2025/09/14 Sun 甲洋が来てから半月ほどが経過して、三月も中旬を迎えていた。 一騎はまめに連絡をよこし、総士は時間を見つけては様子を見に訪れる。 だが子犬ならばまだしも、これだけ大きな成犬を引き取ってくれるという人間は、なかなか見つからないようだった。 総士はいつも「すまない」と言ってしょげているが、彼が多忙な中で尽力していることは知っている。 操は甲洋との暮らしを悪くないと思はじめていた。物理的な距離は縮められそうにないが、心の距離はどんどん近づいているのではないかと、勝手に思っていたりする。 最近は、操が「ただいま」と言って帰宅すると「おかえり」と言ってくれるようになった。ご飯を初めて「美味しいよ」と言ってくれたのは、つい昨日の晩のこと。 甲洋は自分から言葉を発することはないし、未だに笑った顔は見せてくれない。それでも1メートル半という半端な距離を決して越えないよう、常に操に注意を払っている。 一騎が言った通り、彼は優しいイヌだった。操はそれを肌で感じられるようになっていた。 だからだろうか。ふと思うことが多くなった。 あの柔らかそうな焦茶の髪に触れられたら、どんな心地だろう。尖った大きな耳や、少しずつ艶めいてきた長い尻尾はどんな感触なのだろうかと。甲洋を見ていると、そんなことをよく思う。 それは未だかつて一騎にすら抱いたことのない、不思議な欲求だった。 * 朝方ふと、目が覚めた。 昼間はだいぶ春めいてきたが、この時間はまだ幾らか冷える。操は毛布の中でいちど身を震わせると、目を擦りながら身を起こした。 少し空気が乾燥しているような気がして、喉の乾きを覚えた。水を求めて台所へ向かうつもりで、操はなんとなく隣室へ目を向ける。 居間として利用しているこの部屋と、寝室になっている隣の部屋は、寝ている間だけは引き戸がきっちりと閉められていた。 (そういえばおれ、甲洋が寝てるとこまだ一度も見たことないや) 彼の寝姿というものがいまいち想像できなくて、つい気になってしまう。操はこっそりと音をたてないよう近づくと、覗き込める程度に引き戸を開けた。 カーテンの隙間から差し込む薄青の光が、畳の室内をぼんやりと浮かび上がらせている。タンスとクローゼットと、パイプベッド。寝具が整っているそこはなぜか空っぽだった。 (あれ、いない?) だがすぐにベッドの横に黒い塊があることに気がついた。 こちらに背を向けるようにして身体を丸めた甲洋が、毛布ひとつかけずに床で眠っている。 (え、なんで床で寝てるの?) 初日にベッドを使うように言ったはずなのだが。 彼が来たのは今よりもずっと朝晩の冷え込みが厳しい時期だった。今も十分に肌寒さを感じるというのに、今までもずっとこんな状態で寝ていたのだろうか。 操は慌てて、けれど慎重に寝室へ足を踏み入れる。起こしてしまうかもしれないと思ったが、せめて何かかけてやらなくてはと考えたのだ。 忍び足で息を殺しながら近づいていく。すると、丸まっている甲洋の身体がもぞりと動いた。 「ッ!」 ビクッ、と身を震わせて足を止める。甲洋は微かな寝息を立てたまま、それ以上動く気配はなかった。操は静かに震える息を吐き出し、胸を撫で下ろす。緊張感が半端ない。 なにせこれから操は、自分の限界ギリギリである1メートル半という壁を超えるのだ。もしかしたらその前に彼が起き出してしまうかもしれないが、なるべくその眠りを妨げたくはなかった。 こそ泥のような足取りで、時おり甲洋の様子をチラチラと覗いながらベッドに両手をつく。すぐ傍ではイヌが丸くなっている。すでに距離は1メートル以内で、多分こんなにイヌに近づいたのは初めてだ。心臓がバクバクと音を立てている。 (お、起きないでね? 絶対に起きないでね?) 逆にフラグを立てんばかりに念じながら、ふと、操の中で好奇心の虫が騒ぎ出す。 (寝顔……もうちょっとちゃんと……) こんな機会はもう二度とないかもしれない。 甲洋はよほど深く眠っているのか、目を覚ます気配がなかった。もしかしたら、今なら彼に触れることだってできるかもしれない。 操はいてもたってもいられず、ベッドに四つん這いで乗り上げる。カーテンの隙間から青く仄白む朝日と街灯の光が射し込み、甲洋の身体をくっきりと浮かび上がらせていた。 (わぁ……甲洋が寝てる……!) 見下ろす寝顔は横からのアングルではあったが、睫毛が長くて綺麗に整っている。長く癖のある焦茶の髪が頬にかかって、なんだか少し、色気があった。 初めて見たときも思ったが、綺麗なイヌだなと改めて感じる。あのときは恐怖ばかりが先立って、じっくり眺める余裕はなかったけれど。 (なんかすっごく、ドキドキするな) 胸の高鳴りが、さっきまでとは違う意味合いに変わっていた。操は頬を赤らめて、その寝顔にしばし見惚れる。 そのとき、甲洋の肩が僅かに震えた。 「ッ!」 「ぅ……こ……」 (え……?) 彼は小さな声で、なにか呻いたようだった。丸まっていた背中をさらに丸めたかと思うと、少し苦しそうな表情を浮かべる。 怖い夢でも見ているのだろうか。竦めた肩が震えているのが痛々しくて、操は思わず身を乗り出すと彼の名を呼んだ。 「こ、甲洋?」 「しょ、ぅ……こ……」 「……しょうこ?」 女性の名前、だろうか。操には当然、心当たりがない。 声はか細く、泣き出しそうに掠れていた。何度も何度も、甲洋はその名を口にする。こんなに苦しそうに、そして悲しそうに彼が名前を呼ぶ存在。それが誰なのか、操にはまるで分からない。 (おれ、甲洋のことなにも知らないんだ) たった半月。ほんの僅かな情報だけが全てで、彼が何を考えながら生きてきたのか、どんな想いを抱えているのか、操はなにも知らないのだ。勝手に距離が縮まったように思い込んでいただけで、その事実に打ちのめされたような気持ちになる。 操は勇気をだして甲洋に手を伸ばそうとした。震える指先がその肩に触れようとしたとき、ふと気づく。 彼の両手には鬱血したような痣が幾つもあった。目をこらせば指の関節部分にも割れて傷ついた跡が残されており、ほとんどは薄く消えかかってはいるが、同じものが足の先にも見られた。 (これって……?) 総士の話を思いだす。彼は真冬のベランダに長く放置されていたことがあると。おそらくこれはその時のものだ。彼の手足には酷い凍瘡とあかぎれの跡が残っている。この距離まで近づいて、初めて気がついた。 手間も暇も愛情もかけてもらえず、雪の降りしきるベランダで彼は何を思いながらいたのだろう。この傷がもっと深ければ、手足を切り落とすことになっていたかもしれない。むしろ死んでいたっておかしくはないのだ。 彼が虐待を受けていたという事実が、急に重たく伸し掛かってくる。話に聞いていたというだけで、操の中ではどこか現実味を帯びていなかったのかもしれない。こうして生々しい傷跡を直視するまでは。 「甲洋」 操はその名を呼びながら、再び彼に向かって手を伸ばした。 『しょうこ』という人が誰かは分からない。だけどきっと、甲洋の心はまだ真冬のベランダにある。 そんなのは嫌だ。ここには彼を傷つける人間なんかいない。もうどこにもいないのだ。その思いが操から恐怖心を遠ざける。 指先が、初めてその肩に触れた。 「ッ──!!」 瞬間、飛び起きた甲洋が低く唸りながら操の手を叩き落とした。素早く身を起こし、飛び退くように距離を取られる。甲洋の背を受け止めて、引き戸がガタンと音を立てた。 操は咄嗟のことに声なき悲鳴をあげて、無意識に反対側の壁へ身を寄せると肩をすくめる。 甲洋は耳や尻尾の毛を酷く逆立てながら肩を上下させ、我を失ったように唸り続けていた。床に両手をつく彼は、膨らんだ尻尾が内腿に巻き付くような形で丸くなっている。 「……ッ、ぁ」 息を荒げていた甲洋が、ようやく状況を飲み込んで小さな声をあげた。表情は呆然としたものへと変わり、耳をぺたりと後ろへ倒して震わせはじめる。尻尾は、丸まったままだ。 操もまたそれを呆然と見つめるだけだった。心臓が飛び出しそうなほど高鳴っていて、両手を握りしめると胸に押し当てる。身体の震えが止まらなかった。 違う。わかっている。無防備でいるところに、とつぜん触れてしまったから。総士のメモにもあったはずだ。不用意に近づいたり、触れたりはするなと。彼がそれを望まないと。そんなこと、今さら思いだしても遅かった。 驚かせて、怖い思いをさせてしまったのは操の方だ。なのに、初めて見た甲洋の様子にショックを受けて、恐怖が全身を支配してしまう。 ちっとも似ていないのに、あの日、血走った目で牙を剥きながら追いかけてきた猛犬と、彼が重なってしまって。 「こ、こうよ……ご、ごめ」 震える声を絞り出す。ちゃんと伝えたいのにうまくいかなくて、操はただ傷ついたように歪んでいく甲洋の顔を見ているしかできなかった。 甲洋は少しずつ探るように背後の戸に手のひらを這わせながら、身体を横に移動させた。瞬きもせず操を注視し続け、立ち上がると弾かれたように部屋から出ていってしまう。 「甲洋、待って!」 咄嗟に手を伸ばす。ベッドから転がり落ち、床に膝をつく操の耳に、玄関の扉が開いては閉じる音が無情にも響き渡った。 ←戻る ・ 次へ→
一騎はまめに連絡をよこし、総士は時間を見つけては様子を見に訪れる。
だが子犬ならばまだしも、これだけ大きな成犬を引き取ってくれるという人間は、なかなか見つからないようだった。
総士はいつも「すまない」と言ってしょげているが、彼が多忙な中で尽力していることは知っている。
操は甲洋との暮らしを悪くないと思はじめていた。物理的な距離は縮められそうにないが、心の距離はどんどん近づいているのではないかと、勝手に思っていたりする。
最近は、操が「ただいま」と言って帰宅すると「おかえり」と言ってくれるようになった。ご飯を初めて「美味しいよ」と言ってくれたのは、つい昨日の晩のこと。
甲洋は自分から言葉を発することはないし、未だに笑った顔は見せてくれない。それでも1メートル半という半端な距離を決して越えないよう、常に操に注意を払っている。
一騎が言った通り、彼は優しいイヌだった。操はそれを肌で感じられるようになっていた。
だからだろうか。ふと思うことが多くなった。
あの柔らかそうな焦茶の髪に触れられたら、どんな心地だろう。尖った大きな耳や、少しずつ艶めいてきた長い尻尾はどんな感触なのだろうかと。甲洋を見ていると、そんなことをよく思う。
それは未だかつて一騎にすら抱いたことのない、不思議な欲求だった。
*
朝方ふと、目が覚めた。
昼間はだいぶ春めいてきたが、この時間はまだ幾らか冷える。操は毛布の中でいちど身を震わせると、目を擦りながら身を起こした。
少し空気が乾燥しているような気がして、喉の乾きを覚えた。水を求めて台所へ向かうつもりで、操はなんとなく隣室へ目を向ける。
居間として利用しているこの部屋と、寝室になっている隣の部屋は、寝ている間だけは引き戸がきっちりと閉められていた。
(そういえばおれ、甲洋が寝てるとこまだ一度も見たことないや)
彼の寝姿というものがいまいち想像できなくて、つい気になってしまう。操はこっそりと音をたてないよう近づくと、覗き込める程度に引き戸を開けた。
カーテンの隙間から差し込む薄青の光が、畳の室内をぼんやりと浮かび上がらせている。タンスとクローゼットと、パイプベッド。寝具が整っているそこはなぜか空っぽだった。
(あれ、いない?)
だがすぐにベッドの横に黒い塊があることに気がついた。
こちらに背を向けるようにして身体を丸めた甲洋が、毛布ひとつかけずに床で眠っている。
(え、なんで床で寝てるの?)
初日にベッドを使うように言ったはずなのだが。
彼が来たのは今よりもずっと朝晩の冷え込みが厳しい時期だった。今も十分に肌寒さを感じるというのに、今までもずっとこんな状態で寝ていたのだろうか。
操は慌てて、けれど慎重に寝室へ足を踏み入れる。起こしてしまうかもしれないと思ったが、せめて何かかけてやらなくてはと考えたのだ。
忍び足で息を殺しながら近づいていく。すると、丸まっている甲洋の身体がもぞりと動いた。
「ッ!」
ビクッ、と身を震わせて足を止める。甲洋は微かな寝息を立てたまま、それ以上動く気配はなかった。操は静かに震える息を吐き出し、胸を撫で下ろす。緊張感が半端ない。
なにせこれから操は、自分の限界ギリギリである1メートル半という壁を超えるのだ。もしかしたらその前に彼が起き出してしまうかもしれないが、なるべくその眠りを妨げたくはなかった。
こそ泥のような足取りで、時おり甲洋の様子をチラチラと覗いながらベッドに両手をつく。すぐ傍ではイヌが丸くなっている。すでに距離は1メートル以内で、多分こんなにイヌに近づいたのは初めてだ。心臓がバクバクと音を立てている。
(お、起きないでね? 絶対に起きないでね?)
逆にフラグを立てんばかりに念じながら、ふと、操の中で好奇心の虫が騒ぎ出す。
(寝顔……もうちょっとちゃんと……)
こんな機会はもう二度とないかもしれない。
甲洋はよほど深く眠っているのか、目を覚ます気配がなかった。もしかしたら、今なら彼に触れることだってできるかもしれない。
操はいてもたってもいられず、ベッドに四つん這いで乗り上げる。カーテンの隙間から青く仄白む朝日と街灯の光が射し込み、甲洋の身体をくっきりと浮かび上がらせていた。
(わぁ……甲洋が寝てる……!)
見下ろす寝顔は横からのアングルではあったが、睫毛が長くて綺麗に整っている。長く癖のある焦茶の髪が頬にかかって、なんだか少し、色気があった。
初めて見たときも思ったが、綺麗なイヌだなと改めて感じる。あのときは恐怖ばかりが先立って、じっくり眺める余裕はなかったけれど。
(なんかすっごく、ドキドキするな)
胸の高鳴りが、さっきまでとは違う意味合いに変わっていた。操は頬を赤らめて、その寝顔にしばし見惚れる。
そのとき、甲洋の肩が僅かに震えた。
「ッ!」
「ぅ……こ……」
(え……?)
彼は小さな声で、なにか呻いたようだった。丸まっていた背中をさらに丸めたかと思うと、少し苦しそうな表情を浮かべる。
怖い夢でも見ているのだろうか。竦めた肩が震えているのが痛々しくて、操は思わず身を乗り出すと彼の名を呼んだ。
「こ、甲洋?」
「しょ、ぅ……こ……」
「……しょうこ?」
女性の名前、だろうか。操には当然、心当たりがない。
声はか細く、泣き出しそうに掠れていた。何度も何度も、甲洋はその名を口にする。こんなに苦しそうに、そして悲しそうに彼が名前を呼ぶ存在。それが誰なのか、操にはまるで分からない。
(おれ、甲洋のことなにも知らないんだ)
たった半月。ほんの僅かな情報だけが全てで、彼が何を考えながら生きてきたのか、どんな想いを抱えているのか、操はなにも知らないのだ。勝手に距離が縮まったように思い込んでいただけで、その事実に打ちのめされたような気持ちになる。
操は勇気をだして甲洋に手を伸ばそうとした。震える指先がその肩に触れようとしたとき、ふと気づく。
彼の両手には鬱血したような痣が幾つもあった。目をこらせば指の関節部分にも割れて傷ついた跡が残されており、ほとんどは薄く消えかかってはいるが、同じものが足の先にも見られた。
(これって……?)
総士の話を思いだす。彼は真冬のベランダに長く放置されていたことがあると。おそらくこれはその時のものだ。彼の手足には酷い凍瘡とあかぎれの跡が残っている。この距離まで近づいて、初めて気がついた。
手間も暇も愛情もかけてもらえず、雪の降りしきるベランダで彼は何を思いながらいたのだろう。この傷がもっと深ければ、手足を切り落とすことになっていたかもしれない。むしろ死んでいたっておかしくはないのだ。
彼が虐待を受けていたという事実が、急に重たく伸し掛かってくる。話に聞いていたというだけで、操の中ではどこか現実味を帯びていなかったのかもしれない。こうして生々しい傷跡を直視するまでは。
「甲洋」
操はその名を呼びながら、再び彼に向かって手を伸ばした。
『しょうこ』という人が誰かは分からない。だけどきっと、甲洋の心はまだ真冬のベランダにある。
そんなのは嫌だ。ここには彼を傷つける人間なんかいない。もうどこにもいないのだ。その思いが操から恐怖心を遠ざける。
指先が、初めてその肩に触れた。
「ッ──!!」
瞬間、飛び起きた甲洋が低く唸りながら操の手を叩き落とした。素早く身を起こし、飛び退くように距離を取られる。甲洋の背を受け止めて、引き戸がガタンと音を立てた。
操は咄嗟のことに声なき悲鳴をあげて、無意識に反対側の壁へ身を寄せると肩をすくめる。
甲洋は耳や尻尾の毛を酷く逆立てながら肩を上下させ、我を失ったように唸り続けていた。床に両手をつく彼は、膨らんだ尻尾が内腿に巻き付くような形で丸くなっている。
「……ッ、ぁ」
息を荒げていた甲洋が、ようやく状況を飲み込んで小さな声をあげた。表情は呆然としたものへと変わり、耳をぺたりと後ろへ倒して震わせはじめる。尻尾は、丸まったままだ。
操もまたそれを呆然と見つめるだけだった。心臓が飛び出しそうなほど高鳴っていて、両手を握りしめると胸に押し当てる。身体の震えが止まらなかった。
違う。わかっている。無防備でいるところに、とつぜん触れてしまったから。総士のメモにもあったはずだ。不用意に近づいたり、触れたりはするなと。彼がそれを望まないと。そんなこと、今さら思いだしても遅かった。
驚かせて、怖い思いをさせてしまったのは操の方だ。なのに、初めて見た甲洋の様子にショックを受けて、恐怖が全身を支配してしまう。
ちっとも似ていないのに、あの日、血走った目で牙を剥きながら追いかけてきた猛犬と、彼が重なってしまって。
「こ、こうよ……ご、ごめ」
震える声を絞り出す。ちゃんと伝えたいのにうまくいかなくて、操はただ傷ついたように歪んでいく甲洋の顔を見ているしかできなかった。
甲洋は少しずつ探るように背後の戸に手のひらを這わせながら、身体を横に移動させた。瞬きもせず操を注視し続け、立ち上がると弾かれたように部屋から出ていってしまう。
「甲洋、待って!」
咄嗟に手を伸ばす。ベッドから転がり落ち、床に膝をつく操の耳に、玄関の扉が開いては閉じる音が無情にも響き渡った。
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