2025/09/19 Fri 白猫、散々な目に遭うの巻 その後どうなったかというと、非戦闘タイプが毛を纏って歩いているようなファイなど、アッサリとっ捕まった。そしてボッコボコにされた。 「酷い目に……あった……」 体中を噛み痕や引っかき傷でボロボロにしながら、よろよろと歩き続けて、やがて石の地面が土の地面になったことに気がつく。 辺りを見回すと、どことなく懐かしいような光景に出くわした。 カラフルで見たことのない遊具が所せましと並び、芝生や草木、池のようなもの(噴水)もあった。故郷に少し似ていて、ファイは少しほっとした。 すると途端に疲れが押し寄せて、その場にへたり込んでしまった。 ここが安全な場所かは分からないけれど、土や草の香りがとても安心できる。ほんの少しだけ、休みたかった。 「あー、にゃんちゃんだー」 が、そこに甲高い声がしてハッとした。 見上げれば目の前に小さな人間がしゃがみ込んでいた。 「!?」 「にゃんちゃんおケガしてるの?」 くるんと大きな目をした子供は、物珍しそうにファイを見つめる。 この短期間で酷い目にばかり遭っていたファイは咄嗟に逃げだそうとしたが、身体を起こす前に抱き上げられてしまった。 「ニャーッ」 「にゃんちゃんかわいいー! みんなー! こっちきてー!」 傷だらけの身体を強引に抱き上げられて、ファイは暴れた。 頼りない力で両腕だけを掴まれ、宙に浮かされた状態はとんでもなく恐ろしい。けれど容赦なく、他の子供達も集まって来た。 「猫だ猫だー!」 「あたしにもだっこさしてー!」 「しっぽなげぇー!」 それからファイはオモチャになった。 ヒゲも数本抜かれたし、毛もブチブチ抜かれて、尻尾まで抜かれそうになった。 子供達にしてみれば可愛がっているつもりかもしれないが、猫にとっては迷惑この上ない。 力加減を知らない彼らはファイがギャーギャーと声を嗄らして鳴いたとしても、お構いなしだった。 やがて……。 「もう帰るわよー!」 女の人の声がした。すると子供達はファイを置き去りにして、わらわらと蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。 ボロ雑巾のようになったファイは、夕暮れの公園でしくしくと泣いた。泣きながら、力の入らない身体でドーム状の大きな遊具の下に入った。 猫の国には、小さな猫型ドームがたくさんあった。中にはふわふわのクッションがたくさんあって、そこで昼寝をすると最高だった。 けれどこのただっ広いドームはファイの知らない、鼻の長い動物の形をしていた。中は真っ暗で、冷たい土から雑草だけが生えている。 それでもようやく一人になれる空間を見つけられたことに、心底ほっとした。 まだ人間の世界に来て間もないというのに、ファイは一気にホームシックにかかってしまった。 こんなことなら、変なやる気など起こさなければよかった。 人間の世界は広大で、たくさんの生き物がいる。とても便利で豊かそうに見えるけれど、その分とんでもなく危険に溢れていると思った。 温室のような暖かな場所でだけ生きて来たファイにとって、ここは夢の世界ではなく、地獄に等しかった。 あの退屈は、何より幸福なことだったのかもしれない……。 「ユゥイ……怒ってるかにゃ……」 あれだけダメだと言われていたのに、ファイは自分の中の遅い反抗期を恨んだ。 人間はみんなユゥイと同じ姿をして、ユゥイと同じように優しい人たちばかりだと思っていたのに。 蓋を開けてみればみんな姿形はバラバラで、恐ろしい機械をぶっ飛ばして怒鳴る人もいるし、子供達はまるで鬼の子だった。 同じ種族を見つけたと思えば縄張りという厳しいルールの中を生きていて、自分はそこを踏み荒らす悪猫になってしまった。 ドームの中はさらに暗くなった。人間の世界には朝と昼と夜がある。夜になると気温が下がって、どんどん寒くなるのだ。 夕暮れなんて初めての経験だけど、ファイはそれに感激する余裕などなかった。 いつしか完全に陽が落ちて、夜が来たことを知った。 本来猫は夜目がきくけれど、一人ぼっちでこんな暗い場所にいたことなどなかったファイは、不安に押し潰されそうになる。 だんだんお腹も空いてきて、いよいよ帰ろうと思った。 やっぱりここには来てはいけなかったのだ。きっともっと想像もできないような危険なことが、たくさんあるに違いない。 徐々に冷え込んでいく空気に、自分が生きるには過酷すぎる環境なのだと思い知る。 ファイはボロボロの身体で力を振り絞った。 元来た場所に戻れば、そこに空間の歪があるだろう。飛び込めばきっと帰れるはずだ。 またあの大きな猫に見つかるかもしれないと怯えながら、へっぴり腰で辺りを注意深く見回してドームから出た。 土の地面が終ると、再び石の冷たい地面の上を塀沿いに歩く。 途中で人間やあの恐ろしい乗り物とすれ違ったが、ファイはその度に見つからないように暗闇の中で身を縮込ませた。 それからどれくらい歩いただろう。同じような道や景色ばかりが続くだけで、歪みはどこにも見つけられない。 そこでファイはようやく気付いた。 「……オレ、どこから来たんだっけ?」 スタート地点が分からない。がむしゃらに逃げ回って、結果、どこから来たのか分からなくなってしまったのだ。 ガーン……という古典的な音が頭の中で鳴り響いた。 スタート地点が分からない。 ↓ 元の世界への出入り口が見つけられない。 ↓ 帰れない。←イマココ 「ミャー……」 やりきれない思いで、ファイは鳴いた。ミャーミャーと、悲しそうな声で。 帰れない。帰り道がわからない。お腹もすいて、身体はボロボロで、疲れきっていて、怖くて不安で、寂しくて。 しかし無情にも誰も助けてなどくれなくて、やがて喉が嗄れた。 「うぅ……グス……」 涙がポロリと零れる。だが最悪な事態はまだ続く。 ――ポツリ。 「!」 鼻先に、水が落ちて来た。 なんだろうと思う間もなく、ぽつぽつとその小さな水がたくさん降りだした。 「これ……雨……?」 ユゥイが言っていた。人間の世界は季節や気温や天気がコロコロ変わると。 冷たい雨はあっという間に雨足を強めて、ファイは毛が水浸しになることへの嫌悪感から焦りを覚えた。 ファイは咄嗟に走り出した。さっきまでいた公園に帰るつもりでいたのだが、なんとそこでまた、道がわからなくなった。 ここにきて新事実。ファイは方向音痴だった……。 「どうしてこんなに道がカクカクしてるの……? 曲がるとこいっぱいで、もうわかんにゃいよっ」 疲れはピークに達していたけれど、このままいればまたどんな危険と遭遇するかわからなかったファイは、じっとしているよりはましと、また歩き出した。 同じような場所をグルグル回っているような気がしながらも、いよいよ本降りの雨の中をびしゃびしゃになりながらも歩いた。 すると、これまで歩いていた道の倍以上もある広い道に突き当たった。人通りも多くて、あの怖い乗り物がたくさん走っている。 けれど光がたくさん溢れていて、何より美味しそうな匂いがどこかから漂ってくる。 恐ろしかったが、空腹がそれを押しのけた。 匂いのする方へ、思い切って一歩踏み出してみる。すると、あの乗り物はこちら側へは来ないことが分かった。 何かは分からないが、ドーム状の薄い布が張り巡らされたもので雨を遮る人間が、たくさん歩いている。しかしみんなファイに気付かないか、気付いても知らんぷりをした。 人間の歩く専用の道は安全で、人間の中にも無関心なものが多くいることが分かった。 ファイはそれでもビクビクしながら、道の端っこを歩いた。 やがて細くて暗い曲がり角を見つけた。たくさんの場所からいい香りがしていたけれど、ファイはその裏道に入った。 表の通りとは違って、暗くて狭い。けれどこの奥からも美味しい匂いがしている。 「ごはんたべたい……」 あとはこの雨をしのぐ場所があれば尚いい。この際ポカポカの毛布やクッションも欲しいなんて贅沢は言わない。 寒さと空腹、疲労や傷の痛みが、今にも擦り切れそうなファイの精神力をさらに削っていく。 意識が朦朧としながらも、やがて袋小路に突き当たる。そこには大きなゴミ箱がたくさんあって、扉もあった。 その扉から微かな光が漏れていて、賑やかな人の声がした。 ファイは幾つもある大きなゴミ箱に目をやった。 「……」 この中から、食べ物の匂いがする。 美味しそうな匂いだけれど、少し生臭いような嫌な臭いもして、とてもではないが漁る気にはなれない。 もう終わりだと、ファイは思った。これは言いつけを破って一人で飛び出してしまったことへの、神様からの罰だと。 出来ることなら家に帰りたい。温かくていい香りのする、ユゥイの腕の中で思い切り甘えたかった。 「ユゥイ……」 雨の降りしきる中へたり込んで、涙も声も嗄れていたファイは目を閉じた。 扉が開くような音が聞こえたけれど、それを確かめるだけの力はもう、残されていなかった。 ←戻る ・ 次へ→
その後どうなったかというと、非戦闘タイプが毛を纏って歩いているようなファイなど、アッサリとっ捕まった。そしてボッコボコにされた。
「酷い目に……あった……」
体中を噛み痕や引っかき傷でボロボロにしながら、よろよろと歩き続けて、やがて石の地面が土の地面になったことに気がつく。
辺りを見回すと、どことなく懐かしいような光景に出くわした。
カラフルで見たことのない遊具が所せましと並び、芝生や草木、池のようなもの(噴水)もあった。故郷に少し似ていて、ファイは少しほっとした。
すると途端に疲れが押し寄せて、その場にへたり込んでしまった。
ここが安全な場所かは分からないけれど、土や草の香りがとても安心できる。ほんの少しだけ、休みたかった。
「あー、にゃんちゃんだー」
が、そこに甲高い声がしてハッとした。
見上げれば目の前に小さな人間がしゃがみ込んでいた。
「!?」
「にゃんちゃんおケガしてるの?」
くるんと大きな目をした子供は、物珍しそうにファイを見つめる。
この短期間で酷い目にばかり遭っていたファイは咄嗟に逃げだそうとしたが、身体を起こす前に抱き上げられてしまった。
「ニャーッ」
「にゃんちゃんかわいいー! みんなー! こっちきてー!」
傷だらけの身体を強引に抱き上げられて、ファイは暴れた。
頼りない力で両腕だけを掴まれ、宙に浮かされた状態はとんでもなく恐ろしい。けれど容赦なく、他の子供達も集まって来た。
「猫だ猫だー!」
「あたしにもだっこさしてー!」
「しっぽなげぇー!」
それからファイはオモチャになった。
ヒゲも数本抜かれたし、毛もブチブチ抜かれて、尻尾まで抜かれそうになった。
子供達にしてみれば可愛がっているつもりかもしれないが、猫にとっては迷惑この上ない。
力加減を知らない彼らはファイがギャーギャーと声を嗄らして鳴いたとしても、お構いなしだった。
やがて……。
「もう帰るわよー!」
女の人の声がした。すると子供達はファイを置き去りにして、わらわらと蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
ボロ雑巾のようになったファイは、夕暮れの公園でしくしくと泣いた。泣きながら、力の入らない身体でドーム状の大きな遊具の下に入った。
猫の国には、小さな猫型ドームがたくさんあった。中にはふわふわのクッションがたくさんあって、そこで昼寝をすると最高だった。
けれどこのただっ広いドームはファイの知らない、鼻の長い動物の形をしていた。中は真っ暗で、冷たい土から雑草だけが生えている。
それでもようやく一人になれる空間を見つけられたことに、心底ほっとした。
まだ人間の世界に来て間もないというのに、ファイは一気にホームシックにかかってしまった。
こんなことなら、変なやる気など起こさなければよかった。
人間の世界は広大で、たくさんの生き物がいる。とても便利で豊かそうに見えるけれど、その分とんでもなく危険に溢れていると思った。
温室のような暖かな場所でだけ生きて来たファイにとって、ここは夢の世界ではなく、地獄に等しかった。
あの退屈は、何より幸福なことだったのかもしれない……。
「ユゥイ……怒ってるかにゃ……」
あれだけダメだと言われていたのに、ファイは自分の中の遅い反抗期を恨んだ。
人間はみんなユゥイと同じ姿をして、ユゥイと同じように優しい人たちばかりだと思っていたのに。
蓋を開けてみればみんな姿形はバラバラで、恐ろしい機械をぶっ飛ばして怒鳴る人もいるし、子供達はまるで鬼の子だった。
同じ種族を見つけたと思えば縄張りという厳しいルールの中を生きていて、自分はそこを踏み荒らす悪猫になってしまった。
ドームの中はさらに暗くなった。人間の世界には朝と昼と夜がある。夜になると気温が下がって、どんどん寒くなるのだ。
夕暮れなんて初めての経験だけど、ファイはそれに感激する余裕などなかった。
いつしか完全に陽が落ちて、夜が来たことを知った。
本来猫は夜目がきくけれど、一人ぼっちでこんな暗い場所にいたことなどなかったファイは、不安に押し潰されそうになる。
だんだんお腹も空いてきて、いよいよ帰ろうと思った。
やっぱりここには来てはいけなかったのだ。きっともっと想像もできないような危険なことが、たくさんあるに違いない。
徐々に冷え込んでいく空気に、自分が生きるには過酷すぎる環境なのだと思い知る。
ファイはボロボロの身体で力を振り絞った。
元来た場所に戻れば、そこに空間の歪があるだろう。飛び込めばきっと帰れるはずだ。
またあの大きな猫に見つかるかもしれないと怯えながら、へっぴり腰で辺りを注意深く見回してドームから出た。
土の地面が終ると、再び石の冷たい地面の上を塀沿いに歩く。
途中で人間やあの恐ろしい乗り物とすれ違ったが、ファイはその度に見つからないように暗闇の中で身を縮込ませた。
それからどれくらい歩いただろう。同じような道や景色ばかりが続くだけで、歪みはどこにも見つけられない。
そこでファイはようやく気付いた。
「……オレ、どこから来たんだっけ?」
スタート地点が分からない。がむしゃらに逃げ回って、結果、どこから来たのか分からなくなってしまったのだ。
ガーン……という古典的な音が頭の中で鳴り響いた。
スタート地点が分からない。
↓
元の世界への出入り口が見つけられない。
↓
帰れない。←イマココ
「ミャー……」
やりきれない思いで、ファイは鳴いた。ミャーミャーと、悲しそうな声で。
帰れない。帰り道がわからない。お腹もすいて、身体はボロボロで、疲れきっていて、怖くて不安で、寂しくて。
しかし無情にも誰も助けてなどくれなくて、やがて喉が嗄れた。
「うぅ……グス……」
涙がポロリと零れる。だが最悪な事態はまだ続く。
――ポツリ。
「!」
鼻先に、水が落ちて来た。
なんだろうと思う間もなく、ぽつぽつとその小さな水がたくさん降りだした。
「これ……雨……?」
ユゥイが言っていた。人間の世界は季節や気温や天気がコロコロ変わると。
冷たい雨はあっという間に雨足を強めて、ファイは毛が水浸しになることへの嫌悪感から焦りを覚えた。
ファイは咄嗟に走り出した。さっきまでいた公園に帰るつもりでいたのだが、なんとそこでまた、道がわからなくなった。
ここにきて新事実。ファイは方向音痴だった……。
「どうしてこんなに道がカクカクしてるの……? 曲がるとこいっぱいで、もうわかんにゃいよっ」
疲れはピークに達していたけれど、このままいればまたどんな危険と遭遇するかわからなかったファイは、じっとしているよりはましと、また歩き出した。
同じような場所をグルグル回っているような気がしながらも、いよいよ本降りの雨の中をびしゃびしゃになりながらも歩いた。
すると、これまで歩いていた道の倍以上もある広い道に突き当たった。人通りも多くて、あの怖い乗り物がたくさん走っている。
けれど光がたくさん溢れていて、何より美味しそうな匂いがどこかから漂ってくる。
恐ろしかったが、空腹がそれを押しのけた。
匂いのする方へ、思い切って一歩踏み出してみる。すると、あの乗り物はこちら側へは来ないことが分かった。
何かは分からないが、ドーム状の薄い布が張り巡らされたもので雨を遮る人間が、たくさん歩いている。しかしみんなファイに気付かないか、気付いても知らんぷりをした。
人間の歩く専用の道は安全で、人間の中にも無関心なものが多くいることが分かった。
ファイはそれでもビクビクしながら、道の端っこを歩いた。
やがて細くて暗い曲がり角を見つけた。たくさんの場所からいい香りがしていたけれど、ファイはその裏道に入った。
表の通りとは違って、暗くて狭い。けれどこの奥からも美味しい匂いがしている。
「ごはんたべたい……」
あとはこの雨をしのぐ場所があれば尚いい。この際ポカポカの毛布やクッションも欲しいなんて贅沢は言わない。
寒さと空腹、疲労や傷の痛みが、今にも擦り切れそうなファイの精神力をさらに削っていく。
意識が朦朧としながらも、やがて袋小路に突き当たる。そこには大きなゴミ箱がたくさんあって、扉もあった。
その扉から微かな光が漏れていて、賑やかな人の声がした。
ファイは幾つもある大きなゴミ箱に目をやった。
「……」
この中から、食べ物の匂いがする。
美味しそうな匂いだけれど、少し生臭いような嫌な臭いもして、とてもではないが漁る気にはなれない。
もう終わりだと、ファイは思った。これは言いつけを破って一人で飛び出してしまったことへの、神様からの罰だと。
出来ることなら家に帰りたい。温かくていい香りのする、ユゥイの腕の中で思い切り甘えたかった。
「ユゥイ……」
雨の降りしきる中へたり込んで、涙も声も嗄れていたファイは目を閉じた。
扉が開くような音が聞こえたけれど、それを確かめるだけの力はもう、残されていなかった。
←戻る ・ 次へ→