2025/06/16 Mon 「今日はお弁当を作ってきたよ!」 店が休みだったその日、甲洋は操を連れて海に釣りへ訪れていた。 堤防の縁に腰掛けて竿を手に釣り糸を垂らす甲洋の横で、操は野良猫と遊んだりフナムシを観察したりしていたが、昼頃になるとリュックサックから弁当の包みを取りだした。 「弁当? 作ってきたって……来主が?」 すぐそばにぺたんと腰をおろした操に、甲洋はキョトンとしながら目を向けた。釣り糸は垂らしたまま竿を脇に置き、操の方に身体を向けるとあぐらをかく。 「うん。早起きして、ぼくが作った! 君に食べてもらおうと思って!」 「俺に?」 「うん! 甲洋に! あのね、ちゃんと名前があるんだよ。森のお弁当っていうの」 「かっわ……」 「え? なになに? なんか言った?」 「言ってないよ」 「そっか! そんなに喜んでもらえるなんて嬉しいよ!」 会話が噛み合っていなかった。が、それは些細な誤差でしかない。可愛いやら嬉しいやら愛しいやらで、甲洋は平素通りのキャラを装いながらも爆発しそうになっている。 自分のために朝早くから弁当を作っただなんて、しかも森のお弁当なんてタイトルまでつけて、どれだけ可愛いを更新すれば気が済むのだろうか。結婚しよ……。 「えへへ、上手にできたから、残さず食べてね!」 操は包みを解いたハンカチごと甲洋に弁当箱を差し出した。弁当箱は黒くてなんの変哲もないものだ。けれどそこそこ大きい。 両手で弁当を受け取った甲洋は、胡座をかいた足の中心にそれを置いた。なんだか緊張する。なにせ弁当を作ってもらうなんて初めての経験だ。しかも好きな子の手作り弁当なんて、まるで夢のようだと思う。 ヒャッホーイ! と叫びながら飛び上がりたい気持ちをグッと堪えて(キャラ厳守)弁当箱の蓋を開けた。 パカッ 操が目を輝かせながら、甲洋の反応とその第一声を待ちわびている──が。 「……ごちそうさまでした」 甲洋はなにも見なかったとばかりに弁当箱に蓋をして、静かな声でそう言った。 「は!? 待って! 食べてないじゃん! まずはいただきますしないと!」 「今日は朝から腹の調子が」 「ぼくたちにそういうのないから! ちゃんと食べてよ!」 操は秒で閉ざされてしまった弁当の蓋を、自らパカーンと再び開いた。そこには大量のどんぐり(おかず)と枯れ葉(サラダ)と松ぼっくり(ご飯)と南天の赤い実(飾り)が、みっしりと詰まっている。 紛うことなき森のお弁当だった。まだ黒焦げの玉子焼きが入っていた方がマシだったし、ひと目で失敗と分かるような出来栄えだったとしても、完食する気でいたのだが。 「来主……これは食べ物じゃない。強いて言うなら虫や小動物の餌だ」 「虫や小動物が食べられるなら、君にだって食べられるはずだよ」 「お前の中で俺はどういうカテゴリに分類されてるわけ?」 「命あたたか」 「括りがデカイよ……」 甲洋はめちゃくちゃに落胆していた。逆にどうして期待なんかしちゃったんだろうと、後悔までしはじめている。しかし操はその反応が理解できずに、不満を爆発させた。 「食べてよぉ! がんばって作ったんだよ! 森の恵みが詰まってるんだよ!」 「このどんぐりは俺が拾ってきたやつじゃ……?」 「そうだよ! 松ぼっくりと葉っぱは山からむしってきたやつで、南天は庭でお母さんが育ててるやつを少しもらった。可愛いでしょ?」 操は弁当箱に色とりどりの葉っぱや木の実を詰めたら、きっと綺麗で可愛いだろうなぁ……という子供らしい閃きのもと、この弁当を作ったらしい。思い描いていた通りのものができたら、きっと甲洋も喜ぶだろうと信じて疑わなかった。 が、甲洋はそれを拒絶した。操の目にみるみるうちに涙が溜まっていく。 「せっかく上手にできたのに……ぜったい喜ぶと思ったのに……」 操の中では『上手にできた→食べてもらう→美味しい!→嬉しい!』の図式が完成していたようだが、泣きたいのは甲洋も同じだった。甲洋は早起きをしてキッチンに立つ、可愛いフリフリエプロンの操を想像して胸をときめかせていた。慣れない包丁で指先を切ったりして、ピーピー泣きながらもがんばって作っている健気な姿を妄想していたのだ。 それがまさか、早朝から意気揚々と山に繰り出していたなんて。ちゃんと熊よけの鈴は持って行ったんだろうか……といらぬ心配をしていると、操がいよいよ泣きだした。 (あぁー、もう……) 思えばどんぐり一つで大喜びしてバイトに励むような子だ。そんな操にとって、この森のお弁当は自身の最高傑作だったに違いない。 鼻を赤くしながらメソメソと泣いているのを見て、甲洋は深く息を漏らしながらふっと笑った。操が潤んだ目を向けてくるので、大きな手で頭をくしゃくしゃと撫でる。 愛を試されていると甲洋は思った。ぶっちゃけ食べようと思えば食べられるのだ。南天に含まれる微量の有毒成分だとか、生身の人間であれば及ぶであろう害も、今の甲洋にとっては問題にもならない。松ぼっくりだって、はるか以前には若い実をジャムにして食していた国もあったと聞く。大丈夫だ。問題ない……。 甲洋は意を決すると、弁当箱の中から南天の赤い実を一粒だけつまんで出した。それをパクンと口に放り込む。 「あ! 食べた!」 操が目を瞬かせて声をあげるのを聞きながら、奥歯で実を噛み潰す。すると凄まじい苦味が口の中に広がって、甲洋はあぐらをかいた膝頭をそれぞれ両手で握りしめると、うつむいて身を震わせた。 「……ッ~~!」 「ねぇ美味しい!? 美味しい!?」 不味い、とは言えない。だがなんとか飲み込んで顔を上げた甲洋の目が、思いっきり涙ぐんでいるのを見た操は、なにを思ったのか「ぼくも!」と言って南天の実をつまみあげた。 「や、やめとけ来主」 「あーん! ん……ん……、ウッ!!」 「あーぁ……」 なんの躊躇もなく実を食べた操が、すぐにぐしゃりと表情を歪める。 「うえぇッ、おいじぐないぃ~! にっがぁ~いぃ……っ」 「だからやめとけって言ったのに……」 堤防ギリギリのところで四つん這いになった操が、ペッペッと実を吐き出している。それを呆れた目で眺めていると、振り向いた操が涙目で「これ食べ物じゃないよ!」と言うので、ついおかしくて笑ってしまった。 「甲洋ダメだ! これ食べちゃダメなやつだ!」 「そうだね」 「他のもやっぱり苦いのかなぁ……」 四つん這いのまま戻ってきた操が、地面に置かれた弁当箱を残念そうに見下ろしている。苦いし渋いと思うよと心の中で言うと、彼は「そっかぁ」と言って溜息をついた。 「森のお弁当、失敗だったんだ……」 「そんなことない」 「え?」 「弁当、嬉しかったよ。ありがとう来主」 甲洋は情けない顔をしている操の頭を、ポンポンと撫でて微笑んだ。 「次は俺がお返ししなきゃな」 ──その後。 森のお弁当は、可愛いクリスマスツリーに姿を変えた。 熱湯で消毒して、乾燥させて、丸く切った厚紙の上にどんぐりと松ぼっくりを積み上げて、木工用ボンドでくっつけて。てっぺんには星の代わりに、一番おおきくて綺麗に傘が開いた松ぼっくりを据えた。 最後に電飾に見立てた赤い実を散りばめて、小さな森のクリスマスツリーが完成した。 操は手作りのツリーを見て大喜びした。店のカウンターの隅に飾って、暇さえあれば嬉しそうに眺めている。甲洋は残りの落ち葉で作ったしおりを本に挟んで、そんな操の横顔を見つめながらコーヒーを飲む。 森の恵みは、ふたりにとって幸せな冬のひとときになったのだった。 ←戻る ・ Wavebox👏
店が休みだったその日、甲洋は操を連れて海に釣りへ訪れていた。
堤防の縁に腰掛けて竿を手に釣り糸を垂らす甲洋の横で、操は野良猫と遊んだりフナムシを観察したりしていたが、昼頃になるとリュックサックから弁当の包みを取りだした。
「弁当? 作ってきたって……来主が?」
すぐそばにぺたんと腰をおろした操に、甲洋はキョトンとしながら目を向けた。釣り糸は垂らしたまま竿を脇に置き、操の方に身体を向けるとあぐらをかく。
「うん。早起きして、ぼくが作った! 君に食べてもらおうと思って!」
「俺に?」
「うん! 甲洋に! あのね、ちゃんと名前があるんだよ。森のお弁当っていうの」
「かっわ……」
「え? なになに? なんか言った?」
「言ってないよ」
「そっか! そんなに喜んでもらえるなんて嬉しいよ!」
会話が噛み合っていなかった。が、それは些細な誤差でしかない。可愛いやら嬉しいやら愛しいやらで、甲洋は平素通りのキャラを装いながらも爆発しそうになっている。
自分のために朝早くから弁当を作っただなんて、しかも森のお弁当なんてタイトルまでつけて、どれだけ可愛いを更新すれば気が済むのだろうか。結婚しよ……。
「えへへ、上手にできたから、残さず食べてね!」
操は包みを解いたハンカチごと甲洋に弁当箱を差し出した。弁当箱は黒くてなんの変哲もないものだ。けれどそこそこ大きい。
両手で弁当を受け取った甲洋は、胡座をかいた足の中心にそれを置いた。なんだか緊張する。なにせ弁当を作ってもらうなんて初めての経験だ。しかも好きな子の手作り弁当なんて、まるで夢のようだと思う。
ヒャッホーイ! と叫びながら飛び上がりたい気持ちをグッと堪えて(キャラ厳守)弁当箱の蓋を開けた。
パカッ
操が目を輝かせながら、甲洋の反応とその第一声を待ちわびている──が。
「……ごちそうさまでした」
甲洋はなにも見なかったとばかりに弁当箱に蓋をして、静かな声でそう言った。
「は!? 待って! 食べてないじゃん! まずはいただきますしないと!」
「今日は朝から腹の調子が」
「ぼくたちにそういうのないから! ちゃんと食べてよ!」
操は秒で閉ざされてしまった弁当の蓋を、自らパカーンと再び開いた。そこには大量のどんぐり(おかず)と枯れ葉(サラダ)と松ぼっくり(ご飯)と南天の赤い実(飾り)が、みっしりと詰まっている。
紛うことなき森のお弁当だった。まだ黒焦げの玉子焼きが入っていた方がマシだったし、ひと目で失敗と分かるような出来栄えだったとしても、完食する気でいたのだが。
「来主……これは食べ物じゃない。強いて言うなら虫や小動物の餌だ」
「虫や小動物が食べられるなら、君にだって食べられるはずだよ」
「お前の中で俺はどういうカテゴリに分類されてるわけ?」
「命あたたか」
「括りがデカイよ……」
甲洋はめちゃくちゃに落胆していた。逆にどうして期待なんかしちゃったんだろうと、後悔までしはじめている。しかし操はその反応が理解できずに、不満を爆発させた。
「食べてよぉ! がんばって作ったんだよ! 森の恵みが詰まってるんだよ!」
「このどんぐりは俺が拾ってきたやつじゃ……?」
「そうだよ! 松ぼっくりと葉っぱは山からむしってきたやつで、南天は庭でお母さんが育ててるやつを少しもらった。可愛いでしょ?」
操は弁当箱に色とりどりの葉っぱや木の実を詰めたら、きっと綺麗で可愛いだろうなぁ……という子供らしい閃きのもと、この弁当を作ったらしい。思い描いていた通りのものができたら、きっと甲洋も喜ぶだろうと信じて疑わなかった。
が、甲洋はそれを拒絶した。操の目にみるみるうちに涙が溜まっていく。
「せっかく上手にできたのに……ぜったい喜ぶと思ったのに……」
操の中では『上手にできた→食べてもらう→美味しい!→嬉しい!』の図式が完成していたようだが、泣きたいのは甲洋も同じだった。甲洋は早起きをしてキッチンに立つ、可愛いフリフリエプロンの操を想像して胸をときめかせていた。慣れない包丁で指先を切ったりして、ピーピー泣きながらもがんばって作っている健気な姿を妄想していたのだ。
それがまさか、早朝から意気揚々と山に繰り出していたなんて。ちゃんと熊よけの鈴は持って行ったんだろうか……といらぬ心配をしていると、操がいよいよ泣きだした。
(あぁー、もう……)
思えばどんぐり一つで大喜びしてバイトに励むような子だ。そんな操にとって、この森のお弁当は自身の最高傑作だったに違いない。
鼻を赤くしながらメソメソと泣いているのを見て、甲洋は深く息を漏らしながらふっと笑った。操が潤んだ目を向けてくるので、大きな手で頭をくしゃくしゃと撫でる。
愛を試されていると甲洋は思った。ぶっちゃけ食べようと思えば食べられるのだ。南天に含まれる微量の有毒成分だとか、生身の人間であれば及ぶであろう害も、今の甲洋にとっては問題にもならない。松ぼっくりだって、はるか以前には若い実をジャムにして食していた国もあったと聞く。大丈夫だ。問題ない……。
甲洋は意を決すると、弁当箱の中から南天の赤い実を一粒だけつまんで出した。それをパクンと口に放り込む。
「あ! 食べた!」
操が目を瞬かせて声をあげるのを聞きながら、奥歯で実を噛み潰す。すると凄まじい苦味が口の中に広がって、甲洋はあぐらをかいた膝頭をそれぞれ両手で握りしめると、うつむいて身を震わせた。
「……ッ~~!」
「ねぇ美味しい!? 美味しい!?」
不味い、とは言えない。だがなんとか飲み込んで顔を上げた甲洋の目が、思いっきり涙ぐんでいるのを見た操は、なにを思ったのか「ぼくも!」と言って南天の実をつまみあげた。
「や、やめとけ来主」
「あーん! ん……ん……、ウッ!!」
「あーぁ……」
なんの躊躇もなく実を食べた操が、すぐにぐしゃりと表情を歪める。
「うえぇッ、おいじぐないぃ~! にっがぁ~いぃ……っ」
「だからやめとけって言ったのに……」
堤防ギリギリのところで四つん這いになった操が、ペッペッと実を吐き出している。それを呆れた目で眺めていると、振り向いた操が涙目で「これ食べ物じゃないよ!」と言うので、ついおかしくて笑ってしまった。
「甲洋ダメだ! これ食べちゃダメなやつだ!」
「そうだね」
「他のもやっぱり苦いのかなぁ……」
四つん這いのまま戻ってきた操が、地面に置かれた弁当箱を残念そうに見下ろしている。苦いし渋いと思うよと心の中で言うと、彼は「そっかぁ」と言って溜息をついた。
「森のお弁当、失敗だったんだ……」
「そんなことない」
「え?」
「弁当、嬉しかったよ。ありがとう来主」
甲洋は情けない顔をしている操の頭を、ポンポンと撫でて微笑んだ。
「次は俺がお返ししなきゃな」
──その後。
森のお弁当は、可愛いクリスマスツリーに姿を変えた。
熱湯で消毒して、乾燥させて、丸く切った厚紙の上にどんぐりと松ぼっくりを積み上げて、木工用ボンドでくっつけて。てっぺんには星の代わりに、一番おおきくて綺麗に傘が開いた松ぼっくりを据えた。
最後に電飾に見立てた赤い実を散りばめて、小さな森のクリスマスツリーが完成した。
操は手作りのツリーを見て大喜びした。店のカウンターの隅に飾って、暇さえあれば嬉しそうに眺めている。甲洋は残りの落ち葉で作ったしおりを本に挟んで、そんな操の横顔を見つめながらコーヒーを飲む。
森の恵みは、ふたりにとって幸せな冬のひとときになったのだった。
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