2025/09/18 Thu 「オメーなァ……なんなんだよ一体……」 ピンク色の派手な髪をかき上げながら、友人の左右田が屋台のカウンターに肘を預けている。 じっとりとした視線から逃げるように、日向はひたすらラーメンをすすることに集中していた。 3月とはいえ夜の風は冷たい。合コン帰りの若い男が二人、どこか昭和臭い雰囲気の漂う屋台でラーメンなんて、結果の侘しさを噛み締めるには十分なシチュエーションだった。 「ヤル気満々で頼み込んできたくせによォ。連絡先の一つもゲットできねーってのはどうかと思うぜ」 「……お前には言われたくないよ」 「うっせー! オレはなんつーか、今日は調子が出なかったっつーか」 今度は日向が左右田にジト目を向ける番だった。 「つーかよォ、オレのことはいいんだよ。オメーだよ。何人かは脈ありだったじゃねーか」 「そうか?」 「なんっかムカつくな、その態度」 ギザギザの歯を剥きだして睨み付けられても困る。 日向だってこんな寂れた屋台で、左右田とラーメンを食う結果に終わるとは思ってもみなかった。 この男に連絡を入れた段階では、本気で彼女を作るつもりで意気込んでいたのだから。 だけど、結局は駄目だった。 「綺麗な子ばっかりだったな……」 日向が遠い目をしながら呟くと、なぜか左右田は「だろ? だろ?」と自慢げに歯を見せて笑う。 それに愛想笑いを返しながら、日向は同じ男同士でどうしてこうも温度差があるのか、不思議でならなかった。 居酒屋の個室で開かれた合コンには、日向と左右田を含めた男子が4人、女子4人が集まっていた。どの子も明るくて社交的で、あんな場にわざわざ参加しなくたって、彼氏の一人や二人は普通にいそうな女子ばかりだったと思う。 酒も料理も美味かったし、それなりに楽しめた。だけど、なんだかんだでただの飲み会という雰囲気で終わってしまった。 女子慣れしていない、というのもあるけれど。いざとなるとみんな同じ顔に見えた。整ったメイクと女性らしい可愛い服装やアクセサリー、そして甘い香り。それらはただそわそわと落ち着かない気持ちにさせられるだけで、どこか決定打に欠けた。 自分のレベルなんてたかが知れている。だから選り好みなんて贅沢な真似をするつもりなんてなかった。仮に左右田が言うように、自分に好感を持ってくれた女子がいたのだとしても、きっと日向には踏み出す意志がなかったのだと思う。 「なァ、オメーもしかして、他に好きな子いたりすんじゃねーの?」 左右田の問いかけに、なぜか心臓が大きく跳ねた。 どうしてか真っ先に頭に浮かんだ顔を、必死でどこか遠くへ押しやろうとするのに、頭の中でうまく収拾がつかなくなっている。 「ば、バカ言うな。そんなわけないだろ」 「そーかァ? なんつーか、誰にも興味ねーって顔してたぞ?」 「……お前って、結構よく見てるんだな」 「そりゃオメー、幹事だからな。全体をしっかり見てねーとな」 「左右田って実は真面目だよな。見た目が派手な割に」 「悪かったな! 中身は地味でよ!」 「褒めてるんだって」 ぜんぜん嬉しくねー、と言ってそっぽを向いてしまった友人に、つい声を上げて笑ってしまう。 本当は笑っていられる余裕なんかないはずなのに。 * その後、また誘うからな、と言って軽く手を上げる左右田と駅で別れた。 日向はなんとなく真っ直ぐに家に帰る気になれず、あえて自宅方面へと向かう電車の最終を逃した。 別に歩いたって家までは大した距離ではない。 明日はバイトも休みだし、のんびり徒歩で帰ることにした。 狛枝と例のことがあって、まだ数日しか経っていなかった。 あれ以来、彼がアパートを訪れることはないし、もちろん連絡もない。 サンダルは、玄関に残されていた。狛枝は裸足でアパートを出て行ったらしい。 彼を傷つけたこと、追いかけなかったこと。なにもかもが後悔しても遅かった。 全て悪い夢だったのだと、そう片付けてしまいたくて左右田に連絡を入れた。自分はホモじゃないし、あまりにも童貞をこじらせすぎて、欲求不満が限界に達してしまったのだと。だから近くに異性を感じれば、すぐに元の正常な自分を取り戻すことが出来ると思った。 なのにこの有様だ。 結局なにをしていても、どこで誰といても、狛枝のことが頭から離れない。 それどころか、あの女性たちの愛らしい仕草や言動がどこか作り物のように見えて、ちっとも胸に響かなかった。 日向は、狛枝を背負って歩いた夜道を思い出していた。 彼の柔らかな髪に頬をくすぐられると、なぜか胸の奥までこそばゆく感じた。 褒めて、と我儘を言うのがなんだか憎めなくて、可愛いとすら思った。 ふと、あの性的な衝動は、本当に欲求不満だけが原因だったのだろうかと、疑問が浮かぶ。狛枝にすら欲情してしまったはずの自分が、なぜ何の成果も上げられないままに、一人で夜道を歩いているのだろうかと。 何かに気づきかけて、だけど遮るように日向は足を止めていた。知らぬ間に結構な距離を歩いていたようで、自宅近くのコンビニが目の前にあった。そしてその隣には、狛枝と初めて会ったコインランドリーがある。 真夜中ではあるが、ここからでも洗濯機が回っているのがうっすらと見えた。 日向はほとんど無意識にそちらへ足を向けていた。コンビニの駐車場を突っ切り、同じ敷地内のランドリーを覗き込むと、そこには誰もいなかった。 「……だよな」 狛枝とここで遭遇したのは、初対面の一回きりだ。 日向は毎週のようにここを利用しているから、機会があればまた会うこともあるかもしれないと思っていた。だが、実際は狛枝から食事の誘いが来るまでは、一度も顔を合わせなかった。 それが今日に限って偶然パッタリ会うなんて、そんな虫のいい話はないだろう。 (会ったところで、どんな顔すりゃいいんだよ) 思えば身勝手すぎる話ではないか。 勝手にサカって、勝手に意識して、強引に押し倒して、帰れと怒鳴った。 狛枝にとって日向は初めてできた『友達』であり、親切な『恩人』という存在だったはずだ。 そんな相手に裏切られて、今ごろどんな思いでいるのだろう。 日向は目を閉じて、力なく首を左右に振った。そしてなんとなく、ランドリーの扉を開けて中に入り込んだ。壁際の長椅子に座って、視界の先で回る洗濯槽をぼんやりと眺める。 確か、あの大晦日の夜もここに狛枝と並んで座った。聞いてもいないのに名乗った彼は、頼んでもいないのに寒空の下で日向が出てくるのを待っていた。 おかしなヤツだとは思ったけれど、なんとなく、放っておけなくて。 「なにしてんだろうな、俺……」 無人の空間に、乾いた声が虚しく反響して消えた。 狛枝は本当にツイてないヤツだ。信じて懐いた男に傷つけられて、結局、友達すら作れなかった。 当の日向は謝罪すらしないままに、こんな場所で一人腐っている。 (そういえばあいつ、あの時なんて言おうとしてたのかな) 『別にボクは裸足で帰っても構わないんだけど……その、なんていうか』 どうしてあんなに赤い顔をして、言いにくそうにしていたんだろう。 あの言葉の先が、なぜか今になって猛烈に聞きたくなった。本当にどこまでも身勝手で、都合のいい話だと思う。だけど、無性に。 「……会いたいな」 蛍光灯の白すぎる光が眩しくて、日向はそっと目を閉じる。 それはほとんど無意識に零れた、心からの声だった。 * ――日向クン。 名前を呼ばれるのと同時に、軽く肩を叩かれる。 ――ねぇ、日向クンってば。 酷く困った様子で、今度はゆさゆさと揺さぶられた。 「……なんだよ」 沈み込んでいた意識を浮上させた日向は、いつの間に眠ってしまったのだろうかと考えながら目を擦った。 相変わらず室内の蛍光灯はやたらと白くて、瞼が痛い。 スッキリしない頭で何度か強く瞬きをしてから、ふと顔を上げる。そして、思わずぐっと喉を詰まらせた。 「こんなところで寝てたら風邪ひいちゃうよ」 「こ、狛枝……?」 どうして彼がここに。 いつものコートを着て、いつもの笑顔を浮かべて。佇む彼は、しっかり靴を履いていた。 「あ、これ? ちゃんと交番に届けられてたんだ。ダメ元で行ってみて正解だったよ。結構気に入ってたからさ」 「そう、か……よかったな」 「うん」 狛枝は何事もなかったかのように日向の隣に腰かけて、身を乗り出すようにしながら顔を覗き込んできた。 「日向クンもお洗濯?」 「いや、俺は……」 お前がいるんじゃないかと思って、なんて言えるわけがなかった。実際、どんな顔をすればいいのか未だに分からなくて、つい目を逸らしてしまう。 「なんだかよく分からないけど、大晦日ぶりだね、ここで会うのは」 「……だな」 「日向クンはよくここを利用してるんだね」 「まぁな……お前もそうなんだろ?」 問えば、彼は困ったように首を傾げて「あは」と笑った。 「大晦日以来ボクは来てないよ。あの日は買ったばかりの洗濯機が壊れちゃったから、仕方なくね」 「買ったばかりで?」 「そう、しかも買った当日だよ。でね、せっかく修理してもらったのに、今日また壊れちゃったんだ。だからほら」 狛枝はテーブルを挟んで正面にある洗濯機を指さして、「あれボクの」と言った。日向がここに腰を下ろしたときには確かに回っていたはずだが、今は止まっている。あれは狛枝の衣類だったのか。 なんという偶然だろう。今日に限って、会えるなんて思ってもみなかった。 だけどそれ以前に。 「お前って、本当にツイてないよな」 日向は笑っていた。苦笑といった方が正しいが、相変わらずの不運ぶりになぜかホッとしたように笑みが零れていた。 すると狛枝は、なぜかやっぱり照れたように「えへへ」と笑う。 「だからどうして照れるんだよ」 「あは、そうだよね。変だよね」 「変じゃなきゃ狛枝じゃないけどな」 「それは正論だけど、酷いなぁ日向クンは!」 二人は顔を見合わせて、声を上げて笑った。 なにがそんなにと不思議に思うくらい、気分が高揚するのを感じる。 こじゃれた居酒屋の個室で、可愛くて綺麗な女子と一緒に酒を飲むよりもずっと、殺風景なコインランドリーで狛枝と笑っているこの瞬間が。 ちょっと泣きそうになるくらい楽しくて、仕方がなかった。 (なんだ、こんなに簡単なことだったのか) 笑いながら、日向は左右田が言った言葉を思い出していた。 『オメーもしかして、他に好きな子いたりすんじゃねーの?』 (どうやらそうだったみたいだな) 『誰にも興味ねーって顔してたぞ?』 (だって俺には、こいつしか見えてなかったんだ) いつからなんてハッキリとはわからない。 ただ、こうして狛枝が笑っているのを見ると嬉しい。そう思える今が、とても大切だと思えた。 ←戻る ・ 次へ→
ピンク色の派手な髪をかき上げながら、友人の左右田が屋台のカウンターに肘を預けている。
じっとりとした視線から逃げるように、日向はひたすらラーメンをすすることに集中していた。
3月とはいえ夜の風は冷たい。合コン帰りの若い男が二人、どこか昭和臭い雰囲気の漂う屋台でラーメンなんて、結果の侘しさを噛み締めるには十分なシチュエーションだった。
「ヤル気満々で頼み込んできたくせによォ。連絡先の一つもゲットできねーってのはどうかと思うぜ」
「……お前には言われたくないよ」
「うっせー! オレはなんつーか、今日は調子が出なかったっつーか」
今度は日向が左右田にジト目を向ける番だった。
「つーかよォ、オレのことはいいんだよ。オメーだよ。何人かは脈ありだったじゃねーか」
「そうか?」
「なんっかムカつくな、その態度」
ギザギザの歯を剥きだして睨み付けられても困る。
日向だってこんな寂れた屋台で、左右田とラーメンを食う結果に終わるとは思ってもみなかった。
この男に連絡を入れた段階では、本気で彼女を作るつもりで意気込んでいたのだから。
だけど、結局は駄目だった。
「綺麗な子ばっかりだったな……」
日向が遠い目をしながら呟くと、なぜか左右田は「だろ? だろ?」と自慢げに歯を見せて笑う。
それに愛想笑いを返しながら、日向は同じ男同士でどうしてこうも温度差があるのか、不思議でならなかった。
居酒屋の個室で開かれた合コンには、日向と左右田を含めた男子が4人、女子4人が集まっていた。どの子も明るくて社交的で、あんな場にわざわざ参加しなくたって、彼氏の一人や二人は普通にいそうな女子ばかりだったと思う。
酒も料理も美味かったし、それなりに楽しめた。だけど、なんだかんだでただの飲み会という雰囲気で終わってしまった。
女子慣れしていない、というのもあるけれど。いざとなるとみんな同じ顔に見えた。整ったメイクと女性らしい可愛い服装やアクセサリー、そして甘い香り。それらはただそわそわと落ち着かない気持ちにさせられるだけで、どこか決定打に欠けた。
自分のレベルなんてたかが知れている。だから選り好みなんて贅沢な真似をするつもりなんてなかった。仮に左右田が言うように、自分に好感を持ってくれた女子がいたのだとしても、きっと日向には踏み出す意志がなかったのだと思う。
「なァ、オメーもしかして、他に好きな子いたりすんじゃねーの?」
左右田の問いかけに、なぜか心臓が大きく跳ねた。
どうしてか真っ先に頭に浮かんだ顔を、必死でどこか遠くへ押しやろうとするのに、頭の中でうまく収拾がつかなくなっている。
「ば、バカ言うな。そんなわけないだろ」
「そーかァ? なんつーか、誰にも興味ねーって顔してたぞ?」
「……お前って、結構よく見てるんだな」
「そりゃオメー、幹事だからな。全体をしっかり見てねーとな」
「左右田って実は真面目だよな。見た目が派手な割に」
「悪かったな! 中身は地味でよ!」
「褒めてるんだって」
ぜんぜん嬉しくねー、と言ってそっぽを向いてしまった友人に、つい声を上げて笑ってしまう。
本当は笑っていられる余裕なんかないはずなのに。
*
その後、また誘うからな、と言って軽く手を上げる左右田と駅で別れた。
日向はなんとなく真っ直ぐに家に帰る気になれず、あえて自宅方面へと向かう電車の最終を逃した。
別に歩いたって家までは大した距離ではない。
明日はバイトも休みだし、のんびり徒歩で帰ることにした。
狛枝と例のことがあって、まだ数日しか経っていなかった。
あれ以来、彼がアパートを訪れることはないし、もちろん連絡もない。
サンダルは、玄関に残されていた。狛枝は裸足でアパートを出て行ったらしい。
彼を傷つけたこと、追いかけなかったこと。なにもかもが後悔しても遅かった。
全て悪い夢だったのだと、そう片付けてしまいたくて左右田に連絡を入れた。自分はホモじゃないし、あまりにも童貞をこじらせすぎて、欲求不満が限界に達してしまったのだと。だから近くに異性を感じれば、すぐに元の正常な自分を取り戻すことが出来ると思った。
なのにこの有様だ。
結局なにをしていても、どこで誰といても、狛枝のことが頭から離れない。
それどころか、あの女性たちの愛らしい仕草や言動がどこか作り物のように見えて、ちっとも胸に響かなかった。
日向は、狛枝を背負って歩いた夜道を思い出していた。
彼の柔らかな髪に頬をくすぐられると、なぜか胸の奥までこそばゆく感じた。
褒めて、と我儘を言うのがなんだか憎めなくて、可愛いとすら思った。
ふと、あの性的な衝動は、本当に欲求不満だけが原因だったのだろうかと、疑問が浮かぶ。狛枝にすら欲情してしまったはずの自分が、なぜ何の成果も上げられないままに、一人で夜道を歩いているのだろうかと。
何かに気づきかけて、だけど遮るように日向は足を止めていた。知らぬ間に結構な距離を歩いていたようで、自宅近くのコンビニが目の前にあった。そしてその隣には、狛枝と初めて会ったコインランドリーがある。
真夜中ではあるが、ここからでも洗濯機が回っているのがうっすらと見えた。
日向はほとんど無意識にそちらへ足を向けていた。コンビニの駐車場を突っ切り、同じ敷地内のランドリーを覗き込むと、そこには誰もいなかった。
「……だよな」
狛枝とここで遭遇したのは、初対面の一回きりだ。
日向は毎週のようにここを利用しているから、機会があればまた会うこともあるかもしれないと思っていた。だが、実際は狛枝から食事の誘いが来るまでは、一度も顔を合わせなかった。
それが今日に限って偶然パッタリ会うなんて、そんな虫のいい話はないだろう。
(会ったところで、どんな顔すりゃいいんだよ)
思えば身勝手すぎる話ではないか。
勝手にサカって、勝手に意識して、強引に押し倒して、帰れと怒鳴った。
狛枝にとって日向は初めてできた『友達』であり、親切な『恩人』という存在だったはずだ。
そんな相手に裏切られて、今ごろどんな思いでいるのだろう。
日向は目を閉じて、力なく首を左右に振った。そしてなんとなく、ランドリーの扉を開けて中に入り込んだ。壁際の長椅子に座って、視界の先で回る洗濯槽をぼんやりと眺める。
確か、あの大晦日の夜もここに狛枝と並んで座った。聞いてもいないのに名乗った彼は、頼んでもいないのに寒空の下で日向が出てくるのを待っていた。
おかしなヤツだとは思ったけれど、なんとなく、放っておけなくて。
「なにしてんだろうな、俺……」
無人の空間に、乾いた声が虚しく反響して消えた。
狛枝は本当にツイてないヤツだ。信じて懐いた男に傷つけられて、結局、友達すら作れなかった。
当の日向は謝罪すらしないままに、こんな場所で一人腐っている。
(そういえばあいつ、あの時なんて言おうとしてたのかな)
『別にボクは裸足で帰っても構わないんだけど……その、なんていうか』
どうしてあんなに赤い顔をして、言いにくそうにしていたんだろう。
あの言葉の先が、なぜか今になって猛烈に聞きたくなった。本当にどこまでも身勝手で、都合のいい話だと思う。だけど、無性に。
「……会いたいな」
蛍光灯の白すぎる光が眩しくて、日向はそっと目を閉じる。
それはほとんど無意識に零れた、心からの声だった。
*
――日向クン。
名前を呼ばれるのと同時に、軽く肩を叩かれる。
――ねぇ、日向クンってば。
酷く困った様子で、今度はゆさゆさと揺さぶられた。
「……なんだよ」
沈み込んでいた意識を浮上させた日向は、いつの間に眠ってしまったのだろうかと考えながら目を擦った。
相変わらず室内の蛍光灯はやたらと白くて、瞼が痛い。
スッキリしない頭で何度か強く瞬きをしてから、ふと顔を上げる。そして、思わずぐっと喉を詰まらせた。
「こんなところで寝てたら風邪ひいちゃうよ」
「こ、狛枝……?」
どうして彼がここに。
いつものコートを着て、いつもの笑顔を浮かべて。佇む彼は、しっかり靴を履いていた。
「あ、これ? ちゃんと交番に届けられてたんだ。ダメ元で行ってみて正解だったよ。結構気に入ってたからさ」
「そう、か……よかったな」
「うん」
狛枝は何事もなかったかのように日向の隣に腰かけて、身を乗り出すようにしながら顔を覗き込んできた。
「日向クンもお洗濯?」
「いや、俺は……」
お前がいるんじゃないかと思って、なんて言えるわけがなかった。実際、どんな顔をすればいいのか未だに分からなくて、つい目を逸らしてしまう。
「なんだかよく分からないけど、大晦日ぶりだね、ここで会うのは」
「……だな」
「日向クンはよくここを利用してるんだね」
「まぁな……お前もそうなんだろ?」
問えば、彼は困ったように首を傾げて「あは」と笑った。
「大晦日以来ボクは来てないよ。あの日は買ったばかりの洗濯機が壊れちゃったから、仕方なくね」
「買ったばかりで?」
「そう、しかも買った当日だよ。でね、せっかく修理してもらったのに、今日また壊れちゃったんだ。だからほら」
狛枝はテーブルを挟んで正面にある洗濯機を指さして、「あれボクの」と言った。日向がここに腰を下ろしたときには確かに回っていたはずだが、今は止まっている。あれは狛枝の衣類だったのか。
なんという偶然だろう。今日に限って、会えるなんて思ってもみなかった。
だけどそれ以前に。
「お前って、本当にツイてないよな」
日向は笑っていた。苦笑といった方が正しいが、相変わらずの不運ぶりになぜかホッとしたように笑みが零れていた。
すると狛枝は、なぜかやっぱり照れたように「えへへ」と笑う。
「だからどうして照れるんだよ」
「あは、そうだよね。変だよね」
「変じゃなきゃ狛枝じゃないけどな」
「それは正論だけど、酷いなぁ日向クンは!」
二人は顔を見合わせて、声を上げて笑った。
なにがそんなにと不思議に思うくらい、気分が高揚するのを感じる。
こじゃれた居酒屋の個室で、可愛くて綺麗な女子と一緒に酒を飲むよりもずっと、殺風景なコインランドリーで狛枝と笑っているこの瞬間が。
ちょっと泣きそうになるくらい楽しくて、仕方がなかった。
(なんだ、こんなに簡単なことだったのか)
笑いながら、日向は左右田が言った言葉を思い出していた。
『オメーもしかして、他に好きな子いたりすんじゃねーの?』
(どうやらそうだったみたいだな)
『誰にも興味ねーって顔してたぞ?』
(だって俺には、こいつしか見えてなかったんだ)
いつからなんてハッキリとはわからない。
ただ、こうして狛枝が笑っているのを見ると嬉しい。そう思える今が、とても大切だと思えた。
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