2025年9月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
黒鋼、下準備中の巻
二人が飼い主(仮)と猫の関係から一線を越えてから、一週間ほどが経過していた。
この七日間を一言で表すとすれば『濃ゆい』のたった三文字に尽きる。
見境がない、と言えば多少聞こえは悪いが、他にしっくりくる言葉が思い付かなかった。
これといって予定がない日なんかは、寝床だろうが風呂場だろうが、ところかまわず日がな一日抱き合った。
眠って起きては求められ、食事をしては求め、その繰り返しだったような気がする。バイトや予定がある日でも、それはほぼ同じことだった。
猫の発情の仕組みに関しては、ファイから大体の説明は聞いた。
メスの発情時のフェロモンに誘発されるとのことだが、彼は部屋を完全に締め切っていてもすぐに内熱を籠らせ、赤い頬と潤んだ目元で黒鋼を誘惑する。
ある意味、初めて知った快感の虜になっているようにも見えた。
肉体だけなら完成した大人のそれでも、性に関してあまりにも無知で初心だった彼は、少年のような好奇心と、少女のような恥じらいで黒鋼の胸を掻き乱す。
真っすぐな瞳で求められて、その腕に縋りつかれて、平気でいられるわけがない。
高く上ずる声が甘く掠れて、泣きながら名を呼ばれるのが堪らなかった。
もし彼の傍にいたのが自分以外の男か、あるいは女であったらと考えると、心臓が茨の蔓に絡めとられたような気持ちになった。
これは完全に嫉妬心である。しかも、いもしない相手への。
黒鋼は、自分の中にこれほど激しい感情が眠っていたことを初めて知った気がした。
ファイは元々この世界の人間ではないし、飼い主も存在する。
どうやらその飼い主に自分は危険人物と見なされているようだが、彼の異常なまでの警戒心は、逆に黒鋼がファイを意識する火種となってしまったため、ある意味では墓穴を掘ったと言っても過言ではないだろう。
しかも、実際に彼の危惧していた通りの結果になってしまった。
自分でも驚いたことに、黒鋼は本当に『オオカミ』になってしまったのである。
とは言っても、おそらく時間の問題だったのではないか。
ファイのふんにゃりとした無邪気な笑顔や、少々鬱陶しいとさえ感じられるほどの甘えた動作は、やけに癖になってしまう魔力を持っていた。
言うなればニコチンやアルコールの類と同じで、中毒性が高いのだ。
厄介なのに捕まってしまったと思う反面、一線を越えてからの黒鋼にもはや迷いはなかった。
この猫でも人でもない不思議な生き物の魔力に魅了されてしまったのが、黒鋼の敗因でもあり、勝因でもある。
+++
んー、という小さな呻きと同時に、身体の上で白い身体が身じろいだ。内側がピンク色の耳が、ピクリと跳ねる。
黒鋼の胸に両手をついたファイが、のったりと顔を上げた。
「あれ、寝ちゃってた……?」
「少しな」
お互い幾度か達した後、彼は黒鋼の上で寝息を立て始めてしまった。
ものの数分ではあったが、その間ずっと裸の胸から伝わる心音を感じながら、黒鋼も少しウトウトしていた。
「黒たんの肉布団だー」
「なんか気に食わねぇな、その表現」
へら、と笑うファイの頬を両手で包み込み、髪まで巻き込んでぐりぐりと撫でれば、彼は「きゃーっ」と、寝起きとは思えぬほど嬉しそうにはしゃいだ。
「お返しー!」
そう言って、彼がぐんと伸びあがる。黒鋼の鼻先にちゅっと音を立てて唇が押しつけられた。
すぐに離れたそれは黒鋼の額や目元、頬や唇の脇、顎に次々と落とされる。
ただベロベロと無闇に舐めるくらいならキスをすればいいと、そう教えたのは黒鋼だった。
蝶が止まっては離れていくような子供っぽい口づけを受け止めてやりながら、髪の流れに沿うようにして尖った耳を撫でれば、彼はくすぐったそうに吐息を漏らす。
徐々に熱を帯びる赤い頬で、ファイは一生懸命キスの雨を降らせる。夢中な様に口元を僅かに緩ませて、黒鋼は無骨な指先を彼のなだらかな背中に滑らせた。
小さく息を飲んだファイがピクリと肩を震わせる。それでも彼は口づけるの止めない。
「ずっと思ってたけどよ」
「ん」
「おまえって犬みてぇだな」
「ワンコー?」
「必死な感じがな」
「ワンコかー……ワンコは可愛いけどー……」
ファイは動きを止めて、じっと黒鋼の瞳を覗きこんでくる。
「黒たん……もしかして猫よりワンコの方が好きなの……?」
その唇が少しだけ尖っていて、眉間には不満そうな皺が寄せられていた。
「人間って犬派と猫派っていうのがあるんでしょー?」
「らしいな」
「じゃあ……じゃあ黒たんホントは、ッ、あッ、ちょ、っと」
「なんだよ」
「んんんっ、そこ、ダメ」
話ながらもずっとファイの背中を行き来していた黒鋼の指が、汗でほんのりと湿る尻尾の付け根の裏側を擦った。
それから、さらに少し下の奥まった場所を探る。体液や唾液で濡れて、さっきも散々弄られた窄まりに指を潜り込ませると、ファイは駄々っ子のように首を振りながら震えだした。
「なにがダメだ?」
「は、ぁ! そ、こ……も、ビリビリしてるから……ッ」
「痺れてんのか?」
「んっ、ぅん、ッ、ぁ、ぁ、入れたり出したり、しないで……ッ」
一番長い中指の第二関節まで押し込んで、ある程度柔らかくなっているその小さな穴へ出し入れすると、そこはぬぷぬぷといやらしい音を立てて指を締め付ける。
黒鋼の身体にぴったりと重なるように体重を預けているファイの性器が、少しずつ力を取り戻しているのを感じた。
中指に人差し指も添えて数を増やすと、彼は喉を反らしながら甲高く鳴いた。
「広がっちゃうぅ……ッ!」
「広げてんだよ」
「やっ、ぁ、なんで……ッ」
ファイはこの一週間で、黒鋼の大きな手の太い指を、二本も飲みこめる身体になった。
男性との経験がなかった黒鋼にだって、ここがそう簡単に受け入れられる場所でないことくらいは分かっている。
最初こそ未遂で終わったあの夜に多少の不満は抱いたものの、あのとき突っ走らなくて心底よかった。
彼は柔軟に、そして従順に、次から次へと快楽を享受していく。
今もすでに黒鋼の身体に押しつけられる彼の性器は燃えるように熱くて、硬くなっていた。
それはファイが後ろの穴を弄られただけで感じているという証拠であり、そこには黒鋼の涙ぐましい努力の成果が表れている。
正直、ただ性器を擦り合わせたり、互いに扱き合ったりという刺激も、そろそろしんどい。可能であれば繋がりたかった。
「んっ、は、ぁ……! おしり……ッ、どうして、こんなに……ッ」
「いいのか?」
問うと、彼は黒鋼の胸に縋りつきながら必死で頷く。
そして身体を激しく痙攣させ始めたその反応を見て、もうそろそろいいかもしれないと思った。
ファイの手が黒鋼の髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。すぐ耳元でひっきりなしに甘い声が熱と一緒に吹き込まれた。
「いくか?」
「ぅっ、んっ、ぃ、く……ッ、おしりで……! いく、いく、アッ、あぁぁ……ッ!」
甲高い声と共に、ファイの耳と尾が電流を通されたように付け根から先端に向かって毛を逆立たせながら震えた。
二本の指が熱い肉によってぎゅうと強く締め付けられる。
ファイが放った迸りが、黒鋼の下っ腹を汚した。
「はぁっ、は、ッ、ぁ……」
喘ぎ混じりに荒く呼吸を繰り返す身体を宥めるように強く抱いて、そのままファイごと身体を横に倒した。
汗ばんだ金髪の頭が二の腕に乗り、まだ少し震える指が黒鋼の胸に小さく爪を立てる。
しばらくの間、彼の呼吸が整うまでその背を撫でて、額に唇を押しつけ続けた。
「なぁ」
「んん……?」
「そろそろ、いけそうか?」
ファイの呼吸が落ち着いてきた頃、黒鋼はそう切り出した。
おそらくとてつもない負担をかけてしまうだろうことは、経験がないながらも察しがつく。
黒鋼は、最初の夜に彼が漏らした性に関するトラウマについて思い出していた。だからこそ一人で勝手に事を進める気にはなれなくて、彼の身体と、そして気持ちを何よりも優先したいと考えていた。
ファイはとろんと眠たそうに半開きにしていた瞳を、少しだけ見開いた。
微かに首を傾げながら「どこへ?」と、間の抜けた返答を寄こす。
「……まぁ、その反応はだいたい予想してた」
「なにを?」
言わせる気かと少し呆れたが、それも仕方がない。
彼の知識はおそらく今時の小学生以下だ。
「交尾って言い方もアレだが……出来そうかって話だ」
「なに言ってるの黒たん」
「あ?」
「オレたち、交尾してるじゃん」
「……想定の範囲内だな、その反応も」
「えー?」
「あのな……」
黒鋼は、この一週間の行為は最終段階までは行っていないことをファイに告げた。
すると彼は口をポカンと開けて、パチパチと瞬きを繰り返した。
「え……ってことは……え……?」
「交わってねぇだろ。肝心な部分が」
「まじわ…………ぁ……」
その瞬間、彼の中で色々と合点がいったようだ。途端に黒鋼の腕の中から勢いよく身を起こすので、同様に起きあがった。
「そ、そ、そっか……そうだ……そうだよ……オレ、すっかり交尾した気でいたけど……そうか、それで……」
顔を真っ赤にしたファイが、おずおずと上目づかいでこちらを見上げる。
なぜ執拗に黒鋼が後ろの穴をいじり続けていたのかも、やっと理解したらしい。
多少バツが悪い気がしないでもなかったが、時には開き直ることも大切である。
黒鋼はファイに手を伸ばすと、その肩を抱いて引き寄せた。おとなしくもたれかかって来るその金糸に唇を埋める。
「無理強いはしねぇ」
「……うん」
「このままがいいなら、それでもいい」
「……うん」
「ただ俺は、出来ればな」
「……ん」
「抱きてぇよ。おまえを」
「ッ!」
ファイは頭の天辺から煙を上げる勢いで全身を茹でダコ状態にして、一度大きくビクンと跳ねた。
これはズルイやり口だと、自分に少し呆れてしまう。
それでも無理強いはしないという言葉は本心だし、もしここで彼が嫌と首を振れば、当然それで納得するつもりだった。
今の関係だって十分満たされていることにかわりはなかったから。
ファイは一度、ごくりと大きく喉を鳴らした。それから、黒鋼の胸に手を当てて少し距離を取る。間近で目が合うと、彼は恥ずかしそうに視線を俯かせた。
ただ静かに見守っていると、ファイはそのままこくんと頷いて見せる。
「オレも……黒たんとなら、ちゃんと、したい……です」
←戻る ・ 次へ→
二人が飼い主(仮)と猫の関係から一線を越えてから、一週間ほどが経過していた。
この七日間を一言で表すとすれば『濃ゆい』のたった三文字に尽きる。
見境がない、と言えば多少聞こえは悪いが、他にしっくりくる言葉が思い付かなかった。
これといって予定がない日なんかは、寝床だろうが風呂場だろうが、ところかまわず日がな一日抱き合った。
眠って起きては求められ、食事をしては求め、その繰り返しだったような気がする。バイトや予定がある日でも、それはほぼ同じことだった。
猫の発情の仕組みに関しては、ファイから大体の説明は聞いた。
メスの発情時のフェロモンに誘発されるとのことだが、彼は部屋を完全に締め切っていてもすぐに内熱を籠らせ、赤い頬と潤んだ目元で黒鋼を誘惑する。
ある意味、初めて知った快感の虜になっているようにも見えた。
肉体だけなら完成した大人のそれでも、性に関してあまりにも無知で初心だった彼は、少年のような好奇心と、少女のような恥じらいで黒鋼の胸を掻き乱す。
真っすぐな瞳で求められて、その腕に縋りつかれて、平気でいられるわけがない。
高く上ずる声が甘く掠れて、泣きながら名を呼ばれるのが堪らなかった。
もし彼の傍にいたのが自分以外の男か、あるいは女であったらと考えると、心臓が茨の蔓に絡めとられたような気持ちになった。
これは完全に嫉妬心である。しかも、いもしない相手への。
黒鋼は、自分の中にこれほど激しい感情が眠っていたことを初めて知った気がした。
ファイは元々この世界の人間ではないし、飼い主も存在する。
どうやらその飼い主に自分は危険人物と見なされているようだが、彼の異常なまでの警戒心は、逆に黒鋼がファイを意識する火種となってしまったため、ある意味では墓穴を掘ったと言っても過言ではないだろう。
しかも、実際に彼の危惧していた通りの結果になってしまった。
自分でも驚いたことに、黒鋼は本当に『オオカミ』になってしまったのである。
とは言っても、おそらく時間の問題だったのではないか。
ファイのふんにゃりとした無邪気な笑顔や、少々鬱陶しいとさえ感じられるほどの甘えた動作は、やけに癖になってしまう魔力を持っていた。
言うなればニコチンやアルコールの類と同じで、中毒性が高いのだ。
厄介なのに捕まってしまったと思う反面、一線を越えてからの黒鋼にもはや迷いはなかった。
この猫でも人でもない不思議な生き物の魔力に魅了されてしまったのが、黒鋼の敗因でもあり、勝因でもある。
+++
んー、という小さな呻きと同時に、身体の上で白い身体が身じろいだ。内側がピンク色の耳が、ピクリと跳ねる。
黒鋼の胸に両手をついたファイが、のったりと顔を上げた。
「あれ、寝ちゃってた……?」
「少しな」
お互い幾度か達した後、彼は黒鋼の上で寝息を立て始めてしまった。
ものの数分ではあったが、その間ずっと裸の胸から伝わる心音を感じながら、黒鋼も少しウトウトしていた。
「黒たんの肉布団だー」
「なんか気に食わねぇな、その表現」
へら、と笑うファイの頬を両手で包み込み、髪まで巻き込んでぐりぐりと撫でれば、彼は「きゃーっ」と、寝起きとは思えぬほど嬉しそうにはしゃいだ。
「お返しー!」
そう言って、彼がぐんと伸びあがる。黒鋼の鼻先にちゅっと音を立てて唇が押しつけられた。
すぐに離れたそれは黒鋼の額や目元、頬や唇の脇、顎に次々と落とされる。
ただベロベロと無闇に舐めるくらいならキスをすればいいと、そう教えたのは黒鋼だった。
蝶が止まっては離れていくような子供っぽい口づけを受け止めてやりながら、髪の流れに沿うようにして尖った耳を撫でれば、彼はくすぐったそうに吐息を漏らす。
徐々に熱を帯びる赤い頬で、ファイは一生懸命キスの雨を降らせる。夢中な様に口元を僅かに緩ませて、黒鋼は無骨な指先を彼のなだらかな背中に滑らせた。
小さく息を飲んだファイがピクリと肩を震わせる。それでも彼は口づけるの止めない。
「ずっと思ってたけどよ」
「ん」
「おまえって犬みてぇだな」
「ワンコー?」
「必死な感じがな」
「ワンコかー……ワンコは可愛いけどー……」
ファイは動きを止めて、じっと黒鋼の瞳を覗きこんでくる。
「黒たん……もしかして猫よりワンコの方が好きなの……?」
その唇が少しだけ尖っていて、眉間には不満そうな皺が寄せられていた。
「人間って犬派と猫派っていうのがあるんでしょー?」
「らしいな」
「じゃあ……じゃあ黒たんホントは、ッ、あッ、ちょ、っと」
「なんだよ」
「んんんっ、そこ、ダメ」
話ながらもずっとファイの背中を行き来していた黒鋼の指が、汗でほんのりと湿る尻尾の付け根の裏側を擦った。
それから、さらに少し下の奥まった場所を探る。体液や唾液で濡れて、さっきも散々弄られた窄まりに指を潜り込ませると、ファイは駄々っ子のように首を振りながら震えだした。
「なにがダメだ?」
「は、ぁ! そ、こ……も、ビリビリしてるから……ッ」
「痺れてんのか?」
「んっ、ぅん、ッ、ぁ、ぁ、入れたり出したり、しないで……ッ」
一番長い中指の第二関節まで押し込んで、ある程度柔らかくなっているその小さな穴へ出し入れすると、そこはぬぷぬぷといやらしい音を立てて指を締め付ける。
黒鋼の身体にぴったりと重なるように体重を預けているファイの性器が、少しずつ力を取り戻しているのを感じた。
中指に人差し指も添えて数を増やすと、彼は喉を反らしながら甲高く鳴いた。
「広がっちゃうぅ……ッ!」
「広げてんだよ」
「やっ、ぁ、なんで……ッ」
ファイはこの一週間で、黒鋼の大きな手の太い指を、二本も飲みこめる身体になった。
男性との経験がなかった黒鋼にだって、ここがそう簡単に受け入れられる場所でないことくらいは分かっている。
最初こそ未遂で終わったあの夜に多少の不満は抱いたものの、あのとき突っ走らなくて心底よかった。
彼は柔軟に、そして従順に、次から次へと快楽を享受していく。
今もすでに黒鋼の身体に押しつけられる彼の性器は燃えるように熱くて、硬くなっていた。
それはファイが後ろの穴を弄られただけで感じているという証拠であり、そこには黒鋼の涙ぐましい努力の成果が表れている。
正直、ただ性器を擦り合わせたり、互いに扱き合ったりという刺激も、そろそろしんどい。可能であれば繋がりたかった。
「んっ、は、ぁ……! おしり……ッ、どうして、こんなに……ッ」
「いいのか?」
問うと、彼は黒鋼の胸に縋りつきながら必死で頷く。
そして身体を激しく痙攣させ始めたその反応を見て、もうそろそろいいかもしれないと思った。
ファイの手が黒鋼の髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。すぐ耳元でひっきりなしに甘い声が熱と一緒に吹き込まれた。
「いくか?」
「ぅっ、んっ、ぃ、く……ッ、おしりで……! いく、いく、アッ、あぁぁ……ッ!」
甲高い声と共に、ファイの耳と尾が電流を通されたように付け根から先端に向かって毛を逆立たせながら震えた。
二本の指が熱い肉によってぎゅうと強く締め付けられる。
ファイが放った迸りが、黒鋼の下っ腹を汚した。
「はぁっ、は、ッ、ぁ……」
喘ぎ混じりに荒く呼吸を繰り返す身体を宥めるように強く抱いて、そのままファイごと身体を横に倒した。
汗ばんだ金髪の頭が二の腕に乗り、まだ少し震える指が黒鋼の胸に小さく爪を立てる。
しばらくの間、彼の呼吸が整うまでその背を撫でて、額に唇を押しつけ続けた。
「なぁ」
「んん……?」
「そろそろ、いけそうか?」
ファイの呼吸が落ち着いてきた頃、黒鋼はそう切り出した。
おそらくとてつもない負担をかけてしまうだろうことは、経験がないながらも察しがつく。
黒鋼は、最初の夜に彼が漏らした性に関するトラウマについて思い出していた。だからこそ一人で勝手に事を進める気にはなれなくて、彼の身体と、そして気持ちを何よりも優先したいと考えていた。
ファイはとろんと眠たそうに半開きにしていた瞳を、少しだけ見開いた。
微かに首を傾げながら「どこへ?」と、間の抜けた返答を寄こす。
「……まぁ、その反応はだいたい予想してた」
「なにを?」
言わせる気かと少し呆れたが、それも仕方がない。
彼の知識はおそらく今時の小学生以下だ。
「交尾って言い方もアレだが……出来そうかって話だ」
「なに言ってるの黒たん」
「あ?」
「オレたち、交尾してるじゃん」
「……想定の範囲内だな、その反応も」
「えー?」
「あのな……」
黒鋼は、この一週間の行為は最終段階までは行っていないことをファイに告げた。
すると彼は口をポカンと開けて、パチパチと瞬きを繰り返した。
「え……ってことは……え……?」
「交わってねぇだろ。肝心な部分が」
「まじわ…………ぁ……」
その瞬間、彼の中で色々と合点がいったようだ。途端に黒鋼の腕の中から勢いよく身を起こすので、同様に起きあがった。
「そ、そ、そっか……そうだ……そうだよ……オレ、すっかり交尾した気でいたけど……そうか、それで……」
顔を真っ赤にしたファイが、おずおずと上目づかいでこちらを見上げる。
なぜ執拗に黒鋼が後ろの穴をいじり続けていたのかも、やっと理解したらしい。
多少バツが悪い気がしないでもなかったが、時には開き直ることも大切である。
黒鋼はファイに手を伸ばすと、その肩を抱いて引き寄せた。おとなしくもたれかかって来るその金糸に唇を埋める。
「無理強いはしねぇ」
「……うん」
「このままがいいなら、それでもいい」
「……うん」
「ただ俺は、出来ればな」
「……ん」
「抱きてぇよ。おまえを」
「ッ!」
ファイは頭の天辺から煙を上げる勢いで全身を茹でダコ状態にして、一度大きくビクンと跳ねた。
これはズルイやり口だと、自分に少し呆れてしまう。
それでも無理強いはしないという言葉は本心だし、もしここで彼が嫌と首を振れば、当然それで納得するつもりだった。
今の関係だって十分満たされていることにかわりはなかったから。
ファイは一度、ごくりと大きく喉を鳴らした。それから、黒鋼の胸に手を当てて少し距離を取る。間近で目が合うと、彼は恥ずかしそうに視線を俯かせた。
ただ静かに見守っていると、ファイはそのままこくんと頷いて見せる。
「オレも……黒たんとなら、ちゃんと、したい……です」
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白猫、未知との遭遇の巻
やっぱりお化けだ……。
一度見ただけでは、やはり慣れない。
顔を出した黒鋼のものは信じられないくらい大きくて、色も形も、何もかもが自分のものとは違って見える。
そう、例えるなら大人と子供……。
もちろん人間の子供の性器など見たことがないので比べようはないのだが、他に上手い例えが浮かばない。
「予想通りの反応だな」
「ッ……!」
呆然と下を見たままだったファイだが、黒鋼のどこか満足そうな物言いにハッとした。
「こ、怖くないよ! 可愛いもんだよこんなの!」
「嘘つけ。尻尾丸まってんだよ」
「ウッ」
見れば、確かに委縮したファイの尻尾が内側にくるんと丸くなっていて、慌てて後方にピンと伸ばした。
やれやれといった様子の反応に、悔しさと恥ずかしさがない交ぜになる。
鼻先にでも噛みついてやりたいような気がしたけれど、それよりも二人の身体の間で天を仰いでいる、大きな性器の方が気になって仕方がなかった。
自分のものからは目を逸らしたくせに、なぜか黒鋼のものからは目が逸らせない。
胸をドキドキと高鳴らせながら、ごくりと息を飲んだ。
そっと、人差し指で突いてみる。
「ッ」
黒鋼が少しだけピクリと反応したことに気分をよくして、さらにつんつんと突いた。
熱くて、そして脈打っている。ファイが触れる度に小さく震えるそれは、まるで別の生き物のように見えた。
「なんか……これはこれで……可愛い、かも……」
不思議なことに、だんだん愛着が湧いてきた。
「もっと、触っていい……?」
一度顔を上げてお伺いを立てると、黒鋼は眉をピクリとさせた。
黒鋼の両手はファイの太股にかかっている。特に手を出してこないところを見ると、好きにしていいということらしかった。
ファイは頬を赤くしながら、勃起した性器を両手で緩く握った。
少しだけ黒鋼の腰が揺れた気がして、やっぱりここは気持ちのいい場所なのだと思うと嬉しかった。
黒鋼がしていたみたいに、ゆるゆると上下に扱いてみる。
先端の窪みがじんわりと濡れてくるのが、とてつもなくいやらしく見えて、そしてなぜか無性に愛おしかった。
「きもちい……?」
問えば、黒鋼は「おう」と短く答えた。
いつしか汗と、そしてそれとは違う匂いが室内に満ちていることに気付く。
性の香りだと、ファイは漠然と理解する。 相手と自分の汗や、体臭や、こんな風に気持ちがいいときに溢れる体液が混ざり合って、嗅いでいると頭がクラクラしてくる。
むしろメスの放つフェロモンよりもずっと強いと、ファイは思った。現に一度達したことで萎れていた自身が反応し始めている。
その間にもファイの柔らかな手は黒鋼のものを刺激し続けていて、触れれば触れるほど、熱さや硬さが増していく気がした。
窪みに溜まって震えていた先走りが、ついに雫となって零れると、ファイの手のひらを汚す。
滑りがよくなったことに助けられて、少しだけ力を強めた。
けれど、それまでずっと静観していた黒鋼の左手がファイの身体の中心に触れる。
「あっ! だめ……」
ぎゅっと肩を寄せて抗議の声を上げるけれど、すでに力を取り戻しはじめている性器に触れられて背筋が震えた。
それでも手を止めるのは悔しくて、ファイは唇を噛みしめるとさらに黒鋼のものを扱いた。
「もうこんなにしてんのか」
「んっ、ぁ……だって……凄いんだもん……」
「なにがだよ」
聞かれても、どう答えればいいのかよく分からない。
それについて深く考えようにも、思考が深い霧に閉ざされているかのように霞んでいた。
黒鋼の手がファイの性器を緩く扱きはじめる。そして同時に、後ろに回された右手に尻尾の付け根をきゅっと掴まれた。
「ふぁ……! しっぽ、だめ……!」
嫌々と首を振りながら、ついにファイの手が止まった。
黒鋼のものを両手で握りながら、堪え切れずに高い声を上げる。
「や、や……そこ、擦らないで……ッ」
ねっとりとした手つきで、尻尾の付け根を刺激される。触れられただけでも力が抜けてしまうのに、そんな風に強弱をつけて擦られては堪らない。
前の刺激が激しい電流のようなものなら、もう一つの急所である尻尾への刺激は、微弱な電流で追い打ちをかけられるようなものだった。
頭についている耳の先端にまで、それは滞りなく行き渡る。
「もっとくっつけ」
「あぅ、う、ん……ッ」
それを聞いて、またアレをするんだ……と思った。
腰が引けていたのを戻せば、黒鋼が胡坐をかいているせいで両足が恥ずかしいほど広がってしまう。
性器同士がぴったりとくっついて、手とは比べ物にならない熱さを感じた。
待ちわびていた刺激に、ファイは二本のそれを両手で包む。その上から、黒鋼の左手がかぶさり一纏めに握られた。
「ぅ、ん……! あつい……」
二人分の先走りで濡れるそれを、共同作業で扱きあう。ぐちゃぐちゃという水音にまで快感を煽られるようだった。
黒鋼の熱い息が首筋にかかる。
ひっきりなしに喘ぎ続けるファイは、ただただその行為に夢中になった。
だが。
「あっ……あ……? や……なに……?」
ずっと尻尾の付け根をいじっていた黒鋼の指が、さらにその下に潜り込んだ。
「まっ、そ、そこはちが……っ」
尻の割れ目の中央。窄まった穴を撫でられ、全身の毛が逆立つような感覚に再び尻尾が膨れ上がる。
黒鋼の指が行き来する都度、そこからも微かに濡れた音がしている。
ふたりの性器の先端から溢れる先走りが伝い、思いもしない場所まで濡らしていたのだ。
ゆるゆると行ったり来たりを繰り返していた指先が、窄まりをぐっと押した。
「やっ……!」
「ここ、どうだ……?」
「いっ!?」
次の瞬間、先端が肉を押しわけ、ぬるりと入り込んできた。
ゾクリとする。どうかと聞かれても分からない。
ただ凄まじい違和感がそこにあり、ヒヤリとしたものが背筋を駆けあがるのだけは理解できた。
ファイの手は完全に止まっていた。だが黒鋼の添えられた手が動きを止めない。
前の刺激に気をやればいいのか、それとも浅く出入りしている後ろの穴に集中すればいいのか、同時に攻められながらファイは嫌々と首を振った。
「痛むか……?」
「あっ、あっ、あっ……! い、たく、ッ、ないけど……っ、へん、だよ……!」
濡れているせいで、そこは黒鋼の指を拒まない。
気持ち悪いような、そうでないような。ただ、出たり入ったりを繰り返されるうちに、全く異なる熱がそこに生まれ始めたことに気がつく。
(どうしよう……オレ、変だ……)
何がが変わる。ただの違和感が、甘い痺れと背徳的な快楽へと。
前への刺激と相まって、ファイは身も世もなく自分でも信じられないような言葉を喘ぎと共に口走っていた。
「あ、おしり……ッ、気持ち、いい……!」
閉じることを忘れたファイの口端から唾液が零れる。
意識が混濁していく。心も身体もここにありながら、どこか別の場所へと飛んでいくような、不思議な精神状態だった。
「指、いい……ッ! なに、これ……ッ、とける……ッ!」
黒鋼の肩に強く額を押しつけながら、ファイは二度目の放逐に幾度か激しい痙攣を繰り返した。
中に押し込まれた指を、これでもかというほど締めつけているのが分かる。
すでに一度出しているにも関わらず、勢いよく吹き出した精液はその後もゆるゆると出続けて止まらない。
「ちょっと、態勢変えんぞ」
「ぁ、ひ……」
切羽詰まったような黒鋼の声がした途端、後ろの穴から指が引き抜かれる。
その感覚にさえ内腿を痙攣させていると、背を支えられて再び畳みの上に転がされた。
余韻から続く震えに胸を上下させるファイの両足を、ぴったりと合わせるようにして抱え上げると、黒鋼はその閉じられた腿と腿の間に性器を差し込んだ。
そして幾度か腰を動かすと、柔らかな圧迫感からあっという間に射精する。
「ッ、……!」
低い呻きと共にファイの萎えた性器と下腹部に熱いものがかかった。二人分のそれが溶け合って、脇腹を流れ落ちていく。
両足を解放した黒鋼が、ファイに覆いかぶさるようにして体重をかけた。朦朧とする意識の中で倒れこんできた重みを抱きしめる。
下腹部の痺れはあまりに重く、もはや感覚を失っていたけれど、耳元にかかる荒々しい呼吸に心地よい充足感を覚えた。
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やっぱりお化けだ……。
一度見ただけでは、やはり慣れない。
顔を出した黒鋼のものは信じられないくらい大きくて、色も形も、何もかもが自分のものとは違って見える。
そう、例えるなら大人と子供……。
もちろん人間の子供の性器など見たことがないので比べようはないのだが、他に上手い例えが浮かばない。
「予想通りの反応だな」
「ッ……!」
呆然と下を見たままだったファイだが、黒鋼のどこか満足そうな物言いにハッとした。
「こ、怖くないよ! 可愛いもんだよこんなの!」
「嘘つけ。尻尾丸まってんだよ」
「ウッ」
見れば、確かに委縮したファイの尻尾が内側にくるんと丸くなっていて、慌てて後方にピンと伸ばした。
やれやれといった様子の反応に、悔しさと恥ずかしさがない交ぜになる。
鼻先にでも噛みついてやりたいような気がしたけれど、それよりも二人の身体の間で天を仰いでいる、大きな性器の方が気になって仕方がなかった。
自分のものからは目を逸らしたくせに、なぜか黒鋼のものからは目が逸らせない。
胸をドキドキと高鳴らせながら、ごくりと息を飲んだ。
そっと、人差し指で突いてみる。
「ッ」
黒鋼が少しだけピクリと反応したことに気分をよくして、さらにつんつんと突いた。
熱くて、そして脈打っている。ファイが触れる度に小さく震えるそれは、まるで別の生き物のように見えた。
「なんか……これはこれで……可愛い、かも……」
不思議なことに、だんだん愛着が湧いてきた。
「もっと、触っていい……?」
一度顔を上げてお伺いを立てると、黒鋼は眉をピクリとさせた。
黒鋼の両手はファイの太股にかかっている。特に手を出してこないところを見ると、好きにしていいということらしかった。
ファイは頬を赤くしながら、勃起した性器を両手で緩く握った。
少しだけ黒鋼の腰が揺れた気がして、やっぱりここは気持ちのいい場所なのだと思うと嬉しかった。
黒鋼がしていたみたいに、ゆるゆると上下に扱いてみる。
先端の窪みがじんわりと濡れてくるのが、とてつもなくいやらしく見えて、そしてなぜか無性に愛おしかった。
「きもちい……?」
問えば、黒鋼は「おう」と短く答えた。
いつしか汗と、そしてそれとは違う匂いが室内に満ちていることに気付く。
性の香りだと、ファイは漠然と理解する。 相手と自分の汗や、体臭や、こんな風に気持ちがいいときに溢れる体液が混ざり合って、嗅いでいると頭がクラクラしてくる。
むしろメスの放つフェロモンよりもずっと強いと、ファイは思った。現に一度達したことで萎れていた自身が反応し始めている。
その間にもファイの柔らかな手は黒鋼のものを刺激し続けていて、触れれば触れるほど、熱さや硬さが増していく気がした。
窪みに溜まって震えていた先走りが、ついに雫となって零れると、ファイの手のひらを汚す。
滑りがよくなったことに助けられて、少しだけ力を強めた。
けれど、それまでずっと静観していた黒鋼の左手がファイの身体の中心に触れる。
「あっ! だめ……」
ぎゅっと肩を寄せて抗議の声を上げるけれど、すでに力を取り戻しはじめている性器に触れられて背筋が震えた。
それでも手を止めるのは悔しくて、ファイは唇を噛みしめるとさらに黒鋼のものを扱いた。
「もうこんなにしてんのか」
「んっ、ぁ……だって……凄いんだもん……」
「なにがだよ」
聞かれても、どう答えればいいのかよく分からない。
それについて深く考えようにも、思考が深い霧に閉ざされているかのように霞んでいた。
黒鋼の手がファイの性器を緩く扱きはじめる。そして同時に、後ろに回された右手に尻尾の付け根をきゅっと掴まれた。
「ふぁ……! しっぽ、だめ……!」
嫌々と首を振りながら、ついにファイの手が止まった。
黒鋼のものを両手で握りながら、堪え切れずに高い声を上げる。
「や、や……そこ、擦らないで……ッ」
ねっとりとした手つきで、尻尾の付け根を刺激される。触れられただけでも力が抜けてしまうのに、そんな風に強弱をつけて擦られては堪らない。
前の刺激が激しい電流のようなものなら、もう一つの急所である尻尾への刺激は、微弱な電流で追い打ちをかけられるようなものだった。
頭についている耳の先端にまで、それは滞りなく行き渡る。
「もっとくっつけ」
「あぅ、う、ん……ッ」
それを聞いて、またアレをするんだ……と思った。
腰が引けていたのを戻せば、黒鋼が胡坐をかいているせいで両足が恥ずかしいほど広がってしまう。
性器同士がぴったりとくっついて、手とは比べ物にならない熱さを感じた。
待ちわびていた刺激に、ファイは二本のそれを両手で包む。その上から、黒鋼の左手がかぶさり一纏めに握られた。
「ぅ、ん……! あつい……」
二人分の先走りで濡れるそれを、共同作業で扱きあう。ぐちゃぐちゃという水音にまで快感を煽られるようだった。
黒鋼の熱い息が首筋にかかる。
ひっきりなしに喘ぎ続けるファイは、ただただその行為に夢中になった。
だが。
「あっ……あ……? や……なに……?」
ずっと尻尾の付け根をいじっていた黒鋼の指が、さらにその下に潜り込んだ。
「まっ、そ、そこはちが……っ」
尻の割れ目の中央。窄まった穴を撫でられ、全身の毛が逆立つような感覚に再び尻尾が膨れ上がる。
黒鋼の指が行き来する都度、そこからも微かに濡れた音がしている。
ふたりの性器の先端から溢れる先走りが伝い、思いもしない場所まで濡らしていたのだ。
ゆるゆると行ったり来たりを繰り返していた指先が、窄まりをぐっと押した。
「やっ……!」
「ここ、どうだ……?」
「いっ!?」
次の瞬間、先端が肉を押しわけ、ぬるりと入り込んできた。
ゾクリとする。どうかと聞かれても分からない。
ただ凄まじい違和感がそこにあり、ヒヤリとしたものが背筋を駆けあがるのだけは理解できた。
ファイの手は完全に止まっていた。だが黒鋼の添えられた手が動きを止めない。
前の刺激に気をやればいいのか、それとも浅く出入りしている後ろの穴に集中すればいいのか、同時に攻められながらファイは嫌々と首を振った。
「痛むか……?」
「あっ、あっ、あっ……! い、たく、ッ、ないけど……っ、へん、だよ……!」
濡れているせいで、そこは黒鋼の指を拒まない。
気持ち悪いような、そうでないような。ただ、出たり入ったりを繰り返されるうちに、全く異なる熱がそこに生まれ始めたことに気がつく。
(どうしよう……オレ、変だ……)
何がが変わる。ただの違和感が、甘い痺れと背徳的な快楽へと。
前への刺激と相まって、ファイは身も世もなく自分でも信じられないような言葉を喘ぎと共に口走っていた。
「あ、おしり……ッ、気持ち、いい……!」
閉じることを忘れたファイの口端から唾液が零れる。
意識が混濁していく。心も身体もここにありながら、どこか別の場所へと飛んでいくような、不思議な精神状態だった。
「指、いい……ッ! なに、これ……ッ、とける……ッ!」
黒鋼の肩に強く額を押しつけながら、ファイは二度目の放逐に幾度か激しい痙攣を繰り返した。
中に押し込まれた指を、これでもかというほど締めつけているのが分かる。
すでに一度出しているにも関わらず、勢いよく吹き出した精液はその後もゆるゆると出続けて止まらない。
「ちょっと、態勢変えんぞ」
「ぁ、ひ……」
切羽詰まったような黒鋼の声がした途端、後ろの穴から指が引き抜かれる。
その感覚にさえ内腿を痙攣させていると、背を支えられて再び畳みの上に転がされた。
余韻から続く震えに胸を上下させるファイの両足を、ぴったりと合わせるようにして抱え上げると、黒鋼はその閉じられた腿と腿の間に性器を差し込んだ。
そして幾度か腰を動かすと、柔らかな圧迫感からあっという間に射精する。
「ッ、……!」
低い呻きと共にファイの萎えた性器と下腹部に熱いものがかかった。二人分のそれが溶け合って、脇腹を流れ落ちていく。
両足を解放した黒鋼が、ファイに覆いかぶさるようにして体重をかけた。朦朧とする意識の中で倒れこんできた重みを抱きしめる。
下腹部の痺れはあまりに重く、もはや感覚を失っていたけれど、耳元にかかる荒々しい呼吸に心地よい充足感を覚えた。
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白猫、泣いたり怒ったり乱れたりの巻
カレンダーの見方は覚えた。
赤い丸がついている日の夜は、黒鋼が休みの日。
「んっ、ん……」
唇や口の中を舐められたり、舌を吸われたりすると、身体から力が抜けてしまう。
皮膚に鳥肌が立つような感覚や、尻尾の毛が逆立つ感覚にゾクゾクして、逃げ出したいような気持ちになるのに、どうしてかもっともっとと欲しくなる。
窓の外が暗くなる頃、帰宅した黒鋼を玄関で迎えて、その胸に飛び込んだ。
いつものようにただ甘えるだけでは我慢できず、気がついたら夢中で唇を合わせていた。
黒鋼のがっしりとした腕が、ファイの腰を抱く。その強さにさえ身体が震えて、立っていられなくなる。
身体が熱かった。
「我慢したのか?」
糸を引きながら離れた黒鋼の唇が、濡れて光っている。
ファイはどこかうっとりとした瞳でそれを見つめながら、こくりと頷く。
「もうすぐ、黒たん帰ってくるかなって考えてたら……だんだん、熱くなってきちゃった……」
これは昨夜と同じ感覚だ。
ずっと窓を閉め切っていたのに、明るいうちは平気だったのに。メスの放つ香りだって、どこにもなかったはずなのに。
カレンダーと一緒に見方を覚えた時計の針が進むほどに、今か今かと黒鋼の帰りが待ち遠しくなった。
そしてそれはもどかしさに変わっていった。
気がつけば身体が火照り、ずっと思い出さないようにしていた浴室でのことが、頭の中をぐるぐると巡った。
何度も自分で慰めてしまおうかと手を伸ばしかけて、けれどあの空しさや罪悪感がファイを動けなくした。
「黒たん……黒たん……」
名前を呼びながら黒鋼の首筋に強く額を擦りつける。
すると、急に身体が浮き上がった。
「!?」
両足が宙を蹴る。背中と膝裏を掬われるようにして、ファイは黒鋼に抱き上げられていた。
慌てて首筋に抱きつく腕の力を強める。
「俺は腹が減ってるんだがな」
そのまま部屋の中へ突き進む黒鋼に、ファイはしょんぼりと耳を倒した。
そうだ。彼は仕事をして帰って来たのだった。疲れているだろうし、腹が空いているのは当たり前だ。
「ご、ごめん……。待ってるから、先にご飯……」
「いい」
そっと畳みの上に背中から降ろされ、見上げれば黒鋼の顔が天井を遮っていた。
「先にこっちから食う」
「た、食べる……? オレを……?」
「バカ。頭から食うわけじゃねぇよ。そんな顔すんな」
自分は一体どんな顔をしていたのだろうか。
怯えた顔? 泣きそうな顔? それとも、欲にまみれた浅ましい表情?
聞こうとしても、再び重ねられた唇によって阻まれた。
「ふ、ぁ……」
いけないと思いながらも、何も考えられなくなる。
つんつんの黒髪をぎゅっと抱きこんで、口の端から唾液が零れるのも構わず舌を絡め合った。
ファイがそれに夢中になっている間に、黒鋼の手がジャージの前を開いた。直に肌に触れる大きな手の感触に、爪先まで痺れる。
角度を変えながら黒鋼の唇が水音を立てて首筋や胸を行き来した。昨夜の痕もまだ消えていないのに、緩く吸われながら再び刻まれる。
身体がその度にヒクヒクと震えて、まるで制御が効かなかった。
「ぁ、んんっ、黒た、ん……ね、なん、で……?」
「ん?」
「なん、で、舐めたり、吸ったり、するの……?」
それは素朴な疑問で、今も決して余裕があるわけではないけれど、昨夜は疑問にすら感じなかった。
「匂い、つけてるの?」
「なんだよそりゃ」
黒鋼は、少し呆れたような顔を上げた。
「違うの? オレ、猫だった頃は黒たんにいっぱい匂いつけてたよ」
「あれか……くっついて尻尾を震わせてたやつ」
「うん」
「そいつは初耳だな」
呆れた顔が、少しだけ笑い顔になった。
変なことを言ったのかと、ファイは小首を傾げる。
人間にはそういった習性がないから、だからこうして目に見えるように印を残すのかと思った。
「まぁ……そうだな」
黒鋼は暫しなにか考えていたようだが、すぐに適当な返事を寄こした。
「それもあるんだろうな」
なんだか説明をはしょられたみたいで釈然としなかったが、すぐにまた再開された愛撫がファイから文句を言う隙を奪った。
黒鋼の手や、舌や、唇はファイから思考を奪うだけではない。内から外から、ゆっくりと溶かされていくような気がした。
きっとこれは魔法だ。言葉で説明が出来ない不思議な感覚なのに、気持ちがいいということだけは身体が覚えてしまった。
「あっ! ぁ、そこ……ッ」
「ここか?」
「ん、そこ、好き……」
人間には二つしかない胸の粒。そこはメスが子供に乳を与える場所で、こんなところを触られて気持ちよくなるなんて、信じられなかった。
黒鋼がふっと笑うと、小さな息が肌にかかるだけで全身が粟立つ。
指と唇とで両方をいじられると、ファイは堪らずか細い悲鳴を上げながら喉を反らして畳に爪を立てた。
それらの刺激は身体の中心に向かって流れていくような気がした。とっくに形を変えているそれが、布を押し上げているのが分かる。
いっそ消えてしまいたいくらい恥ずかしいけれど、本当に触ってほしいのはまさにその場所で、ファイは堪らず腰を揺らすと黒鋼の腹に擦りつけた。
「やらしいな、おまえ」
「だっ、て……! もう、我慢できな……っ」
早く触れて欲しくて、擦りつけるのを止められない。その間接的な摩擦だけでも気がどうにかなりそうだった。
けれど黒鋼はすぐには触れてくれない。ただ、ファイの動きを咎めることもせず、キスを繰り返しながら肌の上をゆっくりと下りてくる。
ファイは涙でぼやける視界で、腹の上を辿っていく黒鋼を見つめた。
それが臍の辺りに差し掛かった頃、黒鋼の指先がウエストのゴム部分にかかった。無意識に彼のしやすいように両足を広げ、腰を浮かしてそれを助けると、赤く膨らんだ性器が勢いよく顔を出す。
「ッ……!」
見ているのが辛くて、顔を背けるときつく目を閉じた。
ファイにとってはそれが例え自分のものであっても、ただグロテスクなものにしか思えない。
「お願い……見ないで……」
自ら足を開いているくせに、それを黒鋼に目の前で見られているのかと思うと、消えてしまいたいくらい恥ずかしい。
黒鋼はまた少しだけ笑った。
そして、勃起した性器をやんわりと掬うように掌で包むと、信じられないことにその先端に口をつけた。
「なに、して……ッ!?」
思わず目を見開き、自分の股間に顔を埋める黒鋼を凝視した。
けれどすっぽりと熱い口内に納められた瞬間、ファイの口からは引き攣ったような痛々しい悲鳴しか上がらなかった。
ずっと堪えていただけに、その刺激はいっそ暴力じみている。
「やッ! あっ、ダ、メッ! それっ、強すぎる……ッ!」
熱い舌と、時々当たる歯の感触と。緩く扱かれながら射精を促され、足をバタつかせると尻尾で黒鋼の肩を幾度も叩く。
ブルブルと首を振り、涙を巻き散らしながらファイは暴れた。腰を捩り、強すぎる快感から必死で逃れようとするけれど、黒鋼の肘や腕がファイの内腿を押さえつけて体重をかける。
「ぅあっ、ああぁ……ッ、やめ、て、お願いだからやめてぇ……!」
それでも黒鋼の動きは止まらない。
上下しているその頭を引き離したくて両手を伸ばした。けれどいざ硬い黒髪を掴むと、遠ざけたいのかさらに引き寄せたいのか、自分でも分からなくなった。
そして、まだ上があるのかというほどの大きな感覚が目前まで迫る。
押し潰されると思った瞬間、ファイは全身を引き攣らせた。
「ッ――!!」
黒鋼の髪を思い切り掴みながら、ファイは声なき悲鳴と共にあの叩きつけられるような衝撃の中、射精した。
全ての神経が剥き出しになったかのようだった。全身の痙攣が止まらない。
だが出しきってしまうと、強張った身体が一気に弛緩する。
そこでようやく、黒鋼は顔を上げた。
「はっ、はぁっ、は、ぁ……ッ、はっ……」
喘ぎ交じりに必死で酸素を取り込もうとしているファイを尻目に、黒鋼は顔を顰めながら上半身を起こす。そして胡坐をかくと、口元に手をやって中のそれを吐き出す。
「……流石に飲み込むとなると修行がいるな、これは」
黒鋼の声が聞けたことに妙に安堵する。
けれど途端にファイは違った意味で身体を震わせるとガバリと起き上る。
「くっ、黒たんのっ、ぶぁかー!!」
恥ずかしいやら悔しいやら、気持ちいいやら怖いやら、なんだかもう自分でも分からなくなって、両手でビクともしない胸を幾度か叩く。
「いてぇなこら。つーかおまえ、ハゲたらどうすんだよ」
今更になって髪を掻き毟ったことを言っているらしい。そして同時にテーブルの上に手を伸ばして、ティッシュの箱を引き寄せているという、その余裕っぷりも癪に障った。
「知らない! バカ!!」
何枚か抜き取ったティッシュで片手を拭いている様を見て、ファイは今なら羞恥で死ねると思った。
黒鋼が丸めたそれを放ると、部屋の隅にあったゴミ箱に綺麗にヒットした。
「おもしれぇな、その尻尾。喜んでんのか?」
感情を爆発させたファイは、尻尾の毛を膨らませ、倍以上に大きくしながらぶんぶんと振っていた。
「黒たんがビックリさせるからじゃん! あとイライラしてんのー!」
「なるほどな。犬と逆か」
頭から湯気が上がるのではないかと思うほど顔を真っ赤に染めたファイは、グスグスと鼻を啜りながら拳で目元を拭く。
いずれにせよ、これはファイの感情が大きく揺れ動いているサインである。
「泣くな。あと怒るな」
黒鋼の両手がファイの両脇の下に差し込まれた。
そのまま持ちあげられるような力がかかって、仕方なくそれに従う。
膝の上に乗り上げるようにすると、いつもは見上げるばかりの顔が少しだけ低い位置にあった。
ドキリとする。まだ少し気が立っていたけれど、引き寄せられて目を閉じた。
キスをして、舌を絡め合えば妙な味と香りがして、ファイは顔を顰める。
「……不味いー」
「文句言うな。こっちは直に味わったんだぞ……ってこら、なんだこの手は」
「黒たんのも見せて」
恥ずかしさを誤魔化すように、ファイは黒鋼のジーンズの前に両手をやった。
自分で穿いたり脱いだりするのとは違って、人のものを解くというのはなかなか難しかった。
苦戦していると、黒鋼の手が上からかぶさる。
「どうせまたお化けとか言って怖がるんだろ?」
「こ、怖くない……!」
バカにしたように作られる口元の笑みにムッとして睨めば「どうだかな」なんて返されて、ファイは思わずムキになった。
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カレンダーの見方は覚えた。
赤い丸がついている日の夜は、黒鋼が休みの日。
「んっ、ん……」
唇や口の中を舐められたり、舌を吸われたりすると、身体から力が抜けてしまう。
皮膚に鳥肌が立つような感覚や、尻尾の毛が逆立つ感覚にゾクゾクして、逃げ出したいような気持ちになるのに、どうしてかもっともっとと欲しくなる。
窓の外が暗くなる頃、帰宅した黒鋼を玄関で迎えて、その胸に飛び込んだ。
いつものようにただ甘えるだけでは我慢できず、気がついたら夢中で唇を合わせていた。
黒鋼のがっしりとした腕が、ファイの腰を抱く。その強さにさえ身体が震えて、立っていられなくなる。
身体が熱かった。
「我慢したのか?」
糸を引きながら離れた黒鋼の唇が、濡れて光っている。
ファイはどこかうっとりとした瞳でそれを見つめながら、こくりと頷く。
「もうすぐ、黒たん帰ってくるかなって考えてたら……だんだん、熱くなってきちゃった……」
これは昨夜と同じ感覚だ。
ずっと窓を閉め切っていたのに、明るいうちは平気だったのに。メスの放つ香りだって、どこにもなかったはずなのに。
カレンダーと一緒に見方を覚えた時計の針が進むほどに、今か今かと黒鋼の帰りが待ち遠しくなった。
そしてそれはもどかしさに変わっていった。
気がつけば身体が火照り、ずっと思い出さないようにしていた浴室でのことが、頭の中をぐるぐると巡った。
何度も自分で慰めてしまおうかと手を伸ばしかけて、けれどあの空しさや罪悪感がファイを動けなくした。
「黒たん……黒たん……」
名前を呼びながら黒鋼の首筋に強く額を擦りつける。
すると、急に身体が浮き上がった。
「!?」
両足が宙を蹴る。背中と膝裏を掬われるようにして、ファイは黒鋼に抱き上げられていた。
慌てて首筋に抱きつく腕の力を強める。
「俺は腹が減ってるんだがな」
そのまま部屋の中へ突き進む黒鋼に、ファイはしょんぼりと耳を倒した。
そうだ。彼は仕事をして帰って来たのだった。疲れているだろうし、腹が空いているのは当たり前だ。
「ご、ごめん……。待ってるから、先にご飯……」
「いい」
そっと畳みの上に背中から降ろされ、見上げれば黒鋼の顔が天井を遮っていた。
「先にこっちから食う」
「た、食べる……? オレを……?」
「バカ。頭から食うわけじゃねぇよ。そんな顔すんな」
自分は一体どんな顔をしていたのだろうか。
怯えた顔? 泣きそうな顔? それとも、欲にまみれた浅ましい表情?
聞こうとしても、再び重ねられた唇によって阻まれた。
「ふ、ぁ……」
いけないと思いながらも、何も考えられなくなる。
つんつんの黒髪をぎゅっと抱きこんで、口の端から唾液が零れるのも構わず舌を絡め合った。
ファイがそれに夢中になっている間に、黒鋼の手がジャージの前を開いた。直に肌に触れる大きな手の感触に、爪先まで痺れる。
角度を変えながら黒鋼の唇が水音を立てて首筋や胸を行き来した。昨夜の痕もまだ消えていないのに、緩く吸われながら再び刻まれる。
身体がその度にヒクヒクと震えて、まるで制御が効かなかった。
「ぁ、んんっ、黒た、ん……ね、なん、で……?」
「ん?」
「なん、で、舐めたり、吸ったり、するの……?」
それは素朴な疑問で、今も決して余裕があるわけではないけれど、昨夜は疑問にすら感じなかった。
「匂い、つけてるの?」
「なんだよそりゃ」
黒鋼は、少し呆れたような顔を上げた。
「違うの? オレ、猫だった頃は黒たんにいっぱい匂いつけてたよ」
「あれか……くっついて尻尾を震わせてたやつ」
「うん」
「そいつは初耳だな」
呆れた顔が、少しだけ笑い顔になった。
変なことを言ったのかと、ファイは小首を傾げる。
人間にはそういった習性がないから、だからこうして目に見えるように印を残すのかと思った。
「まぁ……そうだな」
黒鋼は暫しなにか考えていたようだが、すぐに適当な返事を寄こした。
「それもあるんだろうな」
なんだか説明をはしょられたみたいで釈然としなかったが、すぐにまた再開された愛撫がファイから文句を言う隙を奪った。
黒鋼の手や、舌や、唇はファイから思考を奪うだけではない。内から外から、ゆっくりと溶かされていくような気がした。
きっとこれは魔法だ。言葉で説明が出来ない不思議な感覚なのに、気持ちがいいということだけは身体が覚えてしまった。
「あっ! ぁ、そこ……ッ」
「ここか?」
「ん、そこ、好き……」
人間には二つしかない胸の粒。そこはメスが子供に乳を与える場所で、こんなところを触られて気持ちよくなるなんて、信じられなかった。
黒鋼がふっと笑うと、小さな息が肌にかかるだけで全身が粟立つ。
指と唇とで両方をいじられると、ファイは堪らずか細い悲鳴を上げながら喉を反らして畳に爪を立てた。
それらの刺激は身体の中心に向かって流れていくような気がした。とっくに形を変えているそれが、布を押し上げているのが分かる。
いっそ消えてしまいたいくらい恥ずかしいけれど、本当に触ってほしいのはまさにその場所で、ファイは堪らず腰を揺らすと黒鋼の腹に擦りつけた。
「やらしいな、おまえ」
「だっ、て……! もう、我慢できな……っ」
早く触れて欲しくて、擦りつけるのを止められない。その間接的な摩擦だけでも気がどうにかなりそうだった。
けれど黒鋼はすぐには触れてくれない。ただ、ファイの動きを咎めることもせず、キスを繰り返しながら肌の上をゆっくりと下りてくる。
ファイは涙でぼやける視界で、腹の上を辿っていく黒鋼を見つめた。
それが臍の辺りに差し掛かった頃、黒鋼の指先がウエストのゴム部分にかかった。無意識に彼のしやすいように両足を広げ、腰を浮かしてそれを助けると、赤く膨らんだ性器が勢いよく顔を出す。
「ッ……!」
見ているのが辛くて、顔を背けるときつく目を閉じた。
ファイにとってはそれが例え自分のものであっても、ただグロテスクなものにしか思えない。
「お願い……見ないで……」
自ら足を開いているくせに、それを黒鋼に目の前で見られているのかと思うと、消えてしまいたいくらい恥ずかしい。
黒鋼はまた少しだけ笑った。
そして、勃起した性器をやんわりと掬うように掌で包むと、信じられないことにその先端に口をつけた。
「なに、して……ッ!?」
思わず目を見開き、自分の股間に顔を埋める黒鋼を凝視した。
けれどすっぽりと熱い口内に納められた瞬間、ファイの口からは引き攣ったような痛々しい悲鳴しか上がらなかった。
ずっと堪えていただけに、その刺激はいっそ暴力じみている。
「やッ! あっ、ダ、メッ! それっ、強すぎる……ッ!」
熱い舌と、時々当たる歯の感触と。緩く扱かれながら射精を促され、足をバタつかせると尻尾で黒鋼の肩を幾度も叩く。
ブルブルと首を振り、涙を巻き散らしながらファイは暴れた。腰を捩り、強すぎる快感から必死で逃れようとするけれど、黒鋼の肘や腕がファイの内腿を押さえつけて体重をかける。
「ぅあっ、ああぁ……ッ、やめ、て、お願いだからやめてぇ……!」
それでも黒鋼の動きは止まらない。
上下しているその頭を引き離したくて両手を伸ばした。けれどいざ硬い黒髪を掴むと、遠ざけたいのかさらに引き寄せたいのか、自分でも分からなくなった。
そして、まだ上があるのかというほどの大きな感覚が目前まで迫る。
押し潰されると思った瞬間、ファイは全身を引き攣らせた。
「ッ――!!」
黒鋼の髪を思い切り掴みながら、ファイは声なき悲鳴と共にあの叩きつけられるような衝撃の中、射精した。
全ての神経が剥き出しになったかのようだった。全身の痙攣が止まらない。
だが出しきってしまうと、強張った身体が一気に弛緩する。
そこでようやく、黒鋼は顔を上げた。
「はっ、はぁっ、は、ぁ……ッ、はっ……」
喘ぎ交じりに必死で酸素を取り込もうとしているファイを尻目に、黒鋼は顔を顰めながら上半身を起こす。そして胡坐をかくと、口元に手をやって中のそれを吐き出す。
「……流石に飲み込むとなると修行がいるな、これは」
黒鋼の声が聞けたことに妙に安堵する。
けれど途端にファイは違った意味で身体を震わせるとガバリと起き上る。
「くっ、黒たんのっ、ぶぁかー!!」
恥ずかしいやら悔しいやら、気持ちいいやら怖いやら、なんだかもう自分でも分からなくなって、両手でビクともしない胸を幾度か叩く。
「いてぇなこら。つーかおまえ、ハゲたらどうすんだよ」
今更になって髪を掻き毟ったことを言っているらしい。そして同時にテーブルの上に手を伸ばして、ティッシュの箱を引き寄せているという、その余裕っぷりも癪に障った。
「知らない! バカ!!」
何枚か抜き取ったティッシュで片手を拭いている様を見て、ファイは今なら羞恥で死ねると思った。
黒鋼が丸めたそれを放ると、部屋の隅にあったゴミ箱に綺麗にヒットした。
「おもしれぇな、その尻尾。喜んでんのか?」
感情を爆発させたファイは、尻尾の毛を膨らませ、倍以上に大きくしながらぶんぶんと振っていた。
「黒たんがビックリさせるからじゃん! あとイライラしてんのー!」
「なるほどな。犬と逆か」
頭から湯気が上がるのではないかと思うほど顔を真っ赤に染めたファイは、グスグスと鼻を啜りながら拳で目元を拭く。
いずれにせよ、これはファイの感情が大きく揺れ動いているサインである。
「泣くな。あと怒るな」
黒鋼の両手がファイの両脇の下に差し込まれた。
そのまま持ちあげられるような力がかかって、仕方なくそれに従う。
膝の上に乗り上げるようにすると、いつもは見上げるばかりの顔が少しだけ低い位置にあった。
ドキリとする。まだ少し気が立っていたけれど、引き寄せられて目を閉じた。
キスをして、舌を絡め合えば妙な味と香りがして、ファイは顔を顰める。
「……不味いー」
「文句言うな。こっちは直に味わったんだぞ……ってこら、なんだこの手は」
「黒たんのも見せて」
恥ずかしさを誤魔化すように、ファイは黒鋼のジーンズの前に両手をやった。
自分で穿いたり脱いだりするのとは違って、人のものを解くというのはなかなか難しかった。
苦戦していると、黒鋼の手が上からかぶさる。
「どうせまたお化けとか言って怖がるんだろ?」
「こ、怖くない……!」
バカにしたように作られる口元の笑みにムッとして睨めば「どうだかな」なんて返されて、ファイは思わずムキになった。
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白猫、悲願達成の巻
ほかほかの、ぽかぽかだった。
心も身体も丸ごと包まれて、守られているような大きな安心感。
ずっと求めていた。そして半ば諦めていた。
ゆっくりと浮上していく意識の中で、ファイはこれ以上ない幸福感に抱かれていた。
がっしりとした筋肉質なそれに、思わず頬ずりをする。
ああ……幸せ……。
「おいこら、よだれ垂らすな」
「……にゃ~?」
物凄く側で大好きな声がした。
ファイはとろ~んとした目を半分だけ開く。
目の前に黒鋼の顔があって、ドキリとする。そしてちょっとパニックを起こす。
「え? あれ? なんで?」
どうしてこんなに近くに彼の顔があるのかとか、どうしてその腕に抱かれて布団にすっぽり入っているのだろうとか、そしていつの間に寝たんだっけとか。
寝起きの頭の中では整理しきれないことがたくさんあった。
「えっと、えっと……これ夢?」
すると黒鋼は少し苦々しい表情をして見せた。
「夢みてぇな話だが、夢じゃねぇんだよ」
夢じゃないということは現実ということで、ファイは今、念願叶って黒鋼とぬくぬくしているというわけである。
途端に喜びが胸の奥底から吹き出してきて、ファイはちょっと涙ぐんだ。そして黒鋼の首にぎゅっと抱きつく。
「黒たん! 一緒のお布団で寝てくれたんだー!」
「まぁ……最後の一線越えたようなもんだからな」
未遂だがな、という小さな呟きには微かに棘が含まれていた気がしないでもないが、舞い上がっているファイは気にしない。
「あれ? でもオレ、確かお風呂場にいて……」
見ればファイは裸のままだった。それは黒鋼も同じで、彼は下だけジャージを穿いているようだが、遮るものが何もない状態で胸と胸を密着させていることに気がついた。
途端、頬に熱が集まる。
「なに赤くなってんだ。今更」
「だ、だって……」
「イった途端にグースカ寝やがって。服着せんのが面倒だっただけだ」
だからそのまますっぽり抱き込んで寝てしまったらしい。
「そ、そっかー……ごめんね。ありがとう」
「おう」
黒鋼は短く答えると起き上った。
腕枕と温もりが遠のいて、仕方なくファイも起き上る。毛のない身体は春といえども、少し肌寒い。
「着とけ」
適当に手繰り寄せた黒いジャージの上を頭からかぶされる。
ファイがもたもたとそれに腕を通している間に、黒鋼は洗面所へ行ってしまった。
なんとなくそこから動けないまま、ファイは自分の胸元に目線を落とした。
所々に赤い鬱血が見られる。そういえば昨夜はいっぱいいっぱいの状態だったためよく分からなかったが、たくさん舐められたり、吸われたような気する。
思いだすとまた変になりそうで、慌てて首を振った。そして急いでジャージの前をしめた。
「痛いこと……なにもなかったな……」
ぽつりと呟いて、そして安堵から息を吐き出した。
黒鋼はファイに噛みついたり、爪を立てたりしなかった。猛獣のように荒々しく豹変もしなかった。
少し意地悪だった気はするけれど、黒鋼は黒鋼のままだった。
そういえば昨夜は黒鋼の帰宅が早かった気がする。
内腿や両手が汚れてしまっていたファイは、ショック状態のまま浴室に駆け込むと、無我夢中で身体を洗ったのだ。
全身が濡れることよりも、自分がしてしまったことを洗い流すことで必死だった。
けれど洗っても洗っても足りなくて、やがてまたあの嫌な熱が膨らんできて。
もうどうしようもなくて、役に立たないシャワーを止め、身動きも取れずにその場で身体を丸めていたら、彼が帰って来てくれた。
きっと、体調のおかしかった自分を気にかけて、早く戻って来てくれたのだと思う。
胸が今更のようにドキドキしている。
傍にいなくても考えていてくれるなんて。助けて欲しいときに、駆けつけてくれるなんて。触れてくれるなんて。
黒鋼は一線を越えたと言った。ファイにも、なんとなくわかる気がした。
「オレ……黒たんと交尾しちゃった……」
ファイは感動のあまり目をキラキラとさせた。
そうは言っても。
黒鋼と交尾がしたいなんて、口にした自分が一番驚いた。
なんだかとんとん拍子だったなぁと思わないこともなかった。そして、人間は奥が深い生き物であることも知ってしまった。
人ではないファイの概念からすれば、子供も出来ないのに交尾をするのは不毛なことでしかない。そういえばいつだったか、人間は子孫繁栄のためだけに交尾をする生き物ではないと、そうユゥイも言っていた。
あのときはただ聞き流してしまっていた気がするけれど、今は少しずつでも解りかけているような気がする。
人間は特別好きな相手と愛し合うためにキスをしたり、交尾をする。お互いに恥ずかしい場所を見せあって、触れ合って、そうやって相手の形を確かめるのかもしれない。
相手が『オス』だからとか『メス』だからとか、そういう括りにばかり囚われず、人は『人』を好きになる。
そんなこと、考えたこともなかった。
なんて素敵なことだろう。
+++
「まだ調子戻らねぇか?」
昼間際までのんびりした後、出かけようとしている黒鋼を玄関先まで見送るためについていくと、外に出ようとしないファイに黒鋼は手を伸ばして額に触れた。
「熱は……ねぇな」
「うん、平気。でも怖いから……しばらくは家でおとなしくしてる」
発情シーズンというのは早々に終わるものではない。
外に出ている間に、いつまた匂いを嗅ぎつけてしまうか分からないため、やっぱり無難に家の中にこもることにした。
「窓開けられねぇなら、たまに換気扇回せよ。スイッチわかるだろ?」
「わかるよー。いってらっしゃい黒たん」
「おう」
短く返事をして背を向けようとした黒鋼だったが、ふと足を止めると再びこちらを振り向いた。
「おい」
「ん?」
「それでももし、一人んときにまたおかしくなったら」
ドキリとする。
昨夜のことを思い出すだけで、また熱が出そうになるからだ。
黒鋼に全て見られてしまったのは恥ずかしかったが、一人で慰めていたあの瞬間の方が、ずっと恥ずかしかった。そして怖かった。
「お、おかしくなったら……?」
「我慢しねぇで、一人で処理しろ」
「えっ」
実に意外だと思った。そして激しく戸惑う。
まごついているファイに、黒鋼が目で「どうした」と問いかけてくる。
「だ、だって……あれって、その……すごく悪いことしてるみたいで……」
「別に悪いことじゃねぇだろ」
「う、うん……でも……」
ファイは顔を赤らめつつ下を向いた。両手を胸の前で合わせて握ったり、指先同士をつんつんとしたりしてから、おずおずと目線を上げる。
「もしそうなっちゃったら……黒たんが帰って来るまで……我慢してる……」
黒鋼の眉がぎこちなくピクリと動いた気がした。
そして彼は口元に握った拳を押しあてると一つ咳払いをして、さっとファイに背を向ける。
「……行ってくる」
「行ってらっしゃい……」
ファイも真っ赤だったけれど、背中を向けて扉から出て行く黒鋼の耳も、赤く染まっているように見えた。
それはなんとも初々しい光景だった……。
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ほかほかの、ぽかぽかだった。
心も身体も丸ごと包まれて、守られているような大きな安心感。
ずっと求めていた。そして半ば諦めていた。
ゆっくりと浮上していく意識の中で、ファイはこれ以上ない幸福感に抱かれていた。
がっしりとした筋肉質なそれに、思わず頬ずりをする。
ああ……幸せ……。
「おいこら、よだれ垂らすな」
「……にゃ~?」
物凄く側で大好きな声がした。
ファイはとろ~んとした目を半分だけ開く。
目の前に黒鋼の顔があって、ドキリとする。そしてちょっとパニックを起こす。
「え? あれ? なんで?」
どうしてこんなに近くに彼の顔があるのかとか、どうしてその腕に抱かれて布団にすっぽり入っているのだろうとか、そしていつの間に寝たんだっけとか。
寝起きの頭の中では整理しきれないことがたくさんあった。
「えっと、えっと……これ夢?」
すると黒鋼は少し苦々しい表情をして見せた。
「夢みてぇな話だが、夢じゃねぇんだよ」
夢じゃないということは現実ということで、ファイは今、念願叶って黒鋼とぬくぬくしているというわけである。
途端に喜びが胸の奥底から吹き出してきて、ファイはちょっと涙ぐんだ。そして黒鋼の首にぎゅっと抱きつく。
「黒たん! 一緒のお布団で寝てくれたんだー!」
「まぁ……最後の一線越えたようなもんだからな」
未遂だがな、という小さな呟きには微かに棘が含まれていた気がしないでもないが、舞い上がっているファイは気にしない。
「あれ? でもオレ、確かお風呂場にいて……」
見ればファイは裸のままだった。それは黒鋼も同じで、彼は下だけジャージを穿いているようだが、遮るものが何もない状態で胸と胸を密着させていることに気がついた。
途端、頬に熱が集まる。
「なに赤くなってんだ。今更」
「だ、だって……」
「イった途端にグースカ寝やがって。服着せんのが面倒だっただけだ」
だからそのまますっぽり抱き込んで寝てしまったらしい。
「そ、そっかー……ごめんね。ありがとう」
「おう」
黒鋼は短く答えると起き上った。
腕枕と温もりが遠のいて、仕方なくファイも起き上る。毛のない身体は春といえども、少し肌寒い。
「着とけ」
適当に手繰り寄せた黒いジャージの上を頭からかぶされる。
ファイがもたもたとそれに腕を通している間に、黒鋼は洗面所へ行ってしまった。
なんとなくそこから動けないまま、ファイは自分の胸元に目線を落とした。
所々に赤い鬱血が見られる。そういえば昨夜はいっぱいいっぱいの状態だったためよく分からなかったが、たくさん舐められたり、吸われたような気する。
思いだすとまた変になりそうで、慌てて首を振った。そして急いでジャージの前をしめた。
「痛いこと……なにもなかったな……」
ぽつりと呟いて、そして安堵から息を吐き出した。
黒鋼はファイに噛みついたり、爪を立てたりしなかった。猛獣のように荒々しく豹変もしなかった。
少し意地悪だった気はするけれど、黒鋼は黒鋼のままだった。
そういえば昨夜は黒鋼の帰宅が早かった気がする。
内腿や両手が汚れてしまっていたファイは、ショック状態のまま浴室に駆け込むと、無我夢中で身体を洗ったのだ。
全身が濡れることよりも、自分がしてしまったことを洗い流すことで必死だった。
けれど洗っても洗っても足りなくて、やがてまたあの嫌な熱が膨らんできて。
もうどうしようもなくて、役に立たないシャワーを止め、身動きも取れずにその場で身体を丸めていたら、彼が帰って来てくれた。
きっと、体調のおかしかった自分を気にかけて、早く戻って来てくれたのだと思う。
胸が今更のようにドキドキしている。
傍にいなくても考えていてくれるなんて。助けて欲しいときに、駆けつけてくれるなんて。触れてくれるなんて。
黒鋼は一線を越えたと言った。ファイにも、なんとなくわかる気がした。
「オレ……黒たんと交尾しちゃった……」
ファイは感動のあまり目をキラキラとさせた。
そうは言っても。
黒鋼と交尾がしたいなんて、口にした自分が一番驚いた。
なんだかとんとん拍子だったなぁと思わないこともなかった。そして、人間は奥が深い生き物であることも知ってしまった。
人ではないファイの概念からすれば、子供も出来ないのに交尾をするのは不毛なことでしかない。そういえばいつだったか、人間は子孫繁栄のためだけに交尾をする生き物ではないと、そうユゥイも言っていた。
あのときはただ聞き流してしまっていた気がするけれど、今は少しずつでも解りかけているような気がする。
人間は特別好きな相手と愛し合うためにキスをしたり、交尾をする。お互いに恥ずかしい場所を見せあって、触れ合って、そうやって相手の形を確かめるのかもしれない。
相手が『オス』だからとか『メス』だからとか、そういう括りにばかり囚われず、人は『人』を好きになる。
そんなこと、考えたこともなかった。
なんて素敵なことだろう。
+++
「まだ調子戻らねぇか?」
昼間際までのんびりした後、出かけようとしている黒鋼を玄関先まで見送るためについていくと、外に出ようとしないファイに黒鋼は手を伸ばして額に触れた。
「熱は……ねぇな」
「うん、平気。でも怖いから……しばらくは家でおとなしくしてる」
発情シーズンというのは早々に終わるものではない。
外に出ている間に、いつまた匂いを嗅ぎつけてしまうか分からないため、やっぱり無難に家の中にこもることにした。
「窓開けられねぇなら、たまに換気扇回せよ。スイッチわかるだろ?」
「わかるよー。いってらっしゃい黒たん」
「おう」
短く返事をして背を向けようとした黒鋼だったが、ふと足を止めると再びこちらを振り向いた。
「おい」
「ん?」
「それでももし、一人んときにまたおかしくなったら」
ドキリとする。
昨夜のことを思い出すだけで、また熱が出そうになるからだ。
黒鋼に全て見られてしまったのは恥ずかしかったが、一人で慰めていたあの瞬間の方が、ずっと恥ずかしかった。そして怖かった。
「お、おかしくなったら……?」
「我慢しねぇで、一人で処理しろ」
「えっ」
実に意外だと思った。そして激しく戸惑う。
まごついているファイに、黒鋼が目で「どうした」と問いかけてくる。
「だ、だって……あれって、その……すごく悪いことしてるみたいで……」
「別に悪いことじゃねぇだろ」
「う、うん……でも……」
ファイは顔を赤らめつつ下を向いた。両手を胸の前で合わせて握ったり、指先同士をつんつんとしたりしてから、おずおずと目線を上げる。
「もしそうなっちゃったら……黒たんが帰って来るまで……我慢してる……」
黒鋼の眉がぎこちなくピクリと動いた気がした。
そして彼は口元に握った拳を押しあてると一つ咳払いをして、さっとファイに背を向ける。
「……行ってくる」
「行ってらっしゃい……」
ファイも真っ赤だったけれど、背中を向けて扉から出て行く黒鋼の耳も、赤く染まっているように見えた。
それはなんとも初々しい光景だった……。
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黒鋼、オオカミになるの巻
塞いだ唇はやっぱり熱くて、歯列を割って差し入れた先は蕩けそうなほどだった。
相手は猫で、けれど妙にそそる、可愛い人間の男の姿をしていて。
同性を相手に欲情してしまうなんて事態も、むしろ背徳的な刺激となって黒鋼を酔わせていた。
戸惑い縮こまる舌を捉えると、裸のファイの肩がビクンと震えた。
逃げられないように抱きしめて、怖がらせてしまうと分かっていても、貪るのを止められない。
しがみついてくる指の先が、濡れたシャツ越しに黒鋼の皮膚に爪を立てる。
「っ、は……!」
湿った音を浴室に響かせながら、強張っている舌を吸い上げれば、ファイの薄い背筋が震え、面白いほど力が抜けた。
唾液を交換しあうように、互いの味を確かめ合うように、それは飲み込みきれなくなったファイが小さく咽るまで続いた。
糸を引きながら離れた唇が痺れていた。はかはかと浅く呼吸を繰り返すファイと、近い距離で見つめ合う。堪らずもう一度だけ、軽くキスをする。
ゆらゆらと揺らめく濡れた瞳が、戸惑いながらも熱っぽく潤んでいた。
「いつものと……違った……」
呆然とした響きで囁かれたそれに、黒鋼は小さく口元を綻ばせると「そうだな」と返した。
「……まだ、好き……?」
彼は黒鋼の気持ちが自分から離れることがよほど怖いらしい。
ある意味手強いと思った。軽々と好きだの愛してるなんて言葉を囁けるような器用さを持っていない黒鋼にしてみれば、本来なら相手として選びたくないタイプであることは明白で、けれど自分は、どうやらこういった面倒な奴が決して嫌いではないらしい。
(マゾか俺は……)
新しい自分を見つけて、少し呆れた。
「好いた相手にしかこんなことしねぇよ。前にも言ったか」
「でも……オレ、したいんだよ……黒たんと交尾がしたい。出来っこないのに、黒たんもオスなのに」
だからこれは悪いことなんでしょう?
悲しそうな顔をしたファイが言う。
黒鋼は答えに少し迷った。人間である自分の立場で言わせれば『猫』を相手にしている時点で良いも悪いもないのだが。
彼流の言い方で、単にオスとオスであることを問題に上げるなら……。
「別に……悪いことってわけじゃねぇよ……」
「……え?」
「あと、出来るか出来ねぇかって言ったら……デキちまうんだな、これが」
「!」
「なぁおまえ、ちょっと確認させろよ。あと、言っとくことがある」
「う、うん」
「……いいんだな?」
聞くと、ファイはボンッと全身をより一層真っ赤に染めた。そして、こくりと頷いた。
「なら、今から俺はおまえを人間として扱う。猫じゃねぇ。いいな?」
ファイは何か言いかけて、だが無言で頷いた。
「よし」
面倒事を抱えるのは嫌いではない。けれど、面倒なことをウダウダと考え続けるのは、性に合わない。
相手がこちらを求めていて、こちらも相手を求めている。
ならばそれで十分だった。
「多分な」
黒鋼は言いながら、すっかり濡れて皮膚に張り付いてしまっているシャツを脱ぎ捨てた。
「おまえが怖がってるようなことは、何もねぇんだよ」
だから今は全部こっちに預けろ。
耳元に吹き込むようにして囁けば、ファイの身体からふにゃりと力が抜けた。
+++
開発されていない身体は、それをまだ快感として享受できないらしい。
しっかりと押さえつけていないと、すぐに身を捩って逃げ出そうとする。
熱のこもった肌に触れて、唇でなぞって、音を立てて。
しなければならないことは、彼を決して乱暴に扱わないこと。怯えさせないこと。
そして、感じる場所を探すこと。
「ひゃっ、ぅ……! くすぐった……ッ」
出しっぱなしのシャワーの音に、それとは違った水音と、ファイの苦しげな喘ぎが混ざる。湯気の立ち込める狭い空間に、それはよく反響して黒鋼の耳を楽しませた。
肌に舌を這わせながら、金の髪を梳くようにしてペタリと倒れている白い耳を指で撫でた。
ひくひくと跳ねるそれが面白くて、黒鋼は顔を上げると水気を含んだそれを唇で食んだ。じゅっと音を立てて吸えば、ただ震えるだけだったファイが大きな反応を示す。
「んにゃッ、あっ、ん……!」
硬直していた尻尾が、びたん、と水飛沫を上げながら水色のタイルを叩く。
なかなか面白い反応だ。人間でも耳が弱点だというものは多いが、声だけでなく、反応が動きとして目に見えるのは気分がいい。
平べったい胸を手のひらで撫でながら、黒鋼は白い耳の内側にも吸いつく。
「だっ、ダメ……! みみ、ぁ……!」
手のひらに引っ掛かりを感じて、そこで手を止める。ぷっくりと立ち上がっているのが分かって、指先でクルクルと引っ掻けばファイが喉を反らした。
唇から耳が離れてしまったが、目の前に曝された喉仏の膨らみに引き寄せられる。吸いつけば、そこもまたひくついているのが舌先に伝わった。
ファイの身体が少しずつ解れて来たのが分かる。
乳首への悪戯がよほど堪らないのか、嫌々と首を振りながら黒鋼の肩に爪を立てた。
「男でもここ、感じるんだな」
「かん、じる……?」
「気持ちいいってことだ」
「気持ち、ぃ……?」
「おら、足開け」
「や……っ」
壁に背を預けたままのファイは、先刻からずっと足をぴったりと閉じて両膝をもじもじと擦り合わせていた。
二つの膝小僧を両手でそれぞれ掴んで、それをぐっと開かせようとするが、これがなかなかうまくいかない。
「み、見たらダメー!」
「てめ、そんなんしたらいじれねぇだろ」
「い、いじったらダメ!」
「ああ!?」
頑なに身体を丸めるファイを相手に、しばしの攻防が続く。いよいよ業を煮やした黒鋼は、咄嗟に床の上をうねうねと蠢いていた尻尾を掴んでぎゅっと握った。
「ふぎゃっ!?」
「よし、俺の勝ちだ」
「!?」
急所を攻撃した一瞬の隙をついて、僅かに開いた足の隙間をこじ開けた。
そして素早く両腿を抱え込むと、ぐっと引き寄せる。
壁に背中を預けていたファイが、黒鋼の両膝に腰から下を乗り上げる形で、ずるっと身体を滑らせた。
「ひ、ひぃぃ……!?」
「おまえ……もっと色っぽい声出せねぇのか……」
「こ、こんな恥ずかしいの無理! は、離してー!」
「あー、うるせぇ」
膝裏に手を差し込み、今度はファイの身体を折り曲げるようにして押した。
太股が腹につくような態勢で、ファイはバタバタとさせていた手を止めると顔を覆った。
黒鋼の眼下では薄紅色の性器が頭を擡げて震えていた。根元に淡く色素の薄い毛が申し訳程度に生えそろっているだけで、とてもではないが、これが自分が持っているものと同じパーツとは思えなかった。
思わず、ごくりと息を飲む。いくらファイに好意を抱いているとは言っても、流石に性器となれば多少の不安はあった。
だが、思っていたより平気だ。むしろ触れたいと思った。触れて、その反応が見てみたい。
黒鋼はその欲望に逆らうことをしなかった。そっと利き手である左手を伸ばし、指でなぞった。
「あッ!!」
ビクンと、ファイの柔らかな内腿が引き攣る。
甘い声が浴室に響くのが耳に心地よくて、無意識にほぅと溜息を零す。
「これを、自分でいじったのか?」
「ぁ……や……ッ」
指を絡め、緩く扱きながら人差し指で先端をいじる。少し粘り気のある体液が、すでにじんわりと滲んでいた。
「言えよ。一人でしたんだろ?」
ずっと両手で顔を覆っていたファイが、指の隙間から泣き濡れた瞳を覗かせた。
一度目を閉じてから再び開けて、こくりと頷いた。
「触った……一人で、した……」
「俺の名前、呼んだのか?」
「う、ん……黒たんのこと考えて、名前、呼んで、した……」
ゾクリとした。
鳥肌が立つほどに甘い痺れが腰の辺りから這い上がって来る。
怖がらせたくないなんて思っていたくせに、それでも少しくらいの意地悪なら許されるだろうかと、あえていやらしい言葉を投げかける。
「ならここでもするか? 一人で出来るんだろ?」
ファイは青い瞳を大きく見開いた。くしゃりと表情を歪めて、嫌々と首を振る。
「いや……できない……お願い……」
濡れた尻尾が、黒鋼の腕に絡まった。言葉より鮮明に、何を求めているかを伝えてくる。
もう少しからかって苛めてやりたい気もしたが、大した刺激も与えていないはずの性器がはち切れそうに震えている様は、少々気の毒だった。
同時に、窮屈な場所に収まったままの黒鋼自身も実のところ限界まで膨らみ切っていた。
このような痴態ばかりか、素直に可愛らしい言葉ばかり吐きだされては、こちらも堪ったものではない。
ならばひとまずまとめて処理してしまえと、黒鋼はすっかり水分を含んで重たくなっているジーンズの前を寛げた。下着の中にまで手を入れて、硬くなっている性器を引きだす。
「!」
その様子をただ静かに見守っていたファイが、ひゅっと息を飲む。
「……なんだよ」
「ぁ、あ、の……それ……」
震える指先が、黒鋼の股間を指さす。
「モノは一緒だろ。てめぇのこれと」
「お、お、お化けキノコ……?」
「失礼な奴だな……」
サーっと青褪めるファイに少しばかりムッとしつつ、黒鋼は取りだした自身の性器をファイのものに擦りつけた。
「ひぅ……!?」
そのまま、二本合わせて手で掴む。たったそれだけでビリビリとしたものが背筋を駆け抜け、黒鋼はぐっと奥歯を噛みしめた。
「や、やぁ、熱……ッ、黒たんの、熱いよ……!」
ゆっくりと一纏めにしたものを扱きはじめると、ファイは腰を揺らしながら背を反らせ、喘いだ。
上下する薄い胸と、甘い声に駆り立てられるように、黒鋼は夢中で自身とファイのものを擦りあげる。
両方の先端から溢れている先走りによって、掌がいい具合に滑り、そして淫らな音を奏でている。
「ふぁっ、んっ、だ、め……! これ、きもち、ぃ……!!」
全身を桃色に染めながら身悶えるファイの白い尻尾が、いつの間にか二つの性器を一掴みにしている黒鋼の手に絡みついた。
堪らず動きを早めていけば、ファイの全身が小刻みに痙攣し始めた。
「いく、か……?」
低く問えば、ガクガクと首を縦に振って見せる。
限界だった。黒鋼が達するより先に、声もなく喉を引き攣らせたファイが射精した。
「ッ!!」
僅かに遅れて黒鋼も絶頂を迎え、二人分の精液が手を、尻尾を、そしてファイの腹を汚す。
だがそれはすぐに出しっぱなしにしていたシャワーの湯に、溶けるようにして零れ落ちてゆく。
最後の一滴まで絞り出すように緩く扱きながら、黒鋼は肩で息をした。
浴室に立ち込める、ほのかな汗と精液の香りに頭の中がクラクラとする。
射精後の脱力感に大きく息を吐きだして、時折ヒクヒクと痙攣しているファイの様子を見やる。彼は焦点の定まらない瞳でぼんやりと天井を見上げていた。
「おい、生きてるか」
腕を伸ばし、目の前でひらひらとさせると、ようやくこちらに目を向けたファイが、小さく「ぅん」と返事をした。
どこかとろんとした瞳で繰り返される瞬きに、ふと口元を緩める。
「黒たん……」
「おう」
「オレ……」
「なんだ?」
ファイの両腕が伸びて来たので、身体を前に屈めた。
白い二つのそれが首に絡みついて来て、そして黒鋼の耳元に頬ずりをする。
そして言った。
「眠、い」
「あ?」
「くかー……」
「…………」
マジか、と黒鋼は思った。一応、ここからが本番なのだが……。
呑気に寝息を立てはじめたファイにしがみ付かれたまま、黒鋼は少し情けない気持ちになった。
出すもの出したら、それで満足か……。
「おまえ……嫌われるぞ……」
それでもわざわざ叩き起こす気にはなれず、その夜はここでお開きとなった。
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塞いだ唇はやっぱり熱くて、歯列を割って差し入れた先は蕩けそうなほどだった。
相手は猫で、けれど妙にそそる、可愛い人間の男の姿をしていて。
同性を相手に欲情してしまうなんて事態も、むしろ背徳的な刺激となって黒鋼を酔わせていた。
戸惑い縮こまる舌を捉えると、裸のファイの肩がビクンと震えた。
逃げられないように抱きしめて、怖がらせてしまうと分かっていても、貪るのを止められない。
しがみついてくる指の先が、濡れたシャツ越しに黒鋼の皮膚に爪を立てる。
「っ、は……!」
湿った音を浴室に響かせながら、強張っている舌を吸い上げれば、ファイの薄い背筋が震え、面白いほど力が抜けた。
唾液を交換しあうように、互いの味を確かめ合うように、それは飲み込みきれなくなったファイが小さく咽るまで続いた。
糸を引きながら離れた唇が痺れていた。はかはかと浅く呼吸を繰り返すファイと、近い距離で見つめ合う。堪らずもう一度だけ、軽くキスをする。
ゆらゆらと揺らめく濡れた瞳が、戸惑いながらも熱っぽく潤んでいた。
「いつものと……違った……」
呆然とした響きで囁かれたそれに、黒鋼は小さく口元を綻ばせると「そうだな」と返した。
「……まだ、好き……?」
彼は黒鋼の気持ちが自分から離れることがよほど怖いらしい。
ある意味手強いと思った。軽々と好きだの愛してるなんて言葉を囁けるような器用さを持っていない黒鋼にしてみれば、本来なら相手として選びたくないタイプであることは明白で、けれど自分は、どうやらこういった面倒な奴が決して嫌いではないらしい。
(マゾか俺は……)
新しい自分を見つけて、少し呆れた。
「好いた相手にしかこんなことしねぇよ。前にも言ったか」
「でも……オレ、したいんだよ……黒たんと交尾がしたい。出来っこないのに、黒たんもオスなのに」
だからこれは悪いことなんでしょう?
悲しそうな顔をしたファイが言う。
黒鋼は答えに少し迷った。人間である自分の立場で言わせれば『猫』を相手にしている時点で良いも悪いもないのだが。
彼流の言い方で、単にオスとオスであることを問題に上げるなら……。
「別に……悪いことってわけじゃねぇよ……」
「……え?」
「あと、出来るか出来ねぇかって言ったら……デキちまうんだな、これが」
「!」
「なぁおまえ、ちょっと確認させろよ。あと、言っとくことがある」
「う、うん」
「……いいんだな?」
聞くと、ファイはボンッと全身をより一層真っ赤に染めた。そして、こくりと頷いた。
「なら、今から俺はおまえを人間として扱う。猫じゃねぇ。いいな?」
ファイは何か言いかけて、だが無言で頷いた。
「よし」
面倒事を抱えるのは嫌いではない。けれど、面倒なことをウダウダと考え続けるのは、性に合わない。
相手がこちらを求めていて、こちらも相手を求めている。
ならばそれで十分だった。
「多分な」
黒鋼は言いながら、すっかり濡れて皮膚に張り付いてしまっているシャツを脱ぎ捨てた。
「おまえが怖がってるようなことは、何もねぇんだよ」
だから今は全部こっちに預けろ。
耳元に吹き込むようにして囁けば、ファイの身体からふにゃりと力が抜けた。
+++
開発されていない身体は、それをまだ快感として享受できないらしい。
しっかりと押さえつけていないと、すぐに身を捩って逃げ出そうとする。
熱のこもった肌に触れて、唇でなぞって、音を立てて。
しなければならないことは、彼を決して乱暴に扱わないこと。怯えさせないこと。
そして、感じる場所を探すこと。
「ひゃっ、ぅ……! くすぐった……ッ」
出しっぱなしのシャワーの音に、それとは違った水音と、ファイの苦しげな喘ぎが混ざる。湯気の立ち込める狭い空間に、それはよく反響して黒鋼の耳を楽しませた。
肌に舌を這わせながら、金の髪を梳くようにしてペタリと倒れている白い耳を指で撫でた。
ひくひくと跳ねるそれが面白くて、黒鋼は顔を上げると水気を含んだそれを唇で食んだ。じゅっと音を立てて吸えば、ただ震えるだけだったファイが大きな反応を示す。
「んにゃッ、あっ、ん……!」
硬直していた尻尾が、びたん、と水飛沫を上げながら水色のタイルを叩く。
なかなか面白い反応だ。人間でも耳が弱点だというものは多いが、声だけでなく、反応が動きとして目に見えるのは気分がいい。
平べったい胸を手のひらで撫でながら、黒鋼は白い耳の内側にも吸いつく。
「だっ、ダメ……! みみ、ぁ……!」
手のひらに引っ掛かりを感じて、そこで手を止める。ぷっくりと立ち上がっているのが分かって、指先でクルクルと引っ掻けばファイが喉を反らした。
唇から耳が離れてしまったが、目の前に曝された喉仏の膨らみに引き寄せられる。吸いつけば、そこもまたひくついているのが舌先に伝わった。
ファイの身体が少しずつ解れて来たのが分かる。
乳首への悪戯がよほど堪らないのか、嫌々と首を振りながら黒鋼の肩に爪を立てた。
「男でもここ、感じるんだな」
「かん、じる……?」
「気持ちいいってことだ」
「気持ち、ぃ……?」
「おら、足開け」
「や……っ」
壁に背を預けたままのファイは、先刻からずっと足をぴったりと閉じて両膝をもじもじと擦り合わせていた。
二つの膝小僧を両手でそれぞれ掴んで、それをぐっと開かせようとするが、これがなかなかうまくいかない。
「み、見たらダメー!」
「てめ、そんなんしたらいじれねぇだろ」
「い、いじったらダメ!」
「ああ!?」
頑なに身体を丸めるファイを相手に、しばしの攻防が続く。いよいよ業を煮やした黒鋼は、咄嗟に床の上をうねうねと蠢いていた尻尾を掴んでぎゅっと握った。
「ふぎゃっ!?」
「よし、俺の勝ちだ」
「!?」
急所を攻撃した一瞬の隙をついて、僅かに開いた足の隙間をこじ開けた。
そして素早く両腿を抱え込むと、ぐっと引き寄せる。
壁に背中を預けていたファイが、黒鋼の両膝に腰から下を乗り上げる形で、ずるっと身体を滑らせた。
「ひ、ひぃぃ……!?」
「おまえ……もっと色っぽい声出せねぇのか……」
「こ、こんな恥ずかしいの無理! は、離してー!」
「あー、うるせぇ」
膝裏に手を差し込み、今度はファイの身体を折り曲げるようにして押した。
太股が腹につくような態勢で、ファイはバタバタとさせていた手を止めると顔を覆った。
黒鋼の眼下では薄紅色の性器が頭を擡げて震えていた。根元に淡く色素の薄い毛が申し訳程度に生えそろっているだけで、とてもではないが、これが自分が持っているものと同じパーツとは思えなかった。
思わず、ごくりと息を飲む。いくらファイに好意を抱いているとは言っても、流石に性器となれば多少の不安はあった。
だが、思っていたより平気だ。むしろ触れたいと思った。触れて、その反応が見てみたい。
黒鋼はその欲望に逆らうことをしなかった。そっと利き手である左手を伸ばし、指でなぞった。
「あッ!!」
ビクンと、ファイの柔らかな内腿が引き攣る。
甘い声が浴室に響くのが耳に心地よくて、無意識にほぅと溜息を零す。
「これを、自分でいじったのか?」
「ぁ……や……ッ」
指を絡め、緩く扱きながら人差し指で先端をいじる。少し粘り気のある体液が、すでにじんわりと滲んでいた。
「言えよ。一人でしたんだろ?」
ずっと両手で顔を覆っていたファイが、指の隙間から泣き濡れた瞳を覗かせた。
一度目を閉じてから再び開けて、こくりと頷いた。
「触った……一人で、した……」
「俺の名前、呼んだのか?」
「う、ん……黒たんのこと考えて、名前、呼んで、した……」
ゾクリとした。
鳥肌が立つほどに甘い痺れが腰の辺りから這い上がって来る。
怖がらせたくないなんて思っていたくせに、それでも少しくらいの意地悪なら許されるだろうかと、あえていやらしい言葉を投げかける。
「ならここでもするか? 一人で出来るんだろ?」
ファイは青い瞳を大きく見開いた。くしゃりと表情を歪めて、嫌々と首を振る。
「いや……できない……お願い……」
濡れた尻尾が、黒鋼の腕に絡まった。言葉より鮮明に、何を求めているかを伝えてくる。
もう少しからかって苛めてやりたい気もしたが、大した刺激も与えていないはずの性器がはち切れそうに震えている様は、少々気の毒だった。
同時に、窮屈な場所に収まったままの黒鋼自身も実のところ限界まで膨らみ切っていた。
このような痴態ばかりか、素直に可愛らしい言葉ばかり吐きだされては、こちらも堪ったものではない。
ならばひとまずまとめて処理してしまえと、黒鋼はすっかり水分を含んで重たくなっているジーンズの前を寛げた。下着の中にまで手を入れて、硬くなっている性器を引きだす。
「!」
その様子をただ静かに見守っていたファイが、ひゅっと息を飲む。
「……なんだよ」
「ぁ、あ、の……それ……」
震える指先が、黒鋼の股間を指さす。
「モノは一緒だろ。てめぇのこれと」
「お、お、お化けキノコ……?」
「失礼な奴だな……」
サーっと青褪めるファイに少しばかりムッとしつつ、黒鋼は取りだした自身の性器をファイのものに擦りつけた。
「ひぅ……!?」
そのまま、二本合わせて手で掴む。たったそれだけでビリビリとしたものが背筋を駆け抜け、黒鋼はぐっと奥歯を噛みしめた。
「や、やぁ、熱……ッ、黒たんの、熱いよ……!」
ゆっくりと一纏めにしたものを扱きはじめると、ファイは腰を揺らしながら背を反らせ、喘いだ。
上下する薄い胸と、甘い声に駆り立てられるように、黒鋼は夢中で自身とファイのものを擦りあげる。
両方の先端から溢れている先走りによって、掌がいい具合に滑り、そして淫らな音を奏でている。
「ふぁっ、んっ、だ、め……! これ、きもち、ぃ……!!」
全身を桃色に染めながら身悶えるファイの白い尻尾が、いつの間にか二つの性器を一掴みにしている黒鋼の手に絡みついた。
堪らず動きを早めていけば、ファイの全身が小刻みに痙攣し始めた。
「いく、か……?」
低く問えば、ガクガクと首を縦に振って見せる。
限界だった。黒鋼が達するより先に、声もなく喉を引き攣らせたファイが射精した。
「ッ!!」
僅かに遅れて黒鋼も絶頂を迎え、二人分の精液が手を、尻尾を、そしてファイの腹を汚す。
だがそれはすぐに出しっぱなしにしていたシャワーの湯に、溶けるようにして零れ落ちてゆく。
最後の一滴まで絞り出すように緩く扱きながら、黒鋼は肩で息をした。
浴室に立ち込める、ほのかな汗と精液の香りに頭の中がクラクラとする。
射精後の脱力感に大きく息を吐きだして、時折ヒクヒクと痙攣しているファイの様子を見やる。彼は焦点の定まらない瞳でぼんやりと天井を見上げていた。
「おい、生きてるか」
腕を伸ばし、目の前でひらひらとさせると、ようやくこちらに目を向けたファイが、小さく「ぅん」と返事をした。
どこかとろんとした瞳で繰り返される瞬きに、ふと口元を緩める。
「黒たん……」
「おう」
「オレ……」
「なんだ?」
ファイの両腕が伸びて来たので、身体を前に屈めた。
白い二つのそれが首に絡みついて来て、そして黒鋼の耳元に頬ずりをする。
そして言った。
「眠、い」
「あ?」
「くかー……」
「…………」
マジか、と黒鋼は思った。一応、ここからが本番なのだが……。
呑気に寝息を立てはじめたファイにしがみ付かれたまま、黒鋼は少し情けない気持ちになった。
出すもの出したら、それで満足か……。
「おまえ……嫌われるぞ……」
それでもわざわざ叩き起こす気にはなれず、その夜はここでお開きとなった。
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黒鋼、終戦の巻
ピロリンピロリーン……という音と共に、黒鋼は深夜のコンビニを出た。
ビニール袋にはスポーツドリンクと風邪薬。昨今、薬局だけでなく24時間営業のコンビニでもこういった薬が購入できるのは、本当にありがたいことだ。
そんなことをしみじみと感じつつ、家路を急ぐ。
調子の悪そうだったファイが気になり、今夜ばかりは無理を言って早めにバイトを上がった。
ファイが連呼していたように黒鋼は貧乏学生であるからして、失った時間はそこそこ痛い。それでもどうも気になって仕方がないのだ。
腕に絡みついてきた身体も、重ねた唇も、いつもより少し熱かったのを思い出す。
季節の変わり目の急激な気温の変化に、体調を崩したのかもしれない。
はやる気持ちを表情には出さず、大きな歩幅で前進する黒鋼だったが、そのときふと、近くで騒がしい声がした。
「ギャオォー! ウゥー!」
それはどうやら交尾の真っ最中らしい猫達の呻きだった。
お盛んなこったと、この時期そう珍しくない鳴き声をさほど気にも留めず通り過ぎた。
+++
外から見て、部屋は明かりがついていた。
まだ起きているなら丁度いいと部屋に戻ったが、ファイの姿はどこにもなかった。
「便所か?」
だがビニール袋をテーブルの上に置いて、トイレの方を見たが人の気配は感じられない。
こんな時間に遊び歩くなど、常識に欠けるあのアホでも流石に考えられなかった。
ふと、それと同じくらい有り得ないであろうと思いつつも、黒鋼は脱衣所へ向かった。探す場所と言えばもうそこくらいしかなかったからだ。
ファイの風呂嫌いは相変わらずで、今も黒鋼が厳しく言わない限りは率先して入りたがらない。
真夜中の散歩と自発的な入浴。果たしてどちらの確立が高いかと考えると、前者な気もする。
だが黒鋼の予想は裏切られた。
なんと浴室には明かりが灯されていて、脱衣所には黒いジャージが乱雑に脱ぎ捨てられていたのだ。
珍しいこともあるものだと、感心する。
しかし、浴室は異常なまでに静まり返っていた。
「おい」
曇りガラスといえど迂闊に覘くのもどうかと思い、黒鋼は短く声をかけた。
反応はない。もう一度、少し大きな声で同じ掛け声を発してみたが、やはり一切の反応がなかった。
まさか、倒れでもしたのでは……?
そう考えると流石の黒鋼も躊躇ってはいられなかった。
さらに念を押す意味で「おい」と声をかけて、やはり反応が返ってこないのを確認すると、急いでドアを開けた。
「!」
そこには、全裸でずぶ濡れのファイがいた。
浴室の隅で膝を抱え、顔を伏せてただ静かに震えている。
「おまえ! どうした!?」
白い肌がすっかり青褪めていた。
ジーンズが湿るのも構わず慌てて濡れた床に膝をつくと、その腕を取る。案の定、肌は氷のように冷え切っていた。
「しっかりしろ! なにがあった!?」
「……黒たん?」
濡れそぼった耳がピクリと動いて、ファイがようやく顔を上げた。
「どうして? お仕事は……」
「話は後だ……調子悪ぃときに無理して風呂なんか入るな」
黒鋼は掴んだ腕を強く引き寄せようとした。だが、思わぬ抵抗にあった。
「ッ……!」
ファイが身を捩り、腕が離れる。そして震えながら再び身体を丸めてしまった。
一体なにが起こったというのか。明らかに様子がおかしすぎる。
このようなことはこれまで一度もなかった。内心激しく戸惑う黒鋼だったが、このまま放置など出来ない。
咄嗟にシャワーヘッドを掴むとコックを捻る。途端に熱い湯が噴き出して、冷え切っていた浴室に温かな湯気が立ち込めた。
ファイはビクリと身体を揺らしただけで、何も言わない。
それをいいことに、黒鋼は自身が服を着たままであることも気にせず、それを白い耳のついた頭から浴びせかける。
しばらく、無言の作業が続いた。青褪めていた全身がほんのり赤く染まるまで、黒鋼はそれを止めなかった。
僅かに顔を上げたファイが、腕で顔を拭った。湯が目に入ったのか、それとも泣いていたのか。その目が赤く充血しているのが見えて、黒鋼の胸が切なく疼く。
手を伸ばし、片頬を包んで上向かせると、彼はもう抵抗しなかった。
「……どうした?」
そして再び問いかける。
ファイは零れ落ちそうなほど潤ませた瞳で幾度も瞬きをした。
色を取り戻した唇が小さく開いては閉じられるのを繰り返し、長い沈黙の後に、ようやく声が絞り出された。
「……オレ」
「おう」
「オレね……」
「ん」
ファイは一度、大きく鼻をすすった。
「多分、もう黒たんと一緒に、いられない……」
「なんだよ、いきなり」
「オレ……おかしくなった……」
何をそれほどまでに追い詰められているのか、情報が少なすぎて黒鋼には察することが出来ない。
だから、ただ無言で先を促した。
「変になっちゃったんだ……こんなこと、今までなかったのに……オレ、オスなのに……」
未だシャワーからは熱い湯が噴き出している。その音にかき消されないように、耳をすませる。
「どうしようオレ……わかんない……なんて言えばいいのか……」
ファイが両手で金の髪をくしゃりと掴んだ。瞬きを忘れたように目を見開いている様子に、彼が酷く混乱しているらしいことを察する。
黒鋼はシャワーを壁にかけた。雨のように二人の頭上にそれが降り注ぐ。
そして今度は両手で赤い頬を包み、真っすぐにその瞳を捉えた。
「落ちつけ。あったことをそのまま、最初から話せばいい。俺の言葉がわかるな?」
こくり。下唇を噛みながら、ファイが頷く。その素直な仕草に口元だけで笑って見せた。
するとファイの手が、黒鋼の両手を掴む。まるで縋るような強さだった。
「匂いが、した」
「におい?」
「……メスの……叫ぶ声と……匂い……。オレの、大嫌いな……」
メス、というキーワードに、ふと引っ掛かるものがあった。帰り際、盛んに聞こえた悲鳴じみた声が脳内で蘇る。
「ずっと怖くて……子供の頃から、嫌で、嫌で……」
そこで一度切ったファイは、堪えるように目をきつく閉じた。けれど促すまでもなく、すぐに自らの意思で開かれる。
「ずっと、忘れてた……。オレね、化け猫だから。何百年も生きて来た。気が遠くなるくらい長い時間だよ……。だから、忘れていられたんだと思う……」
慣れ、かな。ファイはそう言った。
ただの猫ではないことは承知していたが、彼がそれほど長い年月を生きて来たなど、俄かに信じがたい。
「猫の交尾、見たことある……? オスがね、メスの首に噛みついて、血が出て、凄い声を上げて……」
黒鋼は小さく頷いた。
じっくりと観察したことはないが、交尾自体は先刻を含めて幾度か目にしたことがある。
「みんな大好きな友達だったんだ……なのに、ぜんぜん違う生き物に見えた……。あんなふうになるくらいなら、オレ、交尾なんて絶対にしたくない……そう思って生きてきたんだ……」
それなのに、と、ファイは続ける。
「どうしてなのかは、わからない……。でも、ずっと平気だったのが……急におかしくなって、身体が熱くて……オレのあそこ、変になって……」
「……」
「触ったら、止まらなくなって……」
ファイの瞳から、涙が零れ出した。
それから、信じられないようなことを口にした。
「黒たんのこと、考えてた……黒たんの匂い……オレ、堪らなくなって……」
「!」
「ごめん……ごめんなさい……オレ……オスなのに……」
ぐらりと、視界が揺らぐような気がしていた。
戦っていた。ずっとずっと、必死で。
先におかしくなっていたのは黒鋼の方で、今だって熱い湯の力を借りて色を取り戻した肌も、震えながら泣いている顔さえも、全てが誘っているようで。
不謹慎だと理解しているのは表向きの理性だけだった。
その先を聞くことに躊躇いながら、心の奥底では強く望む自分がいた。まるで犬のようだ。よしと言われるその瞬間を、涎を垂らしながら待ちわびる、オオカミのようだ。
ファイの唇が艶めかしく動くのを、じっと見つめた。
「オレ、黒たんと……」
――したい。
消え入りそうなほど小さな声を聞いた瞬間、黒鋼はその唇を唇で塞いだ。
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ピロリンピロリーン……という音と共に、黒鋼は深夜のコンビニを出た。
ビニール袋にはスポーツドリンクと風邪薬。昨今、薬局だけでなく24時間営業のコンビニでもこういった薬が購入できるのは、本当にありがたいことだ。
そんなことをしみじみと感じつつ、家路を急ぐ。
調子の悪そうだったファイが気になり、今夜ばかりは無理を言って早めにバイトを上がった。
ファイが連呼していたように黒鋼は貧乏学生であるからして、失った時間はそこそこ痛い。それでもどうも気になって仕方がないのだ。
腕に絡みついてきた身体も、重ねた唇も、いつもより少し熱かったのを思い出す。
季節の変わり目の急激な気温の変化に、体調を崩したのかもしれない。
はやる気持ちを表情には出さず、大きな歩幅で前進する黒鋼だったが、そのときふと、近くで騒がしい声がした。
「ギャオォー! ウゥー!」
それはどうやら交尾の真っ最中らしい猫達の呻きだった。
お盛んなこったと、この時期そう珍しくない鳴き声をさほど気にも留めず通り過ぎた。
+++
外から見て、部屋は明かりがついていた。
まだ起きているなら丁度いいと部屋に戻ったが、ファイの姿はどこにもなかった。
「便所か?」
だがビニール袋をテーブルの上に置いて、トイレの方を見たが人の気配は感じられない。
こんな時間に遊び歩くなど、常識に欠けるあのアホでも流石に考えられなかった。
ふと、それと同じくらい有り得ないであろうと思いつつも、黒鋼は脱衣所へ向かった。探す場所と言えばもうそこくらいしかなかったからだ。
ファイの風呂嫌いは相変わらずで、今も黒鋼が厳しく言わない限りは率先して入りたがらない。
真夜中の散歩と自発的な入浴。果たしてどちらの確立が高いかと考えると、前者な気もする。
だが黒鋼の予想は裏切られた。
なんと浴室には明かりが灯されていて、脱衣所には黒いジャージが乱雑に脱ぎ捨てられていたのだ。
珍しいこともあるものだと、感心する。
しかし、浴室は異常なまでに静まり返っていた。
「おい」
曇りガラスといえど迂闊に覘くのもどうかと思い、黒鋼は短く声をかけた。
反応はない。もう一度、少し大きな声で同じ掛け声を発してみたが、やはり一切の反応がなかった。
まさか、倒れでもしたのでは……?
そう考えると流石の黒鋼も躊躇ってはいられなかった。
さらに念を押す意味で「おい」と声をかけて、やはり反応が返ってこないのを確認すると、急いでドアを開けた。
「!」
そこには、全裸でずぶ濡れのファイがいた。
浴室の隅で膝を抱え、顔を伏せてただ静かに震えている。
「おまえ! どうした!?」
白い肌がすっかり青褪めていた。
ジーンズが湿るのも構わず慌てて濡れた床に膝をつくと、その腕を取る。案の定、肌は氷のように冷え切っていた。
「しっかりしろ! なにがあった!?」
「……黒たん?」
濡れそぼった耳がピクリと動いて、ファイがようやく顔を上げた。
「どうして? お仕事は……」
「話は後だ……調子悪ぃときに無理して風呂なんか入るな」
黒鋼は掴んだ腕を強く引き寄せようとした。だが、思わぬ抵抗にあった。
「ッ……!」
ファイが身を捩り、腕が離れる。そして震えながら再び身体を丸めてしまった。
一体なにが起こったというのか。明らかに様子がおかしすぎる。
このようなことはこれまで一度もなかった。内心激しく戸惑う黒鋼だったが、このまま放置など出来ない。
咄嗟にシャワーヘッドを掴むとコックを捻る。途端に熱い湯が噴き出して、冷え切っていた浴室に温かな湯気が立ち込めた。
ファイはビクリと身体を揺らしただけで、何も言わない。
それをいいことに、黒鋼は自身が服を着たままであることも気にせず、それを白い耳のついた頭から浴びせかける。
しばらく、無言の作業が続いた。青褪めていた全身がほんのり赤く染まるまで、黒鋼はそれを止めなかった。
僅かに顔を上げたファイが、腕で顔を拭った。湯が目に入ったのか、それとも泣いていたのか。その目が赤く充血しているのが見えて、黒鋼の胸が切なく疼く。
手を伸ばし、片頬を包んで上向かせると、彼はもう抵抗しなかった。
「……どうした?」
そして再び問いかける。
ファイは零れ落ちそうなほど潤ませた瞳で幾度も瞬きをした。
色を取り戻した唇が小さく開いては閉じられるのを繰り返し、長い沈黙の後に、ようやく声が絞り出された。
「……オレ」
「おう」
「オレね……」
「ん」
ファイは一度、大きく鼻をすすった。
「多分、もう黒たんと一緒に、いられない……」
「なんだよ、いきなり」
「オレ……おかしくなった……」
何をそれほどまでに追い詰められているのか、情報が少なすぎて黒鋼には察することが出来ない。
だから、ただ無言で先を促した。
「変になっちゃったんだ……こんなこと、今までなかったのに……オレ、オスなのに……」
未だシャワーからは熱い湯が噴き出している。その音にかき消されないように、耳をすませる。
「どうしようオレ……わかんない……なんて言えばいいのか……」
ファイが両手で金の髪をくしゃりと掴んだ。瞬きを忘れたように目を見開いている様子に、彼が酷く混乱しているらしいことを察する。
黒鋼はシャワーを壁にかけた。雨のように二人の頭上にそれが降り注ぐ。
そして今度は両手で赤い頬を包み、真っすぐにその瞳を捉えた。
「落ちつけ。あったことをそのまま、最初から話せばいい。俺の言葉がわかるな?」
こくり。下唇を噛みながら、ファイが頷く。その素直な仕草に口元だけで笑って見せた。
するとファイの手が、黒鋼の両手を掴む。まるで縋るような強さだった。
「匂いが、した」
「におい?」
「……メスの……叫ぶ声と……匂い……。オレの、大嫌いな……」
メス、というキーワードに、ふと引っ掛かるものがあった。帰り際、盛んに聞こえた悲鳴じみた声が脳内で蘇る。
「ずっと怖くて……子供の頃から、嫌で、嫌で……」
そこで一度切ったファイは、堪えるように目をきつく閉じた。けれど促すまでもなく、すぐに自らの意思で開かれる。
「ずっと、忘れてた……。オレね、化け猫だから。何百年も生きて来た。気が遠くなるくらい長い時間だよ……。だから、忘れていられたんだと思う……」
慣れ、かな。ファイはそう言った。
ただの猫ではないことは承知していたが、彼がそれほど長い年月を生きて来たなど、俄かに信じがたい。
「猫の交尾、見たことある……? オスがね、メスの首に噛みついて、血が出て、凄い声を上げて……」
黒鋼は小さく頷いた。
じっくりと観察したことはないが、交尾自体は先刻を含めて幾度か目にしたことがある。
「みんな大好きな友達だったんだ……なのに、ぜんぜん違う生き物に見えた……。あんなふうになるくらいなら、オレ、交尾なんて絶対にしたくない……そう思って生きてきたんだ……」
それなのに、と、ファイは続ける。
「どうしてなのかは、わからない……。でも、ずっと平気だったのが……急におかしくなって、身体が熱くて……オレのあそこ、変になって……」
「……」
「触ったら、止まらなくなって……」
ファイの瞳から、涙が零れ出した。
それから、信じられないようなことを口にした。
「黒たんのこと、考えてた……黒たんの匂い……オレ、堪らなくなって……」
「!」
「ごめん……ごめんなさい……オレ……オスなのに……」
ぐらりと、視界が揺らぐような気がしていた。
戦っていた。ずっとずっと、必死で。
先におかしくなっていたのは黒鋼の方で、今だって熱い湯の力を借りて色を取り戻した肌も、震えながら泣いている顔さえも、全てが誘っているようで。
不謹慎だと理解しているのは表向きの理性だけだった。
その先を聞くことに躊躇いながら、心の奥底では強く望む自分がいた。まるで犬のようだ。よしと言われるその瞬間を、涎を垂らしながら待ちわびる、オオカミのようだ。
ファイの唇が艶めかしく動くのを、じっと見つめた。
「オレ、黒たんと……」
――したい。
消え入りそうなほど小さな声を聞いた瞬間、黒鋼はその唇を唇で塞いだ。
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白猫、発情の巻
黒鋼が夜のバイトへ行ってしまうと、また留守番だった。
もう慣れたとはいえやはり少し寂しくて、しかも今日はどうも身体が熱くてだるい。
そして妙に不安で、落ち付かなかった。
いつもは一人でいたってこんなことはないのに。風邪でも引いたのだろうか。
「でも……なんか違うようなー……」
ファイは考える。なんとなく、この感じには覚えがあるような気がしていた。それは風邪の症状と一致しない。なんだっけ……と考えようとするけれど、頭がぼんやりしてうまく働かなかった。
急に暖かくなったから、いまいち体温調節がうまくいかないのだろうか。
ファイは籠る内熱に耐えかねて、カーテンを開くと窓を開けた。昼間より少し冷たい風が頬を撫でるのが気持ちよくて、ふっと小さく息をつく。
「あ」
そのときだった。
「また……あの匂いだ……」
花のものとも、草木のものとも違う。
砂糖菓子を連想させるような甘い香りではないのに、なぜか言葉で表そうとすると甘ったるいイメージしか湧かない。
完全に猫だった頃と比べると、人間の鼻はファイには鈍く感じられて、すんすんと懸命に吸いこむけれど判断に困った。
そのときだ。遠くで、微かに声がした。
「……?」
ぎゃおーん……ぎゃおーん……
「ぎゃおん?」
白い耳をピンと立てて、窓の縁に手をつくと身を乗り出した。そしてさらに耳を澄ませてみる。
それは本当に小さな声で、ずっとずっと遠くから聞こえていた。
だがファイにはそれで十分だった。
「!?」
とたんに真っ青になり、慌てて窓とカーテンを閉じると、わたわたと部屋の片隅に逃げ込んだ。
「や、や、やば……!! 忘れてたー!!」
身体を丸めるようにして抱きながら、ファイは震えた。
そうだ。あの独特の香り。独特の獣の声。
あれは、発情したメスのものだ……!
だけどどうして?
人間の世界の猫といえども、猫であることに代わりはないのだから、そりゃあ発情くらいするだろう。
メス猫の放つフェロモンは、どんなに遠く離れていたとしても香ることはある。
だがファイははっきり言って枯れているも同然だったから、猫の国にいてその時期が来ても、いつしか全く反応しなくなっていたはずなのだ。
だが今のこの感覚には、確かに覚えがある。
これは、風邪などではない。
「……なんで……どうして急に……?」
ファイは発情していた。
そうと気づかずにメス猫のフェロモンを感知して、そうと知らないうちに、誘発されていたのだ。
ずっと燻るだけだったそれは、自覚してしまったことで静けさを失った。
身体の奥に火が灯ったような、ざわざわとした寒気にも似た震えが、尻尾の先から背筋を這いあがって来る。
心臓が耳のすぐ側にあるかのように大きな音を立てる。息苦しくて、口で呼吸しなければ追いつかない。
(どうしよう……どうしよう……)
ずっと平気だったのに。しかもなぜほぼ人間である今の姿で、このようなことになるのだろう。
混乱して我を失いそうになる。こうなるのが嫌で、ずっと恐れていたのに。
「どうしよう……黒たん……」
呟いてからはたと気付いた。
どうして今、黒鋼に助けを求める必要があるのだろう。
彼にはどうしようもできないし、突然こんなことになってしまった原因だって、分かるはずがない。
こんなときには真っ先にユゥイの名前が浮かぶはずなのに、たった今この唇から漏れだしたのは黒鋼の名だった。
ファイは咄嗟に、先刻そうして見せたように黒いジャージの胸元を両手で掴むと、顔に引き寄せた。
そうだ。今、この暮らしの中で最も近い人間が黒鋼だからだ。
いつだって彼の香りはファイを安心させる。
同じ床で眠ってくれなくなってからも、この匂いに包まれていたからこそ、一人寝だって平気だった。
きっともうあの腕の中で眠ることはないけれど、それでもいつも傍にいるみたいで安心できた。
だから思い切りそれを吸い込んで、自分を落ち着かせようとした。
そうすればすぐに元に戻るだろうと。いつもみたいに眠たくなって、どうでもよくなるだろうと。
だがその瞬間、なぜかどうしようもなく胸が締めつけられて、泣きたくなった。
治まるどころか内側に蓄積される熱は膨らむばかりだ。
視界が霞むのはファイの瞳が潤んでいるせいなのか、それとも頭の中が煮えたぎって、高熱を発したようになっているからなのか。
こうなってようやくユゥイに助けを求めることも考えた。テーブルの上の携帯電話に手を伸ばそうとするけれど、身体が思うように動かない。
熱くて熱くて、ファイは荒い呼吸を繰り返しながら、無意識に両膝を擦り合わせる。
そして身体の中心に違和感を覚えた。
「ぃ、た……ッ」
痛くて、苦しい。
わけもわからずそこに手を伸ばして、そして息を飲んだ。
「……ッ!?」
服の上からでも分かる。性器が硬くなっていた。
人間の身体の仕組みなど知りもしないファイは、震えながらさらに身体を丸めた。
だがそれは、普段は気にならないはずの服や内腿の摩擦にすら反応して、ビリビリとした感覚をもたらす。
「く、ろ……」
ああ、やっぱりこの口から洩れる名は彼のものだ。
胸が痛くて、うまく呼吸が出来ない。
黒鋼の匂いが染みついた部屋で、黒鋼の匂いが染みついた服を着て。
あれだけ気になっていた甘い香りが、今は遥かに遠い。ファイの中は黒鋼だけで埋まりきっていた。
もう何も考えられない……。
ぷっつりと糸が切れるような音を聞いた。そしてどろりと、思考が溶ける。
「くろ、たん、ぁ……、黒たん……好き、好きだよ……大好き……ッ」
そうだ。この香りが好きだ。あの人が好きだ。好きで好きで、こんなにも狂いそうなほど。
今、どうしようもなく触れたくて、そして触れてほしくて仕方が無い。
こんな『好き』は知らない。切なくて苦しくて涙が出る、こんなにも辛い『好き』は。だけど。
(本当に?)
僅かに残る思考の欠片。自らへの問いかけ。
(本当に、知らないのかな……?)
頭の中がドロドロに溶けて、流れ出してしまうような気がした。
微かに残っている生理的な恐怖も、全身を支配する甘い痺れの前に意味はなかった。
そっとウエストから両手を忍ばせて、硬く、そして熱くなっている性器に触れる。
「あっ! あっ、ぃ……ッ」
触れただけで身体がビクビクと跳ねた。
熱が一層増して、もどかしさに足をばたつかせる。下に纏っているものが邪魔で、一瞬腰を浮かせると膝の辺りまで下げた。
「ぁ、や……これ、なに……」
明かりの下に姿を現した性器は、真っ赤に腫れあがっていた。先端が濡れて光っている。
怖かった。それなのに手が止まらない。両手で握ったまま、何かに突き動かされるようにゆるゆると擦る。
まるでこの身体が自分のものではないような感覚だった。
見えない糸に操られているような、それでも今のファイに唯一はっきりと理解できることは、これはとても『悪いこと』だ、ということだった。
しかしそう思えば思うほど止まらなくて、擦る度に強烈な電流が全身を駆け巡った。
毛の逆立った尻尾が、無意識に乱暴な音を立てて畳みの床を叩く。
「ふぁ、あッ、だ、め……きちゃ……ッ、なにか、あっ、黒、た……ッ」
自分のものとは思えない、甘ったるい声が遠くに聞こえる。
言いようのない鋭く大きな感覚が押し寄せて、ファイは背を反らすと目を見開いた。
「ッ――!!」
一際大きく、白い尾が床を叩いた。そして次の瞬間、ピンと伸びて硬直する。
身体が、ずっと高い場所へ放り投げられたかと思ったら、一瞬で地面に叩き落とされたような感覚。
同時に性器から、爆ぜるように何かが飛び出した。
瞬間的にどうすることもできず、ファイはただ声もなく身体を丸め、激しい痙攣を繰り返した。
「はっ……はぁ……ッ、ぁ、ぁ……」
忙しない呼吸を繰り返しながら、全身が弛緩していく。身体が、いまだに甘く痺れていた。
だがそんな余韻に浸る間もなく飛び上がった。
「!?」
両手の平と、内腿が白いもので汚れている。
飛沫を上げたかのようなそれは、ジャージの腹の辺りにまで飛び散っていて、一瞬にして青褪めた。
「ッ……」
ぬるついたそれは、指の隙間に糸まで引いていた。
これまでとはまた違った意味で、身体が震える。
幸い畳みは汚れてはいなかったものの、頭の中を整理しきれないでいるファイにとって、それはさしたる救いにもなりはしなかった。
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黒鋼が夜のバイトへ行ってしまうと、また留守番だった。
もう慣れたとはいえやはり少し寂しくて、しかも今日はどうも身体が熱くてだるい。
そして妙に不安で、落ち付かなかった。
いつもは一人でいたってこんなことはないのに。風邪でも引いたのだろうか。
「でも……なんか違うようなー……」
ファイは考える。なんとなく、この感じには覚えがあるような気がしていた。それは風邪の症状と一致しない。なんだっけ……と考えようとするけれど、頭がぼんやりしてうまく働かなかった。
急に暖かくなったから、いまいち体温調節がうまくいかないのだろうか。
ファイは籠る内熱に耐えかねて、カーテンを開くと窓を開けた。昼間より少し冷たい風が頬を撫でるのが気持ちよくて、ふっと小さく息をつく。
「あ」
そのときだった。
「また……あの匂いだ……」
花のものとも、草木のものとも違う。
砂糖菓子を連想させるような甘い香りではないのに、なぜか言葉で表そうとすると甘ったるいイメージしか湧かない。
完全に猫だった頃と比べると、人間の鼻はファイには鈍く感じられて、すんすんと懸命に吸いこむけれど判断に困った。
そのときだ。遠くで、微かに声がした。
「……?」
ぎゃおーん……ぎゃおーん……
「ぎゃおん?」
白い耳をピンと立てて、窓の縁に手をつくと身を乗り出した。そしてさらに耳を澄ませてみる。
それは本当に小さな声で、ずっとずっと遠くから聞こえていた。
だがファイにはそれで十分だった。
「!?」
とたんに真っ青になり、慌てて窓とカーテンを閉じると、わたわたと部屋の片隅に逃げ込んだ。
「や、や、やば……!! 忘れてたー!!」
身体を丸めるようにして抱きながら、ファイは震えた。
そうだ。あの独特の香り。独特の獣の声。
あれは、発情したメスのものだ……!
だけどどうして?
人間の世界の猫といえども、猫であることに代わりはないのだから、そりゃあ発情くらいするだろう。
メス猫の放つフェロモンは、どんなに遠く離れていたとしても香ることはある。
だがファイははっきり言って枯れているも同然だったから、猫の国にいてその時期が来ても、いつしか全く反応しなくなっていたはずなのだ。
だが今のこの感覚には、確かに覚えがある。
これは、風邪などではない。
「……なんで……どうして急に……?」
ファイは発情していた。
そうと気づかずにメス猫のフェロモンを感知して、そうと知らないうちに、誘発されていたのだ。
ずっと燻るだけだったそれは、自覚してしまったことで静けさを失った。
身体の奥に火が灯ったような、ざわざわとした寒気にも似た震えが、尻尾の先から背筋を這いあがって来る。
心臓が耳のすぐ側にあるかのように大きな音を立てる。息苦しくて、口で呼吸しなければ追いつかない。
(どうしよう……どうしよう……)
ずっと平気だったのに。しかもなぜほぼ人間である今の姿で、このようなことになるのだろう。
混乱して我を失いそうになる。こうなるのが嫌で、ずっと恐れていたのに。
「どうしよう……黒たん……」
呟いてからはたと気付いた。
どうして今、黒鋼に助けを求める必要があるのだろう。
彼にはどうしようもできないし、突然こんなことになってしまった原因だって、分かるはずがない。
こんなときには真っ先にユゥイの名前が浮かぶはずなのに、たった今この唇から漏れだしたのは黒鋼の名だった。
ファイは咄嗟に、先刻そうして見せたように黒いジャージの胸元を両手で掴むと、顔に引き寄せた。
そうだ。今、この暮らしの中で最も近い人間が黒鋼だからだ。
いつだって彼の香りはファイを安心させる。
同じ床で眠ってくれなくなってからも、この匂いに包まれていたからこそ、一人寝だって平気だった。
きっともうあの腕の中で眠ることはないけれど、それでもいつも傍にいるみたいで安心できた。
だから思い切りそれを吸い込んで、自分を落ち着かせようとした。
そうすればすぐに元に戻るだろうと。いつもみたいに眠たくなって、どうでもよくなるだろうと。
だがその瞬間、なぜかどうしようもなく胸が締めつけられて、泣きたくなった。
治まるどころか内側に蓄積される熱は膨らむばかりだ。
視界が霞むのはファイの瞳が潤んでいるせいなのか、それとも頭の中が煮えたぎって、高熱を発したようになっているからなのか。
こうなってようやくユゥイに助けを求めることも考えた。テーブルの上の携帯電話に手を伸ばそうとするけれど、身体が思うように動かない。
熱くて熱くて、ファイは荒い呼吸を繰り返しながら、無意識に両膝を擦り合わせる。
そして身体の中心に違和感を覚えた。
「ぃ、た……ッ」
痛くて、苦しい。
わけもわからずそこに手を伸ばして、そして息を飲んだ。
「……ッ!?」
服の上からでも分かる。性器が硬くなっていた。
人間の身体の仕組みなど知りもしないファイは、震えながらさらに身体を丸めた。
だがそれは、普段は気にならないはずの服や内腿の摩擦にすら反応して、ビリビリとした感覚をもたらす。
「く、ろ……」
ああ、やっぱりこの口から洩れる名は彼のものだ。
胸が痛くて、うまく呼吸が出来ない。
黒鋼の匂いが染みついた部屋で、黒鋼の匂いが染みついた服を着て。
あれだけ気になっていた甘い香りが、今は遥かに遠い。ファイの中は黒鋼だけで埋まりきっていた。
もう何も考えられない……。
ぷっつりと糸が切れるような音を聞いた。そしてどろりと、思考が溶ける。
「くろ、たん、ぁ……、黒たん……好き、好きだよ……大好き……ッ」
そうだ。この香りが好きだ。あの人が好きだ。好きで好きで、こんなにも狂いそうなほど。
今、どうしようもなく触れたくて、そして触れてほしくて仕方が無い。
こんな『好き』は知らない。切なくて苦しくて涙が出る、こんなにも辛い『好き』は。だけど。
(本当に?)
僅かに残る思考の欠片。自らへの問いかけ。
(本当に、知らないのかな……?)
頭の中がドロドロに溶けて、流れ出してしまうような気がした。
微かに残っている生理的な恐怖も、全身を支配する甘い痺れの前に意味はなかった。
そっとウエストから両手を忍ばせて、硬く、そして熱くなっている性器に触れる。
「あっ! あっ、ぃ……ッ」
触れただけで身体がビクビクと跳ねた。
熱が一層増して、もどかしさに足をばたつかせる。下に纏っているものが邪魔で、一瞬腰を浮かせると膝の辺りまで下げた。
「ぁ、や……これ、なに……」
明かりの下に姿を現した性器は、真っ赤に腫れあがっていた。先端が濡れて光っている。
怖かった。それなのに手が止まらない。両手で握ったまま、何かに突き動かされるようにゆるゆると擦る。
まるでこの身体が自分のものではないような感覚だった。
見えない糸に操られているような、それでも今のファイに唯一はっきりと理解できることは、これはとても『悪いこと』だ、ということだった。
しかしそう思えば思うほど止まらなくて、擦る度に強烈な電流が全身を駆け巡った。
毛の逆立った尻尾が、無意識に乱暴な音を立てて畳みの床を叩く。
「ふぁ、あッ、だ、め……きちゃ……ッ、なにか、あっ、黒、た……ッ」
自分のものとは思えない、甘ったるい声が遠くに聞こえる。
言いようのない鋭く大きな感覚が押し寄せて、ファイは背を反らすと目を見開いた。
「ッ――!!」
一際大きく、白い尾が床を叩いた。そして次の瞬間、ピンと伸びて硬直する。
身体が、ずっと高い場所へ放り投げられたかと思ったら、一瞬で地面に叩き落とされたような感覚。
同時に性器から、爆ぜるように何かが飛び出した。
瞬間的にどうすることもできず、ファイはただ声もなく身体を丸め、激しい痙攣を繰り返した。
「はっ……はぁ……ッ、ぁ、ぁ……」
忙しない呼吸を繰り返しながら、全身が弛緩していく。身体が、いまだに甘く痺れていた。
だがそんな余韻に浸る間もなく飛び上がった。
「!?」
両手の平と、内腿が白いもので汚れている。
飛沫を上げたかのようなそれは、ジャージの腹の辺りにまで飛び散っていて、一瞬にして青褪めた。
「ッ……」
ぬるついたそれは、指の隙間に糸まで引いていた。
これまでとはまた違った意味で、身体が震える。
幸い畳みは汚れてはいなかったものの、頭の中を整理しきれないでいるファイにとって、それはさしたる救いにもなりはしなかった。
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白猫、貧乏を語るの巻
最近まだまだ朝晩は冷え込むものの、昼間は暖かい。
この国には四季というものがあって、それによって気候が大きく変わるという。
猫の国はいつも晴れていて暖かい。桜の花が春にしか咲かないなんて、ファイは初めて知った。
そして今のこの陽気は、そんな故郷を思い出させて少し懐かしい。
「ふあぁ~……」
もう何度目かわからない欠伸をして、ファイはそのままコロンと床に寝そべった。
開け放たれた窓から時折ふわりと流れ込んでくる春風が、そっけない青のカーテンを揺らしている。
それをぼんやりと眺めながら、ファイはまた大きな欠伸をした。
「眠いよー……」
こんなに日がな一日眠いなんて、人間に変身してからは滅多になかった。
ユゥイに言うと「春眠暁を覚えずだね」と難しいことを言われた。
要するに春は四六時中眠くて仕方が無い、という意味だと教えられた。
黒鋼は現在、春休みという期間中らしい。
毎日が休みなら、毎日一緒に遊べるのだと喜んだのも束の間、黒鋼はファイのように常に暇ではなかった。
勉強というものもしなければいけないし、せっかく休みに入ったのに、彼は「知り合いのコネだ」なんてことを言いながら、週の半分は昼間もバイトを始めてしまった。
結局、どのみち自分には留守番しかすることがないのだと思うと、退屈だった。
黒鋼が家を出てからも、今日はいまいち外に出る気になれない。猫だった頃はどこでだって日向ぼっこをしながら昼寝が出来たが、この姿ではそれは出来ないのだ。
先日、公園のベンチで堪らず寝こけてしまったときは、近所のオバサンに「あんた、具合でも悪いの!?」と肩を揺すられた。
そのとき帽子が取れかけて、慌てて逃げてしまった。きっと礼儀知らずの若者だと思われたに違いない。
あのときのオバサン、ごめんなさい……と心の中で謝罪しつつ、ファイは目を閉じると春風の香りを吸い込んだ。
不思議な季節だと思った。わけもなく胸が浮き立って、幸せになる香り。
気持ちがよすぎて、ファイはそのままうとうとと眠ってしまった。
花の香り。草や木の香り。空や雲、太陽にさえ匂いがあるような気がする。
風に運ばれてくるだけでなくて、春はそれらの香りが強くなる気もした。
けれど気を抜いていると車の排気ガスの臭いも時々混ざって、ちょっと嫌な気持ちになったりもして。
花、草、木、人間、車、食べ物。
それと、それと……。
甘い甘い、不思議なそれ。
これはなに? 果物の香り? クッキーの香り? 花の蜜?
よく知ってるような、そうでないような。
もう、忘れてしまった。
+++
(ちょっと寝すぎたかな)
陽の沈みかけた頃になって、黒鋼が帰宅する音に身を起こしたファイは、ぼんやりする頭を緩く振った。少しだるくて、スッキリしないような気がする。
「全くいい御身分だな、てめぇは」
夕食の支度を始めながら苦笑する黒鋼の傍へ行こうと、のろのろと立ち上がって台所へ向かう。
料理中はベタベタしてはいけない決まりになっているけれど、黒鋼はまだ包丁を握っていないし、コンロに火もついていない。
それを言い訳にして、ファイは尻尾をピンと真っすぐに立たせながらその腕にぎゅっとしがみ付いた。
「だってオレ、猫だもん」
「ああそうだったな。悪かったよ」
「んふふ。おかえり黒たん」
「おう」
少しだけ背伸びをして目を閉じるのと、黒鋼が唇を重ねてくるのは同時だった。
最近は、キスの回数が少し増えた。
おはようやおやすみの挨拶と、いってらっしゃの挨拶。
でもそれらは合わせた途端に一瞬で離れてしまって、回数が増えるのと比例して、少し寂しい気もした。
初めてキスをしたあの朝のように、苦しくなるまでずっとしていたいのに、なんて思ってしまう。
「おまえ、少し熱あるか?」
「へ?」
「そういや顔も赤いしな」
すっと、唇を親指でなぞられた。それから額を覆うように手を当てられる。
思えば確かに少し身体が重い。内側に熱がこもっているような、ふわふわとした感覚もあった。
けれどファイはへにゃりと笑うと、首を振った。
「寝て起きたばっかだからだよー。今日はちょっと寝すぎちゃったみたい」
「そうか?」
それでも納得がいかない様子の黒鋼だったが、向こうで座ってろと言うので大人しく従うことにした。
テレビでは賑やかなお笑い番組が流れている。
この派手なお祭りのような雰囲気は好きだけれど、お笑い芸人という人たちの動きや喋りは、忙しなくてちょっと苦手だった。
しかもいまいちスッキリしない頭では、何も頭に入ってきやしない。
丁寧に身のほぐされた焼き魚を、フォークを使ってちまちまと食べていると、とっくに完食し終えた黒鋼が「そういやぁ」と声を発した。
「んー?」
「おまえ、ここ来て結構たつが、まだしばらくいるんだよな?」
「うん? うん。ユゥイも何も言ってこないし……黒たんさえよければ……」
「そいつは構わねぇんだが」
黒鋼は床にぺったりと座り込んでいるファイの身なりにざっと目を走らせている。
「?」
「そろそろ着るもんなんとかしねぇとな」
「え? お洋服?」
「いい加減そんなダボダボしたのばっか着てらんねぇだろ。靴と……あとはアレだ。下着だな」
聞いて驚いた。
そして、ぶんぶんと首を左右に振る。
「いいよぉー! 置いてもらってるだけで十分だもんオレ」
「そうはいかねぇだろ。まぁ家着はいいとしても」
「ホントにいいよー。それに黒たんビンボーなんだよね? オレ知ってるよー。ビンボーってお金がないことなんでしょ? ビンボーだから、黒たんは昼間もお仕事するんだよね? ビンボー暇なしっていうんでしょ? だからビンボーな人は贅沢が出来ないんだよー! ビンボーがゆえに!」
「おまえ……言葉のナイフって知ってるか……?」
「?」
なぜか胸の辺りを押さえながら黒鋼ががくっと項垂れた。
「いいか、人に面と向かって貧乏貧乏連呼すんな……覚えとけ……」
「んん? はーい」
「だいたいな、こちとら服や靴買うぐれぇの甲斐性はあるんだよ。猫が余計な気ぃ使うんじゃねぇ」
かいしょう、とは一体なんだろう。
よく分からずに、ファイはぼんやりと小首を傾げた。
ただ黒鋼が自分のことを考えてくれているということは、よく分かった。それが嬉しくて、ファイは満面の笑みを浮かべる。
「ありがと、黒たん。でも……」
「なんだよ」
ファイはジャージの胸元を両手でぎゅっと握って頬ずりをする。
「オレ、もうちょっと黒たんのお洋服着ていたいな」
「あ?」
「だって、これ黒たんの匂いがいっぱいするんだよー。オレ、黒たんの匂い大好き」
そう言うと、黒鋼はなぜかぐっと息を詰まらせた。
それから盛大に溜息をつくと、ガリガリと頭を掻き毟る。
「あー、こんちくしょう」
「うん?」
何かおかしなことを言ってしまったようだったが、怒らせたわけではないらしい。
結局、ひとまず靴や下着くらいはどうにかしよう、ということで話はまとまった。
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最近まだまだ朝晩は冷え込むものの、昼間は暖かい。
この国には四季というものがあって、それによって気候が大きく変わるという。
猫の国はいつも晴れていて暖かい。桜の花が春にしか咲かないなんて、ファイは初めて知った。
そして今のこの陽気は、そんな故郷を思い出させて少し懐かしい。
「ふあぁ~……」
もう何度目かわからない欠伸をして、ファイはそのままコロンと床に寝そべった。
開け放たれた窓から時折ふわりと流れ込んでくる春風が、そっけない青のカーテンを揺らしている。
それをぼんやりと眺めながら、ファイはまた大きな欠伸をした。
「眠いよー……」
こんなに日がな一日眠いなんて、人間に変身してからは滅多になかった。
ユゥイに言うと「春眠暁を覚えずだね」と難しいことを言われた。
要するに春は四六時中眠くて仕方が無い、という意味だと教えられた。
黒鋼は現在、春休みという期間中らしい。
毎日が休みなら、毎日一緒に遊べるのだと喜んだのも束の間、黒鋼はファイのように常に暇ではなかった。
勉強というものもしなければいけないし、せっかく休みに入ったのに、彼は「知り合いのコネだ」なんてことを言いながら、週の半分は昼間もバイトを始めてしまった。
結局、どのみち自分には留守番しかすることがないのだと思うと、退屈だった。
黒鋼が家を出てからも、今日はいまいち外に出る気になれない。猫だった頃はどこでだって日向ぼっこをしながら昼寝が出来たが、この姿ではそれは出来ないのだ。
先日、公園のベンチで堪らず寝こけてしまったときは、近所のオバサンに「あんた、具合でも悪いの!?」と肩を揺すられた。
そのとき帽子が取れかけて、慌てて逃げてしまった。きっと礼儀知らずの若者だと思われたに違いない。
あのときのオバサン、ごめんなさい……と心の中で謝罪しつつ、ファイは目を閉じると春風の香りを吸い込んだ。
不思議な季節だと思った。わけもなく胸が浮き立って、幸せになる香り。
気持ちがよすぎて、ファイはそのままうとうとと眠ってしまった。
花の香り。草や木の香り。空や雲、太陽にさえ匂いがあるような気がする。
風に運ばれてくるだけでなくて、春はそれらの香りが強くなる気もした。
けれど気を抜いていると車の排気ガスの臭いも時々混ざって、ちょっと嫌な気持ちになったりもして。
花、草、木、人間、車、食べ物。
それと、それと……。
甘い甘い、不思議なそれ。
これはなに? 果物の香り? クッキーの香り? 花の蜜?
よく知ってるような、そうでないような。
もう、忘れてしまった。
+++
(ちょっと寝すぎたかな)
陽の沈みかけた頃になって、黒鋼が帰宅する音に身を起こしたファイは、ぼんやりする頭を緩く振った。少しだるくて、スッキリしないような気がする。
「全くいい御身分だな、てめぇは」
夕食の支度を始めながら苦笑する黒鋼の傍へ行こうと、のろのろと立ち上がって台所へ向かう。
料理中はベタベタしてはいけない決まりになっているけれど、黒鋼はまだ包丁を握っていないし、コンロに火もついていない。
それを言い訳にして、ファイは尻尾をピンと真っすぐに立たせながらその腕にぎゅっとしがみ付いた。
「だってオレ、猫だもん」
「ああそうだったな。悪かったよ」
「んふふ。おかえり黒たん」
「おう」
少しだけ背伸びをして目を閉じるのと、黒鋼が唇を重ねてくるのは同時だった。
最近は、キスの回数が少し増えた。
おはようやおやすみの挨拶と、いってらっしゃの挨拶。
でもそれらは合わせた途端に一瞬で離れてしまって、回数が増えるのと比例して、少し寂しい気もした。
初めてキスをしたあの朝のように、苦しくなるまでずっとしていたいのに、なんて思ってしまう。
「おまえ、少し熱あるか?」
「へ?」
「そういや顔も赤いしな」
すっと、唇を親指でなぞられた。それから額を覆うように手を当てられる。
思えば確かに少し身体が重い。内側に熱がこもっているような、ふわふわとした感覚もあった。
けれどファイはへにゃりと笑うと、首を振った。
「寝て起きたばっかだからだよー。今日はちょっと寝すぎちゃったみたい」
「そうか?」
それでも納得がいかない様子の黒鋼だったが、向こうで座ってろと言うので大人しく従うことにした。
テレビでは賑やかなお笑い番組が流れている。
この派手なお祭りのような雰囲気は好きだけれど、お笑い芸人という人たちの動きや喋りは、忙しなくてちょっと苦手だった。
しかもいまいちスッキリしない頭では、何も頭に入ってきやしない。
丁寧に身のほぐされた焼き魚を、フォークを使ってちまちまと食べていると、とっくに完食し終えた黒鋼が「そういやぁ」と声を発した。
「んー?」
「おまえ、ここ来て結構たつが、まだしばらくいるんだよな?」
「うん? うん。ユゥイも何も言ってこないし……黒たんさえよければ……」
「そいつは構わねぇんだが」
黒鋼は床にぺったりと座り込んでいるファイの身なりにざっと目を走らせている。
「?」
「そろそろ着るもんなんとかしねぇとな」
「え? お洋服?」
「いい加減そんなダボダボしたのばっか着てらんねぇだろ。靴と……あとはアレだ。下着だな」
聞いて驚いた。
そして、ぶんぶんと首を左右に振る。
「いいよぉー! 置いてもらってるだけで十分だもんオレ」
「そうはいかねぇだろ。まぁ家着はいいとしても」
「ホントにいいよー。それに黒たんビンボーなんだよね? オレ知ってるよー。ビンボーってお金がないことなんでしょ? ビンボーだから、黒たんは昼間もお仕事するんだよね? ビンボー暇なしっていうんでしょ? だからビンボーな人は贅沢が出来ないんだよー! ビンボーがゆえに!」
「おまえ……言葉のナイフって知ってるか……?」
「?」
なぜか胸の辺りを押さえながら黒鋼ががくっと項垂れた。
「いいか、人に面と向かって貧乏貧乏連呼すんな……覚えとけ……」
「んん? はーい」
「だいたいな、こちとら服や靴買うぐれぇの甲斐性はあるんだよ。猫が余計な気ぃ使うんじゃねぇ」
かいしょう、とは一体なんだろう。
よく分からずに、ファイはぼんやりと小首を傾げた。
ただ黒鋼が自分のことを考えてくれているということは、よく分かった。それが嬉しくて、ファイは満面の笑みを浮かべる。
「ありがと、黒たん。でも……」
「なんだよ」
ファイはジャージの胸元を両手でぎゅっと握って頬ずりをする。
「オレ、もうちょっと黒たんのお洋服着ていたいな」
「あ?」
「だって、これ黒たんの匂いがいっぱいするんだよー。オレ、黒たんの匂い大好き」
そう言うと、黒鋼はなぜかぐっと息を詰まらせた。
それから盛大に溜息をつくと、ガリガリと頭を掻き毟る。
「あー、こんちくしょう」
「うん?」
何かおかしなことを言ってしまったようだったが、怒らせたわけではないらしい。
結局、ひとまず靴や下着くらいはどうにかしよう、ということで話はまとまった。
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白猫、もやもやしちゃうの巻
「ね、教えて。黒たん、エッチする?」
聞くと、しばらく咽ていた黒鋼がよほど苦しかったのか、珍しく少し涙ぐんでいた。
「お、おまえな、そんなもん聞いてどうすんだよ」
「どうもしないけど……するのかなって」
そう、気になった。
好意には色々な種類があって、キスにも色々な意味があって。
女の子は可愛い。人間は可愛いと思った相手にはキスをする。そして黒鋼はオスだから、可愛いメスとキスをすれば、そのあとはやっぱり交尾をするのだろうかと思った。あのドラマのように。
ファイはメスではないから、それ以上のことにはならないけど。
でもどうしてか、それを嫌だなと感じてしまった。
あのテレビドラマで見たようなことを、黒鋼がどこかの誰かとしていると思うと、胸がチクチクと痛みだす。
こんな感情は知らなくて、知らないことはなんでも教えてくれるはずのユゥイは、ここにはいない。
「する? メスと……女の子と」
黒鋼は少し疲れたような顔をしていた。呆れられているらしい。
「おまえ俺のことなんだと思ってんだ?」
「?」
「好いた相手がいりゃあ、してぇと思うのは当たり前だ」
するんだ……と思うと、胸のチクチクははっきりとしたズキズキという痛みに変わった。
そして気がついた。
交尾なんて絶対にしたくないのに。
女の子が羨ましいなんて気持ちが、まだ胸の奥底に微かに残っていることに。
「黒たんはオレとキスはしても、オレがオスで交尾ができないから、だから一緒に寝るのが嫌なんだよね?」
その瞬間、黒鋼が僅かに息を飲んだような気がした。
どこかバツの悪そうな表情をしている。ファイは小首を傾げた。
「……そんな単純じゃねぇよ。まるで人を猿みてぇに言うな」
「さる? おさるさん?」
「ああくそ、おまえもう黙れ」
また額をこつんとやられた。
黒鋼はファイから身を離すと立ち上がる。
「戦ってんだよ、俺は。おまえにわかるか」
「?」
「飯作るから手伝え」
そう言ってビニール片手に台所へ向かう背中を見つめながら、黒鋼は一体どんな敵と戦っているのだろうかと思った。
+++
ボス猫の言葉によって傷ついたファイだったが、黒鋼がそれを否定してくれたことが嬉しかった。
黒鋼は優しいから、もしかしたら気を使ってくれたのかもしれない、なんて思わないこともなかったけれど。
だが、おそらく彼は嘘をつくのが苦手な人間だ。
考えれば分かることだった気もするが、ただでさえ人間の複雑な心理を理解しかねているファイにとって、ストレートに言葉を交わし合うことは大切だった。
だから嬉しかった。
嬉しい、はずなのに。
ファイは黒鋼がバイトへ行ってしまった後、いつものように眠くなるまでの間テレビを眺めながら思う。
なんとなく、勢いで聞いてしまったけれど。聞かなければよかったかな、なんて。
どんなことでも知らないことには興味があって、調べる術のないものはユゥイや黒鋼に聞いていた。
それは会話のキャッチボールにも繋がるし、謎や疑問が解決する瞬間が好きだった。
けれど答えを聞いても理解できないこともある。答えから新たな疑問が生まれることもある。
そして、受け取った答えによって自分の中の矛盾した感情に気付かされることもある。
聞いて後悔する答えがあるなんてことにも、気がついてしまった。
テレビ画面では夜のドラマが放送している。
人間は『愛』だとか『恋』といった題材の物語がよほど好きらしい。
歌番組で流れる歌だって、同じようなメロディに乗せて歌われる歌詞には、必ずと言っていいほどそれらが顔を出す。
好きだよなぁ、なんてどこか冷めた目で見てしまう反面、ふとした瞬間、引き込まれてしてしまいそうになる自分がいた。
なんとなく覚えがあるような気持ち。なぜか無性に羨ましいと思う気持ち。
そして悲劇に終わるドラマがあれば目を逸らし、切なさを歌う歌詞には耳を塞ぎたくなる。
身体が変われない代わりに、心だけでも女の子になりたいとでも思っているだろうか。
愛情には様々な形があるらしい。そして恋は、その形の中の一つであるらしい。
ファイだってただ暇を持て余しているわけではないのだ。それなりに学んでいる。
もし女の子になったなら、自分は黒鋼に恋というものをするのだろうか。黒鋼も、同じように恋をしてくれるのだろうか。そうしたら、好きの形は変わるのだろうか。キスはもっと、特別な意味を持つのだろうか。
首根っこに牙を立てられ血を流したとしても、彼との子供が欲しいなんて、思えるのだろうか。
自分の中のどこかに、必ず答えが潜んでいるような気がしてならない。
だが型にはめ込むには明らかに足りないピースがある。それを手繰り寄せたいのか、そうでないのかも分からなかった。
ただ分かることは、きっと黒鋼は自分の中で特別な存在だということだった。
だからおかしな考えが頭の中を行き来する。
ファイには怖いものがたくさんあって、交尾というものはその一つで、けれどもしそれさえ乗り越えられるなら。
女の子なら、黒鋼の中のたくさんの『好き』を、全部独り占めできるのかもしれない、なんて。
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「ね、教えて。黒たん、エッチする?」
聞くと、しばらく咽ていた黒鋼がよほど苦しかったのか、珍しく少し涙ぐんでいた。
「お、おまえな、そんなもん聞いてどうすんだよ」
「どうもしないけど……するのかなって」
そう、気になった。
好意には色々な種類があって、キスにも色々な意味があって。
女の子は可愛い。人間は可愛いと思った相手にはキスをする。そして黒鋼はオスだから、可愛いメスとキスをすれば、そのあとはやっぱり交尾をするのだろうかと思った。あのドラマのように。
ファイはメスではないから、それ以上のことにはならないけど。
でもどうしてか、それを嫌だなと感じてしまった。
あのテレビドラマで見たようなことを、黒鋼がどこかの誰かとしていると思うと、胸がチクチクと痛みだす。
こんな感情は知らなくて、知らないことはなんでも教えてくれるはずのユゥイは、ここにはいない。
「する? メスと……女の子と」
黒鋼は少し疲れたような顔をしていた。呆れられているらしい。
「おまえ俺のことなんだと思ってんだ?」
「?」
「好いた相手がいりゃあ、してぇと思うのは当たり前だ」
するんだ……と思うと、胸のチクチクははっきりとしたズキズキという痛みに変わった。
そして気がついた。
交尾なんて絶対にしたくないのに。
女の子が羨ましいなんて気持ちが、まだ胸の奥底に微かに残っていることに。
「黒たんはオレとキスはしても、オレがオスで交尾ができないから、だから一緒に寝るのが嫌なんだよね?」
その瞬間、黒鋼が僅かに息を飲んだような気がした。
どこかバツの悪そうな表情をしている。ファイは小首を傾げた。
「……そんな単純じゃねぇよ。まるで人を猿みてぇに言うな」
「さる? おさるさん?」
「ああくそ、おまえもう黙れ」
また額をこつんとやられた。
黒鋼はファイから身を離すと立ち上がる。
「戦ってんだよ、俺は。おまえにわかるか」
「?」
「飯作るから手伝え」
そう言ってビニール片手に台所へ向かう背中を見つめながら、黒鋼は一体どんな敵と戦っているのだろうかと思った。
+++
ボス猫の言葉によって傷ついたファイだったが、黒鋼がそれを否定してくれたことが嬉しかった。
黒鋼は優しいから、もしかしたら気を使ってくれたのかもしれない、なんて思わないこともなかったけれど。
だが、おそらく彼は嘘をつくのが苦手な人間だ。
考えれば分かることだった気もするが、ただでさえ人間の複雑な心理を理解しかねているファイにとって、ストレートに言葉を交わし合うことは大切だった。
だから嬉しかった。
嬉しい、はずなのに。
ファイは黒鋼がバイトへ行ってしまった後、いつものように眠くなるまでの間テレビを眺めながら思う。
なんとなく、勢いで聞いてしまったけれど。聞かなければよかったかな、なんて。
どんなことでも知らないことには興味があって、調べる術のないものはユゥイや黒鋼に聞いていた。
それは会話のキャッチボールにも繋がるし、謎や疑問が解決する瞬間が好きだった。
けれど答えを聞いても理解できないこともある。答えから新たな疑問が生まれることもある。
そして、受け取った答えによって自分の中の矛盾した感情に気付かされることもある。
聞いて後悔する答えがあるなんてことにも、気がついてしまった。
テレビ画面では夜のドラマが放送している。
人間は『愛』だとか『恋』といった題材の物語がよほど好きらしい。
歌番組で流れる歌だって、同じようなメロディに乗せて歌われる歌詞には、必ずと言っていいほどそれらが顔を出す。
好きだよなぁ、なんてどこか冷めた目で見てしまう反面、ふとした瞬間、引き込まれてしてしまいそうになる自分がいた。
なんとなく覚えがあるような気持ち。なぜか無性に羨ましいと思う気持ち。
そして悲劇に終わるドラマがあれば目を逸らし、切なさを歌う歌詞には耳を塞ぎたくなる。
身体が変われない代わりに、心だけでも女の子になりたいとでも思っているだろうか。
愛情には様々な形があるらしい。そして恋は、その形の中の一つであるらしい。
ファイだってただ暇を持て余しているわけではないのだ。それなりに学んでいる。
もし女の子になったなら、自分は黒鋼に恋というものをするのだろうか。黒鋼も、同じように恋をしてくれるのだろうか。そうしたら、好きの形は変わるのだろうか。キスはもっと、特別な意味を持つのだろうか。
首根っこに牙を立てられ血を流したとしても、彼との子供が欲しいなんて、思えるのだろうか。
自分の中のどこかに、必ず答えが潜んでいるような気がしてならない。
だが型にはめ込むには明らかに足りないピースがある。それを手繰り寄せたいのか、そうでないのかも分からなかった。
ただ分かることは、きっと黒鋼は自分の中で特別な存在だということだった。
だからおかしな考えが頭の中を行き来する。
ファイには怖いものがたくさんあって、交尾というものはその一つで、けれどもしそれさえ乗り越えられるなら。
女の子なら、黒鋼の中のたくさんの『好き』を、全部独り占めできるのかもしれない、なんて。
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思いっきり鬱な気分だった。
ファイは一人きりで部屋の中央にコロリと横になりながら、畳の目を爪の先でガリガリしつつ、溜息を零した。
「もうしないって……決めたのに……」
とんでもなく惨めな気持ちになりつつ時計を見やっても、深夜0時を少し過ぎた辺りから、針はなかなか動かない。
黒鋼の帰宅時間はまだまだ先だった。
そもそもなぜ留守番中のファイがここまでの落ち込みを見せているかと言うと……。
本日、黒鋼は昼も夜もバイトだった。対してファイはなんとなく臀部が痺れてだるかったため、今日は一日ひたすら横になっていた。
眠って起きると黒鋼が帰宅して、軽く食事とシャワーを済ませた後に、また夜の仕事へと慌ただしく出かけて行った。
鍛え方に雲泥の差があるファイは、彼のタフさに心底驚いた。
自分もちょっとは鍛えてみようか……なんて思いながら、考えることと言えば昨夜の黒鋼の言葉ばかりだった。
『抱きてぇよ。おまえを』
思いだすだけで全身から火を噴きそうなくらい恥ずかしかった。
叫びだしそうなくらい照れまくって、部屋の隅から隅まで転げまわるほど嬉しかった。実際、ファイは転がりながら一人悶えた。
交尾が具体的にどういったものか、いくらそれを避けて通って来たファイだって、ちゃんと知っている。
だがそれが男性同士の性交でも可能だなんて、想像もしなかった。(場所は違うようだが)
確かにどうして黒鋼がやたら後ろを弄るのか、それはずっと疑問に思っていたのだ。
指だけであんなに気持ちがいいのなら、黒鋼のアレを入れたらどうなるのだろう。そもそも、あれだけ大きなものが入るのだろうか。
そんな不安は多少あれども、ファイの中では期待感の方が大きかった。
何より、今よりもっと黒鋼が気持ちよくなってくれるなら、ファイとしてはこれほど喜ばしいことはない。
今ではもうすっかり、長きに渡って抱え続けていた交尾へのトラウマが露と消えているから不思議だった。
ちなみに数日前、黒鋼にも後ろで気持ち良くなって欲しくて同じことをしてやろうとした。が、そのときはなぜか凄く怒られた……。
このままでは熱を出して死んでしまいそうだと思ったファイは、自主的にシャワーを浴びることにした。
することもないし、ちょっと温めのお湯でも浴びて、今夜はテレビでも見ながら眠ってしまおう。
そう思ったものの、風呂場でシャワーを浴びていてもファイの頭の中は黒鋼だらけだった。
本当に入るのかなぁ……。
気づけばやっぱりそれしか考えられなくて、ファイは思いっきりムラムラしてしまったのである。
黒鋼のあの大きなブツは、その形まですっかり覚えてしまった。
怖かったのは最初のうちだけで、今では手で触れるのも舐めるのも大好きになった。
純真無垢だった一週間前のオレ、お元気ですか……と多少の哀愁を胸に、ファイは堪らず二度としないと決めた自慰に耽ってしまった。
しかも、ご丁寧に自分で指を舐めて濡らして、後ろの穴までいじって。
自分の指だと普段とは感覚が違っていて、はっきり言って物足りなかった。
やっぱり黒鋼の指がいい。黒鋼じゃないと足りない。
彼のごつごつして男らしい指をぎゅっと締め付けると、それだけで泣きそうなくらい切なくて幸せだった。
自慰に耽る間は彼のことばかり考えていられたけれど、いざ出すものを出し切ってしまうと、そこには深い後悔と自己嫌悪だけが残った。
黒鋼は別に悪いことではないと言ってくれたけれど、やっぱり虚しくて気持ちが落ち込んでしまったのである。
+++
深夜2時ころ、黒鋼が帰宅した。
浅い眠りと覚醒を幾度となく繰り返していたファイは、その音に飛び起きて彼を少し驚かせた。
「なんだおまえ、起きてたのか」
「寝てたけど起きたー! おかえりー!」
ファイは電気をつける黒鋼に、思いっきり抱きつく。
「寝起きにしちゃ俊敏だな」
苦笑する彼はそれでもファイを抱き返して、もうすっかり当たり前の習慣になっている口づけを交わす。
なぜかそれを照れ臭く感じて、ファイは頬を染めながらはにかんだ。
「なんか、変だよね」
「なんだよ」
「裸じゃない黒たんとぎゅってするの、久しぶりな気がする」
あれほど落ち込んでいたのが、彼が傍にいると思うだけでどうでもよくなった。
ただひたすら胸が熱くて、顔も熱くて、ドキドキする。恋しちゃってるんだな、と思うと際限もなくときめいてしまう自分がくすぐったくて、恥ずかしかった。
「そういや、そうだな」
黒鋼も少し照れ臭くなったのか、ゴホンと咳払いをした。
それから、誤魔化すように「ほれ」と言ってファイにビニール袋を手渡してきた。
「なぁにー?」
受け取りながらテーブルの側にペタンと腰を下ろす。
「土産。貰いもんだが」
「なになにー? あ! タイ焼きだー!」
ビニールの中には白い箱が入っていて、中にはどっしりとしたタイ焼きが幾つか詰まっている。
「美味しそうー!」
「食え」
「うわぁい! いっただきまー……」
だがそこで、ファイはピタリと動きを止めた。
「どうした?」
「ねぇねぇ、こんな時間に食べちゃっていいのかなぁ?」
「ん?」
「こないだテレビでねー、ダイエットのことやってたの見たんだー。ご飯のとき以外にお菓子食べたりするのって、間食っていって太るんだよねー?」
「またテレビか。好きだなおまえ」
「太ると大変なんだよー。色んな病気になっちゃうし、お洋服だって着られなくなるんだよー。今着てる黒たんのジャージも、パツパツになっちゃったらどうしよー?」
「アホ。タイ焼き一個二個食った程度でそんな一気に太るわけねぇだろ」
そっかぁ、と納得しつつ、それでも食べようかどうしようか迷っているファイを、黒鋼が無言でじっと見つめる。
あまりにも真っすぐに見つめられて、流石のファイも不思議に思った。
「どしたの?」
小首を傾げて胡坐をかいている黒鋼を見返すと、彼は腕を組んでしみじみ言った。
「てめぇはもう少し肉つけろ」
「えー? どうしてー?」
小さく傾げていた首を大きく傾げた。
頭の天辺に『?』というマーク浮かべたファイだったが、次の瞬間ハッとした。
「ま、まさか……!?」
そういえば猫の国にいた頃、ごく稀にユゥイが「最近ちょっと甘いもの食べすぎちゃったかな」なんて言いながら、自分の二の腕をツンツンしていた。
見た目にはそれほど変化は見られなかったものの、実はファイはそんな時のユゥイの腕の感触が好きだった。
ほんのりぷにっとしていて、そんなユゥイの二の腕をモミモミして寝るのが好きだったのだ。(腕が痺れたユゥイはよくうなされていた)
もっとぷにぷにでもいいのに……と不満を漏らしたら、ユゥイにジロッと睨まれた。
そんなぷに腕もあっという間に解消されてしまって、少し残念だった記憶がある。
「黒たんは……痩せてるより太ってる方が好きなんだ……」
「あ?」
ファイは下唇を噛みながら項垂れた。
そういえば夕べの猫派か犬派かという話も、なんだかんだで流されたような気がする。
「オレが細くて抱き心地がよくないから、ぷにぷにしてないから、黒たんは犬の方が好きなんだ……」
「よし待て。だいたい流れは把握したから、ちょっと待て」
黒鋼が左手で『待て』をする。
落ち込みかけていたファイは耳をぺったりと下向きに倒しながら、そんな黒鋼を睨みつけた。
「確かに前まではどっちかっつうと犬派だったかもしれねぇが……今は別にどっち派でもねぇよ。つまんねぇこと気にすんな」
「……うん」
「あと、体系だけで相手を選んだこともねぇ」
「でも太れって言ったー……」
「太りすぎもよくねぇが、痩せすぎもよくねぇだろって話だ。あくまで健康面の話をしてんだよ、俺は」
「黒たん……」
なるほど、黒鋼は見るからに体力のなさそうな華奢な自分を案じてくれていたのか……。
それなのにつまらない嫉妬をして不安になって、ファイは自分で自分を少し恥ずかしいと感じた。
「わかった! オレ、もっとたくさん食べて黒たんみたいにムキムキになる!」
「は? あ、いや、別にムキムキになれとは……あと、食うだけじゃ筋肉はつかねぇぞ……」
ヤル気を出したファイは、箱の中からタイ焼きを取り出して思いっきりパクついた。甘くて美味しい。頭から尻尾まで、みっちり餡が詰まっている。
幸せだなぁ、と感じた。
「オレ知ってるよ! そういうの、愛されボディって言うんだよね!」
「違うんじゃねぇか……?」
一生懸命タイ焼きを貪るファイのリスのように膨らんだ頬を見ながら、まさか『力いっぱい抱きしめると、バキバキに折ってしまいそうで怖い』なんてこっ恥ずかしいことは、口が裂けても言えないと、密かに思う黒鋼だった。
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