……)
操の身体は、すでに甲洋の形を知っている。それでどうなってしまうかも知っているから、肌が粟立つほどに期待してしまう。そんな風に、すっかり作り変えられてしまったから。
あんなに怖いと思っていたのに、今はそれがどうしようもなく嬉しかった。甲洋のためだけに作り変えられた身体で、甲洋への気持ちを自覚しながら、受け入れられることが。甲洋に、選ばれたことが。
「甲洋、ぼくも」
操は甲洋の首に回している腕に力を込めた。大きく開いた両膝をしっかりと立てながら、甲洋の身体の中心にグリグリと自分の中心を押しつける。
操の行動に驚いた甲洋が、咄嗟に腰の動きを止めた。
「く、来主……?」
「んっ、うまく、できない」
もっと上手に腰を揺らしたいのに、この体勢だと思うようにいかない。押しつけた場所だってここじゃなくて、もっと後ろの奥まった場所であるはずなのに。それでも性器が布越しに擦れ合う感覚に、操は上ずった声を漏らした。
「あぅ、ぁ……っ、こ、よ……ぼく、どうしよ……止まらないの、どうしよ……?」
「ッ、~~!」
甲洋が声をつまらせながら瞠目している。呻きともつかない低い声を喉の奥から漏らし、彼は操を掻き抱くと自らもまた腰を揺らした。噛みつくように口づけを再開させながら、ふたりで小刻みに身体を揺らす。
その擬似的な交尾だけで、操は軽くイッてしまった。
──それからの甲洋と操は、ただ必死だった。
少しずつ互いに裸になっていく過程で、甲洋は薄い唇と神経質そうな指先を操の身体の隅々まで這わせて愛撫した。皮膚の上を舌が滑り、音をたてて吸われるたびに、操はビクビクと身をしならせて甲洋の名を呼ぶ。
いつだって器用に操を翻弄していたはずの愛撫は、どこかぎこちなさを感じさせるものだった。ギリギリのところで耐えているのが、皮膚を通して伝わってくるほど。
甲洋は操の皮膚に歯を立てたいのを堪えていたし、操は操で、それを許してしまいそうになる自分を抑え込んでいた。
彼になら、なにをされても平気だと思うのに。その許しは自分の身体だけじゃなく、甲洋の心を傷つけてしまうことを知っていた。あの暗いリビングで背中を丸めていたみたいに、深く落ち込んでしまうのだろうと。
だから必死で堪えている甲洋に、操はもどかしさと愛おしさを募らせた。
本当はひどく自分本位で、我儘で、臆病な操のうさぎ。可愛いうさぎ。必死で優しくしようとしている。優しくなろうとしている。それが彼の切実な愛撫から伝わってくるから。どうしようもなく、好きだと思う。
「来主、ここ……平気か?」
躊躇を宿した指先を操の中に埋めて、甲洋が顔色を伺ってくる。
ゆっくりと指を増やして中を慣らしていきながら、彼は幾度となく操を気遣い、声をかけてきた。
まるで腫れ物に触るように、怯えさえ滲ませながら揺れている瞳は、あの日のことを引きずっている。
「怖くない……?」
ギリギリまでシワを伸ばされた操の孔は、すでに様々な体液で濡れていた。甲洋の指を三本も飲み込んで、もう十分に準備は整っている。
操はシーツに爪を立て、深く綾を刻みながらこくこくと頷いた。彼がおそるおそる問いかけるたび、根気よく頷いては先を促す。
「へい、き。怖くない。怖くないよ、甲洋」
ほっと息をつきながら、甲洋の表情がわずかに緩む。埋めていた指を慎重に引き抜いて、ぽっかりと開いた赤い孔がじわじわとまた閉じていくのを見つめながら、彼は大きく喉を鳴らした。
「来主のここに、挿れたい」
浅く息を乱しながら、甲洋が遠慮がちに細めた瞳で見下ろしてくる。情欲に掠れた声にすら、操は腹の奥をじんと痺れさせた。
「ん……いい、よ。ぼくも、はやくしたい」
広げた両腕を伸ばすと、甲洋はまた喉を鳴らしながら頷いた。身体を前に倒して、ゆっくりと覆いかぶさってくる。
汗ばんだ背に両手をぺたりと貼りつけると、甲洋は操の開いた両足をさらに大きく割り開き、天を仰いでる自身に手を添えた。濡れた後孔に亀頭をあてがっただけで、ふたり同時にブルリと震える。
「ぁ、あ……こう、よ……」
「来主……」
甲洋はまるで余裕のない顔つきで、ぐっと奥歯を噛み締める。操の両の膝裏にそれぞれ腕を引っ掛けて、ゆっくりと体重をかけながら少しずつ押し入ってきた。
膝が胸につくほど身体を折り曲げられながら、操はその衝撃に喚声をあげる。
「くっ、ぅうぅ……っ、ぁ、こ、こう、よ……ッ、ひあぁっ、ぁ……っ!」
甲洋の肩に両手を張りつかせ、思わず爪を立ててしまう。少し間が空いてしまったからか、かなり苦しい。痛みはないが、内臓を圧迫される感覚にはやっぱり慣れることはできそうになかった。
だけどそれが甲洋のものだと思うと、以前のような恐怖はなかった。そこにはいまだかつて感じたことのない、喜びと充足感が満ちている。
「来主……ッ、くるす……」
薄い膜を突き破るみたいに、熱の塊が身体のなかに最後まで打ち込まれた。喉を逸しながら悲鳴をあげた操の首筋に、甲洋の汗がぽつりと落ちる。
「くるす、好きだ……好きだよ……」
操は甲洋の震える耳ごとくしゃくしゃと乱し、何度も必死に頷いた。
「う、ん……うん、こうよ……ぼくも、ぼくも好き……ぁ、うれ、し……」
中で脈打つ生々しい肉の感触が、甲洋のものなのだと思うだけで、下肢からじんと痺れるような悦びがこみ上げてくる。
ふわふわの耳を優しく撫でて、操は「動いて」と甘く強請った。甲洋はひとつ鼻をすすると、「ん」と少し子供っぽく頷いて腰を揺らしはじめる。
「あっ、ぁん、ぁ……っ、ふぁ、ぁっ、きもちい……ッ、こう、よ、甲洋……っ」
内壁を引きずり出されそうな背徳感に気を遠のかせると、またすぐに奥まで深く押し込まれる。小刻みだった律動が徐々に速度をあげて、強く激しくなっていく。
すすり泣くような声をあげ、操は甲洋の長い襟足をぎゅうと握って必死でしがみついた。
(ぼくのお腹、よろこんでる……ジンジンして、いっぱい疼くの、止まらなくなってる……!)
赤ちゃんができたらいいのにと、熱に浮かされた意識の中でふと思う。ずっと腹の奥が疼いているのは、きっとそのせいだ。操の身体は甲洋の子種を欲している。そこに子を宿す器官などないはずなのに。
だけど、それでもよかった。なにも生まれなくてもいい。ただ甲洋のもっとも弱い部分を受け入れている。そのための器になっている自分の身体に、操は確かな悦びを感じていた。受け入れ難かったその事実が、今は愛しい。
「あぁっ、ァ……こうよ、ねぇ、もっと近く……っ、ぎゅって、して……っ」
甲洋は両膝に引っ掛けたままだった腕を退け、操の身体をしっかりと抱きしめると繋がったまま勢いよく身体を起こした。あぐらをかく甲洋に跨る体勢になり、自重によってさらに深い場所まで貫かれる。
「ひあぁッ!? あぅ、あ……っ、ふか、い……っ、ァ、奥、届いちゃうぅっ!」
串刺しにされるような感覚を味わいながら、届いてはいけない場所に甲洋の切っ先が触れているのを感じた。背筋にゾワゾワとした本能的な恐怖がこみ上げ、けれどそれはすぐに目がくらむような快感で塗りつぶされる。
「やあぁっ……あ、ぁ──……っ!」
甲洋の首や肩にしがみつきながら、全身にどっと汗が噴きだした。目の前が一瞬だけ白くなり、呼吸が止まる。同時に、甲洋がくぐもった呻きを漏らした。
「うっ、く……っ」
「ぁっ、ぁ……ぁ──……」
緊張したようにすぼまった孔が、甲洋を痛いほどギチギチと締めつけているのを感じる。
「は、ぁ……っ、来主……イッたのか?」
射精もせずに、操の身体はあの一瞬だけで達していた。ビクン、ビクン、と断続的に震え続けるだけの操に、甲洋は感嘆の息を吐きながら「可愛い」と言った。
「ゃ、ひ……ぁ……」
「今の、すごく可愛かった……来主……」
ぎゅうと強く抱きしめられて、余韻で痙攣していた身体がもっと震えた。
可愛いなんて、その言葉を甲洋は言い慣れているはずだし、操も交尾の間はさんざん言われてきたことだった。けれど今の甲洋からは以前のような余裕が感じられない。
そのせいか、やけに恥ずかしいような気持ちになってしまった。
(なんだよ……甲洋のほうが可愛いくせに!)
実際にそう言ってやりたかったはずの唇からは、ただ甘い嬌声が漏れるだけだった。甲洋がベッドのスプリングの力を借りて、下から激しく揺さぶってくる。
「ひぃっ、ぁ! ダ、メっ、だめ……っ、おかしく、なっちゃ、あっ、ダメ、ぇ……!」
まるで説得力のない「ダメ」を繰り返し、嫌々と首を振りながら必死で甲洋にしがみつく。
突かれるたびに、出しそびれて膨らんだままの屹立が苦しそうに揺れていた。溢れる蜜を振りまくようにして、ぷるぷると震えながら泣いている。
幾つもの波が押し寄せてはそこにとどまり、なにも考えられなくなっていく。激しくなるばかりの動きに合わせて、操もまた淫らに腰を揺さぶった。
「いっく……ッ、こぉ、よ……っ、あぁ、ぁ、いく、あッ、ぼく、また……っ!」
「んっ……俺、も……」
切羽詰まった甲洋の顔が、くしゃりと歪んだ。操はその唇にぶつけるようなキスをする。舌を絡ませ、吸い上げて、水音を立てながら貪り尽くし、やがて真っ白な波に飲まれていく。
「んんぅッ、う、ぁっ、あぁ──……っ!」
もうダメだと思ったときには、ほとんど同時に登りつめていた。喉を反らしながらひときわ大きな嬌声をあげた操の首筋に額を押しつけ、甲洋が低い呻きをあげる。
ドクン、ドクンと脈打ちながら、弾けた熱が腹の奥を満たしていった。溺れるような感覚に痙攣しながら、ふわりと力が抜けていく。
「来主……ありがとう……」
かくんと肩に頭をもたれさせた操の耳に唇を押しつけて、甲洋が言った。少し泣きそうに掠れている声が、切ないくらい胸に染み込む。
自身をゆっくりと引き抜きながら、甲洋は操を抱いたまま身体を前に倒していった。柔らかなシーツに深く沈んで、操はその体重を受け止める。
夢を見ているような意識のなかで、可愛い耳を優しく撫でた。ふわふわしていて、あたたかい。可愛くて愛しい、操だけの、大きなうさぎ。
「ぼくも……甲洋、ぼくを選んでくれて、ありがとう」
潤んだ瞳を細めながら、操は笑った。
甲洋は何度か鼻をすすりながら、操の首根に埋めた顔を上げようとしない。
その柔らかな癖毛に優しく指を通していると、甲洋はまたひとつ鼻から水っぽい音をさせた。泣き虫だなぁと、操は思う。
うさぎは寂しいと死んでしまう、というのは迷信だなんていうけれど、甲洋だったら本当に死んでしまうかもしれない。だから絶対に、離さずにいようと思った。
「ずっと一緒にいようね。ぼくのかわいいうさぎさん」
夏休みがきたら、彼を連れて母がいる故郷の家に帰ろう。心地いい疲労感のなかで、ふとそんなことを考える。うさぎと暮らしていることはまだ言っていないから、母はきっと驚くだろう。
従兄弟の総士は一騎ととても仲がいい。他にもたくさん、会いたい人たちがそこにいる。操が大切だと思う人たちと、甲洋が仲良くなってくれたら嬉しい。その隣で、ずっと笑っていられたら。
「大好きだよ、甲洋」
世界中で誰よりも、いちばん大切な『つがい』として。
「俺も……大好きだ、来主」
頑なに顔を上げないままの甲洋におかしさを覚えながら、操はふわふわの耳を片方すくい上げ、そっと小さなキスをした。
ぼくのかわいいうさぎさん / 了
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