2025/08/13 Wed 『引き取ったうさぎが草食系じゃなかった件』 【うさぎお譲りします】 その張り紙を見つけたのは、近所のペットショップを訪れたときのことだった。 「譲る、ってどういうこと?」 店の片隅の、あまり目立たない位置にひっそりと貼り付けられている紙を見て、操は小さく首を傾げた。するとそれに気づいた中年の男性店員がすかさずサッと近寄ってきて、営業スマイルを浮かべると聞いてもいないのにペラペラと説明をしはじめる。 「お客さん、興味あります? ロップイヤーの男の子なんですけどね、おとなしいし人馴れしてるし、ぜんぜん手がかからないんですよ」 「へぇー。でもなんで? 譲るってことはタダってこと?」 「そうなんですよ! いやね、元々はこの店から買われた子うさぎだったんですけど、飼い主の方がどうしても飼えない事情ができたとかで、返品されてしまったんですよ。子供のうちならまだよかったんですがね、あれだけ大きくなってからじゃねぇ……あっ、よかったらご覧になります?」 「え、ちょっと!」 男性店員は返事も聞かずにさっさとバックヤードへ消えていく。 困ったなぁと操は思った。この店には別に用があって来たわけではないのだ。 操はこの春から大学生活をスタートさせるのと同時に、マンションで一人暮らしをはじめた。初めのうちは生活に慣れるのに手一杯だったが、少しずつ慣れて余裕が出てくると、だんだん一人が寂しくなってきた。特に実家の猫が恋しくて、ついふらりと猫成分を求めて立ち寄ったに過ぎない。 「お客さん、この子ですよ。ほら、なかなかイケメンなうさぎでしょ」 断らなきゃなぁなんて考えている間に、店員が件のロップイヤーを連れてきた。 焦げ茶の長い垂れ耳に、お尻の辺りにはぽわんぽわんの尻尾がついている。肌が白くて長身で、確かにテレビや雑誌でしかお目にかかれないような絶世の美男──だとは思うのだが。 「これうさぎ? 人間じゃん!」 想像していたうさぎの姿からは、大きくかけ離れていた。 襟がよれてすっかり鎖骨が見えている白い長袖のシャツに、ダメージを通り越してクラッシュしている痛んだデニム。見上げるほどの高身長と広い肩幅。 どう見たって二十歳前半から中頃の青年が、真顔でうさ耳のコスプレをしているようにしか見えなかった。 「たまにいるんですよ。突然変異でこういうのが」 「そんなことってあるの!?」 「あるんですよ、お客さん」 「へぇ~、あるんだ~」 ペットショップの店員さんが言うんだから、間違いはないのだろう。現に目の前にいるわけだし──と、深く物事を考えない操はコロッと納得した。 ポカーンとした顔でうさぎを見上げていると、無表情だったうさぎがふわっと柔らかな笑顔を浮かべる。どこか浮世離れした雰囲気だったが、笑うとずいぶん人好きのする印象に変わると思った。これはなかなか可愛いかもしれない。ぐっと心を掴まれてしまった気がして、一瞬迷いが生じたものの──。 「うーん。でもぼく、別にうさぎは欲しくない。どうせだったら猫のほうが──」 操がきっぱり断ろうとしたそのとき、笑顔だったうさぎの表情がみるみる曇った。垂れている耳をいっそうしょんぼりとさせ、悲しげに下唇を噛みしめると俯いてしまう。堪えるように細められた煤色の瞳が、こころなしか泣きそうに潤んでいるようだった。 「うっ!」 下手に表情から感情が読み取れるぶん、胸が痛い。どうやら姿かたちだけじゃなく、彼は人間の言葉もしっかり理解できているようだった。つまり操は本人(本うさぎ?)の目の前で「君はいらない子だ」と言ってしまったも同然で、意味を理解している彼を深く傷つけてしまったということになる。 「お客さん、こんな上等なうさぎ他にいないですよぉ? トイレも風呂もほっといたって勝手に行きますし、なによりねぇ、こいつは家事ができるんですよ。掃除洗濯炊事、なんだってこなしちゃう優良物件ですから」 「え? 君、ご飯作れるの?」 すかさず店員が出してきた条件に、操はつい食いついてしまった。掃除もできて、洗濯もできて、食事も作れるなんて。それらは全て操の苦手な分野である。特に炊事は苦手中の苦手で、おふくろの味に恋しさを募らせながら、ジャンクフードを食べる生活を送っていた。 目を輝かせる操に、うさぎはまたあの柔らかな笑みを浮かべて頷いた。 「できるよ。材料とレシピさえあれば、なんでも」 その涼しげで優しい声に、操の心は大きく揺らいだ。はっきり言って、連れ帰らない理由がない。手はかからないし、世話をするどころか逆にしてもらえるなんて、こんな優良物件は確かにないのではないか。なにより美味しい手料理にありつけることが約束されているのだ。 「……よし、わかった! じゃあ君は今日からうちの子だよ!」 「ありがとうございまーす!!」 操の決断に、店員が満面の笑顔で頭を下げた。 * 「甲洋くん、私のこと忘れないでね……!」 「つらいことがあったら、すぐに戻ってきていいんだからね!」 ペットショップを出るとき、数人の女性店員が涙を流しながら手を振っていた。 中には個人的な連絡先を書いた紙をうさぎのジーンズのポケットにねじ込む店員までいて、うさぎといえどイケメンは大変だなぁと思いながらも、操は甲洋を自宅マンションに連れ帰った。 「君、甲洋って名前なんだね。ぼくは操。来主操だよ」 自己紹介をしつつ、部屋の中を案内する。トイレに風呂にキッチンに、広々としたリビングダイニング。それに寝室が一部屋。 甲洋はテレビとソファが設置してあるリビングに立ち尽くし、キョロキョロと辺りを見渡した。 「こんな立派な部屋に、本当に俺なんかが住んでもいいの?」 「いいに決まってるじゃん。ぼくだけじゃ、正直ちょっと広すぎるくらいだし」 ここは母と一緒に探した物件だ。母は特にセキュリティ面を重視しており、幾つか見た物件の中でも、母的にはここが最も安心できる管理体制だったらしい。 操はその辺りはよく分からないためすっかり任せてしまったのだが、まともに料理ができるわけでもないのにキッチンは広いし、リビングも寝室も一人で暮らすには贅沢すぎる間取りだった。 学業に専念してほしいという母の方針から、学費や諸々の生活費は仕送りに甘え、操は気が向いたときに短期バイトをする程度のお坊ちゃま生活を送っている。 「ここは君の家だよ。ぼくたち今日から家族なんだし!」 「家族……?」 その言葉に、甲洋はわずかに目を見開いた。それから、なぜか戸惑ったように瞳を揺らして、「本当に?」と問いかけてくる。 その表情にはまるで怯えたような影が走り、不安げな様子が彼の大きな身体を一回り小さく見せている。その弱々しさに操は小さく首を傾げたが、すぐにペットショップで店員が話していたことを思いだした。 彼にはもともと飼い主がいたが、事情があって店に返されてしまったのだということ。どんな事情だったかは知らないが、信じていた家族に捨てられたとか、裏切られたとか、彼がそんなふうに感じていたっておかしくはないのだ。 「本当だよ! ぼくうさぎと暮らすのは初めてだけど、いい飼い主になれるようにがんばるから! 甲洋はなにも心配しなくていいんだよ!」 実のところ、操も母とは血の繋がりがないのだ。けれど母は操を本当の息子のように可愛がってくれている。操もそんな母が大好きだった。だけどもし母が操の面倒を見きれないと言って、手放してしまうような人であったなら──想像するだけで悲しくて、胸が張り裂けそうだ。 そしてこの子は、実際にそういう目にあっている。軽い気持ちで引き受けてしまったが、操はこの傷ついているうさぎを大切にしようと心に決めた。 すると、操の言葉を受けて甲洋がホッとしたように微笑んだ。 「ありがとう来主……なら俺も、満足してもらえるようにやれるだけのことをやる。尽くすよ、君に」 ふわりと雪が解けていくようなその柔らかな笑顔に、操はなぜか照れくさいような気持ちになる。満足ってなんだろう。あ、ご飯のことかな? なんてのほほんと考えながら、頬を染めてえへへと笑った。 こんなに優しそうな子となら、きっとうまくやっていけるだろう。猫は未だに恋しいが、これからは寂しい思いをせずお互い仲良く暮らしていけるのだ。 「よろしくね甲洋! あ、ほら、疲れたでしょ? 遠慮しないで、ゆっくりしなよ!」 そう促すと、甲洋は素直に頷いて大型のカウチソファに腰をおろした。そしてジーンズの尻ポケットに手をやると、中からタバコの箱とライターを取り出す。 (……え?) 操はそれを見て、思わず目が点になってしまった。 甲洋は箱からタバコを一本取り出すと、口に咥えて軽く吸い込みながらライターで火をつける。ソファの背凭れにゆったりと背を預け、天井を見上げながら深く息をついて白い煙を吐きだした。 「……あの、甲洋?」 「なに?」 指ではさんだタバコを軽く咥えたまま、甲洋が操をチラリと見やる。その顔からはさっきまでの柔和な笑顔が消えて、なにやら気怠げな雰囲気が漂っていた。声もワントーン低くなっているような気がする。 「ああ、もしかして禁煙? ここ」 「そういうわけじゃ、ないんだけど」 「灰皿」 「へっ?」 「灰皿くれない?」 「あっ、わ、わかった!」 甲洋が指にはさんで持ち上げたタバコは、今にも灰が落ちそうになっている。操はとっさに返事をしたものの、灰皿なんてものはここにはない。 慌てて辺りを見渡し、そして目の前のローテーブルの上に飲みかけのパックジュースが置かれていることに気がついた。今朝、菓子パンをかじったときに一緒に飲んでいた乳酸菌飲料だ。それを掴んで片方の注ぎ口に指を入れると、完全にこじ開けて甲洋に渡した。 「いいの? これ、残ってるけど」 「う、うん。もう飲まないし」 「ああ、そう」 甲洋は冷めた表情でほんのわずかに残っている中身を覗いて、そこに容赦なく灰を落としている。 一連の光景に、操は呆気にとられるばかりだった。 (ど、どういうこと? うさぎってタバコ吸うの? え? っていうか、ぼく吸っていいなんて言ってないし、なんか、なんていうか……) 「ねぇ君、なんかさっきまでと雰囲気ちがくない!?」 ついさっきまでは慎ましい態度でいたはずのうさぎが、今はなぜか大股開きでソファに深く腰掛けて、背もたれに腕を引っ掛けながら手慣れた様子で煙を吐きだしているのだ。 弱々しく瞳を揺らしていたのもまた彼であるはずなのに、まるで同一人物には──人ではないが──思えない。 「遠慮するなって言ってなかった?」 甲洋は白けているようにも見える目つきで操を見ると、悪びれもせずそう言ってまた煙を吐きだした。 「言ったけど! 言ったけどさ! 変わりすぎっていうか! ねぇ、そもそもなんで当たり前のようにタバコなんか持ってんの!? 君うさぎだよね!?」 「うさぎだってタバコくらい吸うだろ」 「へぇそうなんだ!? ぜんぜん知らなかっ……じゃなくて! ダメダメ! そんな身体に悪いもの、吸ったらダメだよ! 部屋だって臭くなっちゃうじゃん!」 「ピーピーよく喋るね、お前」 「お前!?」 さっきまでは君呼びだったような……? 完全に態度が急変したことに唖然としていると、甲洋は面倒くさそうに吸いかけのタバコをパックの中に放り込んだ。ジュッという音を響かせながら、目の前のテーブルにパックを置き、それから操に軽く手招きをする。 「な、なに?」 「いいから。おいで」 今度はなにが始まるのだろう。操は猫と暮らしたことはあっても、他の動物と接したことはほとんどない。うさぎがタバコを吸うなんてことも初めて知ったし、他にも知られざる生態があるのだろうか。 あとでググって調べなきゃ……と考えながら、恐る恐るソファに近づいた。 「ねぇ、なに? ちょ、うわっ!?」 手が届く範囲まで近づいた瞬間、手首を掴まれて引き寄せられる。ソファに崩れ落ちた操の身体は、甲洋の腕にすっぽりと抱きとめられていた。タバコの臭いがぐっと濃くなる。 なにが起こったのか分からずポカンとする操に、甲洋はまたあの人好きのする柔らかな笑顔を浮かべて見せた。 「仕事はするよ。ちゃんとね」 「し、仕事って……?」 「立場くらいわきまえてるさ」 「え、ちょっと?」 そう言って甲洋は操の頬を撫で、愛しむような仕草で髪にあごを擦りつけてきた。何度もすりすりと擦りつけながら、ぎゅうと強く抱きしめられる。さらには頬や鼻や、あごにキスをする動作まで見せはじめた。 (は? なにこれ? なにされてるのぼく?) いまだに状況が飲み込めない操は、甲洋の腕の中ですっかり混乱してしまった。 その行動は次第にエスカレートしていき、しまいにはぺろんと頬を舐められて上ずった声が漏れてしまう。 「ひゃっ!? こ、甲洋? ほんとになに!? ちょっ、待っ……!」 「ん……待たない」 「やだくすぐった……っ、うわ、ぁッ、そんな、そんなに舐めちゃダメだって!」 どうにか身をよじって逃れようとしたが、体格差がそれを許してくれない。操の身体はソファに押し倒されて、甲洋がその上から覆いかぶさってくる。 なにがなんだか分からない。さっきまでの冷めた態度とは打って変わって、甲洋は操の身体にすり寄って執拗に離そうとしなかった。その様はまるで全身で甘えているかのような──。 (甘えてる……? これ、ひょっとして甘えてるの……?) スリスリとすり寄ってはまるで毛繕いでもするように舐める動作は、実家にいたころ白猫のクーもよく見せていた。甲洋のこれも、それと同じようなものなのかもしれない。そうと気づいたら、抵抗する気が一気に失せてしまう。 すっかり大人の身体つきをしていようが、擦れた態度でタバコを吸おうが、彼はあくまでもうさぎなのだ。飼い主に甘えたいと思うのは当然だろうし、懐いてくれているのだと思うと急に嬉しくなってくる。 (なぁんだそっかぁ。甘えん坊なんだ、甲洋は) 可愛いところもあるんだなぁと、操は笑いながら甲洋の背に両腕を回す。ぽんぽんと軽く叩いて優しく撫でながら、このまま好きにさせておこうと思った。しょうがない。だって甲洋はうさぎで、自分は飼い主なんだから。 これは甲洋にとっても自分にとっても、大切なスキンシップなのだ。 「よしよし、いい子いい子」 「来主……」 垂れた焦げ茶の耳に手をやって優しく撫でていると、やけに甘ったるい声で名前を呼ばれた。甲洋は細めた瞳を潤ませて、熱い息を漏らしながら操を見下ろしている。 「!」 その熱っぽい眼差しに、ドキリと胸が跳ねる。咄嗟に返事ができないでいると、甲洋は操の腰に腕を回してクルリとうつ伏せにひっくり返した。 背中にぴったりと覆いかぶさってくる熱と重みを受け止めながら、操はその行動の意味が理解できずに目を白黒させる。 「えっ、なに?」 「ごめん来主。俺も久しぶりだから……止まらない」 「な、なにが? え!? 待って、なにしてるの!?」 甲洋は操の身体を背後からしっかりと抱き込むと、自分の身体の中心を操の臀部に押しつけて腰を揺さぶってきた。 「うわ!? ちょ、甲洋!? 待って! や、やだ、なんかこれやだぁ!」 甲洋の動きに合わせて自分の身体もカクカクと揺れてしまうのが、なぜだか異様に恥ずかしい。操の動物知識は慣れ親しんだ猫に限定されていて、これが発情したオスうさぎのマウンティング行為だなんて考えには、とうぜん至れるはずもない。少なくとも、クーがこんな仕草を見せたことは一度もなかった。 「甲洋やめて! 止まって!」 ソファの座面を引っ掻きながら逃れようとする操の耳に、唇を押しつけた甲洋が「どうして?」と吐息まじりの声をねっとりと吹きかけてくる。 「ひゃぁっ、ん!」 「来主は、俺の家族になってくれるんじゃないのか?」 「待っ、や! そこ、そこで喋っちゃ……っ」 「尽くすから……来主のこと、ちゃんと満足させるから」 「ッ~~!!」 甘く掠れた声を吹き込まれると、身体にゾクゾクとした電流のようななにかが駆け抜けた。その声はどこか切なく、悲痛な訴えにも聞こえた気がして、操は突き刺されたような痛みに胸を絡め取られた。 絶えず操の身体を揺さぶりながら、甲洋の片手が股間へと忍ばされる。パンツの上から中心をゆるゆるとまさぐられ、頭が真っ白になるのと同時に血の気が引く。 「や、やめ! ひっ、ぁ、なんでそんなとこ触っ……アッ、ぁ、あ……っ!?」 こんな場所を他人に触られるのは初めてだ。自分でも最低限しか触れることのない場所を、揉んだり擦ったりされながら身体を揺さぶられるという異常な状況に、操は混乱しながらも息が上がっていくのを感じる。 「ひうぅっ、ぁ、アッ、やだ、やだ、なんでぇ……?」 「固くなってきたね……」 「こんなの、変、だよぉ……ッ、ふぅ、ぁッ、こんなの、こんなのぉ……!」 身体に力が入らない。あそこがどんどん熱くなって、どうしてこれほどまでに興奮してしまうのか、自分の身体のことがさっぱり分からなかった。やめてほしいと思うのに、このままもっと続けてほしいような。 けれど甲洋は手を止めて、ついでに腰を揺らす動きも止めてしまった。操は首をひねり、無意識に縋るような目を甲洋に向ける。彼はふっと微笑み、「そんな顔しないで」と言いながら操の潤んだ目元にキスをした。 「ちゃんと気持ちよくしてあげる」 「ふ、ぇ……?」 甲洋の手が操のウエスト部分を器用に外すと、下着ごとずるりと膝の辺りまで下ろしてしまう。 「や、やだ、見ないで! 恥ずかしいよぉ……!」 まるっと剥かれた尻を甲洋の目の前に突き出しているという状況に、操の全身が羞恥に染まった。なぜこんなことになっているのか分からないまま、逃げを打とうとする腰に長い腕が回り、動けないように固定されてしまう。 そして甲洋のもう片方の手が、兆している操の屹立をゆるく握り込んだ。 「なっ、ぁ……!? あうぅッ……!」 甲洋の手が、先端から漏れだす先走りを全体に塗りこめるようにしながら上下に動く。クチュクチュと響き渡る水音に、操は涙を流しながら嫌々と首を振った。 「はッ、ぁ、ひぅっ……ん、やあぁ……ッ!」 「来主、すごい音……気持ちいい?」 「っかん、ない! あぁ、んッ、ぁ、わか、ないぃ……!」 それはかつて経験したことのない感覚だった。性器が固くなってしまうなんて初めてだったし、こんな上ずった恥ずかしい声を出してしまう自分が信じられない。 ビクビクと身体が勝手に跳ねて、まるで壊れたオモチャにでもなったような気がする。頭も心もぐちゃぐちゃで、どうしたらいいか分からない。 甲洋の手が性器を扱く動きを早めていった。水音がいっそう大きく響いて、ソファにパタパタとシミを作る。目の前がチカチカと点滅しはじめた。 「だめ、やだ! きちゃう! なんか……ッ、あうぅ! ぁっ、ダメ、だめぇぇ……!」 内側から燃え広がったものが、大きく爆ぜるような感覚が全身を満たした。操は声も上げられず、ただ真っ白な波に飲まれて身を震わせる。尿意にも似た感覚がそこで弾けて、甲洋の手をひどく汚しているのが分かった。 「ッ、──ぁ、ヒ……ッ、──ぃ、ぁ……っ」 ガクンと落ちるように弛緩した身体が、ソファにくったりと横向きに沈みこむ。神経が剥き出しになったように、皮膚が空気に触れているだけでビクビクと断続的に身体が跳ねた。 初めて味わった絶頂から余韻が抜けず、頭の中がとろりとした膜で覆われたようになっている。浅く脆弱な呼吸を繰り返しながら定まらない視線を彷徨わせていると、尻の肉をぐっと掴まれる感覚にまた身体が跳ねた。 「ッ、ぁ……? ぇ?」 「来主、もういちど腰を上げて。膝、立てる?」 尻たぶの片方をめくりあげるような動きについ釣られて、操は力の入らない身体でどうにか膝を立てると、再び甲洋に尻を突き出した。 なんで言うこと聞いちゃってるんだろう? という疑問は、臀部の谷間に触れる濡れた感覚によって吹き飛ばされる。 「ぅひゃ!? ぇ、え!? こ、こうよ!?」 「男は初めてだから……上手くできるか分からないけど」 「っ? ……?」 操には、そもそも甲洋がしようとしていることが分からない。けれど次の瞬間、孔の周辺をゆるゆるとなぞっていたものがぐっと潜り込んでくる感覚に目をむいた。 「ッ──!? ぃ、あ……ッ!?」 それは甲洋の指だった。操がついさっき出したものを潤滑剤にして、じわじわと侵入してこようとする。 「ヒッ、や、痛い! やだやだやめてぇ……ッ!」 「っ、?」 操が上げた引きつった悲鳴に、甲洋は動きを止めると顔を上げた。首を捻って振り向く操の泣き顔を見て、不思議そうに首を傾げる。 「……さっきから思ってたけど……来主、お前まさか初めて?」 「そうだよ! 初めてのことばっかだよ! なんでこんなことするのぉ!?」 「なんでって……だって、じゃあなんのために俺を飼おうと思ったの?」 「なに言ってるか分かんない……」 「……へぇ」 甲洋は面白いものを見るような目でうっすらと口元に笑みを浮かべた。 「なら教えてあげるよ。俺を飼うってことの意味」 「や、いやだ、もうやめてよぉ!」 第一関節まで潜り込んでいた甲洋の指が、そのままズブズブと深く押し込まれた。操は声にならない悲鳴を上げながらソファに爪を立てる。 いろんなことが一度に起こりすぎて、まるで収集がつかなくなっていた。甲洋は操が混乱していることを知りながら、孔をこじ開ける動作をやめようとはしなかった。唾液で潤いを継ぎ足しながら指を増やし、内壁をぐるりと擦りながら時間をかけて執拗に中を解きほぐす動作を繰り返した。 「んあぁっ、ァ、やっ……や、めて……ふぁ、あ、ぁん……っ」 腹の中をさんざんまさぐられているうちに、痛みよりもゾクゾクとした感覚に肌が粟立ちはじめる。拒絶の声は、いつしか鼻にかかった甘えるような吐息に変わっていった。 しつこい異物の存在に危険を察知した腸壁が、じわじわと腸液を滲ませて繊細な内壁を守ろうとしている。それは皮肉にも甲洋がしようとしていることを円滑に運ばせ、水音と共にいやらしい性の香りを立ち上らせていた。 「ひゃあッ、ん! や、そこ……ッ!?」 蠢いていた甲洋の指が、やがて中の比較的浅い一点を掠ったとき、操はグンと身体が浮き上がるような感覚に悲鳴を漏らした。 「ここ?」 「ダメっ、だめぇ! そこだめぇ……!」 剥き出した神経が集中しているようなその部分を、コリコリと刺激される。内側から焼け石を押しつけられたみたいに、じわじわと不可思議な熱が燃え広がっていく。呼応するように操の性器が赤く膨れ上がり、再び蜜をこぼしはじめていた。 「本当に初めて? お漏らししたみたいになってるけど?」 「ふあぁッ、ぁ! ぁうぅ……っ、ん、そこ、やめ、て、もうやら、ぁ……っ!」 「ここで感じること、ちゃんと覚えて」 「あうぅッ、んっ!」 さんざん嬲ったあと、甲洋の指がズルリと引き抜かれた。その感覚に「ぁ、ぁ、っ」とか細く鳴きながらガクガクと内腿を震わせる。異物感が消え去ってからも、腹の中がジンジンと痺れるような感覚に涙が止まらない。 すすり泣く操の背後では、膝立ちの甲洋がジーンズの前をくつろげていた。中から怒張した肉茎を取り出して、先走りを馴染ませるように幾度か扱くと、痙攣している操の尻にそれをあてがう。 ここまで来たら、操にだってこのあと何が起こるかくらい理解できていた。 (これ、交尾だ……) 自分でも呆れるくらい、操は鈍かった。最初のあの腰を押しつけて揺すられる動きだって、それを想起させるものでしかなかったはずなのに。 実家にいたころ、操はよく野良猫とも遊んでいた。ある一定の時期になると、発情したメスとオスが交尾をしている様子を幾度となく目にしたことがある。 だけどあれは命を育むために必要な行為だ。保健の授業でもそう習った。だからこれが間違った行為であることを、操は知っている。 「こう、よ……それ、ダメ……いい子だから、したらダメ……」 声を震わせ、涙ながらにか細く言う操に、甲洋はことりと首を傾げた。 「どうしてそう思うの?」 「だってぼくたち、どっちもオスだよ……お尻は、こういうことに使う場所じゃないの……」 甲洋はうさぎだから、それが分からないのかもしれない。だってきっと学校に通ったことだってないだろうし、教えてくれる人がいなかったのだ。操は彼の飼い主として、間違いは間違いだと正しく教える義務がある。 けれど甲洋はなにを言っているのだとばかりに小さく鼻で笑って、操の尻の肉を割り開きながらこう言った。 「これからお前がなるんだよ。俺のメスに、つがいのメスにさ」 「ッ──!?」 ズン、と、太い切っ先が孔を突き破った。 指なんかとは比べ物にならない圧倒的な質量に、目の前が赤く点滅する。 「ぃ、ぎ……ッ、ァッ、ヒ、やあ、ぁ……っ!」 痛い。身体がふたつに裂かれるみたいに。けれど存分にほぐされたそこは最も太い部分を受け入れてしまうと、信じられないことにあとはズルズルと飲み込んでいくだけだった。 操はガチガチと身を震わせ、本能的な恐怖から手足をバタつかせた。甲洋がそんな操の身体を背後からしっかりと抱きしめて押さえつける。 「ぁぐ、ぅ……ッ、あ……ひッ、ひぃ、ぃ……──ッ!」 ずん、という衝撃が身体の奥に響き渡った。内臓を押し上げられたような感覚に、呼吸が止まる。 「はいったよ」 深く息をつきながら甲洋が言った。あまりのショックに、操は唇を開いたまま硬直し、瞬きすらできない瞳から大粒の涙をこぼした。ひっ、ひっ、と死にそうなしゃくりを上げていると、甲洋の手が操の下腹を慰めるようにゆるりと撫でた。 「ッ、ぁ……?」 「好きだよ、来主」 耳に押しつけられた唇から、ゾッとするほど優しい吐息が吹き込まれた。頭の中に直接流し込まれたような錯覚を覚えて、クラクラと目眩がしてくる。 どうして。こんな酷いことをするのに、好きだなんて言えるんだろう。ついさっき会ったばかりなのに。お互いまだなにも知らないのに。それなのに、穿たれた場所にキュンと疼くような感覚がこみ上げる。 「や……なん、で……?」 「だいじょうぶ。すぐになにも考えられなくしてあげる」 しきりに腹を撫で擦っていた甲洋の手が、萎えてしまっていた操の性器をやんわりと握りしめた。クチュリと音を立てながらしごかれると、そこから徐々にまたあの甘い熱が込み上げてくるのを止められない。 「ほら、また気持ちよくなってきた」 「ひっ、いん! ぁ、ぁっ、……だ、めっ……!」 扱く動きに合わせて、甲洋がゆっくりとノックするように腰を揺らしはじめる。さっきのような擬似的なものではなくて、これは本物の交尾なのだということが、中で擦れる生々しい肉の感触から伝わってきた。 まだ痛みはあるはずなのに、操の身体は従順に快感だけを拾おうとする。甲洋の手の中で性器は再び膨らんで、開放を求めてピクピクと脈打っていた。 「あんっ、ぁ、アッ……だめ、だめ……気持ちよくなっちゃ、ダメ、ぇ……っ!」 「どうして? 来主の中、嬉しそうに締めつけてくるよ」 「だっ、て、だってぇ! あぅ、ッ、あっ、ぼく、メスに、なんか、ん……ッ、なりたく、ないよぉ……!」 「……ねぇ、お前ほんとうに初めて?」 耳元で甲洋が笑う。それからまた、好きだよと言った。可愛いとも言われて、心も身体も熱したゼリーのように蕩けてしまうのを感じる。本当に、なにも考えられなくされてしまったようだった。 ゆっくりだった腰の動きが徐々にスピードを上げていくと、甲洋の息も少しずつ上がっていくのが分かる。中の弱い場所を何度も擦られながら揺さぶられ、肉が擦れ合う度に鈍くて卑猥な音が響き渡った。 「はぁ、あっ!? ひぅっ……や、あぁッ! ま、またキちゃう……! おしりはダメなのに、ダメなのにぃっ!」 「来主……ッ、ん……いいよ、一緒にいこう」 「や、あぅ、ぁッ、ぁ、ダメ、メスになるのダメっ、だめぇぇ……っ!」 浅い場所にある弱いところを目がけて、いっそう強く擦り上げられた。目の前が真っ白になり、操はひどい嬌声を上げながら吐精する。少し遅れて甲洋が低く呻いて、腹の中にじわりと熱いものが広がった。 (出された……ぼく、ほんとにメスにされちゃったんだ……) ビクン、ビクン、と跳ねていた全身から力が抜ける。甲洋が操を抱きしめ、カウチソファの広い座面にそのまま折り重なるようにしてふたりで沈んだ。虚ろな瞳で涙を流す操の顎に長い指が添えられて、軽く首を捻られると唇同士がそっと触れ合う。 ついばむようなキスを何度も落とされ、やがてゆるゆると舌が差し込まれるのをただ受け止めた。タバコの嫌な苦味が舌の上いっぱいに広がる。口づけさえも初めてなのに、操にはもう抗うだけの気力がなかった。 「好きだよ来主……これからずっと、俺がお前を可愛がってあげる」 それじゃどっちが飼い主か分からないじゃないか。 言い返すことさえもまともにできない。なにも言わない操を甲洋は嬉しそうに抱きしめて、何度もあごを擦り寄せた。 * 「これで分かった? 俺を飼うってことの意味」 白い煙が、ゆらゆらと蛇のように曲がりくねって天井へと消えていく。 操はすっかり裸に剥かれ、全身に歯型やキスマークを刻まれた状態で身体を丸めてソファに転がされている。腰から尻にかけては甲洋が着ていた白いシャツがかぶせられ、かろうじて大事な部分は隠されていた。 その横ではジーンズだけを穿いた格好で、甲洋が座面に片膝を立てて座りながらタバコを吸っている。 「分かるわけ、ないじゃんかぁ……」 操は両手で顔を覆い、さっきからずっとしくしくと泣いていた。 熱烈に甘えながら身を寄せてきた彼は、一体どこへ消えたというのだろう。甘い声すら鳴りを潜めて、甲洋はえらく冷めた表情で煙を吸っては吐き出している。 「ひどいよこんなの……こんなのってないよ……」 あれから操は何度も甲洋と交尾をした。嫌だと言っても抜いてもらえず、身体中をくまなく愛撫され、後半は記憶が飛ぶほどめちゃくちゃにされてしまったのだ。 なにもかもが初めてだったのに、まるで女の子のように感じてアンアンと声を上げさせられてしまったなんて。しかも相手は人間ですらない。うさぎのオスだ。 「お母さんになんて言ったらいいの? ぼく、キズモノにされたってことだよね?」 「つがいって言えよ。まるで俺が無理やりヤッたみたいだろ」 「無理やりだったでしょお!?」 どうすればあれを合意の上と捉えられるのだろうか。思わずカッとなった操は勢いよく半身を起こしたが、すぐにあらぬ場所に痛みを覚えてまたソファに沈んだ。 響くような感覚に身を震わせながら、明日学校行けるのかなぁと不安になる。同時に、これからの生活にはもっともっと不安を覚えた。 (飼いきれないよ……こんな肉食うさぎ……!) 飯に釣られて安々と引き受けてしまった我が身を呪う。いっそあの売り込み上手な男性店員にすらムカつきを覚えて、起き上がれるようになったら文句のひとつでも言いに行こうかと考えていると、ジュースのパックにギリギリまで吸ったタバコを放り込んだ甲洋が立ち上がった。 「さて、と。来主、冷蔵庫の中身はどうなってる?」 「え?」 「飯を作るのも俺の仕事じゃなかったっけ?」 甲洋はそう言ってソファの側にしゃがみ込むと、ポカンとしている操の頭をくしゃりと撫でた。その顔に浮かんでいるのは、あの天使みたいに優しい笑顔だ。 甲洋がわずかに首を傾げるような動作をすると、ふわんふわんの垂れ耳が長い癖毛と一緒に揺れた。可愛い。悔しいけれど、顔だけは間違いなく一級品だ。 この笑顔に騙されて、操の世界はガラリと一変してしまったわけだが。 「ちゃんと尽くすよ、ご主人様に」 いらないよと突っぱねようとした操の腹が、きゅ~と情けない音を立てた。 ←戻る ・ 次へ→
【うさぎお譲りします】
その張り紙を見つけたのは、近所のペットショップを訪れたときのことだった。
「譲る、ってどういうこと?」
店の片隅の、あまり目立たない位置にひっそりと貼り付けられている紙を見て、操は小さく首を傾げた。するとそれに気づいた中年の男性店員がすかさずサッと近寄ってきて、営業スマイルを浮かべると聞いてもいないのにペラペラと説明をしはじめる。
「お客さん、興味あります? ロップイヤーの男の子なんですけどね、おとなしいし人馴れしてるし、ぜんぜん手がかからないんですよ」
「へぇー。でもなんで? 譲るってことはタダってこと?」
「そうなんですよ! いやね、元々はこの店から買われた子うさぎだったんですけど、飼い主の方がどうしても飼えない事情ができたとかで、返品されてしまったんですよ。子供のうちならまだよかったんですがね、あれだけ大きくなってからじゃねぇ……あっ、よかったらご覧になります?」
「え、ちょっと!」
男性店員は返事も聞かずにさっさとバックヤードへ消えていく。
困ったなぁと操は思った。この店には別に用があって来たわけではないのだ。
操はこの春から大学生活をスタートさせるのと同時に、マンションで一人暮らしをはじめた。初めのうちは生活に慣れるのに手一杯だったが、少しずつ慣れて余裕が出てくると、だんだん一人が寂しくなってきた。特に実家の猫が恋しくて、ついふらりと猫成分を求めて立ち寄ったに過ぎない。
「お客さん、この子ですよ。ほら、なかなかイケメンなうさぎでしょ」
断らなきゃなぁなんて考えている間に、店員が件のロップイヤーを連れてきた。
焦げ茶の長い垂れ耳に、お尻の辺りにはぽわんぽわんの尻尾がついている。肌が白くて長身で、確かにテレビや雑誌でしかお目にかかれないような絶世の美男──だとは思うのだが。
「これうさぎ? 人間じゃん!」
想像していたうさぎの姿からは、大きくかけ離れていた。
襟がよれてすっかり鎖骨が見えている白い長袖のシャツに、ダメージを通り越してクラッシュしている痛んだデニム。見上げるほどの高身長と広い肩幅。
どう見たって二十歳前半から中頃の青年が、真顔でうさ耳のコスプレをしているようにしか見えなかった。
「たまにいるんですよ。突然変異でこういうのが」
「そんなことってあるの!?」
「あるんですよ、お客さん」
「へぇ~、あるんだ~」
ペットショップの店員さんが言うんだから、間違いはないのだろう。現に目の前にいるわけだし──と、深く物事を考えない操はコロッと納得した。
ポカーンとした顔でうさぎを見上げていると、無表情だったうさぎがふわっと柔らかな笑顔を浮かべる。どこか浮世離れした雰囲気だったが、笑うとずいぶん人好きのする印象に変わると思った。これはなかなか可愛いかもしれない。ぐっと心を掴まれてしまった気がして、一瞬迷いが生じたものの──。
「うーん。でもぼく、別にうさぎは欲しくない。どうせだったら猫のほうが──」
操がきっぱり断ろうとしたそのとき、笑顔だったうさぎの表情がみるみる曇った。垂れている耳をいっそうしょんぼりとさせ、悲しげに下唇を噛みしめると俯いてしまう。堪えるように細められた煤色の瞳が、こころなしか泣きそうに潤んでいるようだった。
「うっ!」
下手に表情から感情が読み取れるぶん、胸が痛い。どうやら姿かたちだけじゃなく、彼は人間の言葉もしっかり理解できているようだった。つまり操は本人(本うさぎ?)の目の前で「君はいらない子だ」と言ってしまったも同然で、意味を理解している彼を深く傷つけてしまったということになる。
「お客さん、こんな上等なうさぎ他にいないですよぉ? トイレも風呂もほっといたって勝手に行きますし、なによりねぇ、こいつは家事ができるんですよ。掃除洗濯炊事、なんだってこなしちゃう優良物件ですから」
「え? 君、ご飯作れるの?」
すかさず店員が出してきた条件に、操はつい食いついてしまった。掃除もできて、洗濯もできて、食事も作れるなんて。それらは全て操の苦手な分野である。特に炊事は苦手中の苦手で、おふくろの味に恋しさを募らせながら、ジャンクフードを食べる生活を送っていた。
目を輝かせる操に、うさぎはまたあの柔らかな笑みを浮かべて頷いた。
「できるよ。材料とレシピさえあれば、なんでも」
その涼しげで優しい声に、操の心は大きく揺らいだ。はっきり言って、連れ帰らない理由がない。手はかからないし、世話をするどころか逆にしてもらえるなんて、こんな優良物件は確かにないのではないか。なにより美味しい手料理にありつけることが約束されているのだ。
「……よし、わかった! じゃあ君は今日からうちの子だよ!」
「ありがとうございまーす!!」
操の決断に、店員が満面の笑顔で頭を下げた。
*
「甲洋くん、私のこと忘れないでね……!」
「つらいことがあったら、すぐに戻ってきていいんだからね!」
ペットショップを出るとき、数人の女性店員が涙を流しながら手を振っていた。
中には個人的な連絡先を書いた紙をうさぎのジーンズのポケットにねじ込む店員までいて、うさぎといえどイケメンは大変だなぁと思いながらも、操は甲洋を自宅マンションに連れ帰った。
「君、甲洋って名前なんだね。ぼくは操。来主操だよ」
自己紹介をしつつ、部屋の中を案内する。トイレに風呂にキッチンに、広々としたリビングダイニング。それに寝室が一部屋。
甲洋はテレビとソファが設置してあるリビングに立ち尽くし、キョロキョロと辺りを見渡した。
「こんな立派な部屋に、本当に俺なんかが住んでもいいの?」
「いいに決まってるじゃん。ぼくだけじゃ、正直ちょっと広すぎるくらいだし」
ここは母と一緒に探した物件だ。母は特にセキュリティ面を重視しており、幾つか見た物件の中でも、母的にはここが最も安心できる管理体制だったらしい。
操はその辺りはよく分からないためすっかり任せてしまったのだが、まともに料理ができるわけでもないのにキッチンは広いし、リビングも寝室も一人で暮らすには贅沢すぎる間取りだった。
学業に専念してほしいという母の方針から、学費や諸々の生活費は仕送りに甘え、操は気が向いたときに短期バイトをする程度のお坊ちゃま生活を送っている。
「ここは君の家だよ。ぼくたち今日から家族なんだし!」
「家族……?」
その言葉に、甲洋はわずかに目を見開いた。それから、なぜか戸惑ったように瞳を揺らして、「本当に?」と問いかけてくる。
その表情にはまるで怯えたような影が走り、不安げな様子が彼の大きな身体を一回り小さく見せている。その弱々しさに操は小さく首を傾げたが、すぐにペットショップで店員が話していたことを思いだした。
彼にはもともと飼い主がいたが、事情があって店に返されてしまったのだということ。どんな事情だったかは知らないが、信じていた家族に捨てられたとか、裏切られたとか、彼がそんなふうに感じていたっておかしくはないのだ。
「本当だよ! ぼくうさぎと暮らすのは初めてだけど、いい飼い主になれるようにがんばるから! 甲洋はなにも心配しなくていいんだよ!」
実のところ、操も母とは血の繋がりがないのだ。けれど母は操を本当の息子のように可愛がってくれている。操もそんな母が大好きだった。だけどもし母が操の面倒を見きれないと言って、手放してしまうような人であったなら──想像するだけで悲しくて、胸が張り裂けそうだ。
そしてこの子は、実際にそういう目にあっている。軽い気持ちで引き受けてしまったが、操はこの傷ついているうさぎを大切にしようと心に決めた。
すると、操の言葉を受けて甲洋がホッとしたように微笑んだ。
「ありがとう来主……なら俺も、満足してもらえるようにやれるだけのことをやる。尽くすよ、君に」
ふわりと雪が解けていくようなその柔らかな笑顔に、操はなぜか照れくさいような気持ちになる。満足ってなんだろう。あ、ご飯のことかな? なんてのほほんと考えながら、頬を染めてえへへと笑った。
こんなに優しそうな子となら、きっとうまくやっていけるだろう。猫は未だに恋しいが、これからは寂しい思いをせずお互い仲良く暮らしていけるのだ。
「よろしくね甲洋! あ、ほら、疲れたでしょ? 遠慮しないで、ゆっくりしなよ!」
そう促すと、甲洋は素直に頷いて大型のカウチソファに腰をおろした。そしてジーンズの尻ポケットに手をやると、中からタバコの箱とライターを取り出す。
(……え?)
操はそれを見て、思わず目が点になってしまった。
甲洋は箱からタバコを一本取り出すと、口に咥えて軽く吸い込みながらライターで火をつける。ソファの背凭れにゆったりと背を預け、天井を見上げながら深く息をついて白い煙を吐きだした。
「……あの、甲洋?」
「なに?」
指ではさんだタバコを軽く咥えたまま、甲洋が操をチラリと見やる。その顔からはさっきまでの柔和な笑顔が消えて、なにやら気怠げな雰囲気が漂っていた。声もワントーン低くなっているような気がする。
「ああ、もしかして禁煙? ここ」
「そういうわけじゃ、ないんだけど」
「灰皿」
「へっ?」
「灰皿くれない?」
「あっ、わ、わかった!」
甲洋が指にはさんで持ち上げたタバコは、今にも灰が落ちそうになっている。操はとっさに返事をしたものの、灰皿なんてものはここにはない。
慌てて辺りを見渡し、そして目の前のローテーブルの上に飲みかけのパックジュースが置かれていることに気がついた。今朝、菓子パンをかじったときに一緒に飲んでいた乳酸菌飲料だ。それを掴んで片方の注ぎ口に指を入れると、完全にこじ開けて甲洋に渡した。
「いいの? これ、残ってるけど」
「う、うん。もう飲まないし」
「ああ、そう」
甲洋は冷めた表情でほんのわずかに残っている中身を覗いて、そこに容赦なく灰を落としている。
一連の光景に、操は呆気にとられるばかりだった。
(ど、どういうこと? うさぎってタバコ吸うの? え? っていうか、ぼく吸っていいなんて言ってないし、なんか、なんていうか……)
「ねぇ君、なんかさっきまでと雰囲気ちがくない!?」
ついさっきまでは慎ましい態度でいたはずのうさぎが、今はなぜか大股開きでソファに深く腰掛けて、背もたれに腕を引っ掛けながら手慣れた様子で煙を吐きだしているのだ。
弱々しく瞳を揺らしていたのもまた彼であるはずなのに、まるで同一人物には──人ではないが──思えない。
「遠慮するなって言ってなかった?」
甲洋は白けているようにも見える目つきで操を見ると、悪びれもせずそう言ってまた煙を吐きだした。
「言ったけど! 言ったけどさ! 変わりすぎっていうか! ねぇ、そもそもなんで当たり前のようにタバコなんか持ってんの!? 君うさぎだよね!?」
「うさぎだってタバコくらい吸うだろ」
「へぇそうなんだ!? ぜんぜん知らなかっ……じゃなくて! ダメダメ! そんな身体に悪いもの、吸ったらダメだよ! 部屋だって臭くなっちゃうじゃん!」
「ピーピーよく喋るね、お前」
「お前!?」
さっきまでは君呼びだったような……?
完全に態度が急変したことに唖然としていると、甲洋は面倒くさそうに吸いかけのタバコをパックの中に放り込んだ。ジュッという音を響かせながら、目の前のテーブルにパックを置き、それから操に軽く手招きをする。
「な、なに?」
「いいから。おいで」
今度はなにが始まるのだろう。操は猫と暮らしたことはあっても、他の動物と接したことはほとんどない。うさぎがタバコを吸うなんてことも初めて知ったし、他にも知られざる生態があるのだろうか。
あとでググって調べなきゃ……と考えながら、恐る恐るソファに近づいた。
「ねぇ、なに? ちょ、うわっ!?」
手が届く範囲まで近づいた瞬間、手首を掴まれて引き寄せられる。ソファに崩れ落ちた操の身体は、甲洋の腕にすっぽりと抱きとめられていた。タバコの臭いがぐっと濃くなる。
なにが起こったのか分からずポカンとする操に、甲洋はまたあの人好きのする柔らかな笑顔を浮かべて見せた。
「仕事はするよ。ちゃんとね」
「し、仕事って……?」
「立場くらいわきまえてるさ」
「え、ちょっと?」
そう言って甲洋は操の頬を撫で、愛しむような仕草で髪にあごを擦りつけてきた。何度もすりすりと擦りつけながら、ぎゅうと強く抱きしめられる。さらには頬や鼻や、あごにキスをする動作まで見せはじめた。
(は? なにこれ? なにされてるのぼく?)
いまだに状況が飲み込めない操は、甲洋の腕の中ですっかり混乱してしまった。
その行動は次第にエスカレートしていき、しまいにはぺろんと頬を舐められて上ずった声が漏れてしまう。
「ひゃっ!? こ、甲洋? ほんとになに!? ちょっ、待っ……!」
「ん……待たない」
「やだくすぐった……っ、うわ、ぁッ、そんな、そんなに舐めちゃダメだって!」
どうにか身をよじって逃れようとしたが、体格差がそれを許してくれない。操の身体はソファに押し倒されて、甲洋がその上から覆いかぶさってくる。
なにがなんだか分からない。さっきまでの冷めた態度とは打って変わって、甲洋は操の身体にすり寄って執拗に離そうとしなかった。その様はまるで全身で甘えているかのような──。
(甘えてる……? これ、ひょっとして甘えてるの……?)
スリスリとすり寄ってはまるで毛繕いでもするように舐める動作は、実家にいたころ白猫のクーもよく見せていた。甲洋のこれも、それと同じようなものなのかもしれない。そうと気づいたら、抵抗する気が一気に失せてしまう。
すっかり大人の身体つきをしていようが、擦れた態度でタバコを吸おうが、彼はあくまでもうさぎなのだ。飼い主に甘えたいと思うのは当然だろうし、懐いてくれているのだと思うと急に嬉しくなってくる。
(なぁんだそっかぁ。甘えん坊なんだ、甲洋は)
可愛いところもあるんだなぁと、操は笑いながら甲洋の背に両腕を回す。ぽんぽんと軽く叩いて優しく撫でながら、このまま好きにさせておこうと思った。しょうがない。だって甲洋はうさぎで、自分は飼い主なんだから。
これは甲洋にとっても自分にとっても、大切なスキンシップなのだ。
「よしよし、いい子いい子」
「来主……」
垂れた焦げ茶の耳に手をやって優しく撫でていると、やけに甘ったるい声で名前を呼ばれた。甲洋は細めた瞳を潤ませて、熱い息を漏らしながら操を見下ろしている。
「!」
その熱っぽい眼差しに、ドキリと胸が跳ねる。咄嗟に返事ができないでいると、甲洋は操の腰に腕を回してクルリとうつ伏せにひっくり返した。
背中にぴったりと覆いかぶさってくる熱と重みを受け止めながら、操はその行動の意味が理解できずに目を白黒させる。
「えっ、なに?」
「ごめん来主。俺も久しぶりだから……止まらない」
「な、なにが? え!? 待って、なにしてるの!?」
甲洋は操の身体を背後からしっかりと抱き込むと、自分の身体の中心を操の臀部に押しつけて腰を揺さぶってきた。
「うわ!? ちょ、甲洋!? 待って! や、やだ、なんかこれやだぁ!」
甲洋の動きに合わせて自分の身体もカクカクと揺れてしまうのが、なぜだか異様に恥ずかしい。操の動物知識は慣れ親しんだ猫に限定されていて、これが発情したオスうさぎのマウンティング行為だなんて考えには、とうぜん至れるはずもない。少なくとも、クーがこんな仕草を見せたことは一度もなかった。
「甲洋やめて! 止まって!」
ソファの座面を引っ掻きながら逃れようとする操の耳に、唇を押しつけた甲洋が「どうして?」と吐息まじりの声をねっとりと吹きかけてくる。
「ひゃぁっ、ん!」
「来主は、俺の家族になってくれるんじゃないのか?」
「待っ、や! そこ、そこで喋っちゃ……っ」
「尽くすから……来主のこと、ちゃんと満足させるから」
「ッ~~!!」
甘く掠れた声を吹き込まれると、身体にゾクゾクとした電流のようななにかが駆け抜けた。その声はどこか切なく、悲痛な訴えにも聞こえた気がして、操は突き刺されたような痛みに胸を絡め取られた。
絶えず操の身体を揺さぶりながら、甲洋の片手が股間へと忍ばされる。パンツの上から中心をゆるゆるとまさぐられ、頭が真っ白になるのと同時に血の気が引く。
「や、やめ! ひっ、ぁ、なんでそんなとこ触っ……アッ、ぁ、あ……っ!?」
こんな場所を他人に触られるのは初めてだ。自分でも最低限しか触れることのない場所を、揉んだり擦ったりされながら身体を揺さぶられるという異常な状況に、操は混乱しながらも息が上がっていくのを感じる。
「ひうぅっ、ぁ、アッ、やだ、やだ、なんでぇ……?」
「固くなってきたね……」
「こんなの、変、だよぉ……ッ、ふぅ、ぁッ、こんなの、こんなのぉ……!」
身体に力が入らない。あそこがどんどん熱くなって、どうしてこれほどまでに興奮してしまうのか、自分の身体のことがさっぱり分からなかった。やめてほしいと思うのに、このままもっと続けてほしいような。
けれど甲洋は手を止めて、ついでに腰を揺らす動きも止めてしまった。操は首をひねり、無意識に縋るような目を甲洋に向ける。彼はふっと微笑み、「そんな顔しないで」と言いながら操の潤んだ目元にキスをした。
「ちゃんと気持ちよくしてあげる」
「ふ、ぇ……?」
甲洋の手が操のウエスト部分を器用に外すと、下着ごとずるりと膝の辺りまで下ろしてしまう。
「や、やだ、見ないで! 恥ずかしいよぉ……!」
まるっと剥かれた尻を甲洋の目の前に突き出しているという状況に、操の全身が羞恥に染まった。なぜこんなことになっているのか分からないまま、逃げを打とうとする腰に長い腕が回り、動けないように固定されてしまう。
そして甲洋のもう片方の手が、兆している操の屹立をゆるく握り込んだ。
「なっ、ぁ……!? あうぅッ……!」
甲洋の手が、先端から漏れだす先走りを全体に塗りこめるようにしながら上下に動く。クチュクチュと響き渡る水音に、操は涙を流しながら嫌々と首を振った。
「はッ、ぁ、ひぅっ……ん、やあぁ……ッ!」
「来主、すごい音……気持ちいい?」
「っかん、ない! あぁ、んッ、ぁ、わか、ないぃ……!」
それはかつて経験したことのない感覚だった。性器が固くなってしまうなんて初めてだったし、こんな上ずった恥ずかしい声を出してしまう自分が信じられない。
ビクビクと身体が勝手に跳ねて、まるで壊れたオモチャにでもなったような気がする。頭も心もぐちゃぐちゃで、どうしたらいいか分からない。
甲洋の手が性器を扱く動きを早めていった。水音がいっそう大きく響いて、ソファにパタパタとシミを作る。目の前がチカチカと点滅しはじめた。
「だめ、やだ! きちゃう! なんか……ッ、あうぅ! ぁっ、ダメ、だめぇぇ……!」
内側から燃え広がったものが、大きく爆ぜるような感覚が全身を満たした。操は声も上げられず、ただ真っ白な波に飲まれて身を震わせる。尿意にも似た感覚がそこで弾けて、甲洋の手をひどく汚しているのが分かった。
「ッ、──ぁ、ヒ……ッ、──ぃ、ぁ……っ」
ガクンと落ちるように弛緩した身体が、ソファにくったりと横向きに沈みこむ。神経が剥き出しになったように、皮膚が空気に触れているだけでビクビクと断続的に身体が跳ねた。
初めて味わった絶頂から余韻が抜けず、頭の中がとろりとした膜で覆われたようになっている。浅く脆弱な呼吸を繰り返しながら定まらない視線を彷徨わせていると、尻の肉をぐっと掴まれる感覚にまた身体が跳ねた。
「ッ、ぁ……? ぇ?」
「来主、もういちど腰を上げて。膝、立てる?」
尻たぶの片方をめくりあげるような動きについ釣られて、操は力の入らない身体でどうにか膝を立てると、再び甲洋に尻を突き出した。
なんで言うこと聞いちゃってるんだろう? という疑問は、臀部の谷間に触れる濡れた感覚によって吹き飛ばされる。
「ぅひゃ!? ぇ、え!? こ、こうよ!?」
「男は初めてだから……上手くできるか分からないけど」
「っ? ……?」
操には、そもそも甲洋がしようとしていることが分からない。けれど次の瞬間、孔の周辺をゆるゆるとなぞっていたものがぐっと潜り込んでくる感覚に目をむいた。
「ッ──!? ぃ、あ……ッ!?」
それは甲洋の指だった。操がついさっき出したものを潤滑剤にして、じわじわと侵入してこようとする。
「ヒッ、や、痛い! やだやだやめてぇ……ッ!」
「っ、?」
操が上げた引きつった悲鳴に、甲洋は動きを止めると顔を上げた。首を捻って振り向く操の泣き顔を見て、不思議そうに首を傾げる。
「……さっきから思ってたけど……来主、お前まさか初めて?」
「そうだよ! 初めてのことばっかだよ! なんでこんなことするのぉ!?」
「なんでって……だって、じゃあなんのために俺を飼おうと思ったの?」
「なに言ってるか分かんない……」
「……へぇ」
甲洋は面白いものを見るような目でうっすらと口元に笑みを浮かべた。
「なら教えてあげるよ。俺を飼うってことの意味」
「や、いやだ、もうやめてよぉ!」
第一関節まで潜り込んでいた甲洋の指が、そのままズブズブと深く押し込まれた。操は声にならない悲鳴を上げながらソファに爪を立てる。
いろんなことが一度に起こりすぎて、まるで収集がつかなくなっていた。甲洋は操が混乱していることを知りながら、孔をこじ開ける動作をやめようとはしなかった。唾液で潤いを継ぎ足しながら指を増やし、内壁をぐるりと擦りながら時間をかけて執拗に中を解きほぐす動作を繰り返した。
「んあぁっ、ァ、やっ……や、めて……ふぁ、あ、ぁん……っ」
腹の中をさんざんまさぐられているうちに、痛みよりもゾクゾクとした感覚に肌が粟立ちはじめる。拒絶の声は、いつしか鼻にかかった甘えるような吐息に変わっていった。
しつこい異物の存在に危険を察知した腸壁が、じわじわと腸液を滲ませて繊細な内壁を守ろうとしている。それは皮肉にも甲洋がしようとしていることを円滑に運ばせ、水音と共にいやらしい性の香りを立ち上らせていた。
「ひゃあッ、ん! や、そこ……ッ!?」
蠢いていた甲洋の指が、やがて中の比較的浅い一点を掠ったとき、操はグンと身体が浮き上がるような感覚に悲鳴を漏らした。
「ここ?」
「ダメっ、だめぇ! そこだめぇ……!」
剥き出した神経が集中しているようなその部分を、コリコリと刺激される。内側から焼け石を押しつけられたみたいに、じわじわと不可思議な熱が燃え広がっていく。呼応するように操の性器が赤く膨れ上がり、再び蜜をこぼしはじめていた。
「本当に初めて? お漏らししたみたいになってるけど?」
「ふあぁッ、ぁ! ぁうぅ……っ、ん、そこ、やめ、て、もうやら、ぁ……っ!」
「ここで感じること、ちゃんと覚えて」
「あうぅッ、んっ!」
さんざん嬲ったあと、甲洋の指がズルリと引き抜かれた。その感覚に「ぁ、ぁ、っ」とか細く鳴きながらガクガクと内腿を震わせる。異物感が消え去ってからも、腹の中がジンジンと痺れるような感覚に涙が止まらない。
すすり泣く操の背後では、膝立ちの甲洋がジーンズの前をくつろげていた。中から怒張した肉茎を取り出して、先走りを馴染ませるように幾度か扱くと、痙攣している操の尻にそれをあてがう。
ここまで来たら、操にだってこのあと何が起こるかくらい理解できていた。
(これ、交尾だ……)
自分でも呆れるくらい、操は鈍かった。最初のあの腰を押しつけて揺すられる動きだって、それを想起させるものでしかなかったはずなのに。
実家にいたころ、操はよく野良猫とも遊んでいた。ある一定の時期になると、発情したメスとオスが交尾をしている様子を幾度となく目にしたことがある。
だけどあれは命を育むために必要な行為だ。保健の授業でもそう習った。だからこれが間違った行為であることを、操は知っている。
「こう、よ……それ、ダメ……いい子だから、したらダメ……」
声を震わせ、涙ながらにか細く言う操に、甲洋はことりと首を傾げた。
「どうしてそう思うの?」
「だってぼくたち、どっちもオスだよ……お尻は、こういうことに使う場所じゃないの……」
甲洋はうさぎだから、それが分からないのかもしれない。だってきっと学校に通ったことだってないだろうし、教えてくれる人がいなかったのだ。操は彼の飼い主として、間違いは間違いだと正しく教える義務がある。
けれど甲洋はなにを言っているのだとばかりに小さく鼻で笑って、操の尻の肉を割り開きながらこう言った。
「これからお前がなるんだよ。俺のメスに、つがいのメスにさ」
「ッ──!?」
ズン、と、太い切っ先が孔を突き破った。
指なんかとは比べ物にならない圧倒的な質量に、目の前が赤く点滅する。
「ぃ、ぎ……ッ、ァッ、ヒ、やあ、ぁ……っ!」
痛い。身体がふたつに裂かれるみたいに。けれど存分にほぐされたそこは最も太い部分を受け入れてしまうと、信じられないことにあとはズルズルと飲み込んでいくだけだった。
操はガチガチと身を震わせ、本能的な恐怖から手足をバタつかせた。甲洋がそんな操の身体を背後からしっかりと抱きしめて押さえつける。
「ぁぐ、ぅ……ッ、あ……ひッ、ひぃ、ぃ……──ッ!」
ずん、という衝撃が身体の奥に響き渡った。内臓を押し上げられたような感覚に、呼吸が止まる。
「はいったよ」
深く息をつきながら甲洋が言った。あまりのショックに、操は唇を開いたまま硬直し、瞬きすらできない瞳から大粒の涙をこぼした。ひっ、ひっ、と死にそうなしゃくりを上げていると、甲洋の手が操の下腹を慰めるようにゆるりと撫でた。
「ッ、ぁ……?」
「好きだよ、来主」
耳に押しつけられた唇から、ゾッとするほど優しい吐息が吹き込まれた。頭の中に直接流し込まれたような錯覚を覚えて、クラクラと目眩がしてくる。
どうして。こんな酷いことをするのに、好きだなんて言えるんだろう。ついさっき会ったばかりなのに。お互いまだなにも知らないのに。それなのに、穿たれた場所にキュンと疼くような感覚がこみ上げる。
「や……なん、で……?」
「だいじょうぶ。すぐになにも考えられなくしてあげる」
しきりに腹を撫で擦っていた甲洋の手が、萎えてしまっていた操の性器をやんわりと握りしめた。クチュリと音を立てながらしごかれると、そこから徐々にまたあの甘い熱が込み上げてくるのを止められない。
「ほら、また気持ちよくなってきた」
「ひっ、いん! ぁ、ぁっ、……だ、めっ……!」
扱く動きに合わせて、甲洋がゆっくりとノックするように腰を揺らしはじめる。さっきのような擬似的なものではなくて、これは本物の交尾なのだということが、中で擦れる生々しい肉の感触から伝わってきた。
まだ痛みはあるはずなのに、操の身体は従順に快感だけを拾おうとする。甲洋の手の中で性器は再び膨らんで、開放を求めてピクピクと脈打っていた。
「あんっ、ぁ、アッ……だめ、だめ……気持ちよくなっちゃ、ダメ、ぇ……っ!」
「どうして? 来主の中、嬉しそうに締めつけてくるよ」
「だっ、て、だってぇ! あぅ、ッ、あっ、ぼく、メスに、なんか、ん……ッ、なりたく、ないよぉ……!」
「……ねぇ、お前ほんとうに初めて?」
耳元で甲洋が笑う。それからまた、好きだよと言った。可愛いとも言われて、心も身体も熱したゼリーのように蕩けてしまうのを感じる。本当に、なにも考えられなくされてしまったようだった。
ゆっくりだった腰の動きが徐々にスピードを上げていくと、甲洋の息も少しずつ上がっていくのが分かる。中の弱い場所を何度も擦られながら揺さぶられ、肉が擦れ合う度に鈍くて卑猥な音が響き渡った。
「はぁ、あっ!? ひぅっ……や、あぁッ! ま、またキちゃう……! おしりはダメなのに、ダメなのにぃっ!」
「来主……ッ、ん……いいよ、一緒にいこう」
「や、あぅ、ぁッ、ぁ、ダメ、メスになるのダメっ、だめぇぇ……っ!」
浅い場所にある弱いところを目がけて、いっそう強く擦り上げられた。目の前が真っ白になり、操はひどい嬌声を上げながら吐精する。少し遅れて甲洋が低く呻いて、腹の中にじわりと熱いものが広がった。
(出された……ぼく、ほんとにメスにされちゃったんだ……)
ビクン、ビクン、と跳ねていた全身から力が抜ける。甲洋が操を抱きしめ、カウチソファの広い座面にそのまま折り重なるようにしてふたりで沈んだ。虚ろな瞳で涙を流す操の顎に長い指が添えられて、軽く首を捻られると唇同士がそっと触れ合う。
ついばむようなキスを何度も落とされ、やがてゆるゆると舌が差し込まれるのをただ受け止めた。タバコの嫌な苦味が舌の上いっぱいに広がる。口づけさえも初めてなのに、操にはもう抗うだけの気力がなかった。
「好きだよ来主……これからずっと、俺がお前を可愛がってあげる」
それじゃどっちが飼い主か分からないじゃないか。
言い返すことさえもまともにできない。なにも言わない操を甲洋は嬉しそうに抱きしめて、何度もあごを擦り寄せた。
*
「これで分かった? 俺を飼うってことの意味」
白い煙が、ゆらゆらと蛇のように曲がりくねって天井へと消えていく。
操はすっかり裸に剥かれ、全身に歯型やキスマークを刻まれた状態で身体を丸めてソファに転がされている。腰から尻にかけては甲洋が着ていた白いシャツがかぶせられ、かろうじて大事な部分は隠されていた。
その横ではジーンズだけを穿いた格好で、甲洋が座面に片膝を立てて座りながらタバコを吸っている。
「分かるわけ、ないじゃんかぁ……」
操は両手で顔を覆い、さっきからずっとしくしくと泣いていた。
熱烈に甘えながら身を寄せてきた彼は、一体どこへ消えたというのだろう。甘い声すら鳴りを潜めて、甲洋はえらく冷めた表情で煙を吸っては吐き出している。
「ひどいよこんなの……こんなのってないよ……」
あれから操は何度も甲洋と交尾をした。嫌だと言っても抜いてもらえず、身体中をくまなく愛撫され、後半は記憶が飛ぶほどめちゃくちゃにされてしまったのだ。
なにもかもが初めてだったのに、まるで女の子のように感じてアンアンと声を上げさせられてしまったなんて。しかも相手は人間ですらない。うさぎのオスだ。
「お母さんになんて言ったらいいの? ぼく、キズモノにされたってことだよね?」
「つがいって言えよ。まるで俺が無理やりヤッたみたいだろ」
「無理やりだったでしょお!?」
どうすればあれを合意の上と捉えられるのだろうか。思わずカッとなった操は勢いよく半身を起こしたが、すぐにあらぬ場所に痛みを覚えてまたソファに沈んだ。
響くような感覚に身を震わせながら、明日学校行けるのかなぁと不安になる。同時に、これからの生活にはもっともっと不安を覚えた。
(飼いきれないよ……こんな肉食うさぎ……!)
飯に釣られて安々と引き受けてしまった我が身を呪う。いっそあの売り込み上手な男性店員にすらムカつきを覚えて、起き上がれるようになったら文句のひとつでも言いに行こうかと考えていると、ジュースのパックにギリギリまで吸ったタバコを放り込んだ甲洋が立ち上がった。
「さて、と。来主、冷蔵庫の中身はどうなってる?」
「え?」
「飯を作るのも俺の仕事じゃなかったっけ?」
甲洋はそう言ってソファの側にしゃがみ込むと、ポカンとしている操の頭をくしゃりと撫でた。その顔に浮かんでいるのは、あの天使みたいに優しい笑顔だ。
甲洋がわずかに首を傾げるような動作をすると、ふわんふわんの垂れ耳が長い癖毛と一緒に揺れた。可愛い。悔しいけれど、顔だけは間違いなく一級品だ。
この笑顔に騙されて、操の世界はガラリと一変してしまったわけだが。
「ちゃんと尽くすよ、ご主人様に」
いらないよと突っぱねようとした操の腹が、きゅ~と情けない音を立てた。
←戻る ・ 次へ→