2025/09/19 Fri 白猫、悲願達成の巻 ほかほかの、ぽかぽかだった。 心も身体も丸ごと包まれて、守られているような大きな安心感。 ずっと求めていた。そして半ば諦めていた。 ゆっくりと浮上していく意識の中で、ファイはこれ以上ない幸福感に抱かれていた。 がっしりとした筋肉質なそれに、思わず頬ずりをする。 ああ……幸せ……。 「おいこら、よだれ垂らすな」 「……にゃ~?」 物凄く側で大好きな声がした。 ファイはとろ~んとした目を半分だけ開く。 目の前に黒鋼の顔があって、ドキリとする。そしてちょっとパニックを起こす。 「え? あれ? なんで?」 どうしてこんなに近くに彼の顔があるのかとか、どうしてその腕に抱かれて布団にすっぽり入っているのだろうとか、そしていつの間に寝たんだっけとか。 寝起きの頭の中では整理しきれないことがたくさんあった。 「えっと、えっと……これ夢?」 すると黒鋼は少し苦々しい表情をして見せた。 「夢みてぇな話だが、夢じゃねぇんだよ」 夢じゃないということは現実ということで、ファイは今、念願叶って黒鋼とぬくぬくしているというわけである。 途端に喜びが胸の奥底から吹き出してきて、ファイはちょっと涙ぐんだ。そして黒鋼の首にぎゅっと抱きつく。 「黒たん! 一緒のお布団で寝てくれたんだー!」 「まぁ……最後の一線越えたようなもんだからな」 未遂だがな、という小さな呟きには微かに棘が含まれていた気がしないでもないが、舞い上がっているファイは気にしない。 「あれ? でもオレ、確かお風呂場にいて……」 見ればファイは裸のままだった。それは黒鋼も同じで、彼は下だけジャージを穿いているようだが、遮るものが何もない状態で胸と胸を密着させていることに気がついた。 途端、頬に熱が集まる。 「なに赤くなってんだ。今更」 「だ、だって……」 「イった途端にグースカ寝やがって。服着せんのが面倒だっただけだ」 だからそのまますっぽり抱き込んで寝てしまったらしい。 「そ、そっかー……ごめんね。ありがとう」 「おう」 黒鋼は短く答えると起き上った。 腕枕と温もりが遠のいて、仕方なくファイも起き上る。毛のない身体は春といえども、少し肌寒い。 「着とけ」 適当に手繰り寄せた黒いジャージの上を頭からかぶされる。 ファイがもたもたとそれに腕を通している間に、黒鋼は洗面所へ行ってしまった。 なんとなくそこから動けないまま、ファイは自分の胸元に目線を落とした。 所々に赤い鬱血が見られる。そういえば昨夜はいっぱいいっぱいの状態だったためよく分からなかったが、たくさん舐められたり、吸われたような気する。 思いだすとまた変になりそうで、慌てて首を振った。そして急いでジャージの前をしめた。 「痛いこと……なにもなかったな……」 ぽつりと呟いて、そして安堵から息を吐き出した。 黒鋼はファイに噛みついたり、爪を立てたりしなかった。猛獣のように荒々しく豹変もしなかった。 少し意地悪だった気はするけれど、黒鋼は黒鋼のままだった。 そういえば昨夜は黒鋼の帰宅が早かった気がする。 内腿や両手が汚れてしまっていたファイは、ショック状態のまま浴室に駆け込むと、無我夢中で身体を洗ったのだ。 全身が濡れることよりも、自分がしてしまったことを洗い流すことで必死だった。 けれど洗っても洗っても足りなくて、やがてまたあの嫌な熱が膨らんできて。 もうどうしようもなくて、役に立たないシャワーを止め、身動きも取れずにその場で身体を丸めていたら、彼が帰って来てくれた。 きっと、体調のおかしかった自分を気にかけて、早く戻って来てくれたのだと思う。 胸が今更のようにドキドキしている。 傍にいなくても考えていてくれるなんて。助けて欲しいときに、駆けつけてくれるなんて。触れてくれるなんて。 黒鋼は一線を越えたと言った。ファイにも、なんとなくわかる気がした。 「オレ……黒たんと交尾しちゃった……」 ファイは感動のあまり目をキラキラとさせた。 そうは言っても。 黒鋼と交尾がしたいなんて、口にした自分が一番驚いた。 なんだかとんとん拍子だったなぁと思わないこともなかった。そして、人間は奥が深い生き物であることも知ってしまった。 人ではないファイの概念からすれば、子供も出来ないのに交尾をするのは不毛なことでしかない。そういえばいつだったか、人間は子孫繁栄のためだけに交尾をする生き物ではないと、そうユゥイも言っていた。 あのときはただ聞き流してしまっていた気がするけれど、今は少しずつでも解りかけているような気がする。 人間は特別好きな相手と愛し合うためにキスをしたり、交尾をする。お互いに恥ずかしい場所を見せあって、触れ合って、そうやって相手の形を確かめるのかもしれない。 相手が『オス』だからとか『メス』だからとか、そういう括りにばかり囚われず、人は『人』を好きになる。 そんなこと、考えたこともなかった。 なんて素敵なことだろう。 +++ 「まだ調子戻らねぇか?」 昼間際までのんびりした後、出かけようとしている黒鋼を玄関先まで見送るためについていくと、外に出ようとしないファイに黒鋼は手を伸ばして額に触れた。 「熱は……ねぇな」 「うん、平気。でも怖いから……しばらくは家でおとなしくしてる」 発情シーズンというのは早々に終わるものではない。 外に出ている間に、いつまた匂いを嗅ぎつけてしまうか分からないため、やっぱり無難に家の中にこもることにした。 「窓開けられねぇなら、たまに換気扇回せよ。スイッチわかるだろ?」 「わかるよー。いってらっしゃい黒たん」 「おう」 短く返事をして背を向けようとした黒鋼だったが、ふと足を止めると再びこちらを振り向いた。 「おい」 「ん?」 「それでももし、一人んときにまたおかしくなったら」 ドキリとする。 昨夜のことを思い出すだけで、また熱が出そうになるからだ。 黒鋼に全て見られてしまったのは恥ずかしかったが、一人で慰めていたあの瞬間の方が、ずっと恥ずかしかった。そして怖かった。 「お、おかしくなったら……?」 「我慢しねぇで、一人で処理しろ」 「えっ」 実に意外だと思った。そして激しく戸惑う。 まごついているファイに、黒鋼が目で「どうした」と問いかけてくる。 「だ、だって……あれって、その……すごく悪いことしてるみたいで……」 「別に悪いことじゃねぇだろ」 「う、うん……でも……」 ファイは顔を赤らめつつ下を向いた。両手を胸の前で合わせて握ったり、指先同士をつんつんとしたりしてから、おずおずと目線を上げる。 「もしそうなっちゃったら……黒たんが帰って来るまで……我慢してる……」 黒鋼の眉がぎこちなくピクリと動いた気がした。 そして彼は口元に握った拳を押しあてると一つ咳払いをして、さっとファイに背を向ける。 「……行ってくる」 「行ってらっしゃい……」 ファイも真っ赤だったけれど、背中を向けて扉から出て行く黒鋼の耳も、赤く染まっているように見えた。 それはなんとも初々しい光景だった……。 ←戻る ・ 次へ→
ほかほかの、ぽかぽかだった。
心も身体も丸ごと包まれて、守られているような大きな安心感。
ずっと求めていた。そして半ば諦めていた。
ゆっくりと浮上していく意識の中で、ファイはこれ以上ない幸福感に抱かれていた。
がっしりとした筋肉質なそれに、思わず頬ずりをする。
ああ……幸せ……。
「おいこら、よだれ垂らすな」
「……にゃ~?」
物凄く側で大好きな声がした。
ファイはとろ~んとした目を半分だけ開く。
目の前に黒鋼の顔があって、ドキリとする。そしてちょっとパニックを起こす。
「え? あれ? なんで?」
どうしてこんなに近くに彼の顔があるのかとか、どうしてその腕に抱かれて布団にすっぽり入っているのだろうとか、そしていつの間に寝たんだっけとか。
寝起きの頭の中では整理しきれないことがたくさんあった。
「えっと、えっと……これ夢?」
すると黒鋼は少し苦々しい表情をして見せた。
「夢みてぇな話だが、夢じゃねぇんだよ」
夢じゃないということは現実ということで、ファイは今、念願叶って黒鋼とぬくぬくしているというわけである。
途端に喜びが胸の奥底から吹き出してきて、ファイはちょっと涙ぐんだ。そして黒鋼の首にぎゅっと抱きつく。
「黒たん! 一緒のお布団で寝てくれたんだー!」
「まぁ……最後の一線越えたようなもんだからな」
未遂だがな、という小さな呟きには微かに棘が含まれていた気がしないでもないが、舞い上がっているファイは気にしない。
「あれ? でもオレ、確かお風呂場にいて……」
見ればファイは裸のままだった。それは黒鋼も同じで、彼は下だけジャージを穿いているようだが、遮るものが何もない状態で胸と胸を密着させていることに気がついた。
途端、頬に熱が集まる。
「なに赤くなってんだ。今更」
「だ、だって……」
「イった途端にグースカ寝やがって。服着せんのが面倒だっただけだ」
だからそのまますっぽり抱き込んで寝てしまったらしい。
「そ、そっかー……ごめんね。ありがとう」
「おう」
黒鋼は短く答えると起き上った。
腕枕と温もりが遠のいて、仕方なくファイも起き上る。毛のない身体は春といえども、少し肌寒い。
「着とけ」
適当に手繰り寄せた黒いジャージの上を頭からかぶされる。
ファイがもたもたとそれに腕を通している間に、黒鋼は洗面所へ行ってしまった。
なんとなくそこから動けないまま、ファイは自分の胸元に目線を落とした。
所々に赤い鬱血が見られる。そういえば昨夜はいっぱいいっぱいの状態だったためよく分からなかったが、たくさん舐められたり、吸われたような気する。
思いだすとまた変になりそうで、慌てて首を振った。そして急いでジャージの前をしめた。
「痛いこと……なにもなかったな……」
ぽつりと呟いて、そして安堵から息を吐き出した。
黒鋼はファイに噛みついたり、爪を立てたりしなかった。猛獣のように荒々しく豹変もしなかった。
少し意地悪だった気はするけれど、黒鋼は黒鋼のままだった。
そういえば昨夜は黒鋼の帰宅が早かった気がする。
内腿や両手が汚れてしまっていたファイは、ショック状態のまま浴室に駆け込むと、無我夢中で身体を洗ったのだ。
全身が濡れることよりも、自分がしてしまったことを洗い流すことで必死だった。
けれど洗っても洗っても足りなくて、やがてまたあの嫌な熱が膨らんできて。
もうどうしようもなくて、役に立たないシャワーを止め、身動きも取れずにその場で身体を丸めていたら、彼が帰って来てくれた。
きっと、体調のおかしかった自分を気にかけて、早く戻って来てくれたのだと思う。
胸が今更のようにドキドキしている。
傍にいなくても考えていてくれるなんて。助けて欲しいときに、駆けつけてくれるなんて。触れてくれるなんて。
黒鋼は一線を越えたと言った。ファイにも、なんとなくわかる気がした。
「オレ……黒たんと交尾しちゃった……」
ファイは感動のあまり目をキラキラとさせた。
そうは言っても。
黒鋼と交尾がしたいなんて、口にした自分が一番驚いた。
なんだかとんとん拍子だったなぁと思わないこともなかった。そして、人間は奥が深い生き物であることも知ってしまった。
人ではないファイの概念からすれば、子供も出来ないのに交尾をするのは不毛なことでしかない。そういえばいつだったか、人間は子孫繁栄のためだけに交尾をする生き物ではないと、そうユゥイも言っていた。
あのときはただ聞き流してしまっていた気がするけれど、今は少しずつでも解りかけているような気がする。
人間は特別好きな相手と愛し合うためにキスをしたり、交尾をする。お互いに恥ずかしい場所を見せあって、触れ合って、そうやって相手の形を確かめるのかもしれない。
相手が『オス』だからとか『メス』だからとか、そういう括りにばかり囚われず、人は『人』を好きになる。
そんなこと、考えたこともなかった。
なんて素敵なことだろう。
+++
「まだ調子戻らねぇか?」
昼間際までのんびりした後、出かけようとしている黒鋼を玄関先まで見送るためについていくと、外に出ようとしないファイに黒鋼は手を伸ばして額に触れた。
「熱は……ねぇな」
「うん、平気。でも怖いから……しばらくは家でおとなしくしてる」
発情シーズンというのは早々に終わるものではない。
外に出ている間に、いつまた匂いを嗅ぎつけてしまうか分からないため、やっぱり無難に家の中にこもることにした。
「窓開けられねぇなら、たまに換気扇回せよ。スイッチわかるだろ?」
「わかるよー。いってらっしゃい黒たん」
「おう」
短く返事をして背を向けようとした黒鋼だったが、ふと足を止めると再びこちらを振り向いた。
「おい」
「ん?」
「それでももし、一人んときにまたおかしくなったら」
ドキリとする。
昨夜のことを思い出すだけで、また熱が出そうになるからだ。
黒鋼に全て見られてしまったのは恥ずかしかったが、一人で慰めていたあの瞬間の方が、ずっと恥ずかしかった。そして怖かった。
「お、おかしくなったら……?」
「我慢しねぇで、一人で処理しろ」
「えっ」
実に意外だと思った。そして激しく戸惑う。
まごついているファイに、黒鋼が目で「どうした」と問いかけてくる。
「だ、だって……あれって、その……すごく悪いことしてるみたいで……」
「別に悪いことじゃねぇだろ」
「う、うん……でも……」
ファイは顔を赤らめつつ下を向いた。両手を胸の前で合わせて握ったり、指先同士をつんつんとしたりしてから、おずおずと目線を上げる。
「もしそうなっちゃったら……黒たんが帰って来るまで……我慢してる……」
黒鋼の眉がぎこちなくピクリと動いた気がした。
そして彼は口元に握った拳を押しあてると一つ咳払いをして、さっとファイに背を向ける。
「……行ってくる」
「行ってらっしゃい……」
ファイも真っ赤だったけれど、背中を向けて扉から出て行く黒鋼の耳も、赤く染まっているように見えた。
それはなんとも初々しい光景だった……。
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