2025/06/14 Sat むかしむかし、ある国に心優しくて勇敢な王子さまがおりました。 王子さまはその左手に、生まれつき不思議な形のアザを持っていました。それはかつて魔王を倒したとされる、勇者の生まれ変わりとしての証でした。 その日は王子さまの16歳の誕生日を祝うため、町ではお祭りが開かれていました。 音楽と共に人々が歌い、踊り、みなが王子さまを祝福しました。町の広場は笑顔と喜びに満ち溢れていたのです。 ところがそのお祭りの真っ只中に、とつぜん空が黒い霧に覆われました。 人々が驚いていると、霧の中から恐ろしい魔物の群れが現れました。魔物たちは冷たい笑みを浮かべながら、町をめちゃくちゃにしはじめました。 兵士たちが懸命に応戦するなか、やがて魔物たちの手はお城にまで伸びてきました。 もちろん王子さまも勇敢に戦おうとしました。しかし王さまとお妃さまに、地下の安全な場所へ閉じ込められてしまいました。 けれど王子さまはあきらめませんでした。こうしている間にも、人々が危険にさらされているのです。みなを守りたい一心で、王子さまはどうにか抜け道を見つけだすと、地上へ戻ることができました。 しかし目の前に広がる光景は、とても恐ろしいものでした。 王さまとお妃さまは、魔物たちの手によって命を奪われていました。二人を守るようにして、城の者たちの事切れた姿もありました。 王子さまはその耐え難い光景に大きなショックを受けながら、城の外へ飛びだしました。 するとそこで見たものは、まるで血の海と化した町でした。大人も子供も、男も女も、みな物言わぬ亡骸にされていました。 「王子だ! 勇者の生まれ変わりの王子がいるぞ! 魔王さまの仇だ!」 「殺せ、殺せ! この国の者はひとり残らず殺してしまえ!」 「その血を絶やし、再び魔王さまを復活させるのだ!」 王子さまを狙う魔物たちが、いっせいに襲いかかってきました。 大きな叫びをあげながら、王子さまはがむしゃらに剣を振りました。一匹、また一匹と、襲ってくる魔物を斬り伏せます。飛び散る魔物の血液が、王子さまの紫色の服を赤色に染めていきました。 しかし魔物は次から次へとわいてきました。 もうダメかと思われたそのとき、王子さまの左手にある勇者のアザが、大きな光を放ちました。 王子さまはその大いなる力で雷鳴を轟かせ、魔物たちを一匹残らず消し去りました。 やがて気がつくと、町は炎に包まれていました。人と魔物の血が入り混じり、肉が焼け焦げるひどいにおいが立ち込めています。 王子さまは誰ひとり守れなかった自分を責めて、力なく地に膝をつきました。そして自身の剣で、自らの喉を切り裂こうとしました。 しかし不思議な力によって、剣が弾かれてしまいました。何度試しても同じでした。 王子さまは、不死の呪いにかかってしまったのです。 「ああ、ボクは……きっと大樹に嫌われてしまったんだ……」 深い悲しみと絶望に暮れた王子さまの髪は、みるみるうちに白髪に変わっていきました。 やがて王子さまは立ち上がり、フラフラと国を後にしました。 それはこの身に降りかかった忌まわしい呪いを解くための、孤独な旅の始まりでした。 * 永久凍土に覆われたクレイモランの大地は、夏でもその雪が融けることはないという。 雪の白さにも負けない白銀の髪が、粉雪の舞う風に大きくなびく。赤いサーコートに身を包む少年は、力強い足取りで雪原に歩跡を刻みながら、道なき道を進んでいた。 凍りついた湖を渡り、雪深い森を抜け、氷山を越えていく。途中で魔物に遭遇しても、その背に携えた大剣で容赦なく斬り伏せた。 道中、山小屋やキャンプ地で夜を明かしながら、歩き続けること三日。ようやく小さな村が見えてきた。少年はホッと白い息を吐きだした。 古びた木製のアーチゲートをくぐると、村人たちが物珍しそうに集まってきた。 「あんちゃん旅の人かい? よく無事にここまで来られたもんだ」 「こんなに冷えて、さぞ疲れただろ? よければ休んでおいきよ」 「わーい! 旅の人だ! お兄ちゃん、どこから来たの?」 突然の来訪者を、村の人々は不審がるでもなく歓迎してくれた。人懐っこい子供に手を引かれながら歩くと、村人たちもゾロゾロとついてくる。 そうして案内されたのは村長の家だった。杖をつき、あごヒゲを蓄えた高齢の男性が、少年の姿を見るやしわくちゃの笑顔を見せた。 「この村に人が来るとは珍しい。なにもないところだが、ゆっくりしていきなされ」 すると家の外に集まっていた男たちが、「おおー!」と歓声をあげた。 「今夜は宴だ! こんなことでもなきゃ、酒なんか飲めねえからな!」 「こんなことがなくたって、アンタはいつも隠れてチビチビやってるだろ!」 「う、うるせえな! さあ旅人さんを待たせちゃいけねえ! 酒と美味い飯の準備だ!」 男たちは喜び、女たちはやれやれと肩をすくめる。子供たちも嬉しそうに飛び跳ねていた。 「お兄ちゃん、よかったね! 今日はごちそうだってよ!」 少年の足元にまとわりつく子供たちが、白い歯を見せて無邪気に笑う。 賑やかで温かな村の人々の様子に、少年は──イレブンは、ふっと柔和な笑みを返した。 * クレイモランの町にて、イレブンはとある物騒な噂を耳にした。 それはこの地方の外れにある小さな村の周辺で、旅人が次々と行方不明になっているというものだった。しかも不思議なことに、決まって一人旅の男性だけが消息を絶つという。 イレブンがこの辺境の村を訪れたのは、その噂の真相を確かめるためだった。 「それにしても旅人さん、あんたこんなヘンピな場所まで、一体なにしに来たんだい?」 イレブンのために開かれた酒の席で、ほどよくアルコールが回ってきた頃。集まった人々が輪になって座るなか、一人の男がイレブンに問いかけた。 イレブンは町で噂になっている行方不明事件について、みなに話して聞かせた。 「男性ばかりが狙われているらしいです。この村でも、なにか異変は起きていませんか?」 するとみな表情を青く曇らせた。村長があごヒゲを撫でながら「ふむ」とうなる。 「おおかた魔物にでも襲われたか、遭難でもしたんじゃろうが……」 一人旅の男ばかりが狙われるという事象については、誰にも心当たりがないらしい。 ジョッキで酒をグイッとあおった村の男が、真っ赤な顔をイレブンに向ける。 「ここいらの地形は、慣れない人間にとっちゃ迷路よりたちが悪い。あんちゃんは無事にたどり着けて幸運だったよ」 「だけどここだって安全とは言えないさ。昔あんなことがあっちゃな……」 男たちの会話に、イレブンは軽く首をかしげた。 すると村長が痛ましそうに目を伏せながら、重い口を開いた。 「20年も前のことじゃよ。この村も魔物に襲われたことがあってのう。何人かが怪我をしたり、命を落としてしもうた」 以来、村人たちはいつまた魔物に襲われるかと、怯えながら暮らしているという。 男たちはすっかり黙り込んでしまった。食事や酒を運んでくれていた女たちも、動きをとめて不安そうに肩をすくめている。 「こわいよお母さん……ぼくらもいつか、悪い魔物に食べられちゃうの……?」 一人の子供が母親の腰にしがみつき、今にも泣きそうになっている。母親は我が子を抱きしめ、しっかりと首を左右に振った。 「大丈夫よ。お父さんたちが、必ずなんとかしてくれるからね」 「……ああ、そうともさ! この村は俺たちが絶対に守ってやるとも!」 すると他の男たちも、「そうだそうだ」と声をあげはじめた。子供の表情に笑顔が戻る。 村人たちはこうして互いに鼓舞しあいながら、日々を懸命に生きているのだ。 その健気な様子に、イレブンは深く胸を打たれた。 (この村を、ユグノアのようにはしたくない。子供たちのためにも、絶対に) かつて村を襲ったという魔物と、行方不明事件に関係があるかはまだ分からない。けれど一刻も早く原因を突き止め、彼らを安心させてやりたいという思いが強まる。 祖国に起きた悲劇を、もう二度と繰り返さないためにも。 再び酒の席が活気づくのを尻目に、イレブンは固く拳を握りしめるのだった。 ←戻る ・ 次へ→
王子さまはその左手に、生まれつき不思議な形のアザを持っていました。それはかつて魔王を倒したとされる、勇者の生まれ変わりとしての証でした。
その日は王子さまの16歳の誕生日を祝うため、町ではお祭りが開かれていました。
音楽と共に人々が歌い、踊り、みなが王子さまを祝福しました。町の広場は笑顔と喜びに満ち溢れていたのです。
ところがそのお祭りの真っ只中に、とつぜん空が黒い霧に覆われました。
人々が驚いていると、霧の中から恐ろしい魔物の群れが現れました。魔物たちは冷たい笑みを浮かべながら、町をめちゃくちゃにしはじめました。
兵士たちが懸命に応戦するなか、やがて魔物たちの手はお城にまで伸びてきました。
もちろん王子さまも勇敢に戦おうとしました。しかし王さまとお妃さまに、地下の安全な場所へ閉じ込められてしまいました。
けれど王子さまはあきらめませんでした。こうしている間にも、人々が危険にさらされているのです。みなを守りたい一心で、王子さまはどうにか抜け道を見つけだすと、地上へ戻ることができました。
しかし目の前に広がる光景は、とても恐ろしいものでした。
王さまとお妃さまは、魔物たちの手によって命を奪われていました。二人を守るようにして、城の者たちの事切れた姿もありました。
王子さまはその耐え難い光景に大きなショックを受けながら、城の外へ飛びだしました。
するとそこで見たものは、まるで血の海と化した町でした。大人も子供も、男も女も、みな物言わぬ亡骸にされていました。
「王子だ! 勇者の生まれ変わりの王子がいるぞ! 魔王さまの仇だ!」
「殺せ、殺せ! この国の者はひとり残らず殺してしまえ!」
「その血を絶やし、再び魔王さまを復活させるのだ!」
王子さまを狙う魔物たちが、いっせいに襲いかかってきました。
大きな叫びをあげながら、王子さまはがむしゃらに剣を振りました。一匹、また一匹と、襲ってくる魔物を斬り伏せます。飛び散る魔物の血液が、王子さまの紫色の服を赤色に染めていきました。
しかし魔物は次から次へとわいてきました。
もうダメかと思われたそのとき、王子さまの左手にある勇者のアザが、大きな光を放ちました。
王子さまはその大いなる力で雷鳴を轟かせ、魔物たちを一匹残らず消し去りました。
やがて気がつくと、町は炎に包まれていました。人と魔物の血が入り混じり、肉が焼け焦げるひどいにおいが立ち込めています。
王子さまは誰ひとり守れなかった自分を責めて、力なく地に膝をつきました。そして自身の剣で、自らの喉を切り裂こうとしました。
しかし不思議な力によって、剣が弾かれてしまいました。何度試しても同じでした。
王子さまは、不死の呪いにかかってしまったのです。
「ああ、ボクは……きっと大樹に嫌われてしまったんだ……」
深い悲しみと絶望に暮れた王子さまの髪は、みるみるうちに白髪に変わっていきました。
やがて王子さまは立ち上がり、フラフラと国を後にしました。
それはこの身に降りかかった忌まわしい呪いを解くための、孤独な旅の始まりでした。
*
永久凍土に覆われたクレイモランの大地は、夏でもその雪が融けることはないという。
雪の白さにも負けない白銀の髪が、粉雪の舞う風に大きくなびく。赤いサーコートに身を包む少年は、力強い足取りで雪原に歩跡を刻みながら、道なき道を進んでいた。
凍りついた湖を渡り、雪深い森を抜け、氷山を越えていく。途中で魔物に遭遇しても、その背に携えた大剣で容赦なく斬り伏せた。
道中、山小屋やキャンプ地で夜を明かしながら、歩き続けること三日。ようやく小さな村が見えてきた。少年はホッと白い息を吐きだした。
古びた木製のアーチゲートをくぐると、村人たちが物珍しそうに集まってきた。
「あんちゃん旅の人かい? よく無事にここまで来られたもんだ」
「こんなに冷えて、さぞ疲れただろ? よければ休んでおいきよ」
「わーい! 旅の人だ! お兄ちゃん、どこから来たの?」
突然の来訪者を、村の人々は不審がるでもなく歓迎してくれた。人懐っこい子供に手を引かれながら歩くと、村人たちもゾロゾロとついてくる。
そうして案内されたのは村長の家だった。杖をつき、あごヒゲを蓄えた高齢の男性が、少年の姿を見るやしわくちゃの笑顔を見せた。
「この村に人が来るとは珍しい。なにもないところだが、ゆっくりしていきなされ」
すると家の外に集まっていた男たちが、「おおー!」と歓声をあげた。
「今夜は宴だ! こんなことでもなきゃ、酒なんか飲めねえからな!」
「こんなことがなくたって、アンタはいつも隠れてチビチビやってるだろ!」
「う、うるせえな! さあ旅人さんを待たせちゃいけねえ! 酒と美味い飯の準備だ!」
男たちは喜び、女たちはやれやれと肩をすくめる。子供たちも嬉しそうに飛び跳ねていた。
「お兄ちゃん、よかったね! 今日はごちそうだってよ!」
少年の足元にまとわりつく子供たちが、白い歯を見せて無邪気に笑う。
賑やかで温かな村の人々の様子に、少年は──イレブンは、ふっと柔和な笑みを返した。
*
クレイモランの町にて、イレブンはとある物騒な噂を耳にした。
それはこの地方の外れにある小さな村の周辺で、旅人が次々と行方不明になっているというものだった。しかも不思議なことに、決まって一人旅の男性だけが消息を絶つという。
イレブンがこの辺境の村を訪れたのは、その噂の真相を確かめるためだった。
「それにしても旅人さん、あんたこんなヘンピな場所まで、一体なにしに来たんだい?」
イレブンのために開かれた酒の席で、ほどよくアルコールが回ってきた頃。集まった人々が輪になって座るなか、一人の男がイレブンに問いかけた。
イレブンは町で噂になっている行方不明事件について、みなに話して聞かせた。
「男性ばかりが狙われているらしいです。この村でも、なにか異変は起きていませんか?」
するとみな表情を青く曇らせた。村長があごヒゲを撫でながら「ふむ」とうなる。
「おおかた魔物にでも襲われたか、遭難でもしたんじゃろうが……」
一人旅の男ばかりが狙われるという事象については、誰にも心当たりがないらしい。
ジョッキで酒をグイッとあおった村の男が、真っ赤な顔をイレブンに向ける。
「ここいらの地形は、慣れない人間にとっちゃ迷路よりたちが悪い。あんちゃんは無事にたどり着けて幸運だったよ」
「だけどここだって安全とは言えないさ。昔あんなことがあっちゃな……」
男たちの会話に、イレブンは軽く首をかしげた。
すると村長が痛ましそうに目を伏せながら、重い口を開いた。
「20年も前のことじゃよ。この村も魔物に襲われたことがあってのう。何人かが怪我をしたり、命を落としてしもうた」
以来、村人たちはいつまた魔物に襲われるかと、怯えながら暮らしているという。
男たちはすっかり黙り込んでしまった。食事や酒を運んでくれていた女たちも、動きをとめて不安そうに肩をすくめている。
「こわいよお母さん……ぼくらもいつか、悪い魔物に食べられちゃうの……?」
一人の子供が母親の腰にしがみつき、今にも泣きそうになっている。母親は我が子を抱きしめ、しっかりと首を左右に振った。
「大丈夫よ。お父さんたちが、必ずなんとかしてくれるからね」
「……ああ、そうともさ! この村は俺たちが絶対に守ってやるとも!」
すると他の男たちも、「そうだそうだ」と声をあげはじめた。子供の表情に笑顔が戻る。
村人たちはこうして互いに鼓舞しあいながら、日々を懸命に生きているのだ。
その健気な様子に、イレブンは深く胸を打たれた。
(この村を、ユグノアのようにはしたくない。子供たちのためにも、絶対に)
かつて村を襲ったという魔物と、行方不明事件に関係があるかはまだ分からない。けれど一刻も早く原因を突き止め、彼らを安心させてやりたいという思いが強まる。
祖国に起きた悲劇を、もう二度と繰り返さないためにも。
再び酒の席が活気づくのを尻目に、イレブンは固く拳を握りしめるのだった。
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