2025/09/19 Fri 白猫、嘘みたいなホントの変身の巻 たっぷりと絞られた。それはもう、数時間にわたって。 あまりにも説教が長すぎて、半分くらいは魂が口から飛び出していた。 「ユゥイ……本当にごめん……だから、そろそろちょっと……」 お腹が空いた……。 弱々しく零すと、ユゥイはひとまず口を噤んだ。 立ちっぱなしで説教をし続けていた彼にも、少し疲労の色が伺える。木の椅子を引き寄せるとドッカリ腰かけて、ふぅ、と溜息を吐きだしている。 ここでは時間というものに縛られることはないから、一体どれくらい経過しているのか、はっきりとは把握できないが、人間の世界ならもう日が暮れる頃なのではないか……と、ファイは少し不安になった。 黒鋼が心配しているかもしれない。 「あ、あのねユゥイ……実は相談があって」 「また出て行きたいっていう相談以外なら聞いてあげるけど?」 チラリ、と横目で睨まれてファイは喉を詰まらせた。 まさにその通りで、しかも相談はそれだけではない。 「で? 一体なんの相談かな?」 「うー……えっとね……」 ファイは刺々しい視線から目を逸らしつつ、思い切って本題を切り出してみた。 「オレ、人間になりたいんだけど……」 するとユゥイはポカッと口を開けた。 「は……?」 そして呆れた顔をした。 「なんだって? ちょっと聞こえなかった」 「聞こえてたよね? ちゃんと聞いてたよね?」 「耳遠くなったかな……」 「ユゥイってば!」 小指で耳の穴を穿りだすユゥイに業を煮やし、ファイは彼の膝の上に飛び乗った。 「オレ真剣なの! 人間の世界は、最初は怖いものばっかだったけど、優しい人もちゃんといるんだよ!」 「……そりゃあ、色々な人がいるだろうね」 「すっごくお世話になったのに、ありがとうもさよならも言えないなんて、オレやだよー! それに……」 「それに?」 ファイは少しもじもじした。 なぜか直接言葉にするのが恥ずかしかった。 「それに、なに?」 「その、せっかく仲良くなれたし……その、もっとね、知りたいっていうか」 「んん?」 なんとも微妙な顔をされた。 いたたまれない気持ちになって、ファイは誤魔化すように目を泳がせる。 そんなファイをしばらく見つめて、ユゥイはまた溜息をついた。 「そんなに懐いちゃったの? ファイ、まさかとは思うけど、その人って女の人?」 「違うよ? でっかい男の人。あと黒い」 「……ああ、そう」 ユゥイは少し迷ったように頭上を見上げた。うーんと一つ唸って、諦めたような顔をした。 「ないこともないけど……っていうか、簡単だよ。ファイなら」 「え?」 「人間になりたいんでしょ?」 「うん!」 「ただし……」 きゅっと眉間に皺を寄せたユゥイが、人差し指をファイの鼻先にくっつけた。 「お礼とお別れを言ったら、すぐに戻ってくること。約束守れる?」 「ユゥイ……!」 キラキラと目を輝かせたファイは、伸びあがってユゥイの顔を思いっきり舐めた。 「いた、いたたっ、顔はよしてっていつも言ってるでしょ!」 「それでそれで? ちゃんと守るから教えてー!」 「……念じればいいんだよ」 「ねじる?」 「そうじゃなくて」 ぺちっと額を叩かれた。 「前も言ったよね? ファイは凄い魔力を持ってるって。だから、とりあえずなりたい姿をイメージして、強く念じればいいよ。ほら、簡単」 ね? と言って笑うユゥイに、流石のファイもちょっと不信感を募らせる。 「……初耳にゃんだけど」 「言ったことないからね」 「あのさ……オレ的にはユゥイが派手に魔法かけてくれるとか、魔法の薬を渡してくれるとか、何か禍々しい呪文を教えてくれるとか、そーゆうの想像してたんだけど……」 「世の中そんなにベタじゃないよファイ。自分を信じて、やってごらん?」 「なんか物凄く胡散臭い気がするにゃあ……」 半信半疑。そんなアホな。 冗談を言ってからかっているとしか思えなかったが、しょうがないのでファイは素直に目を閉じた。 なりたいのは人間。大人の男の人がいい。 一瞬だけ黒鋼の姿がよぎったが、別に黒鋼になりたいわけじゃない。そもそも黒鋼と話がしたいのに、自分が同じ姿になるというのは、おかしな話だ。 次に、あの初めて遭遇した人間である中年のオッサンが頭に浮かんだが……論外である。 なら、一番イメージしやすい人間といえば……? 要領なんてまるきり解らなかったが、とりあえず想像して、集中してみて。 すると、ポンッという悲しいほど安っぽい音がして、白い煙が上がった。 ぎゅっと閉じていた目を見開く。ゆっくりと煙が晴れていって、それまでとは全く違う位置にユゥイの驚いた顔があった。 見下ろされるのではなく、見下ろしている。 幾度か瞬きをした。そして自分の身体を見下ろしてみる。 白いことに変わりはないが、毛の生えていない肌。ちょっとなよなよしているけれど、長い手足もはっきりと確認できる。 「わ、わぁ~……」 ファイは感動の声をあげた。 右手をにぎにぎして、肉球がないことや爪が短くて平べったいことも確認した。両手で頬に触れても、あの長いヒゲがしっかり消えている。 「まさかの大成功~……」 「……あのさ」 「ユゥイ、オレ人間になったぁ~!」 「それはいいんだけどね……どうしてボクは、猫耳と尻尾をくっつけた全裸の自分を膝に乗せてるんだろう?」 「えー?」 ファイはユゥイの膝の上で変身してしまったため、現在向き合うように馬乗りになっている状態だった。 「だってー、イメージしやすかったんだもんー」 「だからって……」 重いからどけて、と言うユゥイに従い、恐る恐る片足を地面につけた。 初めての二足歩行。少しよろけたが、二本の足でしっかり立つことが出来た。 ユゥイは改めて自分の身体を見下ろして感極まっているファイを尻目に、椅子から立ち上がると部屋の隅の引き出しの中から手鏡を取り出した。 「ほら」 「わ、わ、わ!」 ユゥイが鏡をこちらへ向けたので、ファイは目を輝かせながらそれを覗きこむ。 そこには少し頬を上気させて、感動に目を潤ませた『ユゥイ』の顔があった。 金色の髪はゴムで縛るくらいには長いユゥイと違って、毛先が少し肩にくっつく程度の短さで、頭には白い耳がふたつ、ぴょこんと生えている。 どうやら尻尾もあるようで、首だけ後ろを振り向くと、丸い尻のすぐ上に白いふさふさが生えていた。 「凄い……本当に簡単に変身できちゃったよー!」 「とりあえず服着ようかファイ……なんか、見てられない……」 そう、ファイはまるっとユゥイをイメージして、変身に見事成功したのである。 だが、魔法はすぐに解けてしまった。 ユゥイが服を取り出すまでもなく、ファイは次の瞬間、また猫の姿に戻ってしまったのだ。 「あ、あれ~?」 白い煙の中、ファイは全身から力が抜けるのを感じて、ぺちゃんと尻餅をついた。 「な、なんで~?」 少し頭がクラクラする。 すぐにユゥイが抱き上げて、ロッキングチェアのクッションの上に乗せてくれた。 「戻っちゃったよユゥイ~」 「いきなり慣れないことしたから、疲れちゃったんだね」 「そんなぁー……」 「でも、挨拶するくらいの時間は変身できたでしょ? 十分じゃない?」 「……そうだけど」 「何か問題あるのかな?」 ニコリと笑ったユゥイが、ずいっと屈んで顔を近づけてきた。 その威圧感に、ファイは渋々「ありません」と答えた。 ←戻る ・ 次へ→
たっぷりと絞られた。それはもう、数時間にわたって。
あまりにも説教が長すぎて、半分くらいは魂が口から飛び出していた。
「ユゥイ……本当にごめん……だから、そろそろちょっと……」
お腹が空いた……。
弱々しく零すと、ユゥイはひとまず口を噤んだ。
立ちっぱなしで説教をし続けていた彼にも、少し疲労の色が伺える。木の椅子を引き寄せるとドッカリ腰かけて、ふぅ、と溜息を吐きだしている。
ここでは時間というものに縛られることはないから、一体どれくらい経過しているのか、はっきりとは把握できないが、人間の世界ならもう日が暮れる頃なのではないか……と、ファイは少し不安になった。
黒鋼が心配しているかもしれない。
「あ、あのねユゥイ……実は相談があって」
「また出て行きたいっていう相談以外なら聞いてあげるけど?」
チラリ、と横目で睨まれてファイは喉を詰まらせた。
まさにその通りで、しかも相談はそれだけではない。
「で? 一体なんの相談かな?」
「うー……えっとね……」
ファイは刺々しい視線から目を逸らしつつ、思い切って本題を切り出してみた。
「オレ、人間になりたいんだけど……」
するとユゥイはポカッと口を開けた。
「は……?」
そして呆れた顔をした。
「なんだって? ちょっと聞こえなかった」
「聞こえてたよね? ちゃんと聞いてたよね?」
「耳遠くなったかな……」
「ユゥイってば!」
小指で耳の穴を穿りだすユゥイに業を煮やし、ファイは彼の膝の上に飛び乗った。
「オレ真剣なの! 人間の世界は、最初は怖いものばっかだったけど、優しい人もちゃんといるんだよ!」
「……そりゃあ、色々な人がいるだろうね」
「すっごくお世話になったのに、ありがとうもさよならも言えないなんて、オレやだよー! それに……」
「それに?」
ファイは少しもじもじした。
なぜか直接言葉にするのが恥ずかしかった。
「それに、なに?」
「その、せっかく仲良くなれたし……その、もっとね、知りたいっていうか」
「んん?」
なんとも微妙な顔をされた。
いたたまれない気持ちになって、ファイは誤魔化すように目を泳がせる。
そんなファイをしばらく見つめて、ユゥイはまた溜息をついた。
「そんなに懐いちゃったの? ファイ、まさかとは思うけど、その人って女の人?」
「違うよ? でっかい男の人。あと黒い」
「……ああ、そう」
ユゥイは少し迷ったように頭上を見上げた。うーんと一つ唸って、諦めたような顔をした。
「ないこともないけど……っていうか、簡単だよ。ファイなら」
「え?」
「人間になりたいんでしょ?」
「うん!」
「ただし……」
きゅっと眉間に皺を寄せたユゥイが、人差し指をファイの鼻先にくっつけた。
「お礼とお別れを言ったら、すぐに戻ってくること。約束守れる?」
「ユゥイ……!」
キラキラと目を輝かせたファイは、伸びあがってユゥイの顔を思いっきり舐めた。
「いた、いたたっ、顔はよしてっていつも言ってるでしょ!」
「それでそれで? ちゃんと守るから教えてー!」
「……念じればいいんだよ」
「ねじる?」
「そうじゃなくて」
ぺちっと額を叩かれた。
「前も言ったよね? ファイは凄い魔力を持ってるって。だから、とりあえずなりたい姿をイメージして、強く念じればいいよ。ほら、簡単」
ね? と言って笑うユゥイに、流石のファイもちょっと不信感を募らせる。
「……初耳にゃんだけど」
「言ったことないからね」
「あのさ……オレ的にはユゥイが派手に魔法かけてくれるとか、魔法の薬を渡してくれるとか、何か禍々しい呪文を教えてくれるとか、そーゆうの想像してたんだけど……」
「世の中そんなにベタじゃないよファイ。自分を信じて、やってごらん?」
「なんか物凄く胡散臭い気がするにゃあ……」
半信半疑。そんなアホな。
冗談を言ってからかっているとしか思えなかったが、しょうがないのでファイは素直に目を閉じた。
なりたいのは人間。大人の男の人がいい。
一瞬だけ黒鋼の姿がよぎったが、別に黒鋼になりたいわけじゃない。そもそも黒鋼と話がしたいのに、自分が同じ姿になるというのは、おかしな話だ。
次に、あの初めて遭遇した人間である中年のオッサンが頭に浮かんだが……論外である。
なら、一番イメージしやすい人間といえば……?
要領なんてまるきり解らなかったが、とりあえず想像して、集中してみて。
すると、ポンッという悲しいほど安っぽい音がして、白い煙が上がった。
ぎゅっと閉じていた目を見開く。ゆっくりと煙が晴れていって、それまでとは全く違う位置にユゥイの驚いた顔があった。
見下ろされるのではなく、見下ろしている。
幾度か瞬きをした。そして自分の身体を見下ろしてみる。
白いことに変わりはないが、毛の生えていない肌。ちょっとなよなよしているけれど、長い手足もはっきりと確認できる。
「わ、わぁ~……」
ファイは感動の声をあげた。
右手をにぎにぎして、肉球がないことや爪が短くて平べったいことも確認した。両手で頬に触れても、あの長いヒゲがしっかり消えている。
「まさかの大成功~……」
「……あのさ」
「ユゥイ、オレ人間になったぁ~!」
「それはいいんだけどね……どうしてボクは、猫耳と尻尾をくっつけた全裸の自分を膝に乗せてるんだろう?」
「えー?」
ファイはユゥイの膝の上で変身してしまったため、現在向き合うように馬乗りになっている状態だった。
「だってー、イメージしやすかったんだもんー」
「だからって……」
重いからどけて、と言うユゥイに従い、恐る恐る片足を地面につけた。
初めての二足歩行。少しよろけたが、二本の足でしっかり立つことが出来た。
ユゥイは改めて自分の身体を見下ろして感極まっているファイを尻目に、椅子から立ち上がると部屋の隅の引き出しの中から手鏡を取り出した。
「ほら」
「わ、わ、わ!」
ユゥイが鏡をこちらへ向けたので、ファイは目を輝かせながらそれを覗きこむ。
そこには少し頬を上気させて、感動に目を潤ませた『ユゥイ』の顔があった。
金色の髪はゴムで縛るくらいには長いユゥイと違って、毛先が少し肩にくっつく程度の短さで、頭には白い耳がふたつ、ぴょこんと生えている。
どうやら尻尾もあるようで、首だけ後ろを振り向くと、丸い尻のすぐ上に白いふさふさが生えていた。
「凄い……本当に簡単に変身できちゃったよー!」
「とりあえず服着ようかファイ……なんか、見てられない……」
そう、ファイはまるっとユゥイをイメージして、変身に見事成功したのである。
だが、魔法はすぐに解けてしまった。
ユゥイが服を取り出すまでもなく、ファイは次の瞬間、また猫の姿に戻ってしまったのだ。
「あ、あれ~?」
白い煙の中、ファイは全身から力が抜けるのを感じて、ぺちゃんと尻餅をついた。
「な、なんで~?」
少し頭がクラクラする。
すぐにユゥイが抱き上げて、ロッキングチェアのクッションの上に乗せてくれた。
「戻っちゃったよユゥイ~」
「いきなり慣れないことしたから、疲れちゃったんだね」
「そんなぁー……」
「でも、挨拶するくらいの時間は変身できたでしょ? 十分じゃない?」
「……そうだけど」
「何か問題あるのかな?」
ニコリと笑ったユゥイが、ずいっと屈んで顔を近づけてきた。
その威圧感に、ファイは渋々「ありません」と答えた。
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