小説 2025/05/31 Sat 前回のお話の続きができました。グホの解像度がまだまだ低すぎるのを痛感…。あと普段あんまり登場人物の多いお話を書くことがないので、なんだかてんやわんやになってしまった…🫠でもホメおじに無精ひげ生やせたので概ね満足です✌️続きを読む 02 道中、特に会話はなかった。 カミュは荷台でくつろいでいる様子だ。 隣のエリックは終始うつむきがちで、時折チラチラとグレイグの横顔に視線を向けてくる。気になって目をやると、途端に赤面しながらうつむいてしまうのだった。「……仕事内容は聞いているか?」 尋ねると、エリックはビクンと肩を跳ねさせた。「畑仕事と家事手伝いだろ?」 背後からカミュの声がする。「その通りだ。農作業の補助と、屋敷の管理を頼みたい。ただな……」「なんだよ?」「ああ、いや……」 刻々と屋敷が近づいていくさなか、グレイグは胃痛を覚えていた。 紹介者である男を信頼してはいたものの、所詮は酒の席での口約束だ。多少の手違いがあったとしても、彼を責める気にはなれなかった。(しかし、ヤツは許さんだろうな……) グレイグの要望は通ったが、ホメロスが所望していたのはあくまでメイドだったのだ。偏屈で融通のきかないあの男が、大人しく納得するとは思えない。困ったことになったぞと、グレイグは手綱を引きつつ息を漏らした。 そうこうしているうちに、荷馬車がポプラ並木の中腹にさしかかった。 太陽が白い雲に覆われ、辺りに薄い翳りをもたらしていた。初夏の風が強まると、流れる雲が過ぎ去っていく。徐々に射し込む陽光に、小麦畑が照らされた。「わぁ……」 エリックが、少しだけ身を乗り出して感嘆の声をあげた。「すごい……まるで金色の海を見ているみたいです!」 太陽の強い光を受けて、まだ青い若麦が淡い金色に染まって見えた。それらは風に大きくなびき、寄せては返す波のようにざわめいている。 エリックは感極まった様子で、胸に押し当てた手をぎゅうっと握りしめていた。 「なんてキレイなんだろう……」 このとき、グレイグはエリックの横顔に目を奪われていた。 幼さを残す若者の瞳が、グレイグが愛してやまないバンデルフォンの景色を映して輝いている。その無垢なみずみずしさに、純粋な喜びと感動を覚えたのだ。 部下の男から届いた便りによると、彼らはデルカダールの下層で貧しい生活を送っていたらしい。 正直なところ、グレイグの中には下層からやってきた人間を、どこまで信用できるのか、という懸念があったことは否定できない。 けれどエリックの純粋な反応を見て、身体の内側に新しい風が通り抜けたような感覚を覚えた。それは降って湧いたように芽生えた情であったのかもしれないし、若さへの羨望であったのかもしれない。 なんにせよ、ここでの暮らしにとってもまた、彼らが新しい風を吹き込んでくれるような、そんなワクワクとした気持ちが込み上げたのだ。「俺も小麦を育てている。じきにもっと濃く、美しい黄金色になるぞ」 エリックがグレイグを見て、大きな瞳をしばたたかせた。今度は逸らされることはなかった。呆けたようにも見える表情に、グレイグは目を細めてふっと笑った。「そうなれば収穫だ。忙しくなるが、手伝ってくれるか?」 乾いた大地にジワジワと水が染み込むように、エリックの表情に笑みが浮かんだ。「はい! オレ、がんばります!」 元気のいい返事に満足し、グレイグは「うむ」と力強くうなずいた。 すると荷馬車のヘリに背を預け、両手を頭の後ろで組んでいるカミュが言った。「わざわざ船でここまで来たんだ。与えられた仕事はきっちりやるさ。その代わり、まともな飯と寝床ぐらいは期待しててもいいんだろ?」 グレイグは「もちろんだ」と言って、再び大きくうなずいた。 しっかり給金も支払うつもりでいるし、彼らのための部屋だって用意してある。明日からでも、さっそく働いてもらうつもりでいるが──。「……その前に、厄介な大仕事を片付けねばならんがな」「?」 低く漏らされたつぶやきに、エリックが不思議そうに首をかしげた。 荷馬車はポプラの並木を抜けて、ゆるやかな丘の斜面を走る。ホメロスが待つ巨大な屋敷が、もうすぐそこまで近づいていた。 * 背の高い鉄柵の門を開くと、その先には堂々たる石造りの洋館がそびえていた。 かつてバンデルフォン王家の血筋が住んでいたといわれる、由緒ある館をリノベーションしたものだ。「たいしたもんだな。次元が違うぜ」 飛沫をあげる噴水と、その向こうにある純白の東屋。バラのアーチやラベンダーに彩られた庭を横切りながら、さすがのカミュも圧倒されているようだった。 エリックは場違いだとでもいうように、道具袋を抱きしめて背中を丸めている。 屋敷の扉を開けると、広い玄関ホールがグレイグたちを迎え入れた。 中央には赤い絨毯が敷かれた大階段があり、その両脇には将軍時代の鎧と剣が飾られていた。対を成す黒と白の鎧に、カミュとエリックが目を見張っている。(ホメロスはまだ書斎か) 階段の先を見上げ、気取られぬ程度にため息を漏らした。出掛けに声はかけてきたものの、その際ホメロスからの応答はなかった。 文筆業に勤しむ彼は、日々締切に追われる身の上だった。書斎に缶詰になることも多く、グレイグはここ三日ほど、ホメロスとまともに顔を合わせていなかった。 普段なら放っておくところだが、今日ばかりはそうも言っていられない。どのみち原稿中の彼は不機嫌だ。腹を括る以外にないだろう。「長旅で疲れただろう。少し休んでいるといい」 そう言って、ひとまず二人を居間に案内した。 広々とした空間には、大きな暖炉がある。手織りの大判ラグに、落ち着いた色調のソファと重厚なローテーブル。壁にかかる絵画や調度品の数々は、いずれも選び抜かれたような趣があった。そして──「遅いぞグレイグ。いつまで待たせるつもりだ」 窓際に置かれた椅子に腰掛ける、一人の男の姿。 彼はゆったりと足を組み、肘掛けに預けた肘で頬杖をつきながら、グレイグをねめつけている。 この男こそがもう一人の雇い主である、ホメロスだ。 三日ぶりに見る彼は、目の下にクマを作っていた。長い金髪は艶を失い、アゴにはうっすらと無精ヒゲすら生やしている。明らかに疲労の滲んだ双眸は、元々の目つきの悪さも相まって、より険しいものになっていた。「……ホメロス。そこにいたか」 てっきり書斎に引っ込んだままかと思いきや、居間で待ち構えていた親友の姿に、グレイグはつい口元を引きつらせてしまった。 ヌッ、と前に出て、とっさに二人を背中に庇う。しかし、時はすでに遅かった。「なんだその薄汚い虫ケラ共は?」 ホメロスは鋭い目つきをいっそう細め、眉間のシワを深くした。「メイドはどうした?」「む……その、これはだな」「メイドはどうしたのかと聞いている。俺の目にはどこからどう見ても、ちんちくりんなオスのドブネズミが二匹いるようにしか見えんのだが?」 喉の奥でヒュッと悲鳴をあげたエリックが、カミュの背中に隠れてしまう。 室内の温度がグンと下がったのを感じながら、グレイグはひとつ咳払いをした。「聞け、ホメロス。見ての通り、やって来たのはこの二人だ。どうやら手違いがあったらしくてな」 現状を手短に伝えてはみたものの、実際、他に説明のしようがなかった。「手違いだと?」 するとホメロスは表情に侮蔑の意をたっぷりと含ませ、鼻を鳴らして笑った。「呆れて怒る気にもならんな! 人集めすらまともにできんとは……実に貴様の部下らしいではないか。上司と同様、脳ミソまで筋肉で出来ていると見える!」「……元部下だ」「黙れグレイグ!!」 ダンッ、とホメロスの拳が肘掛けを叩いた。背後からエリックの、「ヒッ」という悲鳴が聞こえる。グレイグは言われた通り、つい押し黙ってしまった。 するとカミュがやれやれといった様子で息をつき、グレイグの横に並んだ。「おいおい、こっちのダンナは、なんだってこんなピリピリしてんだ?」 その気安い物言いに、ホメロスの眉がピクリと動く。 カミュは腕を組むと、こてん、と軽く小首をかしげる。「心配しなくても、仕事だったらきっちりやるぜ。それじゃダメなのか?」「ドブネズミ風情が……利いた風な口をきくではないか」 ホメロスはカミュの問いには答えず、グレイグに鋭い視線を向けた。「いいかグレイグ。俺は女の働き手を連れてこいと言ったのだ。美しく知的で、よく気の利く、若い女の使用人だ」「……おい、なんだよその話。聞いてねえけど?」 カミュが組んだ腕の肘で、グレイグを軽くつついた。「むぅ……すまん」 こちら側の手違いなど、彼らには関係のない話だと思ったのだ。 言ったところで来てしまったものはどうにもならないし、遠路はるばる訪れた若者たちを、わざわざ追い返す気にもなれなかった。 肩を落とすグレイグに、カミュは呆れた様子で「人がいいな、アンタ」と漏らし、小さなため息をつく。 そんなやり取りをよそに、ホメロスの嫌味は留まるところを知らなかった。「それがどうだ? 蓋を開けてみれば、貧相で下品でむさ苦しい、オスのドブネズミが二匹ときた。見てみろ、知性の一欠片も見当たらんではないか。グレイグ、貴様は王から賜ったこの屋敷を、下水道にでもするつもりか?」「……黙って聞いてりゃ好き放題ぬかしやがって」 ここまで言われては、さすがにカミュも頭にきたらしい。 彼は握った拳を震わせながら、釣り上げた眉でキツくホメロスを睨みつけた。「上等じゃねえか! こっちだってアンタみたいな口の悪いおっさんの世話なんか、頼まれたってごめんだぜ!!」「に、兄さん、落ち着いて……」 後方に引っ込んだままだったエリックが、泣きそうな表情でカミュに身を寄せた。 しかしカミュは今にも掴みかかっていきそうな勢いを崩さない。 ホメロスはしてやったりといった様子で口角の片方を上げ、緩慢な動作で椅子から立ち上がる。そしてわざとらしく胸の下に右手を添え、左手を扉の方へ差しだしながら恭しく頭を垂れた。「ならばどうぞお引き取りを。グレイグ、ドブネズミがお帰りだ」「この野郎、一発ぶん殴らなきゃ気がすまねえ!」「やっ、やめてってば!」 殴りかかろうとするカミュに、エリックが必死でしがみつく。その拍子に、彼が持っていた道具袋が派手な音を立てて床に落下した。 予想通りの状況に、グレイグは頭痛を覚えながらも彼らの間に割って入った。「落ち着け、お前たち。ホメロス、いくらなんでも口が過ぎるぞ」「なんだと?」 毒の猛威をふるったことで、多少は溜飲を下げていたかに見えたホメロスだったが、グレイグの言葉に再び眉間のシワを深くした。「誰のせいでこうなったと思っている!? 大体、貴様の要望が通って、なぜ俺の要望が通らんのだ!!」 この二人がどうこうというよりは、結局ホメロスにとっての大問題はそこなのだ。 彼は自分が蔑ろにされることに、人一倍敏感な性質を持っている。聡明で繊細だが、そのぶん極端にプライドが高い。つまるところ、ナリだけ大きな子供なのである。「駄々っ子かよ」 なかば呆れた様子のカミュが、毒気を抜かれたように吐き捨てた。「おいドブネズミ! 今なんと言った!?」「とにかく!!」 グレイグはパンッ、と大きな音を立てて両手を鳴らした。 このままでは堂々巡りで日が暮れる。エリックはすっかり疲れ切った様子で顔色を失っているし、カミュの表情にもあらゆる意味で疲労が見えた。「まずは働きぶりを見ようではないか。それから判断しても遅くはあるまい」 ホメロスは腕を組むと、バカにした様子で「はっ」と笑った。「お優しいことだ。迎えに行って帰ってくるまでの間に、すっかり絆されたと見える」「……すぐにでも働き手がほしいのは事実だろう」 また一から探し直すとなれば、それなりの手間や時間がかかる。ならば人を選ぶことよりも、育てることに時と労力を割くべきだ。 実際問題、生活能力に欠ける壮年の男二人では、飯を作るにも掃除をするにも、もはや立ち行かない状況にあることは事実だった。 それはホメロスも身にしみて感じていることだろう。彼は大仰なため息を漏らし、それから小さく舌打ちをした。「そこまで言うならいいだろう。だだし──」 ホメロスが鋭く視線を走らせる。彼は腰に手をやり、頭をガリガリと掻いているカミュをキツく睨みつけた。「使えないと分かれば、すぐにでも叩き出す。それだけは肝に銘じておくことだ」 吐き捨てるように言い放つと、ホメロスは部屋を出ていった。 バンっと扉の閉まる音がする。 嵐が過ぎ去ったかのように静まり返った室内で、エリックが安堵の色を浮かべた。カミュは面白くなさそうに、「けっ」と息を吐いている。 そんな彼らを横目に、グレイグはようやく肩の力を抜いたのだった。畳む
グホの解像度がまだまだ低すぎるのを痛感…。
あと普段あんまり登場人物の多いお話を書くことがないので、なんだかてんやわんやになってしまった…🫠
でもホメおじに無精ひげ生やせたので概ね満足です✌️
02
道中、特に会話はなかった。
カミュは荷台でくつろいでいる様子だ。
隣のエリックは終始うつむきがちで、時折チラチラとグレイグの横顔に視線を向けてくる。気になって目をやると、途端に赤面しながらうつむいてしまうのだった。
「……仕事内容は聞いているか?」
尋ねると、エリックはビクンと肩を跳ねさせた。
「畑仕事と家事手伝いだろ?」
背後からカミュの声がする。
「その通りだ。農作業の補助と、屋敷の管理を頼みたい。ただな……」
「なんだよ?」
「ああ、いや……」
刻々と屋敷が近づいていくさなか、グレイグは胃痛を覚えていた。
紹介者である男を信頼してはいたものの、所詮は酒の席での口約束だ。多少の手違いがあったとしても、彼を責める気にはなれなかった。
(しかし、ヤツは許さんだろうな……)
グレイグの要望は通ったが、ホメロスが所望していたのはあくまでメイドだったのだ。偏屈で融通のきかないあの男が、大人しく納得するとは思えない。困ったことになったぞと、グレイグは手綱を引きつつ息を漏らした。
そうこうしているうちに、荷馬車がポプラ並木の中腹にさしかかった。
太陽が白い雲に覆われ、辺りに薄い翳りをもたらしていた。初夏の風が強まると、流れる雲が過ぎ去っていく。徐々に射し込む陽光に、小麦畑が照らされた。
「わぁ……」
エリックが、少しだけ身を乗り出して感嘆の声をあげた。
「すごい……まるで金色の海を見ているみたいです!」
太陽の強い光を受けて、まだ青い若麦が淡い金色に染まって見えた。それらは風に大きくなびき、寄せては返す波のようにざわめいている。
エリックは感極まった様子で、胸に押し当てた手をぎゅうっと握りしめていた。
「なんてキレイなんだろう……」
このとき、グレイグはエリックの横顔に目を奪われていた。
幼さを残す若者の瞳が、グレイグが愛してやまないバンデルフォンの景色を映して輝いている。その無垢なみずみずしさに、純粋な喜びと感動を覚えたのだ。
部下の男から届いた便りによると、彼らはデルカダールの下層で貧しい生活を送っていたらしい。
正直なところ、グレイグの中には下層からやってきた人間を、どこまで信用できるのか、という懸念があったことは否定できない。
けれどエリックの純粋な反応を見て、身体の内側に新しい風が通り抜けたような感覚を覚えた。それは降って湧いたように芽生えた情であったのかもしれないし、若さへの羨望であったのかもしれない。
なんにせよ、ここでの暮らしにとってもまた、彼らが新しい風を吹き込んでくれるような、そんなワクワクとした気持ちが込み上げたのだ。
「俺も小麦を育てている。じきにもっと濃く、美しい黄金色になるぞ」
エリックがグレイグを見て、大きな瞳をしばたたかせた。今度は逸らされることはなかった。呆けたようにも見える表情に、グレイグは目を細めてふっと笑った。
「そうなれば収穫だ。忙しくなるが、手伝ってくれるか?」
乾いた大地にジワジワと水が染み込むように、エリックの表情に笑みが浮かんだ。
「はい! オレ、がんばります!」
元気のいい返事に満足し、グレイグは「うむ」と力強くうなずいた。
すると荷馬車のヘリに背を預け、両手を頭の後ろで組んでいるカミュが言った。
「わざわざ船でここまで来たんだ。与えられた仕事はきっちりやるさ。その代わり、まともな飯と寝床ぐらいは期待しててもいいんだろ?」
グレイグは「もちろんだ」と言って、再び大きくうなずいた。
しっかり給金も支払うつもりでいるし、彼らのための部屋だって用意してある。明日からでも、さっそく働いてもらうつもりでいるが──。
「……その前に、厄介な大仕事を片付けねばならんがな」
「?」
低く漏らされたつぶやきに、エリックが不思議そうに首をかしげた。
荷馬車はポプラの並木を抜けて、ゆるやかな丘の斜面を走る。ホメロスが待つ巨大な屋敷が、もうすぐそこまで近づいていた。
*
背の高い鉄柵の門を開くと、その先には堂々たる石造りの洋館がそびえていた。
かつてバンデルフォン王家の血筋が住んでいたといわれる、由緒ある館をリノベーションしたものだ。
「たいしたもんだな。次元が違うぜ」
飛沫をあげる噴水と、その向こうにある純白の東屋。バラのアーチやラベンダーに彩られた庭を横切りながら、さすがのカミュも圧倒されているようだった。
エリックは場違いだとでもいうように、道具袋を抱きしめて背中を丸めている。
屋敷の扉を開けると、広い玄関ホールがグレイグたちを迎え入れた。
中央には赤い絨毯が敷かれた大階段があり、その両脇には将軍時代の鎧と剣が飾られていた。対を成す黒と白の鎧に、カミュとエリックが目を見張っている。
(ホメロスはまだ書斎か)
階段の先を見上げ、気取られぬ程度にため息を漏らした。出掛けに声はかけてきたものの、その際ホメロスからの応答はなかった。
文筆業に勤しむ彼は、日々締切に追われる身の上だった。書斎に缶詰になることも多く、グレイグはここ三日ほど、ホメロスとまともに顔を合わせていなかった。
普段なら放っておくところだが、今日ばかりはそうも言っていられない。どのみち原稿中の彼は不機嫌だ。腹を括る以外にないだろう。
「長旅で疲れただろう。少し休んでいるといい」
そう言って、ひとまず二人を居間に案内した。
広々とした空間には、大きな暖炉がある。手織りの大判ラグに、落ち着いた色調のソファと重厚なローテーブル。壁にかかる絵画や調度品の数々は、いずれも選び抜かれたような趣があった。そして──
「遅いぞグレイグ。いつまで待たせるつもりだ」
窓際に置かれた椅子に腰掛ける、一人の男の姿。
彼はゆったりと足を組み、肘掛けに預けた肘で頬杖をつきながら、グレイグをねめつけている。
この男こそがもう一人の雇い主である、ホメロスだ。
三日ぶりに見る彼は、目の下にクマを作っていた。長い金髪は艶を失い、アゴにはうっすらと無精ヒゲすら生やしている。明らかに疲労の滲んだ双眸は、元々の目つきの悪さも相まって、より険しいものになっていた。
「……ホメロス。そこにいたか」
てっきり書斎に引っ込んだままかと思いきや、居間で待ち構えていた親友の姿に、グレイグはつい口元を引きつらせてしまった。
ヌッ、と前に出て、とっさに二人を背中に庇う。しかし、時はすでに遅かった。
「なんだその薄汚い虫ケラ共は?」
ホメロスは鋭い目つきをいっそう細め、眉間のシワを深くした。
「メイドはどうした?」
「む……その、これはだな」
「メイドはどうしたのかと聞いている。俺の目にはどこからどう見ても、ちんちくりんなオスのドブネズミが二匹いるようにしか見えんのだが?」
喉の奥でヒュッと悲鳴をあげたエリックが、カミュの背中に隠れてしまう。
室内の温度がグンと下がったのを感じながら、グレイグはひとつ咳払いをした。
「聞け、ホメロス。見ての通り、やって来たのはこの二人だ。どうやら手違いがあったらしくてな」
現状を手短に伝えてはみたものの、実際、他に説明のしようがなかった。
「手違いだと?」
するとホメロスは表情に侮蔑の意をたっぷりと含ませ、鼻を鳴らして笑った。
「呆れて怒る気にもならんな! 人集めすらまともにできんとは……実に貴様の部下らしいではないか。上司と同様、脳ミソまで筋肉で出来ていると見える!」
「……元部下だ」
「黙れグレイグ!!」
ダンッ、とホメロスの拳が肘掛けを叩いた。背後からエリックの、「ヒッ」という悲鳴が聞こえる。グレイグは言われた通り、つい押し黙ってしまった。
するとカミュがやれやれといった様子で息をつき、グレイグの横に並んだ。
「おいおい、こっちのダンナは、なんだってこんなピリピリしてんだ?」
その気安い物言いに、ホメロスの眉がピクリと動く。
カミュは腕を組むと、こてん、と軽く小首をかしげる。
「心配しなくても、仕事だったらきっちりやるぜ。それじゃダメなのか?」
「ドブネズミ風情が……利いた風な口をきくではないか」
ホメロスはカミュの問いには答えず、グレイグに鋭い視線を向けた。
「いいかグレイグ。俺は女の働き手を連れてこいと言ったのだ。美しく知的で、よく気の利く、若い女の使用人だ」
「……おい、なんだよその話。聞いてねえけど?」
カミュが組んだ腕の肘で、グレイグを軽くつついた。
「むぅ……すまん」
こちら側の手違いなど、彼らには関係のない話だと思ったのだ。
言ったところで来てしまったものはどうにもならないし、遠路はるばる訪れた若者たちを、わざわざ追い返す気にもなれなかった。
肩を落とすグレイグに、カミュは呆れた様子で「人がいいな、アンタ」と漏らし、小さなため息をつく。
そんなやり取りをよそに、ホメロスの嫌味は留まるところを知らなかった。
「それがどうだ? 蓋を開けてみれば、貧相で下品でむさ苦しい、オスのドブネズミが二匹ときた。見てみろ、知性の一欠片も見当たらんではないか。グレイグ、貴様は王から賜ったこの屋敷を、下水道にでもするつもりか?」
「……黙って聞いてりゃ好き放題ぬかしやがって」
ここまで言われては、さすがにカミュも頭にきたらしい。
彼は握った拳を震わせながら、釣り上げた眉でキツくホメロスを睨みつけた。
「上等じゃねえか! こっちだってアンタみたいな口の悪いおっさんの世話なんか、頼まれたってごめんだぜ!!」
「に、兄さん、落ち着いて……」
後方に引っ込んだままだったエリックが、泣きそうな表情でカミュに身を寄せた。
しかしカミュは今にも掴みかかっていきそうな勢いを崩さない。
ホメロスはしてやったりといった様子で口角の片方を上げ、緩慢な動作で椅子から立ち上がる。そしてわざとらしく胸の下に右手を添え、左手を扉の方へ差しだしながら恭しく頭を垂れた。
「ならばどうぞお引き取りを。グレイグ、ドブネズミがお帰りだ」
「この野郎、一発ぶん殴らなきゃ気がすまねえ!」
「やっ、やめてってば!」
殴りかかろうとするカミュに、エリックが必死でしがみつく。その拍子に、彼が持っていた道具袋が派手な音を立てて床に落下した。
予想通りの状況に、グレイグは頭痛を覚えながらも彼らの間に割って入った。
「落ち着け、お前たち。ホメロス、いくらなんでも口が過ぎるぞ」
「なんだと?」
毒の猛威をふるったことで、多少は溜飲を下げていたかに見えたホメロスだったが、グレイグの言葉に再び眉間のシワを深くした。
「誰のせいでこうなったと思っている!? 大体、貴様の要望が通って、なぜ俺の要望が通らんのだ!!」
この二人がどうこうというよりは、結局ホメロスにとっての大問題はそこなのだ。
彼は自分が蔑ろにされることに、人一倍敏感な性質を持っている。聡明で繊細だが、そのぶん極端にプライドが高い。つまるところ、ナリだけ大きな子供なのである。
「駄々っ子かよ」
なかば呆れた様子のカミュが、毒気を抜かれたように吐き捨てた。
「おいドブネズミ! 今なんと言った!?」
「とにかく!!」
グレイグはパンッ、と大きな音を立てて両手を鳴らした。
このままでは堂々巡りで日が暮れる。エリックはすっかり疲れ切った様子で顔色を失っているし、カミュの表情にもあらゆる意味で疲労が見えた。
「まずは働きぶりを見ようではないか。それから判断しても遅くはあるまい」
ホメロスは腕を組むと、バカにした様子で「はっ」と笑った。
「お優しいことだ。迎えに行って帰ってくるまでの間に、すっかり絆されたと見える」
「……すぐにでも働き手がほしいのは事実だろう」
また一から探し直すとなれば、それなりの手間や時間がかかる。ならば人を選ぶことよりも、育てることに時と労力を割くべきだ。
実際問題、生活能力に欠ける壮年の男二人では、飯を作るにも掃除をするにも、もはや立ち行かない状況にあることは事実だった。
それはホメロスも身にしみて感じていることだろう。彼は大仰なため息を漏らし、それから小さく舌打ちをした。
「そこまで言うならいいだろう。だだし──」
ホメロスが鋭く視線を走らせる。彼は腰に手をやり、頭をガリガリと掻いているカミュをキツく睨みつけた。
「使えないと分かれば、すぐにでも叩き出す。それだけは肝に銘じておくことだ」
吐き捨てるように言い放つと、ホメロスは部屋を出ていった。
バンっと扉の閉まる音がする。
嵐が過ぎ去ったかのように静まり返った室内で、エリックが安堵の色を浮かべた。カミュは面白くなさそうに、「けっ」と息を吐いている。
そんな彼らを横目に、グレイグはようやく肩の力を抜いたのだった。
畳む