2025/09/19 Fri 白猫、本当の気持ちの巻 「そうか」 暫しの沈黙の後、黒鋼は小さく呟いた。それから、 「……それは、おまえの意思でか?」 と問うた。 「……」 ファイはただ唇を噛みしめて、無言で俯いた。指先が白くなるほど、ぎゅっと服の裾を握り締める。 無言で続きを促されているのがわかるから、ファイは焦る気持ちから選び取るべき言葉を見失っていた。 やがて黒鋼がゆっくりと息を吐き出すのが、気配で分かった。 「帰るか」 「……うん」 結局、食事はせずにただ無言で帰宅することになった。 +++ 会話もないまま帰宅する頃には、すっかり外は暗くなっていた。 そして黒鋼はただ明かりをつけただけで、どっかりと胡坐をかくと腕を組んだ。 「おまえ、そこ座れ」 なんとなく立ち尽くしていたファイだったが、顎をしゃくられて向かい側にペタリと腰を下ろす。 帽子を取りながらこっそり相手の顔を見やって、耳をしゅんとさせる。 いきなりすぎて、怒らせてしまったのだろうか。 食事もしそこねたし、気分がよかったところを色々とブチ壊してしまった気がする。 「黒たん……あの……」 「確かに、中途半端にズルズル続けるってのは、気持ちのいいもんじゃねぇ」 「……うん」 胸にズキリと響いた。 いくらオス同士で身体を重ねることが出来るとしても、それは決して「当たり前のこと」ではないらしい。 人が人を好きになることは当たり前でも、同性を好きになることに対して嫌悪感を示す人間も、残念ながら多いようだ。 「だからオレ、帰るって決め」 「話はちゃんと聞け。お互いはっきりさせようじゃねぇかってことだ」 「だ、だから……」 「俺はおまえに惚れてる」 「!」 しゅんとしたままだった猫耳が、ピンと立った。同時に目を見開いたファイは、ワンテンポ置いてから頬を赤らめる。 「い、いきなりどうしたの……」 「面倒臭ぇ生き物なんだよ。人間ってのは。順番を間違っただけで、ろくなことにならねぇ」 「順番……?」 「そうだ。だから、ろくなことにならねぇうちに、俺は俺の気持ちをはっきり伝える必要があると思った。それこそ順番は逆になっちまったが……おまえもおまえで、面倒臭ぇ奴だからな」 それで、先刻の告白に繋がるのか。 確かにお互いに気持ちを確認する間もなく、あれよあれよという間に身体だけ先走ってしまった。 「うん……ごめん」 「別にいい。俺も悪かった」 それから彼は、念を押すかのようにもう一度言った。 「惚れちまったんだ。俺はおまえに」 頬が熱くて、ファイは咄嗟に右手の甲を左頬に押し当てた。なんだか頭がクラクラしてしまう。 思えばこんな風に黒鋼から気持ちを告げられることは、初めてだった。 触れる手の優しさや、包み込んでくれる腕の力強さだけで満たされたつもりでいたような気がする。 それですっかりゴールした気になっていたのだから、なんとも間抜けだ。 だからこうして改めて面と向かって言われてしまうと……恥ずかしい。 「こんなときばっか照れんな」 「だ、だ、だって、だってさ……っ」 言葉を詰まらせるファイを見て、黒鋼はふんと鼻で息を吐き出し、立ちあがると台所へ向かった。 そしてすぐに戻って来ると、ペットボトルの水を差し出してきた。 「まず落ちつけ」 「はい……」 素直に受け取り、キャップをひねって口をつける。 喉を通り抜けてゆく冷水にほっと息をつき、熱くて仕方が無い顔を手のひらでパタパタと仰いだ。 「黒たんって開き直ると凄いんだねぇ」 「なんだよそりゃ。俺はとっくに開き直ってたぜ。肝心なことを言いそびれてただけだ」 「そ、そっか……」 でも、なぜそれを今言うのだろうか。 ファイは首を傾げる。 そんな疑問などお見通しらしい黒鋼は、再び向かいに腰を下ろすと続けた。 「察しろよ。つまり、俺はおまえを帰す気がねぇってことだ」 「!」 「さっき聞いたな。それはおまえの意思かと」 「うん……」 「おまえの気持ちは知ってるつもりだ。だからちゃんと言え。おまえは、どうしたい?」 ファイはいつだって黒鋼に向かって真っ直ぐに気持ちをぶつけていたから、だからこの男は知っている。 どうしたいかなんて言葉にしなくても。 けれど言葉にされて初めて、向けられている思いを噛みしめることができたファイは、だから同じように彼に伝えなければならない。 『どうすべきか』ではなくて『どうしたいか』を。 「オレは……」 口の中が乾いている気がして、それでもペットボトルに口をつけることなくただ強く握った。 軋む音を聞いて、それからこくりと頷くようにして俯いた。ぎゅっと目を閉じる。 「ここに、いたい……黒たんは特別だから……好きだから……ずっと、傍にいたい……」 例え同じ時を生きられなくても。 それはとても恐ろしいことだけど、だからこそいつも近くで見つめていたい。 しかしそれはファイの我侭で、ユゥイにはもう随分と心配をかけてしまった。 本当ならいつでもファイを連れ戻すくらい、造作もないことだったはずなのに。 「でもオレ、ここんちの子じゃないし……他に帰る場所があるのは事実だし……」 向こうへ帰っても結局は元通り、退屈な暮らしに変わりはない。交尾への恐れは消えたが、かと言って黒鋼以外は考えられない。 ファイが生きている限り、それらはおそらく永遠に続くものだった。つまり切りがないということだ。 「オレ、中途半端だし……メスじゃないから結婚だってできないし……どう頑張っても黒たんのお嫁さんになれないし……それなのに、ずっと傍にいるなんて……」 「結婚だぁ?」 黒鋼が少し呆れた声を出した。 「それでおまえ……あんなもん見てたのか」 ピクリ。ファイの耳が動く。 その言い方には少し引っ掛かりを覚えてしまう。 思わず涙目で、くわっと顔を上げた。 「あ、あんなもんってなにさー!?」 どんな思いでドレスを見上げていたと思っているのか。 「だってさ! あれを着れる人が黒たんとずっと一緒にいられる人でしょ!? あれって女の人の着るものじゃん! オレ着れないじゃん!」 「落ちつけバカ」 「これが落ち着いていられるかって話だよー!」 泣きながら声を張り上げるファイに、めんどくせぇ……という文字がありありと浮かんで見える顔をして、黒鋼は頭を掻いた。 「あのなぁ……結婚なんてのはあくまで形式だろ。どう引っくり返ってもできねぇもんに拘ってどうする。アホ」 「あ……アホって……」 「あと、ドレスが着れるってのが結婚の条件じゃねぇし、離婚する夫婦だって大勢いるだろ」 「……え?」 「まぁどっか余所の国じゃあ、男同士でも結婚できるらしいが……」 「できるの!?」 「日本じゃ考えられねぇがな」 なんということだ……。国が違えば文化も違うとはまさにこのことかと、ファイは植え付けられて間もない常識が一気に揺らぐのを確かに感じた。 うち震えるファイの手から、いよいよ握り潰してしまう前に黒鋼がペットボトルを掴むと遠ざけた。 それから、ぽかんと口を開けたままでいるファイの鼻に2、3枚抜き取ったティッシュを押しつける。どうやら鼻水が垂れていたようだ……。 「ちんしろ、ちん」 「ぅぐ、グスッ」 「よし」 黒鋼は頷きながら丸めたティッシュをゴミ箱に放り投げた。一度壁に当たったそれは、そのままスコンと綺麗にヒットする。 「とりあえずおまえの気持ちはわかった」 「黒たん……?」 「言ったろ。あの魔法使いに言うときは、俺から言うってな」 大きな手が伸びて来て、耳ごとファイの頭をくしゃりと撫でた。 そして、少し不敵に笑うと言った。 「いわゆる娘さんを俺にくださいってやつだ」 ファイにしてみれば初めて聞く言葉ではあったけれど、やっぱりこの人はどこまでも頼もしいと思った。 ←戻る ・ 次へ→
「そうか」
暫しの沈黙の後、黒鋼は小さく呟いた。それから、
「……それは、おまえの意思でか?」
と問うた。
「……」
ファイはただ唇を噛みしめて、無言で俯いた。指先が白くなるほど、ぎゅっと服の裾を握り締める。
無言で続きを促されているのがわかるから、ファイは焦る気持ちから選び取るべき言葉を見失っていた。
やがて黒鋼がゆっくりと息を吐き出すのが、気配で分かった。
「帰るか」
「……うん」
結局、食事はせずにただ無言で帰宅することになった。
+++
会話もないまま帰宅する頃には、すっかり外は暗くなっていた。
そして黒鋼はただ明かりをつけただけで、どっかりと胡坐をかくと腕を組んだ。
「おまえ、そこ座れ」
なんとなく立ち尽くしていたファイだったが、顎をしゃくられて向かい側にペタリと腰を下ろす。
帽子を取りながらこっそり相手の顔を見やって、耳をしゅんとさせる。
いきなりすぎて、怒らせてしまったのだろうか。
食事もしそこねたし、気分がよかったところを色々とブチ壊してしまった気がする。
「黒たん……あの……」
「確かに、中途半端にズルズル続けるってのは、気持ちのいいもんじゃねぇ」
「……うん」
胸にズキリと響いた。
いくらオス同士で身体を重ねることが出来るとしても、それは決して「当たり前のこと」ではないらしい。
人が人を好きになることは当たり前でも、同性を好きになることに対して嫌悪感を示す人間も、残念ながら多いようだ。
「だからオレ、帰るって決め」
「話はちゃんと聞け。お互いはっきりさせようじゃねぇかってことだ」
「だ、だから……」
「俺はおまえに惚れてる」
「!」
しゅんとしたままだった猫耳が、ピンと立った。同時に目を見開いたファイは、ワンテンポ置いてから頬を赤らめる。
「い、いきなりどうしたの……」
「面倒臭ぇ生き物なんだよ。人間ってのは。順番を間違っただけで、ろくなことにならねぇ」
「順番……?」
「そうだ。だから、ろくなことにならねぇうちに、俺は俺の気持ちをはっきり伝える必要があると思った。それこそ順番は逆になっちまったが……おまえもおまえで、面倒臭ぇ奴だからな」
それで、先刻の告白に繋がるのか。
確かにお互いに気持ちを確認する間もなく、あれよあれよという間に身体だけ先走ってしまった。
「うん……ごめん」
「別にいい。俺も悪かった」
それから彼は、念を押すかのようにもう一度言った。
「惚れちまったんだ。俺はおまえに」
頬が熱くて、ファイは咄嗟に右手の甲を左頬に押し当てた。なんだか頭がクラクラしてしまう。
思えばこんな風に黒鋼から気持ちを告げられることは、初めてだった。
触れる手の優しさや、包み込んでくれる腕の力強さだけで満たされたつもりでいたような気がする。
それですっかりゴールした気になっていたのだから、なんとも間抜けだ。
だからこうして改めて面と向かって言われてしまうと……恥ずかしい。
「こんなときばっか照れんな」
「だ、だ、だって、だってさ……っ」
言葉を詰まらせるファイを見て、黒鋼はふんと鼻で息を吐き出し、立ちあがると台所へ向かった。
そしてすぐに戻って来ると、ペットボトルの水を差し出してきた。
「まず落ちつけ」
「はい……」
素直に受け取り、キャップをひねって口をつける。
喉を通り抜けてゆく冷水にほっと息をつき、熱くて仕方が無い顔を手のひらでパタパタと仰いだ。
「黒たんって開き直ると凄いんだねぇ」
「なんだよそりゃ。俺はとっくに開き直ってたぜ。肝心なことを言いそびれてただけだ」
「そ、そっか……」
でも、なぜそれを今言うのだろうか。
ファイは首を傾げる。
そんな疑問などお見通しらしい黒鋼は、再び向かいに腰を下ろすと続けた。
「察しろよ。つまり、俺はおまえを帰す気がねぇってことだ」
「!」
「さっき聞いたな。それはおまえの意思かと」
「うん……」
「おまえの気持ちは知ってるつもりだ。だからちゃんと言え。おまえは、どうしたい?」
ファイはいつだって黒鋼に向かって真っ直ぐに気持ちをぶつけていたから、だからこの男は知っている。
どうしたいかなんて言葉にしなくても。
けれど言葉にされて初めて、向けられている思いを噛みしめることができたファイは、だから同じように彼に伝えなければならない。
『どうすべきか』ではなくて『どうしたいか』を。
「オレは……」
口の中が乾いている気がして、それでもペットボトルに口をつけることなくただ強く握った。
軋む音を聞いて、それからこくりと頷くようにして俯いた。ぎゅっと目を閉じる。
「ここに、いたい……黒たんは特別だから……好きだから……ずっと、傍にいたい……」
例え同じ時を生きられなくても。
それはとても恐ろしいことだけど、だからこそいつも近くで見つめていたい。
しかしそれはファイの我侭で、ユゥイにはもう随分と心配をかけてしまった。
本当ならいつでもファイを連れ戻すくらい、造作もないことだったはずなのに。
「でもオレ、ここんちの子じゃないし……他に帰る場所があるのは事実だし……」
向こうへ帰っても結局は元通り、退屈な暮らしに変わりはない。交尾への恐れは消えたが、かと言って黒鋼以外は考えられない。
ファイが生きている限り、それらはおそらく永遠に続くものだった。つまり切りがないということだ。
「オレ、中途半端だし……メスじゃないから結婚だってできないし……どう頑張っても黒たんのお嫁さんになれないし……それなのに、ずっと傍にいるなんて……」
「結婚だぁ?」
黒鋼が少し呆れた声を出した。
「それでおまえ……あんなもん見てたのか」
ピクリ。ファイの耳が動く。
その言い方には少し引っ掛かりを覚えてしまう。
思わず涙目で、くわっと顔を上げた。
「あ、あんなもんってなにさー!?」
どんな思いでドレスを見上げていたと思っているのか。
「だってさ! あれを着れる人が黒たんとずっと一緒にいられる人でしょ!? あれって女の人の着るものじゃん! オレ着れないじゃん!」
「落ちつけバカ」
「これが落ち着いていられるかって話だよー!」
泣きながら声を張り上げるファイに、めんどくせぇ……という文字がありありと浮かんで見える顔をして、黒鋼は頭を掻いた。
「あのなぁ……結婚なんてのはあくまで形式だろ。どう引っくり返ってもできねぇもんに拘ってどうする。アホ」
「あ……アホって……」
「あと、ドレスが着れるってのが結婚の条件じゃねぇし、離婚する夫婦だって大勢いるだろ」
「……え?」
「まぁどっか余所の国じゃあ、男同士でも結婚できるらしいが……」
「できるの!?」
「日本じゃ考えられねぇがな」
なんということだ……。国が違えば文化も違うとはまさにこのことかと、ファイは植え付けられて間もない常識が一気に揺らぐのを確かに感じた。
うち震えるファイの手から、いよいよ握り潰してしまう前に黒鋼がペットボトルを掴むと遠ざけた。
それから、ぽかんと口を開けたままでいるファイの鼻に2、3枚抜き取ったティッシュを押しつける。どうやら鼻水が垂れていたようだ……。
「ちんしろ、ちん」
「ぅぐ、グスッ」
「よし」
黒鋼は頷きながら丸めたティッシュをゴミ箱に放り投げた。一度壁に当たったそれは、そのままスコンと綺麗にヒットする。
「とりあえずおまえの気持ちはわかった」
「黒たん……?」
「言ったろ。あの魔法使いに言うときは、俺から言うってな」
大きな手が伸びて来て、耳ごとファイの頭をくしゃりと撫でた。
そして、少し不敵に笑うと言った。
「いわゆる娘さんを俺にくださいってやつだ」
ファイにしてみれば初めて聞く言葉ではあったけれど、やっぱりこの人はどこまでも頼もしいと思った。
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