2025/06/14 Sat 旅立ちの朝だった。 カミュは一人、生まれ育った風穴の隠れ家をしみじみと見渡していた。 思いだすのは幼い頃から共に過ごした、マヤとの記憶だった。 小さなパンを分け合って食べたこと、獲物を取り逃がして文句を言われたこと、一緒に星を見上げて、外の世界に夢をはせたこと。可愛いマヤの、幼い笑顔。 恋しさに鼻をすするカミュの耳に、 『泣き虫だなあ兄貴は!』 という、マヤの憎まれ口が聞こえた気がした。 「ハハ……そうだな、ごめんなマヤ。情けない兄ちゃんで」 涙をぬぐったカミュの拳には、真っ赤なリボンが握られていた。それはマヤが幼い頃から、ずっと髪に結んでいたものだった。 マヤが病で命を失ったとき、遺体からの感染を恐れた村人たちは、必死で制止するカミュを殴りつけ、母親共々その亡骸を燃やしてしまった。遺体は骨すら残さず灰になったが、その際に唯一、このリボンだけは奪い返すことができたのだ。 マヤの形見として、カミュはそれをずっと大切に持っていた。 「カミュ、そろそろ出ようか」 そこへイレブンがやってきた。 彼はもともと着ていた赤のサーコートを紫に染め、今の背丈に打ち直したものを着用している。髪は邪魔になるからと、元の長さにバッサリ切ってしまった。 ナイフを使って大雑把に切り捨てたものだから、その思い切りの良さに呆れながらも、細部を整えてやったのはカミュだった。 銀髪のサラサラヘアーもミステリアスで似合っていたが、今のイレブンは柔和なブラウンが健康的で若々しい。見違えるほど大人びたように見えはしたものの、髪を短く揃えた彼はなかなかの童顔だった。 「カミュ? どうかした?」 小首をかしげる丸い瞳に、カミュは「いや」と笑って肩をすくめた。 「やっぱり少しもったいなかった気がしてさ。長い髪も大人っぽくて似合ってたぜ」 「ありがとう。でもほら、どうせすぐに伸びるから」 「確かに、スケベなやつほど伸びが早いらしいからな」 そのとき、ビュウッと冷たい風が吹き抜けた。 「ごめんカミュ。風でよく聞こえなかった。早いのが、なんだって?」 「いいや、なんでもねえさ」 「そう? ところでそれは……?」 イレブンがカミュの手に握られた赤いリボンに目をとめる。カミュは「ああ」と言って、リボンを目線の高さまで持ち上げた。 「マヤの形見さ。これだけ取り返すのがやっとだったんだ」 「そうか……」 イレブンが手を差し出してくるので、カミュは大人しくリボンを渡した。 すると彼はカミュの右の二の腕に、リボンをキュッと結びつけた。それから「うん」とうなずいて、満足そうに微笑んだ。 「これで妹さんも一緒だ」 「ちょっと可愛すぎねえか?」 なんとも目立つ位置に、真っ赤なリボンがちょうちょ結びされている。流石に少し恥ずかしい。マヤも今ごろ、指をさして笑い転げているだろう。 「いいんだよ。カミュはもともと可愛いからね」 「お前なあ……」 そんなことを言う物好きは、世界広しといえどもこの男しかいないと思う。言えば猛反発を食らうだろうから、余計なことは言わないけれど。 「まあいいや。ありがとな、イレブン」 「よし、それじゃあ行こう!」 「おう! 行こうぜ、相棒!」 最低限の荷物を道具袋に詰め込んで、ふたりは手を取り合って旅立っていく。 二度と戻らぬ故郷の扉が、パタンと静かに閉じられた。 * 呪いが解けた王子さまと、瑠璃の瞳の青年は、それから世界中を旅して周りました。 たくさんの景色を見て、珍しい食べ物を食べ、イシの村にも行きました。 王子さまの人助けは、もうほとんどクセになっていました。行く先々で困っている人を見つけては、どんな危険が伴う問題も解決していきました。 王子さまはもう独りではなかったので、その背中はいつだって青年が守ってくれました。 けれどその旅のさなかで、王子さまはとある風の噂を耳にしました。 それは雪国の最果てにある村が、流れの盗賊団に襲われて、壊滅したというものでした。 女子供はどうにか逃げだしたそうですが、その後の行方は分かっていません。 王子さまは、その噂を自分の胸にだけ留めることにしました。噂は噂。事実かどうかも分かりません。けれど心優しい青年は、それを知ればきっと胸を痛めることでしょう。 王子さまは、二度と彼に悲しい思いをさせたくなかったのです。 そうして長い冒険の旅に出て、一年、二年と時が過ぎていきました。 やがてふたりは、滅びたユグノアの地へ足を運びました。 王子さまと青年は、そこに大きな慰霊碑を立てました。旅の途中で手に入れた、様々な花の種も植え、夜には鎮魂の儀式を行いました。 「なあ王子さま、ここをふたりで立て直さないか?」 夜空を飛び交う美しい蝶の群れを見ながら、青年が言いました。 それは独りぼっちで旅をしていた頃からは、想像もつかないようなことでした。 王子さまは驚きましたが、彼とふたりなら叶うような気がしました。 王子さまはうなずいて、大樹へ還っていく魂の群れに、ユグノアの復興を誓いました。 復興作業には、各地で人助けをしていた王子さまのため、多くの人が集まりました。 娘とはぐれ、魔物に捕らえられていた情報屋の男。雪深い森に生息する古の聖獣に、血気盛んな闘士たち。青年が偶然助けた商人の男まで、あらゆる人々が惜しみなく尽力してくれました。 そして長い長い歳月の果て、ユグノアは見事に復興を遂げたのです。 その日は王子さまと青年の結婚を祝うため、町ではお祭りが開かれていました。 音楽と共に人々が歌い、踊り、みなが新しい国の王さまと、王配の青年を祝福しました。町の広場には笑顔と喜びが満ち溢れ、青い空には白い鳩がいっせいに羽ばたきました。 王さまと王配の青年は、その様子をお城のバルコニーから眺めていました。 「ああ、なんて幸せな日なんだろう。なにもかも、キミがそばにいてくれたおかげだよ」 王さまと揃いで仕立てた、エメラルドのケープを羽織った青年は、その手首に真っ赤なリボンを結んでいました。彼は恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに笑いました。 王さまは青年の肩に触れると抱き寄せました。そして大観衆が見守るなかで、ふたりは厳かな口づけを交わしました。 すると遥か遠くの空にそびえる大樹が、まばゆい光を放ちました。世界が一瞬、真っ白に染まったかと思うと、やがて空から一つの星が流れてきました。 青年がその星を受け止めると、星は玉のような赤ちゃんへと姿を変えました。 赤ちゃんは青年と同じ空色の髪と、勝ち気そうな瑠璃の瞳をもつ女の子でした。 大樹がもたらした奇跡に、青年は涙を溢れさせ、小さな光の御子を抱きしめました。 「初めまして。キミに会えて嬉しいよ」 王さまが可愛い娘の頬に触れると、赤ちゃんは泣きだしてしまいました。 オギャア、オギャアと、それはそれは元気で愛くるしい声でした。困ってしまった王さまに、青年が声をあげて笑っています。 その微笑ましい光景に、人々は「おめでとう」とあたたかな歓声を贈り続けました。 それから心優しく勇敢な王さまと、瑠璃の瞳の美しい青年は、可愛い我が子といつまでも末永く、幸せに暮らしたのでした。 おしまい。 夜明けのラズライト・了 ←戻る ・ Wavebox👏
カミュは一人、生まれ育った風穴の隠れ家をしみじみと見渡していた。
思いだすのは幼い頃から共に過ごした、マヤとの記憶だった。
小さなパンを分け合って食べたこと、獲物を取り逃がして文句を言われたこと、一緒に星を見上げて、外の世界に夢をはせたこと。可愛いマヤの、幼い笑顔。
恋しさに鼻をすするカミュの耳に、
『泣き虫だなあ兄貴は!』
という、マヤの憎まれ口が聞こえた気がした。
「ハハ……そうだな、ごめんなマヤ。情けない兄ちゃんで」
涙をぬぐったカミュの拳には、真っ赤なリボンが握られていた。それはマヤが幼い頃から、ずっと髪に結んでいたものだった。
マヤが病で命を失ったとき、遺体からの感染を恐れた村人たちは、必死で制止するカミュを殴りつけ、母親共々その亡骸を燃やしてしまった。遺体は骨すら残さず灰になったが、その際に唯一、このリボンだけは奪い返すことができたのだ。
マヤの形見として、カミュはそれをずっと大切に持っていた。
「カミュ、そろそろ出ようか」
そこへイレブンがやってきた。
彼はもともと着ていた赤のサーコートを紫に染め、今の背丈に打ち直したものを着用している。髪は邪魔になるからと、元の長さにバッサリ切ってしまった。
ナイフを使って大雑把に切り捨てたものだから、その思い切りの良さに呆れながらも、細部を整えてやったのはカミュだった。
銀髪のサラサラヘアーもミステリアスで似合っていたが、今のイレブンは柔和なブラウンが健康的で若々しい。見違えるほど大人びたように見えはしたものの、髪を短く揃えた彼はなかなかの童顔だった。
「カミュ? どうかした?」
小首をかしげる丸い瞳に、カミュは「いや」と笑って肩をすくめた。
「やっぱり少しもったいなかった気がしてさ。長い髪も大人っぽくて似合ってたぜ」
「ありがとう。でもほら、どうせすぐに伸びるから」
「確かに、スケベなやつほど伸びが早いらしいからな」
そのとき、ビュウッと冷たい風が吹き抜けた。
「ごめんカミュ。風でよく聞こえなかった。早いのが、なんだって?」
「いいや、なんでもねえさ」
「そう? ところでそれは……?」
イレブンがカミュの手に握られた赤いリボンに目をとめる。カミュは「ああ」と言って、リボンを目線の高さまで持ち上げた。
「マヤの形見さ。これだけ取り返すのがやっとだったんだ」
「そうか……」
イレブンが手を差し出してくるので、カミュは大人しくリボンを渡した。
すると彼はカミュの右の二の腕に、リボンをキュッと結びつけた。それから「うん」とうなずいて、満足そうに微笑んだ。
「これで妹さんも一緒だ」
「ちょっと可愛すぎねえか?」
なんとも目立つ位置に、真っ赤なリボンがちょうちょ結びされている。流石に少し恥ずかしい。マヤも今ごろ、指をさして笑い転げているだろう。
「いいんだよ。カミュはもともと可愛いからね」
「お前なあ……」
そんなことを言う物好きは、世界広しといえどもこの男しかいないと思う。言えば猛反発を食らうだろうから、余計なことは言わないけれど。
「まあいいや。ありがとな、イレブン」
「よし、それじゃあ行こう!」
「おう! 行こうぜ、相棒!」
最低限の荷物を道具袋に詰め込んで、ふたりは手を取り合って旅立っていく。
二度と戻らぬ故郷の扉が、パタンと静かに閉じられた。
*
呪いが解けた王子さまと、瑠璃の瞳の青年は、それから世界中を旅して周りました。
たくさんの景色を見て、珍しい食べ物を食べ、イシの村にも行きました。
王子さまの人助けは、もうほとんどクセになっていました。行く先々で困っている人を見つけては、どんな危険が伴う問題も解決していきました。
王子さまはもう独りではなかったので、その背中はいつだって青年が守ってくれました。
けれどその旅のさなかで、王子さまはとある風の噂を耳にしました。
それは雪国の最果てにある村が、流れの盗賊団に襲われて、壊滅したというものでした。
女子供はどうにか逃げだしたそうですが、その後の行方は分かっていません。
王子さまは、その噂を自分の胸にだけ留めることにしました。噂は噂。事実かどうかも分かりません。けれど心優しい青年は、それを知ればきっと胸を痛めることでしょう。
王子さまは、二度と彼に悲しい思いをさせたくなかったのです。
そうして長い冒険の旅に出て、一年、二年と時が過ぎていきました。
やがてふたりは、滅びたユグノアの地へ足を運びました。
王子さまと青年は、そこに大きな慰霊碑を立てました。旅の途中で手に入れた、様々な花の種も植え、夜には鎮魂の儀式を行いました。
「なあ王子さま、ここをふたりで立て直さないか?」
夜空を飛び交う美しい蝶の群れを見ながら、青年が言いました。
それは独りぼっちで旅をしていた頃からは、想像もつかないようなことでした。
王子さまは驚きましたが、彼とふたりなら叶うような気がしました。
王子さまはうなずいて、大樹へ還っていく魂の群れに、ユグノアの復興を誓いました。
復興作業には、各地で人助けをしていた王子さまのため、多くの人が集まりました。
娘とはぐれ、魔物に捕らえられていた情報屋の男。雪深い森に生息する古の聖獣に、血気盛んな闘士たち。青年が偶然助けた商人の男まで、あらゆる人々が惜しみなく尽力してくれました。
そして長い長い歳月の果て、ユグノアは見事に復興を遂げたのです。
その日は王子さまと青年の結婚を祝うため、町ではお祭りが開かれていました。
音楽と共に人々が歌い、踊り、みなが新しい国の王さまと、王配の青年を祝福しました。町の広場には笑顔と喜びが満ち溢れ、青い空には白い鳩がいっせいに羽ばたきました。
王さまと王配の青年は、その様子をお城のバルコニーから眺めていました。
「ああ、なんて幸せな日なんだろう。なにもかも、キミがそばにいてくれたおかげだよ」
王さまと揃いで仕立てた、エメラルドのケープを羽織った青年は、その手首に真っ赤なリボンを結んでいました。彼は恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに笑いました。
王さまは青年の肩に触れると抱き寄せました。そして大観衆が見守るなかで、ふたりは厳かな口づけを交わしました。
すると遥か遠くの空にそびえる大樹が、まばゆい光を放ちました。世界が一瞬、真っ白に染まったかと思うと、やがて空から一つの星が流れてきました。
青年がその星を受け止めると、星は玉のような赤ちゃんへと姿を変えました。
赤ちゃんは青年と同じ空色の髪と、勝ち気そうな瑠璃の瞳をもつ女の子でした。
大樹がもたらした奇跡に、青年は涙を溢れさせ、小さな光の御子を抱きしめました。
「初めまして。キミに会えて嬉しいよ」
王さまが可愛い娘の頬に触れると、赤ちゃんは泣きだしてしまいました。
オギャア、オギャアと、それはそれは元気で愛くるしい声でした。困ってしまった王さまに、青年が声をあげて笑っています。
その微笑ましい光景に、人々は「おめでとう」とあたたかな歓声を贈り続けました。
それから心優しく勇敢な王さまと、瑠璃の瞳の美しい青年は、可愛い我が子といつまでも末永く、幸せに暮らしたのでした。
おしまい。
夜明けのラズライト・了
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