2025/09/18 Thu 【会いたくて震える】 *狛枝が日向にメールを送るまで。 『日向クン、この間は助けてくれて本当にありがとう。 物凄く緊張したけど、一緒にお蕎麦を食べれたのも嬉しかったよ。 この間も言ったと思うけど、ボクは今まで友達と呼べる存在が一人もいなかったんだ。 だから日向クンと過ごせたことはとても貴重な経験だったよ。 もしボクに友達がいたら、こんな感じがするのかな。最高だね。 日向クン、キミさえよければなんだけど、また会ってお話できないかな? もちろん迷惑だったら無視してくれてもいいよ! そうだよね、こんなゴミの顔なんか二度と見たくないって思うのは当然だよね。 だけどボクはもう一度』 「もう一度……」 携帯のディスプレイに走らせていた指先を止めて、狛枝は溜息をつきながらがくりと項垂れた。 身体の向きを変え、腰かけていたソファの肘掛を枕にして寝転がる。ぼんやりと天井を見つめていると、また溜息が漏れた。 一体これで何度目だろう。 こうして長ったらしいメールを打っては消してを繰り返し、すでに一ヶ月以上が経過していた。 (日向クン、ボクのことなんか忘れてるだろうな) 何事もタイミングが大事。 もっと早くにお礼のメールを送っていれば、今ごろ何かしら展開があったかもしれない。 だけど、どうしても怖かった。いくらピンチを救われて、一緒に蕎麦を食べて、連絡先を交換したからといって。早々にメールなんか送ったら、調子に乗っていると思われたりしないだろうかと。 正直、自分で文面を見返しても鬱陶しいと感じるし、気持ち悪いヤツだと思う。 そうこうしているうちにどんどん時間が過ぎて、気づけば一月が終わり、二月も中旬に差し掛かっていた。 狛枝は「んうぅ~」と唸りながらソファの上でごろごろと身悶えた。壁にかかっている時計を見ると、もうじき昼になろうとしている。 そもそもメールというものは一日のうち、どのタイミングで送るのがベストなのだろう。夜は寝ているかもしれないし、誰かと会っているかもしれないし、テレビを見ているかもしれないし。日中は忙しいだろうし、朝は論外……。 「あぁ! なんて絶望的なんだろう! ボクみたいなのをコミュ障っていうのかなぁ!」 だから些細なことで迷ってしまう。 相手がどう思うか、どう感じるか、慮るほどに後ろ向きな思考にばかり囚われて、身動きが取れなくなっていく。 (だけど……) 狛枝はソファから身を起こし、手の中の携帯に視線を落とした。 ついさっき打ち込んだ文章を全て消して、真っ白になった画面を見ながら三度目の溜息を漏らす。 「もう一度、キミに会いたいんだ」 たった一度、会っただけの人。それでも、こんな自分を救ってくれたのは彼が初めてだった。 普通あんな場面に立ち会ったら、知らんぷりするか女性の肩を持つのが当然のはずだ。だけど日向は狛枝を助けてくれた。信じてくれた。 あのときの彼が何を思ったのかは分からない。それでもこんな無価値な自分に、何の見返りもなく手を差し伸べてくれる人間がいたことに、狛枝は天地が引っくり返るほどの衝撃を受けたのだった。 日向はあまり愛想はよくないし、どこか面倒臭そうだったけれど、狛枝の話を聞いてくれた。ツレ、という言葉に浮かれて出待ちをしていた自分に、不器用な笑顔を見せてくれた。あんなに胸が温かくなったのは、生まれて初めてだった。 これまでの狛枝は、運もなければ縁もないまま、意味もなくただなんとなく生きていた。いつぽろりと命を落とすかも分からないし、一人で生きてさえいれば、誰にも迷惑はかからない。ひっそりと、ただ最期を待つだけの人生で満足だった。 そんな自分が、だ。 今や毎日のようにメールを打っては消してを繰り返すくらい、彼のことばかり考えている。 気持ち悪い。本当に気持ち悪い。こんな気持ちの悪い人間は、嫌われたって当然だ。だったらいっそ、一生に一度くらい当たって砕けてみようか。 狛枝は再び指先をディスプレイに走らせた。いつもなら何時間とかけて打つ文章が、たった十数秒で完結した。 『一緒にお食事どうですか』 シンプルな誘いを、諦めの境地で送信した。 その瞬間、終わったと思った。今ごろ日向は不愉快そうに顔を顰めているかもしれない。あるいはただの迷惑メールとして処理されているかもしれない。 仕方がないことだと思った。こんなダニにも劣る矮小な人間から食事の誘いなんかきたら、誰だって嫌な気持ちになるに違いないのだから。 「…………」 途端に、狛枝は青褪めていくのを感じて身を震わせた。 粉々に砕け散るつもりでメールを送ったのに、一分一秒と時が経つにつれてどんどん不安になる。 「き、嫌われる……嫌われちゃう……日向クン……」 やっぱりやめておけばよかった。 迷惑をかけるだけだと分かっていたのに、一時の感情に身を任せて自分はなんて真似をしてしまったんだろう。 携帯を胸にぎゅっと抱きしめ、狛枝は歯の根を鳴らしながら涙ぐむ。息ができない。 もう死ぬしかないと思った。そうだ、今からホームセンターにでも行って、練炭かロープを買って来よう……。 こうしてはいられないと、立ち上がったそのときだった。 手の中で携帯が鳴った。 心臓が爆発するのではないかと思うほど、大きく跳ね上がる。 喉の奥がひりつくほど乾いているのを感じながら、狛枝は恐る恐る、メールを開いた。すると。 『OK、いつにする?』 夢でも見ているのかと思った。 足元から這い上がって来る熱い感動に、狛枝は身震いしながら涙を浮かべる。 「日向クン……日向クン……」 画面がぼやけて見えなくなった。嬉しい。嬉しい。生きててよかった。 狛枝は即座に今夜にも会えないかとメールを返した。下手に間を開ければ、日向の気持ちが変わってしまうかもしれない。早く早くと気が急いて、狛枝は返信を待つ間ずっと部屋の中をうろついた。 すると、数分でまた携帯が鳴った。肩をビクつかせながら開いたメールは、待ち合わせの時間と場所が書かれていた。 『今夜7時、あのコインランドリーで』 それを見た狛枝は、喉の奥から絞り出すようにして悲鳴をあげた。胸がドキドキして、顔が汗ばむほど熱くなっているのに、身体は鳥肌がたったようにぴりぴりと痺れていた。 「日向クンに、また会える……!」 今が人生のピーク。そんな気がする。 仮に明日死んでしまうようなことがあったとしても、いい人生だったと笑顔で逝くことができるように思えた。 歓喜に打ち震える狛枝は、それからずっと時計と睨めっこをしながら過ごし、陽も暮れないうちから堪らず家を飛び出すのだった。 ←戻る ・ Wavebox👏
*狛枝が日向にメールを送るまで。
『日向クン、この間は助けてくれて本当にありがとう。
物凄く緊張したけど、一緒にお蕎麦を食べれたのも嬉しかったよ。
この間も言ったと思うけど、ボクは今まで友達と呼べる存在が一人もいなかったんだ。
だから日向クンと過ごせたことはとても貴重な経験だったよ。
もしボクに友達がいたら、こんな感じがするのかな。最高だね。
日向クン、キミさえよければなんだけど、また会ってお話できないかな?
もちろん迷惑だったら無視してくれてもいいよ!
そうだよね、こんなゴミの顔なんか二度と見たくないって思うのは当然だよね。
だけどボクはもう一度』
「もう一度……」
携帯のディスプレイに走らせていた指先を止めて、狛枝は溜息をつきながらがくりと項垂れた。
身体の向きを変え、腰かけていたソファの肘掛を枕にして寝転がる。ぼんやりと天井を見つめていると、また溜息が漏れた。
一体これで何度目だろう。
こうして長ったらしいメールを打っては消してを繰り返し、すでに一ヶ月以上が経過していた。
(日向クン、ボクのことなんか忘れてるだろうな)
何事もタイミングが大事。
もっと早くにお礼のメールを送っていれば、今ごろ何かしら展開があったかもしれない。
だけど、どうしても怖かった。いくらピンチを救われて、一緒に蕎麦を食べて、連絡先を交換したからといって。早々にメールなんか送ったら、調子に乗っていると思われたりしないだろうかと。
正直、自分で文面を見返しても鬱陶しいと感じるし、気持ち悪いヤツだと思う。
そうこうしているうちにどんどん時間が過ぎて、気づけば一月が終わり、二月も中旬に差し掛かっていた。
狛枝は「んうぅ~」と唸りながらソファの上でごろごろと身悶えた。壁にかかっている時計を見ると、もうじき昼になろうとしている。
そもそもメールというものは一日のうち、どのタイミングで送るのがベストなのだろう。夜は寝ているかもしれないし、誰かと会っているかもしれないし、テレビを見ているかもしれないし。日中は忙しいだろうし、朝は論外……。
「あぁ! なんて絶望的なんだろう! ボクみたいなのをコミュ障っていうのかなぁ!」
だから些細なことで迷ってしまう。
相手がどう思うか、どう感じるか、慮るほどに後ろ向きな思考にばかり囚われて、身動きが取れなくなっていく。
(だけど……)
狛枝はソファから身を起こし、手の中の携帯に視線を落とした。
ついさっき打ち込んだ文章を全て消して、真っ白になった画面を見ながら三度目の溜息を漏らす。
「もう一度、キミに会いたいんだ」
たった一度、会っただけの人。それでも、こんな自分を救ってくれたのは彼が初めてだった。
普通あんな場面に立ち会ったら、知らんぷりするか女性の肩を持つのが当然のはずだ。だけど日向は狛枝を助けてくれた。信じてくれた。
あのときの彼が何を思ったのかは分からない。それでもこんな無価値な自分に、何の見返りもなく手を差し伸べてくれる人間がいたことに、狛枝は天地が引っくり返るほどの衝撃を受けたのだった。
日向はあまり愛想はよくないし、どこか面倒臭そうだったけれど、狛枝の話を聞いてくれた。ツレ、という言葉に浮かれて出待ちをしていた自分に、不器用な笑顔を見せてくれた。あんなに胸が温かくなったのは、生まれて初めてだった。
これまでの狛枝は、運もなければ縁もないまま、意味もなくただなんとなく生きていた。いつぽろりと命を落とすかも分からないし、一人で生きてさえいれば、誰にも迷惑はかからない。ひっそりと、ただ最期を待つだけの人生で満足だった。
そんな自分が、だ。
今や毎日のようにメールを打っては消してを繰り返すくらい、彼のことばかり考えている。
気持ち悪い。本当に気持ち悪い。こんな気持ちの悪い人間は、嫌われたって当然だ。だったらいっそ、一生に一度くらい当たって砕けてみようか。
狛枝は再び指先をディスプレイに走らせた。いつもなら何時間とかけて打つ文章が、たった十数秒で完結した。
『一緒にお食事どうですか』
シンプルな誘いを、諦めの境地で送信した。
その瞬間、終わったと思った。今ごろ日向は不愉快そうに顔を顰めているかもしれない。あるいはただの迷惑メールとして処理されているかもしれない。
仕方がないことだと思った。こんなダニにも劣る矮小な人間から食事の誘いなんかきたら、誰だって嫌な気持ちになるに違いないのだから。
「…………」
途端に、狛枝は青褪めていくのを感じて身を震わせた。
粉々に砕け散るつもりでメールを送ったのに、一分一秒と時が経つにつれてどんどん不安になる。
「き、嫌われる……嫌われちゃう……日向クン……」
やっぱりやめておけばよかった。
迷惑をかけるだけだと分かっていたのに、一時の感情に身を任せて自分はなんて真似をしてしまったんだろう。
携帯を胸にぎゅっと抱きしめ、狛枝は歯の根を鳴らしながら涙ぐむ。息ができない。
もう死ぬしかないと思った。そうだ、今からホームセンターにでも行って、練炭かロープを買って来よう……。
こうしてはいられないと、立ち上がったそのときだった。
手の中で携帯が鳴った。
心臓が爆発するのではないかと思うほど、大きく跳ね上がる。
喉の奥がひりつくほど乾いているのを感じながら、狛枝は恐る恐る、メールを開いた。すると。
『OK、いつにする?』
夢でも見ているのかと思った。
足元から這い上がって来る熱い感動に、狛枝は身震いしながら涙を浮かべる。
「日向クン……日向クン……」
画面がぼやけて見えなくなった。嬉しい。嬉しい。生きててよかった。
狛枝は即座に今夜にも会えないかとメールを返した。下手に間を開ければ、日向の気持ちが変わってしまうかもしれない。早く早くと気が急いて、狛枝は返信を待つ間ずっと部屋の中をうろついた。
すると、数分でまた携帯が鳴った。肩をビクつかせながら開いたメールは、待ち合わせの時間と場所が書かれていた。
『今夜7時、あのコインランドリーで』
それを見た狛枝は、喉の奥から絞り出すようにして悲鳴をあげた。胸がドキドキして、顔が汗ばむほど熱くなっているのに、身体は鳥肌がたったようにぴりぴりと痺れていた。
「日向クンに、また会える……!」
今が人生のピーク。そんな気がする。
仮に明日死んでしまうようなことがあったとしても、いい人生だったと笑顔で逝くことができるように思えた。
歓喜に打ち震える狛枝は、それからずっと時計と睨めっこをしながら過ごし、陽も暮れないうちから堪らず家を飛び出すのだった。
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