2025/06/16 Mon FafTuberとは、世界最大の動画共有サービス『FafTube』上に、独自制作した動画を公開し続けるクリエイターを指す名称である。 近年、日本でも爆発的なブームが到来し、子供たちのなりたい職業ランキングでは上位に入るほど、世間一般にも認知される存在になっていた。 FafTube上において数多のチャンネルが混在するなか、ひときわ人気を博しているFafTuber集団がいる。その名も『珪素チャンネル・エレメント』だ。 もともとはチート級の知能指数を誇る大学生、皆城総士と春日井甲洋が気まぐれで開設した科学実験チャンネルだった。 そこにふたりの幼馴染である真壁一騎がふらりと加入したことにより、一時期ほのぼのお料理チャンネルへとシフトチェンジ。その後、高校を卒業したあとフラフラしていた来主操──総士の従兄弟だ──が気まぐれ電撃加入を果たし、大食い、ゲーム実況、メントスジンジャーエールにハバネロ風呂などなど、なんでもありのカオスな悪ふざけチャンネルへと進化──総士に言わせると退化らしい──した。 揃いも揃って顔面偏差値が高いことから女子人気が絶大で、凄まじい勢いでチャンネル登録者数を増やし、日本人で初となるダイヤモンドの盾の獲得も間近とされている。 CDデビューもしており、デビューシングルはオリコン1位を獲得。M●テ出演も果たし、一気に国民的アイドルFafTuberへと上りつめた。 ちなみに甲洋と操は一時期不仲説が浮上していたが、ある検証動画をきっかけに二人の距離が急激に縮まったことから、視聴者たちの間にあらゆる意味で衝撃が走り、もともとは一騎と総士の二人によって占められていた『とある市場』を、より拡大させる結果となった。 『【検証】不仲説のあるふたりで釣りキャンプに出かけてみた』という動画は、珪素チャンネル内で最多の再生数を誇っている。 * 「夏だしさ、今年は心霊スポット凸しようよ!」 8月某日。 甲洋の実家である元・喫茶楽園──現在は閉店し、四人の活動拠点になっている──で企画会議中、ずっとスイカの種を飛ばして遊んでいた操がとつぜん声を上げた。 「おい甲洋。来主がまたしょーもないことを言いだしたぞ。止めろ。速やかに」 その提案に真っ先に難色を示したのは総士だった。彼は眼鏡の奥でその瞳を険しく細めている。 なんで俺がと思いつつ、操がふっ飛ばしたスイカの種を片付けていた甲洋は、今ではすっかり操の保護者兼、世話係に任命されていた。(なんだかんだで異存はないが) 「来主、総士が心霊系NGなのは知ってるだろ?」 「えー? だって夏だよ? 夏といったらオバケじゃないのぉ?」 「まぁ風物詩ではあるけどさ」 操がプッと吐き出したスイカの種を素早くキャッチしながら、甲洋は総士に視線を向けた。彼は形の良い眉を鋭利な角度に吊り上げているが、その顔色はうっすら青くなっている。 珪素チャンネルでは、これまで心霊系の動画を扱ったことがない。それもこれも、全て総士が却下してきたからだ。科学的根拠のない有象無象を扱うことは、当チャンネルの理念に反する、とかなんとかそれっぽいことを言ってはいるが、今やなんでもありのカオスなチャンネルにおいて、理念といえば『炎上しない』くらいのものである。 要するに、彼はシンプルにオバケが怖いのだ。一騎も甲洋もそれを知っているが、あえて突っ込まずに彼の言い分を尊重してきた。が、操は空気を読まない子だった。 「ねぇ総士、科学的根拠がないってことは、総士にとってオバケはいないってことなんでしょ? だったら怖がる必要なんかないじゃん。いないんだから」 あーぁ、言っちゃった……と呆れながらおしぼりで手に付着したスイカ汁を拭いていると、案の定 「ッ! 怖くなどない! 僕をみくびるな!」 と、総士が顔を真っ赤にしてテーブルを叩きながら否定した。 「なら平気だよね! 今夜さっそく行こうよ! はい決定! プッ」 「来主、いい加減スイカの種飛ばすのはやめな……」 甲洋がキャッチしそこねたスイカの種が、操の真向かいにいる総士の眼鏡にくっついた。いったい口の中に幾つ種をストックしているのだろうか。操の目の前の皿には食べ終わったスイカの皮が山のようになっている。 エレメントはAlvisという名のマネジメント会社に所属するクリエイター集団だ。そこに毎日のようにファンから手紙をはじめ、なにかしらのプレゼントが送られてくる。 夏真っ盛りということもあって、Alvis経由で送られてきたのは大量の高級スイカだった。とても食べ切れる量ではなかったが、底なしの胃袋を持つ操がせっせと食べて消費してくれている。 「冗談じゃない。僕は絶対に行かないぞ。言っておくが、怖いからじゃない。撮りためてある動画の編集作業が、山のごとく残っているからだ。それもこれもお前と一騎の編集技術がいつまで経っても向上しないからであって、そのしわ寄せが僕と甲洋に」 「安心して総士。なにかあっても大丈夫なように、除霊スプレーを買っておいたから」 「聞け! というか、なんだ除霊スプレーって!?」 「ジャーン! これだよ。セール特価で三万円だったよ」 「さ ん ま ん え ん !? 明らかに悪徳商法じゃないのか!? 甲洋! 今すぐ国民生活センターに連絡しろ!」 ダァーンと、総士がまたテーブルを叩いた。その拍子に眼鏡がズレて、付着したままだったスイカの種がポロッと落ちる。 操が自信満々でどこからか取り出した除霊スプレーとやらは、見たところなんの変哲もないアロマスプレーのように見えた。透明なプラスチック容器に、白いラベルが貼ってある。その表面には達筆な字で『悪霊退散』と書いてあり、どこからどう見ても胡散臭い代物だった。 甲洋はテーブルの上に置かれたそれを興味本位から手に取ると、細かな字で記載された説明書きに目を通した。そこには 『自称陰陽師監修のもと作られた、邪気祓い、除霊用のミストです。霊媒体質・憑依体質の方、または生霊対策にもうっすら効果的。 ハーブの香りで蚊やヒルなどの害虫を寄せ付けません。ところでタピオカの次に流行るものって結局なんなん?』 と書かれていた。甲洋はふっと息をつく。 「……来主」 「ん? なに?」 「本当にこれを三万円も出して買ったの?」 「買ったよ! 送料込みで三万五百円したよ!」 「そう……次から買い物するときは、俺に一言相談できる?」 「甲洋に? んー、わかった! 次は甲洋に言ってから買うね!」 「素直でいいな、来主は」 「叱れ甲洋!! 釣りキャンプ以来様子がおかしいぞお前!!」 『ちょっと意地悪な気になるあいつ』から、『優しいゲロ甘彼ぴっぴ』へとクラスチェンジを果たしている甲洋を、総士が信じられないものを見るような目で見ている。 確かにいいカモにされちゃったなこの子……と呆れてはいるが、操は曇りなき眼で除霊スプレーが本物であると信じ込んでいるようだった。こんなおふざけグッズに三万円もの大金を出すその神経は、狂気の沙汰としか思えない。しかしそういう頭が弱い──いや、ピュアなところにハマってしまったのも事実だったので、甲洋は生暖かく微笑みながら黙っておくことにした。 「と、とにかく、僕は行かないったら行かない。行くならお前達だけで行くんだな」 「来主、諦めたほうがいい。実際に編集作業が押してるのは事実だよ」 「ちぇー、わかったよ。おれと甲洋と一騎だけで行ってくるよ」 「待て。一騎は了承しているのか? 本人に断りもなく勝手に頭数に入れているのなら、この僕が許さないぞ」 それを言ったら甲洋だって了承した覚えはない。だが強制参加扱いになっている。 甲洋だって、可能なら心霊スポットになどわざわざ行きたくはなかった。どちらかと言えば否定派だし、そもそもそういった場所に面白半分で行くべきではないからだ。 しかし操は行く気まんまんになっている。放っておくと何をしでかすか分からない彼は、最悪ひとりでも行くと言いだしかねない。夜道をひとりで歩かせるのも嫌なのに、心霊スポットなんてもっての外である。 「俺なら大丈夫だよ、総士」 そこに、黒いエプロン姿の一騎がやってきた。彼は三人が会議をしている間、カウンター席の向こう側にあるキッチンでせっせとスイーツ作りに励んでいた。 次から次へとテーブルの上にスイカを使ったデザートが並べられていく。スイカゼリーにスイカジェラート、スイカケーキにスイカのミルクドリンクなどなど。その豊富なスイーツの数々に、いっそ一騎をシェフに楽園の営業を再開させたほうが、ずっと堅実に暮らしていけるのではないかと甲洋は思った。 「わー! 凄いや一騎! これ全部スイカを使って作ったの?」 「ああ。皮は漬物と酢の物にして冷蔵庫で冷やしてあるから、夕飯で食べよう」 「やったー! スイカって捨てるとこないんだね!」 一騎と操がキャイキャイしている傍らで、総士がテーブルの上のスイーツをスマホで撮影しまくっている。あとでSNSに投稿するつもりなのだ。今夜もバズってしまうのか。一騎はすでに料理のレシピ本も数冊発行しており、ベストセラーになっている。 「一騎、キッチンでカメラは回したか?」 「固定してずっと回してたから、多分ちゃんと撮れてると思う」 「よし、他をお蔵にしてでも最優先で編集しよう」 「え? ぬるぬるローション尻相撲が先じゃないの? おれたち昨日、砂浜で死にそうになりながら褌でがんばったのに。甲洋なんかポロリもしたのに」 「そんなものは後でいい。モザイク処理が面倒だ」 熱中症ギリギリ命がけの撮影 < 一騎のお料理動画である。確かに男4人が褌一丁でローションまみれになっている絵面よりも、癒やし系のイケメンがスイーツ作りをしている動画の方がメンタルに負荷がかからないのは明白──しかも一人はポロリという名の大事故を起こしている──だ。頬肉ゆるゆるにしながら編集するんだろうなぁと思ったが、黙っておいた。っていうか、ポロリシーンはお願いだからカットしてほしい。 その後、四人はほんのいっとき心霊スポットの件を忘れて、仲良くスイーツを食べる動画を撮影しながら、ほのぼのとした時を過ごしたのだった。 * 時刻は午後10時過ぎ。 夕飯を食べたあと、総士は自宅でじっくり編集作業をするというので帰っていった。 残りの三人は車に乗り込み、心霊スポットに向かって走りだしていた。 「こんばんは! 珪素チャンネルです! 今夜はおれと甲洋と一騎で心霊スポットに行くよ! 総士は怖いからってお留守番です!」 「怒られるよ来主……」 ダッシュボードにライトつきのカメラを設置し、車を走らせながらオープニングの撮影を行う。運転は甲洋、助手席に操、後部座席には一騎が座っている。 「心霊スポットなんて初めてだよな。どこに行くんだ?」 一騎が甲洋の背後からひょっこり顔を出しながら首を傾げる。今夜の企画は完全に操主導のもと行われているため、他二人は行き先すら知らされていなかった。 「よくぞ聞いてくれたね一騎! 今おれたちが向かってるのは、ナナシの神社っていう知る人ぞ知るスポットなんだよ」 ちょうど赤信号で停車したところで、甲洋が操に視線を送りながら口を開く。 「ナナシの神社? 聞いたことないな」 「そこでむかし殺人事件があって、今は廃神社になってるんだって。殺された女の霊が出るとか、どこかに首なし地蔵があって、それを見ると呪われて死ぬとか噂があるらしいよ」 「えっ、それって大丈夫なのか? 俺たち無事に帰れるのか?」 「それを確かめるために行くんじゃん!」 「ありがちというかなんというか……」 「甲洋もっとテンション上げてよぉ。あ、次の信号を右に曲がって」 適当なところでオープニングを切り上げ、操のナビで車をひたすら走らせる。徐々にコンビニや民家の明かりが減っていき、やがて山道へと入っていった。 操がダッシュボードからカメラを取り、レンズを進行方向へと向ける。 「雰囲気でてきたね! いい感じー!」 行き先が行き先なだけに、ただでさえ不穏に感じられる曲がりくねった山道が、ほんのりと立ち込める霧によってさらに薄気味悪さを増している。街灯のない二車線の道を車のライトだけが照らしだし、鬱蒼とした木々をぼんやりと浮かびあがらせていた。 完全に口数が潰えた甲洋と一騎とは対照的に、操だけがまるで遠足のテンションではしゃいでいる。 「流石にちょっと不気味だな。来主、まだつかないの?」 「もうすぐだよ。ほらあそこ!」 操の指示のもと、道の脇にちょうどよく空いていた停車スペースに車を停める。するとずっと黙り込んでいた一騎が「ごめん、ちょっと」と弱々しい声をあげた。 「一騎?」 操がライト付きのカメラを後部座席に向ける。一騎は額にうっすらと汗を滲ませ、胸のあたりを手の平で押さえていた。 「どうしたの一騎! 顔色悪いよ!?」 「ここについた途端、急に胸が……」 「苦しいの!?」 「悪い……俺はここ、ダメかもしれない」 「えっ」 まさかの事態に、操までどんどん顔色をなくしていく。 「ど、どうしよう甲洋……これってオバケのせい……?」 「まさか……」 しかし、場所が場所だけに否定はしきれない。ここに来て急に体調を崩すというのは、不吉以外のなにものでもなかった。一騎に霊感があるなんて話は聞いたことがなかったが、なんらかの警告を受けているとでもいうのだろうか。 一騎は胸を押さえたまま大きく息をついた。そして不安そうにしている操を、安心させるように笑顔を浮かべて見せる。 「ここで休んでれば大丈夫だよ。俺に構わず、お前たちだけでも行ってくれ」 「で、でも」 「初めての心霊スポット、来主は楽しみにしてたんだろ?」 「そうだけど……」 一騎が青白い顔をしながら甲洋に目配せしてくる。 正直なところ、この流れは動画的にかなり美味しいのだ。心霊スポットに来てメンバーの一人が急に体調を崩すなんて、滑りだしの掴みとしては完璧すぎる。この先もなにかしらの異変をカメラに収めることができたら、さらに御の字だった。 本音を言えば引き返したいところだが、一騎の意図を汲み取り、甲洋は頷いた。 「来主、行こう。ここで引けば、総士の反対を押し切ってまで来た意味がなくなるよ」 「うん……わかった……」 さっきまでの遠足気分はどこへやら、一騎の身を案じる操は冴えない表情をしながらも頷いた。 * 一騎のことは心配だが、甲洋と操は気持ちを切り替えると廃神社を目指して山の麓から獣道へと分け入った。 かろうじて人が通れる程度の険しい道を進んでいくと、わずかに開けた空間に出る。 その先は長い石段が続いているものの、すっかり荒れ果てて雑草に埋もれていた。 「うわぁ、不気味だね。ぜんぜん先が見えないよ」 操が懐中電灯で石段の先を照らす。甲洋も片手に構えたカメラをその方向へ向けた。 相当に長い階段のようで、頂上になにがあるのかは全く見えない。左右には木々が生い茂り、ぽっかりと空いた黒い穴へと向かって石段が続いている。 この先に例の廃神社とやらがあるのだろうが、こころなしか湿った風が流れこんできているような気がした。ゆるく、ぬるく、けれど確実に、なんらかの力によって拒まれている。そんな気にさせられる程度には、場の空気に飲まれつつあった。 「甲洋、ひょっとして怖い?」 「別に」 間髪入れずに早口で否定したことで、逆に肯定してしまったかのようになってしまう。とはいえ、本音を言えば今すぐ猛烈に引き返したいくらいには、背筋が冷たくなっていた。怖い。めちゃくちゃ怖い。無表情で取り繕ってはいるが、実はちょっぴり涙目だった。 今にも石段の先から髪の長い女が這いずってくるのではないか。首なし地蔵とやらの呪いが、理不尽に降りかかってくるのではないか。事前に聞かされた情報から嫌な想像が膨らみ、ぷつぷつと鳥肌がたってくる。 しかしそんな素振りを見せるのは、甲洋の男としてのプライドが許さない。操は手を口元にちょこんと当てて、にんまりとした笑みを浮かべながらこちらを見ている。いっそ清々しいくらいの憎らしさを覚えてしまった。 「ふーん、甲洋って実はこういうの苦t」 「違うっつってんだろ」 「食い気味に否定するのやめない? っていうか、なんか口悪くなってない!?」 「気のせいじゃないかな」 「そっかぁ。ならいいんだけど……あ、そうだ! 除霊スプレー使ってみようよ! なにかあっても、きっとこれが守ってくれるよ!」 言いながら、操がさっそく例のインチキスプレーを吹きかけてくる。爽やかなハーブの香りが辺りにふわりと広がった。少なくとも、蚊に食われることだけはなさそうだ。 「あとね、お清めの塩と、魔除けの御札も持ってきてあるんだ」 「塩と御札?」 てっきり除霊スプレーにばかり依存しているのかと思っていたら、案外まともそうなアイテムを所持していることに驚いた。 操は誇らしげに「えへへー」と笑いながら、懐中電灯をいったん足元に置くとポケットのなかを探りはじめる。そして出てきたアイテムを、ライトつきのカメラに向かって突き出して見せた。 「ジャーン! これさえあれば大丈夫!」 それを見た瞬間、甲洋の目からすぅっと光が消えた。一瞬でも期待した自分が恥ずかしい。ライトのもとにさらされたのは、キッチンでよく見る青いキャップの『アジシオ』と、邪気退散と書かれた遊●王カードだった……。 「……本気?」 「なにが?」 「今日一番ゾッとしたよ(こんなアホの子を好きになってしまった自分に)」 虫除けスプレー、アジシオ、遊●王カード……いざ霊現象が起こったさい、何ひとつとして役に立たない三種の神器が揃ってしまった。 操は「これ甲洋にあげるね!」と言って、胸ポケットに遊●王カードをねじ込んでくる。それ、そもそも俺のデッキから盗んだカードじゃない? と思ったが、ここに来てとつぜん凄まじい疲労感に襲われたせいで口を開くのが面倒だった。これも霊障の類だろうか。(珪素チャンネルではよくカードゲーム実況もしています) 「よーし! 甲洋から恐怖心が消えたところで、さっそく廃神社へ出発進行!」 「だから、俺は別に怖がってなんかないってば」 厳密には、どうでもよくなったというほうが正しかった。 操のブレない天然ぶりは、ある意味ちょっとした救いになっているのかもしれない。 こちらまで危機感が薄れはじめたことに逆に危機感を覚えつつ、アジシオを振りまきながら石段を前進していく背中をカメラに収める。なんだかとても勇ましい。 が、何段か進んだところで操がとつぜん「ぴゃんっ!?」とおかしな悲鳴をあげた。 「え、なにその悲鳴? 可愛いな? ……じゃなくて、どうかした?」 「ここ、甲洋~!」 なぜか涙目になった操が、数段遅れて背後にいた甲洋に思いきり抱きついてくる。 「なんか顔にぶつかってきたぁ! 気持ち悪いぃ!」 十中八九、虫だろうなぁと思ったが、このときを待っていたとばかりに甲洋の胸は血湧き肉躍っていた。そうそう、これこれ……この感じ。世の男子が女子をお化け屋敷や心霊スポットに連れて来たがるのは、ほぼ100%こういったスキンシップを期待してのことだと言っても過言ではない。少なくとも甲洋はそういうベタなシチュエーションが大好物で、ずっと夢を馳せていた。念願叶って──甲洋の方が連れてこられた側だが──おのずとテンションが上がってくる。 「さっきまでの勢いはどうしたの? この程度で泣いてたら、先になんか進めないよ」 が、むっつりスケベであるがゆえのツンを発動し、甲洋は気合いで表情筋を引き締めると、あえて呆れた表情をしながら操を揶揄する。 「だってぇ……ねぇ甲洋、ここからは先に行ってよ。カメラはおれが持つから」 「それじゃくっついて歩けないだろ」 「え?」 「ごめん、なんでもない」 つい目的を見失いかけていたが、自分たちはここに撮影のため訪れたのである。決してイチャイチャするためではない。口惜しさを感じつつ、甲洋は操にカメラを渡すと代わりに懐中電灯を受け取った。ちゃっかりアジシオも渡されたので、そっと尻ポケットにしまった。 「じゃ、気を取り直して行ってみよう!」 勢いを取り戻した操がカメラを構える。どこかでイチャつくタイミングはないだろうかと思案しながら、今度は甲洋が先になって歩きだした。 * 長い石段を登り切ると、そこには石造りの鳥居と小さな拝殿があった。 どれほど長いあいだ放置されているのか、黒く変色した木造の拝殿は建物全体が傾いて、ぶら下がる紅白の麻縄だけが信仰への残滓を残している。賽銭箱は横倒しで半壊しており、その先の格子扉もひしゃげたように崩れかかっていた。 「わぁ……すごいボロボロだね……」 「昔は立派な神社だったんだろうけど……見る影もないな……」 山奥に捨て置かれたようにひっそりと沈む廃神社。最盛期には多くの参拝客が訪れていたのだろうが、今はその面影すら見つけることはできなかった。物悲しさすら込み上げて、しばしのあいだ言葉を失くす。 「あっ! 甲洋、あれ見て!」 とつぜん操が声をあげ、カメラを向けた先を指差した。甲洋もそちらに視線を走らせ、懐中電灯を向ける。するとそこには、藪に覆われた五体の地蔵がズラリと並べられていた。 物憂さに薄れかけていた『心霊スポットに来ている』という意識が、一瞬で蘇ってくる。絡みつく藪によって埋もれているものもあるが、この中には例の首なし地蔵があるかもしれないのだ。見ると死ぬ、なんて根も葉もない噂を本気で信じているわけではないが、わざわざ藪をつつく必要もな 「わーい! 探してみよーっと!」 「ほんっとアホ! アホだよお前は!」 タタターッと駆けていこうとする操の首根っこを捕まえ、キャラも忘れて罵倒する。 「やだー! 離してよ! 首なし地蔵探すんだぁ!」 「探してどうすんのさ!? なにかあったらどうする気!?」 「え? 甲洋、君……まさか死ぬなんて噂を信じてるわけじゃないよね?(スンッ)」 「急にチベットスナギツネみたいな顔するのやめてくれない!?」 そんな甲洋はさっきからずっとしわしわピ●チュウのような顔になっている。エレメント一のイケメンとうたわれる顔面が、残念なことになっていた。 「へぇー、そっかぁ。甲洋、やっぱり怖いんだ。君がこんなに可愛いやつだったなんて知らなかったよ。ぷぷぷ~っ」 「腹立つなお前」 なんでこんなクソガキを好きになってしまったのだろうか。人生どう転がるか分からないものである。 「あーぁ、でも残念だな。甲洋がそんなに臆病だったなんて……ファンの子たちはガッカリすると思うよ」 「それで煽ってるつもり? 再三言ってるけど、俺は別に怖がってるわけじゃないよ。ただ万が一の危険性を考慮して」 「おれの百年の恋も冷めちゃいそう」 「待ってな来主。今すぐ首なし地蔵を探してくるから」 即落ちだった。 「やったー! 甲洋のそういうチョロいとこ大好き!」 「覚えてろよ……(帰ったら絶対泣かす)」 完全に弱みにつけこまれる形で、首なし地蔵探索をすることになってしまった。返す返すもどうしてこんな奴を好きになってしまったのだろうかとウンザリしながら、甲洋はごくりと固唾をのんだ。 目の前に鎮座するのは五体の地蔵だ。一体一体ライトで照らしながら確認すると、そのうち三体は完全に藪に埋もれており、残り二体はしっかり顔が覗いている。つまり、確認が必要なのは三体のみということだ。 「甲洋、がんばって!」 操が背後からカメラを回しながらエールを送ってくる。甲洋は深く息を吐きだしながら気合いを入れた。首なし地蔵そのものが、あるかどうかも分からないただの噂に過ぎない。さっさと確認してしまえば済むことなのだ。 甲洋は顔が見えない地蔵にそっと手を伸ばした。絡みつく蔦や葉っぱを掻き分けて、そこにちゃんと頭部が存在していることを確かめる。一体、二体と確認し、そのたびにホッと息をついた。そして残すは三体目だ。 (これが最後……あってくれ、地蔵の首……!) 一番左端に佇む最後の地蔵に、震える指先を伸ばした。そのとき── パァンッ!! という、なにかが爆ぜる音がした。 「──ッ!?」 甲洋は声なき悲鳴をあげ、とっさに体勢を崩して片膝をついてしまった。その拍子に懐中電灯が地面に転がり落ちる。 音は藪の向こう側から聞こえたような気がした。ほんのりと火薬の匂いがするのは気のせいだろうか。 「な、なに!? いま何か変な音がしたけど!?」 「来主は来なくていい! そこでじっとしてて!」 「わ、わかった!」 藪の向こうでは何かが蠢く気配がしていた。ガサリガサリと微かな音が鳴っている。 甲洋は目を凝らし、その音と気配の正体に全神経を傾けた。得体の知れないなにかが、そこに存在している。霊的な力によるものなのか、あるいは野生動物の類なのか。 いずれにしろ手が届きそうなほどの距離に、その『なにか』がいるのだ。甲洋は手探りで懐中電灯を拾い上げ、体勢を立て直すと息を殺しながら藪を照らした。 するとその瞬間、 「わっ!!」 という声をあげながら、目の前からなにかが飛び出してきた。 「うわッ!?」 甲洋は驚きのあまり尻もちをついてしまった。尻ポケットにねじ込んでいたアジシオの瓶が地味に痛い。だが今はそれどころではなかった。 汗がドッと噴き出して、瞬きすらできないまま硬直する。目を見開いた甲洋の視界の先には、ここにはいないはずの人物がひょっこりと顔を出していた。 「ッ、? ぇ……ッ、え? そ、総士……?」 そこにあったのは今ごろ自宅で一騎のスイーツ動画を編集しているはずの、皆城総士の姿だった。彼は藪の向こう側に佇み、手には糸引きクラッカーを持っている。さっきの破裂音はこれだったのだ。 「そうだ。僕だ。そしてこれはつまり、こういうことだ」 スッ……と、総士がなにやら看板を掲げて見せた。そこには『ドッキリ大成功』という文字がデカデカと書かれており、甲洋は開いた口が塞がらなかった。 未だに何が起こったのか、頭のネジが吹っ飛んだようにうまいこと処理が追いつかない。心臓がバクバクと高鳴っていて、悪い夢でも見ているようだった。 「やったー! ドッキリ大成功! デッデレー!」 操が大はしゃぎで甲洋に駆け寄り、呆然とする表情をドアップで撮影している。 「ど……ドッキリ……?」 「あはは! 甲洋ってば尻もちついちゃって可愛いー!」 「ま、待って、説明して……」 「最初からおれと総士は仕掛け人だったんだよ! このお地蔵さんも本物っぽく作られた偽物! 実はぜーんぶ発泡スチロールで作られてるんだ! ちなみに一体につき●●万円の特注品だよ!」 「ッ……! ば、バカなんじゃないの!?」 ようやく甲洋の頭が回りはじめる。同時に凄まじい脱力感に襲われた。 最初から全て仕組まれていたことだったのだ。昼間、楽園で企画会議をしていたときから、それはすでに始まっていた。ドラマのオファーが来てもうまいこと対応できそうだなぁ、なんて感心している場合ではない。 先に帰るなんていうのは真っ赤な嘘で、総士は自宅へは帰らず一足先にこの廃神社までやってきて、偽地蔵の設置を行っていたのだ。そして藪の裏手に隠れると、ずっと甲洋たちが来るのを待っていた。 「総士は心霊スポットが怖いんじゃなかったのか?」 「バカを言うな甲洋。僕はそもそも、霊だのなんだのといった非科学的なものは信じない。よって一切合切、怖くなどない」 「実はねここ、心霊スポットでもなんでもないんだよ。本当にただの廃神社なの。だから総士もノリノリでおれの企画に乗ってくれたんだよ」 「だから怖くないと言ってるだろう!」 総士が藪の向こうから這い出しながら声を荒げる。 「いや、だって……じゃあ殺人事件とか首なし地蔵の話は……」 「作り話に決まってるでしょ!」 「あぁー……くそ……」 もはや項垂れるしかなかった。全く怪しむことなく、まんまと引っかかってしまったというわけだ。 いくら心霊スポットではないといっても、夜の山中に一人で待機しているなんて、どうかしてるとしか思えない。これがプロ根性とでも言えばいいのだろうか。しかもウン十万もする地蔵をオーダーメイドで五体も用意するあたり、FafTuberすぐ金に物を言わせる……と呆れ返るより他になかった。 「えへへー。うまくいってよかった。ごめんね甲洋、でもすっごくいい絵が撮れたよ」 できればお蔵にしてほしい……と心の底から願いつつ、操が差し出してくれた手をとり、立ち上がる。するとクラッカーから飛び散ったテープなどをせっせと拾い集めていた総士が、怪訝そうな顔をしながら「ところで一騎はどうした?」と問いかけてきた。 「あいつもグルじゃないの?」 「違うよ。本当は甲洋と一騎の二人がターゲットの企画だったんだもん」 「じゃあ体調不良はたまたまってこと? 逆にラッキーだなあいつ……」 「雰囲気に飲まれちゃったのかも。一騎も可愛いとこあるね」 「体調不良だと?」 総士が顔色を変える。けれどすぐに腕を組み、なにか考え込んでいる素振りを見せた。そして「予定は狂うが……仕方ない」と小声で呟いた。 「総士? どうかしたの? 早く戻ってあげないと、一騎が一人ぼっちで可哀想だよ」 「そうしたいのは山々だが、実はひとつ提案がある」 「提案?」 甲洋と操は同時に首を傾げた。 「この先の道をしばらく進んだところに、今では使われていない古びたトンネルがある。何を隠そう、そこは正真正銘の心霊スポットだ」 「え!? それほんとなの総士!?」 途端に目を輝かせた操に、総士が深く頷いた。 「僕としてはいささか不本意だが、ここまで来て見過ごすことはプロのFafTuberとしての沽券に関わる。つまり乗りかかった船だ」 マジか、と甲洋は思った。この流れはよろしくない。 しかしプロ魂に火がついている総士は、目だけで「おうちに帰して」と訴える甲洋に気づかずガッツポーズをして見せた。 「これより、第一次珪素チャンネル『真』心霊スポット凸企画を開始する!」 「やっぱりまだ帰れないんだな、俺たち……」 すでに疲労困憊の甲洋は、「やったー!」と万歳をしている操を死んだ魚のような目で見つめながら、盛大に溜息を漏らした。 ←戻る ・ Wavebox👏
近年、日本でも爆発的なブームが到来し、子供たちのなりたい職業ランキングでは上位に入るほど、世間一般にも認知される存在になっていた。
FafTube上において数多のチャンネルが混在するなか、ひときわ人気を博しているFafTuber集団がいる。その名も『珪素チャンネル・エレメント』だ。
もともとはチート級の知能指数を誇る大学生、皆城総士と春日井甲洋が気まぐれで開設した科学実験チャンネルだった。
そこにふたりの幼馴染である真壁一騎がふらりと加入したことにより、一時期ほのぼのお料理チャンネルへとシフトチェンジ。その後、高校を卒業したあとフラフラしていた来主操──総士の従兄弟だ──が気まぐれ電撃加入を果たし、大食い、ゲーム実況、メントスジンジャーエールにハバネロ風呂などなど、なんでもありのカオスな悪ふざけチャンネルへと進化──総士に言わせると退化らしい──した。
揃いも揃って顔面偏差値が高いことから女子人気が絶大で、凄まじい勢いでチャンネル登録者数を増やし、日本人で初となるダイヤモンドの盾の獲得も間近とされている。
CDデビューもしており、デビューシングルはオリコン1位を獲得。M●テ出演も果たし、一気に国民的アイドルFafTuberへと上りつめた。
ちなみに甲洋と操は一時期不仲説が浮上していたが、ある検証動画をきっかけに二人の距離が急激に縮まったことから、視聴者たちの間にあらゆる意味で衝撃が走り、もともとは一騎と総士の二人によって占められていた『とある市場』を、より拡大させる結果となった。
『【検証】不仲説のあるふたりで釣りキャンプに出かけてみた』という動画は、珪素チャンネル内で最多の再生数を誇っている。
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「夏だしさ、今年は心霊スポット凸しようよ!」
8月某日。
甲洋の実家である元・喫茶楽園──現在は閉店し、四人の活動拠点になっている──で企画会議中、ずっとスイカの種を飛ばして遊んでいた操がとつぜん声を上げた。
「おい甲洋。来主がまたしょーもないことを言いだしたぞ。止めろ。速やかに」
その提案に真っ先に難色を示したのは総士だった。彼は眼鏡の奥でその瞳を険しく細めている。
なんで俺がと思いつつ、操がふっ飛ばしたスイカの種を片付けていた甲洋は、今ではすっかり操の保護者兼、世話係に任命されていた。(なんだかんだで異存はないが)
「来主、総士が心霊系NGなのは知ってるだろ?」
「えー? だって夏だよ? 夏といったらオバケじゃないのぉ?」
「まぁ風物詩ではあるけどさ」
操がプッと吐き出したスイカの種を素早くキャッチしながら、甲洋は総士に視線を向けた。彼は形の良い眉を鋭利な角度に吊り上げているが、その顔色はうっすら青くなっている。
珪素チャンネルでは、これまで心霊系の動画を扱ったことがない。それもこれも、全て総士が却下してきたからだ。科学的根拠のない有象無象を扱うことは、当チャンネルの理念に反する、とかなんとかそれっぽいことを言ってはいるが、今やなんでもありのカオスなチャンネルにおいて、理念といえば『炎上しない』くらいのものである。
要するに、彼はシンプルにオバケが怖いのだ。一騎も甲洋もそれを知っているが、あえて突っ込まずに彼の言い分を尊重してきた。が、操は空気を読まない子だった。
「ねぇ総士、科学的根拠がないってことは、総士にとってオバケはいないってことなんでしょ? だったら怖がる必要なんかないじゃん。いないんだから」
あーぁ、言っちゃった……と呆れながらおしぼりで手に付着したスイカ汁を拭いていると、案の定
「ッ! 怖くなどない! 僕をみくびるな!」
と、総士が顔を真っ赤にしてテーブルを叩きながら否定した。
「なら平気だよね! 今夜さっそく行こうよ! はい決定! プッ」
「来主、いい加減スイカの種飛ばすのはやめな……」
甲洋がキャッチしそこねたスイカの種が、操の真向かいにいる総士の眼鏡にくっついた。いったい口の中に幾つ種をストックしているのだろうか。操の目の前の皿には食べ終わったスイカの皮が山のようになっている。
エレメントはAlvisという名のマネジメント会社に所属するクリエイター集団だ。そこに毎日のようにファンから手紙をはじめ、なにかしらのプレゼントが送られてくる。
夏真っ盛りということもあって、Alvis経由で送られてきたのは大量の高級スイカだった。とても食べ切れる量ではなかったが、底なしの胃袋を持つ操がせっせと食べて消費してくれている。
「冗談じゃない。僕は絶対に行かないぞ。言っておくが、怖いからじゃない。撮りためてある動画の編集作業が、山のごとく残っているからだ。それもこれもお前と一騎の編集技術がいつまで経っても向上しないからであって、そのしわ寄せが僕と甲洋に」
「安心して総士。なにかあっても大丈夫なように、除霊スプレーを買っておいたから」
「聞け! というか、なんだ除霊スプレーって!?」
「ジャーン! これだよ。セール特価で三万円だったよ」
「さ ん ま ん え ん !? 明らかに悪徳商法じゃないのか!? 甲洋! 今すぐ国民生活センターに連絡しろ!」
ダァーンと、総士がまたテーブルを叩いた。その拍子に眼鏡がズレて、付着したままだったスイカの種がポロッと落ちる。
操が自信満々でどこからか取り出した除霊スプレーとやらは、見たところなんの変哲もないアロマスプレーのように見えた。透明なプラスチック容器に、白いラベルが貼ってある。その表面には達筆な字で『悪霊退散』と書いてあり、どこからどう見ても胡散臭い代物だった。
甲洋はテーブルの上に置かれたそれを興味本位から手に取ると、細かな字で記載された説明書きに目を通した。そこには
『自称陰陽師監修のもと作られた、邪気祓い、除霊用のミストです。霊媒体質・憑依体質の方、または生霊対策にもうっすら効果的。
ハーブの香りで蚊やヒルなどの害虫を寄せ付けません。ところでタピオカの次に流行るものって結局なんなん?』
と書かれていた。甲洋はふっと息をつく。
「……来主」
「ん? なに?」
「本当にこれを三万円も出して買ったの?」
「買ったよ! 送料込みで三万五百円したよ!」
「そう……次から買い物するときは、俺に一言相談できる?」
「甲洋に? んー、わかった! 次は甲洋に言ってから買うね!」
「素直でいいな、来主は」
「叱れ甲洋!! 釣りキャンプ以来様子がおかしいぞお前!!」
『ちょっと意地悪な気になるあいつ』から、『優しいゲロ甘彼ぴっぴ』へとクラスチェンジを果たしている甲洋を、総士が信じられないものを見るような目で見ている。
確かにいいカモにされちゃったなこの子……と呆れてはいるが、操は曇りなき眼で除霊スプレーが本物であると信じ込んでいるようだった。こんなおふざけグッズに三万円もの大金を出すその神経は、狂気の沙汰としか思えない。しかしそういう頭が弱い──いや、ピュアなところにハマってしまったのも事実だったので、甲洋は生暖かく微笑みながら黙っておくことにした。
「と、とにかく、僕は行かないったら行かない。行くならお前達だけで行くんだな」
「来主、諦めたほうがいい。実際に編集作業が押してるのは事実だよ」
「ちぇー、わかったよ。おれと甲洋と一騎だけで行ってくるよ」
「待て。一騎は了承しているのか? 本人に断りもなく勝手に頭数に入れているのなら、この僕が許さないぞ」
それを言ったら甲洋だって了承した覚えはない。だが強制参加扱いになっている。
甲洋だって、可能なら心霊スポットになどわざわざ行きたくはなかった。どちらかと言えば否定派だし、そもそもそういった場所に面白半分で行くべきではないからだ。
しかし操は行く気まんまんになっている。放っておくと何をしでかすか分からない彼は、最悪ひとりでも行くと言いだしかねない。夜道をひとりで歩かせるのも嫌なのに、心霊スポットなんてもっての外である。
「俺なら大丈夫だよ、総士」
そこに、黒いエプロン姿の一騎がやってきた。彼は三人が会議をしている間、カウンター席の向こう側にあるキッチンでせっせとスイーツ作りに励んでいた。
次から次へとテーブルの上にスイカを使ったデザートが並べられていく。スイカゼリーにスイカジェラート、スイカケーキにスイカのミルクドリンクなどなど。その豊富なスイーツの数々に、いっそ一騎をシェフに楽園の営業を再開させたほうが、ずっと堅実に暮らしていけるのではないかと甲洋は思った。
「わー! 凄いや一騎! これ全部スイカを使って作ったの?」
「ああ。皮は漬物と酢の物にして冷蔵庫で冷やしてあるから、夕飯で食べよう」
「やったー! スイカって捨てるとこないんだね!」
一騎と操がキャイキャイしている傍らで、総士がテーブルの上のスイーツをスマホで撮影しまくっている。あとでSNSに投稿するつもりなのだ。今夜もバズってしまうのか。一騎はすでに料理のレシピ本も数冊発行しており、ベストセラーになっている。
「一騎、キッチンでカメラは回したか?」
「固定してずっと回してたから、多分ちゃんと撮れてると思う」
「よし、他をお蔵にしてでも最優先で編集しよう」
「え? ぬるぬるローション尻相撲が先じゃないの? おれたち昨日、砂浜で死にそうになりながら褌でがんばったのに。甲洋なんかポロリもしたのに」
「そんなものは後でいい。モザイク処理が面倒だ」
熱中症ギリギリ命がけの撮影 < 一騎のお料理動画である。確かに男4人が褌一丁でローションまみれになっている絵面よりも、癒やし系のイケメンがスイーツ作りをしている動画の方がメンタルに負荷がかからないのは明白──しかも一人はポロリという名の大事故を起こしている──だ。頬肉ゆるゆるにしながら編集するんだろうなぁと思ったが、黙っておいた。っていうか、ポロリシーンはお願いだからカットしてほしい。
その後、四人はほんのいっとき心霊スポットの件を忘れて、仲良くスイーツを食べる動画を撮影しながら、ほのぼのとした時を過ごしたのだった。
*
時刻は午後10時過ぎ。
夕飯を食べたあと、総士は自宅でじっくり編集作業をするというので帰っていった。
残りの三人は車に乗り込み、心霊スポットに向かって走りだしていた。
「こんばんは! 珪素チャンネルです! 今夜はおれと甲洋と一騎で心霊スポットに行くよ! 総士は怖いからってお留守番です!」
「怒られるよ来主……」
ダッシュボードにライトつきのカメラを設置し、車を走らせながらオープニングの撮影を行う。運転は甲洋、助手席に操、後部座席には一騎が座っている。
「心霊スポットなんて初めてだよな。どこに行くんだ?」
一騎が甲洋の背後からひょっこり顔を出しながら首を傾げる。今夜の企画は完全に操主導のもと行われているため、他二人は行き先すら知らされていなかった。
「よくぞ聞いてくれたね一騎! 今おれたちが向かってるのは、ナナシの神社っていう知る人ぞ知るスポットなんだよ」
ちょうど赤信号で停車したところで、甲洋が操に視線を送りながら口を開く。
「ナナシの神社? 聞いたことないな」
「そこでむかし殺人事件があって、今は廃神社になってるんだって。殺された女の霊が出るとか、どこかに首なし地蔵があって、それを見ると呪われて死ぬとか噂があるらしいよ」
「えっ、それって大丈夫なのか? 俺たち無事に帰れるのか?」
「それを確かめるために行くんじゃん!」
「ありがちというかなんというか……」
「甲洋もっとテンション上げてよぉ。あ、次の信号を右に曲がって」
適当なところでオープニングを切り上げ、操のナビで車をひたすら走らせる。徐々にコンビニや民家の明かりが減っていき、やがて山道へと入っていった。
操がダッシュボードからカメラを取り、レンズを進行方向へと向ける。
「雰囲気でてきたね! いい感じー!」
行き先が行き先なだけに、ただでさえ不穏に感じられる曲がりくねった山道が、ほんのりと立ち込める霧によってさらに薄気味悪さを増している。街灯のない二車線の道を車のライトだけが照らしだし、鬱蒼とした木々をぼんやりと浮かびあがらせていた。
完全に口数が潰えた甲洋と一騎とは対照的に、操だけがまるで遠足のテンションではしゃいでいる。
「流石にちょっと不気味だな。来主、まだつかないの?」
「もうすぐだよ。ほらあそこ!」
操の指示のもと、道の脇にちょうどよく空いていた停車スペースに車を停める。するとずっと黙り込んでいた一騎が「ごめん、ちょっと」と弱々しい声をあげた。
「一騎?」
操がライト付きのカメラを後部座席に向ける。一騎は額にうっすらと汗を滲ませ、胸のあたりを手の平で押さえていた。
「どうしたの一騎! 顔色悪いよ!?」
「ここについた途端、急に胸が……」
「苦しいの!?」
「悪い……俺はここ、ダメかもしれない」
「えっ」
まさかの事態に、操までどんどん顔色をなくしていく。
「ど、どうしよう甲洋……これってオバケのせい……?」
「まさか……」
しかし、場所が場所だけに否定はしきれない。ここに来て急に体調を崩すというのは、不吉以外のなにものでもなかった。一騎に霊感があるなんて話は聞いたことがなかったが、なんらかの警告を受けているとでもいうのだろうか。
一騎は胸を押さえたまま大きく息をついた。そして不安そうにしている操を、安心させるように笑顔を浮かべて見せる。
「ここで休んでれば大丈夫だよ。俺に構わず、お前たちだけでも行ってくれ」
「で、でも」
「初めての心霊スポット、来主は楽しみにしてたんだろ?」
「そうだけど……」
一騎が青白い顔をしながら甲洋に目配せしてくる。
正直なところ、この流れは動画的にかなり美味しいのだ。心霊スポットに来てメンバーの一人が急に体調を崩すなんて、滑りだしの掴みとしては完璧すぎる。この先もなにかしらの異変をカメラに収めることができたら、さらに御の字だった。
本音を言えば引き返したいところだが、一騎の意図を汲み取り、甲洋は頷いた。
「来主、行こう。ここで引けば、総士の反対を押し切ってまで来た意味がなくなるよ」
「うん……わかった……」
さっきまでの遠足気分はどこへやら、一騎の身を案じる操は冴えない表情をしながらも頷いた。
*
一騎のことは心配だが、甲洋と操は気持ちを切り替えると廃神社を目指して山の麓から獣道へと分け入った。
かろうじて人が通れる程度の険しい道を進んでいくと、わずかに開けた空間に出る。
その先は長い石段が続いているものの、すっかり荒れ果てて雑草に埋もれていた。
「うわぁ、不気味だね。ぜんぜん先が見えないよ」
操が懐中電灯で石段の先を照らす。甲洋も片手に構えたカメラをその方向へ向けた。
相当に長い階段のようで、頂上になにがあるのかは全く見えない。左右には木々が生い茂り、ぽっかりと空いた黒い穴へと向かって石段が続いている。
この先に例の廃神社とやらがあるのだろうが、こころなしか湿った風が流れこんできているような気がした。ゆるく、ぬるく、けれど確実に、なんらかの力によって拒まれている。そんな気にさせられる程度には、場の空気に飲まれつつあった。
「甲洋、ひょっとして怖い?」
「別に」
間髪入れずに早口で否定したことで、逆に肯定してしまったかのようになってしまう。とはいえ、本音を言えば今すぐ猛烈に引き返したいくらいには、背筋が冷たくなっていた。怖い。めちゃくちゃ怖い。無表情で取り繕ってはいるが、実はちょっぴり涙目だった。
今にも石段の先から髪の長い女が這いずってくるのではないか。首なし地蔵とやらの呪いが、理不尽に降りかかってくるのではないか。事前に聞かされた情報から嫌な想像が膨らみ、ぷつぷつと鳥肌がたってくる。
しかしそんな素振りを見せるのは、甲洋の男としてのプライドが許さない。操は手を口元にちょこんと当てて、にんまりとした笑みを浮かべながらこちらを見ている。いっそ清々しいくらいの憎らしさを覚えてしまった。
「ふーん、甲洋って実はこういうの苦t」
「違うっつってんだろ」
「食い気味に否定するのやめない? っていうか、なんか口悪くなってない!?」
「気のせいじゃないかな」
「そっかぁ。ならいいんだけど……あ、そうだ! 除霊スプレー使ってみようよ! なにかあっても、きっとこれが守ってくれるよ!」
言いながら、操がさっそく例のインチキスプレーを吹きかけてくる。爽やかなハーブの香りが辺りにふわりと広がった。少なくとも、蚊に食われることだけはなさそうだ。
「あとね、お清めの塩と、魔除けの御札も持ってきてあるんだ」
「塩と御札?」
てっきり除霊スプレーにばかり依存しているのかと思っていたら、案外まともそうなアイテムを所持していることに驚いた。
操は誇らしげに「えへへー」と笑いながら、懐中電灯をいったん足元に置くとポケットのなかを探りはじめる。そして出てきたアイテムを、ライトつきのカメラに向かって突き出して見せた。
「ジャーン! これさえあれば大丈夫!」
それを見た瞬間、甲洋の目からすぅっと光が消えた。一瞬でも期待した自分が恥ずかしい。ライトのもとにさらされたのは、キッチンでよく見る青いキャップの『アジシオ』と、邪気退散と書かれた遊●王カードだった……。
「……本気?」
「なにが?」
「今日一番ゾッとしたよ(こんなアホの子を好きになってしまった自分に)」
虫除けスプレー、アジシオ、遊●王カード……いざ霊現象が起こったさい、何ひとつとして役に立たない三種の神器が揃ってしまった。
操は「これ甲洋にあげるね!」と言って、胸ポケットに遊●王カードをねじ込んでくる。それ、そもそも俺のデッキから盗んだカードじゃない? と思ったが、ここに来てとつぜん凄まじい疲労感に襲われたせいで口を開くのが面倒だった。これも霊障の類だろうか。(珪素チャンネルではよくカードゲーム実況もしています)
「よーし! 甲洋から恐怖心が消えたところで、さっそく廃神社へ出発進行!」
「だから、俺は別に怖がってなんかないってば」
厳密には、どうでもよくなったというほうが正しかった。
操のブレない天然ぶりは、ある意味ちょっとした救いになっているのかもしれない。
こちらまで危機感が薄れはじめたことに逆に危機感を覚えつつ、アジシオを振りまきながら石段を前進していく背中をカメラに収める。なんだかとても勇ましい。
が、何段か進んだところで操がとつぜん「ぴゃんっ!?」とおかしな悲鳴をあげた。
「え、なにその悲鳴? 可愛いな? ……じゃなくて、どうかした?」
「ここ、甲洋~!」
なぜか涙目になった操が、数段遅れて背後にいた甲洋に思いきり抱きついてくる。
「なんか顔にぶつかってきたぁ! 気持ち悪いぃ!」
十中八九、虫だろうなぁと思ったが、このときを待っていたとばかりに甲洋の胸は血湧き肉躍っていた。そうそう、これこれ……この感じ。世の男子が女子をお化け屋敷や心霊スポットに連れて来たがるのは、ほぼ100%こういったスキンシップを期待してのことだと言っても過言ではない。少なくとも甲洋はそういうベタなシチュエーションが大好物で、ずっと夢を馳せていた。念願叶って──甲洋の方が連れてこられた側だが──おのずとテンションが上がってくる。
「さっきまでの勢いはどうしたの? この程度で泣いてたら、先になんか進めないよ」
が、むっつりスケベであるがゆえのツンを発動し、甲洋は気合いで表情筋を引き締めると、あえて呆れた表情をしながら操を揶揄する。
「だってぇ……ねぇ甲洋、ここからは先に行ってよ。カメラはおれが持つから」
「それじゃくっついて歩けないだろ」
「え?」
「ごめん、なんでもない」
つい目的を見失いかけていたが、自分たちはここに撮影のため訪れたのである。決してイチャイチャするためではない。口惜しさを感じつつ、甲洋は操にカメラを渡すと代わりに懐中電灯を受け取った。ちゃっかりアジシオも渡されたので、そっと尻ポケットにしまった。
「じゃ、気を取り直して行ってみよう!」
勢いを取り戻した操がカメラを構える。どこかでイチャつくタイミングはないだろうかと思案しながら、今度は甲洋が先になって歩きだした。
*
長い石段を登り切ると、そこには石造りの鳥居と小さな拝殿があった。
どれほど長いあいだ放置されているのか、黒く変色した木造の拝殿は建物全体が傾いて、ぶら下がる紅白の麻縄だけが信仰への残滓を残している。賽銭箱は横倒しで半壊しており、その先の格子扉もひしゃげたように崩れかかっていた。
「わぁ……すごいボロボロだね……」
「昔は立派な神社だったんだろうけど……見る影もないな……」
山奥に捨て置かれたようにひっそりと沈む廃神社。最盛期には多くの参拝客が訪れていたのだろうが、今はその面影すら見つけることはできなかった。物悲しさすら込み上げて、しばしのあいだ言葉を失くす。
「あっ! 甲洋、あれ見て!」
とつぜん操が声をあげ、カメラを向けた先を指差した。甲洋もそちらに視線を走らせ、懐中電灯を向ける。するとそこには、藪に覆われた五体の地蔵がズラリと並べられていた。
物憂さに薄れかけていた『心霊スポットに来ている』という意識が、一瞬で蘇ってくる。絡みつく藪によって埋もれているものもあるが、この中には例の首なし地蔵があるかもしれないのだ。見ると死ぬ、なんて根も葉もない噂を本気で信じているわけではないが、わざわざ藪をつつく必要もな
「わーい! 探してみよーっと!」
「ほんっとアホ! アホだよお前は!」
タタターッと駆けていこうとする操の首根っこを捕まえ、キャラも忘れて罵倒する。
「やだー! 離してよ! 首なし地蔵探すんだぁ!」
「探してどうすんのさ!? なにかあったらどうする気!?」
「え? 甲洋、君……まさか死ぬなんて噂を信じてるわけじゃないよね?(スンッ)」
「急にチベットスナギツネみたいな顔するのやめてくれない!?」
そんな甲洋はさっきからずっとしわしわピ●チュウのような顔になっている。エレメント一のイケメンとうたわれる顔面が、残念なことになっていた。
「へぇー、そっかぁ。甲洋、やっぱり怖いんだ。君がこんなに可愛いやつだったなんて知らなかったよ。ぷぷぷ~っ」
「腹立つなお前」
なんでこんなクソガキを好きになってしまったのだろうか。人生どう転がるか分からないものである。
「あーぁ、でも残念だな。甲洋がそんなに臆病だったなんて……ファンの子たちはガッカリすると思うよ」
「それで煽ってるつもり? 再三言ってるけど、俺は別に怖がってるわけじゃないよ。ただ万が一の危険性を考慮して」
「おれの百年の恋も冷めちゃいそう」
「待ってな来主。今すぐ首なし地蔵を探してくるから」
即落ちだった。
「やったー! 甲洋のそういうチョロいとこ大好き!」
「覚えてろよ……(帰ったら絶対泣かす)」
完全に弱みにつけこまれる形で、首なし地蔵探索をすることになってしまった。返す返すもどうしてこんな奴を好きになってしまったのだろうかとウンザリしながら、甲洋はごくりと固唾をのんだ。
目の前に鎮座するのは五体の地蔵だ。一体一体ライトで照らしながら確認すると、そのうち三体は完全に藪に埋もれており、残り二体はしっかり顔が覗いている。つまり、確認が必要なのは三体のみということだ。
「甲洋、がんばって!」
操が背後からカメラを回しながらエールを送ってくる。甲洋は深く息を吐きだしながら気合いを入れた。首なし地蔵そのものが、あるかどうかも分からないただの噂に過ぎない。さっさと確認してしまえば済むことなのだ。
甲洋は顔が見えない地蔵にそっと手を伸ばした。絡みつく蔦や葉っぱを掻き分けて、そこにちゃんと頭部が存在していることを確かめる。一体、二体と確認し、そのたびにホッと息をついた。そして残すは三体目だ。
(これが最後……あってくれ、地蔵の首……!)
一番左端に佇む最後の地蔵に、震える指先を伸ばした。そのとき──
パァンッ!!
という、なにかが爆ぜる音がした。
「──ッ!?」
甲洋は声なき悲鳴をあげ、とっさに体勢を崩して片膝をついてしまった。その拍子に懐中電灯が地面に転がり落ちる。
音は藪の向こう側から聞こえたような気がした。ほんのりと火薬の匂いがするのは気のせいだろうか。
「な、なに!? いま何か変な音がしたけど!?」
「来主は来なくていい! そこでじっとしてて!」
「わ、わかった!」
藪の向こうでは何かが蠢く気配がしていた。ガサリガサリと微かな音が鳴っている。
甲洋は目を凝らし、その音と気配の正体に全神経を傾けた。得体の知れないなにかが、そこに存在している。霊的な力によるものなのか、あるいは野生動物の類なのか。
いずれにしろ手が届きそうなほどの距離に、その『なにか』がいるのだ。甲洋は手探りで懐中電灯を拾い上げ、体勢を立て直すと息を殺しながら藪を照らした。
するとその瞬間、
「わっ!!」
という声をあげながら、目の前からなにかが飛び出してきた。
「うわッ!?」
甲洋は驚きのあまり尻もちをついてしまった。尻ポケットにねじ込んでいたアジシオの瓶が地味に痛い。だが今はそれどころではなかった。
汗がドッと噴き出して、瞬きすらできないまま硬直する。目を見開いた甲洋の視界の先には、ここにはいないはずの人物がひょっこりと顔を出していた。
「ッ、? ぇ……ッ、え? そ、総士……?」
そこにあったのは今ごろ自宅で一騎のスイーツ動画を編集しているはずの、皆城総士の姿だった。彼は藪の向こう側に佇み、手には糸引きクラッカーを持っている。さっきの破裂音はこれだったのだ。
「そうだ。僕だ。そしてこれはつまり、こういうことだ」
スッ……と、総士がなにやら看板を掲げて見せた。そこには『ドッキリ大成功』という文字がデカデカと書かれており、甲洋は開いた口が塞がらなかった。
未だに何が起こったのか、頭のネジが吹っ飛んだようにうまいこと処理が追いつかない。心臓がバクバクと高鳴っていて、悪い夢でも見ているようだった。
「やったー! ドッキリ大成功! デッデレー!」
操が大はしゃぎで甲洋に駆け寄り、呆然とする表情をドアップで撮影している。
「ど……ドッキリ……?」
「あはは! 甲洋ってば尻もちついちゃって可愛いー!」
「ま、待って、説明して……」
「最初からおれと総士は仕掛け人だったんだよ! このお地蔵さんも本物っぽく作られた偽物! 実はぜーんぶ発泡スチロールで作られてるんだ! ちなみに一体につき●●万円の特注品だよ!」
「ッ……! ば、バカなんじゃないの!?」
ようやく甲洋の頭が回りはじめる。同時に凄まじい脱力感に襲われた。
最初から全て仕組まれていたことだったのだ。昼間、楽園で企画会議をしていたときから、それはすでに始まっていた。ドラマのオファーが来てもうまいこと対応できそうだなぁ、なんて感心している場合ではない。
先に帰るなんていうのは真っ赤な嘘で、総士は自宅へは帰らず一足先にこの廃神社までやってきて、偽地蔵の設置を行っていたのだ。そして藪の裏手に隠れると、ずっと甲洋たちが来るのを待っていた。
「総士は心霊スポットが怖いんじゃなかったのか?」
「バカを言うな甲洋。僕はそもそも、霊だのなんだのといった非科学的なものは信じない。よって一切合切、怖くなどない」
「実はねここ、心霊スポットでもなんでもないんだよ。本当にただの廃神社なの。だから総士もノリノリでおれの企画に乗ってくれたんだよ」
「だから怖くないと言ってるだろう!」
総士が藪の向こうから這い出しながら声を荒げる。
「いや、だって……じゃあ殺人事件とか首なし地蔵の話は……」
「作り話に決まってるでしょ!」
「あぁー……くそ……」
もはや項垂れるしかなかった。全く怪しむことなく、まんまと引っかかってしまったというわけだ。
いくら心霊スポットではないといっても、夜の山中に一人で待機しているなんて、どうかしてるとしか思えない。これがプロ根性とでも言えばいいのだろうか。しかもウン十万もする地蔵をオーダーメイドで五体も用意するあたり、FafTuberすぐ金に物を言わせる……と呆れ返るより他になかった。
「えへへー。うまくいってよかった。ごめんね甲洋、でもすっごくいい絵が撮れたよ」
できればお蔵にしてほしい……と心の底から願いつつ、操が差し出してくれた手をとり、立ち上がる。するとクラッカーから飛び散ったテープなどをせっせと拾い集めていた総士が、怪訝そうな顔をしながら「ところで一騎はどうした?」と問いかけてきた。
「あいつもグルじゃないの?」
「違うよ。本当は甲洋と一騎の二人がターゲットの企画だったんだもん」
「じゃあ体調不良はたまたまってこと? 逆にラッキーだなあいつ……」
「雰囲気に飲まれちゃったのかも。一騎も可愛いとこあるね」
「体調不良だと?」
総士が顔色を変える。けれどすぐに腕を組み、なにか考え込んでいる素振りを見せた。そして「予定は狂うが……仕方ない」と小声で呟いた。
「総士? どうかしたの? 早く戻ってあげないと、一騎が一人ぼっちで可哀想だよ」
「そうしたいのは山々だが、実はひとつ提案がある」
「提案?」
甲洋と操は同時に首を傾げた。
「この先の道をしばらく進んだところに、今では使われていない古びたトンネルがある。何を隠そう、そこは正真正銘の心霊スポットだ」
「え!? それほんとなの総士!?」
途端に目を輝かせた操に、総士が深く頷いた。
「僕としてはいささか不本意だが、ここまで来て見過ごすことはプロのFafTuberとしての沽券に関わる。つまり乗りかかった船だ」
マジか、と甲洋は思った。この流れはよろしくない。
しかしプロ魂に火がついている総士は、目だけで「おうちに帰して」と訴える甲洋に気づかずガッツポーズをして見せた。
「これより、第一次珪素チャンネル『真』心霊スポット凸企画を開始する!」
「やっぱりまだ帰れないんだな、俺たち……」
すでに疲労困憊の甲洋は、「やったー!」と万歳をしている操を死んだ魚のような目で見つめながら、盛大に溜息を漏らした。
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