2025/09/17 Wed 自分が恋をする日が来るなんて、夢にも思わなかった。 どんなときも、ふと手を止めて考えるのは承太郎のことだった。 今なにをしてるんだろうとか、今日はなにを食べたんだろうとか、なんでもないようなことに想像を巡らせては、胸をときめかせる。 その時間は花京院にとって幸せなものだった。 部屋に泊めてもらったあの翌朝、別れ際に承太郎は連絡先を教えてくれた。 いつでも連絡しろと言われて、夢でも見ているような気持ちになった。 だけど花京院にはその気がなかった。例え何があろうとも、連絡を入れるつもりはない。 なぜなら、花京院には二度と承太郎に会うつもりがないからだ。 だって関われば、いつか絶対に嫌われてしまう。 そう考えてしまうのは、自分が歪んでいる証拠だということは知っている。 だけどどうしても、人と関わることへ対しての否定的な感情が拭えない。 母は死んでしまったが、幼い頃の記憶は今も花京院の意識を縛りつけていた。 だから承太郎への気持ちは、そっと胸にしまっておくことにした。こうしてただ想い続けているだけで、十分だと思えたからだ。 それでもふとした瞬間、考えてしまうことがある。 こうして花京院が承太郎を想う間にも、彼は別の誰かと『仕事』をしているのかもしれないと。あの優しくて力強い腕に、抱かれている人間がいるのかもしれない、と。 そんなことを思うと、胸がもやもやとした黒い霧で覆われていくのを感じてしまう。どうしようもないことだと、頭では分かっているのだが。 そうして諦めと慕情を募らせる毎日を過ごしていたある日、花京院の携帯に一本の電話が入った。 * よく脂の乗った太い指が、布越しに花京院の身体をまさぐっている。 「っ、ぅ……ぐ……」 両手でねっとりと脇腹や胸に触れられる感覚に、込み上げる吐き気を堪えた。 緑色をした、裾の長い学ランに身を包んだ花京院は、アルファベットのⅩを模した真っ赤な十字架に両手足を拘束されている。 逃れようと身を捩っても、四肢に固定された皮のベルトによってそれは叶わない。 「はぁ……制服の上からでもよく分かる、いい身体だね典明くん、おじさんがいっぱい可愛がってあげるからねぇ」 肥えた身体にベージュのくたびれたスーツを着た中年の男が、薄い唇から忙しない息を吐く。その不快感に、せいぜい顔を背けることでしか目に見える抵抗ができなかった。 ずんぐりとした手が股間に触れ、やわやわと揉まれて鳥肌がたつ。 「やめッ、触るな……!」 「そんな言い方していいのかな? お金が欲しくてホイホイついて来たのは君だろう?」 「ぅ、く……ッ!!」 股間を揉む手はそのままに、男のもう片方の手が花京院の顎を掴む。少しばかり身長が足りない男は背伸びをすると、顔を背けようとする花京院の頬にねっとりと舌を這わせた。 ぬるりとした生温い感触に、いよいよ胃の中のものをぶちまけそうになる。 すぐにでもこの拘束を引き千切って、ここから逃げ出したい。こんな男にこれ以上触られるなんて、冗談じゃないと思った。 生理的な嫌悪感が、二度目の撮影で何人もの男達に入れ代わり立ち代わり犯された記憶を手繰り寄せる。あの今にも消えてなくなりたいような絶望感が押し寄せてきて、花京院は手のひらに爪が食い込むほど強く両手を握り締めた。 だけど、これは花京院が自らの意志で決めたことだ。逃げ出すわけにはいかない。これはその代償だ。 数日前、普段はうんともすんとも言わない携帯に、着信があった。 応じると、電話の向こうから聞こえて来たのは、あの監督の声だった。 次の作品にどうしても出てほしいと言われ、もちろん一度は断った。 二度とあんな目に遭うのはごめんだったし、承太郎にもはっきりと『向いていない』と言われてしまったのだから。 けれどそんな花京院に、監督は相手の男優が誰であるかを告げて来た。 承太郎だった。 一瞬で心が揺らいだ。 それを見計らったかのように、まるで畳み掛けるようにして監督は残念そうに言ったのだ。 無理なら仕方ない。他の子を立てるよ、と。 その瞬間、花京院はほぼ衝動的に了承の旨を伝えていた。 もう会うことも、会うつもりもないと決めていたはずなのに。 だけどどうしても嫌だと感じた。承太郎が他の誰かを抱く光景を想像するだけで、心に真っ黒な雲が立ち込めて、頭がどうにかなりそうだった。 醜い嫉妬。分かっている。それでも、歯止めがきかなかった。 そして、今に至る。 「いやいや言ってるけどほら、典明くんのおちんちん、どんどん反応してるよ。こういうの、本当は好きなんだろ?」 男の声にきつく目と口を閉ざし、心の中で唾を吐く。 彼は台本上での台詞を言っているにすぎず、花京院の性器は当然なんの反応も示してはいなかった。 設定上、自分はこの男と援助交際をするためにラブホテルにやって来た、ということになっている。だがそのホテルが、普通のものではなかった。 黒光りする床に、洞窟風のでこぼことした壁で囲まれた広々とした空間には、花京院が拘束されている十字架の他に、分娩台のような形をした椅子や三角木馬などが置かれていて、それらが煌々とライトアップされている。 巨大な鉄格子の向こうにはダブルベッドが設置され、オープントイレまであって、まるで刑務所のようだった。 ここは『SMホテル』と呼ばれる、ラブホテルの一つである。 ラブホというものがどんな場所かは知っているつもりだったが、こういった趣味の世界に特化したホテルまであるというのは、知らなかった。 こんなことでもない限り、花京院には一生縁がない空間だ。 照明に照らされながらいいように身体中をまさぐられる姿を、幾つもの他人の視線と無機質なカメラが、息を殺して見守っている。 「さて、典明くんの可愛いおちんちん、見せてもらおうかな」 制服の上から存分に花京院の身体を堪能した男は、だらしなくニヤついた顔をしたまま膝をついた。長ランには触れず、ウエストに両手を這わせるとベルトを解いていく。かちゃかちゃという金属音に怖気がたち、花京院は幾度も「やめろ」と唸るような声をあげながら腰を捩った。 わかっている。この男の言うようにはならない。これは現実に起こっている出来事ではなく、ちゃんとした台本の上に成り立っている。 だからこの後の展開は、しっかりと頭に叩き込まれていた。だけど、どうしようもなく嫌だと感じる。 誰にも触れてほしくない。触れてほしいのは一人だけだ。あの人だけ。彼にならなにをされたっていい。何を捧げても構わないと。 こんな見知らぬ男によって、無様に身体を暴かれる前に。 (早く……早く来てくれ、承太郎さん……!) 「ここか! 花京院ッ!!」 その瞬間、勢いよく扉が開かれ、黒いスーツ姿に銀縁の眼鏡をかけた承太郎が、鬼の形相で現れた。 (承太郎さん……!!) 「ッ、先生……ッ!!」 「な、なんだ君は!? 先生って……どういうことだ!?」 弾かれたように立ち上がり、前に出て来た男に向かって、一瞬で距離を詰めた承太郎が拳を振り下ろす。男は「ヒエェ」と情けない悲鳴をあげ、面白いほど簡単に床に転がった。もちろん本当に殴ったわけではないはずだが、承太郎の演技があまりにも迫力あるものだったので、思わずヒヤリとしてしまった。 床に伏す男を茫然と眺める花京院に、承太郎が駆け寄って来て手足の拘束を解いてくれた。彼は花京院のクラスの担任という設定だ。 「大丈夫か、花京院!」 こうなると分かっていたはずなのに、花京院は心からの安堵に拘束が外れた途端、承太郎の首に両腕を回して抱き付いた。受け止めてくれる力強い腕の感触と温もりに、声をあげて泣いてしまいたくなる。 「先生……先生……ッ」 「もう大丈夫だ。安心しろ、花京院」 大きな手が花京院の髪を撫で、強く抱きしめてくれる。逞しい両腕と厚い胸板に包まれながら、花京院は心の中で幾度も「好きです」とその想いを告げた。 どうしてもあなたに、こうしてまた抱かれたかったのだと。 * 「ッ……!」 玩具の手錠に両手を拘束され、鉄格子の向こう側でダブルベッドに突き飛ばされるところから、メインイベントが始まる。 不自由な両手でどうにか体重を支え、半身を起こした花京院は、ベッド脇に佇む承太郎を恐る恐る見上げた。 「せん、せい……?」 承太郎はスーツのジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを緩めながら口元を不敵に歪めると、指先で眼鏡のずれを直して見せる。その仕草が妙に色っぽく目に映り、思わずうっとりとした息を漏らしてしまった。 「お仕置きの時間だ、花京院。あのままわたしが来なかったらどうなっていたのか……きっちり叩き込んであげよう」 「や、やめてください先生……もうしません……しませんから……」 「……黙れ」 「ッ!」 吐き捨てられた重低音と共に、承太郎の顔から笑みが消えた。これは演技であるはずなのに、花京院の背筋に冷たい汗が伝う。 承太郎から発される痛いほどヒリついたオーラが、室内の空気をピンと張りつめさせた。ここにいる全員がそれを感じているのか、誰もが顔を見合わせながら息を詰める。 けれど花京院の目には、もう他人の反応もカメラのレンズも映ってはいなかった。 (承太郎さん……もしかして本当に、怒っている……?) 思えば今日は顔を合わせたときから様子がおかしかった。 打ち合わせのときも目を合わせてくれなかったし、まるで花京院の存在など見えていないかのように、まともに挨拶すら交わしてくれなかった。 他人がいる場で、たかが一度だけ共演した相手と親しげに接することに抵抗があるのかもしれないと、あまり深くは考えないようにしていた。何より、花京院自身がそれどころではなかったという方が正しい。気持ちを自覚してから初めて身体を繋げるという事実に、初回よりも遥かに緊張が勝っていたからだ。まともに承太郎の顔すら見られず、ずっと台本を覚え込むことに専念していた。 だけどこうして明らかに怒りを露わにした冷たい視線に射抜かれて、花京院は初めて自分の愚かさに気づかされた。 承太郎は、もうやめろと言ったのだ。向いていないと。 優しい彼は、ボロボロになった花京院を見て胸を痛めてくれた。放っておいてくれればいいのに、わざわざ家に招き入れてまで。 (ぼくは……この人の優しさを踏みにじってしまったんじゃあないか……?) 氷水に浸したように、指先から身体が冷えていくのを感じる。 嫉妬という衝動が花京院から冷静な判断を奪っていたが、ここにきて後悔しても、もう遅い。 (嫌われた……嫌われてしまった……) あれほど恐れていたことを、自らの手でこうして引き寄せてしまった。 承太郎が膝をついて乗り上げると、大きなベッドが微かに軋んだ。花京院は捕食される寸前の小動物のように身を震わせ、弱々しくシーツを掻き乱しながら距離を取ろうとする。けれど長い腕がそれを許さず、手錠ごと両手を一掴みにされて、ベッドに縫い付けられた。 至近距離に、冷たいエメラルドが揺れている。ぐっと、喉が詰まった。 あ、という小さな声が、肉厚な唇によって封じられてしまう。潜り込んできた舌は一瞬だけひやりとした感覚をもたらしたあと、すぐに信じられないほどの熱で花京院の口腔を蹂躙する。無意識に背けようとする顔を許さず、頬骨を痛いほど掴まれながら舌を絡めとられた。 「は、ぅ、んんッ……!」 鈍い水音を響かせながら痛いほど吸い上げられる舌に、ぞわりと肌が粟立つ。長い口付けは、未だ行為に慣れない花京院を戸惑わせた。呼吸のタイミングが分からないまま、飲み込めない唾液だけが口の端から溢れだす。 初めてのとき、承太郎のキスは蕩けそうなほど優しかった。だけど今は、違う。言葉ではなく、こうして態度で責められているようにしか、感じられない。 承太郎は花京院の口腔を貪りながら、制服の合わせ目に両手を這わせる。それぞれ両指を引っ掻けると、中のシャツごと一気に引き裂かれた。 弾け飛んだボタンが、無機質な床に音を立てながら散らばる。 「ッ――!?」 酸欠に朧がかっていた思考が、一気に覚醒した。同時に離れた唇が、今度は喉元に歯を立てる。 「ヒッ、ぁ、じょ、せんせ、痛い……ッ!!」 ビクン、と大きく身をしならせる花京院の背が、シーツから僅かに浮いた瞬間を見逃さず、承太郎が片腕を差し込んで腰を抱く。引き寄せられることで固定され、そのまま白い肌に歯型や痣を散らされた。 不快感はない。ただ怖かった。絶望感に打ちひしがれながらも、承太郎を求めてやまない、浅ましい自分の身体が。 散々吸い付かれ、舌で転がされた乳首に緩く歯を立てられただけで、達してしまいそうなほど強い快感の波が押し寄せる。女のように甲高い声を発した花京院に顔を上げると、承太郎は冷ややかに吐き捨てた。 「淫乱だな」 忌々しげに放たれた言葉が、どんな行為よりもずっと深く花京院の胸を抉る。 「誰でもいいのか、君は」 違う、と否定したくても、それは許されていなかった。 好きに喘いでもいいとは言われているが、シナリオを破綻させるような台詞は用意されていない。花京院は、ただ唇を噛み締めることしかできなかった。 承太郎は目を細め、鼻で笑うと半分ほど外れかかっていたベルトを抜き取り、下着ごと制服のズボンを剥ぎ取った。例え花京院がどんなに否定の言葉を口にしたとしても、承太郎によって火をつけられた身体は熱を持ち、性器は言い訳のしようがないほど反応を示している。 こんな状態で何を言ったところで、説得力などあるはずがない。じわりと視界が涙で滲んだ。 承太郎は晒された性器には触れず、花京院の二の腕を掴むと強引に身を起こさせ、四つん這いの姿勢を取らせる。大人しく従いながら、発情した猫のように尻を高く突きだして小刻みに震え、指先でシーツを握りしめた。 ローションで濡れた親指がぶつりと音を立てて挿し込まれた瞬間、大きく跳ねる尻たぶの片方に手の平が打ち付けられる。 「あッ、や……ッ!」 太い親指で入口をじくじくと解されながら、小気味よい音を奏でて幾度か尻をぶたれた。じんとした痛みが皮膚へと熱い余韻を残し、冷めやらぬうちにまた打たれる。その度に身体がビクンと跳ねあがるのを抑えられない。 「ヒッ!? ぃ、やだ、アッ、うぁッ!」 「嫌? 気持ちよさそうに腰を振っているようにしか見えないが。これじゃあ罰にならないな」 実際、花京院の性器は腹につくほど反り返っていた。 先走りすら零し、はしたなく震えている。白い肌に手の平の痕が残るほどぶたれたというのに、身体はどうしようもないところまで高められていた。 承太郎が何を思っているのか。それを考えるのが嫌で、思い知らされるのが嫌で、快楽に逃げようとしているのだろうか。失意に飲まれる心を守る唯一の手段が、もうそれしか残されていないのは確かだった。 尻の肉を掴みながらぐるりと中を擦り上げていた親指が、一気に引き抜かれる。ほっと湿った息を漏らしたのも束の間、今度はつるりとした感触がひくつく襞に押し付けられた。 「な、に……?」 思わず首を捻って背後を振り返るけれど、それが容赦なくずるんと内部に潜り込んでくる感触に背筋が大きく震えた。 声にならない悲鳴を漏らしながら、花京院は振り向くことを諦め、下から身体の中心を恐る恐る覗き込む。両足の間から、ピンク色をした細いコードが伸びているのを視界に捉え、目を見開いた。 「なに、これ……なにを」 痛みはないが、小さな異物感にさらなる不安が煽られる。 「どうせ初めてではないんだろう? こんな趣味の悪い部屋に、男としけこむような淫売だからな」 「や、だ……ちが……」 弱々しく首を振る花京院に、承太郎は冷たく鼻を鳴らした。そして、コードの先端にあるリモコンを指先で操作する。 その瞬間、どこか安っぽいモーター音が腹の奥から響き渡った。 「ッ……――!?」 身体の中で、異物が小刻みに振動しはじめる。初めて味わう感覚に腰を捩りながら、花京院は拘束された両手で必死にシーツを掻き乱した。 「や、やだ、ッ、これ……気持ち悪い……っ!!」 モーター音が奥底からじんじんと響き、身体の芯が言葉にできない熱をもちはじめる。快感とも不快感ともつかない妙な感覚に、ただ不安と恐怖ばかりが増していく。 もぞもぞと尻を振る姿がどれほど滑稽であったとしても、構っている余裕すら奪われている。 「とって、くださッ、ぁう、ん、嫌です……これ、変だ……!」 「なかなかよさそうに見えるが。じゃあ、これならどうかな?」 「ッ!?」 承太郎の指が異物をすっぽりと銜え込んでいる穴に入り込んできた。振動する異物を引っ掻くような動きで器用に探り当て、ある一点にぐっと押し付ける。その瞬間、目の前に火花が散った。 「ィ、ッ――!?」 どっちつかずだった刺激が、前立腺への直接的な刺激へと変わる。けれど花京院の脳はそれを快楽として処理することさえままならない。まだ男を知って間もない身体に、この刺激はあまりにも強すぎた。 じわじわと導かれるはずの過程をすっ飛ばし、一瞬で襲い来る射精感に全身が総毛立つ。まだ一度も触れられていないはずの性器から、凄まじい勢いで精液が噴き出した。 「――……ッ!!」 口は大きく開いているのに、声は出なかった。 ただ腰だけは異様に跳ね上がり、尾を引く絶頂に全身が激しく痙攣する。 「凄いな。後ろだけでイッたのか」 どこか嘲笑うように言いながら承太郎の指が引き抜かれると、ローターが前立腺から離れた。だが達したばかりで剥き出しの神経は、内部の闇雲な振動さえも快感として花京院の身を苛む。 「うぁ、ンッ、ぁ、や……も、やだ、ぁ……」 焦点の合わない、濁った瞳をあてどなく彷徨わせながら、花京院はぐったりとシーツの波間に身を沈める。頭の中が白く染まり、何が起こっているのかが分からなかった。断続的な痙攣がとまらない。 承太郎はそんな反応など意に介さず、花京院の腕を掴むとベッドから引きずり落とした。自分は縁に腰かけ、前を寛げて中から勃起した性器を取り出す。 目の前に突きつけられた太く逞しい男根に、意識を手繰り寄せた花京院は息をのんだ。 「どうすればいいか分かるだろう?」 冷酷な瞳に見下ろされ、花京院はすでに汗や涙で濡れた顔をくしゃりと歪める。 カメラを構えた男がぐっと近づいて来て、これが撮影であることをようやく思い出した。全て彼に命じられるまま、人形のように従わなければ終われないのだ。 花京院に拒否権はない。同時に、拒む意志すらなかった。目の前にあるのは好きで好きで堪らない男の性器だ。花京院の承太郎に対する想いは何一つ変わらない。 だからこそ悲しくて、身を裂かれるような痛みを感じているのに、欲しいと思う。 「ん、ぅ……」 他の男とは違う、承太郎の雄の香りが花の蜜のように花京院を誘う。そそりたつ性器の先端に濡れた音を立てながら口付けると、大きな手がひと房長い前髪を撫で付けるようにくしゃりと乱した。 その感触は、承太郎の部屋で過ごしたあの夜の記憶を彷彿とさせた。不器用な優しさと温もりが、無機質なカメラのレンズに納まるこの空間では、ただ冷たく義務的なものに感じられる。心臓がギリギリと締め付けられた。 花京院はその痛みから目を逸らすように、曲線を描きながら反り返る性器に舌を這わせる。今はなにも考えたくない。 前回の撮影で、強引に捩じ込まれたことはあっても、どう愛撫すればいいのかはわからなかった。だが花京院は懸命に太い男根を下から上へと舐めあげて、時おり逃げる性器に頬や鼻先を打たれながらも夢中で追いかけた。 大きく口を開き、先端を咥え込むと承太郎の匂いがいっぱいに広がる。堪らない気持ちになって、夢中でしゃぶった。 花京院を蹂躙した男たちは、この口をまるで女の性器のように扱った。喉の奥まで犯し、舌で擦りながら口をすぼめて吸い上げろと、卑下た笑い声と共に強要してきた。 思い出しながら、濡れた瞳で不安げに承太郎を見上げる。承太郎は眉間に深く皺を刻んでいたが、薄く開かれた唇から吐き出される息はどこか熱っぽい。 (感じてくれてるんだ……よかった……) きっと技術もへったくれもない。だけど口の中の性器は硬く張り詰め、先走りと自らの唾液とで溢れかえっていた。 顎を伝う液体がだらだらと床にシミを作り、淫らな水音を響かせる。 そうしている間にも、花京院の中に埋め込まれた異物は振動を続けていた。指で押さえられていた時に比べれば、もたらされるものは微々たるものになっている。だからこそもどかしく、無意識に腰が揺れた。 「美味そうにしゃぶるな。これがそんなに好きか?」 「んぅ、ん、ぅ」 「出すぞ。全部飲め」 こくん、と頷こうとした弾みで性器が口から外れそうになる。ハッとするより先に前髪を掴む手によって強く引き寄せられ、そのまま幾度か喉の奥に先端を叩きつけられた。 「ぉあ゛、が、ッ、あ゛ぁ」 気道を塞がれる感覚に、肩が強ばる。だけど舌を必死で擦り付け、涙を流しなら目を閉じた。やがてさらに奥へとぐっと押し込まれたと思った瞬間、最奥で一気に熱い迸りが弾ける。 「お゛、ぁ゛ッ――!!」 どくどくと、胃の中に直接注がれるような苦しさに目を見開く。眼球がまるでひっくり返ったかのように、視界が上向きになるのを感じた。目眩がして、景色が黒く点滅しながら染まっていく。 「ッ……」 花京院の喉奥に全てを注ぎ込んだ承太郎が、そこでようやく掴んだ前髪を引き剥がした。一気に空気を吸い込んだ弾みで、どろりとした精液が気管に入り込む。激しく咳き込みながら背中を丸めた花京院は、流し込まれたものを全て逆流させ、床に吐き出してしまった。 「うッ、ぇ、げほっ、げほッ、ふ、は、ッ!」 「出来の悪い生徒だな。わたしは飲めと言ったはずだが」 「ッ、ご、め……なさ……ッ、ごめ」 「もういい。おいで」 手錠ごと一纏めにして手首を掴まれ、引き上げられる。ベッドに片膝を乗り上げたところでさらに強く引かれ、シーツに背中を打ち付けた。 その衝撃にぐっと喉を詰まらせた花京院の両足が、大きく割られる。張り詰めて蜜を零す性器と、奥まった場所からコードを伸ばす滑稽な姿を見下ろされると、顔から火を噴きそうなほどの羞恥が、今更のように押し寄せた。 「やっ……」 拘束された両腕で顔を隠そうとする花京院にニヤリと笑って、承太郎は中から伸びるコードに触れるとリモコンを手繰り寄せる。ロータリー式のスイッチをスライドさせると、中の振動が一気に強まった。 「いッ!? ぅあ、ああぁッ!」 比較的微弱であったはずの振動が、さっきよりもずっと重々しい音を響かせながら腹の中で暴れ出す。内腿を震わせ、腰をよじる度にふと前立腺を掠めるものの、決して位置は定まらない。 「やだっ、アッ、ああぁ、あっ、とっ、て! これ、嫌だ、とってぇっ!」 「尻の穴がヒクヒクいってるな。放っておけば、またイクんじゃあないのか?」 「いや、だ! 嫌です! アッ、ぅあ、こんな、の、やだぁ……!!」 身を捩るほどに、それは一瞬だけいい場所を掠める。いつしか逃れようとしているのか、そこへ導こうとしているのか、自分でも分からなくなってきた。 身体は貪欲に快楽を貪ろうとしている。けれど花京院の心はまだそこに完全に追いつくことができないでいた。ただ、こんなものでまた一人果ててしまうのだけは、嫌だ。 辿り着く場所が同じなら、承太郎が欲しい。 「おねが、ぃ……せん、せぇの、欲し……先生ので、イキたい……!」 ひくひくとしゃくり上げながらの懇願に、承太郎は口元に浮かべた笑みを色濃いものにした。ふんと鼻で笑いながら、眼鏡を外すとシーツの上に放り投げる。度の入っていない薄いガラス越しに見るよりも、その瞳は鈍く深く、獰猛な光を宿していた。 「しょうがないメスガキだな。いいだろう。欲しいならくれてやる」 達して間もないはずの承太郎の性器は、すでにぐんと張り詰めて脈を浮き立たせている。片手は花京院の膝裏を押し上げつつ、どこからか取り出したコンドームを口元に運び、歯を立てて封を切ると中身を取り出し、器用に自身へと被せてしまう。 薄い膜のようなそれに隔てられることに、ほのかな落胆を覚えながら、喉を鳴らす花京院の両足が痛いほど割り開かされた。 承太郎は自身に手を添え、コードが伸びたままの濡れた蕾に先端をあてがう。 「ちょっ、と、待っ!? なか、取ってから……!」 「お気に入りだろ? そのまま咥えておけばいい」 「やッ、う、あぁ、あ――ッ!!」 容赦なく、承太郎の剛直が濡れた後孔を抉じ開けた。中はローションにまみれたローターで柔らかく解されていたが、狭い肉壁を奥へ奥へと押し進んでくる灼熱の凶器に、凄まじい衝撃と圧迫感が襲い来る。 花京院は悲鳴ともすすり泣きともつかない声で叫び、拘束された両手を宙に彷徨わせ身を捩った。承太郎の腕が両膝の裏をそれぞれ引っ掛けるようにしながら、そんな花京院の身体を深く折り曲げていく。腿が腹につくほど折られたところで、ズン、と承太郎が一気に体重をかけてきた。 「ひぐッ、ぁ……――ッ!!」 見開いた瞳から溢れた涙が、頬を滑り落ちる。心臓まで貫かれたのではないかと錯覚するほどの衝撃に、息ができない。 (なん、で……こんな、どうして……?) 火花が散るように点滅する視界で、花京院はかたかたと身を震わせながら緩く首を振る。 てっきり挿入前にローターは引き抜かれるものとばかり思っていた。それなのに、承太郎の屹立によってギリギリまで押し広げられている肉壺で、異物はなおも重く振動を続けている。 けれどストップはかからない。誰もが熱っぽく息を殺して見守っているだけだ。ショックと絶望に引き攣る花京院の表情を、ズームしたカメラが冷やかに映し出す。 (息ができない……苦しい、痛い……焼ける……!) 承太郎になら、どんな仕打ちを受けても構わないと思っていた。それは今も変わらない。だけど多分、どこかでは初めて出会ったあの日のように、優しく抱いてほしいという淡い期待も捨てきれないでいた。 そんなはずはないのに。花京院は承太郎を裏切ったのだから。ちっぽけな理由で、あの穏やかな朝の食卓で彼が見せた笑顔と優しさを、踏みにじった。 (嫌われたんだ……だから承太郎さんは怒ってる。演技だけど、演技じゃない。ぼくは、嫌われてしまった) だからきっと、これは本当の意味での罰なのだと。 「ぅ……ッ、く」 タガが外れたように、ぼろぼろと涙を零す。すると、震える花京院の耳元に、承太郎が唇を寄せた。 ――花京院。 吐息だけで、名前を呼ばれる。 ハッとして目を見開く花京院に、承太郎は『息を吐け』と言った。それは花京院だけがかろうじて聞きとれる程度の、ささやかな声だった。 そう言われて初めて、自分が息を吸い込むばかりだったことに気がつく。 声に従い、懸命に震える息を吐き出した。膨らみ切っていた肺から酸素を逃がしたことで、少しずつではあるが呼吸が楽になる。 石のように強張っていた肩から僅かに力を抜き、すん、とぐずるように鼻を鳴らした花京院に、承太郎は『いい子だ』と言った。 「ッ……!」 その瞬間。 承太郎の唇は何事もなかったかのように耳元から離れ、抽挿が開始された。最奥に達していた屹立が一気に引き抜かれたかと思うと、ずんと強く打ち込まれる。激しく振動を続けるローターが、その度に感じる場所を抉るように掠めた。 「あああぁぁッ!」 雷に打たれるような感覚が、花京院の内側で荒れ狂う。承太郎が腰を打ち付けてくる度に、肌と肌がぶつかる激しい音がして、舌を噛みそうになるくらい乱暴に揺さぶられる。 痛みも苦しみも、火傷しそうなほどの熱も、すべてが行き過ぎた快楽へと繋がっていく。頭が、どうにかなりそうだった。 それでも承太郎がくれた一言が、花京院の心と身体を溶かし切っている。 (褒めて、くれた……いい子だって、言ってくれた……!) 承太郎は知っているのだ。花京院を一瞬でどろどろに蕩かしてしまう魔法を。 あのまま酷く揺さぶって、痛めつけるのは簡単だったはずなのに。 溺れるような快感に、思考が白く染まる。承太郎の言葉だけを拠り所にして、感情を爆発させた。 「ひッ、あ、ぁ、すき、好きです、大好き……ッ!」 大丈夫。台本からは逸れていない。花京院が演じる高校生は、担任教師に密かに想いを寄せているという設定だった。同じだ。この台詞は、花京院自身の心からの声でもある。 「好き? こんな風に男に足を開いて掘られるのが、そんなに好きか?」 「ちが、ぅ、そうじゃ、なくて……ッ!」 (承太郎さんのことが) 「先生が、好き……ッ、ぁ、ずっと! こう、されたかっ、た!」 (初めて会ったときから、あなたのことが) 作り物でご都合的な、安っぽいシナリオを借りて。 何度も好きだと繰り返し告げた。 身体の中で、承太郎の熱がさらに膨らんだような気がした。このまま時が止まればいい。だけど花京院の身体は、もう限界をとうに超えている。 承太郎の両腕が膝裏から離れ、花京院の身体を強く抱き込んだ。拘束されて、輪のようになっている両腕を太い首に回せば、互いの鼓動が伝わるほどに身体が密着した。 「わたしも、好きだ」 ああ、本当にどこまでも安っぽいドラマだ。それでも嬉しいと感じた。気持ちのこもらない台詞でも、一時の幸福感が虚しさを覆い隠してしまう。 そして太い楔と小さな異物に内壁を痛いほど擦られながら、絶頂へと導かれた。 「あ、あ、あぁぁッ……あ、ひぁッ……――っ!!」 痛々しいほどの自身の悲鳴を遠くに聞きながら、意識が遠のいていく。 承太郎も腰を震わせ、その低い呻きに鼓膜が揺れた。 台本は、これで終わりのはずだ。けれど、花京院の耳は熱を帯びる承太郎の声を拾い上げる。 「おまえが欲しい」 (あ、れ……?) 「いいか、おれだけだ。おれだけのものに」 (そこまでの台詞なんて、あったかな) ぷつりと、そこで思考が途切れた。 * 「やっぱりそうだよなぁ……うん、間違いない」 ゆっくりと、滲むように浮上する意識に身を委ねる中、男の声が聞こえた。 僅かに眉を顰め、重たい瞼を抉じ開ける。 「あ、起きた?」 真っ先に目に飛び込んできたのは、狐のように細い目をした男の顔だ。見覚えがある気がして、誰だったろうかと鈍い思考で記憶を探る。 (ああそうだ、この人は確か) 青いキャップを後ろ向きにかぶった彼は、初めての撮影の日に妙な質問をしてきた男だったと思いだす。 たった今、目覚める間際に聞いた声も、おそらくこの男のものだ。 花京院が身を起こそうとするのを補助するために伸びて来た腕を、片手でやんわりと制して緩く首を振る。 目覚めたのはあの鉄格子の中のベッドだが、手首から手錠は消えて、身体の中からも異物が消えていた。 室内では数人のスタッフによって撤収作業が行われていて、監督とカメラマンの姿は見えなかった。 だが、そんなことはどうでもいい。花京院の瞳は承太郎の姿だけを探して彷徨う。けれどあの大柄な身体はどこにも見当たらない。 咄嗟に顔を上げて、ベッドサイドに佇む男を見上げた。 「承太郎さんは……?」 「空条さん? ああ、ついさっきシャワー浴びて帰って行ったよ」 「帰った……あの、ついさっきって、どのくらい前ですか!?」 「ほんの何分か前だけど」 きょとんとする男を尻目に、花京院は弾かれたようにベッドから抜け出した。じんと痺れるような鈍痛を身体の奥に感じて態勢を崩しかけながらも、床に投げ出されたままだった制服のズボンを取ると身に着け、革靴を履く。 「ちょ、おい君、どこに」 「すみません! すぐに戻りますから!」 自分の服に着替える時間すら勿体ない。花京院は引き裂かれたシャツと長ランの前を掴んで肌を隠し、部屋から飛び出した。 * 重たい身体に鞭を打つようにして、ホテルを飛び出すと白い光に目が眩んだ。 時間の感覚をすっかり失っていたが、今はまだ夕方より少し前の時間帯である。 どこか埃っぽさを漂わせるホテル街には、こんな時間でも若いカップルの姿がちらほらと行き交っていた。 衣装とはいえ、学生服でふらふらと歩くのはかなり目立ちそうだ。しかも合わせ目はこの有り様である。 それでも飛び出してきてしまったものは仕方ない。今はただ承太郎に会わなくてはという気持ちばかりが先立っていた。 会って、ちゃんと謝らなくては。それでどうなるとも思えないが、このままではどうしても気が済まなかった。 見回せば、似たようなこじんまりとしたホテルと看板が連なる他に、寂れた定食屋や百円パーキングが視界に飛び込んでくる。 細い道の先、定食屋の角に消えていこうとする黒いコートの背中を見つけて、 「承太郎さんッ!!」 咄嗟に声を張り上げると、走り出していた。 長身の肩が微かに揺れ、ふと足を止めるのが分かる。腰の怠さや、鈍い痛みに足を縺れさせながらも走り寄る花京院を振り返り、承太郎は少しだけ目を見開いたが、すぐに怪訝そうな顔を見せた。 「待って、承太郎さんッ」 「花京院、てめーその格好で追いかけてきたのか」 「だ、だって……承太郎さんが帰ってしまったと聞いて……」 承太郎の目の前で足を止めた花京院は、両手で前をしっかりと押さえながら息を整える。いざこうして向き合うと、足元から這い上がって来る居たたまれなさに、心臓をぐっと突き上げられるような息苦しさを感じた。 それでも承太郎は花京院にとって、生まれて初めて恋をした人だった。優しくしてくれた人だった。だからその気持ちを裏切ってしまった自分が情けなくて、恥ずかしくて、許せない。 「承太郎さん……ぼく」 「なぜ連絡しなかった?」 「え?」 「金がいるなら、なぜ最初におれを頼らなかった?」 出し抜けに放たれた言葉に、首を傾げる。 「……承太郎さん?」 眉間に深く皺を刻んだ承太郎の、瞳が細められた。 冷やかなエメラルドの奥深くに仄暗い炎を見たような気がして、ひやりとした感覚に息を詰まらせる花京院に、承太郎はさらに言う。 「それとも、ただ男が欲しかっただけか?」 何を言われているのか、咄嗟に飲み込むことができなかった。 承太郎を茫然と見つめ、少しずつその言葉を飲み込んでいく。理解が追い付いた途端、思わず頭に血がのぼるのを感じた。 「ち、違います! そんな理由で来たわけでは……!」 「だったらなんでてめーはここにいる?」 「そ、それは……」 切羽詰まった表情で狼狽するばかりの花京院を、承太郎は探るような鋭い視線で見つめる。とてもではないが、目を合わせられない。 金や男が欲しくて、こんな場所までのこのこやってきたわけではなかった。だけど、承太郎にはそう思われている。欲深い、卑しい人間なのだと。 無意識に、前を握りしめる両手が震えた。軋むほどに強く奥歯を噛み締める。耐えがたい屈辱だった。 「ぼくはただ、あなたに」 会いたかったのだと。あなたが他の誰かを抱くのが、どうしても嫌だったのだと。飛び出しかけた言葉を飲み込んだ。 言えるわけがない。こんなときにまで、臆病な自分が顔をだす。本当の気持ちを告げて、それを否定されてしまったら、きっと生きていけない。母がそうだったように、承太郎にまで、拒絶されてしまったら。 承太郎は俯いて唇を噛み締めるだけの花京院を、ただじっと真っ直ぐに見つめていた。その視線から逃れるために、目を閉じると顔を背ける。 微かな舌打ちが聞こえて、つい肩がビクリと跳ねてしまった。 「次は必ず連絡しろ。いいな」 吐き捨てるような言葉の後で、遠ざかる足音が聞こえる。 一人残された花京院は呆然としたまま、その場からしばらく動くことができなかった。 ←戻る ・ 次へ→
どんなときも、ふと手を止めて考えるのは承太郎のことだった。
今なにをしてるんだろうとか、今日はなにを食べたんだろうとか、なんでもないようなことに想像を巡らせては、胸をときめかせる。
その時間は花京院にとって幸せなものだった。
部屋に泊めてもらったあの翌朝、別れ際に承太郎は連絡先を教えてくれた。
いつでも連絡しろと言われて、夢でも見ているような気持ちになった。
だけど花京院にはその気がなかった。例え何があろうとも、連絡を入れるつもりはない。
なぜなら、花京院には二度と承太郎に会うつもりがないからだ。
だって関われば、いつか絶対に嫌われてしまう。
そう考えてしまうのは、自分が歪んでいる証拠だということは知っている。
だけどどうしても、人と関わることへ対しての否定的な感情が拭えない。
母は死んでしまったが、幼い頃の記憶は今も花京院の意識を縛りつけていた。
だから承太郎への気持ちは、そっと胸にしまっておくことにした。こうしてただ想い続けているだけで、十分だと思えたからだ。
それでもふとした瞬間、考えてしまうことがある。
こうして花京院が承太郎を想う間にも、彼は別の誰かと『仕事』をしているのかもしれないと。あの優しくて力強い腕に、抱かれている人間がいるのかもしれない、と。
そんなことを思うと、胸がもやもやとした黒い霧で覆われていくのを感じてしまう。どうしようもないことだと、頭では分かっているのだが。
そうして諦めと慕情を募らせる毎日を過ごしていたある日、花京院の携帯に一本の電話が入った。
*
よく脂の乗った太い指が、布越しに花京院の身体をまさぐっている。
「っ、ぅ……ぐ……」
両手でねっとりと脇腹や胸に触れられる感覚に、込み上げる吐き気を堪えた。
緑色をした、裾の長い学ランに身を包んだ花京院は、アルファベットのⅩを模した真っ赤な十字架に両手足を拘束されている。
逃れようと身を捩っても、四肢に固定された皮のベルトによってそれは叶わない。
「はぁ……制服の上からでもよく分かる、いい身体だね典明くん、おじさんがいっぱい可愛がってあげるからねぇ」
肥えた身体にベージュのくたびれたスーツを着た中年の男が、薄い唇から忙しない息を吐く。その不快感に、せいぜい顔を背けることでしか目に見える抵抗ができなかった。
ずんぐりとした手が股間に触れ、やわやわと揉まれて鳥肌がたつ。
「やめッ、触るな……!」
「そんな言い方していいのかな? お金が欲しくてホイホイついて来たのは君だろう?」
「ぅ、く……ッ!!」
股間を揉む手はそのままに、男のもう片方の手が花京院の顎を掴む。少しばかり身長が足りない男は背伸びをすると、顔を背けようとする花京院の頬にねっとりと舌を這わせた。
ぬるりとした生温い感触に、いよいよ胃の中のものをぶちまけそうになる。
すぐにでもこの拘束を引き千切って、ここから逃げ出したい。こんな男にこれ以上触られるなんて、冗談じゃないと思った。
生理的な嫌悪感が、二度目の撮影で何人もの男達に入れ代わり立ち代わり犯された記憶を手繰り寄せる。あの今にも消えてなくなりたいような絶望感が押し寄せてきて、花京院は手のひらに爪が食い込むほど強く両手を握り締めた。
だけど、これは花京院が自らの意志で決めたことだ。逃げ出すわけにはいかない。これはその代償だ。
数日前、普段はうんともすんとも言わない携帯に、着信があった。
応じると、電話の向こうから聞こえて来たのは、あの監督の声だった。
次の作品にどうしても出てほしいと言われ、もちろん一度は断った。
二度とあんな目に遭うのはごめんだったし、承太郎にもはっきりと『向いていない』と言われてしまったのだから。
けれどそんな花京院に、監督は相手の男優が誰であるかを告げて来た。
承太郎だった。
一瞬で心が揺らいだ。
それを見計らったかのように、まるで畳み掛けるようにして監督は残念そうに言ったのだ。
無理なら仕方ない。他の子を立てるよ、と。
その瞬間、花京院はほぼ衝動的に了承の旨を伝えていた。
もう会うことも、会うつもりもないと決めていたはずなのに。
だけどどうしても嫌だと感じた。承太郎が他の誰かを抱く光景を想像するだけで、心に真っ黒な雲が立ち込めて、頭がどうにかなりそうだった。
醜い嫉妬。分かっている。それでも、歯止めがきかなかった。
そして、今に至る。
「いやいや言ってるけどほら、典明くんのおちんちん、どんどん反応してるよ。こういうの、本当は好きなんだろ?」
男の声にきつく目と口を閉ざし、心の中で唾を吐く。
彼は台本上での台詞を言っているにすぎず、花京院の性器は当然なんの反応も示してはいなかった。
設定上、自分はこの男と援助交際をするためにラブホテルにやって来た、ということになっている。だがそのホテルが、普通のものではなかった。
黒光りする床に、洞窟風のでこぼことした壁で囲まれた広々とした空間には、花京院が拘束されている十字架の他に、分娩台のような形をした椅子や三角木馬などが置かれていて、それらが煌々とライトアップされている。
巨大な鉄格子の向こうにはダブルベッドが設置され、オープントイレまであって、まるで刑務所のようだった。
ここは『SMホテル』と呼ばれる、ラブホテルの一つである。
ラブホというものがどんな場所かは知っているつもりだったが、こういった趣味の世界に特化したホテルまであるというのは、知らなかった。
こんなことでもない限り、花京院には一生縁がない空間だ。
照明に照らされながらいいように身体中をまさぐられる姿を、幾つもの他人の視線と無機質なカメラが、息を殺して見守っている。
「さて、典明くんの可愛いおちんちん、見せてもらおうかな」
制服の上から存分に花京院の身体を堪能した男は、だらしなくニヤついた顔をしたまま膝をついた。長ランには触れず、ウエストに両手を這わせるとベルトを解いていく。かちゃかちゃという金属音に怖気がたち、花京院は幾度も「やめろ」と唸るような声をあげながら腰を捩った。
わかっている。この男の言うようにはならない。これは現実に起こっている出来事ではなく、ちゃんとした台本の上に成り立っている。
だからこの後の展開は、しっかりと頭に叩き込まれていた。だけど、どうしようもなく嫌だと感じる。
誰にも触れてほしくない。触れてほしいのは一人だけだ。あの人だけ。彼にならなにをされたっていい。何を捧げても構わないと。
こんな見知らぬ男によって、無様に身体を暴かれる前に。
(早く……早く来てくれ、承太郎さん……!)
「ここか! 花京院ッ!!」
その瞬間、勢いよく扉が開かれ、黒いスーツ姿に銀縁の眼鏡をかけた承太郎が、鬼の形相で現れた。
(承太郎さん……!!)
「ッ、先生……ッ!!」
「な、なんだ君は!? 先生って……どういうことだ!?」
弾かれたように立ち上がり、前に出て来た男に向かって、一瞬で距離を詰めた承太郎が拳を振り下ろす。男は「ヒエェ」と情けない悲鳴をあげ、面白いほど簡単に床に転がった。もちろん本当に殴ったわけではないはずだが、承太郎の演技があまりにも迫力あるものだったので、思わずヒヤリとしてしまった。
床に伏す男を茫然と眺める花京院に、承太郎が駆け寄って来て手足の拘束を解いてくれた。彼は花京院のクラスの担任という設定だ。
「大丈夫か、花京院!」
こうなると分かっていたはずなのに、花京院は心からの安堵に拘束が外れた途端、承太郎の首に両腕を回して抱き付いた。受け止めてくれる力強い腕の感触と温もりに、声をあげて泣いてしまいたくなる。
「先生……先生……ッ」
「もう大丈夫だ。安心しろ、花京院」
大きな手が花京院の髪を撫で、強く抱きしめてくれる。逞しい両腕と厚い胸板に包まれながら、花京院は心の中で幾度も「好きです」とその想いを告げた。
どうしてもあなたに、こうしてまた抱かれたかったのだと。
*
「ッ……!」
玩具の手錠に両手を拘束され、鉄格子の向こう側でダブルベッドに突き飛ばされるところから、メインイベントが始まる。
不自由な両手でどうにか体重を支え、半身を起こした花京院は、ベッド脇に佇む承太郎を恐る恐る見上げた。
「せん、せい……?」
承太郎はスーツのジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを緩めながら口元を不敵に歪めると、指先で眼鏡のずれを直して見せる。その仕草が妙に色っぽく目に映り、思わずうっとりとした息を漏らしてしまった。
「お仕置きの時間だ、花京院。あのままわたしが来なかったらどうなっていたのか……きっちり叩き込んであげよう」
「や、やめてください先生……もうしません……しませんから……」
「……黙れ」
「ッ!」
吐き捨てられた重低音と共に、承太郎の顔から笑みが消えた。これは演技であるはずなのに、花京院の背筋に冷たい汗が伝う。
承太郎から発される痛いほどヒリついたオーラが、室内の空気をピンと張りつめさせた。ここにいる全員がそれを感じているのか、誰もが顔を見合わせながら息を詰める。
けれど花京院の目には、もう他人の反応もカメラのレンズも映ってはいなかった。
(承太郎さん……もしかして本当に、怒っている……?)
思えば今日は顔を合わせたときから様子がおかしかった。
打ち合わせのときも目を合わせてくれなかったし、まるで花京院の存在など見えていないかのように、まともに挨拶すら交わしてくれなかった。
他人がいる場で、たかが一度だけ共演した相手と親しげに接することに抵抗があるのかもしれないと、あまり深くは考えないようにしていた。何より、花京院自身がそれどころではなかったという方が正しい。気持ちを自覚してから初めて身体を繋げるという事実に、初回よりも遥かに緊張が勝っていたからだ。まともに承太郎の顔すら見られず、ずっと台本を覚え込むことに専念していた。
だけどこうして明らかに怒りを露わにした冷たい視線に射抜かれて、花京院は初めて自分の愚かさに気づかされた。
承太郎は、もうやめろと言ったのだ。向いていないと。
優しい彼は、ボロボロになった花京院を見て胸を痛めてくれた。放っておいてくれればいいのに、わざわざ家に招き入れてまで。
(ぼくは……この人の優しさを踏みにじってしまったんじゃあないか……?)
氷水に浸したように、指先から身体が冷えていくのを感じる。
嫉妬という衝動が花京院から冷静な判断を奪っていたが、ここにきて後悔しても、もう遅い。
(嫌われた……嫌われてしまった……)
あれほど恐れていたことを、自らの手でこうして引き寄せてしまった。
承太郎が膝をついて乗り上げると、大きなベッドが微かに軋んだ。花京院は捕食される寸前の小動物のように身を震わせ、弱々しくシーツを掻き乱しながら距離を取ろうとする。けれど長い腕がそれを許さず、手錠ごと両手を一掴みにされて、ベッドに縫い付けられた。
至近距離に、冷たいエメラルドが揺れている。ぐっと、喉が詰まった。
あ、という小さな声が、肉厚な唇によって封じられてしまう。潜り込んできた舌は一瞬だけひやりとした感覚をもたらしたあと、すぐに信じられないほどの熱で花京院の口腔を蹂躙する。無意識に背けようとする顔を許さず、頬骨を痛いほど掴まれながら舌を絡めとられた。
「は、ぅ、んんッ……!」
鈍い水音を響かせながら痛いほど吸い上げられる舌に、ぞわりと肌が粟立つ。長い口付けは、未だ行為に慣れない花京院を戸惑わせた。呼吸のタイミングが分からないまま、飲み込めない唾液だけが口の端から溢れだす。
初めてのとき、承太郎のキスは蕩けそうなほど優しかった。だけど今は、違う。言葉ではなく、こうして態度で責められているようにしか、感じられない。
承太郎は花京院の口腔を貪りながら、制服の合わせ目に両手を這わせる。それぞれ両指を引っ掻けると、中のシャツごと一気に引き裂かれた。
弾け飛んだボタンが、無機質な床に音を立てながら散らばる。
「ッ――!?」
酸欠に朧がかっていた思考が、一気に覚醒した。同時に離れた唇が、今度は喉元に歯を立てる。
「ヒッ、ぁ、じょ、せんせ、痛い……ッ!!」
ビクン、と大きく身をしならせる花京院の背が、シーツから僅かに浮いた瞬間を見逃さず、承太郎が片腕を差し込んで腰を抱く。引き寄せられることで固定され、そのまま白い肌に歯型や痣を散らされた。
不快感はない。ただ怖かった。絶望感に打ちひしがれながらも、承太郎を求めてやまない、浅ましい自分の身体が。
散々吸い付かれ、舌で転がされた乳首に緩く歯を立てられただけで、達してしまいそうなほど強い快感の波が押し寄せる。女のように甲高い声を発した花京院に顔を上げると、承太郎は冷ややかに吐き捨てた。
「淫乱だな」
忌々しげに放たれた言葉が、どんな行為よりもずっと深く花京院の胸を抉る。
「誰でもいいのか、君は」
違う、と否定したくても、それは許されていなかった。
好きに喘いでもいいとは言われているが、シナリオを破綻させるような台詞は用意されていない。花京院は、ただ唇を噛み締めることしかできなかった。
承太郎は目を細め、鼻で笑うと半分ほど外れかかっていたベルトを抜き取り、下着ごと制服のズボンを剥ぎ取った。例え花京院がどんなに否定の言葉を口にしたとしても、承太郎によって火をつけられた身体は熱を持ち、性器は言い訳のしようがないほど反応を示している。
こんな状態で何を言ったところで、説得力などあるはずがない。じわりと視界が涙で滲んだ。
承太郎は晒された性器には触れず、花京院の二の腕を掴むと強引に身を起こさせ、四つん這いの姿勢を取らせる。大人しく従いながら、発情した猫のように尻を高く突きだして小刻みに震え、指先でシーツを握りしめた。
ローションで濡れた親指がぶつりと音を立てて挿し込まれた瞬間、大きく跳ねる尻たぶの片方に手の平が打ち付けられる。
「あッ、や……ッ!」
太い親指で入口をじくじくと解されながら、小気味よい音を奏でて幾度か尻をぶたれた。じんとした痛みが皮膚へと熱い余韻を残し、冷めやらぬうちにまた打たれる。その度に身体がビクンと跳ねあがるのを抑えられない。
「ヒッ!? ぃ、やだ、アッ、うぁッ!」
「嫌? 気持ちよさそうに腰を振っているようにしか見えないが。これじゃあ罰にならないな」
実際、花京院の性器は腹につくほど反り返っていた。
先走りすら零し、はしたなく震えている。白い肌に手の平の痕が残るほどぶたれたというのに、身体はどうしようもないところまで高められていた。
承太郎が何を思っているのか。それを考えるのが嫌で、思い知らされるのが嫌で、快楽に逃げようとしているのだろうか。失意に飲まれる心を守る唯一の手段が、もうそれしか残されていないのは確かだった。
尻の肉を掴みながらぐるりと中を擦り上げていた親指が、一気に引き抜かれる。ほっと湿った息を漏らしたのも束の間、今度はつるりとした感触がひくつく襞に押し付けられた。
「な、に……?」
思わず首を捻って背後を振り返るけれど、それが容赦なくずるんと内部に潜り込んでくる感触に背筋が大きく震えた。
声にならない悲鳴を漏らしながら、花京院は振り向くことを諦め、下から身体の中心を恐る恐る覗き込む。両足の間から、ピンク色をした細いコードが伸びているのを視界に捉え、目を見開いた。
「なに、これ……なにを」
痛みはないが、小さな異物感にさらなる不安が煽られる。
「どうせ初めてではないんだろう? こんな趣味の悪い部屋に、男としけこむような淫売だからな」
「や、だ……ちが……」
弱々しく首を振る花京院に、承太郎は冷たく鼻を鳴らした。そして、コードの先端にあるリモコンを指先で操作する。
その瞬間、どこか安っぽいモーター音が腹の奥から響き渡った。
「ッ……――!?」
身体の中で、異物が小刻みに振動しはじめる。初めて味わう感覚に腰を捩りながら、花京院は拘束された両手で必死にシーツを掻き乱した。
「や、やだ、ッ、これ……気持ち悪い……っ!!」
モーター音が奥底からじんじんと響き、身体の芯が言葉にできない熱をもちはじめる。快感とも不快感ともつかない妙な感覚に、ただ不安と恐怖ばかりが増していく。
もぞもぞと尻を振る姿がどれほど滑稽であったとしても、構っている余裕すら奪われている。
「とって、くださッ、ぁう、ん、嫌です……これ、変だ……!」
「なかなかよさそうに見えるが。じゃあ、これならどうかな?」
「ッ!?」
承太郎の指が異物をすっぽりと銜え込んでいる穴に入り込んできた。振動する異物を引っ掻くような動きで器用に探り当て、ある一点にぐっと押し付ける。その瞬間、目の前に火花が散った。
「ィ、ッ――!?」
どっちつかずだった刺激が、前立腺への直接的な刺激へと変わる。けれど花京院の脳はそれを快楽として処理することさえままならない。まだ男を知って間もない身体に、この刺激はあまりにも強すぎた。
じわじわと導かれるはずの過程をすっ飛ばし、一瞬で襲い来る射精感に全身が総毛立つ。まだ一度も触れられていないはずの性器から、凄まじい勢いで精液が噴き出した。
「――……ッ!!」
口は大きく開いているのに、声は出なかった。
ただ腰だけは異様に跳ね上がり、尾を引く絶頂に全身が激しく痙攣する。
「凄いな。後ろだけでイッたのか」
どこか嘲笑うように言いながら承太郎の指が引き抜かれると、ローターが前立腺から離れた。だが達したばかりで剥き出しの神経は、内部の闇雲な振動さえも快感として花京院の身を苛む。
「うぁ、ンッ、ぁ、や……も、やだ、ぁ……」
焦点の合わない、濁った瞳をあてどなく彷徨わせながら、花京院はぐったりとシーツの波間に身を沈める。頭の中が白く染まり、何が起こっているのかが分からなかった。断続的な痙攣がとまらない。
承太郎はそんな反応など意に介さず、花京院の腕を掴むとベッドから引きずり落とした。自分は縁に腰かけ、前を寛げて中から勃起した性器を取り出す。
目の前に突きつけられた太く逞しい男根に、意識を手繰り寄せた花京院は息をのんだ。
「どうすればいいか分かるだろう?」
冷酷な瞳に見下ろされ、花京院はすでに汗や涙で濡れた顔をくしゃりと歪める。
カメラを構えた男がぐっと近づいて来て、これが撮影であることをようやく思い出した。全て彼に命じられるまま、人形のように従わなければ終われないのだ。
花京院に拒否権はない。同時に、拒む意志すらなかった。目の前にあるのは好きで好きで堪らない男の性器だ。花京院の承太郎に対する想いは何一つ変わらない。
だからこそ悲しくて、身を裂かれるような痛みを感じているのに、欲しいと思う。
「ん、ぅ……」
他の男とは違う、承太郎の雄の香りが花の蜜のように花京院を誘う。そそりたつ性器の先端に濡れた音を立てながら口付けると、大きな手がひと房長い前髪を撫で付けるようにくしゃりと乱した。
その感触は、承太郎の部屋で過ごしたあの夜の記憶を彷彿とさせた。不器用な優しさと温もりが、無機質なカメラのレンズに納まるこの空間では、ただ冷たく義務的なものに感じられる。心臓がギリギリと締め付けられた。
花京院はその痛みから目を逸らすように、曲線を描きながら反り返る性器に舌を這わせる。今はなにも考えたくない。
前回の撮影で、強引に捩じ込まれたことはあっても、どう愛撫すればいいのかはわからなかった。だが花京院は懸命に太い男根を下から上へと舐めあげて、時おり逃げる性器に頬や鼻先を打たれながらも夢中で追いかけた。
大きく口を開き、先端を咥え込むと承太郎の匂いがいっぱいに広がる。堪らない気持ちになって、夢中でしゃぶった。
花京院を蹂躙した男たちは、この口をまるで女の性器のように扱った。喉の奥まで犯し、舌で擦りながら口をすぼめて吸い上げろと、卑下た笑い声と共に強要してきた。
思い出しながら、濡れた瞳で不安げに承太郎を見上げる。承太郎は眉間に深く皺を刻んでいたが、薄く開かれた唇から吐き出される息はどこか熱っぽい。
(感じてくれてるんだ……よかった……)
きっと技術もへったくれもない。だけど口の中の性器は硬く張り詰め、先走りと自らの唾液とで溢れかえっていた。
顎を伝う液体がだらだらと床にシミを作り、淫らな水音を響かせる。
そうしている間にも、花京院の中に埋め込まれた異物は振動を続けていた。指で押さえられていた時に比べれば、もたらされるものは微々たるものになっている。だからこそもどかしく、無意識に腰が揺れた。
「美味そうにしゃぶるな。これがそんなに好きか?」
「んぅ、ん、ぅ」
「出すぞ。全部飲め」
こくん、と頷こうとした弾みで性器が口から外れそうになる。ハッとするより先に前髪を掴む手によって強く引き寄せられ、そのまま幾度か喉の奥に先端を叩きつけられた。
「ぉあ゛、が、ッ、あ゛ぁ」
気道を塞がれる感覚に、肩が強ばる。だけど舌を必死で擦り付け、涙を流しなら目を閉じた。やがてさらに奥へとぐっと押し込まれたと思った瞬間、最奥で一気に熱い迸りが弾ける。
「お゛、ぁ゛ッ――!!」
どくどくと、胃の中に直接注がれるような苦しさに目を見開く。眼球がまるでひっくり返ったかのように、視界が上向きになるのを感じた。目眩がして、景色が黒く点滅しながら染まっていく。
「ッ……」
花京院の喉奥に全てを注ぎ込んだ承太郎が、そこでようやく掴んだ前髪を引き剥がした。一気に空気を吸い込んだ弾みで、どろりとした精液が気管に入り込む。激しく咳き込みながら背中を丸めた花京院は、流し込まれたものを全て逆流させ、床に吐き出してしまった。
「うッ、ぇ、げほっ、げほッ、ふ、は、ッ!」
「出来の悪い生徒だな。わたしは飲めと言ったはずだが」
「ッ、ご、め……なさ……ッ、ごめ」
「もういい。おいで」
手錠ごと一纏めにして手首を掴まれ、引き上げられる。ベッドに片膝を乗り上げたところでさらに強く引かれ、シーツに背中を打ち付けた。
その衝撃にぐっと喉を詰まらせた花京院の両足が、大きく割られる。張り詰めて蜜を零す性器と、奥まった場所からコードを伸ばす滑稽な姿を見下ろされると、顔から火を噴きそうなほどの羞恥が、今更のように押し寄せた。
「やっ……」
拘束された両腕で顔を隠そうとする花京院にニヤリと笑って、承太郎は中から伸びるコードに触れるとリモコンを手繰り寄せる。ロータリー式のスイッチをスライドさせると、中の振動が一気に強まった。
「いッ!? ぅあ、ああぁッ!」
比較的微弱であったはずの振動が、さっきよりもずっと重々しい音を響かせながら腹の中で暴れ出す。内腿を震わせ、腰をよじる度にふと前立腺を掠めるものの、決して位置は定まらない。
「やだっ、アッ、ああぁ、あっ、とっ、て! これ、嫌だ、とってぇっ!」
「尻の穴がヒクヒクいってるな。放っておけば、またイクんじゃあないのか?」
「いや、だ! 嫌です! アッ、ぅあ、こんな、の、やだぁ……!!」
身を捩るほどに、それは一瞬だけいい場所を掠める。いつしか逃れようとしているのか、そこへ導こうとしているのか、自分でも分からなくなってきた。
身体は貪欲に快楽を貪ろうとしている。けれど花京院の心はまだそこに完全に追いつくことができないでいた。ただ、こんなものでまた一人果ててしまうのだけは、嫌だ。
辿り着く場所が同じなら、承太郎が欲しい。
「おねが、ぃ……せん、せぇの、欲し……先生ので、イキたい……!」
ひくひくとしゃくり上げながらの懇願に、承太郎は口元に浮かべた笑みを色濃いものにした。ふんと鼻で笑いながら、眼鏡を外すとシーツの上に放り投げる。度の入っていない薄いガラス越しに見るよりも、その瞳は鈍く深く、獰猛な光を宿していた。
「しょうがないメスガキだな。いいだろう。欲しいならくれてやる」
達して間もないはずの承太郎の性器は、すでにぐんと張り詰めて脈を浮き立たせている。片手は花京院の膝裏を押し上げつつ、どこからか取り出したコンドームを口元に運び、歯を立てて封を切ると中身を取り出し、器用に自身へと被せてしまう。
薄い膜のようなそれに隔てられることに、ほのかな落胆を覚えながら、喉を鳴らす花京院の両足が痛いほど割り開かされた。
承太郎は自身に手を添え、コードが伸びたままの濡れた蕾に先端をあてがう。
「ちょっ、と、待っ!? なか、取ってから……!」
「お気に入りだろ? そのまま咥えておけばいい」
「やッ、う、あぁ、あ――ッ!!」
容赦なく、承太郎の剛直が濡れた後孔を抉じ開けた。中はローションにまみれたローターで柔らかく解されていたが、狭い肉壁を奥へ奥へと押し進んでくる灼熱の凶器に、凄まじい衝撃と圧迫感が襲い来る。
花京院は悲鳴ともすすり泣きともつかない声で叫び、拘束された両手を宙に彷徨わせ身を捩った。承太郎の腕が両膝の裏をそれぞれ引っ掛けるようにしながら、そんな花京院の身体を深く折り曲げていく。腿が腹につくほど折られたところで、ズン、と承太郎が一気に体重をかけてきた。
「ひぐッ、ぁ……――ッ!!」
見開いた瞳から溢れた涙が、頬を滑り落ちる。心臓まで貫かれたのではないかと錯覚するほどの衝撃に、息ができない。
(なん、で……こんな、どうして……?)
火花が散るように点滅する視界で、花京院はかたかたと身を震わせながら緩く首を振る。
てっきり挿入前にローターは引き抜かれるものとばかり思っていた。それなのに、承太郎の屹立によってギリギリまで押し広げられている肉壺で、異物はなおも重く振動を続けている。
けれどストップはかからない。誰もが熱っぽく息を殺して見守っているだけだ。ショックと絶望に引き攣る花京院の表情を、ズームしたカメラが冷やかに映し出す。
(息ができない……苦しい、痛い……焼ける……!)
承太郎になら、どんな仕打ちを受けても構わないと思っていた。それは今も変わらない。だけど多分、どこかでは初めて出会ったあの日のように、優しく抱いてほしいという淡い期待も捨てきれないでいた。
そんなはずはないのに。花京院は承太郎を裏切ったのだから。ちっぽけな理由で、あの穏やかな朝の食卓で彼が見せた笑顔と優しさを、踏みにじった。
(嫌われたんだ……だから承太郎さんは怒ってる。演技だけど、演技じゃない。ぼくは、嫌われてしまった)
だからきっと、これは本当の意味での罰なのだと。
「ぅ……ッ、く」
タガが外れたように、ぼろぼろと涙を零す。すると、震える花京院の耳元に、承太郎が唇を寄せた。
――花京院。
吐息だけで、名前を呼ばれる。
ハッとして目を見開く花京院に、承太郎は『息を吐け』と言った。それは花京院だけがかろうじて聞きとれる程度の、ささやかな声だった。
そう言われて初めて、自分が息を吸い込むばかりだったことに気がつく。
声に従い、懸命に震える息を吐き出した。膨らみ切っていた肺から酸素を逃がしたことで、少しずつではあるが呼吸が楽になる。
石のように強張っていた肩から僅かに力を抜き、すん、とぐずるように鼻を鳴らした花京院に、承太郎は『いい子だ』と言った。
「ッ……!」
その瞬間。
承太郎の唇は何事もなかったかのように耳元から離れ、抽挿が開始された。最奥に達していた屹立が一気に引き抜かれたかと思うと、ずんと強く打ち込まれる。激しく振動を続けるローターが、その度に感じる場所を抉るように掠めた。
「あああぁぁッ!」
雷に打たれるような感覚が、花京院の内側で荒れ狂う。承太郎が腰を打ち付けてくる度に、肌と肌がぶつかる激しい音がして、舌を噛みそうになるくらい乱暴に揺さぶられる。
痛みも苦しみも、火傷しそうなほどの熱も、すべてが行き過ぎた快楽へと繋がっていく。頭が、どうにかなりそうだった。
それでも承太郎がくれた一言が、花京院の心と身体を溶かし切っている。
(褒めて、くれた……いい子だって、言ってくれた……!)
承太郎は知っているのだ。花京院を一瞬でどろどろに蕩かしてしまう魔法を。
あのまま酷く揺さぶって、痛めつけるのは簡単だったはずなのに。
溺れるような快感に、思考が白く染まる。承太郎の言葉だけを拠り所にして、感情を爆発させた。
「ひッ、あ、ぁ、すき、好きです、大好き……ッ!」
大丈夫。台本からは逸れていない。花京院が演じる高校生は、担任教師に密かに想いを寄せているという設定だった。同じだ。この台詞は、花京院自身の心からの声でもある。
「好き? こんな風に男に足を開いて掘られるのが、そんなに好きか?」
「ちが、ぅ、そうじゃ、なくて……ッ!」
(承太郎さんのことが)
「先生が、好き……ッ、ぁ、ずっと! こう、されたかっ、た!」
(初めて会ったときから、あなたのことが)
作り物でご都合的な、安っぽいシナリオを借りて。
何度も好きだと繰り返し告げた。
身体の中で、承太郎の熱がさらに膨らんだような気がした。このまま時が止まればいい。だけど花京院の身体は、もう限界をとうに超えている。
承太郎の両腕が膝裏から離れ、花京院の身体を強く抱き込んだ。拘束されて、輪のようになっている両腕を太い首に回せば、互いの鼓動が伝わるほどに身体が密着した。
「わたしも、好きだ」
ああ、本当にどこまでも安っぽいドラマだ。それでも嬉しいと感じた。気持ちのこもらない台詞でも、一時の幸福感が虚しさを覆い隠してしまう。
そして太い楔と小さな異物に内壁を痛いほど擦られながら、絶頂へと導かれた。
「あ、あ、あぁぁッ……あ、ひぁッ……――っ!!」
痛々しいほどの自身の悲鳴を遠くに聞きながら、意識が遠のいていく。
承太郎も腰を震わせ、その低い呻きに鼓膜が揺れた。
台本は、これで終わりのはずだ。けれど、花京院の耳は熱を帯びる承太郎の声を拾い上げる。
「おまえが欲しい」
(あ、れ……?)
「いいか、おれだけだ。おれだけのものに」
(そこまでの台詞なんて、あったかな)
ぷつりと、そこで思考が途切れた。
*
「やっぱりそうだよなぁ……うん、間違いない」
ゆっくりと、滲むように浮上する意識に身を委ねる中、男の声が聞こえた。
僅かに眉を顰め、重たい瞼を抉じ開ける。
「あ、起きた?」
真っ先に目に飛び込んできたのは、狐のように細い目をした男の顔だ。見覚えがある気がして、誰だったろうかと鈍い思考で記憶を探る。
(ああそうだ、この人は確か)
青いキャップを後ろ向きにかぶった彼は、初めての撮影の日に妙な質問をしてきた男だったと思いだす。
たった今、目覚める間際に聞いた声も、おそらくこの男のものだ。
花京院が身を起こそうとするのを補助するために伸びて来た腕を、片手でやんわりと制して緩く首を振る。
目覚めたのはあの鉄格子の中のベッドだが、手首から手錠は消えて、身体の中からも異物が消えていた。
室内では数人のスタッフによって撤収作業が行われていて、監督とカメラマンの姿は見えなかった。
だが、そんなことはどうでもいい。花京院の瞳は承太郎の姿だけを探して彷徨う。けれどあの大柄な身体はどこにも見当たらない。
咄嗟に顔を上げて、ベッドサイドに佇む男を見上げた。
「承太郎さんは……?」
「空条さん? ああ、ついさっきシャワー浴びて帰って行ったよ」
「帰った……あの、ついさっきって、どのくらい前ですか!?」
「ほんの何分か前だけど」
きょとんとする男を尻目に、花京院は弾かれたようにベッドから抜け出した。じんと痺れるような鈍痛を身体の奥に感じて態勢を崩しかけながらも、床に投げ出されたままだった制服のズボンを取ると身に着け、革靴を履く。
「ちょ、おい君、どこに」
「すみません! すぐに戻りますから!」
自分の服に着替える時間すら勿体ない。花京院は引き裂かれたシャツと長ランの前を掴んで肌を隠し、部屋から飛び出した。
*
重たい身体に鞭を打つようにして、ホテルを飛び出すと白い光に目が眩んだ。
時間の感覚をすっかり失っていたが、今はまだ夕方より少し前の時間帯である。
どこか埃っぽさを漂わせるホテル街には、こんな時間でも若いカップルの姿がちらほらと行き交っていた。
衣装とはいえ、学生服でふらふらと歩くのはかなり目立ちそうだ。しかも合わせ目はこの有り様である。
それでも飛び出してきてしまったものは仕方ない。今はただ承太郎に会わなくてはという気持ちばかりが先立っていた。
会って、ちゃんと謝らなくては。それでどうなるとも思えないが、このままではどうしても気が済まなかった。
見回せば、似たようなこじんまりとしたホテルと看板が連なる他に、寂れた定食屋や百円パーキングが視界に飛び込んでくる。
細い道の先、定食屋の角に消えていこうとする黒いコートの背中を見つけて、
「承太郎さんッ!!」
咄嗟に声を張り上げると、走り出していた。
長身の肩が微かに揺れ、ふと足を止めるのが分かる。腰の怠さや、鈍い痛みに足を縺れさせながらも走り寄る花京院を振り返り、承太郎は少しだけ目を見開いたが、すぐに怪訝そうな顔を見せた。
「待って、承太郎さんッ」
「花京院、てめーその格好で追いかけてきたのか」
「だ、だって……承太郎さんが帰ってしまったと聞いて……」
承太郎の目の前で足を止めた花京院は、両手で前をしっかりと押さえながら息を整える。いざこうして向き合うと、足元から這い上がって来る居たたまれなさに、心臓をぐっと突き上げられるような息苦しさを感じた。
それでも承太郎は花京院にとって、生まれて初めて恋をした人だった。優しくしてくれた人だった。だからその気持ちを裏切ってしまった自分が情けなくて、恥ずかしくて、許せない。
「承太郎さん……ぼく」
「なぜ連絡しなかった?」
「え?」
「金がいるなら、なぜ最初におれを頼らなかった?」
出し抜けに放たれた言葉に、首を傾げる。
「……承太郎さん?」
眉間に深く皺を刻んだ承太郎の、瞳が細められた。
冷やかなエメラルドの奥深くに仄暗い炎を見たような気がして、ひやりとした感覚に息を詰まらせる花京院に、承太郎はさらに言う。
「それとも、ただ男が欲しかっただけか?」
何を言われているのか、咄嗟に飲み込むことができなかった。
承太郎を茫然と見つめ、少しずつその言葉を飲み込んでいく。理解が追い付いた途端、思わず頭に血がのぼるのを感じた。
「ち、違います! そんな理由で来たわけでは……!」
「だったらなんでてめーはここにいる?」
「そ、それは……」
切羽詰まった表情で狼狽するばかりの花京院を、承太郎は探るような鋭い視線で見つめる。とてもではないが、目を合わせられない。
金や男が欲しくて、こんな場所までのこのこやってきたわけではなかった。だけど、承太郎にはそう思われている。欲深い、卑しい人間なのだと。
無意識に、前を握りしめる両手が震えた。軋むほどに強く奥歯を噛み締める。耐えがたい屈辱だった。
「ぼくはただ、あなたに」
会いたかったのだと。あなたが他の誰かを抱くのが、どうしても嫌だったのだと。飛び出しかけた言葉を飲み込んだ。
言えるわけがない。こんなときにまで、臆病な自分が顔をだす。本当の気持ちを告げて、それを否定されてしまったら、きっと生きていけない。母がそうだったように、承太郎にまで、拒絶されてしまったら。
承太郎は俯いて唇を噛み締めるだけの花京院を、ただじっと真っ直ぐに見つめていた。その視線から逃れるために、目を閉じると顔を背ける。
微かな舌打ちが聞こえて、つい肩がビクリと跳ねてしまった。
「次は必ず連絡しろ。いいな」
吐き捨てるような言葉の後で、遠ざかる足音が聞こえる。
一人残された花京院は呆然としたまま、その場からしばらく動くことができなかった。
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