2025/06/16 Mon 等間隔に植え込まれた街路樹が、裸の枝を揺らしていた。 風に吹かれて乾いた音を立てながら、枯れ葉の群れが足元を横切っていく。 新しいコート──といっても中学まで甲洋が着ていたお古だが──に袖を通した操は、さっきからずっとご機嫌だ。甲洋の隣を歩きながら、澄んだ冬空を楽しそうに見上げている。柔らかなベージュのダッフルは、彼のミルクティーのような髪色によく似合っていた。 ちょっとした買い物に、わざわざふたりで出かけたその帰り道。 甲洋は操側にある自分の右手を、軽く握ったり緩めたりしながらソワソワしていた。楽しげな横顔を横目でチラチラと見やっては、内心ずっと落ち着かないでいる。 理由はいっそ涙ぐましいほどに単純だった。甲洋はさっきからずっと見計らっているのだ。操と手を繋ぐタイミングを。 手が冷たそうだったから。空ばかり見て歩いて、転んだりすれば大変だから。無難な言い訳はちゃんと用意してある。だけどいまいち勇気が出ない。 なにも繋ぎたければ繋げばいいのだけれど、なぜだか妙な気恥ずかしさを覚えていた。 手を繋いで歩くなんて、恋人っぽくてなんかいいな。 ──なんて。甘酸っぱい憧れを抱く自分に。 家を出たときからずっとそんなことを考えてはソワソワしていることや、じきに家についてしまうことに焦っている自分が、とにかく無性に恥ずかしい。 いつもならポケットに突っ込んでいるはずの両手は、左手には買い物袋がぶら下がっている。目的を果たしたいがために、右手はネイビーのチェスターコートからずっと出しっぱなしのままだった。実際、風が冷たくて言い訳抜きに指先がかじかんできている。 (時間がない……はやくしないと……) 内心で焦りながら、いつまで経っても中身は中学生のような自分に呆れる。 スマートに、クールに、さりげなくその白い手をさらって握りしめればいいだけなのに。転んで泣かれても面倒だから、なんてちょっと意地の悪いことを言ってやれば、それなりに様になるのは分かっているのに。 そうこうしているうちに、家はもうすぐそこだ。 今日はもう無理かもしれない。諦めた甲洋は右手をポケットに突っ込もうとした。けれどすんでのところで、あたたかなものが右手に触れる。 「!」 目を丸くさせ、思わず足を止めた。操が甲洋の手を握っている。 「な、なに?」 「ん? んー、なんか、手が寒そうだったから」 思わず上ずった声で問いかけた甲洋に、操はケロリとした表情でそう言った。しかもただ普通に繋ぐのではなくて、指と指を絡め合う、いわゆる恋人繋ぎというやつだ。 甲洋は顔がカァっと熱くなっていくのを感じた。頭のなかには『敗北』の二文字が浮かぶ。違う違う。そうじゃない。逆だ。結果的に望んだ通りになったとしても、甲洋のなかには自分がリードするシナリオしか用意されていなかった。そもそも競っていたわけでもないのだが。 「……なんで俺より先にやっちゃうのさ」 不甲斐なさに溜息がでる。ヘタレすぎて、自分で自分が情けない。 操に甲洋の複雑な男心が理解できるはずもなく、彼は繋いだ手をブンブンと揺らしながら「ねぇ、早く帰ろうよ」と言って唇を尖らせている。 あ、今のこれはものすごく恋人っぽいぞ、と喜んでしまっている自分があまりにも単純で、やっぱり情けなくて、かなり悔しい。 操の手はあたたかくて、だけど冷え切っている甲洋の手は彼の温もりをどんどん奪っていこうとしている。 甲洋は操の手を強く握ると、そのまま自分のコートのポケットにズボッと突っ込んだ。耳の際まで赤くして、全く格好がつかないのは分かっているけれど、なんでもないような顔をしながら前を向いて歩きだす。 「あったかいねぇ」 操が嬉しそうに笑った。家はもう目の前だ。ポケットの中で自分のものより一回り小さな手をしっかりと握りしめながら、もっと早くこうすればよかったと後悔する。 嬉しい気持ちと悔しい気持ち。次は勝ちたい。ついつい恥ずかしがってしまったに自分に。本当は、いちいち理由なんか必要ないことは知っているけど。 ポケットの中で重なる体温が、どんどんひとつに溶けていく。さっきまではあんなに冷たく感じていた風が、熱いくらいの心と肌にちょうどよかった。いっそこのまま、どこまでも二人で歩いていきたいくらいに。 「ねぇ、家についたらココアいれてよ。クリームたっぷりがいいな」 操は相変わらず甲洋の気持ちなどお構いなしだ。少しくらい意識しろよと思わないこともないけれど、その笑顔はやっぱり可愛い。 はいはいと返事をして苦笑しながら、多分きっと、いつまでも中学生みたいな拙さで、俺はずっとこいつのことを好きでいるんだろうなと、甲洋は思った。 ←戻る ・ Wavebox👏
風に吹かれて乾いた音を立てながら、枯れ葉の群れが足元を横切っていく。
新しいコート──といっても中学まで甲洋が着ていたお古だが──に袖を通した操は、さっきからずっとご機嫌だ。甲洋の隣を歩きながら、澄んだ冬空を楽しそうに見上げている。柔らかなベージュのダッフルは、彼のミルクティーのような髪色によく似合っていた。
ちょっとした買い物に、わざわざふたりで出かけたその帰り道。
甲洋は操側にある自分の右手を、軽く握ったり緩めたりしながらソワソワしていた。楽しげな横顔を横目でチラチラと見やっては、内心ずっと落ち着かないでいる。
理由はいっそ涙ぐましいほどに単純だった。甲洋はさっきからずっと見計らっているのだ。操と手を繋ぐタイミングを。
手が冷たそうだったから。空ばかり見て歩いて、転んだりすれば大変だから。無難な言い訳はちゃんと用意してある。だけどいまいち勇気が出ない。
なにも繋ぎたければ繋げばいいのだけれど、なぜだか妙な気恥ずかしさを覚えていた。
手を繋いで歩くなんて、恋人っぽくてなんかいいな。
──なんて。甘酸っぱい憧れを抱く自分に。
家を出たときからずっとそんなことを考えてはソワソワしていることや、じきに家についてしまうことに焦っている自分が、とにかく無性に恥ずかしい。
いつもならポケットに突っ込んでいるはずの両手は、左手には買い物袋がぶら下がっている。目的を果たしたいがために、右手はネイビーのチェスターコートからずっと出しっぱなしのままだった。実際、風が冷たくて言い訳抜きに指先がかじかんできている。
(時間がない……はやくしないと……)
内心で焦りながら、いつまで経っても中身は中学生のような自分に呆れる。
スマートに、クールに、さりげなくその白い手をさらって握りしめればいいだけなのに。転んで泣かれても面倒だから、なんてちょっと意地の悪いことを言ってやれば、それなりに様になるのは分かっているのに。
そうこうしているうちに、家はもうすぐそこだ。
今日はもう無理かもしれない。諦めた甲洋は右手をポケットに突っ込もうとした。けれどすんでのところで、あたたかなものが右手に触れる。
「!」
目を丸くさせ、思わず足を止めた。操が甲洋の手を握っている。
「な、なに?」
「ん? んー、なんか、手が寒そうだったから」
思わず上ずった声で問いかけた甲洋に、操はケロリとした表情でそう言った。しかもただ普通に繋ぐのではなくて、指と指を絡め合う、いわゆる恋人繋ぎというやつだ。
甲洋は顔がカァっと熱くなっていくのを感じた。頭のなかには『敗北』の二文字が浮かぶ。違う違う。そうじゃない。逆だ。結果的に望んだ通りになったとしても、甲洋のなかには自分がリードするシナリオしか用意されていなかった。そもそも競っていたわけでもないのだが。
「……なんで俺より先にやっちゃうのさ」
不甲斐なさに溜息がでる。ヘタレすぎて、自分で自分が情けない。
操に甲洋の複雑な男心が理解できるはずもなく、彼は繋いだ手をブンブンと揺らしながら「ねぇ、早く帰ろうよ」と言って唇を尖らせている。
あ、今のこれはものすごく恋人っぽいぞ、と喜んでしまっている自分があまりにも単純で、やっぱり情けなくて、かなり悔しい。
操の手はあたたかくて、だけど冷え切っている甲洋の手は彼の温もりをどんどん奪っていこうとしている。
甲洋は操の手を強く握ると、そのまま自分のコートのポケットにズボッと突っ込んだ。耳の際まで赤くして、全く格好がつかないのは分かっているけれど、なんでもないような顔をしながら前を向いて歩きだす。
「あったかいねぇ」
操が嬉しそうに笑った。家はもう目の前だ。ポケットの中で自分のものより一回り小さな手をしっかりと握りしめながら、もっと早くこうすればよかったと後悔する。
嬉しい気持ちと悔しい気持ち。次は勝ちたい。ついつい恥ずかしがってしまったに自分に。本当は、いちいち理由なんか必要ないことは知っているけど。
ポケットの中で重なる体温が、どんどんひとつに溶けていく。さっきまではあんなに冷たく感じていた風が、熱いくらいの心と肌にちょうどよかった。いっそこのまま、どこまでも二人で歩いていきたいくらいに。
「ねぇ、家についたらココアいれてよ。クリームたっぷりがいいな」
操は相変わらず甲洋の気持ちなどお構いなしだ。少しくらい意識しろよと思わないこともないけれど、その笑顔はやっぱり可愛い。
はいはいと返事をして苦笑しながら、多分きっと、いつまでも中学生みたいな拙さで、俺はずっとこいつのことを好きでいるんだろうなと、甲洋は思った。
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