多感とは感受性が豊かで、些細なことにも心を揺さぶられることを言う。
空条承太郎もまた、そんな多情多感さを持ち合わせるいたいけなお年頃だった。
だが、彼ほど『いたいけ』なんて表現が似合わない男もいないだろう。
美しく整いすぎた顔立ちは野性的で大人びていたし、その肉体は規格外なほどに完成されすぎていた。
隆々とした筋肉やがっしりとした肩幅、一般的な成人男子から頭一つ分以上は軽く抜きんでる高身長は、仕立てのいい長ランに覆われていたとしても、凡そ『ガクセー』にはとても見えない。
見た目だけでも少年らしさを置き忘れてきたような彼の、ましてや内面に潜む年相応の感情を見抜ける者など、ほんの一握りしかいないのだ。
そんな空条承太郎も、人並みといえるかは果たして謎だが、恋をしている。
大きくなったら母さんと結婚するんだ……と、割と最近までガチに考えていたマザコン気のある彼にとって、これは初恋であった。
しかも相手は品があり、柔和で控えめだが芯の通った大和撫子タイプである。さらに言えば巨乳だった。いわゆるボインというやつだ。
承太郎とて人の子である。それはまさに男のロマン。永遠のテーマ。ただ、オッパイではなく『雄ッパイ』だったというだけで。
そう、承太郎の初恋の相手は股間に立派な雄♂をぶら下げた、どっからどう見ても体格のいい『おのこ』だったのである。
彼の名を、花京院典明という。
なんやかんやで一人も欠けることなく無事に終えた、50日間におよぶエジプトへの旅。
ちゃっかり想いを通じあわせた二人だったが、ドテッ腹を突貫工事されるという重症を負わされた花京院は、丸々1年という時間をリハビリに費やすことになった。
一日も欠かすことなく付きっきりの介護をしていた承太郎も、めでたく留年した。むしろ50日もフケ続ければその時点でアウトだったが、ならばいっそと豪快に開き直っていた。
そして花京院は晴れて高校に復帰したのである。
承太郎は、とにかくこの花京院が可愛くて仕方がなかった。
数多の女性を出会って3秒で失神させるくらい朝飯前のこの空条承太郎が、己とそう歳の変わらぬ男子高校生にメロメロにされている。
砂糖漬けのチェリーみたいな赤い髪も、美しく気高いアメジストの瞳も、少し困ったようにハの字を描く眉毛も、愛嬌のある横広がりの唇も。
その高潔な魂に至る全てが尊く、そして病的なまでに愛しい。
そして何より承太郎の心臓を掴んで離さないのは、彼の純粋さだった。花京院の心は、まるでシミひとつない洗い立てのシーツのように真っ白だ。
たかだか手を握ってやるだけで顔を赤らめ、唇を噛み締めて視線を逸らす様など、いっそ五体投地でひれ伏したくなるほど純情可憐である。
そんな理由もあって、二人はまだキスより先に進めていない。あの50日の間にカップル成立したことを踏まえると、交際歴は1年以上だ。
そろそろもう一歩踏み出してもいいかな、なんて思いつつ、穢れなきピュアな天使に手を出してしまうことに、幾ばくかの躊躇いが残っている。
承太郎は花京院が可愛くて可愛くて仕方がないと同時に、果てしなく広がる彼への夢に浸りきっていた。
ちなみに承太郎の中で、旅の最中の「パンツ丸見え」のくだりは白昼夢ということで片づけられている。
*
それはある日のこと。
晴れた空の下、学校の屋上で昼食を終えた承太郎は、いつものように食後の一服を嗜んでいた。
胡坐をかいてフェンスに背を預け、のったりと煙を吐き出す承太郎の横顔を、食べ終えた弁当箱をハンカチで包み終えた花京院がじっと見つめてくる。
「ん?」
咥え煙草で視線だけくれてやれば、花京院は緩やかに垂れた前髪のひと房を揺らしながら小首を傾げた。
「それ、ぼくも」
「?」
「食後の一服ってやつさ」
花京院がこんなことを言いだすのは珍しい。
彼は品行方正で、優等生と呼んで差支えない程度には真面目な学生だ。
旅の間、祖父やポルナレフに付き合わされて多少の飲酒経験はあれど、基本的に承太郎がヘビースモーカーであることにいい顔はしなかった。
一体どういう風の吹き回しかと目だけで問えば、彼は大きめの口を三日月のような形に歪めて笑う。
「たまにはいいだろ。ぼくだって興味がないわけじゃあないんだよ」
なんとなく、今日はそういう気分、ということか。
彼が煙草を吸う姿なんて、想像するだけでも恐ろしく似合わない。けれど自分のことを棚に上げてやめろなんて言っても、説得力がないことは知っていた。
それになんだかんだで可愛いじゃないか。育ちのよさそうないい子ちゃんが、大人の嗜好品に憧れて瞳を輝かせているのだから。
まぁひとくちくらいなら、と咥えていた煙草を二本の指先に挟み込んで差し出せば、彼は不満そうに唇を尖らせて首を左右に振った。綿飴のように柔らかそうな前髪が動きに合わせてふわふわと揺れ、両耳の赤いピアスもまた、くるりと踊る。ああもう、可愛いなこんちくしょう。
どうやら火をつけるところからやらせろ、ということらしい。承太郎は内心やれやれと苦笑しながら、ポケットから煙草の箱とライターを取り出す。
自分のものよりも一回り小さな手の平にぽんと乗せてやると、彼は少しだけ頬を赤らめて嬉しそうに笑った。
「ありがとう」
「無理すんなよ」
どうせこの生真面目な優等生のこと。
吸い込んだところで思い切りむせ返るのが関の山だ。
(見える……見えるぜ花京院。てめーはこのあと派手にむせて、涙目になっておれを見るだろうよ)
潤んだ上目使いを向けて来て、責める様な口調で「苦しいだけじゃないか」なんて言いだすに違いない。
全く、これだから火遊びの一つもしたことのないピュアボーイは……。
『だから言っただろ、無理すんなってよ』
『けほ、けほッ……こ、こんなものの何が美味しいんだ』
『お子ちゃまにはまだ早いってことだぜ』
『ひ、酷いよ承太郎……ぼくはもう子供じゃないぞ』
『涙目で震えといてよく言うぜ。おら、てめーはこれで我慢しときな』
『ッ、じょ、たろ、んぅ……!』
一年前よりも少しだけ痩せてしまった肩を引き寄せて、花京院の唇を塞ぐ……という場面まで脳内シミュレーションしたところで、今にもニヤけそうになる口元をぐっと引き締める。
(さぁ吸ってみやがれ花京院。思いっきり撫でてキスして慰めてやるぜ)
承太郎は携帯用の灰皿にほとんど吸い終わっている自分の煙草を捻じ込む。承太郎の中のささやかなシナリオを知る由もない花京院は、受け取った箱の中から取り出した一本を逆さに持ち、立てた膝小僧にフィルター面をトントンと軽く打ち付けた。
「…………」
その様を見て、承太郎は「おや?」と首を傾げる。
なにかの見間違いだろうか。花京院は実にナチュラルに優しく息を吸い込みながら、煙草の先端に火をつけた。一口目をふかすにとどめ、ふっと緩やかな白煙を吐き出す。
それから、上手いこと火種を小さく保ったまま鼻から緩く息を吸い込むようにして、ゆっくりと煙を口内に招き入れている。間違っても、肺の筋力を使って思い切り吸い込むなんて、素人のような吸い方はしなかった。
ゆったりとした動作で、花京院は淡い煙を吐き出した。そしてさらに口をつけ、殊更緩やかに吸い込んでは吐き出す動きを繰り返す。
見事なまでのスロースモーキングだ。葉巻に劣る紙巻き煙草の楽しみ方を、十分に熟知した吸いっぷりである。
「……おい花京院」
「ふぅん……こんなもんか。案外たいしたことないんだな」
「そんな吸い方じゃせき込めねーぜ。涙目になれねーぜ」
「は? なんですかそれ。いくらなんでも、そんなベタな反応はしませんよ。それより承太郎、ぼくもう飽きちゃったので、灰皿ください」
「チュウができねーぜ!!」
「灰皿さっさと寄越せください」
「鼻から煙吐き出しながら言うんじゃあねぇ!!」
え、なんなのこの子。
どうしてこんなに貫禄たっぷりに吸ってみせるの意味わかんない。
(ど、どういうことだこいつは!?)
承太郎は予想外の隠しシナリオに衝撃を受け、そして軽く混乱した。
予定では、今ごろ涙目で赤い頬を膨らます花京院の唇を奪い、いい子いい子と頭を撫でているはずだったのだが。
逆にこの空条承太郎が、涙目にさせられている……だと?
「花京院……ひとつ聞くが、てめー本当に初めてか?」
「ええ、煙草なんて初めてですよ。旅の間だって吸ってなかったでしょう? 今日はたまたま、ちょっと気が向いたってだけで」
「嘘つけ! ならなんだその慣れた吸いっぷりはよ! ナチュラルに葉っぱまで詰めやがって! てめーは喫煙歴ウン十年の親父か!」
いつものポーカーフェイスもどこへやら、やけに食いついてくる承太郎の様子に戸惑いながらも、花京院は受け取った携帯灰皿にまだ半分も吸っていない煙草を押し込んだ。
「なにをそんなに興奮しているんだ? ……吸い方なんて、君が教えてくれたようなものじゃあないか」
「あ? おれが? いつ?」
「見てりゃわかりますよ。どんなタイミングで、どんな風に呼吸してるのか、とかね。注意深く観察した上で実践したまでだよ」
前髪を掻き上げながら、なんでもないことのように言ってのけた花京院は文庫本を取り出し、ページをめくりはじめた。まるで何事もなかったかのような涼しげな横顔に、ショックを禁じ得ない。
(お、おれの花京院が、平然と煙草を吸った……まさかこいつ、またあの自称ハンサムが化けてる偽花京院なんじゃあねーだろうな……?)
場末のキャバレーで気だるげに客引きをするホステスのように、こなれた雰囲気すら漂わせていた、ように見えてしまった。
承太郎は学帽の鍔をきゅっと引下げ、悟られぬように深呼吸をする。
落ち着け、落ち着くんだ、そう、逆に考えるんだ。初めてでも完璧に吸いこなして見せるほど、このおれの動作をじっくりその瞳に焼き付けていたのだ、と。
そう考えると、少し気分がよくなってくる。
花京院は頭もキレるし、観察力にも優れた出来る男だ。これは恋人の一挙手一投足を熱心に見つめ、自分なりに懸命にシミュレートした結果だったのかもしれない。
思えば、彼はずっと承太郎が喫煙する姿に難色を示していたはずだ。だが、付き合いというものは長くなればなるほど、相手の嫌な部分が鼻についてくることもある。
もしかしたら花京院は、自らも喫煙にチャレンジすることで、少しでも承太郎の嗜好に歩み寄ろうとしたのではないか。
なんと健気なことだろう。やはり花京院は最高だ。どこまでもピュアで、どこまでもいじらしい努力家だ。メチャ可愛い。
「……やれやれだぜ」
ついに限界間近の頬肉をピクピクとさせながら、込み上げる笑みを堪える承太郎の隣で、小さく息を漏らす花京院は
『本当は旅の間に一度だけ、ポルナレフに吸い方を教わったことがある……という話は、黙っておいた方が身のためかな(ポルナレフの)』
なんて考えていたとかいないとか……。
そんなこんなで、承太郎の中の穢れなき花京院像が一瞬ブレかけたものの、その後も逞しく夢を見続ける日々が続くのだった。
いつか夢破れる、その日まで。
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空条承太郎もまた、そんな多情多感さを持ち合わせるいたいけなお年頃だった。
だが、彼ほど『いたいけ』なんて表現が似合わない男もいないだろう。
美しく整いすぎた顔立ちは野性的で大人びていたし、その肉体は規格外なほどに完成されすぎていた。
隆々とした筋肉やがっしりとした肩幅、一般的な成人男子から頭一つ分以上は軽く抜きんでる高身長は、仕立てのいい長ランに覆われていたとしても、凡そ『ガクセー』にはとても見えない。
見た目だけでも少年らしさを置き忘れてきたような彼の、ましてや内面に潜む年相応の感情を見抜ける者など、ほんの一握りしかいないのだ。
そんな空条承太郎も、人並みといえるかは果たして謎だが、恋をしている。
大きくなったら母さんと結婚するんだ……と、割と最近までガチに考えていたマザコン気のある彼にとって、これは初恋であった。
しかも相手は品があり、柔和で控えめだが芯の通った大和撫子タイプである。さらに言えば巨乳だった。いわゆるボインというやつだ。
承太郎とて人の子である。それはまさに男のロマン。永遠のテーマ。ただ、オッパイではなく『雄ッパイ』だったというだけで。
そう、承太郎の初恋の相手は股間に立派な雄♂をぶら下げた、どっからどう見ても体格のいい『おのこ』だったのである。
彼の名を、花京院典明という。
なんやかんやで一人も欠けることなく無事に終えた、50日間におよぶエジプトへの旅。
ちゃっかり想いを通じあわせた二人だったが、ドテッ腹を突貫工事されるという重症を負わされた花京院は、丸々1年という時間をリハビリに費やすことになった。
一日も欠かすことなく付きっきりの介護をしていた承太郎も、めでたく留年した。むしろ50日もフケ続ければその時点でアウトだったが、ならばいっそと豪快に開き直っていた。
そして花京院は晴れて高校に復帰したのである。
承太郎は、とにかくこの花京院が可愛くて仕方がなかった。
数多の女性を出会って3秒で失神させるくらい朝飯前のこの空条承太郎が、己とそう歳の変わらぬ男子高校生にメロメロにされている。
砂糖漬けのチェリーみたいな赤い髪も、美しく気高いアメジストの瞳も、少し困ったようにハの字を描く眉毛も、愛嬌のある横広がりの唇も。
その高潔な魂に至る全てが尊く、そして病的なまでに愛しい。
そして何より承太郎の心臓を掴んで離さないのは、彼の純粋さだった。花京院の心は、まるでシミひとつない洗い立てのシーツのように真っ白だ。
たかだか手を握ってやるだけで顔を赤らめ、唇を噛み締めて視線を逸らす様など、いっそ五体投地でひれ伏したくなるほど純情可憐である。
そんな理由もあって、二人はまだキスより先に進めていない。あの50日の間にカップル成立したことを踏まえると、交際歴は1年以上だ。
そろそろもう一歩踏み出してもいいかな、なんて思いつつ、穢れなきピュアな天使に手を出してしまうことに、幾ばくかの躊躇いが残っている。
承太郎は花京院が可愛くて可愛くて仕方がないと同時に、果てしなく広がる彼への夢に浸りきっていた。
ちなみに承太郎の中で、旅の最中の「パンツ丸見え」のくだりは白昼夢ということで片づけられている。
*
それはある日のこと。
晴れた空の下、学校の屋上で昼食を終えた承太郎は、いつものように食後の一服を嗜んでいた。
胡坐をかいてフェンスに背を預け、のったりと煙を吐き出す承太郎の横顔を、食べ終えた弁当箱をハンカチで包み終えた花京院がじっと見つめてくる。
「ん?」
咥え煙草で視線だけくれてやれば、花京院は緩やかに垂れた前髪のひと房を揺らしながら小首を傾げた。
「それ、ぼくも」
「?」
「食後の一服ってやつさ」
花京院がこんなことを言いだすのは珍しい。
彼は品行方正で、優等生と呼んで差支えない程度には真面目な学生だ。
旅の間、祖父やポルナレフに付き合わされて多少の飲酒経験はあれど、基本的に承太郎がヘビースモーカーであることにいい顔はしなかった。
一体どういう風の吹き回しかと目だけで問えば、彼は大きめの口を三日月のような形に歪めて笑う。
「たまにはいいだろ。ぼくだって興味がないわけじゃあないんだよ」
なんとなく、今日はそういう気分、ということか。
彼が煙草を吸う姿なんて、想像するだけでも恐ろしく似合わない。けれど自分のことを棚に上げてやめろなんて言っても、説得力がないことは知っていた。
それになんだかんだで可愛いじゃないか。育ちのよさそうないい子ちゃんが、大人の嗜好品に憧れて瞳を輝かせているのだから。
まぁひとくちくらいなら、と咥えていた煙草を二本の指先に挟み込んで差し出せば、彼は不満そうに唇を尖らせて首を左右に振った。綿飴のように柔らかそうな前髪が動きに合わせてふわふわと揺れ、両耳の赤いピアスもまた、くるりと踊る。ああもう、可愛いなこんちくしょう。
どうやら火をつけるところからやらせろ、ということらしい。承太郎は内心やれやれと苦笑しながら、ポケットから煙草の箱とライターを取り出す。
自分のものよりも一回り小さな手の平にぽんと乗せてやると、彼は少しだけ頬を赤らめて嬉しそうに笑った。
「ありがとう」
「無理すんなよ」
どうせこの生真面目な優等生のこと。
吸い込んだところで思い切りむせ返るのが関の山だ。
(見える……見えるぜ花京院。てめーはこのあと派手にむせて、涙目になっておれを見るだろうよ)
潤んだ上目使いを向けて来て、責める様な口調で「苦しいだけじゃないか」なんて言いだすに違いない。
全く、これだから火遊びの一つもしたことのないピュアボーイは……。
『だから言っただろ、無理すんなってよ』
『けほ、けほッ……こ、こんなものの何が美味しいんだ』
『お子ちゃまにはまだ早いってことだぜ』
『ひ、酷いよ承太郎……ぼくはもう子供じゃないぞ』
『涙目で震えといてよく言うぜ。おら、てめーはこれで我慢しときな』
『ッ、じょ、たろ、んぅ……!』
一年前よりも少しだけ痩せてしまった肩を引き寄せて、花京院の唇を塞ぐ……という場面まで脳内シミュレーションしたところで、今にもニヤけそうになる口元をぐっと引き締める。
(さぁ吸ってみやがれ花京院。思いっきり撫でてキスして慰めてやるぜ)
承太郎は携帯用の灰皿にほとんど吸い終わっている自分の煙草を捻じ込む。承太郎の中のささやかなシナリオを知る由もない花京院は、受け取った箱の中から取り出した一本を逆さに持ち、立てた膝小僧にフィルター面をトントンと軽く打ち付けた。
「…………」
その様を見て、承太郎は「おや?」と首を傾げる。
なにかの見間違いだろうか。花京院は実にナチュラルに優しく息を吸い込みながら、煙草の先端に火をつけた。一口目をふかすにとどめ、ふっと緩やかな白煙を吐き出す。
それから、上手いこと火種を小さく保ったまま鼻から緩く息を吸い込むようにして、ゆっくりと煙を口内に招き入れている。間違っても、肺の筋力を使って思い切り吸い込むなんて、素人のような吸い方はしなかった。
ゆったりとした動作で、花京院は淡い煙を吐き出した。そしてさらに口をつけ、殊更緩やかに吸い込んでは吐き出す動きを繰り返す。
見事なまでのスロースモーキングだ。葉巻に劣る紙巻き煙草の楽しみ方を、十分に熟知した吸いっぷりである。
「……おい花京院」
「ふぅん……こんなもんか。案外たいしたことないんだな」
「そんな吸い方じゃせき込めねーぜ。涙目になれねーぜ」
「は? なんですかそれ。いくらなんでも、そんなベタな反応はしませんよ。それより承太郎、ぼくもう飽きちゃったので、灰皿ください」
「チュウができねーぜ!!」
「灰皿さっさと寄越せください」
「鼻から煙吐き出しながら言うんじゃあねぇ!!」
え、なんなのこの子。
どうしてこんなに貫禄たっぷりに吸ってみせるの意味わかんない。
(ど、どういうことだこいつは!?)
承太郎は予想外の隠しシナリオに衝撃を受け、そして軽く混乱した。
予定では、今ごろ涙目で赤い頬を膨らます花京院の唇を奪い、いい子いい子と頭を撫でているはずだったのだが。
逆にこの空条承太郎が、涙目にさせられている……だと?
「花京院……ひとつ聞くが、てめー本当に初めてか?」
「ええ、煙草なんて初めてですよ。旅の間だって吸ってなかったでしょう? 今日はたまたま、ちょっと気が向いたってだけで」
「嘘つけ! ならなんだその慣れた吸いっぷりはよ! ナチュラルに葉っぱまで詰めやがって! てめーは喫煙歴ウン十年の親父か!」
いつものポーカーフェイスもどこへやら、やけに食いついてくる承太郎の様子に戸惑いながらも、花京院は受け取った携帯灰皿にまだ半分も吸っていない煙草を押し込んだ。
「なにをそんなに興奮しているんだ? ……吸い方なんて、君が教えてくれたようなものじゃあないか」
「あ? おれが? いつ?」
「見てりゃわかりますよ。どんなタイミングで、どんな風に呼吸してるのか、とかね。注意深く観察した上で実践したまでだよ」
前髪を掻き上げながら、なんでもないことのように言ってのけた花京院は文庫本を取り出し、ページをめくりはじめた。まるで何事もなかったかのような涼しげな横顔に、ショックを禁じ得ない。
(お、おれの花京院が、平然と煙草を吸った……まさかこいつ、またあの自称ハンサムが化けてる偽花京院なんじゃあねーだろうな……?)
場末のキャバレーで気だるげに客引きをするホステスのように、こなれた雰囲気すら漂わせていた、ように見えてしまった。
承太郎は学帽の鍔をきゅっと引下げ、悟られぬように深呼吸をする。
落ち着け、落ち着くんだ、そう、逆に考えるんだ。初めてでも完璧に吸いこなして見せるほど、このおれの動作をじっくりその瞳に焼き付けていたのだ、と。
そう考えると、少し気分がよくなってくる。
花京院は頭もキレるし、観察力にも優れた出来る男だ。これは恋人の一挙手一投足を熱心に見つめ、自分なりに懸命にシミュレートした結果だったのかもしれない。
思えば、彼はずっと承太郎が喫煙する姿に難色を示していたはずだ。だが、付き合いというものは長くなればなるほど、相手の嫌な部分が鼻についてくることもある。
もしかしたら花京院は、自らも喫煙にチャレンジすることで、少しでも承太郎の嗜好に歩み寄ろうとしたのではないか。
なんと健気なことだろう。やはり花京院は最高だ。どこまでもピュアで、どこまでもいじらしい努力家だ。メチャ可愛い。
「……やれやれだぜ」
ついに限界間近の頬肉をピクピクとさせながら、込み上げる笑みを堪える承太郎の隣で、小さく息を漏らす花京院は
『本当は旅の間に一度だけ、ポルナレフに吸い方を教わったことがある……という話は、黙っておいた方が身のためかな(ポルナレフの)』
なんて考えていたとかいないとか……。
そんなこんなで、承太郎の中の穢れなき花京院像が一瞬ブレかけたものの、その後も逞しく夢を見続ける日々が続くのだった。
いつか夢破れる、その日まで。
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🔞マークがついている作品は18歳未満の閲覧を固くお断り致します。
Wavebox👏
短編
このままずっと夢を見させて
花京院の喫煙シーン有り。
承太郎さんがお薬の用量を守らなかった話🔞
媚薬ネタ。
承太郎さんがヤキモチを焼きすぎて悶々する話
なりゆきで恋に悩むモブ男子から相談を受けることになる承太郎
変装した花京院くんが承太郎さんを見守る話
バイトをはじめた承太郎
花京院が太郎さんに奉仕したくてがんばる話🔞
パイズリ
花京院が××の秘密を暴かれちゃう話🔞
乳首についてとあるコンプレックスを抱える花京院
・陥没ルート ・母乳ルート
花の檻🔞
承→花モブ。女モブ視点で承花レイプ。注*花京院がモブ女子と交際しています。
長編
花京院がモブストーカーに拉致られる話🔞
スタンドなし財団なしのご都合パロ。注*モブ花で性的暴行シーンあり。
01 02 03 04 05 06
宵花ノ行方
山奥の田舎町が舞台。幼い頃に神隠しにあった花京院を探し続ける承太郎が、不思議な夢を見る話。選択肢によってエンディングが変わります。
01 02 03 04 05
花京院典明は愛を知らない🔞
承花でモブ花要素も有りのAVパロ。注*モブ花で性描写あり。
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10
カーテン越しに踊る揺らめく🔞
現パロ。保健室を舞台にした爛れた恋のお話。ラストの0話は承太郎視点の番外編です。注*承太郎×女医あり。
01 02 03 04 05 06 07
再録
君は王様!🔞
ショタおに承花アンソロジー 『小さな恋のメロディ』寄稿作品。
愛しているは、まだ言えない。🔞
オラレロスプラッシュ5で発行した合同誌から再録。
テーマは『不倫』。教え子太郎(17)×高校教師院(27)で、花京院が既婚者です。
01 02 03
承太郎さんがごっつい女(?)に恋をする話
オラレロスプラッシュ5で発行した個人誌から再録。
男の娘喫茶でバイトしてる花京院に一目惚れする承太郎の話。
01 02 03
花京院がごっつい彼氏と結ばれる話🔞
オラレロスプラッシュ5で発行した個人誌から再録。↑の続編。
01 02 03 04

Wavebox👏
このままずっと夢を見させて
花京院の喫煙シーン有り。
承太郎さんがお薬の用量を守らなかった話🔞
媚薬ネタ。
承太郎さんがヤキモチを焼きすぎて悶々する話
なりゆきで恋に悩むモブ男子から相談を受けることになる承太郎
変装した花京院くんが承太郎さんを見守る話
バイトをはじめた承太郎
花京院が太郎さんに奉仕したくてがんばる話🔞
パイズリ
花京院が××の秘密を暴かれちゃう話🔞
乳首についてとあるコンプレックスを抱える花京院
・陥没ルート ・母乳ルート
花の檻🔞
承→花モブ。女モブ視点で承花レイプ。注*花京院がモブ女子と交際しています。
花京院がモブストーカーに拉致られる話🔞
スタンドなし財団なしのご都合パロ。注*モブ花で性的暴行シーンあり。
01 02 03 04 05 06
宵花ノ行方
山奥の田舎町が舞台。幼い頃に神隠しにあった花京院を探し続ける承太郎が、不思議な夢を見る話。選択肢によってエンディングが変わります。
01 02 03 04 05
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01 02 03 04 05 06 07 08 09 10
カーテン越しに踊る揺らめく🔞
現パロ。保健室を舞台にした爛れた恋のお話。ラストの0話は承太郎視点の番外編です。注*承太郎×女医あり。
01 02 03 04 05 06 07
君は王様!🔞
ショタおに承花アンソロジー 『小さな恋のメロディ』寄稿作品。
愛しているは、まだ言えない。🔞
オラレロスプラッシュ5で発行した合同誌から再録。
テーマは『不倫』。教え子太郎(17)×高校教師院(27)で、花京院が既婚者です。
01 02 03
承太郎さんがごっつい女(?)に恋をする話
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01 02 03
花京院がごっつい彼氏と結ばれる話🔞
オラレロスプラッシュ5で発行した個人誌から再録。↑の続編。
01 02 03 04
とてさん【X】がハリネズミュ完結のお祝いイラストを描いてくれました🙌🙌🙌
わ~い嬉しい!主カミュで初現パロでちょっといろいろ不安要素があったんですが書いてよかった~!可愛すぎる…
現パロだけどちゃんとドラクエ11だったよとも言ってもらえて本当に嬉しかったです。ハッピーすぎたので自慢しちゃう🥰✌️
あと密かにでるかだ~るの店員さんたち書くのがいっちゃん楽しかった説あります。ホメロス…愉快な人だ…(?)
わ~い嬉しい!主カミュで初現パロでちょっといろいろ不安要素があったんですが書いてよかった~!可愛すぎる…
現パロだけどちゃんとドラクエ11だったよとも言ってもらえて本当に嬉しかったです。ハッピーすぎたので自慢しちゃう🥰✌️
あと密かにでるかだ~るの店員さんたち書くのがいっちゃん楽しかった説あります。ホメロス…愉快な人だ…(?)
そういえばサイト改装前まで使っていたメモページ、こっそりTOPにリンク貼ってます。
今までもらった🌊箱の返信だとか、頂き物だとかはそっちにあるので、もったいないという理由から雑記帳として使っています。
気が向いたら覗いてもらえると嬉しいです😚
🌊箱、返信不要でコメントくださった方ありがとうございました!
今までもらった🌊箱の返信だとか、頂き物だとかはそっちにあるので、もったいないという理由から雑記帳として使っています。
気が向いたら覗いてもらえると嬉しいです😚
🌊箱、返信不要でコメントくださった方ありがとうございました!
恥をかいた。
出張先の宿で、それはもう完膚なきまでに。
今まで生きてきて、あれほど恥ずかしい体験をしたのは初めてだったかもしれない。
問題の『部分』は自分でも全く自覚していなかっただけに、その降って沸いたようなコンプレックスに、ファイは頭を悩ませていた。
「く、黒様せんせ、ちょっと待って」
ベッドの側面に背を預けながら床に腰を下ろすファイは、迫ってくる黒鋼の顔に手の平をぺったりと押し付けて、その接近を拒んだ。
「なんだよ」
怪訝そうに漏らされるくぐもった声や息遣いを手の平に感じながら、ファイは落ち着かない気分で目を泳がせた。何か言おうとして震わせた唇に乾きを覚え、無意識に舌で湿らせると手首を掴まれ、引き剥がされる。
「どうした。気が乗らねぇならそう言え」
今にも覆いかぶさろうとして四足の獣のような体勢でいた黒鋼が、すっと身を引こうとするので慌てて首を振りながらその胸に縋りつく。
「そうじゃないよ! 乗ってるよ! 二十四時間、気分は常に!」
「……それもどうかと思うぞ」
呆れたような物言いをする彼だが、ファイがいつもと様子が違うことには気が付いたようだった。急かすでもなく反応を見守ろうとする紅い瞳に、つい赤面しつつ視線を俯けてしまう。
ファイの部屋で夕飯を済ませて、二人揃って黒鋼の部屋に戻ってくるのはいつものことだ。翌日に何もなければそのままの勢いで致してしまうのも、今ではすっかり当たり前になっている。
ただ違うのは、先週はファイが出張で部屋を数日開けていたということだ。本当なら毎日でもしたいところを我慢している身の上としては、一度でも週末を逃せば相当、溜まる。
それは黒鋼も同じのようで、今夜は特に身を寄せるのが早かったように思う。
はっきり言って嬉しい。我慢しているのが自分だけではないことや、すっかりその気になって色を覗かせる紅い瞳に射抜かれると、もうどうにでもして欲しいという気分になる。
だからしたい。今すぐにでも繋がりたい。だけど、行為が始まる前に、今日はどうしても伝えておきたいことがあった。
「あ、あのね」
「ん」
「今夜は、脱ぎたくないの……」
風呂上りはもっとラフな格好をするのが常で、大体の場合は黒鋼のTシャツやジャージを適当に引っ張り出して着ることがほとんどだった。
だが、今夜はそういう気分になれなかった。風呂も自室で済ませたし、だから着替えも自前である。
白いシャツを着込んだファイは、通常であれば幾つか外しておくボタンを喉元まできっちりはめていた。
黒鋼は不審そうに眉を寄せ、微かに首を傾げる。
「脱がねぇでどうすんだよ、脱がねぇで」
「あ、あの、下はいいんだけど……上には触れないでおいてくれないかなって」
「……何かあ」
「ない!」
黒鋼の問いかけに、つい食い気味で答えてしまった。これでは何かありましたと正直に言っているようなものだ。ファイはバツが悪そうに苦い顔をして、シャツの胸元をギュッと握りしめた。
どうしても、この服の下は見られなくない。理由も、できれば聞かれたくなかった。それはファイにとって忌まわしい記憶でしかないからだ。
「と、とにかく……嫌なんだよ。ほら、寒いし……」
「下半身はいいのか」
「あー、うん、そう。上半身だけが今日はやけに冷える気が」
「おいこら」
「むぎゃっ」
目を逸らしていたファイの鼻が、黒鋼の指先に思いっきり摘まれた。おかげで妙な声を上げながら上向かされてしまったファイは、至近距離でじっとりと睨み付けてくる黒鋼と目を合わせることになってしまった。息が詰まりそうになったが、悟られぬように目をぎゅっと閉じた。
「い、いたいよぉ~っ! 鼻呼吸妨害しないで~!」
「ったく……」
黒鋼はふんと鼻を鳴らして、すぐに指先を遠ざけた。ひりつく鼻を摩りながら涙目になっているファイを、探るように見つめたあと「まぁいい」と短く吐き捨てた
*
黒鋼は上を、ファイは下を脱いだ状態で場所をベッドの上に移動した。
組み敷かれた状態で唇を受け止め、ゆっくりと時間をかけて互いの舌と唾液を絡めあう。深まる接吻に呼吸さえも奪われて、口腔を蹂躙されながら太い首に両腕を回すことに必死になった。
気づけば、シャツのボタンが二つほど外されて鎖骨が露わになっていた。咄嗟に身体をビクつかせたが、黒鋼の指はとっくにそこを離れていて、それ以上皮膚を露出させるつもりはないようだった。
「は、んっ」
ぴちゃりという水音が大きく響いた。首筋に這わされる舌の熱さに皮膚が粟立つ。喉仏を舌先でくすぐられると、恥ずかしいくらい吐息が震えた。そのまま薄い皮膚に軽く歯を立てられるだけで、腰がビクビクと跳ねてしまうのを抑えられない。
黒鋼の大きな手が、シャツの上から片方の胸に這わされた。身を強張らせたファイに、彼は耳元で小さく笑う。
「警戒すんな。脱がさねぇよ」
「んっ、ぅん……」
「ただ」
「?」
赤く肉厚な舌で、黒鋼は誘うように己の下唇をぞろりと舐める。腹を空かせた獣のような仕草に、心臓が大きく高鳴り、一瞬で皮膚の内側を焼かれたような熱さを感じた。
「どうせ長くもたねぇのはてめぇの方だぜ」
「な、ん……?」
どういう意味だろう。黒鋼が醸し出す絶対的な自信に、根拠を見つけられない。
深く考える隙を与えず大きな手が胸の上をゆるゆると這い、やがて見つけた一点を布ごときゅうっと摘み上げる。
「あッ!」
「もう固くなってんじゃねぇか。シャツの上からでもよく分かるぜ」
そのままグリグリと押しつぶすように刺激されて、ファイは嫌々と首を振る。咄嗟に黒鋼の太い手首を掴んで遠ざけようとするが、まるで力が入らなかった。
「だ、だめ……そこ、触っちゃダメだよ……」
涙目で訴えても、黒鋼はただ口の端を歪めるだけだった。布ごと擦られると、その摩擦に敏感な場所が熱くなる。たったこれだけでもどかしいと感じてしまったファイは、ようやく黒鋼の言葉を理解した。
悪戯な指先はもう片方の粒も簡単に探り当ててしまう。中指と親指で乳輪ごとぎゅうっと摘ままれ、人差し指の爪で小さな先端を引っ掻かれると、直に触れられるのとはまた違った感覚が鈍痛のように身体中を駆け巡る。
「見ろよ。すっかり勃っちまって。結構くるな、これ」
「や……ッ」
ピンッと弾かれて、身体が跳ねた。
視線を胸へとやれば、そこはシャツの白い生地をツンと押し上げ、小さく勃起しているのが分かる。これは確かに直接見るよりもずっといやらしい。
墓穴を掘っただろうかと、僅かにもたげる後悔をすぐに追いやった。なぜならどんなに恥ずかしくても、もどかしくても、今のファイはこのはしたなく尖る二つの乳首を、直に見られることが我慢ならないのだ。
だから絶対に今夜はシャツを脱ぎたくなかった。なぜかなんて、理由すら今は思い出したくない。
「じれってぇだろ? 直接いじった方がいいんじゃねぇか?」
「だ、ダメ……」
強情なファイに、黒鋼はやれやれといった様子で鼻から息を吐き出した。けれどそれ以上は無理強いしてこない。彼は彼でこの遊びが気に入ったらしく、薄い布を押し上げる粒を刺激することに専念しはじめた。
「ね、ねぇ、そこ、もういいから……」
早く次に移ってほしい。黒鋼の下でファイの性器はすっかり勃ちあがっていて、彼もそれに気づいているはずだった。
どうにかして他に気を逸らしてほしくて、肩を押して遠ざけようとしても、ピクリとも動かない。それどころか、彼は指先で弄ぶだけでは我慢できなくなったのか、胸に顔を埋めるとシャツ越しに問題の個所へ舌を這わせた。
「ッ!?」
指よりも、それはずっと柔らかくて最初はただくすぐったいだけだった。だが、布はすぐに黒鋼の舌から唾液を吸収し、皮膚にぴったりと張り付きながら色を変えていく。そこだけが濡れて、僅かに皮膚が透けるのを見て、ファイの口から拒絶の悲鳴が漏れる。
「だ、ダメだってば! そんなことしないで!」
これではせっかく上を着込んでいる意味がない。両手で黒髪を掴んで引き剥がしにかかるが、黒鋼はやっぱり聞くつもりがないようで、湿った布ごときゅっと歯を立てられる。
声にならない声が喉の奥で脆弱に震えた。指よりも絶対的な刺激だけれど、やっぱり間に一枚挟んでいるだけでもどかしい。狂おしさに拍車がかかるだけだった。
黒鋼はもう片方へ唇を移動させた。そこもみるみるうちに湿り、皮膚を透けさせ、勃起した乳首に緩く歯を立てられる。黒鋼は、そのまま頭を左右に振って刺激したかと思うと、じゅうっという音を立てて強く吸い上げた。
「ひぁッ、あっ、あぁ……ッ!」
ファイが身を震わせながら甘い声を漏らすことに気をよくした彼は、もう片方の乳首も指先で摘み上げてこねくり回す。
もう何がなんだか、ただ熱く痺れる感覚に頭の中を掻きまわされているような気がした。いつもよりずっと快感が強い。だけど、それと比例して物足りなさも競りあがる。これを直接されたら、どうなってしまうんだろう。邪魔なシャツを剥ぎ取って、赤く熟れたようになっているであろう二つの粒に歯を立てられたら。
(して、ほしい……)
自分の堪え性のなさに、一気に涙が噴出した。
彼の言った通りだ。長くもたないのはファイの方だった。今にもシャツを真ん中から強引に引き裂いてほしい。じんじんと痛む場所を存分に嬲ってほしい。
(だけど……だけど……)
どうしても見られたくない『理由』がある。あまりにも恥ずかしくて、絶対に誰にも言えないけれど。
どうしてこんな風になってしまったんだろう。いっそ気づかないままでいられたらよかったのに。
(我慢、しなきゃ……でも、もう……)
このままじゃ気が狂ってしまう。
ファイは戦慄く唇をぎゅうっと噛み締めた。
きっと黒鋼はこちらが根を上げるまでこの遊びをやめるつもりはない。こんなときばかり、どこまでも意地が悪い男だ。
それほどまでに知り尽くされているということに悦びも感じながら、涙の色に悔しさも混ざる。でも、これ以上は限界だ。
「もう……ッ、や!」
切羽詰まったその声に、黒鋼はやっと顔を上げた。ファイの泣き顔を見て、ふっと笑って見せる。
「嫌か? 何が?」
「ッ、いいから……そこ、もう……」
「だから何が」
「~~~ッ」
やっぱり意地が悪い。だけどもうどうでもよかった。どうせ苛められるのが好きな身体だ。女みたいにされてしまった身体だ。
ファイはひゅっと息を吸い込むと、命乞いするように鬼気迫った声で懇願した。
「触ってほしいの! シャツ破いていいから! 乳首もどかしいの、もう嫌なの!」
言ってしまうと楽にはなったが、後悔も押し寄せる。羞恥に燃え上がる顔を両手で隠していても、黒鋼がふっと笑うのが気配で分かった。
言わせたのは自分のくせに、彼は「しょうがねぇな」とわざと呆れたように言うと、ゆっくりとシャツのボタンを外しにかかった。
涙で潤んだ瞳を指の隙間から覗かせて、ファイはしゃくりあげそうになる息をどうにか飲み込む。
(ああ、見られちゃう……隠していたかったのに、恥ずかしいの見られちゃう……)
心臓が早鐘のように打つのに合わせて、呼吸がみっともなく弾む。恐れと期待が混在している。
今にも真ん中から合わせ目を引き裂いて欲しかったのに、黒鋼は殊更ゆっくりボタンを外した。じれったさを下唇ごと噛み締めて堪えていると、そっとシャツの合わせを開いた黒鋼の息が、ふ、と薄い肌をくすぐった。
嫌でも視線を感じてしまい、ファイは涙を溢れさせてくしゃりと表情を歪めた。
「み、見ないで……」
「すげぇ真っ赤になってんじゃねぇか。分かるか?」
「やだよ……やだ……」
露わになった乳輪をくるりと指先でなぞられる。中心でそそり勃つ乳首が弾けそうなほど膨れ上がっていた。見ていられなくて、目を閉じると顔を背ける。
「相変わらずいやらしいな、おまえのここは」
「ぃ、や……言っちゃダメ……」
「見ろよ。パンパンに膨らんじまって」
「ッ、ぅ……お願いだから言わないで……恥ずかしいの……」
「今更だろ」
黒鋼が何気なく放ったその一言が、今のファイにはナイフのように胸に突き刺さる。
そう、今更。真っ赤に熟れた乳首だけじゃない。恥ずかしいところは嫌というほど見られてきたし、見られると感じてしまうくらい身体も敏感にされてしまった。
だけど、刺さる。ファイは先週行った出張先でのことを思い出した。忘れてしまいたいけれど、あのとき経験した屈辱が脳裏に張り付いて離れない。
そう、あのときファイは……。
「一体なにを気にして隠していやがった?」
「…………」
「どこも変わったところは見られねぇが……」
そう言って、黒鋼は赤く尖った粒の一つをきゅっと摘まんだ。ずっと欲しかった直接の刺激に、ファイは子犬のような甲高い声を漏らす。
「なぁ、言えよ」
「や、ぁ! 言わない……言いたいくない……ッ」
「強情だな。その分ここは素直だぜ?」
両方の乳首を摘ままれ、捻りを加えながら引っ張られる。痛みと一緒に甘い快感が駆け抜けた。こうされると、いつもどうしようもなく乱されてしまうけれど、今日はじれったい前置きがあったせいか、より敏感になっているようだった。
ファイはシーツに両手を這わせると、指先が白くなるほどそれを掴んで身悶えた。
「だめ! 引っ張っちゃ嫌だ……ッ、千切れちゃう……!」
これ以上そんな風に刺激されたら、形が変わってしまう。ただでさえもう手遅れなのに。
存分に痛みを与えられたあとは、ついに黒鋼の唇がそこに押し付けられた。拒絶しながらも待ちわびていた感覚に気が遠くなる。わざと大袈裟に水音を奏でながら、彼は吸い付いた乳首を舌で潰すようにこねまわした。指と、舌と、歯と。全てを存分に使ってこれでもかというほど嬲られる。
シャツ越しの刺激も決して悪くはなかったけれど、やっぱりこうしてダイレクトに刺激される方が圧倒的に気持ちいい。腰から下がドロドロに溶けてしまいそうだった。
「ふぁっ、アッ、あぁ……! も、だめ、ちくび、壊れる……ッ」
「また少し膨らんだか?」
「う、そ……? やだ、もうダメ、もうダメ、黒様……!」
(気持ちいい……気持ちいい……なんか、くる……!)
ひときわ強く吸い上げられた瞬間、ファイは大きく腰をビクつかせた。
勢いよく吐き出された白濁が黒鋼とファイの腹を濡らす。流石の黒鋼も驚いたのか、僅かに目を見開いて動きを止めた。
「……イったのか?」
「ふ、ぅ……ッ、うぅ……」
黒鋼以上に衝撃を受けているのはファイの方だ。自分の身体に起こった出来事があまりにもショックで、ファイはいよいよ声を出してすすり泣いた。
*
「なるほどな……」
ベッドの上で胡坐をかき、難しい表情で腕を組む黒鋼の向いで、ファイは背もたれに背を預けながら膝を抱えてしくしくと泣いていた。
結局、あの日のことを全て吐くことになってしまった。
思い出したくなかったし、忘れてしまいたかった。でも、乳首だけで達してしまうほど開発されてしまった身体から、目を背けても意味がないと思えた。
それに、これから先も黒鋼とは身体を重ねていくことになるのだから、いつまでも隠し通せるものではないのだし。
「で、てめぇはそのあとどうしたんだ」
「うん……」
全ての事情は、こうだった。
出張先はちょっとした田舎の温泉街だった。
その中でも古めかしい温泉宿に宿泊したファイは、せっかくだから温泉を堪能しようと大浴場へ向かった。
広い脱衣所には他にも多くの宿泊客が着替えをしていて、ファイはどうにか隅っこに開いている棚のスペースを見つけて、そこで衣服を脱ぎ始めた。
人は多いようだが、備え付けのパンフレットで見た浴槽は、泳げそうなほど広い印象を受けたし、何より露天風呂もある。今回は一人だが、いつか黒鋼と一緒に来られたらいいなと、気分が高揚していた。
そこでふと、上半身をすっかり露出したファイは視線を感じた。それはすぐ隣から向けられていて、見れば幼稚園くらいの少年がじっとファイを見上げている。
なぁに? と視線だけで問うと、彼はファイを指さして大声で言った。
「このお兄ちゃん、おっぱい凄いピンクだよ! ねぇお父さん!」
その場が一気にわざついた。それほどまでに、少年の声はよく通った。
全裸、または半裸のあらゆる世代の男たちが、一斉にファイの方を見た。ファイは一瞬、なにを言われているのか理解が追い付かず、ただ硬直するばかりだった。
「このお兄ちゃんね、お母さんよりおっぱいがピンクなの! お父さんのおっぱいは茶色いのに、どうしてー?」
少年の父親が、局部丸出しで屈み込み、息子の口を手で塞いだ。そして「すみませんすみません」と繰り返し、大急ぎで息子を抱えて浴場へ消えていった。
残されたファイは、茫然としながらもようやく辺りの視線に気づいた。中には「見事ですなー」なんて言いながら覗き込んでくる老人もいて、一気に全身の血液が沸騰した。
もう温泉どころの騒ぎではなかった。ファイは慌てて一度は脱いだ服を身に着けると、なぜか律儀にぺこりと頭を下げてその場から逃げだした。
「結局、部屋に備え付けられたシャワーだけで済ませたよ……オレ、もう二度と温泉なんか行かないから……」
立てた両膝に顔を埋めて、ファイはまた泣き出した。
あの少年に指摘されるまで、全く気がついていなかった。あのあと、部屋で恐る恐る自分の胸を見てみたら、確かに男性にしては少し艶めかしい色合いというか、形状というか、自分でいうのもなんだが……いやらしかった。
昔はこんな色じゃなかった。周りの皮膚とかろうじて見分けがつくくらいの、薄い桃色だったような気がするのだが、そこは記憶の中よりもずいぶん色味を増して、しかも乳輪もふっくらとしているようだった。
戸惑いがちに自ら触れた乳頭も、僅かに芯が通っただけで恥ずかしいくらいぷっくりと膨れ上がった。色も大きさも形も、明らかに昔とは違っていた。
「なんか、恥ずかしくなっちゃって……こんなやらしい乳首、もう誰にも見せられないよぉ……」
黒鋼が、どこか重々しい息を漏らすのが聞こえた。
彼にとっては今更でも、コンプレックスというものは傍からは分からないほど、本人の中では根深いものだったりする。
なまっちろくて、なかなか日に焼けない肌の上で、その色づいた乳首はあまりにも目立つ。じろじろと覗き込んできた老人のニヤけた顔や、大人数から注がれた視線を思い出すと、吐き気がしそうだった。
一応は自分の中にまだ男性としてのプライドが根づいていたことを、思いがけない形で自覚させられたような気分でもある。
「話は分かった。いつまでもメソメソすんな」
「黒たん先生には分かんないよ……オレの気持ちなんか……」
「いいからちょっと来い」
黒鋼の腕が伸びて、両膝を抱えていた手首を強く掴まれた。泣き濡れた顔を上げたファイは、引っ張られるままに身を寄せる。
ちょうど黒鋼の広い胸板に背中を預けるような形で、胡坐をかいた足の中心にちょこんと座らされる。
固い筋肉が美しく乗った両腕が、ファイの華奢な身体を包み込むように抱きしめた。大きな揺り籠に身を預けているような安心感に、無意識にほぅっと息が漏れる。
「誰にも見せられない、じゃねぇだろ」
そう言いながら、ファイの耳元に鼻先を埋めた黒鋼が、確かめるようにすんと鼻を鳴らした。
「他の誰にも見せんな。俺のもんだ」
「く、黒様……」
「おまえをこんな風にしちまったのは俺だろうが」
改めて言われると顔中が一気に熱くなって、恥ずかしい気持ちになった。同じ恥ずかしさでも、あの脱衣所と今とではまるで違う。黒鋼の言葉がじんと胸に沁み込んで、心の中でずっとモヤモヤとしていた嫌な感情を、ゆっくりと包み込んでいく。
「黒たんが」
こんな風にした。黒鋼がファイを淫乱にしてしまったし、胸の形だってそう。黒鋼がしつこいくらい苛めるから、どんどん色づいていやらしい形になってしまった。
分かってはいたけれど、やっぱりどうしようもなく顔が熱くて吐き出す息が震えてしまう。
嬉しいという気持ちと、まだどこか受け入れがたい変化への不安。それでもこれが彼の色に染まるということなら、もっともっとしてほしいと思う。
どうせもう、男としては機能しない。黒鋼にだけ愛されたいし、愛したい。
「責任、ちゃんと取ってくれる?」
こんな風にしたんだから。黒鋼がふっと笑う息が耳の中に入り込んできて、顔だけでなく身体も熱くなる。
「何べん言わせりゃ気が済むんだ? おまえは」
男らしく節くれだった手が、ファイの細い顎にかかった。向きを変えられ、唇が合わさる。少し苦しい体勢だったが、そんなことはどうでもいいと思えるくらい、その口づけは深くて甘かった。
舌先をじゃれ合わせ、ちゅっと音を立てて吸い合ってから離れた唇は、名残惜しそうに糸を引いた。
のぼせたようにぼんやりとした目をしたファイは、腰の辺りに感じる硬い感触に落ち着かない気分になって、居住まいを正すように身じろいだ。
「……黒様の、当たってる」
「そりゃこうなるだろ」
いつものことなのに、あっけらかんと言われてしまうと妙に照れるのはなぜだろう。かくいうファイも直接的には刺激を受けていない性器を腫らして、先走りを滲ませている。
黒鋼の指先が濡れた鈴口を緩く擦ると、「あん」という情けない声が漏れた。
「おまえも責任取れよ」
我慢がきかない身体になってしまったのは、黒鋼も同じだった。
*
「ひ、ぁ、アッ、凄い……!」
少し不安になるくらい、ベッドがギシギシと音を立てていた。
後ろから貫かれて同時に達したあと、そのまま抜かずに体勢を変え、今度は正面から受け入れている。
限界まで割開いた両足は、律動の圧がかかる度に股関節が軋み、もういっそ感覚がない。
黒鋼が突き上げる度にファイの性器からは蜜が溢れた。さっきからずっとこの状態で、絶頂に終わりが見えなかった。いつまでも高みに押しやられたまま、心も身体も止まらない。満たされすぎて、溺れそうだった。
「やっ、ぃ……ッ、だ、め! そこ、もう痛い……ッ」
揺さぶられながら膨らんだ乳頭を親指で押し潰される。鈍痛の痺れにファイの白い足先がピンと張った。
やだ、やだ、と甘い声で拒んでも、黒鋼は唇を笑みの形に歪めるだけで、嬲るのをやめない。逞しい二の腕にそれぞれ両手を這わせ、焼けた素肌に爪を立てることが、せめてもの意趣返しだった。
「ッ、いじると締まるな……分かるか?」
「んんっ、ぁ、わ、かる……おしり、きゅって、ッ、なって……ひぁ、あ、はずか、し……ッ」
乳首を刺激される度に、穿たれる孔が収縮を繰り返すのが分かる。痛くて、恥ずかしくて、怖いくらい気持ちがいい。
黒鋼の額に滲む汗や、堪えるように奥歯を噛み締めている姿に心が震える。
中で屹立がさらに膨らんだ。敏感な肉壁を擦り上げ、ぐん、と突き上げられる度に、呼吸と思考が同時に止まる。
黒鋼がファイの胸に顔を埋めた。あまりにも熱を持ちすぎた乳首に押し付けられた舌を、一瞬だけ氷のように冷たく感じる。
でもそれはすぐに身体の隅々にまで行きわたる灼熱の痺れに変わった。
散々嬲られて、もういっそ痛いくらいなのに、足りない。二の腕に這わせていた両手を黒鋼の頭部に回して、ぐしゃぐしゃと乱しながら身を捩る。
「あぁッ、ア、ア、もっと……! もっといじめて、乳首、もっと……ッ、噛んで……!」
「ッ、ん」
黒鋼の低い声が、ほんの少しだけ掠れる。彼は存分に乱れ狂うファイの赤い粒を思うさま舌先で嬲り、それから前歯で緩く歯を立てた。
「ッ、ぃ、! ぁ……――ッ!!」
目の前が真っ白になるのを感じながら、叩きつけられるような絶頂感を味わった。かろうじて意識を繋ぎ止めていられたのは、中で弾けた黒鋼の白濁が、あまりにも熱かったからだ。
獣じみた呻きを漏らした彼は、焦点が合わないまま弱々しく痙攣するファイの頬に汗ばんだ額を擦り付けた。甘えたような仕草にファイは少しだけ笑って、散々掻き乱してしまった頭部を優しく抱きしめた。
*
「うーん……これ、しばらくは洋服が擦れて痛いだろうねぇ……」
黒鋼の部屋の片隅で、ファイは姿見の前に立って自分の乳首をまじまじと見つめていた。流石に全裸で鏡の前に立つのはどうかと思い、シャワーの後に引っ張り出した黒鋼のジャージを履いている。だいぶ裾が余っているせいで、出ているのは足の爪先だけだ。
「黒たんせんせぇー! 絆創膏ないー?」
「あ? 何に使うんだよ」
「だからー、洋服擦れちゃうからー!」
「どれ」
洗面所から戻った黒鋼も身に着けているのはジャージの下だけだった。
彼はファイの背後に立ち、少し前屈みになると鏡に映っているファイの胸をじっと見つめる。時刻はもうじき昼だ。夜とは違った気恥ずかしさに、ファイは頬を染めた。
「明るい場所で見ると、改めてくるもんがあるな」
「もぉ……恥ずかしいんだからそういうこと言わないでよ……」
こうして鏡の前に二人揃うと、黒鋼の健康的で男らしい焼けた肌と、自分の貧弱でなまっちろい身体の対比が凄まじい。しかも散々嬲られた乳首はぷっくりと腫れあがり、つんと尖ったままだった。思わず両手でその二か所を覆う。
触るとやっぱりジンジンと痺れた。洋服の繊維なんかが擦れたら、激しく痛むに違いない。
「最近は男性用のブラジャーなんてのが流行ってるらしいな」
「真顔でなに言ってるの……」
「案外似合うんじゃねぇか?」
「あのねー! そんなの似合っても嬉しいわけないでしょー! だいたいオレより黒様の方がおっぱい大きいんだから、黒様がすればいいじゃん!」
「おまえジョークのセンスねぇな」
「黒たんにだけは言われたくないよー!!」
いわゆる『手ブラ』の状態で顔を赤らめ、キーキーと騒ぐファイから離れると、黒鋼はテレビ脇の引き出しを適当に漁った。
そして二枚の絆創膏を「おらよ」と言って手渡してくる。
「俺が貼ってやった方がいいか?」
「いいよ! バカー!」
ファイは片腕で胸を隠し、黒鋼の手から絆創膏を奪うと洗面所へ逃げ込んだ。
扉を閉めて、ホッと息を漏らす。なんだか色んな意味でどっと疲れた。
洗面所にも大きな鏡がある。覆っていた腕を外して、問題の個所に改めて視線をやった。
「…………」
(これから海とかプールとか行くとき、どうしたらいいんだろう……)
一瞬、頭の中にあの囚人服のようなボーダーの水着が浮かんだ。それを着ている自分を想像すると、なんだか間抜けで情けない気持ちになる。
(しばらく触らないでいたら……元に戻ったりしないかなぁ……)
今は充血して真っ赤になっているが、せめて色くらいは。元の薄桃に戻るだろうか。いや、考えてもみれば薄桃もそこはかとなく恥ずかしいような気はするけれど。
(触るなって言ったって、どうせあのイジメっ子は聞かないしなー……)
複雑だけど、これはきっと幸せな悩みだ。
洗面所の鏡の前で、ファイは諦めの心境を溜息に乗せて吐き出した。
←戻る ・ Wavebox👏
出張先の宿で、それはもう完膚なきまでに。
今まで生きてきて、あれほど恥ずかしい体験をしたのは初めてだったかもしれない。
問題の『部分』は自分でも全く自覚していなかっただけに、その降って沸いたようなコンプレックスに、ファイは頭を悩ませていた。
「く、黒様せんせ、ちょっと待って」
ベッドの側面に背を預けながら床に腰を下ろすファイは、迫ってくる黒鋼の顔に手の平をぺったりと押し付けて、その接近を拒んだ。
「なんだよ」
怪訝そうに漏らされるくぐもった声や息遣いを手の平に感じながら、ファイは落ち着かない気分で目を泳がせた。何か言おうとして震わせた唇に乾きを覚え、無意識に舌で湿らせると手首を掴まれ、引き剥がされる。
「どうした。気が乗らねぇならそう言え」
今にも覆いかぶさろうとして四足の獣のような体勢でいた黒鋼が、すっと身を引こうとするので慌てて首を振りながらその胸に縋りつく。
「そうじゃないよ! 乗ってるよ! 二十四時間、気分は常に!」
「……それもどうかと思うぞ」
呆れたような物言いをする彼だが、ファイがいつもと様子が違うことには気が付いたようだった。急かすでもなく反応を見守ろうとする紅い瞳に、つい赤面しつつ視線を俯けてしまう。
ファイの部屋で夕飯を済ませて、二人揃って黒鋼の部屋に戻ってくるのはいつものことだ。翌日に何もなければそのままの勢いで致してしまうのも、今ではすっかり当たり前になっている。
ただ違うのは、先週はファイが出張で部屋を数日開けていたということだ。本当なら毎日でもしたいところを我慢している身の上としては、一度でも週末を逃せば相当、溜まる。
それは黒鋼も同じのようで、今夜は特に身を寄せるのが早かったように思う。
はっきり言って嬉しい。我慢しているのが自分だけではないことや、すっかりその気になって色を覗かせる紅い瞳に射抜かれると、もうどうにでもして欲しいという気分になる。
だからしたい。今すぐにでも繋がりたい。だけど、行為が始まる前に、今日はどうしても伝えておきたいことがあった。
「あ、あのね」
「ん」
「今夜は、脱ぎたくないの……」
風呂上りはもっとラフな格好をするのが常で、大体の場合は黒鋼のTシャツやジャージを適当に引っ張り出して着ることがほとんどだった。
だが、今夜はそういう気分になれなかった。風呂も自室で済ませたし、だから着替えも自前である。
白いシャツを着込んだファイは、通常であれば幾つか外しておくボタンを喉元まできっちりはめていた。
黒鋼は不審そうに眉を寄せ、微かに首を傾げる。
「脱がねぇでどうすんだよ、脱がねぇで」
「あ、あの、下はいいんだけど……上には触れないでおいてくれないかなって」
「……何かあ」
「ない!」
黒鋼の問いかけに、つい食い気味で答えてしまった。これでは何かありましたと正直に言っているようなものだ。ファイはバツが悪そうに苦い顔をして、シャツの胸元をギュッと握りしめた。
どうしても、この服の下は見られなくない。理由も、できれば聞かれたくなかった。それはファイにとって忌まわしい記憶でしかないからだ。
「と、とにかく……嫌なんだよ。ほら、寒いし……」
「下半身はいいのか」
「あー、うん、そう。上半身だけが今日はやけに冷える気が」
「おいこら」
「むぎゃっ」
目を逸らしていたファイの鼻が、黒鋼の指先に思いっきり摘まれた。おかげで妙な声を上げながら上向かされてしまったファイは、至近距離でじっとりと睨み付けてくる黒鋼と目を合わせることになってしまった。息が詰まりそうになったが、悟られぬように目をぎゅっと閉じた。
「い、いたいよぉ~っ! 鼻呼吸妨害しないで~!」
「ったく……」
黒鋼はふんと鼻を鳴らして、すぐに指先を遠ざけた。ひりつく鼻を摩りながら涙目になっているファイを、探るように見つめたあと「まぁいい」と短く吐き捨てた
*
黒鋼は上を、ファイは下を脱いだ状態で場所をベッドの上に移動した。
組み敷かれた状態で唇を受け止め、ゆっくりと時間をかけて互いの舌と唾液を絡めあう。深まる接吻に呼吸さえも奪われて、口腔を蹂躙されながら太い首に両腕を回すことに必死になった。
気づけば、シャツのボタンが二つほど外されて鎖骨が露わになっていた。咄嗟に身体をビクつかせたが、黒鋼の指はとっくにそこを離れていて、それ以上皮膚を露出させるつもりはないようだった。
「は、んっ」
ぴちゃりという水音が大きく響いた。首筋に這わされる舌の熱さに皮膚が粟立つ。喉仏を舌先でくすぐられると、恥ずかしいくらい吐息が震えた。そのまま薄い皮膚に軽く歯を立てられるだけで、腰がビクビクと跳ねてしまうのを抑えられない。
黒鋼の大きな手が、シャツの上から片方の胸に這わされた。身を強張らせたファイに、彼は耳元で小さく笑う。
「警戒すんな。脱がさねぇよ」
「んっ、ぅん……」
「ただ」
「?」
赤く肉厚な舌で、黒鋼は誘うように己の下唇をぞろりと舐める。腹を空かせた獣のような仕草に、心臓が大きく高鳴り、一瞬で皮膚の内側を焼かれたような熱さを感じた。
「どうせ長くもたねぇのはてめぇの方だぜ」
「な、ん……?」
どういう意味だろう。黒鋼が醸し出す絶対的な自信に、根拠を見つけられない。
深く考える隙を与えず大きな手が胸の上をゆるゆると這い、やがて見つけた一点を布ごときゅうっと摘み上げる。
「あッ!」
「もう固くなってんじゃねぇか。シャツの上からでもよく分かるぜ」
そのままグリグリと押しつぶすように刺激されて、ファイは嫌々と首を振る。咄嗟に黒鋼の太い手首を掴んで遠ざけようとするが、まるで力が入らなかった。
「だ、だめ……そこ、触っちゃダメだよ……」
涙目で訴えても、黒鋼はただ口の端を歪めるだけだった。布ごと擦られると、その摩擦に敏感な場所が熱くなる。たったこれだけでもどかしいと感じてしまったファイは、ようやく黒鋼の言葉を理解した。
悪戯な指先はもう片方の粒も簡単に探り当ててしまう。中指と親指で乳輪ごとぎゅうっと摘ままれ、人差し指の爪で小さな先端を引っ掻かれると、直に触れられるのとはまた違った感覚が鈍痛のように身体中を駆け巡る。
「見ろよ。すっかり勃っちまって。結構くるな、これ」
「や……ッ」
ピンッと弾かれて、身体が跳ねた。
視線を胸へとやれば、そこはシャツの白い生地をツンと押し上げ、小さく勃起しているのが分かる。これは確かに直接見るよりもずっといやらしい。
墓穴を掘っただろうかと、僅かにもたげる後悔をすぐに追いやった。なぜならどんなに恥ずかしくても、もどかしくても、今のファイはこのはしたなく尖る二つの乳首を、直に見られることが我慢ならないのだ。
だから絶対に今夜はシャツを脱ぎたくなかった。なぜかなんて、理由すら今は思い出したくない。
「じれってぇだろ? 直接いじった方がいいんじゃねぇか?」
「だ、ダメ……」
強情なファイに、黒鋼はやれやれといった様子で鼻から息を吐き出した。けれどそれ以上は無理強いしてこない。彼は彼でこの遊びが気に入ったらしく、薄い布を押し上げる粒を刺激することに専念しはじめた。
「ね、ねぇ、そこ、もういいから……」
早く次に移ってほしい。黒鋼の下でファイの性器はすっかり勃ちあがっていて、彼もそれに気づいているはずだった。
どうにかして他に気を逸らしてほしくて、肩を押して遠ざけようとしても、ピクリとも動かない。それどころか、彼は指先で弄ぶだけでは我慢できなくなったのか、胸に顔を埋めるとシャツ越しに問題の個所へ舌を這わせた。
「ッ!?」
指よりも、それはずっと柔らかくて最初はただくすぐったいだけだった。だが、布はすぐに黒鋼の舌から唾液を吸収し、皮膚にぴったりと張り付きながら色を変えていく。そこだけが濡れて、僅かに皮膚が透けるのを見て、ファイの口から拒絶の悲鳴が漏れる。
「だ、ダメだってば! そんなことしないで!」
これではせっかく上を着込んでいる意味がない。両手で黒髪を掴んで引き剥がしにかかるが、黒鋼はやっぱり聞くつもりがないようで、湿った布ごときゅっと歯を立てられる。
声にならない声が喉の奥で脆弱に震えた。指よりも絶対的な刺激だけれど、やっぱり間に一枚挟んでいるだけでもどかしい。狂おしさに拍車がかかるだけだった。
黒鋼はもう片方へ唇を移動させた。そこもみるみるうちに湿り、皮膚を透けさせ、勃起した乳首に緩く歯を立てられる。黒鋼は、そのまま頭を左右に振って刺激したかと思うと、じゅうっという音を立てて強く吸い上げた。
「ひぁッ、あっ、あぁ……ッ!」
ファイが身を震わせながら甘い声を漏らすことに気をよくした彼は、もう片方の乳首も指先で摘み上げてこねくり回す。
もう何がなんだか、ただ熱く痺れる感覚に頭の中を掻きまわされているような気がした。いつもよりずっと快感が強い。だけど、それと比例して物足りなさも競りあがる。これを直接されたら、どうなってしまうんだろう。邪魔なシャツを剥ぎ取って、赤く熟れたようになっているであろう二つの粒に歯を立てられたら。
(して、ほしい……)
自分の堪え性のなさに、一気に涙が噴出した。
彼の言った通りだ。長くもたないのはファイの方だった。今にもシャツを真ん中から強引に引き裂いてほしい。じんじんと痛む場所を存分に嬲ってほしい。
(だけど……だけど……)
どうしても見られたくない『理由』がある。あまりにも恥ずかしくて、絶対に誰にも言えないけれど。
どうしてこんな風になってしまったんだろう。いっそ気づかないままでいられたらよかったのに。
(我慢、しなきゃ……でも、もう……)
このままじゃ気が狂ってしまう。
ファイは戦慄く唇をぎゅうっと噛み締めた。
きっと黒鋼はこちらが根を上げるまでこの遊びをやめるつもりはない。こんなときばかり、どこまでも意地が悪い男だ。
それほどまでに知り尽くされているということに悦びも感じながら、涙の色に悔しさも混ざる。でも、これ以上は限界だ。
「もう……ッ、や!」
切羽詰まったその声に、黒鋼はやっと顔を上げた。ファイの泣き顔を見て、ふっと笑って見せる。
「嫌か? 何が?」
「ッ、いいから……そこ、もう……」
「だから何が」
「~~~ッ」
やっぱり意地が悪い。だけどもうどうでもよかった。どうせ苛められるのが好きな身体だ。女みたいにされてしまった身体だ。
ファイはひゅっと息を吸い込むと、命乞いするように鬼気迫った声で懇願した。
「触ってほしいの! シャツ破いていいから! 乳首もどかしいの、もう嫌なの!」
言ってしまうと楽にはなったが、後悔も押し寄せる。羞恥に燃え上がる顔を両手で隠していても、黒鋼がふっと笑うのが気配で分かった。
言わせたのは自分のくせに、彼は「しょうがねぇな」とわざと呆れたように言うと、ゆっくりとシャツのボタンを外しにかかった。
涙で潤んだ瞳を指の隙間から覗かせて、ファイはしゃくりあげそうになる息をどうにか飲み込む。
(ああ、見られちゃう……隠していたかったのに、恥ずかしいの見られちゃう……)
心臓が早鐘のように打つのに合わせて、呼吸がみっともなく弾む。恐れと期待が混在している。
今にも真ん中から合わせ目を引き裂いて欲しかったのに、黒鋼は殊更ゆっくりボタンを外した。じれったさを下唇ごと噛み締めて堪えていると、そっとシャツの合わせを開いた黒鋼の息が、ふ、と薄い肌をくすぐった。
嫌でも視線を感じてしまい、ファイは涙を溢れさせてくしゃりと表情を歪めた。
「み、見ないで……」
「すげぇ真っ赤になってんじゃねぇか。分かるか?」
「やだよ……やだ……」
露わになった乳輪をくるりと指先でなぞられる。中心でそそり勃つ乳首が弾けそうなほど膨れ上がっていた。見ていられなくて、目を閉じると顔を背ける。
「相変わらずいやらしいな、おまえのここは」
「ぃ、や……言っちゃダメ……」
「見ろよ。パンパンに膨らんじまって」
「ッ、ぅ……お願いだから言わないで……恥ずかしいの……」
「今更だろ」
黒鋼が何気なく放ったその一言が、今のファイにはナイフのように胸に突き刺さる。
そう、今更。真っ赤に熟れた乳首だけじゃない。恥ずかしいところは嫌というほど見られてきたし、見られると感じてしまうくらい身体も敏感にされてしまった。
だけど、刺さる。ファイは先週行った出張先でのことを思い出した。忘れてしまいたいけれど、あのとき経験した屈辱が脳裏に張り付いて離れない。
そう、あのときファイは……。
「一体なにを気にして隠していやがった?」
「…………」
「どこも変わったところは見られねぇが……」
そう言って、黒鋼は赤く尖った粒の一つをきゅっと摘まんだ。ずっと欲しかった直接の刺激に、ファイは子犬のような甲高い声を漏らす。
「なぁ、言えよ」
「や、ぁ! 言わない……言いたいくない……ッ」
「強情だな。その分ここは素直だぜ?」
両方の乳首を摘ままれ、捻りを加えながら引っ張られる。痛みと一緒に甘い快感が駆け抜けた。こうされると、いつもどうしようもなく乱されてしまうけれど、今日はじれったい前置きがあったせいか、より敏感になっているようだった。
ファイはシーツに両手を這わせると、指先が白くなるほどそれを掴んで身悶えた。
「だめ! 引っ張っちゃ嫌だ……ッ、千切れちゃう……!」
これ以上そんな風に刺激されたら、形が変わってしまう。ただでさえもう手遅れなのに。
存分に痛みを与えられたあとは、ついに黒鋼の唇がそこに押し付けられた。拒絶しながらも待ちわびていた感覚に気が遠くなる。わざと大袈裟に水音を奏でながら、彼は吸い付いた乳首を舌で潰すようにこねまわした。指と、舌と、歯と。全てを存分に使ってこれでもかというほど嬲られる。
シャツ越しの刺激も決して悪くはなかったけれど、やっぱりこうしてダイレクトに刺激される方が圧倒的に気持ちいい。腰から下がドロドロに溶けてしまいそうだった。
「ふぁっ、アッ、あぁ……! も、だめ、ちくび、壊れる……ッ」
「また少し膨らんだか?」
「う、そ……? やだ、もうダメ、もうダメ、黒様……!」
(気持ちいい……気持ちいい……なんか、くる……!)
ひときわ強く吸い上げられた瞬間、ファイは大きく腰をビクつかせた。
勢いよく吐き出された白濁が黒鋼とファイの腹を濡らす。流石の黒鋼も驚いたのか、僅かに目を見開いて動きを止めた。
「……イったのか?」
「ふ、ぅ……ッ、うぅ……」
黒鋼以上に衝撃を受けているのはファイの方だ。自分の身体に起こった出来事があまりにもショックで、ファイはいよいよ声を出してすすり泣いた。
*
「なるほどな……」
ベッドの上で胡坐をかき、難しい表情で腕を組む黒鋼の向いで、ファイは背もたれに背を預けながら膝を抱えてしくしくと泣いていた。
結局、あの日のことを全て吐くことになってしまった。
思い出したくなかったし、忘れてしまいたかった。でも、乳首だけで達してしまうほど開発されてしまった身体から、目を背けても意味がないと思えた。
それに、これから先も黒鋼とは身体を重ねていくことになるのだから、いつまでも隠し通せるものではないのだし。
「で、てめぇはそのあとどうしたんだ」
「うん……」
全ての事情は、こうだった。
出張先はちょっとした田舎の温泉街だった。
その中でも古めかしい温泉宿に宿泊したファイは、せっかくだから温泉を堪能しようと大浴場へ向かった。
広い脱衣所には他にも多くの宿泊客が着替えをしていて、ファイはどうにか隅っこに開いている棚のスペースを見つけて、そこで衣服を脱ぎ始めた。
人は多いようだが、備え付けのパンフレットで見た浴槽は、泳げそうなほど広い印象を受けたし、何より露天風呂もある。今回は一人だが、いつか黒鋼と一緒に来られたらいいなと、気分が高揚していた。
そこでふと、上半身をすっかり露出したファイは視線を感じた。それはすぐ隣から向けられていて、見れば幼稚園くらいの少年がじっとファイを見上げている。
なぁに? と視線だけで問うと、彼はファイを指さして大声で言った。
「このお兄ちゃん、おっぱい凄いピンクだよ! ねぇお父さん!」
その場が一気にわざついた。それほどまでに、少年の声はよく通った。
全裸、または半裸のあらゆる世代の男たちが、一斉にファイの方を見た。ファイは一瞬、なにを言われているのか理解が追い付かず、ただ硬直するばかりだった。
「このお兄ちゃんね、お母さんよりおっぱいがピンクなの! お父さんのおっぱいは茶色いのに、どうしてー?」
少年の父親が、局部丸出しで屈み込み、息子の口を手で塞いだ。そして「すみませんすみません」と繰り返し、大急ぎで息子を抱えて浴場へ消えていった。
残されたファイは、茫然としながらもようやく辺りの視線に気づいた。中には「見事ですなー」なんて言いながら覗き込んでくる老人もいて、一気に全身の血液が沸騰した。
もう温泉どころの騒ぎではなかった。ファイは慌てて一度は脱いだ服を身に着けると、なぜか律儀にぺこりと頭を下げてその場から逃げだした。
「結局、部屋に備え付けられたシャワーだけで済ませたよ……オレ、もう二度と温泉なんか行かないから……」
立てた両膝に顔を埋めて、ファイはまた泣き出した。
あの少年に指摘されるまで、全く気がついていなかった。あのあと、部屋で恐る恐る自分の胸を見てみたら、確かに男性にしては少し艶めかしい色合いというか、形状というか、自分でいうのもなんだが……いやらしかった。
昔はこんな色じゃなかった。周りの皮膚とかろうじて見分けがつくくらいの、薄い桃色だったような気がするのだが、そこは記憶の中よりもずいぶん色味を増して、しかも乳輪もふっくらとしているようだった。
戸惑いがちに自ら触れた乳頭も、僅かに芯が通っただけで恥ずかしいくらいぷっくりと膨れ上がった。色も大きさも形も、明らかに昔とは違っていた。
「なんか、恥ずかしくなっちゃって……こんなやらしい乳首、もう誰にも見せられないよぉ……」
黒鋼が、どこか重々しい息を漏らすのが聞こえた。
彼にとっては今更でも、コンプレックスというものは傍からは分からないほど、本人の中では根深いものだったりする。
なまっちろくて、なかなか日に焼けない肌の上で、その色づいた乳首はあまりにも目立つ。じろじろと覗き込んできた老人のニヤけた顔や、大人数から注がれた視線を思い出すと、吐き気がしそうだった。
一応は自分の中にまだ男性としてのプライドが根づいていたことを、思いがけない形で自覚させられたような気分でもある。
「話は分かった。いつまでもメソメソすんな」
「黒たん先生には分かんないよ……オレの気持ちなんか……」
「いいからちょっと来い」
黒鋼の腕が伸びて、両膝を抱えていた手首を強く掴まれた。泣き濡れた顔を上げたファイは、引っ張られるままに身を寄せる。
ちょうど黒鋼の広い胸板に背中を預けるような形で、胡坐をかいた足の中心にちょこんと座らされる。
固い筋肉が美しく乗った両腕が、ファイの華奢な身体を包み込むように抱きしめた。大きな揺り籠に身を預けているような安心感に、無意識にほぅっと息が漏れる。
「誰にも見せられない、じゃねぇだろ」
そう言いながら、ファイの耳元に鼻先を埋めた黒鋼が、確かめるようにすんと鼻を鳴らした。
「他の誰にも見せんな。俺のもんだ」
「く、黒様……」
「おまえをこんな風にしちまったのは俺だろうが」
改めて言われると顔中が一気に熱くなって、恥ずかしい気持ちになった。同じ恥ずかしさでも、あの脱衣所と今とではまるで違う。黒鋼の言葉がじんと胸に沁み込んで、心の中でずっとモヤモヤとしていた嫌な感情を、ゆっくりと包み込んでいく。
「黒たんが」
こんな風にした。黒鋼がファイを淫乱にしてしまったし、胸の形だってそう。黒鋼がしつこいくらい苛めるから、どんどん色づいていやらしい形になってしまった。
分かってはいたけれど、やっぱりどうしようもなく顔が熱くて吐き出す息が震えてしまう。
嬉しいという気持ちと、まだどこか受け入れがたい変化への不安。それでもこれが彼の色に染まるということなら、もっともっとしてほしいと思う。
どうせもう、男としては機能しない。黒鋼にだけ愛されたいし、愛したい。
「責任、ちゃんと取ってくれる?」
こんな風にしたんだから。黒鋼がふっと笑う息が耳の中に入り込んできて、顔だけでなく身体も熱くなる。
「何べん言わせりゃ気が済むんだ? おまえは」
男らしく節くれだった手が、ファイの細い顎にかかった。向きを変えられ、唇が合わさる。少し苦しい体勢だったが、そんなことはどうでもいいと思えるくらい、その口づけは深くて甘かった。
舌先をじゃれ合わせ、ちゅっと音を立てて吸い合ってから離れた唇は、名残惜しそうに糸を引いた。
のぼせたようにぼんやりとした目をしたファイは、腰の辺りに感じる硬い感触に落ち着かない気分になって、居住まいを正すように身じろいだ。
「……黒様の、当たってる」
「そりゃこうなるだろ」
いつものことなのに、あっけらかんと言われてしまうと妙に照れるのはなぜだろう。かくいうファイも直接的には刺激を受けていない性器を腫らして、先走りを滲ませている。
黒鋼の指先が濡れた鈴口を緩く擦ると、「あん」という情けない声が漏れた。
「おまえも責任取れよ」
我慢がきかない身体になってしまったのは、黒鋼も同じだった。
*
「ひ、ぁ、アッ、凄い……!」
少し不安になるくらい、ベッドがギシギシと音を立てていた。
後ろから貫かれて同時に達したあと、そのまま抜かずに体勢を変え、今度は正面から受け入れている。
限界まで割開いた両足は、律動の圧がかかる度に股関節が軋み、もういっそ感覚がない。
黒鋼が突き上げる度にファイの性器からは蜜が溢れた。さっきからずっとこの状態で、絶頂に終わりが見えなかった。いつまでも高みに押しやられたまま、心も身体も止まらない。満たされすぎて、溺れそうだった。
「やっ、ぃ……ッ、だ、め! そこ、もう痛い……ッ」
揺さぶられながら膨らんだ乳頭を親指で押し潰される。鈍痛の痺れにファイの白い足先がピンと張った。
やだ、やだ、と甘い声で拒んでも、黒鋼は唇を笑みの形に歪めるだけで、嬲るのをやめない。逞しい二の腕にそれぞれ両手を這わせ、焼けた素肌に爪を立てることが、せめてもの意趣返しだった。
「ッ、いじると締まるな……分かるか?」
「んんっ、ぁ、わ、かる……おしり、きゅって、ッ、なって……ひぁ、あ、はずか、し……ッ」
乳首を刺激される度に、穿たれる孔が収縮を繰り返すのが分かる。痛くて、恥ずかしくて、怖いくらい気持ちがいい。
黒鋼の額に滲む汗や、堪えるように奥歯を噛み締めている姿に心が震える。
中で屹立がさらに膨らんだ。敏感な肉壁を擦り上げ、ぐん、と突き上げられる度に、呼吸と思考が同時に止まる。
黒鋼がファイの胸に顔を埋めた。あまりにも熱を持ちすぎた乳首に押し付けられた舌を、一瞬だけ氷のように冷たく感じる。
でもそれはすぐに身体の隅々にまで行きわたる灼熱の痺れに変わった。
散々嬲られて、もういっそ痛いくらいなのに、足りない。二の腕に這わせていた両手を黒鋼の頭部に回して、ぐしゃぐしゃと乱しながら身を捩る。
「あぁッ、ア、ア、もっと……! もっといじめて、乳首、もっと……ッ、噛んで……!」
「ッ、ん」
黒鋼の低い声が、ほんの少しだけ掠れる。彼は存分に乱れ狂うファイの赤い粒を思うさま舌先で嬲り、それから前歯で緩く歯を立てた。
「ッ、ぃ、! ぁ……――ッ!!」
目の前が真っ白になるのを感じながら、叩きつけられるような絶頂感を味わった。かろうじて意識を繋ぎ止めていられたのは、中で弾けた黒鋼の白濁が、あまりにも熱かったからだ。
獣じみた呻きを漏らした彼は、焦点が合わないまま弱々しく痙攣するファイの頬に汗ばんだ額を擦り付けた。甘えたような仕草にファイは少しだけ笑って、散々掻き乱してしまった頭部を優しく抱きしめた。
*
「うーん……これ、しばらくは洋服が擦れて痛いだろうねぇ……」
黒鋼の部屋の片隅で、ファイは姿見の前に立って自分の乳首をまじまじと見つめていた。流石に全裸で鏡の前に立つのはどうかと思い、シャワーの後に引っ張り出した黒鋼のジャージを履いている。だいぶ裾が余っているせいで、出ているのは足の爪先だけだ。
「黒たんせんせぇー! 絆創膏ないー?」
「あ? 何に使うんだよ」
「だからー、洋服擦れちゃうからー!」
「どれ」
洗面所から戻った黒鋼も身に着けているのはジャージの下だけだった。
彼はファイの背後に立ち、少し前屈みになると鏡に映っているファイの胸をじっと見つめる。時刻はもうじき昼だ。夜とは違った気恥ずかしさに、ファイは頬を染めた。
「明るい場所で見ると、改めてくるもんがあるな」
「もぉ……恥ずかしいんだからそういうこと言わないでよ……」
こうして鏡の前に二人揃うと、黒鋼の健康的で男らしい焼けた肌と、自分の貧弱でなまっちろい身体の対比が凄まじい。しかも散々嬲られた乳首はぷっくりと腫れあがり、つんと尖ったままだった。思わず両手でその二か所を覆う。
触るとやっぱりジンジンと痺れた。洋服の繊維なんかが擦れたら、激しく痛むに違いない。
「最近は男性用のブラジャーなんてのが流行ってるらしいな」
「真顔でなに言ってるの……」
「案外似合うんじゃねぇか?」
「あのねー! そんなの似合っても嬉しいわけないでしょー! だいたいオレより黒様の方がおっぱい大きいんだから、黒様がすればいいじゃん!」
「おまえジョークのセンスねぇな」
「黒たんにだけは言われたくないよー!!」
いわゆる『手ブラ』の状態で顔を赤らめ、キーキーと騒ぐファイから離れると、黒鋼はテレビ脇の引き出しを適当に漁った。
そして二枚の絆創膏を「おらよ」と言って手渡してくる。
「俺が貼ってやった方がいいか?」
「いいよ! バカー!」
ファイは片腕で胸を隠し、黒鋼の手から絆創膏を奪うと洗面所へ逃げ込んだ。
扉を閉めて、ホッと息を漏らす。なんだか色んな意味でどっと疲れた。
洗面所にも大きな鏡がある。覆っていた腕を外して、問題の個所に改めて視線をやった。
「…………」
(これから海とかプールとか行くとき、どうしたらいいんだろう……)
一瞬、頭の中にあの囚人服のようなボーダーの水着が浮かんだ。それを着ている自分を想像すると、なんだか間抜けで情けない気持ちになる。
(しばらく触らないでいたら……元に戻ったりしないかなぁ……)
今は充血して真っ赤になっているが、せめて色くらいは。元の薄桃に戻るだろうか。いや、考えてもみれば薄桃もそこはかとなく恥ずかしいような気はするけれど。
(触るなって言ったって、どうせあのイジメっ子は聞かないしなー……)
複雑だけど、これはきっと幸せな悩みだ。
洗面所の鏡の前で、ファイは諦めの心境を溜息に乗せて吐き出した。
←戻る ・ Wavebox👏
打倒DIOを掲げて旅をした50日間、数多の困難を乗り越えながら想いを通わせた二人は、日本に帰国してからも変わらず交際を続けていた。
一緒に学校に通い、勉強をして、放課後は寄り道をして遊んだり。
承太郎は喧嘩の回数もぐっと減り、どんなに不味い飯を出す店に入っても料金を払うようになった。しばらく見ないと思ったら、随分と丸くなったなどと辺りの人間は言うが、それは違う。花京院が隣にいるからだ。
彼との時間をくだらない諍いに割かれるのは勿体ないし、花京院と一緒に食う飯はなんだって美味く感じてしまう。何よりただ二人で過ごすという時間が承太郎にとっては楽しく、かけがえのないひと時なのである。
だがそんな承太郎にも不満はある。
誰に邪魔されるわけでも、ましてや命を狙われるわけでもない平和な日常。隣には花京院。その一体どこに不満があるのかというと。
それはズバリ、セックスに関してである。
あの50日間のように、ほぼ四六時中一緒にいられるわけではない。お互いに暮らす家があって、家族がいて、日が暮れる頃には帰らなければならないのだ。
特に花京院は親に無断で家を空けてしまったため、帰国後は厳しい門限を強いられてしまった。
おかげでエジプトから戻って身体を重ねた回数は、片手で足りるほどしかない。それも全て承太郎から手を伸ばし、花京院はただ流されるだけといった具合だ。全くもって、行為に対する前向きな姿勢が見えない。
決してそれだけがが目当てではないにしろ、言ってしまえば承太郎だってヤリたい盛りのお年頃だ。
このナリのせいで成熟した大人に見られがちだが、心底惚れた相手がいつも隣にいる中、スケベ心を押さえ込めというのは酷な話である。
いつ命を落とすとも知れない状況下、異国の地で二人は幾度も抱き合った。その一瞬一瞬に悔いが残らないように、可能な限り激しく求め合ったものだ。思い出すだけで胸が熱くなる。
それが最近ではどうも平和ボケしているせいか、あの頃の激しさが皆無に等しい。しかも不満はそれだけに留まらない。
むしろここからが本題なのだが、花京院はその性格上、己を律するあまり正気を失うほど乱れるという行為に抵抗があるらしい。
旅の間は常にそう遠くない場所に祖父やアヴドゥル、ポルナレフの存在があったのだから、それは仕方ない。必死で唇を噛み締めて、声を殺そうとする様には興奮させられた。
が、今はあの頃とは状況が違う。
心置きなく恋人同士の時間を共有できるというのに、そこに甘んじない花京院に歯痒さを感じはじめていた。
声を殺し、自分を保とうとする姿を見ていると、まるでこちらが行為を強いているようで温度差を感じてしまう。
と、いうわけで。
なんとかして花京院が狂い悶えながら求めてくる様を見たくて仕方がない承太郎は、どうすれば彼の理性のタガを外すことが出来るのかを考えた。それはもう必死に。
もしや技術の問題ではあるまいな……と不安になりかけた頃、ふとある考えが頭をよぎった。
今こそ『アレ』を試してみるときなのかもしれない、と。
*
土曜日の昼下がり。
承太郎はこの日、勉強会をしようという名目のもと花京院を自宅に招いた。
彼は約束していた時間きっちりに、いつもの制服姿に鞄と、何やら紙袋を持って空条邸を訪れた。
休日だし、てっきり私服でやって来るとばかり思っていたのだが、かく言う承太郎も長ランを羽織っていないというだけで装いはいつも通りだ。
「今日はホリィさんいないんだな」
自室へ向かって廊下を歩く承太郎の背後で、花京院が少し寂しそうにぼやく。
「一泊二日で町内会の温泉旅行だとよ。朝から張り切って出かけてったぜ」
「へぇ、温泉か。いいな」
「てめーの分の土産も買ってくるってよ」
「そんな気を使わなくてもいいのに。あ、そうだ承太郎、ぼくもお土産があるんだ。駅前に新しくできたケーキ屋、知ってるかい?」
「いや?」
「ふふふ。美味しいって評判なんだ。チェリータルトもあるんだよ。後で食べよう」
頭を使うと甘いものが欲しくなるからねと、ケーキの詰まった箱が入った袋を目の高さまで持ち上げて、ノォホホと笑う花京院に、今日の目的は勉強ではないのだと真実を告げたら、一体どうなるか。
少しばかり良心が痛むのを感じたが、ここまで来て引くつもりは毛頭ない。
「適当に座ってな。なにか飲むもん持ってくるぜ」
「ありがとう。ちょうど喉が渇いていたところなんだ」
「冷たいのでいいな」
微笑む花京院に軽く笑い返し、承太郎はヌシヌシと足音を響かせながら台所へ向かう。冷蔵庫に常に作り置きしてあるお茶のポットを取り出すと、グラスも二つ用意した。
(ついにこの時が来たぜ)
承太郎はポケットに手を入れ、そこにあるものを確かめるように握りしめると、そっと取り出す。
現れたのは琥珀色の小瓶だ。大きさはせいぜいアロマオイル程度しかない。ラベルには『LOVE DRUG』と、あからさまに書かれていた。
これが承太郎の秘密兵器だ。
実をいうと、所持していたことすらすっかり忘れていた。
これはあの50日間の旅の間に立ち寄った市場で、半ば強引に押し付けられたものだった。
あの日、承太郎はちょっとした食料や傷薬等を買い揃えるために、ポルナレフを連れ立って買い出しに出ていた。
この小瓶は薬草の類を扱う露店で見つけたもので、いやに騒々しい店主がしつこくすすめてきたものだった。
そんな胡散臭いものいるかと一度は突っぱねたが、なぜか興奮したポルナレフが悪乗りしだし、あまりの鬱陶しさに面倒臭くなって、つい購入してしまったのである。(どうせじじいの金だし)
ポルナレフは承太郎と花京院の関係に気がついていたため、「使ってみろよ。あのカタブツがどうなっちまうか楽しみだぜ」などとのたまった。ので、殴っておいた。
結局、買ったはいいものの使う機会もなく、薬のことは忘れていた。
(ほんの一滴、だったか)
随分とアバウトだが、確か店主はそう説明していた。
どんなにガードの堅い女でも、これさえあればイチコロだ、なんてニヤけ顔で言っていたのを思い出す。
全くもって胡散臭い話である。とても信じられたものではないが、ものは試しだ。うまくいけば『ちょっとエッチな気分になっちゃった♡』程度の効果くらいは、期待できるかもしれない。
承太郎は二つのグラスにお茶を注ぐと、小瓶の蓋を開けて匂いを嗅いでみた。無味無臭と店主が言っていた通り、匂いはない。この分なら気づかれずに済みそうだ。
それを向かって左側のグラスに、慎重に落とし入れようとしたその時。
「承太郎、このケーキなんだけど
「ッ!?」
ひょっこりと、花京院が台所に顔を出した。その声を聞いた瞬間。
ダババッ!
「あ」
中身が一本丸々、グラスの中に入ってしまった。
「…………マジか」
「なにが?」
「なんでもないぜ。ケーキがどうした?」
承太郎は隣に並んで顔を覗き込んできた花京院からさりげなく目を逸らし、空の瓶をズボンのポケットに押し込んだ。
「うん。ホリィさんの分もあるけど、帰って来るのが明日なら冷蔵庫にでも、と思ってね」
「いいぜ。適当に突っ込んどきな」
「わかった。じゃあ開けさせてもらうよ」
特に怪しむでもなく、花京院は冷蔵庫の扉を開けると適当なスペースに箱ごと入れている。
内心ホッとしつつ、その隙に薬が混入されているグラスを手に取った。いくら眉唾物とはいえ、流石にこれを飲ませるのは如何なものか。
少し勿体ないが、いっそ中身を捨ててしまった方がいいのかもしれない。
「あ、承太郎。お茶ありがとう。自分の分は自分で持って行くからいいよ」
「!」
そうこうしている間に、承太郎の手からグラスが消えた。
花京院は大事そうに両手でグラスを持ち、「早く戻ろう」と爽やかな笑顔で廊下に消えていこうとする。
承太郎は一瞬迷ったが、すぐに自分のグラスを手にその背を追った。
*
さて、どうしたものか。
この空条承太郎にあるまじき失態と手際の悪さで、今現在テーブルにつく花京院の目の前には問題のお茶が置かれている。
取り上げようと思えば時間を止めてしまえばいいだけの話だが、心のどこかではこれを飲んだ花京院がどうなるのか、気になってしょうがない正直な自分もいた。
薬は全て混入させてしまったため、もう替えがない。別にそう大した効果を期待していたわけではないが、こうなったら試しに成り行きを見守ってみるか。
少し緊張しているせいか、喉が渇いた。承太郎は自分の分のグラスを掴むと一気に飲み干す。それを見て、花京院もグラスを手に取り、口をつけようとした。
「…………」
「……あの、承太郎?」
「なんだ」
「ぼくの顔に何かついてる?」
おっといけない。熱心に見つめすぎたようだ。
承太郎は帽子の鍔を指先で摘まみ、さりげなくずらしながら目を逸らす。花京院は不思議そうに小首を傾げたが、すぐに気を取り直してグラスの縁に口をつけた。
そして、ぐいっと一気に半分ほど飲み干してしまった。
「花京院」
「んん? なに?」
「味は……どうだ? 美味いか?」
「? うん、喉が渇いていたから美味しいよ」
「そうか」
「承太郎、君なんだかさっきから様子がおかしいな」
ギクリ。
流石は目敏い花京院だ。彼は切れ長の瞳をぐっと細め、どこか胡散臭そうにこちらを見ている。
承太郎はポーカーフェイスを装い、あえてその瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「てめーとこうして家で二人きりってのは、なかなかねえシチュエーションだからな。少し意識しすぎちまって、調子が狂ってるのかもしれねーな」
「な、なにを言ってるんだ君は」
途端に頬を赤らめた花京院は、幾度か目を泳がせながら手の平を団扇代わりにして顔をぱたぱたと仰ぎだす。
「きょ、今日は少し暑いな。さぁ、早く勉強しよう」
そう言って、残りのお茶を飲みほしてしまった。
承太郎は悟られぬ程度に喉を鳴らした。テーブルの上に教材を並べ立てる花京院にならって、自分も教科書やノートを準備しながら様子を窺う。
使用量を遥かに超えた媚薬が、このあと彼の身体に何らかの効果をもたらすのかどうか。どのくらいで効きはじめるのか。
内心勉強どころの騒ぎではないが、勘のいい花京院にこれ以上怪しまれないよう、表向き勉強に集中するふりをした。
*
それから一時間ほどが経過しただろうか。
二人はなんやかんやと言葉を交わしながら問題集を解いていた。
花京院は別段いつもと変わりなく、熱心にノートにシャープペンを走らせている。
(なんだ、やっぱりインチキじゃねえか)
こんなことだろうとは思っていたが、いざ何も変化が起こらないというのも、それはそれで面白くないものだ。あの店主、もし次にまた会うことがあったら絶対に殴る。と胸に誓いながら、テーブルに肘を立てて頬杖をつく。
それに気づいた花京院が顔を上げ、口許に手を添えながら苦笑した。
「もう飽きちゃったのかい?」
「いや」
諦めるより他にないと、きっぱり割り切ることにした承太郎は空になった二つのグラスを手に取り、立ち上がろうとした。
「あ、承太郎。お茶のおかわりならぼくが持って来るよ。ついでに少し早いけどおやつにしよう」
花京院がすかさず立ち上がり、承太郎の手からグラスを取る。
「適当に用意させてもらうけど、構わないかな?」
「いいぜ。ありがとうよ」
「どういたしまして。君は少し休んでいるといい」
そう言って部屋から出ていく花京院に、承太郎はだらしなくニヤけそうになる頬をピクピクとさせながらどうにか堪えた。
(てめーはいい嫁になるぜ花京院。もちろんおれのな)
どうやら気を使わせてしまったようだが、彼のこのさりげなく細やかな気遣いがこの上なく愛しいと思う。
薬は不発に終わったようだが、母が不在の今日、彼と二人きりで過ごせるのが嬉しいことに代わりはない。
花京院家には門限がるため、時間になったら送り届けてやらなくてはならないが、とっとと勉強など終わらせて堪能しようではないか。
そうして承太郎がこれからのひとときに想いを馳せていた、まさにそのときだった。
ガシャン、と。
遠くからガラスが割れるような音がして、顔を上げた承太郎は頬を強張らせる。
音は台所がある方向から聞こえた。弾かれたように立ち上がると、急いで台所へ向かった。すると。
「おい花京院、今のは……ッ!?」
そこには割れたグラスと、こちらに背を向けて倒れている花京院の姿があった。
「花京院ッ!」
嫌な既視感を覚えつつ駆け寄り、怪我がないことを確認しながら肩を掴んで抱き起した。制服を通しても、その身体が異様な熱を放っていることがわかる。
腕の中でぐったりとしている花京院は、浅い呼吸を忙しなく繰り返しながらうっすらと目を開けた。
じょう、たろう。
声にならない声が承太郎を呼ぶ。いつもは涼しげな目元を赤く染め、額に汗を滲ませながら胸を上下させる姿に、承太郎はもしやと思う。
案の定、花京院は震える唇から切れ切れに身体の異変を訴えた。
「すま、ない……急に、身体が、いうことを、聞かなく、なっ、て」
「か、花京院」
「あ、熱い、んだ……身体、熱い……あ、承太郎……ッ」
承太郎の腕の中で、花京院はしきりに「熱い、熱い」と繰り返しながら身を震わせた。呼吸もどんどん荒くなり、瞳は虚ろに潤みきっていた。
思わず音を立てて、喉を鳴らす。
(まさか……本物だったってのか、あの薬)
今のこの花京院の反応は、まさにセックスをしているときのそれだった。いや、むしろ普段見せる以上に艶めかしく、悩ましげに歪んだ表情があまりにも無防備だ。
眉唾物だと思っていた媚薬が、まさかこれほどの効果を発揮するとは。しかも花京院はあの小瓶の中身を全て飲み干している。
承太郎はドクドクと高鳴る心臓の音を聞きながら、赤く染まる花京院の耳に指先で触れた。たったそれだけで打ち上げられた魚のように身をしならせる彼の唇から、聞いたこともないような甘やかな嬌声が漏れだす。
「ふぁッ、ぁ、あぁ……!」
嫌々と首を振りながらも、花京院の腰は床から離れるほど浮き上がる。そのまま物欲しげに揺れるのを見て、承太郎の我慢も一気に爆ぜた。
どんなに激しく抱いても理性にしがみつこうとする男が、まさに文字通り狂い悶えているのだ。耐えられるはずがない。
承太郎ははかはかと荒い呼吸を繰り返す、少し大きめの唇に食らいつく。いつもより異様に熱い口内に肉厚な舌で押し入り、縮こまって固くなっている花京院の舌を捕えた。その柔らかな甘さに眩暈を覚える。きつく絡め、存分に堪能しながら息つく間もなく口内を貪り尽す。
「ンッ、んん、ぅ、うぅ――ッ!」
承太郎が震える舌の先端を、音を立てて吸いあげた瞬間だ。
花京院は浮かした腰をビクビクとしならせ、全身を強張らせた。その反応に驚愕し、承太郎は唇を解放しながら彼の下半身へと視線を走らせる。
「花京院……おまえまさか、イッたのか?」
花京院の顔を見れば、彼は口の端から唾液を零しながら目を見開いていた。両手で頭を抱え、自分の身体の中心を凝視しながら痛々しいほど震えている。
「ぁ、ア……ちが、違う……こんな、ちがう……嘘、だ……どうして……?」
見開かれた瞳から、溜まりに溜まった雫が零れだした。誇り高く気丈な態度を崩さない男の頬に、涙の道筋が後を絶たない。
「違う、承太郎、違う」
「イッたんだな。キスだけで」
「嫌だ……ちがう、ちがう、ぼくはッ」
「隠さなくていいぜ。オラ、まだ起ってる」
花京院の身体の中心に手を這わせる。そこは細身のズボンを押し上げるほど膨らみ、窮屈そうに熱を持っていた。
ぐっと手の平で包み込んでやるだけで、反らされた喉から細長い悲鳴があがる。
「ああぁ――ッ、アッ、や、じょうたろ、じょうたろぉッ!」
「てめーは何も気にすることはねえ。全部おれに委ねちまいな」
承太郎は花京院の身体を軽々と抱き上げて、逸る気持ちを抑えながら自室へ向かった。
*
承太郎が押入れから敷布団を取り出している間、花京院は本棚に背を預けて自身を抱きしめながら、身体を丸めて震えていた。
時折ビクンと跳ねつつ押し寄せる疼きと欲求に耐えている姿が堪らず、承太郎はその二の腕を掴むと引きずるようにして布団へ移動させる。
ぐったりと沈み込んだ身体をひくつかせ、大きく胸を上下させる花京院の瞳はどこか濁っているが、戸惑いと混乱が滲んで見えた。
それもそうだ。まさか使用量を遥かに超えた量の媚薬に身を焼かれているなど、普通なら考えられるはずがない。いっそ新手のスタンド攻撃を受けていると考えた方が、よほど自然な気がする。
「変、だ、ぼくの、からだ……ッ、ぁ、熱くて」
「疼くか?」
花京院は承太郎の問いかけに何度も頷いて見せた。
「う、ずく……疼く……あ、うぅ……どう、して、急に……!」
「そこんとこだが、後で土下座でもなんでもするから今は考えなくていいぜ」
「ッ、?」
承太郎は身悶える花京院を跨ぐ様な姿勢で膝をつくと、喉元まできっちりと留められている学生服のボタンをひとつひとつ外していった。
シャツまで肌蹴させてしまうと、形のいい筋肉に覆われた胸の上で乳首がすでに勃起して色づいていた。ピンと尖る様があまりにも健気で、吸い付いて歯を立てたい衝動をひとまず堪える。
承太郎は汗ばむ膨らみに両手を這わせ、女にするような手つきで緩やかに隆起する胸をそれぞれ掴み上げた。
「んぁッ、や、あッ!」
「いつ見ても美味そうだな、てめーのここは」
強弱をつけながら、いやらしい手つきで丹念に揉みしだく。弾力のある肉の感触を確かめながら、胸の形が変わるほど嬲り続けていると、花京院が再び浮かせた腰を小刻みに揺らしだす。これが無意識なのだから、薬の威力は偉大といえる。
それとも、これは花京院が持つ本来の気質なのだろうか。普段は分厚い理性とプライドに覆われた彼の、内なる欲求の現れ。薬はそのベールを剥がす役割を果たしているに過ぎないのかもしれない。
「じょ、たろッ、胸、そんな、揉んだ、ら、ぼくッ、また……ッ!」
「イキたきゃイッていいんだぜ。我慢すんな」
言いながら、尖った乳首に唇を寄せた。べろりと舐めあげ、それから強く吸いあげてやる。
「やだ、や、アッ! いッ、ク! 胸、ッ、あ、じょうたろ、イ……――ッ!!」
濡れた瞳を見開きながら、花京院はビクビクと跳ねあがった。その反応を目に焼き付けながら、承太郎は片手を伸ばして痙攣し続ける腰からベルトを外しにかかる。器用にほどき、ズボンのホックも外してしまうと、下着ごと一気にずり下げた。
達したばかりであるはずの薔薇色の性器が、バネのようにしなりながら飛び出してくる。
「すげえな……イッたばっかでまだギンギンじゃねーか」
「んぁ、あ……ぁ、は……」
まだ完全に絶頂から抜け出せていない花京院は、ただされるがままに身を任せ、喘ぎ続けている。
「ヌルヌルだぜ花京院。今日はもう下着は履いて帰れねえだろうな」
二度も放たれた下着はまさに洪水に見舞われたかのように濡れそぼり、酷い有り様だった。
下を全て取り払ってしまうと、承太郎は先端から蜜を滲ませる花京院の性器に指先を這わせる。
「アッ、ん! あぁッ……!」
花京院の腰が淫らに揺れる。堪らないといった様子で、彼は敷き布団のカバーを両手で掻き毟った。
ゆるゆると扱いてやるだけで、切羽詰まった嬌声をあげながら身悶える花京院は、もはや戸惑いも理性も遥か遠くに押しやっているように見えた。まさに快楽の虜だ。
証拠に、彼らしい理知的な口調はどこへやら、拙く辿々しい言語を吐き出しはじめる。
「あぅ、アッ、きもちい、それ、そこ、じょおたろ、アッ、ん! とける……ッ!」
「ここ扱かれんのがそんなに好きか? いつもはそうは見えねえがな」
「ひんッ、アッ、す、き、好き、ほんとは、いつも、好き、じょ、たろ……!」
随分と可愛らしい本音が漏れたものだ。
おそらく今の花京院は膨大な熱に自分を見失い、何を口走っているのかも分からなくなっているに違いない。
こんな姿はもう二度とお目にかかれないだろうと思うと、いっそビデオカメラでも回して全て記録しておきたいくらいだ。
けれど今はそんなものを用意している暇はない。ならばせめて、存分に本音を聞き出しながら、可愛がってやろうじゃないか。
「ここをどうされるのがいいんだ? その通りにしてやるよ」
承太郎は身をくねらせながら喘ぐ花京院の耳元に口を寄せ、その耳朶を舐るように問いかける。
「くぅ、んッ! ぁ、そ、こ……先のとこ、つよ、く、される、と」
「こうか?」
脈打つ性器を掴んだまま、承太郎は親指で泡立つほどに先走りを滲ませる先端の窪みを強く擦ってやった。花京院は大きく開いた内腿を痙攣させながら、声もなく三度目の絶頂を迎える。
全て吐き出させるように根元から強く扱き上げても、性器は勃起したままだ。痛々しいほど張り詰めて、白濁とした密を噴出している。
「ぅ、アッ、あ――ッ、あ、んん、ぅッ、とま、らない、イクの、とまらない!」
「女の潮吹きみてえだな、花京院」
「じょ、たろ、たす、けてッ、あ、こわい、たすけ……ッ」
泣きじゃくりながら承太郎の名を呼び、助けてくれと訴える。その花京院らしからぬ懇願に、承太郎自身も我慢の限界だった。
いったん性器から手を離すと、自らベルトを外して前を寛げ、下着の中から猛る自身を引き出した。
それを見て、花京院の目の色が変わる。今にもよだれを垂らしそうなほど惚けた表情に、承太郎は意地悪く微笑むと胡坐をかいた。
「どうした花京院? 今さら珍しいもんでもねぇだろ?」
「ぁ、ぅ……それ……」
「欲しいのか?」
花京院は素直にこくんと頷きながら喉を鳴らし、のろのろと半身を起こすと承太郎のブツに手を伸ばす。愛おしそうに目を細め、唇から湿った吐息を漏らした。
「いいぜ。好きにしな」
それを合図に、花京院は獣のような姿勢で承太郎の屹立にかぶりついた。尻だけを高く突き出し、両手で掴んだものを扱きながら、まさにがっつくという表現がぴたりと当てはまる激しさで。
熱くとろりとした口腔に包み込まれた瞬間、這い上がる甘美な刺激に息をのむ。花京院が激しく頭を上下させる度に、品のない水音が室内に響き渡った。
承太郎のそれは日本人離れした体格に見合うサイズで、いくら花京院の口が大きめとはいえ、飲み込むだけで苦労する。だがそれもお構いなしに喉の奥まで銜え込み、いやらしく舌を絡めては舐めしゃぶっている。
「ッ、ずいぶん、美味そうに食うじゃあねーか」
唾液や先走りで口周りが濡れそぼるのも気にせず貪り尽そうとする表情は恍惚として、承太郎の声すら耳に届いていないようだった。
「んぅ、うッ、は、ぅぐ、んっ、んっ、ンンン――ッ」
ゆらゆらと揺らめいていた花京院の尻が、大きく跳ねた。喉の奥がぎゅうぎゅうと締まる感覚に、彼が奉仕しながら達したことが知れた。
薬が効きすぎているとはいえ、なんて淫らな身体だろうか。パタパタと音を立てて、布団の上に白濁をまき散らしている。
承太郎は思わず舌打ちをした。このままでは達してしまう。できれば口ではなく、ナカでイキたい。
絶頂に身を震わせながらも口淫をやめようとしない花京院の前髪を掴んで、少し乱暴に引き離した。
「アッ、いやだ……!」
「いやだじゃねーよ。もっと他に欲しい場所があるんじゃねえのか?」
乱れそうな息を必死で整え、平静を装いながら問えば、花京院の身体が期待に跳ね上がった。承太郎は小さく鼻で笑うと、伏せている身体を引っくり返して両足を大きく割り開く。
相変わらず花京院の性器は張り詰めて、心音と同じリズムで脈打っている。承太郎はそこには触れず、しとどに濡れた穴へと手を差し込むと指を一本、一気に突き入れた。
「ああぁッ! あ、ヒィ、ん――ッ!」
「軽々と飲み込みやがって。なんだ? 指だけでまたイクか?」
すぐに二本に増やした指で、ナカをいいように擦ってやった。燃えるように熱い肉壺は誘うように承太郎の指を締め付け、痙攣しながら蠢いている。
花京院は泣きながら激しく首を左右に振り、溺れたように両手を承太郎に伸ばそうともがいていた。
「や、ら、欲しい……ッ、じょ、たろの、で、イキたい……!」
承太郎は喉仏を大きく隆起させながら、喉を鳴らした。あの旅の間でさえ、これほど求められたことはないのではないか。
すぐにでも自身を突き立ててやりたい衝動に駆られながらも、この瞬間をもう少し長く味わいたいと思った。
痛いほど食んでくるナカから、殊更ゆっくりと指の出し入れを繰り返しながら、承太郎は渇いた下唇に舌を這わせて湿らせる。
「欲しけりゃもっと、分かりやすくおねだりしてみな」
「やっ、あッ、はや、く、早く、挿れて……ッ!」
「だからなにを?」
虚ろに濁っていた花京院に瞳に、なりを潜めていたはずの戸惑いの色が蘇る。承太郎がなにを要求しているのかを察して、わななく唇を噛み締めながら目を泳がせた。
「オラ、言ってみな」
「~~ッ、ぅ……だから、承太郎、のを」
「おれの何だ? 欲しいならハッキリ言え。そんな簡単なことも出来ねえのか?」
わざとプライドを刺激するような言葉を選ぶ。花京院は赤く染まった顔を歪め、つよく瞳を閉じた。
「……ん、を」
「聞こえねえよ」
「じょう、たろう、の……ぉ、ち……ん、を……」
「花京院」
承太郎は急かすように花京院の名を呼ぶと、自身を掴んで白い足をさらに大きく割り開き、ヒクつく穴に押し付ける。そして入るか入らないかの際どい動作で先端を擦りつけた。
「あッ、ぅあ、そん、なッ、焦ら、さな、んくッ、ぅ、んッ!」
「言わなきゃずっとこのまんまだ。そろそろおれもキツいぜ、花京院」
流石にこちらも限界ギリギリだった。肩で息をしながら微かに笑って見下ろせば、花京院の瞳が大きく揺らめくのが分かる。
宛がった肉棒はそのままに、承太郎は身体を前に倒すと花京院の耳元に唇を寄せた。
「早く挿れてえ。おまえのここに」
「ッ!」
「こいつを思い切りブチ込んで」
「じょ、たろ……」
「腹んナカ、ぐちゃぐちゃになるまで掻きまわして」
――死ぬほどイカせてやる。
「~~ッ!!」
最後の一言は、ほとんど吐息に近かった。大きく身を震わせた花京院の喉から、引き攣れたようなか細い悲鳴が漏れる。
この瞬間、首の皮一枚で繋がっていた彼の理性が弾けとんだ。ひゅうと息を吸い込み、花京院はついに言った。
「挿れ、て! ぼくに、承太郎の、おちんちん、ください……ッ!!」
おおよそ彼の口から飛び出す単語として似つかわしくないそれを聞いて、強要したのが自分であることも忘れて承太郎は息を呑みながら目を見開いた。
花京院は泣きながら打ち震え、爪先を立てると腰をぐるりと回転させるように動かして自ら承太郎を受け入れようとする。
その表情は蕩けきり、濁った瞳には何も映していない。目の前の快楽にタガを外した姿が、そこにはあった。
「はぁ、あッ、欲しい、承太郎のおちんちん、欲しいッ! ぼくのナカ、いっぱい突いて、いっぱい、ズボズボ擦って、くれ……ッ!」
「ッか、やろう……! そこまで言えとは、言ってねえッ!!」
言わせようとしたのは自分だ。花京院をここまで豹変させてしまったのも。分かっている。だけど無性に腹が立ってくるのはなぜだろうか。
普段は決して見られない反応、表情、言葉。それらに欲望を煽られながら、どうしようもない苛立ちも感じて、承太郎はひとつ舌打ちをすると細く締まった腰を両手で掴んだ。
「くれてやる。オラ、じっくり味わいな!」
どすん、と。
腰を引き寄せると同時に、自らも腰を進めた。一気に貫かれた花京院は衝撃に目を見開き、開ききった口をぱくぱくと動かす。
「ぁ、が……ッ、は、ひ、ヒッ……! じょ、たッ、ろ……?」
「飛ぶんじゃねーぞ」
息つく間も与えず、承太郎は乱暴で激しい抽挿を開始した。燃えるように熱い肉の壁に痛いほど自身を締め付けられながら、一瞬で達してしまいそうになるのを歯を食いしばって耐える。
「ひぎっ、イッ、んぅぁッ、アッ、すご、いっく、ぅあ、イクッ、いく!」
「こんな乱暴にされて感じるって? てめー、とんだド淫乱だったんだな」
「ぁぐぅッ、いいッ、イク、太いので、イクッ、ごめ、なさ、アッ、いん、らんで、ごめ……――ッ!!」
すでに幾度となく達しているにも関わらず、花京院は勢いよく精を弾けさせる。薄くなった液体で腹を汚し、背を反らしながら痙攣する花京院のナカに、承太郎もまた白濁を散らした。
「ッ、は……!」
「ぁ……ぁ、ぁ――、ッ、ぁ」
今にも事切れそうな声で啼く花京院に全て注ぎ込んだ承太郎は、けれど萎えることなく勃起し続ける屹立を抜かない。
朦朧とした表情で意識を手放そうとするのを許さず、ずん、と容赦なく奥まで突き上げた。
「ッ――!!」
「飛ぶんじゃねえと、言ったはずだぜ花京院」
「ヒ、ッく……んあぁッ、ひぁ、や、だッ、イクの、もう、や……ッ!」
「嫌? てめーのここは美味そうに銜え込んだままだぜ」
承太郎は突き上げていた性器をいったん引き抜き、花京院の身体を裏返すと四つん這いにさせる。背後から彼の二の腕をそれぞれ掴み、馬の手綱を掴むように思い切り引き上げると、再び貫いた。痛いほど背を反らせる形で、そのままガツガツと腰を打ち付ける。
「ああぁッ、あぐッ、ぅ、こわ、れるッ、壊れる、気持ち、イイッ……!!」
「気持ちよけりゃ、本当は誰だっていいんじゃあねえのか? ああ? 花京院ッ」
花京院の身体ががくんがくんと激しく上下している。このまま続ければ、舌を噛んでしまうかもしれない。
それでも止められなかった。媚薬に焼かれ、自分を見失う彼の瞳には本当に何も映っていないのではないか。こうしているのが他の男でも、彼は構わず快楽を貪るだけの肉の塊に堕ちるのではないか。
そんなことは決して許さない。理不尽な怒りが承太郎の意識を焦がしていた。
狂っている。とっくに壊れて、頭がおかしくなっていた。
けれど、そんな承太郎に歯止めをかけたのもまた、花京院だった。
彼は好き勝手に揺さぶられながら、ひくひくとしゃくりを上げはじめる。
「ッ、花京院?」
明らかな異変に、思わず腰を止めていた。あられもなく喘ぎ続けるだけだった彼が、項垂れながら泣いている。
「じょ、たろ……」
窮屈そうに首だけ振り向いた花京院の瞳に溢れる涙を見て、承太郎は咄嗟に捕えていた両腕を離した。その拍子に突き入れていた肉棒がずるりと抜ける。
ぐったりと布団に倒れ込むかと思っていた花京院は、両手をついて身体を支えると俯き、はらはらと涙を零した。
「か、花京院……」
「……好きだよ」
「…………」
「好きなんだ。承太郎だけだよ。君じゃなきゃ、絶対に嫌だ……」
顔を上げた花京院の、どこか幼い泣き顔を見て、胸が締め付けられるのを感じた。彼は未だ苦しげに浅く呼吸を繰り返していて、薬の効果が持続していることが窺える。
あれほど狂い悶えていた彼が、それでも承太郎の憤りを察知して、こうして理性を手繰り寄せたのだ。
(馬鹿か、おれは)
まるで彼の尊厳を砕くような無体を働いた。いつだって花京院は、そのプライドをへし折ってでも自分を受け入れてくれていたではないか。
どこに不満など覚える隙間があるだろう。本当に、愚かな真似をした。
「花京院……ッ」
承太郎は腕を伸ばし、その身を強く掻き抱いた。胸と胸を合わせ、互いの鼓動が感じられるように。
「悪かった……おれは、ガキだな」
「承太郎」
「好きだ。愛してる」
「ぼくも、愛してるよ、承太郎」
ああ、こんな風に。
命を懸けた旅から戻って、日常に溶け込みながら愛を囁きあったことがあっただろうか。
当たり前のことほど大切で、なのに忘れてしまっていた。
こんなにも愛しいのに。
承太郎は熱っぽい花京院の頬に手の平を添えた。承太郎だけを映して潤む瞳が閉じられたのと同時に、唇を重ねる。
貪るような激しさではなく、労わるような優しさで、互いの舌が絡み合う。
砂糖菓子を転がすような甘い口付けに夢中になりながら、この日はじめて花京院の両腕が承太郎の首にまわった。しっかりと抱き合いながら、折り重なるように布団に沈む。
押し潰してしまわないように加減しながら、改めて花京院の両足を割り開く。散々乱暴に嬲ってしまった肉穴に自身を宛がうと、少しずつ腰を進めた。
「ぁん、ッ、ん、は、承太郎……ッ」
快感が、先刻までの比ではなかった。切ないほど甘い締め付けに腰を震わせながら、ゆっくりと奥まで挿入した屹立で、幾度か緩く花京院を揺り動かす。
上ずった声が漏れるのを聞きながら、徐々に抽挿を開始した。花京院は承太郎の背に爪を立て、クロスさせた両足で腰を引き寄せてくる。
互いの呼吸が重なっていた。溢れんばかりの思いと一緒に。
「じょお、たろ……アッ、ぁ、好き、だ、ぁふッ……ぁ、気持ち、いい」
「ここだろ?」
「んあぁ……! んっ、ぅんッ、そこ、好き、もっと、もっ、と……ッ!」
何度も何度も、確かめるように感じる場所を擦り上げる。
心地いい喘ぎに、鼓膜が蕩けてしまいそうだった。
もっとじっくりと味わいたいはずなのに、花京院の下腹が痙攣しはじめていることに気づいた承太郎は、より一層、腕に抱く力を強めるとひたすら快楽を追いかける。
「ぁっく、う、イ、く……じょうたろ、ぼく、また……イク……ッ!」
「いいぜ。おれも……イク……っ」
達する瞬間、再び唇を重ね合う。互いに呼吸を奪い合いながら、絶頂の衝撃に大きく身をしならせる。子犬のように呻く花京院は、二度目の精を受け入れながら腕の中でビクビクと跳ねた。そのひとつひとつの反応が愛しくて、どうしようもなく可愛い。
全て出し切ってからも、二人はずっと口付けを交わしていた。相変わらず花京院のナカは熱く蕩けて、締め付けの甘美さに飽きもせず性器が脈打つのを感じた。
「じょう、たろう……ッ、熱いの、止まらない、よ」
「わかってる」
花京院の体力はもうほとんど尽きている。けれど、未だ抜けない媚薬の効果が彼に不安と恐怖を与えていた。
承太郎もまた、当分は収まりそうもなかった。
「本当に壊れちまうのは、こっからかもしれねえな。死ぬなよ、花京院」
その後もどろどろに溶けて意識が焼き切れるまで、行為は続いた。
*
「そんなことだろうとは思ったよ」
精も根も尽き果てた花京院は、この家を訪れたときよりも幾らかやつれた頬で布団に沈み込んでいた。
声を張り上げすぎて、少しばかり喉も嗄れている。
「面目ない」
掛布団にすっぽりと収まる花京院の傍で、承太郎は正座をすると両膝に手をついて頭を下げる。ちなみに全裸であるため、その姿はどこか間抜けだ。
枕元には、問題の媚薬の小瓶が置かれている。
あのあとも散々抱き合って、折り重なるように布団で意識を手放した二人だったが、承太郎は目覚めてすぐに種明かしをした。言葉にしてしまうと実にくだらない、自身が抱えていた不満という名の我儘も添えて。
花京院は信じられないものを見るような目で小瓶を凝視していたが、怒る気力もないのか、深い溜息を漏らすだけだった。
「もういいよ。済んでしまったことだし……ああそうだ、グラスを割ってしまったんだった……弁償するよ」
「バカ野郎。どえらい目に遭っといて金まで払うって、そんなふざけた話はねーぜ」
「君のせいだがね」
チクリと棘を刺されて、ぐうの音も出ない。
むっつりと唇を引き結んで花京院を見つめると、彼はどこかバツが悪そうに目を逸らして言った。
「いいんだ。ぼくも、悪かったと思うし」
「……どこがだ?」
花京院は全面的に被害を被った側であって、なんの非もないはずだ。にも関わらず、彼は自分にも原因があると言う。
承太郎は不思議に思いつつ、黙って花京院の声に耳を傾ける。
「あの旅の間は……お互いいつどうなるか分からなかっただろう? 今日ある身体が、明日には五体満足か分からない。命があるかも、分からない。生きて日本に帰れる保証なんか、どこにもなかったんだ」
「そうだな」
「だから当たり前のように君を求めることに躊躇はなかったし、求められるのも嬉しかった。君と愛し合うことで、ぼくは初めて心から命の尊さと温かさを知ったような気がしたよ。だけど」
花京院はそこでいちど言葉を切ると、少し緊張したようにふっと息を吐き出した。
「無事に日本に帰って来た途端、その……求め方が、急に分からなくなってしまったというか……日常に戻ってまで常に抱き合っていたいなんて、がっつくようではしたない気がして。君にもそう思われるのではないかと……」
花京院の言葉を聞いて、承太郎は内心ひどく驚いていた。
確かにあの旅の間、二人きりの空間に迷いや戸惑いなど一切なかった。自然と身を寄せ合い、お互いをより深く感じるためにどちらからともなく手を伸ばす。それを当然のことだと思っていたから。
だけど日常に戻った途端、まるで熱が失われたように感じられて、こんなにも求めているのは自分だけなのかと虚しさを覚えた。
もっと感情的な花京院が見たくて、自分を見失うほど求められてみたくて、こんなバカな真似までしてしまった。
けれど花京院は、本当はいつだって承太郎を求めていたのだ。
「だから悪かった。君を不安にさせたのは、気取り屋で見栄っ張りなぼくの責任だよ。さっきは死ぬかと思ったけど、殻を破るキッカケには、なったかな、なあ~んてね」
今も思い出すと恥ずかしさで死ねそうだけどね、なんて言いながら照れ隠しにおどけて破顔する花京院に、承太郎もふと口元を綻ばせた。
「おれもすっかり忘れちまっていたみてーだな。おれはてめーのそういうシャイで、ちょっぴり考えすぎちまうところにも、どうしようもなく惚れてるんだってことをよ」
「そ、そう、か……ありがとう」
たった50日間の恋は、あまりにも短くて光のように一瞬だった。
だが自分たちにはその先の未来があって、生温い日常の中でこの恋はずっと続いていく。自分が求めていたのは、本当はもっと単純なことだったのかもしれない。
承太郎はただ、花京院にあるがままの姿で甘えてほしかっただけだ。薬の力で普段は決して見られない姿を見ることはできたが、それでは意味がない。
少しずつ変わっていく彼を、ただ傍にいて見守っていられる方が、ずっと幸せなことじゃあないか。
それだけの時間が、二人にはあるのだから。
「あ、そうだ承太郎。頼みたいことがあるんだが……いいかな?」
花京院は少し恥ずかしそうに掛布団の襟を両手で掴み、顔の半分まで引き上げながら言った。承太郎は了承の意味を込めて僅かに顎をしゃくって見せる。
「電話を、貸してもらえるとありがたい」
「電話?」
「うん。ついでと言ってはなんだけど、肩も貸してほしい。腰が立ちそうになくてね。家に電話したいのだが」
ひどく申し訳なさそうな花京院の言葉を聞いて、咄嗟に時計を見上げた。時刻は午後6時半。花京院家の門限をとっくに過ぎている。
しまったと、承太郎は片手で髪をくしゃりと掴んだ。
「悪い。気がつかなかった」
「いや、それはぼくも同じだから」
時間の感覚を失うほど行為に没頭し、疲弊した身体を休めていたのだ。自分の愚行で彼の両親にまで心配をかけるのはいたたまれない。
「電話しな。すぐに担いで家まで送ってく」
慌てて花京院を抱き起したところで、彼は前髪とピアスを揺らしながら首を左右に振った。
「ホリィさん、明日までいないんだよな」
「ああ、そうだが」
「親には泊まる、って……電話するから」
――今夜はずっと、一緒にいてもいいかい?
それは彼なりの、精一杯の甘えのつもりだったのだろう。
けれど承太郎にとってはその程度、甘えのうちに入らない。それでも花京院が不器用なりに見せた姿勢が可愛くて、何より彼を一晩中独り占めできるのが嬉しくて。承太郎は堪らず赤い髪を大きな手でくしゃくしゃと撫でまわす。
「うわッ! な、なんだよ!」
「上出来だぜ、花京院」
「ぼくは犬や猫じゃあないぞッ!」
真っ赤な顔で必死に抵抗しようとする花京院を腕の中に閉じ込めながら、承太郎は込み上げる笑いを抑えられず、つい派手に噴き出してしまうのだった。
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