2025/06/14 Sat それは王子さまが旅に出てから、間もない頃のことでした。 王子さまがあてどなくさまよっていると、とある草原に一軒の水車小屋を発見しました。 そこでは一人の美しい女性が釣りをしていました。女性は王子さまに気がつくと、「おぬしも釣り糸を垂らすがええ」と言いました。 王子さまは言われた通り釣り竿を手にすると、穏やかな川の流れに糸を垂らしました。 けれどいつまでたっても、魚はかかりませんでした。 「……今はまだ、そのときでない、ということじゃろうて」 ガッカリしている王子さまに、女性が言いました。 「おぬし、何か道に迷っておるようじゃな。どれ、ちょいと失礼するぞ」 女性は王子さまの額に軽く手をかざしました。少しのあいだ目を閉じていた女性は、やがて小さく首を振りました。 「……残念じゃが、わしにできることはなにもない。だが、おぬしの行く末に一つのしるべを与えることはできる」 女性は自らを「預言者」であると名乗りました。 王子さまは藁にも縋る思いで、その不思議な預言者に道を乞うことにしました。 誰も救えず、死ぬこともできず、独りぼっちになってしまった王子さまには、自分が進むべき方向が分からなかったのです。すると女性が言いました。 「地の果てで出会う、瑠璃の宝玉を手に入れよ。さすればお前の悲願も果たされるだろう」 地の果てとはどこなのか、瑠璃の宝玉とはなんなのか、王子さまにはさっぱり見当がつきません。困り顔の王子さまを見て、預言者の女性はカラカラと笑いました。 「なあに、あせらずともええ。どうせ時間はあるんじゃろ? 腐るほどにな」 女性は釣り竿を引き上げると立ち上がりました。 「釣れるときは釣れる。来たるべきときが訪れるまで、耐え忍ぶこと。それが肝要じゃ」 最後にそう言い残すと、預言者の女性は煙のように姿を消してしまいました。 気がつくと、王子さまは何もない草原に一人ポツンと座り込んでいました。釣り竿も、水車小屋も、流れていた川さえも、どこにも見当たりませんでした。 王子さまは立ち上がり、再び歩きはじめました。 あの預言者が言っていたことが、嘘か本当かはわかりません。それでも行くあてのない王子さまにとっては、確かなしるべとなったのです。 * 翌朝。 古井戸から上がってすぐの場所で、カミュは5人の村人男性に取り囲まれていた。 「生きてるってのはどういうことだ!?」 殺気立った男の一人が、ガンっと井戸の縁を拳で叩く。その剣幕に圧されながらも、カミュは慌てて人差し指を顔の前に立て、「シーッ」と言った。 「頼むからデカイ声ださないでくれよ。あいつが起きちまうだろ」 「カミュ、てめぇがなんかヘマしたんじゃねえのか!? ああ!?」 「してねえよ! だいたい、どういうことだってのはこっちのセリフだぜ!」 あの薬が効かない人間なんて初めてだ。いつもならとっくに事切れて、今頃この男たちに運び出されているはずなのに。 「とにかくもう一晩、薬の量を増やしていい思いをさせてやれ。いいな?」 困惑するカミュに、男が桃色の液体が入った小瓶を2本、押しつけてきた。 とっさに受取りながらも、カミュはすっかり弱った視線を男に向けた。 「なあ、あいつ……もうやめないか?」 「あ?」 「旅人なら、どうせそのうちまた別のが来るだろ。オレ、あいつとはもう……」 カミュは昨晩のイレブンとの行為を思いだして戸惑った。 好きだの愛してるだのと、初めて会った──しかも怪しげな薬まで盛ってきた──相手に、そんな薄ら寒いことを平気で言えるヤツの気が知れない。 あれはおそらく頭のおかしい人間だ。これ以上関わるのはまっぴらごめんだった。 「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!!」 男の一人が、カミュの肩を力の限り突き飛ばした。カミュの薄っぺらい身体は、簡単に吹き飛んで井戸の縁に腰を打ちつけ、そのまま尻もちをついた。小瓶が2本とも落ちて雪に埋もれる。 みなどこか血走った目をして、ピリピリと殺気立った空気を放っていた。 「いいか? ありゃ絶対どっかいいとこの坊ちゃんだ。金目の物の一つや二つくだらねえ」 「しかも滅多にお目にかかれない美丈夫とくりゃあ、死体すら高く売れるかもな」 「チッ! ヤツにくれてやるのが惜しいぜ」 「バカ、欲をだすんじゃねえ。そんなことしたらどうなるか……」 男たちが話す内容に、カミュは意味がわからず首をかしげる。 「ヤツ……?」 「てめぇは黙ってろ!」 男の一人がツバを飛ばしながらカミュを怒鳴りつけた。 「とにかく、次はうまくやれよ」 「でも……っ」 「それより」 男がカミュの胸ぐらを掴み、強引に引き上げた。いともたやすく腕に収まるカミュの尻を、むんずと掴んでニタリと笑う。他の連中も途端にニヤニヤといやらしい笑みを浮かべはじめた。 「客はまだ寝てんだろ?」 耳元で囁かれ、ゾワゾワと全身に鳥肌がたった。昨日の宴会での深酒が残っているのか、なんとも嫌な悪臭が鼻をつく。 カミュは青ざめた顔を背け、男の胸を両手で遠ざけた。 「今は、ムリだ」 朝方まで散々いいようにされて、今だって本当は立っているのがやっとだ。一人ならまだしも、この大人数を相手にできる自信はなかった。 男は舌打ちをして、再びカミュの身体を突き飛ばした。今度は井戸の縁に腰を打つだけで、どうにかすがって転倒はまぬがれた。 「誰のおかげで生きてられると思ってんだ? 使い物にならないてめぇを、使えるようにしてやったのは誰なんだ?」 カミュはうつむき、井戸の縁を掴む指先に力を込めた。 「……わかってるよ。あんたらには、感謝してる」 男がわざとらしくため息をつく。 「あーあ、つくづく妹の方だったらな。ガキも産めねえお前なんか、本当だったらとっとと魔物の餌にしてるところだぜ。それをよりにもよって、女どもが揃いも揃って」 「わかったから!」 カミュは顔を蒼白にしながら、男の言葉を遮った。 男たちはある程度満足したのか、フンと鼻を鳴らしながらゾロゾロと帰っていった。 カミュは膝をつき、雪に埋もれている小瓶を手に取ると懐にしのばせる。それからがっくりとうなだれた。 「……ごめんな、マヤ」 弱々しい謝罪の言葉に、答えてくれるものはいなかった。 * 重たい気分を引きずりながら、ロープを伝って古井戸におりていく。 やつはまだ眠っているだろうか。そんなことを思いながら着地すると、 「なるほど」 という声がして、カミュはビクリと肩を震わせた。 「ッ!?」 見れば苔むした壁面に背を預け、腕組みをしているイレブンの姿があった。 「お、お前……!」 「ああいう秘密の話し合いってさ、もうちょっと声をひそめてするものじゃないか?」 「……聞いてたのかよ」 「すぐ真上だからね。そりゃ丸聞こえだよ」 イレブンがクスッと笑い、「それより」と言いながら距離を詰めてきた。カミュの腰を素早く抱き寄せ、心配そうに顔を覗き込んでくる。 「なっ……!」 「ひどい言われようだったね。可哀想に。他に変なことはされなかったかい?」 「なんなんだよ、お前は!」 その胸を力いっぱい突き飛ばす。けれど体勢を崩して尻もちをついたのは、カミュの方だった。 「本当に話聞いてたか!? もっと他に言うことないのかよ!」 自分の命が狙われているというのに、その張本人を前に、なぜこうも落ち着いていられるのだろう。 邪気のない美しい碧眼が、やけに薄気味悪く感じられた。まるで考えが読めず、警戒心を剥き出しにするより他にない。 「ちゃんと聞いていたし、薬を盛られて殺されかけたってことも理解してる。村ぐるみでキミらが何をしているのかも、ある程度は察せたよ」 イレブンが落胆した様子で肩を落とし、深くため息をこぼした。 「やけにもてなしてくれると思ったら、そういう裏があったのか。いい人たちだと思っていたのに……残念だな」 すべてはイレブンが聞いたとおりだ。 訪れた旅人を酒でもてなし、油断させたところにカミュが一晩の宿を提供する。薬を盛り、翌朝には息絶えた旅人を男たちが運びだす。身ぐるみをすべて剥がし、遺体は渓谷地帯にある洞窟に捨てる手筈になっていた。今ごろはこの男だってそうなっていたはずなのに。 「なにも命まで奪うことはないだろうに。ひどいことを考えるものだね」 「だったらオレを殺して、今すぐ逃げるなりすりゃいいじゃねえか!」 「なぜ?」 「はあ? なぜってそりゃ……」 目を丸くするイレブンに、こちらのほうが戸惑ってしまう。 イレブンは幼子をたしなめるように、眉間にキュッとシワを寄せた。 「夜にさんざん言ったじゃないか。キミだって約束してくれただろ。ボクのものになるって」 「そんな約束してねえし、オレは物じゃねえよ!」 「そういう意味じゃないんだけどな……でも、うなずいてくれただろ?」 「あ、あれは……っ、ワケがわかんなくなってただけで……」 後半はとにかくはやく終わってほしくて、何を言われてもただうなずいてしまった。 そもそも、快楽であそこまでドロドロになってしまったのは初めてだった。好きだなんだと言われながらするのも、あんな深い場所までこじ開けられたのも。 「ッ……!」 思いだすだけで身体が一気に熱くなり、腹の奥がズクンと疼く。 そしてふと気がついた。行為のあとに吐かなかったのも、初めてだということに。 仕事のあとは決まって気分が悪くなり、ひどく吐いてしまう。村の男たちの性欲処理に使われたあとだってそうだ。けれどイレブンが相手だと、そうはならない自分がいた。 (……あれ?) そういえば──と、カミュはもう一つのことに気がついた。とっさに自分の左頬に触れてみる。痛みがない。昨日までは確かに腫れがあったはずなのに、擦り傷さえも消えていた。 「とりあえず、キミは少し休んだほうがいい。昨日はずいぶん無理をさせてしまったし」 尻もちをついたままでいるカミュの傍らに、イレブンが片膝をつく。 「カミュ。ボクからひとつ提案があるんだ。後でゆっくり聞いてほしい」 伸びてくるイレブンの手を、「触んな」と言ってはねのける。けれどイレブンはめげずに手を伸ばし、カミュの肩を抱くともう片方の手で目元を覆うように触れてきた。 「な、なにすん……っ、ぁ…?」 次の瞬間、猛烈な眠気に襲われた。まぶたが鉛のように重くなり、どんどん意識が遠くなる。 「おやすみカミュ。また後で」 いよいよ意識が途切れる瞬間、唇になにか温かいものが触れた気がした。 ←戻る ・ 次へ→
王子さまがあてどなくさまよっていると、とある草原に一軒の水車小屋を発見しました。
そこでは一人の美しい女性が釣りをしていました。女性は王子さまに気がつくと、「おぬしも釣り糸を垂らすがええ」と言いました。
王子さまは言われた通り釣り竿を手にすると、穏やかな川の流れに糸を垂らしました。
けれどいつまでたっても、魚はかかりませんでした。
「……今はまだ、そのときでない、ということじゃろうて」
ガッカリしている王子さまに、女性が言いました。
「おぬし、何か道に迷っておるようじゃな。どれ、ちょいと失礼するぞ」
女性は王子さまの額に軽く手をかざしました。少しのあいだ目を閉じていた女性は、やがて小さく首を振りました。
「……残念じゃが、わしにできることはなにもない。だが、おぬしの行く末に一つのしるべを与えることはできる」
女性は自らを「預言者」であると名乗りました。
王子さまは藁にも縋る思いで、その不思議な預言者に道を乞うことにしました。
誰も救えず、死ぬこともできず、独りぼっちになってしまった王子さまには、自分が進むべき方向が分からなかったのです。すると女性が言いました。
「地の果てで出会う、瑠璃の宝玉を手に入れよ。さすればお前の悲願も果たされるだろう」
地の果てとはどこなのか、瑠璃の宝玉とはなんなのか、王子さまにはさっぱり見当がつきません。困り顔の王子さまを見て、預言者の女性はカラカラと笑いました。
「なあに、あせらずともええ。どうせ時間はあるんじゃろ? 腐るほどにな」
女性は釣り竿を引き上げると立ち上がりました。
「釣れるときは釣れる。来たるべきときが訪れるまで、耐え忍ぶこと。それが肝要じゃ」
最後にそう言い残すと、預言者の女性は煙のように姿を消してしまいました。
気がつくと、王子さまは何もない草原に一人ポツンと座り込んでいました。釣り竿も、水車小屋も、流れていた川さえも、どこにも見当たりませんでした。
王子さまは立ち上がり、再び歩きはじめました。
あの預言者が言っていたことが、嘘か本当かはわかりません。それでも行くあてのない王子さまにとっては、確かなしるべとなったのです。
*
翌朝。
古井戸から上がってすぐの場所で、カミュは5人の村人男性に取り囲まれていた。
「生きてるってのはどういうことだ!?」
殺気立った男の一人が、ガンっと井戸の縁を拳で叩く。その剣幕に圧されながらも、カミュは慌てて人差し指を顔の前に立て、「シーッ」と言った。
「頼むからデカイ声ださないでくれよ。あいつが起きちまうだろ」
「カミュ、てめぇがなんかヘマしたんじゃねえのか!? ああ!?」
「してねえよ! だいたい、どういうことだってのはこっちのセリフだぜ!」
あの薬が効かない人間なんて初めてだ。いつもならとっくに事切れて、今頃この男たちに運び出されているはずなのに。
「とにかくもう一晩、薬の量を増やしていい思いをさせてやれ。いいな?」
困惑するカミュに、男が桃色の液体が入った小瓶を2本、押しつけてきた。
とっさに受取りながらも、カミュはすっかり弱った視線を男に向けた。
「なあ、あいつ……もうやめないか?」
「あ?」
「旅人なら、どうせそのうちまた別のが来るだろ。オレ、あいつとはもう……」
カミュは昨晩のイレブンとの行為を思いだして戸惑った。
好きだの愛してるだのと、初めて会った──しかも怪しげな薬まで盛ってきた──相手に、そんな薄ら寒いことを平気で言えるヤツの気が知れない。
あれはおそらく頭のおかしい人間だ。これ以上関わるのはまっぴらごめんだった。
「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!!」
男の一人が、カミュの肩を力の限り突き飛ばした。カミュの薄っぺらい身体は、簡単に吹き飛んで井戸の縁に腰を打ちつけ、そのまま尻もちをついた。小瓶が2本とも落ちて雪に埋もれる。
みなどこか血走った目をして、ピリピリと殺気立った空気を放っていた。
「いいか? ありゃ絶対どっかいいとこの坊ちゃんだ。金目の物の一つや二つくだらねえ」
「しかも滅多にお目にかかれない美丈夫とくりゃあ、死体すら高く売れるかもな」
「チッ! ヤツにくれてやるのが惜しいぜ」
「バカ、欲をだすんじゃねえ。そんなことしたらどうなるか……」
男たちが話す内容に、カミュは意味がわからず首をかしげる。
「ヤツ……?」
「てめぇは黙ってろ!」
男の一人がツバを飛ばしながらカミュを怒鳴りつけた。
「とにかく、次はうまくやれよ」
「でも……っ」
「それより」
男がカミュの胸ぐらを掴み、強引に引き上げた。いともたやすく腕に収まるカミュの尻を、むんずと掴んでニタリと笑う。他の連中も途端にニヤニヤといやらしい笑みを浮かべはじめた。
「客はまだ寝てんだろ?」
耳元で囁かれ、ゾワゾワと全身に鳥肌がたった。昨日の宴会での深酒が残っているのか、なんとも嫌な悪臭が鼻をつく。
カミュは青ざめた顔を背け、男の胸を両手で遠ざけた。
「今は、ムリだ」
朝方まで散々いいようにされて、今だって本当は立っているのがやっとだ。一人ならまだしも、この大人数を相手にできる自信はなかった。
男は舌打ちをして、再びカミュの身体を突き飛ばした。今度は井戸の縁に腰を打つだけで、どうにかすがって転倒はまぬがれた。
「誰のおかげで生きてられると思ってんだ? 使い物にならないてめぇを、使えるようにしてやったのは誰なんだ?」
カミュはうつむき、井戸の縁を掴む指先に力を込めた。
「……わかってるよ。あんたらには、感謝してる」
男がわざとらしくため息をつく。
「あーあ、つくづく妹の方だったらな。ガキも産めねえお前なんか、本当だったらとっとと魔物の餌にしてるところだぜ。それをよりにもよって、女どもが揃いも揃って」
「わかったから!」
カミュは顔を蒼白にしながら、男の言葉を遮った。
男たちはある程度満足したのか、フンと鼻を鳴らしながらゾロゾロと帰っていった。
カミュは膝をつき、雪に埋もれている小瓶を手に取ると懐にしのばせる。それからがっくりとうなだれた。
「……ごめんな、マヤ」
弱々しい謝罪の言葉に、答えてくれるものはいなかった。
*
重たい気分を引きずりながら、ロープを伝って古井戸におりていく。
やつはまだ眠っているだろうか。そんなことを思いながら着地すると、
「なるほど」
という声がして、カミュはビクリと肩を震わせた。
「ッ!?」
見れば苔むした壁面に背を預け、腕組みをしているイレブンの姿があった。
「お、お前……!」
「ああいう秘密の話し合いってさ、もうちょっと声をひそめてするものじゃないか?」
「……聞いてたのかよ」
「すぐ真上だからね。そりゃ丸聞こえだよ」
イレブンがクスッと笑い、「それより」と言いながら距離を詰めてきた。カミュの腰を素早く抱き寄せ、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「なっ……!」
「ひどい言われようだったね。可哀想に。他に変なことはされなかったかい?」
「なんなんだよ、お前は!」
その胸を力いっぱい突き飛ばす。けれど体勢を崩して尻もちをついたのは、カミュの方だった。
「本当に話聞いてたか!? もっと他に言うことないのかよ!」
自分の命が狙われているというのに、その張本人を前に、なぜこうも落ち着いていられるのだろう。
邪気のない美しい碧眼が、やけに薄気味悪く感じられた。まるで考えが読めず、警戒心を剥き出しにするより他にない。
「ちゃんと聞いていたし、薬を盛られて殺されかけたってことも理解してる。村ぐるみでキミらが何をしているのかも、ある程度は察せたよ」
イレブンが落胆した様子で肩を落とし、深くため息をこぼした。
「やけにもてなしてくれると思ったら、そういう裏があったのか。いい人たちだと思っていたのに……残念だな」
すべてはイレブンが聞いたとおりだ。
訪れた旅人を酒でもてなし、油断させたところにカミュが一晩の宿を提供する。薬を盛り、翌朝には息絶えた旅人を男たちが運びだす。身ぐるみをすべて剥がし、遺体は渓谷地帯にある洞窟に捨てる手筈になっていた。今ごろはこの男だってそうなっていたはずなのに。
「なにも命まで奪うことはないだろうに。ひどいことを考えるものだね」
「だったらオレを殺して、今すぐ逃げるなりすりゃいいじゃねえか!」
「なぜ?」
「はあ? なぜってそりゃ……」
目を丸くするイレブンに、こちらのほうが戸惑ってしまう。
イレブンは幼子をたしなめるように、眉間にキュッとシワを寄せた。
「夜にさんざん言ったじゃないか。キミだって約束してくれただろ。ボクのものになるって」
「そんな約束してねえし、オレは物じゃねえよ!」
「そういう意味じゃないんだけどな……でも、うなずいてくれただろ?」
「あ、あれは……っ、ワケがわかんなくなってただけで……」
後半はとにかくはやく終わってほしくて、何を言われてもただうなずいてしまった。
そもそも、快楽であそこまでドロドロになってしまったのは初めてだった。好きだなんだと言われながらするのも、あんな深い場所までこじ開けられたのも。
「ッ……!」
思いだすだけで身体が一気に熱くなり、腹の奥がズクンと疼く。
そしてふと気がついた。行為のあとに吐かなかったのも、初めてだということに。
仕事のあとは決まって気分が悪くなり、ひどく吐いてしまう。村の男たちの性欲処理に使われたあとだってそうだ。けれどイレブンが相手だと、そうはならない自分がいた。
(……あれ?)
そういえば──と、カミュはもう一つのことに気がついた。とっさに自分の左頬に触れてみる。痛みがない。昨日までは確かに腫れがあったはずなのに、擦り傷さえも消えていた。
「とりあえず、キミは少し休んだほうがいい。昨日はずいぶん無理をさせてしまったし」
尻もちをついたままでいるカミュの傍らに、イレブンが片膝をつく。
「カミュ。ボクからひとつ提案があるんだ。後でゆっくり聞いてほしい」
伸びてくるイレブンの手を、「触んな」と言ってはねのける。けれどイレブンはめげずに手を伸ばし、カミュの肩を抱くともう片方の手で目元を覆うように触れてきた。
「な、なにすん……っ、ぁ…?」
次の瞬間、猛烈な眠気に襲われた。まぶたが鉛のように重くなり、どんどん意識が遠くなる。
「おやすみカミュ。また後で」
いよいよ意識が途切れる瞬間、唇になにか温かいものが触れた気がした。
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