2025/09/19 Fri ユゥイ、複雑な親心の巻 厳密に言えば、ファイの変身はほぼ失敗だった。 完全に変身しようと思えば、まず猫の耳や尻尾は必要ない。いくら魔力が高いとはいっても、生まれてから数百年の時を、ずっと猫として生きてきたのだから、最初から上手くいかないのは当然と言えば当然だ。 それでもあそこまで見事にコピーできたのだから、見上げたものだと思った。 少しだけご飯を食べて「ちょっとしたら起こして」と力なく言ったファイは今、ロッキングチェアのクッションの上で眠っている。 その呑気な寝顔に、先刻から溜息が絶えない。 全く、面倒なことになったものだ。まさかファイが言いつけを破って、人間の世界に行ってしまうなんて。 無理やり連れ戻せないこともなかったが、ユゥイも心配する傍ら、少し腹立たしかったのだ。 どうせすぐに泣きながら帰って来るだろうと思っていた。けれど待てど暮らせど、戻って来ない。 どんなに離れていても、ユゥイはファイの存在を感じることが出来たから、彼が無事でいることは分かっていた。 だからファイが自らの意思で帰って来るのを、ジリジリとしながら待っていたのだ。 「なのに……」 帰って来たと思ったらこれだ。 どうせ怖い目にあって、ボロ雑巾のようになって戻って来て、もう二度と人間の世界になど行きたがらないだろうと思っていた。 それがその逆。 しかも人間になりたいなんて妙なおまけ付き。 言い出したら聞かないということが今回の件でハッキリしたことだし、きっとダメだと言っても無駄だろうと。 「どうせ上手くいかないよ……」 この世界の常識は、全てにおいて人間の世界での非常識だ。猫が人間に変身するなんて、現実にはまずありえない。 どんなに綺麗な理由を並べたとしても、相手の人間からしてみれば、ファイなどただのコスプレ好きの変態にしか映らないに違いなかった。 それでも行かせることを許可したのだから、自分も大概意地が悪い。 「ファイなんか、ちょっとは懲りて帰ってくればいいんだよ」 可愛い子には旅をさせろ……ともいうし、お灸をすえる意味でも好きにさせよう。 とりあえず面倒なことは早く終わった方がいい。 気持ちよく寝ているところ申し訳ない気もしたが、ユゥイはファイを起こすことにした。 +++ 「いいねファイ、リミットは人間の世界で24時間だよ。明日の今頃までに戻って来なかったら、完全に扉閉じちゃうからね」 まさかこんな場所に『穴』が開いていたとは。ユゥイも迂闊だった。 例の歪があるタワーと大木の前で、少し元気がないファイにきつく言い聞かせる。 「わかったよぅ……挨拶したらちゃんと戻るー」 内側がピンク色の耳をぺたんと下げて、ファイはこちらに背中を向けるとのろのろと隙間に向かった。 今はユゥイの意思で扉を開いている。 「じゃあねー、ユゥイー」 隙間に入り込む瞬間、ファイは振り向いて肉球のついた手を振った。しょうがないのでそれに返してやる。 「いってらっしゃい。気をつけてね」 「はぁい……」 覇気のない返事をしながら、白猫は隙間に飲み込まれていった。 それをいつまでも見送りながら、ユゥイはまた何度目かの溜息を零す。 あれだけ言えば、ちゃんと戻って来るだろう。多分。 諦めて家に戻ろうとして、ハッとした。 「しまった……」 服を持たせるのを……忘れた……。 ←戻る ・ 次へ→
厳密に言えば、ファイの変身はほぼ失敗だった。
完全に変身しようと思えば、まず猫の耳や尻尾は必要ない。いくら魔力が高いとはいっても、生まれてから数百年の時を、ずっと猫として生きてきたのだから、最初から上手くいかないのは当然と言えば当然だ。
それでもあそこまで見事にコピーできたのだから、見上げたものだと思った。
少しだけご飯を食べて「ちょっとしたら起こして」と力なく言ったファイは今、ロッキングチェアのクッションの上で眠っている。
その呑気な寝顔に、先刻から溜息が絶えない。
全く、面倒なことになったものだ。まさかファイが言いつけを破って、人間の世界に行ってしまうなんて。
無理やり連れ戻せないこともなかったが、ユゥイも心配する傍ら、少し腹立たしかったのだ。
どうせすぐに泣きながら帰って来るだろうと思っていた。けれど待てど暮らせど、戻って来ない。
どんなに離れていても、ユゥイはファイの存在を感じることが出来たから、彼が無事でいることは分かっていた。
だからファイが自らの意思で帰って来るのを、ジリジリとしながら待っていたのだ。
「なのに……」
帰って来たと思ったらこれだ。
どうせ怖い目にあって、ボロ雑巾のようになって戻って来て、もう二度と人間の世界になど行きたがらないだろうと思っていた。
それがその逆。
しかも人間になりたいなんて妙なおまけ付き。
言い出したら聞かないということが今回の件でハッキリしたことだし、きっとダメだと言っても無駄だろうと。
「どうせ上手くいかないよ……」
この世界の常識は、全てにおいて人間の世界での非常識だ。猫が人間に変身するなんて、現実にはまずありえない。
どんなに綺麗な理由を並べたとしても、相手の人間からしてみれば、ファイなどただのコスプレ好きの変態にしか映らないに違いなかった。
それでも行かせることを許可したのだから、自分も大概意地が悪い。
「ファイなんか、ちょっとは懲りて帰ってくればいいんだよ」
可愛い子には旅をさせろ……ともいうし、お灸をすえる意味でも好きにさせよう。
とりあえず面倒なことは早く終わった方がいい。
気持ちよく寝ているところ申し訳ない気もしたが、ユゥイはファイを起こすことにした。
+++
「いいねファイ、リミットは人間の世界で24時間だよ。明日の今頃までに戻って来なかったら、完全に扉閉じちゃうからね」
まさかこんな場所に『穴』が開いていたとは。ユゥイも迂闊だった。
例の歪があるタワーと大木の前で、少し元気がないファイにきつく言い聞かせる。
「わかったよぅ……挨拶したらちゃんと戻るー」
内側がピンク色の耳をぺたんと下げて、ファイはこちらに背中を向けるとのろのろと隙間に向かった。
今はユゥイの意思で扉を開いている。
「じゃあねー、ユゥイー」
隙間に入り込む瞬間、ファイは振り向いて肉球のついた手を振った。しょうがないのでそれに返してやる。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「はぁい……」
覇気のない返事をしながら、白猫は隙間に飲み込まれていった。
それをいつまでも見送りながら、ユゥイはまた何度目かの溜息を零す。
あれだけ言えば、ちゃんと戻って来るだろう。多分。
諦めて家に戻ろうとして、ハッとした。
「しまった……」
服を持たせるのを……忘れた……。
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