2025/09/19 Fri へたくそ、健気 真昼間。 カーテンを開け放った窓の向こうには、ビルやマンションが群れをなす光景が広がっている。よく晴れた青い空を一直線に走る飛行機雲が、途中でぷつりと切れていた。 絵に描いたように爽やかな、日曜日の光景。 時間がいつもよりゆったりと過ぎてゆくような、のんびりとした穏やかさ。 そんなまったりとした空間に、先刻から不釣合いな水音が響いている。 「ふおはん、ひもふい?」 おそらく『黒たん、気持ちい?』と聞いているのだろう。 黒鋼は窓の外へ向けていた視線と意識を自分の身体の中心に向けた。 どういうわけか、ソファに両足を開いて座っている自分の正面で、床にペタリと腰を下ろしたファイが股間に顔を埋めている。 両手で太い竿をしっかりと握って、亀頭をぱっくりと口の中に押し込めながら見上げてくる瞳と目が合った。 はっきり言って、まったく気持ちよくない。 「んー、ぜんぜん硬くならないー」 ファイは性器からいったん口を離すと、眉を八の字に下げてぷうっと唇を膨らませた。 なんでかなぁ、と小首を傾げる姿に「当たり前ぇだ」と吐き捨てる。 だいたいこんな状況に陥っていること自体が不本意だ。決して納得していない。 なにより、ファイは猛烈に下手くそだった。 残業ありきの職場で休日出勤も当たり前の黒鋼にとって、丸一日休める日は月に1、2度あればいい方だった。土日祝日などほとんど意味がない。 たまにゆっくりできそうかと思えば朝っぱらから携帯が鳴り、平日さながらの労働を強いられることは日常茶飯事だった。 昨日は派遣先スタッフの相次ぐ欠員の補充に追われ、今日は今日とて持ち帰って来た仕事を片付けるため、午前中は寝室の机でずっとパソコンと向き合っていた。 その間ファイはふらっとどこかへ消えたかと思えばひょっこり顔をだし、肩や背中にベタベタと付きまとってきたが、邪魔というほどでもなかったので適当に無視しておいた。 彼は普段よく喋る方だが、こちらに気を使ってか口を開くことはほとんどなかった。ただくっついていたいだけらしい。 そして昼近くなった頃、気づくとファイの姿がまた消えていた。 休憩でもするかと部屋から出ると、彼はお茶を淹れてリビングで待っていた。 気が利くなと褒めてやると、ファイは頬を赤らめて嬉しそうに笑った。 ソファで一息ついている間も、彼は膝の上に横座りして首にぎゅっとしがみついていた。たまにツンツンの黒髪をいじってはクスクスと楽しそうな笑い声をあげていた。 一体なにがそんな楽しいのか、黒鋼にはさっぱり分からない。ただ、不思議なことに悪い気はしなかった。 「黒たんの髪って硬いねー。オレの髪とぜんぜん違うやー」 「おまえのは見るからにふにゃふにゃだな。癖毛か?」 「ちょっとねー。触れなくて残念でしょー?」 「バカ言ってんじゃねぇ」 確かに自分の意思で触れることはできない。 だが、ファイが頬ずりをしてくればその感触は黒鋼の頬にも伝わってくる。 くすぐったくて、柔らかくて、綿毛のようにふわりと躍る髪だった。 ファイは「ふふ」と笑って、黒鋼の目尻にキスをする。それさえもくすぐったい。 「本当にこんなんで満足なのか。おまえは」 なんとなく口から飛び出した問いかけに、ファイは小首を傾げて見せる。 「どうしてー?」 「できてんのか。燃えるような恋ってやつ」 「ふふ」 肩を竦め、膝の上でファイが笑う。見上げれば間近で目が合った。片方だけがほんのりと濁った両目が、いつになく潤んで見える。 白い指先が黒鋼の下唇をそっとなぞり、僅かな間のあと長い睫が伏せられたのと同時に、一瞬だけ唇を塞がれる。 その生暖かい感触はすぐに離れ、ファイの左手が黒鋼の右頬を包むように撫でた。 「……ねぇ、もっと満足できるようなこと、してもいい?」 囁くような声に、なにを、と問う前にファイが床に膝をついた。 黒いジャージを部屋着にしている黒鋼の身体の中心に手がかかる。 「おい、おまえまさか」 「心配しないでー。最後まではしないよー」 「お、おい」 「今ちょっとそういう気分なの」 遠ざけようとして通り抜けた手に、思わず舌打ちが漏れる。 その間にファイは黒鋼のウエストに手をかけ、手早く中のブツを取り出してしまった。 「わぁ、おっきい」 「やめとけ……流石に無理だぞ」 「嫌?」 性器を両手に持ち、下から見上げてくる濡れた瞳になぜか何も言い返せない。 柔らかな手の平の感触が、どうしてか不快なものではなかった。口では無理だと言いつつ、嫌悪感がまるでない。 思えばシモの処理はここのところめっきりだった。だから溜まっている。男に触られて本気で抵抗する気が起きないのは、きっとそのせいだと自分に言い訳をした。 ものは試し、という言葉もある。 「目、閉じてていいよ。よそ見しててもいいし」 そう言って、ファイは手の中の性器にキスをした。 そして今に至るわけだが。 「ッ、て! イテェぞこら。噛むな」 「らっへー、ふぉっひいんあおうー」 「喋べるなら口を離せ……」 「だってー、おっきいんだもんー。顎が疲れちゃうよー」 むーっと眉間に皺を寄せながら、ファイは不満の声を漏らす。まるでこちらが悪いような言い方をされて、少しムッとした。 だいたい、慣れたていを装って触れてきたのはこいつの方だ。男の身体は男が一番分かるというし、さぞかしハイレベルなテクニックを持っているのかと思いきや、この有様とは。 「もういい。やめとけ」 「やだー! ここまで来たら、ぜったい気持ちよくなってもらうのー!」 「もういいっつってんだよ!」 「あむ、ぅー」 ファイは制止を無視して、懲りずにまた口の中に性器を押し込めた。 狭い口内は生温くて、そしてやっぱり歯が当たる。 黒鋼はソファの背もたれの上部に肘をかけ、自身の髪をくしゃりと乱しながらそっと溜息を漏らす。 そしてなんとなく、必死で性器をしゃぶるファイの表情を眺めた。 「ん、ぅ……」 無理やり喉の奥に押し込め、苦しげに寄せられる眉。赤い目元ではほんのりと濡れた睫毛が震えていた。 ただ頭を上下に動かして出し入れをしているだけ。舌だってまともに絡めてこないし、両手は添えられているだけでまったく動かない。明らかに慣れていないことが窺い知れる。 それでも、なんとなく眺めているうちに。 「ッ!」 反応してしまった。 思わず息を呑み、奥歯を噛みしめる。 変化に気付いたファイが、目を見開いて性器から口を離した。 「た、勃ってきた……?」 まるで初めて目にするものを見たような、物珍しげな表情でファイはさらに頬を上気させた。よほど嬉しいのか、じわじわと込み上げるような笑みを浮かべる。 「黒たん、勃った! 勃ったよ!」 「…………連呼すんな」 「オレもっと頑張るからね!」 ファイは元気いっぱいにそう言うと、ただ添えていただけの両手を使ってようやくまともに性器を扱き始めた。 いちど火がついてしまえば、走り出した感覚はもう止まらない。 不本意を消化しきれないままの黒鋼を置き去りにして、彼の柔らかな手の中でそれはどんどん膨れ上がってゆく。 「凄い……こんなにおっきいの、見たことない……」 「ッ、おい」 何度も何度も先端に口付けられて、やがて再び濡れた口内に押し込まれた。 ファイは苦しげに眉を寄せ、必死になってそれを飲み込もうとする。無理をして喉の奥まで押し込めるものだから、時折えずきそうになって肩をビクンと震わせた。 それでもやめない。舌を絡めようとすると上手くいかずに歯が当たる。やっぱりどうしようもなく下手くそだし、見ているこちらが辛くなるほどしんどそうだった。 なのに、どうしてだろうか。 その一生懸命な様子に、胸が疼いている。 涙さえ浮かべて小さく咳き込みながらも奉仕する姿があまりにも健気で、直接的な快感というよりは、視覚的なものに興奮させられてしまう。 いつしか黒鋼は息を乱し、不器用な口淫に勤しむファイの表情から目が離せなくなっていた。 「ぅ、んっ……んぅっ」 まだ心のどこかでは相手は男だという戸惑いの棘が抜けきらない。それでもくぐもった小さな呻きすら耳に心地よく流れ込んでくる。 先走りと唾液に染まる唇が艶めかしく、知らず知らずのうちにゴクリと喉が鳴った。 ファイが、濡れた瞼を震わせながらゆらりと目を開く。苦しげで、不安げで、泣きそうに揺れる瞳と目が合った瞬間、心臓を強く掴まれたような気がして、黒鋼はソファカバーを強く握りしめながら低く唸った。 「ッ、ぅ……!!」 奥歯を食いしばり、黒鋼は達した。 咄嗟に引き離そうとしても相手に触れることは叶わず、宙を切る手に構わずファイはそれを最後の一滴まで口の中で受け止めた。 そして一気に顔を背けると激しく咳き込みだす。 「ぅ、げほっ! げほっ!」 「ばかやろう……とっとと吐き出せ……」 「ん、ぅ、途中、までは……げほっ……がんばって、飲んだ、けど」 おそらく相当な勢いで器官に入り込んだに違いない。 瞳をすっかり赤くして涙を零しながら、ファイは手の甲を濡れた唇に当ててややしばらく咳き込んでいた。 黒鋼はその背中を摩ってやることもできずに、ただ彼が落ち着くのを自身も呼吸を整えながら見守っていることしかできない。 やがて少しずつ呼吸を落ち着かせたファイは、「はー!」とやり遂げたような息を吐いた。 「やったー! 上手にできたー!」 いや、上手ではなかったぞ……と正直に突っ込むのはやめておいた。 ならばなぜこうも見事に達してしまったのか、一切の言い訳ができないからだ。 間違っても『おまえが健気で可愛く見えたからつい感じてしまった』、なんて言えるはずがない。自分でもまだ認めきれていないというのに。 「黒たんなかなか反応しないから、インポなのかと思っちゃったよー」 「…………このやろう」 「えへへ、ちゃんとイってくれて嬉しい」 さっきまで勃起した性器を懸命にしゃぶっていたとは思えない無邪気な笑顔に、毒づく気力を奪われる。 不本意だ。納得がいかない。男でも別に悪くないかなんて変な方向に妥協しかけている自分の存在とか、一瞬でもこいつに対して心を動かされたなんて。 当分は特定の相手を作らないつもりではいたが、結局どこか人恋しい面を捨てきれていないのだろうか。 だからおかしな気を起こしたかけただけなのかもしれない。溜まってもいたことだし。 もう考えるのはやめよう。通り者と遭遇して心が乱されれば、必ず不慮の事故にあう。そんな言い伝えを、どこかで聞いたような気がする。 したいことをたださせてやっただけなのだから、これで多少は成仏への道に一歩近づいたとだけ思っておけば、それでいい。 「もう満足しただろ。いい加減、手に持ってるもん離せ」 「一回だけでいいのー?」 「あのな、俺はおまえと違って暇じゃねぇんだ」 「あ、そっかー」 ちょっと残念そうに眉尻を下げたファイは、ティッシュの箱を適当に手繰り寄せると自分の手や口元を軽く拭き、出し切っておとなしくなった黒鋼の性器もさらりと清めた。そして元の位置に丁寧に仕舞う。普段からこれくらいしっかり後始末をしてくれれば、床に食いカスが散らばることもないのだが。 「お昼ご飯もまだだしねー。なんか適当に作ろっかー」 「適当っつっても、なんかあったか?」 「あ、ないかもー。でもお米とお味噌があるから、味噌焼きおにぎりでもしよっかー」 「おう」 じゃあすぐ作るねー、と言ってキッチンへ飛んで行く後姿を追うように立ち上がった黒鋼は、ふらりとカウンターへ近づき、手を洗う背中をなんとなく見つめる。 「なぁ」 「なぁにー?」 「仕事が片付いたら、買い出しでも行くか」 「一緒に?」 水を止めて、濡れたままの手で振り向くファイは目を大きく見開いた。 床に雫が零れているが、まぁこいつが自分で拭くだろう。 黒鋼が「たまにはな」と返事をすれば、彼は万歳のポーズをしてクルリと回った。 「わーい! なんかデートみたいだねー!」 ただ近所のスーパーに行くだけだし、周りの人間にファイの姿は見えないから、ほとんど会話も出来ないだろうが。それでも彼は黒鋼が思っていた以上に喜びを露わにして、馬鹿みたいにはしゃいだ。 その姿に、つい自然と口元が緩んでしまう。 大したことをしてやれるわけではないが、こうして手離しで喜ぶ姿を見せられると、たまにはいいかもしれないと思えた。 だが。 昼食を終えて、残りの仕事があと僅かで片付くというところに来て、黒鋼の携帯が鳴った。 よくあることとはいえ、会社からの電話によって以降の予定は潰れることになってしまった。 それを聞いたファイは「しょうがないよー」と言って笑ってはいたけれど、やはり少し寂しそうだった。 仕事に口出しをするなという条件を、彼はしっかりと守っている。 寂しいという一言すらも言えないような取り決めをしたのは自分だが、健気に準じようとする姿に、黒鋼の胸はまた疼くのだった。 ←戻る ・ 次へ→
真昼間。
カーテンを開け放った窓の向こうには、ビルやマンションが群れをなす光景が広がっている。よく晴れた青い空を一直線に走る飛行機雲が、途中でぷつりと切れていた。
絵に描いたように爽やかな、日曜日の光景。
時間がいつもよりゆったりと過ぎてゆくような、のんびりとした穏やかさ。
そんなまったりとした空間に、先刻から不釣合いな水音が響いている。
「ふおはん、ひもふい?」
おそらく『黒たん、気持ちい?』と聞いているのだろう。
黒鋼は窓の外へ向けていた視線と意識を自分の身体の中心に向けた。
どういうわけか、ソファに両足を開いて座っている自分の正面で、床にペタリと腰を下ろしたファイが股間に顔を埋めている。
両手で太い竿をしっかりと握って、亀頭をぱっくりと口の中に押し込めながら見上げてくる瞳と目が合った。
はっきり言って、まったく気持ちよくない。
「んー、ぜんぜん硬くならないー」
ファイは性器からいったん口を離すと、眉を八の字に下げてぷうっと唇を膨らませた。
なんでかなぁ、と小首を傾げる姿に「当たり前ぇだ」と吐き捨てる。
だいたいこんな状況に陥っていること自体が不本意だ。決して納得していない。
なにより、ファイは猛烈に下手くそだった。
残業ありきの職場で休日出勤も当たり前の黒鋼にとって、丸一日休める日は月に1、2度あればいい方だった。土日祝日などほとんど意味がない。
たまにゆっくりできそうかと思えば朝っぱらから携帯が鳴り、平日さながらの労働を強いられることは日常茶飯事だった。
昨日は派遣先スタッフの相次ぐ欠員の補充に追われ、今日は今日とて持ち帰って来た仕事を片付けるため、午前中は寝室の机でずっとパソコンと向き合っていた。
その間ファイはふらっとどこかへ消えたかと思えばひょっこり顔をだし、肩や背中にベタベタと付きまとってきたが、邪魔というほどでもなかったので適当に無視しておいた。
彼は普段よく喋る方だが、こちらに気を使ってか口を開くことはほとんどなかった。ただくっついていたいだけらしい。
そして昼近くなった頃、気づくとファイの姿がまた消えていた。
休憩でもするかと部屋から出ると、彼はお茶を淹れてリビングで待っていた。
気が利くなと褒めてやると、ファイは頬を赤らめて嬉しそうに笑った。
ソファで一息ついている間も、彼は膝の上に横座りして首にぎゅっとしがみついていた。たまにツンツンの黒髪をいじってはクスクスと楽しそうな笑い声をあげていた。
一体なにがそんな楽しいのか、黒鋼にはさっぱり分からない。ただ、不思議なことに悪い気はしなかった。
「黒たんの髪って硬いねー。オレの髪とぜんぜん違うやー」
「おまえのは見るからにふにゃふにゃだな。癖毛か?」
「ちょっとねー。触れなくて残念でしょー?」
「バカ言ってんじゃねぇ」
確かに自分の意思で触れることはできない。
だが、ファイが頬ずりをしてくればその感触は黒鋼の頬にも伝わってくる。
くすぐったくて、柔らかくて、綿毛のようにふわりと躍る髪だった。
ファイは「ふふ」と笑って、黒鋼の目尻にキスをする。それさえもくすぐったい。
「本当にこんなんで満足なのか。おまえは」
なんとなく口から飛び出した問いかけに、ファイは小首を傾げて見せる。
「どうしてー?」
「できてんのか。燃えるような恋ってやつ」
「ふふ」
肩を竦め、膝の上でファイが笑う。見上げれば間近で目が合った。片方だけがほんのりと濁った両目が、いつになく潤んで見える。
白い指先が黒鋼の下唇をそっとなぞり、僅かな間のあと長い睫が伏せられたのと同時に、一瞬だけ唇を塞がれる。
その生暖かい感触はすぐに離れ、ファイの左手が黒鋼の右頬を包むように撫でた。
「……ねぇ、もっと満足できるようなこと、してもいい?」
囁くような声に、なにを、と問う前にファイが床に膝をついた。
黒いジャージを部屋着にしている黒鋼の身体の中心に手がかかる。
「おい、おまえまさか」
「心配しないでー。最後まではしないよー」
「お、おい」
「今ちょっとそういう気分なの」
遠ざけようとして通り抜けた手に、思わず舌打ちが漏れる。
その間にファイは黒鋼のウエストに手をかけ、手早く中のブツを取り出してしまった。
「わぁ、おっきい」
「やめとけ……流石に無理だぞ」
「嫌?」
性器を両手に持ち、下から見上げてくる濡れた瞳になぜか何も言い返せない。
柔らかな手の平の感触が、どうしてか不快なものではなかった。口では無理だと言いつつ、嫌悪感がまるでない。
思えばシモの処理はここのところめっきりだった。だから溜まっている。男に触られて本気で抵抗する気が起きないのは、きっとそのせいだと自分に言い訳をした。
ものは試し、という言葉もある。
「目、閉じてていいよ。よそ見しててもいいし」
そう言って、ファイは手の中の性器にキスをした。
そして今に至るわけだが。
「ッ、て! イテェぞこら。噛むな」
「らっへー、ふぉっひいんあおうー」
「喋べるなら口を離せ……」
「だってー、おっきいんだもんー。顎が疲れちゃうよー」
むーっと眉間に皺を寄せながら、ファイは不満の声を漏らす。まるでこちらが悪いような言い方をされて、少しムッとした。
だいたい、慣れたていを装って触れてきたのはこいつの方だ。男の身体は男が一番分かるというし、さぞかしハイレベルなテクニックを持っているのかと思いきや、この有様とは。
「もういい。やめとけ」
「やだー! ここまで来たら、ぜったい気持ちよくなってもらうのー!」
「もういいっつってんだよ!」
「あむ、ぅー」
ファイは制止を無視して、懲りずにまた口の中に性器を押し込めた。
狭い口内は生温くて、そしてやっぱり歯が当たる。
黒鋼はソファの背もたれの上部に肘をかけ、自身の髪をくしゃりと乱しながらそっと溜息を漏らす。
そしてなんとなく、必死で性器をしゃぶるファイの表情を眺めた。
「ん、ぅ……」
無理やり喉の奥に押し込め、苦しげに寄せられる眉。赤い目元ではほんのりと濡れた睫毛が震えていた。
ただ頭を上下に動かして出し入れをしているだけ。舌だってまともに絡めてこないし、両手は添えられているだけでまったく動かない。明らかに慣れていないことが窺い知れる。
それでも、なんとなく眺めているうちに。
「ッ!」
反応してしまった。
思わず息を呑み、奥歯を噛みしめる。
変化に気付いたファイが、目を見開いて性器から口を離した。
「た、勃ってきた……?」
まるで初めて目にするものを見たような、物珍しげな表情でファイはさらに頬を上気させた。よほど嬉しいのか、じわじわと込み上げるような笑みを浮かべる。
「黒たん、勃った! 勃ったよ!」
「…………連呼すんな」
「オレもっと頑張るからね!」
ファイは元気いっぱいにそう言うと、ただ添えていただけの両手を使ってようやくまともに性器を扱き始めた。
いちど火がついてしまえば、走り出した感覚はもう止まらない。
不本意を消化しきれないままの黒鋼を置き去りにして、彼の柔らかな手の中でそれはどんどん膨れ上がってゆく。
「凄い……こんなにおっきいの、見たことない……」
「ッ、おい」
何度も何度も先端に口付けられて、やがて再び濡れた口内に押し込まれた。
ファイは苦しげに眉を寄せ、必死になってそれを飲み込もうとする。無理をして喉の奥まで押し込めるものだから、時折えずきそうになって肩をビクンと震わせた。
それでもやめない。舌を絡めようとすると上手くいかずに歯が当たる。やっぱりどうしようもなく下手くそだし、見ているこちらが辛くなるほどしんどそうだった。
なのに、どうしてだろうか。
その一生懸命な様子に、胸が疼いている。
涙さえ浮かべて小さく咳き込みながらも奉仕する姿があまりにも健気で、直接的な快感というよりは、視覚的なものに興奮させられてしまう。
いつしか黒鋼は息を乱し、不器用な口淫に勤しむファイの表情から目が離せなくなっていた。
「ぅ、んっ……んぅっ」
まだ心のどこかでは相手は男だという戸惑いの棘が抜けきらない。それでもくぐもった小さな呻きすら耳に心地よく流れ込んでくる。
先走りと唾液に染まる唇が艶めかしく、知らず知らずのうちにゴクリと喉が鳴った。
ファイが、濡れた瞼を震わせながらゆらりと目を開く。苦しげで、不安げで、泣きそうに揺れる瞳と目が合った瞬間、心臓を強く掴まれたような気がして、黒鋼はソファカバーを強く握りしめながら低く唸った。
「ッ、ぅ……!!」
奥歯を食いしばり、黒鋼は達した。
咄嗟に引き離そうとしても相手に触れることは叶わず、宙を切る手に構わずファイはそれを最後の一滴まで口の中で受け止めた。
そして一気に顔を背けると激しく咳き込みだす。
「ぅ、げほっ! げほっ!」
「ばかやろう……とっとと吐き出せ……」
「ん、ぅ、途中、までは……げほっ……がんばって、飲んだ、けど」
おそらく相当な勢いで器官に入り込んだに違いない。
瞳をすっかり赤くして涙を零しながら、ファイは手の甲を濡れた唇に当ててややしばらく咳き込んでいた。
黒鋼はその背中を摩ってやることもできずに、ただ彼が落ち着くのを自身も呼吸を整えながら見守っていることしかできない。
やがて少しずつ呼吸を落ち着かせたファイは、「はー!」とやり遂げたような息を吐いた。
「やったー! 上手にできたー!」
いや、上手ではなかったぞ……と正直に突っ込むのはやめておいた。
ならばなぜこうも見事に達してしまったのか、一切の言い訳ができないからだ。
間違っても『おまえが健気で可愛く見えたからつい感じてしまった』、なんて言えるはずがない。自分でもまだ認めきれていないというのに。
「黒たんなかなか反応しないから、インポなのかと思っちゃったよー」
「…………このやろう」
「えへへ、ちゃんとイってくれて嬉しい」
さっきまで勃起した性器を懸命にしゃぶっていたとは思えない無邪気な笑顔に、毒づく気力を奪われる。
不本意だ。納得がいかない。男でも別に悪くないかなんて変な方向に妥協しかけている自分の存在とか、一瞬でもこいつに対して心を動かされたなんて。
当分は特定の相手を作らないつもりではいたが、結局どこか人恋しい面を捨てきれていないのだろうか。
だからおかしな気を起こしたかけただけなのかもしれない。溜まってもいたことだし。
もう考えるのはやめよう。通り者と遭遇して心が乱されれば、必ず不慮の事故にあう。そんな言い伝えを、どこかで聞いたような気がする。
したいことをたださせてやっただけなのだから、これで多少は成仏への道に一歩近づいたとだけ思っておけば、それでいい。
「もう満足しただろ。いい加減、手に持ってるもん離せ」
「一回だけでいいのー?」
「あのな、俺はおまえと違って暇じゃねぇんだ」
「あ、そっかー」
ちょっと残念そうに眉尻を下げたファイは、ティッシュの箱を適当に手繰り寄せると自分の手や口元を軽く拭き、出し切っておとなしくなった黒鋼の性器もさらりと清めた。そして元の位置に丁寧に仕舞う。普段からこれくらいしっかり後始末をしてくれれば、床に食いカスが散らばることもないのだが。
「お昼ご飯もまだだしねー。なんか適当に作ろっかー」
「適当っつっても、なんかあったか?」
「あ、ないかもー。でもお米とお味噌があるから、味噌焼きおにぎりでもしよっかー」
「おう」
じゃあすぐ作るねー、と言ってキッチンへ飛んで行く後姿を追うように立ち上がった黒鋼は、ふらりとカウンターへ近づき、手を洗う背中をなんとなく見つめる。
「なぁ」
「なぁにー?」
「仕事が片付いたら、買い出しでも行くか」
「一緒に?」
水を止めて、濡れたままの手で振り向くファイは目を大きく見開いた。
床に雫が零れているが、まぁこいつが自分で拭くだろう。
黒鋼が「たまにはな」と返事をすれば、彼は万歳のポーズをしてクルリと回った。
「わーい! なんかデートみたいだねー!」
ただ近所のスーパーに行くだけだし、周りの人間にファイの姿は見えないから、ほとんど会話も出来ないだろうが。それでも彼は黒鋼が思っていた以上に喜びを露わにして、馬鹿みたいにはしゃいだ。
その姿に、つい自然と口元が緩んでしまう。
大したことをしてやれるわけではないが、こうして手離しで喜ぶ姿を見せられると、たまにはいいかもしれないと思えた。
だが。
昼食を終えて、残りの仕事があと僅かで片付くというところに来て、黒鋼の携帯が鳴った。
よくあることとはいえ、会社からの電話によって以降の予定は潰れることになってしまった。
それを聞いたファイは「しょうがないよー」と言って笑ってはいたけれど、やはり少し寂しそうだった。
仕事に口出しをするなという条件を、彼はしっかりと守っている。
寂しいという一言すらも言えないような取り決めをしたのは自分だが、健気に準じようとする姿に、黒鋼の胸はまた疼くのだった。
←戻る ・ 次へ→