2025/09/18 Thu ひとしきり笑ったあと、ふと沈黙が流れた。 間髪を入れずに何かしら話題を振るべきだったかと後悔しながらも、それは逃げでしかないと思い直す。 もしかしたら狛枝は、何もなかったことにしてくれる気でいるのかもしれない。だけどそれでは日向の気が済みそうもなかった。 多分、謝るなら今しかない。 「あのさ、狛枝」 「うん」 日向は身体を狛枝に向けて斜めに座り直すと、膝にそれぞれ両手を置いて深々と頭を下げた。 「こないだは、ごめん!」 頭上で狛枝が息を呑むのが分かる。それでも日向は先を続けた。 「言い訳に聞こえるだろうけど、お前を傷つけるつもりなんかなかったんだ……。すぐに追いかけて謝るべきだったんだよな。お前が裸足で出て行ったことにも気づかなくて……本当に悪かった」 「よ、よそうよ日向クン……こんなゴミ虫に頭なんか下げちゃ駄目だって!」 「お前はゴミなんかじゃないだろ!」 つい大きくなってしまった声が、室内に響き渡る。狛枝がビクンと肩を震わせたが、それでも顔を上げた日向は真っ直ぐにその瞳を見つめた。 狛枝はどうしたらいいか分からないと言った様子で目を泳がせ、膝の上で両手をモジモジと擦り合わせている。 やがて、彷徨っていた視線が俯いたまま動かなくなると、狛枝は弱々しく声を絞り出した。 「サンダル、ほんとは凄く迷ったんだ」 膝の上で、狛枝の両手が強く握られる。日向はなんとなくその拳を見つめた。 「履いて帰れば、また会いに来る口実ができるって思ったから」 「え?」 「だって、こないだはボクから誘って大変な迷惑をかけちゃったし。もちろん、急に押しかけるのも大迷惑だったとは思うんだけど。何か口実がないと、きっともう会ってもらえないと思って……」 見開いた視線の先で、狛枝の表情は前髪に隠れて見えなかった。 もしかして、と日向は思う。 彼が言いかけていたあの言葉の『続き』を、たった今聞くことができたのではないかと。 「……狛枝、それってあのとき」 「ボクが」 確かめようとして遮られる。だから日向は大人しく口を噤み、狛枝の言葉に耳を傾けた。 「ボクが女の子だったら……あのとき、キミはちゃんとボクを抱いてくれたのかな?」 「ッ、こ、狛枝……?」 「ごめんね、気持ち悪いこと聞いて。だけど、わかってるけど、凄くおこがましいことだって、わかってるけど……ボク、嬉しかったから」 嬉しかった? あのときの狛枝は、まるで生贄のように震えていたのではなかったか。 腕力では明らかに敵わないと思った相手に対して、諦めたように目を閉じたのではなかったのか。 「……日向クンになら、何をされても構わないって思ったんだ。そりゃ少しは怖かったよ。だけどキミが望んでくれるなら、ボクにとってこれ以上嬉しいことはなくて」 それを聞いて、日向は茫然とした。 あの行いは決して許されるものではないはずだ。だけど、狛枝への気持ちに気づいてしまった今の日向には、まるで愛の告白のように聞こえてしまう。 自然と頬が熱くなるのを感じた。 「だから……黙って受け入れようとしてくれた……?」 「あは、うん。だけど日向クンが道を踏み外さなくてよかったよ。ボクなんかとしちゃったら、人生で最大の汚点になっちゃうもんね!」 またこいつはこうやって……。 日向は一度、思い切り奥歯を噛み締めた。 こんな風に卑下た物言いで水に流そうとするくらいなら、なじってくれた方がずっといい。 せっかく無駄に足掻いてまで、狛枝への気持ちに気づくことができたのに。 「そうだな」 少し冷めたような、突き放した声で肯定した。俯いたままの狛枝の肩が、微かに揺れる。 「しなくてよかった。思いとどまってよかったよ」 「……うん」 「あそこで突っ走ってたら、多分ずっと後悔したまんまだったろうな」 「だよね、うん。ボクもそう思うよ」 あはは、と乾いた声で笑う狛枝の、膝の上で握られた手の甲に触れる。彼は肩を跳ねさせ、青い顔を勢いよく上げた。その瞳があまりにも悲しそうに揺れているから、日向は少しだけ笑って「違うぞ」と言った。 「違う……?」 「あんな形じゃ駄目だ。ちゃんと、好きって言ってからじゃないとな」 「ぇ……?」 「好きだ、狛枝」 「え、ぇッ!?」 予想通り、狛枝は顔を赤らめた。何が起こったのか分からずあたふたとする様子から、混乱と困惑が手に取るように伝わった。 「な、なにを言ってるんだい日向クン!? そ、そんな、ボクなんかのことを、どうしてキミが、どうして、好きなんてそんな、あ、ありえないよ! これはもしかして夢かな!?」 彼らしい反応に、つい小さく噴き出してしまう。 日向だってそこまで鈍いつもりはない。ここまで聞いてしまえば、わざわざ問わずとも彼の気持ちは伝わっている。多分、思い違いではないはずだ。 だからだろうか、心に余裕めいた隙間が生まれて、この状況が愉快に思えて仕方なかった。面白いから、もう少し様子を窺ってみる。 「うん! そうだ! そうに違いないよ! これは夢で、本当のボクは今ごろ侘しく湿気たパンを齧りながら、家でネットでもしてるんじゃないかな!? だってそうじゃなきゃ説明がつかないもん! こんな都合のよすぎる夢なんかッ、あ、いひゃぁ!」 言葉で遮る代わりに、日向は狛枝の赤い頬を思いっきり指でつまんで引っ張った。 「お前ってほんっとよく喋るのな。ほら、夢かどうかこれでハッキリするだろ?」 目に涙を浮かべた狛枝は、ぎゅうと目を閉じて「いひゃいよぉ~」と情けない声を上げる。 「痛いだろ? な? 夢じゃないだろ?」 「わ、わかっひゃから、いひゃいからはなひて~」 「だったらお前もちゃんと言え。俺のことどう思ってるのか、もっとちゃんと聞かせろ」 「んううぅぅ……」 解放された頬を摩りながら、狛枝は耳や首筋まで赤くして、今にも頭の天辺から煙を上げそうになっていた。 多分もう十分だとは思うけど。それでも聞きたかった。ちゃんと、狛枝の口から。 だから根気よく待った。すると、彼はごくりと喉を鳴らし、か細い息を吐き出した。 「す、好き、だよ。当然でしょ」 「いつから?」 「……多分、最初から……?」 「それは俺がお前を助けた恩人だから?」 「そ、それは、キッカケに過ぎないよ」 「ならお前のその好きは、俺が初めてできた友達だからか?」 「……日向クンて、意地悪だね」 「お前は押されると弱いタイプだよな」 むっと唇を尖らせて眉を吊り上げる狛枝を見て、悪いと思いながらもつい声を上げて笑ってしまった。 「も、もう! 笑わないでよ! ボクにだって人並みに恥じらう感情くらいあるんだからね!」 「ぷっ、あはは! 悪い、だってお前、いま凄い可愛い顔してたぞ」 「か、かわ……ッ!?」 「飽きないな、狛枝といると」 「ボクは日向クンといると、どんな顔したらいいかわからなくなったよ……」 片手で顔を覆ってしまった狛枝を見て、確かに少し弄りすぎたかなと反省する。 それでもつい顔がニヤけるのは抑えきれなかった。 どうやら自分は狛枝とは真逆で、一度自覚してしまえばとことん強気のタイプだったらしい。 なかなか悪くないバランスじゃないかと思うと、やけに嬉しかった。 「よし、じゃあ晴れて両想いになったところで、するか」 「するってなにを?」 「言わせる気か?」 「……なんか、色々はっちゃけすぎっていうか、台無しだね、日向クン」 「そうか?」 男同士なのだから、別に気を使うこともないかと思ったのだが。 もしかして狛枝はムードを重視するタイプなのだろうか。でも確かによくよく考えてもみれば、少々がっつきすぎているような気もする。 (そりゃガツガツもするだろ……) 言ってしまえば、こちらは初めてキスをしたあの夜から、ずっとお預けを食らっているようなものだ。狛枝に非がないのは重々承知の上で、なんだか少しだけ腹が立つ。 夢の中にまで出て来て、散々ぱら童貞男を誘惑してくれたのだから。 そんな日向の気持ちも知らず、狛枝は腕を組むと小さく溜息を漏らした。 「あーぁ……日向クンってもっとクールで硬派な人だと思ってたのに。ボクちょっとガッカリだな」 「お前って可愛いのか憎たらしいのかわかんないヤツだったんだなぁ」 互いが素を見せ始めているのがハッキリと分かる。 今まで感じたことのない心地よさに、日向の胸が熱くなった。相変わらず耳まで赤くした狛枝の肩に腕を回して、引き寄せる。 「日向ク……ッ、んぅ!」 狛枝は知らないだろうけど。 これが二度目の口付けだった。日向の腕の中で大きく身を震わせた彼は、一瞬だけ抵抗する素振りを見せた。けれどすぐに、大人しくなる。 唇はほんの僅かな時間、合わさっただけですぐに離れた。鼻先が触れ合うほどの距離で、ゆっくりと開かれる水晶のような瞳を見つめる。 水気を含んだそれは、ゆらゆらと影絵のように頼りなく揺れていた。 「ひ、日向クン……こんなところで……」 「わかってる。これ以上はしないよ」 「でも……きっとカメラあるよ、ここ」 「映ってるだろうな、バッチリ」 「ッ……もう!」 羞恥に身を捩る狛枝をアッサリ解放して、日向は小さく笑うと立ち上がる。そして狛枝に向かって手を差し出した。 「ほら、洗濯も終わったんだろ? 早く行くぞ」 狛枝は恥ずかしそうに下唇を噛み締め、「ん」と微かに頷いて、日向の手に遠慮がちな指先を這わせた。しっかりと握って立たせてやると、彼はどこか根負けしたように、下がり眉の情けない笑顔を見せた。 ←戻る ・ 次へ→
間髪を入れずに何かしら話題を振るべきだったかと後悔しながらも、それは逃げでしかないと思い直す。
もしかしたら狛枝は、何もなかったことにしてくれる気でいるのかもしれない。だけどそれでは日向の気が済みそうもなかった。
多分、謝るなら今しかない。
「あのさ、狛枝」
「うん」
日向は身体を狛枝に向けて斜めに座り直すと、膝にそれぞれ両手を置いて深々と頭を下げた。
「こないだは、ごめん!」
頭上で狛枝が息を呑むのが分かる。それでも日向は先を続けた。
「言い訳に聞こえるだろうけど、お前を傷つけるつもりなんかなかったんだ……。すぐに追いかけて謝るべきだったんだよな。お前が裸足で出て行ったことにも気づかなくて……本当に悪かった」
「よ、よそうよ日向クン……こんなゴミ虫に頭なんか下げちゃ駄目だって!」
「お前はゴミなんかじゃないだろ!」
つい大きくなってしまった声が、室内に響き渡る。狛枝がビクンと肩を震わせたが、それでも顔を上げた日向は真っ直ぐにその瞳を見つめた。
狛枝はどうしたらいいか分からないと言った様子で目を泳がせ、膝の上で両手をモジモジと擦り合わせている。
やがて、彷徨っていた視線が俯いたまま動かなくなると、狛枝は弱々しく声を絞り出した。
「サンダル、ほんとは凄く迷ったんだ」
膝の上で、狛枝の両手が強く握られる。日向はなんとなくその拳を見つめた。
「履いて帰れば、また会いに来る口実ができるって思ったから」
「え?」
「だって、こないだはボクから誘って大変な迷惑をかけちゃったし。もちろん、急に押しかけるのも大迷惑だったとは思うんだけど。何か口実がないと、きっともう会ってもらえないと思って……」
見開いた視線の先で、狛枝の表情は前髪に隠れて見えなかった。
もしかして、と日向は思う。
彼が言いかけていたあの言葉の『続き』を、たった今聞くことができたのではないかと。
「……狛枝、それってあのとき」
「ボクが」
確かめようとして遮られる。だから日向は大人しく口を噤み、狛枝の言葉に耳を傾けた。
「ボクが女の子だったら……あのとき、キミはちゃんとボクを抱いてくれたのかな?」
「ッ、こ、狛枝……?」
「ごめんね、気持ち悪いこと聞いて。だけど、わかってるけど、凄くおこがましいことだって、わかってるけど……ボク、嬉しかったから」
嬉しかった?
あのときの狛枝は、まるで生贄のように震えていたのではなかったか。
腕力では明らかに敵わないと思った相手に対して、諦めたように目を閉じたのではなかったのか。
「……日向クンになら、何をされても構わないって思ったんだ。そりゃ少しは怖かったよ。だけどキミが望んでくれるなら、ボクにとってこれ以上嬉しいことはなくて」
それを聞いて、日向は茫然とした。
あの行いは決して許されるものではないはずだ。だけど、狛枝への気持ちに気づいてしまった今の日向には、まるで愛の告白のように聞こえてしまう。
自然と頬が熱くなるのを感じた。
「だから……黙って受け入れようとしてくれた……?」
「あは、うん。だけど日向クンが道を踏み外さなくてよかったよ。ボクなんかとしちゃったら、人生で最大の汚点になっちゃうもんね!」
またこいつはこうやって……。
日向は一度、思い切り奥歯を噛み締めた。
こんな風に卑下た物言いで水に流そうとするくらいなら、なじってくれた方がずっといい。
せっかく無駄に足掻いてまで、狛枝への気持ちに気づくことができたのに。
「そうだな」
少し冷めたような、突き放した声で肯定した。俯いたままの狛枝の肩が、微かに揺れる。
「しなくてよかった。思いとどまってよかったよ」
「……うん」
「あそこで突っ走ってたら、多分ずっと後悔したまんまだったろうな」
「だよね、うん。ボクもそう思うよ」
あはは、と乾いた声で笑う狛枝の、膝の上で握られた手の甲に触れる。彼は肩を跳ねさせ、青い顔を勢いよく上げた。その瞳があまりにも悲しそうに揺れているから、日向は少しだけ笑って「違うぞ」と言った。
「違う……?」
「あんな形じゃ駄目だ。ちゃんと、好きって言ってからじゃないとな」
「ぇ……?」
「好きだ、狛枝」
「え、ぇッ!?」
予想通り、狛枝は顔を赤らめた。何が起こったのか分からずあたふたとする様子から、混乱と困惑が手に取るように伝わった。
「な、なにを言ってるんだい日向クン!? そ、そんな、ボクなんかのことを、どうしてキミが、どうして、好きなんてそんな、あ、ありえないよ! これはもしかして夢かな!?」
彼らしい反応に、つい小さく噴き出してしまう。
日向だってそこまで鈍いつもりはない。ここまで聞いてしまえば、わざわざ問わずとも彼の気持ちは伝わっている。多分、思い違いではないはずだ。
だからだろうか、心に余裕めいた隙間が生まれて、この状況が愉快に思えて仕方なかった。面白いから、もう少し様子を窺ってみる。
「うん! そうだ! そうに違いないよ! これは夢で、本当のボクは今ごろ侘しく湿気たパンを齧りながら、家でネットでもしてるんじゃないかな!? だってそうじゃなきゃ説明がつかないもん! こんな都合のよすぎる夢なんかッ、あ、いひゃぁ!」
言葉で遮る代わりに、日向は狛枝の赤い頬を思いっきり指でつまんで引っ張った。
「お前ってほんっとよく喋るのな。ほら、夢かどうかこれでハッキリするだろ?」
目に涙を浮かべた狛枝は、ぎゅうと目を閉じて「いひゃいよぉ~」と情けない声を上げる。
「痛いだろ? な? 夢じゃないだろ?」
「わ、わかっひゃから、いひゃいからはなひて~」
「だったらお前もちゃんと言え。俺のことどう思ってるのか、もっとちゃんと聞かせろ」
「んううぅぅ……」
解放された頬を摩りながら、狛枝は耳や首筋まで赤くして、今にも頭の天辺から煙を上げそうになっていた。
多分もう十分だとは思うけど。それでも聞きたかった。ちゃんと、狛枝の口から。
だから根気よく待った。すると、彼はごくりと喉を鳴らし、か細い息を吐き出した。
「す、好き、だよ。当然でしょ」
「いつから?」
「……多分、最初から……?」
「それは俺がお前を助けた恩人だから?」
「そ、それは、キッカケに過ぎないよ」
「ならお前のその好きは、俺が初めてできた友達だからか?」
「……日向クンて、意地悪だね」
「お前は押されると弱いタイプだよな」
むっと唇を尖らせて眉を吊り上げる狛枝を見て、悪いと思いながらもつい声を上げて笑ってしまった。
「も、もう! 笑わないでよ! ボクにだって人並みに恥じらう感情くらいあるんだからね!」
「ぷっ、あはは! 悪い、だってお前、いま凄い可愛い顔してたぞ」
「か、かわ……ッ!?」
「飽きないな、狛枝といると」
「ボクは日向クンといると、どんな顔したらいいかわからなくなったよ……」
片手で顔を覆ってしまった狛枝を見て、確かに少し弄りすぎたかなと反省する。
それでもつい顔がニヤけるのは抑えきれなかった。
どうやら自分は狛枝とは真逆で、一度自覚してしまえばとことん強気のタイプだったらしい。
なかなか悪くないバランスじゃないかと思うと、やけに嬉しかった。
「よし、じゃあ晴れて両想いになったところで、するか」
「するってなにを?」
「言わせる気か?」
「……なんか、色々はっちゃけすぎっていうか、台無しだね、日向クン」
「そうか?」
男同士なのだから、別に気を使うこともないかと思ったのだが。
もしかして狛枝はムードを重視するタイプなのだろうか。でも確かによくよく考えてもみれば、少々がっつきすぎているような気もする。
(そりゃガツガツもするだろ……)
言ってしまえば、こちらは初めてキスをしたあの夜から、ずっとお預けを食らっているようなものだ。狛枝に非がないのは重々承知の上で、なんだか少しだけ腹が立つ。
夢の中にまで出て来て、散々ぱら童貞男を誘惑してくれたのだから。
そんな日向の気持ちも知らず、狛枝は腕を組むと小さく溜息を漏らした。
「あーぁ……日向クンってもっとクールで硬派な人だと思ってたのに。ボクちょっとガッカリだな」
「お前って可愛いのか憎たらしいのかわかんないヤツだったんだなぁ」
互いが素を見せ始めているのがハッキリと分かる。
今まで感じたことのない心地よさに、日向の胸が熱くなった。相変わらず耳まで赤くした狛枝の肩に腕を回して、引き寄せる。
「日向ク……ッ、んぅ!」
狛枝は知らないだろうけど。
これが二度目の口付けだった。日向の腕の中で大きく身を震わせた彼は、一瞬だけ抵抗する素振りを見せた。けれどすぐに、大人しくなる。
唇はほんの僅かな時間、合わさっただけですぐに離れた。鼻先が触れ合うほどの距離で、ゆっくりと開かれる水晶のような瞳を見つめる。
水気を含んだそれは、ゆらゆらと影絵のように頼りなく揺れていた。
「ひ、日向クン……こんなところで……」
「わかってる。これ以上はしないよ」
「でも……きっとカメラあるよ、ここ」
「映ってるだろうな、バッチリ」
「ッ……もう!」
羞恥に身を捩る狛枝をアッサリ解放して、日向は小さく笑うと立ち上がる。そして狛枝に向かって手を差し出した。
「ほら、洗濯も終わったんだろ? 早く行くぞ」
狛枝は恥ずかしそうに下唇を噛み締め、「ん」と微かに頷いて、日向の手に遠慮がちな指先を這わせた。しっかりと握って立たせてやると、彼はどこか根負けしたように、下がり眉の情けない笑顔を見せた。
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