2025/09/19 Fri 鍵はかけた。 カーテンを閉め切った薄暗い室内には、それでも微かに夕日の橙が零れて二つの陰影をより際立たせる。 窓を背にして机に腰を落ち着けたファイは、今ではあまり見下ろせなくなった黒鋼の瞳を覗きこんだ。大きなビー玉のようだったそれはスッキリとした切れ長の形に整い、燃えるような赤だけが今はただ懐かしい。 昔はいつまでも変わらず幼いままでいてほしいと願っていた。小さな子供だった彼のことが可愛くて、いつかの子犬と重ねて見ていた節もある。 だから再会してすぐの時は、あまりにも記憶の中の姿とかけ離れていたものだから、認めたくなくて突っぱねてしまった。 それが今ではどうだ。成長した黒鋼はその逞しいオスの魅力で、ファイをメスのようにいとも簡単に発情させる。 下から掬われるように受ける口付けは力強いのに優しくて、奪うように激しいのに、ファイの中に溢れるほどの優しい愛を注ぐようだった。 同じだけ返せているのか自信はないけれど、必死でそれに答えながら震える指先をワイシャツのボタンとネクタイを解くために動かした。 黒鋼の大きな手もファイの白衣はそのままにインナーの裾に忍び込む。それを胸の上までたくしあげられたとき、絡めとられた舌を吸われて肩が跳ねた。 どうにか外すことに成功していたネクタイを床に落とし、ボタンを中途半端に外したところでファイは動けなくなった。その首に両腕を回してしがみつくだけで精一杯で、せめて唾液の一滴も逃してなるものかと貪ることに夢中になる。 血液がどんどん沸騰して、肌の表面を粟立たせるのを感じた。 「は、ぁ……ッ」 黒鋼の指先が皮膚をなぞり、胸の粒を掠めた。 咄嗟に喉を反らすと糸を引きながら離れる唇が名残惜しくて、頭を引き寄せるけれど、黒鋼はファイの痣の残る口端に音を立てて口付けるだけだった。 そのまま獣が傷を癒すように幾度か舌を這わされて、くすぐったさに身体が揺れる。 「ふふ、くすぐったいってば」 「……残るか?」 「ん」 「これ、残るか?」 武骨な指先が、星座をなぞるような繊細さで皮膚の上の幾つもの小さな瘡蓋をたどる。温もりに乗せられた労わりを肌で感じて、少しだけ泣きたい気持ちになった。ゆっくりと首を左右に振るファイに、黒鋼は切なげに赤い瞳を細めた。 「残らないよ」 彼の方が、ずっと傷ついているように見えるのはなぜだろう。 羽根に触れるような気持ちでそっと両頬を包み込んで、その額にこつんと自分の額を押し付けた。 「黒たんが、いっぱい愛してくれたらね」 喉を隆起させながら零された熱い吐息に、肌をくすぐられる。 再び重ねられた唇はすぐに離れたけれど、首筋や耳の裏側を這いながら水音を響かせて、ファイを甘く震えさせた。 大きな手が胸に這わされると、親指で小さく膨らんだ粒を擦り上げる。咄嗟にあがったか細い悲鳴に、黒鋼が耳元で笑った気がした。 「弱いな、ここが」 低い囁きにゾクゾクと背筋を電流が駆け抜けて、思わず首を嫌々と振る。 スーツの肩口にくっきりと皺が刻まれるほど強く爪を立て、縋りついていなければ蕩けて消えてしまいそうだった。 「違う、よ……」 「どう違う?」 「声、が」 「声?」 黒鋼の指先が硬くしこったその一点をきゅっと摘まみ、転がしてはファイが示す反応を楽しんでいる。 甘ったるいのに切なくて、むずむずするようなその刺激にじれったさを感じつつも、ファイを最も狂わすのはその低い声に他ならない。 「あっ、ん、声……黒たんの声……っ」 「そんなに好きか」 「ん、好き……おかしく、なる……」 ふっと小さく吹き出す息が耳朶をくすぐる。低いが芯のあるそれが、欲情して僅かに掠れているのが堪らなかった。 この声に命じられれば、どんな恥ずかしいことだって従ってしまうかもしれない。嫌というほど苛めてほしいし、気が狂うほど可愛がってほしい。 「ねぇ、早く……」 いてもたってもいられず急いた物言いをすれば、黒鋼は胸に這わせていた手をするりと下降させていく。 中心は張り詰めているのが傍目にも分かるほど、窮屈そうに布を押し上げていた。 手がそこにかぶさり、焦らすようにゆるゆると撫で摩る。どうしようもなく身体が震えるのを強く唇を噛みしめることで耐えながら、ファイは目尻に大粒の涙を貯め込んだ。 早く、と悲鳴を上げそうになったところで、ベルトを外される金属音にぐっと息を詰めた。 寛げられたそこから下着の中に指先が入り込み、そのままくの字に曲げて引っかけるようにして下にずらされると、張り詰めた性器が顔を覗かせた。 先端がすでに湿っているのが、微かに射しこむ光の中でもよく分かる。 「濡れてる」 「ん、ぅ……はずか、し……」 羞恥に耐えきれず零れそうになった涙を、ジャケットの肩に擦りつけて吸い込ませる。 黒鋼の手が白衣越しに背中を幾度か撫でて、同時に硬くなった性器に指が絡みついた。 「はぁッ、ん……!」 大きく腰が跳ね、机が軋む。 必死で唇を噛んで声を殺そうとしても、黒鋼の手に包み込まれたそれが擦られて水音を響かせる度に、甘ったるい痺れが頭の天辺にまで届いて押さえきれなかった。 「あっ、ま、いく……ッ、や……!」 「しんどいだろ。一回イッとけ」 「だめ、だめ、おねがい……ッ」 痙攣する内腿が限界を知らせ、ファイはこのまま飲みこまれてしまいたい欲求に突き動かされながらも、咄嗟に太い手首を掴んで遠ざけた。 高ぶったまま放りだされた性器が、先走りを零しながら切なく揺れる。 「なんだ、我慢すんな」 「違う、よ……イクの、黒たんのじゃなきゃヤダ……一緒がいいの」 今すぐこの張り詰めた欲求を解放したい気持ちはあるけれど、自分だけ先走るのはどうしても嫌だった。黒鋼にも同じように気持ち良くなってほしい。一刻も早く同じ熱を分け合いたい。 潤んだ瞳で切実に訴えて見せれば、黒鋼は眉間の皺を濃くしながら小さく息を詰めた。それから、深い溜息を零してがっくりとファイの胸に顔を埋めて来る。 何かおかしなことを言ってしまったのだろうか。緩く首を傾げながらその頭部を緩く抱きこむ。 「ど、どしたの?」 「……堪ったもんじゃねぇよ」 「黒たん、耳まで真っ赤だ……」 不思議そうに呟くと、ぶっきらぼうな声が「うるせぇ」と吐き捨てて、乱暴に手を振り払われてしまった。 * 机に上半身を預けるように伏してしまえば、背後にいる黒鋼に丁度いい高さに尻を突き出す姿勢になった。 下着ごとすっかり地に落ちたスラックスが足首に絡みつき、かろうじて袖を通しているだけの白衣は腰に引っかける形でめくり上げられている。 男らしい節くれだった指が二本、潤滑剤代わりに引っ張り出したハンドクリームの助けを借りて、ぬるぬると中で蠢いている。 羞恥心は全身の皮膚の内側で沸々と煮えたぎり、健全な学び舎で淫らな行為に耽る罪悪感が、剥がれ落ちてしまったはずの理性をうっすらと蘇らせた。ねっとりと濡れた音が、今更のようにいたたまれなさの糸を引く。 それでも黒鋼によってゆっくりと開かれていく身体の奥が、狂おしく疼いて仕方がない。出入りする指の節が肉襞に引っかかる度に腰が跳ねた。 「は、んッ、ね……も、いい……」 堪え切れず、身体を捻って背後へ視線を向けると訴えた。 ちらりとだけ目を合わせてきた黒鋼は、表情こそ平然としてはいるものの、額にうっすら汗を滲ませている。 本当は自分だって余裕がないくせに、こんなときまで時間をかけて慣らさなくてもいいのに。優しい彼は初めての時、ファイが散々泣き喚いたことを未だに気にしているに違いない。 ファイだって、あんな酷い思いは二度としたくないと思っていた。それが今はその痛みすら一刻も早く自分のものにしたくて堪らない。 「ねぇ……っ」 「うるせぇな」 さらに急かせば、咎めるように指が内側をぐるりと擦った。ひ、と声にならない悲鳴を上げたファイは、一度大きく背を反らしたあと、くったりとまた机に伏してしまう。 はくはくと浅い呼吸を繰り返しながら涙を滲ませる自分は、急所に浅く牙を突きたてられながら、焦らすように生かされる草食動物のようだ。 いっそ人思いにトドメを刺してくれた方がよほどいい。訪れる瞬間をただ待ちわびるのは、ひたすら辛いだけだった。 「泣く思いすんのはてめぇだぞ」 ファイだって、まだ気持ちの準備しか整っていないことは承知している。でもこれ以上は待てなかった。早く中をいっぱいに満たして、掻き回してほしい。 中途半端に高ぶらされたまま放りだされている性器が、ぽたぽたと先走りを零して床を汚していた。 「お願い……痛くてもいいから、もう我慢するの、嫌……」 出て行こうとする指を、無意識にきゅっと締め付けた。 黒鋼が舌を打つのが分かる。抗うように乱暴に引き抜かれ、寒気にも似た痺れにぶるりと震える。 今度は首だけ動かすと、微かな金属音と共に黒鋼が前を寛げる様子が視界の端に映った。取り出された赤黒い性器は血管がくっきりと浮き上がるほど勃起していて、あれを飲み込むのだと思うと、未だに信じられなかった。 黒鋼の大きな手が薄い尻の肉を幾度か揉みほぐし、ついに先端が押し付けられた。期待と歓喜に吐息が漏れる。 「ッ――!」 がっちりと腰を掴まれ、引き寄せられると同時に黒鋼も腰を進める。 穴が限界まで押し広げられるような引き攣った感覚と、徐々に潜り込んでくる巨大な熱の塊に、息ができない。 「ひ、ぅ……! ――ッ!!」 いっそ大きな声で叫べたら、感覚的に多少は楽だったのかもしれないが、待ちわびた瞬間でさえここがどこであるかを忘れることはできなかった。 だからこそ背徳的な快楽が、確かにあるはずの痛みを麻痺させる。 黒鋼が微かに零す苦しげな呻きが耳の裏側に押しつけられて、背中に受け止める鼓動が身体だけでなく心まで埋め尽くすようだった。 「やっぱ狭ぇな……」 「くろ、た……」 息も絶え絶えに首を捻ると同時に背後から伸びて来た手がファイの顎をさらい、噛みつくように唇が押し付けられた。 最後の一押しとばかりにズンと腰を打ちつけられ、脳天を貫くような衝撃に漏れそうになった悲鳴も全て奪われる。 酸欠に伴い頭の芯が痺れはじめ、それは身体の内側から四肢の先に至るまで急速に広がった。 中で脈打つ熱が愛しくて、支配されているという実感が止め処なく悦びを増幅させる。 「ふぅ、ん……ッ」 強く擦りつけるように舌を絡め合い、二人分の唾液がファイの口の端を伝った。 抽挿が開始されると唇はおのずと離れた。黒鋼の手も顎から離れ、ファイが崩れ落ちないようにとしっかり腰に回される。 それでも奥を突かれる度に膝が踊り、床から踵が浮き上がる。 「ひッ、ぁ、すご、ぃ、響く……っ」 脈打つ肉棒が内壁を強く擦り上げ、そこから生まれる電流が全身を稲妻のように駆け巡る。 どうにかして声を抑えようと下唇に歯を立てても、突き上げられる度にぽっかりと口が開いてしまう。 腰から下がぐずぐずに溶けてしまいそうな快感に、気が触れそうだった。 (オレ、先生なのに……) 学校という場所で、教師という立場で。 年下の男に尻を向けて腰を振り、太い楔に穿たれながら女のように啼いている。正気の沙汰とは思えない状況が、むしろ感情を高ぶらせることに拍車をかけた。 締め付けがきついのか、時折漏れ聞こえる黒鋼の低い呻きが鼓膜を揺るがす。限界がすぐ目の前に迫っていた。 「い、ぁ! イッく……!」 視界が白に染まりかけた、まさにその瞬間。 ――ガタンッ 背後で扉が悲鳴を上げて、重なり合う二人は同時に息を飲むと硬直した。 『あれ、鍵かかってる。ファイ先生ー?』 その声は、聞き覚えのある女子生徒のものだった。 『おかしいなー。なんか物音が聞こえてたと思ったんだけど……』 『鍵かけて寝てるとか?』 『あはは! ファイ先生ならありえるー!』 生徒は一人ではなく、複数いるようだった。 震える両手で咄嗟に唇を覆い隠しながら、心臓がドカドカと音を立て、冷や汗が背筋を伝う。 ふ、と耳元で黒鋼が小さく笑った。 「モテる教師は辛ぇな」 「ッ、なに言って……」 小声で耳元に囁く声はどこか楽しげで、こんな状況でよくも落ち着いていられるものだと焦りが増した。 何の用があるかは知らないが、今は諦めてもらうより他にない。一刻も早く帰ってくれと願うばかりのファイだったが、次の瞬間ひゅっと息を飲んだ。 「――ッ!?」 信じられないことに、黒鋼がゆっくりと腰をグラインドさせた。 同時に背後から伸びて来た手が、口元を覆っていたファイの手にかぶさり強く押さえつける。 「ッ!? ぅ……!?」 無理に振り向こうとしても身動きができず、体重でもって机に強く押しつけられたままどうにもできない。 黒鋼はゆっくりと腰を前後に揺らし、ファイの感じる場所を目がけてわざとらしく刺激する。 (う、嘘……ほんとになに考えてるの!?) 「~~ッ!! ッ、ぅ……! ッ――!!」 凍りついたように動きを止めていた神経を、強制的に揺さぶられる。 息もできないまま煽られる性感が、窮地にあっていっそう増していくのを止められない。 『ねぇ、やっぱいま声しなかった?』 『ファイ先生ほんとにいないのー?』 ぐ、ぐ、と肉棒に穿たれる中、女子生徒達の声が酷く遠くに聞こえる。目を虚ろにさせたファイは、胸の奥底に凄まじい葛藤を抱えながら涙を流す。 もしこんな恥ずかしい姿を見られたら。声を聞かれたら。仕事上の立場以前に、人としてもう世間に顔向けできなくなってしまう。 なのに、もう。 (だめ、だめ、お願い帰って……! このままじゃオレ……!) 『ねぇー、もう明日にして帰ろうよー』 『せっかくお菓子とジュース買ってきたのにぃ』 (帰って! 帰って! もう、ダメ……!) 膝が、内腿が、小刻みに痙攣する。黒鋼の切っ先がファイの弱点を強く擦り上げた瞬間、全身が硬直して目の前が白く弾けた。 『ちぇ、慰めてあげようと思ったのにぃ』 『どうせ黒鋼先生のメアド聞き出すのが目的だったくせにー』 『ち、違うったら!』 笑い声が遠ざかり、足音も聞こえなくなると、再び室内に静寂が満ちる。 そこで黒鋼はやっと動きを止めた。 「……おまえ、まさかイったのか?」 息を詰めたままビクンビクンとのたうつファイは、彼の言う通り達していた。 「ッ、ぁ、――ッ、ひ、ぃ……っ!!」 「おい?」 どういうわけか、絶頂が尾を引いたまま一向に収まらない。 ピンと糸が張り詰めたように身体を硬直させ、苦しげに呻くファイを見て、流石の黒鋼も戸惑っているのがわかった。 「と、まん、ない……ッ、たすけ……!」 黒鋼はファイの勃起したままの性器に触れ、それから床の濡れ具合に目を走らせると感慨の息を漏らした。 「すげぇな、おまえ」 なにひとつ飲みこめないまま溺れるだけのファイは、彼が一体何に感心しているのかがまるで理解できない。 ただ、この身が何かとてつもない状態に陥っているのだけは分かる。通常の絶頂感とは、何かが明らかに違うのだ。いうなれば身体の奥が熱暴走を起こし、そこに追いうちをかけるかのように雷が降り注いだような。 確かにイッているはずなのに、高い場所に打ち上げられたまま戻ることができない。恐ろしくなって、必死で首を左右に振った。 「や、だ! こわい……ッ! 気持ちいいの、とまんない……!!」 「どんな感じだ? ドライでイクってのは」 「ど、ラ……?」 黒鋼が低く笑い、背後から獣のように耳朶を噛まれる。 ファイの痴態は黒鋼の加虐性の火に、より一層の油を注いだらしい。痙攣を繰り返す身体に容赦のない突き上げが繰り返され、舌を噛みそうになる。 放りっぱなしの性器は射精による終わりに至れないまま、赤く腫れあがって薄い蜜だけをまき散らしていた。 いまだかつて経験したことのない無慈悲ともいえる快感に、このまま殺されてしまうような気がした。 「ッ、! ひ、ぎ……ッ、ゃ、め! くろ、ま、た、イッ――!!」 「好きなだけイっちまえ」 視界が白と赤に点滅したまま、元に戻らなかった。 おそらく二度目であろう絶頂にも終わりがなくて、ひたすら上昇を続けるそれにどれほど泣いても、黒鋼はファイを解放しない。 机に縋っていてさえ立っていられず、膝から床に崩れ落ちてからも、気が狂いそうなほどに攻めは続いた。 一切の間を与えず訪れた三度目に、いよいよ神経の糸が焼き切れる寸前で、黒鋼が低く呻いた。引き抜かれた性器が放つ熱い迸りが尻や白衣を汚す。 黒鋼が絶頂の余韻に呼吸を荒げながら、ファイの勃起したままの性器に触れた。幾度か扱かれ、ファイもそこでようやく射精するに至った。 勢いよく噴き出すというよりは、どろどろと垂れ流すような長い射精だった。 * 「生きてるか?」 ペチペチと頬を緩く叩かれて、ファイはずっしりと重たい瞼をこじ開けた。 少しの間、意識を失っていたらしい。ぼんやりとしたまま視線を走らせて、自分が胡坐をかいた黒鋼の腕の中に横抱きの形で座り込んでいることに気がつく。 身なりはすっかり整えられているが、確かに着ていたはずの白衣だけが脱がされており、床にぐしゃぐしゃの状態で放られている。 咄嗟の後始末に利用されたようだ。せっかく新品だったのに……と打ちひしがれるファイを余所に、黒鋼は満足そうだった。 苛めすぎたなと、そんなことを口走りながら強く抱きしめてくる。 もう少し意識がはっきりしていたら、一発殴るくらいのことはしていたかもしれない。 「黒たんのばか! いじめっ子ー!」 拳を握る力すらなく、ファイはただ震えながら掠れた声を張り上げた。やっぱりこの男は成長過程で何かしら道を踏み外してきたに違いない。 純粋で真っ直ぐだった少年が、今やサドっ気たっぷりに成長しきっていたことに、切なさすら覚える。 「満足したならいいじゃねぇか」 「過ぎたるはなんとかかんとかだよー!」 「知らねぇなら無理して難しいこと言おうとすんな」 (もー! やっぱりおっきい黒ワンコは可愛くないー!!) もはや口ですら勝てないような気がして、ファイは真っ赤な顔を乱暴にその胸に擦り付ける。 黒鋼は鼻で笑いながら、すっかり乱れた金の髪をくしゃくしゃとさらに乱した。 面白くないなぁなんて感じつつ、先に欲しがったのは自分だし、途中からえらいことにはなったものの、心も身体も十分すぎるくらい満たされているのは事実だった。 これだけ壮絶な体験をしてしまえば、全く別の意味でトラウマになってしまうような気がしないでもないが……。 「なぁ、機嫌直せよ」 ぷうっと頬を膨らませるファイの目尻に、小さなキスが落とされた。それだけで乙女のようにキュンとしてしまう自分が情けない。 ただのドSな俺様野郎かと思いきや、事後のケアまでしっかりこなすのだから、本当に恐ろしい男だと思った。 顔を赤らめつつ、照れ臭さと悔しさがない交ぜになっているファイの複雑さなど知りもせず、黒鋼は金色の髪を梳いては口付け、決して身を離そうとしない。 このまま放っておけばまた火がつきかねないと危機感を覚えた時、ふと窓の外がすっかり暗くなっていることに気付いてハッとする。そういえば室内に灯りが灯されていることにも、たった今気がついた。 「あー!!」 「なんだよ」 「黒様! 飲み会行かなくていいの!?」 「あ? ああ、それか」 「早く行かないとみんな待ってるよー!」 「いや、いい」 「?」 焦るファイとは対照的に、黒鋼はまるで気にしていない様子だった。 「はなから行くつもりなんざなかったからな」 「え、なんで?」 きょとんとして首を傾げると、彼はガリガリと頭を掻きながらそっぽを向いた。 「……察しろ、阿呆」 「ッ!」 もうこれ以上は無理というところまで、頬が紅潮していくのを感じる。 そうか、そういうことか。彼はちゃんと、最後の夜を一緒に過ごしてくれるつもりでいたのか。 いつだって何を差し置いてもこちらを優先してくれる黒鋼の愛情に、なんだか砂糖を吐きだしそうなくらい甘ったるい気分になる。 さっきまで一人悶々としながら不貞腐れていたことへの恥ずかしさも手伝って、眉尻を下げながらファイは「えへへ」とはにかんだ。 黒鋼も照れ臭くてしょうがないのか、ムッとした顔をしながらそんなファイの頬を軽くつついた。 ←戻る ・ 次へ→
カーテンを閉め切った薄暗い室内には、それでも微かに夕日の橙が零れて二つの陰影をより際立たせる。
窓を背にして机に腰を落ち着けたファイは、今ではあまり見下ろせなくなった黒鋼の瞳を覗きこんだ。大きなビー玉のようだったそれはスッキリとした切れ長の形に整い、燃えるような赤だけが今はただ懐かしい。
昔はいつまでも変わらず幼いままでいてほしいと願っていた。小さな子供だった彼のことが可愛くて、いつかの子犬と重ねて見ていた節もある。
だから再会してすぐの時は、あまりにも記憶の中の姿とかけ離れていたものだから、認めたくなくて突っぱねてしまった。
それが今ではどうだ。成長した黒鋼はその逞しいオスの魅力で、ファイをメスのようにいとも簡単に発情させる。
下から掬われるように受ける口付けは力強いのに優しくて、奪うように激しいのに、ファイの中に溢れるほどの優しい愛を注ぐようだった。
同じだけ返せているのか自信はないけれど、必死でそれに答えながら震える指先をワイシャツのボタンとネクタイを解くために動かした。
黒鋼の大きな手もファイの白衣はそのままにインナーの裾に忍び込む。それを胸の上までたくしあげられたとき、絡めとられた舌を吸われて肩が跳ねた。
どうにか外すことに成功していたネクタイを床に落とし、ボタンを中途半端に外したところでファイは動けなくなった。その首に両腕を回してしがみつくだけで精一杯で、せめて唾液の一滴も逃してなるものかと貪ることに夢中になる。
血液がどんどん沸騰して、肌の表面を粟立たせるのを感じた。
「は、ぁ……ッ」
黒鋼の指先が皮膚をなぞり、胸の粒を掠めた。
咄嗟に喉を反らすと糸を引きながら離れる唇が名残惜しくて、頭を引き寄せるけれど、黒鋼はファイの痣の残る口端に音を立てて口付けるだけだった。
そのまま獣が傷を癒すように幾度か舌を這わされて、くすぐったさに身体が揺れる。
「ふふ、くすぐったいってば」
「……残るか?」
「ん」
「これ、残るか?」
武骨な指先が、星座をなぞるような繊細さで皮膚の上の幾つもの小さな瘡蓋をたどる。温もりに乗せられた労わりを肌で感じて、少しだけ泣きたい気持ちになった。ゆっくりと首を左右に振るファイに、黒鋼は切なげに赤い瞳を細めた。
「残らないよ」
彼の方が、ずっと傷ついているように見えるのはなぜだろう。
羽根に触れるような気持ちでそっと両頬を包み込んで、その額にこつんと自分の額を押し付けた。
「黒たんが、いっぱい愛してくれたらね」
喉を隆起させながら零された熱い吐息に、肌をくすぐられる。
再び重ねられた唇はすぐに離れたけれど、首筋や耳の裏側を這いながら水音を響かせて、ファイを甘く震えさせた。
大きな手が胸に這わされると、親指で小さく膨らんだ粒を擦り上げる。咄嗟にあがったか細い悲鳴に、黒鋼が耳元で笑った気がした。
「弱いな、ここが」
低い囁きにゾクゾクと背筋を電流が駆け抜けて、思わず首を嫌々と振る。
スーツの肩口にくっきりと皺が刻まれるほど強く爪を立て、縋りついていなければ蕩けて消えてしまいそうだった。
「違う、よ……」
「どう違う?」
「声、が」
「声?」
黒鋼の指先が硬くしこったその一点をきゅっと摘まみ、転がしてはファイが示す反応を楽しんでいる。
甘ったるいのに切なくて、むずむずするようなその刺激にじれったさを感じつつも、ファイを最も狂わすのはその低い声に他ならない。
「あっ、ん、声……黒たんの声……っ」
「そんなに好きか」
「ん、好き……おかしく、なる……」
ふっと小さく吹き出す息が耳朶をくすぐる。低いが芯のあるそれが、欲情して僅かに掠れているのが堪らなかった。
この声に命じられれば、どんな恥ずかしいことだって従ってしまうかもしれない。嫌というほど苛めてほしいし、気が狂うほど可愛がってほしい。
「ねぇ、早く……」
いてもたってもいられず急いた物言いをすれば、黒鋼は胸に這わせていた手をするりと下降させていく。
中心は張り詰めているのが傍目にも分かるほど、窮屈そうに布を押し上げていた。
手がそこにかぶさり、焦らすようにゆるゆると撫で摩る。どうしようもなく身体が震えるのを強く唇を噛みしめることで耐えながら、ファイは目尻に大粒の涙を貯め込んだ。
早く、と悲鳴を上げそうになったところで、ベルトを外される金属音にぐっと息を詰めた。
寛げられたそこから下着の中に指先が入り込み、そのままくの字に曲げて引っかけるようにして下にずらされると、張り詰めた性器が顔を覗かせた。
先端がすでに湿っているのが、微かに射しこむ光の中でもよく分かる。
「濡れてる」
「ん、ぅ……はずか、し……」
羞恥に耐えきれず零れそうになった涙を、ジャケットの肩に擦りつけて吸い込ませる。
黒鋼の手が白衣越しに背中を幾度か撫でて、同時に硬くなった性器に指が絡みついた。
「はぁッ、ん……!」
大きく腰が跳ね、机が軋む。
必死で唇を噛んで声を殺そうとしても、黒鋼の手に包み込まれたそれが擦られて水音を響かせる度に、甘ったるい痺れが頭の天辺にまで届いて押さえきれなかった。
「あっ、ま、いく……ッ、や……!」
「しんどいだろ。一回イッとけ」
「だめ、だめ、おねがい……ッ」
痙攣する内腿が限界を知らせ、ファイはこのまま飲みこまれてしまいたい欲求に突き動かされながらも、咄嗟に太い手首を掴んで遠ざけた。
高ぶったまま放りだされた性器が、先走りを零しながら切なく揺れる。
「なんだ、我慢すんな」
「違う、よ……イクの、黒たんのじゃなきゃヤダ……一緒がいいの」
今すぐこの張り詰めた欲求を解放したい気持ちはあるけれど、自分だけ先走るのはどうしても嫌だった。黒鋼にも同じように気持ち良くなってほしい。一刻も早く同じ熱を分け合いたい。
潤んだ瞳で切実に訴えて見せれば、黒鋼は眉間の皺を濃くしながら小さく息を詰めた。それから、深い溜息を零してがっくりとファイの胸に顔を埋めて来る。
何かおかしなことを言ってしまったのだろうか。緩く首を傾げながらその頭部を緩く抱きこむ。
「ど、どしたの?」
「……堪ったもんじゃねぇよ」
「黒たん、耳まで真っ赤だ……」
不思議そうに呟くと、ぶっきらぼうな声が「うるせぇ」と吐き捨てて、乱暴に手を振り払われてしまった。
*
机に上半身を預けるように伏してしまえば、背後にいる黒鋼に丁度いい高さに尻を突き出す姿勢になった。
下着ごとすっかり地に落ちたスラックスが足首に絡みつき、かろうじて袖を通しているだけの白衣は腰に引っかける形でめくり上げられている。
男らしい節くれだった指が二本、潤滑剤代わりに引っ張り出したハンドクリームの助けを借りて、ぬるぬると中で蠢いている。
羞恥心は全身の皮膚の内側で沸々と煮えたぎり、健全な学び舎で淫らな行為に耽る罪悪感が、剥がれ落ちてしまったはずの理性をうっすらと蘇らせた。ねっとりと濡れた音が、今更のようにいたたまれなさの糸を引く。
それでも黒鋼によってゆっくりと開かれていく身体の奥が、狂おしく疼いて仕方がない。出入りする指の節が肉襞に引っかかる度に腰が跳ねた。
「は、んッ、ね……も、いい……」
堪え切れず、身体を捻って背後へ視線を向けると訴えた。
ちらりとだけ目を合わせてきた黒鋼は、表情こそ平然としてはいるものの、額にうっすら汗を滲ませている。
本当は自分だって余裕がないくせに、こんなときまで時間をかけて慣らさなくてもいいのに。優しい彼は初めての時、ファイが散々泣き喚いたことを未だに気にしているに違いない。
ファイだって、あんな酷い思いは二度としたくないと思っていた。それが今はその痛みすら一刻も早く自分のものにしたくて堪らない。
「ねぇ……っ」
「うるせぇな」
さらに急かせば、咎めるように指が内側をぐるりと擦った。ひ、と声にならない悲鳴を上げたファイは、一度大きく背を反らしたあと、くったりとまた机に伏してしまう。
はくはくと浅い呼吸を繰り返しながら涙を滲ませる自分は、急所に浅く牙を突きたてられながら、焦らすように生かされる草食動物のようだ。
いっそ人思いにトドメを刺してくれた方がよほどいい。訪れる瞬間をただ待ちわびるのは、ひたすら辛いだけだった。
「泣く思いすんのはてめぇだぞ」
ファイだって、まだ気持ちの準備しか整っていないことは承知している。でもこれ以上は待てなかった。早く中をいっぱいに満たして、掻き回してほしい。
中途半端に高ぶらされたまま放りだされている性器が、ぽたぽたと先走りを零して床を汚していた。
「お願い……痛くてもいいから、もう我慢するの、嫌……」
出て行こうとする指を、無意識にきゅっと締め付けた。
黒鋼が舌を打つのが分かる。抗うように乱暴に引き抜かれ、寒気にも似た痺れにぶるりと震える。
今度は首だけ動かすと、微かな金属音と共に黒鋼が前を寛げる様子が視界の端に映った。取り出された赤黒い性器は血管がくっきりと浮き上がるほど勃起していて、あれを飲み込むのだと思うと、未だに信じられなかった。
黒鋼の大きな手が薄い尻の肉を幾度か揉みほぐし、ついに先端が押し付けられた。期待と歓喜に吐息が漏れる。
「ッ――!」
がっちりと腰を掴まれ、引き寄せられると同時に黒鋼も腰を進める。
穴が限界まで押し広げられるような引き攣った感覚と、徐々に潜り込んでくる巨大な熱の塊に、息ができない。
「ひ、ぅ……! ――ッ!!」
いっそ大きな声で叫べたら、感覚的に多少は楽だったのかもしれないが、待ちわびた瞬間でさえここがどこであるかを忘れることはできなかった。
だからこそ背徳的な快楽が、確かにあるはずの痛みを麻痺させる。
黒鋼が微かに零す苦しげな呻きが耳の裏側に押しつけられて、背中に受け止める鼓動が身体だけでなく心まで埋め尽くすようだった。
「やっぱ狭ぇな……」
「くろ、た……」
息も絶え絶えに首を捻ると同時に背後から伸びて来た手がファイの顎をさらい、噛みつくように唇が押し付けられた。
最後の一押しとばかりにズンと腰を打ちつけられ、脳天を貫くような衝撃に漏れそうになった悲鳴も全て奪われる。
酸欠に伴い頭の芯が痺れはじめ、それは身体の内側から四肢の先に至るまで急速に広がった。
中で脈打つ熱が愛しくて、支配されているという実感が止め処なく悦びを増幅させる。
「ふぅ、ん……ッ」
強く擦りつけるように舌を絡め合い、二人分の唾液がファイの口の端を伝った。
抽挿が開始されると唇はおのずと離れた。黒鋼の手も顎から離れ、ファイが崩れ落ちないようにとしっかり腰に回される。
それでも奥を突かれる度に膝が踊り、床から踵が浮き上がる。
「ひッ、ぁ、すご、ぃ、響く……っ」
脈打つ肉棒が内壁を強く擦り上げ、そこから生まれる電流が全身を稲妻のように駆け巡る。
どうにかして声を抑えようと下唇に歯を立てても、突き上げられる度にぽっかりと口が開いてしまう。
腰から下がぐずぐずに溶けてしまいそうな快感に、気が触れそうだった。
(オレ、先生なのに……)
学校という場所で、教師という立場で。
年下の男に尻を向けて腰を振り、太い楔に穿たれながら女のように啼いている。正気の沙汰とは思えない状況が、むしろ感情を高ぶらせることに拍車をかけた。
締め付けがきついのか、時折漏れ聞こえる黒鋼の低い呻きが鼓膜を揺るがす。限界がすぐ目の前に迫っていた。
「い、ぁ! イッく……!」
視界が白に染まりかけた、まさにその瞬間。
――ガタンッ
背後で扉が悲鳴を上げて、重なり合う二人は同時に息を飲むと硬直した。
『あれ、鍵かかってる。ファイ先生ー?』
その声は、聞き覚えのある女子生徒のものだった。
『おかしいなー。なんか物音が聞こえてたと思ったんだけど……』
『鍵かけて寝てるとか?』
『あはは! ファイ先生ならありえるー!』
生徒は一人ではなく、複数いるようだった。
震える両手で咄嗟に唇を覆い隠しながら、心臓がドカドカと音を立て、冷や汗が背筋を伝う。
ふ、と耳元で黒鋼が小さく笑った。
「モテる教師は辛ぇな」
「ッ、なに言って……」
小声で耳元に囁く声はどこか楽しげで、こんな状況でよくも落ち着いていられるものだと焦りが増した。
何の用があるかは知らないが、今は諦めてもらうより他にない。一刻も早く帰ってくれと願うばかりのファイだったが、次の瞬間ひゅっと息を飲んだ。
「――ッ!?」
信じられないことに、黒鋼がゆっくりと腰をグラインドさせた。
同時に背後から伸びて来た手が、口元を覆っていたファイの手にかぶさり強く押さえつける。
「ッ!? ぅ……!?」
無理に振り向こうとしても身動きができず、体重でもって机に強く押しつけられたままどうにもできない。
黒鋼はゆっくりと腰を前後に揺らし、ファイの感じる場所を目がけてわざとらしく刺激する。
(う、嘘……ほんとになに考えてるの!?)
「~~ッ!! ッ、ぅ……! ッ――!!」
凍りついたように動きを止めていた神経を、強制的に揺さぶられる。
息もできないまま煽られる性感が、窮地にあっていっそう増していくのを止められない。
『ねぇ、やっぱいま声しなかった?』
『ファイ先生ほんとにいないのー?』
ぐ、ぐ、と肉棒に穿たれる中、女子生徒達の声が酷く遠くに聞こえる。目を虚ろにさせたファイは、胸の奥底に凄まじい葛藤を抱えながら涙を流す。
もしこんな恥ずかしい姿を見られたら。声を聞かれたら。仕事上の立場以前に、人としてもう世間に顔向けできなくなってしまう。
なのに、もう。
(だめ、だめ、お願い帰って……! このままじゃオレ……!)
『ねぇー、もう明日にして帰ろうよー』
『せっかくお菓子とジュース買ってきたのにぃ』
(帰って! 帰って! もう、ダメ……!)
膝が、内腿が、小刻みに痙攣する。黒鋼の切っ先がファイの弱点を強く擦り上げた瞬間、全身が硬直して目の前が白く弾けた。
『ちぇ、慰めてあげようと思ったのにぃ』
『どうせ黒鋼先生のメアド聞き出すのが目的だったくせにー』
『ち、違うったら!』
笑い声が遠ざかり、足音も聞こえなくなると、再び室内に静寂が満ちる。
そこで黒鋼はやっと動きを止めた。
「……おまえ、まさかイったのか?」
息を詰めたままビクンビクンとのたうつファイは、彼の言う通り達していた。
「ッ、ぁ、――ッ、ひ、ぃ……っ!!」
「おい?」
どういうわけか、絶頂が尾を引いたまま一向に収まらない。
ピンと糸が張り詰めたように身体を硬直させ、苦しげに呻くファイを見て、流石の黒鋼も戸惑っているのがわかった。
「と、まん、ない……ッ、たすけ……!」
黒鋼はファイの勃起したままの性器に触れ、それから床の濡れ具合に目を走らせると感慨の息を漏らした。
「すげぇな、おまえ」
なにひとつ飲みこめないまま溺れるだけのファイは、彼が一体何に感心しているのかがまるで理解できない。
ただ、この身が何かとてつもない状態に陥っているのだけは分かる。通常の絶頂感とは、何かが明らかに違うのだ。いうなれば身体の奥が熱暴走を起こし、そこに追いうちをかけるかのように雷が降り注いだような。
確かにイッているはずなのに、高い場所に打ち上げられたまま戻ることができない。恐ろしくなって、必死で首を左右に振った。
「や、だ! こわい……ッ! 気持ちいいの、とまんない……!!」
「どんな感じだ? ドライでイクってのは」
「ど、ラ……?」
黒鋼が低く笑い、背後から獣のように耳朶を噛まれる。
ファイの痴態は黒鋼の加虐性の火に、より一層の油を注いだらしい。痙攣を繰り返す身体に容赦のない突き上げが繰り返され、舌を噛みそうになる。
放りっぱなしの性器は射精による終わりに至れないまま、赤く腫れあがって薄い蜜だけをまき散らしていた。
いまだかつて経験したことのない無慈悲ともいえる快感に、このまま殺されてしまうような気がした。
「ッ、! ひ、ぎ……ッ、ゃ、め! くろ、ま、た、イッ――!!」
「好きなだけイっちまえ」
視界が白と赤に点滅したまま、元に戻らなかった。
おそらく二度目であろう絶頂にも終わりがなくて、ひたすら上昇を続けるそれにどれほど泣いても、黒鋼はファイを解放しない。
机に縋っていてさえ立っていられず、膝から床に崩れ落ちてからも、気が狂いそうなほどに攻めは続いた。
一切の間を与えず訪れた三度目に、いよいよ神経の糸が焼き切れる寸前で、黒鋼が低く呻いた。引き抜かれた性器が放つ熱い迸りが尻や白衣を汚す。
黒鋼が絶頂の余韻に呼吸を荒げながら、ファイの勃起したままの性器に触れた。幾度か扱かれ、ファイもそこでようやく射精するに至った。
勢いよく噴き出すというよりは、どろどろと垂れ流すような長い射精だった。
*
「生きてるか?」
ペチペチと頬を緩く叩かれて、ファイはずっしりと重たい瞼をこじ開けた。
少しの間、意識を失っていたらしい。ぼんやりとしたまま視線を走らせて、自分が胡坐をかいた黒鋼の腕の中に横抱きの形で座り込んでいることに気がつく。
身なりはすっかり整えられているが、確かに着ていたはずの白衣だけが脱がされており、床にぐしゃぐしゃの状態で放られている。
咄嗟の後始末に利用されたようだ。せっかく新品だったのに……と打ちひしがれるファイを余所に、黒鋼は満足そうだった。
苛めすぎたなと、そんなことを口走りながら強く抱きしめてくる。
もう少し意識がはっきりしていたら、一発殴るくらいのことはしていたかもしれない。
「黒たんのばか! いじめっ子ー!」
拳を握る力すらなく、ファイはただ震えながら掠れた声を張り上げた。やっぱりこの男は成長過程で何かしら道を踏み外してきたに違いない。
純粋で真っ直ぐだった少年が、今やサドっ気たっぷりに成長しきっていたことに、切なさすら覚える。
「満足したならいいじゃねぇか」
「過ぎたるはなんとかかんとかだよー!」
「知らねぇなら無理して難しいこと言おうとすんな」
(もー! やっぱりおっきい黒ワンコは可愛くないー!!)
もはや口ですら勝てないような気がして、ファイは真っ赤な顔を乱暴にその胸に擦り付ける。
黒鋼は鼻で笑いながら、すっかり乱れた金の髪をくしゃくしゃとさらに乱した。
面白くないなぁなんて感じつつ、先に欲しがったのは自分だし、途中からえらいことにはなったものの、心も身体も十分すぎるくらい満たされているのは事実だった。
これだけ壮絶な体験をしてしまえば、全く別の意味でトラウマになってしまうような気がしないでもないが……。
「なぁ、機嫌直せよ」
ぷうっと頬を膨らませるファイの目尻に、小さなキスが落とされた。それだけで乙女のようにキュンとしてしまう自分が情けない。
ただのドSな俺様野郎かと思いきや、事後のケアまでしっかりこなすのだから、本当に恐ろしい男だと思った。
顔を赤らめつつ、照れ臭さと悔しさがない交ぜになっているファイの複雑さなど知りもせず、黒鋼は金色の髪を梳いては口付け、決して身を離そうとしない。
このまま放っておけばまた火がつきかねないと危機感を覚えた時、ふと窓の外がすっかり暗くなっていることに気付いてハッとする。そういえば室内に灯りが灯されていることにも、たった今気がついた。
「あー!!」
「なんだよ」
「黒様! 飲み会行かなくていいの!?」
「あ? ああ、それか」
「早く行かないとみんな待ってるよー!」
「いや、いい」
「?」
焦るファイとは対照的に、黒鋼はまるで気にしていない様子だった。
「はなから行くつもりなんざなかったからな」
「え、なんで?」
きょとんとして首を傾げると、彼はガリガリと頭を掻きながらそっぽを向いた。
「……察しろ、阿呆」
「ッ!」
もうこれ以上は無理というところまで、頬が紅潮していくのを感じる。
そうか、そういうことか。彼はちゃんと、最後の夜を一緒に過ごしてくれるつもりでいたのか。
いつだって何を差し置いてもこちらを優先してくれる黒鋼の愛情に、なんだか砂糖を吐きだしそうなくらい甘ったるい気分になる。
さっきまで一人悶々としながら不貞腐れていたことへの恥ずかしさも手伝って、眉尻を下げながらファイは「えへへ」とはにかんだ。
黒鋼も照れ臭くてしょうがないのか、ムッとした顔をしながらそんなファイの頬を軽くつついた。
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