2025/06/14 Sat ──パチン! という軽快な音がしたのと同時に、甲洋が目を丸くした。縁側にさす夕日のオレンジに染められて、色素の薄い瞳が透き通るような淡い光を帯びている。 「……は?」 訳が分からないといった様子で面食らう彼をよそに、操は自分の右の手の平を見てパッと目を輝かせた。 「とった! とったよ! 蚊!」 興奮ぎみに声を発すると、潰れた蚊がこびりついた手を甲洋に向かってかざして見せる。 「ほら見て! 君のほっぺたのとこにいたの、ぼくが退治してあげた!」 誇らしげに言って、縁側から投げだした両足をピーンと伸ばす。 もし仕留めそこねていたら、今ごろ甲洋の頬は蚊に食われていただろう。それを未然に防いだのだから、さぞ感謝されるに違いない──と思いきや、甲洋の口からついて出たのは大きなため息だった。 「あれ? どしたの? ほっぺそんなに痛かった?」 強く叩いたつもりはなかったが、力の加減を誤ったのだろうか。逆に悪いことをしてしまったと表情を曇らせた操に、彼は力なくかぶりを振ると「いや……」と歯切れの悪い返事をする。 「そう? ならいいんだけど」 見たところ腫れたりしている様子もないし、本人がそう言うなら平気だろう。 操はサンダルを引っ掛けて立ち上がると、庭の隅に設置されている水道で手を洗って戻ってきた。あぐらをかく甲洋の隣に腰掛け、やり遂げた表情で息をつく。 けれどどうにも、ガックリとうなだれる彼のことが気になって仕方ない。 「なんか元気ないよ。やっぱりホントは痛かっ……あ、」 言い終える前に、ふと思いだす。こうなる直前まで、自分たちが何をしようとしていたのかを。 (そういえば──) 昼間のうだるような暑さがいくらか落ち着き、少しだけ風を感じられるようになってきた夕暮れ時。虫の声や風鈴の音に耳を傾けながら、二人は縁側に腰掛けて夕涼みをしていた。 今日も暑かったねとか、明日は海に行きたいだとか、玄関先で引っくり返っていたセミのこととか。何気ない話をしていると、ふいに肩を抱き寄せられた。 視線をやると、甲洋の潤んだ瞳と目が合った。キスの合図だと察した操は、おとなしくまぶたを閉じた。そして互いの前髪が触れ合うほどの距離まで近づいたとき──気づいてしまった。不穏な気配に。 思わず目を開けると、白と黒のまだら模様が甲洋の頬の辺りをゆらゆらと漂っているのが見えた。だからつい、反射的に手が出てしまったのだ。 (そっか、そのせいでチュウしそびれちゃったんだ) よほど悔しかったのか、甲洋はすっかり肩を落として消沈している。さりげなく手で追い払う程度にとどめておけば、ここまで落胆させることもなかったかもしれない。なにせ彼はロマンチストで、ムードを重んじる男なのだ。 そういうとこちょっと面倒くさいんだよな、なんて思いつつ、操はうなだれる甲洋の肩に手をやった。 「ねぇー、ごめんって。そんなに拗ねないで」 「……拗ねてない」 「嘘ばっか!」 おかしくてつい笑ってしまう。ときどき妙な子供っぽさを覗かせる甲洋は、うっすら口をへの字に曲げるとそっぽを向いた。 その一瞬の隙をつき、操はついさっき叩いてしまった頬に手をやると、少し強引にこちらを向かせてキスをした。 「ッ……!」 首に両腕を回してさらに引き寄せると、唇に軽く歯を立ててやる。思いのほか好戦的な口づけに驚いていた甲洋だったが、おかげですっかり機嫌が回復したらしい。長い腕を背中にまわし、操の身体を抱きしめてきた。 作戦が成功したことに内心にんまりしながら、舌と舌を絡め合わせる。そのままお互い存分に貪りあった。 「ッ、このまま、するの?」 唇が離れると、甲洋が少し戸惑ったような声で言う。操はあざとく小首をかしげ、「しないの?」と逆に聞き返した。 「そろそろ容子さんが帰ってくるんじゃ?」 「今日は遅くなるってさ」 操の返答に、甲洋の淡い瞳が揺らめいた。表情には出さないが、そこにはハッキリと期待の色が浮かび上がっている。 「……じゃあ、する」 「そうこなくっちゃ!」 再び抱き合って唇を重ね合わせると、板張りの床に押し倒された。飽きもせず濡れた口づけを繰り返し、互いの身体をまさぐりあう。 「はぁ、ん……ッ」 操が着ているタンクトップは、胸元や脇の下がザックリと大きく開いている。耳朶を甘噛みし、甲洋の唇が首筋から鎖骨にかけてを丁寧に下っていく。やがて胸元に吸いつかれると、思わず腰がピクンと跳ねた。痕を残さない程度の力加減に、粟立つ皮膚が切なく疼く。 「んぅ……っ、あ、ははっ、ねぇー、なんでそんなにクンクンするのぉ?」 愛撫に専念しながらも、甲洋は時おり犬のように鼻を鳴らして操の匂いを吸い込んでいる。日中の暑さでたっぷり汗をかいていたが、それはお互い様のため特に恥ずかしいとは思わない。ただ、非常にくすぐったいのだ。 「あははっ、ん……、なんか君、変態っぽいよぉ」 クスクスと笑って身をよじると、甲洋は「なんとでも言え」と開き直った。その間もタンクトップの裾から侵入した大きな手が、汗ばんだ脇腹をスルリと撫でる。 「っ、ん……ぁ、しょうがないなぁ。甲洋はぼくの匂いが好きなんだもんね」 「うん、好き」 「アッ、くぅん……ッ」 手首で裾をたくし上げ、脇腹を行き来していた手の親指が乳首をかすめた。こねたり引っ掻いたりされてるうちに、身体の中心に熱が集まってくる。 「ぁ、ッ、ぼくも……ぼくも好き……君の、ぁ、ん……あぁっ!」 指だけでは飽き足らず、甲洋が胸に顔を埋めてくる。もう片方に吸いつかれると、話の途中で甲高い悲鳴を抑えることができなかった。 焦げ茶の髪をぐしゃぐしゃと乱しながら、ほのかな汗の香りにクラクラしてくる。これが他の誰かのものだったなら、きっとなんとも思わない。だけど甲洋だけはなにかが違う。特に、こういうことをしているときは。 「甲洋の、汗の匂い……ぁ、……エッチな気持ちになるから、好き」 「……のぼせてしまうから。あまりそういうこと、言わないで」 いくら風が出てきたとはいえ、まだ十分に蒸し暑い。けれどそれとは別の理由で、甲洋の頬が赤らんでいる。興奮を帯びた瞳は少し怒っているようにも見えて、操の口元に笑みが浮かんだ。 「じゃあ、君が黙らせて」 「言ったな?」 「アッ、ちょ……、待っ、やあぁ……ッ!」 ゆったりとした愛撫から一転して、甲洋が乳首の片方に勢いよくむしゃぶりついた。グリグリと頭を振って角度を変えながら、何度も激しく吸い上げる。薄っぺらい胸の肉を少し強引に揉みほぐしたりして、時おり交互に歯を立てられた。 「やぁッ、ん……ッ、ァッ、おっぱい、そんなにしたら、……ッ」 甘ったるい熱が蓄積し、クツクツと煮詰められていくような感覚に、操は甲洋の頭を掻き抱いて喘ぎ続けることしかできなくなった。 赤く腫れ上がった乳首を強く吸い上げながら、甲洋の片手が下肢へと伸ばされる。布越しにねっとりとまさぐられ、一瞬で目の前が白く染まった。 「ヒッ、ィ……アぁッ、や、だめぇぇ……ッ!!」 M字に立てた両足の先をピンと緊張させ、背筋が弓なりに反り返る。全身がガクガクとわななき、制御できなかった熱が中心で爆ぜるのを感じた。 ビクッ、ビクッ、と痙攣しながらやがて弛緩する身体を見下ろし、甲洋はようやく操の胸から顔を離した。 「はっ、ぁ……ふ、っ……」 「早いよ、来主」 「だ、だってぇっ、ぼくがおっぱい弱いの知ってるくせに!」 涙を浮かべる操の目尻に、甲洋が小さく笑ってキスをする。彼は操のウエストに手をかけると、「脱いじゃいな」と言って下着ごとハーフパンツを取り払った。 「うえー、ベチャベチャだぁ」 イッたばかりの下肢は放ったものでえらいことになっている。拙い性器はまだうっすらと頭をもたげており、甲洋がかすかに喉を鳴らしたのが分かった。しかしこのまま行為を続行するには、板張りの床は固すぎる。 「背中が痛くなってきちゃった。ねぇ、お馬さんしてもいい?」 「うん、いいよ」 甲洋の手を借りて、いったん身を起こすと四つん這いになった。胸を床にくっつけて、尻だけを高く突き出すポーズは、馬というより別のなにかを連想させる。 「あはっ、これお馬さんじゃないや。交尾するときの猫みたいだ」 盛りの季節になると、そこいらじゅうで見かけるものだ。しっぽを振る代わりに、操は楽しげに笑いながら尻を振った。そうすると、半勃ちの性器までプルプルと小さく踊る。 「……はしたないよ」 さりげなく操の尻に触れて動きを押さえながら、甲洋が咳払いをした。首をひねって見やると、彼はやっぱり少し怒ったような目をして首筋まで赤く染めている。これからもっとはしたないことをするくせに、今さら変なの、と操は思う。 だけどあまり煽りすぎて本当に怒らせたりしたら大変だと、聞き分けのいいフリをして「はぁい」と返事をしておいた。 「触るよ」 「んっ……」 惜しげもなくさらされる操の恥部は、放った白濁で中心の窄まりさえもぐちゃぐちゃに濡れている。 甲洋は谷間をいっそう割り開くようにしながら、そこに慎重に指を這わせていった。自らの唾液を使って潤いを継ぎ足し、キュッと閉じた穴に指を忍ばせてくる。 「ふあぁっ、ぁ……! くぅ、ぅ……ッ」 すでにそこで感じることを覚え込まされている穴は、きつく締め付けながらも長い指をズブズブと飲み込んだ。一本だったそれはやがて二本に増やされ、抜き差しを繰り返しながら内壁を擦り上げる。 操は声にならない悲鳴を漏らし、ビクンッと腰を跳ねさせた。怖いくらい気持ちよすぎて、頭の中がグラグラしている。半勃ちだった性器はあっという間に弾力を帯び、赤く腫れ上がっていた。 (ぼく、いつもより感じちゃってる? 身体がピリピリして、なんか変……) 家の敷地内とはいえ、縁側は外も同然だ。この時間なら誰か訪ねてきたっておかしくないし、覗こうと思えば簡単に覗けてしまう。こんな場所で突きだした尻をいじくられ、盛りのついた猫のように喘いでいるという背徳感が、いっそう快楽を引き立てているのかもしれない。 「考え事? ずいぶん余裕だね」 「ッ、え? ぁ、ちが……」 ほんのわずかだけ気がそれていた操の意識を、敏感な甲洋は見逃さなかった。咎めるような指先が、腹の内側にある一点に触れると、全身に玉のような汗がぶわっと浮かんだ。押しつぶすようにこねまわされて、下腹に鋭い熱がこみ上げる。張りつめた陰茎の先端から、滴った蜜が床に小さな水たまりを作りだす。 「ひぁぁっ、ァッ、ダメ……ッ、だめ、そこっ、またイッちゃうからぁ……!」 操は板張りの床に爪を立て、腰をビクビクッと震わせた。堪え性のない身体は、今にも再び達してしまいそうになっている。そうなる前に、早くもっと太くて硬いものが欲しかった。 涙をいっぱいに浮かべた瞳で訴えると、長い指が素直に引き抜かれる。その感覚にすらブルリと内ももが戦慄いた。 熱い頬を床に押しつけて息を整えていると、ジーンズの前をくつろげた甲洋が、ヒクつく穴に自身の切っ先を擦りつけてきた。期待感に胸が膨らみ、全身の毛穴が開くような痺れが走る。 「来主、いい?」 「んっ、きて、はやくぅ……」 腰をしっかり掴んで固定しながら、甲洋がゆっくりと押し入ってくる。息苦しさや異物感すら快楽にすり替わり、足の付根から膝にかけてが生まれたての子鹿のようにブルブル震えた。 「あっ、ああぁ……っ、んっ、ぁ……おっきいの、きた、ぁ……っ」 大きな熱の塊が、腹の奥までみっちりと収められた。血管が脈打つ感覚まで余さず伝わり、頭のてっぺんから足の爪先まで充足感に満たされる。 めくれ上がったタンクトップの背中に、甲洋の汗がポツンと落ちた。彼はナカで性器が馴染むのを待ちながら、大きく息をついて呼吸を整えている。 やがて「いくよ」という声と共に動きだす気配がした。操の期待は最高潮まで膨らみきっていたが、次の瞬間──。 ──パチン! 尻たぶに思いがけない衝撃が走り、操は驚いて目を見開いた。 「ひゃんッ……!? ──ッ、? ぁ、あ……? な、なに……!?」 とっさに背後を振り向くと、甲洋が自分の右手の平を見て舌打ちをしている。けれどすぐに操の視線に気がついて、「あ、ごめん」と謝った。 「蚊が……」 「はぁ!?」 「来主のお尻を狙ってたから……でも悪い。仕留めそこねた」 思わず呆然としてしまった。こんなときに、とんだ邪魔が入ったものだ。さっきの甲洋の気持ちが、今なら少しわかる気がする。 けれどそれ以上に、操は異様な胸の高ぶりを覚えていた。ぶたれた場所がやけに疼いて、さっきの感覚が忘れられないでいる。ほんの軽い衝撃だったが、もし彼があれより強く尻を叩いていたら──。 「あ、あの……ねぇ、甲洋……?」 「ん、なに?」 「あの……あのね……」 自分でも不思議でならないが、甲洋に尻を打たれた瞬間、操は軽くイキかけていた。叩かれて感じてしまうなんて、自分はどこかおかしいのかもしれない。 「来主?」 「……もう一回、叩いてほしいの。さっきのより、もうちょっと強く……」 一瞬の沈黙から、甲洋の驚きと戸惑いが伝わってくる。なんだか恥ずかしい気持ちになって、肉棒を咥えこんだままの尻をモジモジさせた。 「……もしかして、感じた?」 素直にこくんとうなずくと、甲洋が「あぁ」と小さな嘆声をあげる。 「来主は、そういうプレイに興味があるのか」 「わ、分かんない、けど……さっきの、ちょっと気持ちよかった……」 もういちど試してみれば、なにか分かるかもしれない。そう思った矢先、ナカの甲洋がグンと力を増した。とっさに「あッ!」と悲鳴をあげると、彼は珍しく焦った様子で「ごめん」と言った。 「なんでちんちんおっきくなったの!?」 「いや、その、俺にもよく分からない……」 分からないなりに、お互いやけに興奮していることだけは確かだ。目の前にある新しい扉の前で、二人一緒に足踏みしているような状態だろうか。 なにはともあれ、このままの状態でいるのはしんどい。どんどん日も落ちてくるし、あまり時間をかければ容子が帰ってきてしまう。 「ねぇ甲洋、お願い」 「……わかった」 甲洋の声は硬かったが、吐く息が興奮したように震えている。彼は操の尻の片方を優しく撫でたかと思うと、次の瞬間パンっと手の平を打ちつけた。 「きゃうッ、……! ッ、ん……ッ!」 小気味よい音と同時に、尻の肉がぷるんと震えたのがわかった。さっきより幾らか強い衝撃に、ジンとした痺れがこみ上げる。 「どう……?」 「ぁ、ふ……、わかん、な……ぁ、でも……もっと……」 「こう?」 遠慮がちではあったが、さらにもう一度パンっと打たれる。きゃんっ、と子犬のような声をあげ、操は突きだしている腰から下をカクカクと震わせた。 「ふぁ、ぁ……ッ、やっぱ、きもち、ぃ……こよ、もっとぉ……」 「も、もっと……?」 背後で甲洋がゴクリと大きく喉を鳴らす音が聞こえた。操のナカでビキビキと張りつめている肉棒が、彼が抱える戸惑い以上に明確な興奮を伝えてくる。 やがて意を決した甲洋が、軽くくの字に曲げた手の平をふりかぶった。パンッ、パンッ、と幾度も平手を飛ばされて、操の口からはひっきりなしに甲高い悲鳴がほとばしる。 「ひゃうッ、……ッ、あっ、あふぅッ、やっ、ひぃん……ッ!」 確かに痛みは感じているのに、それを上回る奇妙な多幸感が、頭の中をどろどろと侵食していく。混乱する意識とは裏腹に、今にも達しそうになっている陰茎が先走りの涙をこぼして泣きじゃくっていた。 痛いのは嫌いなはずなのに、この感覚はどうしようもなく癖になる。 「変、だよ……ッ、こんな、アッ、きゃうぅ、ッ……!」 「来主、俺も……ッ」 打つたびにナカでぎゅうぎゅうと食い締められて、甲洋も我慢の限界だった。切羽詰まった声をあげ、操の尻たぶをそれぞれ掴み上げると腰を揺さぶりはじめる。 うっすらと赤く染まった肉を揉みしだかれ、時おりスパンと平手を飛ばされると、その異様な刺激に目の前がチカチカと点滅しはじめた。右と左、どちらをぶたれるか分からない恐怖が、いっそう強く快感をもたらす。 「ひうぅッ、アんッ、ダメ、だめっ、きもちいの……っ! ぼく変になるっ、あたまおかしくなっちゃうぅ……!」 「は、ぁ……っ、くる、す……来主……っ」 甲洋の男根が力強く打ち付けられて、尻の肉も、穴も、内蔵も、焼け焦げそうなほど熱くなっていた。気をやりそうになるたびに、パンっと尻を打たれて引き戻される。 甲洋もまた聞いたこともないほど荒々しい呼吸を繰り返し、熱に浮かされたようになっていた。暮れ落ちた薄闇に、獣じみた互いの喘ぎがこだまする。 「あぁぁ、ッ……アっ、イッく、イク……! もういくぅ……っ!」 「俺も……ぁ、っ、来主、一緒に……っ」 「ひぐっ、あっ、アッ、あぁ――……ッ!!」 いっそう強く尻を打たれるのと同時に、奥を突かれて意識が完全に白く染まった。限界を超えた陰茎の先から、シャワーのように勢いよく精液が噴きだす。同時に背後で低い呻きがあがり、腹の奥に熱いものが叩きつけられた。 「ッ、ぁ……っ、ふ、ぁ……っ、ぁッ、ぁ──……っ」 イッたあとにも、か細い喘ぎが止まらない。操は全身を小刻みに痙攣させて、まとわりつく余韻に意識を酩酊させた。横倒しになって崩れ落ちると、はずみで甲洋の肉棒がちゅぽんと抜ける。そこからいささか下品な空気音をたて、白濁とした体液が溢れては床に垂れ流された。 「っ、……は、ぁ……、来主、生きてるか……?」 甲洋が操の身体の両脇に手をつき、心配そうに顔を覗き込んでくる。 死んだかも──そう返事をしたくても、もはや声をだすのも億劫なほど全身が痺れて動けない。たった一度でここまで疲弊するなんて、今までにないことだった。 (でも、気持ちよかった……) うっそりと息をつきながらまぶたを閉じる。このまま少しくらい寝てしまっても、後の始末は甲洋がやってくれるだろう。 * エアコンがきいたリビングで、操は長座布団にうつ伏せで寝転がっていた。 シャワーと着替えは済ませたが、尻だけはズボンをおろして丸出しだ。脳内物質が麻痺でも起こしていたのか、さっきまで平気だったはずの痛みに尻の肉がヒリヒリしている。しかも身体の至るところが蚊に食われまくっている有様だ。 「あぁーん! これじゃ痛くて座れないよぉ! あちこち痒いしー!」 「ごめん……うまく加減ができなかった……」 その傍らで正座をしている甲洋が、赤く染まった操の尻に湿布を貼りながらうなだれている。操と比べて肌の露出が少なかった彼は、ほとんど蚊に食われずに済んだらしい。なんとも割に合わない結果である。 それでも操は首を左右に振ると、そんな甲洋に向かって笑ってみせた。 「ぼくがしてって言ったんだもん。君はなんにも悪くないよ」 「いや、でも……正直俺も、かなり楽しんだというか……」 確かに、割と早い段階で甲洋もスイッチが入っていた。操とは逆に、彼は尻を打つことに対して快感を見出してしまったのだ。 けれどそれを引きずり出してしまったのはこちらの方だし、加虐と被虐で非常にバランスがいいプレイ内容だったと言える。 「ぼく、甲洋のことずっと変態だと思ってたから、別に今さら驚かないけど」 「言い方……」 「あはは、ごめんって。違うの。君だけじゃなくて、ぼくも変態だったんだ。だからぼくたち、最高に相性がいいんだなって思ったの」 尻を赤く腫らしながらも笑う操に、甲洋が深く息をついて苦笑する。彼はもう片方の尻たぶにも湿布を貼りつけると、労るようにそこを優しく撫でた。 「でもさぁ、これあんまりしょっちゅうはできないね。毎回お尻がこんなになっちゃうのは、さすがに嫌だな」 せっかく気持ちいいことを見つけたのに、と唇を尖らせる操に、甲洋は真剣な面持ちで黙り込んだあと口を開いた。 「それは多分、俺次第だと思う」 「ふぅん。そうなの?」 「うん。正しいやり方があるはずだから」 やけにキリッとした表情は、どこか勇ましくも見える。その様子に、やっぱり甲洋の方が変態っぽいかもと操は思った。行為に対する並々ならぬ熱意が、そこからありありと感じ取れてしまったからだ。 ロマンチストでむっつりスケベ。そういうところが面倒くさくもあるが、同時に可愛くもある。とにもかくにも、彼に任せておけばよさそうだ。 「ただいまー。帰ったわよー」 そのとき、玄関の方から母・容子の声がした。 「あっ、お母さんが帰ってきた!」 「来主、お尻」 「わかってるって。ねぇ、それよりぼくお腹すいちゃった。みんなでご飯にしようよ!」 「そうだね」 起き上がっていそいそと身なりを整える操を尻目に、甲洋がリビングにあるクッションの中から、もっとも柔らかいものを物色しはじめる。このぶんなら、なんとか椅子に座って食事にありつけそうだ。 ホッと安堵の息をつきながら、操は玄関に母を迎えに行った。 ──その数日後。 甲洋の自室の本棚には、SMに関する専門書がズラリと並ぶことになったとか、ならなかったとか。真相は、操がその身をもって知ることになるのだった。 ←戻る ・ Wavebox👏
という軽快な音がしたのと同時に、甲洋が目を丸くした。縁側にさす夕日のオレンジに染められて、色素の薄い瞳が透き通るような淡い光を帯びている。
「……は?」
訳が分からないといった様子で面食らう彼をよそに、操は自分の右の手の平を見てパッと目を輝かせた。
「とった! とったよ! 蚊!」
興奮ぎみに声を発すると、潰れた蚊がこびりついた手を甲洋に向かってかざして見せる。
「ほら見て! 君のほっぺたのとこにいたの、ぼくが退治してあげた!」
誇らしげに言って、縁側から投げだした両足をピーンと伸ばす。
もし仕留めそこねていたら、今ごろ甲洋の頬は蚊に食われていただろう。それを未然に防いだのだから、さぞ感謝されるに違いない──と思いきや、甲洋の口からついて出たのは大きなため息だった。
「あれ? どしたの? ほっぺそんなに痛かった?」
強く叩いたつもりはなかったが、力の加減を誤ったのだろうか。逆に悪いことをしてしまったと表情を曇らせた操に、彼は力なくかぶりを振ると「いや……」と歯切れの悪い返事をする。
「そう? ならいいんだけど」
見たところ腫れたりしている様子もないし、本人がそう言うなら平気だろう。
操はサンダルを引っ掛けて立ち上がると、庭の隅に設置されている水道で手を洗って戻ってきた。あぐらをかく甲洋の隣に腰掛け、やり遂げた表情で息をつく。
けれどどうにも、ガックリとうなだれる彼のことが気になって仕方ない。
「なんか元気ないよ。やっぱりホントは痛かっ……あ、」
言い終える前に、ふと思いだす。こうなる直前まで、自分たちが何をしようとしていたのかを。
(そういえば──)
昼間のうだるような暑さがいくらか落ち着き、少しだけ風を感じられるようになってきた夕暮れ時。虫の声や風鈴の音に耳を傾けながら、二人は縁側に腰掛けて夕涼みをしていた。
今日も暑かったねとか、明日は海に行きたいだとか、玄関先で引っくり返っていたセミのこととか。何気ない話をしていると、ふいに肩を抱き寄せられた。
視線をやると、甲洋の潤んだ瞳と目が合った。キスの合図だと察した操は、おとなしくまぶたを閉じた。そして互いの前髪が触れ合うほどの距離まで近づいたとき──気づいてしまった。不穏な気配に。
思わず目を開けると、白と黒のまだら模様が甲洋の頬の辺りをゆらゆらと漂っているのが見えた。だからつい、反射的に手が出てしまったのだ。
(そっか、そのせいでチュウしそびれちゃったんだ)
よほど悔しかったのか、甲洋はすっかり肩を落として消沈している。さりげなく手で追い払う程度にとどめておけば、ここまで落胆させることもなかったかもしれない。なにせ彼はロマンチストで、ムードを重んじる男なのだ。
そういうとこちょっと面倒くさいんだよな、なんて思いつつ、操はうなだれる甲洋の肩に手をやった。
「ねぇー、ごめんって。そんなに拗ねないで」
「……拗ねてない」
「嘘ばっか!」
おかしくてつい笑ってしまう。ときどき妙な子供っぽさを覗かせる甲洋は、うっすら口をへの字に曲げるとそっぽを向いた。
その一瞬の隙をつき、操はついさっき叩いてしまった頬に手をやると、少し強引にこちらを向かせてキスをした。
「ッ……!」
首に両腕を回してさらに引き寄せると、唇に軽く歯を立ててやる。思いのほか好戦的な口づけに驚いていた甲洋だったが、おかげですっかり機嫌が回復したらしい。長い腕を背中にまわし、操の身体を抱きしめてきた。
作戦が成功したことに内心にんまりしながら、舌と舌を絡め合わせる。そのままお互い存分に貪りあった。
「ッ、このまま、するの?」
唇が離れると、甲洋が少し戸惑ったような声で言う。操はあざとく小首をかしげ、「しないの?」と逆に聞き返した。
「そろそろ容子さんが帰ってくるんじゃ?」
「今日は遅くなるってさ」
操の返答に、甲洋の淡い瞳が揺らめいた。表情には出さないが、そこにはハッキリと期待の色が浮かび上がっている。
「……じゃあ、する」
「そうこなくっちゃ!」
再び抱き合って唇を重ね合わせると、板張りの床に押し倒された。飽きもせず濡れた口づけを繰り返し、互いの身体をまさぐりあう。
「はぁ、ん……ッ」
操が着ているタンクトップは、胸元や脇の下がザックリと大きく開いている。耳朶を甘噛みし、甲洋の唇が首筋から鎖骨にかけてを丁寧に下っていく。やがて胸元に吸いつかれると、思わず腰がピクンと跳ねた。痕を残さない程度の力加減に、粟立つ皮膚が切なく疼く。
「んぅ……っ、あ、ははっ、ねぇー、なんでそんなにクンクンするのぉ?」
愛撫に専念しながらも、甲洋は時おり犬のように鼻を鳴らして操の匂いを吸い込んでいる。日中の暑さでたっぷり汗をかいていたが、それはお互い様のため特に恥ずかしいとは思わない。ただ、非常にくすぐったいのだ。
「あははっ、ん……、なんか君、変態っぽいよぉ」
クスクスと笑って身をよじると、甲洋は「なんとでも言え」と開き直った。その間もタンクトップの裾から侵入した大きな手が、汗ばんだ脇腹をスルリと撫でる。
「っ、ん……ぁ、しょうがないなぁ。甲洋はぼくの匂いが好きなんだもんね」
「うん、好き」
「アッ、くぅん……ッ」
手首で裾をたくし上げ、脇腹を行き来していた手の親指が乳首をかすめた。こねたり引っ掻いたりされてるうちに、身体の中心に熱が集まってくる。
「ぁ、ッ、ぼくも……ぼくも好き……君の、ぁ、ん……あぁっ!」
指だけでは飽き足らず、甲洋が胸に顔を埋めてくる。もう片方に吸いつかれると、話の途中で甲高い悲鳴を抑えることができなかった。
焦げ茶の髪をぐしゃぐしゃと乱しながら、ほのかな汗の香りにクラクラしてくる。これが他の誰かのものだったなら、きっとなんとも思わない。だけど甲洋だけはなにかが違う。特に、こういうことをしているときは。
「甲洋の、汗の匂い……ぁ、……エッチな気持ちになるから、好き」
「……のぼせてしまうから。あまりそういうこと、言わないで」
いくら風が出てきたとはいえ、まだ十分に蒸し暑い。けれどそれとは別の理由で、甲洋の頬が赤らんでいる。興奮を帯びた瞳は少し怒っているようにも見えて、操の口元に笑みが浮かんだ。
「じゃあ、君が黙らせて」
「言ったな?」
「アッ、ちょ……、待っ、やあぁ……ッ!」
ゆったりとした愛撫から一転して、甲洋が乳首の片方に勢いよくむしゃぶりついた。グリグリと頭を振って角度を変えながら、何度も激しく吸い上げる。薄っぺらい胸の肉を少し強引に揉みほぐしたりして、時おり交互に歯を立てられた。
「やぁッ、ん……ッ、ァッ、おっぱい、そんなにしたら、……ッ」
甘ったるい熱が蓄積し、クツクツと煮詰められていくような感覚に、操は甲洋の頭を掻き抱いて喘ぎ続けることしかできなくなった。
赤く腫れ上がった乳首を強く吸い上げながら、甲洋の片手が下肢へと伸ばされる。布越しにねっとりとまさぐられ、一瞬で目の前が白く染まった。
「ヒッ、ィ……アぁッ、や、だめぇぇ……ッ!!」
M字に立てた両足の先をピンと緊張させ、背筋が弓なりに反り返る。全身がガクガクとわななき、制御できなかった熱が中心で爆ぜるのを感じた。
ビクッ、ビクッ、と痙攣しながらやがて弛緩する身体を見下ろし、甲洋はようやく操の胸から顔を離した。
「はっ、ぁ……ふ、っ……」
「早いよ、来主」
「だ、だってぇっ、ぼくがおっぱい弱いの知ってるくせに!」
涙を浮かべる操の目尻に、甲洋が小さく笑ってキスをする。彼は操のウエストに手をかけると、「脱いじゃいな」と言って下着ごとハーフパンツを取り払った。
「うえー、ベチャベチャだぁ」
イッたばかりの下肢は放ったものでえらいことになっている。拙い性器はまだうっすらと頭をもたげており、甲洋がかすかに喉を鳴らしたのが分かった。しかしこのまま行為を続行するには、板張りの床は固すぎる。
「背中が痛くなってきちゃった。ねぇ、お馬さんしてもいい?」
「うん、いいよ」
甲洋の手を借りて、いったん身を起こすと四つん這いになった。胸を床にくっつけて、尻だけを高く突き出すポーズは、馬というより別のなにかを連想させる。
「あはっ、これお馬さんじゃないや。交尾するときの猫みたいだ」
盛りの季節になると、そこいらじゅうで見かけるものだ。しっぽを振る代わりに、操は楽しげに笑いながら尻を振った。そうすると、半勃ちの性器までプルプルと小さく踊る。
「……はしたないよ」
さりげなく操の尻に触れて動きを押さえながら、甲洋が咳払いをした。首をひねって見やると、彼はやっぱり少し怒ったような目をして首筋まで赤く染めている。これからもっとはしたないことをするくせに、今さら変なの、と操は思う。
だけどあまり煽りすぎて本当に怒らせたりしたら大変だと、聞き分けのいいフリをして「はぁい」と返事をしておいた。
「触るよ」
「んっ……」
惜しげもなくさらされる操の恥部は、放った白濁で中心の窄まりさえもぐちゃぐちゃに濡れている。
甲洋は谷間をいっそう割り開くようにしながら、そこに慎重に指を這わせていった。自らの唾液を使って潤いを継ぎ足し、キュッと閉じた穴に指を忍ばせてくる。
「ふあぁっ、ぁ……! くぅ、ぅ……ッ」
すでにそこで感じることを覚え込まされている穴は、きつく締め付けながらも長い指をズブズブと飲み込んだ。一本だったそれはやがて二本に増やされ、抜き差しを繰り返しながら内壁を擦り上げる。
操は声にならない悲鳴を漏らし、ビクンッと腰を跳ねさせた。怖いくらい気持ちよすぎて、頭の中がグラグラしている。半勃ちだった性器はあっという間に弾力を帯び、赤く腫れ上がっていた。
(ぼく、いつもより感じちゃってる? 身体がピリピリして、なんか変……)
家の敷地内とはいえ、縁側は外も同然だ。この時間なら誰か訪ねてきたっておかしくないし、覗こうと思えば簡単に覗けてしまう。こんな場所で突きだした尻をいじくられ、盛りのついた猫のように喘いでいるという背徳感が、いっそう快楽を引き立てているのかもしれない。
「考え事? ずいぶん余裕だね」
「ッ、え? ぁ、ちが……」
ほんのわずかだけ気がそれていた操の意識を、敏感な甲洋は見逃さなかった。咎めるような指先が、腹の内側にある一点に触れると、全身に玉のような汗がぶわっと浮かんだ。押しつぶすようにこねまわされて、下腹に鋭い熱がこみ上げる。張りつめた陰茎の先端から、滴った蜜が床に小さな水たまりを作りだす。
「ひぁぁっ、ァッ、ダメ……ッ、だめ、そこっ、またイッちゃうからぁ……!」
操は板張りの床に爪を立て、腰をビクビクッと震わせた。堪え性のない身体は、今にも再び達してしまいそうになっている。そうなる前に、早くもっと太くて硬いものが欲しかった。
涙をいっぱいに浮かべた瞳で訴えると、長い指が素直に引き抜かれる。その感覚にすらブルリと内ももが戦慄いた。
熱い頬を床に押しつけて息を整えていると、ジーンズの前をくつろげた甲洋が、ヒクつく穴に自身の切っ先を擦りつけてきた。期待感に胸が膨らみ、全身の毛穴が開くような痺れが走る。
「来主、いい?」
「んっ、きて、はやくぅ……」
腰をしっかり掴んで固定しながら、甲洋がゆっくりと押し入ってくる。息苦しさや異物感すら快楽にすり替わり、足の付根から膝にかけてが生まれたての子鹿のようにブルブル震えた。
「あっ、ああぁ……っ、んっ、ぁ……おっきいの、きた、ぁ……っ」
大きな熱の塊が、腹の奥までみっちりと収められた。血管が脈打つ感覚まで余さず伝わり、頭のてっぺんから足の爪先まで充足感に満たされる。
めくれ上がったタンクトップの背中に、甲洋の汗がポツンと落ちた。彼はナカで性器が馴染むのを待ちながら、大きく息をついて呼吸を整えている。
やがて「いくよ」という声と共に動きだす気配がした。操の期待は最高潮まで膨らみきっていたが、次の瞬間──。
──パチン!
尻たぶに思いがけない衝撃が走り、操は驚いて目を見開いた。
「ひゃんッ……!? ──ッ、? ぁ、あ……? な、なに……!?」
とっさに背後を振り向くと、甲洋が自分の右手の平を見て舌打ちをしている。けれどすぐに操の視線に気がついて、「あ、ごめん」と謝った。
「蚊が……」
「はぁ!?」
「来主のお尻を狙ってたから……でも悪い。仕留めそこねた」
思わず呆然としてしまった。こんなときに、とんだ邪魔が入ったものだ。さっきの甲洋の気持ちが、今なら少しわかる気がする。
けれどそれ以上に、操は異様な胸の高ぶりを覚えていた。ぶたれた場所がやけに疼いて、さっきの感覚が忘れられないでいる。ほんの軽い衝撃だったが、もし彼があれより強く尻を叩いていたら──。
「あ、あの……ねぇ、甲洋……?」
「ん、なに?」
「あの……あのね……」
自分でも不思議でならないが、甲洋に尻を打たれた瞬間、操は軽くイキかけていた。叩かれて感じてしまうなんて、自分はどこかおかしいのかもしれない。
「来主?」
「……もう一回、叩いてほしいの。さっきのより、もうちょっと強く……」
一瞬の沈黙から、甲洋の驚きと戸惑いが伝わってくる。なんだか恥ずかしい気持ちになって、肉棒を咥えこんだままの尻をモジモジさせた。
「……もしかして、感じた?」
素直にこくんとうなずくと、甲洋が「あぁ」と小さな嘆声をあげる。
「来主は、そういうプレイに興味があるのか」
「わ、分かんない、けど……さっきの、ちょっと気持ちよかった……」
もういちど試してみれば、なにか分かるかもしれない。そう思った矢先、ナカの甲洋がグンと力を増した。とっさに「あッ!」と悲鳴をあげると、彼は珍しく焦った様子で「ごめん」と言った。
「なんでちんちんおっきくなったの!?」
「いや、その、俺にもよく分からない……」
分からないなりに、お互いやけに興奮していることだけは確かだ。目の前にある新しい扉の前で、二人一緒に足踏みしているような状態だろうか。
なにはともあれ、このままの状態でいるのはしんどい。どんどん日も落ちてくるし、あまり時間をかければ容子が帰ってきてしまう。
「ねぇ甲洋、お願い」
「……わかった」
甲洋の声は硬かったが、吐く息が興奮したように震えている。彼は操の尻の片方を優しく撫でたかと思うと、次の瞬間パンっと手の平を打ちつけた。
「きゃうッ、……! ッ、ん……ッ!」
小気味よい音と同時に、尻の肉がぷるんと震えたのがわかった。さっきより幾らか強い衝撃に、ジンとした痺れがこみ上げる。
「どう……?」
「ぁ、ふ……、わかん、な……ぁ、でも……もっと……」
「こう?」
遠慮がちではあったが、さらにもう一度パンっと打たれる。きゃんっ、と子犬のような声をあげ、操は突きだしている腰から下をカクカクと震わせた。
「ふぁ、ぁ……ッ、やっぱ、きもち、ぃ……こよ、もっとぉ……」
「も、もっと……?」
背後で甲洋がゴクリと大きく喉を鳴らす音が聞こえた。操のナカでビキビキと張りつめている肉棒が、彼が抱える戸惑い以上に明確な興奮を伝えてくる。
やがて意を決した甲洋が、軽くくの字に曲げた手の平をふりかぶった。パンッ、パンッ、と幾度も平手を飛ばされて、操の口からはひっきりなしに甲高い悲鳴がほとばしる。
「ひゃうッ、……ッ、あっ、あふぅッ、やっ、ひぃん……ッ!」
確かに痛みは感じているのに、それを上回る奇妙な多幸感が、頭の中をどろどろと侵食していく。混乱する意識とは裏腹に、今にも達しそうになっている陰茎が先走りの涙をこぼして泣きじゃくっていた。
痛いのは嫌いなはずなのに、この感覚はどうしようもなく癖になる。
「変、だよ……ッ、こんな、アッ、きゃうぅ、ッ……!」
「来主、俺も……ッ」
打つたびにナカでぎゅうぎゅうと食い締められて、甲洋も我慢の限界だった。切羽詰まった声をあげ、操の尻たぶをそれぞれ掴み上げると腰を揺さぶりはじめる。
うっすらと赤く染まった肉を揉みしだかれ、時おりスパンと平手を飛ばされると、その異様な刺激に目の前がチカチカと点滅しはじめた。右と左、どちらをぶたれるか分からない恐怖が、いっそう強く快感をもたらす。
「ひうぅッ、アんッ、ダメ、だめっ、きもちいの……っ! ぼく変になるっ、あたまおかしくなっちゃうぅ……!」
「は、ぁ……っ、くる、す……来主……っ」
甲洋の男根が力強く打ち付けられて、尻の肉も、穴も、内蔵も、焼け焦げそうなほど熱くなっていた。気をやりそうになるたびに、パンっと尻を打たれて引き戻される。
甲洋もまた聞いたこともないほど荒々しい呼吸を繰り返し、熱に浮かされたようになっていた。暮れ落ちた薄闇に、獣じみた互いの喘ぎがこだまする。
「あぁぁ、ッ……アっ、イッく、イク……! もういくぅ……っ!」
「俺も……ぁ、っ、来主、一緒に……っ」
「ひぐっ、あっ、アッ、あぁ――……ッ!!」
いっそう強く尻を打たれるのと同時に、奥を突かれて意識が完全に白く染まった。限界を超えた陰茎の先から、シャワーのように勢いよく精液が噴きだす。同時に背後で低い呻きがあがり、腹の奥に熱いものが叩きつけられた。
「ッ、ぁ……っ、ふ、ぁ……っ、ぁッ、ぁ──……っ」
イッたあとにも、か細い喘ぎが止まらない。操は全身を小刻みに痙攣させて、まとわりつく余韻に意識を酩酊させた。横倒しになって崩れ落ちると、はずみで甲洋の肉棒がちゅぽんと抜ける。そこからいささか下品な空気音をたて、白濁とした体液が溢れては床に垂れ流された。
「っ、……は、ぁ……、来主、生きてるか……?」
甲洋が操の身体の両脇に手をつき、心配そうに顔を覗き込んでくる。
死んだかも──そう返事をしたくても、もはや声をだすのも億劫なほど全身が痺れて動けない。たった一度でここまで疲弊するなんて、今までにないことだった。
(でも、気持ちよかった……)
うっそりと息をつきながらまぶたを閉じる。このまま少しくらい寝てしまっても、後の始末は甲洋がやってくれるだろう。
*
エアコンがきいたリビングで、操は長座布団にうつ伏せで寝転がっていた。
シャワーと着替えは済ませたが、尻だけはズボンをおろして丸出しだ。脳内物質が麻痺でも起こしていたのか、さっきまで平気だったはずの痛みに尻の肉がヒリヒリしている。しかも身体の至るところが蚊に食われまくっている有様だ。
「あぁーん! これじゃ痛くて座れないよぉ! あちこち痒いしー!」
「ごめん……うまく加減ができなかった……」
その傍らで正座をしている甲洋が、赤く染まった操の尻に湿布を貼りながらうなだれている。操と比べて肌の露出が少なかった彼は、ほとんど蚊に食われずに済んだらしい。なんとも割に合わない結果である。
それでも操は首を左右に振ると、そんな甲洋に向かって笑ってみせた。
「ぼくがしてって言ったんだもん。君はなんにも悪くないよ」
「いや、でも……正直俺も、かなり楽しんだというか……」
確かに、割と早い段階で甲洋もスイッチが入っていた。操とは逆に、彼は尻を打つことに対して快感を見出してしまったのだ。
けれどそれを引きずり出してしまったのはこちらの方だし、加虐と被虐で非常にバランスがいいプレイ内容だったと言える。
「ぼく、甲洋のことずっと変態だと思ってたから、別に今さら驚かないけど」
「言い方……」
「あはは、ごめんって。違うの。君だけじゃなくて、ぼくも変態だったんだ。だからぼくたち、最高に相性がいいんだなって思ったの」
尻を赤く腫らしながらも笑う操に、甲洋が深く息をついて苦笑する。彼はもう片方の尻たぶにも湿布を貼りつけると、労るようにそこを優しく撫でた。
「でもさぁ、これあんまりしょっちゅうはできないね。毎回お尻がこんなになっちゃうのは、さすがに嫌だな」
せっかく気持ちいいことを見つけたのに、と唇を尖らせる操に、甲洋は真剣な面持ちで黙り込んだあと口を開いた。
「それは多分、俺次第だと思う」
「ふぅん。そうなの?」
「うん。正しいやり方があるはずだから」
やけにキリッとした表情は、どこか勇ましくも見える。その様子に、やっぱり甲洋の方が変態っぽいかもと操は思った。行為に対する並々ならぬ熱意が、そこからありありと感じ取れてしまったからだ。
ロマンチストでむっつりスケベ。そういうところが面倒くさくもあるが、同時に可愛くもある。とにもかくにも、彼に任せておけばよさそうだ。
「ただいまー。帰ったわよー」
そのとき、玄関の方から母・容子の声がした。
「あっ、お母さんが帰ってきた!」
「来主、お尻」
「わかってるって。ねぇ、それよりぼくお腹すいちゃった。みんなでご飯にしようよ!」
「そうだね」
起き上がっていそいそと身なりを整える操を尻目に、甲洋がリビングにあるクッションの中から、もっとも柔らかいものを物色しはじめる。このぶんなら、なんとか椅子に座って食事にありつけそうだ。
ホッと安堵の息をつきながら、操は玄関に母を迎えに行った。
──その数日後。
甲洋の自室の本棚には、SMに関する専門書がズラリと並ぶことになったとか、ならなかったとか。真相は、操がその身をもって知ることになるのだった。
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