2025/06/16 Mon 昔々、あるところに春日井甲洋という顔よし、頭よし、性格よしの若者がおりました。 甲洋は拾われた子供で、お父さんとお母さんは実の親ではありません。 二人はとても意地悪な怠け者で、掃除や洗濯などの家事や畑仕事を全て甲洋一人におしつけ、自分たちは楽な暮らしを送っていました。 そんなある日のこと。この国の王子様が結婚相手を選ぶため、お城で舞踏会が開かれることになりました。 お父さんとお母さんは呼ばれてもいないのに行く気満々です。 甲洋は二人の靴を磨き、着替えを手伝い、綺麗に髪型や髪飾りをセットしてあげました。 「二人とも……本当に行くの?」 姿見の前で身なりをチェックしているお母さんの足元に膝をつき、赤いドレスの裾を整えながら、甲洋はおずおずと視線を上げて問いかけました。 「ええ行くわ。お城の舞踏会なんて、一生に一度行けるかどうかのチャンスですもの」 「それはそうだろうけど……」 果たしてお嫁さん候補を探すための舞踏会に、招待状もなしにシレッと紛れ込むことなんてできるのでしょうか。熟年夫婦が無理に押しかけたところで、追い返されるのが関の山ではないかと甲洋は心配でなりません。 そんな甲洋に、お父さんが能天気な声で言いました。 「なにをグダグダ言ってるんだ。これで王子の目にでもとまってみろ。玉の輿じゃないか」 「いやだわどうしましょう! おほほ」 「わはは」 一見すると冗談を言い合って笑う夫婦の光景に見えますが、甲洋は少しも笑うことができません。 お母さんに代わって姿見の前に立つお父さんを見て、甲洋はずっと言うべきかどうか迷っていたことを、堪えきれずついに言いました。 「父さん……その格好はなにかの間違いだよね?」 目の前には菜の花のように可憐な色をした、フリフリドレスのおじさんがいます。信じがたいことですが、それは女装したお父さんの姿でした。 けばけばしい化粧に、真っ赤なルージュが痛いほど目に突き刺さります。 「なんだ、文句でもあるのか? いいか? 遊びじゃないぞ、甲洋。俺はこの美しさで、必ず王子のハートを射止めてみせる!」 てっきりツッコミ待ちかと思いきや、お父さんは本気の目をして言いました。とても正気の沙汰とは思えません。玉の輿に乗ることを疑いもしないその自信は、一体どこから来るのでしょうか。 甲洋には兵士にひっ捕らえられて牢屋にブチ込まれるお父さんの未来しか見えません。 「甲洋、あなたもさぞかし舞踏会へ行きたいでしょうねぇ」 「いや俺は別に」 「しょうがないさ。ドレスはこの二着しかないしなぁ。こんなみすぼらしい格好の人間が一緒じゃあ、俺たちが恥をかくだけさ」 え、それマジで言ってんの……と、恥を絵に描いたようなお父さんのドレス姿を見つめながら思いましたが、甲洋は賢いので余計なことは言いません。 それにお父さんが言っていることは事実です。甲洋には日頃から、ツギハギだらけのイモいあずきジャージしか与えられていませんでした。胸には『こうよう』とマジックで名前が書かれたワッペンまでついています。 正直これで買い出しに行くのですらちょっとした拷問でしかないのに、お城だなんてとんでもない話です。 「俺はいいから、ふたりとも気をつけて行っておいでよ」 甲洋は死んだ魚のような目で儚く笑い、浮かれきった様子の両親を見送りました。 * 「ショコラ、おいで」 二人が行ってしまうと、甲洋は家の裏の倉庫を開けて、愛犬を家の中に入れました。ショコラは甲洋がお父さんとお母さんに内緒で飼っている可愛い犬です。 「今日は二人とも遅くまで帰らないから、家の中でご飯にしよう」 「わんわん!」 ショコラは黒い尻尾を大きく振って、足にまとわりついてきます。 嬉しそうにはしゃぐ姿に笑いかけ、甲洋はミルクにドッグフードを浸したものをショコラに与えました。よほどお腹が空いていたのか、ショコラは夢中で食べはじめます。 しばらくそれを見守っていると、ふと台所の方からガサリと物音が聞こえました。 「なんだ?」 泥棒でも入ったのでしょうか。ショコラも顔を上げ、音がしたほうをじっと見ています。 甲洋は足音を立てないよう、慎重に台所へと向かいました。 するとそこには、なにやら黒い人影がしゃがみ込んでこちらに背を向け、ゴソゴソと蠢いています。 「誰?」 声をかけると、全身真っ黒の影がビクンと跳ねました。 甲洋の声に、影が恐る恐るといった様子で振り向きました。顔はフードに隠れてよく見えませんが、口にパンを咥えていることは分かります。 影だと思っていたのは、その人物が頭から爪先をフードつきの大きな黒いローブで覆っていたからでした。 「もご、むぐぐッ!?」 謎の人物は甲洋と目が合った瞬間、パンを喉に詰まらせてもがき苦しみました。激しく身を震わせ、胸をドンドンと叩いています。 甲洋はなんて間抜けな泥棒だと呆れながら、カップにミルク(犬用)を注ぐと、そっと差し出しました。 「ほら、とりあえずこれ飲んで」 「んぐぐッ、うぅ~~……んっ、ぷは! 死ぬかと思った!」 ミルク(犬用)を飲み干した人物が息をつきながら天を仰ぐと、フードが脱げて亜麻色の綺麗な髪が姿を現しました。まだあどけない顔をした少年です。 甲洋は腕を組み、床にペタリと座ったままの少年を見下ろして言いました。 「どこの子? 人のうちに勝手に入って、勝手にパンを食べるなんて」 「助けてくれてありがとう! おれは魔法使い。空から来たよ!」 「……通報するから動かないでいて。ショコラ」 「わう!」 甲洋が呼ぶと、見張りは任せろとばかりにショコラが背後から飛び出し、少年の目の前で姿勢を低くしながら唸りを上げました。 「わああぁ!? 犬だ! やだやだ助けて! 動かないからあっちに行ってぇ!」 少年はひどく怯えて、再びフードをすっぽりとかぶりながら丸くなってしまいました。よほどショコラが怖いのか、可哀想なくらい震えています。 流石に少し気の毒になってきた甲洋は、少年の傍にしゃがみこむと手で軽くショコラを制しました。 「で? どこの子? 名前は?」 おずおずと顔をあげた少年は、目にいっぱい涙を溜めています。その情けない表情にSっ気をそそられた甲洋は、一瞬だけ胸が疼くのを感じました。 「おれは魔法使いだよ。空から来たんだってば」 「……そう。でも泥棒はよくないね」 「君ぜんぜん信じてないでしょ! さっきからずっと目が死んでるし!」 魔法使いと名乗った少年は、ご立腹した様子で勢いよく立ち上がりました。それからローブの中に手を入れて、ゴソゴソと何かを探ると一本の棒切れを取り出します。 「じゃーん! 証拠に、魔法のステッキも持ってるよ!」 「ひのきのぼう?」 「そんな初期の最弱武器と一緒にしないで!」 よく見れば、細長い棒切れの先端には星がついています。クリスマスツリーの天辺につけるようなアレが、ガムテープでぐるぐる巻きに固定されていました。驚きの低クオリティに、甲洋はいよいよ困ったなぁと頭を掻きました。 いわゆる不思議ちゃんというやつでしょうか。それともただのヤベェ奴でしょうか。いずれにしろ、あまり積極的に関わりたいタイプではありません。 「おれはね、いつもがんばってる君に、ご褒美をあげるために来たんだよ!」 「ご褒美どころか、さっきのパンは俺の夕食だったんだけど」 「もう泣くのはおよし、シンデレラ!」 「泣いてないし、俺はシンデレラなんて名前じゃない」 「え? 違うの? じゃあなんていうの?」 「春日井甲洋」 「そっか、じゃあカスデレr」 「やめて」 食い気味にピシャリと切り捨てた甲洋に、魔法使いは唇を尖らせました。けれどすぐに気を取り直し、にっこり笑顔を浮かべて見せます。 「さあ! そうと決まれば準備をしようよ! 君だって舞踏会に行きたいでしょ?」 「はぁ?」 「まずはカボチャとハツカネズミを用意して! それからトカゲと」 「待って。勝手に話を進められても」 「大丈夫! おれに任せて!」 魔法使いは全く話を聞きません。 嫌な予感しかしない甲洋は、その端正な顔を苦く曇らせるばかりでした。 * 畑にカボチャはありましたが、ネズミとトカゲは見つけることができませんでした。 代わりにどこからかよく遊びにやって来る白猫のクーが、ショコラと庭を駆け回って遊んでいます。 「一体なにをする気?」 「まぁ見てて」 そう言うと、魔法使いは例のステッキをカボチャに向かって振りかざしました。 するとカボチャがどんどん大きくなり、なんということでしょう。金色の馬車へと姿を変えたではありませんか! 「えぇ……」 非現実的すぎる事態に甲洋が引き気味でいると、魔法使いが今度は遊んでいるショコラとクーに向かってステッキを振りかざします。すると二匹はみるみるうちに、美しい白馬へと姿を変えました。 「ショコラ!? クー!?」 これには流石の甲洋も顔色を変えました。 「だいじょうぶ、時間になれば元に戻るから心配しないで。さ、次はいよいよ君の番だね」 「え、ちょっとやめ」 「そーれへんしーん!」 悪魔のステッキが甲洋に向かって振りかざされました。すると次の瞬間、甲洋はみすぼらしいイモジャージから、淡い水色のきらびやかなドレス姿へと変身を遂げていたのです。 ダイヤのティアラが頭の上でピカピカと光り輝き、靴は美しいガラスでできていました。 甲洋はあまりのことに目眩を覚えながら、青ざめるより他にありません。 「なんでドレス……? なんで俺までこんな惨い格好を……!?」 「うわぁー、キレイ! よく似合ってるよ!」 「似合ってたまるか……!」 目を輝かせる魔法使いを尻目に、甲洋の脳裏には今ごろ牢屋にブチ込まれているかもしれないお父さんの背中がよぎりました。義理とはいえ、このままでは親子揃って社会的に死ぬことになってしまいます。そんなのはご免です。 「お前が本物の魔法使いだってことは分かった。分かったから、早くこの呪いを解いて」 「信じてくれて嬉しいよ! 馬車はおれが引くね!」 「あ、ダメだこの子ぜんぜん話聞かないな」 「早くしないと、舞踏会が終わっちゃう!」 「ちょ、ちょっと待って、この靴痛い。凄く痛い」 魔法使いに手を引かれ、甲洋は慣れないヒール靴でよろめきました。しかもこの靴、サイズが合っていません。無理やり足を押し込めているような状態で、このままでは確実に砕け飛び散ってバラバラバラになります。 靴がガラス製であることを考えると、後に起こる惨劇は火を見るよりも明らかでした。 「女装のオプションつきで流血騒ぎはちょっと……」 「12時には魔法が解けるから、それまで我慢して!」 「そんな無茶な……」 これではご褒美どころかただの罰ゲームです。 けれど甲洋は魔法使いによって、強引に馬車に押し込まれてしまうのでした。 * やって来ました舞踏会。 どうせ門前払いを食らうだろうと思っていた甲洋でしたが、なぜかあっさり大広間まで通されました。ガバガバ警備もいいところです。 広間には大勢の美しく着飾った女性たちがいました。しかしみんな元気がありません。 (どうしたんだろう? もっと活気があるものだと思っていたけど) 中にはメソメソと泣いている女性や、お供や御者の男性と合コンパーティーをはじめる女性たちもいます。みんな王子様のハートを射止めるために来ているはずなのに、一体どうしたというのでしょうか。 「全く冗談じゃない! せっかく来たっていうのに、とんだ無駄足だ!」 不思議そうに辺りを見回していると、そこによく知る声が聞こえてきました。ギクリとしながらその方向を見ると──いました。お父さんとお母さんです。 ふたりはご馳走が並ぶテーブルで、ほとんどやけ酒に溺れている状態でした。 「やっぱり男ってのは、王子様だろうが若い子がいいってことかしらね!」 そういう問題ではないのですが、お母さんもキレながらお酒を飲んでいます。 「ちくしょー! 俺の玉の輿がー!」 そんなことよりよくぞご無事で……と、この城の来る者を拒まない姿勢に感服しながら、甲洋はそそくさとその場を離れて柱の影に身を隠しました。 そのとき、大広間に美しい音楽が鳴り響きました。中央へ目を向けると、年若い黒髪の王子様が、純白のドレスを着た髪の長い女性とダンスを踊っています。 どうやら彼女が誰よりも早く王子様のハートを射止めたようでした。美しい面立ちをした彼女は王子様より幾分か背が高く、女性というにはそこはかとない肩幅勝負感が漂っています。 甲洋は彼女から自分と同じ匂いを感じとりましたが、あえて生温かく微笑むだけに留めると、ささやかな拍手を送りました。どうか末永くお幸せに……。 さて、お父さんとお母さんの無事も確認できましたし、これといって用もないので甲洋はさっさとこの場を後にすることに決めました。 しかし御者を買って出たはずの魔法使いの姿が、どこにもありません。 「ああもう、フラフラと……一体どこに行ったんだあいつは」 この靴で歩き回るのは嫌でしたが、ここで脱ぐわけにもいきません。仕方なく痛む足で慎重に人並みを掻き分けて、魔法使いを探しました。 すると天井まである立派な格子窓の向こうに、月明かりに浮かぶ淡い髪色が見えました。 広々としたテラスには、何席かのテーブルセットが設置されています。他に人影はありません。甲洋はテラスに出ると、魔法使いに声をかけました。 「こんなところにいた」 「あ、甲洋―。これ美味しいよぉ! マカロンっていうんだってー!」 魔法使いはテーブルの上にこれでもかというほど菓子類を取り分けた皿を並べ、呑気にムシャムシャと頬張っています。お前さっき人のパン食べたのにまだ食べるのか……と呆れつつ、甲洋も隣の椅子に腰掛けました。 「王子様には会えた?」 ほっぺたに生クリームをつけた魔法使いに問いかけられ、甲洋は曖昧に笑って見せました。 「うん。幸せそうだったよ」 「そっかー、よかったね」 魔法使いは食べかけのマカロンを口の中に放り込むと、頬をモゴモゴとさせながら夜空を見上げました。つられて見上げた先には、丸くて大きな月がぽっかりと浮かんでいます。 マカロンを飲み込んだ魔法使いが、ぽつりと言いました。 「でもおれは、甲洋に幸せを見つけてほしかったんだけどな」 「俺の幸せ?」 「そう。君の幸せ」 そんなこと、今まで考えたこともありませんでした。 甲洋は幼い頃からずっと不遇な扱いを受けてきました。ボロボロの服を着て、家の仕事を全てこなし、自分のことはないがしろにしながら生きてきたのです。 けれど甲洋はもう大人です。そろそろ自分の幸せというものを、ちゃんと考えてみてもいいのかもしれません。 あの家を出れば、もう隠れてショコラを飼う必要だってなくなるのですから。 甲洋は焼菓子にかぶりつく魔法使いへ目を向けました。食べかすをボロボロと零し、頬にクリームをつけたままの彼は、まるで小さな子供のようです。 ふとそのまま視線を足元へやると、ローブの裾から白い爪先が見えました。魔法使いは足先まですっぽり隠れるほど大きなローブを纏っていたので、甲洋は彼が裸足でいることに気がつかなかったのです。 「お前、靴は?」 「靴? ないよ?」 魔法使いがきょとんとしながら首を傾げ、両手で裾をベロンと捲りました。真っ白の太腿までが露わになって、甲洋はちょっぴり赤くなりながらぎょっとしました。 「ちょ、え? その下、裸?」 「そうだよ。服はこれしか持ってない。ヒトの形をもらったのも、ついさっきのことだもん」 空から舞い降りたという魔法使いは全裸だったのです。そこをたまたま通りがかった知らないおじさんに拾われて、交番という場所へ連れて行かれ、そこで色々な質問を受けたあと、可哀想な目で見られてこのローブをもらったのだと、魔法使いは言いました。 そのおじさん(お巡りさん)もこの不思議ちゃんにはお手上げ状態だったんだろうなと思いながら、甲洋は黒い裾をそっと戻してあげました。 それから甲洋は少し考えたあと、ガラスの靴を脱ぎました。そして椅子から腰をあげ、魔法使いの足元に膝をつくと、右足首に触れて軽く持ち上げました。 不思議そうな顔をしている魔法使いの右足に、靴をそっと履かせます。思った通り、ほっそりとした足にはガラスの靴がピッタリと合いました。 「なんでおれに履かせるの? それは君のためのガラスの靴だよ」 「俺には小さいよ。ほら、お前の方がよく似合う」 魔法使いはむぅっと唇を尖らせます。 「でもこれじゃあ、君へのご褒美にならないよ」 「どうしてそんなにこだわるのさ」 「だっておれはずっと見ていたんだよ。君はどんなにつらくても、いつもがんばるいい子だったでしょ。だからご褒美をあげなくちゃと思ったんだ」 「見てたって、空から?」 「そうだよ」 なんだかよく分かりませんが、どこまでも不思議なことばかりを言うやつだなぁと思いました。けれど彼の言葉はとても嬉しく感じます。 「ねぇ、なにかないの? なんでも言ってよ」 魔法使いが身を乗り出して言います。甲洋は困ってしまいました。 (ご褒美、か) もうすぐ12時の鐘が鳴る頃です。そうしたら目の前にいる魔法使いもまた、魔法のように姿を消してしまうのでしょうか。 どうしてか、甲洋はそれをとても嫌だと感じました。 「本当になんでもいいの?」 「もちろん!」 甲洋はシルクのロンググローブを片方外し、魔法使いに手を伸ばすと、そっと頬についたクリームを指先で拭います。 魔法使いは少し驚いた顔をして、小麦畑のような色をした瞳をパチパチと瞬かせました。 「名前は?」 甲洋がふっと微笑みながら尋ねると、魔法使いはぽわんと赤く頬を染めました。それからやや間を置いて、おずおずと小さな唇が開かれます。 「おれの名前は……来主操」 「じゃあ来主。お前が俺のご褒美になって」 「はえぇ?」 魔法使いが目を丸くしながら素っ頓狂な声をあげました。 「な、なんでぇ? なんでおれがご褒美になるのぉ?」 「さぁ、俺にもよく分からないけど」 甲洋はこの魔法使いの少年と、もう少し一緒にいてみたいと思ったのです。 なんの因果か、空からずっと甲洋を見ていてくれたという、この不思議な少年と。 彼とこうしていると、なぜだか心がポカポカとあたたかくなるのを感じます。これが幸せというものなのかもしれないと、甲洋は思いました。 「うーん、君がそれでいいなら構わないけど……本当に?」 「うん、それで十分」 甲洋が笑って頷くと、魔法使いは「わかった!」と言って頷き返しました。 「それじゃあ今から、おれは君だけの魔法使いになるね!」 12時になり鐘が鳴り響くと甲洋にかかった魔法は解けましたが、ガラスの靴だけは消えずに残り、輝きを放ち続けました。 ようやく自分の幸せを見つけることができた青年は、空からやって来た可愛い魔法使いの少年と、いつまでも末永く一緒に暮らしたのだそうです。 ←戻る ・ Wavebox👏
甲洋は拾われた子供で、お父さんとお母さんは実の親ではありません。
二人はとても意地悪な怠け者で、掃除や洗濯などの家事や畑仕事を全て甲洋一人におしつけ、自分たちは楽な暮らしを送っていました。
そんなある日のこと。この国の王子様が結婚相手を選ぶため、お城で舞踏会が開かれることになりました。
お父さんとお母さんは呼ばれてもいないのに行く気満々です。
甲洋は二人の靴を磨き、着替えを手伝い、綺麗に髪型や髪飾りをセットしてあげました。
「二人とも……本当に行くの?」
姿見の前で身なりをチェックしているお母さんの足元に膝をつき、赤いドレスの裾を整えながら、甲洋はおずおずと視線を上げて問いかけました。
「ええ行くわ。お城の舞踏会なんて、一生に一度行けるかどうかのチャンスですもの」
「それはそうだろうけど……」
果たしてお嫁さん候補を探すための舞踏会に、招待状もなしにシレッと紛れ込むことなんてできるのでしょうか。熟年夫婦が無理に押しかけたところで、追い返されるのが関の山ではないかと甲洋は心配でなりません。
そんな甲洋に、お父さんが能天気な声で言いました。
「なにをグダグダ言ってるんだ。これで王子の目にでもとまってみろ。玉の輿じゃないか」
「いやだわどうしましょう! おほほ」
「わはは」
一見すると冗談を言い合って笑う夫婦の光景に見えますが、甲洋は少しも笑うことができません。
お母さんに代わって姿見の前に立つお父さんを見て、甲洋はずっと言うべきかどうか迷っていたことを、堪えきれずついに言いました。
「父さん……その格好はなにかの間違いだよね?」
目の前には菜の花のように可憐な色をした、フリフリドレスのおじさんがいます。信じがたいことですが、それは女装したお父さんの姿でした。
けばけばしい化粧に、真っ赤なルージュが痛いほど目に突き刺さります。
「なんだ、文句でもあるのか? いいか? 遊びじゃないぞ、甲洋。俺はこの美しさで、必ず王子のハートを射止めてみせる!」
てっきりツッコミ待ちかと思いきや、お父さんは本気の目をして言いました。とても正気の沙汰とは思えません。玉の輿に乗ることを疑いもしないその自信は、一体どこから来るのでしょうか。
甲洋には兵士にひっ捕らえられて牢屋にブチ込まれるお父さんの未来しか見えません。
「甲洋、あなたもさぞかし舞踏会へ行きたいでしょうねぇ」
「いや俺は別に」
「しょうがないさ。ドレスはこの二着しかないしなぁ。こんなみすぼらしい格好の人間が一緒じゃあ、俺たちが恥をかくだけさ」
え、それマジで言ってんの……と、恥を絵に描いたようなお父さんのドレス姿を見つめながら思いましたが、甲洋は賢いので余計なことは言いません。
それにお父さんが言っていることは事実です。甲洋には日頃から、ツギハギだらけのイモいあずきジャージしか与えられていませんでした。胸には『こうよう』とマジックで名前が書かれたワッペンまでついています。
正直これで買い出しに行くのですらちょっとした拷問でしかないのに、お城だなんてとんでもない話です。
「俺はいいから、ふたりとも気をつけて行っておいでよ」
甲洋は死んだ魚のような目で儚く笑い、浮かれきった様子の両親を見送りました。
*
「ショコラ、おいで」
二人が行ってしまうと、甲洋は家の裏の倉庫を開けて、愛犬を家の中に入れました。ショコラは甲洋がお父さんとお母さんに内緒で飼っている可愛い犬です。
「今日は二人とも遅くまで帰らないから、家の中でご飯にしよう」
「わんわん!」
ショコラは黒い尻尾を大きく振って、足にまとわりついてきます。
嬉しそうにはしゃぐ姿に笑いかけ、甲洋はミルクにドッグフードを浸したものをショコラに与えました。よほどお腹が空いていたのか、ショコラは夢中で食べはじめます。
しばらくそれを見守っていると、ふと台所の方からガサリと物音が聞こえました。
「なんだ?」
泥棒でも入ったのでしょうか。ショコラも顔を上げ、音がしたほうをじっと見ています。
甲洋は足音を立てないよう、慎重に台所へと向かいました。
するとそこには、なにやら黒い人影がしゃがみ込んでこちらに背を向け、ゴソゴソと蠢いています。
「誰?」
声をかけると、全身真っ黒の影がビクンと跳ねました。
甲洋の声に、影が恐る恐るといった様子で振り向きました。顔はフードに隠れてよく見えませんが、口にパンを咥えていることは分かります。
影だと思っていたのは、その人物が頭から爪先をフードつきの大きな黒いローブで覆っていたからでした。
「もご、むぐぐッ!?」
謎の人物は甲洋と目が合った瞬間、パンを喉に詰まらせてもがき苦しみました。激しく身を震わせ、胸をドンドンと叩いています。
甲洋はなんて間抜けな泥棒だと呆れながら、カップにミルク(犬用)を注ぐと、そっと差し出しました。
「ほら、とりあえずこれ飲んで」
「んぐぐッ、うぅ~~……んっ、ぷは! 死ぬかと思った!」
ミルク(犬用)を飲み干した人物が息をつきながら天を仰ぐと、フードが脱げて亜麻色の綺麗な髪が姿を現しました。まだあどけない顔をした少年です。
甲洋は腕を組み、床にペタリと座ったままの少年を見下ろして言いました。
「どこの子? 人のうちに勝手に入って、勝手にパンを食べるなんて」
「助けてくれてありがとう! おれは魔法使い。空から来たよ!」
「……通報するから動かないでいて。ショコラ」
「わう!」
甲洋が呼ぶと、見張りは任せろとばかりにショコラが背後から飛び出し、少年の目の前で姿勢を低くしながら唸りを上げました。
「わああぁ!? 犬だ! やだやだ助けて! 動かないからあっちに行ってぇ!」
少年はひどく怯えて、再びフードをすっぽりとかぶりながら丸くなってしまいました。よほどショコラが怖いのか、可哀想なくらい震えています。
流石に少し気の毒になってきた甲洋は、少年の傍にしゃがみこむと手で軽くショコラを制しました。
「で? どこの子? 名前は?」
おずおずと顔をあげた少年は、目にいっぱい涙を溜めています。その情けない表情にSっ気をそそられた甲洋は、一瞬だけ胸が疼くのを感じました。
「おれは魔法使いだよ。空から来たんだってば」
「……そう。でも泥棒はよくないね」
「君ぜんぜん信じてないでしょ! さっきからずっと目が死んでるし!」
魔法使いと名乗った少年は、ご立腹した様子で勢いよく立ち上がりました。それからローブの中に手を入れて、ゴソゴソと何かを探ると一本の棒切れを取り出します。
「じゃーん! 証拠に、魔法のステッキも持ってるよ!」
「ひのきのぼう?」
「そんな初期の最弱武器と一緒にしないで!」
よく見れば、細長い棒切れの先端には星がついています。クリスマスツリーの天辺につけるようなアレが、ガムテープでぐるぐる巻きに固定されていました。驚きの低クオリティに、甲洋はいよいよ困ったなぁと頭を掻きました。
いわゆる不思議ちゃんというやつでしょうか。それともただのヤベェ奴でしょうか。いずれにしろ、あまり積極的に関わりたいタイプではありません。
「おれはね、いつもがんばってる君に、ご褒美をあげるために来たんだよ!」
「ご褒美どころか、さっきのパンは俺の夕食だったんだけど」
「もう泣くのはおよし、シンデレラ!」
「泣いてないし、俺はシンデレラなんて名前じゃない」
「え? 違うの? じゃあなんていうの?」
「春日井甲洋」
「そっか、じゃあカスデレr」
「やめて」
食い気味にピシャリと切り捨てた甲洋に、魔法使いは唇を尖らせました。けれどすぐに気を取り直し、にっこり笑顔を浮かべて見せます。
「さあ! そうと決まれば準備をしようよ! 君だって舞踏会に行きたいでしょ?」
「はぁ?」
「まずはカボチャとハツカネズミを用意して! それからトカゲと」
「待って。勝手に話を進められても」
「大丈夫! おれに任せて!」
魔法使いは全く話を聞きません。
嫌な予感しかしない甲洋は、その端正な顔を苦く曇らせるばかりでした。
*
畑にカボチャはありましたが、ネズミとトカゲは見つけることができませんでした。
代わりにどこからかよく遊びにやって来る白猫のクーが、ショコラと庭を駆け回って遊んでいます。
「一体なにをする気?」
「まぁ見てて」
そう言うと、魔法使いは例のステッキをカボチャに向かって振りかざしました。
するとカボチャがどんどん大きくなり、なんということでしょう。金色の馬車へと姿を変えたではありませんか!
「えぇ……」
非現実的すぎる事態に甲洋が引き気味でいると、魔法使いが今度は遊んでいるショコラとクーに向かってステッキを振りかざします。すると二匹はみるみるうちに、美しい白馬へと姿を変えました。
「ショコラ!? クー!?」
これには流石の甲洋も顔色を変えました。
「だいじょうぶ、時間になれば元に戻るから心配しないで。さ、次はいよいよ君の番だね」
「え、ちょっとやめ」
「そーれへんしーん!」
悪魔のステッキが甲洋に向かって振りかざされました。すると次の瞬間、甲洋はみすぼらしいイモジャージから、淡い水色のきらびやかなドレス姿へと変身を遂げていたのです。
ダイヤのティアラが頭の上でピカピカと光り輝き、靴は美しいガラスでできていました。
甲洋はあまりのことに目眩を覚えながら、青ざめるより他にありません。
「なんでドレス……? なんで俺までこんな惨い格好を……!?」
「うわぁー、キレイ! よく似合ってるよ!」
「似合ってたまるか……!」
目を輝かせる魔法使いを尻目に、甲洋の脳裏には今ごろ牢屋にブチ込まれているかもしれないお父さんの背中がよぎりました。義理とはいえ、このままでは親子揃って社会的に死ぬことになってしまいます。そんなのはご免です。
「お前が本物の魔法使いだってことは分かった。分かったから、早くこの呪いを解いて」
「信じてくれて嬉しいよ! 馬車はおれが引くね!」
「あ、ダメだこの子ぜんぜん話聞かないな」
「早くしないと、舞踏会が終わっちゃう!」
「ちょ、ちょっと待って、この靴痛い。凄く痛い」
魔法使いに手を引かれ、甲洋は慣れないヒール靴でよろめきました。しかもこの靴、サイズが合っていません。無理やり足を押し込めているような状態で、このままでは確実に砕け飛び散ってバラバラバラになります。
靴がガラス製であることを考えると、後に起こる惨劇は火を見るよりも明らかでした。
「女装のオプションつきで流血騒ぎはちょっと……」
「12時には魔法が解けるから、それまで我慢して!」
「そんな無茶な……」
これではご褒美どころかただの罰ゲームです。
けれど甲洋は魔法使いによって、強引に馬車に押し込まれてしまうのでした。
*
やって来ました舞踏会。
どうせ門前払いを食らうだろうと思っていた甲洋でしたが、なぜかあっさり大広間まで通されました。ガバガバ警備もいいところです。
広間には大勢の美しく着飾った女性たちがいました。しかしみんな元気がありません。
(どうしたんだろう? もっと活気があるものだと思っていたけど)
中にはメソメソと泣いている女性や、お供や御者の男性と合コンパーティーをはじめる女性たちもいます。みんな王子様のハートを射止めるために来ているはずなのに、一体どうしたというのでしょうか。
「全く冗談じゃない! せっかく来たっていうのに、とんだ無駄足だ!」
不思議そうに辺りを見回していると、そこによく知る声が聞こえてきました。ギクリとしながらその方向を見ると──いました。お父さんとお母さんです。
ふたりはご馳走が並ぶテーブルで、ほとんどやけ酒に溺れている状態でした。
「やっぱり男ってのは、王子様だろうが若い子がいいってことかしらね!」
そういう問題ではないのですが、お母さんもキレながらお酒を飲んでいます。
「ちくしょー! 俺の玉の輿がー!」
そんなことよりよくぞご無事で……と、この城の来る者を拒まない姿勢に感服しながら、甲洋はそそくさとその場を離れて柱の影に身を隠しました。
そのとき、大広間に美しい音楽が鳴り響きました。中央へ目を向けると、年若い黒髪の王子様が、純白のドレスを着た髪の長い女性とダンスを踊っています。
どうやら彼女が誰よりも早く王子様のハートを射止めたようでした。美しい面立ちをした彼女は王子様より幾分か背が高く、女性というにはそこはかとない肩幅勝負感が漂っています。
甲洋は彼女から自分と同じ匂いを感じとりましたが、あえて生温かく微笑むだけに留めると、ささやかな拍手を送りました。どうか末永くお幸せに……。
さて、お父さんとお母さんの無事も確認できましたし、これといって用もないので甲洋はさっさとこの場を後にすることに決めました。
しかし御者を買って出たはずの魔法使いの姿が、どこにもありません。
「ああもう、フラフラと……一体どこに行ったんだあいつは」
この靴で歩き回るのは嫌でしたが、ここで脱ぐわけにもいきません。仕方なく痛む足で慎重に人並みを掻き分けて、魔法使いを探しました。
すると天井まである立派な格子窓の向こうに、月明かりに浮かぶ淡い髪色が見えました。
広々としたテラスには、何席かのテーブルセットが設置されています。他に人影はありません。甲洋はテラスに出ると、魔法使いに声をかけました。
「こんなところにいた」
「あ、甲洋―。これ美味しいよぉ! マカロンっていうんだってー!」
魔法使いはテーブルの上にこれでもかというほど菓子類を取り分けた皿を並べ、呑気にムシャムシャと頬張っています。お前さっき人のパン食べたのにまだ食べるのか……と呆れつつ、甲洋も隣の椅子に腰掛けました。
「王子様には会えた?」
ほっぺたに生クリームをつけた魔法使いに問いかけられ、甲洋は曖昧に笑って見せました。
「うん。幸せそうだったよ」
「そっかー、よかったね」
魔法使いは食べかけのマカロンを口の中に放り込むと、頬をモゴモゴとさせながら夜空を見上げました。つられて見上げた先には、丸くて大きな月がぽっかりと浮かんでいます。
マカロンを飲み込んだ魔法使いが、ぽつりと言いました。
「でもおれは、甲洋に幸せを見つけてほしかったんだけどな」
「俺の幸せ?」
「そう。君の幸せ」
そんなこと、今まで考えたこともありませんでした。
甲洋は幼い頃からずっと不遇な扱いを受けてきました。ボロボロの服を着て、家の仕事を全てこなし、自分のことはないがしろにしながら生きてきたのです。
けれど甲洋はもう大人です。そろそろ自分の幸せというものを、ちゃんと考えてみてもいいのかもしれません。
あの家を出れば、もう隠れてショコラを飼う必要だってなくなるのですから。
甲洋は焼菓子にかぶりつく魔法使いへ目を向けました。食べかすをボロボロと零し、頬にクリームをつけたままの彼は、まるで小さな子供のようです。
ふとそのまま視線を足元へやると、ローブの裾から白い爪先が見えました。魔法使いは足先まですっぽり隠れるほど大きなローブを纏っていたので、甲洋は彼が裸足でいることに気がつかなかったのです。
「お前、靴は?」
「靴? ないよ?」
魔法使いがきょとんとしながら首を傾げ、両手で裾をベロンと捲りました。真っ白の太腿までが露わになって、甲洋はちょっぴり赤くなりながらぎょっとしました。
「ちょ、え? その下、裸?」
「そうだよ。服はこれしか持ってない。ヒトの形をもらったのも、ついさっきのことだもん」
空から舞い降りたという魔法使いは全裸だったのです。そこをたまたま通りがかった知らないおじさんに拾われて、交番という場所へ連れて行かれ、そこで色々な質問を受けたあと、可哀想な目で見られてこのローブをもらったのだと、魔法使いは言いました。
そのおじさん(お巡りさん)もこの不思議ちゃんにはお手上げ状態だったんだろうなと思いながら、甲洋は黒い裾をそっと戻してあげました。
それから甲洋は少し考えたあと、ガラスの靴を脱ぎました。そして椅子から腰をあげ、魔法使いの足元に膝をつくと、右足首に触れて軽く持ち上げました。
不思議そうな顔をしている魔法使いの右足に、靴をそっと履かせます。思った通り、ほっそりとした足にはガラスの靴がピッタリと合いました。
「なんでおれに履かせるの? それは君のためのガラスの靴だよ」
「俺には小さいよ。ほら、お前の方がよく似合う」
魔法使いはむぅっと唇を尖らせます。
「でもこれじゃあ、君へのご褒美にならないよ」
「どうしてそんなにこだわるのさ」
「だっておれはずっと見ていたんだよ。君はどんなにつらくても、いつもがんばるいい子だったでしょ。だからご褒美をあげなくちゃと思ったんだ」
「見てたって、空から?」
「そうだよ」
なんだかよく分かりませんが、どこまでも不思議なことばかりを言うやつだなぁと思いました。けれど彼の言葉はとても嬉しく感じます。
「ねぇ、なにかないの? なんでも言ってよ」
魔法使いが身を乗り出して言います。甲洋は困ってしまいました。
(ご褒美、か)
もうすぐ12時の鐘が鳴る頃です。そうしたら目の前にいる魔法使いもまた、魔法のように姿を消してしまうのでしょうか。
どうしてか、甲洋はそれをとても嫌だと感じました。
「本当になんでもいいの?」
「もちろん!」
甲洋はシルクのロンググローブを片方外し、魔法使いに手を伸ばすと、そっと頬についたクリームを指先で拭います。
魔法使いは少し驚いた顔をして、小麦畑のような色をした瞳をパチパチと瞬かせました。
「名前は?」
甲洋がふっと微笑みながら尋ねると、魔法使いはぽわんと赤く頬を染めました。それからやや間を置いて、おずおずと小さな唇が開かれます。
「おれの名前は……来主操」
「じゃあ来主。お前が俺のご褒美になって」
「はえぇ?」
魔法使いが目を丸くしながら素っ頓狂な声をあげました。
「な、なんでぇ? なんでおれがご褒美になるのぉ?」
「さぁ、俺にもよく分からないけど」
甲洋はこの魔法使いの少年と、もう少し一緒にいてみたいと思ったのです。
なんの因果か、空からずっと甲洋を見ていてくれたという、この不思議な少年と。
彼とこうしていると、なぜだか心がポカポカとあたたかくなるのを感じます。これが幸せというものなのかもしれないと、甲洋は思いました。
「うーん、君がそれでいいなら構わないけど……本当に?」
「うん、それで十分」
甲洋が笑って頷くと、魔法使いは「わかった!」と言って頷き返しました。
「それじゃあ今から、おれは君だけの魔法使いになるね!」
12時になり鐘が鳴り響くと甲洋にかかった魔法は解けましたが、ガラスの靴だけは消えずに残り、輝きを放ち続けました。
ようやく自分の幸せを見つけることができた青年は、空からやって来た可愛い魔法使いの少年と、いつまでも末永く一緒に暮らしたのだそうです。
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