2025/06/14 Sat それは王子さまが青年と出会った、翌朝のことでした。 青年を魔法で眠らせた王子さまは、風穴で光る大樹の根を見つけました。 王子さまは光る根に手をかざし、この地で起こった出来事のすべてを知りました。 そして、すぐに行動を起こしました。 まずは深い渓谷地帯にある洞窟へ向かい、潜んでいた魔物を退治しました。 王子さまは大剣で真っ二つにされた魔物の身体から、獅子のような尾を切り取りました。 その後、身体は骨すら残さず魔法で燃やしてしまいました。辺りに散らばっていた大量の人骨も、残らず灰になりました。 王子さまは次に、切り取った尾を持って村へと向かいました。 村長の家を訪れると、村の人たちもわらわらと集まってきました。 王子さまは彼らに向かって尾を差しだし、魔物を退治したことを告げました。そして、青年を開放してほしいと願い出ました。 しかし村人たちはあまりいい顔をしませんでした。 彼らにとっては金銭も大きな目的となっていたため、渋る者が多かったのです。なかには青年を具合のいい玩具として、執着する者までおりました。 王子さまは怒りをこらえ、村人たちに高価な鉱石を渡しました。 それはオリハルコンといって、世界中の冒険家が探し求める至高のお宝でした。売れば一瞬で巨万の富を得られる鉱石に、村人たちは目の色を変えて喜びました。 そしてあっさりと、もう青年に手出しはしないことを約束してくれたのでした。 * 「おいおいマジかよ!? お前、そのためだけに貴重なお宝を手放したってのか!?」 信じられないといった表情で、カミュがテーブルに手をついて立ち上がった。口をつけないまま冷めてしまったお茶のカップが、わずかに揺れる。 話が長くなるからと、イレブンはカミュをテーブルにつかせて自身も椅子に掛けていた。 「オリハルコンっていや、世界でいちばん珍しい貴金属として有名な鉱石だろ!? マヤからもさんざん聞かされたことがあるが……それを、お前……っ」 イレブンはケロリとしながらうなずいて、「安いものだよ」と言った。 あのとき、村人たちの中には殺気立っている者もいた。イレブンさえ消してしまえば、彼らにとっての不都合は一切なくなるという状況下で、空気はピリピリと張りつめていた。 穏便に話を済ませようと思えば、高価なものに目移りさせるより他になかったのだ。 それにイレブンにとって、カミュという存在以上に価値のある宝など、他にありはしなかった。だから惜しくもなんともない。 カミュは「はあ~」と力の抜けた息をつきながら椅子に座り直した。 「やけに静かでおかしいとは思っちゃいたが……誰も催促に来なかったのには、そういう理由があったのか」 彼はどうにか納得した様子でそう漏らしたあと、きゅっと眉間にシワを寄せてイレブンを睨んだ。 「だけど、それならそうと、最初から言ってくれりゃよかったじゃねえか」 カミュにとっては寝耳に水でしかなかっただろう。得体の知れない旅人に眠らされているあいだに、すべてが片付いてしまっていたのだから。しかもそうと知らされないまま、ここでイレブンとの暮らしを送っていたのだ。 「それはその通りなんだけど……」 イレブンはつい目を泳がせ、バツの悪さを感じながらうつむいた。 「……勇者ローシュの伝説は知ってるだろ?」 「ああ、あのおとぎ話か。絵本でなら見たことあるぜ」 大樹に選ばれし一人の若者が、魔王を倒して世界を平和に導く物語。その仲間たちとの冒険譚は、大人から子供まで広く世に知れ渡っている。 しかし魔王が滅んで久しい現代では、ただのおとぎ話と思っている者も少なくない。 「笑わずに聞いてほしい。ボクは、その勇者の生まれ変わりなんだ」 キョトンとしたカミュに、イレブンは左手のアザを見せた。これがその証であること、そして自分がローシュの末裔であることも、話して聞かせた。 カミュはだんだんと神妙な顔つきになり、それらに黙って耳を傾けていた。 「勇者には大樹の根を通して、過去を見る力がある。ボクは今まで、大樹の根が示す記憶をなんのためらいもなく覗き見てきた。それがボクにとって、必要なものであることが分かっていたから。だけど──」 記憶を覗き見て、初めて後悔にも似た感情が込み上げた。それほどまでに、カミュの過去は凄惨だった。幾度となく目を背けたいと思うほど。 あまりにも過酷な暮らし。かけがえのない妹の死。代わる代わる男たちに犯される幼い彼の姿に、イレブンは激しく嘔吐した。 「言えずにいたのは、単純に、キミに嫌われるのが怖かったからだ。過去を勝手に暴いたことを、知られるのが怖かった」 それが大樹の意思によるものであっても。カミュ自身、掘り返されたくない過去であることは明白で、イレブンはひどい罪悪感にさいなまれた。いずれ話すべき時が来ると、そう分かってはいても、なかなか勇気がでなかったのだ。 正直に打ち明けたイレブンに、カミュは「あ~」とうなってボリボリとうなじを掻いた。 「確かにお前と出会った頃のオレなら、キレてぶん殴るだけじゃ済まなかったかもな。お前が勇者の生まれ変わりだなんて話すら、とてもじゃないが信じられなかっただろうよ」 本当にごめん、と頭をさげたイレブンに、彼は「いいさ」と笑った。 「どのみちオレがしてたことは、最初からバレちまってたわけだし。それにしても……変わったやつだとは思っちゃいたが、まさかオレの前に勇者が現れるとはな」 カミュはしみじみ言ったあと、軽く首をかしげる動作をした。その顔にはどこか皮肉で、自虐的な笑みが浮かんでいた。 「で? その勇者さまはオレに同情したってわけか? お前、見たんだろ? さんざん汚いおっさん共の慰み者にされたオレなんかのこと、まだ本気で好きだなんて言うつもりか?」 そのとき、イレブンは一瞬で頭に血がのぼるのを感じた。胸の奥底で必死に抑えつけていた感情が、油を注がれたように噴きあがっていく。 「そんな言い方をするな!!」 ガン、と音を立て、拳をテーブルに叩きつけた。カップが揺れて、中身がわずかにこぼれだす。カミュは息をつめ、肩をビクンと跳ねさせた。 「例えそれがキミ自身であっても、ボクが愛する人を侮辱するのは許さない!!」 カミュの過去に触れ、幾度も嘔吐しながら、あのときのイレブンは殺意に駆られていた。 魔物の尾を差しだしたときですら、その場にいる全員をいっそ葬ってやりたいと思った。 けれどそれをすれば、祖国を襲ったあの魔物たちと同類になってしまう。だから今の今まで、どうにか抑えつけていたのだ。 「……悪かったよ」 イレブンの剣幕に、カミュは顔色を失くして萎縮していた。肩を強張らせてうつむく姿に、イレブンはハッと息をのむ。そしてひどく自己嫌悪した。 怒号と恫喝によって彼を抑圧してきた村の男たちと、同じことをしてしまったも同然だ。 「あぁ、ごめんよカミュ……違う、違うんだ……」 自身への苛立ちに荒く息をつき、イレブンは銀色の髪をぐしゃぐしゃと乱した。矢も盾もたまらず立ち上がり、カミュに歩み寄ると椅子から立たせて抱きしめる。 「ちょっ、なんだよ急に」 「本当にごめん。怖がらせるつもりはなかったんだ」 「別に、怖がってなんか……」 小さな強がりにいっそう胸が締めつけられて、息を震わせながらより強く抱きしめる。 「何度も言ってきたはずだよ。ボクはキミが好きなんだ。境遇なんて関係ない。ボクはキミの、その綺麗な瞳に恋をした。初恋だったんだ」 腕のなかにある体温が、一気に熱を上げたのがわかった。 「一緒に過ごすうちに、もっともっと愛おしくなっていったよ。素直で、繊細で、本当は人恋しくて……心優しいキミのことが。だからボクは、キミをここから連れだしたい。離したくないんだ」 カミュは耳やうなじまで真っ赤に染めて、イレブンの肩に目元を埋めている。そして「本当にオレでいいのか?」と、蚊の鳴くような声で言った。 「カミュ」 「違うんだ。お前の気持ちを疑ってるわけじゃねえんだ」 表情を覗き込もうとするイレブンから、カミュがふいっと顔をそらした。 「お前だって知ってるだろ。オレがどうやって生きてきたかを。それが急に、こんな……こんな都合のいい、夢みたいなことがあっていいのか? オレなんかが、本当に自由になってもいいと思うか?」 その拭いきれない迷いや葛藤は、彼の自信のなさの現れだった。幸せになりたいという、誰もが抱いて当然の願いにすら、カミュは迷子のように足をすくませてしまう。 「違うよカミュ。キミはもう自由なんだ。本当は最初から、ずっとそうだったんだよ」 そんなカミュだからこそ、イレブンは願わずにいられなかった。彼が自分の意思でこの手を取って、その足で新しい一歩を踏みだしてくれることを。 「信じるのが怖いなら、信じられるまで何度でも言い聞かせるよ。それでも許しがほしいなら、ボクがキミを許そう。勇者の血を引く、このボクが」 「イレブン……」 「カミュがするべきことは、生きて幸せになることだ。妹さんのぶんまでね。そして願わくば、その隣にずっとボクをいさせてほしい」 するとカミュが腕のなかで大きく息を震わせた。そして小さく笑い、「わかったよ」と観念したように言った。 「オレの負けだよ。どうやらオレは、すっかりお前に骨抜きにされちまったらしい」 「カミュ……?」 「信じるぜ、その言葉。だからオレを連れてってくれ。オレはお前と一緒に、冒険の旅がしてみたい」 彼はイレブンの頬を両手で包み、軽く背伸びをしながら引き寄せた。 「好きだ、イレブン」 唇が触れ合ったその瞬間。 足元から強い風が吹き上がり、イレブンの身体がまばゆい光に包まれた。 「ッ、うわ……!?」 カミュの悲鳴が遠くに聞こえる。 光の渦に巻かれ、イレブンは爪の先から徐々に自分の身体が変化していくのを感じた。 髪は腰の位置まで緩く編まれた、長いセピアブラウンに。骨格は少年から厚みのある大人のものへ。いっそう背が伸び、頬からは幼さが削ぎ落とされていく。 イシの村人服も瞬く間に変わり、金の刺繍が施されたエメラルドグリーンのローブに姿を変える。胸元には赤い宝石をあしらった白のフリルがはためいて、頭上では繊細な細工の王冠が、星の瞬きのようにきらめいていた。 (ああ、そうか) 徐々に弱まっていく光のなかで、イレブンはようやく気がついた。 不死の呪い。それは大樹がもたらしたものではなくて── (ボク自身が、ボクに呪いをかけていたんだ) 誰も守れず、自分だけが生き残ったこと。その罪悪感から逃れるために、自ら命を絶つという選択を、あのときのイレブンは本能的に拒絶した。だから自分自身に呪いをかけた。 それこそが、不死の呪いの正体だったのだ。 「イレブン? お前、その姿は……?」 カミュが呆然としながら問いかけてくる。 そこには本来遂げるはずだった、ユグノアの王として成長したイレブンの姿があった。 「カミュ……!」 いっそう目線が高くなったイレブンを、まん丸の青い瞳が食い入るように見つめている。その両肩に触れ、イレブンは溢れでる喜びに、花が開くような笑みを浮かべた。 「ありがとう、カミュ。キミのおかげで、ようやくボクの呪いが解けた……!」 「の、呪いって……お前、ホントに……? 本当にイレブン、なのか?」 イレブンは大きくうなずいた。 「地の果てで出会う、瑠璃の宝玉を手に入れよ。さすればお前の悲願も果たされるだろう──10年前、ボクは預言者を名乗る女性にそう言われ、以来ずっと探し求めていた。長い長い旅をして、そしてこの地で、キミと出会った」 一回り大きくなった手で、イレブンはカミュの頬を優しく包む。 「ボクはね、カミュ。ずっと死ぬための方法を探していたんだよ」 カミュの顔色が変わった。傷ついたような表情をする彼を安心させるように、イレブンは首をゆるく左右に振ると先を続けた。 「だけどね、ようやくわかったんだ」 死は、生きている者にしか訪れない。カミュと出会うまでのイレブンは、ずっと死んでいるも同然だった。あの日、燃え盛るユグノアと共に、生きる意思が尽きてしまった。 けれどカミュと出会い、共に過ごす時間のなかで、イレブンはようやく自分が生きているという実感を得ることができた。 「ボクは愛する者と生きていきたい。それこそが、ボクの悲願だったんだ」 イレブンは呆然とするカミュの足元に跪いた。そして左手をとり、その甲に口づけた。 「ッ、い、イレブン……っ?」 「愛しているよ、カミュ。だからどうか、ボクと共に生きてほしい」 カミュは肌色を余さず赤く染め、恥ずかしそうにきゅっと下唇を噛み締めた。それから脱力したように、大きな息を吐きだした。 「なんだかよく分からねえが……やっぱお前って変なやつだな。年下だとばかり思っていたら、実はまあまあおっさんだしさ」 「えっ? お、おっさ……? こ、これでも一応、まだ26歳のはずだけど?」 いやしかし10代の子からすれば、もう十分おじさんか……と、ちょっぴりしょげるイレブンに、カミュは「まあいいや」と言った。 「姿が変わっても、お前がお前であることに代わりはないしな」 カミュは左手に触れたままのイレブンの手を逆に掴むと、思い切り引っ張って引き上げた。立ち上がったイレブンに、彼は翳りのない笑顔を見せた。 「こちらこそよろしく頼むぜ、勇者さま!」 腕相撲をするような形で手を握り合い、イレブンは瞳を細めながら大きくうなずいた。 ←戻る ・ 次へ→
青年を魔法で眠らせた王子さまは、風穴で光る大樹の根を見つけました。
王子さまは光る根に手をかざし、この地で起こった出来事のすべてを知りました。
そして、すぐに行動を起こしました。
まずは深い渓谷地帯にある洞窟へ向かい、潜んでいた魔物を退治しました。
王子さまは大剣で真っ二つにされた魔物の身体から、獅子のような尾を切り取りました。
その後、身体は骨すら残さず魔法で燃やしてしまいました。辺りに散らばっていた大量の人骨も、残らず灰になりました。
王子さまは次に、切り取った尾を持って村へと向かいました。
村長の家を訪れると、村の人たちもわらわらと集まってきました。
王子さまは彼らに向かって尾を差しだし、魔物を退治したことを告げました。そして、青年を開放してほしいと願い出ました。
しかし村人たちはあまりいい顔をしませんでした。
彼らにとっては金銭も大きな目的となっていたため、渋る者が多かったのです。なかには青年を具合のいい玩具として、執着する者までおりました。
王子さまは怒りをこらえ、村人たちに高価な鉱石を渡しました。
それはオリハルコンといって、世界中の冒険家が探し求める至高のお宝でした。売れば一瞬で巨万の富を得られる鉱石に、村人たちは目の色を変えて喜びました。
そしてあっさりと、もう青年に手出しはしないことを約束してくれたのでした。
*
「おいおいマジかよ!? お前、そのためだけに貴重なお宝を手放したってのか!?」
信じられないといった表情で、カミュがテーブルに手をついて立ち上がった。口をつけないまま冷めてしまったお茶のカップが、わずかに揺れる。
話が長くなるからと、イレブンはカミュをテーブルにつかせて自身も椅子に掛けていた。
「オリハルコンっていや、世界でいちばん珍しい貴金属として有名な鉱石だろ!? マヤからもさんざん聞かされたことがあるが……それを、お前……っ」
イレブンはケロリとしながらうなずいて、「安いものだよ」と言った。
あのとき、村人たちの中には殺気立っている者もいた。イレブンさえ消してしまえば、彼らにとっての不都合は一切なくなるという状況下で、空気はピリピリと張りつめていた。
穏便に話を済ませようと思えば、高価なものに目移りさせるより他になかったのだ。
それにイレブンにとって、カミュという存在以上に価値のある宝など、他にありはしなかった。だから惜しくもなんともない。
カミュは「はあ~」と力の抜けた息をつきながら椅子に座り直した。
「やけに静かでおかしいとは思っちゃいたが……誰も催促に来なかったのには、そういう理由があったのか」
彼はどうにか納得した様子でそう漏らしたあと、きゅっと眉間にシワを寄せてイレブンを睨んだ。
「だけど、それならそうと、最初から言ってくれりゃよかったじゃねえか」
カミュにとっては寝耳に水でしかなかっただろう。得体の知れない旅人に眠らされているあいだに、すべてが片付いてしまっていたのだから。しかもそうと知らされないまま、ここでイレブンとの暮らしを送っていたのだ。
「それはその通りなんだけど……」
イレブンはつい目を泳がせ、バツの悪さを感じながらうつむいた。
「……勇者ローシュの伝説は知ってるだろ?」
「ああ、あのおとぎ話か。絵本でなら見たことあるぜ」
大樹に選ばれし一人の若者が、魔王を倒して世界を平和に導く物語。その仲間たちとの冒険譚は、大人から子供まで広く世に知れ渡っている。
しかし魔王が滅んで久しい現代では、ただのおとぎ話と思っている者も少なくない。
「笑わずに聞いてほしい。ボクは、その勇者の生まれ変わりなんだ」
キョトンとしたカミュに、イレブンは左手のアザを見せた。これがその証であること、そして自分がローシュの末裔であることも、話して聞かせた。
カミュはだんだんと神妙な顔つきになり、それらに黙って耳を傾けていた。
「勇者には大樹の根を通して、過去を見る力がある。ボクは今まで、大樹の根が示す記憶をなんのためらいもなく覗き見てきた。それがボクにとって、必要なものであることが分かっていたから。だけど──」
記憶を覗き見て、初めて後悔にも似た感情が込み上げた。それほどまでに、カミュの過去は凄惨だった。幾度となく目を背けたいと思うほど。
あまりにも過酷な暮らし。かけがえのない妹の死。代わる代わる男たちに犯される幼い彼の姿に、イレブンは激しく嘔吐した。
「言えずにいたのは、単純に、キミに嫌われるのが怖かったからだ。過去を勝手に暴いたことを、知られるのが怖かった」
それが大樹の意思によるものであっても。カミュ自身、掘り返されたくない過去であることは明白で、イレブンはひどい罪悪感にさいなまれた。いずれ話すべき時が来ると、そう分かってはいても、なかなか勇気がでなかったのだ。
正直に打ち明けたイレブンに、カミュは「あ~」とうなってボリボリとうなじを掻いた。
「確かにお前と出会った頃のオレなら、キレてぶん殴るだけじゃ済まなかったかもな。お前が勇者の生まれ変わりだなんて話すら、とてもじゃないが信じられなかっただろうよ」
本当にごめん、と頭をさげたイレブンに、彼は「いいさ」と笑った。
「どのみちオレがしてたことは、最初からバレちまってたわけだし。それにしても……変わったやつだとは思っちゃいたが、まさかオレの前に勇者が現れるとはな」
カミュはしみじみ言ったあと、軽く首をかしげる動作をした。その顔にはどこか皮肉で、自虐的な笑みが浮かんでいた。
「で? その勇者さまはオレに同情したってわけか? お前、見たんだろ? さんざん汚いおっさん共の慰み者にされたオレなんかのこと、まだ本気で好きだなんて言うつもりか?」
そのとき、イレブンは一瞬で頭に血がのぼるのを感じた。胸の奥底で必死に抑えつけていた感情が、油を注がれたように噴きあがっていく。
「そんな言い方をするな!!」
ガン、と音を立て、拳をテーブルに叩きつけた。カップが揺れて、中身がわずかにこぼれだす。カミュは息をつめ、肩をビクンと跳ねさせた。
「例えそれがキミ自身であっても、ボクが愛する人を侮辱するのは許さない!!」
カミュの過去に触れ、幾度も嘔吐しながら、あのときのイレブンは殺意に駆られていた。
魔物の尾を差しだしたときですら、その場にいる全員をいっそ葬ってやりたいと思った。
けれどそれをすれば、祖国を襲ったあの魔物たちと同類になってしまう。だから今の今まで、どうにか抑えつけていたのだ。
「……悪かったよ」
イレブンの剣幕に、カミュは顔色を失くして萎縮していた。肩を強張らせてうつむく姿に、イレブンはハッと息をのむ。そしてひどく自己嫌悪した。
怒号と恫喝によって彼を抑圧してきた村の男たちと、同じことをしてしまったも同然だ。
「あぁ、ごめんよカミュ……違う、違うんだ……」
自身への苛立ちに荒く息をつき、イレブンは銀色の髪をぐしゃぐしゃと乱した。矢も盾もたまらず立ち上がり、カミュに歩み寄ると椅子から立たせて抱きしめる。
「ちょっ、なんだよ急に」
「本当にごめん。怖がらせるつもりはなかったんだ」
「別に、怖がってなんか……」
小さな強がりにいっそう胸が締めつけられて、息を震わせながらより強く抱きしめる。
「何度も言ってきたはずだよ。ボクはキミが好きなんだ。境遇なんて関係ない。ボクはキミの、その綺麗な瞳に恋をした。初恋だったんだ」
腕のなかにある体温が、一気に熱を上げたのがわかった。
「一緒に過ごすうちに、もっともっと愛おしくなっていったよ。素直で、繊細で、本当は人恋しくて……心優しいキミのことが。だからボクは、キミをここから連れだしたい。離したくないんだ」
カミュは耳やうなじまで真っ赤に染めて、イレブンの肩に目元を埋めている。そして「本当にオレでいいのか?」と、蚊の鳴くような声で言った。
「カミュ」
「違うんだ。お前の気持ちを疑ってるわけじゃねえんだ」
表情を覗き込もうとするイレブンから、カミュがふいっと顔をそらした。
「お前だって知ってるだろ。オレがどうやって生きてきたかを。それが急に、こんな……こんな都合のいい、夢みたいなことがあっていいのか? オレなんかが、本当に自由になってもいいと思うか?」
その拭いきれない迷いや葛藤は、彼の自信のなさの現れだった。幸せになりたいという、誰もが抱いて当然の願いにすら、カミュは迷子のように足をすくませてしまう。
「違うよカミュ。キミはもう自由なんだ。本当は最初から、ずっとそうだったんだよ」
そんなカミュだからこそ、イレブンは願わずにいられなかった。彼が自分の意思でこの手を取って、その足で新しい一歩を踏みだしてくれることを。
「信じるのが怖いなら、信じられるまで何度でも言い聞かせるよ。それでも許しがほしいなら、ボクがキミを許そう。勇者の血を引く、このボクが」
「イレブン……」
「カミュがするべきことは、生きて幸せになることだ。妹さんのぶんまでね。そして願わくば、その隣にずっとボクをいさせてほしい」
するとカミュが腕のなかで大きく息を震わせた。そして小さく笑い、「わかったよ」と観念したように言った。
「オレの負けだよ。どうやらオレは、すっかりお前に骨抜きにされちまったらしい」
「カミュ……?」
「信じるぜ、その言葉。だからオレを連れてってくれ。オレはお前と一緒に、冒険の旅がしてみたい」
彼はイレブンの頬を両手で包み、軽く背伸びをしながら引き寄せた。
「好きだ、イレブン」
唇が触れ合ったその瞬間。
足元から強い風が吹き上がり、イレブンの身体がまばゆい光に包まれた。
「ッ、うわ……!?」
カミュの悲鳴が遠くに聞こえる。
光の渦に巻かれ、イレブンは爪の先から徐々に自分の身体が変化していくのを感じた。
髪は腰の位置まで緩く編まれた、長いセピアブラウンに。骨格は少年から厚みのある大人のものへ。いっそう背が伸び、頬からは幼さが削ぎ落とされていく。
イシの村人服も瞬く間に変わり、金の刺繍が施されたエメラルドグリーンのローブに姿を変える。胸元には赤い宝石をあしらった白のフリルがはためいて、頭上では繊細な細工の王冠が、星の瞬きのようにきらめいていた。
(ああ、そうか)
徐々に弱まっていく光のなかで、イレブンはようやく気がついた。
不死の呪い。それは大樹がもたらしたものではなくて──
(ボク自身が、ボクに呪いをかけていたんだ)
誰も守れず、自分だけが生き残ったこと。その罪悪感から逃れるために、自ら命を絶つという選択を、あのときのイレブンは本能的に拒絶した。だから自分自身に呪いをかけた。
それこそが、不死の呪いの正体だったのだ。
「イレブン? お前、その姿は……?」
カミュが呆然としながら問いかけてくる。
そこには本来遂げるはずだった、ユグノアの王として成長したイレブンの姿があった。
「カミュ……!」
いっそう目線が高くなったイレブンを、まん丸の青い瞳が食い入るように見つめている。その両肩に触れ、イレブンは溢れでる喜びに、花が開くような笑みを浮かべた。
「ありがとう、カミュ。キミのおかげで、ようやくボクの呪いが解けた……!」
「の、呪いって……お前、ホントに……? 本当にイレブン、なのか?」
イレブンは大きくうなずいた。
「地の果てで出会う、瑠璃の宝玉を手に入れよ。さすればお前の悲願も果たされるだろう──10年前、ボクは預言者を名乗る女性にそう言われ、以来ずっと探し求めていた。長い長い旅をして、そしてこの地で、キミと出会った」
一回り大きくなった手で、イレブンはカミュの頬を優しく包む。
「ボクはね、カミュ。ずっと死ぬための方法を探していたんだよ」
カミュの顔色が変わった。傷ついたような表情をする彼を安心させるように、イレブンは首をゆるく左右に振ると先を続けた。
「だけどね、ようやくわかったんだ」
死は、生きている者にしか訪れない。カミュと出会うまでのイレブンは、ずっと死んでいるも同然だった。あの日、燃え盛るユグノアと共に、生きる意思が尽きてしまった。
けれどカミュと出会い、共に過ごす時間のなかで、イレブンはようやく自分が生きているという実感を得ることができた。
「ボクは愛する者と生きていきたい。それこそが、ボクの悲願だったんだ」
イレブンは呆然とするカミュの足元に跪いた。そして左手をとり、その甲に口づけた。
「ッ、い、イレブン……っ?」
「愛しているよ、カミュ。だからどうか、ボクと共に生きてほしい」
カミュは肌色を余さず赤く染め、恥ずかしそうにきゅっと下唇を噛み締めた。それから脱力したように、大きな息を吐きだした。
「なんだかよく分からねえが……やっぱお前って変なやつだな。年下だとばかり思っていたら、実はまあまあおっさんだしさ」
「えっ? お、おっさ……? こ、これでも一応、まだ26歳のはずだけど?」
いやしかし10代の子からすれば、もう十分おじさんか……と、ちょっぴりしょげるイレブンに、カミュは「まあいいや」と言った。
「姿が変わっても、お前がお前であることに代わりはないしな」
カミュは左手に触れたままのイレブンの手を逆に掴むと、思い切り引っ張って引き上げた。立ち上がったイレブンに、彼は翳りのない笑顔を見せた。
「こちらこそよろしく頼むぜ、勇者さま!」
腕相撲をするような形で手を握り合い、イレブンは瞳を細めながら大きくうなずいた。
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